川崎フォトエッセイ  その846  町の遺恨       HOME

 山や川とかの自然の景観を見ていると、そのリズムが人間の生命的リズムと似たような波長にあるためか、感覚として理解しやすい。

 それは岩や石や砂や土などもそうで「自然素材」との関係は、違和感なく受け入れやすい。

 ところが人工物の場合、いわゆる不自然な形相をさらけ出しやすい。理不尽とか、不条理とかの感情がつきまとう。

 それは人が作ったものだけに、どこか小賢しく感じるためだろうか。そのものではなく、それを作ったのが、神秘的な存在者ではないため、人間的作為が見えてしまうためかもしれない。

 建造されたときはよいにしても、そこに本物の自然現象が加わると、理不尽な形相となる。そこに美的なものを見出すときもあるが、その多くは殺伐としている。

 大自然が織りなす殺伐さは、諦めようがある。精神的バランスはそれなりに保てる。

 人が暮らす町並みは、ほとんどが人工的なものだ。その風景は遺恨を残しそうな何かが含まれている。