小説 川崎サイト

 

徒歩の人自転車の人

川崎ゆきお



「おや、久しぶり」
「少し、体調を崩してましてね。もう元気ですよ」
 同じ町内に住む老人の会話だ。
 体調を崩した吉田は自転車に乗っている。声をかけた北村は徒歩だ。
 二人とも一人暮らしの老人で、古い家に住んでいる。年寄りがやたら多い町内だ。
「大丈夫? 自転車、まだ乗れるの」
「歩くより楽だよ。北村さんはいつも歩きだね」
「自転車はあるけどね、近所の買い物なら、歩いても行けるよ」
「でも時間がかかるでしょ」
「なーに、急がなくてもいいよ。スケジュールびっしりの生活じゃないからね」
 北村はレジ袋を二つぶら下げている。
「あのスーパーまで歩きで往復ですか」
「そうだよ」
「自転車なら荷物あっても楽ですよ」
「そうなんだけど、身一つで動くのが気楽でいいんだよ」
「なるほど、元気ですねえ」
「吉田さんも元気戻ってよかったねえ」
「買い物だけじゃなく、また、遠出やろうと思ってますよ。かなり遠距離行けますからね。自転車の場合」
「あまり、無茶すると、また身体壊しますよ」
「いやいや、運動、必要ですから」
「坂なんてきついんじゃない。歩いたほうが楽ですよ」
「大汗かきますよ。息も切れて、心臓もぱくぱく。でも、これが健康法なんです」
「そんな無茶するから身体壊したんじゃないの」
「生活習慣病ですよ。運動不足がいけなかったんだよ」
「そうか、自転車は運動器具のようなものか」
「そうです。そうです」
「でも、近所の買い物なら、歩いたほうが運動になりますよ」
「それもそうなんだけど、歩くのしんどいのですよ。自転車のほうが楽だから」
「あ、そう」
「自転車は普段は車椅子みたいなものでしてね。これは運動じゃないですよ。運動は運動で、またやりますよ。遠出しますからね。そのときはかなりの運動量なんですから」
「ああ、なるほどね」
「じゃ、気をつけて」
「はい、おたがいに」

   了


2009年6月5日

小説 川崎サイト