小説 川崎サイト



花冷え

川崎ゆきお



 春先の寒い日だった。
 我慢出来ないが、堪えることはまだ出来る。
 それは自販機でタバコを買っているときに起こった。
 武はいつも二つ買う。ボタンを続けて押せば出てくるはずだ。
 だがその自販機は出てこなかった。ポツリと一つ落ちただけ。武は苛立った。それが引き金となり、尿意がかなり起きた。
 その前から尿意はあった。だから早く帰ろうと自転車を走らせていたのだ。
 ペダルをこいでいる間は、それほどではなかった。緊急性は低かった。少し急げば完全に間に合うはずだった。
 しかし自販機で、これはかなり近いと感じた。やばいと思い、自転車を走らせた。
 走っているときは押さえ込まれているのか、大丈夫だった。
 しかし、それも束の間、前方の踏み切りが閉まりかけた。
 武は急いだが、間に合わなかった。
 自転車を止めると、尿意が襲ってきた。止まると駄目なのだ。
 武は体を動かし、散らそうとした。すぐに出るわけではない。頑張れる。
 電車がやっと通過した。
 武は助かったような気持ちで、ペダルを踏もうとしたが、遮断機が上がらない。もう一台通過するようだ。
 武は苛立った。今度は駄目かもしれないと思いながらも、必死で耐えた。
 通過車両はなかなか来ない。
 武は立ち小便出来る場所を捜し出した。しかし、踏み切りのこちらもあちらも人があふれていた。帰宅時間帯なのだ。
 いつも夕食で通っている店を変えたのがいけなかった。交差点が多く、信号が多いのだ。いつもの道なら一度も止まることなく一直線で帰れたのだ。
 やっと電車が通過した。武は自分を褒めた。よくぞ我慢し、野蛮なことをしなかったと。
 踏み切りを渡り、次の信号を無視して通過した。この前まで信号などなかった交差点なので、歩行者の殆どは無視して通っていたからだ。
 やはり、自転車で走っているときは耐えられるものだ。止まらなければ大丈夫だと、改めて確信した。
 そして家の前に着いたとき、ピークに達した。気が緩んだのだ。
 武は自転車のカギもかけずにドアを開け、閉めもしないでトイレに入った。
 チョロリとわずかな尿が出ただけだった。
 決して途中で漏らした覚えはないし、パンツも濡れていなかった。
 冷えただけか、と武は呟いた。
 
   了
 
 


 

          2006年05月3日
 

 

 

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