小説 川崎サイト

 

呪い所

川崎ゆきお



 いつ頃誰が言い出したのかは分からない。だからつい最近かもしれない。その人が昔からあったように言いふらしているとすれば。
 その人は村の長老から聞いたと言ってるが、その長老はもうこの世の人ではない。
「長老から聞いたのは本当ですか?」
 噂を流している本人に調査隊は聞いた。
「長老から直接聞いたわけじゃない。長老がある旅人に漏らしたことを、私が聞いた」
「その旅人が聞いたわけですね」
「そうだ」
「その旅人の名前は分かりませんか」
「旅の宿で知り合っただけで、名前は聞いていない。あとで、その話を思い出し、この村へ来たのです」
 長老が旅人に話した内容は、村に残る因習だった。何かの行事らしい。それもかなり前の行事で、覚えている人はいない。
「他の長老や、村の年寄りは、その行事を知っているでしょ。村の行事なんですから、いくら昔の話でも、少しぐらいは知っているはずです」
「私も、それが不思議でした。誰も知らないのですから」
「じゃ、旅人が嘘を語ったのでしょうか」
「そんな嘘を言う必要はないでしょ。それほど面白い行事ではないし」
「じゃ、長老の話が嘘だったとか」
「それはありますねえ。旅人相手に、面白そうな話を聞かせただけで」
「そうです。旅人に話すぐらいだから、村人にも話すでしょ。それも昔の行事ですし」
「では、私もどちらかにだまされたのかもしれません」
「あなたは、どうして、この村でうろうろしているのですか」
「確かめたかったのです。それでいろいろ聞いているうちに、それが噂になり……」
「そうそう、それで私たち調査隊に耳にも届いたわけです」
「で、調査隊の調査結果はどうでした」
「その行事は、因習というか、人を呪う集まりです。皆さん誰も知らないと言ってます。隠している様子もない」
「じゃ、やはり旅人か長老の嘘だったのでしょうか」
「噂を流したあなたが知らないというのだから、手がかりはありません。しかし、私たち民族調査隊は幅広く調査します。それで、もしかして……と思うようなことが分かりました」
「さすが学術的」
「それほど大したことじゃありません。村の歴史を調べただけですよ」
「ああ、そんな学術的なこと、私にはできませんよ。聞いて回るだけでしたから」
「結果を先に言いますと、この村での話ではないようです」
「じゃ、その因習は別の村の?」
「そんな記録や言い伝えはありませんが、この村の前にあった村の話だとすれば話は分かります」
「この村の前の村」
「この村はかなり昔の記録に残っています。そのときの村人がそのまま今も残っているわけではないのです。今の村人は、前の村のあとに来た人たちが先祖なんです」
「それじゃ、全く切れているのですね。それなら、どうして、長老がそれを知っていたのでしょう」
「さあ、それは、想像の域を出ません」
「前の村の人から長老の先祖が聞いたとか」
 調査隊は噂を流した本人と一緒に、旅人が語っていた呪い場を探した。
 村の奥にある小さな滝の横にあったらしい。木々が茂り、背の高い笹が斜面を覆っているだけで、それらしいものは見つからなかった。
 原点に立ち戻れば、旅人の嘘かもしれない。それが本当だったとしても、今度は長老の嘘になる。
 それ以前に、その旅人から聞いた、この男が最初から嘘を言っていたと見るほうがより現実的だ。

   了


2009年6月8日

小説 川崎サイト