小説 川崎サイト



ソーホー

川崎ゆきお



「結局は内職なんだな」木戸が言う。
「でも最近ないでしょ」
 Tシャツにジーンズ姿の若松が答える。
「うちの婆さんが昔やってたよ。造花を組み立てていた。部屋中花だらけだ」
「紹介してくださいよ」
「昔は内職斡旋所があってね、そこへ行けばあったよ。特別な技術はいらない。単純作業だ」
「もうそれでもいいと思います」
 会場から人が出て来る。交流会が終わったようだ。
「いいんですか、会場へ行けば、もっといい人と話せたかもしれないのに」若松が言う。
「いいんだよ。話に乗った方が損をする」
 会場から出て来た人々は、まちまちな服装で、年齢もまちまちだ。
 エレベーター前にテーブルがあり、スーツ姿の男達が冊子類を渡している。
「ところで、木戸さんは何でした?」
「何って?」
「何屋さんでした?」
「俺はメルマガライターだよ」
「僕はテープ起こしです」
「珍しいね、若い男が」
「妻がやってるもので、実は今日は営業で」
「じゃ、こんなところで、さぼってちゃ駄目じゃん」
「会員登録に来ただけです」
「内職じゃ、食えんだろ」
「はい」
「起業家とかソーホーとか、大袈裟なこと言ってるけど、内職だからね」
「ですね」
「内職じゃ、小遣い銭程度だよ」
「でも、成功してる人も」
「その欲で金を落とすよ」
「ある程度の出費は」
「君らは素人なんだ。上には上がいるんだ」
「うまく利用すれば」
「じゃあ、なぜ会場へ入らなかったの?」
「個人事業主の交流会って言っても名刺を配るだけでしょ。あとは、成功談聞き、ネットショップで店を出そうという話でしょ」
「詳しいね」
「妻がいろいろ行ってましたから」
「で、どう?」
「お金がない人ほど乗ってしまうのかなあ……と」
「よく見てるね。うちで働かない? あ、冗談だよ」
 木戸は立ち上がり、エレベーター前のテーブルを通過した。男達が一斉に頭を下げた。
 
   了
 
 
 

 

          2006年05月4日
 

 

 

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