深夜ファミレス
川崎ゆきお
ケータイメールでしか知らない。 今夜会うことになっているが、顔も本名も知らない。 人と人は簡単には出会えない。 それは相手がいるからだ。それが分かってしまうと会う気にはなれないかもしれない。 なぜなら、現実はあまりにも生々しいからだ。 ★ トシはアイと会うため深夜のファミレスへ向かった。 場所はアイが指定した。 トシの住む町の端にあるファミレスだ。アイは隣町に住んでいるのかもしれない……とトシは思った。 自転車でトシは向かった。あまり来たことのない場所で、その道路も走ったことはなかった。 町の端に出た。その先は隣町で新興住宅地として開けている。ファミレスはその道路沿いにあった。 ★ ドアを開けると、係員が人数を聞いてきた。 「待ち合わせです」 トシはそう答えながら、店内を見渡した。 深夜なのに客は多く、ほぼ満席だ。 一人客の女を捜した。 だが、一人でテーブルを占領している女はいない。 隅っこに小さなテーブルが空いていた。トシはその席に着いた。 待ち合わせ時間より早かったのかもしれない。アイはまだ来ていないようだ。 トシはドリンクバーを注文し、バーで氷をグラスに入れ、コーヒーを注ぎ入れた。 ★ 十分が経過した。 アイの姿はない。 トシはケータイを見た。約束の時間からまだ五分しか経っていない。 まだ、来る可能性の方が高い。 ★ トシはメールを出した。 ★ 数分待ったが返事は届かない。 トシは、打率を考えた。 半々だった。来なくても不思議ではないと思っている。むしろ、ノコノコ出て来る方がおかしいとも……。 ★ 約束の時間から三十分経過した。もはや決定的で、来ないとトシは思った。 ★ そのとき、入り口から歩いて来る女の子がいた。 カジュアルな服装で、雰囲気的には普通の女の子だった。 女の子は係員に何かを告げ、トシの方へ近付いて来た。 「トシ?」 「アイ?」 女の子は頷きながら口元をほころばせたが、唇は歪んでいた。 「すぐに分かった?」 「うん」 「どう?」 「何が?」 「印象」 「さあ……」 「トシは?」 「えっ?」 「印象」 「うん」 お互いに答えにくいようだ。 ★ アイはピザを注文した。 「バイトが遅くなって……引き継ぎ、手間取って、遅れた」 「そう」 「ドタキャンだと思った?」 「そうかも……と、ちょっと」 「だって、メールで会うと言ったでしょ」 「まあ」 「信じてなかった?」 「信じてるから来た」 「うん。私も」 ★ ピザが来た。 アイはドリンクバーへ向かった。 その後ろ姿をトシは見ている。 アイはそれを見られていることを感じているようだ。 ★ ピザが来た。 「少しどう?」 「ああ」 「食べると落ち着くかも……」 「そうだね」 二人はピザをつまんで食べた。 「アイは何歳?」 「何歳に見える?」 「僕は何歳に見える」 「私より年上かも」 「そうかも」 「うん」 「メール読んでくれてる?」 「だから、今夜来たんじゃない」 「そうだね」 「車?」 「原チャリ」 「僕は原なしの、チャリ」 「そう……、遠かった?」 「市内だから、それほど」 「……だよね」 「どうして、このファミレス?」 「バイト先から近いから。帰りに寄れるからよ」 「バイトって何だった?」 「コンビニ」 「何も知らないね、君のこと」 「聞かないからよ」 「尋ねられてやっと答える?」 「楽しいことじゃないし」 「コンビニが?」 「バイトだから」 「仕方なしに働いてる?」 「うん、好きで来てるバイト、いないみたい」 「話題、変える?」 「うん」 「で、どう?」 「うん……」 「大丈夫そう?」 「トシはどう?」 「僕はOK」 「私も」 「メールとそんなに変わらないし」 「実際とはかなり違うと思うけど」 「普通かも」 「そう」 「ミスマッチじゃなかった?」 