南極美人
川崎ゆきお
「これはですねえ……」 編集部長は眉を顰めながら断った。 「訴えられますからねえ。それにはっきり写ってないですよ」 「だからこそ真実味があるのです」 フリーライターの植杉が反論した。 「でもねえ……」 編集部長は南極観測船の写真をもう一度見た。 「私個人としては面白いと思いますよ。でもこれ、関係諸団体を巻き込みますよ」 「大丈夫です。送り出した団体は先月潰れましたし」 「その背景も怖いけど、南極観測で遊ぶのは御法度なんだな。日本の威信に関わります」 「匿名にすれば問題はないかと」 「匿名にはならんでしょ。日本から毎日のように、色々な観測船が出ているわけじゃないしね。あなたもこの業界にいるから分かるでしょ。訴えられることは分かっています。分かった上でやるのですよ。訴えられても何とかなることが分かっている場合に限ってです」 「はい」 「このネタは強引に記事にするほどの値打ちはないのですよ。プライベートすぎますしね」 植杉は取材が徒労に終わったことを半ば感じた。 編集部長はルーペを取り出し、写真のその部分をもう一度見た。 「心霊写真だとも解釈出来ますよ。この違和感はそれに近いねえ。この写真は君が撮ったの?」 「はい、見送りの取材です。別の雑誌ですが」 「で、ついでにこのネタで、もう一仕事を……という魂胆ですね」 「最近触れられてませんから」 「だから隊員の、この種のネタを取り上げるのはマナー違反ですからね」 「僕も驚いています」 「私もびっくりだよ、もし本当ならね」 「証言もありますし、証拠もあります。デタラメではありません。本当の話ですから」 「何号目かまでは聞いたことがあるけどね」 「二人写っているでしょう」 「正しくは二台でしょ」 「二人です」 その二人は観測船の小窓から顔を覗かせていた。肩がわずかに見えており、二人とも茶パツで暖色系の洋服を着ている。 「見送りの人は、気付かなかったのかなあ」 「ほんの一瞬でした。顔を出したのは」 「なるほど、それを偶然君は写したわけだ」 「ラッキーでした」 「で、生人形である証拠は?」 「卸し元の証言をテープにとってあります」 「何極美人」と、編集部長は、その言葉を懐かしむように発した。 「高いんでしょ、そのダッチワイフは」 「ダッチワイフなら、窓から外を覗いたりしませんよ」 「やっぱり無理だな。使いたいんだけどね、僕としては。生人形でなければ何とかなるんですがね」 「人形じゃ面白くないでしょ」 「でも最近の人形は凄いんじゃない。ロボット先進国だからね、日本は」 「この二人の身元も分かっています」 「よく調べたねえ」 「風俗記事の仕事もしていますから」 「それで、卸し元を押さえたのだね」 「もう廃業してます」 「勇気があるねえ、その二人」 「今までの年収の十年分ですから」 「名誉ある越冬慰安婦だ」 「でも、正式には台数扱いです」 「当然でしょ。備品だから」 植杉はファイルを鞄に仕舞った。 「諦めた?」 「はい」 「他の雑誌も無理だと思うよ。まあ、ネット上で流す手もあるけど、注目は引かないと思いますよ。それに是が非にでも公にしたい問題ではないでしょ」 「まあ……」 「紳士同盟を知ってます?」 「暗黙裡の取り決めですね」 「そうです。このネタはね、知っていても言っちゃ駄目なんですよ」 植杉は大先輩のジャーナリストの前で沈黙した。 ★ 編集部長は観測船関係に詳しい人間に電話した。 数分後、調べがついたのか、報告が入った。 「確かにお尋ねの備品名義で二台、積み込まれています。でも、女じゃないです」 「ん……」 了 |