川崎フォトエッセイ  その978  機械       HOME

 機械のイメージが変わりつつある。仕掛けのシステムを機械と呼ぶのなら、呪文の羅列であるプログラムも機械的動きをする。だが、具体的な物が目の前にあり、形としてあり、手で触れることの出来る物でなければ、機械とは思いにくい。

 動きが目に見える機械は、その動きが分からなくても、作動している実感は伝わる。

 そのあたりを考えると、どうやら「電気」の有り無しが、素朴な機械と今風機械との違いのようだ。昔の機械は電池がなくても動く。

 蒸気機関車がディーゼルになり、そして今は電車になってしまった。タイプライターがワープロになり、今はパソコンになった。

 指の力がそのまま判子を押すように紙に文字を打ち当てるような仕掛けは、日本では文字の多さから日本語タイプライターが活躍した時期は短い。

 電気が解決してくれたことは非常に多いが、納得しにくい動きも多い。

 

 

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