小説 川崎サイト

 

海外ボランティア

川崎ゆきお



「少しいいですか」
 空港のロビーで男が女に声をかけた。
 男は放送局の名刺を出した。
「はい、なんでしょうか」
「海外ボランティアから帰国されたかたですね」
「そうです」
「あなたの協会からお聞きして、今日戻られると聞いたものですから、少しお話、いいですか」
 男は一人で、カメラは回っていない。
 空港前のホテルの喫茶店で二人は話した。
「海外で教育ボランティアに参加された理由は何でしょうか」
「貧しい国だと、受けるからです。それに優越感も味わえます」
「教員の資格とかは、お持ちですか」
「それは必要ありません」
「ボランティアなので、持ち出しも多いでしょ」
「向こうは物価も安いので、私は大金持ちの文化人です。違いました。文明人です。これは日本では味わえません。何もしなくても、最初から、凄い人だと思われるので」
 男は、表情を変えないで聞く。
「でも、大変でしょ。見知らぬ国での生活は」
「日本の田舎町よりよほどましです」
「それは、人を助けたいからですか」
「私がいい思いをしたいだけです。おかげで、すっかり自信を取り戻せました」
「また、行かれますか」
「でも、今度は日本人がいない町がいいです」
「言葉は分かりますか」
「日本語を話せる人がいますから」
「ボランティアについて話してくれませんか」
「無料で旅行ができ、しかも、無料で滞在でき、楽しい思いをさせてもらえるのですから、ボランティアは素晴らしいです」
 男はこれでは番組には出てもらえないと思った。本音を正直に話しすぎるからだ。
「今日は、お帰りのところ、どうもありがとうございました」
「これは何ですの?」
「番組制作の下準備のための取材で、いろいろな人にお話を伺ってます」
「出演するのですか」
「いえいえ、番組として成立するかどうか、それを調べています」
「どんな番組ですか」
「海外ボランティアで活躍している人たちの特集番組です」
「じゃ、私は関係ないです」
「あなたもボランティアでしょ」
「ボランティアを受ける側です」
「でも海外で日本語を教えに」
「そういうボランティアツアーなんです。私はボランティアではありません。ボランティアされる側です。感謝しています」
「あ、はい」

   了
  


2009年6月4日

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