夜中の一時だった。チャイムが鳴った。この時間鳴らす人はいない。家族の誰かが死んだのだろうか。それなら電話があるはずだ。
私は夜更かしなので、まだまだ起きている時間だが、他の家なら迷惑な訪問だろう。
玄関を開けると、老人が立っていた。
「森田です」
「はあ」
数軒先に同級生の森田の家がある。そこの隠居さんだが、普段からの付き合いはない。
「これを忘れちゃ駄目でしょ」
森田老人は小さな刀を差し出した。
見覚えはない。
「魔獣を倒すための勇者のロングソードだよ。魔斬りの剣だよ。せっかく手に入れたのに、あんた拾うの忘れて去ってしまうんだから……今頃探してるんじゃないかと心配してね、届けに来たわけですよ」
私は森田老人が何を言っているのか分からなかったが、言わんとすることは理解出来た。
「わしは、もう寝るが、明日またオセローの洞窟でお会いしましょう」
翌日私は森田老人を訪ねた。
「お爺ちゃんはお休み中なんですけど。何かご用ですか」森田の嫁は結婚したころの面影はなく、ただのおばさんだ。
「これなんですがね?」
私はペーパーナイフを見せた。
「何ですか? これ」
「心当たり、ありませんか?」
「新ちゃん、ちょっと」
嫁は中学生の息子を呼んだ。
「ここじゃ何ですから、上がってください」
森田の家に上がるのは、小学校のころ以来だった。
新一はペーパーナイフを知っていた。ゲームの付録で魔斬りの剣だと言った。
「お爺ちゃんもゲームするの?」
「ああ」
「このゲームのマニュアルはない?」
「爺ちゃんに渡した」
私は、ゲーム内容を聞いた。
勇者が魔獣を倒し、帝都を解放するというありふれたものだった。
「あのう、お爺ちゃんが、何か?」嫁が聞く。
「独自の世界に入っているようですね」
「爺ちゃんは魔導師さ」新一がニヤリと言う。
「何かご迷惑でも……」
「早く帝都を解放することです」
「はあ……」
嫁は新一の顔を見た。
了
2006年05月8日
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