川崎日誌   フォトログ HOME       Counter




■■ 2018年1月19日(金) 午前10時24分
 
 今朝も暖かい。一月の中頃。ここからが本当に寒くなる時期なのだが、逆に春が来たよう。昨日よりも気温は低い目だが、湿気が強いのか、むっとしている。
 電気毛布は最大の強にしているのだが、中でも暑いほど。しかし油断をしていると、ぐっと寒くなる。
 今朝は晴れているが、雲が多い。この暖かさで梅が咲いたりしそうだが、梅は結構寒いときに咲いている。枝だけの桜の木に見かけない鳥が来ている。雀よりも大きい目と、小さい目。大きい目は灰色で、くすんだ色。桜の新芽を食べに来るのだろうか。蕾とまでは言えないが、そういう固まりが枝に付いている。ここに虫がいるのかもしれないが。これが春には花となって咲くのだろうか。
 真冬前なのに、春の兆しがある。これは冬至からこちら日照時間が長くなり続けているためで、真冬の底が一番夜が長いのではないためかもしれない。日が長く、高くなると、気温とは関係なく、作動するものがあるようだ。寒さではなく、昼が長いかどうかで。
 今朝はまずまずの時間に一度目が覚めたのだが、敢えて二度寝をする。風邪の症状は少し治まったのだが、用心して寝ていた。
 風邪は治りかけも大事らしく、こじらせると長引くとか聞く。それで一ヶ月ほど風邪が抜けなかったりとかも。これはきついのは去ったが、まだ何かしっかりしないような感じだろうか。
 また治りかけに、別の種類の風邪が入って来たりする。二度寝ではなく、二度引きだ。
 HP社の23インチ一体型のパソコンが届くのはまだ先なのだが、日がはっきりとしない。メールが来ていたが、予定日もない。一応中旬から下旬となっているが、これは年末からそうなっていた。下手をすると一ヶ月待つになってしまうが、1月19日の今日は充分中旬でこれは明日までだろうか。だから下旬になるはず。すると月末だ。ホームページの販売ページではまだ1月中の表記なので、遅くなるのなら、これが2月に変わるだろう。
 人気のある機種というより新製品のためだろう。在庫がそもそもなかったのだろう。新製品と旧製品の値段が変わらず、しかもバーゲン中で値を落としての販売。同じタイプが二種類あるが、カスタマイズの違いだけ。ほぼ基本ベースのタイプは在庫がある。こちらの方が早く届くので、それでもよかったのだが、スペックを上げたタイプとの値段差が殆どない。だから、これに集中したのだろう。CPUがi5とi7とでは、やはり気分が違う。そしてSSDが120あたりと250あたりだと、こちらも余裕が違う。
 それで、配達が多少遅れても、そちらの方が使い出してからは、気分がいいだろう。
 まあそれで、到着が遅れていても、それは分かっていることなので、気長に待つことにする。
 
 
 
■■ 2018年1月18日(木) 午前9時00分
 
 今朝も暖かい。昨日は雨だったが、今朝は暖かい上に晴れている。しかしこれはすぐに寒くなるはず。 この時期暖かいと、逆に気分が悪くなる。暖房で汗が出てきたりする。むっとする。湿気ていることもある。平年よりも寒いときはそんなことはない。寒いのでもっと暖房が必要なほどの方がいい。暖かいまではいいのだが、暑いになると、これは夏からかなり経つので、暑さ慣れしていないためだろう。夏場、慣れたはずだが、長持ちしないのか、またはタイミングの問題かもしれない。
 昨日は風邪っぽいので夕方に行く喫茶店を中止することにした。遅くなりすぎていることと、雨が降っていることで、これは行かない方がいい。それに前日行ったとき、暑くて居心地が悪く、すぐに出たことがある。風邪っぽいときは体温調整が上手く働かないのかもしれない。
 それで大人しくしていたのだが、部屋の中ばかりにいると、外に出たくなる。そしてもう暗くなっていたが雨はやんでいたので、近くの高い目の喫茶店へ行く。ところがこの喫茶店は普段でも冬場の暖房がきつい。本当に汗が出てきた。そんなことなら、いつもの夕方前の喫茶店に行った方がよかった。そこまで暑くないので。
 今朝の伊丹モスは気温が高いことを考えてか暖房を緩めている。昨日は結構暑かった。だからコート類のまま座っている客も脱いでいた。
 それに懲りて、今朝は薄い目のダウンジャケットを着ていく。少し肌寒く感じるが、いい感じの冷たさだ。朝は多少寒い方がいい。
 季節外れの暖かさ。これはいつまで続くのだろう。寒波のあとの暖かい日々は有り難いのだが、ちょっと調子が狂う。
 早いもので一月も中旬。去年のことなどもうすっかり忘れている。年末年始の頃など、もう遠い出来事のように。
 ひと月もまだ経過していないのに。ひと月前の今頃は十二月の中旬、クリスマスが近付いている。年末へ向けての坂を滑り落ちるような時期。しかし、まだ余裕があり、十二月の普通の日が続いていたはず。
 その頃、どんな感じだったのかは、一ヶ月前の日誌を読めば分かるのだが、まだ多少の印象は残っているので遠い昔ではない。
 遠い昔がいきなり現れるのは夢の中。何が現れるのかは予測できない。また夢など見ていないこともあるが、覚えていないだけかもしれない。
 遠い昔の夢に出て来る人がいるが、二人の人が一人になっている場合がある。途中で入れ替わったりすることも。
 場所もそうだ。そんな場所に、そんなものがないような夢だが、夢の中では当たり前のようにしてある。これは夢の中の現実だ。それを夢だと気付いていない状態だと、それが全てになるため。
 その夢は大きなレジャービルだが、そんなところにカメラ屋などはない。しかも中古カメラがずらりと並んでいる。いずれも台の上に置かれており、手に取ってみることができる。そこは見知ったビルだが、階段を降りると、もの凄く大きな広場のようなところに出る。これが広すぎる。知っているビルの敷地の数倍ある。夢の中ではそんなものだと思いながら歩いている。
 そして、目が覚めて、その夢を思い出して、そこでやっと、これは有り得ない絵だと思う。覚えていての話だが。
 さて、その中古カメラで見て触ったカメラだが、そんなカメラは実在しない。フィルム時代のカメラもあったが、デジカメもある。メーカーはカメラに刻まれていので分かるのだが、そのメーカーからは、そんなカメラなど出ていない。しかし、どのカメラも見たことがありそうな組み合わせ。レンズもそうだ。そんなレンズなど存在しないのだが、ある原型から派生して化けたようなレンズ。これは頭の中にあるイメージとしてのレンズなので、形が曖昧。
 もの凄く長い高倍率ズームがあり、広角から望遠までいけるが、細すぎる。これは有り得ない。
 キヤノンのミラーレスが並んでいるが、シリーズものらしく、かなり年代の違うものが並んでいる。キヤノンのミラーレスといえばMシリーズだが、大きい。富士の一番安いミラーレスに似ている。
 そして付いているレンズが短い。飛び出していない。だから標準ズームではなく、単焦点かパンケーキ系。しかし、ずらりと並んだそれらのカメラが揃いも揃ってそんなレンズを付けて中古で並ぶはずがない。
 何処までは実在するものか、組み合わせか。または夢が捻り出したオリジナルなのかは分からない。もし夢が作り出した形なら、夢を見ている人のオリジナルに近かったりしそうだ。絵としてのイメージなら形が分かるが、絵のないイメージもある。
 
東芝17インチノートの続き
 流石に今まで買ったパソコンの中では一番早いスペックなので、軽快になった。しかしいつもの半分程で作業が終わるというわけではない。ただ、昔の古いソフトがそれなりに動いてくれる。前の機種では遅いというより、何処かで詰まったり、しばらく黙り込んでいた。スーとは動かなかったのだが、それが動くようになったので、ギクシャク感が減った。
 結構重かったのはウインドウズに入っているフォトというソフト。最近はこれでデジカメから取り込み、そこで一覧して、写真を選んだりしている。これが以前は起動しないときがあった。前の機種のメモリは4.今回は16ギガ。この余裕だろう。これはスピードではなく、起動する余裕がなかったのだろう。他のアプリを殺すと、起動したり、それでも起動しないときは、ウインドウズを再起動し、メモリを真っ白にしてスタートすれば、起動する。しかし起動も遅かった。ここはCPUの違いが出る箇所。
 前機でのフォトの操作はそのいちいちが遅いし、待たされることもあったが、実用上は問題ないとはいえ、すっといかないので、重いソフトは使えないという感じになっていた。
 ところが東芝に変えると、そんなことを感じさせないので、逆にスピードも動作も考えなくなっていた。普通の間合いで動くからだ。
 流石にネットは、PCだけでは何ともならない。通信速度の問題なので、これは前機と似たようなスピード。しかし、ブログなどで文字を書くとき、文字を跳ね返してしまうことが多かったのだが、それがなくなった。このブログが重いためもある。だから日本語入力などでかち合うのだろう。軽いウインドウズ付録のでやっても同じだった。これが改善し、入力文字が飛んだり、消えたりしなくなった。
 前機も、かなり古い世代のi5なのだが、メモリが4というのが厳しい。これはデスクトップなので簡単に増設できたのだが、結構それで動いたので、そのままにしていた。
 それよりもパソコンは数年使い続けると徐々に重くなるようだ。買った状態に戻して、入れ直せばいいのかもしれない。しかし、その後、よく使うソフトはバージョンが上がるたびに、重くなっている。
 どちらにしても、型落ちで展示品とはいえ、上新が8メガ増やして売っていた量販店オリジナルモデルのようで、それだけのことはある。
 
 

■■ 2018年1月17日(水) 午前10時12分
 
 今朝は雨。そのためか気温は高い目。雨が降るから暖かいのか、暖かいから雨が降るのかは分からないが、寒波が去り、逆に南からの空気が入り込んだようだ。
 そのため昨日は小春日和。冬場何度もない。こういう日は自転車で遠出しやすい。真冬の格好だと汗ばむだろう。去年、そういう日に、少しだけ遠いところまで行ったが、最近は遠いところが徐々に近くなってきている。本当はそれほど遠くはないのだ。
 そんないい日だったのだが、歯が痛いし風邪なので、何ともならない、
 まあ、いい天気でも、その気にならないと、出掛けられるものではない。少し日常から離れるためだろう。
 寝起き行く喫茶店までは雨なので、傘を差して自転車で行く。妙に暖かく、店内もむっとしている。暖房がきついのか、汗ばんでしまう。
 昨日は昼寝や夕寝もし、さらに本音はかなり早い目にしたので、もの凄く早い時間に起きてしまった。かなり夜更かしをしたときに寝るような時間だ。しかし、そのあと蒲団に入ると、意外と寝ることができた。やはり朝に起きてこないと都合が悪い。
 何度か目が覚めたが、まだ早いと思い無視して強引に寝続けた。そのためか、起きるとかなり遅くなっていた。途中で目が覚めたとき、時計を見ればいい感じの時間に起きれたはずなので、残念。
 それで昨日の睡眠時間、合計すると凄い時間になる。風邪で寝込んでいる場合なら、そんなものだろう。しかし、よく眠れたものだと感心するが、長いだけで睡眠は浅いと思われる。
 寝ていると、何もしていないように思われるが、実は夢の中でハラハラドキドキしていたりする。そして大活躍している。まあ体調のいいときは夢など見ないのだが。
 昨日は残っていた焼き鯛の切り身で、お茶漬けを作る。鯛茶漬けだ。これは豪華な夕食になった。鯛の身は指でつかみ出した方が早い。この鯛、スーパーの特価品だが、まさか正月の鯛を切って売っていたわけではないだろうが、腐っても鯛。身の堅さが身上。

新一太郎2018
 今年も一太郎の年貢を払う日が近づいているのだが、今回の一太郎18は印刷などがよりリアルになっているようだ。PDFは印刷規格に合わせたとか。また電子書籍としてのPDF形式も、それに合わしたとか。
 一般的な電子書籍に対しては、その後何もしていないようだ。紙への印刷向けテンプレートのようなものが増えたのか、小説印刷向け、同人誌印刷向けとかがある。紙なので、これは本来ワープロソフトの大事な仕事。書式がより簡単にできるようになったのかもしれない。見開きとか。
 電子書籍作りが少し下火になり、需要もないのかもしれない。一応一太郎から変換できるので、それ以上難しいことをするとなると、無理なのかもしれない。変換だけではなく、ビューワーが欲しいところ。
 だから融通の利くPDFでいいのではないかという話だろうか。ただし、そのPDFソフト、縦書き見開きに対応していないはず。縦書きは簡単にできるが、右綴じができない。日本語ワープロソフトのメーカーとしては不本意だろうが、このソフトはジャスト製ではなく、借り物のようだ。
 日本語変換ソフトのATOKもバージョンが上がるが、間違ってタイプした文字でも、なんとか修正して、仮名を直すらしいが、今のATOKもそうなっているはずなのだが、いつそれが行われているのかは分からない。それをより強くした程度なので、ATOKのAIも、それ以上は無理なのかもしれない。それよりもATOKが年々重くなってしまい、ウインドウズに入っているマイクロソフト製の方が軽快だ。
 だから今回、あまりいいのがない。あるとすればおまけについてくる広辞苑最新バージョンのATOK版。10年ぶりらしいので、その間の新語などが入っているはずだが、広辞苑に期待するのはできるだけ古い言葉だ。今は使われていない俗語とか。またたまに時代劇などで使われている難しそうな言葉。たまに耳にするが、辞書にはない。
 聞いたことはあるが、意味が分からないものがある。だからネットで検索した方が早かったりする。特に最近の言葉などはそうだ。
 スマホ時代の辞書。これは難しい時代になっている。スマホの辞書は大辞林とか、大辞泉などよく知られたもので、たいしたことはないのだが、辞書ではなく、どういう使われ方をしているのかで分かる。それが飲食店の名前として使われていたりし、そこに引っかかったりする。まあネットに繋げなくても辞書が引けるので、こちらの方が早い。
 校正機能などもアップされているようだが、使っていない。紙への印刷でなら神経を使うが、ウェブ上の文章なら、いつでも修正できると思い、放置している。
 だから今回の一太郎は考えものだが、広辞苑の新版は欲しいところ。それと少しでもいいからよくなっているはずのATOKも。実際にはこのATOKを一番よく使っているので。
 これはもう少し様子を見てから考えることにする。
 
 

 


■■ 2018年1月16日(火) 午前10時19分
 
 今朝は曇っているので寒々しい。気温は低くても晴れている方が好ましい。冬の空は暗い。曇っているとさらに暗い。空が暗ければ夜なので、夏場に比べてだろう。夏の夜は明るかったりし、雲が見えている。
 歯痛がまだ続いている。今回はしつこい。我慢できず痛め止めを飲むが、残っていたイブがなくなったので、ノーシンを買う。薬局へ行くと、似たような能書きや、宣伝文の箱なので、値段が違う程度か。寝ているとき、痛くなって眠れないというのが一番きついので、そのとき必要だろう。
 軽い痛みなら問題はないが、ジーと来る痛みは厳しい。
 それに加えて風邪かもしれない。それで昨日は夕食を食べたあと、少し横になった。このまま朝まで寝てもいいのだが、そんなに眠れるものではない。
 それで昨日と同じパターンで、朝に近い時間に痛くなって目が覚めてしまう。ノーシンを飲むと治まったのか、そのままよく寝た。それで起きるのがかなり遅くなったが、これは多く寝る方が好ましいので、急いで起きる必要はない。
 時間的には合計するとかなり寝ているのだが、いずれも眠りは浅く、妙な夢を見る。
 
 先日注文したHP社の一体型パソコンの確定メールのようなものが来た。申し込んだときは自動メールだろう。配達予定についてのメールだが、これは予定で、分からないらしい。欠品となっており、販売ページでは今月の中旬から下旬入荷予定となっているだけ。ということは月末だろう。
 発送の前日にメールが来るらしい。それがいつかは記されていない。
 
 昨日は久しぶりに近所のスーパーへ夕方行くと、珍しく客が多い。卵の日のためだろうか。Lサイズ10個入りが百円とか80円とかになる。千円以上買った人は百円になる。だから千円になるように余計なものまで買ったりしそうだ。
 鯛の切り身を焼いたものが半額なので買う。昼ご飯用に蓬莱の豚まん三つ入りも。菊菜が葉物としては安かったので、それも買う。ご飯が切れていたので、晩ご飯として巻き寿司。それだけでは足りないと思いキャベツ焼き。これはお好み焼きの小さいタイプだ。キャベツ焼きとなっているが、卵も入っている。目玉焼きのように。あとはジャガイモ。ニンジンは量が多いのでパス。
 歯が痛く風邪っぽいのだが、食欲はある。
 
 
 
■■ 2018年1月15日(月) 午前9時11分
 
 今朝も寒いが、日中は三月並の温かさになるとか。それでも最高気温は大阪では10度ほど。三月は結構寒いのだ。12度程ないと、やはり寒い。10度を切ると寒く、これは冬だ。最近は5度程しかない日もある。寒波が大阪まで垂れているためだろう。それが今日は上がるらしい。
 暖かくなると有り難いのだが、そのまま春になるわけではなく、一時のこと。冷やかしの暖かさかもしれないが10度程度なら、それほど暖かくはない。
 今朝も歯が痛く、それどころではない。歯というより歯茎だろう。根を詰め続けていると、歯が浮くあれだ。歯そのものは痛くない。熱いものでも冷たいものでも何ともない。こういうのは三日ほど続く。
 痛め止めのイブを飲むと、詰まっていた鼻がスーとする。風邪薬でもそうなるので、似たような成分が入っているのだろう。イブは即効性があるが長持ちしない。
 以前、医者から貰った痛め止めを飲み続け、胃腸がおかしくなり、そちらの方がメインになったことがある。少し痛みがあるだけで、大したことはなかったのだから飲まなくても問題はなかった。その後は風邪薬も飲まなくなった。しんどいときはじっとしておればいい。しかし痛いのは難儀。眠れないため。風邪薬も痛め止めも一週間以内。それ以上飲むと、胃に来る。こちらの方が治りにくい。痛み止めが効かない歯の痛みは氷で冷やせばいい。
 最近は子供が軽い怪我をしても、赤チンやヨーチンは塗らないらしい。マジナイのようにただの水を塗るらしい。
 今朝の伊丹モスの暖房が緩い。また故障したのかもしれない。気持ちが悪いほど暖房が効きすぎている店もあるが、それよりはないほうがまだましかもしれない。外よりは暖かい程度で。
 
ニコン3500をしばらく使って
 電子ファイダーや液晶だけのファインダーに比べ、AFがシンプル。最近のミラーレスやネオ一眼などの非光学系ファインダーは画面上のどこでもピントを合わせることができるので、ものすごいのだが、そういうものばかりを使っていると、被写体によってはここぞというところにピントが来ない。
 タッチパネル式だと、強引にピンポイントに合わせられるが、とっさの場合チマチマとしたことをやってられない。そういう場合のためのフォローは結構あるのだが、最初から一点で合わせておけば、すむ話だ。
 最近は中央部一点で撮影しているのはそのため。どこが中央なのかは枠が見えているが、複数の枠が同時に見えているので、真ん中の枠がそれなのだが、お隣の枠で合わせてしまうこともあるが、そのときは枠が緑になったりはしない。一瞬赤いポーズが入る程度。今ここで合わせましたよ、程度のことで、その後、電気はつかないが、写した後、もう一度つく。このカメラの初期設定はピントが合わなければシャッターが切れないことになっている。
 鳥などは手前の枝が邪魔で、一点で写す方が好ましい。光学ファインダーなので、被写体自動認識はない。背面の液晶でならできるはずだが、スピードや精度が落ちる。
 この一点モードをプログラムモードに仕込んでいる。多点モードはオートモードに仕込んでいる。これもよくある組み合わせで、ダイヤルを回せば、切り替わる。多点といっても中央部近くに数点があるだけ。広角向けだろうか。下手に一点だと像が小さいので、AFが苦手とするものに合わせてしまうことがあるので、その周辺のどこかで合う多点がいい。
 だからAFが単純明快。そして動いてるものでも、一点だけでピタリと合う。これは一眼レフのAF方式で、動きに強い。さっと合うので、さっとシャッターを切ればいい。その後、すぐにまた切れるので、連写は必要ではない。3500はニコンの中では一番安いカメラだが、結構素早い。数年前の中級機よりも早いかもしれない。
 露出は露出補正をかけなくても、評価測光でなんとかなる。大きく違う露出になることはまずない。光学式なので、露出は反映されないのだが、後で違うかったというようなことはない。ほぼ見た感じの明暗比を再現している。手前のものが暗ければ、そこにピントを合わせていても、スポット測光ではないので、全体から判断して露出を決めているようだ。当然黒つぶれや白飛びはあるが、これを抑えるオプションは使っていない。絵が軟弱というか、黒が締まらないし、白が濁るためだ。昔はそういう印画紙があり、軟調の好きな人と硬調が好きな人がいたようだが、ある意味、これは救済用だ。コントラストがきついときは軟調の印画紙で焼いた。その逆も。
 ただ今はフォトレッタソフトで、後でなんとでもなる。JPGでも。だからカメラ任せでいい。その方がリアリティーがある。
 このカメラの操作といえば、AFを中央一点にするか、多点にするかの切り替え程度。後は全く触っていない。AFロックも、AEロックも押さない。そんなものを押しながらではシャッターが切りにくい。ぶれてしまう。
 
HP社パソコン
 ネット上で、それらしい一体型パソコンを調べているとき、HP社とデルと台湾系のacerやASUSなどが目につくが、何となくHP社の印象がいい。
 HP社は、他のメーカーもそうだが家電店モデルとウェブモデル、これは直販のことで、ダイレクトタイプ。家電店を通さないのでHP社が店のようなものなので、一店しかない。家電店モデルは、その家電店がメモリを増設している場合もある。
 他のメーカーも似たようなことをしているが、最近目立たなくなったのがにエプソンダイレクト。これはASUSーのパソコンだったりしそうだ。
 国産ではマウスもある。これも家電店にも置かれている。
 HP社の家電店モデルは、種類が多いように見えるのは、古いのをまだ売っているためだ。そして不思議とHPの新型は、旧型よりも安かったりする。
 だから安心して買えるのはHPのダイレクト版。こちらは基本ベースのパソコンがまずあり、それにはしっかりと性能などの宣伝ページがあり、詳細がある。それをベースにして、カスタマイズしたものや、最初からレベル分けして組み立てたものがある。こちらはカスタマイズの必要はない。だから在庫としてある。注文を受けてからセットするのではなく、A定食とB定食とかのように、作り置きがある。
 だから在庫があれば、すぐにでも届くのだが、人気があるためか、品切れが多い。
 そこで、いろいろと調べていると、新製品のセットものが複数出ていた。値段は旧製品と変わらないほどなのにスペックは上がっている。
 23インチの一体型なら何でもいいのだが、そこはちょっと調べれば、値段の割には性能が高いタイプもある。
 CPUはi5とi7の違いがあり、メモリも同じだが、SSDが120から250に上がっていたりする。このゆとりは大きい。ハードデスクは500ギガあれば十分だが、それを使わなくてもSSDが250あれば、十分。さすがに写真まで入れるとパンクするが、それはハードデスク側に保存すればいい。
 ウインドウズとプログラムと、自分で作った写真以外の文章などはたかがしれている。
 このCPUの一つ違いとSSDの大きさの違い程度で、別のセットものになる。それでいて値段は1万少しか差がない。これはお年玉セールようなもので、割引価格のためだ。
 これはお得なので、そちらの注文が殺到したのか、品切れ。安いタイプが意外と在庫があり、即納に近い。
 この入荷待ちは二週間以上かかりそうなので、今すぐほしいと思う人は無理だろう。
 23インチの上は27インチ。ものすごく大きく思うが、実際には一回りほど大きいだけ。エディオンに富士通の27インチ一体型と普通の23インチが並んで飾られているのを見たが、ものすごい違いはない。ただ重い。10キロを超えると、テーブルの上はきついだろう。
 液晶テレビの32インチなども、結構小さく見える。これは40インチあたりが標準になっているためだろう。だから27インチなど小さなものだ。
 ネットなどでパソコンモニターの大きさを調べると、ノートは17インチ以上も例外的にあるが、ゲーム機だ。だからデスクトップ機につけるモニターでは19インチあたりからがスタートだろう。それ以上小さいのは逆に売られていなかったりする。昔は15インチのアナログのブラウン管テレビのようなものが主流で、それが17インチあたりまでいっている。テレビの切り替え時代、よく巨大なブラウン管テレビが捨ててあったことを思い出す。
 まあ、一体型パソコンの主流は今は23インチあたりではないか。展示品などを見ていると、そう思う。それまでは20インチ前後が多かったはずだが、その頃は注意して見ていなかった。
 富士通の27インチを見ていると、ほとんどデスクトップだ。巨大なスピーカーが根元にあり、これは箱。その上にモニターが乗っている。そのスピーカー入りの箱がデスクトップ、つまりPC本体。昔の置き方で、本体の上にモニターを乗せているようなもの。ただ一体型なので切り離せない。これで1キロ少しある。DVDなどは前面にあり、SDカードスロットルも前面。デスクトップ機に近いのは、そのためだ。ヘッドホンの差し込み口も前面。USBも前面。裏側にもあるが、アクセスしにくいだろう。立ち上がって裏側へ回らないといけないのは、デスクトップ機の裏側と同じ。ここは暗い。部屋の隅だと。これは差し込み放しのものを差す。
 HP社の23インチ一一体型は裏側に全部あるタイプに近いが、新製品になってから、モニターの下に電源スイッチやイヤホンの穴やSDカードスロットルを持ってきた。下というより底だ。スタンドとモニターとの間に少し空間があるので、手を差し入れて、下から上へSDカードを突き刺す感じだろうか。これはその前に機種にはなかったりする。そして背面だが、中央部ではなく、向かって右端に集中している。これなら手が届くだろう。そこにあるのはUSBなど。その代わりということではないが、DVDドライブはない。必要なら外付けで対応。ものは大きいのだが、モバイルノートのようにDVDを入れる隙間がないわけではなく、軽くすっきりとさせたいのだろう。
 この端子類が気に入った。裏に集中しているのが普通だが、底に持ってきた。だから電源スイッチは下から突き上げるように押すことになる。正面からは見えないのだが、そういう配置に配慮がうかがわれる。
 このセールがもうすぐ終わるようなので、買うことにした。やはりメインパソコンとして使いたいのは、23インチだった。東芝の17インチはどうなるか。これはサブが向いている。
 この二台の違いはモニターの大きさだけではなく、グラフィックボードが違う。マザーボードにくっついているインテルのそれではなく、独立したもの。それの安いものが付いている。だからグラフィックメモリとして2ギガ付いている。ボードその物は安いものだし、メモリも小さいのでゲーム機としてはそこそこ動く程度だろう。
 グラフィックボードの違いで、モニターでの文字の表示なども変わるらしい。普通のメモリは8。東芝は16あるののだが、グラフィックで削られる。
 それとSSDが250もあるので、写真以外は全部入って、まだまだ余裕がある。SSDにウインドウズやプログラムを入れていると、起動がもの凄く速い。これは安いノートで体験済み。
 ハードデスクは2テラあり、東芝と同じ。CPUは東芝は第六世代のi7だが、HP社のは、新製品なので、第七世代。スピード的な差はないとされているが。
 しかし、半月以上待たないと届かないだろう。その間すっかり東芝17インチノートに慣れて、23インチが届いた頃には、もういらなかったりしそうだが、17インチでフルHDの横1900表示は、かなり目を近付けなければ、普通の文字も見えにくい。これは慣れで何とかなる問題ではない。こういうのを見ているので、歯が浮いたのかもしれない。ちまちまとしたことをしていると、歯が浮くことがたまにある。
 しかし横1900を百パーセントの表示で見ると、流石に見晴らしがよい。今まで下に隠れていたものが一画面で見渡せたりする。
 信長の野望も、城マークが小さくなり、武将が何かセリフをいっているのだが、読み取れない。また武将の顔がアイコン化されているのだが、見分けられない。まあ、勝手知ったゲームなので、大凡分かるのだが。
 これはウインドウズ側で120パーセントほど倍率を上げても、信長の野望側は感知しない。信長側で解像力を選べるが、視野が狭くなったり広くなったりするだけで、中身の倍率は変わらない。
 しかし、文章などをタイプするときは、17インチはタイプしやすい。モニターも近くなる。大画面よりも、テキスト打ちでは小さいモニターの方が落ち着く。
 だから23インチはエンタメ系だろう。動画やゲームやウェブをゆったりと見るときはこちらの方がいい。不思議とメイン機はゲームが快適かどうかで決めたりする。
 ゲームが快適なら、他のどんなアプリでも快適だということだろう。
 そして、23インチあたりだと、あまり近付けないで、離して見ることができるので、長時間だと目が楽だ。
 惜しいのはモニターが光沢。黒い画面だと自分の顔が写ってしまう。画面の暗いホラー映画などを見ていると、自分がいたりする。
 これで前回、一眼レフの交換レンズで、シグマとタムロン、同じタイプのものを二台買ったのと同じパターンになってしまった。あまりよくないパターンだ。
 
 

■■ 2018年1月14日(日) 午前11時35分
 
 今朝は曇っている。本番の寒さが続いているので、結構厳しい。
 歯が痛くて眠れないので、痛め止めのエバを飲む。セデスでもいいところだが、かなり前に歯が痛いとき、買っていたのが残っていた。何処にしまったのかはもう忘れたが、夜中探しだして飲む。するとてきめんに効き、寝ることができたが、寝過ぎた。
 風邪っぽいこともあり、少ししんどかったので、養生だと思えば寝過ごしてもかまわない。
 それで今朝は遅くなったのだが、いつもの伊丹モスの自転車を置く億スペースの台数が多い。昼前なので、満席かと思ったのだが、頭数が合わない。人数分の自転車がない。
 これは自転車秘密基地だろう。駅に近いので、ここに止めるのかもしれない。あとはパチンコ屋だ。これは昔からの定番。モスの自転車置き場は、決して置き場ではなく、ただのスペース。これは昔はコンビニがあり、その前は何があったのかは忘れたが、ビルの中にある。このビルも古くからあるわけではない。道路が拡張されたときに建ったものだろう。その自転車置き場、策はない。だからモスが閉まった後からでも出せる。ここが大事だ。
 伊丹駅前に比べ、塚口駅前はやり放題だ。駅前開発をやっていない北側は昔からの通りで、コンビニやファスト系の店、そして銀行やスーパーが多い。だから客も止めるので、無闇に撤去できない。そして歩道ではなく、店の敷地内だと、手が出せない。
 伊丹では止めるところが難しく、秘密基地を探す必要があるが、尼崎はおおっぴらだ。殆どの人が止めたあと電車に乗る。この北側の改札近くにも駐輪場はあるにはあるが、収納できない。それに遠い。
 以前は最寄り駅に自転車を止めていたが、公園の前。しかし、ここが厳しくなり、立ち番がいるので、無理になった。自転車が多かった時期も、公園内や歩道にまで溢れることはなかった。それ以上増えない。特に邪魔にならない。しかし、その駅だけそのままではまずいのだろう。
 お隣の駅はいたちごっこ。隙をついてさっと止める人が多い。改札前だ。立ち番は朝しかいない。それを過ぎると止められる。朝は少し離れているが銀行があり、そこに止めている。しかし、これは予想されることなので、紙を貼られる。しかし撤去はされない。一泊が必要なためだ。だが、銀行の客の自転車に張ると問題だろう。だから銀行が開く前に張っているようだ。
 この駅は線路沿いの狭い道の脇が昔は天国だった。止め放題。改札まで数歩というところまで迫る自転車もあった。ここも立ち番が立つことで、無理になった。
 この整理員に100円払うとOKなら、払ってもいい。見付かった場合だ。しかし根本的に、自転車を止めてはいけない区間になっているので、それもできないだろう。ただ公道に限られる。誰かの敷地内だと立ち番も手を出せない。
 それで面倒なので、電車に乗るときは、近くの駅まで歩いて行くことにしている。駅前の歩道でじっとしていると、放置人間とみなされ、紙を貼られそうだが。そのまま強制撤去で、遠いところに隔離される。取りに来る人がいない場合、奴隷として売られたりする。
 
 最近はニコン3500とタムロン28から400ミリほどのレンズのコンビが定着し、この組み合わせだけでほぼ満足のいく撮影ができるようになったが、撮影になど行っていない。しかし、鞄の中に常駐している。少し重いが、取り出して写すときは、このボリュームが限界。ボディーとレンズのバランスもよく、レンズが長いので、ゆったりと持てる。
 純正の標準ズームとの組み合わせだともっと軽くなるが、望遠が効かないので、何ともならない。
 そして日常範囲内で、写すのだが、やはりファインダーがいい。望遠端でピントがぐっと来たときの感じが自然なためだろう。光学ファインダーの良さだ。暗いところは暗く見える。明るいところは明るく見える。肉眼で見ているときの光の状態に近い。
 この組み合わせ、一つの到着点だろう。つまりレンズ交換なしで写せる旅カメラ。その光学ファインダー版だ。
 画質的なことよりも、ピントが浅いので、違った絵ができる。
 
 
 
■■ 2018年1月13日(土) 午前9時17分
 
 今朝は氷点下3度。朝の喫茶店までの道は流石に手が痺れる。指を隠しているときはいいが、煙草を吸いながらでは、指が痛い。まだ痛いだけで、痺れていないので、ましだろう。こういうとき、感覚が鈍っているので、指が本当は痛いのに、それに気付かないことがある。寒さで痛いのではなく、指を使っているときだ。
 寒波はまだいるのだろうか。晴れているが非常に寒い。今朝の寒さは真冬にはよくあることで、ましな日もある。
 真冬にいよいよ突入した感じで、そうなるともう正月など吹っ飛んでおり、何処かへ行ってしまった。そのため、正月は今年、この新年のことで、月の初めの話だが、正月そのものが去年のことのように思えてしまう。年忘れではなく、正月忘れ。年末年始が一つのもののように感じられる。それがごっそり遠くへ去った感じで、もう正月のことなど頭になかったりする。ただの一月の半ばと言うことで、注目ポイントは真冬。こう寒いと、この先大変だというような少し先のことだろう。
 しかし過去があるので、今があり、先がある。スケールの問題もあり、どれぐらい昔か、どれぐらい未来かはネタにもよるのだろう。短い目だと昨日と今日と明日。この尺度が一番明快なのは、一度寝るためだろう。それで区切りやすい。
 去年、今年、来年、となると、尺度は大きい。当然ネタも違うだろう。
 前世、現世、来世、となると、記憶になかったりする。
 
 大晦日に買った東芝17インチノートだが、文字が小さくなり、これが我慢できない。21インチに慣れてしまったので、窮屈だし見にくい。これが喫茶店で使うのなら、大画面で素晴らしいのだが。
 これを何とかしたいと思うものの、スピード的には満足している。
 21インチから23インチに引っ越す案と、規模を縮小してコンパクトに、という案が年末競い合っていたのだが、ものはスケールアップしたが、表示がスケールダウンした。
 これは買い直すとなると、かなり厳しい。一眼レフ用の高倍率ズーム選択ではシグマとタムロンが競い合い、両方買ってしまったのだが、今回はタイプが違う。それに値段が。
 しかし、頭の中では23インチに向かっており、17インチはサブ機で、メイン機の前座だと思えば、何とか道が付く。パソコンの場合、カメラのようにメイン機を複数使い分けるようなわけにはいかない。それこそ過去というのをデーター的に引きずっており、それが内蔵ハードデスク内にある。クラウド倉庫にデーターを全部入れるのなら別だが。メイン機に全データーが引き継がれ、あとはバックアップ用で普段は見ることはない。見なくても、メイン側にあるのだから。
 やはり、それまで使っていた21インチと同等のものでないと、いつもの画面が何処かへ消えてしまったようになる。あるにはあるが、縮小されてしまう。
 それで21インチより、少しだけ大きい23インチが狙い目で、こちらの方が多い。これは一体型の話だが。
 この前まで使っていた21インチは昔のものなので、今の一体型の重さと殆ど変わらない。デスクトップを買うとなると、モニターも買い直さないと行けなくなる。このモニター、スピーカーも付いているのだが、もう鳴らなくなった。
 やはり据え置き型に近い一体型のようなのがでんと前にないと、淋しい。中身ではなく、ガワの話だが。
 それで既に23インチ一体型を物色している。
 
 昨日は昼寝が遅かったので、起きると夕方前を越えていた。夕方前に行く喫茶店があるのだが、夕食時間になっている。
 それで久しぶりに天ぷら屋で、天麩羅定食を食べた。寒いためか、風邪っぽいためか、よく分からないが、夕食を作りたくなかったのだろう。
 カウンターだけの店だが、潰れないでまだある。モール内のテナントだが、ここはよく店が変わる。以前は回転しない回転寿司屋だった。客がいないので、止まっているのだ。その状態が続いたので、撤退したようだ。
 回転させるには皿がない。握ったものを皿に載せても、客が来ないのなら、駄目になる。お持ち帰りで特価で売るわけにはいかない。回転しないので、注文製になるのだろうか。黙って座れば目の前に寿司がある状態にはならない回転寿司。
 天ぷら屋になってからは半ば飲み屋。揚げたてのつまみが特徴だろう。当然メインは定食。流石に天ぷら屋だけあって定食の種類も多い。海老定食は海老の本数が多い。野菜定食は野菜だけを盛り合わせたもので、一番安い。
 そして一般的な定食は海老プラス野菜。または鳥プラス野菜。
 自販機で買い、お茶はセルフ。カウンターしかないので、鞄やコート置きがある。
 流石に揚げたては美味しい。舌を火傷しそうなほど。海老はプリッとしている。とろけるようなキスの天麩羅は大きく、これが一番よかった。イカはかみ切れなくて、衣から抜けてしまった。一応切れ目は入っているのだが、あまりいいイカではない。
 定食に入っていなかったが、穴子が凄いはず。一匹まるごとだろう。
 レンコンは硬くて無理だった。ご飯は大中小とあり、値段は同じ。
 大根下ろしだけが入った浸け皿。出汁はポットに入っており、好きな分注ぐ。
 客は女性の二人連れが二組。年が離れている二人が飲みに来ていた。親子ではなく、仕事仲間だろうか。もう一組は中高年の二人。遊びに来たついでに夕食を、ここで取るのだろう。
 夕食時間帯前としては、店の規模から言うと、ほどほどに入っているのだが、店員が三人もいる。奥に一人、これは下拵えだろう。カウンターの越しに二人。これはその場で揚げる人と、それを盛り付けて運ぶ人。だから奥の人が出てきたので、人数が多いように見える。
 こういうカウンターの店、入るとカウンターの後ろにものすごい数の店員がいると怖いだろう。
 

■■ 2018年1月12日(金) 午前9時17分
 
 今朝は寒波で寒い。氷点下3度に朝方落ちていた。夜、寝る前から寒かったので、これは予測できていた。しかし布団の中だと問題はない。
 寝起き行く喫茶店までの自転車は久しぶりに手が悴み、痛い。しかし、もっと痛い日もあるので、それに比べるとまあまあ。
 晴れており、明るい。風はそこそこあるが、風に吹かれて冷えるということはない。気温よりも、風が強いと、厳しい。このとき風を通さない上着がいいが、冬物のジャンパー系は大体そうなっている。そうなると、あとは分厚さだろう。
 冬が始まる頃買ったオーバーが今は最強で、それ以外のものを着ると、防寒性が落ちのがはっきりと分かる。違いは表面生地がウール風なこと。その分、分厚く重くなるが、これが効く。
 それまではどうしていたのかというと、中に毛糸の分厚いのを着込んでいた。今年はそれをしなくてもいいので、窮屈ではなくなった。腕が回りにくいとか、腕を上げられないとかがない。
 一月の半ば、ここからが真冬。一ヶ月ほどは厳しい。二月の半ばになると、三月がもう見えている。しかし三月に入っても四月に入っても、まだまだ寒いことは寒い。花見の頃、真冬の格好をしているのだから。
 
 信長の野望大志を買う。この大志が最新バージョンで、去年の11月頃に出たのだろうか。毎年出ているわけではない。
 出たのを知っていたが、エディオンにあったので、これは新しいパソコンを買ったときに、買う予定でいた。バージョンが上がるほど重くなるはずなので、パソコンも新しい方がいい。
 ダウンロード版もあり、以前はそれを落としていたが、手続きが面倒で、一つのゲームのためだけに、ゲームセンターのようなアプリがパソコンを起動するたびに一緒に起動し、更新を始める。それが結構長い。だからパッケージ版でローカルだけでやろうと思っていた。
 ネットゲームではないので、ネットに繋ぐ必要はないのだが、パッケージをよく見ると、登録などを一度ネットを通してやらないと、インストールもできないようだった。きっとコーエイのサイトで登録すればいいのだと思っていた。
 エディオンのパッケージ版には値段がついていない。まあどこで買っても違いはないはずだが、用心して上新へ買いに行ったのだが、ない。
 やはり先日のハードディスクと同じで売り切れたようだ。
 家電店でのソフト売り場は非常に小さくなっており、棚の一列分ない。あるのはオフィスやウイルス対策ソフトやビデオ編集ソフト。当然一太郎やホームページビルダーなどはおいている。ゲームもコーエイのものは古い時代の信長が並んでいるが、これはソースネクスト発売だろう。古いので安いが、ウインドウズ10では動かなかったりする。
 それで、エディオンで買うことにした。怖い店だが、定価で売っていた。文句は言えない。
 そしてその近くで鍋焼きうどんを食べながら、パッケージを開けると、スカスカ。
 マニュアルはない。ぺらっとした一枚のカードだけ。後は著作権がどうのなどの契約事項だろうか。
 導入案内もない。CDかDVDは入っていた。だからダウンロード版のようなものだ。
 それは当たっていた。ダウンロードものはゲームセンターのようなサイトでややこしい手続きを踏まないといけないのだが、パッケージ版も同じだった。
 CDを入れ、インストールが始まるのだが、それはまだまだ先。CDの案内で、そこからゲームセンターの画面が飛び出る。ネットに繋がっているのだ。そこでのログインが必要。そんなIDやパスワードなど、前回一度やっただけで、忘れている。それで新規で入ろうとしたが、最後にメール欄で引っかかった。いるのだ。同じアドレスの人が。これはあり得ない。よく考えなくても自分だ。別のメールアドレスに変えればいいのだが、アドレスが分かっていれば、IDはなんとなく分かっているのでパスワードさえ教えてもらえればなんとかなる。なぜIDが分かっているのかというと、それらしいIDではすでに誰かが使っており、さらにそのIDの後ろの数字も、すでにほとんどとられている。だから英文字だけのシンプルなIDを最初に登録したのは自分だと分かっていた。
 それで、新規IDはやめて、それでログインした。後で調べると、このゲームセンターのようなところのIDとかは記録していた。もう忘れていると思っていたためだろう。一度も入力する機会がなかったので、こんなもの忘れて当然だ。
 それで、やっとCDからのインストールができるようになった。ここまではまるでゲームだ。信長の野望をすでにやっているようなもの。
 そして長い時間かかってインストールが終わると、こんどはCDコード。これは買ったソフトのシリアル番号。これを登録すると、永遠に使えるとか。だから本当はCDはいらないのだ。ゲームセンターにあるのだから。そのため、買ったのはシリアルキー。それで思い出した。以前もアマゾンかどこかで買った覚えがある。それで、前作をやっていた。
 そして無事ログインすると自分のゲーム室、ライブラリが出てくる。なんとそこにずっと遊んでいた信長があるではないか。できるのだ。これはパソコンを変えたことが分かるようで、引っ越し先のパソコンで継続してできるようだ。こうなるとほとんどネットゲームだ。CDの意味がなくなってくる。パッケージ版の。
 それで前のゲームを開くとき、一度だけパソコンを変えたことのチェックが入るだけで、起動させると前回保存したものも引き継がれている。だから途中でやめたゲームの続きができた。
 ただ、モニターが小さいので、やや見えにくい。ゲーム側での解像力を落としても、フレームが小さくなる程度。
 それよりも新作の信長だが、いきなり始められない。まだ何かあるのかということだが、オンラインRPGなどのようにヘルプが来る。指南役が、最初だけ大まかな説明をし、一緒に田んぼを作ったり、通商を他の場所へと開いていくとかの実践をしてくれる。これは練習ではなく、本番でもある。
 以前なら足りないものを商人から買えばすむことで、領地内のことは委任ということで、勝手にやらせていた。だから平均的な国になる。
 実は前作の信長、箱庭のように、これをやり過ぎたため、日本統一どころではなくなっていた。さすがにそれは最初だけで、このゲームの醍醐味は合戦だ。国盗り物語、城取り物語。一国が二国になり、三国四国と増やしたところで、大国と渡り合ったりする駆け引きが醍醐味。
 その細かいことは、家来が進言してくるので、戦いの好きな家来のいうことを多く採用すれば、そういう仕事をやってくれるはず。肥料がどうの、土地が痩せているがどうの、種を多く蒔くとか、そう言うことは大名はしなくてもいいはず。家来に許可さえ出せばいいのだろう。
 
 東芝17インチは流石に今までよりも早いので、朝の作業も楽だが、それで時間が半分になるわけではない。i7のCPUも16メモリも、大したことはないというのが実感で、いつも喫茶店などで使っているノートパソコンなど、一番遅いタイプ。二万円台とか3万円台のパソコンのためだ。
 ただ、あまり引っかからないで、スラスラと進むので、気持ちはいい。だが、大した差はない。これはコンパクト系の受光素子の小さなデジカメと、高画質が売りの一眼レフタイプの大きい目の受光素子との写りが言うほど違わないか、または同じこともある。これに近い。つまり僅かな差なのだが、その差を問題にしているのだろう。実用上、問題はない。しかし、この差を大きい目に、大袈裟に宣伝しないと、買う気が起こらないだろう。
 この東芝の17インチ、それまで使っていた21インチに比べると、小さく。もの凄くはっきりとしている差で、中身の話ではなく、ガワだけの話。
 それで年末に考えていた23インチの一体型に目がいく。
 わりと良さそうなのは、HP社。スペック的な組み合わせが一番近い。HP社のパソコンは新製品の方が安かったりする。そして直販が一番安かったりも。
 一体型はノートパソコンよりも安かったりする。
 i7で8メモリ。SSD250とHD2の組み合わせだと文句はないところで、新製品なので、在庫はなく、半月待ちのようだ。即納タイプはi5になり、SSDが120あたりか。だからCPUとフラッシュメモリデスクが落ちる程度。差は殆どない。120ではハードデスクとしては小さいが、これは今もノートパソコンで使っている。デスクトップ機よりも早い。ここにウインドウズなどのプログラムと動画や写真以外のファイルなら入ってしまう。写真などは2テラのハードデスクに逃がせばいい。
 それよりも、ウインドウズ本体をフラッシュメモリに入れてしまうので、これは早い。他のプログラムそうだ。
 流石にノートパソコンでSSDとハードデスクの両方が入っているのは少ない。主流はSSD。まあUSBメモリやSDメモリの容量の大きなものだと思えばいい。USBメモリカードと同じ形をしたSSDもあるほど。
 SSDの代わりにキャッシュ用のメモリだけの機種もある。HDへのキャッシュでSSD並のスピードを出すというものだろうか。一度読み込んだファイルを、覚えているのだろう。その量が大きい。
 それらは使う人の用途で変わるはず。
 そういうスペックや速さ以前の問題で、23インチが欲しいものだ。ずっと21インチでやってきたので、17インチはやはり窮屈。
 17インチとはいえ、ノートパソコンは部屋で使うときは、やはりサブ機になってしまう。

■■ 2018年1月11日(木) 午前8時45分
 
 今朝は寒波で寒いはずだが、もの凄く寒いわけではない。全国の天気を見ていると、大阪方面は意外と気温は高い。特に大阪は飛び抜けて高い目に出ているが、大阪市内だろう。少し周辺だとそんな気温ではないはずだが、それでも寒波の襲来がモロに来ていないようだ。大荒れは寒波が来る前にきつかった。風だ。寒さではなく。しかも雨が降ってきて暖かかったほど。朝など10度もあった。
 流石に今朝は氷点下近いが、大阪名古屋東京はそれほどでもないはず。意外と九州南部の西側は雪マークになっている。鹿児島などは南国ではないかと思うのだが、海が違うのだろう。それに大陸も意外と近い。
 能登半島や新潟あたりは大陸からは遠く、日本海の幅分あるが、風の予想図を見ていると、北陸方面に大陸からの風向かってきている。だから距離ではなく、この風に乗れば、船などは近いのではないか。だからその風を読めば、いいタイミングでなら早く渡れるのかのしれない。ただし逆方向は難しそうだ。そのためもう少し上の秋田あたりから渡った方がいいのだろう。ここには古い港があった。
 昔は日本海側が表玄関だったので、港も大きく、そして賑わっていたのだろう。国内線ではなく、国外と。
 秋田の向こう岸はロシアだが、もっと昔は別の括り方だったはず。
 伝説だが、義経がジンギスカンになるという話だが、北海道から大陸へ渡り、そこからモンゴルへと向かう道筋の町々が記されている。だから、秋田の向こう岸にも港町が色々あったはず。琵琶湖で言えば湖西の町々だ。モスクワから見れば極東。どの港も凍る。凍らない港が欲しい。それで南下していき、旅順を得る。まあ、日本もロシアもやり放題だが。
 
 今朝は少し遅く起きたが、正月あたりよりもまし。やはり寝るのを少し早い目にすれば効果がある。遅い目に寝れば遅い目に起きてきて当然で、その逆も当然。やはり一定の睡眠時間が必要で、それを満たさないと起きてこない。目は覚めていても、起きる気がなく、また寝てしまうようだ。
 今朝は寒いが晴れている。一週間ほど大阪方面は晴れのようだ。
 新年はスタートしており、今月ももう半ばになる。あっという間だ。意外と長いのは2月だったりする。一番寒い時期で、早く暖かくならないかと日が立つのを期待するためだろうか。早く過ぎて欲しい月ほど遅く感じる。そして長く。一年で一番短い月なのだが、これは月末になるまで気付かなかっりする。今年は30日がないとか31日がないとかではなく、29日がない。だから2月は短いはず。31日まである月に比べ、週の半分は消えるのだから。
 東芝17インチの引っ越しも終わり、使えるようになったのだが、何か物足りない。やはりノートパソコンがメインになったためか、小さく収まってしまったためだろうか。小スペで取り回しも楽なのだが、画面が小さいと、スケールダウンしたような新年になってしまった。
 晴れ晴れしさがない。21インチのモニターから23インチになるのではなく、21インチから17インチに落ちると、中身のスペックより、ガワの問題になる。
 これをずっとメインで使うのかと思うと、少し違うような気がしてきた。これはやはりサブ機で、メイン機ではないと。これは失敗したのかもしれない。
 
 
 
■■ 2018年1月10日(水) 午前8時16分
 
 今朝はやっと理想的な時間に起きることができた。特に作戦を練ったわけではなく、昼寝を省略したので、夕食後既に眠くなっていた。そこは我慢して起きていた。寝ても寝付けないか、寝てしまえたとしても早く起きすぎて、理想的ではなくなる。そしていつもより一時間ほど前に蒲団に入った。その前にドーナツを食べる。これが効果がある。饅頭でもいい。
 それで久しぶりに早くも遅くもない朝となり、小学校と高校の通学風景とも出合う。これは冬休みが終わったのだろうか。
 昨日は雨模様で暖かかったのだが、今朝は冷えている。そして荒れるようだ。昨日も風が強かったが、それに寒さが加わるのだろう。今朝は晴れており、陽射しもあるのだが、それが崩れるようだ。
 全国的に荒れるらしいので、大阪方面も例外ではない。
 昨日の風は強く、自転車に乗っていると横へスーと流される感じがした。台風のときでもこんなに強くはない。あまりきついと外に出られないので、体験していないだけかもしれないが。雨は降っていないのに、風だけが強く。道に止めてある自転車が倒れていた。だから荒れた空というのは昨日で済んだのではないかと思うのだが、また来るのだろうか。今度は風ではなく大雪かもしれない。
 まあ冬場の吹雪は珍しいものではないが、大阪方面は滅多に雪など降らないので、本当に強い吹雪などは未体験。大阪方面で自慢できるとすれば蒸し暑さ程度だろう。北海道から遊びに来た人が、この蒸し暑さでやられたらしい。暑さではなく、蒸し暑さなのだ。
 
 モニター一体型と17インチノートパソコンとの使い勝手の違いを考えてみた。
 当然一体型の標準は23インチなので、17インチに比べての差が一番目に付くが、その他はどうだろう。
 ノートはマウスがいらない。タッチパットでカーソルを動かせるので、これがマウスのようなものだ。これはマウスよりも指に負担が掛からない。そっと撫でるだけで移動し、タンと軽く指を叩けばクリックになる。左クリックや右クリックはパットの下に仕込まれている。スクロールなどは流石にマウスの方が軽快だが、アップダウンキーで、上の画面、下の画面へと切り替わる。押しっぱなしにすればスクロールになる。
 次は接続関係。ヘッドフォンなどの差し込み穴は、一体型の場合はモニターの裏側にあったりする。真裏だと立ち上がって裏までいかないといけない。せめて横にあれば手が届きそうだが。
 USBやSDカードはよく使うのだが、これも裏側だろう。デスクトップ機なら正面にあるので、手が届く。まあ、そういうのはカードリーダーのようなものを買い、コードで引っ張れば手元に来るし、USBもハブを買えば手元に来る。こうなるとシンプルな一体型も点滴の管だらけになりそうだが。
 17インチノートのキーボード箇所は流石に広い。しかし、モニターの真下にキーがあるので、くっつきすぎ。一体型ならキーボードは離せる。まあ、離さないと、モニターが大きいので、距離を置いて当然。真下だと映画館で一番前でスクリーンを見ているようになり、首がだるいだろう。
 キーボードは何処にでも置けるので、膝の上にも置けるため、背もたれ状態で楽に打てる。
 DVDなどのドライブがない一体型もあるが、あるタイプでも横にあればいいのだが、それでも両手でカチッと入れるには立ち上がらないといけないかもしれない。
 一般的なデスクトップ機なら、正面に普段使うようなものが並んでいるので、一体型は、そのあたりがしんどいかもしれない。
 まあ、ヘッドフォンも無線式があるし、USBもコードを差しっぱなしでもいけるので、言うほどの違いはないが。
 一体型だとスピーカー内蔵されているので、楽かもしれない。コード類がそれだけ減る。
 寛いだ状態で、モニターを見ているときは、17インチより23インチの方が伸びやかでいい。少し離して見るため、目の疲労も少ないはず。
 結局15インチや17インチ以上の大きさのモニターへ行く場合、分離型のデスクトップで好きなモニターと組み合わせる人より、一体型を買う人の方が多いのだろう。それは家電店へ行けばすぐに分かる。並んでいるタイプが圧倒的に一体型を多い。
 15インチや17インチは結局持ち出せる大きさ重さではないので、家庭用据え置きパソコンと同じになる。どうせ据え置きなら、モニターは大きい方がいいという話しになるのだろう。
 
 東芝ノートの引っ越しが終わったので、使い出している。ノートパソコンでタイピングは先ずは入れたばかりの一太郎から。
 画面はいつもの一太郎だが、いつも使っているのはノートの方なので、10インチモニターや11インチモニターに比べ、馬鹿でかい。17インチのモニターは大きすぎるため、キーを打つとき前屈みになる。ちょっとタイプする程度なら、それでもいいが、長い目の文章を書くときは膝の上に乗せ、ラップトップ状態にする。これで背もたれにもたれながら、手を伸ばさなくてもタイプできるで、一番楽だが、冬場のホームゴタツでは暖かくていいが、夏は膝が痛いだろうし、暑苦しいだろう。
 1900の解像力だと、ウインドウズのアイコンが10行になる。これは21インチの1600の解像力でも同じ10行。それを17インチで見ているのだから、文字が非常小さくなるが、一太郎のフォントサイズは小さなノートに合わせているので、文字を大きく表示させるようしているので、テキスト文字はいい感じだが、メニューがいけない。虫眼鏡がないと読めないほど。こういうのは文字を見ているのではなく、メニューの上から何番目とかで覚えているようだ。
 入力文字は馬鹿でかいが、メニューの文字は極小の世界になる。17インチで1900の解像力では小さすぎて合わない。
 それであまりにも文字が小さいので、ウインドウズの表示倍率を上げる。
 すると、デスクトップのアイコンの並びは10行から8行になり、10インチノートの7行に近くなる。それだけに表示が狭くなる。
 それでモニターサイズにふさわしい文字の大きさになった。なぜかこのノート、最初から120パーセントに設定してなかったのだろうかと思ったりする。100パーセントが推奨になっている。一太郎のメニューの文字が読めないのだから、普通に使えないということだ。また倍率を上げたときの方がフォントも形もよく、綺麗だ。
 17インチなのでキーボードに余裕があるはずだが、矢印キーなどは小さい。手前のスペースが異様なまでに広く、マウスを滑らせることができるので、空母の甲板のよう。まさかマウス台のつもりで広く空けているわけではあるまいが。マウスは東芝製だが、カチャカチャと音がうるさく、滑りも悪いので、コントロールしにくいが、タッチパッドは反応がよく、違和感なく使える。マウスはいらないかもしれない。
 液晶の明るさは、最小でもそれほど暗くならないが、室内の蛍光灯の下などでは、それでちょうどぐらい。
 部屋の中ではあまりテキスト打ちはしないのだが、これならラップトップ機として使えそうだ。
 膝の上に置くと膝というより太ももが痛くなるが、下を向くことになるので、首も目も楽だ。当然腕を伸ばさなくてもいいので肩も楽。ダメージを受けるのは太ももだけ。
 3キロあるので、乗せると安定し、ほとんど動かない。底面もそれなりに広いので、安定はいい。
 キーボードはよくある安いパソコンと同じタイプで、これが昔からあったダイナブックの官能的なキーボードとは別物。伝説だけのイメージだが、最近のこのタイプのキーに離れているので、問題はない。
 ただ、キーとキーとの間が広いので、少し打ちにくいが、窮屈でなくていい。いいキーボード、相性のいいものは最初からいい。この東芝のは、それほど相性はよくないが、ものすごく悪くはない。ただ、打ち間違えが結構ある。相性のいいキーボードだと、最初から打ち間違えは少ない。こういうときはゆっくりと打つことだ。そのうち指が感覚を覚える。
 結局買ったのは据え置き型ではなく、ラップトップ機だったということになってしまった。膝の上に置いた距離が一番見やすいし、タイプもしやすいためだろう。
 
 このパソコンを買ったのは、それまでのデスクトップ機がおかしくなり出したためだ。まだ生きているが、ウインドウズ10の大きな更新後、きつくなってきたようだ。そのパソコンは型落ちで買ったもので、まだウインドウズ10ではなかったためかもしれない。当然ドライバーの更新などはしていない。そのメーカーの更新があるはずだが。
 ブログなどに入力するとき、文字を弾いてしまう。タイプした瞬間に消えたり。タイプ中に消えたりする。まだタイプ中なので確定していない仮名の状態で。
 これが何度もあり。同じ言葉をまた打ち込むのかと思うと、いやになってきた。本来そんなものではないはずだ。確かに重いブログなのだが、以前はそんなことはなかった。ただ、少しはその兆候はあったが。
 そのブログの他にも、フェースブックでタイプした瞬間、消えていたりする。
 その問題が解決した。それはそのパソコンのスピードとかの問題ではなく、何かがぶつかり合っていたのだろう。
 今回の東芝17インチはi7だしメモリも16。これなら問題はないはずだ。ただ、普通になっただけで、それほど早いという実感はあまりない。それは、普通の安いノートがSSDを使っているためだろう。ハードデスクではなく。これがものすごく早い。今までのノートに比べて。
 とりあえず、打った文字がすぐに消えたり、動きが緩慢になったりするのは、買ったときはそうではなかっただけに、これが解消されて、満足しているが、そんな状態でも使えないわけではない。
 
 このノート、一番の特徴は大きく重いこと。それにつきる。それで圧倒されてしまうのだが、膝の上で使うときに限られる。テーブルの上に置くと、後ろにある21インチのモニターと比べると、ものすごく小さく見える。
 部屋でノートパソコンを使うときは10インチでも11インチでも膝の上に乗せて使っている。テーブル、これはただのホームゴタツだが、そこにキーボードなどがあるし、モニターもそこにあるので、ノートが置けないためだろう。キーボードをのけると置けるが。
 スピーカーなどはいいのを使っているはずなのだが、ヘッドフォンで音を大きくして聴くとその違いがよくわかる。低音がしっかりと響いているので、驚く。よく聴いている曲だが、歌なので、伴奏まで聞いていないのだが、耳には入ってくる。ところが、このパソコンにつないで聞くと、はっきりと聞こえるのだ。おそらくベースの単調で小さな音だろう。非常に低い音で、今までも聞こえていたはずなのだがそれが目立って聞こえるようになり、後ろでこんな音がずっと鳴っていたのかと、再確認したほど。
 これはネットなどで聞く場合なので、音源にもよる。一番しっかりとしているのはCDやレコードからの音を録音したものをアップしたものだろう。テレビ番組からとった曲よりも、音の入り方が違うのだろう。詳しいことはわからないが、ミキシングとかで微妙に調整しているはず。レコーディングで恐ろしいほど時間がかかったりしているのだから。
 まあ歌謡曲などは言葉を聞いているので、後ろがやかましいと逆効果だが。
 ヘッドフォンなしでも、キーボードの奥にある音も、いつもならカサカサと鳴っているのだが、結構澄んだ音が出ている。これもものすごいとまではいかないが、今まで聞き取りにくかった低音がしっかりと聞こえているので、これは得をした感じだ。外付けスピーカーもあるが、隣近所が近いので大きい音は出せない。
 一応ハイファイ対応だが、その音源がないと、聞けないが、普通の音も、スピーカーだけで綺麗に聞こえるのは、場所がいいためかもしれない。スピーカーを入れている場所が。
 
 後は普通のノートパソコンと同じで、USBが四つ。二つは3対応で、3対応の上、電源を落としても充電できるタイプが一方につく。それらはキーボードの横にあり、後ろや前には何もない。これは17インチなのでキーボードの左右が長いためだろう。奥行きが長いのだ。10インチノートを縦に二つ置けるスペースがあるので、左右に集中している。さらに余裕があるためか、長い目の換気口が横にあり、反対側はDVDのドライブ。これはブルーレイだが、ものはDVDと同じ形なのでわからない。
 キーボードはテンキーもつくが、フルサイズのキーボードに比べる小さい。キーの高さはなく、ストロークも深くはない。そして重くも軽くもなく、スカスカの紙のような質感。この方が汚れにくく、滑りにくいのだろう。そして今風にキーは小さい目。この方がお隣のキーを押す心配が減るらしい。
 しかし、スペックにも宣伝にもないが、キーの隅を押しても水平を保ったまま沈む。これも最近言い出されたことで、安いパソコンでも、そうなっているのもある。珍しくはないが、打ちやすさに貢献する。つまり指が躓かないようになる。これは細かい話だ。
 期待していた通りの、スペック通りのノートパソコンだが、動画やゲームを見るときはいつも使っている21インチの大きなモニターで見る方がゆったりとしており、寛げるようだ。
 だから大晦日に持ち帰ったのは据え置きタイプと言うより、ラップトップ機だったということになる。据え置き機とは、PC本体ではなく、モニターが据え置かれていることを刺すような気がする。これは動かさない。家具のようなものだ。
 17インチノートは三キロなので片手でも移動させることができるので、位置を変えたりできる。だから据え置きのイメージとは少し違う。
 要するにサブ機だろう。
 
 

■■ 2018年1月9日(火) 午前9時16分
 
 今朝は気温は見ていないが、暖かいような気がする。雨が降っていたので、そのためだろうか。しかし、今朝は日差しが見える。しっかりとはまだ回復していないようで、風は強い。
 正月気分は当然町にはもうない。町と言っても商店だろうか。店屋だ。普通の民家は、殆ど変わらない。日の丸が出ている家もあったが、昔に比べ、少ない。その年代の人がいなくなったのだろう。
 寝起きに行く伊丹モスにも、もう正月の飾りはなく、次に来るはずのイベントがないのか、飾り付けはなし。あるとすれば節分だが、ハンバーガー屋なので、巻き寿司は関係なさそうだ。しかし、豆まきの鬼ぐらいはいいのかもしれない。最近はそれに便乗したハンバーガーもあるのかもしれないが、期間が短すぎる。そんなものは一日で終わる。
 昔の人は、そう言った季節季節の行事を楽しみにしていたようだ。そういう日は美味しいものを食べられる特別な日だったためとか。年に何度もない。
 最大の行事は盆と正月だろう。だから盆と正月が一緒に来たような、とか言う。もの凄く良い日だ。御馳走が食べられる日と言うことだが。
 御馳走はたまに食べるから御馳走で、始終食べていればそれほど美味しくも珍しくもない。逆に粗食が珍しく、美味しかったりする。決して御馳走ではないが。また粗食を馳走できない。
 そのため食べ物屋が集まっている飲食街に行っても、見慣れたものばかりが並んでおり、珍しく感じない。まあちょっと凝ったものを出す店もあるが、そうそう入ってこないような食材を使っているのだろう。その時期にしか揚がってこない魚とか。一般的な魚ではなく、市場には出回らないような。
 そういうのを昔、淡路島の小さな漁村の大衆食堂で食べたことがある。そういうのが網に掛かったのだろう。数匹だと、市場に出せないはず。貰ってきたのかもしれない。だから珍しい魚と言うより、安い魚ということになりそうだが。
 
 東芝の17インチノートパソコンの引っ越しも終わり、使えるようになったのだが、それまで使っていたデスクトップの21インチモニターと並べてみると、やはり大きい方がいいような気がしてきた。部屋で使うパソコンはメイン機のはずなのだが、ウェブやゲームをしているときの方が多い。メインの作業はノートパソコンで喫茶店でやっていたりする。逆転している。
 そのモバイル系のノートは安いタイプで、一番安いのを使っていたりする。メイン機がそれかい、という感じだが、今回東芝落ち武者狩りで買った展示品特価ものはこれまでのノートの中では一番スペックが高い。惜しいかな17インチでは持ち出せない。
 しかし、安いノートでも行けるのはワープロ程度しか使っていないためだろう。
 だから部屋のパソコンは昔でいえばテレビのようなもの。寛いでいるときに見るような。ただ、ウェブの更新とかがあるので、これは安いノートではしんどい。
 文章などは喫茶店でノートパソコンでタイプしている。部屋のパソコンはあまり使っていない。そこにもワープロは入っているが、喫茶店で作ったファイルを開けるのはエディターだ。エディターでは一太郎などのファイルは開けられないが、一太郎側でファイルを二つ同時保存している。だからテキストファイルを開けているだけで、部屋のパソコンで起つのはエディターであって、ワープロではなかったりする。そのため、一太郎が入っているのだが、殆ど使っていないのと同じ。印刷とかをするときは別だが、最近そういう用事もない。ただの資料的な印刷ならエディターでもできる。
 だから部屋のパソコンで一番よく使っているお仕事ソフトはウェブ作成ソフトだろうか。これはネット時代になってから、ワープロからそちらへ移った。ネット用ワープロのようなものだ。出力が紙ではなく、ウェブモニターへ。
 それと部屋のパソコンでよく使うのは、写真だろうか。これはデジカメから取り込んだ写真を見ているだけ。
 こういうのは一般的に言えば、リビングで寛いで見ているテレビと変わらない。
 やっと引っ越しを終え、使える状態になったのだが、ついつい大きなモニターと比べてしまう。
 
 外付けハードデスクに入っていなかった同期ソフトだが、アイオーのホームページを調べて、やっと場所が分かったが、圧縮するタイプのように見えたので、やめる。有料のバックアップサイトなどではよくある。本当のバックアップ用で、ドライブとして普通に扱えなかったりする。
 しかしファイルは見えるようだが、圧縮してあるのが気に入らない。そんな大量のファイルではないためだ。普通の外付けハードデスクに本体と同じファイルが入っているだけでいい。その方が使いやすい。
 それでおまけのソフトがこれだったので、使わないことにする。また無料でダウンロードできるソフトに機能を増やしたタイプは有料になる。これも気に入らない。
 同期など、コピーすればできること。同じファイルがあれば、スキップすればいい。また、それをしなくても、あっという間にコピーして仕舞えたので、大した量ではなかったのだろう。
 あれほど時間がかかった写真ファイルも、全部掴んでも数分。Wi−Fi経由だと数時間。それで正月明けは、そのコピーで終わってしまったほど。それがUSB3だと、少し待てばいい程度。
 だから丼のまま、相手の丼に流し込めばいいのだが、変化していないファイルは分かっているので、増えた分だけ送ればいい。だから同期ソフトもいらないのだろう。これを毎日しないといけないような仕事をしている人なら別だが。
 こういうのは月に一度程度でいい。本体で削除してしまい、ゴミ箱も空にしてしまったとき、外付けハードデスクの存在は有り難いだろう。下手に同期ソフトを使うと、上書きされてしまう。古いのが残っている方がいいのだ。
 ちなみに写真などを入れている一番大きなルートフォルダはピクチャー。ウインドウズだと写真は勝手にここに入る。そのピクチャーを掴んでそのままハードデスクに投げ落とすと何が起こるのかを試してみた。量が多いのでコピーできないとか言い出すのかと思うと、瞬時にコピーされた。そんなはずはない。よく見るとピクチャーへのショートカットファイルだった。ウインドウズ側でこういう仕様になっているのだろう。それで、外付け側に似たようなフォルダを作り、本体のピクチャー内の下に並んでいるものを全部掴んで投げ込んだ。
 オリンパスのデジカメを使っていた頃は、オリンパスの写真アルバムソフトが、勝手に取り込み始める。それらの写真は日ごとで一フォルダとなり、オリンパスというフォルダで蓄積される。一日分で一フォルダ。一日三枚でも一フォルダ。それでものすごい数のフォルダができてしまった。今更何ともならないが、これは最初使うときに、一日ではなく、一ヶ月にすればよかったのだろう。
 その後ウイドウズ付属のフォトというソフトが、ウインドウズ10の大型アップのとき入り込んだようで、これは恐ろしいソフトで、画像を勝手に見付けてきて、取り込んでしまう。しかしショートカットなのでフィルは動かしていない。
 そのうちオリンパスの取り込みソフトと、フォトというソフトが一緒に立つことになり、選べるようになる。フォトは重いので、パソコンが重いと起たない。オリンパスは起つ。しかし、オリンパスで取り込んだオリンパス内のファイルも、フォトは知っているので、ショートカット化し、アルバム化していく。
 一覧性はフォトの方がいいので、フォトで取り込むことになる。これも適当にはいはいとボタンを押していたので、日にち単位でフォルダを作り、アルバムを作るようだ。それらは全部一連ものなので、スクロールすれば時間軸に沿ってファイルが並ぶ。
 それも長い間やっていたので、ピクチャーの真下にものすごい数の日数分のフォルダができていた。フォルダの名は日数なので分かりやすいが、初期設定ではそうなってしまう。これは取り込みOKを押す前にフォルダ先をを指定できたり、日ではなく、月にも変更できる。
 こういうマイクロソフト製のソフトは最初から入っているのでインストールしなくてもいい。だから特にこだわりがなければ、ありものを使うようにしている。フォトというソフトは勝手にテーマを作ってアルバム化している。「幸せな日々」というアルバムがあったので覗いてみる。作った覚えはないが、それに近い写真を自動的に選んできてアルバム化しているようだ。猫や人形、仏像が多く入っていた。
 これはこれで、切り口が変わっていていい。任意のフィルだけを集めてアルバム化もできるが、やっていない。
 フェースブックと同じように去年の今頃の写真とかのアルバムもある。
 引っ越しと同時に、そういったフォルダの整理をした。ただのメンテナンスだ。
 
 
 
■■ 2018年1月8日(月) 午前9時57分
 
 今朝は雨。そのため冬の寒さがない。あるにはあるが、生温かそう。湿気ているためだろうか。冬場は乾燥していることが多いので、そう感じる。空気が少し違う。
 風はあるが、それが冷たくない。夜からの気温を見ると、高い目。五度あったりする。しかし、雨の日は一日の気温はそれほど変わらず、昼間も上がらない。空は暗く、荒れそう。
 年末あたりに来ていた寒波で、すっかり真冬を体験してしまったようなもので、これから暖かくなるような気がしてしまうが、まだ真冬の入り口に差し掛かったばかり。本格的なのはこれから。多少気温は高いときもあるが、寒い日が長く続くはず。
 去年の今頃、二灯の電気ストーブを買ったのだが、今年は古い1灯の500ワットだけのタイプを使っている。寒くなり出したとき、軽くて小さく取り回しのいい、この500ワットをとりあえず使っていたのだが、そのまま使い続けている。
 去年は寒くて寒くて、500ワット500ワットの二灯ものを買ったのだが、今年は一灯でも平気だ。まだ赤外線のタイプが違う。体の芯まで来るタイプ。そのため、スイッチを入れてから少し間を置かないと暖かくならない。そのあとは暑いほど。この暑さが欲しかったのだが、二灯なので幅がある。そして重い。首は振るが、台ごと回転したりする。振り切っているところを回すためだろう。このストーブは真冬の一番寒い頃に取ってある。まだ出番ではない。
 
 新しく買った東芝の17インチノートパソコンの引っ越しも終わり、使えるようになった。デスクトップの手前のキーボードを置いていたところに置く。ノートのキーボード部がテーブルから手前に大きくはみ出し、キーボードだけが空中にあるようだ。これでデスクトップと並行してやれる。そして比べられる。17インチとはいえ、ノートなので簡単に動かせる。三キロもあるが、片手で移動できるので、この重さが限界だろう。モニター一体型だとそうはいかない。七キロほどあるかもしれない。軽くて六キロ。デスクトップ用の普通のモニターも結構重い。一体型と変わらないほど重いので、これは動かすには両手がいる。
 最初に目に付くのは画面の狭さと文字の小ささ。これは15インチをずっと使っていた人なら、大画面になり、同じ解像力だと17インチの2インチ分拡大して見えるので、文字も大きく見えると言うことだろう。しかし19インチで1600の解像力で、ずっと見ていた場合、それに比べ表示は広くなるが、文字が小さい。1900の解像力だとデスクトップのアイコンの縦の並びが多くなる。だから19インチよりも広い範囲を表示していることになる。19インチでも文字が小さいと思っていたのだが、それが大きくならないで、逆に小さくなってしまった。しかし、19インチは離して見ているが、17インチノートなので、キーボードの関係から、より手前に置くことになるので、何とか読める。
 これは小さすぎると思い、倍率を上げると文字や画面は拡大されるが、表示範囲が狭くなる。どちらがいいのかを何度か試してみる。
 1900の解像力は推奨。100パーセントの倍率も推奨となっている。2000を超えるモバイルノートを持っているが、その推奨は150パーセント。設定しなくても最初からそうなっている。
 ところが東芝の17インチは、等倍で使えと言うことなのか100パーセントが推奨。
 ウェブの文字などは、ブラウザ側でフォントサイズを変更できるが、あまり文字を極大にすると、レイアウトが狂うのか、文字の面積が増えて、画面が狭くなる。特に縦側に。
 モニターは光沢で、後ろのものが写り込むことがある。光源はなくても。映画など、暗いシーンが多いと、そこに何かが見えている。映画の中ではなく、部屋の後ろ側の何かだ。だからそれは映画ではない。
 100パーセント表示だと文字は小さいが、鮮明。非常にシャープに見える。
 この問題は17インチノートを躊躇させた原因の一つで、スケールダウンになるためだ。単純な話だが、モニターが小さくなり、豪華さが減る。中身の問題ではなく、ガワの問題だろう。大きな液晶テレビが豪華に見えるように。
 では23インチだと、今まで見ていたモニターよりも字が大きく見えるかというと、そうでもなさそうだ。
 21インチで1600の解像力の文字を見ている。21インチ一体型だと解像力が1900あるので、小さくなる。今よりも小さくなる。だから23インチの一体型でないと苦しくなる。23インチで1900なら21インチよりも文字は大きく見えるが、1600の解像力で見ていたのと、あまり変わらないのではないか。だから、いつもの21インチモニターよりも文字は劇的に大きくならないという話だろう。つまり23インチ超えの26インチまでいかないと。このタイプは流石に近所の上新には店頭にはない。
 だから23インチ一体型を買っていたとしても、文字の大きさは解決しないと言うことだろう。ただ23インチ超えとなると10キロはあるはず。デスクトップ機のタワー型だと10キロは当たり前。テーブルになるほど頑丈なので、重い。そのPC本体の重さとどっこいどっこいになるが、モニター込みなので軽いといえば軽いが。
 モニターを大きくしていく作戦もあったが、東芝17インチノート作戦は、その逆を行こうというもの。小さくても近付ければよく見えるためだ。そしてノートなので、膝の上にも置ける。重病人のようにコードだらけではなく、電源コードのみなので、動かしやすいし、またコードを抜いてもバッテリーだけでも三時間は持つので、ここはノートパソコンの強味が出る。融通が利き、扱いやすい。蓋を閉じれば、その上に茶碗も置ける。また捨てるときも簡単だろう。使わなくなっても、ただの板の形なので、押し入れに入れておけばいい。こういうのはゴミに出せない。お金が掛かるが、上新だと引き取ってくれる。無料で。新品を買ったときに下取りと言うことで。
 大きなモニターで表示できるデスクトップ機ばかりを使っていたのだが、一時、それが壊れて、急遽買ったのが東芝の15インチノートの一番安いやつ。これは結構使っていた。その頃あまり体調がよくなかったのだろう。大きな画面がしんどくなっていた。だから普通の家庭用据え置きノートの15インチでも文句なく使っていた。これでゲームとかもよくしていたし、韓国時代劇ドラマのイ・サンとか、トンイとか、その他、長くて時間のかかる大河ものを何本も見ていたが、問題はなかった。
 そういうのばかりを見ていると、たまに映画館で映画を見ると、目眩がするし、気分が悪くなる。大きすぎるのだ。後ろの席からなら問題はないが。
 だから東芝の15インチから17インチに買い換えれば、豪華だったとは思う。文字も大きく見えると。
 しかし、21インチで映画などを見ているとき、最近は窓を小さくして見ている。フル画面では大きすぎて疲れるためだ。
 ただ、コンサートなどの動画は、小さな画面だと舞台が小さくなったような気がする。写っている範囲は同じだが、ものが小さく写るためだろう。
 それよりも、東芝17インチはスペック的にはハイスペックだが、それはどの体感スピードはないが、これまで使っていたパソコンで出る不都合が消えていた。買い換えの理由の本命はそれだ。
 
 次は外付けハードデスクの話。
 上新で外付けハードデスクがなかったので、その近くのエディオンへ行く。ここにも空箱が並んでいる。同じようなものがあり、上新で品切れになっていたものを選ぶが、千円以上高い。その差でここでは買わず上新に客が行くため、品切れになるのだろう。
 しかし特価品があり、上新で見たものと同じだが、それでもまだ高い。
 結局1テラを500ギガタイプに落としてレジへ持っていく。それでもまだ高い。
 結果的には品切れになっていなかったのか、すぐに出してきた。今このタイミングで買わなければ、もう買わないだろう。
 早速開封すると昔買った100ギガの半分ほどで、半分以下の重さ。これなら持ち運べたりできそうだ。SSDだけのモバイルノートに、この外付けを付ければ、いけそうな気がする。
 同期ソフトやバックアップソフトが入っているはずなのだがパッケージを見れば分かるはず。あの円盤が入るサイズではない。だからHD本体に入っているのではと思ったのだが、そうでもない。そんなものを入れるだけ手間だろう。
 そして解説書を見ると、ホームページに行けばファイルのコピー方法などが解説されているので、そこで確認するようにとか、同期やバックアップのソフトはダウンロードして勝手に使えとなっている。使い方はホームページに書かれているので、何か問題でも、という話で、そのホームページとはIOデータのサイトだろうが、表から入ったのでは何処に何があるのか分からないはず。またパッケージに書かれている住所は虫眼鏡がないと読めない。
 それをタイプして行け、という話だ。
 これは考え方を変えると、同期ソフトなどを取ってこれると言うことだろう。そのソフト、インストールする必要がないので、楽そうだ。
 しかし、このタイプのファイル管理ソフトはフリーでいくらでもゴロゴロとあるので、貴重なソフトではない。別にIOデーター製ハードデスク専用ソフトでもあるまい。
 そんなことを考えていると、画像管理ソフトや一覧ソフト、画像取り込みソフトや編集ソフト。フォトレタッチからお絵かきまで入っていそうなソフトがニコンやキャノンのサイトにありそうな気がする。デジカメを買ったとき、入っているあれだ。
 だからフリーソフトが集まっているところで探さなくても、メーカーお墨付きのソフトなら、失敗はないはず。個人が作ったものではないはず。
 しかし、IOデータのパッケージに書かれていたUSBでパソコンに繋いだだけで同期を勝手に始めるというのが気に入った。そういうオプションがそのソフトにはあるのだろう。当然スケジュールでも決められるはず。たとえばパソコン起動時とか、夜の何時になったらとかだ。
 同期ソフトのいいものになると、パソコン側でファイルを作ったり、ファイルを更新したりすると、すぐに同期してくれるものもあるはず。ずっと見張っているのだ。これはマイクロソフトの倉庫ソフトがそうだし、その他クラウドタイプの同期ソフトは、ほぼそうだろう。さらに進めると、履歴を取る。更新履歴で、ずっと覚えており、四回目に更新したときに戻せ、とかもできるはず。こういうのはプログラミングなどをしている人なら、必要なのかもしれない。
 同期でなくても、エディターでもできる。
 しかし、こちらが使うのは、ただの保険で、ただのバックアップ。本体のパソコンがきついことになり、ハードデスクにアクセスできなかったとき用だ。これは中のハードデスクを取りだし、何とかできるはずなのだが。内蔵といっても、中に入れているだけだろう。しかし、内臓を読み取る装置がいる。
 ちなみに買ったハードデスクはパソコン側から電源を取るタイプ。コンセントがいらないで楽だが、ハードデスク側からは起動できない。パソコンが潰れているのだから、給電もできなかったりしそうだが、最近はパソコンの電源を落としても、USB充電ができるタイプもある。半分ほど死んでいるが、まだ動いているパソコンなら、何とかなる。ファイルのコピーができれば、逃がせる。沈没する前に。
 こうして久しぶりにハードデスクを買うと、その需要はあまりないようで、SDカードやUSBメモリの方が賑やか。それらはパソコン以外のことでも使われるためだろう。
 そして外付けSSDが何処まで行くかだ。まだ高い。
 そして一般の人がハードデスクを必要とするのはテレビ録画らしい。そのため、そちらのハードデスクのパッケージの方が多くなっていた。これもテレビを見る器具に直接差し込むタイプだと、パソコンとは関係のない商品ということになる。当然両方使えるタイプもある。閲覧専用のCDドラブが安いのと同じかもしれない。
 両方行けるタイプは東芝から出ていた。東芝のドライブを使っているらしい。今度買ったのは東芝なので、相性が良さそうだが、テレビ録画などしないので、これは必要ではない。
 東芝の部品は結構他社でも使っているようだ。
 それを買い、USBで繋ぎ、コピーすると、劇的に早い。USB3同士のためだ。



■■ 2018年1月7日(日) 午前10時02分
 
 新年七日目。七日は何かありそうなのだが、特に行事は思い浮かばない。ただの日曜日だろうか。年を越して一週間。早いものだ。だから年末に今頃のことをいっていた。あっという間に正月が去り、今頃になると大晦日もクリスマスも遠いものになっていると。
 しかし、これからが冬の本番。真冬の先がこの先控えており、年を越した勢いで、そのまま山を下る感じだ。冬の底まで。そこから抜け出すと春が見えてくるのだが、これは結構先の先。
 夜中は氷点下になっていたが、起きたときはそれほど冷え込みはない。半分ほど晴れ、半分ほど曇っているが、手が悴むほどでもない。
 寝起きに行く喫茶店の伊丹モスは二日目。もう朝の喫茶店探しでウロウロする必要はないが、今年はモスの近くにある老舗の喫茶店に落ち着いたようだ。今年から開くのが早くなったためだろう。しかし、遅く開いていたとしても起きるのが遅くなったので、同じことだが。
 つまり落ち着いたといっても正月の間だけ。だから、その時期しか行かない喫茶店ということになる。個人喫茶なので、高くて行けないのが実情。
 何とかいつもの時間に起きようと思うのだが、眠いので、起きられない。自然の目覚めも遅い目に移動しているようで、いつもなら、勝手にその時間目を覚ますのだが、それが変わってきている。ただ、早い目に目が覚めることがある。そのときに乗ることだろう。しかし時計を見ると、まだ早いとなり、それを見た瞬間眠くなる。朝はどの状態でも眠いことは眠いのだが、ここで起きると睡眠時間が、となるので、起きようとしない。
 それで夕方前に行く喫茶店も時間がずれてしまった。もし同じ時間に行っておれば、日が少し長くなり、日没が遅くなっているのが分かるはずだが。冬至を過ぎて、日数が経っている。その分、昼が長くなっているはず。
 
 部屋のパソコンの引っ越しは何とか使える状態まで持っていった。まだデスクトップ用のモニターがでんと前にあるので、置き場所を考えないといけない。デスクトップはまだ動いているが、反応が少しだけおかしい。これが生きている間に引っ越さないと、壊れてからでは引っ越せない。
 データファイルは写真で手間取ったが、あとは早かった。USB経由の方が早い。まあ、遅かった理由は、デスクトップの動きが遅すぎるためだろう。だからコピーも遅かった。
 ウェブ作成ソフトとワープロをとりあえずインストールする。ウェブ作成ソフトは、ドリームmxという古いタイプ。これは毎朝使っている。ホームページの更新をしないといけないので。これが動かなくなればホームページビルダーがあるので、古くなりすぎて使えなくなってもかまわないが、10年以上も前のソフトでも動いている。この最新バージョンがアドビから出ているはずだが、高いので買わない。もう個人がホームページを作っていた時代ではないため。ブログの時代になり、今はSNS時代。コンテンツを自分の家からではなく、出店の時代。
 しかし、ブログや共有サイト的なところでは、好きなようなレイアウトができない。ある範囲内でのレイアウトはカスタマイズできるが、それも面倒。
 それよりも、ただ単に真っ白な画面を出すというのはブログではどうやってやるのだろう。そういうレイアウトはできなかったりする。
 しかし小説などはSNS系のnoteよりも、昔からあるブログに上げているものの方がアクセスは多く、しかも安定している。アクセス解析のようなものが入っているので、それを覗くと、バックナンバー、古い作品を見に来る人が結構多い。だからブログが個人ホームページに取って代わられたことはよく分かるし、その先のものは、なかなか見付からない。noteのような新規なものができても、人が来なかったりする。
 noteよりブログの方が人が多いのは、検索で来る人が多いためだろう。それと一覧性がいい。
 これはこの日記のブログ版もそうで、何年も前に日誌で書いていた江戸川乱歩の短編の感想文へのアクセスが未だにある。読んだ短編に感想を付けた程度だが、アクセス解析を見ていると、毎日誰かが見に来ている。こんなものは一度読めば二度と来ないはずなので、別の人が来ているのだ。
 リンク元をたどれるのだが、それらしきものは見つからない。
 また何年も前に書いたデジカメの特定の機種に、人が来る。もう古いカメラなので、中古でしかない。その使用感を参考のため見に来ているのだろう。
 最近では都はるみに関する感想文を書くと、以前に書いたものも見に行っているようだ。しかし、日誌なので、朝起きると遅かった、などの文章が先頭にあり、探している文章を見付けるまで手間取るはず。これはカテゴリー分けすれば一覧表示で分かりやすくなるのだが、それでは構えすぎる。別に何かを宣伝するためではないので。
 最近まで多かったのはPDF右綴じだ。これはPDFの電書が流行っていた頃だろう。小説や漫画などはPDFで見開きにすると、左綴じになる。だから見開きがしんどいというより、無理だ。そのため、右綴じができるPDFソフトがいい。ソースネックスと殻発売のPDFソフトは安くて右綴じにも対応していた。
 漫画は画像なので、そのまま綴じてしまえばいい。そういうフリーソフトがあり、もう名前を忘れたが、それを使えば可能だ。梱包何とかという名前だが、本人も忘れてしまった。
 フリーソフトをダウンロードした解凍前のものを一箇所に集めて保存しているので、探せば出てくるはず。三代前のパソコン時代には使っていた。
 
 一台ぐらい壊れていないハードディスクを買っておくべきだと思い、上新へ行く。引っ越し前に先ずそれを買えばよかったのだが、何とかなると思っていた。
 そして選択。相変わらずこの手のものは昔のメルコ、今のバッファロー。名古屋にあるためだろうか。メルコの工場が燃えたニュースはもう遠い昔。もうひとつがIOデータ。メモリなども、この二社が昔から競っていた。
 その前にUSBから見る。SDカードでもいいのだが、マイクロタイプしか差せないノートパソコンもあるし、SDカードは認識しなかったり、壊れていますとかが多い。殆どはデジカメで使っての経験だが。
 それでSDカードは無視し、安定しているUSBメモリを見る。上限は64ギガあたりだろうか。5000円はしない。まあどちらにしてもこれではバックアップはできない。少なすぎるので。
 そしてハードデスク。それを見る手前にSSDがあった。外付けだ。125ギガあたりでも1万円するだろうか。256ギガタイプは二万円ほど。つまりUSBより容量が大きいという程度。250あれば写真さえ入れなければバックアップできる。
 その謳い文句は内蔵SSDのパソコンなら、外付けもSSDでというもの。パソコン内蔵タイプとほぼ同じ量だ。500ギガは売っていなかった。
 そしてハードデスク。500ギガからあるが6千円ほど。1テラで7千円。これなら変わらないので、1テラだろう。
 バックアップソフトも付いている。USBを差し込めば、すぐにバックアップできるらしい。当然同期も。値段的には保存量の大きさからいけば、これだろう。毎日使うものではなく、たまに接続すれば勝手に同期してくれるのだから、有り難い。
 SSDしかないノートなら、外付けとして、付けっぱなしという手もある。一体型のパソコンなら、ハードデスクも当然入っているので、いらないかもしれないが、パソコンが崩れたとき、内蔵ハードデスクでは何ともならない。
 それで1テラで7千円のをレジにサンプル箱を持っていくが、品切れ、このタイプは全滅らしい。近いのをいうと、裏から出してきたがテレビ録画に特化したタイプ。そのタイプのソフトが入っている。これはいらない。書き込み線用ではないかと思える。
 結局買うのが遅すぎて、すでにUSBを皿にして、大きなデータは運んだ後。
 以前はデスクトップがメインで、持ち出すのはノート。そのノートは以前はハードデスク内蔵だったので、デスクトップ側のデーターはノートにも入れていた。だから、これがバックアップのようなもの。
 ところがメインパソコンだけにデーターがあり、ノート側はSSDなので、殆ど入らない。だから今回買った17インチノートが壊れれば、何ともならなくなる。
 それで、保険でハードデスクが必要なのかな、という話だ。常に同期しなくても、古いファイルは殆ど触っていないし、見るだけなら、たまに同期すればいいのだ。
 20年ほど前に買った100ギガのハードデスクは動くには動いている。USBなどサビが入っているが、接続するのは先の溝なので、問題はない。だから結構持つのだ。ただ100ギガでは何ともならない。
 バックアップ。こういう保険ものは普段は買う気がしない。パソコン買い換えな政権交代のどさくさのときにしか、買う気になれないので、今がチャンス。

 


■■ 2018年1月6日(土) 午前10時22分
 
 今朝はやっと寝起きに行く喫茶店が平常通りの営業に戻ったので、いつもの朝に戻る。しかし、夜更かしをしたのか、寝過ごしてしまった。それも結構長い間寝ていた。冬場の寒い頃は睡眠時間が延びるのだろうか。そのまま冬眠してしまうわけではないが。
 昼寝も長かったので、寝る時間になっても、まだ元気だったためかもしれない。または風邪でも入ってしんどいのだろうか。インフルエンザが流行っているようだが、それは毎回この季節はそうだろう。
 遅い目の伊丹モスだが、喫煙室は無人。一般席も親子連れがいるだけ。遅い目なので、常連客の殆どはギャンブラー達なので、パチンコ屋が既に開いているので、そのお仕事で出勤しているのだろう。
 パチンカーの朝は早かったりする。開店のかなり前から集まっている。そうでないと台が取れないためだ。
 
 昨日もパソコンの引っ越し作業。やっと写真をコピーできたのだが、もっと早い方法があったはず。しかし急ぐ必要がないので、ウインドウズのホームグループ経由でやっていた。それをしながらネットをなどを見ていると、同じ線を使っているので、コピーも遅くなる。線というより無線なので、見えないが。
 コピー中の転送スピードや状態が分かるのだが、USB経由なら三倍ほど早かったりする。しかし二回コピーしないといけないので、手間が掛かる。
 ウインドウズのコピー機能は、結構大量にやり取りできるようになったのか、量が大きすぎるなどの警告が出ない。それをやっていると、コピーし終える時間、もう寝ている時間になったりする。小分けした方がいい。
 やはりハードデスクを買うべきだろう。ただ、引っ越しのときに役立つ程度で、そのために普段からバックアップし続けないといけない。自動でやってくれるにしても、更新するほどのファイルはないのに、大層なことを裏でやっている。
 だから最近はクラウドタイプが流行っているのだろうか。これならバックアップではなく、その都度やっている。保存場所が二つあるようなもので、ローカルで普通にファイルを弄ると、クラウド倉庫側でも更新される。しかし、これは値段が高い。
 一番身近なのはマイクロソフトのクラウド倉庫。これは最初から入っているし、ファイル一覧でも優遇された位置に出る。マイドキュメントとか、ピクチャーとかに並んでいるというより、いい位置にあり、よく見える。そこに全部ぶち込めば、一番効率がいい。しかし月額千円少し掛かる。まあ、ネット上のサービスなどで、そういった定額ものに入っても、しばらく使わなかったりすることもある。
 昔はどうしていたのだろう。フロッピー時代は、データの入ったフロッピーをコピーしていた。フロッピーはよく壊れるためだ。
 引っ越しのときに役立つということだが、目的は引っ越しだけなら、数年に一度のことだろう。メインパソコンは流石に数年は使う。数年に一度の引っ越しのとき、少し早くできる程度なら、いらないのではないかと思える。
 また消えてなくなると、大変なことになるようなデーターがどの程度あるかどうかだ。これがお仕事などに関わるデーターなら問題だが、プリントアウトしておくことだろう。それが面倒なので、電子化にしているのだが、これはこれでメンテナンスが必要。引っ越しとか。パソコンが壊れたとか。
 まあ、大事なもので、個人的には大事でも、まったく価値のないものが多い。ネット上のブログなどに非公開で入れて置く方が簡単だったりする。無料だし。
 そして、そのブログのIDとかパスワードを忘れやすいが。
 結局引っ越しのとき嵩張るのが写真だと分かった。だから、それを外付けハードデスクに逃がしてやれば、新しいパソコンと繋ぐだけで済む。
 その外付けハードデスクも長年使っていると、壊れたりする。だから外付けハードデスクのバックアップ用の外付けハードデスクをもう一台買う必要があるが、お前は企業かというほどの手間になる。それらの写真、別に消えても困らない。だからそこまでする必要はない。
 よくパソコンが潰れて、メーラーも一緒に沈没したので、相手のメール住所が分からなくなることもある。まあ、相手から来た時まで待つことだろう。
 それで、大きなデーターは引っ越せたので、次はアプリケーションのインストール。それが終われば、使えるようになる。
 普通のノートパソコンなら数時間で使えるようになるのは、一太郎程度をインストールするだけで終わるためだ。オフィス付きを買った場合は、引っ越しの必要さえない。モバイルノートはSSDなので部屋のパソコンのデーターをそのままコピーできない。
 
 都はるみ百曲
 前回は復帰コンサートのフルバージョンで、色々な都はるみの歌に触れたのだが、今回は昭和時代に歌った曲が100曲近く集めたものがアップされていた。これだけでも驚く。ユーチューブだ。一曲三分とか4分としても五時間ほどあるだろう。ただし映像はない。
 それらの曲が続けて流れるが、それなりに並べ方に工夫があり、古い順からではしんどいので、新しい目の「北の宿から」などの有名な曲も途中に挟まれている。
 都はるみのコンサート動画を見ていると、曲の並び方が似たようなものになる。時期にもよるが、僅かな時間なので、選曲も大変だろう。
 ところが100曲近いコレクションは、五時間以上なのでマラソンコンサートだ。だから飽きないように、それなりの並べ方がしてある。
 平成版は30曲ほど。いずれもセレクトで、全曲ではない。
 それよりも若い頃の曲が流石に多く、聞いたことのないようなB面の曲などがある。映像は全くなく、解説もないので、タイトルさえ分からないが、聞いていると声の調子で、年代が分かる。
 デビュー曲の「困るのことよ」はネット上では「都はるみさよならコンサート」にあるが、当時のレコード盤で聞くと、また違う。
 このコンサートの映像をそのまま使い、音声だけ原曲をそのまま重ね合わせた動画もある。演奏は同じはずなので、口の動きもほぼ同じ。
 そういう古い曲を聴いていると、唸りが目立つ。流石にこれで人気が出ただけに、唸らなくてもいいところでも唸っている。しかし唸り倒しているわけではない。たまに唸る程度。しかし、同じ曲でも年を経るに従い、唸りが減ってくる。
 最初のヒット曲「アンコ椿は恋の花」を聞き比べればよく分かる。あるところから、唸るのは最後の最後、三番目の最後の最後に一気に唸って終わる。それまでは唸らないが、唸り掛かるときもあるし、また「恋の花」がないときは、サービスなのか、アンコ椿の、アンコで唸りを入れている。一切唸りの入らないアンコ椿は恋の花ではガッカリだろう。
 唸ったあとの返しの声が綺麗だ。こんな綺麗な声が出せるのに、なぜ唸っていたのかだが、今では、唸りをもっと効きたいと思うほど。だから若い頃の曲は唸りが多いので、満足度は高いが、唸りすぎではないかと思うこともある。
 この唸り、動物的な感じで、感情の深さと言うより、怒りや悲しみや喜びなどをダイレクトに噴出させているようで、唸ることで曲が開放的になり、明るくなるような気がする。そこはちょっと子供っぽいのだが。陰に籠もらない。子供が気に入らないとき「もうー」という。このとき、声は濁っている。言葉よりも唸り声の方が効くのだ。だから「ううー」でもいいのだが、それでは江戸屋猫八になる。
 唸り声は威嚇でもある。
 100曲近いと、「大阪しぐれ」や「東京セレナーデ」なども入るので、歌い方の変化がよく分かる。
 初期の力強いパンチ力のある曲で、唸りが入る変な曲も多い。その時代時代、流行っていたものなどを取り入れたり、歌謡曲の名曲を似せたものもある。三橋美智也の「りんご村」とかだ。歌謡曲と言うより、流行歌で、これは商業ペースとの兼ね合いから生み出されるのだろう。流行りやすい曲を作るということだ。
 そして、順番に聞いていると、色々な歌に挑戦していたことが分かる。まあ、与えられた曲を歌っているだけだが、それを上手く歌いこなせるかどうかは挑戦だろう。だから商業ペースの荒波に揉まれながら、鍛えられていったのだろう。
「私らプロですからねえ、上手いこと歌えて当たり前なんです」とは、さよならコンサートで言っていた。しかし、大事なのはデビューした頃の初心だと恩師に何度も言われたらしい。「すぐに忘れるんですよねえ」とあっさりという。要するに気持ちや心で歌えと言うことだが、心とは曖昧な言葉だ。心身一体で、歌っているときは何も考えていないかもしれない。「腹減ったなあ」とか「汗をどのタイミングで拭うか」などと考えているかもしれないが。
 聞いている側も、このコンサートが終われば、何を食べようかと思っているかもしれない。
 それで100曲近くを聞いてしまった。これはベストセレクションなので、昭和時代の都はるみの歌、全てではない。
 コンサートや、テレビ歌っている昔の歌は当時とは当然歌い方が違うので新鮮だ。何曲かはレコードから取ったものがアップされているので、聞いていたのだが、纏めて聞くと、時代を感じてしまう。美空ひばりなどはできるだけ昔の歌は、昔の声に近い感じで歌っていたとか。しかし都はるみはメインの歌でさえ変えているので、古い歌など、変わって当然。これは懐かしさを聞かせるのではなく、今の時代に合ったような歌い方をしているのだろう。だから唸り倒さない。
 それで、最初はこういう歌い方で、こういう声だったのかと、再確認できる。
 まったく聞いたことのない曲もあり、メインルートからかなり離れた方向の歌もある。結構ポップス風のもある。
 昭和時代の曲。その中で耳に心地よく入ってくるのは「大阪しぐれ」「道頓堀川」「浮き草暮らし」「東京セレナーデ」「雨宿り」あたりだろうか。抑えめで、優しく歌っている。曲が易しいのではなく、声の調子が。三十前後だろうか。
 当然明るく元気な若い頃に歌っていたご当地音頭も賑々しくていい。都はるみの歌で盆踊りを今もしている町があるはず。非常に晴れがましい声を出す。
 そう言えばご当地ソングも結構歌っている。大阪しぐれや道頓堀川と並ぶほどのネオンもので、聞いたことがなかったので、流行らなかったのかもしれない。そういった隠れた名曲が多い。同じような歌なのに、なぜか流行らなかったような。
 たとえば戦後歌謡史に残るとされている「北の宿から」の続編ではないが「雨宿り」など、実にいい。続編ではないかと思うほどだが、再会する話なので、迫力が無いためだろうか。
 デュエット曲も多くあり、大阪や札幌を舞台にしれいる。このあたり、大阪しぐれからの繋がりでカラオケ向けだとNHKの私のうたの道で解説されている。
 大阪しぐれは唸りはない。しかし、カラオケでは唸って歌う人が多かったとか。
 ああこれは北島三郎のギター仁義だなあ、ああ、これも北島三郎の函館の人だなあ、というのが結構ある。男節になり、小気味がいい。
 都はるみは足を使うボクサーと同じで、フットワークがいい。
 昭和時代とはいえ、繁華街に渡り鳥など来ないだが、都はるみの股旅物や、粋でいなせな歌は気っぷがいいだけに、小気味いい調べだ。テレビ時代劇の主題歌かもしれないが、遠山の金さんの歌がある。
 そういう歯切れのいい勢いのある元気な歌はやはり都はるみらしい。まあ年を取ってから、ずっとそれではだめだろうから、聞かせる歌に平成版はなるのだろう。
 あのときのあなたは強かったとか、あの頃のあなたは偉かったとか、華だった。という昔はよかったというのを都はるみは「むかし」という曲で、歌っている。これは以前にテレビで見た。この昔というオバケがあなたの明日をだめにするらしい。いい頃の話をし、うっとりさせる。すぐに追い出しなさいと。
 
 
 
■■ 2018年1月5日(金) 午前9時21分
 
 正月五日目。明日から寝起きに行く喫茶店は伊丹モスに戻れる。六日から平常営業ではかなり遅い。その間、他の喫茶店へ行くことになるが、常連客が離れるのではと思うのだが、値段の安さで、戻ってくるだろう。
 今朝もその近くの喫茶店に入ったのだが、値段は倍以上、三倍に近い。これが300円の違いだと月に9000円の違い。1万円近い。年で12万。かなりいいものが買える。カメラで言えばかなり高いのが普通に買えるし、パソコンもそうだ。このカメラとパソコン、結構値段が似ている。ただ、カメラに比べ、パソコンは安くなってきているが。50万は必要だった時代から30万になり、今はハイエンド機でも20万を切っていたりする。まあカメラもパソコンも特別高いものもあるが、それは例外で、普通の人が買うタイプでの話。だからモスへ行けば毎年高級カメラと早いパソコンが買えることになるが、毎年は必要ないので、交互に買い換えれたりする。それほど朝の喫茶店の値段の差は大きいという話で、その差を考えれば、他の店へは行けなくなる。
 月に1万円の差は大きい。大物買いをしなくても、月に1万円、自由に使える無駄遣いできるお金を得ることの意味は大きい。旅行好きの人なら、12万もあれば、国内なら数泊できるだろう。海外でも台湾辺りなら楽勝だろう。それほどの差が朝の喫茶店にはある。
 正月はほぼ終わったのだが、部家でパソコンの引っ越しで始終した。コピーで時間がかかるのだが、コピー中は何もしなくてもいいので、ずっと操作しなくてもいい。
 普段からハードデスクにバックアップを取っておれば、少しだけ早くなるはず。Wi−Fi経由でのコピーなので、そのスピード以上出ない。ハードデスクならUSB2タイプで繋げば早いかもしれない。USBメモリの方がもっと早かったりするが、そんな大容量はない。
 それよりも、ウインドウズのコピー機能ではなく、コピーソフトを使う方が早いだろう。きっと圧縮をかけて軽くして送るためだ。
 引っ越しソフトが入っていたのだが、説明の意味は分かるが、順番通りにUSBなどを差し替えたりしながら、次へ、次へと進めていくことになるはずだが、その次へはいけなかったりすることがある。そうなると、一からやり直しとか。
 まあ、手づかみでコピーした方が安定している。それをしながらアプリケーションをインストールしたり、設定したりすればいいが、コピーだけの単純作業を続けていると、そればかりやってしまうようだ。コピーしながら他のことができるし、頭を使う必要がない。複数作業が強くなる16メモリを積んでいるのだから。
 時間がかかるが、こちらの方がいい。
 
 今朝は雨が降っていたようだ。正月三が日中は何とか持ったようだが、昨日も路面が濡れていたので、降っていたのだろうか。夜に白いものがちらついていたように思う。
 天気予報を数日見ていなかったのだが、寒気がまた来ていたのだろうか。大雪のニュースが、一般のニュースとして報じられていた。これは予測だろうか。大雪が降りそうですよという程度の。
 朝は寒いが、雨が降っていたのだからそれほど寒くはないのだろう。凍結していない。
 
 いつもやっている信長の野望の新作が年末に出ていた。これに合わせてパソコンも買い換えようと思っていたのだが、それほど重いゲームではないが、年々ゲームはグラフィック性が高くなっている。しかし特にゲーム機並みのグラフィックボードは必要ではなく、メモリと共有タイプで充分動く。
 今やっている信長はネットからのダウンロード版で、一度ネットに繋げないといけない。そのサイトが海外のゲームセンターのような場所。殆どが海外ゲームの巣窟で、信長の野望もローマ字表記。パッケージ版ならそういうことはないはず。ただ、一度ネットに繋げて登録のようなものか、またはシリアル番号を入れないといけないのかもしれない。これは不正コピーものでは出来ない仕掛けにしたのだろうか。結構高いゲームだが、毎日やっていても飽きない。単純なシュミレーションもので、下手なRPGものをやるより楽しめる。
 今回の信長は意志の力が大きいとなっていた。武将達に意志があり、そのため戦闘でもその意志が反映するのだろうか。メイン武将の意志と、家来武将の意志が正反対だと、家来武将の動きが鈍くなったり、力を出せないとかなら興味深いが。
 今でも武力と統制力の違いが分からない。一番上に来るのは統制力。次が武力。あとは知力とか政治力等々。
 敵の武将で、よく戦場に出て来るのが、この統制力が高いタイプで、武力はそれほどでもない。逆に武力はもの凄く高いのに、統制力が無い部署は弱い。その代表は伴団右衛門。あとは剣豪にそのタイプがいる。
 今回はそこに意志が加わるが、性格に近いものかもしれない。まあ、多少そんな違いが影響するにしても、大国になれば、大軍でごり押しできるので、何とかなるだろう。
 これはパソコンの引っ越しが終わってからのお楽しみだ。
 
 明日当たりから伊丹モスが平常営業になるので、朝のスタートも平常通りになる。正月も今日まで。
 年末に果たしたパソコン買いと、その前のニコン一眼レフと高倍率ズームがあるので、今年はそれらでスタート。
 
 
 
■■ 2018年1月4日(木) 午前9時59分
 
 三が日が過ぎ四日目。いつもの朝の喫茶店は五日まで開くのが遅い。あと一日だ。正月恒例の喫茶店探しになる。今朝は無精して一番近いコメダへ行くが、満席を越え、順番待ち。名前を書いて待つ。名前を呼ばれるまで待つ。ここは病院かと思いながら、すぐに出る。喫煙室に空き一つあったので、すぐに座れるはずだが、そういう融通が利かないはず。おそらく喫煙席順番待ちはゼロだろう。名前を書く必要も待つ必要もないはずだ。
 それでさっさと出たのだが、それよりも、店の前に来たとき分かったはず。車が満車。自転車も多い。この状態は避けるべきだった。
 なぜ待つのかはこの近辺で駐車場がある喫茶店がないためだろう。あるにはあるが一台か二台程度のスペース。コメダに客が来るのは駐車場が広いので、何とかなると思うためだろう。またコメダなら駐車場があると踏んでいる。ここは田んぼだった。一枚の田んぼをそのまま使っているので、駐車場の方が当然広い。
 その近くに喫茶店はあるにはあるが、マンションの一階。駐車場など当然ない。三が日がすぎてもまだ営業していないかもしれない。一人客ではなく、家族やグループ客だとファミレス系だろう。テーブルの少ない喫茶店は難しい。
 それで仕方なく、伊丹モス方面へ向かう。最初からその予定だったが、寒いし、寝過ごしているので、近くで済ませようとしたが、そうはいかない。
 それで昨日と同じ老舗の個人喫茶。高いがクラシカルな応接室風で、普通のウエイトレスがいる珍しさ。
 
 昨日は正月から続いているパソコンの引っ越し。データーをコピーしているだけだが、写真で時間がかかる。
 それで、東芝のそのパソコンにおまけで入っている引っ越しソフトを見る。どうせ使わないし、東芝機専用と思っていたが、他社製パソコンでもいけるとなっている。ただ条件が色々ある。古すぎるOSとかでは無理。保証の限りではないとなっている。
 その仕掛けを参考に見ると、手順の案内がある。これは分かりやすい。引っ越し元にもソフトを入れないといけないようだ。
 最近の引っ越しソフトはただのコピーではなく、使っているアプリケーションソフトやウインドウズの設定までコピーする。インストールしないでもいい。そして引っ越し前の設定をそのまま使える。しかし、ソフトのシリアル番号とか、その辺りはどう処理するのだろうか。
 以前の東芝引っ越しソフトは専用のUSBコードで繋いでの引っ越し、これは付属していた。
 さて、手順だが、色々なパターンがある。一番簡単なのはUSBメモリを使うこと。これを皿にして受け渡しするのだろう。これなら専用USBコードはいらない。抜き差しが面倒だが。
 次はネット経由。これは家庭内LANのようなものだろう。USBのほうが早いかもしれないが、抜き差ししなくてもいい。次がハードデスクタイプ。これはUSBタイプと同じだろう。容量が大きいので、分割してコピーしなくてもいいが、ハードディスクの空きを確保しておかないといけないはず。
 何もなければ、USBかハードディスクを買う必要がある。それらがいやなら、家庭内LAN。
 時代的にはUSBが強い。CDやDVDなどは、この引っ越しソフトには名さえない。ノートパソコンからの引っ越しならDVDドライブそのものがないタイプもあるためだろう。
 問題はスピードだ。普通のコピーよりも、高速コピーだと楽だが、どうだろう。使ってみないと分からない。
 ばっちり同期という2000円もしないフリー系同期ソフトがある。以前は使っていた。バージョンアップは無料。一度買えばもうお金を払う必要がなかった。これはネット上のものでも同期できる。だからレンタルサーバーなどを借りているときは、FTP経由で同期する。だからFTPソフトとしても使える。当然コピーソフトとして、ほぼ何処にでもコピーできる。このばっちり同期のコピーが高速。普通のコピーよりも遙かに早い。目高を減らして送れば早い。だから圧縮をかけているのだろう。
 引っ越しソフトもいいが、そっくりそのまま移したくない。使わなくなったアプリなどは積み残してもいい。引っ越しソフトでも、その辺りの選択ができると思うが、一度引っ越し作業に入ると、止められなくなりそうだ。ウインドウズの設定まで弄るはずなので、かなり危険なソフトだろう。アプリの環境設定などもそのまま持ち込むのだから、大したものだ。アプリのシリアル番号という関所をどう潜りぬけるのだろうか。
 引っ越し前より、引っ越し後の方が身軽になるような引っ越しを考えている。できれば200ギガ程度に収まるように。将来SSDをハードデスク的に使うことを考えれば、この容量内で収めれば、ハードデスクよりも遙かに早いので、軽快だ。
 まあ120ギガ内蔵タイプは安い。当然ハードデスクも1テラほど付いてくる。写真はそちらへ写せば、250の容量はいらない。アプリやテキスト系ファイルなど容量はしれている。それにテキスト系はネット上に上げているので、古いテキストはもういらないのだが。
 最近はモバイル系だけではなく、15インチの据え置きノートパソコンにもSSDが来ている。だから外付けハードデスクに大きなデーターは逃がしてやれば、結構軽快だろう。
 東芝のこの17インチノートができたのは二年前。だからSSDの時代ではなかったのかしれない。モバイル系は早くSSDになっている。出先での作業が早い。部屋のパソコンよりも早いのは、SSDのため。
 しかし、昔はOSを入れたフロッピーだけでやっていたのだが、遅いとは感じなかった。アプリが軽かったためだろう。
 
 
 
■■ 2018年1月3日 水曜日 午前9時27分
 
 今朝は正月三日目。そろそろ飽きてきた頃だろうが、正月らしき事は何もしていないが、朝のいつもの喫茶店が開いていないので、正月五日間は少し朝が違う。近所にも喫茶店はあるが、朝のいつもの道とは方角が少しだけ違う。それに近すぎて、あっという間に着いてしまう。歩いてでは遠いので自転車だが。
 そのため、朝の風景が違う。たまに通る道なので、それなりに新鮮だが、やはり見慣れた通りを走る方がいい。慣れているので変化がよく分かる。それとあまり風景を見ないで、走りたいときは慣れた道の方がいい。何も見ていないときがあり、これは寒いときとか、しんどいときだろう。こういうときはいい被写体があっても、余程のものではない限り、カメラを出そうとしない。まあ、朝の道で写すことは殆どないのだが、それはもう写したため。
 それで今朝はいつもの伊丹モスから少し先にある個人喫茶へ行く。値段は倍以上。480円。何かの間違いだと思いたいほどだが、最近の個人喫茶はそんなものだ。ただ、店により320円とかもある。しかしそれなりに店だ。一人でやっていたりする。夫婦や親子ならいいが、バイトを雇うと、人件費で珈琲も高くなる。これは大きい店で、客も多い店。だから儲かるはずだが、人件費で取られてしまうのかもしれない。
 それを考えると、近所のコメダは420円でモーニングも付いてくる。これを安く感じるから不思議だ。こちらの方がバイトが多い。ものすごい数がいる。そして全員バイトだろう。マスターやママがいない。これがいい。
 正月からパソコンの環境設定以前のことをしている。ファイルのコピーだ。時間がかかるのは写真。これをウインドウズのホームグルーというところを介して渡している。意外と時間がかかる。だからそれに手を取られて、新しく買った17インチ東芝ノートをじっくりと使うには至っていない。
 まだ置く場所も決まっていない。今はデスクトップのモニターがでんとある。そこに置くつもりだが、まだノートの設定をしていないので、使えない。
 ただ、起動や終了などはやっているので、スピード的なことは実感できるが、起動はモバイルの安いノートの方が早い。これはSDDかSSDかは忘れたが、フラッシュメモリに全部入っているので、そのためだろう。
 i7で16メモリのハイスペックの実感はない。一番安いノートパソコンと、それほど体感的な差はないような気がするが、外で使うモバイルノートは一太郎ぐらいしか起動させていないためだろう。複数のソフトを立てての作業などは外ではやっていないし、そのデーターも入っていない。だから、差が出るとすれば、16メモリの威力は複数起動だ。これが今使っているデスクトップ機では苦しいことが多い。
 パソコンは使っているうちに重くなっていく。安くて遅いパソコンでも最初は早い。だから安いのを二年ほどで買い換える方がよかったりする。
 次回は23インチの一体型で、フラッシュメモリの大きいタイプで、そこにほぼ入るようなメモリの大きいがいいだろう。体感的にはSDDの威力が大きいことが分かる。それは安いノートが早いためだ。
 東芝製なので、東芝が用意しているドライバーがある。その更新がたまにある。真面目にやっているようだ。勝手に更新してくれているのだろうか。まだ、そこまで見ていない。
 それでパソコンは引っ越し中で、まだ何もインストールしていない。ウインドウズ付属のソフトだけで何処までやれるのかも試してみたい。また東芝のおまけのソフトも結構入っており、削除する前に試す必要がある。
 
 昨日は餅を買った。しかも魚屋で。レジ近くにあり、種類も多い。ひとパック500円ほど。海老がなかったので、よもぎ餅を買う。色目が変わっていていい。雑煮にすると、草の色になる。草餅だ。しかしよもぎの姿はない。
 これは昼ご飯用で、パンよりも腹持ちがいい。それと食べた感じがする。雑煮は味噌汁。これはスープだ。
 元旦にいつもの喫茶店へ行ったついでに衣料品売り場を覗くと、福袋をやっていた。他の店でもやっているが、福袋は覗ける仕掛けになっている。衣料品の福袋は、袋の前にマネキンがあり、そのセットを着ている。意外と薄い上着。春物に近いのもある。上着の下にカッターシャツなどを着ている。全部込みの福袋で、サイズ別に並んでいる。そしてあと一セットのみ、などの表示。値段は5000円タイプと1万円タイプ。いつも売られている真冬のジャンパーなので、目新しさはない。
 この福袋、袋に入っているのだが、鞄だ。大きな鞄で、これも付いてくるというより、その鞄で持ち帰る。結局よく着るのは中身の服ではなく、着ないが、その鞄だったりしそうだ。その大きな鞄が欲しくて買ったりする人はいないだろうが。
 スーパーでは果物の福袋が並んでいる。パイナップルや、大きい目の果実。蜜柑やりんごもある。こういうのはジューサーか、ミキサーで潰したり、汁にすれば勝負は早い。ミックスジュースができそうだが、りんごとみかんは合わない。柿は入っていたのかどうかは忘れたが、柿のジュースなどは聞いたことがない。柿は干して、生干しで食べるのが最高だろう。
 りんごジュースや、みかんジュースは百均でも売っていたりする。よく見ないと果実2パーセント未満だったりする。
 一体何を飲んでいるのだろう。

 年末東芝のパソコンで忙しいのだが、その前に買っていたシグマとタムロンのレンズを少し使ったので、それを記す。サンダ対ガイラだ。
 最初はシグマだったが、ピントが外れることがある。きっちりそれに合わせているのに、合っていないことがあった。タムロンではまだそういうのはない。
 シグマの方が最短撮影距離35センチと非常に有利。タムロンは49センチ。殆ど50センチ。だから喫茶店に入ったときテーブルの上のものが撮れない。しかし、前回も記したが49センチではなく、もっと寄れる。だからテーブルの上のものが写せることが分かった。当然その距離はレンズ先端からではなく、受光素子からの距離。だから仕様としては記していないが、本当は寄れるのだ。まあ、レンズも28ミリとなっていても実測29ミリ近くだったりするが、慣用範囲に入るのだろう。
 それでもシグマの方が最短が短いので有利。ところが広角端ではコンパクト系よりも寄れないので、大きく写し取ることは無理。これはシグマでもタムロンでも無理なので、これでドローになる。
 シグマは250ミリで、タムロンは270ミリの望遠までいけるが、この差は殆どない。しかし半歩の押しが差となって少しは出る。だが、これも似たようなものだが、レンズはタムロンの方が軽い。475グラムと450グラムの差なので、25グラムの差。これが充分差となって分かるのだから、不思議だ。ここはタムロンの勝ちだが、どちらも重いと言えば重いので、これもドローだろう。
 手ぶれ補正はタムロンの方式の方が好み。手ぶれが納まった瞬間ガクンと止まり、動かなくなる。シグマはまだゆらゆらしている。ただ、この急激なガクンが嫌いな人はシグマの方がいいだろう。しかし、まったく動かなくなるのが見事なので、タムロンがいい。
 そしてAFの音だが、シグマに比べると、タムロンは本当に仕事をしているのかと思うほど静か。キャノン純正は音はしないが、それに近い。
 そして写りだが、望遠端の写りはタムロンの方がいい。広角はあまり写していないのでよく分からないが、広角端でのピントはタムロンの方が合いやすい。
 シグマは3万円台だが、タムロンは2万円台。一万円の差があるのに、タムロンの方が具体的にいい感じだ。
 この二つの高倍率ズーム、じっくりと考えているとき、タムロンに傾いたが、実際に買ったのは安全を見込んでシグマ。写りはシグマの方が上だとの評価が多かったためだ。しかし、別のところでの評価では逆転している。もの凄く良いレンズだと。これは個人のブログで見付けた。
 それで、シグマを買った後、すぐにタムロンも買った。分からないので二本買って、いい方を使うということだ。
 最初はシグマばかりで写していたが、たまにタムロンに付け替えて適当に写していたのだが、これが意外といいのだ。
 AFはボディー側だが、実際にそこへモーターでレンズを持っていくのはレンズの力。やはりボディーとレンズの相性がいいのだろうか。ズームリングの方角とかはニコンタイプ。だからニコンに合わせて作っていると見たほうがいい。逆にシグマはキヤノン向けのように思える。だからキヤノンに付けたときはいいのかもしれない。単純な想像だが。
 昼間走っている電車をシグマで写すが、合わない。そして夜、走っている電車をタムロンで写すと、合う。そのため、ぐっとタムロンが有利になった。これは条件が違うので、例外かもしれない。もっと写してみないと、分からない。
 シグマはピント修正のプログラムがある。それを使ってまで前ピンや後ろピンを直す気はなかったりする。しかし、ダウンロードして、パソコンで調整できるようだ。
 

 


■■ 2018年01月02日 火曜 午前10時23分
 
 今朝は少し曇っている。しかし風はなく、穏やか。新年二日目。正月三が日は神社もやる気十分。四日目になると、もう露天なども出ない。初詣も三日までのようだ。この三が日、意味があるのだろう。神社の営業日ではない。しかも年に一度の営業で、それが三日間のみと言うことでもないが、人が勝手にお金を落としていってくれる、この三が日が一番美味しいだろう。人出が多い神社に限られるが、メジャーな神社だけだろう。こういうのを避けて、誰も参りに来ない祠へお参りに行く方が効きそうだ。客がいないので、神様も暇なので、マンツーマン。
 今朝は寝過ごしたので、さらに寝て、伊丹モスの開店時間に合わせたのだが、一時間ほどまだ早かったようだ。貼り紙で確認したはずなのだが、違っていた。それでその近くにある老舗の喫茶店へ行く。ここは開店当時からのソファーや椅子を使っているのか、アンコが抜けている。そのため、座布団を敷いている。アンコの抜けたソファー、知らないで座るとめまいを起こしそうだ。予想外に沈むので、床が抜けたのかと思うほどの下降。当然左右や前や後ろへの揺れもあり、不安定。
 もう朝というほど早くはないが、スーツ姿の一団がいる。ものすごい数だ。会社か何かの行事だろうか。仕事ではないはず。これは初詣だろう。この近くにある神社はそういう団体さんが来ているのをよく見る。本殿の中まで入れるのだろう。特等S席だ。
 それが引くといつもの常連さんらしい年寄り達がぽつんぽつんと座っている。常連の一人客。
 昨日は初詣はせず、大晦日に買った東芝17インチノートを弄っていた。テレビが神棚のようになり、茶の間にあった時代のように、神社より、パソコンを見ている方が、似合っている。これは神器だ。この神器、「じんぎ」と濁る。だからいつもなかなかこの漢字が出ない。「しんぎ」とか「じんき」と打ってしまう。「しんき」と打たないのは、覚えているからだ。濁ることを。しかし両方濁っている。「ん」は濁らないが、唸ると濁る。
 朝に行く喫茶店から少し先にこのあたりでは大きい目の神社がある。喫茶店からの戻り道に寄ることが多くあり、毎日寄っていることもあった。元旦に行かなくても、始終行っているので、人が多いときに行く必要はない。行っても見ているだけだが。
 それよりも、毎日のようにその前を通っていると、変化がない。だが正月ともなると、露天が出るはず。神社ではなく、それを見たいところだ。
 正月らしいものを食べていない。大晦日の夜、年越しそばを食べる予定で、和風ファミレスへ行ったのだが、閉店間際だった。「年越しそば」と幟が揚がっていたので、行くことに決めたのだが、大晦日なので、閉まるのが早かったのだろう。去年もこの和風ファミレスへ行き、年越しそばというと、ないと言われた。それは最初から分かっていることだが、普通のそばはある。天ぷらそばでいいのだが、それがない。しかし天ぷらの単品はある。だがそれにふさわしい海老がない。鍋焼きうどんがあり、そこに入っている海老を使い回せばいい。
 今年は年越しそばの堀が出ているので、この時期、年越しそば風なものを求める人が多いので、今年からメニューにしたのだろうか。果たしてどんなものがのっているそばなのか、それは分からない。今年の末にならないと確認できない。
 それでその横にある牛丼屋でハンバーグ定食を食べて戻った。年越しごはんになったが、普通ではないか。
 そして、昨日はスーパーでおせち料理の売れ残り特価品がないものかと思い、覗いてみた。あるにはあるが、ものすごく高い。そこに入っているものは使い回しで、単品でもある。それでそちらを買った。買いすぎたが、おせち料理だと思えば、三日ほど持つだろう。これでおかずを作らなくてもすむ。
 魚はサワラのアラが安かったので、それを買う。その横に鯛を焼いたものがあり、箱に入っている。二〇〇円台ではなく、二〇〇〇円台だった。
 これで何となく正月らしくなった。あとは餅があればいい。
 
 東芝ノートへの引っ越し。
 ノートパソコンはよく買うが、引っ越しはしてない。部屋のパソコンはハードデスクだが、最近の10インチや11インチなどはフラッシュメモリなので、多くて120ギガ程度。これでは全部のファイルが入らないし、また部屋置きでは使わないので、入れているのは今触っているファイル程度。それとプログラムファイル。これもワープロ程度。
 しかし、今回は部屋の据え置きのメインパソコンの引っ越しなので、全部入れないといけない。古いデータを引き継がないといけないので。
 こういうのは引っ越しツールがあり、富士通などには入っていたりする。東芝にも入っているが、東芝同士でないと駄目とかの規制が昔あったので、見ていない。あるにはあるが。それはUSBで繋いでやるのだろう。いらないアプリまで連れて行っても仕方がない。
 ハードデスクは買っていないが、100ギガの小さなのはまだある。しかし動きがおかしい。あとはUSBやSDカードで、小分けしてコピーすればいいのだが、一番簡単なのは家庭内ランのようなもの。全部同じWi−Fiで繋がるので、ネットワークができるで、簡単なのはグループを作ること。その前に共有を許可する必要があるが。
 グループを作るとパスワードをはき出すので、それをメモしておく、これはあとで覗けるので、忘れてもかまわない。
 これで、適当な前。日本語でもいい、グループを作ると、他のパソコンからも、そのグループが見えるようになるので、それをクリックすればいい。そして先ほどのパスワードを入れると、ファイル一覧がずらりと並ぶ。ファイルを選んでコピーすればいいのだ。フォルダごととなると、大きすぎて、きついかもしれないし、いらないフォルダは選ばなければいい。これで積み残しを作ってしまうことになるが。
 アプリケーションソフトは使うものだけを順番にインストールすればいい。CDなどに入っている場合は、そのCDの中を開けて、コピーすればいい。アプリケーションの名前をフォルダ名にして。これでダウンロード版を買ったのと同じようになる。CDは壊れたり、傷がいったりするが、パソコンの中に入れてしまうほうが、CDからのインストールより軽快だ。
 これは手間がかかるが、使わなくなったアプリは積み残せばいい。
 日常業務的に毎日使っているソフトがある。ホームページ作成ソフトだ。今、何処に吸収されたのかは分からないが、アドビだろう。xpあたりか、それ以前のソフトだ。これがまだ動く。これが駄目になった場合は、ホームページビルダーでもやれるが、ものすごく重い。
 必需品ではないが、ワードやオフィスがまた入っている。一太郎よりも軽し、日本語変換ソフトもATOKよりも軽くてシンプルで好ましいので、使ってもいい。富士通を買っていたら、ATOKが入っていたはず。ダブってしまう。
 画像編集ソフトに安いがメジャーなのが入っているが、覗いていない。お試し版だとがっかりする。写真加工が得意なソフトだが、フリーでもいくらでもある。最近はウインドウズ付属のアルバムソフトを使っている。画像を見つけ出して、勝手にアルバム化してしまう。
 ファイルの移動とかはなく、ただのリンクなので、ファイルを移動させたりしない。
 このソフトで写真のデーターなどを取り込むと、フォルダを作り、そこに入れるようだ。フォルダ名は日にちになる。
 年々使うアプリが減っている。そして簡単なものでよくなっている。ソフトは淘汰され、定番ものしか残っていないこともある。そしてフリーソフトでもいけるので、買う必要はほとんどなくなった。
 最初からウインドウズに付属しているアプリを使う方が、乗り換えなどでは便利だ。ニューバージョンを買わなくてもいい。
 テキストの引っ越しは早いが、写真は一ファイルのサイズもでかいので、遅いのでなかなかコピーできない。ネットのスピードしか出ないためだろう。ハードデスクとUSB経由の方が早いかもしれない。引っ越し専用ソフトならもっと早いかもしれない。これは高速コピー専用に作られているためだろう。瞬間圧縮をかけて、軽くして、さっと送るのだろうか。仕掛けは分からないが、二台のパソコンをダイレクトにUSBで繋ぐのだから、それだけでも早い。
 ハードデスク経由だと、二度コピーしないといけない。データの全てがハードデスクにバックアップされていれば別だが。
 やはりいい機会なので、全部バックアップできる大きい目のハードデスクを買うべきだろう。といっても1テラもあれば十分だ。今持っているのが100ギガなので、大事なものしかバックを取っていない。ウインドウズ機なので、マイクロソフトのネット上の倉庫にファイルを入れるというのは優遇されているが、毎月千円以上かかる。それにネット経由なので、引っ越しの時は面倒。まあ、階層ごとそこに入れてしまえば、勝手に引っ越してくれる。自動同期なので。
 新年は新しい神器の環境設定で始まった。
 

