小説 川崎サイト

 

ビワの葉

川崎ゆきお



 雨の降る日は気圧が低い。吉田は低気圧だと体調が悪くなる。といって高気圧だと調子がよくなるわけではない。
 しかし、低気圧の方が辛く感じる。雨が降り、閉鎖的な気分になるためだ。
 雨の降る日は元気がないので、寝転がっている人もいる。空気が重いので、体も重くなるためだ。それに気管も細くなるようで、息苦しい。そのため、たばこを吸っても、いつもの感じではない。そのため、強く吸い込むようだ。
 吉田はガラス戸を開け、雨を見ながら布団の中で転がっている。
 隣の庭に生えているビワの木の葉が雨で動く。滴を大きく溜めたとろで、風が吹くと、一気に落ちる。下の葉もその衝撃で、ばたばたする。
 それをじっと見ている。下手なテレビ番組を見ているより、飽きない。
 また、刺激をそれほど欲していないため、面白がって見ることもない。期待していないため、そういう些細なことでも十分楽しめる。
 ただ、これは楽しみにうちには入らない。それを見るため、わざわざ見やすい姿勢をとったりしない。当然ながら、雨の日の楽しみとして、待っているわけではない。
 むしろ雨の日は嫌で、何ともしがたい日の慰みごとだ。
 雨音はトタン庇に当たる音ばかりが耳に響き、風流ではないものの、雨足の早さや強さにより、音色が違う。
 今日の雨は、風があるのか、その強弱がいつもより強い。
 吉田はその状態を二時間ほど続ける。さすがにそれ以上だと眠くなる。そのまま寝てしまってもいいのだが、夜に眠れなくなるので、我慢する。
 ずっと同じ箇所ばかり見ていると、妙なものに見えてくる。もうそのときは目のピントはビワの葉にはない。どこにもピントがきていないので、おそらく無限域にあるのだろう。
 そういう状態になると、不可解なものが見え出す。人間の顔が一番多い。ビワの葉が集まっている箇所が、人の顔に見えるのだろう。
 平行に並んでいる二つのものがあると、もうそれだけで目になる。目になると、それは顔になる。鼻や口はなくてもいいが、その気になって探すと、形作られるようだ。
 おやっと思うことがある。やや横を向いている顔に見えたりするからだ。
 人の顔なのだが、緑色をしている。もし、白い顔が出てきたとすれば、飛び起きないといけないだろう。寝ている場合ではないのだ。心霊現象を見たことになり、吉田は人生観を変えなくてはいけないからだ。
 しかし、目のピントをビワの葉に合わせ直すと、ビワの葉になる。元に戻る。
 相変わらず体がだるい。

   了

 


2009年6月30日

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