小説 川崎サイト

 

厚揚げ

川崎ゆきお



 斉藤はいつもコンビで厚揚げを買っている。安くていいからだ。
 いつも買うのは三角の厚揚げで、オーソドックスなものだ。
 たまには違う厚揚げを食べなくなる。厚揚げが続くと飽きるからだ。残すこともある。
 斉藤がコンビで買うのは、駅と家の間にあるからだ。ほとんど外食ですませているが、給料前になると、自炊する。そういうとき厚揚げが安いので、重宝するのだ。
 厚揚げはフライパンで温める。焼くというより炒める感じだ。油を敷かなくても厚揚げの表面から油がでる。
 網で焼いた方がおいしいのだが、モヤシと一緒に炒めた方が手間が少ない。
 その日も給料前で、厚揚げを買うことになったのだが、数日続くと飽きる。しかし、厚揚げからは離れられない。
 駅の改札を抜け、反対側に歩き出す。踏切を渡るとすぐそこにスーパーがある。
 スーパーは大量に買う場所という頭があるため、厚揚げとモヤシだけを買う雰囲気になれない。
 しかし、違った厚揚げがスーパーにならあるはずだ。少し高いかもしれないが。
 スーパーに入ると、さすがに広いため、厚揚げ売場がなかなか見つからない。豆腐を売っている場所をやっと見つけ、そこでやっと厚揚げの棚の前に立つ。横にちくわや蒲鉾もある。
 やはり厚揚げの種類は多くあった。いつもの不満は、木綿の厚揚げしかなかったことだ。柔らかい絹こしの厚揚げが食べたかったのだ。
 サイコロ状に小さく切ったものもある。厚揚げは三角とは限らないのだ。しかし、三角の厚揚げが一番安い。
 斉藤は来てよかったと思った。いつもの三角に比べ、倍の値段だ。厚揚げの皮も、艶があり、油を多く含んでいそうだ。
 斉藤は厚揚げとモヤシを買った。厚揚げは高かったが、モヤシは安かった。
 そして、スーパーを出る。
 いつもは踏切を渡らないが、反対側に出たので、今夜は渡らないといけない。
 ちょっとした変化を斉藤は気にするタイプだ。いつもと違う行為をとったとき、トラブルが起こるのではないかと、あらぬ心配をする。
 それが脳裏にきた。
 踏切を渡ろうとすると、チンチンと鳴り出した。今なら渡れる。まだ遮断機は動いていない。
 遮断機は左右にあり、一方が先に降りるが、もう一方は少し間をおいてからだ。
 後ろからきた自転車が、さっと渡った。
 充分渡れる。
 何か起こるかもしれないという頭はあったが、斉藤は勢いで渡った。
 別になにも起こらなかった。
 そして、戻ってから、無事、絹こしの厚揚げを食べて寝た。

   了


2009年6月23日

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