■■ 2018年01月01日 月曜 午前8時31分
 
 今朝は晴れている。気温もまずまず平年並みだろう。その年が開け、今朝は元旦。雨や曇りに比べ、いい年明けだろう。この天気は大阪方面だけの話だが、自分がいない場所で元旦を迎えることは不可能だろう。今いる場所で年越しし、新年を迎える。
 同じ場所で同じ晴れた日に年を迎えてもいい年明けだとは限らないのは、天気とは関係のないところいい悪いが決まるため。
 しかし晴れている方が縁起がよかったりする。因果関係不明の縁起。これは不明なだけで、縁というのは何処でどう繋がっているのかは分からない。「縁」というのは「緑」と似ている。ミドリ。色だ。これも縁だろう。
 今朝は正月なので、いつもの伊丹モスが開くのが遅いので、近所の高い喫茶店コメダへ行く。ファスト系なので気楽なので、個人喫茶よりもましだ。昨日は早く寝たのか、起きてきたのも早かった。伊丹モスへ行くには理想的な時間だった。最近一時間ほど遅く寝るのが習慣になっていたので、理想的な時間に目が覚めても、まだ眠かった。
 昨日は昼寝をしていなかったので、早く落ちたのだろう。
 とりあえず年は越せた。まあ、ほとんどの人は越しているのだが、これは気持ちの上での話だろう。生命体としての年越しではなく。
 年を越せないで消えてしまうのなら、人口がどんどん減っていく。昨日見かけた人は、今日も見かけるように、一日が終わり、一日が始まった程度のことだ。
 一年の計は元旦にあり、などともいう。この「計」とは単純に解釈すると、計画。計算の「計」だ。そういう計画などがない場合もあるが、計略、はかりごとをすることだ。何かを狙っている。だから中身が大事だがそれは問わない。初っぱなから心がければ、スタートが早いということだろう。要するに今年は何をしたいかだ。何もしたくなければそれでもかまわない。また、何も思い付かなければ、それでもいい。
 
 昨日は部屋のパソコン買い換えの決着を付けた。
 東芝落ち武者狩り17インチハイエンドノートパソコンは未遂というより、売れたのか、姿がないのでそれで終わったのだが、31日の昼過ぎ、また寄った。落ち武者狩り用東芝パソコンがまだ他にもあるためだ。しかし、17インチはないはず。
 しかし、前日見たとき、棚が空になり、パンプレット置き場になっていたのだが、その向かい側にも展示品処分品がある。ほとんどがNECの一体型で、普及タイプ。だから、そのお通夜をやっているコーナーだと分かっていたので、見なかったのだが、その端にあった。後ろを見ればあったのだ。
 これで話が違ってくる。今買わないと、今日まで。年末までの販売。その証拠に他の商品は迎春セールの張り紙があるが、展示品特価コーナーにはそれがない。本当に年内で引き上げるつもりなのか。
 それをじっと見ていると、フレッシュ光か何かしらないが、要するにプロバイダーの乗りかけセールが寄ってきた。服装で分かる。店員ではない。そしてしつこく乗り換え云々を言い出したので、それでけちが付いた。そんなプロバイダーの話などしている場合ではないのだ。これは電話でもよくセールスしてくる。
 断るのが面倒なので、立ち去った。せっかく買うかどうかを詰めていたのに、これでは詰め切れない。
 それで引き上げたのだが、夕方前に行く喫茶店からも上新が近い。
 今度は早く店員を捕まえて、さっとレジへ行くしかない。もう待ったはない。大晦日までなので。これが最後のチャンス。
 そして今回はさっと店員を見つけ、パソコンの前までひっぱてきて、直ぐに買うことを告げる。セールもスーと横に来たが、さっさとレジへ向かった。
 展示品なので、梱包とかの手間があるので、30分ほど待つことにする。そのため、喫茶店より先に上新へ行った。確信犯だ。その時間を計算していたのだから。
 これで、東芝落ち武者狩りを果たした。正月早々縁起の悪そうな落ち武者を持ち帰れない。汚れ事は年内に。
 結局並行して探していた23インチ一体型は、その次に乗り換えることにする。まだ今のデスクトップが動くので、まだ早いのだ。
 しかし、21インチの今のモニターから見ると、明らかに17インチは小さい。これが置かれていたNECの一体型が横にあったが、23インチの横にある17インチは小さい。また15インチの横に飾ってあるときも17インチとの違いは、それほど実感はない。ただ15インチに比べ、モニターが少し大きい分、文字が大きく、絵も大きく見えるが、23インチなどと比べれば、15も17も、非常に小さい。ただ、23インチは離して見ないと全体が見えないので、そのことで、展示されているときの距離と部屋に置いたときの距離は違うはず。
 どちらにしても高い目の17インチなど新品では買えない。モニター以外では、高い目の23インチ一体型より、ノートパソコンの方がスペック的には上だったりする。モニターが大きいので、高そうに見えるが。中身はノートを立てて、モニターにくっつけているだけだろう。ただUSBの穴などは多いだろうが。
 さて、これはどういうことだろう。23インチの豪華さは捨てがたいが、ノートの方が扱いやすい。しかし15インチでは物足りない。
 結局部屋置きのパソコンは、今使っているデスクトップの前に使っていた同じ東芝の15インチノートに戻るような感じだ。15インチだが、これはこれで慣れればそんなもので、その大きさが普通になり長い間使っていた。これも中古ではなく新品で買ったのだが、かなりの型落ちで、古いタイプだったので、安かった。最初から安い品でもあったので、今回はそのタイプの一番高い家庭用据え置きタイプになる。モバイル系ではもっと高いのもあるが。
 CPUはi7。その上はない。メモリは16ギガ最初から積んでいる。安いタイプだと4だろう。8を積んでいると、凄いと思うのだが、それが16だ。スピーカーはハイレゾ対応。DVDではなくブルーレイ。だからスペックの高さから、2年前は高かったのだろう。
 入っていないと思っていたが、オフィスも入っている。エクセルやワードやパワーポイント、アウトルック。ネットでの更新で、その後バージョンアップ版を買う必要はない。
 キーボードはスカスカで、あまりよくないように見えるが、実際には外付けを付けるだろう。
 
 大晦日の夜。ゴールド色の筐体を自転車で運ぶのだが、金の板を持ち帰るようなもの。
 レジでレジ袋に入った状態のを受け取る。さっと出してくれた。これがまた重い。いつもよく買う10インチや11インチと重さが明らかに違う。
 戻ってから開けると、簡単な説明書が入っているだけ、あとは全てウインドウズの世界になるので、必要ないのだろう。電子マニュアルが付いているが、おまけで入っているソフトがよく分からない。これはこれで東芝以外の会社が作ったソフトなので、マニュアルはそちらにある。それ以前に、いいのが入っていたと思っていたら、お試し版だったりする。
 このパソコン、展示品だったので、一度ウインドウズが起動している。それらをすっかり消し去って、出荷当時に戻してくれているのだが、マウスに電池を入れようと、蓋を開けると、既に付いている。新しい電池はそのまま残っている。展示中、このマウスも使ったのだろう。そのときの電池がまだ残っていた。さらにマウスの説明では、無線なのでその端子がマウスの中に入っているので、それを抜いて、パソコン側へ突き刺すように書いてあるが、既に差されていた。これも展示でマウスを使うのだから、必要だろう。
 マウスは消耗品ではないが、よく駄目になったり、手に合わなかったり、気に入らなかったりするので、交換することが多い。
 とりあえずウインドウを使える状態にまでする。おそらく二年分のウインドウズの更新が待っているのではないかと恐れたが、それほど時間はかからなかった。その後、直ぐに大きいのが来たりしそうだが、まだ溜まっていないのかもしれない。
 また東芝のドライバーのダウンロードを勝手にやっているのか、更新しましたなどとメッセージが出ているが、よく分からない。もし勝手にすませてくれているのなら、流石メーカーものということだ。おそらく更新ファイルがあることを知らせただけだと思う。それでも見つけてくれるだけでもいい。自分で型番を調べて、一覧から探すのは手間。
 そういったドライバーを探し出してくれるソフトがある。
 
 さて、17インチノートを開けた印象だが、やはり大きい。上新で見たときよりも大きく膨らんでいた。大きさというのは周囲の背景によって変わるものだ。
 パソコンの型番はPTEX-87TBWG。モデル名はEX87/TG。色はサテンゴールド。
 これを検索すれば、当時のカタログや、ニュース記事が出るはずだが、大まかなポイントは展示されているときに書かれていたので、見なくてもいいが。
 ポイントはCPUがi7ー6500u。第六世代だが、最新の第七世代とのスピード差は一般的な使い方では実感はないとか。
 メモリは8を2枚刺しで16。もうこれだけのスペックで十分だろう。
 それよりも重さが約3キロ。11インチノートの倍近い表面積があるので、そんなものだろう。膝の上にのせると安置するので、昔のラップトップ機よりも軽いはずなので、そういう使い方もできる。膝の骨が折れたり死相だが。
 一応バッテリーだけで3時間ほど持つ。コードを外してもいい。
 
 ウインドウズのセッティングが終わったので、ネットでも見ようとしていたが、サムネイルのアイコンの並びに少し違和感。21インチのモニターよりも、段数が多い。横1920のフルHDをもろに使っているので、1600ほどしかない今使っている古い21インチモニターよりも広い範囲が見えるのだ。アイコン二つ分ほど段が多い。これは文字が小さくなると思い、拡大を120パーセントにした。最近のモバイルノートは11インチなのに2000を越える解像力があるので、150パーセントとかにしてある。それが推奨となっているので、はじめからそうなっている。解像力が高いのは、タブレットのように絵を拡大しても綺麗に見えるためだろうか。
 それで修正したのだが、推奨は1900になっている。それでもいいのだが、文字が小さくなる。確かにこの解像力で15インチでは小さすぎるだろう。だから16インチの要望が東芝にもあり、それでできたのが、この17インチ機。
 まだ買ったばかりで、いつものソフトとか入れていないので、いつもの作業はまだやっていないので、その実力はまだ比べられないが、調整しなくてもマウスの動きはいい感じだ。無線タイプはぎこちないところがあるのだが、このマウスは東芝製。ロゴだけの話かもしれないが、非常に小さい。だからモバイル用だろう。
 とりあえずネットを見るため、グーグルのを使う。最初に入れたソフトがグーグル。もう一つの売りの、スピーカーを試すため、ユーチューブを見る。グーグルだと、部屋のパソコンのグーグルのブックマークなどを同期してくれるので、これは便利だ。マイクロソフト製もできるはずだが、設定が分かりにくい。
 それで音だが、これがノートパソコンに付いている音だけが分かるスピーカーではないことが、直ぐに分かる。内蔵なのに、音が割れたり、かさかさ音になったりしない。試しにヘッドフォンで聞くと、低音の響き方が全く違う。これはヘッドフォンそのものの力があるためだろう。しかし、ヘッドフォンなし、外付けスピーカーなしでも、すんなりと聞こえてくるので、これは楽だ。ヘッドフォンは耳が痛くなる。
 この内蔵スピーカーはハイレゾ対応なので、悪いのは付けていないということだろう。パイオニア製だ。
 昨日はそこまで。気が付けば年を越していた。それで思い残すことなく、直ぐに寝入った。
 
 
■■ 2017年12月31日 日曜 午前10時10分
 
 今朝は寝る前の夜よりも、朝の一番寒いときの方が気温が少し高い。しかしその後、上がらない。
 寝起きに行く喫茶店だが、31日大晦日になっているため、いつもの伊丹モスは年末年始モードに入り、一時間遅く開く。明日の元旦はさらに一時間遅い。今日はいいが、明日はいつもより二時間遅いので、これは遅すぎる。その時間まで寝ていれば別だが、夜更かしでもしない限り、手前で起きるだろう。
 しかし元旦の朝。大晦日、つまり今日だが、一年で一番夜更かしをしそうな日だ。ものすごく遅い時間まで起きててもいい。そうなると、いつもよりも二時間遅く開いても、そのあたりまで、寝ているかもしれない。元旦だけが深く、翌日は一時間遅い開店時間に戻り、それが五日まで続き、平常通りに戻るのは六日から。これはこの伊丹モスでは例年のこと。
 しかし、いつの間にか大晦日になっていた。年越しの山場に達するのだが、その影響が出るのは、年末年始のお取り扱いのようなことだろうか。ここで少しだけぎくしゃくする。土日でも営業しているところでも、そこは開いていても関連するところが年末年始はやっていないことがあるため、少しだけ様子が違ったりする。
 
 さて、昨日の続きの東芝の17インチはどうなったか。結果を先にいうと、買いに行ったのだが、近付いたとき、紙を見た。柔らかい。置いてあった棚にパンフレットが置かれていた。スペースが空いたので、そういうのを置いていたのだろう。だから遠くからでもそれが見える。さらに近付くと、ない。他の機種は残っている。集団でお通夜をやっていた中の一台だけが火葬場へ送られたのだろうか。
 i7で16メモリ。東芝の15インチタイプではハイスペック機だ。だから15インチを17インチにしていたほど。だから、これを狙うだろう。なくなって当然。前日の夕方はあった。昨日は行くのが遅れたので、昼をかなりすぎていた。いつもの時間の昼頃に行っておれば、あったかもしれない。しかし、その前日と同じように、躊躇し、買えたかどうかは分からないが。
 しかし、半ばほっとした。最後まで23インチ一体型と競り合っていたためだ。今使っているのは21インチ。これは一体型ではない。それを17インチに変えるのは寂しい。画面が小さくなるためだ。それだけではなく、横へも縦へも見える範囲が狭くなる。これはやはり寂しいのではないかと、思っていた。
 23インチ一体型パソコン。ネットなら好きなのを選べるし、カスタマイズできる。既にできあがっているものは翌日には届いたりする。アマゾン経由ならそうだ。ただし年末年始にかかるため、それは無理だが。
 また23インチモニター一体型商品は結構多い。どのメーカーも作っているためだ。
 それでいろいろと探していたのだが、形から入ると、モニターはスタンドで立っている。三脚タイプや、衝立タイプと様々。これはテーブルと接するところが狭いほどいい。23インチになると横幅は50センチを超える。本体の横幅と同じ長さのパイプ式スタンドでは本体の下にものが置けない。テーブルの専用率が小さい方がいい。
 それとモニターの高さ。これは低いほど目は楽。首が楽。できれば高さ調整ができるタイプがいいが、それは非常に少ない。要するに首が長いタイプではなく、短いタイプ。
 そしてスピーカー。これが正面の下に帯のように付いているタイプが多いが、ノートパソコンでもそうだが、音が悪いのがある。結局はヘッドフォンを使うことになるのだが、これは音を大きくできないためだろう。日本の映画など、台詞の声が小さすぎて、聞こえない。
 比較的思っているのに近いのはHP社。カスタマイズもできるが、既に組んであるものが安くて早い。早いのは配送だが。
 もう今日中には手に入らないので、今年中は無理なので、ゆっくり考えることにする。
 
 さて、久しぶりに都はるみの話。
 中国のサイトで都はるみのまだ見ていない動画を見つけたので、それを見るが、何度か見た動画だった。
 その動画は一時引退後の復活コンサートで、NHKホール。
 この動画はよく見ていた。ただし一曲一曲分けてあり、繋がりもよく分からない。歌い終わったあと、マイクで何か喋り出しているのだが、そこで切れる。歌だけを聞きたい人向けで、余計なものは聞きたくない場合もあるのだろう。
 その動画はコンサートのフル動画。最初から最後までコンサートの一部始終が映っている。だから、歌と歌の間に何を喋ったのかがよく分かる。これは良い物を見つけたと、早速見ていたのだが、どうやら本当のライブ放送のようで、コンサートの生放送だった。NHK総合で。コンサートなので1時間以内には終わらない。ニュースも入る。それで、そこで切れるのだが、衛星放送で途切れないように見える仕掛け。それを録画した人がいたのだろう。
 ニュースで切れたとき、ゴルバチョフとかソ連軍とかいっている。時代が分かる。
 復活コンサート。このとき、都はるみ42才。一時引退は36才。そのときと同じような髪型で、パーマのかかっった髪を垂らした娘風。このコンサート後の動画の中に、その娘スタイルの髪型は見当たらない。一時引退前と違うのは眉が濃くなっている。元々薄くて少し下がっているのだが、復活ではものすごく濃い。ここが違うことと、少しぽっちゃりとしている。都はるみは猫や狐タイプではなく、犬や狸タイプではないかと思える。緊張したときの目がそんな感じだ。
 この復活コンサート、音源だけがアップされたものもある。中身は同じだが、途中で切れている。それと「またNHKホールに戻ってきました」で始まるが、その後の喋りはカットされている。実はこれがスタートではなく、暗闇から登場した都はるみの一曲目は「北の宿から」で。それがカットされていた。
 喋り付きで復活コンサートの一部が残っているのはNHKの「私の歌の道」にもあるが、繋がりが分かりにくい。これもアップされている。これは以前書いたので、ここでは省略。余談だが、引退直前の紅白までの、これまで歌った都はるみのシーンを集めたものがある。これもNHKのドキュメント。白黒だと思っていたら、カラーも残っていた。映像がないものはラジオから取ったのだうか。スチール写真で何とかしている曲もある。残っていないのだろう、全部は。
 
 さて、復活コンサートで何を喋っていたのか。
 まずは緊張して落ち着きがないことを言っている。震えているとも。最後にアンコールで歌う前は泣きそうになるので、それを我慢すると、ものすごく苦しいとか。そして「泣いたら歌われへん」と、京都訛り。歌う前にこういう喋りが入っているのでフルバージョンは盛り上がる。これはコンサートの最後の喋りだが。
 
 その前年の紅白に特別出演した動画もある。対戦相手はいない。このときも松平アナとのやりとりで、震えていると言っていた。感情が表に出る人なので、震えたり声がうわずったりするのだが、歌い出すと変わる。ここはやはり凄い。さっと歌の世界に入っていくのだろう。見ている側もそれで安心する。話すより、歌っている方が楽なのかもしれない。さよならコンサートでは話すのが本当は苦手で、歌ばかり歌っていたといっている。話したいことが話せなくて、別のことを喋っていたとか。
 
 引退後二年ほど立ったとき、プロデューサーとして歌の仕事に関わる話をしていた。そのときの二人の歌手の曲を披露する。これは休んでいる間のお土産のようなもの。一人は韓国の実力派歌手キム・ユンジャ。一人は大和さくら。特に大和さくらは都はるみが見いだし、しっかりと仕込んだようだ。大和さくらの名も、都はるみが付けた。
 プロデュース時代のドキュメント番組を昔テレビで見たことがある。こぶしを使わないで指導していたりする。しかし、教えるより、自分で歌った方が早かったのかもしれないが、それは語っていない。その三曲を歌う。この三曲が細切れの動画で別のところに入っていたので、繋がりが悪かった。
「王将一代小春時雨」。これはかなりいい。この歌に関しては以前にも書いたので、繰り返さないが。これは大和さくら。作曲は市川昭介。都はるみの恩師。この盛り上がる曲を歌ったためか、落ち着いてきた。
 その前に歌ったのがユンジャの十三湖の云々の歌で、すぐに題名が出てこないが、ねぶたなどが出てくる。不思議な歌で、いつもの歌ではないのは、自分の歌ではなかったためだ。少し長い曲だが、血も凍るような寒い季節を歌ったあと、夏のねぶたの頃を切り返すように歌う。この切り返しが凄い。そして時代は分からないが競馬トニック髪の毛に塗りつけたあの人は何処へ行ってしまったのかというような歌詞。ねぶたの夜のことだろうか。競馬トニックが効いている。この歌は聴き応えがある。これはユンジャがコンサートで歌っている動画がある。ヘビー級の強打者で、流石にユンジャらしい歌い方。こぶしのようにマイクをぐるぐると振り回す独自のスタイル。都はるみは横にずらして持ち、若い頃はあまり近づけない。声量のすごさが分かるというもの。
 余談だが十代の頃のレコードをそのままアップしているものがあるが、パソコンのスピーカーでは振り切ったり割れてしまう。故障したのかと思うほど。これは音域の広いヘッドフォンで聴くべきだろう。
 そしてもう一作が「暗夜行路」。これもユンジャ。都はるみのカバーだと思っていたが、この人のためにプロデュースした歌だったようだ。「暗夜行路」はいつものはるみ節に近いので、一連の港もの。船もの、海峡ものだと思っていたが、そうではなかった。「連れて行ってと言えないで」という下りが泣かせる。ここは涙の連絡船などと同じパターンで、うつむいての泣き顔。
 こういう泣き歌。悲しい歌。暗い歌。都はるみが歌うと明るくなるらしい。これは本人が武道館コンサートで言っている。毎年年末にやっていたようで、中国のサイトに二つある。「都はるみ1」とか「都はるみ2」とかで引っかかる。8か9まである。繋がっているが、サムネイルではばらばら。サイト名はYOUKだったと思う。
 この三曲の前に都はるみの説明が入る。自分でプロデュースし、指導しながら、よくこんな難しい曲を二人とも歌っていたものだと。「王将一代小春しぐれ」は大和さくらの持ち歌。大和さくらは都はるみの秘蔵っ子と言われていたらしい。眉が下がり、何処か都はるみに似ていたりする。そよっとした美人ではなく可愛いタイプ。ネット上では彗星のように現れ、彗星のように去って行ったとなっている。都はるみが一時引退した時期、もう既に演歌の時代ではなかったのだろう。ウィンクなどが寂しいか熱帯魚? を歌っていた時期だ。
 
 大和さくらの動画は何曲か残っており、さとうの切り餅のコマーシャル映像までアップされている。せめて森昌子時代にデビューしておれば、早く辞めることはなかっただろう。遅すぎた。しかし、何処かに都はるみが残っており、重ね合わせて聞いてしまう。しかし歌手に復帰したので、もう都はるみの手からは離れてしまうことになる。
 今は、大和さくらのその後は分からない。それで、「王将一代小春しぐれ」を引き継ぐ感じで、その後のコンサートでもよく歌っている。
 作曲の市川昭介が特別ゲストだった武道館コンサートで、今では先生が私に作ってくれた曲のように思えてしまうほどだと語っていた。
 
 そして次は、この復活コンサートのために作った「小樽運河」の説明。このときの都はるみの年齢はみんな知っているのだが、自分から40を過ぎたなどと、あまり他の女性歌手は言わないだろう。40過ぎ、過去の思いは若い頃より多く詰まっており、充実感もあると語る。「北の宿」で賞を総なめし、一人勝ちしたのだから、実績がある。そして「四十路」を過ぎ、将来などを考えると気持ちがふらふらと揺れ動く。と語っていると、「大丈夫だ」とか客席から声。
 また、別のシーンでは、声がうわずり、しっかりと話し出せない。「もう何にも言うな」と合いの手が入る。北島三郎の兄弟仁義の「俺の目を見ろ何にも言うな」を連想してしまった。喋るなと怒っているのではない。言いたいことは分かっているといっている。「お帰りはるみちゃん」と珍しく女性客からの声も聞こえる。
 このコンサートが終われば海外に出て世界の音楽状況を見に行くとかも言っている。将来どんな方向へ向かうのか。小樽運河では「これで終わるの始まるの」とか「やっぱり明日もさまよって」などと不安げな歌詞だが、その後の展開は既に分かっている。何十年も前の動画のため、それがどうなったのは分かっている。予言者ではないが。
 
 また別の歌だが、一連の歌を、まとめて歌うのだが、そのときの説明が正直すぎる。
 それは「かっこ悪くて、嫌だった」というのである。どんな歌かと思うと、それは「あら見てなのねえ」とか「惚れちゃったのよ」とか。本人はかっこう悪いと認識していたようだ。若い娘だったので恥ずかしくて、歌うとき嫌だったのだろうか。こんなことをNHKのゴールデンタイムの総合チャンネルで生中継されるのが分かっていて話しているのだ。生だからカットできない。恩師も聞いているのに。
 これらの曲。しっかりと作られており、良い曲だ。まだ若い都はるみは、自分なりの歌いたい方向があったに違いない。しかし、しっかりと正統派の「さよなら列車」や「涙の連絡線」も恩師は作ってくれたのだが、それらの歌に比べると、若い娘が歌うには「あら見てのね」と高い声で御陽気な演奏ではやし立てられながら歌うのは気恥ずかしかったはず。この曲、陽気で好きなのだが。その後のコンサートでは、頭から「あら見てたのねー」から入る。曲の最初だ。最初に一番恥ずかしいのをやってしまう感じ。
「惚れちゃったのよ」は第一声から「ほーおう」と唸っている。それも長い。この真似を石川さゆりがやっている動画ある。少し誇張しすぎているが。これも明るい中にも情感があり、良い曲だ。このストレートさが都はるみらしさなのだ。
 ここで否定的な言い方をしているのだが、歌うとき、嫌いだったそのタイプの曲を、その後どうしたかと言うところに、都はるみの企画力のようなものを感じる。
 
 ではこのとき、都はるみはどんな歌を歌いたかったのだろうか。歌いたくても与えられた曲しか歌えないのだが、何かあったはず。
 都はるみがスターへの道へ導いたのは「アンコ椿は恋の花」。この歌は嫌いではないようだが、その意味ではなく、うなりだ。あのうなり声で人気が出たのだが、これは太平夢路のうなりを母親から真似させられたと言われているが、うなるのは浪曲だけではない。
 
 さて、将来どんな歌を歌っていくのかだ、嫌だった初期の元気な歌から北の宿を経て、トップに立ち、他のジャンルの音楽も歌い出している。一番綺麗で満開のとき、一時引退。歌手を辞めてしまう。
 NHKのドキュメンタリーでは「もう来年からテープも紙吹雪もスポットライトも当たらない暮らしに」と、ナレーションが入っていた。
 そして復活コンサートで語るこれから向かう歌だが、ここは真面目に話しており、客席は静まりかえっている。ふるさととは何だろう。日本とは何だろう。アジアとは何だろう。世界とは、宇宙とは、などと言い出しているのだが、これは根本的なことだ。私が私でいる基盤なので、宇宙まで行くと永遠の謎。そして私なりの答えを歌で出せれば良いと言っている。その通りになっているのはその後の都はるみを知っているだけに、色々な答えを知っている。
 ふるさととは何だろは個人。宇宙とは何だろうとなると、もう個人の話ではなくなる広がりがある。そしてふるさとも忘れない。
 小樽運河の「誰のせいでもないけれど」とか「別の生き方もあったよね」とかの歌詞が、そのあたりの不安感や浮遊感が言っているように聞こえてしまう。この曲は都はるみ自身がプロデュースしている。だからそういうことをちりばめているのだろうか。まあそこまで考えると読み過ぎだが。歌詞もそうだが、そう聞こえるのは歌唱力だ。抑えた声で、優しく歌っている。とてもではないが、ものすごい声で唸る人と、同じ人とは思えない。
 さてかっこ悪くて歌うのが嫌と言っていた初期の曲はその後どうなったのか。これは閻魔堂と組むことで、ロックバンドのような振りで大胆なリニューアルというか、アレンジを加えている。そのままでは恥ずかしくて嫌なので、余計に恥ずかしいことをしているのだろうか。これなら機嫌良く歌えて、嫌いな曲ではなくなったようだ。恥ずかしいときはより恥ずかしいことをすれば恥ずかしくなくなるという話もある。かっこ悪い歌なので、かっこよく歌えるようにしたのだろう。
 この焔魔堂を調べてみると、都はるみ専属バンドのようだ。若い頃の動画で、かしまし娘をゲストに迎えたNHKのワンマンショーで、自分自信で演奏してかしまし娘のように歌いたいといっていた。歌謡漫才をやるという意味ではない。フォークソング系や、バンド系を差しているのだろう。だから、その夢は果たしたのかもしれない。その後のコンサートで、その違いがはっきりする。ただ、都はるみ自身が楽器で演奏しているのは見たことがない。あの豊かな声が楽器なのだから、必要はない。
 焔魔堂と一緒に暴れ出し、紅白で言えば「好きになった人ニューバージョン」として動き回って歌っている。あのおしとやかで背筋をしっかり伸ばし、そよそよと歩きながら上半身を一切動かさないで舞台を横切っていく姿を動画で見ていた目からすると、驚きだろう。腰を振り、両手を広げ、客席に向かいアピールしている。これは盛り上がる。その後も、NHKホールでの普通の歌番組でも、何度もこれをやっている。これも答の一つなのだ。
 ただし、好きになった人は都はるみ自身、一番好きな歌だと言っているシーンもあるので、かっこうわるい曲ではないはず。そうでないとコンサートの最後に持ってこないだろう。これは前回も書いたが、こういう曲を作ってくれとリクエストした曲なので、与えられた曲ではないためかもしれない。「さようなら、さようなら」「好きで、好きで」「きっと、きっと」と、同じ言葉を繰り返すように頼んだらしい。ザ・ピーナツの歌から来ているらしい。「追いかけて、追いかけて」のような。
 好きになった人は本当は悲しい別れの歌。もう戻ってこないだろう。しかし、この歌詞と復活コンサートを重ね合わすと、待っているのはお客さん。そして笑顔で戻ってきてねと願うのもファン達。それを復活コンサートで果たしたように見えてしまう。だから都はるみの笑顔を見たいのだ。
 さて、その後の展開で他に大きなアクションが加わるのは「女の海峡」。あの年で頭が逆になるほど後ろにそらせる。そのままスケートで滑れば金メダルだろう。この年齢なら前へ曲げるのは簡単だが、後ろにそるブリッジはきつい。ただし、そういうアクションが解答ではなく、これはまた別のものだろう。ただ「女の海峡」をずっと歌い続けているところに何かある。
 そして演奏が変わった。合間に入る音が、海鳴りのように超低音で響く大きな音になっている。専属バンドの良さだろう。
 42才で復活し、この先どうなるのだろうという将来。その将来は既に動画で見ることができる。
 60才頃のNHKドキュメンタリー「私の歌の道 都はるみ編」が、そのあたりの移り変わりを説明している。そして本人も出てくる。42歳の時は、かっこ悪くて歌うのが嫌だった曲に関しては、それもまた私の側面と語っていたが、60才頃には一番私らしいとなる。そして50才頃の武道館コンサートでは焔魔堂と一緒なので、アレンジ版で、それらの曲をメロディーで一気にやるのだが、笑いながら最初の曲を紹介する。「ばかっちゃ出船」と。確かにかっこ悪くて恥ずかしいタイトル。60才あたりでのコンサートではNHKのカメラも入り、それらの歌に関して変なタイトルだと前置きして「あらみてたのね」とタイトルを言う。
 だから昔は歌もしっかり歌い継いでいるが、何せヒット曲や名曲は半端な数ではない。ヒットしなかったが良い曲が多い。なぜヒットしなかったのかは時期にもよるのだろう。テレビなどでも、曲は自分で決められないので、好きな歌は歌えなかったはず。
 
 さて、復活コンサートフルバージョンに戻ろう。
 ラストはお馴染みの好きになった人なのだが、このときは走り回っていないので、じっくりと聞ける。そして舞台の袖へと去る。
 そしてアンコール。そこで再び登場するのだが、ここで先ほど書いた泣きそうになるので、我慢すると苦しいと言っている。泣かないように、間を置く意味か、本当に疲れたのか、舞台の真ん中で「疲れた」といって座り込んでしまう仕草をする。しかし、アンコールなので、歌わなければいけない。それよりも、疲れ切っているとき着物が……と言っている。都はるみは歌っているときよく帯の上の方に手を入れている。締め付けられて苦しいのだろうか。汗を拭いたり、鼻を拭いたりと忙しい。
 また「王将一代小春しぐれ」の時、草履を脱ぎ、そのあと邪魔なので蹴飛ばしている。好きになった人の横蹴りを思い起こさせる。このあと草履を履くのだが、草履を履いて歌は歌いにくいとぼやいていると客席から笑い声がする。
 恩師市川昭介が練習中。自分を出してしまう子で、出して見せてくれる子だと武道館コンサートで、そういう意味のことを言ってる。隠し事ができない子とも。練習待ちのときは部屋の片隅で恥ずかしそうに小さくなって座っていたとかも。そして歌い出すと人が変わったようにものすごい唸り声で歌い出すので、びっくりするが、それが市川昭介の胸にじんわりときたらしい。
 
 話を戻す。
 アンコールで現れたとき、これも前回も書いたが、「歌、ふん、歌」と、引退前までは、そんな態度だったと、言わなくてもいいことを言う。しかし笑いが起こる。
 一時引退で休憩中、歌に対する態度が変わったらしく、歌を主人公に、云々と言っている。「歌、ふん、歌」という態度であれだけの活躍をし、その時点で歌謡界の最高峰に立ったのだから、ものすごい実力派なのだ。「歌、ふん、歌」という態度で果たせるものではない。
 歌うことそのものも嫌だったと言うことも、さよならコンサートで言っている。歌そのものが好きになるのはそれほど前ではないので、驚いてしまう。本人がそう言っているのだが、真意は分からない。
 これは想像だが、歌への取り組み方が変わりだしたのは「北の宿から」の大ヒット後、そのあと出す曲出す曲がヒットしなかったらしい。いい曲がこの時期あるのに不思議な話だ。そして盛り返したのが「大阪しぐれ」。このあたりから歌い方が変わってきたようだ。
 レコード大賞では泣かなかったが、最優秀歌唱賞では泣いて歌が途切れている。
 
 そしてアンコール曲は「小樽運河」。これはまだ完成品ではなく、まだ手探り状態だと語り、練習の場としてもう一度歌うとか何とか言っている。このあたり、余計なことを一杯言っているのだが、関西弁になる。しかもべたべたの子供が使っている幼い京訛りだろうか。
 都はるみは喋るのが苦手だとその前の新宿コマでのさよならコンサートで言っている。台本があれば別だろうが、気持ちを伝えるとき、歌と違い、ぎこちない。すっと喋れない、詰まったり、語尾が飛んだりする。見ている側としては、この正直さがいい。フリーで話し出すとき、まるでミーティングのように客席から声がかかるのも、お人柄のためだろうが、何処か心配してしまう人なのだ。だから「大丈夫だ!とか、自信を失ったような言い方していると「日本の宝」と客が励ましの合いの手を入れる。
 かけ声は「都っこ」「はるみちゃん」が多く。連呼する場合もある。紅白などでその声が大きく、他の歌手がうらやむほどだろう。
 若い頃の紅白では、歌い終わったあとうつむいて、はにかみ笑いをして、さっと去る。
 そしてもう一度「小樽運河」を歌うのだが、疲れ果てて歌ったためか、別の動画では、これは採用していない。最初に歌ったときの方が表情が良く、少しは、してやったりというような顔をしていたためだろう。つまりこれをアップした人は、楽しそうに、嬉しそうに歌っている都はるみを残したかったのだ。自信満々で得意げに歌う姿の方が都はるみらしい。
 そして、曲ごとを一ファイとした動画では、同じ着物、同じ髪型、同じステージだと思うのに「千年の古都」が二曲ある。その意味が分からなかったのは、先ほどの「小樽運河」の逆パターン。アンコールで歌った「千年の古都」の方がその前よりよかったからだろう。
 よく分からないが、アンコール曲が二曲あるのを知らなかったのか、マイクスタンドを自分で運ぶのを忘れたのか、にやっとしている。そして指を一本指揮者に示しているので、あと一本あるの、と確認しているのかもしれないが、緊張がほぐれたのか、そして最後の最後のためか、表情が柔らかくなってきた。
 このラストで歌った「千年の古都」がものすごく初々しい。そしてうまく歌えたのか、二番に入る前、腕を軽くぶらぶらさせ、足首まで来る大振り袖をハタハタさせている。感情が表に出る。動作に出る。だから分かりやすい。
 そして歌い終えたとき、スポットライトが消えかけるが、もう一度最後のフレーズを繰り返す。この動画以外では、その繰り返しは見たことがない。歌い終える寸前、目も口も全て今までの中で最高の笑顔を見せる。もう一つの動画では、そこをスロー再生させている。これを見たかったのだろう。元気で復活した姿。そして笑顔を。
 早く早く、早く戻って笑顔を見せてという「好きになった人」そのままだ。
 さて、復活コンサートで語っていた今までの音。今の音。そしてこれからの音はどうなったのか。このときの今とは「小樽運河」と「千年の古都」。どちらも今までの正統派の演歌とは違う。落ち着いた大人の歌だ。それが一番新しい音。
 そして、その後のコンサートや、新曲などを聞いていると、昔の都はるみの音も残しつつ、常に新しい今を繰り返す。だから16か17で歌ったアンコ椿の頃の歌い方ではなく、歌い方を変えてきている。だから復活コンサートで言っていたこれからの自分の音というのを実践し続けている。当然若い頃のような声も出ない。パンチ力があり、張りがあり、切れがよかった。まあ、どんな人でも年を取ると、若い頃の声は出せなくなるのだが。今、昔の声で歌ったとすれば、ギンギンで耳が痛い。年を取ってからの歌い方の方が、聞きやすかったりする。それがある意味で今の音なのだ。
 これは歌の話ではない。実はどのジャンルであっても、また普通の生活でも、そうだろう。都はるみは年を取ったことを、このコンサートでも言っている。テレビ番組を見ていても涙ぐんでしまい、もう年ですと。
 
 さて、このフルバージョンの動画で、繋がりがやっと分かった。いつもコメカミノの上に汗をため、白い顔ではなくなりつつあるのだが、急に真っ白な顔になっていたのは、順番が違うためだろう。
 またステージの背景が違うので、コンサートが二回あったのかと思ったのだが、「さよなら列車」のあと、何もなかった舞台の後ろに楽団が台車に乗って移動してきた。同じ場所だったのだ。
 この復活コンサートと、さよならコンサートは、普通のお仕事のコンサートではなく、特別な場で、どちらも緊迫感が伝わってくる。どちらもフルバージョンで残っているのは、テレビ放映されたため、その録画だろう。ニュースが入ったり、CMが入ったりする。
 そしてどちらもリアルタイムでは見ていない。またそんな番組があったことも知らないままだった。
 この日誌を書いているとき、都はるみは休憩中。三つ上の姉さんに当たる。だから都はるみが走り去る時代背景をよく知っている。そして当時は都はるみがテレビに出ていると、楽しかった。決してチェックして見ていたわけではなく、テレビをあまり見なくなってからは、歌番組もたまにしか見ていない。紅白もそうだ。しかし、引退の時は見ていたし、年を取ってから「むかし」という曲を歌っていたのは覚えていた。そう出るか、と思って見ていた。
 この「むかし」という曲は、若い頃はよかったというような内容だが、それはお化けですよと皮肉っている。
 花だった頃の君ではなく、同じようにお互いに年を取った今の君に会いたいというのが、別の曲である。古都逍遙だ。今の自分を肯定し、後ろを振り返らない。昔ばかりを褒められると、今は駄目なのかと思ってしまう。しかし人は常にこの今を生きている。
 この復活コンサート、辞めると言っておきながら、また歌い出すことの不安さが出ており、神妙だ。しかし、後ろを振り返らないからこそできたのだろう。復活しなければ、その後の曲は存在しないのだから。
 復活後、しばらくしてテレサ・テンとNHKの二人のビッグショーに出ていた。テレサが「こうと決めたらやり抜く人」というようなことをいっていた。司会の玉置が、絶対に降りない都はるみの麻雀に最後まで勝てなかったといっている。その性格が何となく分かる。
 復活の理由は分からない。しかし美空ひばりが死んでしまったことがきっかけだと思いたい。このとき都はるみ40代。美空ひばり50代。意外と離れていないのだ。そして見渡せば、女性歌手のなかで、美空ひばりに匹敵する人を探した場合、歌唱の多彩多様さ。レパートリーの広さ、ヒット曲の多さ、人気の高さから都はるみしかいない。時代劇映画全盛時代の美空ひばり時代とは背景が違う。
 これは美空ひばりの跡を継ぐと言うことではない。並ぶと言うことだ。都はるみには都はるみの道がある。はるみ節という誰にも真似できないものを持っている。それを封印してでもしっかりとした歌も歌えるのは三十前後のとき、証明済みだ。
 余談になったので、戻る。
 復帰後の武道館コンサートなどを見ていると、美空ひばりよりも、年を取ってからの曲が多いだけに、美空ひばりが歌えなかった、その後の時代の歌や、その後の年齢の歌を、都はるみが歌っているように思えてしまう。年を取ってからの歌は結構難しい歌が多いが。
 だから、この復活コンサートは、その後の都はるみの文字通り再出発点。ここで昔からの都はるみと、その先の都はるみがクロスするターニングポイント。
 美空ひばりにとっては未知の年齢。そこを都はるみは走り続けることになる。
 
 復活後、四十過ぎから五十過ぎにかけて、結構やりたいことをやり倒していたように思う。六十を過ぎてからは流石に枯れてきたが、それもまた魅力。もう年を取ったので、一年一年しっかりと歌うというようなことを水前寺清子との渋谷ライフのときに語っていた。
 昔の音と、今の音、それらを織りまぜながら、歌で答えが出せればいいといっていたことを出し続けているのかもしれない。
 
 ここで書いたことは、リアルタイムの思い出は少ない。最近、ネットで上がっている動画を見ての感想のようなもの。
 これはある日、ふと都はるみの動画のリンクがあったので、押してみたところ、そこから聞こえてくる音を聞き、懐かしいと同時に、ただならぬものを感じた。そうだ、都はるみがいたんだと興味が走り、もう一本、もう一本と聞いているうちに、一気にネット上の動画を見て回るようになった。
 今回は長い感想文になったが、付け足しているうちに、最近見た武道館コンサートなども入れているため。
 都はるみを知らない人や興味のない人には何を言っているのか、分からないような内容になったが、これは感想文。思い付いたことを日誌に書き加えているだけ。
 都はるみとは一体何だろう。
「あの星は、あの星は、あなたにとって何ですか」と問いかける「千年の古都」。分からないからいい。
 


■■ 2017年12月30日 土曜 午前9時33分
 
 今朝は晴れており、風もなく、穏やか。このままの年越しだと穏やかなのだが、二三日持てばそうなる。今年もあと二日。明日は大晦日。その翌日は元旦。今日を含めて三日ほど。それぐらいなら天気は持つかもしれない。今日は土曜で明日は日曜。月曜から新年。分かりやすい。日々は週サイクルで進んでいるようで、区切りやすい。一週間はそこそこ時間がある。七日間。長いといえば長いが、短いといえば短い。
 来週の今頃は新年の6日。既に仕事は始まっているだろう。この一週間が長いか短いかは分かりにくい。過ぎると早いが、年を越すので長く感じる。
 昨夜はそれほど寒くはなく、朝も冷え込むほどでもない。寒波が去ったのだろうか。しかし、押し迫ってきた。
 昨日は東芝の落ち武者狩りに出たのだが、発売年代を見ると二年前の冬モデル。せめて一年前の冬モデルなら、少し前に出てからしばらくの商品だが、二年前。しかも冬。ウインドウズ10が出て少し立った頃だろうか。型落ち機には変わりはないが、メーカーの直販ではアウトレット扱いだろう。その割には安くない。
 二年前だとi系のバージョンが一世代前。これを調べてみると、第六世代のようだ。今は第七世代。しかしスピード的にはほとんど変わっていないらしい。普通に使う限り、第7世代の恩恵は出にくいと。
 しかし2015年モデルというのが、どうも古く感じ、パスしてしまう。今使っているデスクトップ機を買った時期に近すぎる。それと21インチが17インチになってしまうので、そこが今ひとつ。
 21インチタイプの一体型の方がいい。また、今21インチなら、次は23インチだろう。文字が大きく見える。しかし21インチから17インチに落としても文字は大きく見える。それはいいのだが、画面が狭くなる。トリミングされたように。
 同じような値段で富士通の一体型があった。23インチ。液晶が小さく見えるのは、枠を極限に狭くしたのだろう。これは上新バージョンで、メモリを8にしている。そのパンフレットがあり、上新版として増設したらしい。これは新製品で、秋冬物。この季節寒いので、暖かいパソコンを売っているわけではない。
 これでも悪くはない。しかし、ものがないと思う。取り寄せの可能性が高いので、持ち帰れないはず。これは、というのはだいたい入荷待ち。ネットショップものも、品切れが多い。いいものに客は集中するのだろう。
 さて、時代はどうか。SDDかSSDかは忘れたが、そちらへ向かっている。モバイルノートはほとんどはそれを使っており、CPUのスピードよりも、このSDDのほうがさくさく感が強いためだ。だからそこそこ早いはずのデスクトップ機やハードデスクタイプのノートパソコンよりも軽快。アクセスが早い。
 そのため、一体型のパソコンにもSDDが付き始めている。ハードデスクと一緒に使う。
 ノートの安いタイプなら62ギガあたりで、何もできない。ウインドウズのプログラムだけで半分以上使い、ぱんぱん。その倍の120以上あると、これはノートパソコンでも中級機で、結構高いタイプ。その上が250あたり。ここまで来ると、ハードディスクに近くなるが、データが多いと入らないだろう。そして次が500ギガ。ここまで来ると普通の安い目のノートパソコンのハードディスクと同じ容量で、普通に使える。しかし、SDDの500ギガは結構高い。ここを豊かにした方がCPUなどが早いよりも、全体的に早いので、得だろう。
 しかし250ギガあたりないと、増え続ける写真などのファイルを逃がして、ハードデスク側に移さないといけなくなる。これは面倒だ。ウインドウに付いている画像取り込みプログラムなどはウインドウズと同じドラブに入れようとする。だから、そこを変更しないといけない。マイドキュメンタリーを別のドライブに。
 まあ、デスクトップ機での作業というのは遅くてもいい。だからそれほどスピード感はいらない。扱いやすい方がいい。
 複数のプログラムを開いた覚えがないのに、裏で誰かが何かをしていると、遅く、重くなる。これはCPUのスピードに頼るより、メモリを増やせばいい。4ではなく8に。そして16まで増やせば、そこへ逃げてくれる。富士通の一体型のメモリは4.これは少ないだろう。見た目は分からないが、4。だから上新版として8に増やした。
 では一体型にするのかというと、これは他のショップものが遙かに安いし、SDD付きもある。
 しかし、引っ越しが大変だ。デスクトップ機の21インチモニターがでんとある。その横に一体型を置けない。両方起動させておかないと引っ越しはできない。まあ、ハードデスクにデーターを移せば、それですむ話だが、一体型を置くスペースを作るのが面倒。これが17インチノートなら横に置けるし膝の上に置けるし、移動も簡単なので、下にも置ける。
 そうなると21インチから23インチへではなく、17インチへとスペックダウンする。ここが思案のしどころ。
 21インチモニターを使っていた時期はデスクトップ機が続いていて。これはゲームを快適に動かすため、ノートという選択はなかったからだ。とくに3Dぐりぐりものは。
 しかし、その後、普通のノートでも、そこそこ動くようになっている。
 それよりも、21インチや23インチが必要なのかどうかだ。これは余裕としての広さだが、昔は15インチのブラウン管式だったではないか。それで普通だと思っていた。
 23インチだと横にかなり長く感じるはず。だから少し離さないと無理。離すと文字が小さくなるが、読めないわけではない。
 そして部屋でくつろぎやすいのは大きなモニターを離して見ている状態だろう。ノートだと近すぎる。喫茶店ならいいが。
 つまり、少しでも遠くを見ている方が目は疲れない。近いほど目の筋肉を使うためだ。無限を見ているときが一番目の筋肉を使わないだろう。黒目の位置だ。黒目を寄せるとき、疲れるのだろう。
 だから大きなモニターを離して見る感じが楽。
 順番からいえば、デスクトップ機から一体型への移行の方が穏やか。それで買い換えを考え出した頃、上新で見て回ったとき、気に入ったのがレノボの21インチの一体型。これはレノボでなくてもいいのだが、安いので、気になった。ノートでもデスクトップ機でもなく、一体型。しかし、17インチノートなら、それもありかとは思っていた。
 そしてここで決戦だ。誰かと戦っているわけではないが。
 今のデスクトップと21インチモニターを使う間、東芝の安い15インチノーを買った。その前に使っていたデスクトップ機がつぶれた。グラフィックカードがやられたので、交換したが無理だった。違うところがやられていた。ショップもののタワー型。それで直ぐにでも買い換える必要が出たので、予算もないことから安いのを買った。意外とゲームも動いた。ものすごく遅いが。
 それをしばらく使っていた。とりあえずの繋ぎで。モバイルノートは複数持っていたが、10インチと11インチの小さいタイプ。それをメインとしてテーブルの上に置くと、寂しいので15インチの普通のノートパソコンにしたのだが、10インチに比べると結構大きいので、それなりにくつろげた。
 15インチを少し離しておき、外付けキーボードを付けた。15インチでタイプすると首がだるいし、近すぎて目が疲れた。
 この東芝のノートも重くなり、ご飯の支度ができるほど起動時間が長くなったので、デスクトップ機に買い換えた。それが今使っているゲートウェイ機だ。これでやっと21インチモニターに戻せたので、部屋のパソコンらしくなった。でんとした据え置きで、多少離しても文字も見えるし、目も楽。
 この流れからすると、21インチを23インチにすることだろう。今の21インチはフルHDの解像力はない。1600ほどで1900にはなっていない。だからアマゾンプライムの見放題の映画など、対応していませんとメッセージが出て、画質を落としたものを見ることになる。縮小してみれば画質は気にならないが、画面が小さすぎる。
 だから一体型の今のモニターが欲しいところだが、この流れが果たしていいのかどうかは分からない。モニターが大きいと豪華だが、ずっと前に買ったソニーの液晶テレビが大きすぎて、見ていて疲れる。これはデジタル化で仕方なく買っている。
 大きい目へと進む路線から、小さい目への路線でもいいのではないか。
 しかし15インチに戻るのなら、少し離して見てもいい17インチが好ましい。そして出合ったのが東芝の落ち武者。iの7と16のメモリ。これだけでもハイスペックだ。そして2年前の第6世代だが、その差はほとんどないようなので、i7のスピードはそのままなら、古さを感じないはず。メモリを16も積んでいるのだから、東芝の15インチ家庭用の最高級機に近い。実際にはモバイルの方が高いのだが。
 この東芝の2015年モデルを何とか検索で引っかけた。機種が分からないので、似たような機種に番号を変えたが無理。番号ではなく、下のアルファベットが新機と旧機の識別だったようだ。それよりも東芝パソコン2015年モデルで検索した方が一発で来る。これはニュースとして記事になっているためだ。それが残っている。東芝のホームページからの検索や絞り込みでは、17インチがなかったりする。
 それで正体が分かったのだが、メモリが違うし、CPUも違う。そうなると直販もの、ウェブ特販ものか、家電向け仕様ということになる。おそらく家電バージョンだろう。これはデータとして残らなかったりする。
 上新の店頭で見た能書きでは、ユーザーの要望を取り入れたノートとなっている。一番の要望は15インチでは文字が小さいので、17インチにしてくれ、というようなことだろうか。これはニュースにもなっている。ニュースといっても、東芝から新しいパソコンが出ました、という中で少し触れている程度だが。東芝がとったアンケートで、15インチでは文字が小さいというのが多かったようだ。それで17インチ版を投入したらしいが、去年までその後継機が古いカタログデータには残っているが、今年はもう17インチは出していない。
 15インチノートは家庭内での据え置きパソコン。17インチも似たようなものだが、少しは楽だ。
 さて、東芝落ち武者狩りを果たし、ダイナブッカーになれるかどうか。早くしないと、誰かが先に買ってしまっているだろう。しかし東芝がつぶれれば、ダイナーブッカーも全員うちそろって討ち死にになるが。
 昨日見たとき、さらに15パーセント値引きの紙が、一枚増えていた。レジにて半額の衣料品ではないが、これには弱い。
 怖くて誰も落ち武者には手を出さない。死兵は怖い。
 
■■ 2017年12月29日 金曜 午前8時56分
 
 今朝の気温は平年並みだろう。3度か4度。昨日と同じ。しかし昼間は10度を切ると、厳しい。せめて昼間はもう少し高い方がいいが、10度以上を望むのは難しくなってくる。5度以上あればまずまず。
 今朝は曇っている。雨は降っていない。日差しがないためと、雲が少し灰色がかっているのか、暗い。下手をすると雨が降り出すかもしれない。
 年越しが迫ってきており、慌ただしい。特に急ぐような用事はないのだが、ただの月末とは違うのだろう。それは長年の蓄積のようなもので、記憶の蓄積。年末という記憶がそうさせるのだろう。町には特に変わったことはなく、普段と変わらないのだが、大晦日あたりになると店屋が閉まり出す。これも必要な店といえば喫茶店ぐらいなもので、スーパーは年中開いている。逆に年末ぎりぎりになると開店時間が早くなったりする。それでも大晦日の夕方あたりで閉まることが多い。なぜだろう。これは営業とは関係なく、大晦日の夜まで仕事をするのはどうなのかというのがあるのかもしれない。大晦日の夜ぐらいは静かに年が終わるのを待つ時間が必要なはず。静かどうかは分からないが、初詣に行く人がいる。カウントダウンではない。この日だけは神社に人が集まる。1月1日になる寸前に。人がいなければ行かないだろう。
 だから神社最大のイベントで、最大のかき入れ時。皆が正月休みをしている数日で、一年分の収入を得るとすれば、これは美味しい話で、お寺なら坊主丸儲けの世界だ。ただ、神社にも格差があるらしく、人が多い神社に限られるのだろう。
 さて、いよいよ迫ってきた今年。最後に残った大物は部屋のパソコンの買い換えだが、この機がチャンス。区切りがいい。
 要するに年末年始のどさくさに紛れて実行するということだろう。
 それで昨日は上新で実物を見ながら考えることにした。
 最初は上新リアル店で見たレノボの一体型がスペックが高いのにメーカーものの半額ほどの値段。しかし10キロの米を運ぶようなものなので、お持ち帰りが辛い。自転車に乗せられるのだが、前の籠の上に置く程度の運び方なので、これは5キロぐらいまでならいいが8キロを超えると、ずり落ちそうだ。後ろの荷台は籠が乗っているのだが、その上に置いて紐でくくれば問題はないが荷が高くなる。三人乗りのお母さんなら10キロぐらいはどうもないのだろう。しかし、前に10キロの子供を乗せると、厳しいだろう。そして子供は動くので、さらに厳しいはず。
 そのレノボの正体をネットで調べると、型落ちであることは確か。該当する機種が見つからないので、量販店向けかもしれない。メモリが8ギガ付いているのが特徴。CPUはiの3。これにも世代があり、最新ではないだろう。
 液晶は21インチ。今部屋で使っているのと同じ。しかし、少し背が高い。スピーカーが液晶の下に帯のように付いている。それで高くなっている。23インチの隣の液晶よりも背が高い。この一体型の高さ、スタンド立てなので、調整できるタイプもある。低くしたりとか。低い方が首がだるくなくていい。
 同じような値段の17インチノートを探す。これはネットでも、最新ものでもカタログから消えていたりする。しかしリアル店が17インチの墓場のように、結構多い。いずれも型落ちや、展示品特価もの。売れ残りなのだ。
 ここで最近気になるのはSDDだったと思うが、フラッシュメモリ式。普通の安いノートパソコンでも、最近はそれが付いている。ハードディスクの代わりに。逆にハードディスクが付いていない。15インチタイプはハードディスクタイプが多いが、そこにもSDDが入り込んでいる。これは起動が速い。アプリもデーターもそこに入れておけば、無音。
 しかし500ギガが上限のようで、これが高い。SDDとハードディスクとを一緒に使うことも当然できる。ウインドウズ本体は最初からSDDかSSDに入っている。125ギガが多い。画像や動画などを入れなければ十分だろう。500ギガあれば普通にパソコンを使う場合、それぐらいあれば問題はない。しかし125ギガあたりだと、厳しいかもしれない。部屋のパソコンより、モバイルノートの方が軽快なのは、SDDにファイルが入っているため。遅いノートでも、部屋のパソコンよりも起動が速い。
 デジカメのAFが早いとかに近い。
 上新リアル店は31日まで、この最後のセールをやっているが、実際には年明け、お年玉セールとして、同じことを続けていたりするが、年内ですませたいというのがある。
 先日マークしていた富士通の17インチノートが歯が抜けたように消えていた。現物限りの展示品だったのだろう。メモリが4ギガが多いが8ギガ積んでいた。分かりやすい目安だ。これは店が積んでいたりする。
 NECの17インチはここではなく、富士通のが一台だけあったのだが、消えていたので仕方がない。CPUはi7でメモリ8ギガなら買いだろう。
 そして見逃していたのが裏にあった。葬式をしていた。モニターに紙が貼らているのだが、亡くなった人の顔に布をかけているのに近い。しかもずらりとそれが並んでいる。型落ち展示品特価と書かれた紙が喪中と読める。
 見逃していたのは東芝。ダイナブッカーが集団で自害したようなもの。東芝は以前も、ダイナブッカーが集団で切腹している。ウインドウズが出る手前のドスV機のとき。
 今回東芝そのものが危ない。
 だからうちそろってお通夜をやっているように見える。
 そこに一台だけ17インチがあった。弱っている東芝、狙い目だ。落ち武者狩りだ。
 CPUはiの7で、メモリは16ギガも積んでいるではないか。おそらく一世代世代時代のi7だろうが、16ギガのメモリで取り返せる。このi7の上はない。3,5,7とあり、その次に早いのはインテルではペンティアムだろうか。別のメーカーのもあるが。
 おそらく東芝のハイスペック機に近いはず。それの型落ちで、さらに量販店向けのモデルかもしれない。ユーザーの要望を入れてみましたと、書かれている。
 文字が大きくなる17インチという言葉がありがたい。スピーカーはキーボードの奥に平らにあり、上に向いているがオンキヨー製。一番いいのはマイクロソフトのオフィスを入れていないこと。富士通ならATOKまではいっている。
 オフィスソフトが入っていないことから、このスペックでは売り方が悪いので、やはり量販店ものか、ウェブモデルに近い。少しでも安く見せるため。また熟練者なら、オフィスもATOKも持っているだろう。またはATOKはいらないとかもある。
 オフィスが入っていないだけで割安。そしてごちゃごちゃとソフトが入っていない。いずれもウインドウズ付属のアプリがあれば、できるようなことだ。
 音声対応になっているのか、声で検索ができたりするが、大きな独り言を言っている人になるので、それはいらないが。
 東芝は音声に強い。電子書籍端末で読み上げ機能があった。パソコンではなく、電子書籍端末機で。これは何処へ行ってしまったのか、何処かに吸収されたのか、もう忘れてしまった。
 今、使っているデスクトップ機の前に使っていたのが実は15インチの東芝のノート。ダイナブックの一番安いタイプのさらに型落ち。これがご飯の準備ができるほど起動が遅かった。まあウインドウズ10になる前なので、そんなものだろう。
 その15インチダイナブック、今もコンセントを切らないまま放置している。だからまだ生きている。デスクトップ機に引っ越すとき、いらないものは積み残した。それがいるかもしれないと思い、殺さないで、生かしていたので、まだ起動するはず。長いスリープだ。
 デスクトップ機から一体型へ乗り換えようとしていたのだが、17インチノートの方が取り回しが楽、3キロもないだろう。
 また、この東芝17インチ、ブルーレイドライブ付いている。DVDより容量が多いが、DVDそのものを見る機会もないので、いらないのだが、上位機である証だろう。
 総崩れの東芝、今がチャンスだ。このタイミングに乗れるかどうか。これなら持ち帰られる。
 
 

■■ 2017年12月28日 木曜 午前8時15分
 
 今朝は曇っていて暗い。北の方は荒れているらしく、大雪が降るらしい。もうすでに降っているかもしれない。大阪方面は3度ほど。氷点下にはなっていないが、山側は厳しいだろう。大阪平野内はそれほど冷え込まない。
 今年の年の瀬、結構寒いのではないかと思える。偶然冬型が続きすぎているのだろう。そのため、今冬は暖冬だとは言えないが、最近はそういうことを話題にしているのだろうか。冬は寒いので、大して変わらないかもしれない。暖冬でも結局寒い。しかし、暖かい目の正月があった。寒さが軽いのだ。今季は12月に入ってから真冬が来ているようなものだ。
 それは着ているもので分かる。真冬ものはもう少し先なってから着ていた。今回は着るのが早い。本当の真冬になれば、どうするのかと思うほどもっと寒くなりそうだが、意外と年末に寒気を使いすぎたので、真冬はそれほどでもないかもしれない。
 年末なのか、伊丹モスの営業時間が貼り出されている。これは毎年で、休みにはならない年中無休だが、開く時間が遅くなる。その影響が出るのは31日から。夜は早く閉めるのは分かるが、朝まで遅い目に開く。これは一時間程度なので、寝過ごしたとき、その時間に来ていることもあるので、強引に寝過ごせばいい。早く起きるよりも簡単だが、目が覚めきってしまうと、逆に難しくなるが。
 そして5日ほどは昼前にならないと開かない。これでは間に合わないので、高い個人喫茶へ五日間だけ行くのだが、伊丹モスの近くの個人喫茶、ここは老舗だが、最近早く開いているので、使えそうだ。あと二店ほど早朝から開いている店がある。その一店へ去年続けていったのだが、正月にしか来ない客では、何となく妙だ。
 そして安定しているのは近所にあるコメダ。ここも少しは営業時間が変わるようだが、セーフ。ここは高いが朝ならモーニングが出る。他の個人喫茶にもモーニングはあるが、別料金。コーヒーのおまけに出ない。そして600円ほどすると、これは朝から厳しい。
 昨日は夕方前の喫茶店へ行く予定だったが、既に夕方を過ぎていた。少し遠いので、暗いところを行くのが面倒だし、時間もかかるので、そのコメダへ行った。ここなら近いが、コーヒーは高い。
 高いと言っても420円。個人喫茶はもっと高い。そしてコメダは個人喫茶ではないので、行ったり行かなかったりしても、誰も覚えていない。これがいい。だから正月だけ来ても問題はない。
 今朝は理想的な時間に起きたのだが、睡眠時間は短い目かもしれない。
 年内に部屋のデスクトップパソコンを買い換えたいと思っていたのだが、もう押し迫っており、そんな時間はないかもしれない。リアル店で買って、そのまま持ち帰ればいいのだが、そのあとの引っ越し作業が面倒だ。これが忙しい人なら、年末年始の会社の休みの間にやるのだろう。しかし、年末年始は何もしたくない。
 それでも一応ネットで調べていると、今、注文しても、発送は来年の初荷あたりになるようだ。量販店ではなく、直販の場合、カスタマイズとかがあるため。既にできあがっているものは直ぐに送れるらしいが。そして上新の通販を見るが、入荷待ちが多い。
 今回はデスクトップをやめ、一体型か17インチノートを考えている。
 しかし据え置き型のノートのメインは15インチ。これが一番多い。それ以下になると、モバイル性がある軽いタイプ。だから逆に15インチよりも高い。15インチは普通の家庭用。
 15インチと17インチの違いは拡大率。解像力は同じでも、画面が大きいので、文字が読みやすいという程度。
 これは21インチと23インチの違いと同じ。23インチの方が文字が大きく見える。15インチや17インチと21インチや23インチとの違いは大きいと離してみないときついこと。そして表示解像力が上がるので、画面が広くなる。机が広くなる。今使っているのはそのタイプだが、映画などを見るとき、全画面にすると大きすぎるため、逆に見にくい。だから離して見ることになるが、そうなると、今度は文字が小さくなってしまう。
 昔はかなり離していたのだが、目が徐々に悪くなるに従い、近づけて見るようになった。あと一歩、あと一歩と、モニターを引きつける感じ。今はそれ以上近づけると、逆に見えにくいので、そこでストップ。その距離なら15インチや17インチで十分。
 今使っているデスクトップの前は東芝の15インチノートだった。起動するまでご飯の準備ができるほど遅くなっていた。
 17インチはネットでは少ないが、上新リアル店へ行くと、富士通の17インチが置いてある。既にカタログから消えているし、最新カタログを見ると、17インチはない。17インチは人気がないので、やめたのかもしれない。それが特価で出ていた。これなら持ち帰れる。
 以前ソフマップの中古で25万出して17インチを買った覚えがある。エプソンで30万超えの17インチのハイスペック機を買ったことも。しかし今は10万超えのノートパソコンは高いと思ってしまう。5万円あたりが妥当だろう。富士通17インチの中古は故障せず長く使えたが、エプソンは二年持たなかった。だから高いのを買うと損だ。三年持てばいい。故障で動かなくなるよりも、重くなってしまい。まだ動くのだが、買い換えることがある。モバイル系は3万円台なので、気楽に買い換えられるが、部屋のパソコンは、モバイルよりも時間的にも長く使うので、いいものの方がいい。
 ただNECや富士通は、面倒なソフトが一杯入っており、使わないソフトばかりなので、削除するのが面倒。使わないソフトが常駐し、メモリを食っていたりする。
 そして高いノートはオフィスなどが入っている。使わないのなら、いらない。その分、高くなる。
 上新リアル店では展示品特価や、旧製品の特価をやっており、メモリを増設して売っている。4メガのものが8メガになっている。しかし型が古い。
 おまけのソフトが少ないタイプは、HP社とかacer、ASUSとかゲートウェイ。上新にはないがマウス。
 いずれもスペック的にはNEC、富士通、東芝よりも段違いにいい。ややこしくなってしまった東芝なのだが、それほど値は下がっていない。
 一体型は6キロほどあり、梱包し、付属品を入れると8キロ。10キロの米を持つと厳しい。ノートタイプなら重くても3キロあたりだろう。簡単に持ち帰ることができる。そしてまだ動いているデスクトップ機と一緒に使えたりする。
 パソコンで大層なことはしていないので、ハイスペック機の必要はないのだが、ウインドウズ付属のソフトなどが結構重い。そして、裏で何かごそごそしているようで、それで重くなる。
 部屋のパソコンの引っ越しは大層。
 
 高倍率ズームを手に入れたので、これでニコンD3400の形ができた。これは一種の旅カメラだ。コンパクトデジカメでいわれている旅カメラとは、広角から望遠までをカバーするカメラで、ポケットに入るタイプだが、それに近い画角を得たので、高倍率ズームは旅レンズだろうか。
 これはネオ一眼でも、ミラーレスでも果たせるのだが、今回は光学ファインダーで写したいということなので、その最軽量タイプに近い。D3400は現役機では一番軽い。キャノンのX7もまだ売られているが、もう中身は古くなっている。
 高倍率ズームで一番軽いのはタムロンの28から300相当のズームだが、手ぶれ補正がない。次に軽そうなのはシグマの28から300ミリ相当のレンズ。420グラムほど。しかしこれはかなりいいレンズなので、高い。
 どちらにしても、この組み合わせは旅カメラの系譜だ。ネオ一眼ならもっとズーム比は高くなるが、電子ファインダーになる。これが最近気に入らない。目も、光学式の方が楽だ。
 それで重い旅カメラになったのだが、日常の中でも持ち歩ける。鞄は重くなるが、取り出して写すときは気持ちがいい。これはアナログ性を多く残しているためだろう。
 コンパクト系を持ち出したときは、何かこそこそと写していたが、一眼レフだと、出して構えれば、結構堂々と写せる。どうせシャッター音が聞こえてしまうし、コンパクトではないので、写していることが丸わかりになるからだ。そのため、堂々と写すしかない。
 コンパクト系の高倍率ズームよりも使いやすいのは、立ち上がりだ。電源を入れたときは広角端でスタートする。これは画角を決めてスタートできるオプションもあり、また前回終了したときの画角に持って行ってくれるオプションもあるが、使っていない。だから24ミリスタートで、そこから望遠までレバーで一気に持って行くのだが、それほど遅くはない。かなり早いので、問題はないが、最初は広角なので、小さく見える。写すのは望遠が多い。それもほとんど望遠端。
 手動ズームなら、電源に関係なく、最初からその長さにできる。しかし望遠端にすると、ものすごく長くなり、広角端の倍ほど伸びる。だから鞄の中には入れにくいので、広角にしてしまうのだが、簡単に回るので、カメラを取り出したとき、さっと望遠にできる。
 ピントは半押しにしないと合わないので、最初はぼんやりとしているが、見えないわけではない。おおよその輪郭は見えている。そして狙っている被写体まで一気に持って行く。その前にシャッター半押しにすれば、ピントが来るので、そこから詰めていってもいい。
 このあたり、広角からの高倍率ズームより、望遠ズームの方が立ち上がりから中望遠なので、軽快だが、一寸指で回せば、程々の望遠からスタートできるので、問題はない。
 シグマもタムロンも、ボディーとのバランスはぎりぎりで、それは重さだろう。長さではない。しかしある程度の重さのおかげで安定している。流石に片手撮影は無理だ。これはズームを回さないといけないので。
 グリップが効いており、カメラの小ささの割には構えやすい。横幅のない小さな一眼レフなので、普通は構えにくく、その状態で、ズームを回すのは窮屈になるものだが、グリップで横幅があるように見える。
 今回の目的はファインダー撮影。これはやはり気持ちがいい。広角では似たようなものだが、望遠だとピントが来るときの感じがいい。電子ファインダーだと波打ったり、ちらついたりすることもあるのは、書き込んでいるためだろう。それがないので肉眼で見ているのとほぼ同じ。ホワイトバランスが狂っていても分からないし、露出は当然反映されないので、直接的だ。電源を入れてなくてもファインダーは見えるし、ズームも動くし、手動に切り替えればピントさえ合わせられる。
 今回の高倍率ズームは、なかなかたどり着けなかった道だ。一眼レフを中古などで安く買っても、大概は標準ズームかキットレンズで終わってしまう。カメラそのものが重いので、やる気が失せてしまい、二本のレンズを一本にまとめた高倍率標準ズームを狙いながらも、なかなかたどり着けなかった。
 今回は最軽量のニコンD3400なので、それができるようになった。高倍率タイプは重いのだが、望遠ズームより数十グラム重いだけなので、これならいけると踏んだ。
 高倍率ズームレンズの価格も安くなったのも効いている。タムロンなど2万円台。これはコンパクトカメラの安い目程度の値段だ。
 しかし重さは四倍近いが。
 要するに、以前よりも、レンズの重さは変わらないが、値段が安くなり、カメラ側は値段は変わらないが軽くなった。だからいい時期。
 そしてより軽いミラーレスに流れているのだが、光学ファインダーの自然さが今回の展開。
 写りはシグマの方がすっきりとしている。同じものを写した場合、どちらがどちらかはまだよく分からないほどが、使ううちに癖が分かるはず。望遠はタムロンの方が少し長いが、もう一押しというところまでの差は出ない。わずかな差だ。それよりも35ミリフィルム換算で300ミリではなく、375ミリや400ミリだと、300ミリから比べると、一押しがかなりある。300ミリでは足りないが400ミリ前後だと、ここが限界かと思うものの、300ミリよりも押せるので、おまけのような満足感がある。400ミリ越えになると、レンズが500グラムを超えるので、これは無理。重くて持ち出さないだろう。ボディーがいくら軽いといっても1キロ近くになる。それでは日常的に持ち歩けない。
 
 
■■ 2017年12月27日 水曜 午前8時26分
 

 今朝は氷点下ではないが、風が冷たい。ベースの気温が下がってきているのだろう。5度ほどが4度か3度に。これは夜から夜中、朝にかけて。明け方が一番寒い。寝る前の気温が低いと、朝も寒いことが多い。
 今朝は久しぶりに理想的な時間に起きてきた。本当はもう少し早いのだが、その範囲内に入っている。寝起き直ぐに喫茶店へ行くので、まだ開いていない時間に起きてくると、出るにも出られない。出てもいいのだが、シャッターの前で待たないといけない。またはゆっくりすぎるほど自転車をこいで、ここで時間を延ばすかだ。
 スーパーなどではすっかり正月の食材や、もうできている物などが出ている。おせち料理の単品売りのようなもので、昆布巻きが意外と安かったので買うが、小さい。正月用でないタイプはドテーとした大きさなのだが、半分もない。これは重箱に詰めるとき用なのだ。中にニシンが入っている。流石に棒鱈は高いので手が出せないが、これは焼豚やハムのようなもので、それの魚版。棒鱈はよく大きな干物として出ている。保存食だ。
 こういうのを買い集めて重箱に入れればおせち料理ができる。スーパーは正月もやっているので、足りなくなれば、補給すればいい。
 子供の頃は家で作っていた。スーパーはなく、八百屋とか魚屋とか肉屋がある程度。ただ、おかず屋があった。総菜屋だ。量り売りだ。既にできている。
 子供の頃のおせち料理は、結局は正月は作らないと言うことで、ただの作り置き。30日と31日に一気に作っていたようだ。だから大晦日の遅い時間になっても作っていたように思う。
 スーパーのおせち料理の袋物単品売りは年中やってくれるとありがたい。和食が多いので、おかずになる。結局保存が利くおかずということで。
 昨日はそれで海老の伸し餅を買う。伸した長細い塊だが、しっかりと切れていた。見た目そのまま伸した塊なのだが、指でぐっと弾くと切れているのが分かる。これで切らなくてもいい。それにもうある程度固くなっている。それは切りにくい。指で押さえてまだ柔らかいつきたてに近いなら切りやすい。包丁に吸い付くが。
 この餅も保存食。元旦のお雑煮用だけではなく、昼ご飯にする。丸餅ではなく切り餅。こちらの方が煮えるのが早い。薄いので。
 
 ニコンD3400に付ける高倍率ズームだが、シグマとタムロンの対決になり、サンダ対ガイラをやっていたのだが、二本とも買ってしまった。同じタイプのレンズ二本。焦点距離が異なる違う画角のレンズを付けてこそ交換レンズと言えるのだが、その気はない。だから一本に絞る。だから同じ物を二本買ったので、気に入った方を使うことになるが、レンズタイプは同じでも、写り方に差があるはず。しかし、二本のレンズで写し比べたのだが、これが意外な結果。
 それは差がない。どちらで撮したものなのかが分からない。これではどちらを買っても同じだったことになる。
 しかし、色々な噂があり、レビューや評価の実体が、実物で写して判明した。ほぼ同じと。
 だから、違いを探す場合、わずかな違いで重箱のコーナー戦になる。
 ただ、タムロンの方が若干軽い。450グラムと475グラムの差は持ったときに分かる。25グラムの差だが。
 どちらも花形フードが付いており、これは広角用だろう。望遠だけなら、もっと深く、長いタイプになる。
 描写の甘いタムロンというのは嘘だった。逆にそれを期待していたのだが、普通に写っている。シグマの方がすっきりとしたタッチで、抜けがいい。しかし、よくよく見ないと分からない。だから等倍で見たときの評価だろう。
 タムロンとシグマの、このタイプのレンズの差は最短撮影距離、タムロンの49センチがネックだったが、これも嘘。49センチ以内に入ってもピントが来る。かなり寄れるのだ。だから喫茶店のテーブルの上のものでも写せることが分かった。シグマの35センチは驚異的だ。公称値より寄れるというのはオリンパスのデジカメによくある。ただ、広角の寄りとしては長くなるのは仕方がない。
 広角から始まる高倍率標準ズームは最短撮影距離に難があるという壁は、これで取り払われた。これが障害だったのだ。
 ただ、ファインダーで写すので、それなりに距離を取ってしまう。これがコンパクトデジカメなら、手を伸ばしてすれすれまでカメラを持って行けるので、より近付いてしまう。
 D3400にも液晶撮影はあるので同じようなものだが。
 手ぶれ補正はタムロンが見事だ。本当に動かなくなる。ぴたりと止まるが、がくんと止まる感じだ。がくんとなったとき、ずれて構図が少しだけ変わるが、戻せばいい。シグマは微妙に動いており、ニコンの純正より効きが悪く見えるが、気になるほどではない。純正はがくんとならないで綺麗に止まる。だから手ぶれを意識しなくてもいい。
 AF音は純正は無音。シグマよりタムロンの方が静かだが、音がした方が、カメラが何をしているのかが分かっていい。音がないと、仕事をしていないで寝ているのかと思うが、最近のAFは早い。
 AFのモーター形式に違いがあり、タムロンもシグマもニコンも独自だ。しかしタイプがある。どのタイプでも、あまり関係がないほど、違いは音程度しか分からない。
 シグマは18から250ミリ、タムロンは18から270ミリ。前回16ミリからと書いたのは間違い。実際に16ミリからのタムロンレンズがあり、24ミリに相当する。18ミリはシグマのニコン用では27ミリに相当。望遠の250ミリは375ミリ相当。
 ズームリングはシグマの方が若干なめらかで軽い。望遠側からの広角への戻りは、加速が付いたようにスーと戻れる。タムロンも固くはなく、スムースに回るので、問題はない。ズームリングが固いというのは個体差があるのだろう。フォーカスリングはどちらもよくない。短すぎるし、逆に軽すぎる。まあマニュアルフォーカスなど滅多にしないが。
 距離目盛りは付いているが、それで欲しいのは無限のはず。空を写すとき、電柱や電線を引っかけてしまうので、無限が欲しい。ところがAFレンズなので、無限は、無限を超えてしまう。そうでないと、がたんと壁にぶつかるためだろう。途中で止まるようにゆとりがある。だから端まで回転させても無限を超えるので、距離目盛りは目安。
 タムロンの最短撮影距離は、マニュアルフォーカスで合わせた方がより近づけるようだ。これもフォーカスリングの端ではなく、その手前で合う。端は無限と同じで、遊びがある。AFでぶつからないように。
 タムロンの49センチの最短撮影距離で心配していたテーブルの上のものが写せないというのは何とかなることが分かったことは実物でないと分からないこと。だからシグマの35センチも、もっと寄れるはずだが、まだ試していない。ちなみにレンズ先端からの長さではない。レンズが長いし、フードを付けると20センチほどになるので、受光素子面から10センチの最短撮影距離というのは有り得なくなる。レンズが邪魔をしてそれ以上寄れないのだから。だからシグマの35センチはフード先端からだとぎりぎりまで寄れるということだ。まあ、広角で寄ってもコンパクト系ほどには寄れないので、望遠側で写す方が像は大きく写せる。そのため、テレマクロ向けだ。
 長い槍のような望遠系で、短刀のように近付いて接近戦ができるのだから、このタイプのレンズのすごさだ。
 レンズはどちらもズームなので暗いが、最近のカメラは高感度耐性があり、感度も高いので、明るいレンズでなくても、平気で暗い場所が写せる。そして手ぶれ補正も効いているので、進歩しているのだ。
 それらはいずれも初心者用の一番安い入門機でもそうなっているのだから、凄い話だ。数世代前の中級機を超えているだろう。
 シグマとタムロンのサンダ対ガイラの戦い。勝敗が付くほどの差はなかったので、引き分け。ただ、あと使っているうちに、写りの違いが出てくる。これは色々なものを写してからでないと、差は分からないということだ。特に味は。
 写りは純正で撮したものと比べても、分からない。だから醜いサンダでもガイラでもなかった。
 
 
■■ 2017年12月26日 火曜 午前9時29分
 
 昨日は雨模様で暖かかったが、今朝は晴れたのか、寒い。しかし寒波が来ていた頃に比べ、ましな方。氷点下になっていないのだから。
 しかし、北の方の気圧が二つ合流したようで、この勢力が大きく、西には高気圧があるので、西高東低の冬型。しかし、西といってもかなり北だ。東といってもこれも北海道の上。南から見ていると、北北西や北北東だろう。ちなみに冬型の気圧配置の「西高東低」「東低西高」では変換しない。西が先なのだ。
 西高東低で、西が先なのは、天気図は北が上。西は左。そしてこれは西洋式だろう。横書きの世界。だから左から読むと西が先。これは想像だ。
 今朝は寝過ごした。理想的な時間の三十分前に目が覚めた。まだ眠いとは思えないほど目はしっかり開いていたのだが、時間が早い。このまま起きると、一日がしんどい。しかし、目覚めはいい。二度寝への誘いはない。しかし頭がまだ早いといいだし、寝た。まだもう少し時間がある、もっと眠れるという感じではなかった。つまり、目覚めはよかった。だが早すぎた。わずかだが。
 そのあと熟睡しすぎたのか、遅くなったが、頭が判断したように、このようにさらに眠った方がよかったのだろう。
 昨日は昼寝をしなかったので、夕食を食べたあと眠くなった。やはり睡眠は最優先だろう。当然眠れないよりも眠れる方がいい。
 冬至も過ぎ、クリスマスも過ぎたので、いよいよ押し迫ってきた。
 あと一週間もない。30日31日は土日になる。平日は29日まで。するとあと三日しかない。別に土日は関係はないし、また30日31日はもう世間は仕事納めになっているので、同じようなものだが。
 31日というのは店屋は早く閉まることが多い。夕方には閉まったりする。だから31日にウロウロしても、もう遅いと言うことだろう。
 去年もそうだが、年末のこの時期から正月明けまで一気。気が付けば三が日が終わっており、平日に戻っていたりする。意外と間延びのしたような日があり、それが三が日の二日目。元旦の次の日。
 クリスマス明けから大晦日までの間が何とも言えない日が続く。わずかな隙間のような感じで、蟻の道だ。狭いので一列にならないと蟻も通れない。
 年末までに部屋のパソコンを何とかしたいと考えながらも動けない。迫りすぎて気ぜわしいときに、ややこしいことをすると、余計に時間がたつのが早くなる。
 しかし、昨日は上新により、一応順番に見て回った。本命はレノボの一体型。NECの半額、そしてスペックが逆に高い。CPUはi5。メモリは8ギガ。ハードディスク2テラ。モニターは21インチ。スピーカーがモニター側に付いているが、このモニターの裏にノートパソコンをはめ込んでいるようなものだが。スピーカーが画面の下に露出している。そのため、液晶がやや高い目になる。この高さが問題で、首がだるくなる。今使っている21インチと同じような高さならオーケイだが、そこまではまだ調べていない。ずらりと並んだ同タイプの一体型を横から見ると、レノボが一番背が高く見える。23インチもあるので、21インチは小さいほうだがスピーカー分高い。
 据え置きタイプのノートパソコンは17インチが消えており、15インチばかり。こちらの方が一体型よりも高かったりする。スペックも高い。この15インチノートが激戦区だろう。家庭で使う場合、この大きさになるはず。15インチあれば十分で、これなら持ち帰られる大きさ。
 値段敵に安いのは東芝。撤退するためだろう。
 ノートにするか、一体型にするかを、まだ決めていない状態。今使っているのはゲートウェイのデスクトップ。上新ブランドのようなものだ。それの後継機が出ている。これが結構安い。しかし、モニター別売り。今のモニターでも使えるが、旧式なので、対応していない箇所がある。それらを含めると、一体型の方が楽そうだ。
 広告の品となっているのは年末まで。しかし、年が明けると正月セールで、同じ値段で、特価になるのだが、レノボの一体型は前回売り切れて、在庫なしで、本体が消えていた。だから油断できない。
 
 

■■ 2017年12月25日 月曜 午前9時00分
 
 今朝は暖かい。昨夜から暖かい。雨が降っているためだろうか。寝る前10度あった。いつもは4度とかそれ以下になることになっていたのは寒波が来ていたためだろう。平年並みに戻っていたのだが、雨で平年より暖かくなってしまう。なかなか平年が続かない。なかったりする。
 今朝もまだ雨が残っているのか曇っており、路面が濡れている。寒波中だと雪になっていたかもしれない。そして雪がまだ溶けないで残っていたりする。その方がクリスマスらしいのだが。
 これでクリスマスが通過し、前を遮るものがなくなったので、年越しの峰が見えてきた。越すに越せない田原坂ではないが、越すのが難しい人もいるだろう。夏を越すというのもあるが、体調的には大阪方面の気候では、冬より厳しい。暑いだけではなく、湿気て蒸し暑い。こちらの方が大阪方面の寒さに比べれば、冬を越す方が楽かもしれないが、暑さは派手だが、寒さは地味。やはり低温の方が色々と体調に来るのだろう。冬の方が風邪を引きやすいし。
 年を越すというのは体調の話もあるが、そちらの意味ではなく、年を重ねると言うことだろう。一年という単位の中で、まとめに入るような、大きな区切りだろう。だから毎月しない。季節ごとにするかもしれないが、これは気候が変わるためだ。
 この正月というのは文化だろう。犬や猫は知らない顔をしているはず。寒さが増してきたなあ、程度かもしれない。
 年越しは年に一度の通過ポイントとして、去年に比べてどうだろうかと、少しは思うかもしれない。去年の年末年始に比べれば、今年は違っているとか、同じとか。
 これは誕生日もそうだが、年越しは全員そろって年を取る。ここが違う。まだ誕生日が来ていなくても、その年のうちに誕生日が来るだろう。年を越した瞬間生まれたわけではない。そういう人もいるだろうが。
 クリスマス前からスーパー衣料品売り場のバーゲン屋台がずっと続いている。直ぐに終わると思い、慌てて買ったのだが、まだやっている。年末までやる気配だ。しかし、大物のコート類とかはもう売れて、ない。インナーとか、部屋ではくズボンとか、ボア入りのシャツとかが並んでいる。
 表地がウール風の高いダウンジャケット系を半額でこの前買ったのだが、これが最強のようで、一番暖かい。表生地が分厚い分、普通のつるっとしたダウンジャケットよりも風を通しにくく、暖かい。
 それと高いだけあって首回りがしっかりとしている。フードから回り込んだ襟ではなく、独立した襟が首を一周するので、暖かい。マフラーがいらない。
 値段の違いではなく、タイプの違いだろう。
 
 ニコンD3400に付ける高倍率ズームレンズは、シグマとタムロンのサンダ対ガイラの戦いが続いている。
 16−250がシグマ。16−270がタムロン。同じタイプ。200までではないが300まではいかない。
 気持ちとしてはタムロンの「ロン」がいい。スロンとしている。柔らかそうだ。シグマは厳しそう。そんなメーカー名で決まるものではないのだが、ニコンに付けるのならタムロンの方が純正に近い。ズームの回転方向はシグマはキャノンタイプ、タムロンはニコンタイプ。
 AFモード状態でも、フォーカスリングを回すと一時的にマニュアルになるという仕掛けはシグマにはなく、タムロンにはある。まあ、そんなものを使う機会があるかどうかだ。AFを解除した方が早かったりする。
 3400のキットレンズ側にAFの切り替えレバーがない。あれば、ピントを固定できる程度の使い方ができる。AFロックボタンもあるが、半押しにしてロックボタンも押すというのは窮屈だ。
 たとえば木の枝の上の鳥など。鳥に合わせる必要がなかったりする。止まっている枝でいい。合いにくい鳥よりも、確実。枝に合わせてAFを解除すれば、ピント位置は動かないので、マニュアルフォーカスの必要はない。AFが生きていると、二枚目を写すとき、またピントを取りに行くので、タイミングが遅くなる。
 実際にはそんなことをしている間に鳥は動いて、別の枝へいくので、そこで距離が違ってしまうのだが。
 タムロンの甘い写りというのがどうも気になる。それに望遠側は少し伸びているのだが、タムロンの方が軽い。
 実物に触ることができれば、話が早い。ただ一つの基準がある、これは決め技だ。それはズームリングが軽いこと。重くて固ければいいレンズでも買わない。
 これは電源レバーやボタンが使いにくいのは買わないのと同じ。取り回しの良さが優先する。写りは何とかなるのだ。
 しかしシグマの最短撮影距離35センチが効いている。この利便性は非常に高い。タムロンのそのズーム比のレンズは49センチ。喫茶店でテーブルに乗っているノートパソコンを写すのは無理だ。
 しかし、カタログではその距離まで寄れても、あまり近すぎると、写りが、となる。まあ、広角で35センチまで寄れるか49センチまでかでは、差が結構ある。35センチなら、ほぼレンズすれすれに近いところまで寄れるので、気を遣わなくてもいい。
 サンダ対ガイラ。やはり二体いとも捕獲して、気に入った方を選ぶ方がいいのかもしれない。以前に比べ、このタイプ、非常に安くなっている。新製品でもっとズーム比が大きいのが出ているので、がたんと落ちたのだろうか。
 定番はシグマの16−200だが、面白みがない。変化がない。
 
 

■■ 2017年12月24日 日曜 午前9時18分
 
 今朝は平年の戻ったのか、昨日よりは暖かい。氷点下ではなく4度ほどある。寒波が去ったのだろうか。この気温差が表しているのかもしれない。この時期の普通の寒さは、この程度だろう。その普通の冬の寒さの中に普通に寒波が来る。寒波が来るのは普通だ。別に不思議なことではなく、異常なことではない。「今朝は冷え込む」というのもよくある。日常的に。
 例年、平年並みというのが実は普通ではなかったりする。普通は山あり谷ありで、ずっと平均値の気温が続くわけがない。だから、目安なのだろう。
 クリスマスが来ている。押し迫っている。クリスマスは前座。年末というより、年越しが見えてきている。秋も終わり頃は、年末が見えている。その年末のクリスマスあたりになると、正月が見えてくる。その前にクリスマスがあり、正月は隠れている。年末はクリスマスが先にあるので、それで目立たない。
 最近はノートパソコンではなく、ポメラを持ち出している。鞄が軽くなるためだ。それよりもテキスト打ちしかしないので、すっきりしていていい。使うのは喫茶店の中。ファストフード系の店が多いので、テーブルが狭い。ポメラだと小さいの置きやすい。高さもないので、広げても向こう側が見えるし、手で取れる。横も広く使える。まあ、スマホの方が小さく軽いのだが、手で持ち続けると重いだろう。それにタイプには向かない。これは8インチとかのタブレットもそうだ。そういうのに外付けキーボードを付けると、早くタイプできるし、安定している。慣れの問題もあるが、スマホは小さすぎるし、タブレットは中途半端。結局テキスト打ち専用機のポメラが勝つのは、そのために作られたためだ。特に表示よりも、キーボードがメインのような端末。しかし、やや窮屈だが、キーはしっかりとしている。
 ネットには繋がらないのだが、ウェブなどを見るような用事は外ではない。これは外で退屈なときに、ウェブでも見て時間を潰したりするのならいい。また外でネットで調べることができるとしても、それほど大事なことではなかったりする。
 ノートパソコンで普通にネットが見られるのだが、持ち出したときでもほとんど見ていない。だから繋いでいない。いざというとき、ネットで、というシーンなどない。ネットを必要とする用事で外に出ていた場合は別だが。
 外に出たときは、外の風景を見ている方がいい。日々の変化があり、ネットの情報よりも、いい物が目に入るかもしれない。これは体験だ。こちらの方が規模は小さくても大きい。現実も結構バーチャルだが。
 
 さてクリスマス。今年はニコンの一番安いデジタル一眼レフを買ったので、あとはその余波でレンズを買う程度だろう。
 年末までには何とかしたいと思うのは、部屋のパソコン。重くなってしまった。しかし、故障もなく動いているので、まだ不都合はない。ゲートウェイの安いデスクトップ機だ。モニターは十年以上前のもの。フルHD対応にはなっていない程度。これは毎日使い、使っている時間は外で使う端末よりも長い。買ったときはさくさく動いたのだが、機械はそのままでもソフトが重くなる。規模が大きくなったり、負担が大きくなったりする。それで遅く感じたりする。
 カメラは直ぐに使えるが、パソコンは引っ越しから始めないといけない。ソフトも入れ直す必要があり、整理などし出すと、時間がかかる。
 取り回しが楽そうな一体型か、大きい目のノートを狙っている。パソコンを使って大層なことをするわけではないが、早い方がいい。
 
 昨日はニコンのD3400に標準ズームを付けて持ち出す。いつもは望遠なので、使う機会が少ない。28から80あたりを使わないわけではない。
 この画角だけでほとんどのものが写せるのなら楽な話だ。ダブルズームキットも、高倍率ズームもいらないだろう。そうなると標準ズームのいいやつ、つまり明るいタイプへと走るかもしれないが、キットものは動けば動くほど苦しくなったりする。最初に付いていたものが意外とよかったりするためだ。軽いし安い。
 特にD3400のキットレンズは小さく軽く作られているだけではなく、AFや手ぶれ補正などでの省エネが特に凄いのか、ものすごい枚数写せる。Pタイプのレンズだ。だから千カットを遙かに超える。普通に写す場合、半年に一回充電すればいい程度だろう。撮影で写しにいっても100枚も写さない。逆に数枚写しただけで、戻ってくることもある。
 昨日は戻り道、暗かったのだが、クリスマス飾りが綺麗だったので、それを写す。このカメラ、夜景の露出がいい。暗いところでは暗いまま映っている。
 そして見たときと、写すときにファインダーを覗いたときの現実がほぼ同じなので、違和感が少ない。
 
 


■■ 2017年12月23日 土曜 午前9時16分
 
 今日も寒いが昨日よりも気温は高いようだ。これは大阪空港の一時間おきのデータ。伊丹もそれなりに広いので、こちらは尼崎の方が近い南部なので、尼崎で見た方が正確だが、尼崎の何処で計っているかだ。こういうのは市役所が多いのだが。
 ただ、尼崎にはアメダスの地上観測点がないのか、飛んで西宮になる。東は大阪市になる。西宮の西は神戸。西宮のデーターも近いのでいいが、気温は出ない。雨量だけ。
 大まかに言えば伊丹は大阪市内と神戸市内のアメダスを参考にすればいいのだが、やはり大阪の北、尼崎の北にある豊中と伊丹にまたがる大阪空港、関空と間違えやすいので、伊丹空港といった方が分かりやすいだろう。そこのアメダスばかり見てしまう。ちなみに管制塔は豊中市側にあり、豊中市は大阪府なので、大阪空港と呼んでいる。この空港が邪魔で伊丹から豊中へ出るとき、回り込まないといけない。
 自転車で抜けようとすると、空港にぶつかり、下手をすると園田あたりまで回り込んでしまう。それは回り込みすぎだが。
 伊丹空港は、伊丹とついているのだから、当然伊丹市バスが走っている。伊丹から伊丹空港へ行くとき、これに乗るのが一番早い。市バス料金だ。年寄りは無料だったりするはず。
 流石に伊丹空港まで自転車で行き、そこから遠いところへ行くのもいいが、問題は自転車置き場だろう。スーパーへ行くようなわけにはいかない。しかし、空港の従業員用の自転車置き場があるかもしれない。管制塔の建物の裏に回れば。
 ローカル飛行場を舞台にした映画がある。長野だったかどうかは忘れたが、小さいのに「大空港」とか言うようなタイトルだった。最初見たとき、山が迫っているので、五月山ではないかと思い、それなら伊丹空港の映画になるのだが、違っていた。
 ない四用はようがの大空港シリーズと同じ。大パニックが起こる話。
 この映画はアマゾンビデオで無料だったと思う。有名な監督で、喜劇系だが、この人の映画は「清洲会議」会談だったかもしれない。もそうだが、ラストは青空が一杯に映って終わり、しかもハッピーエンド。見終わったあと気持ちがいい映画だ。考えさせ、深く余韻を残すというような野暮な真似はしない。確かに余韻は残るが、特定の余韻へと持って行こうとしない。結構粋な映画なのだ。
 こういう監督の脚本や映画に仲代達矢を出すと、もうそれだけで喜劇になりそうだ。何もしなくてもいい。出ているだけで。
 
 今朝のお供のカメラはニコンのD3400に久しぶりに標準ズームを付けて持ち出す。これが一番軽い。朝の喫茶店へ行くまでの道中は、起きるのが遅かったので、小学生の登校風景がなくなっていると思っていたのだが、土曜で休みのためだ。そのため、その道筋に咲いているバラが写せる。通学時間帯は写せない。
 バラは歩道の植え込みに並んで植わっている。街路樹があるところだ。歩道と車道の間。バラというのはわざとらしい花なので、あまり写さない。それに咲きすぎている。椿の方が暗くていい。バラは派手すぎる。
 その歩道の脇に以前バラ園があった。歩道のバラもそこが提供しているのかと思ったのだが、バラ園がなくなっても、まだある。だから別ルートでバラを植えているのだろうか。またはまだまだそのバラは生きており、抜かれない限り、かなりの年数生えているのかもしれないが。
 歩道から見て少し奥にあるバラがいい顔でこちらを見ているので写そうとしたが、標準ズームは80ミリほど。届くが、小さくなり、余計なバラも入ってしまう。距離は1メートル以内。寄れない。そして寄ると背景が変わる。重なり具合が違ってくるので、最初に見たときの印象とは違う絵になってしまう。
 こういうとき、望遠ズームなら1メートル以上引いてアップで抜けるのだが、と思う。
 この標準ズーム、ほとんど望遠端でしか使っていなかったりする。だから、望遠ズームだけでもいいようなものだ。
 しかし、1メートル以上下がれないときがある。そんなとき最短撮影距離に短い高倍率ズームが役に立つ。望遠ズームよりも最短撮影距離が短いためだ。1メートル以内に入れる。標準ズームでは届かず、望遠ズームでは近すぎてピントが来ない。そう言うのが高倍率ズームなら解決する。万能レンズだ。
 標準ズームと望遠ズームを切り替えても、そのバラを思う大きさでは写せない。望遠での最短撮影距離が短くなるのが、高倍率ズーの良さだが、逆に広角側での寄りはそれほど短くないので、広角では損だ。
 これをコンパクト系の旅カメラならどうなるかというと、1メートル以内に入っても結構望遠で写せる。流石に望遠端は無理だが。ただ、オリンパスの旅カメラは望遠端でもかなり寄れる。
 またネオ一眼だと、これは超望遠になるが、中間でかなり寄れる。最近のコンパクト系は、広角端で1センチまで寄れるので、少しズームにすると、寄れなくなるのではなく、結構寄れるようになっている。
 さて、そういうことではなく、このD3400は軽いので、ネオ一眼レベルように気楽に持ち出せる一眼レフ。ポケットには入らないが。
 高倍率ズーム選択だが、サンダ対ガイラ状態になっているので、シグマとタムロン、この二体のフランケンシュタインの怪物、両方ゲットするという手もある。どちらがサンダかガイラかが分からないのでしかし、両方捕獲しても、純正のキットレンズの方がよかったと思うかもしれない。
 

■■ 2017年12月22日 金曜 午前8時40分
 
 今朝も氷点下。昨日と似たようなもの。結構長く寒い日が続いているが、これは平年の気温ではないだろう。冬型の気圧配置が続いている上に寒波。寒波が収まれば、ただの冬型。その気圧配置が変われば、平年よりも暖かくなったりする。西高東低ではなくなるか、等圧線が広がれば、穏やかになる。特に風が。
 そして今日は冬至。この頃、真冬よりも寒い日があったりするので、その通りになっているのかもしれない。年を越さないと本格的な寒さにならないと油断していると、ここでやられる。やられるといっても寒いだけだが、せっかく持っている手袋やマフラーをしていなかったりする。まだ早いと思い。
 しかし、部屋で座っているだけでも寒いという日は去ったようで、昼間は晴れており、日差しもあるので、ましになった。朝夕は寒いが。
 夕方が結構寒いのだが、冬至が過ぎれば日が長くなり始めるので、夕方が遅くなるはず。冬至は今日だが、これは一日単位。何時何分の折り返し時間は分からない。今朝の日の出が一年で一番遅い。日の出、日の入りでしか分からない。そして22日頃と言うことで、これは閏年もあるので、実測すれば必ずしも22日とは限らない。まあ、毎日日の出や日の入りを見ている人でも、一日分の違いは分からないだろう。昨日と今日程度では。
 
 ニコンのD3400に付ける。高倍率ズームだが、シグマとタムロンの戦いになっている。サンダ対ガイラだ。どちらも高倍率なので、それなりの写りで、高画質を求めるタイプではない。どちらを選んでも、下の方の戦いだが。
 一本のレンズで広角から超望遠域まで、という快適さを追うと、画質が落ちるし、大きく重くなる。ズーム比を欲張ると別の問題が出る。何かを優先させれば、何かが犠牲になる。これは写真の宿命で、それが興味深い。つまり絞りとシャッタースピードの関係と同じパターン。快感を求めると不快も出てくる。快感を押さえると、別のところに出てしまう不快も鎮まる。これはカメラだけの話ではなく、他のことでも起こる話で、カメラに興味を持ちだしたとき、これが見えた。浅い興味なら、浅くしか出ない。
 これは漫画でも同じで、絵とストーリーの関係。絵は絞りで、シャッタースピードはストーリー。絵は空間。ストーリーは時間。カメラの構造の中に漫画の書き方が入っていたのだ。
 絞りとシャッターの役目は光の調整すること。この光というのがテーマのようなもの。または現実。絞りすぎるとスローシャッターになりすぎて手ぶれするが、ピントの合う範囲が最大になる。
 という話ではなく、ただのレンズ選びだが、この中にも、そういったパターンが同じようにある。
 一眼レフというのは、画質を求めて買う人が多い。コンパクト系よりもいいとされているのだが、実際には素人目では、どのカメラで撮したものか判断しにくいほど、言うほどの違いはない。
 だが、最近は変わってきた。それはファインダー。だから写すときの見え方が違うと言うことの方が大きかったりする。光学ファインダー撮影。これがものすごくすんなりと写せる。ダイレクトに。
 昔ならそんなことは思わなかっただろう。背面液晶や、電子ファインダーに慣れなれ、それが普通のようになってから、普通の一眼レフのファインダーを見ると、ものすごく新鮮で、すんなりと被写体を見ることができる。被写体を見たあと、カメラで覗いたとき、違和感がない。実像に近いのだろう。
 そういう話ではなく、サンダ対ガイラだが。シグマもタムロンも、どっちもどっちという感じ。どちらも醜いので、どちらがまだましかという話に近い。
 ただ、できるだけましなレンズということを考えれば、無理をあまりしていないタイプがいい。ズーム比を抑えめにしているとかだ。しかしこれも実際には当てはまらなかったりするので、保険にはならないが。
 ニコンの3400というのはものすごく新しいカメラで、ネット上で調べても、不都合情報がない。何処かの誰かのブログとか、奥の方まで探さないと出てこないのかもしれない。不都合とは、相性が悪いとか、純正レンズではないための不都合のこと。3200あたりまでは、問題なしというのがあるが。
 タムロンやシグマの高倍率ズームは。出る度にそれなりに目にしていたのだが、買うわけではなかったので、サーと見ただけ。それでも記憶にある。
 最短撮影距離が35センチまで来たのが出たとき、いい感じに進歩してきたと思った記憶がある。どのレンズだったのかを、今調べていると、該当するのが見つかった。広角から望遠までいけても、至近距離が遠くなり、損だ。広角は寄っていくら。寄れない広角なら、写せるものが減る。だから高倍率タイプを避けるのは、そのあたりにもある。しかし35センチや39センチあたりまで来ると、ほぼレンズの先端から10センチ近くまで寄れることになる。標準ズームよりは遠いが、テーブルの上のものを座ったまま写せる最短撮影距離だけはキープしたいものだ。これはクリアーしている。49センチは流石に厳しくなるが。ズームすれば大きくなるが、それではただのドアップになる。背景を入れてぼかして浮かせる手が使えない。
 シグマの16から300ミリ。これは最新のレンズで28から450ミリ越え、キャノンではもう少し望遠になる。この実物が展示してあったので、触ったことがある。尼崎のビッグカメラだ。重くて、こんなもの付けられないと直ぐに置いた。600グラム近くあるだろうか。このタイプで一番軽くても400グラム。600ミリまであるタイプは800グラムもある。
 16から200あたり、つまり28ミリから300ミリあたりに押さえれば、400グラムを少し超え420グラムあたりに抑えられる。
 ニコンのD3400を買うときの最終ポイントは軽いということ。これが一番の基準になった。ものすごく分かりやすい。
 D3400のキットレンズの望遠ズームは400グラム少しだろうか。楽々持てるし、振り回せる。ボディーが軽いおかげだ。それ以上重くなると、何をしているのか分からなくなる。
 だからリミッターとして450グラムあたりまでと言うことで選択する。
 当然純正は500グラムを超えるので、無視。それに値段が高すぎる。
 ズーム比的にはシグマなら450ミリ越えではなく、400ミリ近くまでいける16から250のズームか、さらに軽い16から200になる。35ミリ換算で300ミリまで。しかし、今は300ミリでは弱い。昔は超望遠だったが。
 タムロンにも同じタイプがあるが、250ではなく270と少し差を付けている。270ミリなら400ミリに達する。
 しかし250ミリと270ミリの差は、ないようなもの。あとは最短撮影距離だろう。こういうのはズーム全域となっていても、そうならなかったり、また望遠も、一寸した問題があったりする。
 このあたりはレンズの取扱説明書まで見ないと分からない。スペック的には嘘ではないのだが。こういう場合は、こうなるとかの米マークの落とし穴があったりする。
 またバッテリーを多く使うのか、減りが早いとかも。3400などは千枚以上写せる。これはキットレンズとの組み合わせの場合だ。Pレンズというタイプになってから。だから、バッテリーが損なわれるほど電気を食う手ぶれ補正は、3400の良さが損なわれる。
 そこを優先すればタムロン。しかし「写りがー」の問題がある。実際にタムロンを付けて写したわけではないので、どんな写りかは分からない。
 写りがいいとされるのはシグマの16から200。こればかりは主観。悪いとされているレンズは、光線状態や被写体で、とんでもないほどいい感じで映ることがある。この偶然性が楽しかったりする。
 タムロンの方がシグマよりも軽かったりする。
 こういうとき、ものすごく単純に、軽くて安いのはどれかと言うことで、決まったりする。レンズの機能ではなく。意外とそういう分かりやすい選択の方がいいのかもしれない。
 
 
■■ 2017年12月21日 木曜 午前8時26分
 
 今朝は氷点下。この辺りではこの冬一番の冷え込みかもしれないが、寝ていたので、分からなかった。外での気温のためだろう。氷点下2度というのはなかったのではないかと思える。夜明け前に最低気温が出るのだが、明けてから出た。一日寒いのかもしれないが、雨の気配はない。晴れか曇りだ。雲が多い程度。日差しはある。
 今朝はまずまずの時間に起きてきたので、小学校と高校の通学風景と出くわす。高校の自転車通学のピーク時で、一番自転車の数が多いとき。これは一瞬で終わる。間に合う時間に集中するのだろう。
 手が悴み、手袋が欲しいところだが、長い距離を自転車で走るわけではないので、まだ大丈夫。しかし、このところの寒さは真冬と同じか、それ以上かもしれない。だから、今、真冬の格好をしていてちょうど。1月の中頃を待たなくても、これ以上寒くならなかったりする。
 天気予報でもこの冬一番の寒気団の居座りとなっていたように記憶している。この一番は塗り替えられるのだが、寒気の規模が大きいのだろう。しかし、真冬だと、もっと大雪が降り、積雪のニュースがあるはず。ものすごく積もるとか。雪は降っているようだが、それほどでもないようなので、晴れが多いのだろう。
 雨の降る日は気温が高い。晴れているときは低い。だから最近は晴れているので、余計に寒いのかもしれない。
 明日は冬至。一年で一番日が短く、夜が長い。それが明日ピークになり、折り返し点になる。その後、日が長くなり、夜が短くなる。ここが大事だ。夏の終わり頃、日が落ちるのが短くなり出し、冬に近付くほど夜は長く長くなりつつあった。秋などがそうだ。冬の深みへと進んでいたのは日が短い方へ進んでいたのだから。
 しかし真冬が一番夜が長く、日が差す日中が短く感じるが、冬至の頃よりも夜明けが早く、日の入りが遅くなっている。寒さのピークを迎えるのが、明るくなっているのだ。そして一番暗いのが明日の冬至。ここで峠を越える。だからこれは春の始まりなのだ。しかし、クリスマスもまだだし、正月もまだなので、そんな気はしないが。元旦の日の迎春というのはそういう風に受け取ると、太陽との関係では合っているのかもしれない。冬方向から切り替わり、春方向へと年末の冬至の頃、切り替わったのだから。
 
 先日買ったニコンの一番安く一番軽いD3400を使っているが、キットレンズの望遠ばかりを多用。標準ズームを使う機会はあまりない。何処か見知らぬ町の路地裏にでも入らない限り、広角で写すようなことも少ないのだろう。
 これは毎度のことだ。コンパクト系のいいカメラでも、望遠が短いと、持ち出す機会が減り。そのうち使わなくなる。しかし、広角や標準域は成り行きで写すことが結構ある。とりあえず前方を写しておこうとかだ。当然ぐんと近付いて、広い目に背景を入れたいとかだ。
 さて、それでダブルズームキットを一本にするという計画は定番中の定番で、それなら最初から一本で済む高倍率ズームとボディーを分けて買えばいいという話だが、店売りではキットものが多い。ボディーだけを売っている量販店は少ない。展示しにくいだろう。
 それと、あとで二本のレンズを買うより遙かに安く、おまけなのだ。
 このおまけレンズは単独で買っても高くはなく、2万円台ほどで出ている。ただしキット専門で、単体では売っていないものもある。
 おまけレンズで安いので、所謂「まきレンズ」ではないかと言われている。どのメーカーも同じようなタイプのキットものではない高い目のレンズがある。キットものの写りが気に入らなければ、高い方を買いなさいと。
 しかし、3400に付いている望遠ズームは結構いい。写りよりも、とにかく早くて静か。AF音など聞こえないし、瞬時にピントが来る。音がしないし、すっと来る。スーではなく、すっだ。このボディーとこのキットレンズを組み合わせたとき、早いらしい。そしてズームリングが柔らかく、軽く回るので、さっとズームできる。
 400ミリを超えるので流石に400グラムあるが、見た目ほど重くはない。カメラは400グラム少しなので、似たような重さなのだ。だからバランスがいい。標準ズームを付けるとスカスカの軽さ。ネオ一眼並みに軽い。
 さて、定番の話だが、広角から望遠まで一本でできるとありがたい。そして直ぐに来るのがシグマとタムロン。昔はトキナーとか、コシナとか。他にもあったのだが、トキナーは広角が強い。高倍率はない。
 だからシグマとタムロン。写りはシグマで、シャープでかりかりとした描写らしい。デジタル一眼レフを昔買ったとき、最初に買ったのはシグマの望遠ズームだった。デジタル専用が出ていた。
 フィルム時代に最初に買った一眼レフに付けていたのはタムロンの望遠ズーム。写りに関しては、望遠だと少しだけ甘くなる程度。これはぶれていたのだろう。
 今、この高倍率ズーム、タムロンが24ミリから400ミリ越えを出している。さらに600ミリ越えを。どちらも凄いのだが、ものすごく重いので論外。
 以前よく見かけた28から300辺りは、もう古くなり、世代交代し、28から400ミリ相当になり、さらに500ミリに近いのが新製品。16から200が16から250や270になり16から300になっている。1.5倍すれば、35ミリ版になる。タムロンは広角側にも延ばしてきた。
 キャノンタイプは少し望遠気味に伸びるのは、受光素子の面積の違い。ちょっと小さい。望遠では数値となって出る。
 実際にはニコン用かキャノン用で、ペンタックス用やソニー用がないレンズもある。
 ズームの回転方向はタムロンとニコンは同じ。キャノンとシグマは同じ。
 ただ、タムロンはリアルタイムAFが使える。AFモードにしていてもフォーカスリングを回せばピントは動く。これをよく使う人は、ここが大事だろう。
 最短撮影距離は35センチまで来ているタイプもある。長くて49センチほどだろうか。また、望遠端では寄れないタイプもある。全域マクロとは断っていないので、文句は言えないが。
 当然、AFスピードや、手ぶれ補正などは、純正には劣るはず。モータが違うし、レンズの関係もある。また、ボディーとの組み合わせでで、不都合が出ることもあるらしい。
 そこから絞り込んでいくと、まずは重さだろう。軽い3400のボディーは余裕があるが、重いレンズを付けると、最初に買った意味が消えてしまう。一眼レフは重いから3400にしたのだ。だからX7でもよかった。
 重さの限界はボディー込みで1キロ越えは無視。だから800グラムのレンズは論外。
 結局はガラスの塊が入っているので、それをアクリルにでもしない限り、軽く作るにしても、限界がある。軽くするには、レンズ口径を小さくするとかもある。だから細くなって、軽くなる。
 それでも28から300辺りでも400グラムはある。16から200タイプだ。450ミリあたりまでのタイプは500グラム近くなる。400グラム台に何とか乗っている程度。
 何とか許せるのは400グラム半ばの手前までだろう。これなら今付けている望遠ズームとそれほど重さは変わらないので、ほぼ同じだ。
 そうすると、16から270のタムロンか、16から250のシグマかになる。いずれも一つ前のタイプ。それぞれズーム比を延ばした新製品が、今は旬だが、500グラムを遙かに超えてしまう。
 このように絞っていくと、実際に買えるのは限られてくる。欲しいのはあるが、重くて手放すだろう。
 それで、シグマとタムロンの対決。ニコンを使っているので、ニコン寄りのタムロンがいいだろう。ズームの回転方角が同じことと、リアルタイムAFが効く。写りは色目、色の発色ではタムロンが良さそうだ。シャープさではシグマの方がいいようだが、こんなものは補正でなんとかなる。逆にふんわりとした写真の方がびしっと補正したとき、気持ちがいい。補正は滅多にしないが、保険だ。
 極端な話、電線が線に見えるのがシグマだとすれば、線ではなくふわっとした縄のように見えるのがタムロン。だからタムロンは線が太い。これはふわっとしているので太ってしまうのだろう。こういうのはエッジ上げすれば、境目に白い輪郭が浮かんだりするので救済できないかもしれない。しかし絵が柔らかいので、それを取る方がいい。
 ペン画好きはシグマ、絵の具好きはタムロンと言うほどには、極端な差ではなく、傾向と言うことだろう。これは被写体により、出方は分からなかったりする。写していて楽しいのは、そこだろう。
 要するにどちらがましかの戦いに近い。
 あとは価格。タムロンの方が安い。メイドインベトナムの恩恵だろうか。旧製品で400グラムのズームは1万円台で出ている。今狙っているタイプでも2万円台。これはキットレンズの一本の値段よりも安かったりする。
 ニコン純正になると、重すぎる。500グラム越え。これは無視だろう。小さな一眼レフの3400には合わない。
 というようなことを考えていた。
 
 

■■ 2017年12月20日 水曜 午前9時38分
 
 今朝も寒く、夜は氷点下になっていたが、朝は晴れているので、寒いが日差しが暖かい。風が穏やかなためだろうか。荒れた天気は去ったのだろうか。
 確信犯的に二度寝をしたので、起きてくると遅い時間になっていた。一度目に目が覚めたとき、時計も見ないで、そのまま関所破り。一応短い目の二度寝を狙ったのだが、そうはいかなかったようだ。しかし、何時からの二度寝かが分からないので、最初に目が覚めたとき、既に寝過ごしていたのかもしれない。
 寒いときは布団から出るのが嫌なので、よほど夢と希望のある日が待ってなければ、喜んで起きないだろう。そんな夢と希望に満ちた一日が始まるというようなことなど一生の間に何回もない。一回もなかったりする場合もあるだろう。しかし、そんな日が毎日だと、これは病気だ。
 さて、昨日は最後のエイリアンを見る。本編シリーズの六作目。エイリアン6とはなっていないが、サブタイトルを忘れた。こういうのは覚えなくてもいい。番号が振っていないと、間違えやすい。エイリアン対何々というのが間に二作入る。その対戦相手のモンスターだけの映画もある。これは異星人だ。
 結局エイリアンは二作目のあと、宇宙を漂流してしまったのか、タイトルがエイリアンでなければ、大した映画ではないのかもしれない。しかし、繋がりが少しあり、エイリアン誕生の秘密とか、そういったもので追うしかない。
 六作目は最新作で、100円レンタルが効かない。
 何千人かを乗せた移民船が嵐に遭ったとき、非常事態なので、カプセルで寝ていた乗務員が起こされる。そのまま目的の星まで寝ていたはず。それが起こされた。嵐は去ったのだが、妙なものを受信する。近くに星があり、空気がありそうな星。太陽を持つその中の一つが地球に似ているのだろうか。住めるような。それなら、わざわざあと数年かけて目的の星まで行く必要はない。それにまたカプセルで寝るのは嫌なのか、近場で済まそうとする。
 この嵐で、リーダーだけ死亡。カプセルが開かなかったのか、何かよく分からない。
 それで、順番的なことだけで、次のリーダーが決まる。目的の星を探すだけで10年かかったらしい。住めそうな星を探すために。それが簡単に見つかっているのがおかしいと主人公らしい女性が言い出す。
 10年かけて調べたのだから、それより近いところにある星なら見つかっているはずだと。そして、妙な発信音。これは罠ではないかと。
 しかし、新リーダーは決行し、進路を変える。そして母船から探索艇を発進させ、着陸。空気もあるので、宇宙服もいらない。山もあり湖もあり、緑豊か。これなら移住地としてぴったり。湖畔に小屋を建てられる。新天地だ。
 そして、発信があったところ、何かを発しているところへ近付くと、一作目と同じドーナツを半分に切ったような宇宙船の残骸。不時着に近い感じで、近くの木の頭が折れている。最近のものだ。太古からあったものではない。
 これは前作で主人公と肩から上だけのアンドロイドが、異星人の宇宙船に乗って、そのふるさとの星へと向かったラストシーンと繋がる。だからこの星は異星人の本拠地かと思えたのだが、それらしきものはない。
 その宇宙船の中や外に蚊のようもやっとしたものあり、隊員の耳に入る。別に襲われたわけではない。感染したような感じになり、あっという間にエイリアンを宿し、直ぐに飛び出てくる。
 まるで宿主をずっと待っていたように。
 それらのエイリアン、まだ小さいが、太刀打ちできない。あわやというところで、異星人が出てきて、退治してくれる。
 その異星人、前作で肩から上だけになってしまったアンドロイド。元の姿に戻っている。前作の主人公の女性に直してもらったらしい。しかし、前作の女性は出てこない。墜落したときなくなったらしい。
 せっかく、前作の続きを見たかったのだが、アンドロイドは生きているが、主人公は死んでいる。それでは続編にならない。
 あとは、ここは理想の移民値ではなく、直ぐにでも逃げないと行けない場所だと分かり、エイリアンを振り切って母船に戻る話となる。いつもの脱出劇だ。
 ここまではいい。母船に戻ってから、内容が分からなくなる。移民船にもアンドロイドが乗っており、二人のアンドロイド。それが何処かで入れ替わったのだろうか。この二人、兄弟のように似たタイプの新旧二体。それが争うのだが、どちらが勝ったのかどうか、よく見えなかった。
 ラストはそのアンドロイドが口からエイリアンの卵を吐き出し、冷凍室に入れる。そして、目的の移住の星へと向かうところで終わるので、当然続編がある。
 これが最新作だが、前作の方がまだまし。人を作った神を探しに行く話だったためだろう。
 それよりもまだよかったのは四作目。一作目からの主人公がまだ出ており、話が繋がっているからだ。要するにバイオハザードのアリスを期待していたのだろう。
 五作目は時代が、それ以前になっている。最新のエイリアンは卵を産む必要がなくなっている。
 アンドロイドを作ったのは人間。想像主。神のようなもの。しかし神の子は死なないが、人間という想像主は寿命が来れば死ぬ。創造主の人間を作った想像主は誰か。神だと言われているが、偶然性だろう。しかし、アンドロイドにないのは魂。心。しかし、この映画のアンドロイドはどうもそれがあるようだ。ここが映画なのだ。
 エイリアンシリーズ。二作目が一番いい。だから、続編はさらに興味深く、もっといいはずなのだが、どうも主人公とリンクしにくくなったのか、感情移入しにくくなっている。スケールは大きくより派手になっているのだが、どうも乗らない。舞台はいいのだが、活きない。
 まあ、シリーズ物とはそんなものだろう。
 
 

■■ 2017年12月19日 火曜 午前9時26分
 
 今朝はそれほど寒くはない。何度あるのかは見ていないが、寝起きの喫茶店まで行くとき手が悴まない。これが一番の温度計だろう。風もその手で計れる。耳にも来るが、耳は帽子で覆っているので、温度計にはならない。そして耳は熱を持つことがあるので、内からの影響も多い。
 今朝は大きく寝過ごしたので、伊丹モスにも遅く到着。昨日は開店間際に行くという理想的な時間に起きれたのだが、シャッターが閉まっていた。そして、近くの個人喫茶に入ったのだが、戻るとき、モスを見ると開いていた。一時間ほど開くのが遅かっただけかもしれない。何らかのトラブルなら張り紙があるのだが、それがないので、何が起こったのかは分からないが、寝坊ではないかと思える。昨日はものすごく寒い日で、マイナス気温になるほどだった。
 今朝は晴れており、日差しもある。雨は最近降っていないような気がするが、曇ることが多く、降り出しそうな空具合になるときもある。晴れのち曇りや、曇りのち晴れや、晴れ時々曇りや、曇り時々晴れが続いている。降りそうで降らない。
 昨日の寒気は、この冬一番の寒さになったのだが、大げさに言うのは太平洋側で寒いときが多い。しかし、東京や大阪市内などの都市部の気温を見ただけでは大したことはないと思うかもしれない。実際にはその周辺でものすごく寒い場所がある。山沿いや盆地のような地形の場所。高い山が寒いのは当然だが、標高はさほどない盆地が結構寒い。
 
 昨日はエイリアン5に相当するのを見た。その前にエイリアン対何々というのがあったが、一作見ただけで、二作目は無視した。やはり本編のシリーズ物に興味があるからだ。
 エイリアン5はタイトルが付いているのだが、忘れた。一作目よりも古い時代の話で、一作目に繋がる話。
 今回は古代文明から入っていく。遺跡から壁画が発見され、色々な古代文明に共通する何かの存在。これは昔流行った話で、古代に宇宙人が来ていたとかのブームがあった。
 人を作った神。その存在を調べるため、学者などが集められ、ある星へ行く。古代人達が示している星座があるためだ。そんな星の存在などどうして古代人が知っていたのかは、そこから来たためだろうか。
 古代遺跡からはモンスターは出ない。そこにもしあのエイリアンがおれば、地球は滅びるらしい。いたとしても封印されているはず。
 今回はエイリアン捜しではなく、神探し。このとき、あのエイリアンというものの存在を知らない。
 星に着陸し、自然では作れない直線を発見。その近くに岡のようなドーム型の山。これはどう見ても臭い。人工物だと推測し、外から調べると空洞がある。
 エイリアン対何々では、南極の下にピラミッドがあった。
 この地下の構造は端末を飛ばすと、勝手にスキャンする。ダンジョンゲームのように端末が飛んでスキャンした分だけマップが完成していく。それを船にある立体モニターで、3Dで再現されていく。
 そして、まるで砲弾のような金属製のものがびっしりと生えている。タケノコのように。ただし円筒形。エイリアンの卵を封印しているのだろうか。隊員の一人が、まずやられる。これはあとで分かるのだが、生物兵器だろう。
 一作目の謎だけが知りたいという映画で、その謎は、その星から信号が送られてきていたのがきっかけだったが、最初に着率してみたのが、ドーナツを半分に切ったような巨大遺跡。角のように伸びている。自然物ではない。これが宇宙船だったことが、五作目で分かるし、異星人の死体の正体が分かる。モンスターのような宇宙人だったが、実はヘルメットだった。
 その異星人は古代ギリシャ人のような顔で、ものすごい筋肉をしている。これが神とは思えない。
 そしてその異星人、遺伝子を調べると、人間と同じ。
 つまり、この星はエイリアンを使った生物兵器の工場だった。そして逆にエイリアンに襲われ、全滅するが、一人だけ生き残り、カプセルの中で眠っていた。
 人類を作った人を見たいと言うことで、行ったのだが、違っていたようだ。
 眠っていたその異星人かどうかは不明の男が地球へ向かおうとする。それを探検隊の宇宙船が体当たりし、阻止する。その残骸が、一作目で見たあの角のような物体。
 そして一人だけ生き残った学者が最後の通信を発する。これは警告に近い。ここは死の星、近付くなと。
 この学者、どうして星から脱出できたのか。それはもう一台半ドーナツ型が残っていたからだ。その操縦は肩から上だけになったアンドロイドが操作しているのだろう。この異星人がどこから来たのか、そこへ向かって飛び立つ。地球への帰還ではなく。そこで終わる。
 さて、次が最新作になるのだが、だれてきた。
 これで復習と予習が終わったので、最新作を見てもいい時期になった。しかし一作目、二作目ほどの感動がないのはどうしてだろう。
 
 
■■ 2017年12月18日 月曜 午前8時21分
 
 今朝はこの冬一番かもしれない寒さ。夜から氷点下になっていた。昔、クリスマス寒波というのがあり、真冬がクリスマスに来ていた。サンタではなく。
 この冬一番の寒気というのはいつ来るかは分からないので、台風のようなものなので、真冬に来るとは限らない。問題は寒気の規模と居座る期間だ。この寒気、今日までで、このあと平年並みの寒さに戻るだろう。12月はそれほど寒くはない。
 しかし、この寒さで、今冬は暖冬とは言いにくいだろう。だが、長期予報を見ていないので、暖冬らしいという情報は知らない。あまり当てにならない。そういうのは冬に入ったとき肌で感じたりするので、知らなくても分かるのかもしれないが。
 今朝はそれ以上の異変があった。朝は理想的な時間に起きることができた。途中で起きることもなく。これはいい睡眠だ。寒いので冬眠にでも入ろうとしたのだろうか。しかし自然に覚めたとき、寝起きはいい。問題はそれではない。こんなことは異変ではない。いいことなのだから。
 次は道を変えた。これは特に意味はない。いつもは帰り道として使ってる道筋がある。行くときは違う道を行っている。町内から出たところで、前を行く自転車、近所の人だが、馴染みのない人で、引っ越してきた人だろう。その自転車がスーと道に入った。いつもの戻り道だ。それに誘われるように、付いていった。この道は伊丹駅前に出る人がよく使っている毛細血管の一つ。
 それといつもの道筋は小学校と高校があり、小学校近くには立ち番がおり、挨拶をしてくるので、面倒。それにややこしいところに立っており、引っかけそうになる。それを暗に避けたかったのかもしれない。
 ここで道を違えたので、異変が起こったわけではないが、伊丹モスが閉まっている。早く来すぎたのかと思い、周りを一周するが、これは好ましい。カメラ散歩になるからだ。しかし、駅前の時計を見ると開店時間から10分経過している。そしてモスの前に戻ると、シャッターは降りたまま。店内は厨房に明かりがあるだけ。人はいない。真っ先にシャッターが上がるのだが、降りたまま。張り紙もなし。
 この前の台風のとき、風でシャッターがゆがんで開かなかったことがあるが、今回は何だろう。朝は二人いる。二人とも寝坊をしたとは思えないが、可能性は否定できない。ものすごく寒かったので。
 これでは寝起きの喫茶店ルートが繋がらないので、日常が狂う。朝は喫茶店からスタートする。
 それで仕方なく、その近くの喫茶店を探すが、その時間開いている店は限られる。いずれも個人喫茶。その中でモスが閉まっている元旦などに入る喫茶店があり、そこへ向かうというか、モスから見えているのだが、ここは遅い目に開く。ところが、前まで行くと、開いている。明かりもあるし、メニュー表なども表に出している。これは幸いだ。しかし高いので、そこは不幸だが。
 それで、この喫茶店に入るのは正月以来。だから正月が来たのかと思うほど。朝の道を変えたので、モスのシャッターが上がらなくなったわけではないが、もし道を違えなければ、いつも通り開いていたかもしれない。逆に言えば、モスが閉まっているから、道を違えたとも言える。
 
