小説 川崎サイト

 

都心へ続く洞窟

川崎ゆきお



 郊外のよくある住宅地だ。
 そこに住む村田が最近おかしい。
 それに気づいたのは友人の吉村だ。
「ここから都心まで地下で繋がっているんだその道をやっと見つけた。地下だから洞窟だがね。おそらく続いていると思うよ。確認していないけど」
 都心部まで電車で一時間かかる。
「地下鉄のこと、言ってるの?」
 吉村はまともな聞き方をする。非常に妥当だ。考えられるとすれば、それしかない」
「地下鉄はまだここにはきていない。地下鉄じゃないよ。そんな計画は聞いていないしね。それに……」
「それに?」
「洞窟は曲がりくねっていて、広くなったり狭くなったりする。人一人やっとくぐれるような穴だったり、公園ほどの広さの広場もある。それに、枝道も多くてね。これって地下鉄用のトンネルじゃないだろ」
「じゃ、何だと思う」
「自然にできた洞窟じゃない。誰かが掘ったものなんだ。人工的にね」
「目的は?」
「地下世界が好きなものの手によるものとみた」
 友人の田中でなくても、そんな話は信じられないだろう。だから、村田の妄想と解釈するのが賢い。
「それって、どんな心理状態?」
「だから、洞窟マニアの心理さ」
「掘った人じゃなく、君の心理は?」
「僕の心理かい。すごいものがあるなあって、思うよ」
「本当にそんなものがあると思える」
「じゃ、入ってみるかい」
「どこに」
「洞窟さ」
 田中はそんなものはないと確信している。常識以前の判断だ。あり得ないからだ。
「遠慮するよ」
 もし、行くと言えば、村田は案内するだろう。だが、そんな洞窟の入り口などないのだから、困るのは村田だ。その時の見苦しさを見たくなかった。今なら、話だけですませられる。
 しかし、村田がどんな嘘を付くのか、聞いてみたい気もした。
「入り口はどこなの」
「そうこなくっちゃ。それでこそ冒険家だ」
「入り口はあるの?」
「なけりゃ、こんな話しないよ」
「じゃ、どこ?」
「空き家の古井戸だ」
「空き屋」
「神社の横にある空き屋だよ」
「じゃ、君はその井戸に降りたの」
「そうだよ。さあ、行こうよ」
 村田は立ち上がった。
「ああ、いいよ。今度で」
 田中は怖くなったので、立ち去った。
 よく冗談を言う友人だが、どこかで落ちを言う。今回はそれを言わない。
 やはり気がふれたようだ。
 帰り道、田中は神社へ寄ってみた。その横に廃屋に近い空き屋があった。
 ここまでは嘘ではない。
 フロック塀が壊れている箇所がある。中を覗くと庭は雑草でいっぱいだ。古そうな家なので、井戸ぐらいあるかもしれない。
 田中は中に入ろうと、周囲をみた。空き巣のような行動なので、誰かに見られていないか確認するためだ。
 この確認は正しかった。
 振り返ったとき、一瞬村田の姿が見えた。
 確かに村田はおかしくなっていた。以前なら、こんな悪さはしなかったのに。

   了

 


2009年5月11日

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