小説 川崎サイト

 

香具師入道

川崎ゆきお



 旅の入道らしい。見上げるような大男で、頭は剃っているが、耳から後頭部にかけて毛が残っている。剃って入道頭になったのか、単に禿げてそうなったのかが曖昧だ。
 その入道がアパートの一室に入り込んでいる。入れたのは部屋主の青年だ。
 路上で話しかけられ、会話が弾み、そのまま部屋に入れてしまったのだ。
 アパートの周囲は観光地ではない。よくある宅地だ。
 この入道は旅の途中といっているが、徒歩で移動しているのだろうか。
 入道は白い着物を着ているが、汗と埃で灰色だ。汚れることがわかっているのなら、白いのを着る必要はないのだが。
 青年は予備校生で、宙ぶらりんな精神世界の中にいる。そこに隙きがあるため、入道を招き入れたのだ。
 青年が興味を抱いたのは仏の話ではない。オカルトぽさに惹かれた。
「見えているものだけがこの世ではない。見えていなくても、そこに世界はある」
 入道は香具師のようなものだ。適当に喋っているだけだ。
 青年はその語りが気に入ったのだ。もっとその話を聞きたい。香具師の音色を聞きたい。それだけのことだった。
「わしは坊主のなりをしておるが、それに惑わされてはならぬ。これは仮の姿だ。このほうが分かりやすいからな」
「では、あなたの正体は?」
 香具師に決まっている。
「仏でも神でもない世界がある」
「たとえば?」
「自然だ」
「では、神や仏が出る前の状態ですか」
「それに近い」
「何となくわかります。動物の世界とか」
「お稲荷さんは動物だ。しかし、信仰になった瞬間、俗世界入りする」
「あなたは、新しい宗教を起こすつもりですか」
 入道は微笑んだ。ノリのよい青年だと感じたからだ。
「宗教は見える。わしが求めておるのは、見えない世界だ。そこに存在するのだが、見えない。そういう世界だ」
「それは、四次元の世界のようなものですか」
「そういう見方もある」
 こういう話に飢えていたのだろう。瞬く間に時間が過ぎた。
 青年はトイレに立った。
 入道はそれをずっと待っていたのだ。
 もう、どこになにがあるのか、おおよそ見えていた。
 青年がトイレから出てくると、入道の姿は消えている。
 青年は入道を探したが、どにも姿はない。
 机の引き出しに入れていた現金がなくなっているのに気づいたのは一週間後だ。
「そういうことだったのか」
 僅かな金が消えていた。
 しかし、十分香具師入道の見せ物ショーの料金としては妥当な価格のように思えた。

   了


2009年5月12日

小説 川崎サイト