 昨日は上新リアル店に寄りパソコンを見る。部屋のパソコンが重くなってきたが、まだ使えるのだが、使える内に引っ越した方がいい。今年でなくても来年でもいいのだが、その下調べ。
 今は据え置きタイプのデスクトップ。それを17インチノートにするか一体型の21インチにするかだ。17インチノートというのは実際にはキーボードは打てない。モニターがでかく近すぎるのだ。それにキーボードはフルキーになるが、モニターの直ぐ下。もっと手前にないと、手を伸ばさないと、打てない。近付かないと。するとモニターが近くなりすぎる。つまり17インチノートは逆に窮屈。だから15インチノートでも、部屋で使うときは外付けキーボードでうんと手前に置いて打っている。
 一体型だとキーボードは分離している。ノートの方が扱いは楽だが。
 前回ちらっと見たときにあったレノボの一体型が復活していた。広告の品となっている。NECの半額。CPUもいいタイプで、メモリは逆に8メガ付きなので、逆転しているではないか。最近は23インチがメインだが、レノボは21インチ。今、使っているモニターは21インチだが、大きすぎると最近は感じている。映画などを見るとき、窓を小さくしているほど。
 これを買うにしても、その前にハードディスクを買わないといけない。バックアップ兼引っ越し用だ。昔買った100ギガしかないコンパクトタイプはあるが、動きが怪しい。それに100ギガなので、容量が足りない。だから引っ越しにくい。ラン的にコピーできるのだが、一方がノートならいいが、一体型になると21インチのモニターを並べることになる。だからノートの方が取り回しが楽という話になる。ここがポイントだろう。
 そしてノートになると、SSDか何かは忘れたが、ハードデスクを使わないので、アクセスが早い。しかし容量が小さく、引っ越せない。だからどちらにしてもハードディスクを買わないといけない。
 15インチはほぼそのタイプで、17インチの中にはハードディスクタイプもある。2テラとかもある。そちらはゲートウェイのノートが安くてスペックも高い。量を取るか早さを取るかだ。
 
 カメラ方面は先日買ったニコンのD3400が軽くていい。こちらの次の展開はダブルズームから一本でいける高倍率標準ズームへ乗り換えるかどうかで、これは定番中の定番だろう。ダブルズームを買った人ならその宿命を背負っている。一本で済ませたいと。
 そしてその選択は純正は高くて大きく重いので手が出しにくいが、シグマかタムロンなら安くて軽くて小さい。
 そして安いのはタムロンだが、写りはシグマ。だからシグマへと向かうが、タムロンもシグマも似たようなタイプは複数出回っている。要するにダブルズームキットレンズを一本にできるタイプは18から300のズームと言うことだ。28から450ミリあたりに相当する。キャノンは受光素子がやや小さいので、480ミリになるだろうか。
 しかし、そのシグマ製は大きさはいいのだが、結構重い。またズームリングも固そうだ。ニコンを買ったのは回転が軽いからだ。また重いと現役機では世界最軽量の3400を買った主旨が消えてしまう。軽くて持ち出しやすいためだったはず。
 それで、一つ落として18から200ミリ。つまり28から300ミリまでに落とすと、400グラム少しとなり、これは3400付属の望遠ズームと同じになる。これなら軽くて問題はない。
 しかし、その中間もあり、18から250か270かは忘れたが450ミリではなく、400ミリあたりまで望遠がある。これはシグマのカタログから消えているが、100ミリの差は、少しある。まあ、少しだけ引き寄せ効果はある程度で、わずかな差。似たようなものと言うことだが。
 結局鳥などは450ミリあっても届かない。1400ミリほどないと鴉はいけるが、小鳥は無理。絶対に猫が逃げない距離で顔のアップができるのは700ミリは必要。だからどちらにしても500ミリまでの望遠では役立たず。ここは旅カメラかネオ一眼の出番になる。
 しかし、それらは特殊撮影のようなもので、普通に写すのなら28から80ほどの標準ズーム一本で事は済むのだが。
 ちなみにシグマの高倍率ズーム。最短撮影距離35センチ。300ミリ相当でそこまで寄れるのだから、凄いものだ。実際にはレンズすれすれまで寄れる。レンズ先端からの距離ではないためだ。広角でも35センチまで寄れるのだから、まずまずだ。ちなみに標準ズームは22センチほど寄れるので、それには負けるが、テレマクロの強さは魅力的。
 だが、キットレンズ。これと3400との組み合わせではAFはものすごく早く、暗いところでもさっと合う。写りもいい。それに標準ズームは軽くて小さいPタイプ。ここから動かない方がよかったりする。これらのレンズ、単独二本買うと結構な値段。だからおまけの恩恵が十分ある。
 これはダブルズームキットを買った人が最初に考えるところだろう。明るい単焦点レンズというのもあるが、高感度が使えるので、暗いところではもう困らない。画質にこだわる人は最初から3400など買わないだろう。
 
 

■■ 2017年12月17日 日曜 午前8時51分
 
 今朝は寒い。寒波だろう。この前来ていたのが去ったはずなのだが、また降りてきたようだ。居座るつもりかもしれない。しかし、よく晴れている。晴れている日の朝は寒い。寒いがそれなりに晴れておれば、日差しで昼間はそれほど寒くないだろう。朝夕がきつい。特に夕方は。
 野菜が切れていたが、白菜がしつこく残っている。それを煮る。いつも買っているほうれん草だが、200円台になると買わない。199円だと迷う。他にそれに近い葉物を探す。水菜とかを。青梗菜とかはあっても買わない。よほど安くなければ。
 白菜は安くて量があるので買う。しかしスカスカで締まりがない。水菜は新鮮だと煮ると柔らかい。古くなると駄目だ。水菜は茎を食べているようなもの。欲しいのは葉。だからほうれん草がいい。
 飛騨ほうれん草というブランドがあり、それが近所の複数のスーパーなどで出回っている。供給が安定しているのだろう。この飛騨ほうれん草で相場が分かる。元々それほど高くはないのだが。
 先日スーパーで飛騨ほうれん草が二種類あることが分かった。同じところに置かれている。出荷時期が違うタイプなのか。短い。
 しかし、この短いタイプの方が葉が多い。長いタイプは量が多そうに見えるが、茎が多い。そして細い。広がりがないのだ。まあ、それがスタンダードなので、一目でほうれん草だと分かる。短いのは育ちが悪かったのかと思うのだが、そうではなかった。密度があり、こちらの方がよい。
 鍋物のほうれん草の食べ方がある。たっぷりの出汁が煮えているところにほうれん草をスーと入れる。一分もあれば、湯がいた状態と同じになるのだが、鍋なので、火を付けたままでいい。そこに卵を落とし、さっとかき混ぜる。それだけの鍋だ。これは鍋料理の前座のようなもので、本格的に具を入れる前にやる。前座ではなく、前菜だろうか。
 ただ、野菜はあとで食べる方が良いようだ。先にタンパク質。消化の悪いものを先に食べる。草はあとでいい。しかし草しかなければ、順番はどうでもいい。
 鍋の出汁は、塩を入れればいい。塩だけ。これで水くさくないというだけでも、立派な出汁だ。塩鍋もあるほどなので、一番あっさりとしている。塩ラーメンのようなもの。塩だけなら安い。それでは出汁屋が儲からない。
 
 昨日はエイリアン4を見る。前日の3はスカだったのだが、それを見た上で4を見ると、続編なので効果があるはずなのだが、主人公が復活した程度で、話は別の宇宙船に飛ぶ。
 今度の悪役はいつもの植民地請負会社ではなく、連合軍。主人公を生き返らせたのはそこの医者達。これで薬品会社と戦ったバイオのアリス並みの強さになる。
 主人公の体内にマザーエイリアンがいる。それを取り出し、飼育する。エイリアンの成長には宿主がいる。人間だ。生身の人間。それを連合軍は宇宙海賊に依頼し、密売のようなことをしていた。この海賊達が今回のメンバー。これと主人公が組む感じだ。一作目は同僚。二作目は海援隊。三作目は刑務所の犯罪人。徐々に荒くれ男のレベルが上がっている。
 それら犠牲者7人ほどが宿主となり、エイリアンが入り込み、やがて腹から出てくる。当然宿主は死ぬ。
 巨大な連合軍の宇宙船はビルのようなもの。その中にマザーと子供が七匹ほどいるのだろうか。いずれも実験用。そのマザーは主人公の体内から出てきた幼虫だが、既に大きくなり、子供もすっかり大きくなっている。
 エイリアンは、脱出を試みるのか、または偶然か、兄弟同士でけんかになり、血を見る。この血が緑色で、それは強い酸で、宇宙船に穴が開くほど。下の階まで穴が開き、これはもう駄目だろう。そういう方法で宇宙船を破壊しているようなものだ。しかし、それではエイリアン達も宇宙船とともに消えてしまうのだが。
 結局穴が開き、エイリアンが実験室から抜け出したため、宇宙船を捨てないといけない。だから次々小舟で脱出するのだが、秘密保持のためか、小さい船は母船を離れた瞬間、爆破される。
 主人公達は海賊船が格納されているところまで行くのだが、エイリアンはそれほど襲ってこない。ボセイドンアドベンチャーの一作目のように逆さになった船内からの脱出劇のようなものだ。
 マザーエイリアンは主人公の血を継いでいる。そのため、卵を産まなくても、胎むことができるようになった。その一匹目が生まれそうになる。これはまだ実験室が無事なときだ。
 生まれた子供はいつものエイリアンとは違う。顔があり、眼孔が人間に近い。主人公に近付くエイリアンの子供。どうやら、親だと思っているようだ。甘えてくる。
 というようなことを踏まえた上で、海賊船まで何とかたどり着き、連合軍の悪者も倒し、海賊船に飛び乗るのだが、操縦できるメンバーがいない。主人公は航海士だった記憶が残っているのか、それで飛び立つが、宇宙船内をまず飛ぶ。ここは厳しい。宇宙船の波止場内だろう。
 そしておきまりのようにハッチが閉まらない。そこに子供のエイリアンが入り込む。まさか母親を追いかけて付いてきたとは思えないが、人間は餌なので、人間を襲いに来たのだろう。
 そのハッチを閉めに来た女性メンバーが襲われそうになるが、駆けつけた主人公がやめるように命じると、子供はいうことを聞く。
 しかし、このままエイリアンを連れて行くわけにはいかない。
 ここで悲しい別れとなる。
 連合軍の巨大宇宙船は、自爆するエネルギーがなくなっているため、自動的に地球へと帰還するプログラムに乗る。その制御を変え、地球に衝突するように変える。そうでないと、うまく着陸すれば、中にはまだマザーがいるし、子供を産み続けている。
 今回のアンドロイドは主人公そのものが、半分はアンドロイド。しかし、もう一人アンドロイドというより、ロボットがいた。自分の意志を持つロボットで、これは製造中止になったのだが、その生き残り。連合軍が闇で悪いことをしていることを感知し、海賊の中に紛れ込んで、連合軍の宇宙船に潜入していたのだろう。宇宙刑事ロボットだ。宇宙船のメインコンピューターへのアクセスは、彼女そのものが端末でもあるので、できたのだろう。
 そして海賊の生き残りと、主人公と、アンドロイドは地球へ近付く。巨大宇宙船は地球に激突。エイリアンもろとも消える。
 初めて見る地球。この主人公が地球にいたのは200年ほど前だろうか。その記憶はないようで、初めて見る地球に驚く。あまりにも美しく、明るいのだ。そして色がある。雲間から緑の大地が見える。
 あなたが地球を守ったと、アンドロイドがいい、そこで、めでたしめでたし。
 三作目が厳しかっただけに、四作目は何とか二作目に並ぶほどだが、話が複雑になりすぎた。単純な脱出劇ではなくなった。
 そして二作目はバイオのアリスのような能力などないただの航海士がたった一人でマザーエイリアンに挑む壮烈なクライマックスだったが、三作目、四作目は、もうエイリアンは彼女を襲わなくなった。仲間であり、家族のためだ。
 さて、次は単独もののエイリアン対何々となるようだ。そして四作目の続編の五作目は時代が変わるようなので、四作目まで主演を演じた馴染みの俳優は出てこないはず。それにもう年だろう。
 
 
■■ 2017年12月16日 土曜 午前8時40分
 
 今朝は晴れているのか、曇っているのか、分かりにくい空模様。雨
になりそうな気配が少しある。
 気温は夜から朝にかけて5度ほどあるので、まずまずだ。5度を切るとぐっと冷えるが、今朝はそれがない。このあたりが平年並みに近いのではないかと思える。まだクリスマス前。それほど寒くないはず。
 いつの間にか12月も半分経過。やはり12月はあっという間で、ないに等しい。そして今日は土曜日になっている。これも早い。12月があっという間なのだから、一週間など瞬間かもしれない。
 今年もあと二週間ほどしかないと思うと、確かに押し迫っている。しかし、押す感じは、今年までにやってしまわないといけない用事が多くある場合だろうか。行事でもいい。週末まで、月末まで、年末までなどが12月は重なる。年末までが増えるためだ。
 年末になると、パソコンの買い換えを考えるのが恒例になっているのだが、これはオリンピック周期で、毎年ではない。モバイルではなく、部屋で使うデスクトップタイプだが、今やそんな大きな物を買う人は少ないだろうし、売り場も寂しい。据え置き型の特徴はモニターを自由に選べることとカード類多く突き刺せること。ビデオカードなども。だが、最近では21インチタイプの一体型が多くなった。これも据え置き型だろう。モニターは滅多に壊れない。10年ほど使っているモニターがあるが、昔のタイプなので、解像力は低い。今のノートパソコンの方が大きいほどだ。だから、大きなモニターといっても拡大して見ている程度。中まで詰まっていない。
 またフルHD対応していないモニターだったりする。
 しかし、21インチもいるだろうかというのがある。今は21インチで見ているが、動画、特に映画などを見るときは窓を小さくしている。15インチほどの幅で十分というか、モニターとの距離が近いと、目が疲れるし、全体が分かりにくくなる。
 以前は21インチモニターを遠くに置いて見ていたのだが、年々近づけるようになってしまった。目が悪くなったためだろう。小さな文字が読めないので。
 そうすると、目の前一杯にモニターが来るので、これは厳しい。近いのはノートパソコンでは普通なので、問題はないが、大きいのがいけない。
 だから17インチか15インチでもいい。以前は17インチのノートパソコンを使っていた頃があり、かなり大きいと思った。そのあとデスクトップに戻したのはゲームをするためだ。やはりノートパソコンではゲームが動かない。やはりビデオカードがある方がいい。しかし、結構このカード、壊れたりする。熱だれだ。
 その後、面倒なので15インチノートを使っていた頃がある。最近だ。そんな昔の話ではない。スペックはそこそこある東芝製で20万円を超えているのだが、4万円。何かの間違いのような値段だ。実際に間違っていたのだろう。動画はそこそこ動くが、ウインドウズの起動がなどが遅く、寝起き直ぐにパソコンでネットを見ることなどできなかった。かなり待たされた。3Dのゲームは歩くだけで時間がかかる。
 最近のノートはハードディスクを使わないので、ものすごく早い。ただ容量は小さい。250あたりが限界で、32ギガしかないのもある。125あたりあればかなりいいマシーンだ。しかし、120ギガあたりでは整理しないと、入らない。せめて500ギガ欲しいところ。ハードディスクタイプだと最近は1テラが当たり前。1000ギガだ。しかし、そこまではいらない。
 21インチ一体型になると、流石にハードデスクとなる。そういう使い方をするためだろう。動画などを多く保存するためだろうか。写真なども。文章程度なら、5ギガもいらない。
 17インチや15インチノートになると、ハードデスクタイプと、早いほうのタイプが両方あったりする。安いのは当然ハードデスクタイプで、容量は500ギガや1テラ。
 当然フルHD画質まで対応の液晶モニターが付くはず。15インチノートは一番売れているタイプなので、種類が多いのでぴんからきりまである。安いのなら4万円しなかったりする。型落ちだが。普通のメーカーものは10万円を超えるが、CPUなどはiの3とか5とか7とかになり、流石にそれを積むと高い。
 今年の夏頃、3万円台のノートパソコンを買いに行ったとき、8万台で21インチの一体型を見た。メモリは8ギガも積んでいる。買うのならこれだと思っていたが、いつのまにか消えていた。NEC版はそれ以下のCPUで、メモリも4ギガなのだが、値段は20万を超えている。
 その安いのはレノボだったが、これは探せばネットショップで見つかるだろう。一体型だが、キーボードは離せるので、問題はない。21インチモニターだけでも結構重いので、そこに本体が入った一体型でも重さは関係なくなる。どうせ重くて机の上だけの移動でも厳しい。机の上から別のところに、移動させる場合は、17インチあたりのノートの方がいい。
 だから次に乗り換えるとすれば15インチか17インチのノートパソコンで良いのではないかと思っている。そんなに大きな画面はいらない。
 
 昨日はエイリアン3を見たが、これは、という内容だった。何処かで噂を聞いた覚えがあり、あまりよくないという内容だったのか、これは見ていなかった。見たあと思ったのだが、そのシナリオの最終版が決まるまで数年かかったらしいので、それにふさわしい処理に難しい話になっていた。ストレートにスーと話が展開しない、そして盛り上がらない。
 1作目2作目は脱出劇で、主人公は大活躍、そして助かる。今度は助からない。これは見る前から分かるのは、4作目の見出しだ。あのアンドロイドとして復活となっているので、これは3作目で果てるのだな、分かってしまう。しかし、バイオハザードのアリスのように、年を取ってしまっても、その女優でないといけない。見る側の繋がりはその女優しかなかったりするからだ。いつもの女優が活躍するということで、藤純子以外では緋牡丹博徒は成立しないように。
 2作目のラストから始まるのだが、帰還中中。宇宙船がおかしくなり、救命艇が自動的に作動し、脱出。宇宙船の底の方からの火災となっている。しかし、エイリアンが入り込んでいたのだ。せっかく倒したのに。大きなエイリアンは退治したはず。どこから入り込んだのか、幼虫がいたのだろうか。この繋がりが分からない。
 そして囚人の星に不時着。前作のアリスのような少女や伍長は死亡。大活躍したアンドロイドの学者も修理不能。
 これでは見る気がしない。しかも男しかいない囚人の星でのエイリアンとの死闘だが、一匹だけ。
 そして意外と主人公には襲いかからない。これは頭の中に虫が入り込んでいるため。この虫、マザーエイリアンの幼虫。だからエイリアンは襲ってこないのだ。
 一匹のゴキブリを罠にはめるため、追い込んで溶解炉で鉛漬けにしてしまうため走り回っているのだが、走っている後ろ姿では何をどうしているのか、場所さえ分からない。そのため痛快感がない。最後は溶解炉のようなところに落とすのだが、主人公の活躍がほとんどない。エイリアンが彼女を襲わないからだ。
 そしてエイリアンを宿した主人公はそれを知り、救出部隊を振り切って、溶解炉に身投げ。エイリアンを持ち帰ると、地球は全滅するらしい。特に卵を産むマザーを宿しているので、帰るわけにはいかない。
 しかし、ラストで、生存者一名となっていたように記憶しているが、途中で見る気がしなくなったので、細かく見ていない。
 これでは消化不良。それでエイリアン4を直ぐに見る。すると、手術中。もう時間が遅いので、その冒頭だけ見て、そこで止める。
 薬品会社と戦う、アリスのゾンビ物と重なる映画だ。やはり2作目のめでたしめでたしで、眠りにつくところで終わった方がよかったのだろうが、これがよすぎたのだろう。ヒットしすぎたのかもしれない。
 こういうシリーズ物、猿の惑星や、先ほどのバイオハザード。そしてエクソシスト。当然スターウォーもそうなのだが、比較的安定して見てられるのはバイオハザードだろう。アリスは無事だと分かっているので。しかしこれはゾンビものなので、そちらはそちらの王道があり、ジャンルがやや違う。
 今日はエイリアン4に期待する。そのあと、エイリアン対何々というのがあり、そのあとエイリアン5から6か、最新版があるのだろう。 
 
■■ 2017年12月15日 金曜 午前8時27分
 
 今朝は曇っている。気温は見ていないが、ものすごくは寒くない。冬としては普通だが、まだ真冬ではないので、その手前の無印の冬の気温になっているはずなのだが、少し寒いような気もする。今年は暖冬かどうかのニュースを聞いていない。毎年予報があるのだが、聞き忘れたのだろう。このニュースを聞き漏らすと、もう二度と聞けないかもしれない。何度も言わないだろう。そして冬に入ってからはもう言わなかったりする。暖冬という言葉を聞けるとすれば、暖かい冬の日が続いて、春のような暖かい日があったときだろうか。暖冬の影響で、とかになる。しかし暖冬は結果で、原因ではない。なぜ暖冬になっているのかの原因がある。傾向のようなもの。それを言い出すと、冬は寒いも同じ。冬だから寒い。では冬とは何かと言うこと。地球が傾きながら自転しながら太陽の周りを回っているためだろうか。こういうのは小学校で習う。ほとんどのことは小学校で習っている。基本的なことは。
 あとはNHKの大河ドラマの戦国時代物のように、同じ話を何度も何度も繰り返すことになる。
 しかし、太陽の周りを回っている地球を見た人はいない。地球が回転している姿も。まあ24時間は長いので、上から見ても、遅いだろう。
 冬は秋や夏があるので、冬。寒くなると冬。それだけで十分。
 今回の寒波で、真冬並みの気温にも慣れてきた。これは身体がこなれてきたのではなく、装備に慣れてきた。毎年冬の寒さを体験しているのだが、一年たつと忘れる。頭の中では覚えているが。三日ほど寒い日が続くと、じたばたしなくなる程度。冬だから寒いは、日常化していくことだろう。特別な日ではなく、普通の日としてならされていく。
 
 昨日はエイリアン2を見る。その前日1を見たので、まだ記憶が残っている間に続編。これは本当の続編で、続きだ。宇宙の果ての星から脱出し、地球へと向かうため、眠りに入るところで、終わるのだが、今度は目覚めたところから始まる。よく寝たようで、この小さな宇宙船、接近する何かがなければ、目覚まし時計がならないのだろうか。銀河系まで戻り、地球に接近するが通り過ぎてしまったようだ。それをサルベージ船に偶然発見される。サルベージ船とはおそらく宇宙空間で漂っているものを取りに行く船だろうか。まだか人命救助になるとは思わなかったと言っている。
 しかし寝過ぎたのか50年ほどたっていた。そのエピソード、たとえば親や兄弟や会社の人達はもういないと言うようなのが以前見たとき入っていたと思ったが、勘違いだろうか。
 ただ一人との乗組員。これは航海士だろうか。母船を爆破させて、エイリアンを宇宙に捨てて、逃げてきたのだが、母船が高い。ものすごく高価。その会社のものなので、それが問題になったりする。会社は未知の生命体を持ち帰ることを期待していた。しかし、持ち帰ったのは猫だけ。だから左遷。
 貨物係になるが、これも伏線。貨物を運ぶガンダムのようなものを操縦できるのだ。2級らしい。良い伏線だ。
 それで、毎晩夢にうなされながら貨物係をやっていたのだが、ある日、あの星との通信が途絶える。50年ほどたっているので、会社はその星を植民地化のようにして、請け負っている。だから人が百人ほど移住している。
 あの星には異星人の宇宙船があった。そしてエイリアンの卵があったことを思い出す。その一匹が宇宙船に入り込み、24時間であっという間に仲間は全滅している。それが前回の話。
 今回は国が動く。海兵隊だ。その精鋭がエイリアン退治ではなく、不測の事態を想定して、海兵隊に調べさせるためだろう。当然学者もいる。その人物はアンドロイド。今ではグーグルのOSとしての方が有名。
 前回は、そのアンドロイドにひどい目に遭ったので、主人公はアンドロイドの男を嫌う。しかし、これもラストでひっくり返る。最大の見せ場、最後の最後のそのまた最後に、印象的な見せ場がある。
 海兵隊は、今で言えば大きなへりのようなもので、母船から星に降下。ちょうど居住区に。
 住民はいない。しかし争ったあとがある。
 あとはものすごい数のエイリアンとの死闘。仲間を緒戦で大半近く失い。隊長の若い中尉はパニックで、指揮が執れない。主人公の航海士はエイリアンを見た唯一の人なので、相談役として乗り込んでいるだけなのだが、ここで指揮を執る。
 海兵隊が考えていたような相手ではなく、これはもう逃げるしかないと言うことになるが、命令系統がある。隊長は脳しんとうを起こし、倒れ込んだまま。次の軍曹は最初の戦いで、エイリアンにやられた。残る位の上位者は若い伍長。主人公の意見を入れ、母船へ戻り、そこからミサイルで、その一帯を攻撃後、逃げようというもの。
 これに不満なのは会社から来ている男。何としても生きたエイリアンを持ち帰りたい。実験室に二匹幼虫が保存されている。この男が常に邪魔をする。会社としては、この施設に莫大な投資をしており、ミサイル攻撃は許可しないと。会社を代表してきているのだから、当然だろう。この人も仕事なのだから。
 降り立った小型船は施設の外れで待機しているのだが、それを呼ぶが、飛び立とうとしたとき、エイリアンが。それで、操縦不能となり、施設にぶつかりながら、最後は大破。これも伏線で、施設の大事なところを制御する何かを潰したようで、蒸気のようなものが漏れている。施設自爆用の、スイッチが入ったのだろう。
 救助隊が来るまで二週間ほどだろうか。その間エイリアンが施設内にまた入り込むため、持ちこたえられない上、施設破壊のリミッターまで付いた。
 そういう戦闘シーンばかりでは味気ないので、不思議な国のアリスのような少女を登場させている。住民全て消えたのに、この少女だけが生き残った。エイリアンの攻撃からうまく逃げていたのだ。秘密の隠れ家のようなところにいたようだ。だから施設内の隅々まで知っている。
 この少女が持ちこたえたのだから、救助が来るまで待つしかないが、30キロ以内の吹き飛ばす爆発がもう数時間後に迫っているので籠城戦もできない。
 帰る小舟を失ったのだが、母船がまだ上空にいる。そして小舟はもう一艇あり、遠隔操作で、呼べるのだが、アンテナのような通信機関が壊れている。だから通信できない。
 そこで登場するのが主人公から嫌われているアンドロイド。故障箇所まで端末を持ち込み、回路をそこで繋いで、何とかしようというもの。そして遠隔操作ができる技術を持っているのは、この男だけ。
 会社から来た男が汚い手を使うが、どちらにしてもエイリアンは司令室まで来てしまい、そこも危なくなり、いる場所がない。小型船が来たとき、さっと乗れるように、施設の一番高いところへ向かう。
 その間、男勝りの女戦士が追っ手を引き受けるしんがりをつとめるが、弾が尽き、あわやというところで、頼りない中尉が駆けつけるが、何ともならない。しかし、この中尉、最後は爆弾のスイッチを入れ、自爆に近い感じで、狭い通路で果てるが、その爆風がトンネルのため、追ってくるエイリアンを防いだことになる。
 そして残るは伍長と主人公と少女だけ。その少女も通路の穴にはまり、下の階へ落下。ここは道ではないし人が通る廊下ではないためだろう。
 幸い下は水が溜まっていたのが無事。しかし上から引っ張り上げようとしたとき、先にエイリアンに引っ張られてしまう。
 諦めるしかない。施設爆破はもうあと少し。分読みを始めている。
 上に行けば高いところに出られる。そこに小型船が来てくれれば、引き上げてくれる。あとわずか。
 不思議とエレベーターは動いており屋上へ。通信が直り、母船から呼び出した小型船に、既にアンドロイドは乗っており、このまま帰還できるのだが、主人公は少女と交わした約束。命をかけて守るというのを果たすため、乗らない。伍長は傷が深く、動けない。施設破壊リミットまで待ってくれと、アンドロイドにいい。小型船から武器を取り出す。それらの重機に近い大型多機能銃の操作は、この伍長から習っていた。そういう伏線もしっかりとある。そして伍長から腕時計のようなものもらっている。位置情報が分かる端末。それを少女に主人公はお守りとして渡していた。だから少女がいる場所が分かるのだ。エイリアンはすぐには殺さない。だからまだ生きているはずと。
 結局、この女性、一人で殴り込みに行くようなもの。貨物係でもなければ、航海士でもない。戦士だ。
 結局最後に見たのは、巨大なエイリアン。女王だろうか。卵を産んでいるところを見る。そのエイリアンの卵を全部焼き払い、駆除退治に成功。
 しかし、エイリアンも怒ったのか、しつこく追いかけてくる。それを振り払いながら、少女を小脇に、武器を手にと、結構重いはず。しつこいのはこの最後の一匹。弾も付きた。
 ぎりぎり上へ向かうエレベーターに乗り、屋上へ。しかし、小型船の姿がない。やはりアンドロイドに裏切られたとのかと心配していると、上空を旋回していたようだ。それもそのはず、施設の爆破が始まり、建物に火が回り、屋上に着陸できなかったのだ。
 大きい目のブランコのようなもの降りてきて、それに乗り、飛び立つ。
 そして母船の格納庫のこのようなところに到着。
 ものすごい良い働きをしてくれたアンドロイドに感謝。礼を言っているとき、アンドロイドの胸が貫通され、二つに引き裂かれる。エイリアンも入り込んでいたのだ。
 武器はもうない。襲われそうになる少女。主人公はエイリアンを引きつけ、格納庫の中にあるガンダムに乗り込む。ものを掴んだり、歩いて移動できる。だから巨大な鉄の塊の手を持っている。これは伏線があったので、2級の腕前であることは承知している。
 それでエイリアン対ガンダムになるのが、とどめは刺せない。そのうち二足なので不安定なのか、もつれ合い、組み討ちになったとき、装置のパネルを押す。これはゴミを宇宙に落とす穴に蓋が開くスイッチだ。そこへ鉄の塊のガンダムが上になるように落ち、エイリアンがダメージを受けるはずだが、とどめには至らず。しかし、ものすごい風で外へと吸い込まれそうになる。
 しかしその風が強く、主人公の吸い込まれていくが、必死に階段を上る。エイリアンは主人公の足にしがみつくが、弱っているようで、引き離される。前回はエンジンの噴射で、駆除したが、今回はゴミ箱へ落とした感じだ。
 だが、その風の吸い込みで、少女まで床を擦り落ちてくる。そのままではゴミ箱に入ってしまう。しかし、少女は滑らなくなる。上半身だけになったアンドロイドが少女の手を握ったからだ。背骨の出てしまったアンドロイドなので、気持ちが悪いが、少女は彼にしがみつき、滑り落ちずに済んだ。
 ゴミ箱から這い上がってきた主人を見て、アンドロイドは「人間としては上出来だ」と言葉を残す。修理すれば治るだろう。
 そして前作と同じように、地球へ向かうため、冷凍カプセルに入る。今回の生還者は猫だけではなく、重体の伍長と少女。眠りに入ろうとするところで、文字が下から流れ出し、映画の終わりを告げ始める。
 とにかく伏線のお手本のような映画で、当然スケール迫力とも盛りが大きい。二作目は危ないのだが、続編なので、焼き直しではないためだろうか。
 ちなみに主人公はまたあの怖い星へ行くことを強く断っている。毎晩うなされるほど怖い目に遭ったためだ。だがエイリアンを退治すれば、怖い夢を見ずに済むのではないかと、思ったようだ。
 結局、卵を焼き、マザーエイリアンも駆除した。これでうなされないで安眠できるかもしれない。
 また住民全てがやられたのに、少女だけが生き残ったのは、大人のエイリアンでは通れない狭い通路の奥に潜んでいたためだろう。最後は屋上まで逃げるのだが、その案内は少女がした。安全な場所を探すため、施設内をウロウロしていたのだろう。前回の猫は役立たずだったが、今回の少女は活躍した。滑り落ちるシーンで、上半身だけのアンドロイドが手をさしのべるシーンが印象的で、忘れられない。
 
 
■■ 2017年12月14日 木曜
 
 寒波はまだ去っていないのか、今朝も寒いが、既に去っていても、こんなものかもしれない。昨日よりはまし。それよりも秋はもう去ったようで、すっかり忘れていた。晩秋とか、そういう気分があったのかどうかも忘れた。寒いので、それどころではないこともあるが、やはり終わった季節については、もう必要がないのかもしれない。全く用なしというわけではないが、別枠となるのだろう。
 やはり今、リアルタイムで起こっていることや起こりつつある先のことにポイントが行くようだ。それが自然なのだろう。目先のことにとらわれるなと言うのはあるが、目に虫やゴミが入り、痛ければ真っ先に目をこすったりするだろう。これをしないと、何もできなかったりする。目のゴミではなく、目先のことで放置していても良いことは、しなかったりするが、緊急度が違うのだろう。何か緊急事かは人により違うかもしれないが。
 昨日はその緊急というか、妙な事態が起こり、少し障害を取り除くどころの騒ぎではなく、危険な状態になる映画を見た。「エイリアン」だ。これは有料だが100円で一週間レンタル。新作の前に予習と復習というセールだった。
 そのエイリアン、ノーカット版だが、何処にそのシーンがあったのかは思い出せない。一作目だが二回か三回は見ているはず。
 宇宙貨物船で移動しているだけでも、大変なことだが、鉱石でも運んでいるのだろうか。運営は会社がやっている。
 未知との遭遇や、スターウォーズをやっていた時代の映画。宇宙船がリアルになり、ものすごく大きな塊で、しかも凹凸が多く、メカメカしている。お皿型の円盤とは違う。これは蒸気機関車時代のメカメカさだ。
 地球へ戻るとき、眠っているのだろう。どのタイミングでかは忘れたが航路が変わったらしい。これはマザーコンピューターが修正したらしい。宇宙の果てに来ているような感じで、危険を察知して、航路を変えたのかどうかは疑わしい。このコンピュータ、最後の最後にまた出てくるのだが、言うことを聞かなかったりする。
 目覚めた乗組員は7人か8人。それと猫。SOSのような信号を受信する。船と同じで、SOSを受けると、助けに行くと言うことだが、それをコンピューターで調べると、SOSではなく警告らしい。
 小さな星があり、どうやらそこから発している。貨物船には小舟があり、シャトルと言われている。これも結構大きい。そのシャトルだけで地球へ帰還できるほど。
 それに乗り、その星へ着陸するのだが、アンモナイトのような物体が山のようにある。輪が切れて、アーチ状になったような。それは宇宙船の残骸だろう。そこに入り込むと、操縦席に乗ったままか石化した異星人がいる。これだけでも、ものすごい発見だろう。ただ、ただ異星人なのかどうかは分からない。
 この時代、他の天体で生命体は発見されていなかったようだ。
 中に入ると、卵のようものがあり、皮のようなものがあり、チューリップのようにそれが開いて、乗組員の顔にアイアンクローする。フルフェイスのヘルメットの上からだが、シールドを割って入り込んでいる。
 シャトルにいる主人公の女性は、その探検隊を入れようとしない。危険なものを乗せるわけにはいかないし、これは規則。隔離するなり、しないといけないのだが、もう一人の科学担当者がドアを開けてしまう。
 あとはご存じの通り、タコかイカのような小さなエイリアンとの死闘。それが脱皮し、人間ほどの大きさになる。
 冒頭からボーナスの話ばかりし、それだけを心配したり、文句を言ったりしていた修理工が、最後の最後まで生き残り、エイリアンと戦う。真っ先にやられるのかと思ったが、最後まで勇敢だったのが印象的。
 あとはご存じのように貨物船を自爆させ、シャトルで脱出。宇宙の果てにいるので、とりあえず銀河系を目指して、最後のメッセージを発信して、眠りの旅に出る。漂流しているボートのようなものだ。そしてこの船を見つけてからがエイリアン2となるのだだろう。
 初めて遭遇した地球外生命体。それは高度な文明を持つ生き物ではなく、ものすごく原始的だが、一番完成された姿らしい。まあ、狭い空間に獣がいるだけでも怖い話だ。人間はこの時代、今と同じだが、宇宙を飛び回れるほどのテクノロジーを持っている。しかし、生命体としての人間は弱い。歯をむき出し、よだれを垂らしながら全速で近付いてくる犬などは怖いだろう。
 話としては、単純で、最後は単なる脱出劇。モンスターを倒すどころか、逃げるだけで一杯一杯。そして大宇宙での話だが、実際には密室劇、閉鎖されたところに生々しいものが入り込む怖さだろうか。
 これで予習復習の1が終わった。次は2だ。
 

■■ 2017年12月13日 水曜 午前8時22分
 
 寒波のためか、今朝は寒く、五時頃氷点下になっていたようだ。しかし朝は風も弱く、よく晴れている。この寒波はまだいるようで、太平洋側でも雪が降るらしい。北からではなく、北西からの寒さで、九州北部から日本海側沿岸が厳しいようだ。だから北だけではないが、北へ移っていくらしい。
 最高気温が昼間10度を切ると真冬。まあ最高は昼間に出るのだが、先日の雨の日は朝の最低気温が10度だったので、これはこの時期にしては暖かかった。この時期というのは寒波にかかってくる。寒波が去れば、それほど寒くはない。両方の日を足して割ると平均が出るが、それが平年並みとなると、そんな日は存在しにくい。どちらかに傾いている。しかし、寒波は一過性で、雨の日のように、そんなに続かない。
 まだ12月半ば。もうそこまで来ているのだが、本当に寒いのは1月半ばあたりから。まあ、冬は寒いので仕方がない。
 昨日は冬物バーゲンで、最初に見た地味なダウンジャケットを買う。もう残り少なくなっていた。その前に買った高い方はよそ行き仕様で、普段着るのは勿体ない。汚すので。
 高い目と安い目と言っても1万円を超えている。当然バーゲンで半額になっているので、買ってもいい額になるのだが、結局定価の高いのを一着買うお金で、二着買ったので、定価で買ったようなものだ。ここにトリックがある。二着もいらないのだ。
 去年か一昨年に買った5000円クラスのダウンジャケットとその倍以上するタイプの違いはあまりなかったりする。構造としては同じようなものだが、しかし、フードが付く。これで結構割高になる。そして取り外せることも。
 二つのダウンジャケットを比べると、同じように防水性がある。ただ、高い方は生地がナイロン。これはそのままレインコートになるはず。フードをかぶると覆面のようになり、防空頭巾だ。雨や雪の降る日、傘なしでもいけそうだ。強い風だと、傘が差せないので。大阪では真冬でも雪ではなく、雨が多い。
 見た感じそれほど分厚くはないのだが、今朝はそれを着て朝の道を自転車で走るが、防寒性では、その前に買ったオーバー風ダウンジャケットの方が上のようだ。こちらは防水性云々の表示はないが、暖かさでは上。しかし、ラフに着れるのは、ナイロン生地の方。メーカーが同じなので、デザインも似ている。
 昨日はマイクロSDカードが何処かへ行ったので、買う。二つほどあったのだが、ゆくへ不明。何かの端末に突き刺したままのはずなのだが、すぐには出てこない。いつもはマイクロSDカードしか使えないニコン1という小さなミラーレスに突き刺しっぱなしなのだが、何かで使ったのだろう。
 上新へ行くと、8メガで800円ほど。一番安いのがそれで、東芝製。しかしあまり良い印象がない。よくつぶれている。カードがどうのとよく警告が出る。
 他のメーカーのはないものかと探していると、訳あり品があった。誤って開封したのか、テープで留めてある。または客が触っていて剥がれたのだろうか。ぴたっとビニールの固いものではめ込んであるので、開ける方が難しい。強引に引きちぎろうとすると手を切る。あのビニール凶器だ。
 値段の差は何か分からないが、下駄付き。訳ありの値引きで千円ほど。
 今朝はそれを突き刺して、ニコン1をポケットに、同じニコンの3400を鞄に入れて出掛けた。3400側は望遠なので、広角がない。ニコン1に付けているレンズは50ミリで明るい。これもキットレンズとして入っていた。一昨年に買ってのだろうか。早いものだ。ダブルズームではなく、ダブルレンズ。もう一本は標準ズームで、レンズバリアー内蔵なので、ラフにポケットに突っ込め、50ミリよりも小さい。望遠付きが欲しかったのだが、ポケットに入らなくなる。
 このカメラはカメラのキタムラで安くなっているので買っている。今も後継機は出ていない。その上位機は製造中止。そちらは電子ファインダーを突き刺せるタイプ。別売りで、これは高い。以前はファインダー付きもあった。
 このニコン1を買いに行くとき、小さくなっていたニコンの3000シリーズも欲しかったのだが、携帯性を考え、避けたのだが、二年後、それをさらに軽くした3400を買い、小さな1インチのミラーレスをサブでポケットに入れているのだから、妙な話だ。
 このニコン1、1インチなので、コンパクト系よりはよくぼけるが、それ以前に50ミリなのでよくボケ、さらにレンズも明るいので、ものすごくぼける。近距離以外ではそれほどではないが。ニコンコンパクト系の全ての機能を搭載している。普通のニコンコンパクト系よりもオートかが進んでいる。まあ、喫茶店や人が多いところで出しやすく、写しやすい。ピントに関してはものすごく早く、あっという間にシャッターが切れるので、本当に切れたのかどうか分からないほど早いので、二枚写してしまうこともあるほど。スピード的には最速でシャッターが切れる。写りは大したことはない。標準ズームと50ミリ単焦点レンズとの差は見つけにくい。暗いところではレンズが明るいので感度が上がりにくい程度の話だったりする。普通の風景では違いは見えない。
 このカメラ、50ミリフナ釣りカメラとして、隠居カメラを考えていたときに買ったように記憶している。50ミリの自然な画角で、見たままを写すというやつだ。結局は50ミリだけでは不便で、欲求不満になり、長くは続かなかったが。
 
 
■■ 2017年12月12日 火曜 午前9時29分
 
 今朝は晴れているが寒くなっており、1度とか2度ほどが夜中続いていた。前日よりは二三度低い。その前の日は雨で夜でも10度近くあった。昨日は夕方あたりから寒波の影響か、風が強く、雲が隅に押しやられるように一カ所に集まっていた。
 今朝は寒いので、先日買ったオーバーを着て、朝の喫茶店へ。これは着たときから暖かい。やはり布生地に近いためだろう。実際にはナイロンとポリが半々。これで普通の黒の裏地だけならオーバーだが、表生地と裏生地の間に羽毛を入れてある。これが表からでは分からないところが味噌。ここで反則を犯しているのだが、これが本物の羊毛だと、重くて肩がこるだろう。そのタイプを古着屋で買ったことがあるが、日露戦争で満州の寒いところを行く将校の外套だ。ほとんど毛布。
 それをナイロンとポリで羊毛らしく加工し、それではボリュームがないし、薄いので、中に羽毛を入れて生地を分厚くしている。いずれも素材は軽い。ダウンジャケットにありがちな風船の区切り、瘤のようなもの、餅を一杯貼り付けているような、あの空気袋のようにはなっていないので、うまく外套のように見せている。
 フードはファスナーで取り外せるタイプだが、垂らすタイプなので、持ち上げてマフラーのようにはならないが、襟がしっかり深くあり、ふわふわしていて、首にぴたりと当たるので、フードは余計なのでいらないのだが、フードの両端を首元で留めるひらひらがあり、それが肩に掛かっているので、肩当てにはなる。ここにボタンがあり、留めると覆面のようになる。だから、マフラーになるとことで納得したが、かなり大げさ。服部半蔵のようになる。
 袖の絞りはないのはジャンパーとは違うためだ。袖は広くゆったりとしており、二段式のホックがある。Mサイズだが、ゆったりとしており、袖も長い目。そのため、自転車に乗ったとき、そこに手を隠して手袋代わりになる。
 前はファスナーで、ホックで留めることもできる。見た感じ何もなくのっぺらぼうなのは、ボタンを使っていないためだろう。
 ポケットは二つしかないが、大きい。そしてファスナーで留めていないので、レールに触れて痛いとか冷たいとかがない。あれは歯だ。そしてかぶせがあるが、これもマジックテープなどはなく、普通のオーバーのポケットと同じ形。ただ、ホックで一応留めることはできる。ポケットと言うより、手を突っ込む場所なので、やや縦開き。その方が自然に手を差し込める。
 それで、今朝は真冬並みに寒いのだが、何ともない。日差しがあり、その影響もあるが、流石に定価15000円のオーバー、半額だったとはいえ、ものが違っていた。満足度は高い。
 しかし、これを買うとき、最初に見つけた長い目のダウンジャケットも気になる。メーカーは同じ。防水性と運動性では、こちらの方が強いはずで、ラフに着れる。
 それはいいのだが、今朝は遅く起きてきた。寒いので、目が覚めなかったようだ。二度寝ではなく、目が覚めると、もう遅刻だった。冬場は寒いので、睡眠時間が長くなるのかもしれない。自然な目覚めで自然に起きるに任せていると押してしまうようだ。
 
 カメラ方面はニコンD3400ダブルズームキットが新鮮なので、気に入ってしまったが、ダブルズームの落とし穴というか、宿命の流れで、ダブルではなく、シングルでいけないものかと、となる。
 つまり一本で済ませたいと。望遠ばかりを使っていると、標準ズームの出番がない。それで広角系カメラをポケットの中に入れたりしているのだが。
 要するに高倍率標準ズーム。広角から望遠までいけるレンズに目が行く。重さは今のニコンの望遠ズームと同じ40グラムあたりが限界なので、軽いタイプが良い。そうでないと、今の重さなら気楽に持ち出せ、軽快に写せるため。
 これも以前から思っていたことで、シグマやタムロンから出ている。重量制限をかけると、シグマの28から300が軽い。
 しかし、そう言うのを買うと、二本のレンズが死んでしまうのは勿体ない。まあ、キットレンズなので、おまけで付いてきたレンズなので、そんなものだが、意外と、このおまけが美味しかったりする。ここが難しい。
 
 


■■ 2017年12月11日 月曜 午前9時26分
 
 今朝は暖かい。寒波が来ているようだが日本海側なので、大阪はそれほど影響はないにしても、結構気温が朝から高い。夜も高く、電気毛布が暑苦しいほど。雨が去ったあとなので、寒くなるかと思っていたが、そうではなかったが、前回の雨は冷たかった。
 日本海側は寒波で吹雪き。台風並みに強い風が吹く。台風はすぐに去るが、吹雪はなかなか収まらなかったりする。低気圧がずっとそこにいればその間ずっと台風のようなもの。そして雨ではなく、雪。この雪が始末が悪いらしい。雨なら流れるが。
 大阪でも雪は積もるが、滅多に積もらない。そして気温が低いときはいいが、すぐに暖かくなり、溶け出す。これが汚らしい。積もるといっても平地では1センチほど。さくっと靴が沈む程度で、すぐに地面に当たる。アスファルトの上はすぐに溶ける。昔は土が混ざり、茶色く濁ったシャーベット状になり、これが汚らしかった。
 昨日はバーゲンの最終日だと予測し、ずっと狙っていた真冬のジャンパー系を買いに行く。日曜日だ。だから、区切りとしては日曜がラストのはずだが、ラスト日の表示はない。これはあまり売れなかった場合、延長になるためだろう。
 さて恒例のレジにて半額だが、狙っているものは定価のまま。本来なら定価から通常の値引きで安くなっているところをさらに半額となるのだが、通常販売でも定価のままだったようだ。
 それで勘違いしていたのだが、去年買ったものが吊されていると思っていたのは間違いだった。あとで洋服ダンスから出して確認するとフードの形式が違う。取り外しができるぶら下がり型と固定の違い。デザインは似ているが、丈が少し長い。それと分厚さが違っていた。
 狙っていたのはそれではなく、もう一つの高いタイプ。高いのはこの二タイプしかない。というより真冬にいけるタイプはこの二タイプだけということだ。選択肢がない。店内には分厚いのがいろいろあるが、値引率が低い。
 この二タイプ、どちらもダウンジャケットと表示されているが、一方の表地はナイロン系のつるっとしたタイプで防水性表記がある。一方は布っぽい表地。そのためか、そちらの方が分厚く見える。
 ここで迷ったので、交互に試着する。一目瞭然は見ただけ。着てみると体現。こちらの方がはっきりする。布生地風の方が遙かに暖かく着やすい。兄弟ではないかと思っていたが、タイプ違いではなく、値段が違っていた。よくあるつるっとしたダウンジャケットは12000円。それでも結構高い。こんなもの普通には買わないだろう。5000円以下にならないと。布地風のは15000円。そして丈が長く、セミコート風。尻まで隠れる。ここで腰までのジャンパーから離れ、コートやオーバーや、ボックスと呼ばれるジャンルに入る。太ももに少しかかる程度なので、それほど長くはない。
 それで、長年狙っていたオーバーを買うことにした。これはオーバーではなくダウンジャケットなので区間ごとに縫い目が入っている。
 オーバー類は欲しいのだが、それはデザイン。しかし、ボタンが多すぎたり、表地と裏地だけなのに重い。そしてオーバーは結構重い。
 それでこの高価な15000円もするのを買う。実際には半額だが、店内にある5000円クラスの真冬ものよりも分厚く長く、暖かい。2千円少し高くなるが、割り増し代だと思い、7000円台は苦しいが、何とか納得してレジに走った。
 よく考えると、以前ここでトートバッグを買っているのだが、レジにて半額の棚にあった鞄をレジに運ぶと定価のままだった。値引きはないのかと聞くと、ないという。レジにて半額の札が剥がれたのだろう。のりで値札の下に貼ってあるだけ。その鞄が7000円。ものすごく高い鞄代になった。3500円のはずなのだが。だから7000円の鞄は着ている服よりも高い。その鞄、今も使い、今日も使っている。値段だけのことはある。布製だ。トートバッグなのだが外に出ているポケットが多い。
 これで、今年は真冬前に、真冬の大物を釣ったことになる。いつもなら真冬の終わりがけのバーゲンで買っていたのだが、昨日買ったオーバーは去年の冬場見かけなかったもの。別の店から移してきたのだろう。高くて売れなかったのかもしれない。
 バーゲンが買いやすいのは、安いからだが、実際には選択肢が縮められる。店内全てバーゲンもあるが、値引率が低い。
 
 ニコン3400の撮影を続けている。やはり望遠ズームがメインになってしまう。おまけのようなレンズだが、このクラスでは軽い方。
 喫茶店内では流石に望遠でテーブルの上のパソコンなどは写せない。望遠だからではなく、最短撮影距離が1メートルを超えているためだ。しかし、1メートルを超えるものなら写せる。こういうとき液晶が回転する方がいいのだが、一眼レフタイプの回転式は横開きになり、余計に目立つのと、構えるのが難しい。上下式の方がまだましだが、それではファインダー接眼窓が邪魔になりそうだ。だから横開きが多い。こちらは自在に回転できるのだが、ローアングルで液晶が見にくいとき、一寸立てるだけの使い方なので、そんな大げさなものはいらない。
 34000に回転式液晶を付けたのが5000シリーズ。上位機だ。しかし、その初代を持っているが、液晶撮影は買ったときにやっただけ。液晶ではなく、ファインダーで覗いてこそ一眼レフの値打ちがあり、わざわざそれで重いカメラを買っているのだ。
 しかし、喫茶店などでカメラを顔まで上げて覗けないので、液晶モードにし、斜め上から覗く。結構見えるものだ。構図程度は分かるが横はいいが高さが圧縮されているので、しっかりとは見えないが。
 液晶撮影はライブモードと呼ばれている。AF方式が変わるので、AF設定の種類も増える。ここはミラーレスと同じことになり、ミラーを上げて、ミラーを殺しての撮影。だからミラーレスの優位性が出るのか、シーン自動認識などのモードも加わる。普通のコンパクトデジカメと同じ世界だ。
 しかし、ノーファインダーで写すよりもまし程度だろう。メインはファインダー撮影なのだから。
 昨日は撮影に行ったわけではないが、朝の喫茶店の戻り道散歩に望遠を持ち出した。そこで椿などを写したのだが、同じものを1インチのネオ一眼でも写していた。ほとんど変わらない。むしろ1インチネオ一眼の方が切れがいい。3400の描写は、このキットレンズの望遠ズームはおっとりとしており、柔らかい。まあ、シャープさがないという意味だが、かりかりの描写とは逆方向。これは3400のカタログを見れば分かる通り、駅のホームに止まっている電車を背景に子供を写している写真がある。柔らかく優しく写っている。だから家族の記念写真やスナップなどでは、このほんわりとした甘い描写の方がいいのだろう。まあ、そういう目で写した写真を見ていると、コンパクト系で撮したものの方がきりっと写っていたりする。所謂かりかりの描写。50ccの原付バイクで、リミッターを切って90キロ出しているような元気さがある。
 写した写真は原則的に無加工。修正もしないし、シャープネスやコントラストも弄らない。またそれらを自動的にやってくれるのだが、それもしない。だから輪郭がぼやっとしていることもある。
 それらの好みは3400でも初期設定できる。高い目のコントラストとか、シャープネスで輪郭強調とか、色目も派手目とか、色々とできるのだが、一切触らない。触れば触るほど絵に近くなってしまうためだ。書いたような。
 昨日は夜の道などを写すが、望遠でレンズは暗いのだが、結構写っている。まあ、普通のコンパクトデジカメでも暗い街角は写せるのだが、あとで見ると、34000のシャッタースピードが200分の1秒になっていた。合わせたわけではない。オートモードだ。望遠を付けていたためだろう。夜景を200分の一秒で切れるのかと、驚く。実際には感度が上がっているだけのことだが、こんなものは30分の一秒で切れれば早いほうだ。夜景といってもネオンとか光源があると、それが結構明るいので、感度も上がらない。だから平気で望遠で夜景が撮れるので、暗くなってからは望遠は使えないということではなくなった。単に感度がものすごく上がるということだろう。そのため行き交う車などもそれほど流れない。
 レンズが長いので、構えやすく、安定している。やはり鏡胴を手でしっかりと受けながら握れるのがいい。そしてカメラは小ぶりなボディーだが、グリップの切れ込みがよく、しっかりと握れる。
 光学ファインダーで覗く夜景は夜景のまま。肉眼で見たままの明暗比で、暗いところは暗くしか見えないので、違和感がない。
 
 
■■ 2017年12月10日 日曜 午前8時55分
 
 今朝も寒いが特に凄くはない。平年並みかもしれない。雨が去ったのか、晴れている。しかし、今ひとつしっかりとした晴れではない。雲が多い。寒さを予測し、電気毛布を強い目にして寝た。緩い目にすると暖かさを感じないためだ。切れているのではないかと思うほど。実際に寒く感じる。高い目にしていると、これはこれで熱くなりすぎて眠りにくいので調整は大事。しかし電気毛布なしで寝るよりも遙かにいい。そのおかげでまだ夏の掛け布団のまま。分厚い掛け布団に代えて中に毛布を入れれば、電気毛布はいらないのだが。電熱ではなく、自分の体温で布団を温める感じ。これは着ていた服を脱いだとき、服が暖かいのと同じ。自家発電だ。特に何もしなくても熱を発している。
 昨日はまた冬物衣料のバーゲンを見に行く。いつも行く場所なので、それだけを見に行っているわけではない。真冬の分厚そうなジャンパーが二種類出ている。これが一番の大物で、その他のジャンパー系もあるが、どれも薄い。屋台のようなものなので、それ以上吊せない。前日気になっていた長い目のジャンパー。よく見ると、ダウンジャケットとなっている。中に上質な羽毛が入っているらしいが、分からなかった。この羽毛タイプと、空気を風船のように膨らませたタイプがある。こちらは針で突けばパンとなりそうだが、実は空気が出たり入ったりしている。そうでないと折りたたんで小袋に入れられないだろう。このタイプは以前からあり、エアーもの。
 それで、少しだけ長い目のジャンパーよりも丈が少しある程度だが、これがゆったりとしている。少し薄いと感じるほど、肥えていない。見た目はレインコート風。その横に同じメーカーのものだろう。値段は同じで、偽ウール地のダウンジャケットがある。こちらはビニール臭さがないので、上品。そして明らかにそちらの方が分厚い。表面生地が厚い目のためだろう。その偽ウールのため。
 実はこの二つと似たタイプを持っており、対決している。分厚さ比べに飽きると、目先を変えて薄いタイプが頭に浮かぶ。今のところ空気で満杯のダウンジャケットが有利で、これは着やすく軽い。取り回しもいい。運動性もいい。結構伸びたりする。生地が薄く柔らかいためだ。これで防水性が損なわれるのだが。
 その差が出るのは、肩。ショルダーだ。短い目の紐のトートバッグが通らない。着込みすぎのためだ。そして上着の生地が分厚すぎるとトートバッグが通りにくく、そこが窮屈になり、さらにすぐに外れる。ここに差が出る。
 去年買った偽ウール地が表地になっているタイプが暖かいのだが、窮屈。ウルトラスーパーライトダウンジャケットよりも重さで勝って、それで暖かいのだが、生地が伸びないのが欠点。だから手の指まで伸ばして隠せないので、自転車に乗ったとき、きつい。
 そういう思いがあるので、その二つのいいところ取りをしたようなタイプが吊されていたので、気になっていたのだ。ただ、欠点もある。単にぶら下がっているだけのフードとかだ。毛が出ていないだけましだが、これは防水加工と反するためだろう。つまり、このダウンジャケットは雨に強い。しかしデザインは交通整理のお爺さんが着ているものに近い。まあ、そう思ってみると、そう見えてしまうし、また着る人にもよるが。
 ユニクロでこのタイプは15000円ほどする一番高いダウンジャケットとなる。コートのように長い。バーゲンで見たのはそれよりも短いが定価は同じ15000円。ユニクロのはボリュームがあるが、バーゲンのものはレインコートのように薄く見える。これがいい。バーゲンをやっているのはそのショッピングモールの会社。平和堂の衣料品売り場だ。平和堂としては高いのを置いているのだが、これは仕入れてきたものだろう。だからテーマも品質もばらばら。その代わりバラエティーで選択肢が多い。
 さて、そのバーゲン。今日もやっているだろうか。その高い目のジャケット、LとLLばかりが残り、Mは一つだけになっていた。動いているのだ。
 
 ニコン3400に100から450の望遠ズームで写す。
 部屋の中では試写したが、外に持ち出すのは初めて。雨とか、既に暗くなっていたりし、いつものようには写せなかった。
 レンズを交換すると、ものすごく長いレンズになるが、実はその方が持ちやすく操作しやすい。標準ズームに比べ200グラムほど重いだけなので、見た目の大きさの割には軽い。この望遠ズームを付けたときの一眼レフ、この世で一番軽いものを狙っていたのだが、ハーフサイズになるが、オリンパスとパナソニックが軽い。レンズそのものが軽いためだろう。普通の大きさの一眼レフとなると、ソニーが軽い。そして光学ファインダーの一眼レフだとキャノンのX7が一番軽い。
 しかしキャノンのキットレンズは350ミリ。他の軽い望遠は300ミリが多い。ところがニコンのキットレンズは450ミリ。これで400グラム。そのためスカスカの軽さだろう。だから望遠を欲張った場合ではこれが一番軽いということになる。
 実際鞄の中に入れていても、それほど苦にならないし、また鞄から取り出すときも、軽々としている。
 さらにズームリングが柔らかくなめらかなので、力まなくても回る。ボディーやグリップをしっかり持っていないと、レンズが動いてしまうようなこともない。
 このカメラはアイスタートとかはないので、ファインダーを覗けば感知し、ピントを合わせ始めるという機能もない。そのため、前回写したところでピントが止まっているようだ。
 それでもいきなり望遠端にしたまま電源を入れても、何となく分かる。シャッター半押しで、スーと像がはっきりしてくる。ピントが早い。このぼんやりが鮮明になる瞬間が綺麗だ。望遠ズームで手動ズームなので、ズームの立ち上がりは任意。前回写し終えた状態で、次に写すとき、画角は同じ。
 望遠ズームの良さは立ち上がりから望遠のため、広角からの立ち上がりよりもスタートがいい。広角からだと被写体が小さく見えて狙っているピンポイント物がよく見えない。
 望遠はファインダーを見る前に、そのものを先に見て、そこへカメラをカンで向ける。このとき、光学ファインダーの方が違和感なく、探し出せる。露出が反映しないので、現実を同じ明るさ。ただ、ファインダーは色の癖が少しはある。
 昼の喫茶店からの戻り、池というか堀があるので、そこにいる鴨を写す。ピントの浅い一眼レフで、さらにピントの浅い望遠端で写すとなると、鴨を捕らえただけでは駄目で、鴨の尻と目とではピントが違う。コンパクト系の望遠なら深度に入ってしまうが、そうはいかない。だから鴨の目に命中させないといけない。尻でもいいのだが。この鴨、いつも何羽かいるので、練習鴨だ。鴨はよほどのことがないと逃げない。それに鳥の中では大きいので、写しやすいし、いつもいるので重宝する。
 ピントが浅いのでピントが外れていても何とか見られるコンパクト系と違い、ピンぼけが多かった。こちらに向かってくる鴨で、ピントを合わせてロックしてから少し間が開いたのだろう。距離が違っているためのピンぼけ。オートで写したので、AFモードも自動になるので、追尾モードとか動体予測に入ると思ったが、これは自動切り替えなので、認識しなかったのだろう。横移動の鴨はピントがきており、流し撮りでも問題はなかった。ピント位置は同じのため。
 あとは草花なども写す。450ミリで最短撮影距離1メートル10センチ。自転車の上からコスモスの花びらなどを抜けるが、ネオ一眼ならもっとアップで写せるのに、と思っていたが、背景のボケで差が出る。これでアップ率は低くても、花びらがぐっと浮き出る。馬上で槍を振るっているようなものだ。
 あとは赤く小さな木の実、この季節派手に成っているのだが、それを抜く。背景に農家の屋根を取り込んだのだが、ボケすぎて何か分からなくなった。邪魔なものはぼかして消したいが、必要な場合もある。ここは絞ればいい。プログラムモードなら、電子ダイヤルを回せば、小絞り側へスライドしてくれる。露出は同じ。シャッターが少し遅くなる程度。昼間なら問題はないだろう。手ぶれ補正がかかっているのかどうか気付かなかったが、ファイダーが揺れていない。これは見事だ。手ぶれ補正が動いていることさえ分からないのだから。
 450ミリ、大したことはない。いつもポケットに入れているニコンの旅カメラでも850ミリある。
 遠くで信号待ちをしている人がいるので写す。これは全く分からないほど遠い。しかし450ミリでは届かない。小さめになるが、人物だけにピントがきており、手前もその向こうもぼけている。見事だ。
 思っていた通り、軽いので、これなら日常的にこのレンズ付きで持ち出せる。この軽さが欲しかったのだ。
 写りに関しては、余裕がある程度で、コンパクト系と画質差は言うほどない。分からないほど。ただ、ボケ方が全く違う。
 AFが早く、しかも音がしない。そして迷いなくすっとピントが来る。
 それで満足を得た。

■■ 2017年12月09日 土曜 午前8時29分
 
 今朝は寒い上、曇っている。雨は去ったのか、それで気温も落ち2度台になっていた。雨の降る日は暖かいが、雨が去るとがくんと寒くなる。
 昨日はバーゲンで半額になっていた反則ネルシャツを買う。胴体箇所に毛布が入っている。腕にはないが、シャツの生地そのものがそれなりに冬物なので、何とかなる。前のボタンはホックで、ぷっちんと留めるタイプ。この箇所は毛布で分厚いので、小さなカッターシャツのボタンでは糸が切れるのだろうか。首元の一つだけは普通のボタン。流石にここには毛布はきていない。襟になるためだ。襟まで毛布がきているとさらに暖かいのだが、それでは反則がばれてしまう。見た感じ普通のネルシャツ。だからネルシャツのチェック柄もあったが、模様なしにした。
 いつもはネルシャツの上にセーターを着込んでいる。その二枚を、この一枚に代えたのだが、腕が心配なので、長袖の肌着に替えた。まだ真夏の薄い肌着なので。計算の上では、これで腕はカバーできる。セーターほどには暖かくはないが。
 腕にも毛布が欲しいところだが、それをすると、腕が太くなりすぎるし肩肥えして、ジャンパーなどの袖が通しにくくなるし、腕も回しにくくなる。既にトートバッグの短い紐を肩にかけるとき、窮屈で、外れやすくなっている。
 昨日はそれと一緒に部屋着のズボンを買う。これが一番汚れやすく、はいている時間が一番長い。寝間着にもなる。だから換えが必要。これは二着で20パーセント引き、三着で30パーセント引きのコーナーで買えば良かったのかもしれない。ズボン三本は多すぎるので、暖かそうなシャツもあったので、それれを組み合わせて三割引に持ち込む手もあったが、レジにて半額を選んだ。こちらの方が物がいいのだ。
 それと、買えなかったが、長い目のジャンパー。これはもうコートに近い。見た目は交通整理をしている年寄りの防寒制服に近い。業務用、作業着のように見える。これは色だろう。
 しかし、防水性の表示がある。これが気になったのはダウンジャケット風ではないため。生地はナイロン。丈夫そうだ。首元の襟などの生地は薄くアンコなし。しかし顎までかかる。後ろに薄いフードが付くが、ファスナーによるぶら下げ式。だからフードがマフラー代わりにはならないタイプ。フードの裏地はなくぺらっとしている。これは防水性のためだ。裏毛などがあると濡れるだろう。だからカッパになるタイプ。そのため、交通整理の年寄りに見えてしまう。しかし、コートのように長い。ただ、詰め物が頼りない。薄いのだ。それにしては重い方。
 これはハードな現場などでは似合う。派手さがない。そして定価を見ると1万円を超えている。それがレジにて半額。同じ場所に去年この店で買った真冬向けのジャンパーが吊されていた。去年買ったのと同じのが吊されていた。つるし上げに合っていた。これは表生地はウール風で、アンコは入っていない。だからダウンジャケットではないが、これが一番暖かかった。これでダウンジャケット神話が崩れたのだが、その一番の理由は重さだった。そして生地の分厚さ。裏地もそれなりに分厚い。その中に詰め物は入っていない。これでいけることが分かった。去年買ったときは2割引になっていたが5千円ほどはした。それが半額の2500円で吊されていた。
 このジャンパー、迷いに迷い、何度も手にしながら、買わないで真冬になってしまい、ここで買わないと決心をしてのだが、Mサイズしかなかった。狙っていたのはLサイズ。これが時遅しで売れてしまっていた。色違いもなかった。Mにしたので袖が短く、自転車に乗ったときの手袋して、この袖を利用しているのだが、短いので窮屈。まあ、手袋をすればそれで済む話。
 昨日見た長い目のジャンパーを試着するとMだが袖が長い目。これならLにする必要はない。
 昨日買った反則ネルシャツなど千円だ。ネルシャツ一枚千円でも安いのに、毛布付きで千円なのはレジにて半額の恩恵だ。
 しかし5千円を出すのなら、ユニクロで値段が落ちた偽ウール地のコートがある。1万円していたものだ。見た目や生地のソフトさ、大きな襟などは暖かそうだが、少し窮屈だった。ユニクロなので、細身になっているのだ。そして生地が伸びないタイプなので、着込むと腕がしんどい。曲がらなかったりする。そして一番大事な防水性がない。
 防水性と言っても水をある程度弾くだけで、カッパのように一切染みないというものではないが。ダウンジャケットは詰め物で分厚く見えるが、表も裏も生地が薄いタイプが多い。それで雨の強い日、自分の傘からのしずくが背中に当たり、アンコまで濡れ、裏地を突破して染みたことがある。意外とダウンジャケットは雨に弱かったりする。本当に寒いと思うのは、そういうときだ。風が冷たいよりも、雨で濡れる方が寒い。
 今年の真冬ものの大物は、この非ダウンジャケット系の交通整理の制服外套のようなものが有力。レジにて半額の真冬もののチャンスは今だけ。この時期は去年の売れ残りが半額になる。次のバーゲンは、今年の冬物のシーズンが終わる頃になる。それでは遅い。
 まあ、値段や時期以上に、その作業着風な長い目のジャンパーの地味さが気に入った。
 
 ニコン3400によるファインダー撮影は気持ちがいい。これは久しぶりに使う一眼レフなので、目先が変わるためだろう。視度調整ができるのだが、結構幅があり、合っているように見える範囲が広いので、何処が山なのかは分かりにくい。やはりデジモノを見る目と、アナログるを見る目とではピントが違うのかもしれない。
 それは被写体に対してもそうだ。液晶、電子ファインダーで見る絵はもう仕上がった完成品を見ている。おそらくこれと同じものがファイルとして保存されるのだろう。ただピントも深度は少し違うかもしれないが、階調はほぼ同じ、色も同じはず。当然現実の色とは違うのだが、それほど気にすることはないが、問題は階調。
 肉眼で見たときの階調。コントラスト比が高い場合でも、人間の目は階調が豊かなので、白飛びや黒つぶれはしにくい。ところがフィルムはそれほどの階調はない。紙焼きするときさらに階調は短くなる。デジタルになっても同じだ。だから、数枚写して合成するのだが、液晶や電子ファインダーと光学式の一眼レフの違いは、この階調が人間の目と同じということだ。これは見る人の目にもよるが、ファインダーを覗いたとき、自然に感じるのが光学式で、電子ファイダーは階調が狭いので、肉眼で見たものとは少し違う。どちらも記録されるのは同じでも、リアリティーが違う。実際には撮したものは電子ファインダーで見たものと同じものになるので、一眼レフで見たものはそのまま記録されない。これは現実は記録されないということでは同じだが、現実を肉眼に近い形で覗けるところに光学式の良さというか、繋がりの良さがある。ファインダーを見たときがくんと違う絵を見てしまうより、違和感がない。
 ただ、電子ファインダーでも、それを避けるため、階調を広げて肉眼に近いように見せるモードがある。
 階調は一眼レフが肉眼に近いが、ピントに関しては、一眼レフはレンズの開放で見るので、撮影された絞りではないので深度が違うが、これはピントを合わせやすいので、そうなったのだろう。これも絞った状態でファインダーで確認できるボタンなどがあるが、絞るとファインダーが暗くなり、よく見えなくなる。
 久しぶりに電子ファインダーではなく、ぬるっとした一眼レフの光学式ファインダーを覗くと新鮮なのは、立体感や空気感が見えるためだろう。ただそれはデータ化されない。目だけが記憶していることになる。ニコン3400のように像倍率が低い小さなファインダーでも、それは体現できる。むしろこの小ささの方が全体が見渡しやすく、ファインダーから少し目を離してもよく見える。
 そしてピントがスーと合う瞬間やズームしつつある瞬間、デジタル的な浪打とかちらつきがない。何処かで電気の線や点が走っているのが電子ファインダーでは見えてしまうのだが、それがない。
 昔の35ミリ版一眼レフのファインダーはF4などのレンズを付けるとぶつぶつができたりするし、暗かったが、3400などの時代になると、綺麗なものだ。確かに暗いレンズだとファインダーも暗くなるが、日中は問題ない。
 それよりもピントが合う瞬間は綺麗だ。これは目のピントが合うのと同じような見え方をするためだろうか。
 仕上がりは同じでも被写体と向かうときは、一眼レフのこのファインダーは美味しい。何か素朴だ。
 
 アーサー感度はオートでは勝手にどんどん上がるが、プログラムモードでは固定になる。これは不便だ。感度のオートはないが、自動感度アップがある。これはオプションで、これなら100に合わせておけば、暗ければいくらでも上がるだろう。その上限は指定できるので、あるべきものがしっかりある。
 次はピント関係。オートでいじれないが、マニュアルにはできる。AF方式は動いているとサーポに自動的に切り替わるモードがある。これは木の葉っぱが動いただけでそのモードに入ると、うるさくて仕方がない。それにピントが動くので、別の物にあったりする。だから固定にする。動いているものは、ピントが合った瞬間写せばいいのだ。ずっとそれを追い続けて写し続けるわけではないので。せいぜい通り過ぎる自転車程度だろう。これは動く子供などを前提にしているのだろう。ペットとか。
 次はピント領域。これはワイドエリアとか、色々とあるが、中央部一点のみにする。これが一番迷いがなくていい。ワイドエリアとか、追尾とかのモードは撮影モードのオートモードでできるので、撮影モードダイヤルを切り替えればいい。オートモードは設定はほぼ固定なので、触れないので。
 ここさえ合わせておけば、あとはメニューをめくって設定し直すようなことはないし、ファンクションキーも使う必要がない。問題はAFであり、ピント関係。
 このカメラは一眼レフが初めての人向けのモードがある。ガイドだ。これは撮影モードダイヤルの中に独立してあり、優遇されている。カメラを最初元箱から取り出したとき、このモードに入っていた。何をを写すのかを選択すれば、その設定をガイドしてくれ、これは記憶されるらしい。
 初心者向けの入門機だが、細かいところまでいじれる。しかし、コンパクトカメラの感覚で、シャッターを押すだけ写るので、何も知らなくても問題はない。
 標準ズームだけなら見た目ほどには重くはなく、持ち出しやすい。撮しているものは同じでも、目で見た物とファインダーで見た物がほぼ同じなのがいい。
 
 
■■ 2017年12月08日 金曜 午前9時39分
 
 今朝は雨が降っていたのだろう。そのため、気温は高い目。やはりこの原理は正しいようだ。だから冬場、暖かい日を望むのなら雨を呼ぶこと。呼んでも来ないが。雨ではなく雪を呼ぶともっと寒くなるので、雨でないといけない。だから冬の雨はいいものだ。
 今朝はそのせいではないが起きるのがものすごく遅くなってしまった。特に夜更かしはしていない。冬の雨の降る日は長寝になるのかもしれない。秋の長夜よりも長いはず。冬至も近い。ここが一番の長夜。だから長寝になるのかもしれない。ただし長寝という言葉はないようだが、これはポメラの小さな辞書にはないだけかもしれない。ATOKの辞書にもないが、変換の区切り直しで長寝となり、自動的に辞書登録されるが、品詞は名詞扱い。
 それでものすごく遅れていつもの伊丹モスへ行くが満席。喫煙室が満員。それで一般席へ。あとは喫煙席が空くと店員が案内してくれる。この時間パチンコ屋が開くので、パチンコ客が多く来る。そしてパチンコやスロットル客は煙草を吸う人が多い。朝の早い時間だと一般席の方が客が多い。
 今日は久しぶりの雨ではなく、たまに雨が降っている。雨を忘れるほど降らないままではない。しかし冬の雨は強くない。北国の吹雪というのは大阪方面では滅多にないが、山際などではあるだろう。
 昨日はご飯があり、おかずがなかったので、夕方前に行く喫茶店近くでコロッケなどを買う。フライもの屋があり、夕方に行くと売れ残りを組み合わせたセットを作り、100引きとなる。コロッケにも種類があり、牛乳入りなどもある。何が入っているのかは見ただけでは分からない。ミンチカツらしきものや、豆腐を潰したようなものとか、それは選べない。単体売りが消え、セットものに切り替わる。これに列ができている。肉屋と同じ店構え。
 その近くに神戸から来たこだわりコロッケの店があるが、最近、客がいるのを見たことがない。これはチェーン店で、教習を受けた若いバイトなどがいるが、暇そう。ここはこだわりのコロッケなので、注文を聞いてから揚げる。それはいいのだが、待ち時間が必要で、しかも待つ場所がない。夕食前、さっと買って、次のを買いに行きたいだろうが、八百屋や魚屋とは離れており、パン屋や土産用の高い菓子屋がある程度。このこだわりが邪魔をし、流行らない。
 一方肉屋のフライもの屋は、肉屋のコロッケ。古い油で揚げるので焦げ茶色になるが、まだまだいけると油を代えない。これが値段に影響するだろう。そして売れ残りが出ない。最後はパック売りにし、100円引きや半額に持ち込むためだ。その時間帯を知っている客が列を作る。そしてその列はすぐにはける。レジが早い。
 当然カツ類も安いが肉の形が悪い。棒のようなトンカツがある。曲がっているものも。これは肉のあまりだろうか。だから安い。
 コロッケなどのフライものだけではおかずとしては寂しいので、八百屋で白菜と、聞いたことのない葉物野菜を買う。葉物の値段が高いので、特別に仕入れてきたのだろう。この八百屋はいつも安い。
 その白菜を煮てフライものと一緒に食べた。しかし、流石に肉屋のコロッケ。見事胸焼けした。あの油が。
 
 ニコン3400が届いたので早速試写。
 上新で買うとクロネコヤマトで来る。これは昼前までにいつも来るので、受け取りやすい。しかし、お昼になってもまだ来ないので、昼に行く喫茶店へ出掛けようとしたとき、ちょうど来た。危ないところだった。
 正方形に近い大きな箱を持ってきた。上新の段ボールだ。それしかなかったのだろう。開けると詰め物で一杯。レンズキット付きなので、元箱が横に長いので、それに合わせた正方形の箱に入れてきたのだろう。中身はほとんど詰め物。テープ類はなく、単に風船を詰め込んでいるだけ。
 元箱はだいたいそのまま開く。テープルがないのカメラの元箱に多い。製品確認のためだろう。店頭で買うときは、ボディーを取り出して見せてくれる。だから差し込み式で、さっと開く。
 ボディーもレンズもプッチンのビニールで包まれているが、これもテープはない。ぐるっと包んでいるだけ。そこから取り出すと柔らかい小袋の中にボディーが入っている。これもテープで留めていない。レンズも。
 宅配で受け取ったとき、結構軽い。全部で1キロ以内だろう。
 早速中古で買った5000に付いていたバッテリーを付けると無事に動いた。型番が少し違うが、すんなりと入る。バッテリー充電は充電器のままコンセントに突き刺すタイプ。ニコン用はいくつか持っている。
 USBコードなどの付属品はない。ショルダーベルト程度。接岸部の目当ては最初から取り付けてあった。
 まずは標準ズームを付けるが、結構軽い。ネオ一眼並みだ。片手で楽々と振り回せる。ずしりとこない。
 標準ズームは機械式沈胴。ボタンを押して回すとレンズが飛び出てくる。だから最初は短い目で、レンズの飛び出しが少ないので、ネオ一眼かと思うほど。
 いつもの薄暗い室内を写すが、ファインダーが暗い。これは電子ファインダーに慣れたため、暗く感じるのだろう。暗い部屋なので、暗いまま。ファインダーと実際のものとの明るさは少しだけファインダーの方が暗いが、ある意味リアルなのだろう。これが覗きたくて買ったのだが、5000時代のファインダーと明るさはあまり変わっていない。
 ピントは薄暗い場所でも瞬間的に来る。音もしない。ピント合わせをしていないのではないかと思うほどだが、ファインダーでしっかり見えるので、ピントが来ているのは確か。
 5000で撮したものと比べると、明らかに3400の方が鮮明なのは、その後の進歩だろう。受光素子の前についている幕のようなものを取り去った仕様になっていることから、解像力が上がっているのだろう。それとレンズそのものも、以前の標準ズームよりも良くなったのかもしれない。当然その逆もあるので、今回は正常に進歩したようだ。
 カシャンというシャッター音が快い。これで盛り上がるのだ。電子音ではなく、本当の音だ。ボディ側のショックはほとんどない。しかしわずかに手応えがある。これで写したという気になる。
 ピントは赤い点が点灯したところで合っている。これはすぐに消えるので、シャッターを切るときは全面マット状態。コンパクト系やミラーレスでは緑の枠が出て、うるさいが、それらがない。ただ、AFの点がある場所は刻まれている。だが黒いので、よく見えない。明るい場所なら、何処がセンターなのかがよく見えるはず。
 次は望遠を付けての試写。このレンズ、長いのだが、スカスカの鏡胴。ここで一番大事なのは、ズームリンクの軽さだろう。これは店頭で確認しているので、軽いことはわかっている。この軽さが欲しかったのだ。力まなくても軽く回るが、粘りがなく、安っぽいが軽いのでいい。望遠端にしてもそれほど伸びないのもいい。最初から長いためかもしれない。これを付けても片手で何とか写せる重さに見えるのは、グリップが効いているためだろう。
 同じようなものを望遠側でアップで写すが、これも見事なもの。レンズは暗いのだが手ぶれしにくいシャッタースピードを維持している。あとで感度を見ると3200とかではなく10000台に入っていた。感度が上がっているのは知っていたが、そんな2万台までオートで上がる。超高感度でも見事でコントラストもあり、色も生きている。
 5000という古いニコンの初心者カメラと比べると、やや暗い画質になっている。そちらの方が自然に近い。見た目に近い。薄暗いのだから薄暗く忠実に写っている。これなら明るいレンズは必要ではない。感度上げで写せるからだ。感度が1万台に入ったのはオートモードのため。上限はないようだ。容赦なく感度を上げてくるタイプ。プログラムモードにすると、上限を指定できる。
 
 カメラを取り出しさえすればそのあとは早い。電源レバーを引きながら持ち上げると既に撮影オーケイなのでシャッターを切ればいい。またズームが手動なので、あらかじめ合わせてからでもいい。電源を入れなくてもズームは動く。意外とコンパクトデジカメよりも素早いかもしれない。ただ、町中で一眼レフを取り出すのは気が引けるが、写してもいい場所なら問題はない。どうせシャッター音は消せないし、カメラも大きいので隠し撮りもできないので、堂々と写すしかない。
 ただ、誰も見ていない場所ならその限りではない。町には人がいる。道に出ていなくても窓が気になる。またいきなり出てくることもある。できるだけ人との接触は避けたいものだ。人を写すわけではないので。ただ、たまたま画面に入ってくる人はその限りではないが。
 このぐらいの小ささ重さのカメラなら日常の中に持ち込めそうだ。望遠は無理だが、標準ズームならいけるかもしれない。
 
 こういった一眼レフを買うと遠い昔に張り切って買ったときのような気分がまだあるのか、いいカメラを買ったという気になる。実際には同クラスのミラーレスの方が高いのだが、印象がまた違うのだろう。
 このニコン3400を引っ張ったのは、その前に買ったニコンの旅カメラのせいかもしれない。意外とニコンの旅カメラはライバルメーカーのものよりかなり安い。そして一眼レフ入門機も一番安かったりする。あのニコンが一番安いというのがあっぱれな話で、安いはずのオリンパスが高い。同じように安かったミノルタはソニーになり、高くなった。
 そのニコン旅カメラのシンプルさが気に入っていた。
 果たして、このニコン3400、何処まで使うことができるのかは分からない。一眼レフでのファインダー撮影。それはもう忘れていたような世界で、それを思い出したのだろう。昔、初めて買った一眼レフの新品に触れたときの、あの感じを。
 
 

■■ 2017年12月07日 木曜 午前8時55分
 
 今朝は氷点下。これは寒いのだが、よく寝ていたようなので、特に寒いとは感じなかったが、何となく冷え込んでいるので、ネットで気温を見ると0が並んでいる。0.1度とか。そして瞬間最低気温はマイナス。これは寒いと言ってもいいのだが、今冬一度あったような気がする。まだ冬が始まった頃だ。
 流石に朝の喫茶店までの道は手が冷たい。これがもっと寒くなると、手が悴む。死んだ鳥の足の指のようになる。
 寒いが晴れている。北は雪で、西も雨になるらしい。氷点下になっているので、さぞや寒気がどうのという話になるのかと思うとそうではない。寒気団が来ているわけではなさそうだ。普通に寒いということ。内陸部では氷点下。気温は全国的に昨日よりは少し高めになるとか。穏やかではないか。夜に西は雨になる地域がある程度。
 ここ数日寒い。特に夕方は。部屋にいるときは問題はないが、外に出て寒いのは夕方。朝が一番寒いのだが、寝起きなので元気なためだろう。これで睡眠不足で起きてくれば、かなり厳しいはず。
 いい感じでスーパーの衣料品売り場で冬物のバーゲンをやっていたが、まだ序の口。大物の冬物のコート類はない。インナーが多い。中に着込むものだが、そのまま普通の上着としても着られるものが多い。これは勿体ない話だ。それでは寒すぎるので、内に着ることになる。春先になればちょうどいいかもしれないので、春先向けに買っておいてもいい。
 そのいい例がネルシャツ。ただのカッターシャツではない。胴体部分にボアが仕込まれている。チョッキの上からカッターシャツを着ているようなもの。一枚で済むが、惜しいかな腕がない。腕にはボアは入っていない。普通のカッターシャツ風と、脇にポケットのあるブルゾン風がある。この脇ポケットがいい。また中にボアが入っているネルシャツではズボンの下に突っ込めないだろう。ベルトの穴一つ移動させないといけないほど肥えてしまう。
 このボア、着ていると圧縮してくる。そしてこ汚い白い犬のようになる。
 当然ボア入りのTシャツもあるが、肌着にボアは今ひとつ。その上から着るTシャツならいいが。二枚シャツになる。パンツを二枚はいているようなものだ。
 また、ほかほかのズボンもあり、これは部屋着だろう。このズボンが一番役立つ。こういうのはご飯を作っているとき、そのズボンで濡れた手を拭いたりできる。
 また外ではくためのボア入りズボンも当然ある。これは安くて暖かいのだが、汚れやすい。表面がポリエステルのつるっとしたタイプだが防水性はない。そして椅子に深く座ると滑る。足を組むときも滑るので、力が入る。このボア入りズボン、単体とTシャツ付きのセットものがある。去年はそれを買い、今もはいているが、Tシャツは着ていないので、単体のズボンだけを買うことになる。部屋でずっとはいているので、一番汚れるためだ。洗濯しても換えがなかったりする。こういうのはたまに買っているので、残っていそうなものだが、古いとしなびたようになり、固くなっている。買ったときの柔らかさがなくなっている。
 ボア付きのシャツなら、普通のシャツの上にセーターを着る必要がなくなるが、腕が問題。しかし春が終わる頃まで、普通のネルシャツとして着られそうだ。カッターシャツだけではまだ寒い頃でも、薄着のように見える。これは反則のネルシャツだ。そして最初から裾を出して着るタイプならポケットが付くので、いい感じになる。
 真冬ものの分厚いジャンパー系の特価はない。これは真冬前にあるだろう。
 
 今回のクリスマスカメラ選択は難渋したが、やっと買うことができた。これはこれが欲しいと思っても買えるものではない。いざとなると、ためらってしまい、他の機種にしたりするためだ。
 今回最後に浮上したニコン3400ダブルズームキットがすんなりと通過した。これも最後の最後まで難しかったのだが。
 結局はその前に買おうとしたキャノンイオスのX7の流れを引き継いだのだろう。この小さく軽い一眼レフなら使ってもいいと。その他のカメラは似たようなものを複数持っており、有り余っている。ないのは普通の一眼レフデジカメの小さく軽いタイプ。それの重い目のものは中古などで買って持っているが、何ともならない重さ。3400も一眼レフなのでそれなりに重いのだが、ましな方。つまり、このカメラが一番まし程度。
 最後に候補に挙がったソニーやオリンパスに比べ、一番安いということもある。デザインや持ったときの充実感。カメラとしてスタイルや、機能性では遙かに落ちる3400だが、落ちないのは一眼レフカメラの基本に一番近いためだろう。これはフィルムカメラ時代からの一眼レフを引き継いでいる。ただ、一番安いニコンの一眼レフなので、今のミラーレス系の方がファインダーも見栄えし、綺麗に見えるのだが、それは最初だけ。
 しかし、この選択は結構苦しい。敢えて候補の中では一番大きく重いだろう。一眼レフの構造を持っているためで、ミラーがあるためだろう。
 そういう重さのハンディーがあっても、これに決め、しかも実行できた。それで被害が安く済んだとも言えるが。
 このカメラ、ネットで調べると、値段が安定しており、何処で買っても似たような値段。それで、最近はアマゾンで買うことが多いのだが、久しぶりに上新で買う。ポイントが貯まっているので、使わないと消えてしまうこともある。それで最安値以下になる。ただ上新のセール中ではないので、普段の値段のままで、割引はなかったのが残念だが。
 ただ、これを買うことで、ゴールド会員からシルバー会員になれた。
 アマゾンではプライム扱いになっていないので、二三日にかかるが、上新は午前中だと翌日に届く。
 以前中古で買ったニコンの一眼レフは5000で、3000系列よりも上位。その3000系が3400まできている。このカメラ、毎年出るわけではない。5000は結構重いカメラだった。今でも5000シリーズは3000シリーズの上位にあるのだが、いらない機能が結構ある。それよりも5000より軽く、軽快で、しかも安い。
 ニコンの一眼レフは上には上がいくらでもあるので、中途半端なものよりも、一番安いのでいい。問題は重さなのだから、一番安いタイプが一番軽いので、自然とそうなる。
 
 まずはメインのズームレンズ。カメラばかりの話だが、レンズがメインかボディーがメインかは使う側によって違う。
 しかし、この3400のレンズはキットレンズで、専用レンズではないが、その前の機種では使えなかったりする。だから中古で買った古い5000では使えないが、使う心配はない。
 従来のズームを使うよりも、このキットレンズの方がAFも早いとか。この組み合わせで、3400の意味が出る。
 望遠ズームは70から300で、以前のキットレンズよりも望遠側に100ミリ伸びているが、立ち上がりもやや望遠気味。80ミリあたりからの立ち上がりが100ミリほどになった。だからここは一寸したトリックだ。望遠ズームを使うのだから望遠側に伸びた方がいいので、文句は言えない。だからズーム比は思っているほどなかったりする。望遠端は300ミリだが、35ミリ換算で450ミリほどだろうか。
 重さは以前のレンズが300グラムと軽いが、3400付属レンズは400グラムほど。100グラム重くなっている。ボディーが400グラムほどなので800グラム。ボディーの重さとレンズの重さが同じなのがいい。
 AFとMFの切り替えはレンズ側になく、ボディー側で切り替える。まあ、滅多に使わないだろう。その代わり切り替えレバーが消えたので、鏡胴がすっきりした。流石に望遠域を含むのでレンズは暗くF4ではなく、F4.5。望遠端ではF6.3になり、高倍率の旅カメラの望遠端並み。まあ、カメラのスペックも大したことはないが、レンズもそれにふさわしい普及タイプだが300ミリならそれなりに明るく軽いのだが、450ミリに伸ばしたため、重く暗くなったのだが、レンズの暗さはわずかな差なので、問題はないだろう。ただ100グラムの差は大きかったりする。ボディーを付けたとき700グラムで収まるか800グラムになるのかの違いだが、ここは望遠を取った方がいい。どちらも重いためだ。そして撮影では300ミリと450ミリの差は大きい。ただでさえネオ一眼に比べ半分以下の望遠になるので、アップ度は低くなるが、望遠端のピントはかなり浅くなるので、望遠率は低くても、背景がうんとぼけるので、悪くはない。
 標準ズームは200グラム少し。ミラーレスカメラのキットレンズに比べると、やはり重い目になっている。逆に言えば標準レンズを付けて600グラム少しだが、望遠を付けても800グラムと、あまり差が出ない。
 望遠ズームの最短撮影距離は全域で1メートル10センチ。ズームをしても最短撮影距離が変わらないので、1メートル手前のものを450ミリで写せるのだから、それなりに凄い。標準ズームは全域で25センチとかなり寄れる。レンズ先端からではなく、受光素子からの距離なので、レンズ先端からなら10センチほどだろう。これで28ミリから85ミリ程まで全域マクロ的に使える。当然マクロモードというものは最初からない。だからマクロへの切り替えなどもないので、イージーだ。
 望遠ズームの手ぶれ補正は4段。レンズシフト式なので、このあたりが限界だろう。ボディー内手ぶれ補正とレンズ側の手ぶれ補正を同時にできるタイプには負けるが。
 そしてこのレンズ、手ぶれ補正がスタートするのはシャッターボタン半押しのときから。だから単にカメラを向けて覗いているだけでは手ぶれ補正はないので、ぐらぐらするはず。このあたりはコンパクトカメラに慣れていると、ものすごくふらふらしているように見えるだろう。
 昔のフィルム時代は300ミリの望遠でも手ぶれ補正などなかったのだが、明るい場所なら問題はなかった。シャッタースピードを上げてごまかしていたのだ。そのため曇り空ではよくぶれた。だから300ミリを超える場合三脚が必要だったが、今は手ぶれ補正のおかげで必要ではないが、同じ場所で何枚も写すときは、腕がだるくなるので、必要かもしれない。
 コンパクト系の手ぶれ補正も、シャッターを切る瞬間にかかる場合がある。これは選べる機種がある。常時補正より、シャッターを切る寸前の補正の方が補正が効くのだろう。
 
 AFに関しては、測距点の多さからミラーレスには劣るが、3400でも11点で菱形のような範囲をカバーしているが、これは一点でもいいだろう。その方が迷いがない。真ん中に命中させればいいので、昔の一眼レフと同じやり方だが、全面マット面のようなものなので、目では確認し辛い。望遠ならボケで分かるが、広角なら全部合っているように見える。ボケ具合だけでは分からないが。そこで合った箇所に赤い点が一瞬付く。そしてすぐに消えるのだが、どこであったのかがそれで分かる仕掛け。ワイドエリアを使った場合、何処かの点で引っかかり、そこで合うので、中抜けなどは起こりにくいが、そこではないというところで合うことがあるので、ワイドエリアもいいときもあれば悪いときもある。それで、中央部一点をメインにする方がいいのだが、これはおそらく切り替えられるはず。
 静止画なら、被写体は動かないので、中央部一点で命中させた方がストレスはない。ただスナップ的にさっと出してさっと写す場合、構えた瞬間シャッターを切る関係からか、ワイドエリアの方が好ましい。空に中央部が来てしまうと、中抜けになるか、またはフラットな雲に当たってしまうとピントが合わないこともある。
 一番いいのは急いでいるときでも、中央部一点でピントだけを先に取り、そして構え直して写すことだ。これは昔の距離計連動カメラでやっていたことだ。二重像で確認しやすいようなものにピントをもらいに行き、そのあと構図を決めて写していた。当然主要被写体と同じ距離のものに合わさないといけないが。まあ、スナップなら目測で深度読みをして、ピントがうまく回るような距離で固定して写すだろうが。広角はいいが、ピントの浅い望遠では無限域ならいいが中間距離では難しかったりする。
 ピントの自動認識で、勝手にピントを取りに行くタイプもいいが、逆に違うものにピントが来て、それを直すのに手間取ることがある。
 この3400はその意味で大人しい。進歩しすぎたミラーレスやコンパクト系のデジカメでの自動化のすごさは、その反面、思っているような動きにならないことが結構ある。
 まあ、構えた状態で、そのまま写す方が楽なので、一眼レフタイプのAFは中央部の狭い範囲が多いので、画面の端で合うことはないので、癖を覚えれば、ワイドエリアでも行けそうだ。しかし中央部で合わし、一寸だけずらして写すのが安定している。そして建物の正面などでは何処にピントが来ていても同じようなものなので、ワイドエリアでもいいが、電柱や電線などを引っかけて、そこでピントが来てしまうこともある。広角では分からないが、浅いピントの望遠側ではピントが来ていないことがあとで分かったりする。赤い点が一瞬ともるのだが、何処で点ったのかが分からないこともある。
 ピントばかりは、オートで全ていけるわけではないのは、手前側に合わしたいのか、後ろ側に合わしたいのかまではカメラは知らないためだ。しかしミラーレスの多機能さよりも、一眼レフ式のAFのほうがシンプルでいいのかもしれない。また一眼レフはピントを合わせるのが楽しかった時代もある。手動でピントを合わせることを考えれば、AFは楽。その時代のレベルでいいような気がする。
 このカメラにも一応、動いているものと判断すれば、何度もピントを合わせ続けるモードもあるし、動体予測もあるが、これはおまけのようなもの。向こうから一定のスピードで近付いてくるものに限られる。それよりも一眼レフ系のピントの早さの方がいい。ただいまのミラーレスやコンパクト系も結構早くなっているので、一眼の素早さは入門機ではあまり実感はないように思えるが、そのためではないものの、新しくできたキットレンズは、さらに早く、さらに静かになっているらしい。キットレンズの方が早いというのだから、これはやはり3400はお得なセットだろう。さらにバッテリーの持ちが千枚以上いける。ここだけならプロ機。そして以前のバッテリーでも同じとか。5000のバッテリーが古いながらもまだあるので、それも使えそうだ。
 ミラーレスと違い液晶を多用しない。だから通常でも持ちがいい。
 
 撮影モードダイヤルには様々なモードが入っているが、一番使うのはオートモードだが、その横にストロボ発光禁止モードがある。実際にはここに常時合わせておけばいいだろう。普通のオートモードだと電源を入れるとストロボが立って、面倒。
 オートモードはシーン自動認識が入っているのだが、あまり違いはない。次に使うのはプログラムモードだろう。これがあれば絞り優先とかシャッター優先モードはいらないほど。プログラムシフトというのがあり、電子ダイヤルを左右に回せば絞りとシャッターの組み合わせを選べる。流石にコンパクト系のそれと違い、レンズの絞りが全部使える。コンパクト系では二段階が多いので、絞りきれない。受光素子の大きなこのタイプだとピントが浅いので、絞ることが多いだろうが、そこまで触ることはまずない。人物をオートモードで写すと、ポートレートだと思い、絞りを開けようとするはずなので、オートモードに任せておいた方がいい。
 自動認識のマクロモードもあるが、何をするのかは分からないが、AFが中央部一点に切り替わる場合が多い。これもマクロだと認識してくれればの話で、そうでなければ普通のプログラムモードと同じ組み合わせになるはず。プログラムモードは適正露出を得るだけだと考えた方がいいが、望遠だと少しでもハイシャッターになるようなプログラムラインができているはず。
 また、このカメラ、手動で感度を設定しても、露出不足とか、オーバーとかになれば感度が変わるようだ。我慢できなくなり、感度を上げたりしてくれるらしい。
 アーサー感度はオートでもかなり上がる。だからこれもオート感度にしておいた方がいい。感度の上限も決められるので、入門機とはいえ、一応その配慮はある。一昔希の安い一眼レフに比べ、感度が上がっている。だから明るいレンズは必要ではなかったりする。これは最新機の恩恵だ。
 撮影ダイヤルには、マクロなどが独立しており、至近距離なら、ここに合わせて写せばいい。せっかくの撮影ダイヤルなので、回した方が楽しかったりするが、回し忘れもあるだろう。しかし、電源を入れなくても見えているので、分かりやすい。
 当然ファインダーはアナログなので、電源が入っていなくても見える。ズームもアナログなので、回る。
 電源はレバー式でシャッターボタンの向こう側にある。小さいので人差し指が痛いが、親指なら楽だ。オンオフだけで、二段階。三段階目にストロボとか、ライブモードへの切り替えなどは含まれていないので、ラフに引いたり戻したりできる。
 ライブモードはボタン式で、地味なところにある。ボタン類やレバー類は少なく、ファンクションキーも二つしかない。ほとんど触る必要はないだろう。
 しかしよく見ると背面にボタンがずらりと縦に並んでいる。これは液晶横開きで回転しないので、液晶の左側にボタンを並べているようだ。メニューボタンとか拡大縮小ボタンとか、液晶での設定をまとめてできるボタンとかだ。これがあればファンクションキーはいらないだろう。感度とかAF設定などを、このパネルでやるので、メニューからたどれなくてもいい。しかしボタン一つで設定できるというわけではないので、やはり入門機。しかし、家で設定してから出ればいいのだ。一度設定すれば、もう触らなくてもいい物も多い。流石に露出補正ボタンは独立してある。
 コンパクト系やミラーレス、またネオ一眼に比べると、大きく重いのだが、何度も言うように電子ファインダーではない光学ファインダーで撮影するには、X7の次に小さく軽いカメラなのだ。だから最低限の重さ。
 ただし入門機なので、素晴らしいファインダーではない。だが、電子ファインダーとはひと味違う写真らしい雰囲気が覗ける。そしてシャッター幕が走る音と、ミラーの跳ね返る音。振動が手に伝わる。カメラの中にそういう空洞があるのだ。この機械式のカラクリ音が結構盛り上げる。カメラの値段は昔のフィルム時代の一番安いタイプと、あまり変わらない。しかし。昔の1万円と今の1万円とでは大きく違う。それと機能は昔のAF一眼レフよりも少しだけ上がっている。手ぶれ補正やピントの早さなどで。しかし重くなっているかもしれない。それだけ部品が多いためだ。
 要するに今回は昔を懐かしがって、敢えて時代から少し取り残されつつある地味な一眼レフにした。
 
■■ 2017年12月06日 水曜 9時11分
 
 今朝は寒い、朝方1度台。これは寒いと言ってもいい。そのためよく寝た。起きてこれなかったのだろう。寝る時間も少し遅かったためもある。夕方も寒く、気分が悪くなるほどの冷え込み。風邪でも入ったのかと思うほどだが、風邪の時は気分は悪くない。しんどくなるだけ。
 今朝はよく晴れており、風は昨日よりもまし。昼は気温が上がるはずなのだが、天気予報は見ていない。朝の冷え込みがある日は昼間気温が上がることが多いのだが、今日はどうだろう。
 昨日から寒くて何ともならないので、帽子をニット帽に代える。アクリルの毛糸で編んだもので、前に少しだけひさしがある。ひさしも毛糸で覆われている。中に芯が隠れており、中身は何かの樹脂だろう。固い芯だ。これが丈夫そうで、アヒルのくちばしのようにつつけそうだが、短い。当然耳は隠れる。室内ではいいが、外では深くかぶって隠す。昨日、耳が痛かったので、ここで帽子の交換。春を少し超えるまで、当分かぶらないだろう。
 昨日の朝は久しぶりに喫茶店からの戻り道に寄り道散歩をするが、これも寒かった。ここは普通の人の散歩コースにもなっていて、寒いのに歩いている人がいる。健康にいいのか悪いのかは分からないが、犬も暑さ寒さに関係なく、散歩は欠かさないので、それに近いかもしれない。ただ用は足さないが、精神的な用は果たすのかもしれない。当然午前中なので若い人は一人もいない。平日の午前中なので仕事に行っているのだろう。だから年配者だけが散歩をしているように見えるが、平日家でぶらぶらしているため、それができる条件があるためだろう。といって若い人が休みの日、そこを散歩するのかというと、そうでもなさそうだ。平日でも休みの若者はいるはずが、大事な休みの日なので、近所のそんなところを散歩で過ごすにはネタが小さすぎるし、休みらしくないだろう。もう少しいいところへ出掛けたいと思うはず。
 昨日の夕方、夕食のおかずを考えていたのだが、邪魔くさいし、寒いのでその気になれず、パンを買った。一つ百円のパンだが、百均にもあるが、焼きたてのパンでは珍しい。ただ全て百円ではない。長い食パンなどは流石に値段が違うし、コロッケパンも高い。ハンバーガー風のコロッケパンだ。これは温めて食べるのだろう。だから例外がある。
 こういうパンを買うと、食膳に向かうのではなく、パソコンなどに向かいながらかじれる。半ばおやつのような感覚。
 寒い日は鍋焼きうどんがちょうどいい。汁物がいい。パンでは寒々しい。
 もらい物の餅があるので、昼はこの餅で雑煮を食べている。正月にはまだ早いが。
 味噌汁に餅を入れるだけだが、餅は腹持ちがする。味噌汁に入れる具は白ネギ。昨日はほうれん草もあったので、それも入れる。さらにアミエビを入れる。海老には違いないが、乾燥したもので、赤くない。海老の形はほとんど見れない。プランクトンのようなものだ。歯ごたえは少しだけあるが、箸で挟める大きさではないが、海老の殻の味がする。かっぱえびせんに入っている海老のかけらのようなものだろうか。これを入れるとカルシウムが入ったような気になる。そして餅にくっ付くので、海老餅になる。この乾燥アミエビは結構安く、なかなか減らない。お好み焼きに入れたり、卵焼きに入れたりしている。
 寒くて何ともならないが、先日自転車散歩に出た日は暖かかった。だから出たのだが、いいタイミングだったが、冬場は自転車散歩は苦しいので、久しぶりだったが、やはり寒いのか、腹に来ていた。冷えると腹が少しだけ痛くなる。戻ってからホームゴタツに入ると治った。
 その後のカメラ展開だが、昨日はエディオンで一眼レフ系を見学。ニコンの安い一眼レフが気になるので、のぞきに行くと、旧機種の値段が下がっていた。しかしよく見ると展示品特価。狙っているのは一番新しい3400。旧機種はレンズで分かる。キットレンズが違う。特に望遠ズームが三種類あることになる。最新版は300ミリで筒が長い。その前のキット版は300ミリで筒が長いのは同じだが太いし、根元がくびれている。その前のタイプは200ミリ。沈胴式の望遠ズームもあったような気がするが。
 一番いいのは3400付属のキットもの。これはAFスピードと関係するようだ。レンズはストレートな筒状。それ以前のタイプはごつごつしている。使い勝手はそちらの方が良さそうだが、AFスピードや静かさなどで、新しい方がいいのだろう。しかし望遠ズームは400グラムほどある。ボディーは本体だけなら300グラム台だが、390グラム。電池などを入れると400グラム少し超える。ボディーだけならオリンパスのミラーレスと変わらないほど軽い。望遠を付けると800グラムほどだろうか。1インチタイプのネオ一眼と同じ程度。標準ズームだけを付けた場合は600グラム少し。小さく軽いといっても、それなりに重い。これが新製品の現役機で一番軽い一眼レフになる。キャノンのX7が一番軽いのだが、もう店頭から消えている。
 要するに光学ファインダーで撮影する一眼レフスタイルに持ち込むには、この重さと大きさが最低限必要ということだ。写りは似たようなものでも。
 そのあと、オリンパスの最新機マーク3を覗く。その前のマーク2も横にあったが動かない。電動沈胴ズームが伸びた状態で死んでいた。マーク3で覗くと、ファインダーの大きさや明るさでは3400の比ではないほどミラーレスは素晴らしい。像倍率が高いので、被写体が大きく見える。そして小ぶりで、昔のOMのメタルっぽい塊になっている。こういうのを見ていると、一眼レフからミラーレへと移行しているのがよく分かる。しかし、こういうのは使い慣れてくると当たり前のことになる。その横にあるソニーのα6000のファインダーもいい。取り回しはα6000の方が手に馴染み、持ちやすいし、操作もしやすい。
 ということはよく分かっているのだが、光学ファインダーで見る世界はまた違う。3400は安いので、プリズムではなく、鏡だが、見た目は分からない。しかし視野率は低く、当然像倍率も低いので、小さく見えてしまう。ファインダーを覗くと、遠くから映画のスクリーンを見ているような感じで、黒い箇所が多い。そしてファインダーの明るさはレンズにも依存する。当然露出は反映されない。生の映像とまで言えないのはレンズを通しての映像のためだが、ここに電気ものが入り込まない。
 電子ファインダーの優位性は確かにあるのだが、昔と同じ構造の一眼レフのファインダー撮影も捨てがたい。ものすごく絵心を感じるためだろう。
 
 
■■ 2017年12月05日 火曜 8時30分
 
 今朝は普通に寒い。空気が冷たい。しかし、気温は5度ほどあるの
で、平年並みだろうか。その平年の気温が落ちている。平年は平熱と違い、いつも同じではない。日々平年が変わる。平年の今とか、平年の月の気温とか、だからこの平年は平均だ。そのため、この季節にしては寒いとか、そうではないとかになる。しかし、普通の平年と比べるのではなく、昨日と比べることが多い。平年の気温など調べないと分からないのだから。
 調べると詳細は分かるが、最初の印象でのおおよその雰囲気のような大づかみな印象が消えてしまう。より詳しければ正確なのだが情報が多すぎて本質が見えなかったりする。そして何かよく分からなくなることもある。最初の印象で感じたものの方が本質を突いていたりする。これをカンという。当てはまらないことも多いが、自分のリズムを崩さないで、向かっていけたりする。下手に知ると、他人のリズムが入り込み、烏合の衆の一員になりかねない。それでもいいのだが、流れというのがあり、それはこれまでの自分の流れとは合わなかったりする。そんなことは気付かないが。
 よく知らないと失敗するが、よく知ってしまうと動けなくなったりする。
 昨日の夕方近くから雨が降り出したので、これは暖かくなると思っていたのだが、気温は下がりだし、冷たい雨になり、夜も雨が降っているのに寒い。雨の降る日は暖かいという約束事が破れた。きっと南からの湿った空気より、北の空気が強かったのだろう。そのためか、雨が降っているのに湿気が少なかった。
 今朝は晴れており、日差しがある。雨や曇っている日と晴れている日の違いが大きく出るのは夕方。いつも行く夕方前の喫茶店の明るさが違う。夕方なのに、もう夜のように暗くなる。晴れていれば西日が差し、まだ明るいのだ。もうすぐ冬至。一年で一番夜が長い日。22日頃だろうか。ここが底だ。この日を過ぎれば夕暮れは遅く、朝が早くなる。ほとんど分からないが、日照時間だけは長くなる。実感はないが、長くなる方向へ向かっている。だから真冬頃はそこそこ日が長くなっているのだ。クリスマス前に冬至が来る。初夏の一番日が長くなる側へ切り替わることになる。ただ、日照時間が長くなりつつあっても寒い。これは気圧配置が冬型で、北からの冷たい空気のためだろう。そのため、日照時間が一番短い冬至が冬の底にはならない。気温は分かりにくいが、日の出日の入りの時間は分かりやすい。目に見えるためだ。ただ昨日と今日とでの差などは分からない。
 
 カメラ方面だが、ソニーのα6000の未使用品が消えていた。売れたのだろう。これは一台しかなかったので、早い者勝ちだったようだ。しかし、ネット最安値と数千円しか変わらなかったので、ものすごく安かったわけではない。
 またネット最安値のショップからα6000が消えていた。これも数日で売れたのだろう。アマゾンの価格とはかなり違い、安い。ネット最安値とアマゾンの価格が同じものがあったりする。差がない商品も。
 ネット最安値のショップで買うと手間がかかる。いちいち住所とかを書かないといけない。送料や消費税や着払いなどの金額を加えると、結構高かったりする。ネットショップのカメラのほとんどは消費税込みのになっているので、がたんと値段が高くなるわけではないが。
 しかし、こうもα6000の値段が落ちないのではうまみがない。オリンパスのミラーレスも新型が出たのに、値が落ちない。これもうまみがない。うまみがあるのはニコンの一番安い一眼レフ。元々安い。オリンパスのミラーレスより安かったりする。
 そしてニコンの一番安い3400はネット最安値とアマゾン価格との差がない。
 この前、キャノンのX7を買う気で盛り上がったのだが、在庫切れで何ともならなかったが、そのとき検討したのがライバルのニコン。欲しかったのは光学式のオーソドックスな一眼レフで、軽いタイプ。だからニコン3400もそれに該当する。しかし、その時点ではX7の方が軽くて安い。だがニコンは最新機。重さは数グラムの差。だからほぼ同じなので、軽さでは合格。しかしα6000はさらに軽くてすっきりとしている。だがこれはミラーレス。レンズ交換式のコンパクトデジカメと仕掛けは同じ。
 ニコン3400だと望遠ズームが450ミリまで来ている。少し長くて重くなるが、500ミリに近いので、300ミリや350ミリとは少し違う。あと少しの寄りが違う。しかし重くなるし、レンズの飛び出しはかなりのものになり、レンズの端にボディーが付くスタイルになる。レンズの方が若干重い。だから鞄の中に入れたとき、レンズを握って取り出せるので、出しやすいのだが。重さは推測で800グラムを超える。まあ、1インチタイプのネオ一眼がその重さになるので、それほど苦ではないが。軽い目のノートパソコンを鞄に入れるようなものだ。
 α6000やオリンパスの標準ズームは沈胴式で電動ズーム。ニコンは機械式の沈胴だが、あまり短くならない。その代わり、さっと回したり、さっと微調整ができる手動式のメリットはある。ただファインダーは小さく、電子ファインダーに比べ見劣りがする。
 薄暗い室内でファインダーを見ると、光学ファインダーは実際よりも少し薄暗く見えるが、電子ファインダーなら実際より明るく見える。これは露出が反映しているためだろう。屋外では逆に綺麗でなめらか。シャッターを押すとミラーありなので、ミラーの跳ね返り音が響く。シャッター音と同時に。
 現実の風景とファインダーを覗いたときの絵はほぼ同じ。電子ファインダーだと加工された絵になる。だから、覗いたとき、既に絵になっている。これはいいのだが、少しだけ違和感があり、肉眼で見ていたものとは違う絵がファインダーにある。これは凄い芸当なのだが、これはコンパクトデジカメと同じ仕掛けなので、違和感はそれほど感じられなくなったが、たまに古い一眼レフのファインダーで見ると、その差がよく分かる。そしてそれが結構新鮮で、光学ファインダーでの撮影が楽しいというのは、このことだと実感する。ここだけは電気物ではなく、きわめて生に近いものを見ていることになるのだから。
 まあ、そんなことを思いながら、フィルム時代の基本ベースとほぼ同じの一眼レフが、逆に今は新鮮だったりする。一眼レフ系の原点に戻れということだろうか。
 
 

■■ 2017年12月04日 月曜 9時13分
 
 今朝は久しぶりに遅く起きてきた。寝る時間はいつもより少しだけ早く寝たのだが、寒いので、よく寝てしまったのだろう。特に支障はないが、一日が短く感じられたりする。これも支障はないのだが。
 遅い目に入った朝の喫茶店だが意外とすいている。いつもなら出る時間で、満席近いことがある。ただ完全に満席になることは最近ない。混んでいるのを見て中に入ってこない客もいるかもしれない。狭苦しく思い、スルーする。
 今朝は月曜日、その関係かもしれない。寒い冬の月曜日の朝。これだけで生きていくのが辛いと思わないまでも、気が重い。ここが夏と違うところ。夏なら朝はそれほど暑くはなく、それなりに快適。昼間に比べて楽。だから朝は歓迎。冬場はそうはいかない。朝夕は厳しい。昼間は少しましになる。
 昨日は晴れており、昼に行く喫茶店の戻り道、久しぶりに尼崎の中古屋へ向かう。半ば散歩代わりに。
 行くまでに昔の村が残っており、その路地を抜けていく。まっすぐで大きな道があるのだが、それでは退屈する。
 最終的には山手幹線という大きな道路を進むと、中古屋がある。分かりやすい場所だが、周囲は工場が多い。
 中古カメラを見るが、出物はない。一台だけ新しく入ったものがあった。それ以外は前回見ときと同じで、全て売れてしまっている。これは景気に関係しているのだろうか。適当なカメラが欲しいとき、または必要なとき、中古で安いのを買う人が増えたのだろうか。この店だけではなく、他の中古屋でも似たような感じだ。品がないのだ。逆に言えば景気がいいので、カメラなどを売りに行かなくてもいいのかもしれないが。まあ、中古カメラの棚だけでは伺いしれない。こちらが行っていない期間に入荷し、そして出て行ったカメラもあるに違いない。だから定点観察にはならない。
 一台だけあったのはキャノンの古いデジタル一眼レフの中級機。軍艦部の肩にサロンパスのような液晶があるので分かる。
 これが2万円台。昔なら高級一眼レフだ。その証拠に望遠のようなレンズが最初から付いている。17から80となっている。だからキットものの標準ズームではない。デジタル一眼レフの寿命の短さを感じてしまった。昔の一眼レフで、中級機で、いいレンズが付いているのだから、値は下がっても、今も使えるが、デジモノはそうはいかない。おそらく今のイオスの一眼安いカメラの方がよく写るだろう。
 このイオスの中級機、重そうなので無視。それとバッテリーのタイプも違ってきているはずだし、カメラに付いているバッテリーは、もう劣化して厳しいだろう。だから手が出せない。2万円台とはそういう意味だ。
 その帰り道、帰路へ向かわず、逆側の大阪方面へと向かう。山手幹線が川を渡るところへ出るためだが、自転車で入り込むには厳しい車線。歩道がない。
 それで、土手に突き当たったところで、別のところから土手に上がる。この川、まだ合流していなければ藻川だ。そこで河原などを写す。
 冬の土手は寒いが、昨日は天気が良く、気温も高い目。日差しがあるためだろう。だから苦にならないが、川を渡る気にはなれず。
 たまに通る土手道だが、古い家があり、その屋根が土手の下にあるのだが、行ったことがないので、それをターゲットに階段坂を下りる。
 古い農家と神社を見つけたのだが、規模は小さい。しかし、まだ入ったことのない神社があるので、ここは何処かの村の離れではなく、独立した村があったのだろう。大きな墓場近くだ。村の墓場ではないので、その広大な墓場に村があったのかもしれない。こんな広い村の墓場はないので、田んぼだったのだろうか。
 この墓場で、旧村時代の地形が変わり、村としての塊が把握できなかったのかもしれない。
 神社はこじんまりとしたものだが、大きな銀杏の木があり、境内に黄色い葉が落ちているので写す。所謂銀杏型の葉だ。銀杏なので、本物の形だ。銀杏返しの髪型とかいうので、大きく開いたあの形から来ているのだろうか。銀杏の木は結構高い。
 あとは自転車がぎりぎり通れる路地をぐるぐる回りながら帰路へ。こういう村の路地は行き止まりになることはまずないので安心。そして狭すぎて車が入ってこれない。
 しばらく行くと、よく見かける別の村落あとに出るのだが、そこに柿の木があったので写す。赤い丸い玉が印象的だ。
 少し遠い目の散歩に出る気は出るときなかったので、カメラはニコンの旅カメラ。久しぶりに見たことのない初めての場所へ入り込んだのだから、このカメラでは物足りない。町中では、このカメラでいいのだが、自然の風景などを写すときは、もう少ししっかりと構図が分かるようなファインダー撮影の方が美味しい。
 ちょうどその日は、クリスマスカメラの選択をやっていたので、そういうことが気になったが、ニコンの一番安い一眼レフに付いている望遠ズームでは、自然物はいいが、町中では厳しい。レンズが大きいので構えにくい。重いこともあるが、砲を向けるような感じになる。
 オリンパスのミラーレスのキット付属の望遠ズームなら小さくていい。先日同じ山手幹線沿いのコジマで見たときの印象が良かった。電源レバーがいけないが。その他はいい。しかし、自然物なら光学ファインダーで覗いた方が味がいい。実際には電子ファインダーの方が見えやすいのだが。
 ソニーのα6000に付けたときの望遠は長いが細い。そして意外と軽いのは300ミリ少ししかないためだろう。計算したわけではないが、α6000のボディーがかなり軽いので、オリンパスより軽いのではないかと思える。受光素子は一回り大きいのに。
 ここにニコンの一番安い一眼レフが入り込むのだが、それよりも軽いキャノンのX7は遠ざかった。品薄で価格が上がっているため。それとニコンに比べ、かなり古い。最新のX9は買う気がない。X7の小ささ軽さが好ましいから、重いと値打ちがない。
 今朝持ってきたカメラはソニーの旅カメラ。これが一番綺麗に写る旅カメラだ。しかし小さいので操作性はあまり良くないが、これまで買ったコンパクト系の中では、一番安定した写りをしている。
 すると、ソニーα6000がまた浮上した。
 
 

■■ 2017年12月03日 日曜 8時33分
 
 今朝は晴れている。気温は昨日よりも少し上。寒いことは寒いのは5度少しのためだろう。このあたりの1度の差は分からない。2度ほどの差なら何とか分かるが、気のせいに近い。10度差なら大いに分かる。20度差ならこれは夏の朝の気温。25度の朝の気温は夏場としてはましな方。こういうのゆっくりと変化していくので、いつの間にか20度差になっていたことになる。これが真冬の氷点下になると30度差だ。その差だけで真夏分ある。流石に大阪方面は氷点下何度かにはならない。せいぜいマイナス1度か2度ほど。
 砂漠などで夜は冬で昼間は夏のような地域があるかもしれない。
 
 昨夜寝る前ネットが切れた。土日にかかる深い時間で、メンテナンスでもやっているのかと思ったので、そのままにして寝た。ネットが本当に来ていないことが年に一度か二度ほどある。これはすぐに回復する。半日近く繋がらない場合は、これはニュースになるだろう。
 それで、朝、パソコンを起動させると、繋がらない。これは長すぎる。だからパソコンがどうかなっているのだろう。それで、ノート側で見ると、そちらも繋がらない。するとネットが来ていない。お隣の家には来ているかもしれない。つまり、機材の故障。これは一度あり、NTTに電話してモデムを交換してもらった。無料だ。
 モデムまで行かなくても、その前にモデムと繋いでいるルーターが先。いつもどんなランプが付いているのか忘れたが、点滅がない。いつもなら点滅している。モデムを見ると、ランプは全部付いているので、問題なし。
 まずはルーターの電源を再投入。このルーターは無線用に買ったもので、安いもの。電源を入れ直すと、準備をし始める。ランプが五つほど付き、何やら始めている。これはすぐにいつものランプの数にはならない。最初は多い。
 そして、ランプが、いつも見慣れた数と色になったとき、パソコンのネット接続のマークに付いていた×点が消えた。試しにそれをクリックすると、Wi−Fiを探している。あとは自動接続で、そのルーターに繋がるだろう。近所の家からきているのも引っかかる。これは喫茶店などに入ると、ものすごい数が表示される。
 それで、無事繋がった。ルーターの都合が悪かったらしい。コンセントの抜き差しだけで直ると楽。寝起きから、ネット接続云々で面倒なことはしたくない。
 
 昨日は用事で塚口方面へ行ったので、その戻り、もう少し足を伸ばして尼崎に入り込む。南下すればそのうち大きな道に出る。山手幹線という大きな道。一番山側を走っている大きな幹線道路で、大阪までいってしまうのだろうか。まだ繋がっていないかもしれないが、神戸大阪市内を結ぶ一般道路は二本ほど。高速は二本走っているはず。当然高速の下を行けばいいのだが。昔は2号線だけ。山陽道だ。これは九州まで行ってしまう。
 その山手幹線沿いにコジマがある。カメラ屋と合併した店だ。そこへ久しぶりに新品カメラ見学。この前から上がっているソニーα6000の値段などを見るのが目的。値段はアマゾンと変わらなかったが、近所の家電のものより1万円は安いが、ネット最安値よりは当然高い。ネットで買うと宅配便が面倒なので、最近はリアル店で買っている。しかし値段が高い品物は、値段差の額も大きい。下手をすれば安いコンパクトデジカメ一台買えたりするほどの差になる。真冬のごついコート類が買えたりするのだから、数千円の違いならいいが、1万円以上の違いがあると、ネットで買う方がいい。何も買わなければもっと安いが。
 α6000を見たあと、オリンパスのミラーレスを見る。型落ちになっているタイプだが、値段は下がっていない。マーク2か3か、そこは忘れた。マーク数が小さいタイプだ。それに望遠ズームを付けて展示されていた。これが小さい。300ミリまでで、しかもハーフサイズなので、当然ソニーよりも短いし軽い。以前このタイプを持っていたが、ズームが固くて、ねじのように回さないといけなかったが、スムースになっていた。ただ、ズームすると怖いほど伸びて、コンパクトカメラのズーム機のように天狗の鼻状態になる。似たタイプのパナソニック製はズームしても全長は変わらない。
 しかし、気楽に使える望遠としては、ちょうどいい。手に馴染むが、このミラーレスの電源レバーがいけない。これが全て打ち殺してしまう。オリンパスのカメラが買えないのは、電源レバーだ。ファインダーのないタイプのペン普及機ならボタン式で、最高に軽快なのだが。
 また、電源レバーは二段階あり、引き切るとストロの撮影になるのだろうか。こういうのはあらっぽく引くので、二段階目までいってしまう。そして位置が悪い。左側にあるためだ。そして、このカメラ掃除が大変だろう。凹凸が多いので隙間にほこりやゴミが溜まるタイプ。いいカメラで昔のOMが復活したような感じで馴染みがあるのだが、単純なところで、損をしている。ダイヤル類が多すぎる。
 だから、α6000のシンプルさと比べると、使いにくいと感じる。値段的にはオリンパスの方が安いので、それだけの理由で、オリンパスにするわけにはいかない。
 キャノンイオスX7が一台残っていたのだが、消えたようだ。標準ズームだけのセットだった。高い目のコンパクト機よりも安かった。
 そして触っていないが、ニコンの3400の値段を確認する。こちらは上位機食いの最下位機だ。バッテリーが長持ちし1200枚ほど写せるようだ。300枚あればいいのだが、とんでもないほど長持ちするので、たまに写すのなら年に一度の充電ですみそうだ。ミラーレスは常に電子ファインダーなどで電源を食うのだがソニーのスタミナ電源は別だろう。それとカシオも長持ちする。
 先日最後に買ったカメラがニコンの旅カメラ。これが結構いい。シンプルなためだ。
 それで気をよくして、ニコンの一眼レフが浮上してきていたのだが、このカメラ、かなり軽いのだが、望遠を付けると少し大げさになる。ズームは400ミリを超えている。一昔前のネオ一眼の高倍率ズーム機程度の。しかしポケットに入るニコンのコンパクト機は800ミリ越え。その旅カメラで日常を写していて、一眼レフの大げさな望遠を付けていて半分かいということだ。スペックダウンになる。ニコンのネオ一眼なら1400ミリまである。その上位機は2000ミリ。望遠では圧倒的に受光素子の小さなコンパクト系が圧勝。ただ、中望遠域でのボケ具合で差が出る。400ミリ越えはしているが、300ミリとの差はそれほどないのなら、オリンパスの望遠ズームの方が取り回しが楽。
 しかし、ニコンの3400を注目するのは、光学ファインダーであること。昔の一眼レフと構造は同じなのだ。ただ安く軽くするため、ガラスのプリズムではなく、鏡を使っているが、見た目は分からない。
 しかし、以前この3400より何世代か昔のタイプを中古で買ったことがあるが、ほとんど使っていない。画質的に凄いということはなく、ただ大きく不便なだけになっていた。コンパクト系で撮したものの方が綺麗だったりする。決して目が悪いわけではないが。
 ただ、光学ファインダーで見る被写体はいい。電子ファインダーの方が見やすすく鮮明で分かりやすいが。
 このニコンの一番安い一眼レフキット、近所の上新で広告の品として展示されている。32ギガのカードが付いた程度で、結構高い特価だ。価格は相談に応じますというのがいけない。相談に応じた後の価格で売って欲しいところだ。ネットではアマゾンで普通に安い。最安値とそれほど変わらない。
 しかし、普段写し、散歩でのちょい写して、撮影とは言いがたい日常の中では、先日買ったニコンのコンパクト機の方が利に適っている。
 年末、無条件でカメラを買ってもいいのだが、買えるカメラがなかったりする。
 
 

■■ 2017年12月2日土曜
 
 今朝は寒く最低気温は2度台になっていた。朝に近い夜の一番寒い時間帯だ。起きたときはもう日は上がっていたが、それでも5度台。これも厳しい。自転車だと手が冷たく感じたりする。そういう季節に
なっている。よく晴れているので、そのせいかもしれない。曇っている日は気温は高い目に出るが、それでも冬なので、暖かいわけではない。
 寝る前から寒かったので、電気毛布を付けて寝たのだが、途中で何度も目を覚ました。寒いためだ。この寒さでいいのかと問い合わせるような感じで、目が覚めた。これは危険を知らせているのだろう。これからはこの寒さがさらに強くなる。冬なので、それは毎度のこと。
 
 今朝は久しぶりにポメラを持ち出している。小さなパソコンだが、テキスト打ちしかできない。OSはウインドウズでもなければアンドロイドでもない。オリジナルだ。こういうオリジナルのOSというのは今では珍しいかもしれない。ローカルすぎるので普通のパソコンとのファイル共有とか同期とかはできない。一応ネットらしきものは付いているが、メールとしてテキストを送れるだけだが、面倒な仕掛けで、ほとんど実用性はない。
 昔シャープからザウルスという小さな端末が出ていた。何機種か買い換えながらそれをメインとして使っていた。ポケットに入る。今で言えばスマホのようなものだ。ネットもできる。これが独自のOSだったが、後半機になるとリナックスになっていた。物理キーが付いており、両手親指で打てた。だから立ったままでもタイプできたが、スピード的には二本と十本の指の違いで、遅かったが、実用性はあり、テキストは全てこのザウルスで打ち込んでいた。
 このザウルス時代はPDAという端末が流行っていた時期。マイクロソフトからも小さなウインドウズのようなものを出していた。ソニーからも出ており、こちらはソニーらしく、カメラが付いていた。それが回転するので、隠し撮りには重宝した。その前に出ていたソニーの小さい目のノートパソコンにも回転式のカメラが付いており、目玉バイオと呼ばれていた。尻のポケットに入れている宣伝があったような気がするが、それほど軽くも小さくもないが、フルサイズのウインドウズ機だった。
 ポメラはその系譜で、今はタブレットでもポメラ以上のことができるのだが、目玉はキーボード。そしてメニューの全てはテキストに関する項目ばかりで、テキスト打ちに特化した端末。パソコンとの接続はUSBコードでファイルのやりとりができることと、その状態で充電してしまえる。これで自動共有できればありがたいのだが、ネットの調子が悪いときでも、使えるので、ストレスは意外となかったりする。
 このポメラを持ち出すと鞄が軽くなるし、小さな鞄でも使えるようになる。鞄の中に差し込むのではなく、鞄の底ほどの幅しかないので、底板のように収まりがいい。起動も速く、モニターを開けば閉じたときの画面になる。マウスは使えず、キーノードだけだが、ほとんどが短縮キーでやってしまえる。日本語変換はATOKのいいタイプ。辞書が大きいこととほぼパソコン版と同じ機能を持っているので、アンドロイド版とは違う特注ソフト。そのため、ソフトの更新はない。ポメラ本体も更新などはない。ニューバージョンは数年しないと出ない。まだ売られているだけましだが、ザウルスのように途中で消えてしまうと残念だが。つまり数年で壊れたりしないが、キーボードが反応しにくくなったりするので、くたびれたときに新製品が出ればありがたいが、数年後だろう。五年ほどは何ともない。つぶれていないのに、新製品を買ったこともある。機能的に上がったためだ。しかし始終新しいのが出るタイプではないので、しばらくは忘れている。
 
