小説 川崎サイト



ストーカー

川崎ゆきお


 

 三日ほど雨が続き、翌日はよく晴れた。
 青年は駅への道を歩いている。何処かへ出掛けたくなっただけで、目的も行き先も決めていなかった。
 よく晴れた祭日の昼過ぎ、部屋にいるのが耐えられない。外出するのに目的は必要ではない。出掛けることが目的で、そこで何かを果たす必要はない。と、青年は考えており、今までにも何度かこの方法で部屋を出ている。
 しかし、年々その頻度は下がった。街をぶらりと一周してもハプニングなど起こらないことを知っていたからだ。
 改札は定期券でスルリと抜けた。
 ホームに上がると暖かい日差しが電車待ちの人々を包んでいる。真っ青な空。昨日とは別の土地にいるような錯覚を覚える。
 青年はベンチに腰掛けている老人に視線を合わせた。折り畳んだ三脚と重そうなカメラバッグを横の席に置いている。
 自分にも、そんな趣味が必要かもしれない……と青年は何事かを学んだような気がした、今からすぐに始められることではないし、外出用のネタのために趣味を作りたくない、とすぐに否定した。
 そのベンチの向こう側に、青年と年齢の近そうな女が立っている。明るいプリント柄のスカートから奇麗な足が伸びており、カーディガンが撫ぜ肩によく似合っていた。
 電車が入って来る。
 青年の頭の中に尾行という言葉が浮かび上がった。
 青年は、その女の人のような彼女と、こんな日、デートすることが本来の過ごし方ではないのかと考えたのだが、写真の趣味が一日では出来ないのと同じだった。
 あとは青年の内なる世界での遊戯となる。到着した電車に乗り込み、女を見失わないようにドア越しに立った。女が下車すれば、すぐに追いかけられる。そして女に顔を向けないよう、走り行く風景を見る振りを続けた。
 女はきっとデートに行くのだろう。見知らぬ男女のデートをつけ回すような暇人はいないだだろうし、それが楽しいと思える男もいないだろう。
 しかし青年の内なる世界では、単に都心部を一周することに比べれば、遥かに充実した時が過ごせるのだと思い込めた。
 その証拠に青年の胸は高まり、命の脈動を確実に刻み始めていた。
 都心部の途中駅で女は降りた。ラブホテルが密集する歓楽街の駅だった。
 青年は自分の観察が外れたのではないかと不安になる。どう見ても女は普通の服装をしているため、学生か勤め人だろうと想像していたのだが、風俗の女かもしれない。確かにこれからデート的な仕事をするのだから、大きく外したわけではないが、それなら通勤中の女を尾行しただけのことになる。
 その駅で多数の乗客が降りた。なかには家族連れもいる。青年はラブホテル街として、その駅を意識し過ぎたことを恥じた。
 また駅の近くには都心部に近い関係からかマンションも林立している。
 青年は女と距離を取りながら改札を抜けた。
 待ち合わせ中の人が数人立っている。女はそこを素通りし、歓楽街のある狭い道を進む。
 昼過ぎの日差しは歓楽街にはふさわしくない。カラリと乾燥し過ぎ、健全すぎる。
 女は何の迷いもなしに歩いている。はっきりとした目的地があるためだ。しかし、その足取りは女性にしては早い。何かに遅れそうなので、速足となっているのだろうか。
 青年は内なる世界を楽しもうとしているのだが、見ているのは内ではなく、外だ。その女の動きで内なる世界が動かされている。
 女が向かっているのは、風俗店が密集する一角であることが確実となる。
 青年の内なる世界では、そこは風俗店で構成されているのだが、実際にはファストトフード店もあれば、歯医者もあるし、グルメが注目するネギ焼きの店もある。
 女はぴたりとそこで足を止め、ある方向を見続けていた。そこは雑居ビルの入り口で、複数の風俗店が入っていた。
 女が止まったので青年も足を止めた。風俗店が並ぶ通りで立ち止まりたくはなかったのだが仕方がない。
 女が足を止めたのは、そこから先の尾行を断念したためだろう。
 青年が尾行していた女は、青年と同じように、誰かを尾行していたのだ。
 女は尾行していた誰かが風俗店に入ったことを確認したらしい。
 青年は女が彼氏とデートするところを尾行したかったのだ。期待が外れ、尾行作戦を中止しようと、踵を返した。
 青年のUターンに合わせるかのように、青年から数メートル後ろにいた人影が動いた。
 
   了
 

 

          2003年4月28日
 

 

 

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