小説 川崎サイト

 

活きない経験

川崎ゆきお



 古い記憶が役立たなくなるのは、通用しないためだろう。
 木村は通用しなくなった記憶を辿っていくと、それは単なる思い出であり、懐かしい思い出しかないことがわかった。
 すべての古い記憶がそうではないはずなのだが、貴重性は低い。
 別に思い出さなくても、問題はないような事柄だ。
「ナツメロを楽しむようなものだね」
 同年輩の佐伯に言う。
「価値あるじゃないの。ナツメロは」
「娯楽性かい」
「昔の記憶を楽しめれば、安くつくしね」
「君はたまに思い出す?」
「いやいや、ナツメロ番組を楽しむようには思い出さないさ」
 木村が言いたいのは、過去の経験など、背景が変われば通用しなくなると言うことだ。
「昔の人の知恵とかはどう?」
「今でも通用するものもあるけど、インパクトがないなあ。前例有り程度だろ。まあ、それで安心できるけど」
「じゃ、歴史から学ぶとかは?」
「自分の体験じゃないでしょ」
「そうか、机上論ね」
「そうそう」
「じゃ、なに? 昔の記憶って」
「だから、ナツメロレベルになるのが納得できない。惜しいと思う」
「でも、昔の経験を未だに繰り返したり、自慢してる人、いるだろ」
「経験論者かな」
「そんな論者がどうかはわからないけど、昔うまくいったことをいつまでも通用すると思って、やってる人、いるでしょ」
「そうか、それもイヤだな」
「だから、ナツメロレベルで十分さ。もう個人的な感傷世界で」
「昔はどうだったのかなあ」
「何が」
「昔、うまくいった経験があるとして、それをやるとき、さらに昔の経験を活かしてのかなあ」
「偶然じゃない」
「偶然」
「たまたまうまくいったんでしょうね」
「たまたまか」
「だから、いまやっても、そのたまたまは再現できない。背景や状況が違うからね」
「やはり、ナツメロでいいのか」
「そのほうが安全だよ」

   了



2009年5月20日

小説 川崎サイト