小説 川崎サイト



第三エロス

川崎ゆきお



「難しい話はやめましょ。結局あんたらがやってることは風俗や」
 滝井旅館の女将滝井梅が切り出した。
「いえ、私ども第三セクターがやっておりますのは福祉でして」
 副理事長は蕎麦湯をすすりながら答える。
「いつから赤線が復活しましたんやろなあ……しかもお上公認とは、どういうことですねや」
「滝井さん、あなたは誤解されておる。ご自身がそうだからといって、私どもまで、そのような目で見られるのは如何なものかな」
「これは聞き捨てならん! わてところは赤線とちゃいまっせ」
「いやいや、私はそれを追求するつもりはありませんよ。何も見えず、何も聞こえずです。私どもの施設は滝井さんところとは全く違うものですから、同じように見てもらっては困るのです。また、同業者扱いも困ります」
「同じやおまへんか」
 梅はラッキョを箸で器用に挟んだ。
「駅前の一等地で店開かれたんでは、黙っとれまへんさかいな……それならそれで、挨拶の一つぐらいしたらどないだす」
「何度も説明申し上げましたように、第三セクターはお上の仕事ではございません」
「あほ言え、お上やから駅前の一等地に店出せたんやないか。お上が金出して作った店やないか」
「店ではありません。老人福祉施設です」
「それ、失敗しましたんやろ。どえらい赤字出して、にっちもさっちもいかんようになって、閑古鳥鳴いてた言うやおまへんか」
「ある程度、公共性のある事業ですので、そこは歯を食いしばり、経営の健全化に……」
「それで副理事長はん、あんさんが起用されたわけでんな。蛇の道は蛇。わても長いこと、この業界にいてますさかいな、あんたが怪しいと真っ先に気付きましたんえ」
 梅は封筒を副理事長に突き出した。
「何ですか? これは」
「あんさんの職歴を調べさせてもらいました」
「ほう、そこまで、やりますか」
「ミナミの清。またの名をミナミのハンザキ。八つ裂きにされても生きてる男や」
「滝田さん、そこまで分かってるのでしたら、面倒な話はやめましょうよ」
「清はん、わてが京阪のこの場末で宿してるの、小馬鹿にしてますやろ。終戦直後と同じやり方続けてる古代魚やと……」
「滝田さん。私も古い人間ですよ。それに私も年をとりすぎた。もうミナミで生きて行くだけの元気はないのですよ」
「それで大阪府市に拾われたわけでんな」
「大阪府です。先の知事と面識がありましてね。ただの老人保養所や健康ランドでは、人が来ないのですよ。リゾートは全滅ですしね」
「そやから言うてお上が風俗してええのんか……それはあまりにも身勝手や。大阪府バックの風俗店は反則ですがな。従軍慰安婦時代に戻すつもりでっか」
「何度も申し上げておりますように、駅前のセンターは府や市が経営しているわけではありません。それに福祉施設ですからね。妙な言い掛かりは迷惑です」
「わてだけやおまへん」
「何がですか」
「お風呂の組合でも問題になってますのや。影響はおまへんけど、やってることが同じでは、筋を通して欲しいと」
「お年寄りに入浴させることが、営業妨害になるとは思えませんよ」
「銭湯の組合とちゃいますがな……あんさん、分かってて、そないとぼけたら、どんならんで」
「身体のご不自由なお年寄りの入浴ですから、介護が必要でしょ。民間でもやっていることです」
「あんさんとこは、ヘルパーやのうてヘルス嬢やとの噂がありまんねやで」
「滝井さん。要求は何ですか?」
「ピンサロやトルコ、裏ビデオ試写室。エロ本。そういうの総合的に扱うてる一大ピンクセンターや言うことを、言い触らしましょ、言うてますのや」
「リハビリ、介護入浴、マッサージ、歓談室、映画鑑賞、図書館、何の問題もありません。苦情どころか、みなさん喜んでおられます。大阪の第三セクターで唯一成功した貴重なモデルですよ」
「ミナミのハンザキが生き返りましたなあ。それを全国の自治体に広め、子分のエロ事師を送り込ませ、全国制覇狙うてますやろ。滝井の梅の目の黒いうちは、そんなクサイ真似はさせまへんで」
 ハンザキは、ニヤッと笑った。
「分かりました、滝井さん。便宜を図りましょ」
「おお、話が遅まっせハンザキはん。これだけ話さな通じひんとは、意地悪がすぎますがな」
「ヘルパーさんが不足してます。それに教育も今一つでして、良き指導者を探していたところです」
「断っておきますけどなあ、わては風俗嬢の世話はお断りでっせ」
「当然ですよ、滝井さん。今度別館を建てます。そこは宿泊施設にするつもりです。ゆっくりと一晩かけて元気を出し切っていただきたいからです」
「遊郭を作りなはんのか」
「もう少し、小さな声で、お願いします」
「はいはい」
「昔の習わしを知っている指導者がいないのですよ。人材不足です。ほとんど消えた伝統世界ですから」
「そんな、伝統芸能みたいな言い方されても」
「お年寄りの中には、その作法でないと看護させない堅物もいますし、古き良き仕来りを、後世にも残す必要もあるわけです。これは文化事業です」
「はいはい」
   ★
 その後、ミナミのハンザキと滝井梅のプロジェクトは全国の第三セクターに広まり、倒産直前のリゾートも、巨大なピンクのネオンが輝き、自治体の面目は保たれた……。
 という話は、とんと聞かない。
 
 了
 
 
 


          2003年10月16日
 

 

 

小説 川崎サイト