 昨日はソニーα6000を追っていたのだが、紅葉のシーズンも終わりかけなので、近所の紅葉を写す。そのとき持ち出したのが同じソニーの旅カメラ。ポケットに入る。上着の胸ポケットにも入る大きさで、超望遠付き旅カメラとしては世界最小。これは3月の誕生日に買っている。これで紅葉を写したのだが、流石にファインダーがないので、何処をどう切り取ったのかがはっきりしなかったが、戻ってから見ると結構よくとれている。もうこれで十分な画質だ。これをα6000で撮ればしっかりと構図は作れるが、今、広角側で写したついでに望遠で、もっと寄って切り取ろうとしたとき、ダブルズームキットでは無理。無理ではないが、レンズを交換しないといけない。標準ズーム付きだけなら軽くて軽快だが、望遠は長い。それも持ち出さないといけないし、その場所でレンズ交換などしにくい。ソニーにも高倍率標準ズームがあるのだが、高い。それにダブルズームキットで買ったものが無駄になる。それと300ミリ少しでは切り取れない。旅カメラだと700ミリある。やはりこういう一寸した撮影なら旅カメラの方が便利。そしてよく写っていたので、α6000への気が削がれた。
 また、ファインダー撮影なら、この前買い換えたパナソニックの旅カメラならファインダーは付いている。ソニーの旅カメラの上位機にも付いている。
 これでα6000が逃げ出したのだが、昔のコンタックスのイメージが、このカメラには残っている。
 それとは別に、キャノンのX7を欲しがったのは、ファインダーだ。自然の風景などを写すとき、電子ファインダーではなく、光学式のファインダーの方が美味しいためだ。そしてピントの曖昧さがない。ピントに関しては多機能なことはできない。ミラーレスは結局はコンパクトカメラと仕掛けは同じ。
 それで、元に戻ってX7を追いかけるにしても、これは世界最小最軽量のためだ。しかしニコンもそれに肉薄しており、結構小さく軽い。3400の型番で、ニコンで一番安い一眼レフ。ダブルズームキットに付いている望遠は400ミリを超えている。これを付けると、流石に大きく重くなる。さらにニコンのネオ一眼なら1400ミリまである。重さは倍以下になる。やはりネオ一眼が強いので、一眼レフだと不便になるが、では光学ファインダーはどうなったのかとなる。
 そのファインダーだが、一眼レフのファインダーではなく、昔のライカ式の距離計連動タイプのビューファインダーに近いのがパナソニックの旅カメラの電子ファインダーだ。これは小さいためだろう。
 これでα6000が手からこぼれかかってしまったが、文脈ではなく、文節を変えて再アタックしないといけない。文節、それはこぶしだ。都はるみのようなこぶしだ。
 
 
■■ 2017年12月1日(金) 午前8時34分
 
 今朝は晴れている。朝方寒くなったので、電気毛布のスイッチを入れた。
 起きてからパソコンを起動すると、昨日の続きのウインドウズの更新中。一晩更新していたわけではなく、何度か再起動するとなっていた。寝る前更新してから終了を選ぶと、そのまま終了した。今回はいつもより時間がかかると出ていたので、寝る前にしたが、起きて電源を入れると更新中となっており、そのパーセント数字がなかなか動かない。それで、今朝はネットを見ていないので、気温も天気も分からない。
 ノートパソコンで見ればいいのだが、そこまでする必要がない。ノートパソコンは休止状態のままが多いので、滅多に再起動しない。
 再起動が必要なのは、マイクロソフトのクラウド倉庫の共有が詰まるときだけ。なかなか共有しないときがあり、そのときは再起動させると、動き出す。
 昨日まで空具合は悪かったので暖かめだったが、今朝は晴れているので、少し寒いかもしれない。一日を通して十度あればこの時期としては暖かいだろう。しかし晴れたので、朝の気温はまた五度を切るほど寒くなるかもしれない。
 しかし、今朝は湿気がなく、カラッとしているが、風や空気が鋭くなったように思える。空気が変わったのだろう。
 最後に買った三万円台のゲートウェイのノートパソコンは文句一つなく使っている。だからそういう道具に関しては、言うことがない。
 まあ、一太郎というワープロしか使っていないので、重い作業をするわけではないのだが。
 それでもこのノートよりはるかに高いNECノートよりも動きはサクサクしている。当然NECの方がスペック的には早いのだが、実際には遅いし引っかかる。特に日本語変換中や、未変換文字を打っているときにすらっと行かないことがある。これは何だろう。3万円台のノートの方が軽快で、文句が出ないというのは。
 これは教訓になるのかどうかは分からない。多少遅くても、実用上充分というのではなく、逆に早くて軽快。キーボードも打ちやすく、スラスラ打てる。だから安いノートの方が上回っている例となってしまう。おそらくNECの高い目のノートは欠陥品なのかもしれない。スペック的に3万円台のノートよりも高いのだから。処理もスムースなはず。
 これはCPUタイプと、ソフトとの関係、相性かもしれない。たとえばゲームソフトの場合、グラフィックボードの力よりも、CPUの差の方が大きいゲームもあるらしい。
 このゲートウェイの11インチノート。その大きさでは打ちにくいはずなのだが、それもない。本当は10インチサイズのキーボードが好みなのだが、11インチでも打ちやすく、少し広いので窮屈さがないという良さも出るほど。
 だから、文句なく使っているので、あまりこのノートに関して触れることはない。
 さて、今日から12月。押し迫った。今年もあとわずかというところまで来ている。これは毎年そうだが、押し迫られて怖い目に遭うわけではない。
 
 昨日ターゲットとして、また狙い始めたソニーのα6000だが、これが古いのに値段が下がらない。上新のリアル店より、上新のネットショップの方が多少安い程度だとみていると、お一人様一台、お取り寄せとなっている。翌日配達ではなく、12月の中頃予定となっている。このカメラ、まだ作っているのだろうか。このα6000の次に二機種ほど後継機が出ているが、店頭では見かけない。差が見えにくいためだろう。新製品よりも若干軽い。だから買うとすれば最新タイプではなく、この初代だ。
 このカメラは中級機で、同じようなスペックでの入門機はない。あるにはあるがファインダーのあるなし程度。だから一クラス下の機種ではない。
 それで、ネットでの価格を調べていると、リアル店と大した違いはない。それで中古を見ると、これも新品との差がそれほどないが、一点だけ安いのがあった。リサイクルショップがアマゾンで出しており、未使用品。他の中古の良品よりも安い。未使用なのだから、最高の美品のはずなのだが。
 未使用だが確認のため開封していると、記されている。展示品は未使用品ではない。個人が持ち込んだものだろうか。一度も使わず、元箱のまま安置していたとか。
 リサイクルショップなので、誰かが持ち込んだものかもしれない。未使用品なので、評価はない。中古なら程度の詳細が書かれている。レンズ曇りありとか、小さなゴミありとか、ボディーに擦れありとか。それを省略しているのは、未使用品なので、言う必要がないためかもしれない。
 まあ、どちらにしても高いカメラは新品では買えないので、中古になる。
 この未使用品、海外向けの逆輸入ものではないかと疑ったり、一番初期の、まだ熟れていないときに作られたものではないかと、疑ったりした。
 アマゾンで中古を見ると、この商品だけがプレミアになっている。
 これを見たのは一週間ほど前。昨日見たときはまだある。まあ、リサイクルショップのカメラコーナーを思えばいい。ひと月か二ヶ月、場合によっては半年ほど動かない商品もある。特に高いタイプだ。これは失敗するとダメージが大きいので、中古は避けるのだろう。しかし未使用なら話は別。これが何やら怪しいので、手を出さないのかもしれない。
 たまにリサイクルショップを複数回ることがあり、そこで何台か買っているが、問題は何もない。普通の中古カメラと同じで、程度などが書かれている。
 また新品カメラでも初期不良があったりするので、新品なので安心なわけではない。
 そう言えば数年前の年末、リサイクルショップにα6000を買いに行ったことがある。しかし、そのとき、富士の高級コンパクトがあったので、そちらを買ってしまった。α6000はいつでも買えるが、富士のそれは滅多に出ない品のためだ。そして相場よりもかなり安かったので、それを持ち帰ったが、行くときはα6000を目標にしていた。
 それでしばらくして、見に行くと、α6000は消えていた。そして最後に行ったときは、めぼしいカメラは全滅しており、中古在庫が枯れていた。売りに来る人が偶然減ったのだろう。その後行っていない。遠い場所にあるためだ。商品がまったく動かないリサイクルショップもある。怖い値段で売っているためだろう。安いから行くので、高ければ、そこでは買わない。
 もう一軒の比較的近いところにある店は入り口のいいコーナーにあったのだが、奥へひっこでしまった。在庫を見ると、こちらも淋しくなっていた。出るものは全部出てしまった。
 このα6000,なかなか買えないのは値段が高いためだろう。それだけではなく、コンパクト系やネオ一眼のほうが便利なためだろう。
 ちなみに世界最小最軽量のキヤノンX7よりも軽くて小さかったりする。一眼レフはいいのだが、大きく重いのが欠点だが、一番ましなのが、このα6000。欠点は高いので手が出ないだけ。
 
 

■■ 2017年11月30日(木) 午前8時09分
 
 今朝は曇っている。雨も降っていたようだ。そのためか夜は10度以上あり、朝も変わらず。雨の日は一日の気温が安定している。差が少ない。そして気温が高い目になる。
 最低気温が10度あたりだと平年並か、それよりも少し暖かいかもしれない。これは雨が降っているので、当てはまらないかもしれないが。そのため、昨夜は電気毛布なしで寝た。朝方少し寒く感じたが、これはそんなものだ。
 寝起きの喫茶店へ行くとき、ひんやりとした空気で、気温のわりにはそれほど暖かくはない。真冬の服装で充分。しかし湿気がありそうで、少しむしっとする。冬場は空気が乾燥しているはずなので、湿気は合わない。雨なので、当然湿気るが。
 暑いのか寒いのかよく分からないし、気温の数値がそのまま反映しない。風はなく、穏やかだが、空は真っ白で、また降り出すかもしれない。
 今朝は少し早い目に起きてきたので余裕。朝の喫茶店の開店直後に入る理想的なタイム。先日から寝る時間を後退させたためだろう。それで十分な睡眠が取れるはずだが、もう一段後退させると早く起きすぎになりそうだが、充分すぎる時間眠れる。二度寝か三度寝までできそうだが、これは眠れるときで、それ以上眠れないときは、朝の喫茶店までの時間がありすぎて、時間を持て余す。
 
 11月は今日で終わり、明日から12月。12月といえばクリスマスで、クリスマスは無条件でカメラを買ってもいい。そういう決まりは世間にはないが。
 先日買ったニコンの旅カメラはコンパクト系のダメ押しで、これでもう充分望遠域を含むコンパクトカメラ路線は充実した。だから無理に探さないと、次のカメラが出てこないのだが、こういうときは中古カメラ屋周りをすると、偶然の発見があり、こんなカメラがあったのかと思うところだが、実際にはめぼしいカメラとはもう遭遇しない。中古でどんなカメラがあるのかは分かっており、初めて知るようなカメラがデジカメの場合、もう見付からない。これがフィルム時代のカメラなら、謎が多い。それはまだ生まれていない頃に出たようなカメラや、海外製もあるためだ。しかし、デジカメ時代になると、話が違ってくる。それは機械ではなく、デジタル処理で決まる箇所が多いためだ。だから新しいほどレベルが上がっているのだが、見た目では分からない。
 カメラを買い換えるのは、中のエンジン部を買い換えるようなもので、機械的には殆ど同じなのだが、新しいほど早かったりする。そのため、機械式だけのカメラのように長くは使えないことになる。つまりデジモノは寿命が短いのだ。見た目の変化は少なくても、中身がごろっと違い、別のカメラになっていたりする。ただ、写りが段違いということはなく、昔のデジカメで写したものを今見ると、意外と写っていたりする。ただ液晶が見えにくかったり、一枚写したあとの二枚目を写すとき、かなり待たされたりする。感度が低く、上げると、暗い場所はノイズだらけになったりする。
 しかし、カメラがいくらよくても、写すものとの兼ね合いがある。用途だ。1キロを超えるようなカメラを毎日鞄に入れて日常を写せないだろう。最初はいいが、そのうちくたびれてくる。撮影に行くのならいいが、日常のちょい写し程度では持ち出す頻度が落ちる。だから用途とカメラとが合わない。このミスマッチを楽しむ方法もあるが。
 今年はもう充分カメラを買ったので、買いすぎの反省をしないといけない。その後使っていないカメラがあるためだ。これは気分的に買いやすいカメラに多い。特に安いカメラ。
 先日はキヤノンのX7という世界最小最軽量の一眼レフ、レジまで迫り、財布から札を出したのに買う直前で在庫切れだと分かり、これは縁が無かったのだと思うしかないが、それ以上追わなかった。取り寄せの手もあったのだ。ネット最安値の値が上がっており、タイミングを逸している。買うべきチャンスはいくらでもあったのだが、全て未遂に終わっている。これは値段が高い目のコンパクトデジカメと変わらないほど下がっていたためだろう。それと、一眼レフ系ではこの小ささ軽さがましな方。大きく重いと持ち出せない。しかし、望遠を付けるとかなり大きく重くなる。これでぞっとするので、なかなか追い込めないのだろう。標準ズーム付きだけなら軽くて軽快なのだが。
 といっても一眼レフの形をしているため、日常の中で気楽に振り回せるタイプではない。写しに行ったときは快適なのだが、滅多に行かない。
 日々の用事での移動先も同じ場所の移動なので、用事で知らない町へ行くと言うことは最近ない。また用事があるとき、そちらに気を取られるだろう。
 撮影用途や、その他諸々の事情を無視してでも欲しいと思うカメラは滅多にない。
 ただ、そこを強引に掘り返すと出てくるカメラがある。これは毎回最後の最後に出てくるカメラ。それはソニーのα6000だ。
 このクラスで、この小ささ、この軽さがポイントだ。標準ズームだけを付けた場合、ポケットに入ってしまうのが味噌。クリスマス、買うとすればこれで、これは三年越しだ。毎年買えないでいる。
 

■■ 2017年11月29日(水) 午前8時21分
 
 今朝は曇っている。そのためかそれほど寒くはない。平年並かもしれないが、最近寒い日と、ましな日が交互にあり、安定しない。夏なら暑いだけの日がずっと続いているが、冬もそうなるはず。冬がもう少し深まってからだろうか。
 しかし一度真冬並に着込んでしまうと、脱げないものだ。
 今朝は雨が降っているのかと思うほど暗い。雨の日でも明るいことがある。空が灰色になっているためか、夕方のように暗い。そのため、目が覚めたとき、部屋が暗いので、まだ明け方だと思っていた。夜の暗さではないものの、時計がしっかりと見えない。ここでしっかりと見えると朝になっている。読み取れないとまだ夜。時計を見る前に大凡のことは分かる。しかし夜は長いので、朝ではない程度の違いしか分からないが。
 11月もそろそろ終わり、師走の12月。先生も走るほど忙しい月らしいが、年の暮れにやる用事が多いのだろう。
 この12月は一気に過ぎるのだが、それは12月中にはあまり感じない。最中のためだろうか。そう感じるのは断層があるため。年越しだ。そして年が明けてから思い出すところの12月。ただの12月ではなく、去年の中に含まれるため、去年の12ヶ月間も含まれるためかもしれない。月間と年間の違いだ。
 年明けで年を越したことで、意識が一日で去年になる。この思いは月を超えた程度では感じない。ただ、季節を越えたときは感じられるが。
 雨戸を閉め切り、部屋の中で閉じ籠もり、外との接触を一切絶った状態なら、感じないかもしれない。単に一日が過ぎ、一日が始まる程度。または起きた程度、寝た程度。
 年を越えたというのは本人の生理的なことではなく、そう言う情報が色々と入ってくるためだろう。
 こういうのは単独ではなく、集団で生きている群れの中の一人という猿が残っているのだろう。
 ボス猿というのがいるのかどうかは分からない。ただ大きく強いオス猿がボスのようになるが、これは単に仲裁役かもしれない。ボス猿の言うことなら聞くという約束のような。これがさらに進めば、神になる。ただのまとめ役かもしれない。
 ボス猿は大きいと強い。強いからボス猿。しかし普通の大きさでも強ければボス猿になれるだろう。しかし大きい方が有利だし覚えやすいので、大きな猿がボス猿になることが多いのだろう。
 いずれも人間から見た観察で、実際に猿はどう思っているのかは分からない。人が思っているようなボス猿ではなかったりする。
 
 ここ数日スーパーへ行っていないので、野菜がない。芯だけになりかけのキャベツと、長ネギが数センチある程度。
 それでスーパーへ買い出しに行く。野菜は相変わらず高いが、四国から取り寄せたらしいホウレン草が100円台後半。いつも飛騨ホウレン草とかは高いまま。普通の菜っ葉が400円台している。
 だからこのスーパー、安い目の野菜を仕入れてきたのだろう。普段は置いていない四国徳島産。
 いやに太くて泥が付いているような色の悪いネギが安かったので買う。白ネギの倍ほど太い。これも何処かの県の特産で、たまに出る。煮ると意外と美味しい。
 遅い目に行ったので、半額ものが多い。特価台があり、これはただの箱だが、その中に出物がある。遅く行き過ぎると、それらは消えているが、早いと、まだ出ない。
 卵も切れていたので、買う。おでん用の具が色々と出ている。練り物だ。その中でヒロウスのようなものがあったので買う。おでんを作るかどうかは分からないが、練り物と先ほどの汚いが大きなネギと、豆腐を甘く煮れば、おかずになる。ホウレン草は別枠で、これは卵と一緒に焼いたり、味噌汁に入れる。ホウレン草なので、さっと入れるだけでいいので、味噌汁を作るときには便利だ。青いものが入っていればいいのだが、普通のネギでは食べた気がしない。
 冬は腹が減りやすいので、間食も買う。クラッカーがあっさりしているので、それを買う。乾パンのようなもので、封を切らなければ、長持ちする。最近は小袋に入っているので、一気に食べなくてもいい。
 蓬莱の豚まんがあったので、それを買う。大きくて詰まっている。これは昼ご飯になる。しっかりと蒸せば美味しい。
 玉葱も買う。これは一つだけ買う。いつも残るからだ。玉のままなら保存は利くので、小玉が大量に入ったものを買うほうがお得だが、大きい方が肉厚で美味しい。微塵切りにすれば同じことになるが。
 肉や魚は買っていないが、練り物の中に魚のすり身が入っているはず。
 
 
 
■■ 2017年11月28日(火) 午前8時12分
 
 今朝は寒くなっている。寝る前は電気毛布はオフにしたが、朝近くに寒くて目が覚め、スイッチを入れる。12月から一応は冬。11月までは一応秋。これは目安だ。正確なものではないが、11月から冬にすると、春は2月から。これは一番寒いときなので、それでは困るだろう。1月を冬にすると4月から春で、丁度いいかもしれない。春は4月5月6月となる。しかし6月は梅雨。既に初夏がかかっているので、都合が悪いかもしれない。夏は7月8月9月。確かに9月に入っても暑い日があるが。そして秋は10月11月12月になる。12月の暮れ、つまり大晦日、それを秋だとは言えないだろう。クリスマスを秋と言いにくい。雪が降っていたりするので、やはり無理が出る。だから12月からが冬の方がいいのだが、今年の冬が二回できてしまうところに問題がある。今年の冬は明日からだが、今年の初めに既に今年の冬は体験している。今年の冬が二回あるとややこしい。冬がやってくるのだが、既にやってきた。そして12月なので、年はまだ明けていないので、来年の冬とは言えない。そこで今冬という言葉ある。今の冬で、その前の冬ではないという分け方。これはよくできている。
 今季もあり、季節名は言わなくても、分かるだろうということだ。今シーズンでもいい。
 
 昨日はユニクロに寄ると、冬物コート類が新価格になっていた。冬物シーズンが始まった直後に飾ってあったものが奥へ行き、安くなっている。本格的な真冬ものが前面に出たためもある。1割とから2割程度安い。2割だと普通の店と同じ。それがレジにて半額とまでいかないと、バーゲンらしくない。しかしバーゲンはすぐに終わるが二割引とかはずっと続くので、いつでも買える。
 少し丈のあるオーバーが1万円近くしていたのだが、7千円台に落ちていた。中綿はない。このダウンジャケット版が今一番前に飾られており15000円。長い目のダウンジャケットだが、フードが付いているのが気に入らない。それよりも、そんな値段のものなど買えない。ダウンジャケットは汚れやすい。毎日着ていると、一年ほどで厳しくなる。たまに羽織るのなら問題はないが。
 そのオーバーを試着したが、やや窮屈。ダウンジャケットのようなフワッとした柔軟性がない。それと表生地は分厚いのだが、生地が気にいらない。ウール風なのだが、毛羽立ちがない。そしてSサイズで丁度なのだが、袖が短い。やはりMでないと手の指まで隠れない。これは自転車に乗ったとき、手袋代わりにするため。そして、このオーバー、柔軟性がなく、伸びない。だから腕が曲がらないほど窮屈ではないが、引っ張られる感覚がある。肩や背中側から引っ張られているような。これはハンドルを握ったとき、妙な引力を感じたりして、あまりよくない。
 もう一つの特価ものはスタジャン風の冬物。これも中綿はないが、表生地がフワッとしている。そして手首のところに絞りがある。これなら大きい目を買った場合も手が出る。絞りで止められるためだ。ただ襟が頼りない。ただの丸首。だから襟は立たないので、マフフラーが必要。
 試着した感じでは体にフィット。しかし窮屈ではない。下にセーターを着ての試着なので、着込んだ状態でもいけることを確認。自転車に乗る場合は、このスタジャンタイプがいいだろう。その偽皮タイプや、表地がナイロンタイプもある。これのいいやつは米空軍のパイロットが着ているタイプになる。高いところを飛ぶため、寒いのだ。だからスタジャン風は運動性を考慮されている。腕に負荷がかからないように。
 買うなら、これだろう。そして値段が下がったので、いいタイミングだ。値段はオーバーよりもうんと安い。真冬でもいけそうだ。子供の頃は、このタイプのジャンパーで真冬を越したので。そしてダウンジャケットは飽きた。
 
 ニコンA900とパナソニックTZ90を比べてみる。どちらも9ナンバーまで進んでいる旅カメラトップクラスのシリーズ機。トップクラスとは、同タイプではそれ以上の機種はない最上位機という意味で、クラスとはズーム比と受光素子の大きさ。
 大きさは似たようなもので、横幅はほぼ同じで、TZ90がやや分厚い程度。
 気になるのは、電源を入れてから、さっと構え、液晶を見たとき、A900は露出がまだ決定していないのか、暗い。これはニコンのネオ一眼も同じで、立ち上がりが薄暗いので、被写体がよく見えない。それとオートだとストロボを上げてくださいと白い文字が表示されるので、それが目隠しになり、被写体がすぐに見えない。望遠でサーとすぐに寄りたいのにターゲットが見にくいのが少し難だが、慣れれば問題はない。しかしすぐにズームは動くし素早い。起動もズームもTZ90よりも若干早い。TZ90はたまにズームが引っかかることがある。これは故障ではなく、起動しきっていないのだろう。これはたまにそうなることがある程度。両機とも急がないで写せば問題は何もない。
 A900はシンプルなので設定もシンプルなものだが、TZ90はものすごい多機能機で、設定が迷路のようになっている。機能のオプションが多く、選択肢が非常に多い。これはフルオートなら、弄らなくてもいいが。
 重さはニコンの方が少し軽い。しかし、パナソニックの方が貫禄がある。
 一番の違いは、ファインダーのあるなし。猫の顔だと思ってアップで写すと足の付け根だったりする。そういう模様のある猫のためだが、頭と足を間違えるのは液晶ではよく見えないためだ。こういうとき小さくてもファインダーがあると便利だ。これが値段の違いの最大のものだろう。4k動画とか4kフォトで写したあとからピントが選べる機能はおまけのようなもので、そういうシーンは滅多にない。
 どちらのカメラもそれなりに大きいので、しっかりと写せる。小さいカメラほどズームレバーが硬く、シャッターボタンも硬くなることが多い。両機ともシャッターは軽く、ズームレバーも軽快だ。
 まあ、値段の違いがあるので、パナソニック旅カメラの方が比べると有利だが、液晶の回転ではニコンの方が優れており、ハイアングルに対応している。少し引っ張り出さないといけないが、真上から写しやすい。
 
 

■■ 2017年11月27日(月) 午前8時11分
 
 昨夜は雨で暖かかったが、雨が去ったためか朝の一番寒い時間よりも、日が出てからの方が気温が下がっていた。本来なら、夜明け前が一番寒く、そこから上がり出すのだが、下りだしている。これは昨日の雨で暖かすぎたのだろう。そのため、寝るとき、電気毛布を付けると暑かった。
 今朝は晴れており、雨の気配はない。しかし昼間の気温は昨日ほどには上がらないだろう。平年並かと思われる。月曜なので、週明け。晴れている方が仕事へ行く人はいいだろう。これが月曜から雨なら厳しいかもしれない。
 今朝は二度寝したが、寝過ごすことなく、起きてきた。朝、もう起きる時間にいきなり起きると、これは淋しい。目がしっかりとさえ、もう寝たくないのなら別だが。
 だから予定の時間よりも早く目が覚めた方がいい。その時間なら起きる必要がない。堂々と二度寝できる。しかしこれが曲者で、これで寝過ごすことが多い。
 早寝というほどではないが、早い目に寝るようにしている。朝、頑張って起きるより、早く寝ると頑張る必要がない。夜更かしすると睡眠時間が減るため、いつもの時間に起きるのがしんどくなるためだろう。そのまま寝たいだけ寝ると、夜更かし分ズレる。
 
 デジカメニュースを見ていると、情報が遅いのだが、売上げベストテンが始終出ている。一番売れているカメラがこれで分かるのだが、今回は意外なカメラがトップになっていた。パナソニックの型落ちのミラーレスだ。これは二年か三年前の発売。まあ、型落ちなので、安いので、買う人が多いと言うことだが、キヤノンのX7やソニーのα6000がそのタイプ。このあたりのカメラで充分なのではないかというのが先ずある。つまりその後出た新製品とそれほど違わない。新製品としての売りがそれなりに追加されているのだが、値段との折り合いが悪い。そして新製品ほど大きく重くなっていたりする。
 パナソニックのそれはファインダーのないミラーレスで、液晶が回転する。ここで断層があり、それより古いタイプだと回転しないはず。自撮りが流行っていた時期だ。自撮りをしなくても、ファインダーのないタイプは背面液晶だけが頼りなので、回転する方が好ましい。そしてタッチパネル式。
 このパナソニックの旧機が売上げトップになった。一度もトップになったことはなく、ベスト10に入っていない時期もあったはず。前回もベストテンの下の方にいたのだが、いきなりトップに躍り出た。これは不思議だ。
 レンズは24から70あたりの沈胴機械式。だからズームは沈胴だがパワーズームではない。普通に手で回すタイプ。ダブルズームキットのもう一つは望遠ズームだが80から200ほどで大人しい。このタイプなら80から300だろう。200しかないが、その分短く軽い。昔のフィルム時代の80から200は定番中の定番だったが、それに比べると小さく軽い。ハーフサイズのためもあるが、可能な限り軽く小さくしたのだろう。
 この時期、同じハーフサイズのミラーレスはオリンパスでも同じようなものが出ているが、そちらは沈んでしまったのは電子ファインダー付きが出たためだろう。
 このカメラ、コンパクトデジカメの高い目よりも安い。こういうのが中古で転がっていると、手を出しやすい。
 いつもトップ近くで安定して上位にいたキヤノンのX7は品薄になったのか、後退している。最新機が反省したのか、少し軽くなったためだろうか。
 X7の最安値は49000円。それが上がりだし、結構高いものになっていた。今は5200円あたりで落ち着いている。この前エディオンで六万近くなるが、買いに行ったのだが在庫なしで、危ないところだったが、一時の高値から落ちているので、エディオンで高いのを買う必要はなかった。上新では消えていた。
 このカメラは結局は昔懐かしいベーシックな一眼レフと言うことだろう。そして一番軽くて小さい。
 電子ファインダーの優位性や、その見やすさなどはあるが、光学ファインダーのトロンとした見え方の方が写真を写しているような気がする。このクラスでは視野率が低く、四隅は見えていないし、ファインダーも小さい。ハイビジョンの映画を液晶テレビで見ているのと、昔のフィルム時代の映画を見ているほどの差がある。そのファインダーで覗いた絵通りには実際には写っていないのだが。ピント合わせなどはシンプルで、単純な機械として扱いやすい。
 
 
 
■■ 2017年11月26日(日) 午前9時11分
 
 今朝は曇っている。気温は見ていないので分からないが、寝る前に寝たときはそれなりに下がっていたが、朝は暖かいかもしれない。下にセーターを着込んでいるのだが、そのせいかもしれない。これを脱ぐと、寒いかもしれない。こういう中に着込むセーター類は一度着てしまうともうだめだ。春を過ぎてもまだ着ていたりする。そして毛玉ができたりする。その頃着心地が安定する。
 今朝は起きるのが遅くなってもいいと思い、朝、目が覚めかけたが、無視し、確信犯的二度寝となった。昨日は少しだけ早寝したのだが、効果はなかった。
 少し風邪っぽいかもしれない。この時期、寒いのでそんなものだ。風邪なら睡眠が必要なので、寝過ごしてもいいから寝ていた方がいい。寝過ごしても、それほど困ることはないので。
 ただ、寝過ごすと、朝の喫茶店の客層が変わる。伊丹モスはパチンコ屋が前にあるので、パチンコ客が来る。パチンコやスロットルだ。賭場だ。だから博徒客が来る。
 そういえば伊丹はパチンコ屋が多い。昔はよくパチンコをやっていたが、伊丹ではなく、梅田まで出ていた。まだ手打ち時代だ。最近はやっていない。
 昨日はヒロウスや練り物を買っていたので、簡単なおでんを作る。少量の煮物だ。ジャガイモとニンジンも入れる。葉物は高いので、白菜を入れる。味だけはおでんなのは、おでんの素を入れたため。顆粒だ。これが安くていいのだが、少量入れても濃い味。何が入っているのだろう。
 寒いためか、カロリーを欲しがるようだ。そのためか食欲がある。
 
 韓国時代劇ドラマ「花たちの戦い」は復習タイプの悪漢もののようだ。その前に見た「華政」と時代が重なるので、結末が分かる。ある武官の側室の娘がどうやら主人公で、身分的には低い。この人が王の側室にまで上り詰めるのだが、末路は分かっている。だから「女人天下」と同じタイプだろう。そのときの俳優が王の役をしている。重臣達はお馴染みの顔なので、覚えやすい。
「華政」での悪役達が主人公。
 こういうのは上り詰めたあと、破局を迎えるのだが、見るのはそこまで。上り詰める過程が楽しいはず。李王朝時代一番の妖婦らしい。三代悪女とか、そういう言い方もある。しかし、その活躍は痛快だ。出世談でもあるので。
 理想の国を作るために活躍する「華政」と、私利私欲や恨みに走る物語の二つのタイプがあるようだ。
 
 
  
■■ 2017年11月25日(土) 午前8時35分
 
 今朝も寒いので、一番分厚いダウンジャケットを着て、朝の喫茶店へ。これは二番目に暖かいタイプで、一番はまだ先。この二番目は下に着込む必要がない。ユニクロのウルトラスーパーライトだ。分厚いと言うより、風船だ。昨日まで着ていたのよりも少し高い。それだけの差だが、中にセーター類を着込まなくてもいい。本当は着込んだ方がもっと暖かいのだが、そのとき着ていたものが結構分厚いため、窮屈になる。厳寒なら別だが、まだ11月。それで、薄い目のセーターが欲しい感じだ。ピタリとした。そうでないと下に着込めない。それまで下に着込んでいたのは、それはそれで上着となるタイプなので、上着を二枚重ねているようなもの。
 これは去年買ったもので、軽いので肩が凝らない。襟は最初から立っているようなもので、救命具のようにそこも風船になっている。
 夜は5度ほどあり、それほど寒くはなく、朝も特に寒くない。風がないためだろうか。しっかりとは晴れていないが、曇ってはいない。雲でたまに日差しがなくなる程度。
 いつの間にか土曜になっており、朝の小学生の登校風景がない。まだ金曜あたりだと思っていたのだが、違っていた。
 最近起きる時間が遅くなり、一日が慌ただしい。朝の出遅れが一日影響する。そのため、朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩も省略することが多くなった。
 よく考えなくても、寝るのが遅いためだ。それで昨日は早い目に寝る。睡眠時間を計算すると、最近は短い。それで昨夜早く寝た。朝、目を覚ましたとき、二度寝したが大丈夫だった。冬の朝の二度寝三度寝は一万両ほどの値打ちがあるらしい。ものすごい価値だ。一万両得たときと同じレベル。大金を得るよりも、朝、もう少し寝てもかまわないというのが価値あることなのだろう。それで、寝坊にはならず、二度寝したのにそれなりの時間に起きてきたのなら影響はない。
 寝坊と言えば選挙の投票所が寝坊で開いていなかったというニュースだ。これは毎年恒例で、ニュースと言うよりトピックス。季節ものに近い。桜の開花や花見のニュースに近い。
 選挙は大事で、その関係者は責任重大。ただものすごい数の投票所がある。だから確率的に寝坊しても不思議ではない。これがいつもの仕事なら、昨日と同じことをその日もやればいいのだが。
 朝の二度寝は一万両。投票所に遅刻しても寝ているだけの価値がある。
 逆に寝られないと苦痛だ。朝方、もうこれ以上寝られないという満腹状態でなら、起きやすいだろう。
 好きなだけ寝て、好きなだけ自然に目が覚めたときに起きてくるということをやっていると、起きる時間がずれてくる。自然の目覚めでいい時間に起きるには、夜更かしをしないことだろう。何処で着地するかはスタートで決まる。15分以内の誤差なら、ものすごい命中率。しかし、せっかく目が覚めたのに、二度寝すると何ともならない。これはまだ寝足りないということだろう。すっきりとした目覚めは二度寝心が起こらない状態を指すのだろう。遅く起きてくると、寝るのも遅くなる。朝の目覚めはコントロールしにくいが、蒲団に入る時間はコントロールできる。
 冬場は寒く風邪も引きやすいので、十分な睡眠をとり、充電時間を長めにとる方がいい。
 
 昨日はご飯が切れたので、スーパーで弁当を買う。ついでに野菜も切れているので、買おうとしたが、また値段が上がっている。どの野菜も高くて買えないが、白菜が百円台だった。しかし四分の一カットもの。それでも普通の葉物よりも量が多く、長持ちする。キャベツに近い。
 弁当は一つだけ残っていた。来たのが遅かったためだろう。このスーパーは住宅地の中にあり、閉まるのが早い。だから閉店間際ではないものの、それが迫っている時間だったのか、半額ものがある。
 残った一つだけの弁当は幕の内系。これが半額なので、安く付いた。百円台だ。
 葉物野菜が高いためか、漬物をいいところに出してきている。またカット野菜のパックも。この前まであった90円台の水菜が消えている。三百円近い。一度下がったのだが、また上がっている。
 ホウレン草が280円。湯がいてぐっと握れば、僅かな量。安い野菜と言えば、野菜ジュース。しかし、あれを飲み続けると、手が黄色くなったりする。飲むのを辞めると治る。二人ほど、その例を知っている。体質にもよるのだろう。しかし、高いものが安くなっている特価品はいいが、最初から安いのは怪しい。野菜ジュースは匂いで飲めない。これは体によくないと何となく分かる。野菜を取るのはいいことだが、犬や猫のように、鼻で先ず確認するわけにはいかないが、一気に食べないで、少しだけ囓って、舌で検閲をやっているのだろうか。いけそうだが、やはりだめと、ここでストップするようだ。喉を通し、胃に入っても、少量ならまし。だから動物は食べ慣れていないものは軽快して一気に食べない。
 
 
 
■■ 2017年11月24日(金) 午前8時32分
 
 今朝は寒くなっている。雨が降っていた日に比べ、ガクンと下がった。手が冷たく感じるようになっているので、本格的な冬だ。
 寒いがよく晴れている。もの凄く寒い日があったが、それよりもましな日が続くはず。寒波が来ていなければ、真冬でもそれほど寒くはない。つまり寒さは寒波次第。その寒波の気温次第。これが冬の正体だろう。
 夏から冬までが早い。この前まで暑い暑いと言っていたのだから。
 そしてもう年末の声が聞こえてくる。クリスマスの飾り付けが出ており、これはもう年末がそこまで来ていることが分かる。クリスマス規模の何かがその間がないので、あればもう一枚入るはずだが、カボチャの次はクリスマスとなっている。これはまた別の暦だろう。正月飾りはクリスマスを飛ばすわけにはいかないので、クリスマス明けから始めるのだろう。
 年末までは冬としてはまだ暖かい方で、正月明けあたりから本当に寒くなる。そして真冬となるのだが、その頃、年末の頃を思い出すと、寒さはまだましだったはず。そして寒いのが意外と11月で、最初に来る寒波のようなもので、これで驚かされる。12月に入ると、寒さ慣れ、寒さも安定しているので、こなしやすくなる。初っぱなが寒い。
 
 この前、見付けた韓国時代劇ドラマ「秘密の扉」だが、途中で、辞めてしまった。トンイの息子時代で、その孫がイ・サン。そのお父さんが主人公なので、トンイの孫の話だが、ひと世代計算違いをしていた。
 それで、主人公の運命が分かった。イ・サンはまだ10才ほどだが、このお父さんであり、このドラマの主人公でもあるのだが、王にはなれず、箱のようなもの、米びつだろうか、それに閉じ込められているシーンを思い出した。イ・サンがまだ子供の頃。
 つまり、この主人公は残念な結果になり、その意志はイ・サンに引き継がれることになるのだが、これは見たくない。ここは歴史ドラマなので、生死に関しては動かせない。
 それで、別のを探していると「花たちの戦い」だったと思うが、それを見ている。これは、その前に見ていた「華政」と重なる時代。清との戦いに負けた後の話で、時代はもう少し古くなる。これもまた派閥争いに絡む女性達の戦いのようだ。華政の主人公は奥に引っ込んで出てこないかもしれない。
 この時代を生きた人達の末路は華政で分かっているが、誰が主人公なのかは一話目ではまだ分からない。展開としては「女人天下」に近いかもしれない。だから王やその後継者や派閥などとのバトル。これはいつものパターンだが、そのやり取りが楽しめるはず。
 
 
 
■■ 2017年11月23日(木) 午前8時31分
 
 夜は雨だったが、朝は晴れていた。雨が降っているときは暖かいようで10度台の夜。その前日は2度台だったので、ものすごい差だ。2度に比べ10度は暖かいのだが、冷やっとしている。10度そのものが寒いためだろう。20度を切ると、少し肌寒く感じる。だから10度では本当に寒いと感じるので、今朝は10度あるが、それほど暖かいということではない。
 昨日の夕方、雨に濡れた。そのあたりから降り出したのだが、遅い目に喫茶店に入ったので、戻り道の食堂で早い目の夕食を食べた。食堂といっても牛丼屋だ2度台ではないが、200円台の牛丼。この店では牛めしといっている。牛が食べるめしではない。それなら餌だが、そのカウンター席に座ると、牛小屋の牛のように感じてしまう。ここは松屋。一番お気に入りの牛丼屋。安いし、味噌汁が付く。ここは自販機なので、久しぶりに行くとメニューの階層が分からなかったりする。自販機のトップ画面にずらりと品物のボタンが並ぶのではなく、操作ボタンで画面を切り替えながら選択する。
 それ以前に、そこで食べるのかお持ち帰りなのかを先ず選択しないといけない。
 牛丼などを持ち帰るとき、客が「お持ち帰りで」と言っている。丁寧な客と言うより、店側視点だろう。忘れた傘を持ち帰るとき、お持ち帰りしますとは言わない。相手側の言葉だろう。しかし「お持ち帰り」で一つのメニューなのだ。符号だ。「お持ち帰り」という名のサービス名なのだ。名詞なのだ。
 夕方前なので客は少ないが、店員は一人。オバサンだ。人手不足だろうか。それで店の雰囲気が小さな洋食屋になった。
 それで、また雨に濡れながら帰ったのだが、戻ってしばらくして、うたた寝をしたようだ。休憩のつもりで横になったのだが、寝てしまった。牛丼が効いたのだろうか。胸焼けとまではいかないが、雨に打たれたこともあり、眠くなったようだ。雨は眠くなる。
 最近は寒いので、夕食後の徒歩散歩はしていない。用事で外に出るのはいいが、歩くためだけに外に出るというのは、今一つ。また一寸外の空気を吸いに、ということでは良いが、寒いので、身体を冷やしに行くようなものだ。頭を冷やしに行くのならいいが、首から下も冷える。
 しかし、用事で外に出るときは自転車ばかり。だからあまり歩いていない。夕食後の徒歩散歩は20分ほど。雨とか寒いとかで、出たがらない。
 今日は登校風景がないので、土日かと思ったが、まだ早い。では一時間ほど遅く起きてきたのかと不思議に思っていると、その先の家に日の丸。何かの日だ。こういうとき、祭日か祝日が解なのだが、その解は、この家が教えてくれる。いい目印だ。日の丸が出ていたので、解決。
 朝の伊丹モスでは客の咳などが目立つ。風邪を引いている人が多いようだ。しかし、寝込むほどではないので、仕事に行くところなのだろう。その前に喫茶店で休憩するようだ。コーヒーだけの人もいるので、ここで朝を食べてから、ということではないようだ。
 
ニコンA900の続き2
 詳しいマニュアルはネットにあるらしいが、見ていない。元箱に入っていた簡単な説明で十分だが、パソコンに繋いで充電できることは書かれていなかったようだ。このカメラの前機を持っているので、それとあまり変わっていないので、詳細は必要ではないのかもしれない。ものすごい機能が隠されているわけではない。
 好感が持てるのはカスタマイズ性が低いこと。だから設定方法で迷う必要はない。細やかな設定がないため、画像の大きさや補助光の有無や、操作音やシャッター音をどうするか程度。それと、写したあとの確認をするかしないか。流石にそういう設定はできる。
 AFが自動的に追従モードに入ったり、一度掴んだ被写体を離さないで追いかけるという機能はこのカメラにはない。だから誤操作がない。動いていると動体と思い、追従モードになり、ピントを常に合わせ続けると言うこともしない。あれば便利なようだが、木の葉の揺れを動体と勘違いし、そこにピントを合わせようとすることもある。まあ運動会で子供を撮すのなら、その機能は便利だ。うちの子だけにピントを合わせると、その子以外にはピントは来ない。そして追い続ける。
 便利な機能としては望遠で写していると、ボタン一つで引いてくれることだ。それで全体が分かる。その全体の中に、今ズームしている狭い範囲が枠で囲まれる。望遠だと被写体を見失うので、そのフォローだ。これはキヤノンが先で、その真似だが、そのボタンの位置はニコンの方が使いやすい。このボタンは押している間だけ有効。一時的に広角になる。
 液晶はタッチパネルではないので三インチそのままが使える。明るさはそこそこあり、日中でも何とかなるレベル。決してもの凄く見やすくはないが、反射防止がされているようで、これが効いているが、ものすごいものではない。ここは背面液晶だけの撮影の欠点なので、どの程度ましか程度の差だろう。ただ、液晶を回転させて角度を変えると、見やすくなることもある。液晶の明るさは六段ある。これは明るくしても、似たようなものになるが、初期値は3だったが4にした。屋外での撮影の方が多いためだ。
 電源を入れてから望遠端までの寄りはもの凄く早い。これだけでも十分価値がある。当然ピントも早い。遅いのは凄く暗い場所なので普通の室内とかなら問題はない。
 
 写りは前機と同じようなもので、ふんわりとしているので絵が柔らかい。写真アルバムソフトなどで、自動補正を掛けると、シャープに見えるが、写真としての滑らかさが消えたりする。こういう機能は失敗したときの救済用だろう。そして補正を掛けると、どの写真も似たようなタッチになり、そのカメラで写したという感じがしなくなる。画質の一寸した甘さは欠点ではなく、味。滲んだように写っている場合でも、そういう滲ませ方を作る方が難しかったりする。
 明暗比があるとき、明るい側に合ったとき、暗いところが真っ黒になる。これがいい。階調拡大機能などはない。当然二枚写して合成して白飛びを押さえ黒つぶれを押さえるという機能はない。ただ、写したあとから少し修正できるようだが、あまり潔くはない。黒が締まっている方が、いい感じになる。
 画質はフワッとしているが、階調が豊かなわけではないし、解像力が高いわけではない。そのソフトな写りは結構憩えたりする。
 画質の高すぎるカメラよりも使いやすいのが、このタイプの特徴で、画質に頼れないので、どう写すかにかかってくる。
 望遠で、ピンポイントを抜くのは結構楽しい。
 
 
 
■■ 2017年11月22日(水) 午前8時53分
 
 今朝も寒く2度台になっていた。電気毛布を付けていたが、寒いためか目が覚めた。そのまままた寝てしまったが、弱では寒かったようだ。真冬は強にしているが、まだ早い。温度調整は手の届くところでできるので、レバーを動かせばいい。見ながらだと目を開けないといけないので、適当にずらす。弱だとスイッチが入っていないような感じになるが、ほんのりと暖かいのだろう。この状態が眠りやすいとなっていた。
 そして、強にするのは最初だけで、起動時だけと、解説にある。これは何か事故でもあったのだろう。
 しかし夜中中2度台では流石に寒いが、それなりに慣れてきたようで、朝の喫茶店までの道も、それほど寒くはない。気合いを入れて寒さに耐えているわけではない。ただの慣れ。
 この寒波はそのうち去るので、そのあと春が来るわけではないが、ましになるだろう。といってもまだ冬の初め、徐々に底が低くなっていくはずで、昼間の最高気温が厳しくなる。冬なので、仕方がない。
 マフラーをしている人が多い。マスクの人は一時ほど多くはない。服の襟の暖かいタイプも良いが、襟を立てていても、襟に温かいものが仕込まれていても、亀のように首をすくめてしまう。その方が首あたりに襟の暖かい箇所がかかりやすいためだ。これで肩が凝る。肩を立てると襟が上がる。この姿勢もよくない。だからマフラーの方が好ましい。寒いと思えば指で引っ張り上げれば良いのだ。そして、マフラーはコートやジャンパーなどの内側に入れるのではなく、その上に被せている人が多い。ぐるぐる巻きが多く、カタツムリのように丸くとぐろを巻くように。
 首輪タイプもあるが、暑くなったとき、緩めることができない。ボタン式のものもあるが、そういうのは喉に当たったりしそうだがボタン式は丸い輪だが頭から被らなくてもいい。
 昔から首輪のようなマフラーがあり、腹巻きにもなる。少し緩いが。
 今朝はマフラーはしていないが、中にフード付きの綿の部屋着のようなものを着込んでいる。このフードがマフラー代わりになる。
 
 その後も都はるみの動画を中国サイトなどで探して見ているのだが、「好きになった人」の動画が結構多い。デビューして三年目の曲だが、コンサートの動画では最後はこの歌を歌うことが多いようだ。一時引退したときの紅白では大トリで「夫婦坂」を歌ったのだが、紅白史上初めてのアンコールかリクエストかは忘れたが、二曲歌うことになる。そのときの曲が「好きになった人」
 そしてニューバージョンの「好きになった人」となり、アクションが加わる。じっとしていないで、舞台をウロウロしながら、歌う。
 イントロダクションが始まるとしゃがみ、肩を振りながら徐々に立ち上がり、そこで右足で横蹴り。蹴りを入れているのだ。客席からどよめきや笑い声のようなものが聞こえる動画もある。要するにじっとせず暴れ回っている。横蹴りなのは、真っ直ぐだと客を蹴るようになるので、それは避けたのだろう。
 昨日はNHKの歌謡コンサートだろうか。そこでそれを一発カマしていたのだが、フォロー的な解説が入る。この歌は好きになった人と別れないといけないのだが、その感情を体で表したアクションということらしい。
 これをテレビで見ていた作曲家で師匠の市川昭介は、この当時、五年前になくなっているが、生前、これを見て大笑いし、思う存分やりなさいと言ったらしい。という解説が入る。そして都はるみも、この歌ができたときのエピソードを語っている。デビュー後三年の時、初めて師匠にリクエストしたらしい。ザ・ピーナツの「恋のフイガー」だったと思うが、同じ言葉の繰り返しがある。そういうのを頼んだらしい。貰った歌を歌っているだけではなく、まだ十代なのに、積極的に関わっていたのだ。これは師匠の人柄も大きいだろう。テレビに出たときはいつも笑っているような人で。さよなら都はるみコンサートのとき、多くの歌手や関係者が舞台に登場して、お別れをするのだが、泣いている人は多いが、一人だけこの師匠は笑顔だった。
 昨日見た動画は、NHK歌謡コンサートの「さよなら」とか「別れ」などをテーマで組んだものらしいが、大物として美川憲一が出ているが、当然都はるみがトリ。哀しい歌が多いのだが、最後が「好きになった人」で大暴れするのだから、これは何だろうと思った。
 この曲、新曲として夜のヒットスタジオで歌っている動画ある。当時のものだ。だから都はるみも若すぎる。司会の前田武彦が海坊主と名付けたのだが、それを聞いて都はるみは機嫌を損ねたのか、驚いたのかは分からないが、曲名を聞かれても小さな声で、聞き取れない。これは反発したのではないかと邪推したりする。
 しかし、この蹴りを入れて歌う好きになった人は楽しい。いつ頃から蹴り出したのかは分からないが、紅白の晴れ舞台でも復帰後「千年の古都」や「古都逍遙」といった大人の落ち着いた歌ではなく、この好きになった人ニューバージョンを暴れながら歌っていた。最初それを見た人は、あきれかえるかもしれない。やり過ぎなのだ。しかし、このあっけカランとした明るさは楽しい。長年積み重ねた実績があり、もう大御所なのだ。そして歌の上手さには定評がある。声が多少でにくくなっても、ものすごい技術で、それをカバーし、ひと味違う歌い方に変えてきている。だから踊りながら歌う必要はない。歌だけで聞かせることができるのだから。
 しかし、若い頃はできなかったことを、好きになった人でやっているのか、または単なる客へのサービスなのかは分からない。
 さて、イントロ後の蹴りだが、誰に対して蹴っているのだろう。そしてさよならさようならと軽く振っていた腕を高く付きだし、まるでコブシを上げるようにも見える。これは別れた相手に対してのように見えるが、それだけではないだろう。
 蹴りを入れるところで、さっと画面が切り替わる動画もある。行儀が悪いので、そこを写していないのだ。しかし、どよめきが聞こえる。
 さよならコンサートで客席に降りてきて、テープまみれになりながら歌っていたのもこの好きになった人。当然その頃はおしとやかで、蹴りなど入れていない。その歌詞は都はるみとのお別れの歌でもあり、都はるみから見ても客とのお別れの歌でもある。好きな人に限らず、好きなもの、好きなことと置き換えればいい。
 花も夢も帰らずというフレーズの歌がある。しかし、年取ってからの、この「好きになった人」は若かった頃の都はるみがそこにいる。
 
 
 
■■ 2017年11月21日(火) 午前8時07分

 
 今朝も寒い。3度台。真冬だ。昼間も10度なかったりした。
 真冬の寒さなので、真冬の服装をしている人が多い。一番分厚いものを着ているのだろう。マフラーも目立つ。しかもバスタオルほどの面積の。これは片掛ではないかと思われるが、首に巻いている。当然女性だが。
 さらに毛布のようなのを肩にかけている人もいるはず。これは形がはっきりしないので、良いのだろう。着こなしが良いというのは洋服ではあまりない。なぜなら形がはっきりと固定しているため、誰が着ても同じようなもの。着こなしが難しいのが着物だろう。形はあるが、その形になるように着付けないといけない。作らないと。そして着物は着ると同じような形になる。デザインはほぼ同じ。違うのは生地。これは織り方だろう。糸もあるが。そしてガラ。これは色柄。一番大きな変化はこの色柄で、一番分かりやすい。つまり、絵なのだ。当然無地もあるし、縞模様もある。プリントゴッコで絵柄を付けるわけにはいかなった時代、染めや色の違う糸織りの技術が必要で、だから着物は高い。本物は。機織りはもの凄く昔からあったようだ。
 寒いので、今朝も真冬の服装で朝の喫茶店まで行くが、服装にも限界がある。あるところまでは何とかなるが、それ以上着込んでも効果がない寒さがある。真冬の寒さがそれで、暖かい服装をしていても限界がある。いくら着込んでも、冬は寒い。
 昨日は衣料品売り場を覗いてみたが、まだ真冬のゴツイのは吊されていなかった。あるにはあるが、数が少ない。
 表地が綿の少し分厚い目のジャンパーが高い値段で出ていた。中綿はないし、裏地の毛もない。これは秋物の売れ残りではないかと思ったが、以前は見かけなかった。これでは寒いのではないかと思えるが、首回りはかなりガードされている。これは何だろうと思いながら、見ていた。これで暖かいはずはないのだが、これで冬物だとすると、中に分厚い目のセーターを着込まなければ何ともならないだろう。しかし、大袈裟な上着ではなく、こういうのは意外性がある。まあ、小学校の頃は、このレベルのものを真冬着ていたので問題はないかもしれないが。
 中綿入りのコートを着ている人よりも、ペラッとしたコートを着ている人の方がかっこよく見える。あれで寒くはないのかと思うのだが、慣れるとそんなものだと思うのだろう。
 今年はまだ真冬の上着は買っていない。去年買ったダウンジャケットが汚れてきた。だから普段着として安心して着ていられる。しかし、ダウンジャケットは無機的。しかし、目立たなくていい。
 一寸個性的な上着とかになると、臭くなる。これは凝ったものを着ているのが丸わかりのため。
 今朝は理想的な時間に起きたので、朝の喫茶店は一番客となった。客はまだ誰もいない。開店してから数分。以前ならシャッターが開くと同時に客が入って来ていたので、早い目に来ても、既に誰かが座っていた。今朝はそういう人がいないためか、誰もいなかった。
 昨日は遅い目に起きたので、夕方前に入る喫茶店も遅い目になった。遅い目に起きてきたのに長い目の昼寝をしたので遅くなったのだろう。寒いときは蒲団滞在時間が長くなるのか、また昼寝も夏場よりも長くなるようだ。これは冬眠しようとしているのかもしれない。もしそうなら春まで寝ていることになる。
 それで喫茶店を出たときはもう暗い。時間的にはそれほど遅くはないが、帰り道に鍋焼きうどんを食べた。寒いので、こういうのを食べたかったのだろう。早い目の夕食となる。
 しかし、鍋焼きうどんのスターである海老の天ぷらが小さくなっていた。以前は鍋からはみ出るほど大きかった。それが小さい目の海老に変わっていたので、少しガッカリ。値段は同じだ。実質的な値上げに近い。海老の大きさで100円近い差が出るはず。この店の鍋焼きうどんは海老ではなく、底の方に沈んでいるカシワがメインかもしれない。そちらの方が存在感がある。カシワはあまり好きではない。
 寒いとカロリーを必要とするのか、食欲がある。食べると温かくなる。特に満腹になれば、ガソリン満タン状態で、安心するのだろうか。
 通り道の庭で放し飼いにされている犬が、陽の当たるところに座っていた。寒いのだろう。
 しかし、この寒波が去れば、平年並の気温になるらしいので、この寒さがずっと続くわけではなさそうだ。まだ11月なのだ。しかし下旬には入ったが。
 
 
 
■■ 2017年11月20日(月) 午前9時03分
 
 今朝は寒くそして曇っているのでたちが悪い。しかし昨日よりは少しだけ気温は高い。曇っているためだろうか。雨が来るのかもしれない。
 天気図では冬型になっているようだ。西高東低。それよりも、寒波が下りてきているようで、それで北の方は真冬並の寒さとか。暦に関係なく、寒波が来れば真冬並となる。この寒波は上空の冷たい空気だろう。その空気が低い。低いから真冬並。冬だから空気が低いのか、空気が低いから冬なのか。しかし冬は、冬は知らない。知らないと言っている冬は気温のこと。気温は冬だろうが夏だろうが、そんなキャラではなく、ただの温度だ。ではただの数値かというと、これもまた結果だろう。結果は終わったことになるので、まだ移り変わる現象のようなもの。だから自然現象と呼んでいる。
 どちらにしても冬は寒いので、当たり前のように受け取っている。これは人の力では何ともならない。
 今年も寒い冬がやってきたということだが、夏が陽なら冬は陰で、表側ではなく裏側、日向から日陰に入ったような気になるが、少し気温が低いだけ。
 真夏から見れば、その裏側の冬の寒さがよかったりする。寒いほどの涼しさを暑い日は望んだりする。
 今朝は寝過ごすだろうと思っていたら、やはりそうだった。しかし最初に目が覚めたとき、時計を見ると理想的な時間だったが、また寝てしまったが、すぐに起きた。しかし一時間ほど経過していた。だが最初に目が覚めたときの時間と変わらないかもしれない。時計を見間違えた可能性がある。二度寝時間はよく分からない。数分だと思っていても一時間ほど寝ていたりする。その逆もあり、一時間ほどは寝過ごしたと思っていても、数分だったりする。
 どちらにしても最初に目が覚めたとき、起きる気がなかったのだろう。寒いのでもっと寝ていたい。これが夏ならさっさと起きるだろう。そして早く起きた方がまだ朝は凌ぎやすいので。
 今朝の道行く人達は真冬の服装。寒いので、下にセーター類を着込まないといけないほど。その状態が数ヶ月続くことになり、これが結構長い。冬は12月から。しかし11月からもう真冬並の寒さとなっているのだから、入り口も出口も秋や春に食い込んでいる。
 晩秋の紅葉狩り、真冬の服装では絵にならない。
 そういえば花見も真冬の服装だった。冬は長い。
 
 ニコン旅カメラA900の続き。
 写りに文句はないので、次は操作感だ。撮影モードダイヤルがあり、これが軍艦部に目立つようにある。フルオートモードは奥に隠されており、シーンモードの中にシーン自動認識モードがあり、シーンモードの中の一つなので、階層としては一発では入れないが、一番最初にあるので、ダイヤルを回せばそのモードになるが、あまり前面に出てきていない。それほど凄い機能ではないようだ。一般的なカメラなら、このシーン自動認識に合わせば、もう他のモードは必要ではないので、一生回す必要はないだろう。
 このカメラの初期位置はオート。これは昔からあるモードで、その横がプログラムモード。どう違うのかというと、オートモードの方が設定が簡単と言うことだろう。このオートモードが進化し、自動認識などが加わったので、今では尾てい骨のようなもの。オートモードはプログラムモードから進化したもので、よりイージーに使える。妙なボタンを押しても反応しなかったりする。また設定できるものも限られていたりする。
 次がお馴染みのプログラムモード。これは絞り優先やシャッター優先モードの次に来たモードで、どちらも合わせる必要がない。絞り優先なら絞りの調整が必要。シャッター優先もそうだ。しかし、プログラムモードになると、シャッターを押すだけでいい。
 オートモードとプログラムモードとの違いが出るのはマクロ操作。どちらも最初はマクロにはなっていないので、マクロボタンを押さないといけない。最近のカメラはマクロモードでも無限までピントが来るので、最初からマクロモードにした方が良いのだが。
 オートモードでマクロモードにしても、電源を切ると戻ってしまう。マクロではなくなるが、プログラムモードでは記憶している。だから毎回マクロボタンを押す必要がない。
 また、オートモードではAFを選べない。AF枠だ。自動選択のピントにするか、顔認識にするか、中央部一点にするか、マニュアルにするかなど。プログラムモードなら選べる。この二つのダイヤルは隣り合わせにあるので、ピンポイントのピントを使いたいときはプログラムモードにすればいい。
 露出補正はどのモードでもできるようだ。だからシーン自動認識モードもできる。
 シーン自動認識は、至近距離だとマクロだと思い、マクロモードになる。切り替えなくてもいい。ただ、シーン認識の数が少ない。マクロや風景とか、ポートレートとか、その程度で、ポートレートは可能な限り絞りを開けるとか、風景なら絞る程度の違いだろうか。ただ、このクラスのレンズは絞りは二段階だったりするので、何ともならない。
 エフェクトモードがあり、これは撮影ダイヤルとしてあるので、優遇されている。色目の違う写真を四枚ほど写す機能だ。これはあとからでもできるだろう。
 当然シャッター優先や絞り優先などもあるが、絞りの幅が小さいので、あまり効果がない。
 一番簡単で、それなりに写せるのがシーン自動認識なのだが「ストロボ上げてください」と、起動のたびに表示が出るので、うるさい。だからオートモードかプログラムモードが良いだろう。
 ただ、プログラムモードは結構スローシャッターが切れるので、手持ちでは無理なことがある。まあ、滅多にそんな場所はないのだが。
 プログラムモードの中央部一点AFにするとAF枠が出るので、狙いやすい。ただ、AF枠の大きさは変えられない。このあたりが高機能機ではなく、標準機の差だろう。ライバルはパナソニック、キャノンは極小までいける。まあ、小さいと、外しやすいことがあるので、とっさの場合の撮影では難しかったりする。ピンポイント過ぎると、AFが苦手とするフラットな物に当たっていた場合、合わない。
 結果的に、ピントの打率が高いのはピント位置自動の一番イージーなモード。中央部一点では合いにくくても、その周辺で合わせてくれる。これはピントの幅が大きい小さな受光素子のカメラなので、多少距離の違うものに合ってしまっていても、深度内に入っていたりする。レンズも暗いので、最初から絞っているようなものなので、それでよりピントが深くなる。
 それでこのカメラではシーン自動認識モードが一番いいかもしれない。これにすると、ピントも自動認識になるが、他のカメラと違いニコンは穏やか。中央部一点に切り替えなくても済むことが多いようだ。
 
 スマホなどの転送などが簡単にできる機能があるが、それは使わないので、無駄な機能だが、その部品が増えたためか、軍艦部が少し盛り上がり、段差がある。そのため、軍艦部はフラットではないが、デザイン的には空母のようなものよりも、少しだけ軍艦らしく見える。シャッターボタンは金属製。当然カメラ正面もメタル。ブラックボディーではなく、シルバーを買ったので、カメラっぽくなったが、クラシックデザインではない。ニコンの安い目の一眼レフよりも高級そうに見える。白銀のカメラということで、それなりにカメラらしい。決してシンプルなデザインではないが。
 まあ、そういうデザインは、写しているときや持ち歩いているときには関係ないので、取り回しの良さの方が大事。
 そして、このカメラの最大の良さは超望遠があることではなく、動きが速いこと。待たせない。電源を入れると同時にさっとズームも動くし、シャッターも切れる。薄暗いとき、AFが少し遅い程度。これは余程暗い場所の場合。
 バッテリーは小さいが300枚近くまでいける。実際にはその半分として、本気で撮影に出たとしても、100枚も写すようなことはない。フィルム時代でもそんなに写さない。それは風景が多いので、百枚も写すほどの風景などないためだ。
 そしてUSB接続で取り込みと充電を同時にやるので、バッテリー切れはない。そろそろ充電しないと、というのがこのタイプにはないので、日常使いでは理想的。さらにニコンのこの方式が一番楽。カメラ側の操作を一切しなくても、取り込みと充電を自動的にやってくれる。
 日常でも、一寸した散歩でも、ポケットに入り、850ミリあるので、鳥などもそこそこの大きさで抜ける。近付かなくても猫の顔のアップも写せるし、当然草花も。ただ中望遠の接写はやや苦手とするが、以前よりも寄れるようにはなっていた。
 冬場、撮影枚数が減るので、持ち出しやすいカメラで、簡単にさっさと写す方が好ましい。こういうコンパクト系は写真になりにくいものでも、気楽に写せるので、それが一番いいのかもしれない。絵になりにくい日常風景に迫るには、このタイプのカメラがふさわしい。
 
 

■■ 2017年11月19日(日) 午前8時23分
 
 今朝は晴れているが寒い。また5度台になっている。雨の日は高い目だが、晴れると平年並に戻る。11月も中頃、この頃が意外と寒いのは、冬にまだ慣れていないためだろう。それと冬支度を怠っていたりする。何処かまだ夏仕様のものが残っていたりする。
 晴れており、陽射しがあるが、寒い。これは何ともならない。朝はそんな感じだが、昼間はもう少し気温が上がるはず。雨の日は朝夕の気温はほぼ同じで逆に安定している。悪いなりに安定。悪いときの方が安定している。良いときは安定しないのかもしれない。最上位と最下位では最下位の方が不動の安定を維持できそうだ。それ以上落ちないため。
 カレーが続き、カレー地獄になっていたが、今回はおでん地獄。しかしカレーほどには続かなかった。具はおでんセットのもので、ほぼ練り物。そこにジャガイモとニンジンを入れる。この二つはカレーの食材の残り。それと小松菜が安かったので、それも入れる。ベースはそれで、そこにおでんセットのメインを入れる。コンニャクもあり、これだけは別の袋に入っていた。コンニャクは水がないと持たないためだろう。だから水入りの小袋に入っていた。三角だが薄く小さい。それでもまだ大きいので、煮るときは半分に切った。おでんは具が大きいと飽きる。
 ジャガイモとニンジンが煮えたところに、おでんの具を入れる。同時に濃縮出汁も。
 それでまた煮るが、練り物が膨らむはずなのだが、それがない。倍に膨れるタイプもあるが、高いタイプのおでんセットにしたので、練り物も上等なためか、または保存系のものが少ないのか、それはよく分からない。
 これはカレーよりも充実した。カレーは一度作ると、しばらくはもう食べたくないが、おでんセットはまた作ってもいい。それはいつもの煮物、鍋物に近いためだ。その延長線上におでんがある。これは筑前炊きに近いかもしれない。筑前炊きはカシワが入る。それで焼き豚の残りを入れてみた。
 大阪方面ではおでんのことを関東炊きと呼んでいた。では関西炊きがあるのだろうか。しかし畿内の人は関西とは言わない。外から見たとき、関西だ。
 大まかな分け方は時代によって違うようだ。この関は関所のようなもので、箱根や逢坂が区切りになったりする。逢坂は大阪ではない。今の滋賀県にある。
 一度煮物を作っていると、何食分か持つ。これも作りすぎると、同じものが続くので飽きてくる。そして煮物は夏場は食べたくない。鍋物と同じで、寒いときでないと、食べる気がしないのだろう。冷や奴が湯豆腐に変わるようなものだ。カレーは年中いけるが、シチューになると、これは冬だろう。
 練り物だけならコンビニのおでんは高く感じる。レジが混んでいるとき、思案しながらおでんを買うのは気が引けるし。しかし、コンビニおでんを買ったのはもの凄く昔。珍しかったためもある。そのコンビニにもおでんセットが売られていたりする。そちらの方が安い。
 コンビニおでんなら、おでんセットに入っていないようなすじ肉とかロールキャベツなどが良いだろう。
 スーパーにもおでんセットがあるが、これは惣菜コーナー。おかず売り場。スーパーで作ったおでんで、一人分の小さなパック。意外と高かったりするが、肉が結構入っている。
 煮物以外に、鍋物の季節だ。まあ、鍋は楽でいい。スーパーなどへ行くと鍋の出汁が多数出ていいるが、出汁だけなのに結構高い。醤油だけで茶色くなった出汁より、白い出汁が良いのだろう。醤油コーナーにもそういう出汁が並んでいるが、これは癖がある。
 具は同じで出汁だけ変える。同じ味ばかりでは飽きるためだろう。しかし具は同じだ。
 
 デジカメ方面は結局ニコンの旅カメラA900を買ってしまった。それを買うつもりで行き、キヤノンの安い一眼レフへ走ろうとしたのだが、そちらへ向かわなかったことは、さいわいかもしれない。五万円以上するカメラはやはり手が出しにくい。キヤノンのX7は49000円の底値時代なら買えたかもしれないが、タイミングを逸した。
 それで予定通りニコンのA900を手にしたのだが、このときキヤノンの旅カメラも、もう一度確認した。こちらの方が小さいのだが、重かった。それを弄っているとき、店員が来て、何かあれば言ってくださいと言ってきたので、ここで断れば、さっと去ってくれるのが上新で、積極的に買わそうとしない。これは土日にいるようだ。
 それで、先ほど触っていたニコンを示すと、端末で在庫を確認し、さらに細かいチェック、これは五年保証やSDカードがあるかないかとかを聞かれた。そしてレジが通しやすいように上新カードの提示。このとき、新しいカードならクレジット機能がありりで、また自動的に五年間保証になるとか。切り替えますかと聞いてきたので、切り替えないと答える。書類のようなものに何か書くのが面倒だし、リアル店に来ているのは現金で買うためだ。
 それらを端末でチェックし、伝票のようなものを切ってくれた。これを持ってレジへ行ってくれと。だからレジでカードを見せる必要はなかった。
 土曜なので客が多く、三つか四つあるレジは客が立っている。だからそれが終わればすぐだ。そして、一人レジから立ち去ったので、行こうとすると腰の曲がった老婆が横から現れ、レジへ。店員が順番ですから、と言い出したので、老婆に譲る。電池を買ったらしい。
 それですぐに終わったのだが、まだ残っている。老婆は丁寧に礼を言うが、立ち去らない。
 そして先ほどの伝票を店員に示すと、奥から元箱を持ってきたのだが、老婆はまだいる。
 何かと思うと、目覚まし時計を手にしている。そして入れてくれ、となった。これは流石に店員に言っている。その電池入れを待っているとき、もう一つのレジが空いたので、そちらで支払いを済ませる。
 早速持ち帰り、パソコンに差しっぱなしのUSBをカメラに突き刺す。このカメラ、USB充電ができるので、付属の充電器は実際にはいらない。
 またニコンは進んでいて、差すだけで電源が入り、カードが入っている場合は、自動的に取り込みプログラムが動く。最初だけ、どのプログラムで開けますかと聞いてくるので、Windows付属のアルバムソフトを指定する。
 取り込みが終わってもそのまま放置すれば、充電になる。カメラ側で何かする必要はない。
 新品デジカメのバッテリーは少しだけ残っているので、簡単な撮影ならできる。
 それで、いつもの薄暗い部屋を試写。結果的には問題なし。以前使っていたこのカメラの一世代前よりもいい。
 ただ、暗いところに強いカメラではなく、オートでは感度アップは控え目で800までしか上がっていなかった。これではレンズも暗いので、4分の1秒ほどになる。それでもまだアンダー。一段暗い。これは補正で何とかなる。フルオートだとあるシャッタースピード以下にはならないようで、暗い目に出る。感度を上げたくないのだろう。だから夜の薄暗がりを写しても昼間のようにはならないタイプ。これは暗いところは暗く写るということで、悪くはない。
 35ミリフィルムカメラ換算で24ミリから850ミリのズーム。
 マクロは広角端で1センチ。望遠端で2メートル。中間はあまり寄れないが、そこそこ寄れる。中間域でのマクロはあまり期待できない。
 全て含めた重さは299グラムと、ギリギリ200グラム台。これは確信犯だろう。300グラム台にはしたくなかったはず。しかし1グラムの差なら300グラムだ。手にしたとき軽く感じるのはボディーが横長のためだろうか。高さや厚みは大したことはないが、横にやや長い。これで持ったとき、軽く感じるのだろう。
 液晶は奢っており、このクラスではトップかもしれない。液晶回転式だが、ぐっと引っ張ると、もの凄く手前に飛び出す。これはハイアングル用。普段使うことはないが、手を上に上げて高いところから撮影できる。地面なら普通に写せるので、ハイアングルの必要はないが、高い目のテーブルにあるものを真上から写すときは、このハイアングルが効く。実際にはそれがなかっても、カメラの底を上にすれば同じことができる。ただシャッターボタン位置などが裏向けになるので、押しにくいが。
 撮影される画像と液晶での見え方が他のカメラに比べ、撮影前はやや暗いようだ。しかしよく見ると現実の明るさに近い。薄暗いところでは明るく見える方が見やすいが、どちらが良いのかは分からない。
 電源ボタンは小さいが軽く触れるとオンになる。力がいらない。ただ電源ボタンの周囲に邪魔なものがあるので、指の腹で押しにくいことがある。親指の横腹なら問題はない。カメラを仕舞うとき、左手で持つことが多い。左のポケットに入れているためだ。そのとき、左手だけで電源ボタンを何とか押せる。少し指を立てないといけないが、電源ボタンがやや中央寄りにあるためだろう。
 今のカメラなので、起動も速い。電源ボタンを押した瞬間さっとズームができる。これがなかなかできない機種がある。液晶はつくが、まだ操作ができなかったりするし、ズームはできるが、引っかかったりする。何せ背面液晶しかないカメラなので、すぐに撮影体制になるため、アイレベルファインダーのように顔までカメラを上げる待ち時間がないので、電源ボタンを押した瞬間ズームをやってしまう。これは最初から望遠だと分かっているシーンのときだが。
 このスピードの速さ、ズームの速さは前機譲りで、ターゲットまで一気に寄れるので、ポケットなり鞄から取り出してシャッターを押す時間はかなり短い。これが先ずこのカメラの特徴だろう。そんなに急いで写す必要はないのだが、猫や鳥は逃げてしまうし、人も遠くへ行ってしまう。
 850ミリの望遠というのは、遠くの人の顔が分からないほど遠い。また遠いので、人影程度で。昔買ったニコンのネオ一眼が800ミリで、ものすごい超望遠レンズだと思っていたが、それがこんな小さなポケットに入る旅カメラに含まれるのだから、嘘のようなものだ。
 望遠端は流石に850ミリなので、手ぶれ補正があってもゆらゆらするが、これは仕方がない。ちなみに手ぶれ補正レベルというのがあり、三段とか四段などときされているが、300ミリあたりの中間での話で、端っこの効果ではない。
 またモニターでは止まっていても、実際にはぶれていたり、モニターではゆらゆらしていても、実際には止まっていたりするので、あまり当てにはならない。そのあたり、他の旅カメラとそれほど違わないので、差は出ないかもしれない。ただ、薄暗い場所でのピント合わせは苦手のようで、AFも行ったり来たりで、合いにくい。ここは他の旅カメラよりも弱い。まあ、そういうシーンは実際の撮影ではなかったりする。普通の日常範囲の暗さでなら問題は全くない。
 
 画質は前機と似たような癖を引き継いでいるのか、潔くベタになる。つまりあっさりと暗いところは黒になる。粘りがないのが潔く、綺麗な黒ベタの画質が得られるが、黒なので、情報はないということで、これは画質以前の問題だが、黒で締まる。要するに小さな受光素子で、しかももの凄く大きな画素数なので、豊かな階調の逆側を行く感じで、これは好感が持てる。そのためメリハリのある絵になる。
 色目は派手さはなく、結構忠実なのが妙だ。本来なら再現性が悪いはずなのに、リアルの色に近いためか、派手目に弄っていないのかもしれない。綺麗に見せようと、色目を鮮やかにするのとはまた別で、結構リアル。
 どちらかというとアート的ではないが、実際の被写体の色目がアート的でなければ写したものもアート的な色目にならなくて普通だろう。このあたりはリアル。
 上新では、同じ旅カメラのライバル機とは別のところの置かれていて、そのジャンル分けは標準機。ソニーやパナソニック、キヤノンの旅カメラは高機能機の棚にある。スペック的にもそんなものかもしれない。感度も低い目だし、カスタマイズする項目も少ない。その下のランクが入門機。
 高機能とされないのは、多機能製の有無だろうか。特にオートでの合成とかだ。このカメラは合成がない。独立したモードでそれがあるのかもしれないが、フルオートモードのお任せモードで、自動的にそのモードに入るはずなのだが、普通のプログラムモードとそれほど変わらない。だからオーソドックスなカメラだ。
 AFは自動的にターゲットを探すタイプだが、あまり探さず、あっさりと中央一点になってしまう。そのため、合っている箱のような枠が無数に出ないので、分かりやすい。それだけにカメラの癖がよく分かり、余計なものにピントが来てしまうことが少ない。広角時は自動的に被写体を選択しているようなのだが、自動選択が緩い。
 スナップで、道行く人を写すとき、フルオートだと人物ではなく電柱にあったりする。勝手に電柱に合わせてしまうことがある。カメラとしては合いやすいものに合わそうとするのかもしれない。とっさのとき、中央一点の方が狙いやすい。広角では何処にピントが来ていてもそれほど違わないが、望遠だとピントを外すとぼける。
 しかし前機に比べ、薄暗いところでもよく写るようになった。そして絵に少しだけ品がある。これは画素数を増やしすぎたことの悪い面ではなく、よい面で出ている。精細感がないのではなく、ふんわりとした柔らかい描写になっている。いつものどぎついニコンの写りではなく、そこは変えてきたのだろうか。主な撮影は子供とか人物のためかもしれない。ただ黒が締まるので、それでシャープには見えるが、タッチはやんわりとしている。これはよく解像していないことの逆目で、かえってその方が良い。皺まで解像されてしまうより良いだろう。
 ニコンのコンパクト系は、このクラスでは旅カメラが最高級品となる。つまり受光素子の小さいタイプだけを指すが。そして何種類かその下の機種も出していた時期があるが、そちらは今一つ動作が遅かったり、写りがあれだったりした。だから、受光素子の小さなコンパクトカメラを買うのなら、一番上位でないと、結構手抜きというか、差が出る。ズームの遅さや、一枚写してからの二枚目の遅さとかで。当然液晶も斜めから見ると、もう見えなかったり、昼間の屋外だと暗くなったり、反射してよく見えなかったりとかだ。
 このカメラ動作がキビキビとし、町中でさっと撮し、さっと立ち去れる。もの凄く単純な話だが、古本的なことが素早い。そしてフルオートでのAFでも余計なことをしない。
 まあ、カメラが余計なことをする副作用の少ない簡単なカメラで、オーソドックなカメラ。基本がいい。
 

■■ 2017年11月18日(土) 午前8時30分
 
 今朝は雨。晴れはそれほど持たなかったが、雨なので、気温は高い目。2度台だったのが10度台になっている。昨日と比べると凄い差だ。これでは冬物が売れないだろう。
 雨は小雨だが、傘は必要。野菜の値段は下がっていない。肉よりも高い。
 この雨がやめば、また寒くなり、昨日の2度台の続きになるだろう。寝ている間10度あったので、電気毛布は必要なかったのだが、一度温泉に入ると、これはやめられない。それに10度ほどなので、電気毛布を付けて寝てもよい温度だ。
 朝の喫茶店までの道で通学風景がないので、不思議に思っていたが、土曜になっていた。いつの頃から学校は土曜も休むようになったのかは記憶にない。現役時代はなかったが、それはもう何十年も前の話なので、それを言い出すと、もっと昔なら小学校さえなかったことになる。それよりも、土曜というものがなかっただろう。日曜日も。
 多くの人が農業だったとすれば、これはもう休みの日などあまり決まっていなかったのではないかと思える。土曜日は半ドン。これは役所の太鼓などの音だろうか。
 個人ペースでやる場合、定期的な休みは邪魔なことがある。職種にもよるが、毎日やり続けないと、調子が悪いこともある。休みで中断すると、次の日の立ち上がりが悪い。いやな仕事でも毎日だと習慣になり、諦めが付くが、休みが多いと、もっと休みたいと思う。勤勉さとは、勤勉にしていないと、まともに考えると、やめたくなるためだろうか。
 また勤勉な人はそれを仕事だと思わないで、個人的なことにしてしまう。その方がこなしやすく、長続きするし、いやさを誤魔化せる。または遊んでいても間が持たなかったり、それほど楽しめない人だろうか。
 
 先日はニコンの旅カメラを買うつもりで、キヤノンイオスX7を買おうとして、在庫切れで買えなったので、その続きを模索中。こんなことはしなくても良いのだが、その流れが興味深い。
 今、メインで使っているのは、パナソニックの旅カメラ。だからだぶってしまうのだが、ニコン旅カメラの値段が下がっており、これは気楽に買える状態なので、気が軽い。それで、またニコン旅カメラに戻ると、今度はキヤノン旅カメラが浮かび上がった。ニコンは800ミリ超えだがキヤノンは900ミリ超え。そのわりには小さく軽い。ニコンがいち早く液晶回転式にしてきたので、キヤノンも回転式にした。今のキヤノン旅カメラからだ。
 コンパクト系ではキヤノンの方が勢いが良い。ニコンはコンパクト系が淋しくなってきている。
 1インチタイプを含めたコンパクト系はキヤノンのラインナップが凄すぎる。
 しかし、このあたりはパナソニックが強い。ファインダーがあるためだ。そのため旅カメラとしてはこれが最高だろう。ソニーも引き出しし気のファインダーがあるが、その後継機はない。どちらにしてもポケットに入るので、今朝のように雨の降る日なども持ち出しやすい。
 図式的にはニコン旅カメラが欲しいと思いながらキヤノンの一番安い一眼レフを買いに行き、それがなかったので、キヤノンの旅カメラを買う、ということになる。しかし、旅カメラは既に持っている。ここで行き止まりになる。
 キヤノンX7からの展開だと、ニコンの一番安い一眼レフが視野に入る。また、ソニーやオリンパスのミラーレスも。その終点はソニーα6000だろう。しかし、このカメラ、標準ズーム付きだけなら軽くて良いのだが、望遠を付けると、一変し、大きく重くなる。それで、ハーフサイズのオリンパスの最高級機の型落ちと高倍率ズーム付きを付けた方が軽快だったりする。値段的にはα6000よりも高くなるが。収まりが良い。28から300までいける。どちらにしてもレンズ交換式タイプは面倒。
 このあたりはネオ一眼のほうがまとまりがあり、ズーム比は旅カメラよりも高い。しかしネオ一眼は一眼レフ並の重さがあるので、それほど気楽ではない。
 安いコンパクト系を何台も買うお金で、もう既に高級機が買えるのだが、写真にはあまり貢献しなかったりする。カメラだけがよかったりするものだ。
 
 

■■ 2017年11月17日(金) 午前8時34分
 
 今朝は寒い。昨夜からの最低気温は2度台。三度を切ってきた。これは寝る前以前の夕方あたりから下がりだし、寝る前、既に寒かったので、電気毛布のスイッチを入れて寝た。本来なら、途中で寒くなったときに付けるはずなのだが。おかげで寒くなく寝ることができたが、電気毛布は乾燥する。ただでさえ冬場は乾燥する。梅雨時の湿気が恋しかったりするが、加湿器は付けていない。暗い場所でもネオン行燈のように明かりが灯る加湿器があったのだが、部屋が湿気て何ともならないというような効果はなく、感じるのは視覚的なものだけ。実際には湿度が上がっているはずなのだが、感じられないほど。
 加湿器を付けると、カビが生えやすいといわれている。まあ昔はそんなものはなかった。木と土と草でできた家のためだろう。草は見えている。畳だ。壁の中にも入っている。
 昨日の夕方、スーパーへ行ったのだが、寒かったので、部屋で引っかけているものの上にダウンジャケットを羽織る。これで丁度ぐらい。要するに中に着込む季節となっている。中に分厚い目のものを着ると、一番上に羽織るタイプは結構薄いコート類でもよくなる。逆に細身の上着では下に着込むと腕が曲がらない。それで、いつも真冬のコートやジャンパー類はひとサイズ上のものを選んでいる。腰までのジャンパーが尻まで隠れたりする。値段は同じなので、こちらの方が得だ。袖も長いので、指先が出る程度。引っ張れば指も隠れる。自転車に乗っているとき、引っ張り出せば手袋はいらない。普通に歩いているときはポケットに手を入れればいい。それでも寒いときは手も冷たくなるが。これは冬なので、仕方がない。
 そろそろ真冬衣料のバーゲンが始まるかもしれない。今なら売れるはず。しかし、準備もあるので、今日やれば効果的だが、すぐにはできないのだろう。一応予定のようなものがあるはず。いつも行く衣料品売り場はバーゲンのとき、通路に台やハンガー掛けをおき、特設コーナーを作っている。店内にあるものを出してくるバーゲンなら、すぐにできるが、バーゲン用に用意したものなら準備がいる。安いのが出る日は、店内にはない商品を出すとき。
 
 昨日はキヤノンイオスX7を買う気満々で、まだ二台は残っているはずのエディオンへ行った。これはいつも通る道沿いにある。だから一番入りやすい。昔ミドリ電化があったところ。吸収されたのだろう。
 レジへ持っていくカードがあり、それが二枚残っているので、安心していたのだが、そのカードを持ち、レジへ向かう。店員は二人ほど近くにいたが、無視されたというより、自分のことで一杯一杯のようだ。言われた用事を果たすのが最優先で、客に邪魔されたくないのだろう。
 まさか、もしや、と言う勘がそのとき働いた。レジに行くと無人。奥の方にメンテナンス系、修理などのレジがあり、そちらに人がいるが、電話をしている。
 それで、少し待つと、気付いたのか、やってきた。もしか、と言う勘のおかげで、在庫の確認をした。店員は奥の倉庫へ行き、すぐに戻ってきた。ないらしい。しかしカードは二枚あった。そのカードに、在庫がないときは予約カードになるという表記で、在庫数だけカードがあるわけではなさそうなのだ。
 ありません。と言われ、頷くと、そのままさっと奥のレジへ引っ込んだ。本来なら取り寄せますか、となるのだが、省略。客の相手などしている時間がないのだろう。自分の仕事で一杯一杯。
 要するに平日なので、接客要員がいないのだ。その方が見学しやすいのだが。
 既に熟れてしまったのは、その値段だ。ネット最安値寄りも安い。だからすぐに飛んだものと思われる。つまりエディオンはX7の在庫があるということだ。別のエディオン店に。
 ネットでX7を調べると、安かった頃より一万円ほど高くなっている。49000円だった。これでも高いのだが、コンパクトカメラの新製品並み。
 つまり、今買えば6万円する。底値だった頃の値段だと中古になる。中古価格が以前の底値価格と同じ。タイミングを逸した。しかし底値だった頃はかなり前で、じわじわと値段が上がりだしていた。だから在庫を持っているエディオンは決して安くはないが、ネット最安値よりは安いという結果になっている。
 新品でまだ出て新しいニコンの一番安いタイプでも良いのではないかと思うが、結構高い。一番の特徴は軽いこと。世界最小最軽量のX7の重さに20グラムほど迫っているのがニコンの入門機。エディオンで前日持ち比べたが20グラムの違いは分からない。しかし、高い。この一眼レフ入門機はミラーレスに喰われてしまった。ファインダー付きのミラーレスが一般的になったので、そこで重なってしまう。当然ミラーレスの方が軽い。だから不動の地位で、ナンバーワンとなっているのは、ソニーの中級機α6000だろう。値段は下がっていない。X7と似ているのは、かなり昔のカメラなのに、今も一番よく売れていること。
 しかしイオスX7は落ちた。もう在庫というか、出荷がないためだろう。店にある在庫が出れば、それで終わるのだが、売上げが落ちている。一番よく売れていた機種で、何年も続いていた。これはα6000も同じだ。
 こういう一眼系やミラーレス系は今一つ買えないのは値段だけではなく、ダブルズームキットなので、使い回しが面倒。広角端も28ミリか27ミリ。ネオ一眼なら20ミリ。望遠ズームの350ミリか400ミリ少しまで。ネオ一眼なら1000ミリは遙かに超える。400ミリ程度では鳥は無理。遠くにいる猫も無理。だからポケットに入る旅カメラには勝てない。不便になる。それがあるので、今一つ押しがない。不満を持ったままのためだろう。
 まあ、それで光学ファインダーではないが、本命はソニーα6000だろう。昔のミノルタα7000のようなものだ。それよりも遙かに小さく、軽い。
 今回のエディオンでのX7,未遂に終わったが、危ないところだった。取り寄せする気がないというのも、ストップがかかったのだろう。未遂で終わって難なきを得た。
 
 

■■ 2017年11月16日(木) 午前9時14分
 
 今朝は晴れている。やっとしっかりと晴れた感じだ。気温は低い目だが、陽射しがあるので、お昼頃は暖かいだろう。晴れている日は朝夕が寒い。この気温差は油断できない。この油断とは、大した油断ではないが。
 ただ、小さな油断、大したことのない油断の方が、意外と大きな災いへと繋がっていたりする。その油断ではなく、それに関わってくるものがあるのだろう。身構えているときは油断しない。油断しないように構えているためだろう。大したことではないと身構えない。多少油断しても、大したことにはならないと思っているためだろう。だから、こちらの方が本当は怖いのかもしれないが、それなら一日中身構えていないといけないので、肩が凝るだろう。
 蟻の穴から土手が崩れるなどのたとえもある。こちら方が怖いのだが、小さすぎて最初は見えないので、手当のしようがない。これは余程の偶然だろう。蟻の穴から堤防が決壊したという例は聞いたことがない。それが多いのなら、蟻の穴対策を土手を作るときに考えるだろう。ドジョウ保護で、鉄骨を入れるように柳の木を植えたりするのだろう。
 ことわざはその正反対のものもあり、これで対だ。
 
 最近は寝るのが遅くなったので、起きるのが遅くなった。遅く起きると、一日が短くなるので、夜側へまたシフトする。早い目に起きても、寝るとき、まだ昨日よりも早いと思い、起きていたりするというより、まだ元気なので、寝る気がしないのだろう。
 体調が悪いときは晩ご飯を食べたあと、もうそのまま寝てしまいたいときがあるが、そこで寝ると早寝しすぎになり、朝になる前に目が覚めてしまう。だから頑張って起きていたりする。
 
 カレーが続き、カレー地獄だったが、やっと抜け出した。結局最後は少し残した。
 それで昨日は豆腐と白ネギと余っていた焼き豚を甘辛く煮た。これはすき焼き風だ。煮物に砂糖を入れることは先ずないのだが、すき焼き風のときは別だ。特に豆腐は味がないので、甘辛く煮るのがいい。
 すき焼きのときは不思議とご飯を多く食べる。甘いためだろうか。焼き豚は最初から切ってあるタイプで、それなりに細く切った状態で一つの固まりとして売っていた。もう切ってますよというような名の商品だった。見た目切ってあることが分からない。指で簡単に剥がれる。
 それなりに薄く切ってあるが、もの凄く薄いわけではない。ラーメンに入っている焼き豚程度。形が長方形なので、ベーコンに似ていたりする。焼き豚なので、焼いてあるので、そのままでも食べられるが。
 焼き豆腐を煮込みたかったのだが、コンビニはなかった。いつもは絹だが、昨日は木綿にする。焼き豆腐にしっかりと味がつくまで煮込みたいと思ったのだが、それが外れた。すき焼きの中に入っている焼き豆腐がいい。肉より美味しい。麩もそうだ。しかし肉ケがあるので、豆腐もおいしいのだろう。それと砂糖だ。
 
 ニコンの旅カメラA900が気になるところだが、旅カメラは何台か持っているので、写し方も同じで、一寸新味がない。最後に買ったパナソニックはファインダーが付くことで、機能性が高い。被写体により、ファインダー撮影でないと、厳しいシーンもある。
 それで思い出したのが、キヤノンイオスのX7。これは一眼レフだが、世界最小最軽量。これは何度も買おうとしていたがなかなか買えないで、未遂が多い。といっている間に近所の上新から姿を消した。もう何年も前の中古のようなカメラのためだろう。X7が出てから、もう何台も出ており、最新はX9だろうか。世界最小最軽量も、その間ニコンが追い上げており、最新機種ではもう重さは変わらないほど。しかし、超えることができない小ささがX7にはある。
 それで、近所の上新から姿を消したので、その近くにあるエディオンはどうかと見に行くと、まだある。二台ほど残っているようだ。
 一眼レフがずらりと並んでおり、右端にX7、左端にニコンの一番安くて軽くて小さいのが鎮座している。値段差は二万円ほど。その差でコンパクトデジカメが買えるほど。これは古いカメラと新しいカメラとの差だろう。
 この左右の端にある両機を行ったり来たりしながら比べる。手にした感じはX7の方が良い。これはグリップの差だろう。ニコンはグリップがしっかりと飛び出ているが、横幅がないので、窮屈。X7は、このタイプのデジタル一眼レフにしてはグリップの出っ張りが少ない。だからしっかりと握らなくてもいい。まあ、グリップはしっかりと握るためにあるのだが、指が窮屈。逃げられない。グリップは小さいので、レンズ側をしっかりと握る必要があり、これは本来の構え方だろう。カメラは右手ではなく、左手で持つ。右手は軽くシャッターに指がかかる程度でいい。支えているのは右手ではなく、左手。支えながらズームを回す。もうフォーカスリングは回す必要がなくなったので、ズームだけでいい。
 ニコンの標準ズームは沈胴式になっているが、それほど短くならない。ボタンを押しながらズームすることで、沈胴解除。これが面倒だ。イオスはレンズを短くしてきているが、X7時代はまだこのレンズは付かない。望遠ズームはニコンは400ミリ超えだが、X7は300ミリ超え程度。これは重さに関係してくる。
 ファインダーはニコンの方が少し大きく見えるが、逆に小さい目のキヤノンの方が全体の構図が一目で分かる。あまり違いはないが、ニコンの方がファインダーは綺麗かもしれない。いずれも硝子製のプリズムではなく、鏡を使っているので、ファインダー倍率はそれ以上上げられないのだろう。その分、軽い。プリズム式と覗き比べても、あまり変わりはない。電子ファインダーよりはすっきりとしている。ここは光学製のよさだろう。電源が入っていなくても、ファインダーは見えるし、ズームもできる。
 このニコンキヤノンの見比べで、キヤノンの勝ち。
 そろそろ在庫切れになり、中古でしか手に入らず、新品は意外と高くなる可能性が高い。
 一眼レフは重くて大きくて大袈裟なので、持ち出す機会は少ない。だからそれをできる限り押さえたのがこのX7。結局コンパクト性が最大の特徴。要するに使えそうな一眼レフで、一番ましなのは、X7ということだ。ただしミラーレスは覗く、こちらの方がもっと小さく軽いため。
 しかし欲しいのは光学式ファインダーで見た絵だ。写す前の目の心持ちが違ってくる。
 X7の小ささ軽さ、これはその後出たいオスでも果たせない。だからこれ以上小さく軽くできない。それはより多機能になり、部品が増えたためだろう。だから小さく軽いコンパクトな一眼となると、もうこれしかない。片手ですっと持ち上がり、指先だけでも持てる一眼レフ。要はコンパクトがキーになっている。これにパンケーキレンズを付ければ、冬場の上着ならポケットに入ってしまうだろう。
 
 
 
■■ 2017年11月15日(水) 午前9時20分
 
 今朝は晴れている。やっと雨がやんだ感じだが、陽射しがあったりなかったりする。気温は温かい目だが、朝方寒かったので、電気毛布のスイッチを入れる。長く使っていなかったので、温まるかどうかは不明だったが、それに気付かず寝てしまった。温かくなるのを確認しないうちに寝たようだ。途中で目が覚めただけで、まだ外は暗いようなので、時計も見ず、さっと寝たのだろう。
 そのおかげで熟睡していたのか、もの凄く寝ていたようで、起きると喫茶店で座っている時間。夜更かしをしていたので、その分、取り返したのかもしれない。それよりも電気毛布のおかげで、よく眠れたのかもしれない。
 外に出る前に電気毛布を触ると、ほんのり温かい。自分の体温ではない。
 スイッチを入れると温かくなるのが電気毛布で、当たり前の話だが、十年以上、いや、それ以上使っていた電気毛布は、スイッチ程度ではつかないことがあった。本体との接続部分をもう一度抜き差ししないとだめなことも。だからここの接触が悪くなっていたのだろう。その箇所は毛布の横にあり、殆ど敷き布団の中にあるので、踏んだり上になったりする。電気毛布の幅は大したことはないし、これはズレる。
 それで、ついたりつかなかったりするし、途中で切れていたりするので、電気毛布を去年の冬に買っていた。まだ新しいので、しっかりとつく。一番安いタイプだが、これは冬場一番の効果がある。温泉が湧いたようなものだ。
 11月も半ばまで来ている。もう12月はすぐ。12月から一応冬になる。だから秋の終わり、冬の始まりと重なるのだが、既に冬は始まっていると見ていい。しかし、冬にしては昼間は暖かいときがあるので、これは秋がまだ残っているのだろう。夏は暑いという感じだが、秋は冷房も暖房もいらない適温の季節ということだろう。だから暑くも寒くもないので、特徴はない。逆に気温を感じさせなかったりする。
 
 昨日は韓国時代劇ドラマのまだ見ていないのを発見し、それを見ていた。以前からあったのかどうかは覚えていないが、ただのロマンスものだと思い無視していたのかもしれない。タイトルは「秘密の扉」だったと思う。
 前回見たのは「華政」。これも新しいが、それ以上新しいのではないかと思えるのが、この「秘密の扉」
 時代は「イ・サン」の父親の時代だろうか。英祖だ。その英祖の母親が、トンイだったはず。
 そのトンイの子供時代の子役が大きくなったのか、見た覚えのある顔だ。これが貸本屋の娘であり、トンイ時代の秘密結社の娘という設定だったが、今回も似たような設定になっており、トンイのように活躍しそうだ。
 イ・サンの父親はまだ若く、次の王になる人。「華政」に出ていた人だろうか。「イ・サン」や「トンイ」に出ていた人が多く出ているので、分かりやすい。キャラを覚えやすいためだ。
 だから「イ・サン」や「トンイ」を合わせたようなもので、良いところ取りをしている。
 こういうのを見ていると、夜更かしになる。
 
 

■■ 2017年11月14日(火) 午前8時57分
 
 今朝は雨。そして空が暗い。朝方目を覚ましたのだが、まだ暗いので、そのまままた寝てしまった。次に起きてもまだ暗い。既に朝になっていたのだが、暗いので、分からなかった。暗いことは分かっていたので、夜だと思ったのだろう。暗いことは分かっているのだが、朝だとは分からなかった。
 冷たい雨の降る中、自転車で寝起きの喫茶店へ行くのは厄介だが、それは日課。これが一日の始まりで、これがないと一日が始まらない。何をしようがしまいが一日は始まり一日は終わるのだが。
 朝の伊丹モスは暖房が効いており、暖かい。これでほっとする。雨のためか客が少ない。遅い目に入ると座れないほどの満席にはならないが、二年に一度ぐらいは座れないことがある。このときは喫煙席ではなく、一般席に座って待機する。席が空くと店員が知らせてくれ、トレイを運んでくれる。
 起きたとき、雨音が聞こえていたのだが、それなりに大きな音だったが、出るときはさほどでもなかった。これはさいわいだ。寒いだけではなく雨なので、二重の負荷。しかし雨が降っているためか、気温はそれほど低くないようで、雨が勝っている。
 しかし、また雨か、という感じだ。一週間予報を少し前に見たが、すぐに晴れに戻るようだったが、一週間予報は日々変わるので、どうなるのかは分からない。天気予報は流れで見ると分かりやすい。気温もそうだ。今の気温ではなく、それまでの気温を見れば、それが上がりつつあるのか下がりつつあるのか、それともずっと横ばいなのかが分かる。これは過去が分かるだけだが、その流れで行くと、こうなるだろうというのは何となく分かる。しかし先のことは実際には誰にも分からない。その時間、その日になってみないと。
 
 昨日はまたカレーを作った。適当なおかずがないため、何にしようかと考えていると、カレーが来た。これはよくあることだろう。実際には野菜の煮物をご飯にぶっ掛けて食べるというもので、丼に近い。食べるとき丼茶碗ではなく西洋皿とスプーンで食べるので、違いは食器と味付けだけ。
 安い八百屋があり、そこでジャガイモとニンジンを買う。人参が安いのは形が小さく、しかも形が悪いためだ。ジャガイモもそうで、小さいが量が多い。数が多い。そして値段は百円。玉葱も似たパターンで小玉。玉葱は残っていたので、買わなかったが。
 肉は前回作ったときの残りを冷凍していたので、それを使う。これで糸コンを入れれば、肉じゃがになるかもしれない。
 これでまたカレー地獄になるが、あとは温めるだけで良いので、ご飯さえあれば、何食かは持つ。これがカレー地獄になるのだが。
 
 ニコンの旅カメラが安くなっているので、これはいけそうだと思っていたのだが、ライバルのキヤノンも気になる。似たようなスペックだが、キヤノンの方が中間距離での最短撮影距離が短いようだ。それなりに近付いて望遠で写せる。遠方での望遠では差はないのだが、寄らないで大きい目に撮すとなると中望遠域での最短撮影距離が短いほどいい。ズームしすぎるとピントが合わないのは、最短撮影距離より近いため。これはズームしないと分からない。合っているように見えたりするが、遠くの方で合っているのだ。キヤノンのコンパクト系は中間距離で小さなものに合わせたとき、後ろの背景あってしまうことがある。抜けるのだ。これは普通の被写体なら問題はないが、のペッとした小さなものなどで、それが起こる。AFフレームをスポットにしても、だめなときもある。ニコンのコンパクト系は、そういうことは今までなかったので、ここで差が出るのだが、中望遠での最短距離がやや長いように思える。それで、ニコンで写すときは、できるだけ広角端で、近付いて写していた。ズーム時の最短撮影距離はスペック表にはない。中間は成り行きで決まるためだ。ただ、ズームレバーに連動して、液晶に今の最短撮影距離が表示されるので、それを目安にすればいいが、写しているときはそんなものは見ていない。小さな数字のためだ。
 ただ、スペック的にはキヤノンの旅カメラは高級機に近いが、ニコンの旅カメラは普及機レベル。この差は細かな設定などで現れるのだが、ニコンの方が単純明快。これはより進んだオート化での問題で、メーカーの問題ではない。
 さっと出してきて、さっと撮すとき、ややこしい機能などは使わないし、自動でやってくれる方が楽なこともあるが、自動が外れることが結構ある。特にAF系で。中央部一点の方が素早くピントを合わせることができたりするものだ。それで半押しでロックし、少し振ればいいことなので。
 
 

■■ 2017年11月13日(月) 午前8時57分
 
 今朝は寒いようだ。夜中の気温が5度台。寝ている時間だが、寒いというのは分かるようだ。昨夜は寝るのが遅かったので、朝まで一気に寝たのだが、途中で起きなかったのが不思議なほど。しかし、目は開けなかったが、寒いので何とかした方が良いと思っていたことは覚えている。蒲団の上に何かかけないといけないとか。蒲団は夏布団のまま。そこに膝掛けのようなものをかけているが、これではまだ寒いのだろう。そろそろ電気毛布のスイッチを入れもいいほどだ。
 少し離れているが、県内でも初冠雪。ここは寒い場所なので、雪ぐらい積もるだろう。雪が降るだけではなく、しっかりと積もるような場所。
 しかし、予想最高気温を見ると19度ほどある。結構暖かい。南から暖かく湿った空気が入り込むらしく、それで空も怪しくなり、曇ったり雨になったりするらしい。やはり雨が来ると温かくなる。南からの空気が来ている場合だが。これが北からの空気だと本格的な冬になる。寒気が降りてきているので。
 寒くて何ともならないが、これは夏場、暑くて何ともならなかったよりは、なり具合が違う。
 朝の喫茶店はしっかりと暖房が入っており、暖かい。今朝はまだ晴れており、しっかりと陽射しがあるのだが、手が少しだけ冷たい。流石にまだ手袋をしている人はいないが、バイクなどではいるだろう。
 もの凄く大きなマフラーをしている人もいる。しかし、軽いものを引っかけている人もおり、両者が混ざり合っている。流石に長袖のカッターシャツだけの人は見かけなくなった。軽く上に何かを引っかけている。これは底上げだろう。一番薄着の人が底だとすれば、それが上がっている。
 寒いときは暖かい服装が良いのだが、本人が暖かいと思えるような印象のものがよかったりする。フワッとしていて、触っただけでも暖かいようなタイプ。しかし、そういうタイプは意外と寒かったりする。
 今年はオーバーを狙っている。偽ウール地で、中綿がないタイプ。こういうタイプの本物はもの凄く重い。以前、福知山という兵庫県の真ん中にある盆地の町へ行ったとき、そこにあった商店街の中にある大きな古着屋で買ったのが、これが膝まで隠れるほど長い。そして片手で持つとき、力をいるほど重かった。昔の人が着ていたものだろう。本当に古いタイプの古着が吊されていた。当然着たのは一度か二度で、誰かにやった覚えがある。
 
 昨日は歯も痛いし、夕食のおかずも用意していないので、適当な惣菜を買うにしても、面倒なので、お茶漬けにした。千枚漬けがあると、おかずはいらないのだが、それでは足りないのか、腹が減ってきた。それでおやつを食べたりして誤魔化したが、まだ足りないようだ。寒いのでカロリーが必要なのかもしれない。燃やすものが。煙草も買うのを忘れていたので、切れかかっていたので、コンビニへ行く。そこで小さなパンを買ったのだが、夜、遅くなってから食べるのはよくない。これが風邪などでを引き、少し熱があって食欲がないときはお茶漬けだけでもいいのだが。
 こういうとき、カップラーメンとかがあると、すぐに食べられるのだが、買い置きはない。
 秋は終わり、もう冬だ。
 
 
 
■■ 2017年11月12日(日) 午前8時11分
 
 今朝は寒い。天気予報では北が荒れると言っていたが、大阪方面は風はないが、冷え込んでいる。朝だけかもしれないが、いつもより一段寒い。数値的には同じようなものだが、空九が冷たく感じる。まだ手が冷たいほどではないが、もう一枚中に何かを着込みたいほど。中に着込むと、真冬と同じになる。それ以上は着ない。だから中にセーター類を着込むと、最大の冬装備となる。ただ、まだ帽子は耳まで隠れるニット帽にはなっていない。
 やはり雨が去ってから寒くなってきたのだろうか。雨の降る日は寒くない。逆に暖かかったりする。ただ、昼間も気温が上がらないので、平均気温は低いかもしれないが朝夕が楽だ。しかし傘を差さないといけないので、楽とは言えないが。
 朝の喫茶店などはクリスマスの飾り付けになっている。来月の25日あたりまでは結構あるのだが、正月の飾りにするわけにはいかない。
 クリスマスの飾り付けは、クリスマスとは分かりにくいタイプが長持ちする。雪の結晶だけが張られ、トナカイやソリは出てこない。当然サンタも。電球が吊されているだけなら、何か分からない。そう言う風にしているのだろう。クリスマスとは分かりにくい飾り付け。
 ぐっと寒くなってきたので、真冬もののセールが始まるかもしれない。これは去年の売れ残りなどが安く出る事がある。この前のバーゲンは秋の最終バーゲンで、もしそれを買っていたとすれば、今頃寒いだろう。一番分厚そうなものでも、中綿は入っていなかったりする。そのとき買った軽いダウンジャケットは、今朝は寒いので着ていない。もう一段分厚いタイプににしている。これはもう汚れてもいい作業着のようなものだ。ゴミの日にウロウロしている人と似てしまうが。
 今年は中綿入りではないタイプに挑戦してみたい。ウール地風のオーバーだが、これはいい感じなのだが、見た目寒そうに見える。だから毎年パスしている。
 
 ニコンの旅カメラの値段が下がっているので、少し気になっている。出てから結構経つ。新製品を出さないかもしれない。
 このバージョンから液晶が回転するようになる。しかし結構薄型で横に長いがギリギリ200グラム台はキープしている。ライバルのキヤノンはさらに小さく軽く、望遠も900ミリ超え。ニコンは800ミリ超えまで伸ばしてきているが、次の機種でもっと伸ばすはずだが、700ミリ超えあたりで十分だ。ただ、数値は分かりやすいスペックの差となって出る。望遠が少し伸びても、似たような画角だ。ニコンはマクロがやや厳しかった。中望遠での寄りが弱かった。一番寄れるのはオリンパス。望遠端で60センチだったと思う。他社は二メートルとかになる。
 ニコンはその変わり、起動が速く、キビキビしている。電源ボタンも軽く触れるだけでいい。そしてやや横に長いので、バランスが良い。
 オート化はあまり進んでおらず、オリンパスと同レベル。オートで上手く填まるときは良いが、そうでない場合はオーソドックスなオートの方が使いやすい。オートの癖が分かるタイプだと、それを見込んで写せる。
 ニコンはオーソドックスで、あまりフルオートで勝手なことはしない。だから道具として、写す側の負担がかかるが、普通の風景を普通に写す場合は問題はない。
 そのため、ニコンやオリンパスの旅カメラは道具的要素が少しある。
 これは日本語変換と同じで、AIの自動変換で余計な予測をして、欲しい漢字に変換しないことがある。文節を解析して云々は普通の文章ではないが漢字を選びたいときは、学習されたものが最初に来る方が良い。だからそれが来るだろうと言うことがあらかじめ分かるので、何とかなる。最近の日本語ソフトは文節で漢字を変えてくる。読みが同じのとき、その分析にふさわしい漢字が優先される。これも普通の文章なら上手く填まるので、学習されているものがアホの一つ覚えのように出るよりはいいのだが。
 ニコンの旅カメラはスナップ性が高い。キビキビと動くためだ。
 二世代ほど前のニコン旅カメラを持っているが、液晶は横開きで扱いにくかった。それが縦開きになったので、ぐっとよくなり、写りも、いいレンズが一枚加わっているので、試したいところだ。
 
 
 
■■ 2017年11月11日(土) 午前8時46分
 
 昨日晴れたと思っていたら、続かなかったのか、夜中に雨が降り出したようだ。朝はやんでいるが曇り空。そして空は暗く、風もあり、今にも降りそう。良い天気は持たなかったようだ。雨の日は暖かいのか、寒くはないが、雨が去ってから冷えるのではないかと思える。天気予報を見ていないので、一週間予報も分からない。どんな感じの流れになっているのかを。
 晴れたり曇ったり雨が降ったりするのは日常事なので、取り立てていうほどのことではないが、それなりに影響する。葉物野菜の値段が回復しない。先日買ったホウレン草は百円台だったので、これで普通の値段に戻ると思っていたのだが、昨日見るとまた300円近い。同じタイプのホウレン草で、飛騨ホウレン草となっている。これはこのスーパーでは必ずある。だから100円台と200円台とか混ざり合っていた時間帯もあったのだろう。
 天気が悪いと、こういうところに影響が出るという話ではなく、気分の問題が大きい。
 まあ、昔は年中青い葉の野菜などなかったのかもしれない。野菜ではなく、野草なども食べていたはず。また昔の農村では野菜など買わなかったように思える。店屋がなかったりする。だから野菜が高いなどの話はなかったかもしれない。
 作りすぎた野菜などは土の中を冷蔵庫代わりにして保存していたと聞く。または漬物にして、長持ちさせるとか。乾燥させて、さらに長持ちさせるとか。
 最近気に入っている漬物はカブラの千枚漬け。これは少し高いが、美味しい。これだけでご飯が食べられるほど。冬場は温かいものを食べるのだが、漬物の冷たさを箸の間に入れると際立つ。そして酸っぱいので、食欲が湧く。
 季節季節の楽しみがあり、また楽しさに変える術を知っていたのだろうか。楽しいことが少ない季節などは、何とか見出すのだろう。
 
 先日買ったヘッドホン、耳が痛い。何十年か前に買ったタイプよりも、大きいので、これは楽だと思っていたのだが、耳ではなく、耳全体を押しつけるタイプで、完全に耳を塞いでしまうので、その音だけを聞くことになるのだが、これを付けて眼鏡をかけると痛い。耳の中ではなく、耳のひらひらが。その小さいタイプは耳掛けが付いているタイプで、これと眼鏡とは不思議と重ならない。角度が違うためだろうか。完全に塞ぐタイプは眼鏡と重なる。この接点が痛い。
 しかし長く使っているので、耳と接しているところが結構汚れている。それで買うことにしたのだが、大きすぎたようだ。これは冬場の耳当てのようなもので、ずっとそんなものを付けていると、耳が熱くなる。
 映画などを見ていると、字幕のある洋画は小さな音でも十分だが、吹き替え版や日本の映画はセリフを聞き取らないといけないのだが、映画の音は非常に小さい音と大きな音との幅がありすぎ、小さな声で喋っていると聞き取れない。だからイヤホンやヘッドホンがいる。
 当然スマホなどで音が出る何かを見たり聞いたり、当然電話もするだろうから、イヤホン売り場は結構賑やかだ。また、買い直さないといけないのは残念だが、耳が痛いのには勝てない。
 
 昨日はスーパーで半額になっていたにぎり寿司盛り合わせを買う。200円台だ。結局複数の魚をおかずにご飯を食べるということだが、刺身の盛り合わせよりも安かったりする。それよりもご飯が切れていたので、刺身だけでは何ともならない。それ以前に刺身など滅多に買わない。カツオのたたきは年に一度ほどは買うが、これは安いため。
 それと焼き豚を買う。こちらの方が保存が利く。
 秋は秋刀魚の季節だったが、食べなかった。
 
 
 
■■ 2017年11月10日(金) 午前8時28分
 
 今朝は冷え込み、少し寒い。5度を切ったことがあるので、それに比べればましだが。そのかわり晴れている。晴れている日の朝は寒いのはよくある。そして温度差がある。朝は寒いが昼はそこそこ暖かかったりする。
 今朝の晴れ具合を見ると、天気は回復したようだ。回復なのだから、雨の日は普通の日ではないのだろう。健康な日ではなく。そして元々が晴れているいうことになる。
 晴れているので、文句はないが、少し風邪っぽい。
 
 昨日は都はるみを特集したNHKのテレビ番組がネット上にあったので、それを見る。これが見たかったのだ。ユーチューブではなく、中国か台湾サイトのYOUKU。
 三宅アナがいる。だからそれほど古くはない。都はるみが60歳の時だろうか。「私のうたの道」だったと思う。同じように石川さゆりの番組がある。だからシリーズものだろう。
 この中国サイトに、引退したあたりの特集番組もある。紅白歌合戦に十年云々というタイトルで、都はるみが出た20回分を全部纏めてある。これは投稿者ではなく、NHKの番組。ただ、映像が無いのもあるようだ。それらはユーチューブと重なるところがあるが、曲で切り取るのではなく、まるごとアップされているが、途中で切れていることもある。
 また引退後、復帰していない状態で、紅白に特別に出ている。戦後の歌謡史を振り返るコーナーだろうか。そのラスト、この人を語らないで終わるわけには行かないと、都はるみを呼んでいる。その時歴史が動いたと同じ盛り上げ方で松平アナが紹介する。この盛り上げ方は結構効く。
 さて、私の歌の道だが、四つのコーナーからなり、都はるみの軌跡を追っている。まさに歴史番組だが、松平アナではなく、三宅アナの語り。そしてインタビューもある。
 唸り節でスターになるまでのエピソードが星野哲朗のインタビュー映像もある。星野の前で三曲ほど全部唸って歌えということで、歌ったらしい。最初から最後まで唸ると言うことなのだから、これは喉が続かないだろう。しかし、そういう声の出し方では喉がやられるらしいので、喉を潰さないで良いような唸り方を子供の頃からやっていたようだ。だから鍛え方が違うし、また綺麗な声も出せるのは、その発声法にあるらしい。これは同期らしい小林幸子も、最初聞いたとき、驚いたらしい。何処からそんな声が出ているのか、そして唸ったあとに綺麗な声に戻っている。これもインタビュー映像なので、本人が言っている。
 さて、何かの曲を三曲続けて全部唸ったのを聞いた星野哲朗は、煙草を持つ手が震えいていたらしい。これはものすごいものと遭遇した、作詞家としてもすごい場に立ったように感じたようだ。星野にとってもチャンスというより、何とかしないと済まされないような素材だったのだろう。こういうエピソードは好きだ。秀でた能力を誰かが見出すシーン。
 これが第一期の明るく元気な世界。当然そんな歌ばかりではなく、恩師でありプロデューサでもある市川昭介は唸りが入らない「涙の連絡船」を歌わせている。これは解説があり、唸りだけではなく、歌唱力を見たのだろう。そちらへの可能性を。これは涙歌。泣き節のようなものだが、涙の連絡船のサビの箇所でものすごい泣き顔になるのが印象的だ。顔をここまで崩して歌う気っぷの良さ、思い切りのようさが、その時からある。感情をストレートに。この活きの良さが第二期の明るく元気な路線「好きになった人」などにも続く。時代が右肩上がりの高度成長時代なので、これがいいと思ったらしい。それはそのまま紅白での映像で示される。映像はまだ白黒だ。この頃の曲に関して、コンサートのときに都はるみが語る映像がある。次に歌う曲を歌う前に、一番私らしい曲と言っているのが「あらみてたのね」という曲名。表記は曖昧だが、そういう曲で、これは音頭のような曲。これを真似る人いなかったりするのは、最後に「あら見てたのねー」というのが恥ずかしいのだろう。
 そして歌も多様化し、歌謡曲以外にも色々な歌が流行りだしてきた頃、第三期に入る。南こうせつが歌う神田川とかの世代だ。つまり売るためにあらゆることを考えて作り出す商業ペースでなくても、一人で勝手に作詞作曲して作った歌でも行けることがある時代になっていたのだろうか。
 それで路線を変えたのが北の宿。阿久悠作詞、小林亜星作曲。このコンビが作った水前寺清子の一曲が都はるみは気に入っていたようだ。しかし、フォーク系の語るような歌い方の南こうせつもいい。
 番組では、それを編曲した人の映像がある。最初の曲を、フォーク風に変えるシーンだ。凄いアレンジだ。これで歌謡曲風が、フォーク風になった。
 そしてこの北の宿がヒットする。紅白では二年連続同じ歌を歌うことになり、北の宿で明け、北の宿で終わると、紅白での司会者がいうほど流行ったのだろう。十以上の賞を総なめ。このとき28歳だろうか。頂点を極めたとなっている。
 北の宿後の紅白の曲は、あまりヒットしていない。「なんで女に……」とか「さよなら海峡」とかだが、紅白で勇ましく出てきて、本筋の演歌を歌う都はるみが、意外とよかったりする。大ヒット曲を出してからが勝負だが、第三期はカラオケブームと重なり、歌手の個性を引き出すのではない路線へと行く。そしてあまりくどい歌い方をしない「大阪しぐれ」がヒットする。
 そして引退のときに、星野哲朗に書いてもらった「夫婦坂」までが三期目らしい。
 そして復帰してからの二十年は等身大の路線らしい。
 番組が作られたのは都はるみ60歳あたりの頃。
 等身大の今の自分の気分のようなものを復帰コンサートで歌ったのが「小樽運河」らしい。そして京都での母の思い出のようなものを歌ったのが「千年の古都」らしい。レコード会社が作った歌の中の人ではなく、自分が主人公になっているという解説がある。
 この二作、作詞作曲者と同時に原案都はるみの名が出ることもあった。千年の古都の中に、衣笠山が出てくる。これを作詞した人のインタビュー映像がある。一つだけ聞いたことがあるらしく、それが子供の頃、何処で遊んでいたのか、という質問らしい。それが京都の北にある衣笠山で、バケツを持って雑魚捕りか何かは忘れたが、要するに子供の頃遊んでいた場所らしい。
「母が歌った星の歌」というフレーズも、本当なのだろう。そして「あの星はあなたにとってなんですか」というのを、最初聞いたとき、そのあなたとは母ではなく、聞いている人のことだと勘違いしたのだが、個人の話でも、もの凄く拡がりがある。置き換えるのだ。これは別れを悲しむ女性の歌でも、別のことに置き換えて聞いているのだ。涙暖簾レク線は、船だけを指していないのだ。
 この千年の古都は、復帰コンサートでNHKホールでやったものだが、2パターンある。昨日見たのは、最初からスタンドマイクが立っており、非常に硬い歌い方で、直立不動。もう一つ映像は、スタンドマイクを自分でとりに行き、ギリギリ間に合ってから歌い出すパターン。こちらの方が凄い。歌い終わったあとの笑顔が凄い。そこをスローで再生していた。
 番組の終わりかけ、第四期の今の都はるみが舞台化粧なしで出てくる。といっても60歳なので、これを書いているときは69歳なので、十年ほど前の映像だが、千年の古都が故郷を歌った曲とであることに引っかけるわけではないが、故郷のような原点となった曲として、最後に60才で歌う16才頃の「アンコ椿は恋の歌」。これは手強いらしい。いつでも、ここに戻れる場所、原点があるということで番組は終わる。
 しかし、復帰コンサートのとき、都はるみが喋っているのだが、今までは、歌、ふんっ、歌か。とかいっている。こんなことを平気で言える人も珍しい。しかし引退後の数年の間に歌への気持ちが変わったらしい。だから言えるのだろう。歌に対しての接し方を得たのだろう。だからこの復帰コンサートでの歌い方は非常に丁寧で、今まで適当に歌っていたわけではないだろうが、かなりいい。
 NHKの番組は纏めるのが上手い。実はそうではなかったということもあるだろうが、真実を知りたいのではない。
 
 

■■ 2017年11月9日(木) 午前8時36分
 
 今朝は天気が回復したのか、雨は降っていない。昨日は降っていたのだが、小雨で、傘がいらないほどなので、大した量は降っていない。しかし、まだ曇っており、陽射しが出たり引っ込んだりしている。雨が去った朝は寒いはずだが、それほどでもなかった。北の方は冷え込んでいるかもしれない。冬型の気圧配置になっているらしい。冬型というのは冬の間ずっとではなく、たまに緩むらしい。低気圧とか高気圧とかの位置なので、じっとしていないためだろう。
 今朝は寒いのかどうか分からないので、とりあえず分厚い目のダウンジャケットを羽織って朝の喫茶店へ行く。これを着てしまうと秋物が着られなくなる。
 先日バーゲンで買った薄い目のダウンジャケットは軽くて良いのだが、これでは寒い。買ったときより冬が進んでいるためだろう。しかし、中に何かを着込むと、まだいけるが、結構窮屈。これは重ね着にありがちな話。長袖のカッターシャツなどが手首までいかないで、奥にいたりする。だから、一着で済むようなタイプの方が好ましいのだが、それでは鎧のように大袈裟なものになる。その中でも軽量でシンプルなのがダウンジャケット。味も素っ気もないが、効率が良い。
 昨日の昼間、雨の中、喫茶店へ行ったのだが、せっかく来たのだから、同じ建物内にあるユニクロ見学。買わないで見学ばかりしている。これは季節の動きで、売っている物の動きを見るため。良いものがあれば買ってもいいのだが、ここは高い。しかし、季節から少し離れると、結構安くなる。新価格ということで。決して特価とは言わない。スーパーで賞味期限間近品を集めた台で漁っていりぅようなものだ。
 秋に出ていたペラッとしたウインドブレーカーが半額近くに落ちているのではないかと思える。二千円台で別の場所に追いやられていた。確かにこの季節では薄い。秋物なので、始末が悪い。これでレインコートになればいいのだが、水を弾く程度ではやがて浸みてくる。そのあたりは着てみないと分からない。いつまでも水滴が付いているタイプか、水滴が流れるタイプでないと、合羽の代わりにはならない。たとえばビニールなら、破れない限り、水は浸入しない。しかし、衣服として着た場合、ビニール生地では蒸れて仕方がないだろう。それに着るときに破れるだろう。百均の合羽のように。また、外からの見ずではなく、内から水が出そうだ。
 結構気に入っていたスタジャン風のものがあるが、これは値段が下がっていない。偽ウール地で、中綿はないが結構頑丈で分厚い。それなりに密着度があり、いい感じなのだが、襟がない。襟が立たない。丸襟のようなもの。試着すると下のカッターシャツの襟の山を越えるので、襟という折り返しがないだけのことかもしれない。
 その横に1万円のコート風も、似たような生地だが、襟がしっかりとある。しかも大きい。これは真冬もののオーバーだろう。ただ中綿はない。このタイプは暖かいのかどうかは分からない。中綿はないが、表面生地が分厚い。数十年前はこれより薄いのを真冬にずっと着ていたのだから、耐寒性はあるのだろう。毛布に近い。その毛布にツルッとした裏地を加えたタイプ。これで腕が通りやすい。またこの裏地で滑りがいいので、動きやすいかもしれない。ただ、表面生地が分厚い偽皮タイプなどは腕が曲がらなかったりする。生地ではなく、細いのだ。ユニクロなので、結構細身にできている可能性があるが、これは試着していないので、分からない。気に入っても1万円するので、ここで引くだろう。ダウンジャケット系に比べ、引っ張り出すとき、重かった。この重さが重いだけのことであっても寒いときは押さえになる。
 このオーバー、以前は店の入り口にマネキンが着ていたのだが、隅へ追いやられたようだ。
 それを見たあと、その上の階にある上新で家電見学。
 21インチの一体型パソコンで、8万円のレノボが消えていた。売れたのだろう。似たタイプのNECと富士通が横にあるが、スペック的にはレノボが二枚ほど上。日本のメーカーものは十万円を遙かに超え、しかもスペックはレノボより劣る。これは何だろうかと思うほど。スペックが低いので安いのではなく、高いのに安い。
 次はいつものデジカメ。特に目だったものはないがキャノンイオスのX7が消えていた。世界最小最軽量の記録を残して。
 コンパクト系ではニコンの旅カメラの値段が下がっていた。ニコンは中国の工場を閉鎖するとかのニュースがある。コンパクト系の工場だろうか。そしてコンパクト系の人員を削除とか。下手をするとコンパクト系から撤退するのかもしれない。そのニュースによると、ある程度需要がある一眼レフに力を入れるらしい。一眼レフ系の入門機はイオスの一人勝ちだろう。ミラーレスもあるし、1インチの一体型など種類が多い。ニコンも1インチタイプの新路線を作っていたのだが、開発中止になったらしい。だからコンパクト系の旗艦がない。
 だから生き残っているニコンコンパクト系の旅カメラが貴重品になったりする。次の機種が出なかった場合だが。そして値段が下がっているので、これは少し気になった。工場閉鎖。だからニコン旅カメラの新製品が出ないままかもしれない。
 
 

■■ 2017年11月8日(水) 午前8時07分
 
 今朝は久しぶりに雨。そのためか、気温は高い目。雨は小雨で、傘はいらないので、雨でも楽だ。風もなく、台風のときの雨と風から考えれば、楽なもの。
 さて、この雨空、どの程度続くのかは天気予報を見ていないので、分からない。この秋はよく雨が降ったので、もうそれほど降らないだろう。意外と冬は雨が少なかったりする。雪が降ることは大阪方面では滅多にないので、冬は雪ではなく、雨が多い。
 冬の雨は雪と被るので、扱いにくいのだろうか。季節感が出なかったりする。冬は雪だろう。北国ではそれが普通のはずだが、雪など殆ど降らない地域では雨になる。
 今朝は雨に強いジャンパーを羽織る。台風の日、傘が差せないとき、これを着ていた。大した雨ではなかったので、問題はなかったが、こういうときは表面がツルッとしたタイプが好ましい。着心地はそれほどよくないが、表面が意外と丈夫。汚れにくいのは染みこみにくいためだろう。
 このジャンパーは下に着込めば真冬でも行けた。中綿はないが、胴体部分に毛が入っている。腕にはないのが残念だが、腕がスースーするということはない。腕の箇所は表地だけではなく、裏にツルッとしたものが被さっているためだろう。その間に詰め物をすれば、綿入りになるのだが、綿入りの効果は何処まであるのかは分かりにくい。やはり表面生地が丈夫で、強いことの方が大きいかもしれない。
 昨日もそれを着て喫茶店で座っていると、暑苦しく感じた。脱がないといけないほど。それほど暖房が効いているのだろう。冬場の暖房、暑苦しく感じることもあるが、有り難い話でもある。もの凄く寒い店もある。
 今朝は理想的な時間に目が覚めた。その時間に起きると、喫茶店が開く頃に行ける。それ以上早いとまだ閉まっている。それ以上遅いと客が増え出すので、いつもの席が空いてなかったりする。最近は遅い目に起きることが多くなっているのか、理想的な時間に目が覚めたとき、もう少し寝たいと思った。寝たりなさがある。ここで二度寝すると、ものすごい遅い時間になるので、逆転する。せっかく早く目が覚めたのに、何の意味もなかったりする。
 
 昼はパンなどを買って食べているのだが、最近はお好み焼きを作っている。小麦粉を焼いただけのものだが、こちらの方が食べやすい。長雨の影響で葉物野菜が高かったので、まだましなキャベツを買っていた。これを微塵切りにし、小麦粉と卵を練ったところに入れる。さらに乾燥海老を入れる。色の付いたあれだ。味付けはしない。小麦粉はお好み焼き用になっているので、少し高いが、味が付いている。そして乾燥海老には塩気があり、これでソースなしでも水臭くない。これを小さくも大きくもないフライパンで焼ける量を作る。量を決めているのは小麦粉の量。多く入れすぎると硬いので、水をもっと入れる必要がある。そのため全体の量が増え、フライパンに流し込んだとき、一杯になりすぎる。コテが入れられるだけの隙間があるほど、底一杯ではなく、少し隙間が出来る程度の量が好ましい。
 これはすぐにできる。小麦粉を溶くのは卵焼きを作るときと似たような手間。キャベツを切る時間が加わるが、卵焼きの中に玉葱を入れるときにも、その手間がかかるだろう。だから卵焼きを作る程度の手間でお好み焼きはできる。
 お好み焼きなので、好みの焼き方ができる。この好みとは、好みのものを入れて焼くことだろうが、何も入ってなかってもいい。要するにあっさりとしたお好み焼きで、ネギだけだとネギ焼きになる。
 パンを買って食べるより、こちらの方が良いが、少しだけ手間がかかるが、食べやすい。当然焼きたて、出来立てなので、それだけでも美味しい。
 夏場は暑くて火の近くに行くだけでも嫌だったのだが、寒くなってくると、お好み焼きが作れるようになる。
 冬には冬の良さがあるのだろう。
 
 
 
