負けない男
川崎ゆきお
勝利の方程式がある。植田はそれを会得した。どこかに書かれていたか、ドラマでやっていたのかは忘れた。だが植田独自の方程式でない。
負けず嫌いの植田は勝ちたいと思っている。負けることの不快感が嫌なのだ。
負けると、もうやる気がなくなり、すべて投げ出したくなる。そのためには勝つしかない。
負けることで人間は成長しないと、植田は考えている。これは誰かから聞いたわけでもなく、ドラマでやっていたわけでもない。
負けることにより、勝つ方法を編み出す話は多い。負けることや失敗することで、何かを見いだしたり、それを契機に一大変身を遂げるとかだ。
植田はその方法ではうまくいかないことを知っている。本当に嫌気がさしてやる気を失い、立ち直れないのだ。
それを乗り切ってこそ成長するのではないかと、友人はいうが、植田には通じない。
それで植田が導入した必勝法は、実に簡単だった。
負けるような状況にならないことだ。だから、高校も大学も、絶対に入れる三流にした。ほとんど受験勉強なしで、入学している。在学中も成績は悪くはない。そのため、成績が悪いと叱られたこともない。
つまり、レベルを落とすことで、難を避けているのだ。
世の中には上には上はいるが、下には下がいる。この底辺狙いは、ことごとく成功している。上を狙わないのがコツなのだ。
しかし、同級生に比べ、給料は安い。ここで比べてしまうと、都合が悪いので、同窓会には行かない。
植田は三十すぎにはもうその必勝法を忘れてしまっていた。それで、あらぬことが起こったわけではない。油断が生じたわけでもない。
すっかり会得してしまい、考える必要もないほど身に付いてしまったのだ。
世間から見れば、平凡な人間で、目立たない。特に何かを成し遂げた人間ではないので、成功者とも呼べない
しかし、植田の内面では、成功し続けているのだ。
では、成長はあったのだろうか。人間として。
植田の目的が低いため、達成しても、成功したとはいいがたい。誰でもできそうな安易なことのためだ。
弱い人間には弱い生き方がある。植田は幸せな人間かどうかは分からない。
幸福という高いレベルを求めていないからだ。了
2009年6月29日