小説 川崎サイト

 

ゴロリ

川崎ゆきお



 昔は家のため、とかの目的があった。その前は国のため、もあったようだ。
 前田は一人暮らしの中年男だ。
 家のためから夫婦のためも家族のためも前田にはない。あるとすれば、自分のためだ。これが一番厄介だ。自分のためなので、何とでもなる。
 前田は失業して久しい。そろそろ働きにでないといけない。
 定年までゆるりと働けるはずだったが、親や先輩がそうであったようにはいかない時代だ。景気が悪くなり、リストラを食らった。もうそういう話など珍しくもなくなっている。
 予定は狂ったが、自分のせいではない。だから自己責任云々ではない。
 だが、その後就職先を探さないのは、自己責任の問題だ。
 だが、それも自分だけの問題なので、何とかなるのだ。
 ふと振り返ると友達もいない。いたように錯覚していたのは、同僚の愛想だったのだ。
 辞めてから出会うことはない。休みの日など、一緒に山登りした同僚も、その後連絡はない。
 これも会社の山登り会があってこその関係だ。辞めてしまうとプツリと切れる。
 前田は目的を持つべきだと思うものの、何を目的にすればいいのか分からない。下手に間違った目的だと、大損する。
 では、上手い目的ならいいのかもしれないと思い、いろいろ考えたのだが、今一つしっくりこない。
 その目的を自分が疑っているのだから、根拠の薄い下手な目的である可能性が高い。
 前田はそれで、目的を持つことを目的にした。これなら、考えているだけで、動きはない。そのほうがリスクも少ない。
 会社では目的というか、目標を言い渡されていた。だから、目的も与えてもらえるものだと思っていたのだ。
 自分で考えるとなると大変だ。
 しかし、うっすらと感じている目的はある。
 目的は感じるものではないと思うのだが……。
 それは、家でゴロリとしていうのが良さそうだということだ。
 これは果たして目的だろうか。既に実現していることだ。
 だから、この状態を長く続けられるようにするのを目的とすればいい。
 そのためには何をすべきか。経済的なこともあるので、働かないと、ゴロリもできなくなる。
 ゴロリと過ごすためには働かないといけない。ここに葛藤がある。
 やはり、この目的は下手な目的になるのだろうなあ……と前田は思った。

   了


2009年5月6日

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