無理な夢
川崎ゆきお
「どんな夢ではやればかなう。やればできるんだ」
日本人宇宙飛行士が子供たちに夢を語った。夢を与えた。
それを聞いていた子供が首をかしげた。こういう子が必ずいる。空気が読めないのか、まじめに考えすぎるのか、調子を合わせようとしない。
「君たちはどんなことでもできるんだ。その可能性があるんだ。だから、子供は素晴らしい。大人のようにあきらめていない。未知数なんだ君たちは」
首をかしげた浩一は、それら全ての言葉に違和感を覚えた。宇宙飛行士はとんでもない夢で、そんなものには慣れないと始めから思い込んでいるわけではない。なろうと思えばなれるだろう。
しかし、浩一にはなれない。他の子供はなれるかもしれないが、浩一には無理だ。
可能性はあるかもしれないが、今の小学校の成績も悪い。中学までは行けるが、公立高校は無理だ。ここで頑張れば、いけるかもしれない。しかし、浩一には大きな夢はない。だから、是が非でも公立高校に入る目的はない。公立高校に入らないといけないのは、偉い人間になるためではない。夢を叶えるためではない。家が貧しいので、私立高校には行けないのだ。親からそう宣告されている。しかし、おそらく公立高校は滑るだろう。そして親がお金を準備し、何とか安い目の私立高校に行かせてくれるだろう。
そこでは成績の悪い生徒が集まっているので、浩一は居心地がいいかもしれない。
高校を卒業すれば就職だ。公立大学へ行ける頭はないだろう。高校の時バイトすれば、、私立大学に行ける可能性はある。
ただでさえ成績はよくない高校生が、さらにバイトにも行くのだから、ますます勉強はできなくなる。まあ、時間があってもしないだろう。卒業すればいいだけだ。
誰でも入れる私立大学に入り、ここでも自分で稼いで学費を払うことになる。
そして何とか大学を出て、就職する。これが浩一の夢と言えば夢だ。
宇宙飛行士はさらに話を盛り上げている。浩一はますます盛り下がっていく。
「君は何になりたい」
と、飛行士は順番に子供に聞いていく。浩一の番になった。テレビカメラが浩一をとらえた。
「総理大臣」
子供たちは笑った。
さすがに宇宙飛行士も苦笑した。
浩一は、総理大臣ではなく、天皇陛下になりたいというところを控えめに言ったのだ。
浩一は、どんな夢でも叶うという、その言葉が気に入らなかったのだ。了
2009年6月10日