「うん」 「明日も会ってくれる」 「車で来る」 「うん」 「時間は?」 「今夜と同じぐらい」 「じゃ、明日」 「顔見るだけだったからね」 「うん」 ★ 次の夜、トシは車でファミレスへ向かった。出掛ける前、入念に車内を掃除した。 ★ 自転車と車とではスピードが違うため、距離感がおかしくなる。 と、トシは思った。 行き過ぎたのかもしれない。既に隣町の中程まで踏み込んでいる。 トシは次の角で左折し、最初の交差点で、もう一度左折した。Uターンしたことになる。 碁盤の目のように規則正しく道路が走っていた。よくある新興住宅地の風景で、似たような坪数の家がチマチマと並んでいる。 アイもこの辺りに住んでいるのだろうか……と、トシは勝手な想像をした。 ★ トシは隣町との境目の道路に出た。その道は昔からあるらしい。道沿いの建物が古いためだ。 幹線道路らしく、交通量もそこそこある。コンビニの前を通過した。 アイのバイト先かもしれないが、コンビニは無数にあるため特定出来ない。 ★ 交差点に差しかかった。 トシの町へ向かう道と交差している。右折すれば戻ってしまう。 トシは忘れ物をした小学生のような気持ちになった。 その幹線道路沿いにファミレスがあったはずなのだ。それが見当たらない。 煌々と輝くネオン看板と、大きなガラス窓から漏れる明かりで、簡単に分かるはずなのだ。それが見えない。 ★ トシは右折した。いったん戻ることで、場所を確認するためだ。 トシの町から見ても、隣町から見ても、その幹線道路は町の外れにある。癖地だとも言える。 何かが果てる場所は、独自の雰囲気がある。 しかし、その町境の幹線道路は抜け道になっているらしく、交通量が多い。ファミレスやコンビニが出来てもおかしくない。 ★ トシは自転車で来たときのように、もう一度幹線道路にぶつかり、左折した。 そこから自転車で、ほんの少し走った所にファミレスがあったはずだ。 トシは後続車を気にしながら、出来るだけゆっくりと走った。 しかし、ファミレスの明かりは見えて来ない。 車のデジタル時計が約束の五分前を書き出している。 ★ トシは次の角で左折し、車を止めた。 アイにメールを送った。 少し遅れるかもしれないと。 ★ 返事はすぐに来た OKとなっていた。 ★ トシは再び、幹線道路に戻り、車を走らせた。 定休日なのかもしれない。明かりを消しているので、見付けられないのかもしれない。 トシは、そう思い、今度は目をこらしながらファミレスを探した。 ★ しかし、そのファミレスは姿を現さなかった。 トシは何往復かした。それでも駄目だった。 ★ 幹線道路ではUターンが出来ないので、何度も住宅地の中を曲がり込んだ。 既に約束の期間は過ぎていた。 トシはメールを打とうとボタンを押しているとき、女が歩いて来る姿を見た。 トシは、その偶然を喜んだ。 トシはルームランプを点けた。 歩いて来たのはやはりアイだった。 トシは軽く手を振った。 アイもすぐに気付いたようで、急ぎ足で近付いて来た。 ★ トシはアイを助手席に乗せた。 短いスカートが余計に短くなった。 トシはルームランプをすぐに消した。 「ドライブ行く?」 「うん」 トシは車を発進させた。 「ねえ」 「なに?」 「食べてからしない」 「ああ」 「おなか、ちょっと、すいちゃってる」 「分かった」 トシは幹線道路に引き返した。 「あのファミレス、休みかも」 「そうなんだ」 トシは何度も往復した幹線道路を進んだ。 ほんの少し、行ったところに、煌々と輝くファミレスが視界に入った。 「あ」 「どうしたの」 「やってる」 「えっ、なに?」 「ファミレス」 「また、ピザ、半分こしようよ」 「あ、ああ」 ★ 車はファミレスに吸い込まれるように駐車場へ入って行った。 了 |