小説 川崎サイト

 

もう一つの町

川崎ゆきお



 吉村にとっての町は、立ち回り先のことだ。
 住んでいる町についてはあまり知らない。今でも役所のある場所まで迷うほどだ。町の中心部ではなく、へんぴな場所にあるため、そこへ向かう用事がない。つまり、立ち回り先からはずれている。
 定年退職後、吉村にとっての町は縮小された。もう都心部へ出ることも希になり、立ち回り先から離れた。
 一人暮らしの吉村の場合、立ち回り先は主婦のそれと重なることが多い。
 つまり、スーパーやショッピングセンターだ。そこへは毎日立ち回っている。
 近所に複数のスーパーがあり、大きなショッピングモールもある。
 昔なら、近所の八百屋が立ち回り先になっていたはずだが、そういう昔の公設市場のようなものは概に消えている。
 スーパーも同じ店に行くとは限らない。買うものによって店を選んでいる。
 吉村にとっての町は、日用品を買いに行く沿道になった。
 営業マンとして回っていた町は、もう消えている。都心部にあるオフィスビル周辺ももう消えている。吉村の町ではなくなっている。
 ドラッグストアや医院や病院も吉村の町に加わっている。
 立ち回り先が吉村にとっての町となるのだが、それは主婦の町と同じだ。
 子供のいる主婦なら、学校なども立ち回り先になるだろう。ひとり暮らしの吉村は、その意味で主湯よりも狭い町に住んでいる。
 だから、吉村は特に際だった町に住んでいるわけではなく、独自の立ち回り先を持っているわけでもない。
 だが、スーパーまでの道筋を自転車で走っているとき、もし前方から敵が攻めてくれば、どこへ逃げようとか、その敵軍の後ろに回り込むにはどの道を辿ればいいのかを考える。
 これは主婦には思いつかない、もう一つの町だろう。

   了



2009年5月19日

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