■■ 2017年11月7日(火) 午前9時00分
 
 昨夜は十度を切っていたが、平年並だろう。まずまずの気温。この時期ならそんなものだと思う気温。これは特に言うことはない。普通なため。晴れているが、少しかげることがある。雲が多くなっているのだろうか。この数日晴れが続いている。これも雨が続いているときは注目するが、晴れていると天気は気にならない。そして今日は立冬らしい。意味は分からなくても、旅立ちのように、冬への旅立ち。冬が立つ。冬が立ち現れる。立冬が近付くときに、既に冬は立ち始めているので、立冬の日にいきなり立つわけではない。
 しかし、立冬や立春や立夏などは、少し早い目に来る。立春など真冬だ。2月4日なので。
 だが、10月頃から冬の服装をしていたのだから、体感温度は、もっと前から冬は立っていたことになる。冬が一年で一番長い季節かもしれない。これは服装に関してだ。春と秋が合体すればそれなりの長さになるが、この二つの季節は過程だろう。夏になるまでの。冬になるまでの。そして夏から冬への間。冬から夏への間。
 
 昨日は猿の惑星を二作見る。その前に見たのがどうも三作目だったらしく、順番が違った。猿が地球に来る話。昨日見直した一作目は人間が猿の惑星に行く話。そのあと続けて見たのが、続編。これから見ようと思っていたのだが、一気に三作目を見てしまったことになる。
「続猿の惑星」「新猿の惑星」。数値的な並びが「続」でも「新」でも行けるので、紛らわしい。
 二作目も、見た記憶があった。ニューヨークの地下鉄が出てくるシーンで思い出したが、ストーリーは飛んでいた。覚えていないので、初めて見るような感じ。覚えているのはコーネリアスという猿の名前。
 印象的なのはヒロイン的な女性。これは猿の夫婦ではなく、猿の惑星にいる人間の女性。ここでの人間は喋れない。言葉を知らないのだが、犬か猫程度に、何となくは分かるのだろう。
 このターザンに出てくるような女性が常に同行している。しかし、ただの色添いでいるのではなく、最後のクライマックスのアクション時、あわやというところで、この女性が初めて声を出す。叫び声ではなく、グレゴリーペックの名前を呼ぶのだ。これは言葉だろう。この猿の惑星で初めて言葉を話した人間になるのかもしれない。
 人間と猿とが逆転してしまうため、そこから出て来る違和感以外のものを考えさせてくれる。また猿の惑星の猿は一律ではなく、大人しいチンパンジーと、学者っぽい中間派のオランウータンと、好戦的なゴリラがいる。
 猿の惑星の学者は、猿の文明以前に進んだ文明があったことを知っている。立ち入り禁止にしている地域がある。一作目でグレゴリーペックが見た海岸線沿いにある自由の女神像あたりだ。
 この猿の惑星。最新作がある。しかし、それまでにも何本かあるので、人間と猿とが入れ替わった理由や、猿がどうして人間並みの能力を得たのかの理由が分かるだろう。
 これは地球がどうなったのか、猿がどうなったのかの話以上に、話をどう展開させ、どう辻褄を合わせていくのかの構想力のようなものの方が見所だろう。
 
 昨日は老眼鏡を買いに行った。いつもは屋台のようなところで、千円程度の眼鏡を買っている。しかし部屋でずっと使っている眼鏡は十年ほど前に眼鏡の三木で買った高いもの。眼鏡のチェーン店だ。店構えし、大きな駐車場がある。これだけでも価格に影響するだろう。だから高かったのだが、長持ちした。そして見え方がやはり良い。
 それで買いに行ったのだが、十年ほど前のタイプはなかった。メタルフレームで玉が大きい目のタイプ。まあ眼鏡屋なので、目に丁度合う眼鏡を作ってくれるのだが、老眼鏡の度数だけの問題なので、既製品でいい。
 大きい目の眼鏡はなく、樹脂製のフレームで、たまも小さい。その一種類の色違い程度しか置いてなかったが、それは十年前も男性向けと女性向け程度のタイプ別しかなかったので、似たようなものだろう。今は男女兼用タイプで、フレームの色目で変えているのだろう。
 年配の店員がすぐに後ろに来て、説明してくれる。そして度の違うものをかけて、これまで使っていた度数と同じものを選ぶ。
 支払いはレジではなく、その場で渡すと、店員は壁際の引き出しから化粧箱入りの眼鏡を取り出し、ケースを持って奥のレジへ行き。戻ってきたときは袋に入っていた。
 意外と値段が安い。2000円台だ。屋台の眼鏡の倍はするが、それでも昔買ったときよりはるかに安い。
 その眼鏡でパソコンのモニターを見ると、平面性が良いのか、歪みが少ない。レンズは一枚物で、虫眼鏡のようなものだ。樽形になったり、へこんだように見えたりするのは度数の問題かどうかは分からないが、いつも外で使っている眼鏡よりも、度数は小さい目なので、そんなものかもしれない。
 それで、しっかりと見えるようになった。十年以上使っていると、流石にレンズに付着したものが取れない。まあ、殆ど磨いたことがないので、そんなものだろう。
 屋台で売られている千円の老眼鏡は、人件費、設備費などを差し引けば、眼鏡屋で買ったものと同等のものになるのかもしれない。
 
 
■■ 2017年11月6日(月) 午前8時40分
 
 今朝は晴れているが寒い。昨日よりも寒いのか、夜中何度か起きてしまった。きっと寒いためだろう。あとで気温のデータを見るとやはり低い。これは一時間置きの気温。寝る間に見たとき、昨日よりも低い。これは前日の24時間データ。やはり寝るとき寒いのだから、夜中も寒く、朝も寒いのだろう。これは晴れているときで、雨が降っているときは、また違ってくる。夜中よりも、朝の方が寒いこともあるし、また、それとは関係なく、ある時間からガクンと落ち、そのまま寒くなったりする。これは夜中とか朝とかに関係なく。こういうガクン型のとき、その後、寒い日が続く。もっと冷たい空気と入れ替わった感じだ。
 今朝は分厚い目のダウンジャケットを引っかけてきたが、こういうのはとりあえず着る場合、都合がいい。その場合、安くて汚れても良いタイプで、実用性があるタイプ。汚れが目立たないように黒いのがいいが、汚れ隠しのために黒を選んだのではなく、色目がないほうがシンプルでいい。白ではなく、黒。黒は色がない。まあ純粋な黒も純粋な白も、実際にはないのかもしれないが。
 先日の冬物の安っぽいものばかりを集めたバーゲンはまだ続いているが、そのタイプでは寒く感じたりする。また、新製品も吊されていたが、そちらもそれほど分厚くなく、真冬ものとしては頼りない。
 安い冬物ジャンパー系は2000円だったが、1600のもあった。以前そのタイプはハーフコート風なもので、少しだけ防寒性があった。モコモコでも毛でもなく、薄い紙のようなものを貼り付けたようなタイプ。ただ表面生地は防水性がある。これとモコモコタイプを下に着れば、結構行けそうだ。都合4千円近くなる。それなら新作のジャンパーが買えるということになってしまうが。新作はウール地風の表地で内側はモコモコ。ただ、防水性は怪しいし、この偽ウール地、結構禿げる。
 一番貧乏臭くて薄い1600円タイプは、秋に出ていた980円のウインドウブレーカーの裏に少しだけ暖性を仕込んだようなタイプ。だから一応冬物だ。風よけと同時に雨にも強いということだ。冬物としては、紙のように薄い絨毯のようなものでは足りないが、下に着込めば何とかなる。
 それよりも、その薄さがよかったりする。ペラッとしているのでシワができる。フードも付いているが、裏地はない。真冬の分厚いタイプの逆を行き、これがかえって新鮮。そして、冬に羽織るタイプとしてはこれ以上安いものはこの店にはない。だから非常に分かりやすい。この薄さなら、真冬を越えて春になり、梅雨が明けるまで着られそうなほど寿命が長い。
 2000円のモコモコタイプは部屋着として着やすい。裏地のアンコ部分だけを着ているようなものだが。
 まあ寒いときは何を着ていてもまだ寒い。だから適当でいいのかもしれない。
 
 昨日は猿の惑星を見る。一作目のラストの自由の女神は印象的だったが、その続編の「続猿の惑星」を見た。これは新作を見るために、まずはその準備。一作目は覚えているのでパスしたが、二作目を見たとき、あの夫婦の猿を思い出し、また一作目も見たいと思うようになった。そこに解答が入っていたのだから。コーネリアスだったと思うが、その名前をずっと覚えていたのか、印象に残っている。
「続猿の惑星」は宇宙船が海に浮かんでいるところから始まるが、SF映画らしさはここだけ。アクションシーンもラストにあるだけで、大人しい映画だが、この続編を入れることで、猿の惑星になっていく過程が分かったりする。子供が産まれるのだ。だが非常に残念な結末になるのだが、こればかりはいわないことにする。ここにしか、この映画の意味がないためだ。
 この二作目の「続猿の惑星」何となく観た記憶があるが印象に残らなかったのだろう。初めて見るような感じだった。だから見ていないと思い、見た。しかしやはり見たことがあるようだ。テレビで見たのかもしれない。何か用事でもしながら、見ていたのだろう。
 その後の作品が何本かまだある。それらはまったく見ていないはず。
 この映画をネタに、「エテコの惑星」という漫画を書いたことがある。ラストはニューヨークの自由の女神像ではなく、大阪は新世界の通天閣が砂の上に飛び出ているところで終わる。廃墟となった地下鉄は御堂筋線で、駅は動物園前。
 猿の惑星の新作を見たいのだが、そのための準備で、新作がより分かりやすいように、前作を続けて見るほうが効果的だ。
 
 

■■ 2017年11月5日(日) 午前9時06分
 
 今朝は晴れているが少し寒い。この寒さは平均的だろう。つまり平年並。調べたわけではないが、流れとして、このあたりの寒さが普通に思える。この基準は曖昧だが、それまでの流れがある。台風が近付くと冷え込みはない。しかし、これは平年並ではないことは分かる。
 昨日はスーパー二階の衣料品売り場を遠くから見ると特価台が出ている。セールだ。これは平年並のバーゲンで比較すると、平年並。これを恒例というのだろう。大きなバーゲンではなく、それほど安くはないがこの時期らしいバーゲン。少し分厚い目の上着が並んでいたが、どれも安っぽいもの。一番安いタイプなのだが、これは毎年この時期になると前座のようにして先ず登場する。ここで早まって買っても、冬を越せるほどのものではないので、真冬ものバーゲンでもう一度また買わないといけない。その真冬ものはまだ置いていない。しかし、そういう冬物、買わなくてもあるはず。買うのなら、古いのを捨てることから始めた方がいい。そうでないと、このタイプは持っているとなり、変えない。これは自治用狙いではなく、気分の問題だろう。特に普段着は。普段を変えるようなものだ。
 2000円のモコモコタイプが先ずある。分厚いというより、毛羽っているだけかもしれない。秋向けのペラッとしたジャンパーに毛の生えたようなものだが、毛ではなく、モコモコ。そういう靴下があるが、あれと同じ。それよりも分厚いので暖かそうだ。裏表で一枚物の生地なのだろう。だから安い。これがレジにて2000円。首元は喉まで隠れるほどファスナーが上がる。しかし軽量だ。数年前はハーフコートが1980円で出ていたのだが、それがない。これが意外とよかったのだが、今年はない。
 あとはズボン。部屋ではくズボンだろう。これもモコモコ。これは一度はくとやめられない。上下付きはなく、下だけ。だから意外と割高だ。まあ、分厚さが違うのだろう。だから、この日のバーゲンはモコモコセールだった。外出着というより、部屋着かもしれない。寒いときや冷え込むとき、こういうのを引っかけるといい。安いので汚してもいい。ご飯を食べているとき、いいのを着ていると、汚すと残念なことになる。こういうのならいくら汚れても気にならないはず。それで外に出ないのなら。
 結局真冬を越えられないタイプなので、このあともっと寒くなるはずなので、これでは頼りなく思い、今一つ熱心には見なかった。そのモコモコのTシャツもある。分厚さで勝負しているのだが、Tシャツは綿がいいだろう。しかし、暖かそうだ。このモコモコTシャツでかなり暖かくなるかもしれない。
 今朝は早く目を覚ましてしまい、そのあとまた寝たのだが、これが長かったようで、起きると1時間ほど遅くなってしまった。あのとき起きていれば余裕なのだが、喫茶店が開くまで、部屋にいないといけないほど早かった。部屋にいるのなら寝ている方がいい。そして寝過ぎた。
 風邪が流行っているのか、そう言う言葉を道で聞く、誰かと誰かが挨拶しているのだが、風邪で寝ていたとか、そんな会話だ。まあ寒くなってきたので、風邪を引く人が多くても当然だろう。その会話では熱が出たので、寝ていたとなっている。喉が痛いとか、鼻水が出るとか、頭が痛い程度ならいいが、熱はいけない。動けないだろう。熱が出ているときは体が賢明に治しているときだろうか。それに協力する意味でも、静かにしている方がいい。
 風邪を引いている人が多いわけではないが、本格的な真冬の服装の人が結構多くなっている。今朝は冷え込んだためかもしれない。寒いときは暖かくしていた方がいい。冷えると風邪を引きやすいはず。風邪が入って来ても、抵抗力が違うのだろう。
 秋が深まっているのではなく、冬が始まっている。
 
 
 
■■ 2017年11月4日(土) 午前8時05分
 
 今朝も晴れている。気温もそれほど低くはないことからか、真冬の服装をしている人は少なめ。薄い目の上着を着ている人が目立つ。しかし、同じ服装のままも多いようで、よく見かける人は、気温の変化に関係なく、いつも同じのを着ている。薄い目を寒くても引っ張っている人や、寒くなったときの分厚い目を引っ張っている人。だから小まめに変える人とそうでない人とがいる。長く引っ張っている人も当然何処かで切り替える。切り替えるとその期間が長い。長期政権で、春になってもまだ引っ張っていたりする。
 そう言えば冬の初め頃は、冬服を意識しているが、それに飽きてくると、適当なものを引っかけるようになる。この適当とは、偶然が多い。その偶然羽織ったものをまた羽織る。気が付けばずっとそればかり。まあ、冬に羽織るものは一着あれば十分で、多いと仕舞うところがなくなるだろう。嵩張るので。
 着物を着ている人が昔は見かけたが、最近は少ないし、日常的には着ていないが、あまり着込めない。上に羽織るのは文字通り羽織で、寒いときはそれがドテラになる。浴衣が出る旅館で冬は褞袍も出るはず。温泉街を褞袍で散策している人もいる。草履ではなく下駄。これは足が寒いだろう。足袋までは用意されていないはず。当然靴下をはく。ここは洋式だが、鼻緒は入る。
 当然日常的には綿入りを着ている。これは子供を背負ったとき。ねんねこもそれに近い。
 つまり、伝統的というか、昔からある防寒着は綿入りなのかもしれない。まあ、蒲団を被っているようなものだ。それと毛皮。どちらが暖かいのかは、今もそこで競り合っている。詰め物のアンコが綿が羽毛になった程度の違いはある。これは鶏の羽根でもよかったのではないかと思える。また羽根ではなく、端切れをを詰め込んでいたりしそうだ。
 また貧乏継ぎというのも、一種の手だ。破れたところに布を縫い付けるのだが、破れていないのに、貼り付ける。しかも広い目に。これは重ね着に近くなる。ものを背負ったりする人は肩が擦れて破れたりするので、そこだけ補強したりする。肩当てのように。これは貧乏侍の絵として、時代劇などでよく見る。貼り付けてある縫い糸まで書くのがコツだろう。
 昨日は暖かかったので、冬物上着などには興味はなかったが、スーパー二階の衣料品売り場は寄り道のときの通り道なので、少し寄って見ると、新作が吊されていた。カジュアルものだが、新製品だと分かるのは、今までなかったタイプのため。これがまた長く吊され続け、いずれはレジにて半額まで落ちるのだろう。これはシーズンが終わる頃になるので、もう遅いのだが、その時期は意外と真冬で、まだ着られたりする。
 今、新製品で吊されているのはまだ軽い目のタイプ。
 表地がフワッとし、少し毛羽立ったタイプで、裏地がボア。スタイル的にはジャンパーだが、首だけはもの凄く凝ってあり、エリマキトカゲ状態。襟にファスナーがあるので、フードでも入っているのかと思い、開けてみるが何も入っていないが、そこにもボアが仕込まれていた。だから首は暖かいだろう。頑丈なマフラーのようなものだが、むち打ちの人のような感じになる。
 似たようなタイプが二種類ほど新製品で出ており、エリマキトカゲ状態のそれが一番高いが5000円はしない。安いのは2000円台。その変わり薄い。
 そのエリマキトカゲ状のものが気に入ったのだが、これの軽いタイプを特価で去年買っている。裏地に何も仕込まれておらず、生地は伸びるが、賺すと向こうが見える。だから風がスースー入り込む。
 新製品は冬物なので、ポリエステだが向こうが透けないタイプ。
 安いタイプは表地は似たようなポリの厚紙のようなものだが、裏地にペラッとしたものが仕込まれている。これは着るとき滑りがいいので、着やすいだろう。
 まあ、値段にふさわしい暖かさと、真冬の何処まで通じるかの違いだろう。襟だけは、一番ハードな真冬物の鎧のようなタイプよりも暖かそうだ。ただ、ウール風なので、雨風に関しては、曖昧だ。こういうのは濃い色だと、生地など分からない。ただ、このタイプ、禿げてくる。
 毛糸のパーカー風のものによく裏にボアが仕込まれているものがあるが、その新製品は表地が風を通しにくく、雨にも多少は耐えれそうなので、いい感じだ。そして襟の堅牢さは得点が高い。
 
 今月号の漫画雑誌アックスでつげ義春の特集をしていたので、それを読む。つげ義春という文字があると、引っ張られるものがある。80才になっているのも驚きだが、それを記念しての展覧会も東京のギャラアリーでやっている。ねじ式の人形なども展示されていたり、他の漫画家や画家や、造形作家などの作品も展示されている。絵だけではなく。
 アックスにもつげファンの漫画家が、それにちなんだ自分なりのつげ漫画を書いている。表現の領域において、これだけ影響を与えた作家は類を見ないだろう。そのため、ジャンルを超えたところでも、影響を与えている。実際には影響を受けた作家の一人だろうが、割り切れないような不思議な謎がまだ残る漫画で、そこから受けるインパクトは何処かに刺さるのだろう。この刺さり方が大きい。
 要するに何かに触れるのだ。それは自分の中の何かに。だから読者の数だけつげ義春がいる。
 今回の特集は人海戦術で、もう細かいことを抜きにして、それぞれのつげ義春を語るようなもので、これは自分自身を語るのに近いのかもしれない。つげ義春論は多数出ており、また評論家にとり、これは美味しいので、文章も多く残っているはず。
 ガロやアックスの作家だけではなく、つげ義春風のものを画く人は結構いた。これはそう言うジャンルの漫画雑誌や同人誌を見ているためかもしれないが。
 しかし、それは真似ができないことがすぐに分かる。何がどう違うのかだが、個性と言ってしまえばそれまでだが、真似ができない個性なのだ。この個性は誰にでもあるので、自分の個性とは別のものを真似ても、その人になれないのと同じ。
 だからつげ義春は読み手や書き手の数だけいる。
 この特集のメインは座談会で、林静一さん、池上遼一さん、南伸坊さん。それとアックスの編集長の手塚さん。
 つげ義春よりも林さんや池上さん自身の話の方が興味がいく。特に林さんの漫画の書き方は凄いものがあった。もっと林さんや池上さん御自身の話を聞きたかった。南さんは別にして、この二人の会話がいい。少し意見や方向が違うのはどの作家も同じことなのだが、二人のやり取りがいい。ややこしくなると、南さんが、まあまあと中に入る。
 この座談会、評論家が入っていないのでいい。また同じ話を聞くことになるのでガロ的には新人の評論家、若手の人に今の感覚でのつげ義春論を聞きたかったが、その若手も結構な年になっているので、似たようなものかもしれないが。
 この特集で一番よかったのは菅野修さんの実録漫画だ。つげ義春とついこの間喫茶店で会ったときのことを漫画にしている。これはページ的にも特集の最後のページ。だから紅白ならトリだ。知りたかったのは今のつげ義春なのかもしれない。
 
  
■■ 2017年11月3日(金) 午前8時07分
 
 今朝は十度少しあるので、切っていないので、それほど寒くはない。以前に比べれば寒いことは寒いのだが、厳しくはない。晴れており、風もないので、行楽日和だろう。今年最後の連休らしい。
 毎日連休のようなものだと、出掛ける気がしない。いつでも出掛けられるというわけではないが、たまの休みなので、この日を逃すと出掛けられないとなる。これは出掛けたくて出掛けるのかどうかは分からない。所謂お出掛けだが、誘われなければずっと家にいる人も多いはず。行楽地はネタで、人と会ったりするのが目的なのかもしれない。だから風景など見ていなかったりする。
 しかしこれも出掛けることには変わりなく、いつもとは違う場所へ身を置き、違うものを見ていることになる。これは大きな変化だ。
 ただ、体の具合が悪くて出掛けたくても、遠出はできない人もいる。当然出掛けるための切符が買えなかったりする人も。この場合のお出掛け先は行楽地が多いはずだが、交通費や食費ぐらいはいる。これが厳しい場合もある。それで近所をウロウロすることになるのだが、町内にも見知らぬ場所があり、それなりの散策が楽しめたりする。またバスで一寸だけ違う場所へ行くとかも。市バス料金で済むような。
 気晴らしで出掛けるというのもあるが、日々気は晴れている場合、必要がなかったりする。
 まあ、出掛けるというのは部屋から外に出るだけのことも含まれるので、一寸表に出て、さっと戻ってくるだけでも、外出だ。二歩外出。そして部屋にずっといるというのは一人暮らしでは無理で、日用品を買いに出たりする。だからこれもお出掛けなのだ。
 晴れていれば気持ちがいいし、木ぐらいは生えているので、紅葉も楽しめる。ただそんな意識はないだろうが。
 この前作ったカレー地獄が続いていたのだが、やっと解放される。しつこいものが続いたので、昨夜は百円のきつねうどんにする。アルミ鍋に入っているタイプよりも安い。また、もっと安くきつねうどんを食べるには、うどん玉ときつねうどん用の味の付いた甘い油揚を買うこと。さらに出汁まで買うと100円になってしまう。だから揚げは自分で砂糖を入れて煮ればいい。出汁は醤油だけでもいい。しかし、醤油だけではあの出汁にはならない。
 うどん玉を単に煮込むのもいい。鍋焼きうどんだが、野菜類を入れた煮込みうどん。
 だが、うどんを食べたいと思うときは、あっさりとしたもの食べたいと思うときなので、そんなコテコテのうどんでは目的から外れる。
 それで、昨日はその百円のきつねうどんと一緒に日清の焼きうどんを買った。どう違うのかというと、ソースが違う。中身はうどんとソースだけ。実際にはキャベツとかを入れないと、焼きうどんらしくない。キャベツは安かったので、買っているし、牛肉もカレーを作ったときのが余っている。ここまで揃っているので、焼きうどんが作れる。うどんだけだと淋しいものだ。
 しかし、うどんだけを食べる釜揚げうどんもある。湯豆腐と同じで、原価は非常に安い。しかし、観光地で食べるとものすごい値段をしている。これは普段の場、日常の場でないため、それでいいのだろう。
 自転車で少し遠くへ出たとき、観光地らしい場所に入り込むことがある。食堂や土産物が並んでいる。小腹が空いたので、一寸うどんでも食べようと思うのだが、値段を見て引く。それに一番安いきつねうどんが目的なので、あまりいい客ではないはず。それが混んでいる店ならいいが、誰もいない店だと、やっと来た客がきつねうどんかいとなる。ここはやはり尻尾だけが大物の天麩羅うどんレベルか、鍋焼きうどんあたりを注文しないと、居心地が悪い。すいているのは小腹で、中腹や大腹ではない。
 本当は素うどんでもいいぐらいだ。それを置いていない店が多い。
 
 
 
■■ 2017年11月2日(木) 午前8時55分
 
 今朝も十度を切っているが、晴れている。そのため晴れが続いている。昨日の昼は暖かかった。久しぶりだ。陽射しがあり、いい感じだ。真冬の服装では暑いほど。朝方寒かったので、その服装のままでは暑い。店屋などは暖房が入っており、さらに暑かった。ただ、暖房のない部屋では逆に寒い。日影のためだろう。日差しで暖かいのだ。それと暖房。
 昨日はスプーンを買いに行く。スプーンは貰いものが箱ごとあったのだが、捨てたのか、百均で買った一つしか残っていない。あれだけあったスプーン。引き出しに突っ込んでいたのだが、使わないで捨てたような記憶がある。それでもスプーンはいるので、全部捨てたわけではない。しかしスプーンを使う機会は滅多にないので、箸のように何本も箸立てに立てているわけではない。きっと何処かに紛れ込んだのだろう。
 スプーンを買いに行ったのは、カレーだ。唯一残った金属のスプーンは味噌汁用。味噌をスプーンで取り出すのだが、味噌が付いている。それでカレーを食べると味噌味になる。いつもはそれを洗って食べるのだが、一つでは不自由なので、買いに行くことにした。近所の百均だ。夕食の食材を買いに行くスーパーと同じような場所、同じような時間帯になったが、昨日はスプーンだけ。大きなスーパーなら、一寸した食器類も売っているのだが、百均の方が種類が多い。行きつけの百均は二店。ダイソーは西日本最大の敷地面積なので、食器類も豊富だが、夕方にはその方角へは行かない。夕方前に既に行っているので、同じ道をまた行くのは避けている。
 スプーンしか買いに行かなかったので、四本ほど買ってしまった。大きい目の匙二本と、小さい目の匙一本と、陶器製。木製もあるが、これは色が変わるし、禿げてくる。
 これで、カレーや焼きめしを食べるとき、味噌の付いたスプーンを使わなくてもよくなった。コンビニなどでスプーンは付いてくるのだが、これは使い捨て、一回きりだろう。汁でぬるっとしてしまう。あれは樹脂製ではぬるっとした感じが洗っても抜けない。洗剤は使わないので、洗うのに手間がかかる。それにそう言うのは食べたあとそのままにしているので、汚れがこびり付いている。
 金属製のスプーンは洗えばピカピカ光るほど汚れは取れる。木製や樹脂製の箸は染みこんでいるように見える。
 故人が個人が使っていた箸というのはもう家族は使わない。これは染みこんでいるためだろう。これはスプーンなら別かもしれないが、ご飯を食べるとき、スプーンを使うのは希。スプーンでないとすくえないものもあるが、それは家族共有のスプーンが多いだろう。誰々の専用のスプーンというのはなかったりする。
 そのスプーンも、全部金属に限られる。金属以外では汚れが落ちないためだ。
 その一家が代々使っている銀の匙のようなものがあったりするが、代々使っている箸はない。
 百均までの道で、自転車のタイヤが底付するような感じになる。空気が減っているのは知っていたが、これはパンクでもしているのか、抜けるような気がしていた。自動空気入れで入れたところなのに、ペコペコ。
 それで、手押しの空気入れで入れてみると、しっかりと張った。ということは、機械式の空気入れが故障していたのだろうか。これは無料の空気入れで、ボタンを押すと入る。十秒ほど押せばいい。しかし、しっかりと硬くならなかったことを覚えている。
 そして朝。タイヤを押さえると張っている。漏れていない。そして乗ると、ペダルが軽い。ずっと重いタイヤを引きずって乗っていたので、損をしたことになる。台風の日、ペダルが重すぎたのも、そのためだった。
 空気を入れるとスイスイ走る。これを応用すれば、空気という気を入れればいいのだ。空気は空。空気なのでよく分からないもの。目の前ににも空気はある。なければ窒息するだろう。空間ではなく、空気なのだ。酸素入りの空気だ。だから元気を入れればいいのだが、これも空元気というのがある。
 そう言う話をしていると、気功がどうの、呼吸法がどうのになるのだが、空気入れで入れる空気ではない気が問題。これをやる気とかいう。だから、これは普通にやっていることで、何かがあると元気になり、スイスイ走れる。それ以上の特効薬はない。ただこれは気候と同じで、時期がある。
 しかし、自転車が軽快だと、スピードが出てしまったりし、逆に危険だったりする。
 今朝は晴れており、休みも続くらしいので、行楽日和。大阪方面は紅葉はまだ。だから晩秋でもない。
 
 
 
■■ 2017年11月1日(水) 午前8時25分
 
 今朝も十度を切っているので寒い。しかし晴れている。晴れているので、朝が寒いことがある。そして昼間は気温は上がるが、それほど期待できない。陽射しがある分、外は暖かめだが、逆に屋内は寒々しい。
 今朝はストーブを出す。起きたとき、寒かったので、ホーム炬燵に入っても、まだ寒い。寝たままの服装のためだ。服をしっかりと着ていれば、ストーブはまだ早いが、それでも昨夜はストーブが欲しかった。まだ早いと思い、我慢していた。
 ストーブは新しいのを買っているが、古いのもあり、こちらは一本の棒のようなタイプで軽いので、先ずそれを持ち出す。切り替えはなく、常に同じワット数。まあ、それで十分だが、最初は倍ほど暖かい方がいい。だから新しく買ったのは二灯。方式が違うので、すぐには暖かくならないが、少しだけ待てばいい。
 もうストーブが必要な季節になっている。11月なので、そんなものかもしれない。冬本番の頃より、今の季節の方が寒いような気がするのは、今まで暖かかったからだろう。だから冬仕様でないところに冬が来たようなもので、それで余計に寒く感じるのかもしれない。
 夕方スーパーへ買い物へ行くときは、部屋では織っている綿のフード付き上着を脱がないで、その上に軽いタイプのダウンジャケットを羽織って行った。薄いジャケットだけでは寒々しいと感じたためだろう。フード付きの上着はマフラーになる。軽い目のダウンジャケットにはフードはない。下も上もフード付きだと、舌が二枚背中から出る。それは避けたい。
 だから襟の頼りない冬の上着の場合は、下にフード付きの柔らかいのを着れば、襟元の寒さは凌げる。それにダウンジャケットの襟というのは浮き輪のようにボリュームはあるが、ここが汚れる。だから、下に綿の洗濯のしやすいタイプのフードを着れば、汚れを持って行ってくれる。そのため、その二つがセットになったものがある。ただ、フードだけで胴体がないので、下に着込んでいるように見られるわりには暖かくないので、損だ。
 数年前から冬の上着の襟を注目していた。こういうのはマフラーをすれば解決する問題で、どんな襟でも実際にはかまわないのだが、最初から襟が立っているタイプは暖かい。しかし、すっきりとしない。襟を有効にするため、亀のように首をすくめたりする。これは自転車では肩が凝る。妙に力を入れているためだ。その方がより深く襟が首までかかるためだ。これがどうも不細工で、襟のためだけに姿勢を変えることになる。マフラーなら独立しており、鼻まで隠してしまえる。実際に覆面のようなお面のような顔当てもある。これはフルフェースマフラーだろうか。殆どプロテクター。鉄仮面だ。
 首元対策としては、徳利のセーターがいい。ハイネックだ。しかしこれは喉を締め付けられるような感じがして、息苦しい。ゆるゆるだといいが、きついと厳しい。それに暖かいところに入ったとき、脱ぐわけにはいかない。コート類は脱げるが、下のセーターまで脱げないだろう。だから、ハイネックの良さだけを抜き取ったのが首輪。しかし、被らないといけないので、付けたり外したりするとき、頭や顔と接触する。まあセーター類ならそんなものだが。
 そこで出て来るのがホック式の首輪。これは巻く感じだ。ただホックやボタンを留めないといけない。これが面倒だし、首輪のように融通が利かない。形が固定しているためだ。
 まあ、マフラーや首輪は百均であるので、これは使い捨てのマスクのようなものだと思えばいい。ただ分厚い目は百均でも高い。アクリルだが毛糸物は高い。
 マフラーなどは昔は母親が編んでくれた。だから買わなかったのだろう。
 昨日はフードをマフラー代わりにしてスーパーへ行き、カレーの食材を買った。ジャガイモは残っていたので、ニンジンと玉葱。葉物野菜は高くて、手が出せないが、このスーパー、そういうことを見込んで、安いタイプを良い場所に置いている。昨日はキャベツだった。ひと玉200円足らず。これはもの凄く長持ちするだろう。ひと玉のキャベツを枯らさないで使い切れるかどうか分からないほど持つ。白菜もそうだが、今はキャベツが安い。これを青いものとしてカレーに入れることにする。キャベツとカレーは合う。車で売りに来るホットドックにキャベツが挟まれているが、あのキャベツが美味しい。
 メイン用に牛肉とベトナムの小エビを入れる。肉と海老、どちらもメインが取れる。それで具だくさんのカレーを作る。家のカレーというのはそんなもので、汁だけのカレーなど有り得ない。野菜や肉の丼物に近い。具をカレーで味付けしたものだ。カレー屋のカレーはカレースープ。スープだけご飯にぶっ掛けて食べるような貧しさがある。またカレー屋のカレーにはジャガイモがなかったりする。これは溶けるためだろう。コンビニやセットもののおでんにもジャガイモがなかったりする。これは押すと潰れるためだろう。
 それで、カレー地獄にならないように小さな鍋で煮ていたのだが、具が多いためか、それでは溢れるので、中ぐらいの鍋に入れ替える。煮ていると蒸発するので、水を差す手間が減るので、小さな鍋よりも扱いやすい。
 しかし、少し多い目に作ったようで、ルーの数を増やさないと、水臭くなった。少し汁が多すぎたのかもしれない。その方がルーが溶けやすいので、水を足したためだろう。濃いのを作ると、鍋にへばりつく。あれを洗うのが嫌で、よく溶かしたり、煮込んでいるときは箸で底をかき混ぜる。これでジャガイモが潰れるので、ジャガイモは大きい目で、角を立てないほうがいい。四角く切ったジャガイモは丸くなる。溶けやすい。大きい目に切って入れて、大きすぎれば食べるとき、割ればいいのだ。
 カレーとシチュー、ハヤシもあるでよも具は一緒。ただシチューは牛乳がいる。珈琲牛乳は常に買っているが、牛乳は急にいわれてもない。だからすぐには作れない。
 カレーはご飯が見えないほど、具が多いタイプがいい。
 
 
 
■■ 2017年10月31日(火) 午前8時28分
 
 今朝は晴れているが、寒い。7度とか8度に夜中になっており、10度を切ってきた。これは台風が過ぎたあたりで冷えるとは予測していたが、10度を切るとは思わなかった。これで秋物の上着は全滅だろう。とどめだ。
 昨日の夕方近く、まだ日はあるのだが、道行く人は真冬の服装が目立っていた。ジャンパーやコートでマフラーも巻いている。マフラーなどを見ると、これは冬だが、秋でも毛糸のセーターとマフラーの組み合わせは昔のテレビドラマなどで見た記憶がある。これは秋を強調したドラマだったので、それらしい服装にしたのだろう。しかし、毛糸のセーターではスカスカで寒いだろう。
 今朝はスーツ姿でマフラーの人が歩いている。マフラーではなく首輪だろうか。帯状に垂れていない。丸い輪を首に填めている感じ。犬かむち打ちになった人に見えてしまうのが欠点。
 朝の喫茶店は暖房がしっかりと入っていた。十月も今日で終わり。明日から十一月。しかしこれはまだ秋なのだ。あと三分の一残っている。しかし、冬の入り込みが強いと、冬の始まりのように感じるはず。だから冬は12月、1月、2月ではなく、11月から3月までだろう。これで五ヶ月間。ほぼ半年だ。実際に11月は寒い。3月も寒い。そのため、秋は9月と10月だけでいいのだが、実際には9月の半ばから10月の半ばまでのひと月ほどが秋。9月の初めはまだ夏のように暑いので、これは夏に近い。
 夏布団では寒いので、その上に小さな毛布があったので、それを掛ける。これは膝当てか、肩当てで、長くはないので、蒲団用の毛布ではない。しかし、薄くても、それ一枚をかけていると、結構違った。寝る前から寒かったので、用意が早い。夜中寒くなり、上にかけるものを探さなくてもいい。
 秋の最終バーゲンで買った軽い目のダウンジャケットでは寒そうなので、分厚い目のを着る。これは発熱性のあるタイプだが、それよりも分厚い。アンコの量が違う。さらにアンコの多いタイプもあるが、これは相撲取りの着ぐるみのようになる。
 ダウンジャケットは軽くていいのだが、頼りない。それで、今年狙っているのは偽ウール生地のゆったり目のスタジャンだ。しかし、それは何年か前に買った記憶があるが、寒かった。中綿が入っていなかったためだろう。見た感じは皮で良さそうなのだが、何となくゴム臭かった。偽皮でも革の質感があるが、分厚い皮はない。毛が付いた状態なら分厚いが、皮だけならそれほど分厚くない。肉が付いていれば分厚いが。
 先日ユニクロで見たのはウール地風。昔でいうオーバーだ。だから生地そのものが分厚い。中綿はなく、裏地にペラッとしたものが入っているだけだが、この偽ウール地が結構行くかもしれない。同じ偽ウール地のハーフコートもある。これもアンコなどは入っていない。このタイプの中綿入りジャンパーを持っているが、それが最強で、ダウンジャケットよりも暖かい。これは真冬まで取ってある。今からそれを着ると、有り難みがない。
 そろそろ冬支度をしないといけない。昨日など寒くて電気ストーブが欲しいほど。
 今年の秋は雨が多く、さらに台風も続けてきたので、いい季候の時期が潰れてしまった。しかし今日は冬型の気圧配置だが、ずっとのその配置ではないはずなので、暖かめの穏やかな日もあるだろう。それこそまだ早いが小春日和というやつだ。
 
 
 
■■ 2017年10月30日(月) 午前8時43分
 
 今朝は寒い。そして風も強いが晴れている。昨夜は暖かく、そして明け方の最低気温も高い目なのだが、そこから気温が上がるどころか下がりだしている。これは空気が変わったのだろう。台風が残していった南からの暖かく湿った空気から。
 その台風、前回と同じコースだが、近付いて来たとき、喫茶店に行ったのだが、前回と同じように傘を持つ手が痛いほど。戻りも同じ。同じことを繰り返している。ところが、さらに近付き、そしてもう外には出られないはずの時間になってきたのだが、風も雨も静まりだしている。
 天気図を見ると、接近しつつある。本来、一番きつい時間帯なのに。これはおかしい。それで、外に出ることができた。もう日は沈みかけているが、西日が少し差し、青空が少しだけ見えている。大阪方面に最も近付いているときに。これは何だろう。
 通過中なのに、去ったのと同じ景色。もうそれで天気は気にならなくなり、今、台風はどこに行っているのか興味は消えた。これは近付いて来るときだけ興味を示す。少しでも逸れてくれると、それだけ風雨がきつくないと思えるため。出掛けられるか、られないかの判断が必要なためだ。しかし、天気図では大阪に一番近いところにいるのに、何ともないこともある。これは去年もあった。これは大阪と台風との位置関係だろうか。遠くから近付いて来るときは大阪の南。台風の真上に大阪がある。台風から見れば北だ。だから台風との位置が変わったので、より近付いても、何ともかったのかもしれない。
 そして台風が去った朝。想像していたように寒い。ぐんと秋が深まっている。木枯らしが吹いているのか、台風並に風が強い。台風の風は息をするが、木枯らしは吹きっぱなし。そのため向かい風でのペダルの重さが違う。
 起きたとき、寒かったので、もう一段厚着をしようかと思ったほど。結局軽い目のダウンジャケットだけで何とかなった。陽射しがあるため、それで助かっている。そしてダウンジャケットは風に滅法強い。
 これで秋の長雨後、それが終わるはずのときに台風が来て、また雨。そして晴れた翌日からまた台風の接近で、晴れは続かず。ここ数日は秋の長雨ではなく、台風なのだ。台風による雨だが、雨は雨。だからもの凄く雨が多い秋となり、葉物野菜がついに300円台。そんなホウレン草など買えない。これが長雨の証拠。実際には日照時間の問題だろう。ビニールハウス栽培でも日が差さないと、何ともならないはず。
 
 昨日は「雨上がる」と似たような「博士の愛した数式」を見る。これもユーチューブに上がっていた。寺尾聡主演シリーズだろうか。「阿弥陀堂便り」もある。監督も同じはず。だからその意味では似ている。
 これは本屋大賞か何か賞を受けて話題になっていた小説が原作。8時間しか記憶が続かない学者の話で、この8時間だけの記憶というのも、聞いたことがある。だから結構最近の映画だ。
 交通事故の後遺症らしいが、それまでの記憶はしっかりとあり、その後は8時間だけ記憶はあるが、溜まらない。蓄積しない。だがら事故後の記憶は消えてしまうので、ない。
 そういう主人公の話であることは、以前から知っていたので、これは面倒で暗い話になると思い、見る気はなかったのだが、「雨上がる」がよかったので、ついでに見た。途中でやめるだろうと思いながら見ていたのだが、数学の話、数の話をやり出したところで、それに引っ張られて、ついつい見てしまった。結果的にはほのぼのとした映画になっている。きつい映画ではなかった。しかし、中身は恋愛ものだろう。それが女性に対する恋愛か、数式に対しての恋愛が重なり合う。
 寺尾聡が主人公で、そういう状態の人なのだが、すんなりといる。当たり前のようにいる。
 小説が原作だけあって、キャラクタの繋がり具合がよくできており、その境遇もドラマになるように設定されている。たとえばヒロインの家政婦と博士の義理の姉の浅丘ルリ子。二人の過去と博士の過去とが繋がっていたりする。実はこれが数式なのだ。
 博士が、そんな記憶力の頭になってしまったのは交通事故。義理の姉も足に後遺症をが残っている。二人で車に乗っていたのだ。これは夜、屋外でやる薪能を浅丘ルリ子が義理の弟である寺尾聡を誘って見に行ったことがあとで分かる。
 さて、ヒロインの家政婦も私生児との二人暮らし。これも訳あり。その説明はひと言だけ。小説ではどうなっているのかは分からないが、映画ではひと言説明が入る程度。
 この映画、寅さんの甥で、倍賞美津子のさくらの息子が大きくなったときの俳優。「雨上がる」では主人公に好意的な殿様の小姓か、側近をやっていた。この人が数学の先生として、高校で最初の授業のとき、挨拶代わりに話し出した内容がそのまま映画になっている。僕がどうして数学の先生になったのかと。この青年、家政婦の息子だというのは、すぐに分かる。そして過去を思い出すように語りながら、数学、ここでは神秘的な数式について語り出す。この授業の続きを見たいので、途中でやめないで、見ていたようなものだ。
 既に過去の話、昔、母が家政婦で通っていた博士との思い出のようなものだろうか。10才ぐらいだった青年は家で留守番、それは可愛そうだということで、学校の帰り、博士宅で過ごすことになる。
 青年視線の思い出話だけではなく、普通のエピソードも当然入る。だから、青年視線だけの話ではない。
 博士が家政婦や、子供だった数学の先生と語っていた数字の話などを、高校の教室で、もう一度分かりやすく解説している。黒板を使って。
 だから、数学が苦手、数式がまったく分からない人でも何となく分かる。
 その中で、円周率とか、ややこしい記号が出てくるのだが、神秘的なタイプが三つ登場する。それらに繋がりは何もない。しかし、観察者が加わるとプラス1となり、その答えは0になるらしい。これが博士の愛した数式の一つだろうか。そしてドラマもそれに近い構造になっている。当然8時間しか記憶が続かず、事故後の記憶は8時間で消えることも。
 まあ、映画なので、そんなことを考えなくてもいい。
 博士が少年野球の応援で盛り上がった日の夜、熱を出し、寝込んでしまう。家政婦は二日か三日ほど泊まり掛けで解放する。これにクレームが付き、担当から外される。まあ、規則違反。その家政婦事務所の人が井川何とかという四角い人。「雨上がる」では石頭の主席家老。子供同伴での博士宅勤務をぎりぎり許した良い人だが、今回はだめらしい。クレーム入れたのは義理の姉の浅丘ルリ子。このありから博士とこの義理の姉との関係が、それとなく分かる。
 しかし、子供が勝手に遊びに来る。それで、どういうつもりなのかと、義理の姉に家政婦は問い詰める。何が目的なのかと。
 博士は義理の姉との記憶は残っている。おそらく一生忘れられないような。何かがあったのだ。
 そのシーンが、薪能をまた二人で見に行くことで分かる。博士は客席で義理の姉の手を握る。博士が女性の手を握るシーンはもう一つある。寝込んだ朝、家政婦の手を偶然に近い感じで握るというより触ってしまう。女の手は冷たいものだと思っていたのが、暖かいと呟く。この暖かさだけでいいと。きっと浅丘ルリ子の手は冷たかったのだろう。
 薪能を見に行った帰り道の事故だが、また見に行っているのだ。そこでの数式はよく分からないが、能の怖さ。女の怖さ。面を付けた古式の着物を着た不気味さは義理の姉そのもの。
 博士は野球好きで、その部屋に埃の被った小箱があるので、掃除中、家政婦はそれを開ける。阪神タイガースの昔の選手のブロマイドなどが入っており、その底に手紙のようなもの。抽象的な言葉や記号が書かれているが、折りたたまれた紙の中に写真が一枚。浅丘ルリ子と一緒に写っている寺尾聡。ここで家政婦は見た。となるが、特にアクションはない。しかし、想像はできたはず。
 子供の誕生日の日、誕生祝いを博士宅でする。子供が遊びに来るのはいいのだろう。そこに家政婦も来る。
 何がきっかけになったのか、細かい点は忘れたが、浅丘ルリ子が誕生祝いをしているところに現れる。そして博士からいわれていたのだろう。プレゼントの野球のグローブを子供に渡す。
 そしてラスト近く、もう話はほぼ終わっている。高校の授業中でのその話も、もう終わる。そして、博士の愛した数式の解説も終える。
 家政婦は博士宅の担当に復帰。クレームを入れた浅丘ルリ子が何とかしたのだろう。
 そしてラストシーン。新任数学教師としての授業を終え、生徒も帰ったあと、そっと窓を見る。窓の外は海。子供時代の話は聞いたが、今はどうなっているのか、その後どうなったのを知りたいところだろう。
 その海辺に青年がいる。青年は人に近付く。そしてキャッチボールを始める。もう少年野球の子供ではなく、数学教師。当然キャッチボールの相手は、あの人だろうと思える。浜辺の砂山からその二人を見ている二人の女性。これも誰だか分かるだろう。それ以上の説明はない。
「雨上がる」は剣豪物だが、それらしくない。この映画も実際には恋愛ものだが、それらしくない。だから博士の愛した数式で、その数式の証明は美しいほどいい。その証明を写す映画となってイメージ化されていた。
 
 
 
■■ 2017年10月29日(日) 午前8時55分
 
 台風が来ているのだが、嵐の前の静けさか雨はぱらっと降っている程度で、風もそれほどない。夕方には通過するはずなので、この静けさは不気味だ。前回より規模が小さいのだろうか。
 しかし、そのまま予報通りに来ると、夕方前に入る喫茶店は無理だろう。前回それでひどい目に遭ったので、台風の日は控えるようにした。傘を持つ手が痛い。それと前が見えないし、風でハンドルを取られる。ややこしい場所を通るとき、いきなりの風はまずい。
 風か雨、どちらが一方なら絞りやすいが、両方来ると厳しい。それと台風の風は強弱があり、ビル風が加わると、ピンポイントのものすごい突風が来る。これは記録に残らない。
 今朝は台風の日の朝にしては静かで穏やかで、暖かい。この時期としては高温だろう。しかし湿気が高い。風は生暖かくさえ感じられるので、寒くなくていい。これはさいわいだ。
 進路予想では前回に近い。大阪方面への上陸はなく、大阪に一番近付くのは紀伊半島沖辺りを通過するときだろう。海上だ。これがもう少し外れ、沖合ならましになる。紀伊水路というのがある。紀伊半島と四国の間の海峡。超高齢の人なら、B29の通り道の印象が強いだろう。ラジオから流れてくる空襲情報だ。大阪方面へ空襲。
 風と雨とでは風だけの方が楽。傘がいらないため。しかし、前回のような強い風では自転車は無理。歩いてなら外に出られるが、何かが飛んでくることもある。工事現場近くとかで。
 しかし、台風の連打だ。そして去ったあと、また台風が発生していたりする。前回もそうだが、続けて大阪方面でも影響が出るコース。台風はいくらでも発生しているのだが、関係のない台風の方が多い。
 昨日は少し暖かかったので、ユニクロのマウンテンパーカーを久しぶりに着たのだが、意外と寒い。大層なデザインのわりには、これでは寒い。これは損だ。もの凄く厚着をしている風に見られるわりにはそれほどでもなかったりするのだから。
 それに比べるとライトダウンジャケットの方が暖かい。これはマウンテンパーカーには暖効果がないためだろう。ダウンジャケットには暖効果がある。その差が出ている。しかも軽い。
 だが、ダウンジャケットはどれも似たようなもので、デザインはほぼ同じ。同じようなものを着ている人の後ろ姿を見ていると、あまりいいものではない。シンプルすぎて、無機的なためだ。では有機的なジャンパーやコート系ならいいのかというと、これは逆にこだわりが見えすぎる。頑張って、そういうものを探して、気に入って着ているのだろうと思わせてしまうためだろう。
 要するにダウンジャケットのシンプルで無機的なデザインは、当たり障りのなさがいいのだろう。目立たない。これは何か世相的なものとも関係しているはず。個性を発揮する流れとは違う。個性を出し過ぎて、臭い目に遭ったり、主張が大きすぎて引かれたりとかだ。
 だから一番無難なのは実用性。実用本位で、寒いからこういうのを着ているという普通の答えが安定している。
 
 昨日は牛丼屋のすき家で黒和牛すき焼き丼というのを食べた。雨で面倒なので、食べに行った。まあ、普通の安い牛丼にしておいた方がよかった。和牛と言うだけではなく、脂身のない肉で、いい肉なのだが、いつもの肉の方が食べやすかったりする。
 糸コンニャクが目立っただけで、すき焼きらしさは出汁程度。そして具が少ない。すき焼きの具としては少なすぎる。これなら牛すき焼き鍋とご飯を食べた方が安くてボリュームもあったのにと後悔。そのメニューがあるのは「ザめし屋」という和風ファミレス。ここへ行けばよかったのだが、すき家より倍以上遠い。それに雨なので、一番近くにある牛丼屋へ行った。牛丼屋の中で、一番気に入っているのは松屋。味噌汁が付いてくるので、一番と言うことではなく、肉が食べやすい。またメニューは殆どが洋食か焼き肉屋のようなもの。牛丼屋だが、実は洋食がいい。ハンバーグとか。
 その近くをよく通るのだが、夕方前の喫茶店へ行くときだ。戻り道も、まだ夕食には早いので、タイミングが悪い。ザめし屋もその並びにある。
 距離的に遠いので、避けているが、それだけではなく、何度も同じ道を行ったり来たりすることになるので、面倒な気がしてしまう。先ほど往復した道を、また行くのかと思ってしまう。
 すき家はうな丼がいいので、たまにそれを食べに行く程度がいい。結構高いのだが。勝負が早い。鰻しか乗っていないので、あっという間に食べてしまえる。
 しかし普通の牛丼にした方が効率は高いのだが。
 
 
 
■■ 2017年10月28日(土) 午前8時16分
 
 今朝は雨。小雨だが、傘が必要だ。天気図を見ると、台風からの雲。台風から離れた雲ではなく、くっついている。暴風圏が小さいわりには強風圏が非常に広い。また、台風かという感じだ。コースも似ている。秋台風のパターンだろうか。
 この台風が来なければ、晴れていたはず。昨日など雲一つないほどの快晴だったのだから。
 台風は、大阪から見ればまだ遠いが、その影響は雨と強い目の風となって、既に出ている。今日と明日は雨。そのあとは晴れになっているので、台風が去れば、晴れるのだろう。晴れの下地の上に来たので、前回とは違う。
 今朝は雨だが暖かい目。台風の影響で暖かく湿った空気が流れ込んできているようだ。
 長雨が続き、台風でまた雨が続き、やっと晴れたのだが、あっという間にまた雨の日々になる。雨ばかりがやたら多い今年の秋。100円台のホウレン草が200円台になり、三百円近くなっている。葉物は全滅だ。高くて買えない。あの長雨が、今頃その影響が出てきたのだ。
 台風なのでレインコートのような物を取りだしてきた。これはよくある定番のマウンテンパーカーだろうか。ユニクロでかなり前に買ったもの。その前のにも同じようなデザインのを買って、長く着ていたが、春物に近い。綿で一枚物なので、ペラペラ。だから防寒性がないし、防水性もなかった。まあ、風よけ程度だが大袈裟なもの。
 そのマウンテンパーカー、ユニクロにこの前まであったのに、見かけなくなった。それを買ったのは古くなったので、新価格で吊されていた頃。だから、その後、もう新作は出していないのかもしれない。これは防水性が強めの生地で、表面がそれなりに硬い。裏に一枚ペラッとしたものが仕込まれているだけなので、防寒性は真冬は無理だが、下に着込めば何とかなる。雨と風に強いのが特徴だが、防寒性に難があるだけ。セミコート並みの長さがあるので、ゆったりとしている。この季節。これだろう。今朝のような小雨程度なら傘なしでいける。傘が必要なほどの降りでも、風が強すぎるときは、差さない方が安全だ。そんなとき、合羽のような役目をするレインコートに近いマウンテンパーカーの出番。
 先日買った非常に軽いダウンジャケットは、耐水性程度。弾くが、いずれ染みこんできて、アンコに達し、裏地に達し、染みこんできた。多少の雨ならいいが、強い降りや傘からの大きな滴を受けるとだめなようだ。しかし、今朝はそれを着ているが。小雨程度なら問題はない。防風性はかなりある。そして防寒性も。薄いのに頑張っている。
 昨日はせっかく晴れていたのだから、自転車で遠くまで行きたい気持ちはあったが、風邪っぽいので控えた。空が晴れても体が曇っていた。
 
 秋のデジカメというか、殆どクリスマス戦線向けかもしれない時期に出るカメラだが、ソニーの小さいカメラが気になるところ。それとキヤノンのファインダー付きの一体型ミラーレス。一インチタイプではなく、一般的な一眼レフと同じ受光素子のコンパクト系デジカメだ。似たようなタイプの一インチコンパクトもあるし、レンズが交換できるミラーレスもあり、キヤノンの品揃えは凄まじい。他社製品と比べるよりも、キヤノン製内でも迷うところだろう。
 そこに飛び出してきたのがソニーの超コンパクト単焦点系コンパクト。その系譜は一インチ路線だが、型番が0となっている。まあ、これより小さいのは無理なのでそうなったのかどうかは分からないが、この0というのは軽いという意味でNECのノートパソコンのメイン機種がZERO。
 要するにソニーのこの小さいデジカメには前例らしきものがある。かなり古いが、もの凄く小さな横長のカメラがあった。だから液晶などよく見えないほど小さかったが、握れば隠れてしまうほど小さかった。今回の0は四角く分厚いが小さい。
 ポイントは1インチの受光素子だから綺麗ということではなく、24ミリの単焦点。これは不便だが使いやすい。コンパクトデジカメ機は殆どズームがあり、その立ち上がりは24ミリ。そこからレバーなどでズームするのだが、これが結構面倒なときがあるが、24ミリだけでは不自由。
 しかし、街中などに入り込んだときは、とりあえず写すときは24ミリが多い。またズームする暇がないときは、起動後すぐに写すことが多く、この場合、広角端になる。時間がないのではなく、ゴソゴソしている場合ではない場が多いためだろう。構えることさえ難しい場所がある。
 そんなとき、目立たないのが、このソニーの0。手の中に隠してしまえる。液晶は小さいのできっちりと写すようなタイプではないが、24ミリしか画角がないので、何となく分かるだろう。24ミリで写せばどの範囲まで写り込むとか。
 また、はとりあえず網を広げて全体を写し取ったりできる。1インチと受光素子が大きいので、あとでトリミングすることも容易だろう。
 欠点は最短撮影距離が50センチ。これが50ミリのレンズなら何とかなるが、24ミリで50センチは厳しい。テーブルの上の小物を写すとき、カメラを引かないと50センチ内に入ってしまい、広角で大きく写せない。テーブルとは、椅子付きのテーブルで、座るとテーブルまでの距離は50センチ離すとなると、体を引くか離れないと無理。だから、広角でぐっと寄って大きく写し、背景を大きく取り込むという広角の特徴が出せない。まあ、それらを含めたマクロ撮影と言うことなので、マクロに弱い。
 まあ、普通のコンパクトデジカメでも最短撮影距離は本当は似たようなもので、マクロ機能があるためだろう。それで1センチまで寄れたりする。これはズームレンズの組み合わせで何とかなるのかもしれない。その変わり、レンズが飛び出す。
 この0はレンズは飛び出さないようだ。それだけに起動も速いはずだし、取り出してすぐに写せそうだ。他に弄るようなところがないので、シャッターボタンだけでいい。
 ソニーには小さく薄いカード型のサイバーショットがずっとあったのだが、もう製造していない。戸板の開け閉めで電源が入り、レンズは飛び出さない。それよりも、今回の0は軽いので驚く。しかも表面積の小ささも。これで1インチ受光素子を乗せているのも凄い。1インチが凄いのではなく、こんなに小さいのに、乗せているためだ。
 スマホよりも軽く小さいが、やや分厚い。防水性もあり落下ににも強く、踏んでもいいようだ。だから鞄や小物入れに突っ込んでおける。軽く小さいことで、携帯性は抜群だ。まあ、日常のちょい写し、適当に写す程度の写し方になるが、これが意外と難しいのだ。
 これは久しぶりにソニーらしいカメラというより、往年のソニー家電だ。
 
 
 
■■ 2017年10月27日(金) 午前9時15分
 

 今朝はよく晴れている。昨日も晴れていたので、晴れが続いている。雨の日は続くと気になるが、晴れが続いていても気にならない。これで普通のように思えてしまうためだ。曇っている日も、それほど気にならない。気になるのは雨の日だけ。それは普通に外に出られないため。濡れるためだろう。ここが晴れや曇りの日との違い。アクションが一つ加わる。
 しかし、晴れの日でも晴天になると、少しだけ気分が違う。これは珍しいためだ。雲一つないような青空は。今朝がそんな感じだが、一日持たないだろう。
 まだ十月なので、これは秋晴れ。気温は陽射しがあるので、寒くはない。冬なら小春日和と言える程度の気温はある。ただ、ポカポカ天気で暖かいというほどではない。真冬、そう感じるとすれば厚着をしているためだろう。
 台風が来る前から長雨で、去ってからもすっきりとしなかったのだが、やっと秋晴れが来たようだ。行楽日和だ。まだ金曜なので、土日まで、この晴れが持てばいい感じだろう。
 こういう日は自転車でウロウロしたいところだが、毎年そう思いながら、なかなか行けない。出掛け癖が付いていないためだろう。それ以前に行きたい場所がそれほどない。是が非でも行きたいと思うような場所だ。これはすぐに行けそうな近場は殆ど行ってしまい、驚きがないためだろうか。小さな驚きなら見付かるが、知らない町に入り込まないと無理だろう。その知らない町も減り、行ったことのある町のおさらいのような散歩になってしまう。未踏地は結構残っていはずなのだが、一寸筋が違う程度で、知らない町ではない。
 それに平野部の町は区切りがない。いつの間にか隣の町に入ったり出たりしている。そして町としての特徴が少ない。
 まあ、散歩はそんな地理的なことではなく、気持ちの問題だろう。場所はあまり関係がないのかもしれない。青空も。
 
 昨日は雨が上がったわけではないが、「雨上がる」という映画を見た。これは以前から見ようと思っていた。有料だ。しかし、ユーチューブで偶然見付かった。時間を見ると1時間を越えている。だから予告編ではない。本編の時間分ある。
 これは有料とどう違うのかを確認しないまま、見てしまった。おそらく画質が違うのだろう。
「雨上がる」は寺尾聡主演。ルビーの歌で有名だ。味のある名優宇野重吉の息子。映画の初めに黒澤明に捧げるとなっている。黒澤明のスチール写真が出る。脚本は黒澤明。自分で監督しないで、そのままになっていたのだろうか。黒澤映画の脚本は複数の人が参加しているのが多いが、この映画は黒澤明だけ。
 原作は山本周五郎。このタイプの時代劇は寅さんの監督が何本か作っているが、その時期と重なるかもしれない。
「雨上がる」。タイトルと、ポスターのようなものを見れば、もうどんな話なのかが想像が付く。あまり強そうな感じのしない、軟らかめの浪人が、村か、宿場町で、活躍し、去って行く。全てのことが終わったとき、全ての問題が解決し、雨上がるとなる。
 これは寺尾聡の浪人スタイルからのイメージ。その予想と少し違ったのは、雨が上がってからの話だった。
 雨で足止めをされた旅人達が狭苦しい宿屋にぎっしりといる。雨が嫌なので、滞在しているわけではなく、雨で川を渡れないのだ。当然大勢の貧しそうな人々がいる。こういう群れが出てくるのは黒澤映画の一本であったような気がする。その群れの中に一人だけ武家がいる。しかも夫婦で。
 さて、これで、この浪人、どんな事件で、どんな人助けをするのだろう。敵が欲しい。強敵。最後はそれを倒す。というような。しかしそういう展開ではなかった。
 奥州のさる藩の勘定方だった人だが、毎日毎日帳面を見て暮らすのが嫌になり、脱藩。うーんという動機だ。
 その後、仕官するが、どこも長続きしない。「強い人はそれだけで人の恨みを買いやすい」と、大名の奥方役の檀ふみが殿様にいっているシーンがある。これは話が飛ぶが、その浪人、滅法強い。その現場を殿様が見ていたのだ。強いのだが、穏やかな人で、威張らず腰が低く、言葉遣いも丁寧。自分の奥方にも敬語だ。
 殿様、これは三船敏郎の息子だろうか。喋り方が三船と同じで、荒っぽい。だから時代劇風な言い回し方ではない。
 殿様は剣術指南役に来てくれと言うことで、ほぼ、ここで決まる。
 悪い奴がいない。とんでもない事件も起こらない。敵も味方も、この浪人の中にいるのだ。強いだけではなく、もの凄く優しい。
 宿屋で長逗留となり、旅人達が腐っている。それを助けようと城下の道場で掛け試合をし、その金で宴会をする。誰にも馴染まない夜鷹役の原田美枝子もそれなりに馴染み出す。この人、まだ若く、もの凄く綺麗。夜鷹胃ではなく、遊郭で太夫がになれるほどだろう。
 指南役になりたい道場主達が浪人を襲う。ここが由一の真剣でのチャンバラシーンだが。浪人は斬る気はない。それに御前試合で、殿様に無作法をし、指南役の話は、もうないかもしれないと思っているときなので、落ち込んでいた。それで多勢なので、刀を抜いてしまうのだが、これが強すぎる。
 雨が上がっても川はすぐには渡れない。増水したままなので。そして渡れるようになり、旅人達も出立する。残ったのは夜鷹だけ。浪人夫婦も旅立つ。夜鷹は、塗り薬のようなものを、奥方にプレゼント。
 そして、動画のバーは、もう僅かしか時間が残っていない。このまま終わってしまうのか。山また山の街道を二人は歩いている。このシーンがポスターになったのだろうか。
 そして、時間がない。結末が……。しかし、殿様とその近習の馬が川を渡り、街道を走っている。
 時間は戻るが仲代達矢が出てくるシーンがある。江戸の大きな道場主で、有名な剣客でもある。浪人は、彼に勝つ。しかし、剣術はその当時まったくだめで、すぐに「参りました」ということで、道場主に謝る。そういう旅を続けて江戸まできたらしい。道場主は結構喜ぶらしい。それで御馳走を頂いたり、路銀を頂いたりしたらしい。その手で、江戸でもやったのだが、勝ってしまう。仲代達矢が逆に「参りました」となる。
 これは何か。実は勝つ気がない。欲がない。だからいつもの道場破りとは違う。隙だらけなのだが、打ち込めない。それで、私は何をしていいのか分からなくなったと、あとで語る。この道場主の内弟子となり、腕を磨いたらしい。これは技術面だ。
 用心棒や、椿三十郎のような痛快感はないが、いい小品だ。
 その素晴らしい剣の力で誰かを助けたわけではない。あるとすれば掛け試合で、みんなに御馳走した程度だろう。ここ一番の活躍ではない。
 敵も味方も彼自身の中にあり、その戦いだったことになる。だから、本人の話であり、浪人自身のドラマだった。悪人を拵えたり、のっぴきならなぬ事件に巻き込まれたり、危険な仕事を頼まれたりしていない。本人の就職談のようなもの。
 浪人は奥方のためにも、仕官し、何とかしたいと思っているが、奥方は、今のままの方がこの人にとってはいいのかもしれないと思っているようだ。それは強すぎるのだ。それが災いになる。そして強いだけならまだしも、もの凄く優しい。その優しさが、負けたものには辛いのだろう。
 雨上がる。街道を行く二人。急に立ち止まる。海が見える絶景。仕官すれば、こんな絶景を見ることも希だろう。脱藩した理由はそこにある。
 さて、指南役になれなかったのは掛け試合をしたことが分かり、慣例に従い、指南役の資格なしとなったのだが、何をしたかよりも、何ためにしたのかということを筆頭家老に奥さんが言う。その言葉を又聞きした殿様は、連れ戻すように命じるが、家老は動かない。それで、自ら馬で駆け出したのだ。
 ラスト。その馬が近付いて来るだろうというところで、終わる。
 しかし、全部書いてしまったので、これは浜村淳になってしまった。もう古い映画なので、いいだろう。それにユーチューブでもやっているのだから。
 
 
 
■■ 2017年10月26日(木) 午前8時46分
 
 今朝は晴れている。前線は消えたのだろうか。久しぶりに晴れたような気がするが、気のせいだろうか。
 夜は寒く十一度。しかし起きたときはそれなりに上がっていた。陽射しがあるためだろうか。しかし、寝起き寒かったので、分厚い目のダウンジャケットを着て朝のモスへ行く。しかし、少し分厚すぎたようで、厚着をしてきてよかったという感じにはならなかった。放置していたダウンジャケットが少し湿っている。虫干しには、この日差しが丁度いい。着て干すのだ。
 このダウンジャケットは真冬でも行けるタイプで、ボリュームがそこそこあり、発熱性がある。放置していると、発火するわけではないが。
 こういう大袈裟なのを着ている人も今朝は見かけるので、真冬の服装は解禁になっている。思い切り暖かい服装をすればいい。しかし、寒かったのは夜だけで、起きると普通なので、ライトダウンジャケットでもよかった。こちらの方が着心地がいい。柔らかく軽いためだ。それでは寒いのではないかと思ったが、今朝はそうでもなかった。
 しかし、少し風邪っぽいので、暖かい目の方がいいだろう。
 あれよあれよという間に冬になってしまう感じで、そうなると年末になり、正月になる。今年ももう終わりが近い。もうすぐ十一月。あと二ヶ月しかないと言うことだ。そして十二月は一気。だからないのに近い。そのため、残り一ヶ月程度と考えていた方がいい。まだ扇風機も仕舞っていないし、夏の掛け布団のままだが。
 昨日の夕食はお茶漬けにする。何かおかずを作ればいいのだが、食材がない。スーパーでおかずを買うのもいいが、似たようなものしかないので、パスし、お茶漬けで済ませることにした。永谷園のお茶漬けの素があったので、それを振りかける。この永谷園。まだ浮世絵のカードが入っている。集める気はないが。
 それとカブラの千枚漬けが美味しいので、それで充分。これが美味しかったので、続けて買っている。少し千切ったもので、丸い一枚物ではない。そのタイプもあったが、値段は同じ。だから失敗した切れ端を集めたものではなさそうだ。千枚漬けはぬるっとした感じがいい。これは昆布が効いているのか、カブラその物がそうなのかは分からない。大根はスカスカしているが、カブラは詰まっている。それでいて弾力がある。長い根と丸い根の違いだろうか。
 おかずはこの千枚漬けがあると、他はいらないような気になる。食べるのがしんどいときもあるためだろう。それと面倒なときが。
 朝はしっかりと食べるが、夕食はあっさりとしたものでいいのかもしれない。特に遅い目の夕食だと、寝る前に近い。もうカロリーを必要とするようなことはしていなかったりするので。
 寒いと食欲があり、ボリュームのあるものを欲しがるのは、冷えるためだろうか。薪をくべるようなのので、食べて燃やさないと寒いのだろう。
 昨日の昼はお好み焼きか卵焼きか分からないようなものを作った。お好み焼き専用の粉を使うとそうなる。小麦粉以外の何かが入っており、これだけで出汁入りなのだ。山芋でも入っているのだろうか。粘りがある。
 前回は多い目に小麦粉を入れたので、今回は軽い目。その変わり卵を入れる。すると、昔あった卵焼きの素入り卵焼きになり、ものすごいボリュームの卵焼きができた。お好み焼きではなく、卵焼きに近い。
 明石のタコ焼きを玉子焼きと呼んでいる。実際に卵を入れている。メインは明石のタコだが、タコ焼きといわないで、玉子焼きといっているのだが、昨日納得できた。これはすましの出汁に付けて食べるのだが、卵がしつこいので、それがふさわしい。
 だから、昨日はお好み焼きではなく、明石の玉子焼に近かったが、タコは入っていない。出汁巻きのようなものになったが、一気に食べてしまえるほど美味しかった。パンを買って食べるよりも、余程美味しい。それに焼きたてなので。そして、出汁はいらない。お好み焼き用小麦粉に味が付いているためだろう。
 昼はあまり食べないのだが、これなら食べやすい。朝食と昼とが近いので、腹が空いたから食べるという感じではないためだ。それで当分、お好み焼きが続きそうだが、これは平べったい明石の玉子焼と同等。
 昨日はいつものスーパー二階の衣料品売り場で鞄を買う。この店では珍しく、接客の人がいる。高い目のダウンジャケットなどを見ていると、付いてくる。それで、それを避けながら、別の冬物を見ていると、声がかかった。それらは全て大きなサイズで、LLサイズ以上だと。そこで、それを振り切り、値段の安いカジュアルものコーナーへ避難したが、そこに特価台があったので、それを見る。鞄と帽子が台の上に乗っている。いずれも売れ残り品のようなもので、三割引となっている。そこに二つの鞄があり、これはどちらも悪くはないと思いながら以前も見ていた品。横長ショルダーはノートパソコン用の仕切りがないので、形やよくても、これでは使えないし、似たものは持っている。そして狙いはもう一つのトート風バッグ。縦型なので掴むところは短いが、肩に何とか掛かる。真冬、もっと着ぶくれしているときは無理かもしれないが、上手くかかる。これで決定と、それをレジへ。
 ところが値段が高い。三割引ではないのかと聞くと、値札に印がないらしい。そういう値札になっていない。つまり特価台なのだが、三割引の品もあるという程度の特価台だった。トラップに引っかかったが、最初から高い鞄なので、よしとする。ある程度高いと。少し値引きされていても、どちらにしても高いのだ。その日、着ているものよりも高い。靴よりも高い。鞄が一番高いということになる。その値段を出せば、ということは、買ってしまったので、もうない。やはり、この一点だけ残った縦型トートが気に入ったのだろう。
 縦型トートは買い物鞄のようなもので、五百円からあるだろう。
 このトートバッグ、気に入ったのは値段のわりにはファスナーがない。メインポケットはマグネットボタン一つ。だからファスナーを開ける必要がない。
 生地は布の頑丈なもので、これはよく見かけるが、やたらと金具が多い。殆どアクセサリーのようなものだが、その分だけ重く感じられたりする。
 ファスナーがないので、最初から口を開けているので大事なものを落としやすい。そのためかファスナー付きの大きな内ポケットがメインポケットの中にある。ここは財布だろう。そして携帯などを突っ込む浅いポケット二つ。ここへ下手に入れると引っかかる。
 底の幅がそれほどないが、大きいので、かなり入るだろう。11インチの標準的な大きさのノートパソコンが横に入る。ノートパソコン仕切りはない。しかし広いので、何とかなる。
 前ポケットが大きい。ここもファスナー付きで、ほぼ鞄の高さ程ある。このポケットも井戸のように深い。ただメインポケットと底は共通なので、襠がない分、少し損だが、大きいので張るだろう。その下にもう一つポケットがある。二階建てだ。こちらはファスナーではなくマグネット式のボタンで留めるタイプで、調整付きのベルトが二本ぶら下がっているが、これはダミー。まあ、そういうのでもなければ間延びしたデザインになるためだろうか。それで、重く感じる。その蓋は犬の耳のようなものだが、これが結構重い。分厚いのだ。その蓋に隠し部屋があるのではと探すが、ない。
 しかし、この分厚い蓋のおかげで、雨のとき、ポケットをある程度守るだろう。そのポケットの裏側はもう一つの前ポケットになるため、ここが一番雨に強い場所となる。吉良上野介の寝所だ。
 布の他に皮も一部使われているが、これもデザイン的なもので、あまり実用性はない。ボタンのような金具が何個が付いているが、これも機能性はない。こういう加工で手間がかかるので、高いのかもしれない。縦型の大きなトートなので、間延びするため、何かで埋めている感じ。まあ、悪い感じではない。布だけのトートバッグとは違うと言うことを何処かで言っているような感じだ。
 自転車の前の籠に入れたとき、縦型なので、立てたまますんなりと入る。しかし高さがあるので、雨の日、袋を被せにくくなることと、デジカメで前方を写すとき、鞄が邪魔になる程度。しかし、布なので柔軟性があるため、押さえ込むこともできる。高さまで目一杯硬いものを入れていない限り。
 いいところは普通の手提げになることだ。紐が短いので、邪魔にならないし、引っかかりにくい。
 それと前ポケットなどへのアクセスがいい。トートバッグは小さなポケット一つで、カードぐらいしか入らないものが多いのだが、この鞄は前ポケットへのアクセスがいいので、メインポケットを開けることは少ないだろう。
 縦型の少し薄い目の鞄で、形がしっかりしている。布とベルト状のもので、形を保っているようだ。だから、鞄を把握しやすい。四角い固まりなので。
 まあ、高かったのだが、もし三割引になっていなければ、買わなかっただろう。実際には三割引になっていなかったのだが、縁があったのだろう。
 中国産かと思っていたが、日本製だった。 


■■ 2017年10月25日(水) 午前8時43分
 
 今朝も天気はしっかりしない。昨夜は雨が降っていた。台風が去ったあとは晴れるイメージが強いのだが、元々秋の長雨の最中に来た台風なので、それに戻った感じだ。だからよく晴れている日々の中で来た台風なら、去れば晴れるとも言える。
 梅雨時の台風もあり、こちらは風のおまけが付くようなもの。
 昨日ほどでもないが、今朝も寒い目。もう冬の服装が普通になっており、秋が去ったようなもの。秋を堪能したくても、寒いので、それができない。
 逆に昼間陽射しがあるとき、喜んだりする。これは夏と逆転している。秋でも陽射しのあるところでは、少し暑いものだが。
 秋は十一月いっぱいまで。だから秋の半分は過ぎてしまっているが、もう少し頑張ってくれないと、秋物の出番がない。
 昨日はヘッドフォンを買うついでにユニクロ見学。まだ本格的な鎧のような真冬ものは出ていないが、厚めのコートなどが前面に出てきている。偽ウール地で、中綿はないが、このタイプは偽ウール地が分厚いので、何とかなるのだろう。同じタイプのスタジャンがある。見た感じ、懐かしいデザインだ。これは結構分厚いが、裏毛や突飛はないが、裏地そのものががっちりしており、ボリュームがある。まあ、それなりに重いので、それで暖かそうに見える。昔でいえばオーバーだ。これは古典中の古典。ただ、スタジャンなので襟が頼りない。首に穴が空いている程度。しかし、その懐かしさは競輪、競馬場、ボートなどでよく見かけるジャンパーだ。まあ、競馬場もスタジアムなのだから、スタジャンでいいのだろう。ただ、首元が淋しいが、これは首を回しやすくするためだろうか。運動着ではないが、見学着だ。それに比べるとコートは予備校生を連想する。これでミリタリー風の紐がボタンのように付いていれば、そのままだ。
 ダウンジャケット、中綿や裏地が毛布や突飛物に飽きた場合、ウール地物へ行くのだろうが、物は同じポリエステル。ただ、最近のダウンジャケットはポリではなく、ナイロンが多くなっている。表地だが。
 そして、ここ数年多く見るのが偽ウール地風中綿タイプ。これは重いが、ダウンジャケットよりも暖かい。物理的な強さがあるようで、それは単に分厚い掛け布団と、羽布団の違い。
 だから、ユニクロで、昨日見たコートとスタジャンは、まだ薄い方で、これに中綿が加わり、蒲団のようなタイプが、まだ大量に吊されていない。あるにはあるが、去年の物だろう。
 昨日見た中でよかったのは懐かしのスタジャン。首元に欠点はあるが、マフラーや首輪、また下にフードが付いているセーター類を着込めば何とかなる。時期的には真冬に入るまでは行ける。真冬に入ると、寒々しそうなほど貧弱に見えるが。
 懐かしいというのは、昔はこういうのを真冬でも着ていたためだろう。ダウンジャケットもあったのだが、あれはスキーか雪山に行くときのもので、街中で着るのは、一寸大袈裟、と言う時代だった。
 雨に当たったり、寒くなったりしたためか、少し風邪っぽい。こういうときは暖かめの服装を求めるものだ。
 台風は去ったが、また来るようだ。まだ遠いが前回と同じようなコースを辿りそう。そう言うところだけは秋らしい。真冬に台風は来ないのだが、台風以上に強い風が吹いたりする。ただの低気圧なのだが、この風が強い。雪だと洪水はないが、もの凄く積もり、春まで溶けなかったりする。雨のように流れないのだろう。
 大阪方面でそんな風景はないので、実感はないが、一寸降って積もっただけでも自転車で走りにくくなる。雨より始末が悪い。残すからだ。
 昨日はお好み焼きを作るが、これはスタートラインでのお好み焼き。まずは小麦粉だが、お好み焼き用のがある。これは小麦以外のものが入っている。タコ焼き用もある。もうそれだけでも充分なので、素焼きにするが、ニラがあったので、それを入れる。入れたのはそれだけ。これを醤油と酢を混ぜたものをぶっ掛けて食べる。これはチヂミだ。
 これは何かと比べている。つまりパンだ。パンを買ってきて食べるよりも、小麦粉を水で溶かして焼けばいいのだ。欲しいのは小麦粉だろう。これを粉ものと呼んでいるが、まさにそれだ。
 紅ショウガを刻んだものとか、乾燥海老などを入れると、お好み度が上がる。いきなり普通のお好み焼きに持ち込むよりも、徐々に増やしていく。最初はメインが取れる具ではなく、薬味から。
 これはさっと小麦粉を溶いて、さっと焼けるので、生地だけのお好み焼きならもの凄く簡単で、早い。出汁巻きよりも早かったりする。
 
 

■■ 2017年10月24日(火) 午前8時38分
 
 今朝はまた曇っており、後半雨が降るとか。前線がまだあり、台風で線が切れたのか、右側へ行っているが、それでも雨をもたらす。
 そして、今朝は久しぶりに寒い。明け方の一番寒い時間帯で11度。台風が連れてきた暖かい目の空気が去ったためもあるのだろう。
 今回の台風は、雨よりも風の方が凄かった。滅多にないような悲鳴を上げるような風で、そのためか、木が倒れていたり、枝がもげていたりする。建物は古いタイプはそれまでに来た台風などで、飛ぶものはもう飛び、落ちる物は既に落ちているので、最近危なくなった建物以外は、問題はない。
 台風で電柱が傾くことも、近所でも昔はあったが、まだ木の電信柱で、今のような頑丈なものではなかったためだろう。
 昨日などはモロに台風の風の影響で、いつも行く伊丹モスのシャッターが壊れて、開かないので、中には入れなかった。今朝は直っている。シャッターなどいらないのではないかと思える。窓ならいらないが、ドアがある場所は、ないとこじ開けられる可能性もあるが、宝石店でもないので、忍び込んでも大したものはないだろう。それに駅前の大きな道路に面した人通りの多い場所なので、逆に安全かも。
 今朝は寒いが、薄い目のダウンジャケットで間に合う。夕方にスーパーへ行ったのだが、そのときは流石に寒いので、下にセーターを着込んだ。これは真冬の服装だ。しかし、ダウンジャケットの威力は凄い。風を通さないだけでも、暖かさが違う。
 雨が続いていたので、降っていないだけでも有り難かったりする。部屋にいるときは雨でもいいが、外に出るときが面倒。
 毎日のように傘を差すなどは、梅雨時程度。その時期でも降っていない日も結構ある。
 その影響がモロに出ているのが野菜の値段。百円前半から百円後半になっており、揃いも揃ってどの葉物も高い。水菜ぐらいは普通の値段でもいいと思うが、水菜だから水が豊富なほどよく育つわけでもなさそうだ。水ではなく、日照時間の問題だろう。
 こういうときはニラなどに手が行く。スーパーもそれを考えてか、値段が上がっていないニラを前面に出してきている。これなら安いでしょ、と。
 
 昨日は都はるみの武道館コンサートの動画がアップされていたので見る。これは検索で調べたわけではなく、ユーチューブのトップページに、あなたへのおすすめのようなものだろうか。まだ百人も見ていないようだ。揚げたてのほやほや。
 七回目の武道館らしく、デビュー35年。だから50才を少し過ぎている頃。
 最初から知らない曲を二曲。バブルが弾けた頃の歌だろうか。そう言う言葉が入っているが、演歌ではない。伴奏も歌謡曲風ではなく、異国風な曲。
 伴奏は閻魔堂だったと思う。歌謡曲でよくあるオーケストラではない。ああ、こういうコンサートで、歌謡曲や演歌はしないのかと思いながら見ていた。衣装も派手、着物だが、絵模様のないドレスのように見える生地。しかし、それは最初だけで、次は人の顔などが画かれている派手な着物。浮世絵風だ。
 色々な曲を書いてもらったが、その中で都はるみらしい、自分らしい曲を続けて歌うというので、何かと思うと、一曲目が「ばかっちょ出船」。そして「惚れちゃたんだよ」や「あら見てたのね」「はるみの三度笠」。曲名は忘れたが、男が惚れなきゃ女じゃないとかの曲。要するに明るく元気な曲だ。これが一番都はるみらしいということだろう。この組み合わせは聞いたことがある。同じ閻魔堂と一緒で。ここで「好きになった人」が入るはずだが、それはフィナーレに取ってあるのだろう。
 この年代で出た紅白で、走り回って歌っていた「好きになった人」と同じかもしれない。最後は飛び上がる。
 次のコーナーでは、色々な女性を演じてきたと語り、所謂演歌風女性の曲を集めたものが続く。「大阪しぐれ」などを歌い出すと、もういつもの都はるみになる。そして極めつけは「王将一代小春しぐれ」。これは演歌以前の浪曲が入るのだ。それに語りも。これが一番濃い。コンサート出だしでは、演歌は歌わないのかと思っていたが、一番どぎついのを歌っている。
 次のコーナーでは少しだけなよっとして色っぽいものを並べたようだ。ただ、そういう曲は都はるみにはあまり来なかったと言っている。色っぽさと都はるみは合わないと言うことだろうか。しかし、一応それに近い曲は書いてもらったらしい。
 その一曲目が「二人の大阪」。これは二人で歌う曲だが、相手がいない。だから一人でやるのは久しぶりらしい。恩師とこの前歌ったと言っていたが、その動画を見た覚えがある。この恩師、いつも笑っているような人だ。もうお爺さんになってしまった恩師と、一緒に歌っている動画もある。
 そして、都はるみにしては珍しい曲で、この一曲だけが妙に目立つ「東京セレナーデ」。確かに色っぽい曲だ。しかし、そういう曲が少ないらしい。
 そのあと、というところで「終」の文字。二時間前後あるはずなのだが、ここで区切ったのだろう。
 次に来るとすれば「小樽運河」あたりかもしれないが、切れてしまったので、その先は分からない。
 結局、最初は派手すぎて、いつもとは違うのだが、五十前後の都はるみには、何か凄いものがある。歌謡曲、演歌、という呪縛から出たかったのだろうか。そういうジャンルわけをしないで、ただの歌として。
 五十代前半。まだまだ元気で、若々しい。与えられた歌を遺産のようにして歌い続けるのではなく、何かに挑戦していた様子が分かる。
 40才少しで復帰して十年後だろう。少し目が小さくなっている程度。
 テレビでたまに見ていた当時の印象は「好きになった人」を走りながら歌っている姿程度だが、そういう意味があったのだろう。
 
 

■■ 2017年10月23日(月) 午前9時18分
 
 台風が行ったのか、青空が見える。風はまだ強い。雨が降っていないのは久しぶり。青空も久しぶり。
 しかし、気温は低い目に出ている。台風が連れて来た暖かい目の空気も去ったのだろうか。
 昨日はお昼までは風はそれほどでもなく、雨で厳しかった。夕方前になると、風が徐々に強くなってきており、雨と風で厳しいので、いつもの喫茶店ではなく、近くの喫茶店まで行く。しかし、自転車で少し走り、広い通りに出た瞬間、凄い風で傘を持って行かれそうになる。狭い場所から広い場所に出たとき、車の通り道でもあるが、風の通り道でもあるのだろう。
 傘が厳しくなってきたが、喫茶店は近いので、何となかったが、入ってからすぐに凄い風となり、植木の枝や葉が窓硝子を叩いている。そして踊っている。当然自転車置き場には一台も止まっていない。クルマで来ている人ばかりだろう。
 風はますます強くなり、これは予想外。まだ近くまで来ていないのだ。通過予想時間は夜半のはず。
 それで帰るとき、既に自転車は転倒している。ドアを開けたとき、風の強さが来たときと違う。
 傘は無理なので、自転車に差し込む。この喫茶店、広い場所にあり、風を遮るものがないのか、モロに風を受けていたようで、細い枝道。これは有馬道という旧街道。車はすれ違えない。そこに入ると、嘘のように静か。いい感じの追い風で、あっという間に戻れることになるが、交差点ではかなり厳しい。
 そしてコンビニに寄り、夕食を買う。そこからすぐなのだが、この道の風が強い。横風を受け、危なくなったので、足を付く。こういうときは止まった方がいいのだ。バランスが取れないので。
 傘が差せないので、濡れたが、雨はそれほどでもなかったので、びしょ濡れにはならなかったが、帽子は濡れ雑巾に近かった。
 昼間の雨の方が強く、そのとき着ていたのは軽いダウンジャケット。多少の雨なら問題はないが、傘から落ちる滴がモロに背中に落ちるのか、戻ってから見ると、裏まで染みている。貫通だ。
 夕方は裏地が毛のジャンパーだったが、傘なしでも何ともない。その違いは表面の皮一枚の差だろう。生地が少し硬い。パリッとしている。だから合羽に近い。
 台風の風がさらに強くなったのは深夜。台風が通過中の時間だろう。ものすごい風の音。最近の台風では、この強さは大きい方で、風の息が悲鳴のよう。
 そして今朝は青空が覗いているのだが、余韻の風が結構強い。台風の風の音で、寝付けなかったので、遅い目に起きていたので、朝の喫茶店も遅れて着いたが、着く前からシャッターが閉まっているのが見える。台風でも開いている伊丹モス。もう台風は去ったのに閉まっている。店員が寝坊したのだろうかと思ったが、店の前にいつもの店員が立っている。聞くとシャッターが壊れて上がらないらしい。それでお持ち帰りのみとなるとか。風でシャッターがへこんで上に上がらなくなったのだろう。このシャッター、少し幅が広い。
 仕方なく正月にしか行かない喫茶店へ入る。ここは古い。
 遅く起きてきたので、殆どの喫茶店は開いているので、どの店に入ってもいい。いずれも個人喫茶だが、やはり一度入ったことのある店になるようだ。
 今朝は昨日背中が浸水したダウンジャケット。風には強い。雨に少しだけ弱いことがあるが、きつい雨でなければ傘を差していれば何とかなる。それよりも柔らかいので、着心地がいい。
 昨日、台風の中、帰路辿り着いたコンビニで買った中華丼は、以前のものになっていた。しっかりと具が入っていたが、ウズラの卵がない。その前に買ったときは、別物だったのだが、それよりもましだ。
 要するに八宝菜をご飯にぶっ掛けたものだが、効率がいい。野菜が多く海老も入っている。
 台風が去った朝は月曜日、この台風、北へ向かっているので、そちらは雨風が強くなっているはずだが、大阪方面は週明け久しぶりに晴れたので、いいスタートだろう。
 
 
 
■■ 2017年10月22日(日) 午前8時54分
 
 今朝は台風の影響だろう。雨。台風の直接の雨雲ではない。台風が来る前から雨が続いていたので、その雨だろう。長雨の中、台風接近。今度は台風の雨がすぐに来るはず。すると、雨ばかり。半日ほど陽射しがあり、晴れた日があったので、ずっと雨ばかりが降り続いているわけではない。それにやむことも多い。単に曇っているだけだが。
 台風の影響か、寒くない。平年よりも暖かいかもしれない。南からの空気が流れ込んできているのだろう。
 一時真冬の服装の人を多く見かけたが、今朝は軽装の人が多い。セーターだけとか、トレーナーだけの人が目立つ。すると、暖かい雨ということになる。この前までは冷たい雨が降っていたのだから、気温は変わりやすい。長袖のカッターシャツだけの人もいる。上にセーターやジャンパーがいらないのだろう。
 だから気温的には楽なのだが、雨がいけない。今朝は理想的な時間に目が覚めたのだが、雨が降っているのが音で分かるので、起きる気がしない。少し布団の中でじっとしていると、また寝てしまったようだ。時計を見ると、理想から一時間ほど過ぎていた。しかし、眠い状態で起きると、一日がだるい。時間的には理想的だが、体調は理想的ではない。だから二度寝してしまってもいいのだが、寝るつもりはなかった。少しじっとしていただけだ。これは起きないで、寝てしまうということなのだが、あとは出たとこ勝負で、そのまま寝入ってしまうか、寝ないで起きたままなのかを賭けたようなもの。結果は寝てしまったが、これは勝ち負けではない。どちらになるかを体に託しただけ。それで神託が出たわけではないが。
 寝たりないまま雨の中、傘を差しながら寝起きの喫茶店まで行くことになり、これが少し気が重かったのだろう。託したものは体調か気かは分からない。両方が作動したのかもしれない。
 雨はそれほどきつくはなく、台風の影響の風も強くない。雨脚が強く。風が強く。しかも横風だと、もっと厳しい。それに比べると、今朝の雨は優しい方。
 さて、今回の台風、大阪方面直撃かどうかは見ていないので、分からない。朝、天気予報を見ることが多いのだが、今朝は遅れ気味なので、見ないで出た。逸れてくれると有り難い。雨台風だと外に出にくくなる。いつもの日常コースが作れなくなる。風よりも雨の方が自転車では辛い。小雨でも風が強いと傘が差せないため。雨さえ降っていなければ台風でも外に出られる。余程強い風なら別だが。それは音などで分かるので、それを聞くと、出る気にならないはず。
 この台風、大阪方面を通過するのは明日だろうか。するとまた明日も雨ということになる。台風一過は火曜日ということになりそうだが、台風が去っても、まだ普通の雨が降るかもしれない。晴れるとは限らないが、一週間予報では太陽マークが出ている。
 
 都はるみの動画をネットで見ているのだが、ほぼ見てしまったので、都はるみの歌を他の歌手が歌っているのを見る。これはユーチューブのトップ画面に、あなたへのおすすめとかで勝手に表示される。だから検索で探さなくてもいい。関連するものを探し出してきているのだろうか。また検索では引っかからないものもある。
 北の宿からを複数の人が歌っているが、物真似ではないので、カバー曲的な歌い方になるようだ。だから、その歌手の歌い方で、歌っている。逆にそれで声の出し方や歌い方のテンポとかが違う。検索ではなく、自動で続けて別の動画が連続して連なるのだが、どれも北の宿からで、うまくできている。最後に本家都はるみの動画になるが、若い頃だ。北の宿ばかり歌っていた時期だろう。
 それで、他の歌手との違いが明確になる。その違いに秘密がある。そこは微妙なところで、言葉に音が乗っており、その乗せ方が芯に入っているのだ。同じフレーズ、単語の繋がりだが、その切れが違う。それがどういうものかまでは、分からないが、弾んでいる。そして浮いている。この弾み具合、浮き具合は、歌っているとき体に出る。大きな動作ではなく、浮き足だって歌っている。
 よく聞いていると、複数の色目の違う声を使っているのだ。ここが非常に細かい。これは話し言葉のような癖のようにも思えたのだが、細かく作り上げているのかもしれない。弾み、そして浮いている。だからアドリブになる。
 流石に他の歌手は、この曲では唸らない。この唸り声は力道山の空手チョップと同じで、それをやるとカバーではなく、物真似になるためだろう。
 プロレスの技で、誰でもできる技だが、そのレスラーだけしか使えないことがある。専売特許だ。都はるみの唸り声は空手チョップのようなものだろう。
 都はるみの真似が上手いのは森昌子だが、あまり誇張しない。本当に似ているのは石川さゆりだ。一本だけ、物真似をしている動画があった。これはカバー曲風ではなく、モロに物真似で、都はるみの表情が、別窓で映っている。
 登場してきた石川さゆり、都はるみが好きそうな着物で、着付けも都はるみ風。さらに髪型がそっくり。もうそれだけで似ているのだ。
 歌っているのは「ほれちゃたんだよ」だったと思う。頭から唸る曲だ。コロッケが真似をしていた曲。そして見事に都はるみ以上に唸りだしたので、都はるみは笑いすぎて涙を拭いていた。
 つまり、これは物真似なので、誇張しすぎた歌い方になるのだが、石川さゆりが見事だ。
 石川さゆりが普通に都はるみの歌を歌っている動画が複数ある。それは物真似ではないので、自分の歌い方だ。司会者が紹介するとき、都はるみの歌を聴いて育った石川さゆりとなるが、それほど年は離れていない。
 都はるみは休養中だが、石川さゆりは大阪でコンサートをするようで、もう終わったのかしれないが、そのポスターがコンビニに貼られていた。去年の紅白の大トリだ。若い頃は演歌ではなかった。今で言えばアイドル風。しかし、都はるみの歌をよく聞いていたことは確かなので、演歌を歌いたかったのかもしれない。この二人、結構顔が似ていたりする。だから物真似のとき、都はるみ風に扮装したとき、都はるみかと思ったほどだ。
 はるみ節というのは所謂文体のようなもの。暗く哀しい曲や歌詞でも、歌い方にメリハリがあり、言葉の出し方に、その時の感情が出るタイプだろう。単純にいえば心を込めて歌っているということだが、そんな単純な話ではなそうだ。自然とそうなる文体なのかもしれない。玉置宏が、感情が表に出る人だといっていたのだが、そこにヒントがあるのかもしれない。
 玉置宏が、都はるみと仕事をしたとき、歌の上手い人だと思ったらしいが、この上手さとはただ単に上手いだけではないのだろう。上手いとしかいいようがないのだが、技術があるということだけではない。
 本人は、プロの歌手なので、歌がうまいのは当たり前だといっている。だからその先なのだ。段違い、格が違う。ただ、動画で見ている限り、一番よかった上限は、40過ぎでの復帰コンサートまでかもしれない。十代の頃は、キンキラ声で、これは逆に聴けない。耳が痛い。
 これは文体や、絵なら、筆遣い、ペンタッチに繋がる。リズムやテンポ、間の開け方、ペンタッチの強弱。そういうものと繋がる。
 

 

 

■■ 2017年10月21日(土) 午前9時17分
 
 今朝も雨。しかし気温はそれほど低くなく、北の勢力から南の勢力に変わったのだろうか。停滞している前線も下がっており、大阪から見れば南にある。そして台風が来ている。
 台風が近付くと生温かくなる。南からの空気が近付いて来るためだろうか。既に入り込んでいるのかもしれないが、今朝の温度が平均的な今の気候かもしれない。この前まで寒すぎたのだ。そしてその少し前は暑すぎた。秋は何処にある。
 今朝は秋らしいのだが、あいにくの雨。そして天気は回復しないことは、台風の接近で分かる。まだ台風の雨が来るには早いが、一瞬回復しても、すぐに影響を受けるだろう。
 今朝はそれで、冬の服装の人が減り、秋レベルの服装の人が多い。それほど大袈裟な格好ではない程度で、ネルシャツニット系のセーター風なものだけの人もいる。
 昨日の夕方、セーターのようなものだけでもいいと思い、それで外に出たのだが、これでは寒いということはなかったが、腕がスースーする。それなりに分厚いのだが、腕が違う。やはり薄くてもダウンジャケットの防風性を改めて知る感じだ。あんこ入りでなくても、防風性のあるパーカー類は風を避けるだけでも寒さが減るのだろう。
 秋服は、嵩の低いダウンジャケットが好ましいようだ。これは実用本位で、衣服本来の目的なので、悪くはない。また今朝のような雨でも安心だ。
 今朝は寝過ごした。昨日は早い目に起き、眠いのに無理に起きてしまったので、一日しんどかった。その分、よく寝たのだろう。いつもの時間になっても目が覚めなかった。秋の夜長で夜更かしが多いためかもしれない。しかし、昨夜は寝不足なので、眠さが早く来ていたのだが、こういうときは意外と寝付けない。そして昨日と同じような時間になるまで起きていることになる。
 夜更かしをしていたのは、ユーチューブで歌謡曲を見ていたため。これは動画で、実際にはテレビでやっていたものなので、聞くと言うより見る感じだ。その歌手のその時代の歌い方が聞ける。しかし、それももう何十年も前の映像だったりするのだが。これは画質や画面の比率で分かったりする。モノクロだともっと分かりやすい。既にカラー放送が始まっていても、白黒だったりする。受信機が白黒だったりする。そして敢えてカラーテレビと呼んでいた時代もある。
 だから、昔の歌番組のテレビを見るようなものだろう。
 時代が新しいほど、古い歌が多くなるのは、その歌手にヒット曲が少ないためだろう。客の耳に馴染んだ昔の流行歌を今の歌手が歌っている。だからオリジナル曲ではなく、先輩達の歌だ。それを聴いていると、オリジナルはどんな感じだったのかと思い、そちらを見たりする。たとえば美空ひばりとか村田英雄だ。
 着物を着て演歌を歌う人も、年を取ってしまった。そして都はるみほどには持ち歌はなく、聞き慣れた歌も残していないので、人の曲を歌うことになるのだろう。これを歌い継ぐと言うことなのかどうかは分からないが。所謂カバー曲なのだが、あまり弄ると、客が納得しないだろう。聞き慣れたあの歌とは違うと。
 逆に人の歌を歌うとき、その人の個性が出る。しかし、オリジナルを超えるほどの良さがないと、下手なイタコになる。
 また、長く生きた歌手は、年取ると歌い方が違ってくる。これは敢えてなのか、単に声が出なくなったりするため、変えてくることもあるはず。そうでなくても、聞き慣れた曲なのに、歌い方が違うと、物足りなかったりする。
 だから、時代が新しい歌番組は、イタコ懐メロ番組。豪華なカラオケ番組のようになっていたりするが、それもまた何年も前の話だ。
 昔の歌い方を続け、昔の持ち歌をそのままその当時に近い歌い方をしているのは小林旭や舟木一夫。客が期待しているあの歌声をよく知っているのだろう。結局は若い頃の十年間ほどに歌っていた曲が多い。何十年もヒット曲を連発することは不可能だろう。これは曲も歌い方もよかっても、時代が変わるためだ。
 だから、ユーチューブで、全盛時代の古い動画を見ているほうが充実したりする。
 また、もうヒット曲が出なくなった歌手がイメージを変えてくるイメチェンというのが昔からあった。これで一瞬復活するのだが、長くは続かなかったりする。
 ベテラン歌手が、できるだけ新しい曲、今歌いたい曲などを歌っていても、客は耳に馴染んだ昔の曲を聴きたがる。
 そう言うことを思いながら見ていると、いつの間にか時間が経ち、夜更かしになってしまった。
 最近の人が歌っている美空ひばりの角兵衛獅子の歌が非常にいい。それでオリジナルの動画を見ると、本当はもっと凄い。しかし、年を取ってからの歌い方なので、これが出た頃の歌い方ならもっといいかもしれない。それで映画まで行く。
 鞍馬天狗角兵衛獅子という映画だ。美空ひばりはまだ子供で、男の子役。あの有名な杉作少年だ。
 歌の間だけの映画の映像が流れるのだが、その映画の本編を探すと、ユーチューブにしっかりとある。もう殆ど人は死んでいる映画。流石に見る時間が長くなるので、覗いただけだが。
 
 
 
■■ 2017年10月20日(金) 午前8時07分
 
 今朝も雨で肌寒い。寝起き行く喫茶店までは小雨で微雨。傘はいらない。また服に濡れた跡が残らない。小糠雨だろうか。粒が小さすぎる。
 登校中の高校生が、カーデガンから制服に切り替わっているが、カーデガンのままの人もいる。自転車通学中だが、これぐらいの雨では合羽は着ていないのだろう。傘は禁じられているのか、合羽姿しかない。そう考えれば、傘を差して自転車に乗って通学している姿を見たことがない。片手運転になり、危険なのだろう。普通に走っている場合は何も問題はないが、接触しかけたときや、バランスを崩したときなど、転倒しやすい。梶棒をしっかりと回せないためだ。それと片手ではハンドルを取られる。まあ、両手でもハンドルを押さえている程度では何ともならないこともあるが。
 昨夜は遅く寝たのだが、早く起きてしまった。理想的で余裕のある時間に起きたのだが、もう一度寝てもかまわないほお余裕がある。しかし、毎回これで失敗しているので、今朝は起きる。しかし、眠い。睡眠時間が短かったのだろう。まだ寝る時間はあったのだが、今度起きたとき、時計の針で驚くほど進んでいたりする。そんなに寝たつもりはないのに。
 今朝はそれを避けるため、起きてみた。やはり眠い。そして雨。そして寒い。こういう日、寝不足気味だと風邪を引きそうだ。これは昼寝で取り戻すしかない。
 寒くなると、起きるのが嫌になる。しかもしとしとと雨が降っている朝は。今朝がその典型。蒲団のぬくもりが恋しいのだが、夏布団なので、少し寒い。嵩の高い普通の掛け布団は重い。電気毛布のスイッチを入れるには早い。毛布を一枚かければ十分だろう。
 先日買った軽い目のダウンジャケットの着心地がいい。今朝も寒さと雨をものともせず、いい感じだ。これの高いタイプがある。もう少しほっそりとしたタイプで、詰め物を仕切る縫い目が細かいタイプだ。そして襟がある。これは特価にならないが、カッターシャツ込みで売られている。これが特価の意味だ。カッターシャツ一枚おまけに付けますが、如何ですかと問われているようなものだ。そのカッターも分厚いものではない。これはビジネスなどで、ビジネスシーンで、雪山やスキーにでも行く上着ではまずいので、スーツ並みに仕立てているのだろうか。だからスーツ売り場にある。こういうのは高い。しかし、着た瞬間太ってしまうタイプよりもいいのかもしれない。その分スリムなので、下に着込むのは難しそうだが。
 いつも行く喫茶店で、それなりの身分だったような老人が真冬でも、このタイプを着ている。多分クルマできているのだろう。自転車では、真冬は着込まないと寒いと思うので。しかし、すっきりとしており、悪くはなかった。革ジャンの丈が少し長いタイプと同等だろう。ただ、転倒したとき、革ジャンの方が擦り傷が少なかったりしそうだ。だからバイク乗りなどは皮で決めている。
 昨日は夕方、スーパーにも寄らず、戻るとき、移動豆腐屋の車と出くわしたので、道端で豆腐を買う。たまに買っているのだが、いつもの車ではない。別の人も回っているのだろうか。それなりに流行っている。朝の味噌汁に入れる豆腐が切れていたので、丁度いいと思い、絹の一番小さなものを言うと、車の後ろを開け、箱に手を突っ込んで探している。その箱は氷が入っており、その中に豆腐を埋めているのだ。この前まで暑かったので、湯豆腐を売るわけにはいかないのだろう。冷蔵庫はない。
 だからこの移動車、普通の軽ワゴンを改良しないで、そのまま使っている。
 一番小さい絹と言ったのだが、この業者の豆腐はそれが最初からないのだろう。いつもの豆腐売りなら、小さい目がある。結局一丁ほどの大きさのを出してきた。キューブのような形で、高さはあるが、幅がない。これが200円超え。スーパーなら二丁で百円だ。だから四倍ほど高い豆腐。
 さらにそのワゴン車の後ろを開けるとすぐに目に入ったのは鰯の甘露煮などのパック。すぐに食べられるようなもので、これは朝ご飯のおかずには丁度だろう。豆腐の味噌汁と魚なので。そういうのがずらりと並んでおり、おかず売りだ。
 最近移動豆腐屋や惣菜屋をたまに見かけるようになった。近くにコンビニはあっても、そこまで歩いてか自転車に乗っていくとなると、それなりに面倒だ。コンビニのドアを開けたり、おかず売り場まで移動したり、レジに並んだりと。ところが移動販売なら、もの凄く近い。種類は少ないので迷うこともない。ただ、いつ来るか分からない。
 それでその高い豆腐。味噌汁の具ではもったいないので、湯豆腐にする。絹なのに箸で何とか挟める。結構しっかりとしており、詰まっている感じだ。大豆の量が多いのだろう。これを醤油と酢を湯で割ったものにつけて食べる。ポン酢はいらない。酢を買えばいいのだ。そして酢は滅多に使わないので、かなり持つ。
 いい豆腐なので、昆布を敷きたいところだ。これで味が全く違う。そして舌触りも。
 湯豆腐、茶碗蒸し、鍋物。それらがスタートする時期。寒いが、寒いときの食べ方がある。
 

 


■■ 2017年10月19日(木) 午前8時50分
 
 今朝は雨。そして昨日よりも寒い。13度ほど。流石に半袖の人は見かけない。長袖のカッターシャツスタイルも見かけない。上に何か羽織っている。真冬の服装の人もいる。秋の半ばを過ぎれば、服装は冬になる。秋物期間が短い。秋の初めではまだ秋物では暑い。だから秋物を買うのは損ということだ。
 昨日は晴れていたが、夜から崩れ、朝方雨音が聞こえていた。起きる時間だったが、この雨の中、自転車で喫茶店まで行くのかと思うと、起きる気がしない。いい時間に目が覚めたのにもったいない話だ。しかし、遅く起きたためか、雨は小雨になっており、途中から傘はいらなかった。だから悪くはない。
 台風が近付いているので、しばらくはまだ天気が悪いだろう。回復しても、台風で、また天気が崩れる。いい季候のはずなのだが、もったいない話だ。しかし、台風が来なくても、ぐずついた空のままかもしれないが。
 今朝は先日買った薄い目のダウンジャケットを着ている。今日のような雨と風の日に丁度合う。薄いが風に強いし、濡れても平気だ。そして暖かい。当然軽い。これは反則の上着だ。下に着込めば真冬までいけそうだが、真冬用のもう少し分厚いダウンジャケットを去年買っている。こちらはウルトラライトダウンジャケットで、ユニクロ。しかし、本当に寒いときは、綿入りの分厚く重いタイプの方が暖かかったことを思い出す。
 しかし寒いとき、意外と強いのがタオル地のパーカーだ。そのためか、これを着ている人が結構いる。薄いタイプではなく、分厚いタイプ。腕などがゆったりとしており、その分、包み込む面積が多いのだろうか。着心地はこちらの方がいい。バスタオルを巻き付けているようなものだ。
 昨日は寒いので、スーパーでおでんを買う。ビニール袋に入った出汁付きで、量が多かったので、一度では食べきれない。二人前かと思ったが、一つしかない具もあるので、一人前だろうか。当然コンビニおでんよりも安い。ただ、具は小さい目だが。この出汁が美味しい。
 カレーと同じように、おでんも大量に作ると、おでんばかりになる。その中身は練り物が多いので、野菜は別に用意しないといけない。ジャガイモや分厚い目の厚揚げなどは入っていない。
 寒くなると、風邪を引きそうになる。引きかけというのは分かるもので、これは来るかもしれないと思う。しかし、それだけで終わることが多い。移される風もあり、これは人混みの中に出たとき、よくある。
 朝、起きたとき、喉が痛いとかなら分かりやすい。声がかすれて出にくいとかだ。まあ、夏でも夏風邪があり、風邪の季節は冬だけとかは限らない。体が冷えると抵抗力が落ちるのか、引きやすくなるのだろう。真夏でも身体を冷やすことがある。
 しかし、今年も寒い季節を迎えることになった。夏から一気に来た感じだ。
 
 先日買ったパナソニックのTZ90を持ち歩いている。冬服になったので、上着のポケットにすんなりと入る。天気が悪いので、写しに行くと言うことはないので、日常移動中の写真ばかりになるが、これが実はメインかもしれない。
 このカメラ、小さすぎず大きすぎず、軽すぎず重すぎない。だから旅カメラと言われている。その定義はよく分からないが、超望遠までの高倍率ズーム搭載コンパクトデジカメを差すのだろう。本格的に撮すときも、レンズ交換をしなくてもいいので、カメラ一台で済む。さらにポケットも入るほどの大きさ重さなので、旅の邪魔にならない。旅のメインは撮影ではないためだ。
 しばらく使っていると、露出の出方が、いつもと違っているのが分かる。ややアンダー気味になっている。これは白飛びを押さえるためだろうか。以前が明るめすぎたのだろう。これで絵がばたつかない。
 昔のライカのイメージが残るカメラで、所謂手持ちの小型カメラ。今の一眼レフは昔の中判カメラ並に重い。だから、ミラーレスの方が軽いので、同じ受光素子の大きさなら、そちらの方が人気があるのだろう。ただ、望遠などを付けると、結構重くなる。そして写っているものは旅カメラで写したものと大した差はないので、写す頻度が高いコンパクト系の方が枚数が多くなる。持ち出す機会、取り出す機会が多いためだ。
 旧機の同タイプよりも、ファインダーが綺麗になっている。解像力は同じで、大きさも同じ。しかし、見え方が綺麗だ。これよりも大きく解像力も高く、鮮明に見える同社のカメラも持っているが、このTZ90のファインダーでも充分いける。むしろ構図が取りやすかったりする。
 コンパクトカメラとしては大きい目で重い目なのだが、持った感じはしっくりとくる。700ミリ超えの超望遠域を含むので、これぐらいの大きさと重さがあると助かる。安定度が違う。超望遠を背面液晶を回転させて写すと、安定するし、目立たない。
 旧機ではフルオート時、デジタルズームに入ってしまうのが初期値だったので、知らない間に1500ミリとかに入っていたことがあるが、このカメラは初期値ではデジタルズームには入らないようなので、思い切ってズームを引ける。端まで行ってもデジタルズームにならないので、安心だ。以前はフルオートではできなかった。
 またフルオートでも露出補正ができる。一番美味しいモードはフルオートで、これを使わないと損。フルオートなので、シーン自動認識も効くので、切り替える必要がない。
 要するに、このシリーズ、細かいところを直してきており、磨き上げている。スペック的には同じようなものなのだが、使い勝手を上げている。
 薄暗い場所や、暗い場所にも強い。余程暗ければ六枚ほど同時に写すようだ。そのスピードが早い。4k動画を応用しているのだろうか。旧機なら、しばらくカメラを構えたままじっとしていないといけなかったが、ほぼ瞬時で六枚も写しているのだろう。これは余程暗いときは、このモードに勝手に入るが、日常範囲の照明なら、普通に写せる。
 こういうのを見ていると、明るいレンズとは何だったのかと思ったりする。結構写っているのだから。
 あまり撮影に行かないのに、旅カメラもクソもないのだが、日常持ち歩きのカメラとしてはコピーライカ的な、このカメラが丁度いい。正面からカメラを見ると、LEICAと大きなロゴは見える。だからライカで写しているのだ。この僅かな繋がりが、嬉しい。小型カメラ正統の血が何処かに流れているような錯覚を。
 
 
 
■■ 2017年10月18日(水) 午前9時17分
 
 今朝は久しぶりに晴れている。陽射しがある。青空がそれなりに拡がり、雲も高く、そして薄い。これは一時的で、夜にはまた雨が降り、その後も天気はよくないようだが、この晴れは一週間予報にはなかった。ずっと曇りマークで、曖昧だった。
 その後もすっきりとしない予報なのは、台風の動きだろう。台風が列島の真下にあり、上がってくる。このままでは影響を受けるだろう。だから、それで雨が降るかもしれない。
 今朝の気温は見ていないが、それほど寒くはない。風はあるが、陽射しもあるので帳消し。陽射しがあると暑く感じられたのだが、もうそれはない。その分、秋が深まったのだろう。
 それで秋物最終バーゲンだが、既に終わっているはずなのに、まだやっていた。そして、覗くと、動いている。昨日は雨がやんでいたので、客の足が戻ったのだろうか。それなりに客がいる。そしてマークしていた高い目の秋のブランド物ジャンパーが消えている。数着吊されており、色違いとサイズ違いがそれなりにあったのだが、一着になっていた。それはもうLサイズなので、着られないことはないし、冬物ならひとサイズ上のこのLサイズをよく買うのだが、色目が悪い。そして何度もこれを見ながら買わなかったのは、これでは寒いためだ。
 それで、決心し、バーゲン以前から狙っていたライトダウンジャケットを買う。ダウンジャケットなので、デザイン性はない。どれも同じような形をしている。無機的だが、シンプル。
 これが狙っていた高い目のブランドジャンパーと同じ値段。しかし、暖を取ると、ライトダウンジャケットになる。真冬でも着られるためだ。少し薄いが、ものはいい。ナイロン製だ。そして絹のように柔らかい。高い目のジャンパーはポリエステルの偽ウール風加工で、それなりに柔らかいのだが、見た目はいいが、どう見ても冬は無理。そして、合羽にならない。
 結局無難なダウンジャケットにする。高いと言っても三千円台で、ユニクロのウルトラライトダウンジャケットよりも安い。どちらもぐっと押して空気を抜けば小袋に入る。それほど小さくなるので、当然軽い。
 まあ、軽い目のダウンじゃケトなので、膨らみが少なく、大袈裟な感じがない。既に街ゆく人は真冬のジャンバー類を着ている人が多いので、冬物でも目立たなくなったが。
 裏地のボアの入ったパーカーを着ている人もいる。フードの裏に毛羽立った太い突飛が覗いている。ここ数日の寒さで、真冬ものが解禁状態になったものとみられる。しかし、先へ進む人と、まだ秋服にとどまっている人もおり、統一感がない。
 深まる秋、少し分厚い目のを着ても、それでもまだ寒い。それなら、いっそのこと真冬ものを羽織ってやれとなるのだろう。
 ダウンジャケットのおかげで、ポケットが大きく深くなり、デジカメの出し入れが楽になり、落下の危険度が減る。落ちそうなほど小さく浅いポケットなら、そこに入れないで、ズボンのポケットに入れるようにしている。
 買ったダウンジャケットは脇にポケットがあり、入り口は垂直。そのため、落下の危険度が高いのだが、深い。そのため落ちることは先ずないだろう。そして脇ポケットなので、手を突っ込みやすい。
 手首はやや狭くなっており、軽くそれで絞る感じだが、簡単にたくし上げることができる。これは手を洗うときなど便利だ。たくし上げれば、上にかなり上がる。ダウンジャケットで腕まくりというシーンはないはずだが、袖が濡れたり汚れたりしそうなとき、簡単に上に上がるので、これは楽だ。
 襟にも詰め物があり、ふんわりとしている。中にフードは入っていない。あっても使わないだろう。ナイロンの感触がいい。まるで絹だ。
 今朝はそれほど寒くはないので、その効果はよく分からないが、風には確かに強い。
 結局無難なダウンジャケットにしたのだが、これはもう実用本位だ。とりあえず何かを引っかけないと寒とき、出番が多いだろう。
 今朝は少し寝過ごした。時計の針を見間違え、まだ一時間余裕があると思い、また寝てしまった。目が覚めたとき、もう少し寝ていたいという気持ちが、見間違えを引き起こしたのだろう。欲目とは少し違うが、都合のいいように見えることは確かだ。いい風に見てしまう。
 秋になると気持ちが落ちていく。冬へと向かっているためだろう。これからどんどん暑くなっていく元気さがなく、暗く寒い冬へと向かっているためだろうか。
 昨日はジャガイモと玉葱が残っていたので、適当に煮物を作っているうちに、これならカレーにできると思い、朝からカレーを作ってしまった。本当は野菜を煮たものを作り置くためだったのだが。またブロッコリーが残っており、これは使いにくい。カレーなら味が付くので、簡単だ。
 小鍋なので、二皿分程度だろうか。カレーのルーは一粒で充分。これも残っており、次にカレーを作るときまで残しておけばいいのだが、一粒では何ともならない。一箱買わないといけない。だから、この一粒だけ残った固まりを、使いきるいい機会だった。そして、ご飯にぶっ掛けるカレーではなく、カレー味の煮物として食べようとしていたのだが、ぶっ掛けた方がカレーは美味しい。ご飯も美味しくなるためだ。まあ、丼物だろう。
 またカレー地獄にならないように、二皿分とし、二回分とした。二回まで続いてもいいが、三回目からは厳しくなる。
 それならシチューにすればいいのかもしれない。味付けが簡単だ。
 野菜の煮物はいつも醤油だけ。だからたまに違う汁になるようにすれば、変化があってよい。だが、食材は同じ。味付けが違うだけのことだが、目先、舌先が少し変わるので、悪くはない。
 カレーやシチューは大作を作りたくなる。それで作りすぎるのだろう。
 
 
 
■■ 2017年10月17日(火) 午前8時35分
 
 今朝も雨。そして寒い。最近太陽を見ない。今年の梅雨でもこれほど長く雨の日が続いたことがあったのかと思い出すが、出てこない。今年の梅雨は雨が少なかった。量ではなく、毎朝傘を差さないといけない日が続いたかどうか。今日もまた雨か、という日はあったが、それほど長く続かなかった。
 今回の秋の長雨でも、日が一寸出ている瞬間もあったような気がするので、最近太陽を見ない、ということは事実ではないかもしれない。しかし、最近太陽を見るとなると、太陽ぐらい見るだろう、別に珍しくも何もない。
 それにしても雨が続くと鬱陶しい。寝起きに行く喫茶店からの戻り道大回り散歩は雨の日は行かない。最後に行った日を覚えているが、しばらく経つ。それに最近は起きる時間が遅い日があるので、そのときは行かない。だから最近あの道を通っていないということになる。
 雨よりも、気温が低い。ニュースでは東京方面の最高気温が数十年前の記録まで遡らなければ出てこないほど珍しかったようだ。これは10月の最高気温だ。11月の冬の気温だったらしい。
 記録は最高気温になっているが、これは昼頃の一番暖かい時間に出たので、それまではそれ以下の気温。15度ほどだろうか。明け方の一番寒い時間帯でも、それ以上あったりするような時期だ。
 まあ雨の降っている日は気温差は殆どない。一日中同じような温度で、これはこれで安定している。晴れると気温差が出る。朝夕の差が十度ほど違うとか。
 この雨で寒い中、秋物最終バーゲンの最終日だったので、覗いてみる。ジャンパーを買うつもりで。しかし客は一人もいない。雨のためもあるが、秋物のためだ。吊されている上着類が寒々しく見える。そのタイプのジャンパーやブルゾンなどよりも薄いのを着ている人もいるが、今欲しいのは冬物だろう。もう少し暖かそうなタイプ。分厚そうなタイプ。
 一寸上等なタイプも並んでいて、これが目玉なのだが、前日から動いていない。買っていないのだ。少し高いが、今ならチャンスのバーゲン。そして、その日、それを着たとしても、これでは寒いと思うだろう。だから、このバーゲン、さっぱりだった。時期は合っているが、気温が低すぎたのだ。もっと暖を求めていたのだろう。
 寒いし、雨なので、昨日から裏に毛が仕込まれているジャンパーを着ている。これでも寒いほどだ。表面がツルッとしているので、感触はよくないが、雨を弾く。分厚い目の綿ならいい感じなのだが、少し重くなる。しかし感触はいい。雨は全部吸い込んでくれるので、逆に水滴が流れない。防水性はないが、溜が効く、下まで浸みるまで間がある。濡れても自然に乾いていく。だから防水性がなかっても良いのかもしれない。土砂降りで傘なしなら濡れタオルのようになるはずだが、これは搾ればいい。時代劇などで、雨に濡れ、袖を搾っているシーンがあったのを思い出す。搾ればいいのだ。
 それでこの季節、綿の少し分厚い目のパーカーを着ている人が多い。フードが付き、ポケットが腹のところにあるタイプだ。裏がタオルと同じように突飛が出ていたりする。洗濯をすると、水を含むので、ハンガーがしなるほど重くなる。
 今朝の道行く人もダウンジャケットが多くなっている。もう冬の服装だ。しかし、それをまだ出してきていない人も多いはずなのか、長袖のカッターシャツで歩いている人や、秋物の薄いのを着ている人もいる。秋と冬とが混ざり合っている。
 この時期、タオル地のパーカーが結構いけそうだ。体温で蒲団が暖かくなるようなものだ。雨風にも多少は耐えられる。
 昨日は久しぶりに牛丼屋で鰻丼を食べたのだが、客は誰もいない。夕食時なのに。これは雨のためだろう。この牛丼屋は秋刀魚の蒲焼きをやっており、そちらの方が安いのだが、どんな秋刀魚なのかが分からない。その説明が音声である。期間限定らしい。焼き重ねて香ばしいとなっている。今年秋刀魚は不漁だと聞いたが、大丈夫だろうか。それで値段を上げるわけにはいかないだろうし。しかし、秋刀魚と鰻とでは格が違う。
 しじみ汁の中のシジミのみを全部取りだして食べる。これで時間がかかった。
 夕食時でも雨では客が来ない。雨は強い。
 
 
 
■■ 2017年10月16日(月) 午前8時13分
 
 今朝も雨。一週間先も晴れマークがない。雨か曇りになっている。前線が上から降りてきて、大阪の下まで下がり、太平洋側まで下がって停滞しているのだろう。それ以上下がれないのは南の勢力圏のためだろう。北の南下で寒くなった。前回は南の勢力が強く、季節外れの暑さだったので、元に戻ったのだろうか。しかし雨。
 寒いし、雨なので今朝は裏に毛の生えたジャンパーを着ている。昨日は軽い目のダウンジャケットだったが、それでは頼りないので。この頼りなさは軽さだ。着たとき暖かく感じない。裏に毛のあるタイプは着たときぬくもりがある。これは自分の体温だろう。
 この裏毛付きジャンパーは薄いので目立たない。表面的にはペラッとしたツルツルのジャンパー。秋に引っかける軽いジャンパーと変わらない。しかし裏に毛が仕込まれており、反則だ。これが合羽と同じほどに防水性がある。表面生地もいいので、防風性も抜群で、真冬でも着ていた。だからもの凄く長い期間着られる。ポケットは脇が二段式で合計四つある。胸にもケータイ入れがあったりする。内ポケットは裏地があるので、無理なようだが、脇のポケットが四つというのはコート並みだ。その二つは入り口が水平。そのため、デジカメなどの落下がない。斜め切りのポケットがその上に付いており、こちらは手を突っ込みやすい。だから、メインポケットは上の脇ポケットとだぶっているため、補強されているようなもので、雨に強い。まあ、そう言うところはあまり濡れないのだが。
 よく濡れるのは腕と背中。背中と胸の一部にもう一枚布が被さっている。昔のトンビのように。だから背中から肩にかけてはよく濡れるので、カバーをしているようなものだろう。よくできている。それだけに高かった。アランドロンブランドだ。これが値段が下がった状態から、さらにレジにて半額になっていたので、冬の終わりに買っている。もう数年前の話だが、そのとき買ったコート風の軽いタイプは煙草の火で穴が空いた。アンコが少しだけ入っている程度で、あまり暖かくなかった。だから、生き残ったのは、ナイロン生地のいいのを使ったジャンパーだった。ポリエステルのウール風加工物は汚れると、何ともならない。
 ダウンジャケットもポリエステルものではなく、表面生地がナイロン製がいい。その分、高いが。
 秋物最終バーゲンの最後の日になっているが、この雨、この寒さでは、秋物では間に合わない。昨日も寄って見たが、今一つ頼りないように見えた。その中でアンコは入っていないが、しっかりとしたジャンパーがあった。アンコは反則だが、秋物はアンコ抜き。表面生地と裏地だけで勝負している。これは潔くていい。
 子供の頃、着ていたジャンパーはアンコなど入っていないし、ダウンジャケットなどなかったと思う。裏表着られるジャンパーが流行っており、それを着ていた。真冬でもそれでいけたのだから、問題はないのだが。表地はナイロンで、裏側はコールテンだったと思う。畝が入っていた。どちらが表か裏かが分からない。だから二着持っているように見えるところが味噌。それが何とも貧乏臭い。鉛筆の貧乏削り、両端を削った鉛筆のよう。そういうのはすぐにバレるというか、同級生も同じようなものを着ていたので、丸わかりだが。
 数十年前に来ていた真冬の上着で、よく着ていたのがスタジャンだ。これは裏地に毛もないし、アンコも入っていないが結構暖かかった。生地は綿。生地が分厚かったので、何とかなったのだろうか。だから、裏の毛とか、綿入りに頼らなくても、よかった時代もあったのだ。しかし、綿の冬物なので、結構重い。これだけで温かかったような気がする。ポリエステルのスカスカのものよりも。
 子供の頃、それほど大袈裟なジャンパーでなくても過ごせたのは、中に毛糸のセーターを着ていたためだろう。
 ゴツイダウンジャケットを着ていても、真冬は結局中にセーターを着ている。上着一枚ではやはり頼りないためだろう。
 そこから推測して、秋物のジャンパーでも、冬でも行けるのではないかと考える。そう考えないと、買えないだろう。冬になると役立たずになると思うと、その期間が短すぎる。
 まあ、来年の春先になれば、また着られるのだが。
 このバーゲンをやっている店、バーゲン会場ではなく、店内の品はどうなっているのかを見る。これは早くから冬物の軽いタイプを吊している。こちらは偽皮のジャンパーが多い。中綿は入っていないが、インナーが仕込まれている。これは外せる。こういうの外すと、何処かに紛れ込んで、分からなくなる。見付かっても専用なので、そのファスナーやボタンのある母船がないと何ともならない。
 秋の長雨で、しかも寒い日が続いている。暖かい物を欲しがるようだ。
 
 
 
■■ 2017年10月15日(日) 午前9時21分
 
 今朝は雨。気温はそれほど低くはない。しかし夏布団では少し寒いと感じるようになる。毛布が必要かもしれないが、それはまだ早そうだ。
 これで冬になると、冬の雨の中、傘を差すと手が痛くなるほど冷たい。それを考えると、まだまだ。
 まあ、紅葉もまだなのに冬の話はないが。
 今朝は早すぎる時間に目が覚め、もう一度ゆっくりと、たっぷり寝られたのだが、たっぷりすぎた。雨で肌寒い秋、これは寝るだろう。可能な限り。早い目に起き、そのままもう一度眠れないこともあるので、それに比べれば、二度寝ができるのは悪くはない。眠いと思っても眠れないことに比べれば。
 天気予報で一週間ほどは雨っぽいのは分かっているのだが、雨が続く秋というのは、何かもったいない。せっかくのいい季候なのに。
 朝の喫茶店では冷房も暖房も入っていない。これがいい季候の証拠だ。
 昨日はスーパー二階の衣料品売り場を通ると、バーゲンをしていたのだが、気付かなかった。いつもは階段を降りるとき、衣料品売り場をチラリと見るのだが、スーツ1万円などのセールをやっている程度なので、スーツ類のバーゲンだと思っていた。しかし、煙草を買うため、下の階へ行くのだが、衣料品売り場の真下辺りにある。だから、衣料品売り場経由で行ったので、奥で別のバーゲンをしているのに気付いた。奥というより、こちらの方が表側なのだろう。
 そのバーゲンは紳士物バーゲン。だからスーツのバーゲンと関係しているのだが、男物の秋物の最終バーゲンに近い。そろそろ秋物から冬物へシフトするので、それでバーゲンとなったのだろう。
 このバーゲン、特設レジなどもできている。だから本格的。
 しかし、男物なのに女性がいる。これはよく見かける。男物でも着られるためだ。特に合羽のようなペラッとしたコートのようなもの。ウインドブレーカーのようなものだが、防水性があったりする。それが千円。自転車に乗ったとき、こういうのを引っかけていれば役に立つ。合羽に比べて肌触りがいい。お父さんのために買っているのか、自分のために買っているのかは分からないが、男物のサイズの方が大きいはず。同じLサイズでも大きいのだろう。
 この千円のタイプを少し上等にしたタイプが2千円クラスで吊されている。千円タイプは防風と防水だけだが、二千円タイプになるとUV加工とか、蒸れ対応とか、そういうのが加わる。これは繊維がその状態なのではなく、コーティングだ。だから、何年か経つと消えてしまうようだ。まあ、水を弾くために、油を塗っているようなものだろう。
 三千円クラスになると暖が入る。こちらはダウンジャケット。しかも小袋に詰め込めるほど小さくなる。これは店内にもあったもので、注目していたものだが、ここまで出張してきていた。
 ここまではまだ最初から安い商品なので、バーゲンで高いのを安く買うという醍醐味がない。
 次に出てくるのは一寸高い目のジャンパー系。表生地がウールのような感触のポリエステルもの。裏地は普通。スーツの裏地と同じで、特に暖用ではない。ここが秋物と冬物との分かれ道。これは結構いいものだが、三割引程度なので、無視。レジにて半額にならないと。
 ジャンパーよりも丈を長くしたコート系が、ここでは一番高そうだ。そして一番良さそうだが、着る期間が少ないことを思うと、それを引っ張るため、寒いのを我慢することになるか、下に着込んでゴロゴロになるかだ。
 分厚い目のカッターシャツがあり、こちらの方は完全に真冬向けだ。買うのならこれだろう。
 後はニット系のカーデガンのようなもの。こういうのを買うほうが実用性が高い。部屋の中で、肌寒く感じたとき、引っかけやすい。当然冬はそれを下に着込めるので、長く着られる。越冬ものだ。
 このニット系、よく伸びるし感触もいいのだが、雨風に弱い。だからそれと千円のウインドブレーカーでカバーすればいいのだ。
 このバーゲン、月曜までやっているが、雨が続いているので、足が悪いはずなので、客も少なく、いいものがさっと消えてしまうという可能性は低い。しかし目敏い人間がおり、さっと抜いてしまうかもしれない。ただ、これというのがなかったので、急ぐことはない。
 今朝などはもうダウンジャケットの人が普通に歩いている。秋物では間に合わないのだろう。雨で肌寒い。防水性のあるダウンジャケットが強い。そして暖もある。そして軽い。これは強い。
 
