見知らぬ町
川崎ゆきお
「駅はどこでしょうか」
自転車に乗った老人が尋ねる。
信号待ちの主婦が指さす。
老人はその方角を見る。大きな建物がいくつかある。その中の一つが駅舎だろう。
信号が青になり、老人は押し出されるように渡る。
この駅前に予備校があり、老人は青春時代、この町に二年通った。
その後、たまに通過するだけの駅になっていた。
この町に来たが、大した目的はない。自転車散歩の目的地だ。そのため、町に用事があるわけではない。
しかし、来てみると昔の町並みを見たくなった。昔の記憶を楽しむためだ。
老人にとり、ここは青春そのものだった。
そして駅舎を探した。昔は駅はどこからでも見えた。電車が走っているのだから、線路も見えた。
信号を渡ると、やっと線路が見えた。その下をくぐる自転車道がある。
もう何も手がかりはないが、老人の頭の中のマップは生きていた。線路を渡ることで、南口に出る。予備校へ向かう側の改札だ。
老人のマップでは、線路沿いの路地を抜けると改札へ出る。しかし、路地を形成しているごちゃごちゃした建物が掃除されたように片づけられており、しかも改札口そのものも見えない。駅舎の階上に移ったのだろう。
球場前までの道筋に食堂や喫茶店が並んでいたのだが、そんなものはない。
上を見ると、ショッピングモールへ行くための高架歩道ができている。側面はパネルが張られ、歩いている人は下からは見えない。
老人が仲間とよく集っていた喫茶店があった場所はショッピングモールとなり、跡形もない。
球場のあった場所に百貨店が建っていた。巨大な箱だ。競輪開催日の、あの独自の人々向けの店は、もうこの町では必要ないのだろう。
老人が思い出に浸る目印は、もう何もない。もう別の町になっている。
老人はあっさりと駅前を離れる。何も引っかかりがないためだ。そして、今走っている道路も、以前にはなかった道だ。道路そのものも消えているのだ。きっと拡張されたのかもしれない。道路よりもその道沿いの建物が、道の印象になる。それも消えているのだから、道も消えたようなものだ。
町が消えたわけではないが、老人の青春時代と繋がるものがすべて消えている。
老人は見知っているはずの町なのに、見知らぬ町を通り抜けた。了
2009年5月18日