小説 川崎サイト

 

見えない交差点

川崎ゆきお



 炎天下散歩中の老人が、不思議なものを見た。不思議な現象が目前にあったわけではない。ごくふつうの住宅地の通りだ。少し古い町並みだが、情緒があるわけではない。偶然古い家が残っているだけの通りだ。
 新興住宅地より、こういう少し古い通りの方が歩きやすいのだろう。結構背の高い樹木も庭から延びている。
 その樹木が通りに影を落とし、少しは涼しいのだ。
 老人が見た不思議な現象とは、見た目はふつうなので、騒ぐほどのことではない。
 それは、交差点注意。飛び出し注意の文字だ。道路標識ではない。誰かが設置したパネルだ。
 老人が不思議がったのは、一直線に伸びたその通りには交差点がないのだ。あるにはあるが、もう少し先で、近くにはない。
 飛び出し注意なら、小さな横道があるとか、子供が出てきそうな施設があるはずだ。
 そういうものは見あたらない。
 左側は農家の土塀が長く続き、繋ぎ目のないまま次の民家のブロック塀が続いている。右側は背の低いマンションや長屋が続いている。建物と建物の間は塀があり、隙間はない。門や玄関から子供が飛び出すかもしれないが、交差点ではない。
 それなのに、交差点注意とあるのだ。
 老人は意味が分からなかったが、常識的な意味での意味が分からないと思っただけで、実は他の可能性を考えていたのだ。
 炎天下だ。頭がぼんやりしている。思考に隙間が生じるのかもしれない。
 交差点はないが、隙間があるのではないかと、とんでもないことを考えた。どう見ても、交差点と言えるほどの道幅の隙間などないのだ。
 人一人がやっと通れる余地のような隙間でもいい。しかし、前方の左右は詰まっている。
 老人の考えでは、左右に道が開けるのではないかという妄想だ。
 それは、異次元の隙間が、すーと開き、この通りと交差する感じだ。
 そこに塀があろうがマンションがあろうが、関係なく、それは開く。しかも交差点なのだから、両側とも開くのだ。
 老人はこの説に納得したわけではないが、炎天下で頭が緩くなっているため、あらぬことを想念しただけのことかもしれない。
 交差点注意のパネルは、誰かが貼ったのかもしれない。貼ってある場所は、農家の土塀と、その次の民家のブロック塀の間だ。
 ブロック塀は土塀より飛び出しており、その箇所はわずかな断面になっている。
 飛び出し注意のパネルも、そのブロック塀の断面に並んでいる。
 異次元の通りと交差すると、面白いのだが、そんなことがあれば、大変な騒ぎになるだろう。

   了


2009年6月26日

小説 川崎サイト