 

■■ 2017年10月14日(土) 午前8時13分
 
 今朝は曇っているが、雨は降っていない。そのうち降りそうだ。空が暗い。そのため起きたとき薄暗いので、まだ明けきっていないのかと思い、それでは起きるのにはまだ早い。それで時計を見ると、それほど早くはない。ほぼいつもの時間に起きているのだが薄暗い。電気を付けないと時計の針がよく見えないほど。夜が延び、昼が短くなっているはずなので、それも加わっているのだろう。
 遅い目の昼寝をして、喫茶店へ行き、戻ってくるとき、暮れかかっている。遅い目なので、そんなものだが、早い目に行っても、建物の影がもの凄く伸びており、日影が多い。夏場はありがたいのだが。
 昨日の晩ご飯後の徒歩散歩は雨で無理かと思ったが、やんでいた。カレーが続いており、その最後の皿。これでやっとカレーから解放された。次回は少ない目を心がけるべきだ。
 その晩ご飯後の散歩、寒そうだし、雨も降るかもしれないと思い、ダウンジャケットを着る。これはまだ早いが、風、雨、暖、これを一気に満たしてくれ、さらに軽い。一番薄い目のダウンジャケットにしたが、それでもペラッとした感じではないので、あんこ入りを着ているのがバレてしまうが、もう暗いので分からない。
 今朝もそれを着て寝起きの喫茶店へ行く。蒸れ対策がないのか、少し蒸れる。20度を切っているのだから、いいだろう。中途半端な秋物で寒い思いをするよりましだ。
 季節の一歩先を行く服装だが、冬へ向かう場合、ただの寒がりになる。これが夏へ向かうときなら違う。しかし、逆にただの暑がりかもしれないが。暑がりなら秋がもっと深まらなければ着込まないだろう。そう言えば夏が近いのに、ずっと厚着のままが多い。初夏だが薄着だと寒いためだろう。
 しかし、今、ダウンジャケットという反則に出ると、秋物が終わってしまう。この秋物の上着が結構ある。それらを着ないともったいないのだが、寒さには勝てない。だから、秋物を着る期間はもの凄く短かったりする。冷房も暖房もいらない時期はそれほど長くはないためだ。
 スーパー二階にある衣料品コーナーで、風、雨、暖だけではなく軽いと、蒸れないという印があった。軽いというのは、小袋が付いており、そこにねじ込めるほど軽いということだ。だから中身は空気のようなもの。これが見た感じ嵩が低い。薄そうなので、普通のジャンパーのように見える。これは秋から吊されているもので、まだ本格的なダウンジャケットが並ぶ前だ。鞄にねじ込めそうなので、合羽になる。
 また、小袋に入れたまま鞄に吊しておけばいい。ただ、出すのはいいが、詰め直すのは手間だろう。
 曇りと雨が続くようだが、今度晴れたときはもっと寒くなっているはず。そろそろ紅葉云々のニュースが出るかもしれない。紅葉を見に行くとき、真冬の服装だったのを思い出す。だからもっと先だろう。殆ど冬に入ってからで、晩秋という感じではない。冬だ。
 そう言えば春のイメージがする花見も、真冬の格好で見に行ったことがある。これもまだ冬なのだ。
 
 
 
■■ 2017年10月13日(金) 午前8時40分
 
 今朝は雨。そして寒い。一週間の日々の予報は雲マークが並んでいたのだが、今朝見ると傘マークが加わっている。近付いて来たので、はっきりしてきたのだろう。晴れるかもしれない曇りではなく、雨になる傾向が強い曇りだったようだ。予報は何度もされる。一週間後は流石に分からないので、曖昧になるが、日が近付き出すと曇りのち雨とか、雨のち曇りとか、曖昧さが減ってくる。
 寒くなったのは低気圧のため。前線が北から来ており、それが南下した。だから北の勢力圏に入り、南の暖かい空気を押し下げたのだろう。空気が入れ替わった感じで、この時期の気温になっている。これからは北の天下だが、たまに南が頑張ることがあり、暖かい日もあるはず。
 10月も半ばまで来ているので、昨日までのような暑いというようなことはもうないかもしれない。永遠にないのではなく、年内限定。
 寝起きの喫茶店へ行くとき、雨は降っていなかったのだが、少し行くと降り出した。小降りだが、傘は必要。ただ、前籠に入れている鞄にカバーを掛けるまでもない。防水性があるので、小雨程度なら問題はない。中まで浸みることもない。これは高い鞄で、家電店で買ったカメラバッグだが、ソニー製。値段だけのことはあり、ソフトなのだが形があり、ボックス型になるが、囲いが柔らかいので、柔軟性がある。そして軽い。普通の鞄としても充分使える。中箱的な仕掛けがあるので、中が見やすい。中に箱が入っているようなものなので。
 それで天気だが、一週間ほど晴れマークがなかったりする。しかし、一週間ほど太陽を見ない日が続くことは希で、これは梅雨時でも晴れる日があり、そんなに雨か曇りで太陽が見えない日が続くわけではないが、あまり天気がよくない日が続くのだろう。雨がやむと一瞬でも日が差すことが結構ある。
 それよりも、気温が戻り、気温がまた下がり出す。中断していた冬仕様へと向かう。
 この季節、ペラッとしたマウンテンパーカーが似合うのだが、風と雨除けで、結構寒い。ウインドブレーカーもそうだ。大層なものを羽織っているのに寒いので、損だ。やはり中にアンコか、裏地に暖かいものを敷いているタイプがいい。どんどん寒くなっていくので、薄いコート系は着る期間が短い。下に着込めばいいのだが。
 昨日作ったカレーが残っているので、カレー地獄になっている。同じものを毎食食べるという悪いパターンだ。違うものを食べればいいのだが、早く食べないと腐る。冷蔵庫に鍋ごと入れているが、これにも限界がある。冷凍にして残すのがいいのだろう。しかし、その状態だと、安心して保存できるためか、食べる気がしない。ずっと食べていたので、食べ飽きた状態なので。またカレーかになる。だからしばらく、ほとぼりが冷めるまで待つしかない。
 
 都はるみは四十過ぎで復活し、そのときの復活コンサーとの動画はフルバージョンある。引退した三十半ばの頃より、ふっくらとしている。引退手前での映像はテレビでやっていたものが残っており、これもフルバージョン。このときの都はるみはただならぬ気配で、普通にテレビで見てきた昔の記憶にはなかった雰囲気だった。これをユーチューブで最近見て、驚いたほど。まあ、さよなら都はるみラストコンサートなので、その緊迫感というか、最後の最後という特別な気持ちもあるのだろう。
 その手前でやっていた普通の新宿コマのコンサートは余裕があった。いつものコンサートいうことで、いつものお仕事のような。
 さて、四十過ぎで復活した都はるみはまだ娘姿で、髪型も引退時とほぼ同じ。大正時代の女学生のような髪型。少し太ったかと思う程度。問題は、その次の年代の動画をなかなか見付けられなかったこと。だから、娘姿から、いきなり年を取った都はるみになっていた。それで、上手く繋がらない。容姿だけだけの話ではなく、声の出し方や、歌い方の変化が、大きすぎるためだろう。それをやっと繋ぐ動画が出てきた。顔はほぼ同じだが、髪の毛がアップになっており、振り袖はやめている。アリスの谷村新司が客席にいる。ホールの最前列で聞いている。谷村の曲だろうか。引退前、昴を五木ひろしのピアノで歌っていた映像もあるし、チェリッシュの品川止まりの山手線でお馴染みの「決心」だったと思うが、その曲や、さだまさしのギターで、山口百恵が歌っていた曲の動画もある。もう縄張り荒らしだ。これが引退前の、絶好調の頃だろう。それを続けていればという話だが、もし……の話はきりがない。
 引退から復活までの数年間が惜しい。復活コンサートのときは「千年の古都」や「小樽運河」を歌っている。これで、その方向性が分かる。ムードのあるリズミカルな歌へ向かっていたのではないかと。引退前にそれに近い曲がある。「東京セレナーデ」だ。復活コンサートでもこれを歌っているのだが、歌い終えた後の表情が楽しそうだ。どの演歌歌手もそうだが、普通の歌も歌いたいのだろう。都はるみはそれを実現させたのかもしれない。演歌とは呼べないような歌を数多く歌っている。普通に出す声でも充分通じるのだろう。
 年を取ってからどうするか、というのに興味がある。どちらへ向かうのかという話だ。だが都はるみは曲の財産が多すぎる。
 そこで出て来る歌が「むかし」だろう。昔はよかったというオバケの話。昔は凄かったという話。その囚われに対する歌だ。
 これは少し年を取ってからの曲で、テレビで見ている。ああ、そう出るかと思いながら聞いていた。
 都はるみは、今、この時点で休養中。二年近く公の場には出ていない。70才が近い。
 古都逍遥だったと思うが、京都物の曲がある。花はかえらず、夢もかえらずと、歌っているのだが、その動画では歌う前から嬉しそうな顔をしている。悲しい曲なのだが、この明るさが都はるみだろう。
 決して降りることのない麻雀で都はるみには最後まで勝てなかったと玉置宏がいっていた。年を取ってからは自分のやりたいことをやっていたもかもしれない。
 
 

■■ 2017年10月12日(木) 午前8時59分
 
 晴れが続いていたが、今朝は曇っている。天気予報ではこのあと数日雲マークが出ている。雨マークではなく、雲マーク。曇りという意味だが、実際にはよく分からないという意味だろう。晴れになるか雨になるか。しかし、雲マークが続いているのだから、晴れるよりも雨になる確率の方が高いはず。しかし、雨が降るとは言い切れないので、雨マークとはならない。といって晴れないわけでもないが、晴れることもあるかもしれない。だからよく分からないというのが、この雲マークかもしれない。安全だ。晴れてもおかしくないし、雨でもおかしくないのが、曇り日。ただ、今朝の空を見る限り、雲が多い日と言うことではなく、それが白く、灰色掛かり、雲の輪郭がない。全体がガスで覆われているようなもの。これは晴れるのは難しい。雨が降る前の状態だ。所謂曇天。天が全て雲。
 気温が高い目の日が続いていたのだが、今朝も暖かい。暑いかもしれない。流石に今朝はカッターシャツでいける。上に羽織るかどうかを考えたが、起きたとき、むっとしたので、これは湿気が強く、蒸し暑いのだろう。寝起き、布団から出たとき、ひんやりするはずなのだが、それがない。
 最近のこの暑さ、残暑とも呼べない。暑さが残っているのではなく、その暑さは去ってしまっているので、残っていないのだ。新たに入って来た夏の空気。これで少し様子が違ってしまう。またあの夏の頭に戻りそうになる。暑くて暑くて何ともならないボーとしていたときの頭だ。それでキリッとしない。
 昨日は野菜が残っていたので、カレーをまた作る。前回買ったのがカレーセットのパック入りの野菜で、それが残っている。三回分ほどの野菜があるだろう。家で作って食べるカレーは、食堂の倍ほどで一皿分だ。ご飯の量は少なめで、具を倍から三倍ほどすくって入れる。汁だけのカレーならスープをぶっ掛けるようなものなので、入れすぎるとご飯は水没する。
 一食で一皿となると、軽くご飯に掛けても、それではおかずとしては少ない。具が殆ど見えないカレーなら、ただの汁めしになる。これではおかずを食べた気がしない。
 前回、ジャガイモが潰れて溶けて姿を消したのが残念だったので、今回は途中でジャガイモを救出する。これはただの水炊きのようなもので、調味料はまだ入れていない。既に崩れつつあるジャガイモもあったが、それを皿に取り、ルーなどを入れたとき、一緒に入れることにした。これで形が保たれ、ジャガイモが入っていることが分かる。おかずとして。消えたといっても汁と合体しているのだが、口でジャガイモが確認できない。だからないのと同じ。入れていないのと同じことになる。
 前回はタラを入れたが、それもシーチキンのようにばらけて、タラの味がしなかったので、今回はミンチ肉を入れる。これは最初から分解しているようなものだ。しかし、満遍なく肉ケが入る。
 それと、キノコが安かったので、白っぽいキノコを入れる。食べことがないようなキノコだ。それと青いものとしてブロッコリー。これは芯だけが残ったりする。先の柔らかい葉のようなものは最初からばらけているようなものなので、消えてしまったが。
 根性があるのはニンジン。これだけは崩れないで原型のまま残った。だからニンジンカレーのようになってしまう。ニンジンだけが目立った。
 要するにあまりもの野菜の始末をカレーでやると言うことだが、今回は前回買ったカレーセットの野菜なので、あまりものではない。カレーを作るために買っているのだから。
 去った夏が戻ってきて調子外れになったが、次は梅雨が来るような日々だ。10月に暑い日がある。これは以前にもあったので、それを思い出した。
 
 
 
■■ 2017年10月11日(水) 午前8時27分
 
 今朝も晴れており、そしてまだ暑い。天気予報を見ると、この暑さが気になるのか、説明していた。大きな高気圧。太平洋側にあるのだが、オーストラリアまで出て来る。それが押し上げているとか。だから南洋の常夏がせり上がってきて、日本列島にかかっていると。まあ、夏ならその状態が普通だが、秋なので、そこまで上がってこない。ところがオーストラリア沖が怪しく、ここでの影響で上がってきたらしい。
 そして列島の半分ほどで夏と秋に分断され、北側は普通だろう。押し合いで負けたのだろう。北からの冷たい空気が後退した感じだ。
 それでしばらくは夏の空気が列島にかかる。モロにそれを受けているのは沖縄方面だろう。10月の連続真夏日記録を更新し続けているらしい。
 直接の原因は太平洋高気圧の張り出しで、それが非常に広く大きいのだが、それならありきたりだ。だからオーストラリアの北側云々の影響ということになっている。では、オーストラリア北側の海がどうしてそうなったのかとなると、また原因があるのだろう。
 しかし、現実的には最近一寸暑い。夏が戻ったようだということで、さっと過ぎ去り、今度は秋の深まりで涼しくなりすぎていくのだろう。ただ、今回は長い。暑い日もある程度で、それほど長くは続かない。そのためか、しばらくまだ続くのではないかと安心し、半袖で歩いている人が多い。それとは逆に素直に暦通りの服装の人もいる。上に何か羽織っている。実際にはそれでは暑いのだが、夏物はもう仕舞ったのかもしれない。洗濯して、夏物の引き出しに入れ、初夏までそのままのはずなのを引っ張り出すと、また洗濯し、たたみ直し、入れ直さないといけない。
 今朝は冷え込みはなかったが、夕方は分からない。また買ったばかりの秋服だと、着る時期が短いので、少し暑くても着たりする。
 今朝の喫茶店は冷房が効いている。夏仕様の服装では寒くなる。だから秋物で、丁度だ。
 つい先日、寒いので、軽い目のダウンジャケットを買おうかと思っていたばかり。今はそんな気はまったく起きない。先のことより、今の状態でその気が起こったり、起こらなかったりする。
 しかし、このあと、ガクンと寒くなりそうだ。この気温の変化は体にこたえたりする。
 
 先日ユーチューブで偶然見た都はるみの動画よかったので、その後もネット上にあるものは全て見たり、また何度か繰り返し見ている。これは妙な鑑賞方法だ。ビデオなので、視覚的な影響が強いし、CDと違い、そのときの歌い方があり、同じ歌い方をしているのだが、年代による変化が分かる。それが17あたりから67あたりまで一瞬で分かるので、凄い時代だ。
 一番多い動画は一回目の引退コンサートと、復活コンサートだろうか。そしてその後は映像も綺麗になり、画質も精細。その殆どはテレビでやっていたものだが、スタジオものより、舞台で歌っている動画が結構ある。最近のものは、歌番組が減ったので、NHKホールものが多い。
 紅白での都はるみを纏めたものがあり、それを見る。
 「北の宿から」が圧巻。賞を総なめした後での紅白。「北の宿から」はしっとりとした歌なのだが、最後のフレーズで思いっきり唸りを入れている。そうでないと、この時期、都はるみらしくなかったためだろうか。本当は唸りはなかったという説がある。
 しっとりとした綺麗な声で歌い出しかと思うと、最後は例の唸り。このコントラストが凄い。そして紅白での唸りは特別大きい。横にずらりと紅組の女性歌手がいる。それらを押さえて賞を総なめ。そして紅白のトリ。これはノルだろう。まるで勝ち誇った唸りだ。
 その後、あまり唸らなくなった。唸りで初のヒットとなり、スターへの道が開けた「アンコ椿は恋の花」も、その後はそれほど唸らなくなったが、最後の最後に、思いっきり唸る。これはやはり受けるのだろう。なぜならかけ声をかけやすいからだ。その客席からの声が僅かに聞こえる。会場ではもっと大きく聞こえているはず。客なので、客席で聞いているので。唸りを期待する客へのサービスだろうか。
 その後ヒットした「大阪しぐれ」。こちらはすっきりとしており、紅白では賞を取った後なので、その紹介も入る。このときの都はるみが一番綺麗だ。すっきりとした顔で、非常に凝った歌い方をしているのだが、それを感じさせないほど軽快に、スーと歌っている。その後、年を取ってからは、もっと情味を加えた歌い方になるのだが、紅白での歌い方の方がよかったりする。しっくりとした歌なのだが、都はるみの明るさが出ている。他の音楽にも興味を出していた頃なので、その影響かもしれない
 そしてほっそりとした振り袖姿で、僅かに体を上下に動かしながら歌う。あまりわざとらしい型にはまった振り付けはしていないようで、右手を差し出す程度。そして涙を拭う振りをする振り付け程度。あとは体が微妙に揺れている。声量に余裕あるためか、マイクを横に離している。また足をじっと付けていないためで、自分のコンサートでは歩き出す。スタンドマイクのときも、合間にウロウロしている。じっとしていないのだ。
 決めポーズが少ないだけに一寸した仕草が逆に目立つ。何曲も歌い出すと額に汗。そして鼻水が出るのか、よく拭いたり、すすったりしている。
 玉置宏が感情が表に出る歌手だと言っていたが、その感情は歌うときによって違ってくるのだろう。
 紅白を最後に引退するときの司会者がいい。鈴木健二と森光子。例のアンコールとなるのだが、「好きになった人」が歌えない。
 そして伝説の紅白での「好きになった人バージョン」では涙で歌えなかったあの曲を、舞台狭しと走り回って歌う。これは受けただろう。好き放題をやっていた。
 一番じっくりと聞ける動画は40過ぎで復活したときのコンサート。このときはまだ娘姿の振り袖で、髪型も引退前とほぼ同じ。ほぼフルバージョン。
 特に「千年の古都」を歌い終えた後の笑顔がいい。上手く歌えたかどうかは本人の表情や仕草で出る。これは名曲だ。また、唸りが聞きたいときは「王将一代小春しぐれ」だろう。歌謡浪曲。三波春夫の俵星玄蕃と違い、主人公は坂田三吉の女房小春の話で、まあ、現代物だ。しかし、坂田三吉を知らない人も多くなったいるはずだが、分からなくても、分かるように歌っている。この幅の広い歌い方は、美空ひばり以外にはいないだろう。
 一人の歌手を、こうして一瞬にしてデビュー時の映像と、絶頂期の映像と、年を取ってからの映像を一瞬に見て聞ける。
 歌謡曲がまだ勢いがあり、街中でよく流れていた時代。その時代、色々な歌手がいたのだが、都はるみという歌手が一番気になる。
 
 

■■ 2017年10月10日(火) 午前9時01分
 
 今朝は晴れている。そして暑い。これは季節的におかしいような気がするが、ないことではない。
 いつもならカッターシャツの上に何を羽織ろうかと思うところ。そして羽織るのは当たり前で、もう少し分厚い目がいいと思うような時期だ。冬用のジャンパーを先日着たばかり、裏に毛が生えている。そういう寒い日があった。これからはもっと寒い日が来るのだが、拍子抜けしたような暖かさだ。
 自転車散歩にはもってこいの気候なので、少し走ろうとかと思ったが、暑苦しい。夏の気分が抜けているので、夏ならそれほど高い気温ではないと思うはず。しかし30度近くあると、夏でも遠慮する。ただ、真夏の30度なら、炎天下の移動も少しはましな方。
 結局昼寝後に行く喫茶店を変え、逆方角にある遠い目の喫茶店へ行く。そこは個人喫茶だが、風通しがいい。大きな店ではないが、お爺さんと息子夫婦、それとバイトもいる。これが親父一人とか、老婆一人の個人喫茶なら、寄りつけないだろう。
 この喫茶店も爺さん一人の店になってもおかしくないが、さいわい息子夫婦が後を継ぐのか、始終手伝っている。
 商店街ではないが、商店が多く集まっている場所なので、人通りも多い。その人通りは通行人ではない。個人喫茶としては客が多い方だろう。
 ピザが売り物の店だが、本当に手作りで、ピザトーストを注文したことがあるが、結構時間がかかる。具を切っているのだ。そしてボリュームがある。こういうのを出していると、一人ではできないのだろう。忙しすぎる。
 横にあるイズミヤの地下に喫茶店があり、フードセンターの中だが、囲いの中なので、普通の喫茶店だ。これは潰れた。売りはパスタ。まあ、何処の喫茶店でもスパゲティーはあるので、珍しくはない。オムライスが売りの喫茶店もある。これも焼きめしのある喫茶店なら、あるだろう。
 コーヒー以外の特徴が欲しいということで、そういうのを出すのだが、潰れたその喫茶店はパスタ専門店だったようだ。
 潰れた理由はよく分からない。老人がやっていたわけでもない。地下のフードセンターが閑古鳥のためだろう。ただこの喫茶店、煙草が吸えた。分煙も何もない。だから、この方面へ行ったとき、よく入っていたのだが。コーヒー代も安かったが、ファスト系よりも当然高い。
 夕方近くに戻ってきたのだが、本来この時間になるとひんやりするのだが、それがない。朝夕冷え込まない。調子外れ。
 スーパーの賞味期限間近台に小さい目のヒロウスのパックが半額だったので、それを買う。もう保存が利かないと思い、全部煮る。後で考えれば、冷凍にすればよかったのだが。
 古いのか、皮がやけに固い。それで煮込む。ヒロウスは浮いてしまうので、穴を空ける。空気が入っているのだろう。まあ油揚を丸くし、中に一寸だけ具を入れたのがヒロウスだが、これはピンからキリまである。いいのはゆり根が入っていたりする。詰め物が多い。
 普通に醤油で煮たのだが、それではヒロウスにならない。砂糖が必要だ。油揚げと同じで、いなり寿司のあの甘さが必要なのだ。きつねうどんのあの甘さが。砂糖はコーヒーに入れる棒状のものしかなく、それも切れていたので、砂糖を買う。しかし、砂糖を入れる容器が面倒。
 だが小袋で、チャック付きのがあったので、これで容器はいらない。白い砂糖と黄色い砂糖がある。黄色いのにした。煮物の絵があったので、料理用の砂糖のはず。
 それで煮直し大量のヒロウスができた。サイズは小さいが、一度に食べきれるものではない。囓ると汁が出る。この汁が美味しいのだ。茶碗で受けて食べると、汁がご飯に落ちる。これで汁ご飯になるが、白いご飯はそのままの方がいい。
 今朝もまだ暑いようだが、これはガクンとまた気温が下がるのだろう。このまま夏になるわけではない。
 
 
 
■■ 2017年10月9日(月) 午前8時21分
 
 今朝は晴れている。昨日は暑かったのだが、あれは何だったのかと思う。今朝はそれほど暑くはないが、平年よりも高い目だろう。その前に雨の寒い日が続いていたので、そのまま寒さへ向かうのかと思っていたが違っていたようだ。しかし、やがて温度は落ちていくことは明白。暖冬というのもあるが、夏のように暑いわけではない。寒さが思っているほどない程度。厳しくない程度で、冬は冬だ。暖冬でも真冬は普通に寒い。
 今朝は月曜日。しかし登校風景がない。その代わり試合にでも行くのか、自転車の行列。月曜日はゴミの日。それが出ているので、日曜ではないはず。週は明けている。高校の通学風景もない。その先にいつも日の丸を出している家があるのだが、日の丸に気付かない。だから出していなかったのだろうか。
 分かったのは朝のモスのメッセージボード。連休最後の日と書かれている。連休だったのだ。いつが祭日だったのかは分からないまま。月曜が祭日なのか、日曜が祭日で振替休日で、今日は休みなのかもしれないし。
 10月なので、体育の日かもしれない。これは調べないといけない。こういうとき、NHKのニュースのウェブページへ行くと、日にちが書かれているので、そこに出ていたように記憶している。西暦と和暦両方出ているので、これだけでも便利。曜日も。しかし祭日まで出ていたのかどうか、記憶が曖昧。まあ、そんなところ、毎日見ているわけではないので。
 昨日はよく晴れており、気持ちがいい日だったので、昼過ぎの喫茶店に出たついでに自転車散歩に出たが、暑くなってきたので引き返した。夏の暑さよりもましなのだが、イメージとしては一寸寒い感じがいい。それでも少しだけ散策した。外洋に出る手前の町だ。その町はまだ日常の県内にある。そこから出ると、普段は用のない町になる。だから圏内なので、いつでも寄れる町だが、お神輿を出していた。秋の祭りだろう。そして日曜日。全員集合で若い人が集まり、お神輿の掃除などをしているのだろうか。飾り付けもあるはずなので、それだけでも時間がかかるだろう。この一帯の町。大きな町なので、複数の町内から複数のお神輿が出る。だから下手な神輿では体裁が悪いので、競い合っているためか、結構豪華。それは彫りものに現れている。また膜の絵とかに。いずれも古いものではない。こういうのが町内単位で抱えているのだから、凄い話だ。一つの村だったはずだが、その村をさらに区分できるほどの規模がある。このあたり、寺内町だったので、財があったのだろう。農家が集まった村ではない。
 この周辺の村なら、村にお神輿は一つ。競い合うようなことはない。また周辺の村と合同で何かをすると言うこともない。お神輿の見せ合いをしたり、お神輿同士で何かを競い合うような行事もない。祭っている神様との結びつきがないためだろう。
 ただ、昔の村のお神輿は一つしかなかったが、担いだ。下に車は付いていなかった。だからあまり飾り付けをしすぎると、重くて担げないし、よく転倒していた。
 近所の村での秋祭りは、収穫後だ。まだ稲刈りをしていない田がある。そういうのが全部終わってからだろう。村の祭りなので、農作と関係している。一番素朴なやり方だが、その周辺の村々の神社はコンビニのようなもので、同じような形式になっている。スサノウが多い。ただ、近くの神社は合祀されたらしい。もう一つ神社があったのだ。今は小学校になっているので、その中になにか跡が残っているかもしれないが。この神様が何だったのかが分からない。聞いたことのないような神様だといいのだが。きっとこの村に引っ越してきた人達の氏神様だったのだろう。
 村の起こりは、その土地から人が湧き出たり、生えてきたわけではない。何処かから来たのだ。開墾し、そこに棲み着いた。
 村は実質的に消えたのだが、人が集まると村ができる。群がると言うことだ。ある群れが村なのだ。
 
 
  
■■ 2017年10月8日(日) 午前9時40分
 
 今朝は暖かい。そして晴れている。寝過ごしたので、朝の喫茶店も日がすっかり昇りきっているためか、気温がどんどん上昇しているようだ。
 ここ数日の寒さを考えて、軽いのを羽織っていたのだが、それでは暑い。それでは寒いのではなく、脱がないと暑いほど。長袖のカッターシャツでもまだ暑く、腕をめくりしないといけないほど。雨のあとさらに寒くなるのではなく、暖かくなっている。不思議だ。
 冬物を用意するつもりだったのだが、これでは気が削がれる。
 朝の喫茶店は満席で、自転車を止める場所がない。そんなときは横に雑居ビルがあるので、そこに止める。その先は路地で、車は通れないので、行き止まり。人でさえすれ違うのが厳しいほどの狭さ。
 満員なので、いつもの席に座ることなど不可能どころか、喫煙室に入れないかもしれないと心配していたが、中を覗くと、空いている。いつもの席が。まだ片付けていないが。
 不思議と冷房を切っている。この時期、送風だけが多いので、そのままなのだ。ここは冷房が欲しいと思うほど暑い。まあ、それで体が冷え、すぐに寒くなるのだが。
 遅く来ると、人が多くなる。今日は日曜日。この日は番狂わせが多い。もの凄く混むこともあれば、がらんとしていることもある。しかし晴れていると、人は多いようだ。しかし、波があり、ずっと混んでいるわけでも、ずっとすいているわけではない。僅か数分のことで変わる。どのタイミングで入ったのかで違ってくる。
 しかし、長く雨が続いていたので、久しぶりの晴れだ。こういう日は甲羅干しのように、日に当たる方がいいだろう。
 昨日は久しぶりにカレーを作る。特に意味はないのだが、スーパーで久しぶりにジャガイモとか玉葱とかニンジンを買おうと思い、少量のものを探していたら、カレーセットがあった。三つとも入っている。値段も安い。欲しいのはジャガイモ、ニンジン、玉葱なのだが、カレーセットのカレーというものが目に入る。これはカレーにするしかないだろうということだ。このままでは野菜カレーになるので、メインのタンパク質系が何か欲しい。すぐに作るわけではないので、急いで探さなくてもいいと思いながら戻るとき、魚屋の前を通ると、タラが安い。これで決まりだ。海鮮カレー。しかし魚は一種類だけ。牡蠣もあったので、それも買えば魚介類を含む豪華な海鮮カレーになるが、海老がない。海老を入れないと、豪華とはいえない。しかし、意外とカレーは高く付く。野菜カレーなら安いのだが。
 いつもはハウスのバーモントカレーを買うのだが、別のにする。とろとろとか、そんな感じのルー名だ。この二つが数が多く、安く、良いところに並んでいた。大きなスーパーなので、カリーがどうのとか、香辛料だけのカレーとかもある。
 結局煮込みすぎて、タラは消えた。中でばらけてしまい、シーチキン状態になった。それなら最初からシーチキンを入れた方がよかったかもしれない。あの大きなタラが消えているのだ。ジャガイモも消えた。玉葱も。
 ニンジンはそのまま残った。頑丈だ。
 それでカレーの日が続くことになるのだが、それを恐れて、少ない目に作った。それでも何食分かは続く。
 
 パナソニックTZ90の続き。
 雨の日が続いているので、あまり写真は写していないが、日常移動時に写している。一寸フラットで、光の少ないところでの望遠での撮影でもしっかりと写っている。旧機に比べ、画質が上がったのだろうか。色目もいい。これなら一眼レフ系のいいカメラを持ち出さなくても、充分だろう。特に旅行などに出たときは、荷物が多くなるはずなので、大きなカメラは邪魔だろう。撮影旅行ならいいが。
 最近のコンパクトカメラはよく写る。結局はラフに写してしまうのだが、それもいいが、しっかりと写るのだから、しっかりと撮した方が好ましいのだが、背面液晶だけではその気にならない。
 今回のパナソニック旅カメラ買い換えは、アイレベルでのファインダー撮影。電子ファインダーで覗きながらの撮影。これはやはり構図とかピントが見やすくなるので、本格的に写せる。
 この旅カメラ、電子ファインダーが初めて付いたバージョンも持っている。ただ解像力が低かった。それが上がったバージョンに買い換えたのだが、今回はそれに加えて液晶回転式。しかもタッチパネル式。これは超望遠までを含む旅カメラとしては最強だろう。
 しかし、スペック的によくても写りが破綻していると、何ともならない。もう二度と見ることはないような旅先での風景などを、しっかりと撮したいと思うはず。これは子供などもそうだろう。運動会とかも。だから、いいカメラで写して残したい。と思うはず。だから普通のコンパクトデジカメでは劣るのではないかと考えるものだ。しかし、実はそうではない。
 超望遠で遠くの人を写すときなどは回転式液晶が効く。目立たないためだ。液晶の回転が柔らかいので、力をかけないで引き上げられる。ピントは見えにくくなるが、AFフレームが緑色になったところに合っていることだけを確認すればいい。写したい被写体に当たっているかどうかだ。あまり遠いと、自動選択AFも中央部一点だけになりやすいが。人ではなく電柱に当たってしまうことがあるが、距離が同じなら、それでいい。また少し違っていても、ピントが深いので、合っているように見えたりする。
 当然超高倍率ズーム付きなので、レンズは暗いが、あまり関係はないようだ。普通に写している限り、日常範囲内の明るさの中なら、平気で超望遠域で写せたりする。レンズが暗いので、薄暗がりは心配になるが、それは明るいレンズを付けていても同じようなものだ。今のカメラは手ぶれ補正がよく効いているし、感度が上がってもそれなりに写っている。またフルオート撮影ではあるシャッター速度以下には落ちないようになっている。
 大きい目のカメラだが、持ったときの感触がよく、望遠側では逆に安定感を得られる。
 旧機に比べ、一クラス上の快適さがあり、別のシリーズカメラではないかと思える程良くなっていた。
 

 


■■ 2017年10月7日(土) 午前8時40分
 
 今朝も雨。一寸雨が続いているようだ。明日も雨なら秋の長雨になる。しかし強くは降らず、シトシト降り。小雨だが傘は必要。しかし風の強い日は差さないときもある。
 昨日よりは気温は高い目のようで、寒くはないが、昨日は寒かった。風があったためだろう。それに気温も低かったので、ついに裏地に毛の生えたジャンパーを着る。このジャンパーは真冬でも着られる。中に着込まないといけないが。見た感じ表面からは冬物だとは分からない。餅かイモムシを貼り付けたようなダウンジャケットではないため。裏地で暖かいのか、それとも生地がいいのか、裏地がなくても結構いけそうな感じだが、取り外せない。毛は胴体部分だけで、腕はすっきりとしている。ここは普通の裏地。だからこれだけでも二枚分ある。裏地は特にこだわったものではなく、腕が通しやすいようにツルッとしている程度。だから普通だ。
 襟は二段式で立つ。一段で十分で、めくり上げると、さらに高くなる。これは真冬のときだけだろうが、マフラーをしていると、上げる必要はない。アランドロンブランドで、結構高かったのだが、半額以下に下がる冬物最終バーゲンで拾っている。真冬のゴツイのはすぐに着られなくなると思い、見た目軽いタイプを選んだのが正解だった。大袈裟な感じがしないので、真冬以外でも着られる。だから秋の中頃の今日でも着られるが、まだ少し早いようだ。
 当然防風と防水がある。まだ分厚い程度の長袖を着ている人がいるので、重武装だ。
 昨日の朝と昼、寒い思いをしたので、冬物を着ることになる。薄めのダウンジャケットでも良いのだが、これは目立つ。
 しかし、この前スーパーの衣料品売り場で見た四拍子か五拍子揃ったナイロン生地のダウンジャケットも気になるところだ。
 道行く人の中で、中綿入りを来ている人がいないわけではない。スーツの上のようなタイプで中綿入りを着ている人がいる。これはすっきりとしていて良い。これなら大袈裟ではないので、見た目涼しい。目が涼しいだけで、薄いので寒いかもしれないが、この季節なら十分だ。
 着ぶくれになるほどボリュームのあるダダウンジャケットを着ている人もいる。自転車に乗っている人だ。これは雨の日なので、合羽になる。結構真冬ものを着ている人を見かけるのは昨日が寒かったためだ。それで、厚着をしてきたのだろうが、今朝はそれほど寒くはない。
 昨日は懲りずにアルミ鍋うどんをまた買い、晩ご飯とする。天麩羅うどんよりもアルミが大きく値段も高い。アルミ天麩羅うどんの天麩羅は海老ではない。衣だけで、かき揚げタイプ。しかし、何も入っていない。鍋焼きうどんには海老が入っているのは尻尾が見えているので、それが証拠。しかし、前回と同じで、海老の骨だけのような天麩羅だった。やけに塩分が強いのは保存のためだろう。
 温泉卵が入っていたので、それが救い。これなら、卵を入れればそれで済むことなので、有り難みはあまりない。ただ温泉卵というところがミソ。煮なくてもいい。
 これならうどん玉と出汁を買い、海老の天ぷらを買えばいい話しになる。スーパーなら必ず天麩羅コーナーがあり、海老の天ぷらがある。この海老の天ぷらは流石に衣だけのものではない。大人の布団の中で寝ている赤ちゃんではなく、海老の形に添った衣。まさに着ているのだ。蒲団のような衣ではなく、海老に少し衣が付いている程度。少し厚着だが。
 海老の天ぷらが入っているのに、海老の歯応えが少しもしないと、これはやはり欺されたと思うだろう。問題はその騙し方だ。値段を見れば分かる話で、そんな衣に沿った大きな海老が入っているはずがない。もしかして、も、ない。値段が揺るぎのない答えを最初から出しているのだ。
 

 


■■ 2017年10月6日(金) 午前9時06分
 
 今朝は曇っている。雨が降りそうだ。そして最近寒い。中綿入りを着てもいいほどだが、まだ早そうだ。そんな人はまだ見かけにくい。風が強いときは、スカスカのニット系では厳しく感じられる。やはり防風性のあるタイプが良いのだろうが、分厚い目の綿でも何とかなる。防風性のあるタイプは着心地がよくない。煙草の火を落とすと、一発だ。よく穴が空く。だから防火性がよかったりするが、それは消防服でもない限り、売っていないかもしれない。火に強いは頭に最初からないのだろう。日差しに強いというのはある。真夏でも日除けのパーカー類を着ている人がいるのだから。日焼け用だ。
 昨日の夕方、あまりにも寒いので、もう一段暖かい目のを着た。首元だけが真冬並のタイプで、マフラーよりも温かいが、胴体や腕はスカスカ。合繊のセーターのようなものだが、着心地が良い。よく伸びるので。
 しかし、防風性がないのが難。着心地と防風、防水とは相反するようだ。ダウンジャケットは軽くて柔らかいので、これが一番ましかもしれない。一寸だけ綿が入っていればいい。
 ユニクロのウインドブレーカーがまだ気になるところなのだが、暖かさに問題がありそうだ。蒸れない加工なのだが、蒸らした方が暖かいのではないかと思える。ただ、汗をかくかもしれない。冬の汗は後が冷たい。
 今朝は遅い目に起きてきた。目覚めは自然に任せているので、決まった時間に上手く着地するとは限らないが、ほぼ前日目が覚めた時間を覚えているらしく、目が覚めやすい。しかし、今朝は早い目に目が覚めている。これがいけない。その時間ではなく、もう少し遅い目でないと早すぎる。それで三十分程度寝ようとしたのだが一時間になってしまった。せっかく早く目が覚めたのに、もったいない話だ。
 秋の夜長ではないが、寝る時間が遅くなっている。そのため、少しずれたのかもしれない。夜更かしが続くと、それが標準になり、いつも寝る時間になっても眠くない。標準がズレ、いつもがズレる。
 体調の悪いときは、夜更かしできない。いつもの寝る時間になるまで持たないで、早く寝てしまう。起きているのがしんどいためだろう。
 寒くなってきたのか、晩ご飯を食べたあと、眠くなる。夏場はそんなことはない。
 昨日はスーパーでレンジでそのまま温められるおでんを買った。百円ほどだろう。百均のおでんのようなものだ。一食分のおかずとしては十分な量。レンジでそのままというのは、湯気が出る隙間が空いているためだろう。だから袋を切らなくてもいい。穴が最初から空いていると、汁が漏れるので、温まってくると開くようになっている。湯気で切る感じだ。
 寒くなってきたので、晩ご飯後の徒歩散歩が面倒になる。せっかく温かいものを食べて、うっとりとしているときに、寒い外には出たくないのだろう。食べたあと、横になると牛になると言われている。それなら牛の数が増えているはず。町中牛だらけになりそうだ。
 昼寝は昼を軽く食べてから寝るようにしている。これなども牛になるパターンだ。食べると眠くなることを利用して寝る。昨日の昼寝はうとっとしただけで、短かった。目が覚めたときに起きるのだが、まだ寝ていなかったようにも思える。寝入りばなに起きたのだろう。昼間なので、物音で起きたのかもしれない。それがなかっても昼寝は長く寝てられない。夜ではないと体が知っているためだろう。
 
 パナソニックTZ90の続き。
 買った翌日、特に撮影には行っていないが、いつものようにカメラは持ち歩いている。そこで移動中に写した程度なので、まだ使い込んでいない。しかし、旧機とは違うところが結構ある。
 先ずタッチパネル。液晶に触れると初期設定ではピント位置を指定したことになる。そのため、カメラを取り出し構えるとき、液晶に指が行くことがある。これで1点AFとなり、偶然指が行ったところを小さく囲む。半押しすると確定し、緑マークになる。AFが作動したことになる。そして同時に追従モードに入ってしまう。掴んで離さなくなる。
 特にそれで困らないのだが、最初にタッチしたところでピントはもういいのなら、そのままシャッターを押せばいい。解除は十字キーの真ん中のOKボタンを押せばすむ。面倒なので、一点追従モードで使う。被写体が動いても離さないし、カメラを近付ければ距離が変わるので、被写体が動いたのと同じことになるので、悪くはない。
 次は望遠にしたときのテンポ。旧機は望遠で写すと、二枚目を写すまで少し間があった。今回はそれがない。これはスペックには載っていない。嬉しい改良点だ。鳥などを撮すとき、次の二枚目を写すとき、もういなかったりするので。それと保険でもう一枚写しておくというのも、簡単になった。
 AFスピードは空間認識云々となっており、旧機はまだそれではなかった。しかし早いのかどうかは分からない。最近のコンパクトデジカメは少し古かっても、かなり早いのだ。これは広角端では実感はない。望遠のときにAFは遅くなるはずなのだが、ほぼ瞬時に合うので、有り難みがない。本当にAFが動いているのか心配になるはずだ。
 スペック的には似たようなもので、液晶が回転する程度だと思っていたのだが、かなり改善されているのが分かる。
 ズームレバーが軽く、シャッターボタンも軽い。これは好みの問題だ。サイレントモードに入れていると、本当にシャッターが切れたのかどうか分からないほど。写した後の確認画像を出さないようにしていると、本当に分からないほど早い。コンパクトデジカメもここまで来たかと言うことだ。
 写りに関しては満足のいくもので、その前に買った1インチの高級機よりも切れがよかったりする。画素数は2000万画素を超え、これは写りが悪くなるとされているが、そんなことはない。旧機の1200万画素と、敢えて押さえたスペックのものより、綺麗だ。横5000ピクセルほどのファイルになるので、流石に2000ピクセル程度になるSサイズに抑えている。その変わり一番圧縮率の高い設定だ。これは初期値でそうなっている。
 このカメラ、おまけの機能で、実用性はあまりないが、フルオート撮影のAF撮影中、シャッターボタン半押しの状態のとき、前面のリングを回すと一時的に手動ピント撮影になる。ただ、背面液晶では分かりにくいし、また電子ファイダーは解像力が低く小さいので、目で細かく合わせるのは難しいだろう。ただ、一気に無限を出すことができる。回しきればいい。今、何メートルで合っているかどうかはバーで表示されるので、それで分かる。
 雲を撮っていて、手前の電柱や電線にピントが来てしまうことがある。そんなとき便利かもしれない。しかしピントが深いので、どちらにも合っているはずだ。広角だと。
 
 

■■ 2017年10月5日(木) 午前8時53分
 
 今朝は曇っており、寒い。15度を切るのが普通になっている。夜中のことだが。そういう夜はたまにあったが、それが続くのだろう。意外と最低気温が夜中になっている。明け方が一番寒いはずなのだが、そうではなかった。しかし、喫茶店へ行く時間になっても気温は上がらず。ここが少し違う。秋の深まりだ。
 今朝はダウンジャケットが欲しいところだが、それは我慢する。裏地に毛が生えているタイプとか、ボアが入っているタイプとか。流石にそれはまだ早いのだが、軽い目のジャンパーを着ている人が多くなっている。
 襟の所に毛が見えているタイプはバレてしまうが、普通のジャンパーで裏地が毛のタイプなら分からない。襟は普通。袖も普通。裏地に暖が仕込まれているタイプは、膨らみが分からない。ダウンジャケットは餅を一杯貼り付けているようで、すぐに分かってしまう。
 昨日は衣料品店で特価台が出ていたので覗いたのだが、運動着メーカーの高いのが特価でずらりと吊されていた。値段を見ると驚く。ただのジャージの上のようなものだが、生地とかが違うのだろう。
 夕食後、徒歩散歩で出たときなど、そういうのを羽織っている人がいる。街中でもよく見かける。その値段はユニクロのウインドブレーカーと互角の勝負だが、種類が多い。そればかり作っているメーカーのためだろうか。肌触りなどで差が付く。流石に餅屋は餅屋だ。今のこの季節、丁度だが、薄い。すぐに寒々しく感じてしまうだろう。
 それを無視し、他の品を見学。千円台のハーフコートのようなものがもうすぐずらりと並ぶのだが、今はまだない。裏地に絨毯の薄いのを敷いただけの貧乏臭いタイプで、これはこれなりに暖かい。今なら。
 それが1900円あたりでずらりと並んでいるはずなのだが、今年はどうか。
 定番ものは吊されている。防寒、防水、蒸れ防止、軽い、柔らかい。と明記されている。薄い目のダウンジャケットで、ユニクロのウルトラライトのようなもの。袋が付いており、その中に折りたためるということだ。当然ユニクロよりも安い。
 この季節なので、まだゴツイダウンジャケット、アンコ入りはまだ数は少ない。これは真冬の大物だろう。初詣に着ていくような大袈裟なタイプだ。もの凄く着ぶくれになる。
 今朝は流石に寒いので、真夏向けの薄いズボンから、普通の綿のしっかりとしたズボンに履き替える。これは一年中履けるのだが、夏は暑苦しいし、冬はこれでは頼りない。しかし、その差は20パーセント程度で、極端な違いがあるわけではない。夏向けのズボンでも冬前まで履けたりする。靴などは同じものを年中履ける。
 そして、気が付けば昼間でもホームゴタツのスイッチを入れていた。流石に電気ストーブはまだだ。このままこの冷え込みが続くと、秋がなくなってしまう。どんどん冬の印象になっていく。
 
 パナソニックのコンパクト旅カメラのTZ70からTZ90へ買い換える。これは今年出たばかりなので、まだ早いので、型落ちで安くなっていない。
 このカメラは毎年出ているような気がするが、二年置きかもしれない。流石に毎年は無理なので、買い換えるのは大きな変化のあったとき。
 今回の変化は背面液晶が回転するようになったことと、タッチパネルも加わっている。これはこのクラス最強だ。つまり回転だけとか、タッチパネルだけとかはあるが、両方というのはない。ただ、そう言う機能はもう何年も前からあり、付けようと思えば付けられる機能だが、それをするとコンパクト性が損なわれたりする。
 しかし、タッチパネルは小さく軽いカメラの方が有効だ。
 大きな変化としては大きくなったこと。数値的には僅か差だが、小さくもなく大きくもなく、軽くもなく、重くもないというタイプ。小さすぎず大きすぎないので、手にしっくりと馴染む。これはカメラを持ったとき、シャッターボタンに手がかかったときに分かる。人差し指の腹ですんなりと沈むようにシャッターが落ちるのだ。指を立てなくてもいい。これは高さが少しあるためだろ。そしてボディーの厚みが増えたため。グリップが飛び出たグリップカメラではないが、引っかかりが良い。そしてシャッターボタンの高さが丁度いい。中身のスペックよりも、このガワの方が大事だったりする。これで随分と取り回しがよくなり、構えやすくなる。これも写りがどうのの話の手前側の話。当然電源ボタンの位置もよく、軽く押すと軽く起動する。これも撮影以前の話だ。
 そこまで考えて作ったわけではなく、大きくなったので、偶然そうなったのかもしれないが、これは歓迎だ。ただ、大きくなったので、ポケットが窮屈になるが。
 このカメラはコピーライカで、写し方もそれに準ずるような雰囲気になる。小さいが左肩の上にファインダーが付く。あるとないとでは大きな差だ。コンパクトデジカメは背面液晶で充分なのだが、覗ける方がいい。明るいところなどではよく見えないからだ。しかしそれほど解像力はなく、また小さなファインダーなので、ピントがよく見えるわけではない。ただの覗き穴に近いのだが、至近距離や望遠ではピントはそれなりに分かる。ここがライカ式のファインダーとは違うところなのだが、ピントが掴めるほどの解像力がない電子ファインダーが逆にライカ的だったりする。決して実像ではないが。
 前機までのようなクラシカルなデザインではなく、結構素っ気ない。しかしメタルの質感が充分ある。素っ気ないデザインでゴチャゴチャしていない。
 
 バッテリーは換えてきている。だから前機のバッテリーが使えないが、1インチネオ一眼と同じバッテリーなので、メインとサブで使い分けるときは互換性がある。ボディーが大きくなったので、大きい目のバッテリーを入れたのだろうか。大きいので長持ちする。
 また、USBの先のタイプが一般的なタイプになっている。だからこのカメラ専用のものでなくてもいけるようになった。ソニーや普通のタブレットやノートパソコンと同じタイプだ。
 充電用のコンセントもあるが、パソコンで画像を取り込むとき、それが終われば電源を落とせば充電になる。この方式のカメラは電池切れは先ずない。
 4k動画を利用したピント位置を撮影後に選択できるモードとか、機能は盛りだくさんだが、殆ど使わないだろう。それよりも基本ベースが良い。長くパナソニックのデジカメを使っているのは、インターフェースが良いからだ。中には例外もあるが、使い回しが良い。凝ったことをするよりも、フルオート撮影で充分。
 露出補正はフルオートでは弄る必要はないのだが、このモードに入っていても、露出補正ができる。背景が暗いところで咲いている白い花などは真っ白に飛んでしまうのが分かっているので、そんなときに使えばいい。液晶でそれが分かるので、勘ではなく、見れば分かるので、分かりやすい。露出が反映する液晶のおかげだ。敷かし、露出補正をしなくてもいい場合の方が多い。
 そして電子ファインダーだが、小さく、解像力ないのだが、前機よりも綺麗になっている。スペック的には同じもののはずなのだが、改善している。暗いところだと絵が荒れて見えていたのだが、その荒れ方が滑らかになっていた。粒子が見えてしまうが、線上ではなく、点状なので、自然な感じでの荒れなので、納得できる。決して綺麗なファインダーではないが、これは屋外なら充分綺麗だ。スペックは同じだが、改良されている。これは映像エンジンが上がったためかもしれない。ビーナスエンジンだ。
 タッチパネルは、背面液晶撮影だけではなく、電子ファインダーを覗きながらでも操作出来る。当然目と液晶が近すぎて、液晶など見えないが、指ぐらいは差し込める。液晶は当然消えているのだが、指を当てるとピント枠が出る。それを指で動かせば好きなところにピントを持って行ける。電子ファインダーを覗きながらできる。これはキヤノンにもあるので、珍しい機能ではないが。キヤノンの旅カメラにはそれは付いていない。
 フルオートだと、ピントも勝手に合ってしまうので、違うところに合うこともある。そんなときは便利だ。こういう使い回しが、普通のフルオート撮影でもできるのがいい。
 
 
 
■■ 2017年10月4日(水) 午前8時52分
 
 今朝は陽射しがあるが、当てにならない。朝、晴れていると思っていても、昼は曇っていたりする。朝だけ雲が少ないような。また、朝だけ曇っていることもある。朝夕と昼とでは天気が違っていたりする。一日単位にするほど持たなかったりする。晴れも持たないし、雨も持たない。雲も。その雲などは始終動いているようで、変化し続けている。夜中になると、これは見ていないので天気は分からないが、夜中寒くなったとか、雨音がするとかで、それなりに天気は分かるのだが、ずっと起きているわけではない。
 窓のないところで昼間ずっといると、天気の移り変わりなど分からなかったりする。晴れていると思い、外に出たり、外を見たとき、違っていたりする。観察ではなく、何か刺激が来ないと、気付かないものだ。
 今朝はひんやりとしているのか、道行く人は本格的な秋の服装になっている。いつもより一枚多い人がいる。半袖から長袖へのレベルではなく、長袖の上に何を着るかになっている。肌寒いというのは感覚で分かる。それだけではなく、何かを羽織っている人が多いのを目で見ることでダメ押しになる。この二つが揃えば、今朝は寒いのだと。
 目の粗いセーター系では風がスカスカ入って来て、意外と寒い。見た感じは暖かそうなのだが。だから目の詰まった物が良いのだろう。これがツルッとしたものだと今度は肌触りが冷たく感じる。風を取るか暖を取るかだ。風で暖が損なわれるのなら、風を取る。しかし風よけタイプはあまり着心地はよくない。それと風を通さないタイプは、蒸れたりする。ずっと寒い状態で、風があるときはいいが、そうでないときは、必要のない機能だったりする。
 秋は毛糸やニット系が似合うのだが、風に弱い。まだそれほど寒くなければ、着心地は良い。そして次の段階が、その上に風を通さないコート類になるのだろう。しかし、綿の密度の高いタイプは、結構風を遠さなかったりする。それでいて、着心地も良い。部屋着に近いものが着心地が良いのだろう。ダブッとしていて柔らかく、伸び縮みする。だからこれはジャージになる。
 しかし、ジャージで外に出ると、風でスカスカして暖が失われる。
 
 昨日はスーパーで鍋焼きうどんアルミ鍋を買った。鍋焼きとアルミ鍋が重なっているが、鍋焼きうどんというのは鍋のまま食べる。鍋を食べるのではないし、また鍋だけを焼くわけではないが、鍋のままの方が温かいからだ。器に入れると、すぐに冷めるわけではないが。
 普通のうどんは煮込まない。さっと湯に入れるだけ。蕎麦は絶対に煮込まない。
 スーパーでのうどんや蕎麦のランクがある。一番安いのはうどんと出汁のみ。そこに油揚げか天麩羅が付く。次のランクはアルミ鍋にそれを入れたもの。その次は一回り大きなアルミ鍋に入ったもので、値段は倍以上するが、温泉卵や本物の海老の天ぷらが入っていたり、餅が入っていたりする。薬味もそれなりに入っている。
 いつもならそのコーナー、冷やし中華やぶっかけうどんなどが並んでいたのだが、鍋焼きものに替わっていた。100円の一番安いランクのものは年中あるが。
 だから真夏に鍋焼きうどんが並んでいるのを見たことがない。探せばあるが、これは冷凍食品である程度。これが一番高かったりする。
 昨日はおかずだけを買いに行ったのだが、大アルミ鍋鍋焼きうどんを見て、それも買ってしまった。翌日の夕食になるだろう。メインが取れる。
 秋も深まり、温かい物を欲しがる季節に入っている。
 
 

■■ 2017年10月3日(火) 午前8時53分
 
 今朝は雨は上がっているが、曇っている。長く晴れが続いていたので、そんなものだろう。晴れが続くよりも雨が続く方が短いが、曇りの日と言うのが結構ある。これは雨の日ではないが、晴れているとはいえないので、晴れの日ではない。だから曇り日だ。しかし、今にも雨が降りそうな曇りの日もある。曇っているだけで、降らないこともある。
 この雨のせいか、蒸し暑い。そのため寒くはないのだが、用心してジャンパーを羽織って寝起きの喫茶店へ行く。少し暑苦しい。
 一度着込むと脱げない。季節的には寒くなっていくはずなので、それでいいのだろう。
 今朝は早い目に目を覚ましたのだが、二度寝が長くなり、結局遅起きになってしまった。よくあることだ。この程度の遅れは、喫茶店の戻り道の大回り散歩をやめれば何とかなる。曇っているし、雨も降りそうなので、今朝は行く気がしないので、丁度いい。
 しかし、しばらくそのコースを回っていないと、風景が変わっているときがある。一変するわけではないが、柿の実が目立ったり、少し紅葉が入っていたりする。これは毎日のように見ていると、変化は徐々なので、繋がりが分かるが、それでも、ある日突然咲いている花などがある。
 残り少なくなってしまったが、田んぼでは既に稲刈りが終わっている田もある。これは散歩に出なくても、日常移動中に見ることができる。ここが一番変化が大きい。面積が広いためだろう。
 
 パナソニックの旅カメラをそろそろ買い換えても良い時期になっている。最近は同じパナソニックの1インチネオ一眼を使っているのだが、少し大きく重い。ファインダーも大きく綺麗で、じっくりと写すときは気持ちがいい。しかし街中で取り出すとき少し大袈裟なカメラとなる。小さくても大きくても、カメラに変わりはないので、似たようなものだが、本人は大層なカメラを出していると感じてしまう。モロに一眼レフスタイルとなるためだろう。
 それでサブカメラとして、ポケットに入るコンパクト系を持ち出すのだが、実際には二台も持ち出さない。何処かへ撮影にでも行くのなら別だが、鞄に入れているだけで一枚も写さないことの方が多いのだ。だから二台もいらない。
 小さなカメラを持ち出せば、そのカメラの世界になる。そのカメラの視点になり、頭になってしまう。そう言う目で風景を見ている。これで、何を切り取るのかが決まったりする。良いカメラだと、良い風景を写したいと思うのか、そういう風景ばかり探している。
 それで、パナソニックの旅カメラなのだが、大きく重くなっているが、店頭で触ると、快い。300グラムほどあるので、このクラスでは重いのだが、今の旅カメラとしては平均的だろう。ファインダーが付き、液晶が回転して、この重さで済んでいるのだから。
 これはもうコンパクトとは呼べないレベルだ。しかし、かえってその方が持ちやすい。手にしたときのしっくり感がある。安定している。ボディーが分厚くなったのか、その流線型の分厚さが、手に馴染む。これはコピーライカ路線だろう。
 その前機まではポケットカメラ的で、軽く小さいコンパクトカメラのイメージだが、新製品は貫禄がある。この大きさだと、片手撮影がしやすい。両手が使えないときがあり、そのときは片手でもそれなりに安定している。
 電源ボタンの位置は、パナソニック系が一番いい。特に旅カメラの電源ボタンは右肩近くにあり、ボタンだ。以前はレバー式だったが、それが横長のボタンに変わり、今は丸いボタンになっているが、押しやすいし軽い。つまり親指で押すタイプなので、親指の力が強いので、軽く感じる。また、片手でカメラを構えるとき、片手で電源を押せる。中央部だと両手が必要だったりする。
 この立ち上がりの良さが、素早く軽快。そして背面液晶が頼りないほど薄いのだが、もの凄く柔らかい。これは片手で持ったまま指で上げられるのではないかと思えるほどだ。つまり、カメラそのもののスペックではなく、そういう使い回しがいい。電源ボタン周辺には何もないので、親指の腹がそのまま乗る。だから、目を瞑っていても、ボディーの右肩近くを押せば電源を落としたりできる。こういうデザインというか、無理のない操作系がいい。これは前機でも同じだ。
 ファインダーは小さいので、構図が取りやすい。その変わり、ピントがよく見えなかったりするが、これは当てにならない。合っているように見えることがよくある。そして広角側では分からないだろう。
 コピーライカ的だと思うのは、このファインダーだ。電子ファインダーだが、何とか見えているだけで、レンジファインダー機に近い。レンジファインダー機は二重像合致式とかでピントを取りに行くタイプで、ぼけ具合で見るタイプではない。距離だけを取りに行くタイプだ。この旅カメラのファインダーはそれに近い。
 だから、このカメラ、コピーライカ機に近い。ライカに近いのではなく、コピーライカ機に近いのだ。コピーライカに本物はない。その人のイメージだ。
 少し大きく重いがズボンのポケットには入る。液晶回転式にしたぐらいで、ここまで大きくならないはずなのだが、持ったときの感触は前機よりはるかにいい。ポケットカメラからコピーライカ機に変身したのだろう。一寸大きい目に作ればいいだけの話なのだ。
 
 
 
■■ 2017年10月2日(月) 午前8時32分
 
 朝から雨。しかも週明け。月初めは昨日だったが、週明けの月曜の方が印象が強いのは、月曜のためだろう。休みが終わった翌日ということで。
 しかし気温は昨日よりも高く、夜は20度台をキープしており、温かい目の朝になっているのだが、日差しがないためか、気温は伸びない。雨の日は朝も昼も同じような気温なので、昼間伸びない分、寒いかもしれない。
 昨日から寒いので、薄い目のジャンパーを着ている。生地は綿ではないので、綿ジャンではないがゆったりとしており、首元まで襟が上がるので、こちらの方が着心地がいい。綿ジャンは丈が短いので、脇のポケットがなかったりする。その分、損だ。だからもの凄く分厚いカッターシャツのようなものだろうが、襟が開いているところに違いがある。こういうのも色々と変形があり、定番物過ぎると逆にクラシックとなる。ただ、その型はいつまでも生き残るだろう。
 昨日はユニクロで例のウインドブレイカーを試着するが、その前に自分よりも年上の夫婦がおり、年取ったお父さんが試着していた。値段は6000円。その価格は蒸れない加工とかそのあたりにあるのだろう。ただのナイロンの生地ならもっと安いだろう。
 それでその夫婦は気に入らないらしく、買わなかった。その後、試着すると、少し軽すぎて、右腕を通した後、左腕を通そうとすると、逃げる。このタイプ、襟がないので、フードを掴んだりする。くにゃっとしており軽く、逃げる。そして両腕を通して、前のファスナーを閉めようとすると、するっと外れた。結構ちゃちで、これでは1600円ほどの品だ。普通の生地のレインコートのしなやかさがない。ファスナーが上がらなかったが、着てみると、皺が出ない。張りがある。まるでロボットだ。確かにその方が水の流れはいいだろうが、ポタポタと一気に流れ、ズボンを濡らしそうだ。合羽の上だけを着ているとき、よくある。合羽の中は無事だが、触ると濡れてしまう。
 それなら生地に吸い込むタイプの方がよかったりする。それで、これはどう見ても合羽の上。コンビニで500円で売っているのと同じようなもの。蒸れないだけ高いのかもしれない。それと体にフィットしすぎるのもいけない。ユニクロの品はスリムすぎて、着心地が悪い。遊びがないのだ。
 しかし、奥に安いタイプが吊されているので、それを見ると、ゆったりとしたジャンパーもあった。襟は丸首だが、腕はに二本入るほど幅がある。よくオッサンが着ているあれだ。つまりほぼ作業着に近いタイプ。流石に中綿はないが、いかにもジャンパーという感じで、脇のポケットも深い。ファスナーで止めていないので、ポケットに手を入れる度に、ファスナーで噛まれることはない。またポケットの蓋がマジックテープだと、開けるたびに棘が刺さるような感じになる。
 先ほどの夫婦が買わなかったのは、何やら頼りなさげな固まりだったためかもしれない。
 この日は気に入っても買うつもりはない。土日、ユニクロは混んでおり、レジ前に行列ができる。並んでまでは買わない。
 同じ6000円も出すのなら、もう少し季節が進んでからでも着られるタイプがいい。近くのスーパー二階にあるいつもの衣料品売り場で新作で出ていたものの方がいい。偽皮のジャンパーだが、フードが付いている。下にフード付きを着たとき、そのフードを出すのだが、そう言う風な仕掛けだ。要するに襟の汚れを、このフードが犠牲になって何とかしてくれる。だから、このジャンパーの襟は汚れないというもの。そのフードだけ綿で、まるで下に何かを着ているような感じだ。そのフードだけを取り外せる。だから、それだけを洗濯すれば、いいのだ。まあ、首にタオルを巻いているようなものだ。
 ユニクロではユニクロで作ったものしかないが、スーパー二階の普通の衣料品売り場では、色々なメーカーの品が並んでいるので、選択肢が広くなる。これとこれの間。とか、これにあれをなくしたもの、とか、あれを加えたものとか、統一した品ばかりではないので、バラエティーだ。それをもっと進めると古着屋になる。こちらは時代が加わる。
 綿入りではないジャンパー系は、ゆったりとしたタイプでないと、下にセーター類を着込めない。綿入りだと、真冬まではセーターはいらないだろう。
 秋が深まりだし、涼しいから寒いに変わりつつある。そして十月は衣替えの季節。秋へ向かうのではなく冬に向かっている。秋も十月は中頃ということになる。既に三分の一は過ぎているのだ。
 スーパーで賞味期限間近台があり、そこで豪華アルミ鍋焼きうどんを買っていた。昼に食べようと思ったがもったいないので、夕食に回した。
 海老と温泉卵が入っている。後はワカメと薄揚げ。海老は幅広で鍋一杯の長さ。しかし値段を考えなさいという話しになる。そして芯のない天麩羅を揚げる技術力を。
 確かに海老は入っていたが、箸で天麩羅が簡単に切れる。何処までも切れる。最後は小指ほどの痩せた海老が出てきた。だから天かすうどんなのだ。衣の中身は殆どが小麦粉。うどんも小麦粉。だからうどんをご飯にうどんをおかずにして食べているようなものだ。しかし欲しいのは油だろう。だからそれなりに充実するが、海老に関しては期待してはいけない。値段を考えなさい。値段を。
 
 

■■ 2017年10月1日(日) 午前8時42分
 
 今朝はよく晴れている。秋晴れだ。これを日本晴れと昔はいっていたように思う。この日本晴れはそれほど古い言葉ではないのだろう。
 気温は低く、夜中の最低気温12度。これは瞬間最低気温のようだ。起きたときは18度あったが、それでもひんやりとしている。そのため、出るとき、いつものペラッとしたパーカーでは寒そうなので、普通のジャンパーを羽織る。中綿は流石に入っていないが、春の終わり頃から着るような感じで、かなり暖かくなってきたときに着たものだ。春先はまだ真冬の格好をしているので、このジャンパーは薄着だった。それが今なら丁度間に合う。しかし、Tシャツで短パンの人はまだいる。これから出掛ける人ではなく、家の前で何かをしている人だ。寝ているときの服装と同じではないかと思える。そのまま表に出たのだろうが、寒いだろう。しかし18度あるので、それほどでもないのかもしれない。
 普通に出掛ける人、自転車に乗っている人はジャンパー系が多くなっている。カッターシャツ一枚の人が減っている。当然半袖の人は探すのが難しいほど。バイクに乗っている人は既にダウンジャケットを着ている。綿入りだ。これは真冬とかわらないだろう。バイクは風を受けるので、歩いているよりも寒いので、当然だろう。
 先日ユニクロで見たペラッとしたウインドウブレイカーでは寒いのではないかと思える。この前までは、これを買ってもまだ暑苦しそうですぐには着られないと思っていたのだが、今朝などはこれでは頼りないと感じるのだから、それほど季節が動いたのだろう。しかし、薄くてもいいので、防水性のあるタイプはレインコートになるので、雨の日は丁度かもしれないが、防水を取るか暖を取るかだ。気温が下がると防水よりも暖を取る。傘を差せば防水も糞もないのだから。
 しかし、風邪を通さない生地は意外と暖かいかもしれない。暖かそうな上着でもスカスカだと寒い。これは風のある日だ。
 着心地は綿のふっくらとした生地のものがいい。その生地そのものが温かそう。だから綿ジャンがそれなのだが、細いタイプが多く、窮屈。その点、融通が利くのが化繊だ。どのような形や肌触りにもなりそうな。
 最低気温が12度になっているのだから、これは冬と変わらない。真冬の昼間と変わらないのではないか。
 ただ、まだ昼間陽射しがあるときは25度を超えているのだから、これは冬ではない。
 
 昨日は都はるみの古い動画をユーチューブで探していると、まだ見ていなかったのが出てきた。
 NHKの公開番組だろうか。タイトルは分からない。そこにかしまし娘がゲストで出ていた。ゲストはこのひと組だけ。番組全体はホールでのコンサートのようなもの。ワンマンショーのような。
 かしまし娘がまだ現役でいた頃。その会話から、「北の宿から」の話が出て来る。だから時期が分かる。都はるみの髪型はショートで、これは「北の宿から」のレコードジャケットでもそうなので、その当時のものだろう。
 かしまし娘の次女、照江さんだろうか。朝ドラに出ると言っていた。うどん屋のオバハンで、オバハンの役しか回ってこないとぼやいていた。これも調べれば、どの朝ドラかは分かるだろう。
 まだまだ多くの人が普通にテレビを見ていた時代で、テレビからの映像が、過去の時代の記憶と繋がる。あのテレビをやっていた頃、何をしていた頃だろうとか。
 花江さんが好きになった人を歌っていた。花江さんの歌は漫才の中でもよく聞く。都はるみの歌を結構歌っていたのだろう。あまり記憶にないが。いつもはギターと三味線だけだが、後ろにオーケストラが入っているので、鳴らす必要はないといわれて、ギターなどを置いて歌だけを歌っていた。これは珍しい映像だ。オーケストラで歌うかしまし娘。しかし、そこは漫才師、使わな損と。
 都はるみは、オーケストラではなく、かしまし娘のように自分で楽器を鳴らして歌うことが夢だと語る。「北の宿から」後、演歌以外の歌へと広げていた時期だ。まだ「大阪しぐれ」は出ていなかった頃だが。
 珍しいのは四人で漫才をやっていることだ。都はるみそのものが陽気で明るい。
 また、河内音頭を都はるみが歌う。コンサートなどでも歌っているが、それは歌謡曲風にアレンジしたもので、本物ではないとか。
 歌江さんは歌謡曲以前の古い歌をよく知っている。当然河内音頭も知っているのだが、それはレコードで覚えたらしい。その私道四人で歌っていた。テロップでは河内音頭鉄砲何とかとなっていた。河内音頭を有名にした人で、テレビにもよく出ていた。
 そして最後の歌は「涙の連絡船」。これで、幕。いつもなら明るく「好きになった人」がエンディングになるのだが、それは照江さんと一緒に歌っているので、使えなかったのだろうか。
 コンサート風の長めの動画で、若い頃の映像はあまりない。テレビでよく見ていた頃の都はるみとイメージは同じ。引退直前の映像は結構残っているのだ、髪の毛を伸ばしている。これでぐっと美人になった印象だ。紅白で「大阪しぐれ」を歌っていた映像があるが、そのときも長い。
 引退公演後、色々な人が加わり一冊の本になっている。都はるみファンの著名人たちだ。そのタイトルに「演歌の終焉」の文字がある。
 都はるみが消えることで、演歌の時代を自ら消したというような意味だろうか。既に時代は演歌の時代ではなくなっていたのかもしれない。
 この時期、美空ひばりはまだ生きている。そして数年後、都はるみは復活するのだが、美空ひばりの死も関係しているかもしれない。
 そのまま普通のおばさんになっていた方がよかったかどうかは分からない。しかし、こんなに歌の上手い普通のおばさんではいられなかったはず。
 引退後、プロデューサーになっている都はるみのテレビ番組を見た覚えがある。人に色々と言っているより、歌ってみたくなったのだろうか。
 
 
 
■■ 2017年9月30日(土) 午前8時23分
 
 今朝は晴れている。しばらくは晴れているようだが、曇ったりもするのだろう。気温は平年並かもしれない。これは流れだ。ベースの気温に近いはず。このベースも変化するが、その変化のテンポ。暖かい目の日があったり、寒い目の日があったりするのを差し引いた変化。
 北の方では雪が降ったりしそうだ。高い山なら降っているだろう。そしてもう紅葉が始まっているはず。大阪方面でも結構色づいた葉が所々にあったり、落ち葉もある。夏の終わり頃からそれはあるのだが、枯れているのか、ただの紅葉なのかは分からない。全部の葉がそうなれば紅葉で、木が自動的に葉を落とす準備をしているのだろう。青いままでは落ちないので。
 また年中葉のある木も、葉は落ちる。それがどのタイミングかは分からない。全部落ちないだけで、古い葉から順に落ちていくのだろう。知らない間に入れ替わっていたりする。
 今朝は土曜で小学校は休みのはずなのに、立ち番がいる。学校の前を通ると運動会のようだ。そして正門が開いている。ここは普段閉まっている。児童は裏口から入る。正門から入った方が早い子もいるのだが、わざわざ回り込んで裏口から。
 正門には校長の許可がなければ入れないと書かれている。校長がいないときは、どうするのだろう。しかし、この正門、行事のときは開いている。入学式や卒業式だ。そして運動会。しかし、それを見に来た親たちは許可はどうするのだろうか。
 昔の学校は何処からでも入れた。完璧な塀ではなく、垣根程度なら隙間がいくらでもあった。
 
 昨日はアマゾンビデオで「本能寺ホテル」を見た。有料だ。400円か500円で、ダウンロード式のレンタル。日が立てば消えてしまう。プライム会員なら無料の映画も結構あるが、これも消えてしまうのがある。ある期間だけアップされているのだろうか。
 本能寺ホテルはかなり新しいので、無料にはなっていない。
 先ず映画会社のマークがなく、いきなり始まる。途中から本能寺ホテルというタイトルがやっと入る。
 本能寺は、今の本能寺とは別のところにあったらしい。ホテルは本能寺の変のあった頃の本能寺の敷地内にあるのだろうか。このホテルが先ず嘘だというようなほど古い。京都の町の路地の奥に聳えている。七階建てだろうか。洋式の格式のあるようなホテルで、その支配人が風間杜夫。年を取ってしまったので、誰だか分からなかった。顎の尖った主人公の女性はそこで泊まるのだが、予約していたはずのホテルが付きが違っていたようだ。また本能寺ホテルを知ったのは、チラシ配りの妙な青年から。
 そのホテルのエレベーターと本能寺が繋がっているのだが、何らかの偶然でそうなる。それが宣教師が持ってきた信長時代のオルゴールだったりするのだが、それは故障して動かないらしい。また信長も食べたという金平糖も関係する。これは主人公が女性なので、そういう土産物を偶然買っている。かなり昔からあるなめて食べる金平糖ではなく、噛んで食べるタイプとか。この破裂音も関係する。
 さて、本能寺。変の二日前とかその前夜あたりに、主人公は出たり入ったりする。
 エレベーターが開くと、そこは客室が続く廊下ではなく、本能寺の廊下。しかしそこが何処だか主人公は分からない。廊下をしばらく歩くと森蘭丸がいるが、美少年ではなく、イメージが違うとあとで漏らす。しかし、初対面では蘭丸だとは気付かない。親方様という人が、ここに滞在しているらしく、その家来がいる。茶会に招かれた公家や商人も。そこで茶道具などを披露したりしているのだろうか。主人公は異国の人として、客のように、蘭丸の計らいでそこに混ざる。
 そして親方様というのが信長だとはまだ気付かない。それよりも、ここは城だと思っている。
 主人公にも事情があり、その事情のポイントが「やりたいこと」の有無。そのときの主人公にはそれがない。会社が倒産し、無職になり、永久就職へ向かう途中。
 信長の天下統一。このやりたいことの規模は大きい。しかし、やりたいことに大小はないと信長はいう。
 それよりもお寺の中が広い。本道がポツンとある程度ではなく、大きな屋敷なのだ。そこが信長時代の本能寺であることを知った主人公は、京都での信長の宿泊先なので、本能寺ホテルのようなものだというと、ホテルという言葉を信長は知らないようだ。
 そして信長と仲良くなり、信長は身分を隠して主人公と京の都の賑やかなところを散歩する。信長はこういう異国の人が好きというより、興味を示す人だったはず。
 主人公は本能寺の変を知っているわけなので、それを教えることになるのだが、そうすれば信長は逃げるだろう。だから歴史が変わってしまう。
 婚約者がおり、しかもその父親は大きな料理屋の主人。これが近藤正臣?。ところが、この婚約者の父親は料理屋を閉めるという。本当にやりたかったのは大衆食堂だったと。ここでも「やりたいこと」が入る。そして主人公にはないが、明日それができるかも、と謎めいたことをいう。明日とは、このお父さんの金婚式のパーティーの日でもあり、婚約者が婚約指輪を、主人公に渡す日であり、そして本能寺の変、当日。
 未来から来た主人公のいうことを信長はそれなりに信じる。地球が丸いことをこの前知ったとか、また信長の知らないものが世の中には色々あることを知っているだけに、未来から人が来ても不思議ではないと思ったらしい。
 信長が本能寺で果てなくても、何かの都合で、さっと死ぬかもしれない。もし明日死ねばどうなるかと蘭丸に聞く。
 蘭丸は柴田勝家が信忠の後見人になるだろうという。長男信忠も京で死ぬのだが、そこまでは蘭丸は分からない。そしてそれで上手く行くかどうか分からないらしく、丹羽や滝川などが別の息子を担ぐかもしれないと。蘭丸から見ると、秀吉は論外だったようだ。
 本能寺は明け方の話、その夜、信長は手紙を書く。蘭丸はそれを届けさせるわけだが、北陸の柴田ではなく、中国筋にいる秀吉にだった。
 本能寺ホテルの支配人風間杜夫はそのことに関して、命よりも大事なやりたいことが信長にあったのではと、語らす。それは天下統一の後継者は勝家ではなく、秀吉。だから変が起こる前にその一報、しかも信長直筆の手紙が秀吉に届く。中国大返しの速さは、それではないかというのが、この映画の映画的話で、何となく辻褄が合うように思えるのは主人公の心情や、盛り上げ方の伏線が丁寧なためだ。
 そして主人公は「やりたいこと」が見付かったのだろうか。ここまで盛り上げておきながら、見付からなかったでは話しにならないが。
 本能寺の変後、主人公は本能寺ホテルから旅立つ。その本能寺ホテルそのものが怪しげな存在なのだが、信長と過ごした時間、主人公は何かを得たようだ。そして現代の京都市外が出てくるのだが、そこを歩いている人は昔の人だったりする。まるで時代祭だ。そういう切り替えが何度もあり、そのシーンが結構絵になる。そして鴨川では横に信長が座っていたりする。
 光秀の謀反、それを知っていた信長は何をしたか、そして主人公の「やりたいこと」とはなんだったのか。その答えは非常に映画的二重構造の中に出る。
 
 

■■ 2017年9月29日(金) 午前9時13分
 
 今朝はよく晴れている。そして予報通りガクンと気温は下がり目。夜は20度を切っているが、この寒さはこの前にもあったので、それまでが暖かすぎたのだろう。
 低気圧が北上し、それが去ったあたりで北から冷たい空気が入ってきたのだろう。北風だ。これが冬の風だろう。大阪方面では日本海側からの寒気となる。まだそこまで冷たくないが、徐々にそれが来るのだろう。
 秋が深まるというのは冬が来ていると言うこと。これは毎年あることなので、特に変わった現象ではない。この前まで暑かったのに、急に寒くなってきた、これはどうなるのだろうと、心配する人はいないだろう。今年生まれた猫や犬はどう思っているのかは分からないが。今年生まれた人間の赤ちゃんは、そんなことは考えないだろう。寒くなれば震える程度で、これは一体何か、などと深く考えない。
 理解していると知っているとでは違うが、理解している人でも、本当に理解できているのかというとそうでもなさそうだ。分かっていたことが実は違うこともある。知っている程度なら無難かもしれない。何となく知っている程度で、それ以上のものではないので。そういうものが世の中にある程度の知識。これは知っているものと実際とは違うかもしれないが、知らないよりは多少は便利かもしれない。
 知っているものが間違いであったとしても、最初から知らない状態だと、何が間違いだったのかも分からない。定説を知らないと、その逆転も楽しめなかったりする。
 今朝は遅く起きてきた。いつもより早い目に目が覚め、そのまま起きれば余裕の朝になるはずだったのだが、逆に一時間以上遅く起きてしまい、余裕の貯金どころから、借金ができたようなものだ。ほんの一寸したことで逆転する。まだもう少し寝ていても大丈夫、というのがいけない。
 今朝は一応ペラッとしたパーカーを羽織ってきたが、それほど寒くはなかった。早朝の寒さはもう終わっていたためかもしれない。
 季候もよくなり、自転車で遠出もしやすくなるのだが、不思議とそのタイミングがない。行けそうな日は曇っていたり、雨。また用事があったりする。
 遠くまで行かなくても、近所の散歩も最近はしていない。夏場は移動するだけで精一杯で、暑い中ウロウロする気がしなかった。
 夏場と違い日が落ちるのが早くなっているので、戻り道が暗くなりそうだ。
 近所もあまりウロウロしていなかったので、そこからがスタートだろう。それほど遠くまで足を伸ばさなくても、中距離程度の場所で、長く行っていないところが増えている。
 しかし、朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩が効いている。僅かな時間だが、このショート散歩は毎日できるが、今朝のように遅く起きてきたときはその限りではない。
 
 
 
■■ 2017年9月28日(木) 午前8時38分
 
 今朝は雨。強くはないが、長く降ってそうだ。気温はまずまずで、それほど寒くはなく、暑くもないが、暖かい目の雨だろうか。
 こういう日は喫茶店の冷房が厳しいのだが、今朝は冷房を切っているのか、いい感じだ。この季節冷暖房はいらない。しかし、窓のない店もある。壁が硝子になっているだけで、窓ではないので、開けられない。壁でもいいのだが、それでは暗い感じがするので、硝子板にしたのだろう。これは開かなかったりする。そのためエアコンがいるのだろう。
 昨日も雨だったので、雨が二日続くことになる。秋の長雨というのは聞いたことがあるが、これは台風ではない。普通に降る雨で、降っている期間が長いこともあるのだろう。秋晴れがある。そして秋の長雨もあるので、どっちだろうと思ったりする。晴れが続くのは夏かもしれない。夕立はあるものの、暑いとき雨が欲しいのに、滅多に降らなかったことがある。待っているものはなかなか来ないが、待っていないものは多く来る。
 先日ユニクロで見た防水性のあるパーカーが、今日のような雨の日に欲しいものだ。ペラペラなので、冬服には見えないし、デザインもあっさりとしている。小雨程度なら、ウィンドブレーカーで充分だろう。それほど長い間自転車に乗っているわけではないので。まあ、雨の日はコンビニの500円のレインコートを引っかければそれでいいのかもしれない。上下組は倍の値段がしているが、着ると蒸し暑い。蒸れる。この蒸れを何とかしたタイプなので、ユニクロのは高いのだろう。まあ、ゴミ袋でも雨は防げる。これなら十円ぐらいかもしれない。
 ガタンと気温が五度ほど下がり、寒くなると、何処かで聞いたのだが、当たらなかったようだ。しかし、あることだ。
 昨夜の気温は22度ほどあり、少し高い目。それが17度になることは考えられる。平年並の気温は忘れたが、20度前後だろう。昼間は30度近くある。これが28度だとしても五度落ちだと23度。昼間23度というのは今秋に入ってからあったような気がする。一日ぐらいで、長くは続かない。まだその時期ではないため。
 昼間23度は夜中の暖かい目の気温なので、それほど寒くはない。より過ごしやすいかもしれない。まだまだ昼間の気温は夏を引っ張っているのか、暑いときがある。
 雨の日はポケットに入るデジカメでないと取り出すのが面倒になる。そんな日は写すようなものはないし、また傘を差した状態で自転車の上から写すので、カメラは軽く小さい方がいい。それ以前に写すものなどないが、濡れた路面とかはいつもとは違う。花なども雨で濡れ、みずみずしい。
 それで今朝はソニーのコンパクトな旅カメラをポケットに入れる。小さいのでズボンのポケットでも余裕で入る。これで700ミリ超えの望遠が効くのだから、凄い話だ。しかも液晶が回転する。この回転が柔らかいので、液晶を持ち上げやすい。街中では手かざしよりも目立たない。液晶回転式は小さなカメラの方が有効で、大きく重いカメラになると、取り回しが悪くなる。
 ただ、このカメラ、小さいため、両手でしっかり構えないと、シャッターを切るときブレる。卵を抱くように持つのがいい。グリップも何もないので、片手で撮影は難しい。液晶を回転させ、ウェストレベルで写すときは親指シャッターになるため、非常に安定する。
 受光素子が小さく、レンズも暗いので、ピントも深いので、あまり神経を使わず写せる。何処にピントを持ってきても、あまり変わらない。ただ700ミリ超えの望遠のときは、流石にピントは浅い。それと至近距離での接写だ。この接写も、花の一部にしかピントが来ないほどではないので、花びら全体にピントが来るので、絞らなくてもいい。逆にボケ味を楽しむとか、背景をぼかして際立たせるということは苦手とする。しかし、全体にピントが合っているように見えるので、鮮明に写っているように見える。
 今朝は雨で何ともならないので、喫茶店からの戻り道大回り散歩もできない。これをすると、帰る時間に影響するので、遅く起きたときは省略している。
 九月もそろそろ終わりだ。九月は30日までで、31日がない。西向く侍で覚えている。2469だ11月が侍になる。侍は武士の士と書けば、士が十一となるためだろう。
 31日ある月の呼び方は知らない。これは数字で覚えていたこともあったが、記憶に残りにくい。
 
 
 
■■ 2017年9月27日(水) 午前8時21分
 
 今朝は晴れているが、たまに日差しが途切れる。上空にうろこ雲がかかっているようで、これは一枚物の雲として見た場合、破れているようなもの。その破れ目から日が来ていたりする。雲が動けば、照ったり曇ったりする。また太陽が全部見えないで、一部分だけ見える。これは肉眼で見るのはつらいが。
 太陽がレンズだとすれば、絞り羽根で加減される感じだろう。太陽の光が全部届かないので、影も弱くなり、当然明るさも減る。それでも陽射しが出ていることに変わりはない。曇っているとはいえない。影ができるのだから。
 今朝の気温は高い目かもしれない。夜中の気温も20度を切っていない。夕方は涼しいが、少し暑いこともあった。扇風機はまだ必要だろう。少しだけ風を受ける程度で、すぐに切るが。
 9月10月11月が秋だとすると、もうすぐ10月なので、秋の中頃に差し掛かることになる。9月は夏が残っているが、10月だと夏が抜け、秋らしくなるだろう。11月に入ると、冬が入り込む。だから10月が一番秋らしいかもしれない。秋の中頃、ど真ん中だ。
 それらは徐々に来るのではなく、行きつ戻りつで、ある日ガタンと寒くなったり、暖かくなることもある。決して滑らかなカーブを描いているわけではない。
 寝起きに行く喫茶店までの服装は、今日はパーカー類はなしだが、行くとき羽織り、戻るとき脱ぐパターンが多い。今朝は最初から脱いでいると言うより、最初から着ていない。少し暖かいためだ。
 朝、羽織り、戻りも脱がなければ、それだけ季節が移り変わっていくことが分かる。もの凄く具体的だ。それを決めるのは本人で、暑く感じたり、寒く感じるので、具体的になる。本人の感度はもの凄く大きいのだが、人はどんな服装かと見ることも多い。少しひんやりとする程度ではダウンジャケットは着ないだろう。着られない。その反対もある。暑く感じ、Tシャツ一枚で十分だと思っていても、誰もそんな薄着などしていなければ、人目がブレーキになったりする。
 この人目、世間の目、というのはただの目で、それは他人の目と言うより、自分自身の中にある世間の目だろう。ある共通する何かだ。
 昨日はご飯が切れ、適当なものを買って食べる日になっていたが、これは夕食に限られる。
 それで、久しぶりに弁当屋でのり弁を買う。これは夕食前の時間帯に行くと並ぶ必要がある。すぐには持ち帰れない。待たされる。コンピ二が近くにあり、そちらで買えば早いのだが、ご飯が違う。弁当屋のご飯を美味しい。貼り紙に新米入荷となっていた。このご飯が美味しい。違いがあるとすれば、それだけかもしれない。スーパーのご飯はばらつきがあり、店により違う。美味しいご飯の弁当のあるスーパーもある。美味しくないのは硬くてパサパサのご飯。粘りがない。時間も経過しているので、そんなものかもしれない。
 さて、久しぶりののり弁だが、食べたあと眠くなってきた。胸焼けのように。のり弁は白身魚のフライがメイン。この白身魚は何かは分からない。おそらくタラだろう。まあ、フライものを食べると、胸焼けしやすいので、ものが悪いわけではない。
 こういうとき、野菜の煮物などが残っていればいいのだが、それだけでは頼りないので、メインが欲しいところ。
 加工品ではなく、焼き魚などがいいのだろう。しかし魚は肉よりあっさりしているようで、結構油っこいのもある。この季節は秋刀魚だろうが、油っこいので食べる。
 秋刀魚や鯖は缶詰で安く手に入るのだが、味が全部同じになる。つけ汁のせいだろう。だからまずい魚でも同じ美味しさがあるので、いいのかもしれない。そのものに味が付いていないものもある。かすかに味はあるが、そのまま食べる人は少ないだろう。たとえば豆腐だ。
 そして醤油の発明が大きいらしい。これで水臭いものでも食べやすくなったためだ。味噌もそうだ。どちらも大豆だ。
 この季節、味覚の秋とも言う。夏場よりも食欲が戻るためだろうか。そして常温で食べることができる気温。熱いものでも汗をかかないで食べることができるが、まあ、汗は冬でも出る。熱いものを食べているときは。しかし、鍋物が食べやすくなる。温かい汁物を欲しがる季節でもある。夏や冬に比べ、食べ物の種類が多くなる。熱くて避けていたもの、寒くて避けていたものが加わる。
 
 
 
■■ 2017年9月26日(火) 午前9時01分
 
 今朝も晴れている。最近晴れが続いている。気温は少し高い目か、昨日の昼間は30度ほどあった。これは夏だ。朝夕は流石に涼しいが、昼間は暑いときがある。
 朝の喫茶店までは上にパーカー類を羽織っているが、戻り道は脱ぐ。今朝は寝過ごしたので、遅い目のため、日は昇りきっているので、パーカー類は羽織らなかった。起きたとき、妙に暑苦しかった。いつもなら、少し肌寒く感じるのだが。これは体調にもよるのだろう。今朝の寝起きはいい機嫌ではなかった。機嫌良く起きてこれる日と、そうでない日がある。気候も変われば気分も変わり、体調も変わる。
 日々、変化していくのだが、気付かないことも多い。一日では分からないためだろう。
 遅く起きてきたので、小学校の登校風景もなく、その後の幼稚園の登園もない。しかし、どちらも同じ場所だ。同じ小学校内にある。ただ、幼稚園の方は専門の門を持っている。
 今朝はもう授業が始まっているのか、音楽が聞こえてくる。運動場で何かしている。運動会の練習だろうか。それならクラス単位の授業ではなく、学年単位だろう。小さい子がいない。
 今朝は暑いのか、喫茶店の冷房が入っている。冷房なしの日も最近あるので、今朝はやはり暑いのだろう。そうなると、その冷房で寒くなるのだが。そして喫茶店の滞在時間が短くなる。夏場はそんな感じで、長く座ってられない。快適にするはずのエアコンが逆に向かっているので、不思議だ。こういう現象は結構多い。上手くマッチすれば快適なのだが。
 快適を目指すあまり不適になる。ふさわしくないどころか反対側へ行ってしまう。
 
 昨日はしろ菜の値が落ちていたので、それを買い、煮る。安いと思っていたら半分だった。半分でも結構量が多い。野菜は百円台中程以上になると買わない。別の似たような野菜にするが、それでもないときがある。
 それと練り物も入れる。天麩羅だ。海老と玉葱が入っているはずなのだが、その姿は確認できなかった。玉葱らしいものはあったが、海老などまったく感知できず。値段を見れば分かりそうなものだが。まあ、海老もすったのだろう。潰して入れたのだろう。この天麩羅、本当は魚のすり身のはずだが、中身の殆どは小麦だろう。値段を見れば、これも分かりそうなものだ。
 しろ菜には油揚げが似合う。少し油っぽいものが入っていると、美味しくなる。このしろ菜、一時間近く煮込むことで、ポテポテになり、いい出汁が出る。野菜出汁だ。調味料がいらないほど。
 子供の頃からこのしろ菜はよく食べた。近所の畑にいくらでもあったのだろう。しろ菜はしろ菜だけを煮るのがいい。そんな規則はないが、家ではいつもそうだった。油揚げが入る程度。それと煎り雑魚も入っていた。卵を入れることもある。
 これはしろ菜でないと、そのポテポテの軟らかさは出ない。しろ菜は、菜っ葉だ。ある季節だけは安いが、それを過ぎると、高い野菜となる。
 スーパーにあるしろ菜は、遠いところから来たもの。ぐんと安くなるのは、その近くの畑からきたときだ。それは滅多にない。
 肉やフライものではなく、こういうあっさりとしたもの食べるのがいいのだろう。煮ないといけないので、面倒だが。
 

 


■■ 2017年9月25日(月) 午前8時10分
 
 今朝は晴れている。夏の頃から比べると、過ごしやすくなった。少し寒さが入っているが、これは仕方がない。朝夕はひんやりするが、昼間は丁度いい感じで、暑くも寒くもないが、まだ少し暑い側にいるようだ。昼間、陽射しがあるときは長袖のカッターシャツだけでいい。上に羽織る必要はまだないが、そのままだと夕方ひんやりするが。
 上に羽織る軽いものを探しているわけではないが、昨日偶然ユニクロへ寄ったとき、いいのがあった。
 ユニクロのハイテクもので、少し奥の方にそれがある。真冬だとウルトラライトダウンジャケットがある場所で、その変形も多い。襟がないタイプや、チョッキのようなタイプとか。まあ、救命具を付けているようなものだが、その特徴は軽いことだろう。そしてポケットにねじ込めるほど萎む。
 昨日はそれではなく、ウインドブレーカー。秋の初め頃は有効だが、終わり頃はそんなものでは寒く感じるタイプ。しかし梅雨時も着られそうだ。
 防水性のある合羽の上だけのようなもので、レインコートに近い。薄いが水を弾き、蒸れないことがが、コンビニのレインコートとの違いだろうが、500円ではなく6000円。まあ、普通の上着として着られるので、その違いだろう。
 真冬のジャンパー系は水を弾くタイプが殆ど。ツルッとしていれば弾くだろう。完璧でなくても、分厚いので、問題はない。
 風よけだけはあるが、雨よけ付きはあまりない。特にペラッとしたものは少ない。合羽の上だけのはあるが、ゴワゴワしていて滑らかさがない。
 しかし、このユニクロウィンドブレーカー風なもの、アンコが入っていないので、賞味期限が短いが、今なら朝夕着れそうだ。防寒性が何処まであるのかは分からないが、風が入ってこないだけでもいけそうな感じだ。分厚く暖かそうでも、風がスカスカ入ってくるのに比べれば。
 昔なら、薄い目のマウンテンパーカーがそれに相当していたかもしれないが、防水性がなかったりする。そのわりには蒸れたりする。
 昨日見たのは、蒸れ対策もあるようで、中に籠もらないようだ。しかし、籠もるから暖かいのではないか。しかし、普通の合羽だといやというほど蒸れて、雨で濡れないで汗で濡れたりする。
 ペラッとした一枚物だが、それなりにしなやかで、いい感じだった。喫茶店の冷房の風よけには丁度だが、暖房が入る頃なので、意味はないが。それに夏場、流石にレインコートのようなものを着てウロウロできないし、暑苦しくて着ないだろう。
 秋の終わり頃までの品だが、中に着込めば何とかなるかもしれないが、欲しいのは防水性で薄いタイプ。つまりレインコートだったりするが、デザインが大袈裟になりすぎる。
 昨日はそのついでで上新にも寄り、デジカメを見る。パナソニックとキャノンの旅カメラの値段が同じになっていた。ズーム比が高いのはキヤノン。パナソニックはファインダーが付くので、これで互角になるのだろうか。キヤノンの方が丸っこくて小さく軽い。900ミリ超えの超望遠を付けているとは思えない。パナソニックはズーム比は昔のままで700ミリ超え。実際には望遠のこのあたりは似たようなもので、望遠端が少しでも明るい方がいいだろう。それと最短撮影距離が短い方が。
 キヤノンは色々とスペックを数値で分かるように変えてきているが、パナソニックは数世代前とほぼ同じ。ただエンジン部は違うので、これが最新のビーナスエンジンだろう。
 展示品をよく触っているのだが、誰が設定したのか、フルオートでもAFでピントが合ったとき、縁取りしてくれる。AFの合焦フレームで位置を示すだけではなく、被写体を縁取りする。実際には色目の違いで囲んでいるのだが、これは何処にピントが来ているのかが分かりやすい。これはマニュアルフォーカスのときに使えたようだが、フルオートでもそのオプションがあったのだろうか。キヤノンはピントが合った部分を拡大する。しかし、拡大してもピントはよく分からない。合っているところと、合っていないところがあってこそ分かる。
 ファインダーや液晶モニターは一眼レフのようなものなので、目で確認できる。ボケているか、ボケていないかを目で直接見ることができる。だから、一眼レフカメラの良さがあり、距離計連動式の二重像合致式よりも有利だったのだが、このピントのエッジ付けは二重像合致式のカメラに近い。ぼけ具合を見るのではなく、距離を見る感じだ。
 特にパナソニックの旅カメラのファインダーは小さい。望遠側にすればピントの合い具合は分かるが、広角へ行くほど全部合っているように見える。これは受光素子が小さいのでピントの幅が広いため、合いやすいのだ。二重像合致式は広角でもピタリと合わせることができる。ただのマーキングのようなものなので。
 だから、この小さなファインダーのパナソニックは、一眼レフ式のファインダーというよりは、構図を見る程度のもの。それが被写体を囲む機能が付くことで、レンジファインダー式のファイダーに近くなる。レンズはライカだし、少し分厚くなったボディーの流線型もライカそのもの。
 パナソニックの旅カメラはずっと買い続けているが、今、持っているのは三世代前。当時新製品が出ていたのだが、それよりも古いタイプにした。画素数を抑えたタイプで、評判がよかったのだが、それほどのものではなかった。
 今回はボディーそのものの大きさを変えてきて大きく重くなっているが、持ったときの感触は官能的。カード型のペラッとしたタイプに比べ、手に馴染む。液晶回転式になっただけでは、こんなに大きくならないはずだ。キヤノンはそのままに近い。
 この液晶が薄くて軽い。クニャクニャしているが、指で軽く上げることができる。壊れそうなほど薄い。しかし、指に力を加えなくても上がるので、これは使いやすいだろう。
 先日買った1インチタイプのネオ一眼との組み合わせだと、丁度いいかもしれない。小型カメラ的写し方があり、さっさと写したいときは、こういう旅カメラの方が重宝する。ただ、ファインダーがある方がいい。昼間、見えないことが多いためだ。
 ただ、写りは抜きんでていいというわけではなく、被写体に頼ることが多い。
 


■■ 2017年9月24日(日) 午前8時25分
 
 今朝は晴れている。すっかり秋になってきたのか、日差しがあっても暑くならない。空気が違ってきたのかどうかは分からない。この空気、湿気ているときと乾燥しているときの違いではないかと思える。風は年中吹いているが、風向きが季節によって違うのかもしれない。この風で空気が違うように感じるのだろうか。季節風というのがある。
 空気の変化ではなく、風向き変わってきたという方が多いが、このときの風は気候の風ではない。風の力で走る船に乗っている人なら、そのまま使っているだろうが。また、追い風では正式な記録として認められないという微妙な走りのスポーツもある。
 空気が入れ替わるというのも、実際の空気ではなく、言うことがある。具体性が見えにくいが。
 同じ人しか来ない個人喫茶は風通しが悪いだろう。初めての顔の人がドアを開けると、全員驚いたりする。
 個人喫茶ではないファスト系の喫茶店でも、常連客が多い店もある。ファスト系の店は人通りがそれなりにある場所にある。はやらなくなると、すぐに消えてしまうが。
 当然個人喫茶は値段が高い。それだけの理由で行かなくなったりする。
 
 今朝のお供のカメラはソニーの世界最小最軽量の旅カメラ。超望遠入りでも軽く小さいのだが、百グラム台の安いコンパクト系もあるので、それよりは重い。
 このカメラは今年の誕生日に買っている。ほとんどの撮影はこれで用を足してしまえる。
 重い目のノートパソコンを鞄に入れていると、そこに重い目のカメラを一緒に入れると、鞄が重い。それで、今朝はカメラを抜いて、小さい目のカメラにし、ポケットに入れる。
 ソニーから百グラム台の単焦点デジカメが出るようなので、少し気になる。24ミリ固定。レンズの明るさまでは見ていないが、広角だとものすごく明るくなくても、何とかなる。どちらかというと、動画カメラ風なのだが、防水性がある。防水性のあるカメラはシャッターボタンが堅いことがある。だから片手でさっと写しにくい。カメラが小さい上、堅いとぶれやすい。押すとき力むためだ。意外とラフに扱えなかったりする。
 このソニーの24ミリ単焦点カメラ、今はもう消えたカードタイプの復活かもしれない。防水性があった。半カプセルで、レンズがついている上だけ戸板があり、それを開くと電源が入るのだが、滑って戸が開かなかったり、力を入れすぎて、建て付けが悪くなったりした。最後にこのタイプを買ったのは、屋台。鉄道忘れ物市で数千円であった。
 新製品はレンズが飛び出さないフラットタイプで、戸板やバリアはないようだ。レンズは保護ガラスで水が入らないようにしているのだろう。戸板ではなく、レンズにつけた窓ガラスのようなもの。
 このカメラ、正方形に近い。小さめのカメラはズームするのが面倒なことが多いので、ズームを使わない人なら、単焦点でもいいのかもしれない。それに大したズーム比がなければ、あまり役に立たない。
 しかし、このカメラ、1インチサイズ。だからそれなりにぼけたりする。24ミリでも近距離にピントを持ってくると、それなりにぼける。
 落としても踏んでも大丈夫なカメラのようだが、そのため、液晶は回転しない。ここが残念なところ。
 こういうカメラは中古で値段が落ちてからなら買ってもいい。中古屋で見つけたときに。だからわざわざ買いに行くようなものではない。広角だけの単焦点では、用をなさないことが多いので。
 ソニーのコンパクト系は明るくすっきりとよく写る。
 
 

■■ 2017年9月23日(土) 午前8時14分
 
 今朝は曇っている。秋分の日らしいが、土曜なので、学校などは休みなので、いつもの土曜に近いが、学校の近くの家の門に日の丸が出ていた。この家はありがたい。祭日や祝日であることを知らせてくれるいい目印なので。
 平日なのに登校風景がないときは、この日の丸を見れば納得できたりする。しかし気に入らない祝日や祭日は日の丸を出さなかったりするかもしれないが。または忘れたり。また、朝が早すぎると、まだだろう。
 秋分の日、これは太陽と関係する。日と。だから日の丸が似合っている。
 空に丸い大きな物が二つある。太陽と月だ。これは当たり前のようにしてあるので、そういうものだと思っているが、決まった場所に出ているようでも、見えたり見えなかったりする。
 春分の日、お彼岸だ。ここからが本格的な秋。というより冬に向かっているだけのことかもしれないが。
 昨日は昼から雨で何ともならなかった。今朝も曇っているので、雨かもしれない。出かけるにはいい日和ではない。秋晴れというのがあるが、秋は晴れが多いのかどうかは分からない。ただ空が澄んでいたりする。雲が高いところにあるので、天高く、となる。しかし真冬の晴れた日の空も澄んでいる。夏は雲が多いので、青空の印象は少ない。雲の印象が多い。
 秋の散歩日和というのはかなり珍しかったりする。これは自転車散歩に出る日を狙ったものだが、そういう日が意外と少ない。そして、あまり遠出したくないような日に限って晴れていたりする。
 今朝もひんやりとするので、ペラペラでつるつるのジャンパーを羽織って朝の喫茶店へ向かう。これで防水性があればいいのだが、それはない。傘を差せばすむ話なので、ウインドブレーカーでいい。風がなくても、着ているだけで防寒性があるが、まだ寒いというほどでもないので、薄いのがいい。これがあるとないのとでは結構違う。それにジャンパーなので、ポケットが脇にあり、これが便利だ。コンパクト系のカメラなら入る。ただ生地が薄いので、カメラの角が当たって痛かったりする。ズボンのポケットの方が安定している。
 この薄いウインドブレーカー、定番のフードはついていない。その代わり襟が立つ。この襟がいい。裏に網が重なっている。蒸れないようにするためだろ。くっつかないように。寒いときは、この網が温かく感じたりしそうだが。蚊帳を着ているようなものだ。
 秋物のちょっとした上着が欲しいのだが、着る期間が短い。寒くなり出すと役立たずになる。しかし、デザイン的には春秋ものが好ましかったりする。真冬の上着は高いこともある。
 昨日はご飯が切れたので、コンビニで久しぶりに中華丼、八宝菜丼を買う。しかし八宝菜とはなっていない。ものが変わったのだろうか。その横にスタミナ云々と似たようなものがある。
 いつもの八宝菜丼だと思い、食べていたのだが、豚肉が堅い。よく見ると焼き豚。そしてエビとウズラの卵がない。そしてやけにタケノコが多い。ここはシナチクだろう。ということは、八宝菜丼が消えたのかもしれない。コンビニの弁当類は結構入れ替わり、変化が多い。いつも好きだったかき揚げうどんがない。かき揚げそばはあるが、アルミ鍋に入って煮込むタイプのかき揚げうどんがおいしかったのだ。そしてアルミ鍋物が消えていたりする。温めれば汁が出てくるようなタイプで、放置すれば、戻ってしまうタイプ。やはり水を入れて煮た方がいい。濃縮出汁でもいいから。
 まあ煮るタイプのうどん類より、その場で温めれば食べられるタイプの方がいいのだろう。持ち帰らなくても、その場で食べられる。車などで来ている人は、駐車場で食べていたりする。
 新しくできた店では、食べるコーナーがある。コーヒーを飲むだけでもいい。コンビニ前で立って食べるよりはいいだろう。
 しかし、コンビニの弁当類。常食には合わない。たまたま作るのが面倒で、とりあえず何か食べるとき用だろうか。それと、値段が結構高い。スーパーの天ぷらうどんなら百円だ。
 
 
 
■■ 2017年9月22日(金) 午前8時15分
 
 今朝は曇っている。少しひんやりとするのか、上に羽織っている人が増えた。冬服のような上着を着て登校する小学生がいた。これは目立つ。多いのは軽いタイプで、カーデガンのようなもの。ニット系のパーカーとか。
 高校の登校風景では、カーデガンを羽織っている子が多くなっている。
 若い高校生がカーデガン。だから本当にひんやりとした朝。当然同じ高校生でも小学生でも半袖の子も結構いる。
 気温的には夜中からの気温は17度か8度で、急激に落ちたわけではないが、曇っていることの影響があるのだろう。湿気も少しある。これが曲者だ。寒いと思い羽織ると、蒸し暑かったりする。
 今朝の空模様では雨になってもおかしくない日だが、朝だけ曇っている日が結構ある。だから朝、起きて見た空がその日の天気とは限らない。
 何か上に羽織るのは、もう十月が近いので、衣替えの季節に達しているのだ。
 23日あたりがお彼岸のようだが、お盆のように一日ではない。秋分の日前後三日。都合七日ほどだろうか。彼岸の入りというのはよく聞く。お彼岸は七日間ある。秋分の日は確か昼間と夜の時間が同じだったように記憶している。春分の日もそうだ。
 日が一番長い夏頃から、この秋に逆転する。そして最も夜が長い日が冬に来るのだが、12月あたりだろうか。しかしここが真冬ではなく、気温とは関係なく、日が長くなり始める。だから秋の夜長は確かにある。秋の終わり頃、冬の寒さが既に来ている頃だ。
 お彼岸になると、彼岸花が咲く。これはものすごく正確だ。昼と夜の時間が同じと言うことをこの花は知っているのだろうか。しかし春には咲かない。秋だけ。センサー的には分かりやすいかもしれない。気温ではなく、昼夜時間の変化は安定した変化なので。
 地球が傾いて自転しているためだろうか。
 今年の夏はそれほど暑くなかったのではないかと思える。九月いっぱいは夏のように暑い日が続いていた年もあるので、今年は弱々しい。ということは今年の冬は寒いかもしれない。去年の冬、といっても今年の冬だが、冬が年に二回来る。正月で分けるからだ。
 さあ、そろそろ本格的な冬になるぞという正月あたりで切り替わってしまう。だから本当に寒いのは今年、既に体験しているので、次に来る今年の冬と、既に去った今年の冬とがごっちゃになる。
 冬が来たときは、今冬といえるが、今はまだ秋になったばかりなので、それは使えない。では来年の冬と言えばいいのだろうか。しかし、今年の12月は冬だ。来年ではなく、今年来るのだ。
 それで、次の冬だが、寒くなるかもしれない。これは夏や秋の気温が参考になったりする。秋がそれほど深まっていないのに、ひんやりとする日が続けば、寒い秋となり、そして寒い冬になるという単純な感覚だ。夏がそれほど暑くなければ、冬はその延長で、例年より寒いのではないかと。
 さて、「暑さ寒さも彼岸まで」が来ている。だから秋の彼岸は暑さは終わりましたと言うことだろう。よく考えると、ものすごく安定したデータと言うより、太陽からの割り出しなので、しっかりしている。ここから半々を通過し、夜の方が長くなる切り替え点を通過中となるので。
 彼岸までは昼の方が長かったという程度だが、これはものすごく具体性がある。
 季節は日々変わっていくので、季節の変わり目は年中あることになる。しかし、服装を変えないといけないほどの変化は分かりやすい。
 また季節の変わり目、体調を崩しやすいと言うが、一年中変化しているので、年中崩れるチャンスがある。いいチャンスではないが。
 一日の中にも季節がある。朝と昼とではひと季節ほど違っていたりする。
 
 
 
■■ 2017年9月21日(木) 午前8時12分
 
 今朝は晴れている。気温は低い目か、夜中17度までに落ちている。20度を切ると寒く感じるのだが、17度はこの秋一番だろう。寝る前、それを予想してか窓を閉めて寝た。もう窓を閉めて寝る季節で、昼間はまだ暑いので、開けるが、夕方頃閉めることもある。ひんやりとしてくるためだ。
 そのためか、昼間でも外に出ると暑苦しいと言うことはなくなり、出やすくなる。いつも通っていた夏の道ではなく、どの道筋を通っても暑くない。しかし日陰のある夏の道に慣れたのか、その癖が残っており、その道筋ばかり通っているが。
 春先でも暑い日があり、日陰を選ぶこともある。しかし、真夏の炎天下のことを思うと、楽。
 そこを脱し、しばらくすると、この涼しさが当たり前になり、ありがたさが薄れる。日常になってしまうためだろう。
 今朝はいつもの時間に起きたので、いつもよりも早く感じる。最近寝過ごすことが多い。今朝も目を覚ましたとき、もう少し寝てもいい時間帯だったので、また寝たが、すぐに目が覚めた。それを何度か繰り返す。五分間隔だろうか。これなら、寝過ごすことはない。二度寝が五分なら大丈夫。これが五分だと思っていたら一時間だったことがある。最近はそれが多いが、今朝は二度寝五分程度で済んだが、何度もそれをやると、本当に一時間ほど寝てしまうかもしれない。こればかりはコントロールできない。誰にも分からない。
 昨日の夕食を鍋焼きうどんと決めて、よく行く和風ファミレスへ行ったのだが、まだらしい。おそらく十月からだろう。まだ半袖の人がいるのだから。鍋焼きうどんなどは暑苦しくて、食べないだろうが、このファミレス、冷房が強いので、真夏でも食べられる。むしろ冷房で体が冷やされるので、丁度かもしれない。そして冬場暖房が効きすぎて、鍋焼きうどんなど暑苦しくて食べてられなかったりしそうだが。
 それで松茸ご飯と天ぷらの盛り合わせを食べる。それと、しつこいので大根おろしの皿も取る。この大根おろし、二つあり、大と小。小でも結構量が多い。結局一番おいしかったのはおろしただけの大根だった。それなら大根をかじればいいのだが、下ろしてこそ食べられる。生は堅いだろう。
 天ぷら盛り合わせの中に妙なボールが入っていた。玉だ。形からすればカシワだ。しかし白さが違うし、柔らかさが違う。何かの魚だろうか。それが二つ入っていた。エビの天ぷらは小さく、ほとんど食べた感じはしなかったが、この分からない魚の塊は食べ心地があった。レンコンが二つも入っている。ここはなすびとか、別のものがいい。二つは何だろう。レンコンしかなかったのだろうか。この店の天ぷら盛り合わせは行く度に違う。レンコンは堅すぎたので、一つは残した。
 松茸ご飯は確かに松茸が入っている。しかも結構多い。だがものすごく薄い。スライス力だろう。こんなに薄くできるものかと感心するが、歯ごたえのある干し椎茸などは逆に食べにくいことがある。薄くすれば食べやすくなる。この松茸ご飯は200円台。松茸は結構安いのかもしれない。これが春に出る豆ご飯と値段は同じ。牡蠣ご飯もそうだ。そういう何か入ったご飯をこの店にはある。それらのご飯は注文すると、その場でよせてくれる。だからおばさんが電気釜の前に常時いる。味噌汁などもその場で入れて渡してくれる。ここは大衆食堂風ではなく、学食風だ。
 昼間でも自転車散歩に出やすくなっているが、晴れていないと出ないことにしている。背景が青い方がいいためだ。雲の形などもよく分かる。曇っており、真っ白だと、空を入れないように写したりする。しかしフラットな光線の方が建物などにはいい。逆光で日陰になっている建物でも、写しやすい。逆光になっているのは偶然で、太陽に向かって進んでいると、そうなる。横とか後ろの建物ならいい。しかし、前と横は見るが、後ろを見ることはまずない。そのため、初めて通る道などは、前方風景しか見ていないことになる。同じ道を引き返せば後ろも見ることができるが、それは滅多にない。同じ道だと飽きるからだ。ただ、良さそうな枝道がいくつかあった場合、まだ食べるところが残っているはずなので、その限りではない。まあ、近所ではそんな通りはなくなってしまった。何度も通っているためだろう。もう少し寝かせておけば、鮮度が戻るのだが。
 今朝は涼しいので長袖のカッターシャツの上にジャージ風のパーカーを羽織る。これは部屋を出るときに決める。暑くなれば脱げばいい。
 
 
 
■■ 2017年9月20日(水) 午前9時14分
 
 今朝は曇っている。気温はまずまずで、この季節のものだろう。昨夜は夜中寒くなると思い、窓を閉めて寝たが、それほど気温は下がらなかったようだ。十度台を予想していたのだが、20度台をキープしていた。もう熱帯夜はないのだが、蒸し暑い夜はあるだろう。
 今朝はいい時間帯に起きたのだが、そのまままた寝てしまったようで、結局遅い時間に起きてきてしまった。夏場と違い、秋になると、もう少し寝ていたいという気持ちが強いのだろう。だから起きることができたのだが、意識的に、起きなかったようだ。
 九月も下旬にさしかかっている。一ヶ月を二等分ではなく、三等分。これはどういう分け方になるのだろう。中旬というのは、中なので、中間。その中間と言うより中程。前半でもなく後半でもない。その期間が十日ある。帯で分けているのだ。15日が真ん中だとすれば、14日はまだ真ん中ではない。16日はもう後半になってしまう。しかし、中旬という分け方だと、その幅の間中のまま。だから中が長い。実際には上旬も下旬も同じ十日間だ。
 本当は前半か後半に属しているのだが、三分割だと長い。上旬も、九日まである。月明けの一日目だけではなく、長い。
 刻一刻と時間が過ぎているのだが、それを長い目に括って分けている。これはいいかもしれない。天気予報では、この上旬、中旬、下旬はよく出てくる。それぐらいの季節だと。たとえば9月と言っても長いので、その中の初めの頃か、中頃か、終わり頃かで指し示す。これがズバリ日まで言う精度はないし、まあ三分割内の気温はそれほど変わらないので、そんなものだろう。本当は違うのだが、平均すれば、十日分程度なら、ほぼ同じだ。
 どちらにしても中旬というのが長いのがいい。そして、これがメインだろうか。一番その月らしい気温と言うことで。上旬だとまだ前の月の影響があり、下旬だと次の月の気温が入り込む感じだ。
 二十歳半ばとは25歳前後のことだろうが、これを三分割すると、24から26が半ばになる。広い目に見れば23から27.しかし、23ではやはり二十歳過ぎだろうし、27では三十前の印象がある。だから二十歳半ばとは24から26と、狭い。この印象は三分割から来ているのかもしれない。24では二十歳前半では老けすぎているし、26で三十前ではまだ早い。点で分けないところがいい。
 それで九月の下旬に入ったのだが、これは月末ではない。明日から十月になる月末でも、まだ下旬なのだ。
 このとき、気にしていないが、月がある。本物の月だ。昔は月が暦だったので、カレンダーのように見ていたはずだが、今はそういう見方はしないが。
 あまり必要ではなければ見なくなるし、また別のジャンルとして、別の見方に変わったりしそうだ。
 これは一人の人の意識が変わるのではなく、全体の意識が変わるのだろう。あまり必要ではなくなってしまったものは、別のものになったりする。
 
 
 
■■ 2017年9月19日(火) 午前8時41分
 
 今朝は晴れている。気温も気候も言うことはない。普通ということで、記すようなことはない。部屋にいるときの服装と外に出るときの服装が同じでいい。しかし、今朝の喫茶店は冷房が入っているようなので、少し気温が高いのだろう。
 台風が来ていたときは蒸し暑かったが、それが取れた。湿気が抜けたのか、爽やかだ。これだけで朝の気分がずいぶんと違う。気分は天気で変わったりするのだから、いい加減なものだ。気分には具体性がない。気温には具体性がある。だからそちらの方が強かったりするが、大変な問題が発生しているときなどは、その限りではないのだろう。ただ、ずっと気分が悪かったり、機嫌が悪かったりし続けられるものではない。どこかで休むだろう。ずっと気分が悪い場合、それはどこかが悪いのだ。具体的に。
 ただ、精神を病んでしまうと、これは具体的だ。気持ちの問題ではなく、器官に来ているのだろう。
 昨日は敬老の日で休みだったようだ。連休がどうのと目にしたことがある。耳ではなく目だ。
 朝の伊丹モスのドア前のメッセージボードで目にしたのだろうか。このボードは、板だ。掲示板のようなものだが、店によっては匿名になっている。書いた人が店の名前となっている。別の店ではバイトの誰それとか、パートの誰それとか名前付き。誰がその人なのかは書いた内容で年齢が分かるので、あの人が、あの名前の人なのかと想像するが、店の人の名前までは分からない。
 そろそろ彼岸花が咲き出す頃。いきなりにょきっと出て、いきなり咲いているので、びっくりするが、普段から野草などを見ていると、これが彼岸花の咲く前だと分かる。茎が伸びており、細いつぼみが出ている。茎の枝かと思ったら、そうではなく、この細いのがつぼみなのだ。これがぱっと開く。開いても花びらは線状だ。曼珠沙華ともいうが、その言葉が出てこないので、彼岸花で変換したとき、その意味を見ると、岩波国語辞典では、別名曼珠沙華とは出ないが、広辞苑では出る。しかもイラスト入りで。もう一つ日本国語大辞典という、大きな国語辞典があるのだが、そのファイルは古い方の一太郎の中に入っている。どのファイルなのかが分からないので、今使っているノートには入れていない。おまけだ。
 広辞苑は独立したアプリケーションで入っているので、探しやすい。探す場所はダウンロードしたファイルが入っているパソコンの中だが。
 マンジュシャゲをマンゲシャゲと間違ってタイプしたので、出てこない。これは音で記憶しているためで、漢字で記憶しておればマンゲではなくマンジュとタイプできたかもしれない。
 この彼岸花が咲き出すと、確実に秋のスタート。これを合図に、秋をスタートさせなければいけないが、自分がスタートを切らなくても、季節が勝手に切ってくれる。
 秋を感じさせるのはそれだけではなく、夜中、寝ているとき、トイレに立つ回数が増えた。冷えるのだろう。そのため、夜が長く感じる。一度か二度起きるためだ。目を開けるだけではなく、歩いてトイレまで行く必要があるので。
 この夜中の目覚め、夜中に家の中を歩くだけのことだが、ここは妙な世界だ。これが二階屋で階段を降りないとたどり着けないとなると、大変だろう。最近は小さな家でも部屋数を多くとるため、三階建て、四階建てに近い家もある。トイレは一階だろう。そして普通の家の階段は傾斜がきついはず。ここで転べば一発だ。
 平屋の家でも、昔の家のトイレ、これは厠と呼ばれていた時代だが、座敷から結構遠い。それに寝所はかなり奥まったところにある。トイレは裏庭に面したところにあり、縁側とか廊下の端にある。かなり離しているのだ。母屋の外側にあったりもする。客などが来たとき、トイレを借りるときなど、その方がこの距離感が好ましかったのだろう。冬の夜など寒いだろうが。そして、暗いので、トイレへ行くだけでもローソクとかが必要だったかもしれない。
 ただ、慣れた間取りなので、夜中でも暗闇ということではないはずで、月明かりや星明かりがあるので、無灯でも歩けたかもしれない。意外と室内の方が暗いはず。
 
 
 
■■ 2017年9月18日(月) 午前9時18分
 
 台風が去ったのか、朝は晴れている。結果的には暑い。台風が近づいてきたときも、それなりに蒸し暑かったのだが、その延長だ。暖かい空気を引っ張り込んできたのだろう。まだその尾が残っているような感じだが、寝る前には若狭湾へ抜けていた。九州に上陸、四国に上陸、そして淡路島の北側を通過して本州に上陸。明石と加古川の間ぐらいに上がったのだろうか。ゴジラと違い、空気のようなものが上空を通過しただけなので、陸に上がったという感覚はないかもしれない。視覚的にも。その後三田方面を直撃したように思う。結構近い。
 その台風の目玉よりも、それが引き連れている雨雲が厳しい。目玉ではなく、その北東側に強い雨を降らしながら通過。だから通過時よりも、先にその雨が来る。目玉とかなり離れている。
 最近のネットでは台風の現代位置を示せるようになった。少し間があるが、今台風がどこにいるのかがなかなか分からないことがある。予報よりも、今どこまで来ているのか、どのあたりにまで去ったのかを知りたかったりする。
 しかし、去ったときは、雨や風がピークを越えたときに、台風の位置を見ることが多い。どうやら通り過ぎたようだと、雨音や風の音などで分かので、その確認。
 だからピークのとき、台風のことなど忘れていたりする。
 今回、上陸後は風は大したことはなく、雨がきつかった。夜に台風が来たのだが、昼間は雨は降っていなかった。これは珍しい。運良く大阪方面はドーナツの真ん中のように、雨雲に囲まれているが、降っていなかったのだ。そのため、夕方前に行く喫茶店にも行けたが、風が強く、自転車置き場の自転車が転倒している。それを何人かの整理員が起こしているのだが、もう起こさなくなる。同じ自転車が何度も転ぶので、逆に自転車が傷むとか。これで雨が降っていれば、傘は差せないので、出られなかったはず。夜には台風が来るその夕方なのだから、出かけないだろう。しかし雨が降っていないので、来ている人がそれなりにいた。
 そこまで台風が来ていたのだが、夕食を買いにその後スーパーへ行く。さすがに客は少なく、レジで並ぶこともなかった。この時間混んでいるのだ。
 その帰り道、パラパラときた。大粒の雨。これは台風の雨だ。ギリギリセーフで戻ってくる。その後、ものすごい雨となる。
 夜の、もう外には出ない時間帯に来て、それまでは雨が降らないいい台風だった。
 しかし、去った後の朝は暑い。これは予想内で、うんと涼しくなるか、暑くなるかのどちらか。
 今朝は一時間ほど早く起きてしまい、それに気付いたので、また寝たのだが、二時間ほど寝たのか、計算すると、いつもより一時間遅く起きてきてしまった。そのためか、日差しもあるし、温度も上がっていたので、暑く感じたのかもしれない。
 月曜日の朝、遅い目に行くといつもの席が空いていない。満席に近いこともある。会社の始まる時間なら過ぎているので、開店時間が遅い目の店で働いている人だろうか。その多くは何か食べている。だから朝ご飯を食べに来ている客なのだ。
 今日は一時間ずれの日になるので、気ぜわしいだろう。
 
 

■■ 2017年9月17日(日) 午前8時21分
 
 台風が近づいているのか、風が強い。まだ遠いと思うのだが、九州に上陸したのだろうか。それならすぐにでも大阪方面に来る。上陸してからはスピードが上がるようなので、今朝の風は台風の風だろう。いつもの風ではなく。
 昨日は雨だったが、台風本体の雨ではない。そのため、風は弱め。傘がとられるほどでもない。台風よりもビル風の方が厳しかったりする。そこを通ればいきなり来るので、不意を突かれるためだ。
 昨日の昼間は気温が下がり、明け方の一番低くなる頃より下がっていたのだから、もう寒いほど。それでホームゴタツのスイッチを入れた。真夏でも布を垂らしているので、ホームゴタツとしてすぐに使える。室温が20度を切るとホームゴタツをつけることが多いが、昨日は23度ほどあった。大阪方面のその頃の気温は19度。これは外だ。室内の方が暖かいのだが、それでも昨日は冷えた。雨が降っていたためだろう。水冷だ。
 今朝は昨日ほどには寒くはないが、カッターシャツの代わりに暖かい目のパーカーではなく、カッターシャツの上からパーカーを着た。これで丁度ぐらいだ。パーカーはニット系だが、意外と風を通さない。真冬の冷たい風とは違うためだろう。
 幸い雨は降っていない。こういうときは防水性のあるレインコート系がいいのだが、この時期、まだ大げさだ。その形が冬物に見えるためだろう。
 日曜のためか、寝起き行く朝のモスは客がいない。一番客が来る時間より少しだけ遅い目に来たのだが、誰もいないので自分が一番客。いつも来ているような人は仕事前に入っているのだろう。だからその人たちが来なくなるので、すいているはずだが、逆に日曜とか休みの日に来る人がいる。これもどこかへ遊びに行くまでに入るのだろうか。モスだけを目的に来ている人とは思えないので。つまり朝モスを食べに来る。朝食を取りに来るのだ。だから食堂だ。しかし、それで正しい。ハンバーガー屋なので。お食事処なのだ。喫茶店の朝もそんなものだろう。昼も。だから昼を過ぎた喫茶店などがら空きだ。
 今朝は暖かい服装で来たのだが、皮肉にも冷房をしていない。この冷房防御のために着込んでいるのに。厚着してきた甲斐がない。
 しかし、道行く人の中にTシャツに短パンの人がいる。これは十月に入ってからも見かける。女性で多いのはニット系の長いコートのようなものだ。これはぼろ隠しにいいのかもしれない。薄い目の毛布をまとっているようなものだろう。長いと布の垂れ具合が綺麗に出る。
 問題はこの台風が去った後の気温だ。ぐっと寒くなるか、またはまだ夏を思い出し、結構暑い日が続くかだ。しかし、朝夕の温度は台風が来る前から下がりつつある。それで普通だ。台風で少しペースが狂うかもしれない。
 涼しすぎるほど気温が下がることがあるので、電気ストーブを出してこないといけない。そこに今は扇風機が置いてある。この前までそれをつけっぱなしにして寝ていたし、部屋にいるときはずっと回していた。扇風機ではなく、プロペラを。
 結局夏と冬しかないような感じになる。そう言うのを見ていると。掛け布団もそうだ。
 間物というのがある。夏と冬の間に着るものだ。だから秋春物のことだが、これをアイといい。季節名をいわない。春と夏と二つ言わなくても、一言ですむ。ただし着るものに限られるだろう。また、夏でも冬でも着られるようなものもある。
 
 先日買ったゲートウェイの3万円台の11インチノートパソコンのキーボードにも慣れてきて、昔から使っているほどになる。最初から手に馴染んだキーボードだったのかもしれない。同じ11インチでもなかなか慣れないのがある。違和感が常にあり、キーを意識してしまう。キーボードを意識しないキーボードが一番いい。鍵盤のようなものだ。弾きやすいと言葉も弾むし、文章も変わってしまったりする。楽器なのだ。タイピングは言葉を叩き出すためだろう。
 その他の特徴として、非反射液晶がいい。本当に反射しない。映り込みがない。これは見事なものだ。光沢タイプは場所により、モニターの角度を変えないと、電球とか、窓とかで画面がうるさくなる。それが全くない。地味だが、こう言うのはすごい。また、ブルーライトカットがされているらしいが、これも見た目には分からない。ノートパソコンは部屋のデスクトップパソコンに比べ、モニターと目の位置が近くなる。
 薄いが文字の大きなマニュアルが入っていた。結構大きなマニュアルだが、薄い。これはパソコンの使い方などが一応書かれている。全く初めてパソコンを使う人向けに。ここは親切だ。
 そのマニュアルにハードの説明図解の中に妙な穴がある。底だ。底にはスピーカーが仕込まれているのだが、中央部あたりに穴がある。バッテリーリセットとかの穴だ。交換できるのだろうか。しかし蓋がない。これは電源ボタンを押しても何ともならないとき、一時的にバッテリー接続を切るためのものだろうか。
 それよりも、二つの穴がある。小さなものだ。排水穴。排気口ではない。表のキーボードに水をこぼしたとき、裏側の、この穴からその水を出すというものだ。防水性があるといっても、キーボードには隙間がある。そこに入り込んだ水が内部に入り込まないように逃がし道を作っているのだ。これも地味だが、値段の割には他機にはない良さがある。あまりお金がかからない箇所での使いやすい工夫がなされている。
 中身はエイサーとはいえ、その設計や工夫はゲートウェイのものだろう。ほとんど上新電機のショップもの近いが、安くてもこれだけのものができるということだろう。
 今、部屋で使っているデスクトップ機も実はゲートウェイ。その繋がりで買った節もある。二年ほどになるが、調子がいい。DVDドライブの動きが妙になっている程度。ほとんど使っていないためだろう。
 そのシリーズの最新機が上新でも飾ってある。一台だけ残ったデスクトップ機だ。
 
