小説 川崎サイト

 

夢の山

川崎ゆきお



「今回もまた、不思議な夢の話なのですが」
「はい、聞きましょう」
「よく夢の中に出てくる山があります。山の名はわかりません。わかっているのは、平野部から一番近い山です」
「はい」
「説明、わかります?」
「続けてください」
「子供の頃には見なかったのですがね。大人になってから見るようになったのです。だから、夢の中の風景は、きっと子供の頃の思い出のはずです。ところが、そんな山なんてないのですよ。場所はわかっているんです」
「子供の頃にはその山があったのですか」
「万年も生きてませんからね。その場所は今と同じ場所にあるはずです。山なんだから、動かない。また、山が削られて平地になったとは考えにくいです。なぜなら、近くですから、そんな変化があればわかります」
「で、その山がどうかしたのですか」
「山が、どうかしたんじゃなく、そんな山が現実にはないのですよ。子供の頃からなかったし、今もないのです」
「どんな山ですか」
「高い山が背後にあります。その麓の小さな山です。一つじゃなく、いくつもあります。山というほどの高さはないのです。山の根のような。丘のような。でも、しっかりとそれは山なんです。なぜなら、大きな山と同じ樹木が茂っています」
「里山ですか」
「村という感じじゃないです。住宅地です」
「じゃ、山は住宅地の中にいきなりあるのですか」
「いえ、山の周辺は田畑が残っています」
「じゃ、里山ですね」
「それは、どちらでもかまいませんが、小さな小山がいくつもあるのです。でも、そんな場所は現実にはないんです。子供の頃にもなかったはずです」
「じゃ、別の場所じゃないですか」
「いえ、方角的には、そこしかないのです」
「夢の中にだけ、登場する小山群なんですね」
「そうです。ないものをどうして記憶しているのでしょうね」
「記憶?」
「夢は、一度見たものが再現されるのでしょ。見たことがない映像は夢にはならないはずです。どこか、思い当たるものがあるはずなんです」
「ありませんか?」
「えっ、何が?」
「思い当たる映像です」
「どういうことでしょう?」
「高い山が背景にあるんでしょ。その手前の小山は、存在しない。そうなると、その小山は別のものと入れ替わっているのですよ。何か思い出せませんか?」
「まさか」
「はい、言ってください」
「それは、二メートルほどの高さの盛り土ですよ」
「それはどこで見ました」
「近所の氏神様にある愛宕神社の祠です。ちょっと高い場所にあります。これは、丘じゃないし、山じゃないですよ」
「でも、似ていませんか」
「ああ、そういえば」
「大人になってから見ると二メートルほどの盛り土でも、物心ついた頃見ると、それなりに高い山ですよ」
「ああ、なるほど。そういえば、氏神様の境内には、ほかにも高いところがあります」
「夢の謎、解けましたか」
「はい、氷解しました」

   了


2009年7月2日

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