小説 川崎サイト

 

老科学者の夢

川崎ゆきお



 ある大きな賞を受賞した科学者がインタビューに応じた。
 既に高齢で大学からも去っていた。
 つまり、隠居さんになっていたのだが、研究はまだ続けているらしい。
「研究が認められてよかったですねえ」
「そうだね。でもずいぶん昔の話でね。あの研究はね。三十前だったかな。まだ小僧だよ」
「その研究が、今回証明されたわけですね」
「そうなるかね。あの当時は仮説のままだったからな。まあ、そういう研究は何件かあるよ。いずれも昔の仕事だ。偶然当たったんだろうよ」
「そんなに沢山あるんですか?」
「三件ほどかな」
「それらも三十前後で?」
「ああ、その時期だ」
「じゃ、残りの研究も、証明されれば、また大きな賞が取れますねえ」
「あとの二つは、まあ、証明されても大した意味はない。価値はない」
「そうなんですか」
「今も、研究を続けられていると聞きましたが」
「他にすることがないからね」
「どんな研究でしょう」
「いやいや、科学誌を読んでおるだけだよ。もうただの読者だね」
「後輩たちの研究を見守っておられるのですね」
「まあ、そういうことかね。しかしそれより」
「はい、なんでしょう」
「では、将来の夢は何でしょう」
「将来」
「はい」
「もう、過ぎておるぞ」
「いえいえ、まだ夢があるように思います」
「夢か」
「この年になると、もう見るべき夢も限られるからね」
「より、深い研究とか」
「だから、趣味に近いよ」
「また、大きな仕事を期待しています」
「はいはい、わかりました」
 インタビューは型どおりで終わった。
 隠居状態の老科学者は複雑な気持ちだ。
 この賞を頂いたのが、もっと若い頃なら、違った人生を送れたかもしれない。遅すぎたのだ。
 老科学者は小学生向け科学絵本の続きを読み出した。

   了

 


2009年5月1日

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