 
 
■■ 2017/09/16 8:45
 
 今朝は小雨。台風の影響にしてはまだ遠い。しかしこのところ風が強いので、これは台風からではと考えてしまう。台風が来ていることを知らなければ、風と台風を関連付けない。風が吹いているのはいつものことで、少し強い目でも何とも思わないだろう。ただ向かい風だと自転車のペダルが重いが、おつりとして帰りは楽だ。
 台風の風なら息をしている。一本調子ではなく、呼吸でもしているように吹く。これは圏内に入ったときだろう。
 今朝は小雨だが、傘を差すほどでもないが、最近朝夕は涼しいし、また風があるので、上に一枚ぺらっとしたものを羽織る必要がある。昨夜の徒歩散歩ではあまりにも涼しいので、ペラものを羽織った。これはゴルフのマークがついており、そういう場所で羽織るものだろうか。Mサイズの割には大きくコートのようになる。これは防水性がないが、風は防げる。ゴルフのときに着るのだから、運動しているときのものだから、それなりに軽快だが、薄い。
 これは昔、イズミヤのバーゲンで買っている。半額の半額になっていた。思っているよりも高級品だが、イズミヤでの高級品なので、たかがしれているが。しかし、こういう単純な服が意外と長持ちするというか、丈夫というのではなく、よく着ることになる。癖のないシンプルなものの方が着やすいのだろう。これは身体ではなく、気持ちの問題もある。
 朝のモスの客の服装を見ていると、ニット系の長袖の人がいる。長袖のTシャツのようなものだが、半袖の季節が遠のいた感じだ。もう一人は柔らかそうなパーカー。このパーカーはジャージ系で、スタンダードなもの。ものすごくよく見かける。普通のTシャツより分厚く、フードと前ポケットがつく。これも定番で、普段着や部屋着、出かけるときでも気楽に着られる。綿で、裏地はタオル地だったりするので、バスタオルを着ているようなもの。そのため、洗濯のとき、水をかなり含むのか、ものすごく重くなるし、また乾きが遅い。このパーカーのようなもの、バリエーションが豊かで、思っていた着心地ではなかったりする。それだけ変形も多い。いやにスリムで細いとか、伸びないとか。ファスナーを上げても首が隠れないとか。当然生地的に寝間着にもなる。着る範囲が広い。
 今朝は小雨で肌寒いためか、喫茶店の冷房が緩いというより冷房に入っていないのかもしれない。この季節いらない。こういう日でも冷房が入っていると、ものすごく寒いので、それを警戒していたのだが、寒くないので、よかった。
 夏の疲れはとれたようだが、長距離自転車散歩に出るタイミングがない。晴れていて調子のいいときでないと、行っても楽しくないし、疲労度も高い。しかし、出れば出たで何とかなるもので、それなりの探索ができる。単にうろうろしているだけのことだが、散歩にも文節があり、調子のいいときはうまく綴れる。
 朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩は行ったり行かなかったりだ。小雨だと当然行かないし、一番多いパターンは遅い目に起きてきたとき。寄り道をやめると、時間的にいつもの時間帯に戻せるので。
 しかし、この寄り道散歩も、さらに遠回りをすると戻ってくるのが遅くなり、早く起きたのに、時間が押してしまうことがある。約束の時間とかスケジュールとかはなくても、時間がずれると様子も違う。たとえばいつも道ですれ違うような人は登場しなくなる。その人は登場しているのだが、見ることはできない。見ても何と言うことはないのだが、それが日常風景のようになっている。日々というのは、同じような日の繰り返しかもしれない。本当はそれなりに変化があり、いつものとは少し違うのだが。
 
 先日買った11インチの三万円台のゲートウェイパソコンの続き。
 11インチは思ったより打ちにくくはないが、テーブルが高いとか、椅子が高いとか低いとかで位置が違う。だから打ちにくい喫茶店がある。昼に入る喫茶店だ。いつも行くモスなどはサイズが同じなので、高さも同じ。ここでは打ちやすい。10インチとの違いは、この高さに敏感な程度。モニターサイズが11インチでも、もっと小さなタイプがある。そちらはキーボードの幅も少し狭くなるので、それに比べると、11インチフルサイズのキーボードなので、大きい目と言うことだろうか。これを心配していたのだが、クリック感あり、押しごたえがあるためか、ミスは少ない。ただ、届いているはずのところに指が来ていないこともある。それで広さを感じる。
 今のところ特に特徴は発見できないが、フルサイズの普通の大きさのSDカードが使えることがうれしい。最近のノートパソコンは軽く小さく作るためか、小さいサイズのSDカードだ。これはあまり持っていない。スマホやタブレットはこの小さなサイズが多いはずなので、持っている人も多いためだろうか。それと使い回しができる。
 こちらが使い回すのはデジカメと部屋のパソコン程度なので、フルサイズのSDカードは歓迎だ。
 内部記憶領域は安いので64ギガ。すでに半分近くウインドウズが使っている。32ギガタイプもあるので、それにすると苦しいことになるのだが、64ギガらならアプリを大量に入れない限り、問題はない。
 ファイルやデータはネット上に置く時代のためだろう。このゲートウェイのノートも、エイサーのネット倉庫が用意されている。
 SDカードが使えるので、そこを保存領域として使う手もあるが、外でいじっているファイルは限られており、保存領域はそれほど必要ではない。写真や動画や絵などがかさばるのだろうが、ノートパソコンではそれらは扱わないことにしている。外でやるような用事がないためだ。
 変わったところではコントロールキーが二つあり、右側にもある。コントロールキーを押しながら他のキーを押すというやつだが、片手で押せるように、左右にあるのだろう。コントロールキーは普通左下の角にある。それでは右端近くにあるキーとの同時押しは難しい。それで右側にもつけたのだろう。通常は右クリックに当たるキーがついているところだ。これもあるのだが、一発キーではなく、他のキーを押しながらになる。扱いが低くなっている。まあ右クリックは手前の大きなタッチパッドの端を押せばできるので、問題はない。
 USBは二穴。それと何かに繋ぐ穴がもう一つあるが、使わないだろう。それとイヤホンの丸い穴程度で、有線ランの穴などは当然ない。これも時代だろう。USBの穴と、SDカードスロットルがあれば問題はない。至ってシンプルだ。どちらも喫茶店で使うようなことはまずない。
 買ったばかりのデスクトップはゴミ箱しかない。ノートンが入っているが、インストールしていない。これはしつこいほど催促してくるのだが、まだ削除していない。ノートンがなくてもウインドウズでできるのだ。無料お試し版だが、二ヶ月分だろうか。だから買ってからの日数が分かる程度。医者が一番のウィルスだったりすることがある。
 ATOKの入力での重さは不思議とない。これよりもかなり早いタイプのノートを持っているのだが、そちらの方がもたつくので不思議だ。CPUの早さと比例しないどころか、逆に遅かったりする。故障しているのかもしれない。メーカーものでもばらつきがあるのだろう。
 三万円のノートだが、結構使いやすい。1.2キロと少し重く感じてしまうのが欠点程度。ウインドウズの起動も速く、アプリの起動も速い。CPUの低さや高さは何だったのかと思うほど。これはものすごく安いコンパクトカメラと一眼レフの違いのようなもので、本当の差はわずかしかない。そしてその差を気づかなかったりする。
 
 
 
■■ 2017/09/15 8:43
 
 昨夜は十度台になっていた。寝る前から涼しかったので、窓を閉め、布団をかぶって寝た。この前まで25度以下にはならない熱帯夜だったことを思うと、季節の移り変わりは早い。
 そういう涼しい日は夏の終わりがけにもあったので、いきなりではないが。
 つまり前触れのようなものはそれなりにある。しかしそれは早すぎるので、無視したりする。昨夜のような涼しさは前触れではなく、本番だろう。秋本番、本格的な秋となるが、季節は行きつ戻りつで、その中でも、また暑いような日がある。まだ九月なので秋の中頃にならないと夏は消えない。朝夕は秋でも昼間夏になることが多い。
 台風が来ているようだが、大阪方面は晴れている。台風の雲が直接かかるにはまだまだ距離がある。昔なら、そんな遠いところにいる台風など分からなかっただろう。来る直前まで分からず、妙に空気が違うとか、風の吹きがきついとか、それでやっと分かったのだろう。しかし、いきなりといっても、少しは間がある。急激に降るようなにわか雨ではないためだ。にわか雨も降りそうな空になるので、これもいきなりではない。晴れていれば降らないだろう。それらしい雲が出ていて分かったりするものだ。
 台風の接近がいきなりすぎて分からなかったので大きな被害が昔は出たとされているが、そうだろうか。逆に今は正確な予報があっても、何もしない人が多い。それだけ住宅が丈夫になり、風程度では壊れない。
 木造の緩そうで古い建物が、昔は多かったのだろう。それよりも、倒れてもよかったのかもしれない。始終建て替えていたような気がする。燃えたり、倒れてもいいような簡単な家が多かったのかもしれない。それと、逃げ出すとき、大八車程度で家財を運べたりするほど、所帯道具も少なかったはず。こればかりは普通の民家の中が昔どうなっていたのかは見たわけではないので、分からないが。大きく立派な家なら残っていたりするが。普通の人はそんな家には住んでいなかったはず。
 ただ、生まれ在所の根の生えたようにそこに住んでいる人たちの家は頑丈だったかもしれない。今でも立派な屋敷といえるような家は農村部には残っていたりする。仮の宿でも、借家でもないので、家も根が生えるのだろう。
 先日マンションの取り壊しがあり、更地になっていたのだが、何かが建ち始めた。基礎工事を見ていると、普通の一戸建ての家が二軒建つようだ。マンションの頃に比べて人口密度がガタンと減るだろう。たった二件分の敷地しかなかったのだ。少し大きい目で庭の広い家のようだが。それを見ていると、マンションとはいえ、昔でいえば長屋だったのだ。そして我が家の土地があるようでいてない。
 
 先日から気になって仕方のないゲートウェイの3万円台の11インチのノートパソコンを買ってしまった。こういうのは値段もさることながら、実際に使ってみないわからない。失敗しても三万円台なら、何とかなる。
 ゲートウェイのパソコンは上新のショップもののようなブランドで、実際にはエイサーだ。だからエイサーのパソコンだと思えばいいのだが、その味付けはゲートウェイか上新かは分からない。上新での店売りで安くてベーシックなものを作ったのだろうか。
 早速在庫を聞くとあるというので、買うことにした。限定3000台。これは全国の上新の店売りで売るのだろうが、そんなに売れるものだろうか。しかし、上新で一番安いのがゲートウェイで、とりあえず買うのなら、一番安いタイプとなるかもしれない。
 レジ袋に入れてもらい、それを持つと、手にずしりとくる。1.2キロが効いているのだろうか。それにしてはやけに重い。
 箱を開けてみると、コードが旧式で、丸穴に突っ込むL字タイプ。これが重い。三接点で間にもう一つかます。ものすごく古いタイプだ。部品が余っていたのだろうか。今はUSBで繋ぐのが多い。携帯充電器にもその方が対応するし、ものそのものが軽い。
 分厚いマニュアルが入っているわけでもないので、この重さは何だろうかと思った。本体を取り出し、持ち上げるとそれほどでもない。不思議な話だ。
 11インチノートは古いタイプを持っており、これもエイサーだが1キロ半ある。それに比べると、軽くなったのだろう。このタイプでは普通だったということだが、もっと軽く小さな11インチタイプのノートパソコンもあるので、それから比べると重く感じたりする。
 液晶は蝶番式なので、しっかりとしている。分離はできないというより液晶はタッチパネルではないので、分離できても何ともならないが。
 その代わりしっかりとしている。キーボードも分厚い。だから端を片手で持つと折れそうな感じはない。
 このキーボード、多少水に濡れてもいいようだ。また液晶にはブルーライトカット云々の処理がされているとか。液晶は非光沢なので、映り込みがない。
 解像力は低い。今の液晶は解像力が高すぎて、実際に使っているのは縮小しての画面だ。このゲートウェイのは100パーセントのまま。だから11インチちょうどの解像力。
 バッテリーは十時間持つ。もっと長く持つタイプもあるので、長いとはいえないが、短い方ではない。普通だろう。
 値段的なこともあって、抜き出たところはないのだが、非常に分かりやすいノートパソコンで、慣れを必要としない。
 ただ、独立したページアップ、ページダウンキーがある。これは前画面、次画面ともいう。これがついているノートパソコンは非常に珍しい。現役機で知っているのはNECの10インチ機がある。その他のノートパソコンも気をつけて見ているが、見つからない。ここだけはどのノートパソコンよりも優れているのではないかと思える。意外だ。その代わり、矢印キーなどが小さくなっている。
 また明るさ調整と音のボリュームの短縮キーが矢印キーに仕込まれている。これはよく使う。そのためか、何もないファンクションキーがあったりする。ファンクションキーに仕込まれている短縮キーだ。余っているのだから、何か仕込めばいいのに。
 キーで悪いところは電源ボタン。これがボタンではなくキーになっており、右肩にある。ここは削除キーだろう。間違って電源を落としてしまいそうなるはずだ。バックスペースキーは大きく、削除キーは小さい目。キーは分離型で、これは今の流行というより、これに定着した。キーとキーとが離れている方がミスが少ないのだ。キートップの大きさではなく。
 しかし11インチタイプなので、キーは比較的大きい目だ。間隔は十分ある。つまりキーの粒が大きい目だが、隙間も十分あるということだろう。ストロークもあり、ぺこんと沈む。質感はよくなく、紙のようにざらっとしているが、こちらの方が汚れにくい。
 色は中は黒で外側が白。だから使っているときは白さは感じられないので、ブラックボディーのように見えてしまう。取り出すときは蓋と底が白いので、白だと分かるが。
 要するに少しだけ他機とは違う良さがあるが、際だった特徴ではない。特にお金がかかるような仕掛けはない。ストレートな感じで、単純なノートパソコンで、堅実だ。
 今朝はこのノートを寝起きの喫茶店に持ち込んで打ち込んでいるが、特に違和感はなく、すんなりと打てる。慣れが必要するほど打ちにくいキーボードもあるので、ここは救われる。これは店で確認してもよく分からないことで、立った姿勢で台の上に乗っているノートでは角度が違うためだろうか。キーのへこみ具合程度、ストローク程度は分かるが。
 だから実際にいつも使っている喫茶店のテーブルの上に乗せ、いつもの高さの椅子に座って打たないと、違いが分からなかったりする。
 その結果、このキーボードなら11インチの間延びのしたようなタイピングではなく、丁度いい感じになる。10インチに比べ、少し指を伸ばす程度で、これは射程内だ。
 三万円台の、こういうノートの方が気楽に使える。高いノートを買った場合、途中で別のを買ったとき、これはかなり苦しい選択になる。安いと、気楽に違うのが使える。3万円台はコンパクトデジカメに近い。
 スピード的には値段が値段なので、それなりのもののはずだが、テキスト打ちには問題はない。ただいつも使う一太郎は結構重い。それとATOKも重いのだが、何とか動いている。遅くてイライラするようなことはない。いわゆるワープロ程度なら問題はないということだが、それはワードのことだろう。一太郎やATOKはワープロだが重いのだ。
 一番安いタイプだが、スピード的な問題はない。ただ鞄が重くなったのが問題だ。
 
 

■■ 2017年09月14日 8時16分
 
 今朝は晴れているが、台風が来ているようで、その影響が出るかもしれない。しかしまだ停滞しているようで、大阪方面は週末になる。こちらへ向かっていると仮定してだが、予想図では大阪が入っている。ストライクだ。久しぶりに西からの台風。これが一番慣れているかもしれない。台風は大陸にかかるあたりで西風で流されるのだろう。それで東へ旋回する。普通の風の方が強かったりする。台風を流すのだから。要するにこの風に乗れば、九州に上陸できるはずだが、潮の流れもあり、そう簡単ではないのだろう。風待ちというのもあり、風が吹くのを待つだけではなく、風の向きが変わるのも待つのだろう。風向きの変化は天気図に矢印で細かく出ている。こういうのがなった時代、鳥の飛び方とか、雲の流れとか、そう言うので判断したのだろうか。当然旗や帆の張り具合も。
 鳥は止まるとき、風上を向く。その方が防風性が高くなるためだろう。バランスが取りやすい。
 今朝は雨の気配はないので、まだまだ台風の影響からは遠い。昔なら直前まで分からなかっただろう。
 昨夜は少し気温が高かったので、窓を開けたまま寝た。これは賭けだ。判断が難しい。夜中寒くなりそうな気配もある。しかし、この気配、具体的に感じているわけではない。経験からの割り出しだ。しかし、布団をかぶって寝ていたので、問題はなかった。風があると、喉が痛くなりそうだが。夏場なら、その風を口を開けて待っていたかもしれない。しかし夏場涼しい風など滅多に入ってこない。夏の初め頃や終わり頃ならあるが。それでも夜風は昼風よりも下がっているので、涼しいから寒いに変わるのは時間の問題。
 町ゆく人は半袖と長袖が半々ぐらいで、中にはシャツの上に軽いものを羽織っている人もいる。女性に多い。
 昼間30度前後になるので、それを考えると、夏だ。
 自転車散歩にはいい季候で、のんびりと自転車を転がしたいのだが、夏の疲れが出たのか、しんどいので出る気がしないが、夕方、本当に涼しくなった頃、走ってみると、気持ちがいい。自転車はゆっくりとなら疲れない。ペダルが重く感じ、ハンドルに力が入るときは体調が悪いときだろう。徒歩もそうだ。ゆっくりとなら筋肉をそれほど使わないためか、体力は必要としない。使う筋肉が違うようだ。
 ゆっくりとなら意外と遠くまで行ける。これは疲労感が少ないため、まだまだ行けると思えるためだろう。
 
 今朝の端末のお供はポメラ。昨日からまた持ち出しているのだが、鞄が軽くなるのが最大の特徴かもしれない。鞄にカメラが入っている場合、それだけも重い。ノートパソコンも似たような重さだが、ポメラになると、ぐっと軽く小さくなる。ファストフード系の狭いテーブルでも余裕で置ける。設置面積が小さいためだろう。奥がない。ノートの半分ほど。だからファスト系でお盆を置くとぎりぎり。しかしポメラだと余裕があり、しかも背が低いので、端末の向こう側でいつも隠れているコップ類がよく見える。
 外でバリパリネットを使って用事をしているわけではないので、文章を打ち込めればそれでいい。
 最近はノートパソコンの方が多いが、ウインドウズの更新などで、内部に保存しているものを部屋のパソコンへ転送できなかったりする。ウインドウズの更新はあとにすればいいのだが、悪い時期に引っかかると、なかなか更新が終わらない。これは朝、喫茶店から戻ってきたときによくある。最近のファイルはノート側にあるので、部屋のパソコンでいじれないので、何もできない。
 ノートのデータは同期されるようになっているが、しないときもある。そんなときはノート側を再起動すればうまく同期してくれる。その際、起動のとき、更新とぶつかるのだ。
 ポメラは普通のSDカードの抜き差しだけで渡せるのだが、このSDカード、戻すのを忘れることがあるので、ポメラの内部メモリにファイルを入れている。USBで繋ぐとドライブとして認識してくれるので、こちらの方が楽。そのまま放置すれば充電もしてくれる。
 さらにポメラのバッテリーは、放置していても減っていなかったりする。これは実際には蓋を閉めれば終了で、休止ではないためだろう。ノートパソコンは休止状態で放置することが多いので、いざ使うとき、バッテリーがなくなっていたりする。これも毎日使っていればそんな問題はないが。
 最近のノートパソコンはウインドウズの起動が速いので、休止にしなくても、終了させておいた方がいいのだろう。
 ポメラを買ったとき、ついでに携帯充電器を買っているが、出番がない。これは、ポメラを持ち出すとき、バッテリーが切れている状態のとき、役立つかもしれない。しかしそんな状態になったことはない。
 
 食欲の秋ではないが、暖かいものを食べたくなる。それでおでんセットを買ってきて、それを煮て食べている。レトルトではないので、少し煮ないといけないが、ものすごく膨らむ。小麦含有量が多いためだろうか。何が原因で、こんなに膨らむのか分からないが、煮込まなくてもいいので、楽と言えば楽。これは練り物メーカーのおでんセットなので、こんにゃくとかは入っていない。卵も。
 その濃縮出汁が美味しい。この出汁だけ欲しいところだ。透明なので、おでんらしい。醤油で煮染めると、茶色くなるので、透明だと見た目がいい。
 
 

■■ 2017年9月13日(水) 午前9時11分
 
 今朝は晴れている。夜も涼しく、寝やすくなったのか、寝過ごしてしまった。いつもの時間に起きたのだが、二度寝が長かったのだろう。あのとき起きていて丁度だったのだが、また寝てしまった。
 九月になっても真夏のように暑い年があったが、今年は順調に秋に向かっている。と言うより既に秋なのだが。秋の初め頃は、夏とかぶっているので、暑さに対して油断ができないが、涼しさに対しても油断できない。こちらが本命だろう。涼しさから寒さになる本道だ。
 朝は決まって味噌汁を作るのだが、夏場は暑苦しくて豆腐を入れなかった。冷や奴にして食べていた。だから豆腐はずっと食べていることになるが、三つ入り百円の絹こし豆腐で、その一つの半分を食べる。だからそれを買うと六回分ある。これは豆腐一丁などを買うと、食べきる前に怪しくなる。だから三つに切って、パックしてある方がよい。封を切らないので、賞味期限は延びるが、豆腐は意外と速い。そのため、賞味期限などを見ないで食べている。見ると、超えているのが分かってしまうためだ。夏場は危ないが、火を通せば何とかなる。冷や奴で食べると怪しい。
 大雨が明け方降った日、祭日ではないかと疑ったことがある。いつもの小学校と高校の登校風景がなかったからだ。週が明けたばかりで、土曜はまだ早い。これは大雨で休校だったのかもしれない。その時間帯雨は小雨だったので、何も問題はないのだが、電車が止まったりしていたのだろう。だから先生が出てこれなかったりする。近所の小学校なので、先生も近所とは限らない。結構遠くから来ているのかもしれない。
 また高校の休校は、豪雨では自転車通学が厳しいのだろう。合羽を着ていても厳しいだろう。台風と違い、風がないだけましだが。
 
 NECの11インチノートを調べていると、10インチタイプとほぼ同じぐらいの大きさまで小さくなっている。いつも使っているエイスースーの10インチタイプと幅などは殆ど同じだ。1センチ弱長い程度だが、実際には両端で5ミリ以下程度の違いもない。この小ささは何だろうと思ったのだが、液晶の枠が狭くなったためだろう。この液晶サイズは変えられない。11インチなら、11インチなければいけない。しかし液晶の周りの枠がそれなりにある。それを削ったのだろう。
 するとどうなるか。キーボードの幅も狭くなるので、10インチのキーボードの幅に近くなる。これが13インチなら、逆に13インチに合わせてしまうと、キーボードの幅が間延びしてしまうので、逆にキーボードの左右に枠を作っている。
 要するにNECの11インチタイプは、キーボード的には10インチの打ちやすさがあるということになる。それでいて11インチなので、文字は10インチよりも大きく見える。これは凄いと思った。重さは900グラム。同社のZEROシリーズは13インチでも700グラム台なので、それと比較すれば重いが、その分キーのストロークがある。減量で無理をしていないためだろうが。しかしキーはやや硬い目立った。
 その宣伝を見に行くと、学生向け。キャンパス向け。また入門機となっているが、10万円もする入門機はないだろう。それと学生が10万円のノートを買うのだろうか。自分では買えないだろう。他に買うものがもっと多くある年頃だ。
 cpuは三種類。だから三タイプある。一番安いのがペンティアム。次が、何とかM。次がメインのi3。
 要するにシンプルなベーシックモデルで、液晶は蝶番式で、取り外せない。その分、しっかりとしている。バッテリーは10時間。
 その他の中身は同じだが、一番高いタイプだけは250メガのハードデスクのようなものが付いている。フラッシュメモリで、最近のノートは物理的に回転をするハードディスクモデルは減っている。このタイプの方が早いためだ。
 しかし、ゲートウェイのように3万円台ではないので、これは一寸別のノートを使ってみたいというようなことを理由にさっと買うわけにはいかない。
 逆に大きく重いゲートウェイの11インチタイプを懐かしがって買う方がいいような気がする。
 カメラと同じで、既に持っているのに、別のを買うのに近い。
 逆に貧弱なスペックのノートで、何処までできるかを試す方が痛快だったりする。
 
 

■■ 2017年9月12日(火) 午前8時18分
 
 今朝は雨。明け方もの凄く降っていたようで、一時間に20ミリ以上と記録には残っている。記録的な雨だがよくある記録だ。しかし新記録が出そうなほど高い数値になりそうな降り方だった。記録的というのは新記録だけを差すのではなく、記録として残すほどの降り方だろうか。記録してもいいような。だから一位でなくても十位ぐらいでも、そこに入ったのだから、記録に値する。
 当然、この年のこの月の、この日に一寸沢山雨が降ったということも記録にとどめればいいが、雨量記録はネット上で常に記録されて続けている。
 次に残るのは記憶だろう。これは個人の頭の中の世界だけかもしれない。明け方の雨なので、寝ている場合、記憶にない。今朝は雨音がうるさいので一瞬目が覚めたので降っているときのことは覚えているが、そうでないと、生の記憶ではなく、ニュースなどの記録からの記憶になる。これもまた記憶なのだ。そして殆どのニュース番組のニュースは又聞きのようなもので、生の記憶ではない。そんなものいちいち見に行けないし、体験もできないだろう。
 体験したこと、その記憶は確かかというと、それも怪しい。先入観が入るためだろう。これは自分との関係で見ていたりする。そしてどの箇所が記憶に残ったのかによる。そうなると感受性とか、その人の感じ方により見るものや受け止め方が違ってくる。だから実体験したからといっても、程がある。
 それで明け方の大雨、これは起きてからネットで見ると六時頃に降ったようだ。薄暗いので夜だと思っていたが、違っていた。明け方なのだ。そのあと、また寝たのだが、起きつつあるときに雨が弱まってきて、上手く行けば上がっているかもしれない状態になっていた。何がポイントか、それは朝の喫茶店に行くとき、降っていないと助かるということだ。ここが最大のポイント。
 結果的には上がっていなかったが、小雨で、傘は必要だが緩い雨。まずまずだった。台風ではないので風はない。
 雨の降っている日の喫茶店の冷房は厳しい。湿気ているためだ。そのため、喫茶店の硝子が曇っている。磨りガラスになったような感じ。そして冷房で寒い。そのため、それを予測して、ジャージ風の上着を着て来た。それでも寒いが、それ以上になると、ジャンパー系になる。冬物に近くなってしまう。
 カッターシャツの上にカーデガン風なものを羽織れば丁度かもしれないが、道中が暑苦しいかもしれない。湿気ているので。
 台風も来ているようだ。大陸方面へ向かっているのだが、途中で右旋回し、九州方面へ向かう予想される。数日先の話なので、まだ関係はないが、その影響で蒸し暑くなるかもしれない。直接ではなく、間接的に。
 そして、気候はどうか。大雨などが降ると、いつもの気候が分からなくなる。それなりに涼しくなってきていたような気がするが、寝る前は熱帯夜の25度以上あり、夜中に25度を切り、熱帯夜ではなくなるパターンが多い。昼間は30度近くまで上がっていたように思う。今日は雨なので、水冷効果で、それほど上がらないので、昼間の気温は平年よりも涼しいかもしれない。
 真夏の頃に比べればもの凄く涼しくなっているのだから、文句は言えない。それにこの文句、言っても通らない文句だ。訴えても解決しない。天のやることなので。
 
 今朝はいつものエイスースーの10インチノートを持ち出している。これが一番新しく買ったもので、買ってからはこればかり使っていた。たまに11インチタイプを使うと、10インチが小さく感じてしまうのだが、文字が見えないわけではない。
 そして10インチに戻すと、キーボードはやはり10インチが打ちやすい。高速タイプのときに違いが出る。また違いとして爪がある。爪が伸びているとき11インチのキーボードでは打ちにくくなる。10インチの場合、爪で打つことが結構ある。これはキーが狭いので、指の角度と関係するのだろう。爪が伸びているときは、それだけ遠くのキーにも爪がかかるので便利だが。
 10インチだと爪を伸ばしていても打ちやすいが、11インチだと爪が伸びていると打ちにくくなる。だから爪の影響がない10インチが有利。まあ、早い目に切ればいいのだが。
 このエイスースーのキーボードはかなりいい。ノートを開けたとき、キーボードが傾くので、それだけでも打ちやすい。遠くのキーが。
 キーストロークもそれなりにあり、押した感じがする。そして柔らかい。これはキーだけの問題ではなく、キーボードの板がしなるためだ。浮いているのだ。そのため、キーボードの底に当たるところは全面ゴムのような材質で、これが滑り止めになる。これはカバーのようなもので、底なのだが、実は表側なのだ。つまりタブレットにもなることを考えて、キーボードは実はカバーなのだ。底が革のブックカバーのような化粧もの。しかし、タブレットスタイルで使ったことはない。タブレットモードにすると、キーが使えないので、逆に不便。
 10インチで官能的なキーボードだったのが、NEC製。しかし、そのキーボードよりもエイスースーの方がよかったりするのだから、不思議だ。キーボードが浮いていることのたるみでソフトなのだ。弾力があるので、疲れにくい。ずっと踵を上げているようなものだが。柔軟性がある。これは剛性ではない。
 そしてNECの10インチは重かった。今ならズシリとくる。1キロを超えるとやはり重く感じる。
 それで、ゲートウェイの11インチタイプは遠のいた。フルサイズのキーボードなので、打ちやすいはずだが、少し大きいかもしれない。
 その横に並んでいた同じゲートウェイの10インチは無視。メモリが2ギガしかないためだ。その分、数千円安いのだが、昔憧れていたゲートウェイの10インチタイプは4ギガあったのだ。しかし上新では安いのから二番目のパソコンだったが。そして一番安いのを買っている。2万円台だ。これがエイスースー製だった。そして上新と組んで作った製品だった。
 
 先日はせっかく買ったアルミ鍋天麩羅うどんを冷蔵庫に入れ忘れたことから腐らせてしまったが、今回はアルミ鍋ではないタイプのたぬき蕎麦を買ってきて夕食とした。これでは流石に腹が空いてしまったので、豚まんも食べる。これは三つ入っている。蓬莱の豚まんだ。レンジではなく、しっかりと蒸し直すと、もの凄く柔らかくなった。レンジではこの軟らかさ、ソフトさは出ない。水を入れても。
 やはり湯気が立っている風呂に入れてやる方がソフトでまろやか。手間はかかるし、タイマーで自動的に切れるわけではないので、面倒だが。
 100円のたぬき蕎麦を食べていると、これは立ち食い蕎麦を高く感じてしまう。
 この時期、夏の疲れが出る頃なのか、体調はよくない。何となく気怠い。暑さ慣れしていた身体が、涼しくなったため、戸惑っているのだろう。
 
 
  
■■ 2017年9月11日 月曜日 午前8時26分
 
 今朝は晴れている。昨夜は少し暑かった。25度以下にはならないので、熱帯夜。しかし深夜になると24度になっていたので、熱帯夜とは言えないが、寝る前は熱帯夜レベルだったので、扇風機を付けて寝た。当然途中で寒くなり、切ったが。寝る前も付けるかどうかで迷った。付けた状態で、蒲団を被っていたのだから、付ける必要はないが、消すと寝苦しくなることは分かっている。そういうのが何度かある。
 涼しくなっていることは確かで、ベースの気温が下がっているのだろう。陽射しがあっても暑くないことが多い。
 しかし、意外とこの時期夏バテしたりする。夏ではないのだが、じんわりと暑いことがある。秋に入っているのに、暑さにやられるとかだ。
 
 11インチノートを最近使っているが、10インチに変えると、文字が小さくなるのが目立ったりする。10インチの頃はそれほど思わなかったのだが。また7インチや9インチのノートもあり、それに比べると10インチは大きい文字に見えたものだ。
 11インチから10インチに変えると、キーボードが狭く感じる。少し指が窮屈に感じる。逆に10インチから11インチに変えると、指を長く伸ばさないと、キーに届かなかったりする。慣れというのは恐ろしいものだ。指が覚えているのだ。しかし、この指、すぐに忘れてしまう。しかし、いくら慣らそうとしても慣らしきれないこともある。
 よく使うキーとしてスペースキーがある。中央部にある長いキーだ。日本語変換中はスペースキーになる。自動変換でも、誤変換とかがあると、変換キーでもあるスペースキーを押すことが多い。それが10インチでは短い。横だけではなく、縦にも短くなるためだろう。それで、スペースキーを押すときやや窮屈に感じる。
 自転車も同じで、乗り換えると、最初はギクシャクする。ハンドルがぐらついたりとか。しかし、すぐに慣れてきて、もう自転車に乗っていることに気付かないほど、自転車を意識しないで乗っている。意識するとすれば、今朝はペダルが重いとかだ。これは自転車ではなく、乗っている人の話になる。
 しかし、本当にペダルが最近重くなっていることがある。深く考えなくても空気が減っているため弾まなくなっているためだ。だからそれはその自転車の問題ではなく、どの自転車でも同じように空気は抜けていく。乗り換えた自転車だけの問題ではなくなっており、自転車一般の話になっている。
 つまり一般的な話。よくある話。その人やその物だけの話ではなくなる。
 いつも通りとはよい状態ではなく、慣れた状態のことで、熟れた状態を維持したいというのがあるのだろう。状態が悪くても、その悪い状態に慣れていると、あまり変えようとしなかったりする。これも我慢の限界というのがあり、何処かでそれと出合うのだろう。
 
 昨日は夕食に桜餅を食べた。桜の葉で包んだものだが、大きな桜餅なので、葉で覆えないほど。だから殆どぼた餅だ。その横に普通おはぎがあり、アンコの量はそちらの方が多い。それは流石に避ける。
 大きな桜餅だが、これでは腹が減ると思い。豚まんを買う。スーパーで売られている蓬莱の豚まんだ。少し大きいので高い。パン屋メーカーのは安いがスカスカだ。コンビニの豚まんに近い。
 しかし、桜餅一つで満足してしまい、二つ目を食べないと硬くなるので仕方なく食べたが、これが効いた。やはりどう見ても甘い。
 だから桜餅ではなく、豚まんだけでよかったのだ。
 まあ、あまり食欲がないとか、食べるのが面倒なときはお茶漬けでいいのだろう。その方がすっきりとしている。
 スーパーへ行くと、レジで並んでいるそこにおはぎとかぼた餅とかがある店がある。これは関所だ。これは見てはいけないが、手がすぐに届くところにある。軽いおやつもそこにあったりする。これも関所だ。
 ただ夕方に買い物に行き、それなりの食材を買ってきて、いざ作ろうという前にお腹がすいているので、そういうおやつを食べてから作ることになると、夕ご飯が食べられなかったりする。あまりお腹がすいていないためだ。だからスーパーへ行く前に、軽く何かを食べた方がよかったりする。
 食材を色々買い、色々と作れる状態なのに、お腹がすいてしまい、弁当とか、すぐに食べられる物に手を出し、結局戻ってから何も作らないこともある。
 野菜の煮たものなどは結構高い。肉じゃがなどが売られているが、原価は50円ほどかもしれない。それが280円もしていたりする。帰ってから肉じゃがを作ることを思えば、それでいいのかもしれないが。
 昨日はそれで、おでんセットを買う。これが安くて長持ちする。練り物が多いので、おでんとして食べるのではなく、野菜などを入れて、普通の煮物にする。
 スーパーの惣菜コーナーで、よく買うのはオカラだ。これはあっさりとしていていい。ポテトサラダの横に並んでいたりする。これは結構おかずになる。
 涼しくなってきたので、煮物がしやすくなる。食べる気にもなる。
 
 
 
■■ 2017年9月10日 日曜日 午前8時29分
 
 今朝は晴れている。晴れているときは特に言う必要はないのかもしれない。雨の日だけ天気のことを言ったりする。晴れていて普通なのかもしれない。しかし雨が降っていないだけで、ずっと曇っている日もある。これも特に言う必要はない。
 雨だと傘がいるので、外に出るとき、持ち物が増える。しかし晴れていても、日傘を使う人がいるので、荷物だけの問題ではなさそうだ。
 昨日は思ったよりも暑かった。夜も暑いと思い窓を開けていたのだが、温度を見ると、それほど高くない。熱帯夜になりそうな雰囲気はなかった。しかし、暑苦しかった。
 だが、寒暖計が示している通り、夜中になると寒くなってきた。だから寝る前の気温に合わすのではなく、夜中の気温に合わせた方がいい。夜中から急に暑くなることは先ずない。
 スーパーの衣料品売り場を覗くと、その前で夏物最終バーゲンをしていた。この夏ここで買ったTシャツ付きの七分袖上着も吊されていた。この時期、買わないだろうが今すぐ着たい場合は別。今なら現役だ。今着られるものが売られているだけでもユニクロとは違う。すぐに長袖のネルシャツの季節になるが。
 鞄が特価台に乗せられていた。カジュアルバッグで、パソコンなどを入れる仕切りのないタイプだ。これはこの前までしっかりとした場所に飾られていたので、それが晒し首になったのだろう。ボロ着が詰め込まれているように見えた。くにゃっとした布のソフトなショルダーバッグだ。
 この時期、昼ご飯にサツマイモを食べたいと思うのだが、いつもの八百屋の笊売りコーナーにはまだ出ていない。かなり安い。形が悪かったり、古かったりする。だから当たり外れがあるのだが。まだ、その時期ではないのだろう。サツマイモは年中売られているが、まだ高い。
 昼は軽くパンでも食べておればいいのだが、小麦粉ではなく、芋がいい。
 昨夜は買い置きのアルミ鍋うどんであっさり済ませようとしていたのだが、冷蔵庫に入れ忘れたのか、うどんを見ると、少し黄色がかかっている。白くない。やはりまだ夏だ。腐り始めていた。見ただけで状態が分かる。このアルミ鍋うどんは百円台である。アルミ抜きなら100円ほどだろうか。
 もううどんを食べる絵ができてしまったので、コンビニでうどんを買う。カレーうどんだと思って買ったのだが肉うどんだった。450円と高い。コンビのうどんはどのうどんも同じ麺なので、これは飽きる。腰がなく柔らかい安いうどんがいい。アルミ鍋うどんのうどんはそれに近い。ざる蕎麦やぶっかけうどんなどが並んでいたコーナーにも、そろそろ温かいうどん系が並びだしている。夏場食べる気がしなかったが、涼しくなると、温かい出汁がよかったりする。
 夏場待ち望んでいた涼しさが来ているのだが、季節の変わり目か、体調は今一つ。真夏の暑いときよりも、この時期の方がしんどかったりする。
 夏の初め頃もそうだが、喫茶店の冷房がきつく感じられる。真夏だとそれほどでもなかったのだが。
 だから薄着だと喫茶店や冷房の効いている場所などでは寒い。猛暑日なら別だが。
 昨日はゲートウェイの11インチノートをまた見に行く。3万円台だ。しかし、その横のNECの11インチ機がいやに小さい。液晶は確かに11インチあるのだが、枠が細いのだろう。それで横幅と縦が短くなる。そして軽い。これに比べると、大きく重く感じてしまう。
 その横へ行くと、さらに高いタイプがあり、NECのZEROシリーズが並んでいるのだが、13インチなのにゲートウェイの11インチほどの大きさしかない。当然ゼロなので700グラム台だろう。こんなに小さかったのかと思って見ていると、その型落ちタイプが展示品特価で出ていた。こちらは大きい。軽さは同じだろうが。
 だから今年の春モデルが小さい。この差は大きいかもしれない。これで13インチなのだから、驚く。値段を見ると、さらに驚き、引いてしまったが。
 こちらが少し前に買った数世代型落ちのZEROは11インチだが、大きさが変わらない13インチだ。まあ、その11インチZEROは今日も使っているので、問題はない。軽いが少し大きい。これは液晶の枠の問題だろう。
 三万円台のゲートウェイで一寸遊んでみようというのなら平和だ。
 

 


■■ 2017年9月9日 土曜日 午前9時06分
 
 今朝も晴れている。いい季候になっている。暑さ寒さも彼岸までと言うが、いつ頃だろうか。盆も彼岸、この場合、お彼岸だろうが、カレンダーにはない。秋分の日のことだろう。昼と夜の時間が同じ。半々。これは非常に分かりやすい分け方だが、言われなければ分からなかったりする。夏の終わりは日が短くなっているのが分かる程度だろうか。春分の日もあり、これも日が長くなってきていると何となく気付く程度で、丁度半々という認識は少ないだろう。
 今朝は完全に寝過ぎた。目が覚めると、一時間ほど遅れていた。いつも起きそうな時間になると、一応目が覚めたりするのだが、それがない。一気に寝過ごした感じだ。だから寝過ごしたことに気付かなかった。
 寝過ごしたわりには身体が重く、何となくしんどい。寝過ごしたのだから、その分、余計に寝たのだから、元気なはずなのだが、寝過ぎると逆にしんどくなることもある。
 ただ、目が覚めたときのタイミングもあるようで、昼寝から起きたとき、日によって気分が違う。いい感じで起きてくることもあれば、起きたあと、もの凄くしんどく感じることもある。昼寝をしたのに、しんどくなるというのは何だろうかと思ってしまう。それは毎回違うが、いい感じで起きてきたときは印象に残らない。
 昼寝はうとっとした程度の時間で、眠ったのかどうか分からないときもある。
 今朝は遅く起きてきたので、寝起き行く喫茶店までの道での登校風景がないと思っていたが、土曜で休みだったようだ。いつの間にか週末になっていた。
 晴れており、陽射しがあるためか、少し暑い。まだ少し夏が残っているようで、これは九月いっぱいは暑いときがある。まるで真夏のように暑い年もあった。
 昨日は家電店の上新へ行くとき、ユニクロに寄ったのだが、もう冬だ。ダウンジャケットが吊されている。この時期、ユニクロへ行っても今着るための服が売っていなかったりする。まだ半袖と短パンで歩いている人がいるのに、綿入りの上着など着られないだろう。では半袖や夏向けだった服は何処へ行ったのか。それは通路の棚に袋に入って特価で売られていたりする。まるでゴミ捨て場のようなコーナーで、それを漁っている人がいる。
 一寸上に引っかけるゆったりとしたパーカーを見に来たのだが、それを超えて、もっと冬に近いものになっている。以前なら綿の重そうなパーカーがずらりと吊されている時期なのに。
 上新へ行くと、セールは終わっていたが、ゲートウェイの11インチノートと10インチノートが三万円代。限定三千台となっているが、多すぎるのではないかと思うが、このゲートウェイブラド、中身はエイサーか、エイスースーだ。その上新販売ブランドとして、昔のゲートウェイの名で売られている。ゲートウェイと言えば牛のマークで有名。昔から安かった。
 11インチノートは1.2キロあり、結構重いが、一枚物のカタログがあり、それを見ると、11インチでこの軽さとなっている。重いではないか。
 まあ昔の10インチのノートも重かったので、11インチで、昔の10インチ並みの重さなので、軽いのだろう。横にある10インチノートも決して軽くはない。1キロ少し越えるだろうか。
 ゲートウェイらしさというわけではないが、11インチタイプのキーボードが結構いい。それと独立したロールアップ、ダウンキーが矢印キー近くにある。非常に小さいが。これはよく使うキーなのだが、殆どは二つのキーを同時に押さないといけない。しかし、11インチタイプの、このノートは独立したキーがあるので、この得点は高い。普通のモバイル系ノートパソコンには滅多にないのだ。値段は殆ど同じなので、11インチの方がお得だろう。
 記憶容量は64ギガあるので、ウインドウズの最初の溜まっている大きな更新でも、何とかなる。32ギガなら厳しい。SDカードとか、USBメモリを突き刺して、逃がさないと更新するときの空きがなくなる。同じゲートウェイの11インチタイプで2ギガしかないタイプは二万円台に落ちている。これは上新のネットにある。
 この1.2キロをどう評価するかだ。重いとだけの評価なら簡単だが、軽くしたしわ寄せが何処かに出る。キーストロークが浅すぎたり、弛んだりする。
 中の部品は似たようなものだろうから、結局はガワの材質で軽さが決まるのだろう。この11インチタイプ、水に強いらしい。水をこぼした程度では大丈夫となっているが、それよりもキーの質感の方が大事かもしれない。
 値段が値段なので、非常に優れた特徴を示すだけのスペックはない。おそらく一番安い11インチノートのはず。
 しかし、数年前、それよりもさらに安いノートを上新で買っている。そのとき、ゲートウェイが横にあった。そちらの方が一万円以上高い。買ったのは二万円台のもの。その頃は、ゲートウェイは憧れのノートだった。上位機だ。ただし、ノートパソコン全体から見ると、最下位争いのましな方程度。そのとき買ったのは10インチで。まだハードディスク時代だった。だからハードディスクが抜けた分だけ軽くなったのだろう。僅かな違いだ。
 涼しくなってきて頭が冴えだしたので、こういったノートパソコンを弄る気がしてきたのだが、そのまま夏の頭でいる方が平和かもしれない。
 
 
 
■■ 2017年9月8日 金曜日 午前8時23分
 
 今朝は晴れている。雨で湿気て蒸し暑かったのだが、そこから解放された感じ。そして涼しさが戻った。寝起き行く喫茶店までの道も陽射しがあるが暑くはない。これは季節が動いている証拠。日影を選ばなくてもよくなっているが、昼間の一番気温が上がる頃はまだ無理かもしれない。
 昨日は一日雨で何ともならなかった。雨よりも蒸し暑さだ。雨で涼しくなるのではなく、逆に暑苦しかった。しかし、気温的には大して上がっていないので、うっかりしていると、寒く感じたりした。暑いのか寒いのかよく分からない状態だ。
 扇風機を付けないと暑苦しいのだが、付けると涼しくなりすぎる。昼寝のとき、掛け布団を使いながら扇風機を回すという逆のことをしている。そのままだと暑いが、付けると寒くなる。しかし蒲団を被れば丁度。
 昼に入った喫茶店へ行く道は小雨で、傘がいらなかったが、帰り際大雨。所謂土砂降り。これでは自転車で戻れないので、しばらく待機する。少しだけ喫茶店内滞在時間が長くなった程度だが。そして湿気で蒸すのか、冷房が入っているのに、暑苦しかった。
 温度よりも湿度の方が厳しい。
 ご飯が切れていたので、夕食は外食。うな丼を食べに行く。すき家のうな丼だ。前回行ったとき、大きく柔らかい鰻に戻っていたので、それを再確認しに行ったわけではないが。前回はメニューに指を当てて注文すると、うな牛が出てきたので、今回は口で言う。鰻はやはり戻っていて、いい感じだった。しかも大きい。やはり土用の頃の鰻は別物だったようだ。だから普通の鰻に戻ったことを確認。すき家のうな丼は年中あるはず。今も季節ではないのに、うな丼の幟が揚がっている。
 この、すき家往復も雨の中。傘の骨が曲がったのか、スムースに開かなかったりする。自転車に差し込んでいるとき、骨が曲がるのか、倒されたとき、曲がったのかは分からない。自転車はよく倒される。自転車置き場での出し入れで、倒されるのだろう。
 スーパーの衣料品売り場を覗くと、秋冬物のズボンが二割引で吊されていた。新作ではなく、去年の売れ残りを引っ張り出してきたのだろうか。いずれもゴムパンで、ゴムと紐が付いている。サイズはSMLしかないが、意外と合う。寸法直しが必要でない絞りタイプもあるが、そうでないストレートタイプでも最初から短めなので切る必要はない。
 秋冬物なので、少し生地は厚い目。ボリュームのあるタイプは裏地に少しだけ何かを入れている。しかしアンコではない。アンコまで入れると、それは防寒ズボンになり、まだ早い。
 上着は、アンコの入ったジャンパーも吊されている。もう夏ではないのだ。
 この時期から自転車散歩に出やすくなるのだが、元気のある日と重ならないと、長距離ものはしんどい。最初から行く気が出なかったりする。
 夏の終わりがけ、まだ暑い時期だが、そのときは夕方から出掛けていた。日が長かったためだろう。今その時間になると、もうあと僅かしか日がないので、ウロウロしている時間がない。せいぜい食材などを買いに往復する程度。夕焼けを見に行くようなものだ。
 
 都はるみの映像を追っているのだが、その殆どはユーチューブにあるが、検索では出てこなかったりするのもある。
 昨日は夜のヒットスタジオという夜の十時頃やっていた歌番組から探すと、都はるみが出てきた。夜のヒットスタジオプラス都はるみで出た。都はるみ単独では出ないか、奥の方にあるのだろうか。
 これは番組をそのままアップしたもののようで、その中に出る歌手の中に混ざっていたようだ。
 司会は前田武彦から井上順に変わっている。都はるみが数曲歌っている。人の曲だ。五木ひろしもいるが、トリは都はるみ。一人で何曲も歌っているので、妙だと思っていたのだが、これは年末に放映されたようだ。都はるみが「北の宿から」で賞を総なめした年だ。フジテレビ系列の賞を取った直前だろうか。1962あたりかどうかは忘れたが、タイヤキの歌がヒットした年だろうか。
 当時の都はるみはオバサンのような感じで、ショートカット。この映像と、引退前の振り袖を着た娘姿の映像とが合わない。若返っているのだ。
 特別なシーンではなく、夜のヒットスタジオのような普段の歌番組の映像の方が、当時の様子が分かる。司会者とのやり取りや歌手同士のやり取りで、関係などが分かる。
 そしてその歌手をどう扱っていたのかだ。
 こちらの記憶では、北の宿からでまた都はるみが復活した感じの印象を持っていた。この時代、25才頃だったと思うので、都はるみは28才。この頃、特にテレビをよく見ていた時代だ。だから、記憶にあるが、もう忘れている。
 司会の吉村真理?が、はるみちゃんと呼んでいた。これは十代の頃、好きになった人を同じ番組で歌っている映像があるので、そのときは子供のようなものだろう。
 しかし、この頃の都はるみは既に貫禄がある。
 コンサートを録画したものより、その歌を現役で歌っていたその時代のテレビ番組のほうが映像や歌い方も、その時代がよく分かったりする。おそらく新曲だったはずなので。
 この夜のヒットスタジオ。何本かネット上にある。CMを抜いて、そのままアップされている。
 
 

■■ 2017年9月7日 木曜日 午前8時04分
 
 今朝は曇っている。夜は久しぶりの熱帯夜。26度あった。暖かくて湿った空気が入り込んだのだろうか。寝る前、少し暑苦しかったが、扇風機を付ける必要はなかった。
 今朝の空模様では雨が降りそうな雰囲気だが、どうだろう。空全体が白い。そして薄暗い。雲が下の方に来ているのか、輪郭はない。白いだけ。雲のフィルターで、地上はフラット。明暗比が少ない。
 今朝は早い目に起きてしまったが、実は寝過ごしたと思っていた。今、起きると丁度というか、まずまずの時間に目が覚めたのだが、布団から出られず、二度ほど二度寝をした。そのため、遅い時間になっていたのだが、起きてから時計をもう一度見ると、一時間早い。時計は柱にあり、蒲団から見ると、真っ直ぐ見えていない。だから針の角度を見間違える。ずれているのだ。針と文字盤がずれているのではなく、見え方がずれている。文字盤には文字はない。だから零時と六時が傾いている。この誤差を差し引いて見ているのだが、見間違いが多い。身体も寝た状態で見ていることもある。しかも斜めから見るので、なおさらだ。
 その時間起きても喫茶店はまだ開いていない。開いている喫茶店もあるのだが、最近行っていないし、高い。それに喫茶店までの道も、いつもの道を行く方が好ましい。これは朝の風景なので。
 それでいつもより早い目というか、いつも、その時間に喫茶店へ向かうのだが、最近遅れがちなので、元に戻った。この時間、小学校の登校風景と出合うのだが、まだ早いのか、数は少ない。そのあと多くなる。だからこれを見ているだけで、時間が分かったりする。数が多いと遅れてきたことになる。さらに遅れると数が減る。さらに遅れると、小学生ではなく、幼稚園児になり、さらに遅れると立ち番が片付けをしている。
 今朝はその後、高校前を通るのだが、自転車通学の列がない。これも早いためだろう。
 これがいつもの時間に起きて、いつもの時間に喫茶店へ向かったときの標準の風景になるのだが、最近はもう少し遅い時間になっていた。
 よく考えると、昨夜寝るのが一時間ほど早かったためだろう。最近は寝る時間が遅れていたりする。
 以前はもう一時間ほど早く起きてきていたのだが、喫茶店の都合で、一時間ずらした。安い店が禁煙になったので、行けなくなってしまった。都合。二時間ほどずらしたことになる。
 だから数年前までは今より二時間早く朝を迎えていたことになる。習慣とは恐ろしいもので、今はそんなことはできない。それにはもっと早く寝ないと無理だろう。
 それ以前はかなり長い期間、起きる時間は毎朝変わっていた。ずれていくのだ。それで昼頃起きてきたり、夕方や、夜に起きてきたりしていた。その頃に比べると、今は規則的な方だ。ほぼ起床時間は同じ。そして以前なら、少しずつずれていき、朝起きが昼起きになったが、それがなくなっている。ずれても一時間か二時間以内なので、これは戻れる。
 習慣とは恐ろしいもので、地味だがそれが標準になり、ベースになっていく。これは簡単な事で崩れるのだが、すぐに戻れたりする。
 涼しくなってきたので、上着を代えた。いつものカッターシャツでは喫茶店に入ったときに寒いためだ。夏に特価で七分袖の極薄のカッターシャツを買った。まさに夏向けで涼しい。Tシャツ付きで、お得な品で、しかも特価。そのとき、一緒に薄い目のパーカーを買っている。これは春物の売れ残りだろう。夏場は流石に暑苦しくて着られなかったが、今なら丁度。生地ボコボコしており、感触がいい。ただ少し腕が細いので、窮屈だが。
 真夏のときのような炎天下では、これは暑苦しくて着てられないが、今ならもうそんな強い暑さはないので、問題はないだろう。暑いときは腕をまくればいい。
 夏の暑さがなくなってほっとしているが、何となく淋しい感じもする。
 
 
 
■■ 2017年9月6日 水曜日 午前8時24分
 
 今朝は曇っている。気温は雨のためか、少しある。昨日よりも1度ほど高い。暑さがぶり返したような感じではなく、雨の日の湿気が加わる程度。起きたときは降っていないが、今にも降り出しそうな空だが、天気予報では大阪方面は曇りで、雨のマークは出ていない。しかし、どう見ても降り出しそうなのはどうしたことか。昨夜は雨が降っていた。小雨だが。まあ、前線が真横にかかっており、大阪方面もその線上にあるので、降ってもおかしくない。前線の北側で降るようなので、日本海側は雨。
 台風が天気図にはあるが、いつの台風だろうか。あまり影響がないのか、触れられていない。大陸へ向かっているのだろう。かなり南だ。
 まあ、遠いところにあり、影響がなければ言う必要もないのだろう。遠いところでの出来事でも影響がある場合もあるが、天気に関しては、そんなものかもしれない。
 天気予報も、雨から報じられたりする。晴れからではなく、これは被害が出そうなところからだろうか。雨が降った程度では被害にはならないが、影響は晴れの日よりも大きい。晴れだと困ることより、雨の方が困ることが多いためだろうか。
 しかし、夏場は晴れではなく、暑さを報じる。これは熱中症などが起こりやすいので、影響が多いためだろう。雨の日より、猛暑日の方がきつかったりする。雨で服が濡れた程度では、弱い。
 それと土日とか、行事がある日、晴れるかどうかが大事だったりする。雨だと中止になったり、人の出が少なく、失敗に終わることもある。どんなにいいもの、人気のあるものでも、雨には負けたりする。もの凄く単純な話だ。まあ、大事なことで出かけないといけない用件なら雨でも行くだろう。また行かないといけない。
 今日は曇っているので、日差しがないため、昼間の気温も上がらないはずだが、意外と蒸し暑くなるかもしれない。それでももう夏のことなど忘れてしまったような気温になっている。過ぎ去れば忘れるものだ。今は今のことを思うのだろう。ただ、秋の気候の良さは、暑い夏を経過したからこそ効果がある。あの暑い日に比べれば、という具合に。
 スーパーへ行くと野菜がまた高くなっている。雨が続き野菜が高くなるのは分かるが、大阪方面ではそれほど雨は降っていない。しかし、結構遠くから葉物などは仕入れているのだろう。それで買えるような値段の葉物がないので、葉だけをちぎったものが袋に詰められていたので、それを買う。これは安い。茎がないので、ボリュームはないが、葉だけで風船のように膨らんだ袋だ。これを炒めると、殆ど嵩はない。綿菓子のようなものだ。葉物は茎が付いている。この茎が嵩になっている。はみ出したような余計な葉を間引いたものを集めた葉物は、葉そのものが小さい。そして薄いので、団子にすれば僅かな量だろう。しかし、量ではなく、草にはそれなりの養分が入っているはず。これは分析しても、まだよく分からないものが入っていたりしそうだ。
 
 ソニーからもの凄く小さな単焦点デジカメが出るようだ。24ミリ単焦点で、水中カメラ系だが、受光素子は1インチだったと思うので、高そうなカメラだ。その宣伝を見ると、動画がメインなのかもしれない。だから車に付いているカメラのようなものに近い。
 ここは一寸隙間を突いてきた。富士もオリンパスもコンパクト系は弱くなったが、水中カメラだけは残している。一定の需要があるためだ。
 踏んでも蹴っても転がしても、何ともないカメラで、それが非常に小さい。豆カメラのような。しかし、厚みが結構あるので、厚揚げのようだ。手の平サイズと言うより、指サイズだ。こういうのを鞄の中に転がして入れておけば、使うシーンが結構あるような気がする。小さく目立たない。コンパクトデジカメも、ここまでしないと、特徴が出なくなったのかもしれない。スマホのカメラで、十分と言うことだろう。そこに割り込めるかどうかだ。
 しかし、写真として見た場合、ピントの浅いふんわりとした写真の需要もある。先日買ったパナソニックの1インチタイプのネオ一眼で、それを楽しんでいる。
 
 
 
■■ 2017年9月5日 火曜日 午前8時51分
 
 今朝は涼しい。明け方20度を切っていた。そのせいではないが、寝過ごした。もっと長く寝ていたいと思ったためだろう。本来起きる時間帯に気付いていたようだが、無視した。目は覚めていないが、目覚ましのようなものが鳴っていた。これは聞こえない。
 五分ほど寝たつもりが一時間だったというのがある。だから起きてみるまで分からない。五分か十分ほど寝たのだろうと思うのはただの希望かもしれない。そう思いたいだけ。しかし、実際にはよく寝ていたことになる。起きてすぐにでもやらないといけない用事があれば別だが、寝過ごした程度では支障はない。ただ、一日が気ぜわしくなるが。
 今朝の道行く人は半袖で短パンの人もいるが、上に長袖のジャージ系やニット系を羽織っている人が目に付く。女性に多い。中年の。
 ここはまちまちで、真夏のままの人と、秋になっている人との混成。しかし、長袖のシャツを着ている人が多くなっており、その生地も秋冬物の、少し分厚い目の人がいる。さらに寒くなると、その上に何か羽織るのだろう。人により、順番があり、長袖のカッターシャツの代わりにジャージ系やジャンパー系を着る人もいる。
 この涼しさは本物かどうかは分からない。もう一度戻る可能性もある。まだ九月に入ったばかりなので、いきなりここから秋になるわけがない。昼間はそれなりにまだまだ熱いので、それが証拠だ。朝夕だけが涼しい。ただ、まだ寒いと言うほどではないので、いい季候だ。
 もう少し涼しくなると、喫茶店の冷房が消える。その頃が絶好調だろう。暑くもなく寒くもない。だから気温を気にしなくなる。暑いと気になり、寒いと気になるが、何ともなければ、気温など無視する。気にする必要がないためだ。
 正常に動いているものに対しては、そんなものだろうか。何か異常があったり、おかしな動きをしない限り。
 これは体調もそうだ。腹が痛くなければ、腹のことなど考えないし、神経もそこには行かない。
 涼しくなってきたので、頭も使いやすくなる。暑いときは細かいことや、頭を使うことをするのが面倒に思うが、いい季候だと、頭も正常営業に戻る。これは暑くてボーとしているときの方が平和かもしれないが。
 
 
■■ 2017年9月4日(月) 午前8時42分
 
 今朝も涼しい。最低気温は21度ほど。これは20度を切り、10度内になるのは時間の問題だとすれば、確実に右肩下がりで寒くなっていくことになる。
 半袖の人が長袖になっており、さらにその上に軽いものを羽織っている人もいる。これは朝の風景だ。昨日の昼間など暑かったので、その格好では暑いと思うが、今朝は曇っており、日差しがないので、昼間も涼しいかもしれない。
 バイクに乗っている人はしっかりとジャンパーを着ている。結構早い目に秋の服装を始めているようだ。実際には秋というのはないのかもしれない。間程度。冬に向かっているだけかもしれない。これは動物などもその感覚だろうか。暑い状態から気温が下がり出すだけの時期なのかもしれない。間の季節なので、気温は一定ではなく、変化し続けている。夏や冬はある期間、ずっと同じような気温で、安定している。それでも冬の始まりと中頃とでは寒さが違うので、やはり変化しているのだろう。より寒い側へとか、暑い側へとか。
 あとは体感の問題だろう。感じる度合い。変化していても体感できるかできないかにもよる。
 昨日から真夏のカッターシャツから秋物のカッターシャツに変えたのだが、今朝、道行く人を見ていると、さらに上にもう一枚羽織っているので、少し安心した。しかし、真夏と同じ格好の人も結構いる。スーツの上を着ている人が増えている。これは結構厚着のはず。カッターシャツの上に着ているのだから。
 長袖の上にチョッキを着ているのは年寄りが多い。それでは腕がまだ寒いので、損だと思うのだが。
 夏場長袖をめくり上げているが、喫茶店などで冷えてくると、長くする。それだけで結構違う。だから上に羽織るのはチョッキではなく、長袖の普通の上着でいい。フワッとしたジャンパー系ならたくし上げることもできる。
 昨日から寝るときは窓を閉めている。扇風機は熱いものを食べているとき、つける程度。これがやがて電気ストーブに変わるのだろう。気温が20度を切ると、ホームゴタツが必要だったりする。涼しい程度で済めばいいのだが、冷えてくる。
 昨日は昼間、陽射しはあったが、陽の当たるところを通っていても、暑く感じにくくなっていた。ベースの気温が落ちたためだろう。
 昨日の朝はノートパソコンのバッテリーが切れかかったので、そのあとポメラとを使ったり、10インチのエイスースーを使ったりしていた。今朝はエイスースーを持ち出した。最近ずっと使っているのは、このエイスースーだ。
 しかし、11インチのノートを数日使っていると、そのキーボードに慣れてしまい、10インチは狭く感じるし、モニターも1インチしか違わないのだが、文字の大きさが結構違う。さらにモニターと目の距離が11インチのときの方が長いので、目が疲れにくい。
 10インチのキーボードの方が手に馴染み、軽快に打てるのだが、11インチの余裕も悪くはない。10インチだと内股で小股で歩いているような感じだ。
 あと、よく使う端末のポメラが12インチノートのキーの幅がある。そう思えないのは横はそうだが、縦が短いためだろう。それと手の平を置く場所がないので、宙に浮かすので、少し疲れる。
 ノートパソコンは現役機は二台までだろう。放置していると、すぐには使えない。バッテリーが切れて使えないのではなく、Windowsの更新とか、その他の更新が溜まっているので、ネットに繋ぐと面倒なことになる。その点ネットには縁の無いポメラは安定している。いつでも持ち出せる。バッテリーが切れていても、携帯充電器を持っていけば、何とかなる。
 先日上新で見たNECの11インチの小さめのノートが気になるところだ。同じ11インチのノートでゲートウェイなら4万円ほどである。NECのは倍以上している。中身のスペックが違うので、そんなものだが、軽くてキーボードもしっかりとしている。キーボードも高く、がっちりしていた。
 10インチになると、タブレットとして使えるのだが、ヒンジ部が弱い。ノートパソコンをタブレットのように使う用が実際にはなかったりする。しっかりとヒンジ部があり、蝶番式の方が、膝の上に置いたときも安定している。
 
 

■■ 2017年9月3日 日曜日 午前8時14分
 
 今朝は晴れているが涼しい。朝夕だけなら夏ではない。今朝は涼しいので、夏用のカッターシャツではなく、夏以外に着るカッターシャツを着る。このタイプのカッターシャツ、ネルシャツが多いが、まだ、そこまで寒くはない。
 夏場は夏向けのカッターシャツでないと、腕を通すとき、既に暑い。まとわりつくような。汗をかいているためだろう。だからさらっとした夏用を着る必要があるが、今朝はその必要がない。陽射しのある昼は暑いかもしれないが、朝の喫茶店では寒い。朝夕だけ季節が先を行っているので、それに合わせたものを着ている。真夏の暑いときは一日暑いし、一日中夏なので、意外と気温差はない。
 さらに涼しくなると、綿のパーカーになる。裏地がタオル地のような。これはよくある定番もので、着ている人が多い。フードが付き、前ポケットが前にある。これは洗濯をするとき、もの凄く水を吸い込むのか重くなる。そしてなかなか乾かない。
 カッターシャツよりも暖かい。しかし、これを着る頃には下にカッターシャツを着た上に着ていたりする。つまり上着だ。この上着が真冬になるとダウンジャケットになったりする。
 まだ衣替えの季節ではないが、真夏の服装では涼しすぎ、寒く感じる。非常に涼しいときは、涼しいから寒いになる。
 今朝はノートパソコンのバッテリーが切れかけ。昨日の朝、戻ってから充電したので持つはずだが、充電時間は短い。また出掛けるので、すぐに抜く。それでも満タン近いのだが、今朝は減りすぎ、警告が出ている。あと数分だ。
 やはり、寝るときに充電しておけば確実。戻ってから一寸だけ充電するのだが、そのとき、繋ぎ忘れた可能性もある。
 昨日から上新でパソコンのセールをやっている。それで見学したのだが、それほど安くはない。デスクトップ機が一台もない。消えていた。箱タイプの、昔からあるタイプだ。そうなると、液晶モニターなども置いていないかもしれない。
 デスクトップ機の代わりに大きなモニターの裏に本体を付けたスタンドタイプが並んでいた。キーボードだけは分離。
 巨大なノートパソコンに近いが、ノートでは、大きなモニターは無理なので、そうなるのだろうか。
 しかし、17インチノートの方が扱いやすそうだ。ただ、大きすぎて、キーボードは使えなかったりする。近すぎるのだ。
 今はデスクトップで、大きなモニターで見ているが、一時富士通の15インチノートを部屋のパソコンとして使っていた。これでも十分使えた。
 今、使っているゲートウェイのデスクトップ機、意外と長持ちする。DVDの動きがおかしいだけだが、滅多に使わない。そして二年ほど使うと、動きが重くなるのだが、あまりならない。起動も速い。これはウインドウズ10のおかげだろう。そうでないと二年か三年後、起動するまでかなり待たされた。
 今朝はバッテリーが切れそうなので、日誌はここまでとする。
 

■■ 2017年9月2日 土曜日 午前8時46分
 
 今朝も涼しい。夜中の気温が21度とかになっている。この前までは平気で28度あった。熱帯夜は最低気温が25度以上からなのだが、その線を越すか越さないかの段階がなく、いきなり21度ほどまで落ち、熱帯夜かどうかを気にする必要がないほど落ちすぎている。だからガクンと涼しくなったことになる。徐々にでもなく、段階的にでもなく。
 それで昨日は窓を閉めて寝た。そんな状態なので、扇風機など出番がない。数日前まで付けっぱなしにして寝ていたのが嘘のようだ。
 ガクンと、そしてガタンと来たなあ、と言う感じで、これは本物かどうかは分からない。台風の接近で、北の寒気を呼び込んだということなので、台風が過ぎれば、また扇風機がいるかもしれない。このあたり、誰にも分からない。この急激な涼しさも、予測などできない。これが現実だろう。分からないということだ。
 それですっかりと涼しくなったので、秋仕様に走ったとしても、また暑さが戻ってくるかもしれない。九月いっぱいはまだ暑いのだ。
 この涼しさは昼間まで及びにくいようで、陽射しがあると、流石に暑い。しかし焼けるような暑さではなくなっている。
 自転車散歩には丁度いい季候だが、これはこれで行き先を考えないといけないので、出にくい。目的地なしでの出発でもいいのだが、方角で、もうそこで決まってしまう。方角は道で決まる。原っぱなら別だが。
 ある道を選べば、何処へ向かうのかはもう決まっている。遠くへ出るほど選択肢が多くなるので、久しぶりに入り込む道筋がある。ただ、遠くへ出ても、何となく通ってしまうコースがある。たとえば川があり、直進しても土手にぶつかり、渡れないので、橋のある道へ向かうコースになる。また、行き止まりだと分かっている袋小路のような地域には滅多に入り込まない。一度それが分かると、二度と入らなかったりする。
 最近は旧道攻めが多い。昔の村道だ。これを辿っていくことで、切り口が違うので、見慣れた場所でも新鮮だ。どういう線を引くかだろう。
 結局走っていて飽きてくると、いつものコースに乗ってしまう。だから変わり映えのしない風景になるが、もう飽きてきたところなので、走りやすい道を走るだけになる。
 朝の喫茶店の客は半袖が殆ど。これは昼間はまだ暑いためだろう。しかし、冷房の効いている喫茶店ではやや寒い。
 昨日の夜、コンビニへ行ったのだが、ひんやりとしており、肌寒さを感じた。真夏の服装では寒く感じた。そして台風の影響か、風が強く、これでさらに寒く感じたのだろう。決して涼しさとは違う。早く夏が終わり、涼しくなればいいと思っていたのだが、これでは寒い。涼しさを飛び越えている。
 季節があっという間に変わったため、気ぜわしい。月日があっという間に過ぎた感じだろうか。
 季節の変わり目、体調を崩しやすい。涼しい格好をしていると、風邪を引きそうだ。
 
 
 
■■ 2017年9月1日 金曜日 午前9時00分
 
 今朝も涼しい。これも台風の影響かもしれない。風が強いだけではなく、いつもなら南から暖かい空気を引っ張り込んでくるのだが、位置の関係からか、北からの冷たい空気を引き込んだようだ。これは台風が発している空気や風ではない。本体はまだまだ遠い。
 すると、台風が去ると、また暑くなるのかもしれない。暑い空気や冷たい空気が常に上空にあるわけではなく、流れてくるので、天気は常に動いていることになる。それは雲が流れたり、また雲が発生したり、またその形が違った雲になったりするので、それが分かるのだろう。その場でムクムクと湧き出す雲もあり、あっという間に形が変わったりする。
 また夏場見かけなかった雲が出ていたりする。結構上空だったりするので、空が高く感じる。地上から距離が分かるのかという話だが、地平線方角を見ると、何となく分かる。山などがあると、さらに分かりやすい。雲が低いとか高いとかが分かる。空だけ見ていたのでは分かりにくいが、低い雲の隙間から見える青空にかかっている雲があると、それは高い雲となる。高い雲だけでは分かりにくいが。つまり、比べるものがあると、分かりやすい。
 朝夕涼しくなってきたので、過ごしやすくなってきた。昼間は陽射しがあると流石にまだ暑いが、夕方前になると、かなり勢いがなくなり、日陰を選ばなくても移動できたりする。
 九月が始まったのだが、九月はあっという間に過ぎたりする。印象に残らないまま。これは夏がまだ残っていることで、夏の尻尾箇所の食べ心地。もの凄く暑いという胴体部ほどの印象がない。フェードアウトしていく夏の印象だけが残ったりする。まだ暑い日もあるが、秋が近い。しかし、まだ秋の実感はない。つまり季節の変わり目と言うことだろう。
 昨日は久しぶりに近所の上新に寄る。パソコンのセールがあるらしく、まだ始まっていないが、どれがどう安くなるのかを見るため、値段を確認する。これがどの程度落ちるかだろう。
 上新にはよく行くが、パソコン売り場は買うときにしか行かないので、勝ってしまうと、もう行かない。
 ゲートウェイの10インチノートが3万円代。11インチは4万円代。しかし両方とも小さいが、それなりに重い。とりあえず買うのなら、10インチの3万円代だろう。
 NECの11インチノートが小さい。そのため、キーボードの幅も狭くなるので、打ちやすい。試しにキーボードを見ると、高さが結構あり、サイコロのよう。色が白いためもあるが、質感が良い。こういうところは値段の差だろうか。重さは1キロを切っており、900グラムほどか。安い11インチノートでもっと軽いのはあるが。
 cpuはペンティアム。これは、NECのネット上で売られているものを店売り版として置いているのだろうか。これが9万円と高い。それがセールでいくらになるのかが見所。しかし、このノートパソコン、かなり前から展示されているので、新しくはない。
 ノートパソコンはよく使うノートが二台あるので、買う必要はないが。
 以前に比べてパソコンで何かをするということは減った。色々なことができるのだが、できるだけだったりする。
 
 
 
■■ 2017年8月31日 木曜日 午前8時27分
 
 今朝は涼しい。昨夜も涼しかったので、扇風機の必要はなし。蒲団を被って寝た。風があり、涼しい風が入りすぎるので、閉めるかどうかで迷ったほどだ。八月も終わり、ここまで来ると流石に夏は引き始める。大した努力はしなくても、涼しくなる。何もいらないのだが、暑いときは何ともならない。待てば涼しくなり、待てば寒くなり、待てば暖かくなる。実際には何もしなくてもいいのだ。しかし、暑ければ窓を開けたりするだろう。その程度でいいのかもしれない。それらは教えられなくても勝手にやっている。真夏に真冬のダウンジャケットを着ないように。
 今朝はほぼ普通の時間帯に起きてきたのだが、喫茶店までの道に影が多くなっている。北へ向かうとき、東から陽が来るので、その影が伸びる。だから北や南へ行くときは日影がある。西や東へ行くときは影ができないので、暑いときは苦しいが。
 その今朝の日影。かなり伸びている。まだ太陽が低いこともあるし、また最近遅い目に起きてくるので、そこを通る時間も遅いので、日の高さが違うためかもしれないが、数日前、同じ時間帯に通ったときに比べると、長い。
 それは道の左側では陽射しがあるが、道の右側では日影が少しできていたので、そちらを走っていた。狭い道で、車がすれ違える程度。その時間帯は登校時間帯なので、車は入って来れないが。
 これが冬になると、全部日影になり、寒いとき、できるだけ陽の当たるところを走りたいのだが、それができない道になる。だからこの影、まだまだ伸びるのだ。
 涼しくなってきているが、衣料品売り場を遠くから見ていると、夏物最終バーゲンだろうか。まだ夏物が前面に出ているが、そろそろ秋物に入れ替わるはず。カーデガンとかセーター系が並ぶはず。しかし、秋物は春物と同じで、本当に必要な冬に着られない。カッターシャツはネルシャツになり、少しでも分厚く暖かいものを着たがる。薄くて暖かい方がいいが。
 そして結局上に羽織るのは大きな冬物で、下は全部隠れる。真冬、喫茶店に入っても、脱がないことが多い。
 ジャンパーやジャケット類も、秋物と同じデザインで、中にボアの入ったタイプになる。だから秋物とは中綿が入っていない状態のイメージだ。少し寒くなり出すと、そこで終わってしまうので、着る時期は短い。
 しかし、涼しくなると、自転車で遠征に行ける。季節がよくなると、外に出やすく、走りやすい。特にこの時期は暑くて遠くへは行けない。
 だが、良い季節になっても、なかなか行かないものだ。もの凄く大事な用事ではないためだろう。季候がよくなると、部屋の中にいても快適。昼寝をしている方がよかったりする。
 昨日の朝は少し凌ぎやすかったので、喫茶店を出たあと、いつもの遠回り散歩コースに出たが、少しだけ寄り道を増やせた。遅い目に起きたときは、散歩しないで戻ったりする。昨日は遅い目だったのだが、さらに遠くまで行ったので、戻ってくると、かなり遅かった。これでまた一日押し気味の時間になり、忙しい思いをした。まあ、昼間や夕方、散歩に出る分を朝にやっていると思えば計算は合うが。
 朝の喫茶店からの戻り道散歩は遠くへは行けない。何も食べていないこともある。
 八月が終わると、夏も終わる。夏は六月七月八月。秋は九月十月十一月。今日は三十一日なので、明日から急に秋になるわけではないが。
 学校が始まり、登下校風景が始まる。これだけでも夏が終わったことが分かる。
 
 

■■ 2017年8月30日 水曜日 午前9時00分
 
 今朝は涼しい。寝る前、扇風機なしでいけるかと思ったが、途中で暑くなり、付けることにした。しかし、朝方寒くなり、消す。そして遅い目の朝に起きてきたのだが、涼しい。もの凄く涼しい風が入ってくる。この時間、日が入ってきており、暑くなり出す頃なのだが、逆。明け方近くに出る最低気温より低い。これは予測外。
 寝起きの喫茶店へ行くとき、ぱらっと雨。傘を差していない人もいるが、濡れることは確か。しかし、すぐにやみそうな雨。
 喫茶店へ着く頃にはやんでいた。曇っており、雨空だが風があり、涼しい。この涼しさは何だろうかと、天気予報を思い出すが、シカトした原因が分からない。変化があるとすれば、台風が来ていることだろう。まだまだ遠いが。その台風、南から。つまり台湾やフィリピン方角からではなくハワイ方角から。
 台風が来る前は蒸し暑い。遠いので、まだ暖かく湿った空気が流れ込んでこないのだろうか。
 どちらにしても涼しい朝。しかし夜から涼しかったのではなく、ある時点から涼しくなった。夜からの延長の涼しさではない。熱帯夜が明けた朝の熱さではないのだ。
 一度涼しくなり、また暑い日が数日続き、そして、また涼しくなる。これが季節の歩みだろうか。行きつ戻りつつで滑らかではない。
 この涼しさで、頭も冷却される。だから夏休みも終わりで、この気温なら、勉強もできるだろう。そしてもう暑さのせいにはできなくなる。
 昨日は寝過ごして、スターが遅れ、ずれ込んだのだが、炊飯器のスイッチを押し忘れた。押してから一時間はかかる。その前に、喫茶店から戻ってから日誌などをネットにアップするのだが、ノートパソコンを開けるとWindowsの更新で再起動を促してきた。これはあとでもいいのだが、はいを押してしまう。こういうときに限って、大きな更新とぶつかり、いつまで立っても終わらない。それを予測して、朝のこの時間には更新しないようにノーを選択しているのだが、毎回ノートなので、そろそろ再起動しないといけなかった。さっと終わることの方が多いのだが、今回は長かった。
 ノートパソコンで打ち込んだファイルが最新。それを自動的にネットで同期されるのだが、外でネットに繋ぐのは面倒なので、同期されていない。ファイルはノート側にある。しかし、更新中でアクセスできない。これで、アップも遅れるが、どうせご飯が炊けるのも遅れるので、同じことだが。
 遅い朝ご飯を食べたあと、また喫茶店へ行くのだが、その遅れはかなりあった。しかし、別段支障はないのだが、いつもより遅れているのが気になる。
 戻ってくると既に昼寝の時間だ。昼ご飯も食べていないのに、昼寝はできない。朝ご飯が遅かったので、いつもの昼寝前の昼ご飯を食べる気もしない。もう少し時間が立ってからならいけるが、昼はいつも軽く済ませているほどなので、昼ご飯が待ち遠しいということはない。腹が減っていないのだ。朝が遅いためだろう。
 昼寝後はまた喫茶店へ行くのだが、これがまた遅くなる。結局日が暮れたあたりで、いつもの時間帯に戻る。多少遅れようが早かろうが、大した差はないのだが、気分的なものだろう。いつもの時間帯にいつものことをしたい。その方がペースが掴めるので、時間のことは気にしなくてもいい。早すぎたり遅すぎると、時間が気になる。
 
 キヤノンから秋の新製品が出ている。数年ぶりに復活させたようなイオスのX7の後継機と思われる小さく軽い一眼レフ。しかし、X7よりは大きく重い。ただ、入門機の最新X9iよりも遙かに軽く小さい。X7から9までの間、どんどん大きく重くなってしまったので、別枠で出したのだろう。X7が今でもよく売れていることの意味を悟ったようだ。機能よりも小さく軽いのでよかったのだ。
 もう一台はミラーレスで、その普及機。だからこの二機種とも、安いタイプの新製品を出してきたことになる。
 ミラーレスの方は軽くて小さくしてきている。本当に売れているのは、一番安いタイプなのかもしれない。
 見た感じは標準ズームを付けているとコンパクトカメラには見えないが、ボディーだけならコンパクト系だ。レンズ交換のできるコンパクトカメラのようなものだが、受光素子は一般的な一眼レフと同じサイズ。これがいいのか悪いのかは分からない。それでレンズが大きくなり、携帯性がなくなる。単焦点のパンケーキタイプを付ければそれですっきりするのだが、それではコンパクト系のパフォーマンスに負けてしまう。広角から超望遠まで行けるキヤノンの旅カメラと比べると、不便なカメラとなる。
 コンパクト系の売上げ一位を見ていると、富士が入っている。富士のコンパクト系は一台しか現役機にはない。水中カメラだ。これが一位。28から140ミリという、以前はよくあった五倍ズームで、しかも28ミリスタートなので、望遠側に伸びる。140ミリは、昔の系譜だと135ミリで、望遠レンズの入門画角。望遠の癖が、この画角からはっきりと出る。フィルム時代は、この135ミリをよく使ったものだ。200ミリよりも小さいので使いやすかった。
 だから28ミリから140ミリだと、普通の写真なら全てカバーできる。
 この富士の水中カメラ、200グラム少ししかなく、レンズが飛び出さないタイプなので、フラット。しかも水中カメラなので、水洗いできるほどなので、雨の日でも平気。さらに落下にも強い。パラショックだ。そして寒冷地の低温にも強い。
 また、このカメラは液晶が綺麗だ。そして明るく見やすい。そのため液晶回転式でなくてもいける。斜め上から写せる。カメラが軽いので、指で持てるので、妙な角度にしても撮しやすい。
 富士のデジカメは一眼レフ系はさっぱりベストテン入りしていない。元々はコンパクト系に強かったのだ。しかも安かった。それを全部切り捨てて、受光素子の大きい高級機へ行っていまい、残ったのは水中カメラだけ。それが先月の売上げベスト1になっているのは皮肉な話。
 結局軽くて小さく、ラフに扱えて、色目の綺麗な富士のカメラがいいのだろう。色目など店先では分からないはずだが、背面液晶の色目で分かる。非常に鮮やかなのだ。そして液晶が見やすい。
 レンズが飛び出さないのもいい。しかし、いつもの低価格コンパクトではなく、それなりの値段はしているが。また、このカメラ、軽いがそれほど小さくはない。
 このカメラ、不思議とよく写るとの評判。それは見た感じより、綺麗に写っているためだろう。意外とよく写る。これだろう。
 決して写りの良さを売り物としたカメラではないのに、これも皮肉な話だ。
 
 
 

■■ 2017年8月29日 火曜日 午前8時57分
 
 今朝は暑い。真夏に戻ってしまった。夜も熱帯夜で、この夏の一番暑い頃と同じ気温。朝夕涼しくなっていたというのは何処へ行ったのだろう。昨夜はそれでまた寝苦しく、扇風機を付けっぱなしにしていても、暑い。距離を置いているのだが、もう少し近付けた方がよかったほど。これはもっと暑い熱帯夜のときの距離。しかし、そこまで暑い夜は今年もなかったので、離していた方がいい。朝方扇風機の風が五月蠅く感じるほど寒くなることが多いためだ。寝ているときは体温も下がるのだろう。
 寝起き行く喫茶店までの道も暑苦しい。少し遅くなったので、日差しが厳しい。炎天下だ。この方角は日影がないので、寝起き早々日に当たることになる。もっと早朝起きしていた頃にはなかったが。
 今朝は早い目に起きてしまったための二度寝による遅れだ。時計を見ると、まだ一時間早かったので、安心して寝たのだが。
 涼しくなったとき、夏の疲れが出たような感じになり、しんどかったのだが、あれは夏風邪だったのかもしれない。だるかった。しかし、昨夜はまた暑さが復活したので、慣れた気温なので、こちらの方が分かりやすい。暑くて仕方がない状態の方に慣れてしまったのだろう。気温の変化で体調を崩す、よくあることだ。
 昨日は夏バテを理由にするわけではないが、久しぶりにうな重を食べに行く。弁当屋で買ってもいいのだが、部屋で食い散らすより、外で食べた方がすっきりするので、近所のすき屋へ行く。すき家だったかもしれない。いつも間違うが、この日誌を書いている喫茶店の横にもあるので、表に出れば分かるのだが。
 前回は鰻を食べる土用前後に行ったのだが、痩せて硬く、筋張った鰻。皮が固く、何ともならなかったのだが、今回は戻っていた。前回は二切れ入っていたが、別の鰻だろう。今回は一つだけ乗っているが幅が広く、いい感じだ。それよりも、間違ってうな牛を注文してしまった。鰻と牛肉半々。鰻は普通のうな重と同じサイズだと思われるが、牛肉は半分ほどだろう。
 これはセットものをメニューの絵に指を当てて注文したため、うな重かうな牛かが曖昧だった。しじみ汁と漬物が付いてくるセットだ。表にも幟が揚がっており、定価よりも安い値段になっていた。
 しかし、鰻が復活しているのでよかった。柔らなくて溶けそうな鰻だった。そういう調理方法でそうなるのではなく、それなら前回も柔らかいはず。だから、土用の時期だったので鰻が不足していたのだろう。いいのが入ってこなかったのか、それしかなかったのかもしれない。だから鰻は土用を割けた方がよい。
 鰻だけシンプルに食べたかったのだが、牛肉も付いてきたので、食べすぎた感じだ。そしてうな牛セットは特価でも高い。千円近かった。
 これで胸焼けするのではないかと思ったほど、胃が驚いていたようだが、帰ってから眠くなる程度だった。
 スタミナ料理というのがあるが、食べるのにスタミナがいるので、スタミナを付けてからでないと、スタミナ料理は食べられないことになる。
 スタミナを付けるにはスタミナ料理がいいのだが、これはスタミナが無いと食べられないので、ここは苦しいところだ。
 肉を食べるスタミナがない場合は、肉汁、スープを飲むことだろう。肉汁を飲むには肉がいる。汁だけ飲むのはもったいないので、肉も食べるだろう。
 この夏は食欲はほどほどにあったので、これは幸いだ。その変わり、あっさりとしたものが多くなる。
 
 カメラ方面はお盆に買ったパナソニックの1インチネオ一眼を毎日鞄に入れて持ち歩いている。憧れのカメラだったので、そんなものだ。ただし中古だが、これが美品で、新同なので、中古だと感じない。
 1インチ受光素子なので、結構ボケる。それに広角端でf2.8、望遠端でf4あるのも効いているのだろう。また、コンパクト系のフルオートではレンズは開放になりやすい設定なので、さらにボケる。
 ミラーレスの交換レンズの普及タイプはライカブランドはつかないが、コンパクト系ではつく。このライカの文字がレンズの良い場所に書かれており、いい雰囲気だ。ただ、本人は撮影中は見ることができないが。1インチで、しかも高倍率ズームで、しかも明るいレンズなので、びっくりするほど前玉が大きく、レンズも太い。ただコンパクト系なので、それほどの重さはない。
 液晶は回転するが、殆どそのまま使っている。カメラが重くて大きいので、横開きにして回転させて、の動作が結構面倒。余程のローアングルでないと使わない。小さなカメラほど液晶回転が効く。
 ファインダーが大きく綺麗なので、覗いているだけでも楽しい。そして被写体の細かいところまでよく見えるので、被写体を味わいながら写せる。これも慣れてくると、それで普通になるのだが。
 しかし暑くて遠くへ行けないので、遠征撮影はない。近場で撮している。
 
 
 
■■ 2017年8月28日 月曜日 午前8時44分
 
 今朝は曇っている。朝夕が涼しくなってきているが、昼間は真夏。予想最高気温は35度だったが、流石にそこまで上がらなかったが、いつもの真夏の暑さに変わりはない。今後も朝夕は秋、昼間は夏が続くのだろう。今は昼は真夏だが、これがやがてただの夏になり、一日の温度差も低くなるかもしれない。今は朝夕だけが涼しいと言うだけで十分だろう。この時期なら夕涼みができる。夜に外に出ても汗ばんでしまうほどなら、涼めない。
 そして昨日は夕方から涼しくなったので、久しぶりに自転車散歩に出たが、すぐに暗くなったので、引き返した。地蔵盆の時期だが、既に終わっているようだ。朝方提灯がいくつもぶら下がっているのを見たのだが、あれはいつだったのか、忘れた。あの日がそうだったのか、翌日前を通ると、もうなかった。たった一日の行事なので、その日外すと、もう見られない。しかし、方々でやっているので、何処かの道で引っかかるものだ。しかし今年はその機会を逸した。
 地蔵盆をやっている祠などは分かっており、普段は何もない。また、本当に何もないままで終わる祠もある。もうやらなくなったとかもあるはず。中に入っているのは当然お地蔵さんで、化粧をしているのもある。
 毎年、よく見かけていたのだが、今年は見なかったのは、暑いので日影の道ばかり選んで通っていたので、それが置いてある道沿いを通らなかっただけかもしれない。地蔵盆の時期、それなりに涼しくなってきているので、通るはず。
 地蔵盆が終わると、次はもう秋祭りだ。地蔵盆はお寺の行事ではない。これは一種の町内組織。しかも自治会単位ではなく、通りとか、筋とか、路地単位。だから町屋などでは数が多いだろう。秋祭りは村単位。
 だから地蔵盆は組織的にやるが、町会単位ではなく、町会の班とか組単位。自治会をさらに分割しているのだ。この単位が興味深い。さらに細かい単位としては隣保がある。江戸時代の五人組とかよりも単位は大きい。
 要するに、子供が遊ぶ場合、その子供達の規模に近い。あの筋の向こう側の子供達同士は一緒に遊ぶかどうかだ。地蔵盆は児童盆ではないが、いつも連れだって遊んでいる子供グループの規模に近いのかもしれない。
 そして子供はまさに餓鬼(ガキ)で、お供え物はおやつだ。お菓子とか。これがもらえるので、集まってくる。
 地蔵盆は農村部でもあるが、町屋にもある。お寺がなくてもいい。
 地蔵盆を新規にやる場合、新しい石地蔵はあっても、祠を建てる場所が問題になる。町内ではほぼ私有地だろう。そして道は公道。私道もあるが。道に置くわけにもいかない。だから誰かの私有地なり共有地に置くのだろうが、最近の新興住宅地ではそれは難しい。児童公園がふさわしいのだが、そんなもの置かしてもらえないだろう。遊具でもベンチでもないし、水飲み場でもない。
 子供の頃、地蔵盆をやっていたが、祠は私有地にあった。通りに面した垣根に埋め込まれていたりする。これがいくつもあったのだが、子供が大きくなると、もう地蔵盆はしなくなる祠もあり、ただの家の庭にある祠になる。あとはお婆さんなどが、そういう祠巡り用の散歩コースとなるのだが、家を改築や新築すると、もう入れなくなったり、庭の隅に移動して、そこで犬小屋のように放置されていたりしていた。
 やがて、そういう家も更地になると、地蔵も消えてしまう。だから、そういう地蔵を一箇所に集めたりする。これはお寺や神社の余地などにたまにある。また、売ることができない村の共有地が残っている狭い場所などにも、集まっていたりする。まあ、捨て場というわけではないが、地蔵流しだ。これは首が落ちたり、欠けたりしても、ずっと残る。
 

 


■■ 2017年8月27日 日曜日 午前8時10分
 
 今朝は涼しい。二日連続なので、このまま涼しくなっていくような気がするが、果たしてどうだろう。
 最低気温が22度台になっている。この前まで27度はあった。夜中から朝方にかけての一番気温が下がる頃だ。その差が5度ある。夕方も涼しく、夜も涼しいので、寝るときは扇風機は必要ではなくなった。今度は窓を閉めるかどうかの段階になる。これは一気に来た感じで、体が付いてこないのか、妙にしんどい。寝冷えしたのかもしれない。
 夕方の自転車散歩に出やすい温度だが、元気がなく、昨日はスーパーへ行っただけ。と言うより、日が暮れるのが早いので、出ると既に夕暮れだった。日が沈んでいた。
 夜の徒歩散歩には出たが、これは涼しいので、汗ばむこともなく、爽やか。花火大会をやっているのか、音だけが聞こえる。近所だが、建物が多くなり、見えない。盆踊りも終わり、花火大会も終わると、もう夏は終わり。しかし、まだ八月だ。だから、八月は秋がかかっているので、七月のように目一杯暑くはない。
 この涼しさ、何処まで続くのかは分からない。九月に入ってからもの凄く暑い日もあった。
 今朝は晴れており、まるで秋の空。この涼しさを夏の間待っていたのだが、急に涼しくなり、身体がだるい。暑さ疲れがこの頃出るのか、ただの気温の変化についていけないのかは分からない。この涼しさを待っていたのだから、過ごしやすくなり、いい感じではある。
 九月に入ると、年越しまでは四ヶ月間になる。一年の後半としては短い。しかし、なぜか夏が過ぎてからが後半だと思ってしまう。夏休みが終わる頃が区切りになっている。しかし、正月ではなく、春を基準にすると、半年分ある。学年も年を越してから春に切り替わるのだから。しかし、一年単位としての行事は正月だ、大晦日の年越し。だから、こちらの方が年を意識させるので春よりも強い。
 
 
 
■■ 2017年8月26日 土曜日 午前9時24分
 
 今朝は涼しい。この言葉が出るのは久しぶり。急激に涼しくなったのだが、その秘密は雨。朝方降っていたのか、降っていたことを知らなかったが、その明け方近く寒くなったのは覚えている。実に5度ほどガクンと落ちたようだ。熱帯夜で28度か9度あったのだが25度を切るどころか23度や4度まで落ちている。もの凄く急激だ。
 雨が降っているとき、気温が下がることは多いが、そのあと、また暑くなる。しかし、今回はそれほど上がってこない。
 その涼しさのためか、扇風機を回しっぱなしでいつものように寝ていたので23度は厳しい。それで、一瞬目が覚めたのだが、そのまま寝てしまった。蒲団を被って。そのあとゆっくり寝ようとしたのがいけなかったのか、かなり寝過ごした。一度目を覚ましたとき、そのときが起きる時間だったようだが、時計を見ないでまた寝た。これは確信犯で、好きなだけ寝ようという意志が何処かにあったのだろう。時間を気にせず。
 喫茶店までの道も涼しい。陽射しが少し出ていたが、影に入る必要がないほど。腕に手を当てるとさらっとしている。いつもはねばっとしており、滑らない。これは上空での冷たい空気と暖かい空気のせめぎ合いで、冷たい方が勝ったのだろうか。空気が入れ替わった感じ。
 これがおそらく平年並の、夏の終わりがけの気候ではないかと思える。最近、真夏よりも暑かった。気温ではなく、湿気が強くて蒸し暑かったのだろう。気温よりも湿気だ。これが抜ければ、カラッとした暑さで、何とかなる。
 さて、これは半日で終わってしまうか、その後も続くのかは分からないが、これが本道であってほしいものだ。
 昨日は今日に比べ、暑苦しかったので、夕方の自転車散歩に出る気分ではなかったが、スーパーへ夕食を買いに行く。さっぱりと、あっさりとしたものが食べたいので、ポテトサラダと薄いハムを買う。四袋ほどテープで留めたあれだ。食べる分だけ開封できるので、これがいい。それにこれは生で食べられるので、簡単だ。ただ、封を切るとき、上手く剥がれないことがあるが。そして皿がいらない。
 ホウレン草が150円になっていたので買う。飛騨ホウレン草だ。野菜が高いとき、量を減らすことがよくあるが、そこまで確かめていない。それと安いキノコがあったので、それも買う。それとトマト。これは近郊物となっている。それほど高くはないが、小さい。大きなトマトは半分以上余る。一口か二口でいいので、保存する必要がある。トマトは冷蔵庫に入れない方が美味しい。
 しかし、その前に買った直販所のヒビの入った大きなトマトが最高で、これが一番美味しかった。既に熟れており、真っ赤で、触ると柔らかかった。そのトマト畑は、もう終わっているので、次は来年だろうか。夏の一週間か二週間ほどで消えてしまうトマトの直販だ。なすび畑も消えていたのだが、また植えたのだろうか。復活している。秋なすがあるのだから、まだ季節内だ。
 涼しくなり出すと、夏の疲れがこの時期出るらしい。しかし、出掛けやすくなる。暑くて暑くて出る気にはなれなった頃から比べると、いい感じだ。そのいい季候というのは年間を通じそれほどなかったりする。冬場は寒くてアウト。夏場は暑くてアウト。その途中の季節が、いい季候になるのだろう。
 

■■ 2017年8月25日 金曜日 午前8時35分
 
 今朝は曇っているが、蒸し暑い。昨日はこの夏の最高気温が出た町もあるようだ。全国で最高ではなく、その場所での最高。夏の後半、終わりがけに出るのだから、不思議だ。

 昨日は文句なしの熱帯夜。寝る前から暑苦しく、寝付けなかった。気温をあとで調べると28度が続いている。朝に近くなると29度となり、起きたときは30度。流石に真夜中は28度あたりで止まっているが、これは室温ではなく、伊丹空港の気温。これはデーター化されているので、過去の気温も見られる。一時間置きの記録だ。昨日の昼間の瞬間最高気温もあり、35度越えの猛暑だったことが分かる。意外と遅い時間帯に出ている。どちらかというと夕方に近い。
 日は確実に長くなっており、一日が短く感じられる。暗くなるのが早いのだ。朝は寝ているので、分からないが。
 今朝は今にも雨が降りそうな雲行きで、外が暗い。降るまでは蒸し暑いだろう。降れば涼しくなればいいのだが。
 それと毎年高校野球の決勝戦が終わると涼しくなるのだが、今年は一番暑かったりする。北の方の秋を運ぶ冷たい空気と、南の方の夏の空気がぶつかるところに前線ができる。水平にできると、分かりやすい。だからせめぎ合いをしており、まだ南の気温高いので、そこから流れてくる空気が勝っているのか、蒸し暑い。
 北からも結構冷たい空気が流れ込んでいるのだろうが、地上での気温はそうならない。ただ、これは大阪方面の話だ。
 昨日は夕方、出掛けていたので、自転車散歩はなかったが、その移動が散歩のようなもの。しかし、その前の日と同じで暑苦しい夕方だった。日が落ちてからも涼しくならないので、何ともならない。
 戻り道、いなり寿司を買う。食べやすいのだが、少し甘い。巻き寿司でもよかったのだが、意外とバッテラが安い。これは酸っぱいので、今の季節だ。しかし腐りやすい。サバなので、虹が架かる。結構油っぽい。それで七色の光を放ったりする。
 暑いときは冷や奴とトマトが食べやすい。よく冷やした温泉卵もいいだろう。
 朝の喫茶店からの戻り道大回り自転車散歩はやっているが、これも結構暑い。早朝ではないためだろう。これだけで戻ってくるとバテてしまったりする。涼しい場所もあるので、何とか行ける。曇っている日は問題なし。蒸し暑いが夕方ほどではない。
 その後も都はるみの映像をネットで探してみているのだが、先日久しぶりに見た映像が三十半ばでのラストコンサート。それで、こんな綺麗な人だったのかと思ったので、この印象が意外だったので、もっと昔を見ると、見慣れた都はるみが出てきた。髪型もショートが多い。そして結構洋服を着ている。
 つまり、歌謡番組が多かった時代なので、茶の間で始終見かける人だった。NHKの歌謡コンサートの一回目の映像もあり、堺正章が司会している。そこに都はるみが初っぱなに出ている。
 また、かしまし娘と一緒に出ている映像もある。花江さんだろうか。一男下の出っ歯の人だ。歌江が長女だったと思う。花江と歌江の名前が違っているかもしれないが、一緒に歌っている。
 ラストコンサートのときに近い髪型は、テレビではあまりない。演歌歌手によくあるアップにし、頭を高くしたタイプではなく、結構洋式。垂らしている髪はパーマがかかっている。
 二十周年リサイタルのようなものもあり、これはほぼ引退コンサートと重なるのだが、舞台は、あの蜷川が演出している。椿の花などが最初から舞台に落ちていたりする。そして北島三郎並みの雪が舞う。しかも風が結構強い。これは一部の終わりに歌う北の宿から。しかし、二部の初めはあるが、途中で切れている。舞台は常に暗く、殆どスポット。だから暗闇の中で歌っているようなものだが、MIYAKOHARUMIと書かれたネオンだけが上の方に灯っている。
 要するに三十過ぎから綺麗になったということだろう。
 その後、復帰し、そのコンサートの映像もあるが、少しぽっちゃりしている。四十前後のはず。そこから先は、今の都はるみとなるのだが、五十周年コンサートが最後かもしれない。六十半ばだろう。しかし、その動きは派手で、じっとしていない。舞台狭いと走り回りながら歌っている。これが結構楽しい。もう何をしてもいい大物なのだから。
 最近に近い映像では、これも復帰した森昌子と一緒に好きになった人を歌うのだが、都はるみの動きに森昌子が付いてこられない。
 そう言う最近に近い都はるみを見ていると、やはりラストコンサートの頃が華だ。
 ジュディーオング、藤圭子と並んで歌っているいる都はるみの絵もある。その両端に立つ男性歌手が凄い。三橋美智也と村田英雄だ。
 こうしてネット上で探していると、いずれもすぎさってしまった昔の儚げな夢。
 
 

■■ 2017年8月24日 木曜日 午前8時13分
 
 今朝も暑い。晴れているが風がある。これで少しはましなのだが、厳しい残暑が続いている。台風は何処かへいったが、蒸し暑い空気は相変わらず来ている。これがあると、夕方の日差しが薄れた時期でも、動くと汗ばむ。湿気というのは恐ろしい効果だ。秋に近くなってきているのだから、カラッとしてきてもいい頃なのに。これではまるで梅雨時だ。夏の初め頃と、終わり頃とは似ているのかもしれない。
 大阪方面では雨は少ないが、多いところもある。雨量ではなく、雨で空がぐずつく日が続くときついはず。曇っていて涼しければいいのだが、そうはいかないようだ。
 昨夜俄雨があったようだが、効果なし。夜ではなく、夕方に欲しいところ。しかし、多少は温度が下がったのか、扇風機を付けっぱなしにして寝ていたのだが、寒く感じ。久しぶりに蒲団をかぶった。すぐに暑苦しくなったが。これは湿気のためだ。
 相変わらず熱帯夜が続いており、気温が下がる気配は当分ないが、これはある日突然下がる。予測できない。
 今朝は珍しく、理想的な時間に目が覚める。起きたあと喫茶店へ行くのだが、早すぎると、しばらく待機しないといけない。最近はそれはなく、遅れる方。寝過ごす方が多い。すると一日が短くなったような気になる。押してしまうのだろう。昨日もそうで、昼に行く喫茶店が結構遅くなってしまった。当然夕方がすくに来るので、気ぜわしい。一時間以内ならいいが、それを超えたズレは、一日が早く感じる。特に忙しいわけではなく、急ぐことはないのだが、そう感じる。
 マラソンでスタートを少し遅れた程度では、長いので、取り返せると思うだろうが、そうではないようだ。途中で足を緩めるゆとりがなかったりするし、気の問題もある。遅れた分、少しペースを速くすると、これがあとで効いてくるのだろう。これは流れの問題かもしれない。
 昨日は夕方前に行く喫茶店も遅くなったので、そのまま帰り道に自転車散歩に切り替えた。部屋にすぐに戻らないで。
 それで、近い場所にある塚口方面の路地へ入り込んだのだが、すぐに蒸し暑くなり、汗ばんできた。気温は大したことはなく、また曇っているので、日差しもないので都合がよいはずなのだが、その分全て湿気となって帰ってくる。
 しかし、塚口の墓地を発見する。これは以前、路地の向こう側に見えていたので、発見済みだったが、そこへ行く道が分かりにくい。だから何処から見えたのかが分からなくなっていた。
 昨日はそれを発見。場所的にはショッピングモールつかしんのすぐ近く。塚口の北の外れなので、墓地がありそうな場所だろう。このあたりの村墓は村と村との境界線に多い。村の田んぼのど真ん中にある場合もあるが。
 村があって墓地がないというのはおかしいので、探していたわけではないが、周囲はもう村の面影どころか、農家だったような家もないので、本当に田んぼの端っこにあったのだろう。
 塚口は寺内町だったのだが、それとは別かもしれない。ただの村。だからこのあたりにあるような風習を踏んでいる。
 共同墓地の造りも、近くの村と同じパターン。ある時期流行、型ができたのだろうか。六地蔵があり、屋根付きの休憩所のような建物があり、そこに大きい目の石仏。これがメインだろうが、それが一体。
 塚口の寺内町あとの墓はお寺の中にある。ここも自由に入れる。
 さて、昨日の墓地だが、一人だけ来ている人がおり、掃除をしていた。ボランティアではない。自分の家の墓の掃除だろう。ここは勝手に入り込んでもいい。我が家の墓へ自由に出入りできて、当然だろう。
 メインの石仏も、このあたりにあるものと同じ仏像。この仏像が、この墓地のヌシだろう。
 カメラを取り出し撮したのだが、カードが入ってませんとなった。鞄の中に予備のカードが入っているので、入れればそれで済む話だが、暗いし、背景が板壁なので、あまりよくない。それで、カードは墓地を出てから道端で入れた。それよりも、蒸し暑いので、もう戻ることにしたので、写す気がない。
 村墓にはたまにいい石仏がある。セットものの石仏ではなく。元々墓地にあったものではなく、持ってきたものだろう。これが意外といいのがある。持ってこれるほどなので、結構小さいが。
 村の共同墓地ではなく、村のお寺内にも墓地がある。神社と違いお寺は開放されていないので、入れないが。神社の敷地内には誰も住んでいないことが多いが、お寺は人が住んでいる。私邸に近い。だから見知らぬ人が勝手に出入りしては困るだろう。お寺さんの家族が住んでいるので。
 神社の境内に家があり、神主が住んでいる神社は、このあたりでは少なかったりする。神主などいない神社もある。一応氏子の誰かがやるのだろう。だから、そんな神社は公園のようなもので、子供が遊んでいる。ただの村の神社なら、盗られて困るようなお宝はなかったりする。お寺のように御本尊がいるわけではない。神様なので、形がないのだ。仏像のように人間の形をしていない。それをむりとにビジュアル化した絵や像もあるだろうが、何か神様とは違うような気がする。神は目には見えぬが、いるように感じる程度のもの、何者かがおわすと言うことだ。
 
■■ 2017年8月23日 水曜日 午前8時57分
 
 今朝も晴れている。最近も雨は少ない。しかし、湿気があるのか、蒸し暑く。気温的には大したことはないのだが、真夏よりも暑い。昼間よりも夜。真夏でも扇風機を付けっぱなしにして寝ていると朝方寒くなったものだが、最近はそれがない。寒くならないほど暑い。ネチネチしたものがまとわりついているような感じで、何も触っていないのに手がぬるっとしていたりする。だから、これは夏前の梅雨頃の感じに近い。しかし雨はないが。
 雨があると、湿気ているときでも、何とかなるが、それがない梅雨時に近い。気温は大したことはないといっても昼間は35度近く、夜は29度近くの熱帯夜。25度を切る日がお盆の頃にあったのだから、残念というより残暑のきつさだろう。
 夏は昼寝が難しいことがある。暑くて寝てられないのか、時間が短い。しかしベースの気温は下がっているのか、以前よりも寝やすくなったが。
 夏休みもあと一週間ほど。長い夏休みなのだが、残り一週間となると、使い道が中途半端になるかもしれない。すぐに終わる休み。来週の今頃はもう終わっていると思うと、遊ぶ気にもなれないのかもしれない。そして夏休みに遊びすぎて、遊び飽きている頃だろうか。だからこの期間、結構だらけていたりする。
 本当に涼しくなるのは、半袖の人が長袖になっている時期から。結構先の話だが、それほど遠くはない。しかし過ごしやすい秋がなく、夏が秋にまで食い込み、そのまま冬になってしまった年もある。秋が見当たらないのだ。徐々にではなく、ものすごい断層がある。一日で、空が変わってしまうようなものだ。
 昨日の夕方も暑苦しいので、自転車散歩は中止。温度的には大したことはないのだが、ムシムシする。こういう日は避けた方がいい。日が落ちてからも暑く、汗ばむ。そして汗が引かない。まとわりつくような湿気のためだろう。
 それで、湿度を見ると、それほど高くはない。雨の降っているときほどでもないのだが、それでは計量できないのだろう。
 
 フェースブックなどで歌の動画が貼られているのを見ると、つい押してしまう。しかし、知っている音楽に限る。映画の予告編なども貼られており、これも興味深いタイトルなら押してしまう。押すとリンク先へ飛ぶのだが、その殆どがユーチューブだろう。
 いつも古い目の歌謡曲などを貼っている人がおり、たまに押して少しだけ聞く。聞くというより見るのだろう。すると、時代がワープする。昔、誰かがテレビの歌番組などを録画していたものだろうか。その画質で時代が分かったりする。古いほどカラーではなく、白黒になる。
 一曲聴いていて、そのままにしていると、次のファイルに自動的に移るのか、別の歌や、歌手になる。そして画面端にサムネイルが並ぶ。
 そのとき、都はるみという文字を見た。三つほど年上なので、世代的には似ている。そこにラストコンサートのサムネイル。35才頃に一度引退している。だから、こちらが32才の頃だろう。だから覚えている。紅白で「私に一分間の交渉時間を下さい」のようなことを鈴木アナがいっていたのも見ていた。別のアナが「都」ではなく「美空」と言い間違えていたのも。
 それで、新宿コマのフルバージョンコンサートいうのを覗いてみた。一度目の引退前。演歌歌手でよくある髪の毛をアップにし、高くした形ではなく、後ろに垂らしている。晴れ舞台なので、紅白に出るような扮装だろう。そして振り袖。これで舞台を動けば綺麗だろう。ほっそりとしており、立ち姿がいい。
 都はるみが夜のヒットスタジオに初めて出た頃も、何となく記憶している。前田武彦が海坊主と名付けた。歌った曲は「好きになった人」。この頃はよくあるアップの髪で、ヌボッとした顔。眉が薄く白目勝ち。
 ところが新宿コマでは35才前だと思えるが、ものすごい美人になっている。これは森昌子ほどの変化ではないが。
 歌は全て知っているので、耳に慣れた曲ばかりだが、改めて聞くと、これはお金が取れる人だったことが分かる。
 そのあと、ラストコンサートが同じ新宿コマであり、これはテレビ局が入っていたのだろう。テレビ風な演出で、前田武彦が海坊主と呼んでいた人とはもう別人のようになっていた。そして最後の曲は同じ「好きになった人」で、新宿コマでは滅多にないような客席に降りてきて歌い、紙テープが飛び交う。これは絵になる。これはテレビでやっていたはずだが、見ていなかった。
 さらに都はるみの動画を見ているうちに、映画があることが分かった。「男はつらいよ旅と女と寅次郎」三十何作目になるのだろうか。解説を読むと、新宿コマコンサートプラス寅さんとあり、「ローマの休日」となっていた。この映画の一年後、一度引退をする。ほぼ都はるみと同じ設定だが、名前は京みやこ。新潟あたりでのコンサート中失踪し、佐渡島の見える海辺で寅次郎と出合う。あとはローマの休日。
 ここは完全に寅さんは脇役で、都はるみの映画だろう。素顔ではないものの、普通の服を着た都はるみが見られる。そしてセリフも多いが、京都弁が抜けないのか、そのままだ。この京はるみ。最初に付けようとした名だったようだが、都はるみという歌手が別にいたとか。
 テレビでしか見たことがなく、家に「好きになった人」があったので、それを聞いたことはあるが、それほど意識して見ていたわけではないが、引退前後の動画を見ていると、結構綺麗な人だったのだ。前田武彦が海坊主と呼んだ人が、その後大物になり華を咲かせ、綺麗なお姉さんになった。
 独自のはるみ節。唸るのだが、細かい波が打ち寄せる。これは歌謡漫才のタイヘイトリオ、くどくしつこいコブシのうなりの夢路さんを母親が好きだったので、それを取り入れた云々の話がある。だから、非常に泥臭いのだ。
 まだ十代半ばのぬぼっとした少女が、いきなりそんな唸り声を立てるのだから、びっくりしただろう。その動画もある。鹿児島での舞台での絵、羽織姿の老婆が多く座っている。驚いたのか、目をきょとんして聴いている映像がある。曲はアンコ椿。三沢あけみとは、また違った新鮮さがあったのだろう。
 非常に懐かしい映像だが、見ていない映像の方が多い。テレビで偶然見る程度のためだろう。
 都はるみ。ああ、そんな歌い手がいたなあ、と言うことだが、結構惹き付けられるのは、歌の上手さだけではない、もう一つの何かを持っていた人。所謂、ああ都はるみか、と感じる、あれだろう。
 しかし、思い付けば、さっとその映像を見に行けていいのだが、過ぎ去りし過去というのは、夢幻の如く、儚さがあとで来るので、あまり見ないほうがいいだろう。
 そしてほぼ同世代の歌手達、その時代の自分と連動する。
 19歳の時に書いた「うらぶれ夜風」という漫画がデビュー作になるのだが、その中に「あら見てたのねー」のセリフがある。知らない間に使っていたのだ。当時都はるみ22歳。
 
 
 
■■ 2017年8月22日 火曜日 午前8時40分
 
 今朝は曇っており蒸し暑い。むっとした空気が覆っている。夜も寝苦しく、朝まで扇風機を回しっぱなしにしていたのだが、途中で寒くなり、止めるようなことはなかった。蒲団はかぶっていたように思うが、朝になると暑くなってきた。明るくなってきたためだろう。夜はカーテンを開けているので、そのせいもある。
 このむっとする熱気のようなものは台風のせいだろう。台風からの風ではなく、回り込んで、入ってくるのだろう。台風の進路とは関係ない。天気予報ではその湿って暖かい空気の通り道を示していた。まるで進路予想のように。台風の方角から九十度違っている。この暖かい空気の方が台風よりもきつかったりしそうだ。これは台風のような固まりではなく、ずっと流れ込んでくる川のようなものかもしれない。
 この前の台風も台風そのものは大したことはなかったのだが、接近前に気温が上がり、結構暑かった。
 昨夜も熱気がなかなか抜けず、部屋に暑さが籠もったまま。寝る時間になると、多少は抜けるはずなのだが、それがなかったので、厳しい。
 その熱気が身体に籠もり、抜けないと熱中症。この季節、誰でもその症状は出るはず。
 扇風機が効かないのは、涼しい風が来ないからだ。生暖かい風をかき混ぜているだけ。しかし、止めるともっと暑い。生暖かいが風が受けている方がまし。
 暑いのはまだ八月なので、文句は言えないが、台風が余計なことをする。まあ、秋に来る台風も、近付くと生温かくなるのだが、暑いというほどではない。夏の台風は余計に暑くする。季節的には涼しくなり始める頃なので、この台風が消えれば、涼しくなるだろう。と言っていると、次の台風が来たりしそうだ。
 昨日の夕方は自転車散歩も出る気がしなかったのだが、部屋にいるよりも外の方がまだましなので、夕食だけを買いに出た。作るのが面倒なので、にぎり寿司を買う。時間的にまだ早かったので、百円引き程度。野菜は結構高く、これは雨が降っていない証拠。ホウレン草が200円近い。これでは買えない。ほうれん草にも種類があり、産地により値段が違うのだが、このあたりで常に売られているのは飛騨ホウレン草。これはいつ行ってもある。他のホウレン草がたまに入っているが、常時あるのは飛騨。だから、それで値段の推移が分かる。この飛騨ホウレン草、特に安いわけではない。安いホウレン草があるときは、別の産地だ。根が付いているのは安かったりする。
 先日、炊き込みご飯、かやくご飯だが、そのパックを買っていたのを忘れていた。二百円台。出汁が原液らしい。具に染みこんでいないようだ。三合炊きとなっている。松茸の炊き込みご飯もあったが、そちらの方が安い。透明な袋なので、松茸が見える。本物の松茸が入っているのに、普通の野菜ばかりのものより安い。これは不思議だと思い、松茸ではないかと裏を見ると、確かに松茸と書かれている。さらに見ると、中国産。
 松茸はそれほど好きも嫌いもないので、国産の山菜が入った高い目のにする。結局は味付けご飯で、おかずいらずになる。
 三合炊きなので、結構持つだろう。いつもは一合半だ。三食共ご飯ではないので、毎朝炊いているわけではない。
 夏の最後、この蒸し暑さで、油断しなくてもバテそうだ。しかし、あまり涼しさを求めすぎると、風邪を引きそうだし、困ったものだ。
 

 


■■ 2017年8月21日 月曜日 午前8時46分
 
 今朝も晴れている。最近雨がないので、暑いのだろうか。降っているときだけは涼しくなるので、それを期待したい。しかし降りそうで降らないときは息苦しく、蒸し暑い。これが最悪になる。
 一ヶ月を三つに割ると、上旬中旬下旬。その下旬となった。昔の人は月を見て、それが分かったのだろう。何処にも数字は書かれていない。下旬というのも数字ではなく、頃程度だろう。幅がある。日にちは自然界にも街中にも、道路上にも書かれていない。数字というのはそういうものだろう。数だ。
 まあ、数えるということだろう。寸法でもいい。数は人だけが認識しているわけではないはずで、猫でも犬でも、向こうから来る猫や犬が単独か複数かぐらいは当然分かる。ただそれを言葉ではいわないだけ。しかし、数えているのは確か。都合があるためだ。
 数としてみるのではなく、ボリューム、嵩、固まり具合。拡がり具合などでも見る。また手探りでも分かったりする。煙草があと何本残っているのかなどは、柔らかい目の煙草の箱なら、持てば分かるだろう。目で見た場合は、箱のへこみ具合で。まだ、残っているのなら、数える必要はない。足りるかどうかの問題があるときは数えたりする。都合によって数える。不都合なしなら数えたりしない。
 それで、八月の下旬だが、月を三分割するのは、数字的に分かりやすい。十何日が二十何日になる。十代から二十代に入ったと言うことで。
 つまり夏も押し迫ってきたということだ。夏というより八月なのだが、これは夏休みのイメージが強い。八月いっぱいまで休みということで、それが頭の中にある。
 しかし、結構暑い日が続いており、夜は熱帯夜。立派な真夏だ。昼間も35度越えの猛暑日。数値の上では真夏と変わらないが、秋の虫が夜になると、鳴きだしている。
 大阪方面では蜻蛉が飛び出すと、そろそろ夏も終わりか、と言う感じになる。あとは蝉の鳴き声が変わる。後半に登場してくる蝉が鳴いているのだ。蝉は鳥ではないが、最後に出てくる蝉はトリだ。
 昨日の夕方も暑苦しいので、自転車散歩は控える。涼しい夕方の日もあったのだが、ここ数日は続けて暑い。出て戻ってくると少し汗ばんでいる。
 朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩はやっているが、暑くて何ともならないときがある。全ての道が暑いわけではないが、日影が切れた路上は厳しい。それがしばらく続くと。
 意味のない散歩なので、日影のある場所を通るのがメインになる。
 昼間の一番暑いときも、自転車に乗り、喫茶店まで行くのだが、この往復が一番暑い。ただ、その道筋は影の道なので、ずっと炎天下を走っているわけではない。数年前に見付けた影の道だが、冬場でもその道を通っていたりする。しかし、夏と冬とでは若干道が違う。曇っている日は影がないので、冬の道に入る。同じことなので。だから晴れて影のある日の方が涼しい。曇っている日は何処をどう走っても暑い。
 今年は夏バテせずに来たが、問題は後半の、終わり近くだ。夏の疲れが出るのは少し涼しくなった頃。疲れるほどのことはしていなくても、暑さ疲れが出る。当然季節の変わり目になるので、体が付いていかないこともある。これは気温だけの問題ではなく、気圧も影響する。湿気や温度は数値として出るが、気圧は気圧計がいる。時計やデジカメなどについている場合もあるが、天気予報などでは今日の気圧は出ない。同じ地域でも、高低差のある場所では気圧が変わるためだ。平野部と山間部とでは最初から違う。それと、気圧は雨雲情報よりも複雑で、図式化しにくいのだろう。
 デジカメにも気圧計が付いているが、水中カメラに限られる。部屋の寒暖計には温度と湿度は出るが、気圧は出ない。この気圧を参考にすべきだろう。
 体調が悪く感じるのは実は気圧だったりする。
 ただ、広い範囲でなら、気圧は分かる。天気図に書かれている低気圧だ。これは雨と連動したりする。
 長く暑い状態が続きすぎると、それだけでバテてしまう。だから夏の後半に出るので、夏バテはこれからが大事だ。
 当然他にも大事なものはいくらでもあるのだが、何もしていなくても、暑い寒いはデフォルトとしてくっついている。
 
 
■■ 2017年8月20日 日曜日 午前8時45分
 
 今朝は晴れており暑い。雨は何処かへいったようだが、夏が戻ったように暑い。そのため、夜は扇風機を付けっぱなしにして寝ていた。最初は付ける必要はないと思っていたのだが、妙に寝苦しい。やはり、暑いのだ。流石に途中で寒くなってきたが、蒲団をかぶれば何とかなった。扇風機は離れた場所に置いているので、切りに行くには一度立ち上がらないといけない。これが面倒。それでそのまま起きてしまい、寝られなくなることもあるので、覚醒してはまずいのだ。
 夜中起きてきてそのまま眠れない場合、これは余程体調が悪いのだろう。体調が悪いので、寝すぎるということはあまりない。早く寝てしまうことはあるが。あとは熱だろう。熱があるときは、ゆっくりと寝てられないようだ。
 寒くて起きてしまうこともあるが、このままでは体が冷えるので、何とかせよということだろう。蒲団をかぶればいい。
 昨日の昼間も暑く、これが最後だろうとは思うものの、まだしばらく続くかもしれない。夏休みが終わった日、学校へ行くのだが、もの凄く暑い日があったように思う。まだ暑いのだから、夏休みの延長を訴えるわけにはいかないが。九月いっぱいまではまだ暑い日があるが、それでは引っ張りすぎだろう。暑さを理由にできるのは今月いっぱい。
 今日のお供の端末はNECの11インチノート。かなり高いノートパソコンだったが、しばらく放置していた。キーボードとの相性が悪いので、これは11インチのため。それで10インチの安いのを買ったのだが、これが軽快。それで、ずっとそのエイスースーの小さなノートパソコンを使っていたのだが、バッテリー切れになっていたので、朝、充電しても間に合わないので、充電状態で放置していたNECノートを持ち出し、最近はそれを使っている。
 久しぶりにタイプすると、思ったよりも打ちにくくないが、スピードはそれほど出ない。しかし、キーは浅く軽い。そして11インチなので、窮屈さがない。文字も大きく見える。そしてこのノートが持っているノートの中でも軽い方。700グラム台。それで11インチなのだから、驚く。それで買ったのだが、これで10インチなら、タイプしやすかったはずだし、さらに軽くできたはずだと思える。
 このNECノートは型落ちながら、結構高かった。しかし高いわりにはそれほど早くはない。
 まあ、せっかく買って、しかも高かったので、使わないともったいない。それで、最近はこれを使っている。
 さすがにNECらしく、ドライバーの更新などを自動的にやってくれる。バイオスの更新は流石にダウンロード場所が示され、自動でそこへ飛ぶ仕掛け、そのあとは手動でダウンロードし、自分でインストールしないといけないが、バイオスの更新など、普段から気にして見ているわけではないので、知らせてくれないと分からない。
 ウィルス対策ソフトは期限限定のが入っていたのだが、そんなものはもう期限切れとなっている。すぐに購入、と言う画面が出るが、それを無視すると、Windowsが対策が出来ていないと警告し、ウイルス対応ソフトを自前のものに切り替えてくれた。この自前とは、ウインドウズが用意したもの。だから、買わなくてもいいのだ。
 期限の切れたウィルス対策ソフトが、また何か言い出すので、根こそぎアンインストールしてしまうのがいい。ただの広告だ。
 最近の好みは大きくて軽いだ。だからハリボテが好みだろうか。大きさよりも重さが大事。軽いのがいい。
 昨日の夕食は焼きそばを作った。二つ入りのパックだったが、二つもいらなかった。それで残った一つを作るのが面倒なので、放置していたが、そろそろ食べないと危なかった。そのために焼き豚を買っていたのだが、これも危なくなっている。キャベツも買っていたが、もう新鮮さがないので、一度湯がいてからフライパンで炒めた。獅子唐が残っていたのだが、これは常温でそのまま放置していたので、赤くなり出した。唐辛子のように辛くなるかと思ったが、それほどでもなかった。昔のピーマンは辛かった。全部ではないが、たまにもの凄く辛いのが混ざっていて、これを食べてしまうと、しばらく休憩が必要だった。舌が焼け、しばらく食べられなくなるため。だからピーマンを焼いたおかずはスリルがあった。
 真夏に入ったとき、ソーメンを続けて食べていたのだが、途中で飽きてきた。一番あっさりとした昼食になるはずなのだが、まあ冷たいラーメンを食べているようなものなので、ラーメンを食べたくないときもあるので、それに近い。カラッとしたパンの方がよかったりする。乾燥した。
 昔あった前田のランチクラッカーのようなのがいい。固形のコンソメスープのようなものが入っていて、スープ付きクラッカーだ。ブツッとした塩が浮いており、これが効いた。百均で売っていたが、スープは付いていなかった。
 クラッカーは色々なメーカーから出ているので、何でもいいのだが。クラッカーは乾パンよりも高級感があった。薄いし。
 夏は終わりがけだが、まだまだ暑い。
 
 
  
■■ 2017年8月19日 土曜日 午前8時44分
 
 今朝はすっきりと晴れており、空が青い。そして濃い青で久しぶりの快晴。そのためか日差しが強く、結構暑い。
 このあたりは残暑という感じだが、真夏の暑さと変わらないのだが、強気な熱さではない。これから盛り上がる勢いがなく、長く続かない。しかし、暑いことは暑い。
 当然道行く人は真夏の服装。これが十月になっても、まだそのままの人がいたりする。そこまで夏は長くないが、暑い人にとっては秋でもまだ暑いはず。それに夏服のままの方が楽。
 今は去りゆく夏を味わう頃。まだ去っていないので、その余裕はないが、秋はある日突然やってくる。今日から秋というように急に涼しくなる日がある。天気は暦通りの滑らかさはない。
 夏休みも終わりがけ、もうすぐ登校風景と遭遇するはず。久しく見ていないが、早いもので、あっという間に夏休み期間も終わる。
 今年は早い目に蚊取り線香を焚いたためか、蚊がいない。いるかもしれないが、線香を嫌がってこないだけなのかもしれない。一応夕方に焚いている。これを焚かなければ蚊が来るかもしれない。目では確認できないので、いないと思っているが、夏の終わり頃、きつい蚊が来ていた。もの凄く攻撃的な蚊だが、去年も来なかった。
 しかし、夏の初め頃、かなり刺された。その後刺しに来なくなったが、そのときは蚊取り線香をまだ出していなかった。結構刺され、赤いのが何カ所もできていたので、実際には手遅れだ。しかし、それが蚊だったのかどうかは分からない。蚊が刺すところはほぼ決まっている。
 蚊取り線香効果か、その後刺されていない。
 
