小説 川崎サイト

 

坂田の坂

川崎ゆきお



 坂田は自分が坂田なので、坂に関係する人間だと思うようになった。それは自転車で坂を登るのが好きなためだ。
 昔から山登りが好きで、坂をじんわりと登るのが気持ちいいのだ。これを辛く感じる人は山登りはしない。登り切ることで充実するのだ。だが、登っている最中は苦しい。その苦しさは達成感を味わうための過程なのだ。目的は山の頂上ではない。自分の足でその頂上まで登るからいいのだ。
 自転車で坂道を登り切るのは坂田の趣旨とも合っていた。ただ、坂田は山登りであり、登山ではない。つまり本格的な登山ではなく、家族向けハイキングコースを歩くレベルだ。だから、登山向けの服装はしていない。
 自転車も山道を登るルタイプのスポーツ車ではなく、ママチャリだ。
 散歩がてら郊外の住宅地を走っていたとき、丘の上にも住宅が広がっているのが見えた。つまり、坂はそこで登場する。
 その坂がかなり厳しく、坂田は途中で押して歩いた。だが、その横をゆっくりではあるが登っていく自転車があった。自転車は坂田と同じママチャリだ。脚力の差だろうか。
 坂田はその日から、坂を攻める人になった。
 そして、山登りと同じで、登り切ったときの充実感を味わった。
 坂田は坂を求めて、うろうろした。別に山道でなくても、郊外の住宅地には坂が豊富にある。そのひとつ一つをクリアした。
 住宅地の車道なので、それほど極端な坂もなかったのだ。
 その日、坂田は新しい坂を見つけた。下から白い坂の入り口が見えた。かなりの急坂だ。坂の上は見えない。樹木が坂を隠しているのだ。この宅地はよく来ている。今まで見つからなかったのは、山際の奥にあり、道はもう先にはないと思っていたからだ。そのため、丁寧に見ていなかった。
 そして、その坂の真下に来た。
 今までにない急坂だ。これは無理かもしれない。しかし坂田は今まで身につけた坂登りのコツを知っていた。ジグザグに登れば、角度が緩和されることを知っていた。
 失敗すれば、またチャレンジすればいいと覚悟し、一気に駆け上った。
 例のジグザグ法でかなり登ったところで、忍び返しのように、垂直ではないかと思えるような最後の勾配が来た。さすがにこれは無理だと、あきらめ、自転車を降り、息を整えながら汗を拭いた。
 そのとき、「こらー」と、下から声が聞こえた。
「誰だ、屋根に登っとるのは」
 坂田は道ではないことに気づいた。
「紛らわしい建て方するな」と、坂田は呟きながら屋根から降りた。

   了


2009年6月12日

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