小説 川崎サイト

 

恐れない男

川崎ゆきお



 化け物よりも人間のほうが怖いというのも一つの答えだ。
 それは、人間の中の、何か怖いものが変化したのが化け物を作っているためかもしれない。
 さらに進むと、人間の怖さは、他者ではなく、自分自身の怖さになる。つまり、自分の内面が一番怖いのではないかと言うことだ。これも一つの答えだ。
 自分が怖がらなければ、怖さもないし怯えもない。そういう人こそ、本当に怖い人だといえる。
 三島はそんなタイプの人間だ。見た感じは怖さを感じさせるような風貌ではない。特にどうということもない平凡な人間に見える。一度見ても忘れてしまうタイプだ。
「三島さんは幽霊が怖くないですか」
「なんですか、いきなり」
「いつも落ち着いているので」
 会社の昼休み、同僚が何気なく、そういう質問をした。
「幽霊はいないから、まあ、怖くないと思うけど。まあ、遭遇してみないとわからないけどね」
「部長は怖くないですか」
「別に」
「僕は怖いですよ。いつもびくびくしています」
「部長は人間でしょ。怖いものじゃないはずですよ」
「でも、怖がらせるんですよね」
「君に恐怖を与えるわけ」
「どんな?」
「成績が悪いと、地位が危ないですよ」
「あ、そう」
「三島さんだって、そうですよ」
「そうだね」
「でも、怖がってないでしょ。三島さんは」
「特に問題はないから」
「問題ですよ。将来がかかってますからね。無事に勤めないと」
「それって、ふつうじゃないかな」
「まあ、そうですけどね。でも、部長に気に入られないと、やっていけませんよ。一線からはずされると、給料減りますからね」
「君が怖がっているのは、そういうことか」
「大問題です。三島さんはそう思わないですか」
「別に」
「その神経は、何でしょうね」
「きっと、私が鈍いのでしょう」
 三島が動じないのは、鈍感なためだろうか。
 幽霊を見ても「別に」とか「何か」とか、幽霊にコメントを与えそうだ。
 三島は鈍いのと同時に、無気力で、覇気がないのも、動じない理由のようだ。
 そのため、怖いものなしだが、出世もない。

   了

 


2009年4月24日

小説 川崎サイト