いる場所
川崎ゆきお
昼休み、幸一は現場に来ているおじさんの愚痴を聞いていた。 「何かいるんや……それははっきりしてるんや。何もないねんやったら、何も起こるかいな」 工事現場ではよく出ると聞いていたが、殆ど人には言わないらしい。口に出すのが怖いからだ。 「掘削機がな、今までカチカチ音立ててたのが、急にカーチンカーチンと、ゆるなってしまいよるんや。機械の故障やあらへん。そこに何かおるからや。そんなこと、工事してたら、しょっちゅうやからな。段取り悪うてモタモタしてるんやないねん。何で、こんなけしか進んでないねんと言われてもやなあ……それは原因が違うねん。おるからやねん」 「オバケですか?」 「それは分からん。そやから、わしが言いたいのはな、上の者、現場来て一回見てみいちゅうこっちゃ。誰がやっても、どんな機械使うても、調子が悪なるねん。現場ではそういうことがあることを、上の者、理解せなあかんわけね。実際の話」 おじさんは喋ることに夢中で、弁当を食べる暇がないようだ。 「こういう現場でな……工事が遅れる理由の殆どが何かおるからやねん。それは報道出来んから、機械の故障とかキツイ岩盤に当たったとか、水が出たとか言うて誤魔化してるわけや」 「そうですね。祟りとかは言えないでしょうね」 「会社の人間は上から見て、報告だけ聞いて、とやかく言うなっちゅうことや。新しい機械入れてもあかんねんや。現場を見てないからそんなことするわけや」 「現場主任さんは、分かっているのですか」 「あの監督、現場に出てないやろ」 「毎日見かけますが」 「掘削機ある場所まで来てないやろ」 「そうですね」 「結局わしら下請けや孫請けが現場仕切ってるわけや」 幸一は弁当を平らげたが、おじさんは割り箸を動かしているだけだ。 「ちょっと霊感のある奴やったら、ここに入っただけでサムイボ立つはずや。何かおること、すぐに分かるはずや」 「何かって……やはりオバケですか」 「自縛霊やろ」 「えっ!」 「自殺の名所やここは」 「そうなんですか」 「掘削機故障するのは、掘り返すな! 言うとるんや」 「本当に、そんなことがあるのですね」 「まだ、大人しい方や。発電機回ってるのに電気が来んとかな」 「それは、やはり報告しにくいですね」 「君も、他の仕事探せ」 「でも、日給が良かったので」 「プロの日雇いやったら、現場来た瞬間まずい思って帰るぞ」 「でも、随分人がいますよ」 「にぶい連中しか残っとらん」 「ここ、何だったのですか」 「病院が近いやろ」 「来るとき、見ました」 「病人が自殺に来る場所や」 昼休みが終わったのか、掘削機がカッターンカッターンと間の抜けた音を立て始めた。故障は続いているようだ。 幸一は林道に戻り、交通整理の立ち位置に付くが、入って来る車も人もない。仕事としては楽だが、おじさんの話を聞いてから、気分が悪くなってきた。 掘削機があの調子なので、作業に戻らず、日陰で昼寝をしたままの作業員もいる。 「今日はもう中止かな」 建設会社の人が幸一に声をかける。 「やはり、何かいるんですね。この場所」 「誰に、そんなこと、聞いた?」 「あそこにいるおじさんです」 幸一は指差した。 「何処に? そのおじさん」 弁当を持ったまま、座り込んでいるおじさんが、幸一には見えている。 「誰もいないよ」 幸一は、ぐっと目を開き、何度も瞬きをしながら、おじさんを見た。 横顔だったおじさんの首が幸一のほうを向いた。 そしてニヤリと笑った。 了 |