小説 川崎サイト



遺産

川崎ゆきお



 父が蒸発して一年になる。
 会社をリストラされ、生きる望みを失ったのか、残った家族を養うのが邪魔臭くなったのか、定かな理由は何も分からないが、父が消えたことは確かだ。
 母はパートへ行き、姉は就職し、僕は受験勉強の日々。
 塾へ行くお金をバイトで作ろうとしたが、それでは受験勉強の妨げになると母に言われ、大人しく家にいる。
 公立大学へ入れる自信もなく、私立では学費どころか入学金さえないので、すべれば就職することになる。
 父さえ逃げなければ私立に行けたのにと思う。
 僕の人生は狂ってしまった。
 父の書斎はそのままで、開かずの間のようになっているが、ドアは開く。
 母は蒸発の原因を探ろうと、書斎の中を調べていたが、手掛かりは見付からなかったようだ。
 姉は父が嫌いだったので、書斎に入る気は最初からない。
 父の書斎は、父の秘密が開くパンドラの箱でもありそうで、中に入るのが怖かった。
 しかし、大きなボストンバックがなくなっており、大事なものは持ち出したはずだ。
 父が消えてから、家が広くなった。書斎にも入れるので、たまに休憩場所として使っている。
 この家のローンはまだ残っているらしいので、僕はこの家を継げないかもしれない。きっと人手に渡るだろう。
 お金さえあれば解決する問題なのだが、姉も結婚すれば家にお金を入れないだろうし、母のパートだけでは維持出来ないだろう。
 やはり僕がいい大学を出て、それなりの収入を得ることが期待されている。
   ★
 その夜、勉強も終え、寝る前だった。トイレの帰り、書斎に入った。何かエッチな物が書斎にないかと考えたからだ。
 男なら、きっとどこかに隠しているはずだ。書斎にはテレビがあるので、きっとアダルトビデオの一本ぐらいはあるはずなのだが、録画された映画しか見当たらない。
 裏ビデオとかはきっと別の場所に隠されているはずだ。蒸発するときに持ち出したとは思えない。
 きっとあるはずだ。
 父とは同じ遺伝子、同じ血を引き継いでいるのだろう。隠し場所は簡単に分かった。
 僕が隠している場所と同じだった。
 天井裏から古びた箱を降ろし、蓋を開けた。
 しかし、期待していたビデオはなく、スケッチブックや、書きかけの漫画原稿が入っていた。
 父が漫画を画いていたことなど聞いたことがないし、絵を画いてる姿も見たこともなかった。落書きさえしない人だった。
 錆びたペン先や透明感を失ったアクリル定規も出てきた。
 なぜ、漫画を画く道具を隠しているのだろう。
 僕は漫画の生原稿を見た。絵柄はかなり古いことから、父が若かった頃のものかもしれない。
 スケッチブックの下から漫画とは関係のないものも出てきた。成人映画のパンフレットや、何かの契約書や、念書などだ。
 さらにその下に、一枚の絵地図が出てきた。父が記したのだろうか。
 廊下で物音がした。
 僕はその地図だけを抜き取り、急いで秘密の箱を天井裏に戻した。
   ★
 次の日曜日、僕はスコップを鞄に入れ、電車に乗っていた。行き先は父の実家のあった町だ。
 その絵地図は非常に狭い範囲しか記されていない。絵地図の真ん中に黒いマークがある。
 父が子供の頃に記したものだと最初思ったのだが、紙が新しい。よく見るとコピー用紙だ。つまり、絵地図が薄くなったのでコピーをとったのかもしれない。
 町名やメモの文字は父の筆跡だと思う。
 よほど大事なものかもしれない。
 マークのある場所に何があるのだろう。一番気になるのはそれだ。
 父は蒸発した。天井裏の秘密の箱は見付けられることを知っているはずだ。だから、それほど大事なものではないのかもしれない。
 だが、気になる。
 父が漫画を画いていたことを初めて知ったように、この場所も気になった。
 絵地図と現実とのギャップは沢山あったが、黒マークまで達した。
 既に野原はなく、建物で埋め尽くされている。父の実家があった場所も高層マンションになっていたし、そこから野原に出る路地も大きな道になっている。
 野原に一本松が立っているはずなので、それが見付からなければ諦めて帰ろうとした。
 これだけ家が立ち並んでいると、松も切り倒されているはずだ。
 小さな一戸建ての家がずらりと並び、私道が左右に伸びている。
 きっと野原がゴッソリ分譲住宅地になったのだ。
 松の木は野原の真ん中辺りに記されているので、分譲住宅地の中心部へ進んだ。
 そして、松の木を発見した驚きで足が震えた。
 松の木は野原の中に立っていたのだ。
 よく見ると、ここには家があったらしく、周囲はブロック塀で囲まれている。
 松の木を残したまま家が建ち、その家も取り壊され、更地になったのだ。
 雑草が生い茂り、その端に大きな松の木が立っている。
 松の木の下のアップ図があり、方角や角度も記されている。
 僕は鞄からスコップを取り出し、根元を掘った。
 宅地になってから盛られた土の下から黒い土が出てきた。野原時代の地層だ。
 そして、大きな缶にガタンとスコップが当たった。
 缶は錆び付いていた。
 地面から引き抜くためには、かなり掘らないといけない。
 スコップの先でガツンと突いてみた。
 缶は破れ、キラリと光る物が中にあった。
 指で、そっとそれを掴んだ。同じ大きさの玉が無数入っていた。
 その中の一つを掴み上げた。
 それはガラス玉だった。一センチほどの大きさで、おもちゃ屋で売っているビー玉だ。
 僕は一つだけポケットに入れ、すぐに埋め直した。
  
    了
 
 
 


          2003年9月21日
 

 

 

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