 先日買った怒濤の戦艦コンパクトデジカメだが、いつものパナソニックのカメラなので、特に珍しい機能はない。ファンクションボタン、これは短縮キーで、メニューをめくらなくてもアクセスできるボタンだが、あまり必要ではない。左肩にもダイヤルがあるが、ドライブモードで、連写と単写、セルフタイマーなどの切り替えがある。ダイヤル式だが、これも単写に入れたままで、回す必要がなかったりする。
 レンズ側に手ぶれ補正オンオフのレバーがある。こんなもの外側に付けなくてもいいようなものだが、三脚を使って撮すときなど、手ぶれ補正を解除することもあるのだろう。
 マニュアルフォーカス切り替えレバーもあるが、それ一発ではマニュアルにはならないようで、もう一つあるダイヤルで、AFモード側でマニュアルに回す必要があるようだ。そのとき、ズームリングがフォーカスリングになる。
 しかし、ピントだけを止めたい場合、レンズ側のマニュアルフォーカスレバーを引けば固定されるはず。だから単独でも使える。また、AFロックボタンでも、AFを固定できる。これは押し続けなくても、一度押せばロックされる選択があるので、便利だ。シャッター半押しでAFロック半押しを同時にやるのはきついためだ。
 当然、普通にシャッターボタン半押しでロックはかかるが、二枚目を撮すときは解除されるので、あまり意味はない。続けて同じピント位置のものを写したいときに必要だ。
 しかし、一つのことをするのに、色々な方法があり、物理的な仕掛けがあるので、相性にあったものを選べる。ただ、一番相性が合うのはフルオート。これぞコンパクト系の王道で、全てカメラ任せ。
 ピンポイントのものにピントを合わすとき、もの凄く狭い範囲のスポットAF枠に切り替えられるが、それでも合いにくい被写体がある。狭すぎて、フラットな面に当たってしまうためだろう。意外と普通のピント自動認識の方が合ったりする。これはカメラを向ければ勝手にピントを合わせようとする。先読みだ。このとき、合いにくいはずのものに合うことがあり、スポットでは合わなかったのに、合うことがあるので、不思議だ。
 ピント先読みはアイセンサーでスタートするようだ。ファインダーの接眼部に目を近付けるとシャッターボタン半押しでなくてもピントを取りに行こうとする。だからアイスタートと呼んでいる。これは昔ミノルタにあった。
 それとは別にプレAFというのもある。さらに常にピントを合わせ続けるAF方式もあるので、アタックの仕方が多い。それらを自動的にやってくれるのが、フルオートモード。ここがコンパクト系の王道で、カメラを向け、シャッターを切ればいいだけ。普段はこれを使っている。
 また、変わったところでは、シャッターボタン半押しなしでシャッターが切れるオプションもある。これはリコーのスナップモードにあったように記憶している。ピントが合えば切れるというだけのことだろうか。また、合焦マークが出ないと、シャッターが切れない選択もある。
 それよりも、物理的な大きさ重さで、カメラが安定し、それだけでもしっかりと写せる。ファインダーが大きく綺麗なので、それを見ているだけでも値打ち物だ。背面液晶は3インチあるが、比率が横に少し長いタイプになるので、背が低い。だから普通のコンパクト系の三インチ液晶よりも上下を少しだけ切られた感じで、小さく見える。背面液晶だけでも十分撮影はできるし、ローアングルのときは重宝する。横開きだが、慣れればさっと開きパネルを回転させればいい。しかし、カメラが大きく重いので、それほど軽快ではないが。
 要するにこのカメラ、巨大なコンパクトカメラなのだ。色々と盛りだくさんの物理的なボタンやダイヤルやレバーは付いているが、使う箇所は限られている。
 小さな旅カメラ系のコンパクトカメラの方がズーム比的にもお得なのだが、安定度とスピードが違う。大きいだけあって早いし、操作性がいい。ちまちましていないためだろう。
 
 

■■ 2017年8月18日 金曜日 午前9時19分
 
 今朝は雨。朝方かなり強く降っていたので、目が覚める。俄雨だが、きつい。そのまままた寝たのだが、これが長かかった。そのため、起きると遅くなっていた。雨が強かった時間が何時頃かまでは覚えてない。目を覚ましたのだが、まだ薄暗かった。朝かもしれなかったが、暗いので、分からない。これで、狂ったのだろう。
 寝起きの喫茶店へ行くときはやんでいたが、喫茶店前で降り出した。強くはなく、パラパラ。
 最近天気が悪いようで、なぜか安定しない。昨日は久しぶりに暑かった。この暑さは少し番狂わせ。真夏に戻った感じ。夕方の自転車散歩も涼しくなく、蒸し暑さがあるので、軽快ではない。途中で引き返し、ホカホカ弁当でのり弁を買って戻る。スーパーののり弁の方が安くて盛りも多く、具も多いのだが、美味しさではホカホカ弁当。ご飯が美味しい。まあ、チンしなくてもいいためかもしれないが。それにフライは揚げたて。ちくわと白身魚。ちくわは昔に比べて薄くなったような気がするが、気のせいだろうか。白身魚はしっかりと肉太なのが入っていた。やはり揚げたては美味しい。
 ただ、その時間にしては客がいない。何人か客が座っていたりして、待たないといけないのが普通だが、昨日は無人。別に雨が降っているわけではない。夕食時間前だ。この時間一番混むはずなのに。
 こういう偶然を見て、弁当屋は流行っていないと思うこともあるだろう。そういう日もあるのだが、そういう日に行ったためだ。しかし、よくその前を通るし、たまに買いに行くので、いつもガラガラということはない。
 自分の目で確かめる。それはある偶然の印象だろうか。これは店長でないと、本当のことは分からない。こういう場合、売上げの数値などに正解がある。
 ただ、それほど熱心に調べるほど大事なことではないので、普段見かける印象程度で十分。この近所のホカホカ弁当は夕食前に混んでいることが多いので避けることがある。そして、そのすぐ近くにある弁当屋へ行くことが多い。そうなると、混んでいることを見込んで、最初から別の弁当屋へ向かったりする。昨日は偶然前を通るとき、自転車がないし、配達用のバイクも止まったまま。これはすいているのではと、中を覗くと無人。店員が三人も四人もいる。だからのり弁を注文してからが早い。それまで何もしていなかったのだろう。
 それで、混んでいるようなら、素通りして、その先にある弁当屋へ向かおうとしていた。混んでいるという印象が頭にあるためだ。これはなかっても支障はない。待てばいいのだ。
 昨日も暑くて、寝る前までは扇風機を回していたがあまり涼しくならない。空気そのものが暑苦しいのだ。湿気が高いためだろう。寝る前は止めた。窓は開け放し、カーテンも開けていたので、暑くはなかった。
 しかしお盆も明け、涼しくなり出すと心細くなるのだが、暑い日がまだあると、夏が続いていると思い、少しほっとする。まだ大丈夫だと。何が大丈夫なのかは分からないが、まだ夏のためだろうか。
 それは九月に入っても、まだ暑い日があるので、夏が完全に去るには余裕がある。
 
 先日買ったゴツイパナソニックの1インチタイプのコンパクトカメラFZ1000だが、バッテリーは、コンパクト系のネオ一眼のとは違うようで、互換性がない。ミラーレスのバッテリーとは互換性があり、ピタリと入った。またUSBコードもミラーレス系のタイプ。ただ、古いミラーレスなので、今はどうだか分からないが、バッテリーの形がミラーレス系だというのは、大きなボディーのためだろうか。これでハーフサイズのパナソニックミラーレス一眼とバトンタッチすることになる。その遺品がバッテリー。
 コンパクト系ならニコン、パナソニック、ソニーは同じ端子だ。だから同じUSBコードで充電もでき、画像もパソコンへ取り込める。しかし、FZ1000は違うようだ。小さな充電器が入っているので、問題はない。コードは付いていないタイプなので、バッテリーだけ外してコンセントに差し込めばいい。
 小さなコンパクト系と、ネオ一眼タイプの違いは、一枚撮してから二枚目が早いこと。だから同じ望遠でも、旅カメラの小さいタイプよりも、軽快だ。
 このカメラはズームリングとズームレバーの二つがあり、レバーの方がコンパクト系らしく素早い。引けばいい。さっと望遠まで行く。そのとき広角から望遠へ一気に行くときにファイダー画面が多少波打つ。有機何とかのためだろうが、反応が早いのだろう。
 リングでのズームは普通のズームレンズと同じ手動。しかし電動なので、モタッとしているが、微調整によい。こちらは滑らか、動画向きだろうか。レバー式はいったり戻ったりではギクシャクする。レバーを少しだけ戻すとか引くとかで何とかなるのだがリング式は行きつ戻りつがしやすく、滑らか。一気に望遠へ持って行くにはレバー式の方が早い。レンズは伸びるタイプで、そこに35ミリフィルム換算値が書かれているので、ファインダーを覗かなくても、ミリ数が分かる。当然電子ファインダーなので、今何ミリかも表示される。それが全て35ミリフィルム換算の数値なので分かりやすい。
 フルオートだと、EXズームというのに勝手に入り、これは解除することができない。小さい目の保存画素数にするとそうなる。そのときの望遠端は1600ミリになる。25ミリから1600ミリまで段差なく回せる。レバーもズームリングも電動式のためだろう。このカメラは実際には望遠端は400ミリなのだ。
 流石に四倍拡大のズームになると、ファインダーを拡大しているだけなので、鮮明度が少し落ちる。ちなみにミラーレスは倍まで。
 それで、1600ミリで遠方を撮すが、何とか絵にはなっている。ブレが拡大されるので、手ぶれ補正があっても、ブレの影響が出るのだろう。明るい場所なら問題はない。一応このデジタルズームは劣化しないとなっている。ただのトリミングだが、その処理で超解像的な処理がなされるのだろうか。画素数は2000と大きい。
 パナソニックのカメラがいいのは、デジタルズーム域に入ってもAFなどはそのまま。普通は中央部あたりでAFは固定されるのだが、顔認識なども効く。ただファインダーを拡大しすぎるので、少し鮮明度が落ちる程度。
 1インチタイプの受光素子だが25ミリの広角端での最短撮影は3センチ。400ミリでは1メートルなので、それほど短くはないが、中間が結構効く。
 カメラの大きさだけでも満足度が高い。結構単純だ。大きいが軽く感じるので、印象がいい。
 


■■ 2017年8月17日 木曜日 午前8時08分
 
 今朝は曇っている。最近すっきりとしないと思っていると、東京では長雨が続いているようで、まるで梅雨とか。これはあまり天気予報では聞かない。雨が少し多い程度なら、いうほどのことではないためだろう。雨が多いと取り上げられる。大雨のためだ。しかし最近雨の日が多いな程度ではそれほどのことでもないのだろう。しかし、夏に来る日も来る日も雨では夏らしくない。雨はたまに降るがそれほど続かない。夏に降る雨は夕立が多く、一日中降っているわけではない。それなら真夏の梅雨だ。
 雨が降らなくても、曇りの日が多いのも鬱陶しいだろう。当然長い間、雨が降らないと、これもまた夏場は暑苦しくて仕方がない。
 そう言えば野菜の値段が上がっている。百円台が二百円台になると、もう買わない。百円台後半でも買わない。別の野菜を買う。よく買うのはホウレン草だが、これも百円から百五十円まで。百五十円は高いと思い買わないこともある。
 比較的安いのは四分の一カットの白菜。小さすぎるので、安く見えるのだろう。これが百円。白菜は全部葉っぱのようなものだ。その他安いのはモロヘイヤ。これは葉っぱだけを袋に入れて売られていた。しかし葉が薄いので、まったくボリュームがない。炒めたり、卵焼きの中に入れる程度。葉の歯応えはないが、ねばっとしたものが含まれているので、存在感はある。せっかく野菜を入れたのに、食べるとき、まったく分からないようなのもある。だから目立つように単品で食べる方がいい。今何を食べているのかが分かるためだ。
 オーケストラなどは色々な音が混ざり合っているのだが、それを聞き分ける力がないのか、楽器の演奏を楽しんで聞くだけのというのとは違う。太鼓なら太鼓だけでいい。他の音が混ざると、聞き取れない楽器もある。しかし、妙に目立つ音がある。どの虫が何処で鳴いているのかという感じの。
 昨日はお盆の送り火の日だったはず。しかし、もう盆休みは終わったのだろう。だが近所の村の盆踊りをやっていた。ここはお盆にしかしない。雨などが降ると順延で翌日になることもあったようだが。
 晩ご飯後の徒歩散歩のコース沿いでやっているので、前を通ることもできるが、それは少しだけコースから逸れる。しかし、よく見える。
 その道を歩いていると、「祭りをやってる」という通行人の声。盆踊りではなく、祭りなのだ。その通行人の二人は盆踊りを見に来たのではなく、通りかかっただけ。前方に提灯の明かり、実際には電球だが、明るい。それを盆踊りと認識しきれないので、とりあえず何かイベントのようなものをやっていると思ったのだろう。しかも夜なので、無難に祭りといったのだろう。最近は盆にやらない盆踊りが多くあり、そちらの方が多いし、また規模も大きい。その呼び方が夏祭り。
 では夏祭りでお神輿が出るのかというと、そうではない。この近くの村ででの祭りといえば秋祭りだ。神社がやる祭りで、お神輿ぐらいは出る。しかし、夏は出ない。
 神社の祭りは年にいくつかあるが、分かりやすいのが秋祭り。収穫後の祭り。刈り入れが終わってからする。
 最近は家が多く建ったため、それが防音の役目をしているのか、聞こえてこない。だから盆踊りをやっているのに気付かなかったりする。これは風向きにもよるのだろうが、殆ど聞こえなくなっている。
 
 お盆の中日に注文していたカメラが翌日の送り火の日に届いた。注文の翌日届くのだから早い。今回はクロネコヤマトできたので確実だ。いつもの午前中の昼前に車がよく来ている。これが一番早い便で、ほぼ決まった時間に来る。
 ところが午後からになることもある。このとき受け取りにくい。また夕方もある。しかし、その時間は決まった時間ではないのかもしれない。
 とりあえず朝の喫茶店から戻ってきて、次に出掛けるまでの間に来てくれるのでありがたい。
 さて買ったのはパナソニックのFZ1000という大きなコンパクトカメラで、一眼レフの中級機ほどの大きさがある。これでもコンパクトカメラなのだから、怒濤の戦艦だ。
 早速段ボールを開ける。アマゾンの段ボールはテープを貼っていないので、カッターがいらない。手で切り口を引っ張れば取り出せる。中は寸法違いのものでも入るように台紙の上に乗せ、ビニールで閉じている。詰め物なしで空間を埋められるいいアイデアだ。
 そして元箱を取り出し、開けているとき、中古だということを忘れていた。新同の中古なので、新品と同じものが欠けることなく全て入っている。
 ただ、バッテリーは流石にそれを包んでいた袋などはないので、違うもので包み直しているし、カメラも違う袋に入っているはず。ただ、展示品特価品と違うところはフードやレンズは最初からカメラ側に付いてあることだ。流石にショルダー系は付いていないが。中に入っている。
 これが新同のわりには安かったのは、キャップのへこみありということ。キャップは使わないので、問題はない。フードがあるとありがたい。これでレンズ保護に役立つはず。25ミリからのレンズなので、それほど長くはないが、一応花形だ。
 結局一年前カメラのキタムラで見た展示品特価の値段と同じ値段で買うことができた。
 電源を入れると、バッテリーは満タンマーク。カレンダーも合っている。
 これですぐに写せるのが、内蔵メモリーはないようだ。あればカードを忘れたときでも何とかなるのだが。
 液晶は明るく、そして解像力が高く、大きい。しかし画面が波打ったり、目の角度により、流れたりすることもあるが、斜めから覗き込むためだろう。画面が大きいので四隅まで見渡すのに、目玉を動かさないといけないほど。波打つのは有機タイプのためかもしれない。こちらの方が反応が早いはずなのだが、その違いは静止したものではよく分からない。それで滑らかになるモードに変えた。電池の消耗は早くなるが。
 通りすぎる人を撮したとき、位置が違っていたりするのだが、その程度は気にならないので、早い目にシャッターを押せばいいのだ。猫などではファインダーがあると表情が分かるので、それを見ながらシャッターを切るのだが、そのタイムラグが少なくなるのだろう。表情よりも、じっとしているので撮すと、動いていたりする。鳥などもそうだ。動かない状態になってから撮す。
 ゴツイカメラだが、見た目ほどの重さはなく、少し重い目のネオ一眼。800グラムを少し越えているが、持つと安定している。高さや横幅が十分あるためだろう。どう見ても一眼レフだ。しかも中級機。
 早速試写してみるが、問題は何もない。薄暗い室内でも、電子ファイダーならではの明るさで、肉眼で見るよりよく見えたりする。
 いつものパナソニックのデジカメなので、使い勝っては慣れている。望遠端でもF4と明るいため、薄暗い室内でも楽勝だ。しかも望遠は400ミリしかないのでさらに楽。
 この重さと大きさは買い心地があり、存在感がある。
 早速夕方の自転車散歩に持ち出したのだが、カメラが大きいので大袈裟な感じがするが、逆に鞄から取りだして構えると、性根が据わるというか、あまりこそこそと撮り逃げせず、堂々と構えて写せる。どう見ても本格的な一眼レフの形をしているし、フードを付けると、ものすごくゴツイ感じになる。
 しかし、このカメラ、元気なときにしか持ち出せないだろう。ただ、自転車散歩撮影なら、カメラの重さはあまり関係はない。重いのは鞄で、肩にズシリとくること。自転車なら、それがない。
 ただ、カメラとしては重いので取り回しに力がいる。指先だけでつまめるコンパクト系とは違い、しっかりと構えないといけないためだ。
 今後はこのカメラがメインカメラとなるのだが、意外と活躍するのは、もっと小さく、ポケットに入るカメラだったりするが、撮影の楽しさは、ファインダーがあるタイプの方がいい。被写体がよく見えるので、覗いているだけでも楽しかったりする。
 これで、長い間思案中の夏のカメラ買いが終わり、そして盆も終わった。
 


■■ 2017年8月16日 水曜日 午前8時26分
 
 今朝は曇っているが、雨は降っていない。昨日は昼過ぎに雨が降り、やんだと思って外に出ると、また降り出した。そして帰り道もきつい雨。幸い風がなかったので、雨はほぼ真上から。これは傘には都合が良い。この状態ではきつい雨でもあまり濡れない。ただし小さい傘だと無理。傘を差していても濡れるのは横降り。だから風があるとき。だから真上からの雨だとズボンも背中も濡れないが、時間が長いと、じんわりとくる。強い雨だとしぶきがかかるためだ。
 お盆は終わったと思っていたら、送り火が今日のようだ。二泊三日ではなく、三泊四日だった。つまり、13日が迎え火で一日目。14日は中日。15日の昨日は送り火だと思っていたがまだ中日。だから中日が二日あった。
 朝の伊丹モスのメッセージボードには盆休みは終わったとなっているが、中日を越えれば、お盆そのものも終わるのだろう。しかし、送り火は今日の夜。ご先祖さんは昼間も今日はずっとまだいることになる。朝立ちではないのだ。夜に来て、夜に帰る。まあ、昼の日向から先祖が外をウロウロするわけにはいかない。夜がいいのだろう。
 その15日のお盆の最中、ついに夏のデジカメを買う。ただ、届くのは今日なので、送り火の日だ。
 昨夜は少しだけ暑かったのか、寝る前、少しだけ蒸し暑かった。起きているときは扇風機が必要だったが、寝るときは必要ではなく、窓は開けているが、カーテンを閉めていた。窓を閉めないと寒く感じるのはまだ先。
 昨日はお盆のためか、平日なのにショッピングセンターに交通整理員がいる。だが、お盆中は客が少ない。自転車を止める空間が多い。しかし、車で来る人が多いため、駐車場への出入りは一般歩道をまたぐことになるので、そこに何人も立っている。入りと出があり、出口は二箇所。多いときはこの二箇所の出口が使われるが、整理員が出ていないときは閉まっている。出入り口はそこだけではなく、都合三箇所ある。だから、ものすごい数の整理員がいるのだろう。いつも顔を合わす人がいるが、平日は立たない。平日でもいるのは自転車整理員。服が違うので分かる。
 今年はお盆の日をしっかりと把握していなかったので、整理員が立っているので、まだお盆だったようだ。昨日なので15日のことだ。
 モスのメッセージボードでは、盆休みも終わり、夏休みも終わりがけとなっている。学校が始まるまで二週間もない。夏休みの宿題を思い出すと焦るだろう。まだ二週間も休めるわけだが、夏休みの始まる頃に比べれば、頼りない日数だ。残りが少なく、出口がそろそろ見えだしている。普通の連休でも三日ほど。だから二週間もあれば長いはずなのだが、短く感じたはず。
 昨日は食欲がないので、ご飯類を避け、コンビニで肉うどんを買って食べる。これは温めてもらうと戻るカップうどんのようなものだが、うどんは乾燥ものではない。昔はアルミ鍋に入って売られていた。その頃の方が味が良かった。それのかき上げうどんが良かったのだが、消えている。かき揚げ蕎麦はあるが、コンビニの蕎麦は今ひとつ合わない。どの蕎麦も同じ蕎麦なので、変化がない。うどんよりも蕎麦のほうが変化が多い。うどんは腰ぐらいだが、蕎麦の方が幅があり、タイプの違う蕎麦が結構ある。混ざっているものが違うのだろう。小麦率の問題もある。
 蕎麦は蕎麦だけでも美味しい。かけそばで十分。嫌いな蕎麦は針金のような蕎麦。それならいっそのこと、ソーメンの方がいい。蕎麦はねちっとしたタイプがいい。
 
 
■■ 2017年8月15日 火曜日 午前8時17分
 
 今朝は小雨。最近晴れが続かない。晴れているときもあるのだが、何となくすっきりしない空模様。高気圧不足だろうか。低気圧ばかりが周辺にある。
 それで、今朝も涼しいので悪くはない。しかし湿気が高いので、今一つだが、蒸し暑いよりもましだろう。雨の日は湿気が高いのは当然なので、文句は言えない。
 昨夜も熱帯夜ではなく、夕方も涼しく、夕涼みがてらの自転車散歩も気持ちが良かった。少し気温が下がっただけのことだが、これが動きに出る。軽快だった。暑さからの解放だ。
 今朝は雨というか、夜中に雨音を聞いたので、ずっと降っていたのかもしれない。幸い朝の喫茶店へ行くときはパラパラしている程度だったので、傘を差さなくても良かった。雨の日は傘を差して自転車に乗るのが面倒なだけ。雨も悪くはない。雨は詩情を呼び、雨が降っているシーンの歌も多い。晴れてカンカン照りの歌は少ないが、青空の歌は結構ある。晴れの歌と雨の歌。気持ちを託したものだろう。
 しかし、雨が降っている歌がしんみりとし、暗いわけではなく、逆に明るい雨の歌もある。雨が降っているのに明るい。雨にも負けずではないが。
 さて、お盆は終わったのだろうか。ニュースではUターンラッシュがピークとなっている。逆にこの時期に帰省すればガラガラかもしれない。お盆が終わってからお盆休みに入る人もいるだろう。車の渋滞風景は知らないが、反対車線は空いているはず。しかし、田舎がその途中の町だったりすることもあるし、また盆休みに入ったので、地方から都会へ人が押し掛けることもあるだろう。帰省ではなく、遊びに行くのだ。都会へ遊びに行くのではなく、その近くへ行ったり、またただの通過地点だったりする。だから混み具合は目で見たわけではないので分からないが、反対車線はがら空きというのはないかもしれない。
 夏のカメラ買いは渋滞ではなく、停滞している。色々と候補には挙がっているが、一年前に欲しかったものもある。
 そのカメラはパナソニックの馬鹿でかいコンパクトカメラで、一インチタイプのネオ一眼。重さが800グラムあるのがネックだが、スペックは悪くない。その後継機が出たのだが、逆に値上がりしている。この新製品はさらに大きく重くなり、コンパクトカメラのバケモノで、どちらかというと動画向け。電動ズームなので、ズームインなどが滑らか。
 しかし旧機の値段が下がらず、高値になっている。これは新品での話だ。在庫が切れると、そこで終わってしまう。旧製品の方が新製品より高い例は結構ある。
 一年前買っておけば安く手に入ったのだが、それでも安い値段ではない。重い値段だ。カメラも重そうで、この800グラムがなかなか受け入れられなかった。この頃、まだ近所にカメラのキタムラがあり、行く度に展示品を触っていた。馬鹿でかく、一眼レフ中級機より大きかったりするが、手にするとスカスカ。張りぼてのように軽い。見た目ほどの重さがない。それでも800グラムなのだから、軽くはないが。これで小さければ、ズシリとくる重さになるだろう。
 大きいので背も高く、グリップも高いので、小指がはみ出ることもない。
 レンズは25か4かは忘れたが、400までで、あまり望遠率は高くない。一インチタイプなので、そんなものだろう。しかし、レンズは明るく、開放はf2.8と、よくあるタイプだが、望遠端がF4で収まっている。だから望遠端は結構明るい。F2.8通しではないが、それに近い。電子ファインダーは上位機のミラーレスと同じスペックなので、大きい。
 電動ズームだが、レンズ側を回せる。レバーではなく。さらに普通のズームレバーもシャッターボタン近くにあるので、片手でもさっとズームできる。
 見た目、どう見ても一眼レフ中級機。しかし、大きさと重さで、何ともならず、そこでブレーキがかかったまま一年以上経つ。そのカメラを思い出したのは、レンズ交換式のカメラでも、このズーム比に持っていこうとすると、もっと重く高くなることだ。それと、レンズ交換式のカメラは、さらにいいレンズがあり、これが気に入らない。最初から付いているキットレンズが最高ならいいのだが。まあ、比べてもそれほど差はないかもしれないが、上にまだあるのが気に入らない。その点、レンズ一体型のコンパクト系なら、それ以外の選択肢がなく、また比べるものもない。あるとすれば後継機ぐらいだろう。
 夕方前の散歩撮影では、少しでもレンズは明るい方がいい。広角ではなく、望遠のときこそ明るい方がいい。400ミリF4は、かなり明るい。
 それと、このカメラにブレーキがかかったのは望遠端が400ミリしかないということだ。まあ、超望遠が必要なのは鳥とか猫だが、デジタルズームがそのまま効くので、その境界線が曖昧で、800ミリまで簡単に入ってしまう。800ミリあれば鳥は行けるし、遠くの猫も何とかなる。嘘の800ミリだが、F4の明るいレンズとなる。
 この怒濤の戦艦コンパクトは買いごたえがある。既にコンパクトではないが、それを突き破って、コンパクトではないコンパクトカメラになっている。
 大きく綺麗な電子ファインダーで見ることができ、しかもレンズ側でズームができる。一眼レフデジカメと同じ形だが受光素子は一インチ。あまり一般的ではない趣味性の高いカメラだ。こういう考え落ちしたようなカメラは、惹き付けられるものがある。
 

■■ 2017年8月14日 月曜日 午前8時54分
 
 今朝は少し曇っているが、熱帯夜ではなく、最低気温は23度台に下がっている。流石にお盆。お盆が来ると涼しくなるというのはやはり本当だったが、これは今年たまたまかもしれない。そうなる年が多いだけで、そう言いだしたのが、違う年もある。これで今年の夏のピークはもうないので、結論が出そうだ。つまり、あまり暑くない夏だった。逆にいえば盛り上がりのない。
 確かに夏なので、暑いことは暑いが、それほどでもなかったということだ。夏としては楽。
 真夏の後半に来た台風で少しは盛り上がった。台風そのものではなく、台風が引っ張ってきた暑苦しい空気だ。これが結構効いた。だから夏そのものの暑さではなく、台風だった。台風で暑かったのだ。
 ニュースでは盆のUターンラッシュが14日がピークとなっていたが、これは今日だ。あっという間にお盆も過ぎる。ここから年末までは意外と早い。残りの月が少ないからだ。だからお盆は一年の折り返しではない。丁度半分だと思うと、短く感じるはず。
 一番長く感じる月は五月と十一月かもしれない。春の終わり、秋の終わりがけだ。しかし、夏の始まり、冬の始まりでもある。また本格的に暑くなく、寒くない月。
 暑いので食欲がない。朝は食欲はあるが、夕食あたりは、バテてしまうのか、食べるのが面倒。それで、決まった時間ではなく、腹が空き、何か口に入れたいと思うまで待つことにした。この作戦はあたり、一時間ほど遅くなったが、焼きそばを作って食べた。これを作るのが暑苦しいので、嫌だったのだろう。食欲という欲で動く。欲動だ。これが人を具体的に動かすのだろう。そしてスタートのきっかけ。
 意欲というのもある。意欲的に物事をするとか。これはただの欲に意味を見出したのだろうか。意味に欲を見出したのかは分からない。
 夕方の自転車散歩が楽になった。それよりも少し気温が下がると楽になる。身体も軽く、足も軽くなる。単純なものだ。
 夏のカメラ買いだが、夏が終わってしまう。お盆も今日がラストだとすると、お盆のカメラ買いになるところだ。
 最後に買ったオリンパスの型落ちで安い旅カメラをよく使っているが、これで事足りてしまうところが恐ろしい。レンズはそれほど明るくないのだが、夜景なども写せる。明るいレンズとは何だったのかと思うほど。ただ感度が上がるので、ノイズが目立つところもあるが、逆に迫力がある。荒れている方がよかったりする。
 これがいいので、またオリンパスのミラーレスを買ってもいいかとは思うのだが、ずっと前に大特価で買ったオリンパスのミラーレスの写りが今一つで、今もそのカメラは残っている。十年以上前のミラーレスで三万円台でたたき売られていた。レンズ二本付きで、安かった。
 よく出ているダブルズームキットは両方合わせても28ミリから300ミリまで。オリンパスの旅カメラなら25から600ミリまで。どちらが便利なのかは最初から分かっている。しかもレンズ交換しないと、写せない。だからレンズ交換式カメラの方が不便。それを一本ですむ高倍率ズームレンズになると、大きく重く、そして高くなる。
 しかし、オリンパスのカメラやレンズは結構小さいので、罪は軽い。そして何となく懐かしい。
 このオリンパスのミラーレスのOM10のような型番のカメラに付いているパンケーキズームが少し気になる。電動ズームなので、電源を入れると飛び出すが、収納時は非常に短く、コンパクトカメラ並の飛び出ししかない。これで500グラムは切るが、コンパクト系は200グラム台なので。倍ほどまだ重いと言うことだろう。ただ、一般的な一眼レフに比べると、かなりコンパクトだ。
 しかし、28から80あたりまでのズームでは何ともならない。このタイプのコンパクトカメラは多くあるが、望遠が必要なとき、何ともならないので、持ち出す機会が減る。だから、レンズ交換式のカメラは逆に不便に感じる。しかし、形としては悪くない。
 それよりも、オリンパスの高級コンパクト機の28から300あるタイプを持っているので、このカメラが強すぎて、レンズ交換式のミラーレスが余計不便に感じる。だから、オリンパスのミラーレスが一番買いにくいカメラなのだ。これを買いやすくする方法が見付からない。しかし、カメラとしての佇まいがいい。実際に活躍するのはコンパクト系で、ミラーレスは飾りになる。
 だから、候補に挙がっているオリンパスのミラーレスも、なかなか手が出せない。それに高いし。
 

 


■■ 2017年8月13日 日曜日 午前9時19分
 
 今朝は朝から久しぶりに晴れている。夏の雲の奥の方の上空に秋の雲がいる。お盆の頃の冷めた夏だ。静かな暑さとでもいうのだろう。昨夜は久しぶりに熱帯夜から解放。最低気温が25度を切り、24が続いていた。寝る前から扇風機はいらなかった。途中で掛け布団が必要になり、朝まで布団の中。しかし、一時間ほど早く起きたので、これは幸いと、あと一時間の睡眠を楽しんでいると、二時間以上寝たようで、かなり遅れて起きてきた。
 朝の喫茶店までの道は陽射しがあるので、流石に熱いが、日陰に入ると丁度いい。まだひんやりとするほどでもない。日陰を寒く感じ出すと秋だ。
 ついにお盆まで来てしまった感じで、早いものだ。お盆を過ぎると涼しくなる。それまでの辛抱の、そのお盆を通過しようとしている。結局一般的なお盆とは、お盆休みだろう。正月と盆は休める。お盆は地獄の釜も休むらしい。だから釜焚きはしないので、地獄も休み。
 日本の休日の代表が盆暮れ。夏と冬の休み。何々の日ではなく、ただの生活上の決め事に近い。年に何度か特別な日を設けるということだろう。それを具体化したのが、この日はみんな休んでもいいということで、分かりやすい。具体的だ。一日ではなく、数日。これは里帰りできる。だから帰省者が実家などに帰るのだが、まるでご先祖さんのようだ。実家の親などは先祖と一緒に遠方に出た子供や孫も迎えることになる。ご先祖さんがどういうルートで帰ってくるのかは分からないが、おそらく上空から、しかも夜だろう。迎え火は着陸点を示していたりするが、方々で送り火があると、何処が子孫が住む家なのかは分からなくなりそうだが。
 少し秋が入ってきている澄んだ青空。雲もまだ高い雲がある。そこを飛んでいる先祖を想像すると、結構ラッシュだ。管制塔の指示がないと、降りて来れなかったりする。
 昨日の夕方あたりから涼しくなり、過ごしやすくなった。一寸気温が下がっただけで楽になる。いつもの夕方より二度ほど低い。それと空気も少し違っていた。
 台風が来る前に、そういう涼しい夕方が一日だけあった。冷やかしのような秋の先触れだったが。今後はそういう日が続くはず。夏が弱まっているのは確か。
 
 とうとうお盆まで来たので、真夏のカメラ買いを引っ張りすぎたようだ。まだ買っていないので、このお盆中に決めないといけないのだが、なかなかこれといったものがない。あっても、それを使っている絵を想像すると、それほどのインパクトがない。
 高い目の高級カメラ。本格的なカメラとなると、逆に不便になることが分かった。
 一台で何でも写せるコンパクト系の便利さとは違う方向だ。そう言えばトイカメラ系以外で、単焦点レンズだけのカメラは殆どない。そして逆にそういうカメラはかなり高かったりする。不便なのに高い。これは何だろう。その画角でしか写さない人なら、そこに特化しているので、便利かもしれない。
 だから、視点を変え、より不便で、操作性の悪いカメラの方が撮し甲斐がありそうな気がする。
 より快適なカメラではなく、より不快なカメラ。そんなもの誰が買うのかと思うのだが。不快が愉快になるわけではないはず。
 不便さは創意工夫の源だが。しかし早くしないと、盆がゆく。
 
 
 
■■ 2017年8月12日 土曜日 午前8時39分
 
 今朝は曇っており、風がある。陽射しがある場所は結構暑い。昨夜も25を下ることのない熱帯夜。28度以上になることはないが、なれば寝ていて汗をかくだろう。それよりも寝付けなかったりする。室温もそうだが、身体に熱が籠もったようになり、体温が熱いのだろう。計ってはいないが、触ると熱い。これがもっとひどいと熱中症になるはず。しかし横になると床に近いほど温度が低くなるのか、何とかなる。転んだ方が涼しい。暖かい空気は上にいく。理科で習ったこと。
 部屋の中の空気が不安定で、部屋の中が荒れるわけではない。お盆休みに入るようなので、やっとお盆に近付いた。大阪方面では三日ある。迎え火の日、送り火を加えて三日。二泊三日だろうか。
 京都では大文字焼きなどの送り火を終えると夏は終わったとみなされる。気温とは関係ない。翌日猛暑でも夏とはもう認めない。そういいきかすことで暑さを凌ぐのだ。
 近所の村の盆踊りがそろそろ始まる頃なのか、櫓や提灯やテントが張られている。夕方前から始まるのだが、もの凄く暑かった年は音だけで、誰も踊っていなかった。
 盆踊りの頃は稲の穂が膨らみ出す頃。まだ青いが。それが黄金色に実り、刈り入れが終わった後に、今度は秋祭り。それは神社の管轄。神輿も出る。小さな神社があり、その横が御旅所だが、ただの道路。そこに神輿が置かれる。境内には置かない。そこは屋台が出るためだが、出ていたのは子供の頃だけ。太鼓の音が聞こえてくると、秋祭りだと知る。これが合図で、神社へ行くと、屋台が出ているので、そこで遊ぶ。この太鼓は練習ではない。もう既に本番で、昔は神輿の上に太鼓を乗せ、上で叩いていた。そして練り回るのだが、今は下に車が付いている。もう担ぎ手がいないためだ。この神輿、よくひっくり返っていた。村中を隈無く回る。農家は門の前に提灯をぶら下げ、それを迎える。
 この村、昔はもっと広かったので、隅から隅までとなると、相当な距離になる。今の自治会を数個含んでしまう。だから、この村の墓場は遙か彼方の他の町内にある。村はずれに相当する場所だったため。今は住宅地の中にあるが、元々は古墳だ。親亀の上に子亀が乗っているようなものだが、その古墳の中にいる人と、この村の人達とは関係しないようだ。また、この古墳が出来た古墳時代、今の村はまだなかったはず。そこまで古い村ではない。
 その近くにある別の村だが、御願塚村があり、これが結構古そうで、地名から古墳と関係していてもおかしくない。昔は五ヶ塚村と書いていたようだ。主墳と周辺墳があった時代にできた村なのかもしれない。周辺墳は石碑だけが残っている。私有地の庭とか通路などにあるのを見たことがある。
 御願塚のすぐ南は塚口。塚が絡んでくるが、そう単純なものではないはず。
 何等かの勢力が、ここにあり、その家系の末裔が今もまだこの地を……、となると伝奇小説になりそうだが。
 さて、盆踊りの櫓を見たので、そろそろ夏も終わる。実際にはまだ暑いので、この暑さを乗り切ることが先だが、あと少しだろう。
 暑い暑いと言っている頃が華で、この時期の方が元気がいい。暑さでバテ気味だが、夏の気は好ましい。
 

 


■■ 2017年8月11日 金曜日 午前8時54分
 
 今朝は曇っている。そして蒸し暑い。曇っている方が日差しがなくて、厳しい暑さにはならないが、部屋の中にいるときは別だ。雨が降った方がすっきりするのだが、その降るか降らないか分からないような状態のときが、一番息苦しかったりする。
 先日天気図を見たとき、低気圧マークがあちらこちらに出ていて、これは何だろうと思った。低気圧なので低いとすれば、穴ぼこだらけ。これだけ多くの低気圧が出るのは珍しいのではないかと思える。高気圧を見ると、画面上では北の端に大きながある。南側はない。低気圧のマークがないところは平地だろうか。
 最近暑いので、昼寝時間が短い。寝たかどうかが分からないほど。ずっと寝入りばなのような感じで、寝た感じはしないが、寝ていることになるのだろう。しかし意識が完全に切れないと、寝た気にならない。一度シャットダウンするための昼寝。これは夜寝でも同じだ。昼寝は時間的には短いので、体力回復にはならないが、意識の中断に役立つ。一日二度の目覚めのようなもので、一日が二回あるような。
 そして昼寝は最高の休憩。だから炎天下で工事をしている人が、お昼ご飯後は日影で寝てたりする。しかし、寝起きというのは、良いときと悪いときがある。寝たりないと機嫌が悪くなったりする。妙なタイミングで起きたときなどだ。
 夏場のあっさりとしたおかずを作る。千切り大根とスライス椎茸。どちらも乾物。それと高野豆腐。これも乾物。高野豆腐はサイコロぐらいの大きさに切る。いずれも乾物なので買い置きが効く。それを煮る。ここで煮る時間が気になるのは乾燥椎茸。スライスものだといっても、結構硬いことがある。これはやはり最初は水の中に浸けておいた方がいいのかもしれない。千切り大根もそうだ。
 だから鍋に水を張り、そこにその三品を入れて一晩寝かし、朝、火を入れて煮ればいいのかもしれない。まあ、朝のために夜にゴソゴソするようなことはしないが。
 乾燥スライス椎茸が結構高かった。国産のためだろ。百均でも売っているが、やはり硬い。
 それで、高野豆腐、椎茸、大根を入れたことになるが、最後は卵で綴じれば豪華だが、卵が結構しつこいし、卵が腐りやすいので、昨日は入れなかった。入れるときは最後の一食分になったとき、卵綴じにして、そのまま丼物ができる。玉子丼。大阪ではギョクドン。
 昨日も夕方の自転車散歩に出掛ける。夕方なので、日差しは大したことはないが、蒸し暑い。夕涼みにはならない。
 そして、先日発見した尼崎のコジマビッグカメラに突入。値段をもう一度確認するため。他店よりも一円でも高い場合、何とかするという貼り紙。この何とかはポイントで埋めるとか、そう言うことかもしれない。
 すらりと見た限り、コンパクト系は他店よりもかなり安い。これは他店より安いので、問題はないが、少し高い目のカメラになると、相場に近い。そして安いのは展示品。これは実際には中古なので、当然だろう。中古では展示品は新同となる。非常にいいだ。Aクラスの極上。しかし、展示品でもレンズの中にゴミが入っていたり、擦れたあととかは当然ある。カメラを買って、殆ど使わないままの人が持っていたカメラの方が、展示品特価よりも綺麗かもしれない。
 あとは、元箱未開封品。しかし、カメラの元箱はテープがなく、簡単に開くのだ。保証書などが入っているので、売るときも、一度開ける必要があったりする。また上新などでは、その場で開けて、商品を見せる。客に確認させるため、開ける。だから、最初からテープで留めていないので、簡単に開く。
 パナソニックの旅カメラはもの凄く安いので、納得できたが、その一インチタイプの高級機の方は結構高いまま。これはネットの方がはるかに安い。高い目の価格なので、ポイントサービスでカバーしているようだが、この店のカードは持っていない。だから、無視。
 それで、一眼レフ系を見ていたのだが、ソニーα6000とオリンパスEM10とか競い合っている。どちらもミラーレスで、電子ファインダーのあるタイプ。残念ながらパナソニックはない。電子ファインダーのないタイプはあるが。
 ソニーとパナソニックではソニーの勝ちだろう。しかし、ソニーとオリンパスとでは微妙。α6000は少し古いが、オリンパスは新しい。電子ファインダーを付けてα6000に迫っている。受光素子がオリンパスの方が小さいため、望遠ズームが軽くて小さい。ボディーはオリンパスの方が重い。見た感じはオリンパスの方が昔の一眼レフOMのスタイル。しかし、機能や操作性ではソニーの方が理にかなっている。
 しかし、ミラーレスの特徴は、電子ファインダーを覗かなくても、背面液晶でさっと写せること。切り替えはセンサーでオート。ここが光学式ファインダーの一眼レフとの違い。その液晶、ソニーよりもオリンパスの方が大きい。だから、背面液晶で写すときは、見やすいだろう。そして、先日買ったオリンパス旅カメラの液晶が非常に見やすい。解像力は一般的だが、反射や明るさに強い。明るい屋外で、液晶が見えなくなることはこれまでなかったので、このミラーレスの液晶も見やすいはず。屋内の店内ではそれが確認できないが。
 ソニーの旅カメラの液晶は今一つだった。屋外での話だが。だから液晶の見やすさではオリンパスの勝ちになるかもしれない。これは想像だ。ただ、液晶を超すときの軽さはソニーの勝ち。軽い。
 ここにキヤノンが入ってこないのは、X7などの安いタイプの方が強いためだろう。一応キヤノンからもミラーレスは出ているが、今一つ、これはと言うものがない。文系や、アーチストによるCMがこのかめらにはあるが、それには乗らない。
 昨日はそれで、オリンパスミラーレスを見直した。望遠ズームの回転が重いし、電源レバーが左肩にあり、引きにくいし、戻しにくい。最初から欠点が見えているカメラ。だからα6000には及ばないのだが、オリンパス臭さが気になるところだ。ソニーよりも個人的には馴染むのだ。ああ、オリンパスか、と言う感じで、それは、ああミノルタか、と同じだ。ソニーはミノルタか、ミノルタがソニーかは今はもう、そのミノルタ臭さは消えてしまったが、オリンパス臭さは今も残っている。オリンパスのカメラは隙がある。詰めが甘いのだ。
 だから機能とかスペック以前に、オリンパス臭さが良かったりする。
 
 
 
■■ 2017年8月10日 木曜日 午前8時14分
 
 今朝は曇っている。気温は高い目で、昨夜は熱帯夜。夜中ずっと28度あった。これは暑いので、扇風機が必要。しかし、明け方寒くなってきたので、止める。もっと暑い熱帯夜なら扇風機が回っていることすら分からなかったりする。
 昨日の昼間暑かったが、かなり高温の地方もあり、大阪はましな方。夕方も蒸し暑く、夕方散歩もあまり涼しくはない。しかし汗ばむほどでもないので、ましな方だろう。
 夏至が六月の22日頃だとされているので、それからしばらく立つので、結構日が短くなってきているはず。夜の八時頃まで明るかったのは六月の末や七月の初め頃までだったのかもしれない。確実に日が短くなり、また影が伸びている。太陽が低くなっているのだ。お盆の頃はまだ暑いので風景は夏だが、影の伸び方が違う。この影の長く伸びた夜のような地面がお盆のイメージだ。日影が多いのだ。そして日の当たっているところとのコントラスト比が大きいため、影が闇のように見えたりする。影ばかり見ていると、陽の当たっているところが眩しすぎるが。
 冬至と夏至。これが折り返し点だ。日が長く、夕方も遅い時期なら自転車散歩も出やすいのだが、明るいだけで、結構暑いので、無理だった。夕方でも日が高いので、まだ気温は下がらないためと、日差しの下は辛い。だから、今が丁度走りやすいが、すぐに暗くなってしまう。
 昨日の夕方自転車散歩は尼崎方面への南下。その前の日に入った山手幹線沿いのコジマビッグカメラ方面へ向かってしまったが、途中で引き返し、スーパーで赤飯を買う。別に祝い事などないが、ここのスーパーの赤飯の大豆が大きく艶がある。そして黒々としている。この豆が美味しい。それだけでは水臭いので、胡麻塩が入っている。小さな袋に。これを振りかけて食べると、丁度いい。夏場は汗をかくので塩分が欲しいところだ。赤飯は餅米なので、腹持ちもいい。だから餅を食べているようなものだ。
 夕方の自転車散歩に出るようになって、近所のスーパーだけではなく、遠く離れたところにあるスーパーにも寄ることになる。似たような品揃えだが、他にはないものがあったりする。
 業務スーパーも結構あり、鮮魚だけの店もある。こういう店の冷凍食品は安い。
 さて、夏のカメラ買いだが、もうお盆も近いので、そろそろだ。
 尼崎で見た中で一番よさそうなのがソニーのα6000。ミラーレス一眼では売れ筋一位の表彰台に立っていた。あくまでもミラーレスジャンル。かなり前のカメラだ。最新のニコンの一番安いタイプよりも高い。またオリンパスの安い方のミラーレスよりも高い。こちらも新しいのだが。
 一番気楽なのはキヤノンの一番安い一眼レフのX7。これが一番安いのは底値のためと、望遠なしのキットのため。
 X7は世界最軽量の一眼レフだが、α6000のボディーの方が軽くて小さく、薄い。ボディーだけだとそうなのだが、これに望遠を付けると、その軽快さはなくなるが、それでもボディーの軽さ分、軽い。手に取ってみたとき、その軽さで買う人がいるはず。これなら持ち運びやすいと。
 オリンパスは望遠ズームが軽く小さいので、これは有利なのだが、そのレンズ、昔買っている。使い勝手がよくない。写りも今一つで、コンパクト系に負けていた。まあ、キットレンズはおまけのようにいわれているので、そんなものだが、キットレンズでもいいのはあるはず。
 レンズ交換式の一眼レフの場合、せっかくのいいカメラなのに、レンズが悪いと本来の写りではなかったりすることだろう。これが罠で、そう言う風にできていたりする。
 尼崎コジマビッグカメラでの本命はソニーのα6000になってしまうが、これが結構高い。まあ、一眼レフ的には中級機になるためだろう。しかし、何処かレンズ交換ができるコンパクトカメラのように見えてしまうのは、ミラーレスの宿命かもしれない。
 
 

■■ 2017年8月9日 水曜日 午前8時23分
 
 今朝はやっと台風一過らしく晴れている。少し遅いが。
 気温は夜は25度を切っていた。そのため、熱帯夜から解放。これは久しぶりだ。この夏初めて、弱まった感じで、それまではずっと熱帯夜で28度の夜も多かったが、29度になることはなかった。しかし部屋の寒暖計は30度となっていたが。
 夏場は外の気温よりも高く、冬場は外の気温よりも高い。だから、どちらも高い目なのだが、冬は有り難い。
 このまま涼しくなっていけばいいのだが、まだお盆まで間があり、また暑くなるはず。今日も猛暑日の予報。台風一過後暑くなるとのことだが、意外と大阪はそれほど高い値は予報されていない。なぜかは分からないが。
 大阪の気温は日本の平均的な気温に近い。都も近く、また大阪に都があった頃もあるし、神戸にもあったりするが、奈良、京都に近い。だから、古くから親しまれてきた気候だろうが、畿内と言っても広いので、京都盆地や奈良盆地と大阪の摂津方面とはまた違う。伊丹は海には接していないが、瀬戸内。だから、瀬戸内の気温、これは地中海の気温だろう。それなりに風通しがいいが、海といっても内海なので、荒い海ではない。外洋はない。
 瀬戸内海は島だらけのように見えるが、島影など一つも見えない場所もある。
 伊丹市は兵庫県だが、淡路島も兵庫。しかし、淡路は四国のものだろう。気候的にも。
 厳密にいえば、四国側に接するところと、本州側に接するところでは、多少違う。やはり阿波の影響と、播磨の影響があるはず。そして淡路は九州を向いている側と大阪を向いている側があり、そこでもまた違う。
 四国徳島から帰るとき、台風になり、フェリーが怪しくなった。しかし動いているフェリーもある。地元の新聞社の人が調べてくれて、今夜中に本州へ渡れる方法を教えてくれた。しぶとく動いているのは淡路島発のフェリーで、バスは動いているので、淡路のそのローカルな港経由なら帰れらしい。その港へ行くバスに乗り、無事フェリーにも乗れて、帰ることができた。徳島から大阪や神戸へ向かうフェリーは欠航だが、淡路発のフェリーは動いたのだ。明石海峡に橋ができるまでの話だ。
 嵐の海。船を出してくれる漁師がいるわけではないが。また、淡路島は和歌山方面とも接している。淡路島の船頭が、幕末近くロシアと接し、外交をしたという話がある。司馬遼太郎の菜の花の沖だ。その沖が遠すぎる。
 
 昨日は涼しかったので、夕方散歩の続き。今回も村下りで武庫之荘を攻め、立花村に侵入しようとしたが、暗くなってきたので、山手幹線という、一番山側にある大きな道を大阪方面へ向かう。大阪へ出るではなく、途中で曲がれば伊丹に出る。
 その途中、小島を発見。これはコジマだ。しかしコジマビッグカメラ。カメラ文字が目に入った。あのビッグカメラだ。
 コジマの頃は無視していた。どうせ普通の家電店。しかし、ビッグカメラと一緒になったのだろう。早速中に入ると、カメラコーナーがある。品揃えは近所のエディオンや上新よりも多く、それにどのカメラも安い。さらに消費税込みの値段で、その安さに驚く。コンパクト系なら一万円ほど安いのだ。ネット最安値に近い値。リアル店でも、これだけ安いと、ネットで買うよりも早い。手間はかからないが、自転車の足を使うし、時間も使うが、宅配便を待つよりもいい。
 コンパクト系の旅カメラ、上新なら四万円台だが、実際に消費税を入れると五万円少しになる。しかしここでは消費税込みで三万円台である。ここで買うだろう。これは梅田のヨドバシよりも安い。品揃えは流石にその規模はないが。
 パナソニックの一インチタイプが展示されていた。ミラーレスタイプは売れないのか、一台もない。しかし、ネオ一眼タイプはほぼ前機揃っていた。客層的にはそれでいい。
 キヤノンの一眼レフX7が四万円台。嘘のような値段だが、望遠ズームなしの値段。これは在庫の底をついたのだろうか。望遠レンズ切れで、ダブルズームキットが組めなかったのか、最初から標準ズームキットしか置いていないのかは分からないが、四万円台である。しかし望遠がないので、お得感はない。妥当な値段だろう。ダブルズームキットはそれ専用の元箱があるので、店で組むものではない。だから標準ズームキットしか置いていない。ただ見た感じ、もの凄く安く見える。
 ミラーレス系の売上げ一位と二位は、ソニーα6000とオリンパスとの戦い。ソニーの方が一万円ほど高い。実機を手にすれば分かるが、小さなオリンパスの方が重いのだ。
 ニコンの3400という一番安くて軽い一眼レフがそれらのミラーレスよりも安い。この違いは、明快な電子ファインダーを取るか、シンプルな光学ファインダーを取るかの違いだ。
 テレビで見ている人を実際に見ると、印象が違うように、電子ファイダーはテレビ、ビデオを見ているようなものだが、光学式のファインダーで見ると、その生に近い。この差だろう。しかし、デジカメなので、実際に撮したものは、電子ファインダーで見ていたテレビの人と同じ絵になる。光学式のファインダーで見ていた絵は、永遠に再現できない。肉眼に近い見え方と、デジタル化された絵との違いだ。
 電子ファインダーで見たのは、ほぼそのままデータとして再現される。最初から上がりを見ているようなものなので、正にモニターを見ている。だからライブモニターだ。
 だから、電子ファインダーで見た絵とパソコンに取り込んで見た絵との差はほぼないので、違和感も少ない。光学ファインダーで見た絵と実際に写し取った絵とでは違和感がある。
 人が多いところで撮すとき、電子ファインダーだと少し焦る。反応が遅いのが原因ではなく、現実認識に難があるためだ。肉眼で見ているのとではかなり違うためだろう。
 さて、コジマビッグカメラ。値段が安いので、上新中古店を探さなくてもよくなった。それに上新中古店より、尼崎のこの店の方が近かったりする。
 
 
 
■■ 2017年8月8日(火) 午前8時30分
 
 今朝は台風は去ったが、それほど空の抜けがよくなく、黒い雲がかかっている。まだ荒れているようだ。しかし気温は低い目で、凌ぎやすい。
 今回の台風は結構近くを横切ったのだが、右側を通過している。これが左側だときつかっただろう。
 それで暴風圏に入っても、それほどきつい風が吹いていないので、いつも通り喫茶店などに行っていた。台風そのものの風よりもビル風となって吹く風の方が厳しい。台風の突風は突然ではなく、その前に少し分かるので、傘を構えられるが、ビル風はいきなり来る。
 ビル風以外には抜けのいい通りなどに出たときに、まるで川が前にあるように、強い風が流れ、このときは傘がやられそうになるが、風に強い高い傘なので、松茸にはならないし、骨も曲がらない。しかし腕の骨が折れそうなほど力がいる。松茸になればそこで力が抜け、腕や手は楽になるが、なかなか腰の強い傘で、頑張っていた。傘の布と骨の先にかけて、少しだけゆとりがある。張りに余裕があるのだろう。
 しかし、手首や指が痛い。そこでコンビニで合羽の上下を買う。それぞれ500円までで、千円を切っている。上だけのレインコートタイプもその値段。これを着るが、暑くて仕方がない。それなら濡れている方がましだ。
 まあ、冬場だと防寒になるというか、ビニール袋を着ているようなものなので、蒸れて暖かいかもしれないが、皮膚呼吸が困難になったりしそうだ。
 ここはレインコートにして、ズボンは濡れてもいいということにした方がいい。夏場のズボンはスカスカで、すぐに乾く。500円までのコンビニレインコート。これは悪くない。その値段、ビニール傘に近い。
 流石に台風で、夕方前に入る喫茶店のあるモールの自転車置き場はがら空き。ここは特に自転車置き場というのがないのだが、風を警戒して、一箇所に集まっている。壁際とかに。その数も非常に少ない。
 次回、風が強くて雨が降っているときは、コンビニの上だけのレインコートタイプを羽織ることにした。頭は普通の帽子でいい。ズボンは無視。当然傘も持っていく。風が強くて傘がきついとき、傘を閉じればいい。そのとき濡れるので、レインコートが役立つ。
 その台風で、涼しくなっているのに気付かなかったようだ。真夏の熱帯夜のスタイルでいると寒くなってきた。
 今朝も気温は低い目なので、あの南からの暖かい空気が弱まったのだろうか。これで空気が入れ替わればいいのだが、夏はまだ残っている。お盆までは暑いだろう。しかし、湿気さえなければ、何とかなる。
 台風が来ている、または最中なのに、喫茶店へ行く。そこに来ている常連客は激減する。来ているのは精鋭部隊だ。
 
 さて、真夏のカメラ買いだが、台風で中断。郊外型の中古屋巡りができなかった。
 先日エディオンで見たソニーのα7kが気になるところだが、これは10万円を切っているためだ。フルサイズデジカメだ。35ミリフィルム換算しなくても、そのままの画角になる。ネットで調べると、値段が落ちたようだ。ソニーストアの価格が落ちると、家電店での値段も落ちるというか、メーカーが値を下げたのだろう。
 7kのkはキットということで、キットレンズの標準ズーム付き。フルサイズ対応のレンズだ。当然だろう。
 この値段、下手な一眼レフダブルズームキットや中級機を買うより、受光素子がフルサイズということで、もの凄くお得なカメラだ。レンズ付きで800グラムないはず。α6000系に比べればレンズもボディーも少し重いが、一般的な一眼レフデジカメのレンズ付きとほぼ同じ。しかし、このタイプのレンズは高いし、高級レンズになり、しかも本数は少ないので、レンズ選択が大変だろう。だから、最初から付いている標準ズームから動けないはず。
 その解説をネット上で読むと、フルサイズの威力について触れられているが、一般的な風景では違いは見出しにくいが、条件の悪いところでは、違いが出るとなっている程度。では大したことはないのだ。その一般的な風景とは、昼間の明るい場所だろう。確かにそういうのを撮したとき、受光素子の違いなど見出す方が難しいほど。むしろコンパクト系の方が切れがよく、ピントも深いので、鮮明に見えたりする。
 昨日は台風だったので、ポケットにオリンパスの安い旅カメラを入れていた。結局活躍するのは、このタイプなのだ。防水性はなくても、本人も濡れるだろうから傘ぐらい差して撮すだろう。
 だからあまり凝ったカメラや、張り切ったカメラは逆に取り出しにくかったり、撮しにくかったりする。
 
 
 
■■ 2017年8月7日(月) 午前8時33分
 
 今朝は台風が接近しているのか雨。昨夜深い時間に雨が降っていたのを聞いたが、目まで開けなかった。最初は何の音かといぶしがるほど、雨は久しぶりかもしれない。俄雨はたまにあるが、これは夏場は涼しくなるので、歓迎だが、あくまでも短時間の雨で、長く降られると、外に出にくくなるので、歓迎しない。暑くて何ともならないときの雨は効果がある。
 今朝は台風の影響での雨で涼しいのだが、実はこの台風がゆっくり進み選るため、ずっと暑い。ずっと熱風を送り込んでいるようなもので、大阪でも38度。そして連日の暑さ。これも台風の影響なのだ。その罪滅ぼしに雨を降らせて水まきをしてくれるが、去ると、また暑いようだ。まだまそだ夏なので、この時期台風一過程度では涼しくならない。去れば秋には、まだ早い。少なくてもお盆が過ぎるまで。
 そのお盆も近付いているが、盆踊りや花火大会はもう終わっているところもある。
 しかし、勝手にやる盆踊りは早い目だが、それなりに伝統のある盆踊りは、早められないのだろう。盆踊りという言葉が定着しているので、お盆でもないのに、盆踊りはおかしく感じることもあるはず。だから夏祭りとか、奉納踊りとか、納涼大会とか、そう言った名に変えたりしている。
 昨日も夕方になってもそれほど涼しくならなかったが、部屋にいるよりましなので、自転車で西宮方面へ歩に出た。結構遅かったので、日はもう傾き、隠れる頃。この時間になると、暑さを凌げる。部屋の中では熱が籠もったままだが、外だと風があるので、凌ぎやすい。
 その時間に出ると帰りは夜になる。まあ、途中でしんどくなって引き返すだろうと思っていたが、結局武庫川を渡ってしまった。その武庫川は昔の西国街道。今の171号線。橋よりも、土手を上がるのが厳しい。かなり緩い坂だが、ここは車は飛ばしている。高架に近いためだろう。高速道路並みに飛ばしている。その脇に歩道があるわけではなく、壁すれすれに少しだけ余地がある。そんなところを自転車で走っていると貧乏臭い。中程で足が重くなるが、坂は緩やかなので、ゆっくりなら上がっていける。この国道を避けて、脇道から土手にいきなりぶつかり、押して坂を登るのが、この辺りの人達の渡り方。体力よりも、車との接触が怖いのだ。緩いカーブだが、はみ出してくる車もいるためだ。
 それで橋にかかると、一人二人と、渡っている自転車がいる。ここは歩道になっている。だから、国道を使わず、ダイレクトに土手を上がって人達なのだ。
 そのあとはおつりが来る。下りを一気に滑走する感じだが、下り坂の近くに信号があり、これに引っかかるブレーキでは停まらないほどスピードが上がっているので、信号を見ながらそれを確認しながら降りていく。昨日は青だったので、ブレーキなしでそのまましばらくは漕がなくてもよかった。
 西宮に中古上新店があったことを、前回広田神社からの帰り道に見たのだが、それが何処にあるのかが分からなくなった。それを探している間に、体力もなくなってきた。
 結局西宮北口の球場やビール工場跡地にある阪急百貨店の横を通り、幹線道路沿いにまた武庫川へ戻る。今度は別の橋。
 そして橋を渡ると、ああ、ここに出るのかという場所。阪急の鉄橋もある。だから武庫之荘が近い。
 要するに西宮北口辺りへの攻略法は、西国街道ではなく、南野村、富松村、武庫之荘村経由で、この橋を渡った方が早いと言うことが分かった。つまり、村道を伝っていく方がすんなりといける。
 前回の散歩では、その村下りで武庫之荘まで行ったのだが、ここまでは内野に近い。
 帰りは武庫之荘の駅前へ自動的に出るのだが、踏切を渡るときに神社がある。武庫之荘の西側にある神社で、農家もあるので、駅前とは村道で繋がっている。
 そして、腹が空いてきたので、晩ご飯代わりに阪急蕎麦を食べる。立ち食いではなく座れる。改札近くで、ほぼ駅と接している。こんなところに自転車は止められないのだが、客なので、いいだろう。しかし一台も停まっていない。止めると持って行かれるためだろう。しかし、その近くにミスタードーナツとコンビニがある。流石にそこには自転車が止まっている。集中的に。これは安全地帯だろう。いずれも玄関前だが歩道ではない。銀行もあるが、ロープが張れているので、無理。
 そこに止めて阪急そばに入るが、無人。そのあと中年男が一人だけ入ってきたが、この人はモロに店の前に自転車を止めていた。この時間になると、整理員がいないのだろう。前回来たときは整理員がいたが、蕎麦を食べるといえば、止めることができた。
 最近立ち食い蕎麦系は都蕎麦が多い。それしか残っていなかったりするためだ。しかし、久しぶりに食べる阪急蕎麦は薄口。関西風の薄口をさらに薄くしたようなあっさりとしたもの。都蕎麦の出汁は少し濃く、癖がある。
 自転車でぶらりと出て、夕食時間帯には適当な店に入ることもあるが、結局牛丼屋か立ち食い系になる。値段的なものだけではなく、一人で張りきった場所へは入りにくい。それに特に食べたいものもない。そして豪華なものだと、食べきれるかどうかが心配。
 そして武庫之荘からの夜道は慣れたものなので、さっと戻ってきたのだが、かなり遅い時間になっていた。そして、蒸し暑く、何ともならない熱帯夜。雨が来るのは朝方近くだったので、寝る前ではまだ間に合っていなかった。
 中古上新店。なぜ地図で調べなかったのかというと、そうするとダイレクトに行ってしまえるため。迷うこと、探すことで、地形が把握しやすくなる。行くのが目的ではなく、うろつくのが目的。
 しかし、帰り道、別の中古屋があったので、これは得をした感じで、ウロウロしていた甲斐があった。しかし、店名を見て、ここは高いことを知っていたので、今一つ嬉しくないが、どんな中古カメラが出ているか程度は見る楽しいがある。しかし、玄関先で幟を片付けている店員がいる。中に入ると既に蛍の光が鳴っていた。あと一分早ければ、さっとカメラは確認できたのだが、残念。
 それと一度も自転車から降りなかったので、冷房の効いたこの店で休憩できたのだが。
 今日は台風で一日雨だろう。それなら暑い方がいい。外に出やすいためだ。
 
 

■■ 2017年8月6日(日) 午前8時38分
 
 今朝も朝から暑い。昨夜も温度が下がらず、寝苦しい夜だった。起きたとき扇風機がまだ回っている。本来なら寒く感じ、止めるはずなのだが、扇風機が回っていることに気付かなかったほど。
 夜はカーテンを開けているが、起きたとき、すぐに閉めないと熱風が入ってくる頃になる。これはきっと台風の影響で流れ込んでくる熱風だろう。秋でも台風が来る前は生温かくなる。そして蒸し暑い。この時期としてはそれほど暑くはないはず。一時涼しい夕方があり、夏の勢いが減っていた。それが順調な進み方で、台風が邪魔をしたのだろう。しかし台風が来なくても、暖かい空気が南からやってくることはよくある。それらがなくなると、ぐっと気温が下がったように見えるが、実はそれが平年並の順調な気温の下がり具合のはずなのだが、急激に涼しくなったと思うだろう。今年はどうかは分からないが。
 しかし、今朝は元気に起きてきた。目覚めは悪くない。真夏の朝の目覚めというのは悪くはない。冬の朝の目覚めよりも。起きたとき部屋が結構明るいし、昼間ほどには暑くないためだろう。これが冬なら一番冬らしく寒い頃に起きるので、これは苦しいだろう。夏は逆に、一番涼しい頃に起きてくるので一番夏から離れた場所にいる。冬は朝がど真ん中の冬。この違いだろう。
 この台風が去れば、涼しくなるはず。秋なら台風一過で、かなり朝がひんやりするほどだろう。今は南側に押されているが、北側の冷たい空気がまた戻ってくるはず。
 昨日のお昼は焼きそばを作ったのだが、全部食べきれず、結局夕方、その残りを食べ、もみじ饅頭があったので、それを食べて夕食とした。これでは腹が空くのか、寝る前お腹がすいたが。
 朝はしっかりと食べており、朝が一番量が多く、そして豪華だ。この季節、豆腐扱いに迷ったりする。味噌汁の中に入れるか、冷や奴にして食べるかだ。量はそれほどでもない。三つで百円ほどの小さな豆腐の半分。これは年中あるが、一丁では大きすぎるため、こちらをよく買っている。そのまま冷や奴でも食べやすい。
 名城の焼きそばを買っていたのだが、粉末ソースは半分でいいだろう。一袋では辛くなる。焼きそばといえば豚肉だが、焼き豚にした。しかも細切れの焼き豚。クズだろうか。これがハムなどを売っている台に混ざっていたので、それを焼きそばに入れる。生の肉よりも、始末がいい。しかし、焼き豚だと思っていたのだが、よく見るとベーコンだった。どう違うのだろう。ベーコンは薄く切ったイメージがある。少し分厚いと、もう焼き豚のように思えてしまう。
 小さな唐辛子、獅子唐だろうか。赤くはないが、それが安かったので、それだけを煮た。そしてすぐにパックに入れた。これで単品の野菜が一皿増えたようなもので、二三日は持つだろう。夏は単品がいい。それとトマトなども。
 スーパーで焼き魚を買ったとき、一緒に買ったヒジキがまだ残っている。大豆なども入っているやつだ。こういうヒジキなどはわざわざ買わない。だから最初から調理されているものを買うのだが、なかなか減らない。ヒジキは男性向けといわれている。金玉の砂落としとか。
 
 真夏のカメラ探しだが、昨日は夕方、涼しくなるはずだと思い、昆陽の中古屋まで散歩がてら行ってみた。昼間よりも気温は下がっているが、それでも蒸し暑い。汗をかかないようにペダルをゆっくりと踏む。
 中古屋での結果は前回と同じで、新しいものはなかったが、ニコンの二世代前の旅カメラが消えていた。7000円なので安かったのだが、長く残っていた。結構小さくていいのだが、このタイプの旅カメラは数台持っているので、食欲が湧かなかった。しかし、買った人がいる。出物ではないが、陳列品の中では一番ましなタイプだろう。
 ソニーのミラーレスの旧機が12000円ほどだが、さらに値引き札がかかっており、売値の三割引となっている。同じものを正月に14000円で買ったので、損をした思いだが、あまり使っていない。写りが良すぎるのだ。ものは小さいがレンズが大きい。古いタイプなので、液晶があまりよく見えない。しかしこの時代のものでも充分ピントが早く、動きもいい。写りに関しては文句なしで精細感があるし、怖いほど鮮明に写る。これでファインダーが付いていれば本気で使う気になるのだが。ソニーのミラーレスはよく写る。
 その前に昨日はエディオンに行ったとき、出物を見た。同じソニーのα7k。それが標準ズーム付きで見切り品となっており9万円台。こちらは高級タイプなので、綺麗な電子ファインダーが付いているが、シャッターボタンがボディー上にある。これが押しにくい。カメラのスタイルとしてはいいのだが、α6000系のようにグリップの先にある方がゆとりがある。標準ズームは大きい。これは手を出してはいけないカメラだ。もの凄く重くはないが、少しズシリとくる。
 このカメラ20万円ほどしていたのではないかと思える。圏外どころか無視する値段帯だ。エディオンに長く置いてあったのを思い出す。だから見切ったのだろう。店も見切るが、客も見切る。
 
 
■■ 2017年8月5日(土) 午前8時55分
 
 今朝も晴れており、暑い。少し遅く起きてきたので、朝の喫茶店までも遅い時間になったので、日差しがきつい。昨夜も蒸し暑く、扇風機が必要だった。結局朝まで回っていた。寒いと消しに行くのだが。
 台風の影響か、暖かく湿った空気が流れ込んでくるのだろう。台風からの風としては遠すぎるので、その縁が空気の通り道になり、台風から離れた場所が結構暑かったりする。台風の直接的な風ではない。昨日の朝は爽やかだった。北側の冷たい空気が勝っていたのだろう。今日は南風の勝ち。それがぶつかるところで俄雨になったりする。しかし、狭い範囲で降るので、こればかりは何処で降るのかは分からない。昨日の西宮市は土砂降りだったらしいが、伊丹市はぱらっと来た程度。上を見ると、雲が真っ黒で、今にも降り出しそうな気配。これは気のせいではなく、実際に目で分かる。雲があんなに黒いのだから。その上は青空。これは雲の隙間から見える。
 雲の形があり、降っているのは雲の下だけ。空そのものが真っ白になった状態ではない。
 今朝の暑さは結構きつい。信号待ちのとき、自転車を止めてじっとしていると、もの凄く暑い。焼かれる思いだ。時間が少し遅かったので、そんなものかもしれない。早朝ならそんなことはないが、その頃は寝ている。
 真夏のカメラ買いを考えているのだが、なかなか本命のカメラが買えない。高いためだろう。それで適当なカメラを買ってしまうことが多い。安いカメラは買いやすいためだ。
 それで去年の今頃欲しいと思っていたカメラを思い出す。これはずっと欲しいと思っているカメラだが、もう古くなってしまい、さらに当時は型落ちのため、在庫処分で見切り品となり、結構安かったのだが、今は値上がりしている。あのとき買っていればよかったという感じだ。
 そのカメラはパナソニックの1インチネオ一眼と、高倍率標準ズーム付きのネオ一眼。どちらもパナソニックだ。
 1インチネオ一眼は800グラムと重いし大きい。実際に手に持つとそれほどでもないのは、大きすぎるためだろう。高倍率標準ズームキットのミラーレス一眼は700グラムと軽い。このクラスでは一番軽い組み合わせだろう。また広角から望遠までのズームは高いのだが、それをキットレンズとして売られているタイプは結構安い。値段的には1インチネオ一眼の方が高いのだ。しかも型落ちだが。これもまだ人気があるのは次に出た新型がさらに大きく重いためと、高すぎるためだ。旧製品の方がよかったというパターンだろう。重いと避けたいはず。
 去年か一昨年かは忘れたが、梅田のヨドバシで一眼レフ系などを全て手に取り感触を確かめたとき、このパナソニックのミラーレスが一番だった。軽いのだ。そして手に馴染む大きさで、違和感なく持てた。しかし、値段で腰が砕ける。まあ、高い目のカメラは全て腰が砕けるだろう。
 それで、安くて便利でパフォーマンスの高いネオ一眼になるのだが、その違いは電子ファインダーの見え方だろうか。高いカメラはよく見える。安いネオ一眼の電子ファイダーは小さいだけで、結構鮮明だが、覗き比べると、やはり大きさの勝利になる。それだけ像倍率が高くなるので、よく見えるのだ。目からうろこのような感じだ。
 欲しいカメラは高いだけではなく、ズーム比が低くなるので、スペックダウン。撮影範囲が狭くなる。わざわざ高いのを買って、不便になるのだから、これは腰も砕けるだろう。
 それで、ネットで調べていると、中古なら買いやすい。安いと買いやすい。それだけのことだ。中古と新品との差がそれほどなければ新品の方がいい。
 それで、パナソニックの1インチネオ一眼が射程内の値段であるのを知る。知る必要はなかったのだが、型落ち間近で投げ売りしていた頃の値段に近い。これはカメラのキタムラで見た展示品特価と近いほぼ新品の中古。去年の今頃買えなかったが、まだその値段であるということだ。値段が下がらないのは、後継機が高すぎること。重すぎることだろう。
 一眼レフ系は結局レンズで差が付く。同じようなレンズでも、高いタイプと安いタイプがある。レンズがそれだけ明るいとかの差はあるので、仕方がないが。ところがレンズ一体型だと、それ以上のレンズはない。だからレンズ地獄に陥らなくて済む。ズームを付ければレンズ交換などする必要はないのだが、安いレンズから高いレンズへと交換したくなるだろう。本来の写りではないと思い。
 パナソニックの型落ちネオ一眼は25から400ミリほどのレンズが付く。そこだけ見ていると、一眼タイプと変わらないほど大きい。しかし、28始まりから300までが多いので、範囲は広い。それとレンズが明るい。望遠端でもF4なのだから。広角端はそれほどでもないがf2.8。最短撮影距離は流石に1インチなので、結構寄れるし、中間も寄れる。
 ズームは電動だが、鏡胴を回せばスーと動くし、レバーでも動く。マニュアルフォーカスもスムース。だから操作性はいい。そして電子ファインダーは一眼の高いタイプと同じ。背面液晶は横開きで、タッチパネル対応だろう。何でもありだ。全部入りだ。
 しかし、大きく重い。見た感じは一眼タイプの中級機ほどの大きさ。重さはレンズ込みで800グラムほどなので、軽いといえば軽いのだが。
 去年の今頃は、これが欲しかったのだが、値段的には買えても、重さと大きさで腰が砕けた。きっと重いので、持ち出すには気合いがいると。
 さて、今年の夏はどうなるのだろう。
 

■■ 2017年8月4日(金) 午前8時24分
 
 今朝は晴れている。結構爽やかだ。いやに影が長く伸びているように思える。いつもの通りの影面積が多いような。これはお盆の頃の光景だ。湿気がましなのか、蒸し暑さがないので、爽やかに感じるのだろうか。
 昨日の夕方もそれほど暑くならない。寝る前は扇風機を付けなくてもよかった。真夏の勢いが落ちてきている。下り坂になっているのだろう。真夏の峠を越えた感じだ。これからさらに暑くなるという気配がない。暦の上でもそうなので、気のせいではない。
 寝起き行く喫茶店までの道は陽射しがあるので、暑いことは暑い。北風なのか、逆風。それにその方角はやや坂になっている。何処にも坂らしいものは見えないが、緩く上りになっているのだ。逆風で坂、だからペダルが重い。逆に戻りはグライダーのように軽い。ペダルを踏む必要はあるが。
 坂道を登ったはずなのに、帰り、下り坂がないと、詐欺のような場所になる。約束が違う。往路も同じ道ならそれはないが、道を変えると、下り坂がない。これは損をした気持ちになる。坂を登ったのだから、貯金があるはずなのだ。
 いつも長袖のミリタリージャンパーの軽いのを着ている人が、半袖になっていた。一番暑い頃にそうすべきだったはずなのだが、妙だ。その理由は本人に聞くしかない。本人もそれほど意識していないかもしれない。洗濯中だろうか。
 こうして夏の後半になると、今年の夏はそれほど暑くなかったと感じる。もの凄く暑い思いをした記憶がない。暑いことは暑いのだが、もの凄く暑かったわけではない。これは日常範囲内で、暑い炎天下に、長くいたりすれば別だろうが。
 しかし、炎天下の方が部屋の中よりも過ごしやすかったりする。日陰に入る機会があればの話だが。
 だから今年もクーラーはいらなかった。クーラーを付けないと部屋の中にいられないような暑い日がなかったためだろう。去年もそうだった。
 当然同じ条件でも体調により、体感温度が異なる。体調が悪いときはさらに暑く感じ、冬はさらに寒く感じるのだろうか。
 昨日は夕方の自転車散歩には出なかったが、スーパーへは行った。そこで焼き魚を買う。しかも鯛だ。これは珍しい。かなり値引きされているが、店員がまた貼りに来た。今度は半額シール。既に籠に入れてしまったのだが、そこにも貼ってくれた。
 三切れほどある。丁度焼き鮭の一つ分ぐらいが三つ。これで百円台なのだ。腐っても鯛だ。腐ってはいないが、鯛は結構持つ。正月の焼き鯛など一週間ほど持つだろう。やがて干し魚になるわけではないが。
 鯛は高級魚だろう。いつもはサバとかアジとか赤魚程度しか置いていないので、売れ残った鮮魚を焼いたのだろう。滅多に鯛は出ない。これはペロペロの最高のアタリが鯛だったことを思い出す。ペロペロとはゼリーのようなものにきな粉がかかっているもの。昔の駄菓子屋にあり、特賞の鯛など絶対に当たらなかった。当たると、鯛が消える。だからもうクジを引く子がいなくなる。あとで、その特賞の鯛だけを売っていたりする。
 当然真夏でも冷やしていない。三角のビニールに入ったジュースも生温かい。あれはアトムジュースだった。缶ではなく、ビニールの袋に入っていた。ただの色の付いた甘い水だったが。
 ストローに入ったチューチューもゼリーだったような気がする。寒天だろうか。
 そのよく行った駄菓子屋は今はないが、その場所は残っている。新伊丹という大きな屋敷町だった頃の大きき家の門の中だった。つまり門から母屋までの通路。そこに小屋を建てて、駄菓子屋にしていた。何か曰くがあったのだろう。家が火の車で内職としては効率が悪い。それにどう見ても汚らしい小屋がけの店。だからこの家での何かがそうさせたのだろう。世間体もあるはず。だから家庭内の何かで、そうさせたのかもしれない。そのお婆さんはかなり長生きし、こちらが高校になっても、まだあった。有害玩具などは吊り物の裏に隠して売っていた。そして、いつの間にか駄菓子屋は消えており、屋敷だけが残った。今もその屋敷は残っている。その通路も。
 また、この駄菓子屋には硬いベッタンがあり、少し高いが、普通の駄菓子屋のベッタンよりも硬いため、これは強かった。切り取るタイプではなく、硬いので、最初からトランプのようにして売られていた。これは秘密兵器だ。これはベッタン戦争のとき、戦国時代の堺へ行き、鉄砲を買い付けに行くようなものだった。
 夏になると思い出すのは、この駄菓子屋があった新伊丹駅近くまで蝉捕りに行ったことだ。近所の子と一緒だったが、まだ幼稚園だろう。喉が乾き、何ともならなかったが、お金など持っていない。それにベッタンを買いに行った頃よりも小さいので駄菓子屋も発見していない時代。そこで駅の水道で、水を補給した。あの水道は今も改札の中にあるはずだが、その後意識して見ていないので、駅の水道などすっかり忘れている。駅員に言わないとは入れない。
 新伊丹は屋敷が多いので、木も多い。だからセミも多くいた。よその家の庭木だが。
 そう言う場所を今も毎日のように通過しているのだが、そんなことを思い出すことは殆どない。


 


■■ 2017年08月03日 木曜 8時31分
 
 今朝は晴れているが、風が強い。今朝の雲はいつもとは違い、鱗雲の大きいようなのがばらけて浮かんでいる。風が強いためちぎれたのだろうか。空の青が今朝は映えている。そのため、空も地上も明るい。風があるので、空気が澄むのだろうか。台風が来ているようだが、その影響かもしれない。
 毎日暑い日が続いているので、寝るときはその暑さ疲れか、すぐに眠れる。
 昨日も夕方の自転車散歩に出たが、戻ってくるとき、既に暗くなっていた。日が落ちるのが早くなったのかもしれない。そのおかげで夕方も早くなるので、散歩に出やすい。夕方でも日がまだ高いと、これは夕ではない。時間的には夕方で、早い目だとここで夕食を食べてもいい頃。実際には暑くて食欲がないので、夕ご飯ではなく、晩ご飯になる。これは夜ご飯ではない。夜食になるからだ。しかし、夕食は早く食べた方がいいらしいが、それでは寝る前に腹が減り、何か食べると逆効果だ。早く食べると、寝るとき、胃が空になってちょうどいいらしい。起きているときに胃を動かす。
 夕方の散歩は近所の散歩だが、尼崎方面に出た方が色々とある。大きな町が多いためだ。線路も多いので、駅も多く、繁華街も多い。伊丹は住宅地ばかりで、村があるだけの土地が広い。駅の効果が大きい。幹線道路沿いは賑わっているが、これは郊外型なので、車で来る人が多い。
 阪急武庫之荘駅前にあった喫茶店が消えている。沙羅の木だった。これは二十歳前から毎日行っていたように思う。だから武庫之荘までの同順は決まっていた。初期の漫画などのアイデアはここで作っていた。横にあった本屋もない。喫茶店の横にあったフランス料理店もない。当時は喫茶店前の歩道に自転車を止めていたが、今はそんなことは御法度のようだ。
 近所の喫茶店ではなく、わざわざ遠い武庫之荘までどうして毎日通っていたのだろう。これは朝の散歩だったのかもしれない。沿道が良かったのだろう。そして地元ではないのがいい。しかし、武庫之荘には他に用事は何もない。本屋と喫茶店だけ。
 さらに昔になると、物心が付いた頃、親の自転車に乗せられて、武庫之荘まで何度か来たことがある。親の自転車散歩コースだったのだろう。武庫之荘が目的ではなく、引き返す地点だったようだ。駅の柵の中に入ると、草むらがある。そこで遊んでいたのを思い出す。桜の木が一杯あるところだ。当然今はそんなことはできない。田んぼの中にぽつんとあるような駅だったが、北側は屋敷町になっていた。ちょっとした店屋もあったが、大したことはない。
 武庫之荘駅の踏切に中山道踏切がある。遙か彼方に中山さんという大きな寺がある。そこへお参りに行くときの道のようだが、その道、村と村を結んでおり、それに乗ると、伊丹へ戻ることができる。ただの村道だが、村内の道ではなく、村と村を結ぶ道。
 こういう道は発見するよりも、いつの間にかその道を通っていることになる。抜けがいいし、長く伸びているので。そして狭いので車が少ないので、自転車向けなのだ。
 また、そういう村道。結構古いので、踏切がある。線路を渡りやすいのだ。昔からある道なので、線路で切られないように。逆に新道は線路にぶつかり、渡れなかったりする。
 夕方になると、少し涼しくなる。長距離自転車散歩は無理だが、近場をウロウロしやすくなった。昼間は流石に暑いので、何ともならないが。
 

■■ 2017年08月02日 水曜 8時17分
 
 今朝は晴れている。昨日の夕方、がくんと気温が下がった。にわか雨のあとなら分かるが、そうではない。日没前、意外と室内は熱が籠もり、暑いのだが、それが涼しい。天気予報を見ると、関東方面の気温が低い。夜は熱帯夜だが26度。連日28度が続いていたので、扇風機はいらなかった。このまま秋へ、というわけにはいかないが、そういう日が多くなるのだろう。秋は朝夕から来る。
 今日の予報は相変わらず最高気温は高い目で猛暑日になる。夏の勢いはまだまだ続いているが、朝夕という足腰が弱くなっていくはず。
 今朝も喫茶店までの道は暑いが、少しだけまし。決して暑さ慣れするものではないが、もっと暑い日があるので、それに比べると、楽なような気がする。これは気のせいだ。何度も暑さを体験しても、暑さに強くはならない。寒さもそうだ。
 昨日は夕方、涼しかったので、自転車散歩に出掛ける。もう時間が遅いので、近場をウロウロする。昼間はうろつけないので、いつもの移動レーンではなく、別のレーンに乗る。それは村道下りで、お隣の村との高低差が少しある。地形的に海へ向かっているので、南下は下り気味なので、そんなものだが、そこに北風が加わると、ペダルを踏まなくても進んだりできる。これを村道下りと呼んでいる。お隣の南側の村は富松。ここは古くて大きい村だ。昔話で摂津の富松村というの誰それが、というのが出てくるほど。富松神社という大きな神社がある。村の神社の規模よりも大きい。さらに富松城がある。時代的には古い。城というより砦程度のものだが、石垣で防御されている。
 富松村をさらに下ると、すぐに阪急神戸線にぶつかる。しかし、線路にぶつかる前に村道にぶつかる。そこを西へ向かえば武庫之荘。ここも大きな村だ。阪急神戸線以前からある幹線道路だが、狭い。村と村を結んでおり、村のメイン通りを突き抜けて、さらに次の村へと続く道。
 まっすぐ行けば武庫之荘だが、南下すれば立花村。江戸時代後半は伊丹の南側も尼崎藩の領地だった。そのもっと昔は荘園だったはず。それもかなり細かく分割されており、その分、地名が多い。田んぼ一つにつき一地名のように、ものすごく細かい地名があったらしい。年貢と関係しているのだろう。村の中にも地名が多くあるが、使われなくなると、その地名も消える。ただ記録として残り、その家の名ではなく、その地名で呼ぶ。百姓は上の名がなく、ただの正助とかなので何処の正助かとなると、村名を上に付けたりするが、村内では、さらに細かい地名があるので、そちらを使っていたのだろうか。
 旅傘に摂津国富松村正助と書くことで、もう住所をいっているようなものだ。ただ、富松村にも正助は複数いたはずだが。
 また富松村というのは一村しかなければ、摂津は省略していいのだろう。
 夕方、涼しくなり出すと、こうして自転車散歩に出られる。それほど遠いところまでは行けないが。
 昨日のお供のカメラはオリンパスの高級コンパクト。28から300ミリで通しでF2.8と明るいレンズと、大きく広い電子ファインダー付き。夕暮れ時は、この明るいレンズで望遠が楽しめたりする。いわゆるサンニッパ。受光素子が少しだけ大きいので、結構ぼける。よくできた真面目なカメラで、ポケットには入らないが、400グラムはない。
 上新で売られていた頃は、もう一つのOMとなっていた。形が似ているが軽い。既に売られておらず、もう古いカメラになっているが、最新カメラにあるようなものは全て入っている。液晶も回転するし、タッチパネルにもなっている。
 このカメラがあると、一眼レフ系が不便になる。先日買ったオリンパスの旅カメラもいいのだが、しっかりと写したいときは、背面液晶だと少し物足りない。猫を写していても表情までは見えないためだ。また、ちょっと凝った写し方をする場合も、ピントの合っているところと合っていないところの違いが分からない。室内なら液晶もよく見えるが屋外では無理だ。
 さて、昨日は夕方散歩の戻り道にスーパーで餃子を買ったのだが、ご飯がなかった。保温になっているのを見てはずなのだが、開けてみると、湯だった。食べきったあと、水を入れるのだが、保温を切り忘れていた。しかし、餃子を買ったとき、コッペパンを買っていたので、何とかなったが、コッペパンの中にジャムとマーガリンのようなものが入っていた。これではご飯ではなく、おやつで、パンで餃子は合わない。餃子そのものが実は小麦粉で包んでいるのだから、パンのようなものだ。
 二人前では多すぎるので、一人前だけを暖めた。ご飯がないのだから、二人前は食べられるはずだった。しかし、先に温め、そのあとご飯を確かめたので、何ともならない。もう一人前温めるのも面倒。それにパンがある。さらにパンがなくてもソーメンがある。
 このパンは翌日の昼に食べるはずだった。
 しかし、細かい話だ。それで世の中が変わるほどの事件ではない。保温を切るのを忘れていたので、ご飯があると思っただけのことだが、他のことでも、似たようなことがあるだろう。
 
 
■■ 2017年08月01日 火曜 8時39分
 
 今朝も曇っている。相変わらずすっきりとしない空だ。雲が多く、すっきりと晴れない。台風が来ているためだろうか。その影響で暑い。南からの暖かい空気が流れ込んでいるのか、九州方面では37度となっていた。大阪方面は34度や35度が多い。最高気温は35度を越えの猛暑なのだが、ずっとその気温ではない。瞬間的に出た数値で、2時頃出やすい。それを計算しているわけではないが、その頃昼寝をする。今年は暑くて寝てられない日は希で、結構昼寝ができるが、時間は短い。昼寝が長い場合、疲れているのだろう。疲れが溜まれば寝る。しかし、ただの疲労ならよく寝るが、本当に体調が悪いと、寝るにも体力がいるようだ。
 暑く、そして湿気が結構高い。梅雨時のように。また、最高気温が出る頃よりも、夕方や夜になってからの方が暑苦しかったりする。気温は下がっているのだが、部屋が暑い。熱気が抜けないのだろう。風のある日はいいのだが。
 昼間の最高気温が出ている頃の暑さは単純でいい。日陰に入ると涼しいからだ。夜になると、全て日陰なので、そうはいかない。
 八月に入っている。このあたりが夏の峠、一番きつい頃かもしれない。暑さでへばる頃だ。
 何年かいつも歩いているのを見かける人がいる。いつも同じ時間に歩いている。何かのリハビリだろうか。今年も見たはずなのだが、最近は思い出せない。普通に歩いているのだが、正面を向き、歩くことだけに専念している。散歩にしてはまだ暑い盛りで、日も高い。最近見かけない。また、メキシカンスタイルで歩いている大男がいる。まだ中年だ。その人も今年は見かけない。まあ、歩く必要がないと思えば歩きに出ないのだろう。用事なら自転車の方が早い。だから運動で歩いているのだろう。別にしなくてもいいのだ。
 
 夏カメラだが、これは夏向けのカメラではなく、真夏の一番暑い頃に買うカメラ。天神祭のようなものだ。
 上新に行くと、α6000の値段が落ちている。セール中だ。前回まではニコンセールだった。ニコンの一番安い一眼レフキットだったが、α6000はそれよりも遙かに高い。セールでも高い。ただ、メーカーもセール中でキャッシュバックが付く。それとポイントが5000円分。
 α6000。これはいつのカメラだと思うほど古い。しかし、値段は下がらない。高止まりというやつで、これはキャノンのイオス7Xと対照的だ。どちらも数世代古いカメラなのに、人気があり、未だに売られている。そして売り上げランクは安定して三位を。
 イオス7Xは軽く小さいことで人気があるだけではなく、下げ止まっているとはいえ、安いまま。対照的なのはα6000は値段が下がらないまま、まだ売られていることだ。そのため、X7は普通だ。店頭から消えないのは、人気があり、買う人がまだ多いため。その後出た機種はどれも大きく重くなっている。
 さて、α6000だが、その後に出た機種よりも軽い。元々ソニーのα6000系は軽い。その横に並んでいた最新のオリンパスのミラーレスよりも軽い。いつもその二機種を比べているのだが、ソニーの方が取り回しがいいし、操作性もいい。
 今回はセールのためか、望遠ズームを付けて飾ってあった。持ち上げると軽い。流石にレンズはこのクラスでは普通の重さはあるが、ボディーの軽さが効いている。そしてズームリングが軽く、すっと回るし、グリップも効いているので、カメラも動かない。これだな、と、そのとき思った。メインはやはりこの望遠ズームなのだ。これならネオ一眼並みの軽さだ。ただ望遠端は350ミリと低いが、電子ファインダーが大きく広く、解像力があるので、ピントの山はネオ一眼の電子ファインダーよりもしっかりと見えるだろう。それ以上に受光素子が大きいので、ぼけるため、よりピントが分かる。
 だから、いいカメラなのだが、問題は高いことだ。これが克服できない。しかも数年前のカメラ。中身はそれほど変わっていないといわれている。その後に出た二機種は売り上げのベストテンに入ってこないので、ヒットしたのはこのα6000だけということになりそうだ。まあ、何処か改良したり、性能を上げたりして新製品を出し続けないといけないので、古い機種のままではいけないのだろう。
 α6000シリーズはソニーの一眼レフでは中級機。ミラーレス系での普及機は電子ファインダーがないタイプ。
 ソニーのカメラはツアイス系を付けている関係かどうかは分からないが、α6000のデザインは昔のコンタックス。一眼レフの形ではない。しかし、飛び出したグリップはレトロ風ではなく、実用的。このタイプのデザインはパナソニックにも、富士にも、オリンパスにもある。
 だが、α6000は現代的だ。持つと手に吸い付くように馴染む。
 しかし、レンズ交換式の一眼レフ系、ミラーレスでもいいが、問題がある。それは宿命だ。キットタイプを買うと、標準ズームが付いてくるが、これはあまり使わないのだ。ソニーは24から70が付くはずで、やや広角優先。このズーム比のコンパクト系がそうだが、これ一台で、となると、望遠側は物足りない。望遠ズームに付け替えればいいのだが、手間だし、そんな余裕は散歩撮影ではない。そして、キットレンズの望遠は350ミリと、これも物足りない。鳥は無理だ。ただ、ソニーのミラーレスはデジタルズームが効くので、700ミリになるので、何とかなるが、AF窓が大きくなりすぎ、中央部でしか合わない。パナソニックはデジタルズーム状態でも、液晶が荒くなるだけ。
 高い一眼系が使いにくいのは、そういった単純なことだ。それで写りが数倍よいかというと、二割ほどだろう。あとはピントが浅くなるので、背景をぼかしやすくなる程度。そして大きく重くなるので、持ち出す機会が減る。そして気楽に写せない。
 その中でも、ソニーは軽い方で、X7よりも軽い。だから、一番ましなのが、このα6000だ。ここがぎりぎりの重さだろう。
 結局コンパクトカメラのパフォーマンスが良すぎ、それに比べると一眼レフ系は実質的にはスペックダウンになる。
 標準ズーム系だけで撮影するのなら、問題は少ない。結構軽いので、常時携帯できる。
 だからこのα6000のダブルズームキッとものは、別の発想で望まないと、コンパクト系に比べると、不便なだけになる。
 その筋書きがうまく組み立てられないので、困っている。
 

■■ 2017年07月31日 月曜 8時15分
 
 今朝は曇っているが、蒸し暑い。夜は28度通しで、立派な熱帯夜。台風があちらこちらでちょろちょろしている。この影響も多少あるのだろう。かなり間接的だが。
 最近ははっきりとしない空模様で、梅雨が明けたのに、しっかりと晴れが続かない。梅雨の最中のときの方が晴れが続き、安定していたりする。ただ、夏らしく、暑いことは暑い。これは動かない。今日で七月も終わるので、夏の三分の二は過ぎたのだが、実際の暑さでは今がピーク。七月の後半は一番暑く、二月の後半が一番寒い。だから三月になると、寒さの底から出てくるように、八月になると、暑さのピークから出るはず。
 といっても八月のイメージは真夏で、暑い。お盆になると、夏は終わることになっている。早い目に終わらせた方が、暑さよけになるためだ。本当は八月いっぱいは暑いし、九月になってもまだ暑いのだが、それを無視する。
 昨日などは扇風機を付けていても暑く、風が効いていない。消せばさらに暑くなるので、役立っているが。しかし、寝ているとき、朝方になると、寒くなり、掛け布団を使う。この暖かみがよかったりするので、不思議だ。寝ている間に身体が冷えたのだろう。暑いと上を向いて寝るが、寒いと下を向いて寝る。腹を下にして、暖めようとするのだろうか。寝ているときは分からない。
 昨日の夕食は暑苦しいので、サンドイッチにしようとスーパーへ行く。コンビニのは見飽きたので、スーパーでたまに目にするサンドイッチを買いに出たのだが、ない。パンコーナーではなく、弁当コーナーにある。生ものなので、そうなっている。しかし、ない。売り切れてしまったのだろう。あまりご飯を食べる気がないとき、サンドイッチでもつまむ方がいい。おかずも入っているし。これはピザでもいい。
 それで、ないので、買えないし、別の店へ行く気もないので、にぎり寿司の盛り合わせを買う。まだ早いので特価にはなっていないが、十二缶で500円になっていた。ネタにより、値段が違う。同じネタでも、いいネタを使っているのはもう一クラス高い。十二缶が十缶になる。寿司なので、そのおかずはもろにタンパク質だ。鮮魚を食べるようなもので、ご飯付きの刺身を食べるようなもの。しかし、野菜がない。
 ご飯の残りがあれば、お茶漬けですませられた。先日買った刺身かまぼこもあったので。
 
 真夏のカメラ買いだが、買い倒したので、ここでもう一台となると、ものすごく選択が難しくなる。残っているのは高いカメラになるのだが、大きく重く不便な一眼レフ系やミラーレス系はパフォーマンスが低い。それに不思議と受光素子の小さなコンパクト系で写した絵の方が切れがいい。受光素子が大きいと、軟調になる。階調が豊かで余裕があるのはいいのだが、眠い。だから風景などはコンパクト系で写した方がメリハリがあり、逆に明快に写っているので不思議だ。
 これはスマホで写した写真が意外と綺麗なのと同じ。綺麗と言うより明快に写っている。まあ、かなり補正しているのだろう。自動的に。
 一眼レフ系の望遠ズームなども、右手で握り、左手でズームするのだが、がたがたする。そして右手が痛い。ズームそのものも固いので、力が入るし、中には望遠端になるほど固くなるのもある。あまりくにゃくにゃでは重さで垂れ下がるためだろうか。
 ところがネオ一眼のズームだと、カメラは動かない。ぎくしゃくもしない。力がいらないからだ。しかも片手でズームできる。レバーを軽く引けばスーとズームする。こちらの方が早いし、安定している。
 自転車の上から写すときや、身体をひねって写すときなど、片手操作になる。コンパクト系はレバーを引けばいいので、片手で簡単にズームできるので、その差は大きい。当然コンパクト系なので、軽い。ネオ一眼でも600グラムまでだ。これで広角から超望遠域まで行く。
 だから、そのあたりで事足りているので、よほど考え落ちでもしない限り、欲しいカメラは見つけにくい。
 だから、メーカー違いの旅カメラや、メーカー違いのネオ一眼を買うことが多い。これは重なってしまうのだが、わずかな違いや、操作の違い、機能の違いなどがあるし、当然写り方も違う。
 そのため、よく使うカメラの新製品などの方が気になる。
 
 

■■ 2017年07月30日 日曜 9時13分
 
 今朝は寝過ごした。いつもの起きる時間帯に起きたのだが、まだ余裕があるので、もう少し寝ていると、ものすごく寝たようだ。時計の針が五分ほど進んでいると思っていたら一時間。最初は五分だと思ったのは長針はそうでも短針が違っていた。
 寝ている間に雨が降っていたようで、結構強かったようだが、目を完全に覚ますほどでもなかった。しかし、気温はぐっと下がったようで、24度。これで熱帯夜から脱出できたので、扇風機を止める。朝はまだ曇っているが、日差しも時々ある。気温的には過ごしやすい。
 寝起き行く喫茶店までの道も暑苦しくない。これで夏の勢いが削がれたような感じになり、暑さはしばらく大人しくしているかもしれない。七月の末、ここが一番暑いときなのに、今朝の涼しさは助かる。
 しかし、ただの夜中のにわか雨なら、またすぐに暑くなりそうだが。
 昨日は夏向けのゴムパンを買う。それがずらりと吊されており、大量にある。千円台だ。色目違いや、柄違いもあり、記事違いもある。全部同じところから出ているゴムパンで、涼と書かれている。そしてリラックスと。
 夏の初め頃同じようなのを買ったのだが、高かった。3千円ほどしていた。それが汚れてきたのだが、換えがない。それで買ったのだが千円少し。Mサイズにしたが、腰はゴムだけで十分止まる。紐が内側に付いているが、必要ないだろう。前ファスナーもある。ただ、バンド通しがない。これで安いのだろう。さらに生地を見ると、綿とポリエステル半々。これで安い。綿百パーセントだと高い。ポケットはあるが、後ろポケットの左の尻の箇所はない。まあ、あっても滅多に使わないだろう。また尻ポケットはボタンも蓋も付いていないので、安いのだろう。財布などは尻ポケットには入れられないだろう。ボタンなしでは。ボタンがあっても、止めないと意味はない。普通に歩いているときは尻ポケットから財布は落ちないが、自転車に乗っているとき、落ちやすい。それで一度落としたことがあるが、後ろの自転車の人がすぐに教えてくれたので、難なきを得た。それ以降尻ポケットには財布を入れないようにした。
 そのズボンを買うとき、財布にお金が入っていない。鞄の中に封筒に入れた札が入っている。謝礼だ。それがあるので、財布が空で現金はあるので、買い物はできるが、レジでその封筒が見つからないので、カードで払う。しかし、すぐに封筒が見つかったので、現金払いに変えてくれというと、既に処理は終わっており、さらにサインしたあと。しかし、返品と言うことで、カード払いはなかったことにできるらしい。それをやってもらい、またサインし、封筒から万札を出す。千円少しの買い物だが、実際には万札を崩したかったのだろう。
 しかし、そのゴムのズボン、GUよりも安い。冬前によくポリエステルだけのつるつるのゴムパンが大量に出るが、綿がはいっている方が、滑りにくくていい。そして感触が違う。腰のサイズはMで合い、裾もちょうど。最初から短い目にカットされているのだろう。また腰や股がゆったりとしており、袴のよう。リラックスズボンとは、このことだろう。前ファスナーないタイプは売れない。
 昨日はおかずだけなかったので、スーパーでおかずだけを買いに行く。夏場、食欲がなく、あっさりとして栄養価の高いものが狙い目だが、スーパーの総菜コーナーはあまり代わり映えしない。しかし、ハンバーグが半額になっていた。90円だ。和風ハンバーグで、そこそこ大きく。おろし大根も付いている。キノコも少しだけ。夕方といっても遅い目だったので、その値段になっていたのだろう。
 刺身かまぼこがあったので、それも買う。これはおかずがないとき重宝する。かまぼこの中身は魚。それ以外のものも当然入っているのだが、こんにゃくのように柔らかい。しかし、角はしっかりとある。それと釜揚げちりめんじゃこ。これが普通の雑魚よりも柔らかいのは、乾燥させていないためだ。そのため、早く食べないとまずい。これをご飯にのせて食べると、豪華。酢の物を作ったとき、こういう雑魚を入れるといいのだが、そんな買い置きはない。
 葉物はほうれん草が残っているのだが、キノコ野菜セットというのがあったので、それを買う。カット野菜だ。そのまま野菜炒めができる。焼きそばに入れてもいい。キャベツメインタイプともやしメインタイプがあったのだが、もやしにする。キャベツは白い芯が入っていて固いためだ。しかし、もやしの方が安いはず。
 暑さも八月に入ると、下りになるはず。もう少しだ。
 
 

■■ 2017年07月29日 土曜 8時17分
 
 今朝も暑い。晴れたり曇ったりしそうな空模様。ここらで一雨欲しいところが、降ってもそれほど涼しくならなかったりする。まさか湯のような雨が降るわけではないが。
 寝起きに入る喫茶店でスーパー猛暑の文字。これが前の黒板に書かれている。メッセージボードで、店の誰かが書いている。さっと見ただけでは分からないが、週末スーパー猛暑が来るらしいと言うことだろうか。何処かの天気番組で、そんな言い方をしたのかもしれに。スーパーへ行くと猛暑だったと言うことではない。しかし、最初見たとき、食材を売っているあのスーパーだと思った。つまり、スーパーと猛暑は合わない。酷暑という言葉でいいだろうが、猛暑は、猛烈な暑さ。このモーレツが効く。
 七月の末、一年で一番暑い頃だ。猛暑でも酷暑でも不思議ではないが、長く続くと、身体に来る。
 昨日の夕食は食欲がないので、寿司の盛り合わせを買う。巻き寿司でもよかったのだが、稲荷と穴子が入っているタイプにする。これで210円。巻き寿司とバッテラの組み合わせだと190円。いずれも消費税が付くので、もう少し高いが、夕方を過ぎると、安くなる。昨日は余計なものは買わず、それだけを買う。あっさりとした夕食としては、赤飯がある。これもたまに買う。しかしご飯だけで具は小豆だけなので、今ひとつだが、おはぎよりはいいだろう。赤飯には塩を入れた袋も入っている。ごま塩だろうか。暑いとき、甘いのを食べると余計に暑苦しい。
 暑いことは暑いが、部屋で座ってられないほど暑くはない。熱気がまだ弱い。また、この時期昼寝ができないほど暑くなる。しかし、今年は昼寝をしている。扇風機を回し続けているが、それが効かない年もあった。だから、今年の暑さはまだましというわけではなく、暑いとやはりしんどい。
 また、夕食後の徒歩散歩などでも、暑いと普通に歩いているだけでも汗ばむ。湿気が強いのだろう。風がないとさらに暑い。夕涼みにはならないが、ゆっくりと歩くことだ。運動ではないのだから。冬場、歩くのが少し早いのは、身体が温まるためだろう。
 それでも、朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩はしている。日陰があるので、それほど暑くはないが、日陰が途切れている道を走ると結構辛い。もっと早朝ならいいのだが、まだ寝ている。
 
■■ 2017年07月28日 金曜 8時25分
 
 今朝は曇っている。昨夜は夕立ではなく、夜になってからにわか雨。もう少し早ければ、夕方も涼しかったのだが。昼間は暑苦しかった。気温的には大したことはないのだが、空気が暑い。むっとするような曇り空のようなものだ。日差しはたまにあったが、曇っているときの方が暑苦しい。何ともならない息苦しいほどの暑さで、寒暖計と比例しない。
 そういえば昨日は朝から暑く、朝の喫茶店からの戻り道散歩のときも、熱が籠もっていた。こういう日は暑気でやられる。気温が高いわけではないのに。
 朝の喫茶店に来た客が、座ると何やら取り出し、さっと羽織った。非常に薄いジャージのようなものだ。ねじ込めばポケットにも入りそう。それを小さなハンドバッグの中に入れていたのだろう。防寒性はないが、真夏なら、暑苦しくなるはず。しかし喫茶店の冷房対策にはちょうどかもしれない。鞄にタオルを入れている程度のボリュームなら、携帯性があるので、これは便利かもしれない。
 そういえば、スーパーの衣料品売り場でバーゲンをしていて、前面に出ているのが、このスポーツタイプのようなジャージだ。薄くて軽い。そういう需要があったのだ。
 この暑いのに、ビジネスマン風の人が、スーツを着ている。しっかりとネクタイも締めて。職業柄必要なのだろう。特に対人のとき。
 その人は喫茶店内でも脱がない。冷房が効いているので、ちょうどいいのだろう。流石に炎天下を歩いているときは脱ぐだろうが。
 土用の頃が一番暑いようで、その後しつこく暑い日が続くはず。昨日はバテ気味で、何ともならなかったが、これは何ともしがたい。この季節は毎年そうなのだから。
 昨日は暑い夕方、スーパーで鰹のたたきを買う。自家製らしい。店で叩き倒したのだろうか。この鰹のたたきが安い。まあ、刺身のようなもので、船に乗っており、ものすごいボリュームの大根を切ったもの敷かれていた。その量が結構多いので、驚く。他に紅ショウガも入っていた。当然出汁も。これは酢醤油ではないかと思える。それをぶっかけてもいいし、付けて食べてもいい。食べ散らしが汚くなるので、小皿に汁を入れて食べた。しかし、残った。これはこの時期なので、生ものは早いので、残りは煮て食べることにする。
 鰹のたたきを鰹節を入れて鰹出汁で煮て食べるというのは妙だが、鰹と大根は合うようだ。
 大阪では天神祭の頃が暑い。地元の人はじっとしていたりする。よほどその町内の人ではない限り。これは京都の祇園祭と同じように、近くても違う町内の祭りになるので、暑いので、見に行かなかったりする。大阪に長く住んでいる人でも通天閣に上ったことがなかったりする。これは結構昔の話でもそうだ。意外と近くの人の方が知らなかったりするものだ。いつでも行けると思うからだろう。
 
 
■■ 2017年07月27日 木曜 8時23分
 
 今朝は曇っているが、それほど暑くはない。風があるためだろうか。
 今日は雨でも降りそうな感じだが、天気予報では晴れか曇り。回復するようだ。だから晴れの日が普通と言うことになる。雨が降っている日は特別な日ではないだろうが、少ないのだろう。たまに降る程度で、これを天気が悪いとなる。雲は出ていてもいいが、あまり多く出ると、日を遮る。しかし雲一つない快晴というのもまた珍しい。雨が降る日より確率は低い。滅多にない。
 昨夜は扇風機を消して寝た。起きているときは付けていたのだが、寝る前に消した。それほど暑くないためだ。しかし、寝かかったとき、寝苦しくなり、また付けることがあるが、昨夜はうまくいった。風があったためだろう。いい風が入ってきていた。逆に途中で寒くなり、掛け布団を掴んだ。気温は26度以上あり、熱帯夜なのだが、それほど暑苦しくなかった。起きたときもそうだ。いつもなら、その時間結構暑く、扇風機が必要なほど。夏の勢いが弱まっているのだろうか。
 昨日は夕方、自転車散歩に出掛ける。この時間でも暑くて、外に出るのは大変なのだが、昨日はそんなことはなかった。日差しは十分あるのだが、影が長く伸びてきているので、日陰が多いので、楽だ。
 全て日陰の道というのはないが、街路樹や、人の家の庭木や、少し高い目の建物がたまにあるので、それが日陰になる。いつもの喫茶店までの道だと、日陰のある道筋を知っているのだが、昨日は別方面へ向かったので、それがない。
 特に行くところがないので、池尻村の北にある中古屋へ向かう。そこまでの道は旧村道で、あぜ道よりはまし程度の広さしかないが、村と村とを結ぶ最短距離になる。それだけに旧道ほど斜めに走っていたりする。それと新道とが交差するところは鋭利なY字路ができていたりする。
 まず最初の村である昆陽村を通過し、次は池尻村へとその村道が続いているのだが、実はもっと長距離の有馬道。
 久しぶりに寄った中古屋だが、カメラ類は、ほぼ前のままで、全て売れ残っているという感じ。オリンパスの昔のマウントのデジタル一眼レフがあるが、バッテリーが苦しくなっているはずだし、カードが古いタイプかもしれない。このあたりは1万円台だ。
 目新しいところではキャノンの1インチコンパクト機がいい場所に飾られていた。これが目玉だろうが4万円もする。中古価格とは思えない。その横にパナソニックの最高級コンパクトLX3が出ていたが、それが1万円台。受光素子が大きなキャノンの方が小さい。
 見所は、この二機種だが、こちらが来ていない間に展示され、さっと売れた機種もあるかもしれない。
 この中古屋のすぐ横はイオンモール。池尻村と西野村の境目あたりだ。川があり橋があるところ。
 それで、中古屋の裏側から池尻村の中央部を抜ける。そのまま南下するとまた昆陽に戻るのだが、昆陽の中古屋にいい角度に入れるよう、道を選ぶ。その道も村道。結局伊丹のこのあたりは旧村道を通る方が抜けがいい。狭いので車も滅多に入ってこない。
 昆陽の中古屋はこの前行ったところなので、品は同じ。気になるのはニコンの旅カメラで三世代ほど前の機種。そのため、非常に小さい。この頃のニコン旅カメラは小さかったのだ。このカメラを使い、町中を撮影した写真家が個展を開いていたのを思い出す。町中では、このサイズの目立ちにくいカメラで、さっさと写せるのでいいのだろう。一応旅カメラなので700ミリまで望遠が効く。町中では遠くからでないと写せない場所が多い。
 また、町写しのベテランは一眼レフも持っているらしいが、メインは結構古い富士の旅カメラとか。これも小さく軽いが望遠は弱い。ただ操作性はいい。この後継機はない。
 昨日持ち出したカメラはオリンパスの高級機。28から300でレンズが通しでF2.8という凄いスペック。さらに電子ファイダーの解像力も高い。小さなOMという感じのデザインだ。300ミリまでなので、小鳥はしんどいが、デジタルズームで600ミリまでいけるので、何とかなる。画質の劣化は分からないレベル。こういういいカメラをオリンパスは出していたのだが、後継機はない。ミラーレスのOM系より、パフォーマンスは高い。300ミリでF2.8が使えるのだから。オリンパスのミラーレスを買いにくいのは、このカメラがあるためだ。ミラーレスの方が不便なのだ。
 それで、農家や田園風景などを写すが、その田んぼに巨大な高層マンションが建っている。ここは交通の便がよくない。バス程度だろう。車が必要だが、高層マンション分の駐車スペースはないはず。ただ、近くに尼宝線が走っているので、阪神バスも走っている。最寄り駅は阪急武庫之荘か伊丹。または宝塚へ出た方が早いかもしれない。いずれも徒歩では無理な距離。歩けないわけではないが毎日では無理。だから自転車で駅前へ出るのだろう。そのため、駅前に自転車が多い。
 まあ、元々村人しか住んでいなかった場所で、通勤のように、遠く離れた場所まで毎日出掛けることはなかったのだろう。
 一戸建ての普通の家も多くなっている。こちらだとマイカーが使える。だから、高層マンションは長屋レベルになるようだ。
 昆陽の中古屋を出たところで、夕食の時間になっていた。日はまだあるが、何か食べて帰った方がいいのだが、その近くのイズミヤでカレー弁当を買った。普通のハンバーグ弁当だが、白いご飯の上に少しだけカレーがかかっている。ハンバーグの他にトンカツとチキンカツの小さなのが入っていた。食堂で食べるよりも安い。まだ時間的に早いので20円引き程度だったが。
 
 
■■ 2017年07月26日 水曜 8時23分
 
 今朝は晴れており、さわやかだ。風向きが北になっている。これは朝の喫茶店へ行くとき、その方角に向かうので、向かい風があることで分かる。冬は北か東からの風が多い。そして、暑いときは南や西からの風。これは暖かく湿った空気が多い。
 朝はまるで、秋が来たような感じだが、梅雨明けの夏というのはそんなものだろう。少し秋が入る。朝夕だけ秋が入り、それが徐々に長くなる。昼間まで秋の気配なら、それはもう秋だ。
 しかし、今朝のような日は珍しく、毎日あるわけではなさそうだ。季節外れというのがたまにあるが、続かない。続ければ季節内になる。
 しかし、昨夜は扇風機を付けっぱなしにして寝ていた。最近はそうだ。結構離し、首振りにし、たまに風を受ける感じだが、寝てしまうと分からない。それで大概は寒くなり、掛け布団を使う。
 昨日は土用のウナギを食べる日だったようだが、忘れていた。もうウナギは飽きた。暑くなり始めた頃に食べた鰻重がとろけるように柔らかいウナギだったが、そのあと買ったウナギはどれも固く、皮がかみ切れないほど。だからそれに懲りて、土用のウナギを食べる日は無視。
 昨日はスーパーで偶然土用がどうのと宣伝をしていたのだが、耳は傾けなかった。九州産云々で特大らしい。まあ、スーパーで買う方がものが分かるので、やせて筋張ったウナギかどうかは多少は分かるはず。だからウナギの蒲焼きを買って、部屋で鰻丼にして食べるのがいいのだろう。値段的にはスーパーのウナギの方が高いのは、一匹丸ごとのためだろうか。昔は普段でもそれがおかずに出た。一匹丸ごとは流石に食べられない。
 昨日は適当なおかずを探しに来たのだが、ハモがあったので、それを買う。ハモの天ぷらだ。この季節、ハモだろう。蛇ものだ。蛇ものと言えばウナギよりも穴子の方が食べやすかったりする。
 大阪方面だけかもしれないが、ハモの皮がある。酢漬けにして食べる。
 それよりもこの季節、暑さにやられてバテ気味。食欲も落ちる。味噌汁が暑苦しい。しかし、暑いときほど汁物がいい。味噌の汁ばかりだが。意外と暑い味噌煮込むうどんなどを食べると、いいのかもしれない。ソーメンとかではなく。名古屋から来ている味噌煮込みうどん屋は高いのだが、具がかなり入っている。さらに海老や餅なども入れることができる。すると1500円ほどになったりする。あの味噌がいいのだろう。卵やカシワも名古屋から持ち込んでいるようだ。当然、あの味噌や、靴紐のようなうどんも。
 普通のきしめんもあるが、そちらは柔らかい。ざるきしめんもあるが、やはり暑苦しい味噌煮込みうどんがいい。どちらにしても店屋で食べるので、冷房が効いているので、汗びっしょりというようなことはない。
 
 七月もあと少し、お盆が近い。お盆と言えばお盆カメラ。これは夏に買うカメラだが、暑い盛り、カメラを買いに行った記憶がある。用事で梅田などに出たとき、中古カメラ周りをよくしていた。また友人が帰省し、一緒にカメラ屋周りをした。お盆の頃だ。そのとき、何らかのものを買ったはずだが、これは何度も見学して、やっと買うことができた。
 最近はネットの普及で、中古カメラ屋へ行かなくても、翌日には手に入ったりするのだが、少し味気ない。
 近所にあった中古を扱っていたカメラのキタムラが閉鎖したのが惜しい。少し遠くになるが中古品を扱っているチェーン店が点在しているが、カメラの動きは少なく、品薄と言うより、売りに来る人が偶然いないのだろう。暑いので、流石に郊外型中古店巡りは無理だが。
 
 
■■ 2017年07月25日 火曜 8時16分
 
 今朝はどんよりと曇っており、雨がぱらつく。蒸し暑い朝で、扇風機は途中で消したが、起きてから暑苦しいので、付けた。朝から扇風機は珍しい。気温的には昨日と同じなので、湿気が勝っているのだろう。
 それで梅雨入りしたように暗い空。天気予報の一週間予報では連日晴れマーク。にわか雨程度はあるはずだが、どう見ても本降りになりそうな本格的な雨空だ。梅雨が明け、夏の真っ盛りになっているとはいえ、雨が降らないと言うことではないはず。雨ぐらい年中降るだろう。しかし梅雨明けだと、しばらくは降らないような気がしてしまう。
 朝は蝉が鳴き出すので、うるさくて寝てられない。目覚まし時計だ。ちょうどその頃、蝉が鳴き出す。日が出てからすぐにではなく、しばらくしてからだ。蝉も朝の準備があるのだろう。
 蝉が鳴いているので、晴れているのだろうと思っていたのだが、出るときぱらっと来た。傘を差すほどでもない。雨がこぼれたようなもの。降るとしても、もう少し先だろう。
 蝉は鳴き出し、姿を現した日に、既に地面でひっくり返っているのがいる。抜け殻ではない。これは早すぎる。鳴かないでじっとしていた蝉だろうか。しかし、例年そういうことはなかった。落ちてくるのは早くても一週間後だろう。そういう早落ちの蝉が結構いる。これはあまり見ないことで、今までなかったかもしれない。これは何か虫の知らせかもしれない。
 暑いと思い、扇風機をかけっぱなしにするのだが、逆にそれで身体を冷やしてしまうことがある。しかし、扇風機を消しても暑く感じなければそれでいい。夏場は少し汗ばんでいる方がよかったりする。つまり、ちょっと暑苦しい程度の方が。しかし程があるので、暑くて仕方がない状態では付ける。それ以上暑い状態は座ってられない。いつも座っている場所は一番暑い場所。だから、移動した方がいい。座ってられないほど暑い日は数年前の猛暑の年にあった。この年だけはエアコンを付けた。その後、付けていないので、動くかどうかは分からない。リモコンの電池が切れていたりしそうだ。エアコンは暖房効果はあまりないが、冷房はよく効くが、芯まで冷えるので、長くは付けてられない。暑いよりも、今度は寒いことが問題になる。
 当然喫茶店の冷房もきついので、長居はできない。上に何か羽織るものが必要だが、それを入れる鞄がいる。着たままでは外が暑すぎる。しかし、よく見かける喫茶店の客はこの季節でもジャンパーを着ている。下はカッターシャツ。喫茶店内ではそれでいいが、炎天下に自転車で走っているのを見たことがある。やはりジャンパーのまま。これは暑いだろうと思うし、そんなのを着ている人は滅多に見かけない。ジャンパーといっても春秋ものの薄いタイプだが。炎天下、逆にそういうジャンパーを引っかけている方が涼しいのかもしれないと思い、実験したが、暑い暑い。
 カッターシャツなどを着るときも、袖に通すとき、既に暑かったりする。これは生地だろう。さらっとしてる繊維がいい。よく滑るタイプだ。腕そのものが既に汗ばんでいるのだから、生地が浮くタイプがいい。密着性のあるタイプは、苦しい。
 
 パナソニックの24から70で受光素子が大きく、しかもレンズが明るいタイプで、電子ファインダーの解像力も高いタイプを見ていたのだが、似たような重さでいいのならソニーのα6000に標準ズームだけとあまり変わらなかったりする。レンズの明るさや最短撮影距離では劣るが、α6000のさっぱりとしたボディーがいい。それとグリップが効いていることだろう。このカメラが一番手に馴染むというか、吸い付く。高級コンパクトになると、今はレトロ風で、昔のカメラを模してているのだが、カメラは小さくてもグリップが飛び出ているタイプがいい。その方が窮屈でないためだ。そして片手で振り回しやすい。
 値段を見ると、似たような値段だが、α6000なら望遠のおまけが付いてくる。これが曲者で、それを付けると、とたんに重くなるのだが、意外とα6000はものすごく軽いのだ。当然ミラーのあるキャノンイオスの一番軽いX7よりも軽い。一眼レフタイプはごろんとしているが、α6000は薄いカード型だ。後ろから見ると、まるで昔のライカ。このカメラ、24から70専用にすれば、レンズも軽くて小さいので、携帯性は抜群だろう。一眼レフ系に比べての話だが。
 そして電子ファインダーが非常に大きい。ファインダーを覗くと広すぎるほどだ。そして液晶は上下に回転し、液晶も軽く持ち上がる。しかし液晶は小さい。
 だから、α6000の勝ちになる。
 

■■ 2017年07月24日 月曜 9時09分
 
 今朝は曇っており、風がある。そのためか、それほど暑くはない。日差しがないためだろうか。昨夜は扇風機を付けて寝ようとしていたのだが、妙に涼しい。それで、付けないで寝たが、問題はなかった。寝入りばな、暑苦しくならなかった。これは秋かと思うほど。日々暑くなるはずだと思っていたのだが、違っていた。涼しい目だと、秋へ向かうことになる。夏休みに入ったばかりなので、夏はこれからだが、それは夏休みがこれからで、夏の勢いはピークを過ぎたのかもしれない。これは一日だけの判断では何ともいえないが。
 暑中見舞いが残暑見舞いになる時期は結構早かったりする。本当は夏真っ盛りで一番暑いときでも、それを残暑と言えば、少しは我慢できるためだろうか。
 今朝は寝過ごした。早い目に目を覚ましたのだが、思ったより長く寝てしまった。早い目に起きた場合、まだ早いと思い、また寝ようとしても、眠れないことがある。だから、寝過ごした方がいいのかもしれないが、起きたとき、寝起きが悪かった。夏の終わりがけのように、夏の疲れがどっと出るような重さだ。それなりに暑い日が続いていたので、暑さ疲れもあったのだろう。こういうのは涼しくなったときに出やすい。
 連日暑かったので、日常移動だけでも十分暑気が入る。夏はこれといったことはなくても、暑いというイベントが入る。
 
 最近急に思い出したカメラがある。パナソニックのコンパクトカメラだが、受光素子は同社のミラーレスと同じ大きさ。1インチとどう違うのかとなるのだが、まあ、似たようなものだが。
 そのカメラ、レンズが明るい。24ミリから70ミリしかないが、何処か1インチタイプの高級機のようなズーム比だ。24ミリでF1.7と明るく、さらに70ミリでもF2.8だったと思う。だから50ミリあたりでもF2はあるだろう。レンズ一体型のコンパクト系のためか、広角端での最短撮影距離は3センチ。これはレンズ交換式のミラーレスでは難しいだろう。短くても20センチほどだ。レンズ交換式のミラーレスは画質はいいかもしれないが、それほど寄れない。これは損ではないか。スペックダウンと見ていい。ここは黙っている箇所だ。コンパクト系の最短撮影距離が極端に短いためだ。
 ハーフサイズの受光素子で、3センチまで寄れ、しかもF1.7の深度だと、ものすごくぼけるはず。
 それよりも、ファインダーがいい。カメラは小さいのだが、電子ファインダーの解像力が高い。そのため、大きくなるので、よく見える。
 このカメラは製造を終えたらしいが、その前から値段は下がっていた。人気がないのだろう。1インチコンパクトに押されたためだろう。そちらはポケットに入るが、パナソニックのそれはポケットは無理だ。400グラム近くあるし、ごつごつしている。
 撮影モードのダイヤルはなく、シャッターダイヤルがその位置にある。4000分の一秒が誇らしい。レンズ側に絞り輪がある。どちらもAに合わせれば、プログラムモードになるという仕掛けだ。
 これに類する競合商品はない。独走しすぎたのか、売れなかったのだろう。似たようなものがニコンの1インチタイプにあったが、発売されないまま終わっている。採算が合わないためだろか。地震で、部品が切れて、途中で止まってしまったらしい。しかし、そちらは1インチだ。
 このパナソニックの高級機、需要としては一眼レフに標準ズームだけを付けて写すよりも軽くて小さいと言うことだろう。キットレンズの一番安い標準ズームよりも。そして明るさが違うし、最短撮影距離でも広角端は有利。
 レンズ交換式の一眼レフ系のダブルズームキットよりも得な感じだ。
 パナソニックのコンパクト系では、このカメラが最高峰で、これ以上いいのはない。まあ、写りがどうのよりも、カメラの雰囲気がいい。
 こういうカメラなら、しっかりと写してみたい気になる。


■■ 2017年07月23日 日曜 8時19分
 
 今朝は曇っている。久しぶりだ。雨が降ってもかまわない。雨はしばらく降っていないはず。それにこの時期の雨は助かる。涼しくなるためだ。ただ、朝はそれなりに涼しいので、一番暑い昼過ぎあたりに降るか、夕立がいい。
 ただ、そういう勝手は空には通じない。個人の思いが空に通じるのなら、ものすごい数の個人がいるので、結局は何も通じないと言うことになる。あくまでも偶然だ。それが特定個人に吉と出ることもある。
 暑い日が続き、暑い夜も続いているので、扇風機をずっと付けている。寝ているとき、扇風機の風を寒く感じていた頃があったが、最近は問題はない。
 夕方、昨日は涼しかった。風があったためだろうか。夕涼みができた。夕方の方が暑いときがある。熱が抜けないで、むっとした状態が続く。最高気温が出ているときより暑かったりする。蒸し暑いのだろう。そしてそういう日は風がない。
 夏休みに入って最初の土日に、小学校の校庭で夏祭りをしていた。近所の小学校二校。もう一つ小学校はあるが、そちらは次回の土日あたりにするのだろうか。
 一応一方が土曜なら、一方は日曜にしているのかもしれない。どちらの小学校も近いが、子供の頃はそんな小学校はなかった。しかも近所に二校も。今、子供なら、近くに三校ある。
 小学校校庭での夏祭りはどう見ても盆踊りで、櫓を組み、その周囲を踊りながらぐるぐると回る。村の盆踊りと違い、小学校の校庭は広い。そんな広い踊り場は村時代にはなかっただろう。田んぼでやるのなら別だが、この時期まだ稲が育っている最中。この前、田植えをしたところなので。
 それで、その近くを通ると、流れてくる曲は盆踊りのときの音。まあ、踊っているのだから、その曲や歌になるのだろう。
 そしてトリの曲が聴き取りにくい。その前の曲は田端のズンドコ節で、これは大人の曲で、結構いやらしい。端やんが歌うとそう聞こえてしまうのだろう。だから、ここは子供のための夏祭りではない。
 そしてトリの曲が何処かで聴いたような曲だ。これが最後の踊りとなるのだが、すぐに思い出した。麦わら音頭。
 河内音頭、江州音頭、これは有名。三大音頭と言われている中に麦わら音頭が入っているのだが、引っ越してきた人は、誰も知らないだろう。この音頭は南野村の盆踊りで、最後に踊られるが、村の盆踊りなので、近くの人しか来ない。猛暑のときなどは、誰も踊っていなかったりした。暑いので、日が沈みきってからでないと、踊れなかったのだろう。その麦わら音頭が、近くの小学校で踊られていたが、これは練習しないと踊れない。当然踊っているメンバーは保存会の人がメイン。なぜこんなところで、南野の麦わら音頭なのかと考えたのだが、その小学校、実は南野村内にあったのだ。隣接する野間村との境界線にある場所で、そこに小学校ができた。だから、村の踊りをやって当然だろう。
 子供の頃からこの麦わら音頭は聞いているが、しっかりと見たことはない。それよりも近くでやるため、家にいても聞こえてくる。それはしっかりとお盆にやる盆踊りだ。ここが本番だろう。
 それよりも、櫓を組み、その周りをぐるぐる回りながら踊る。これは何処の原住民かと思うほど。これはもっと原始的な信仰とも何ともいえないような下地があるのだろうか。これを宗教という人はまずいないだろ。そして盆というのは何だと言うことになる。
 同じような時期、祇園祭や、天神祭がある。これも特定宗教の儀式というのとは少し違う。形式は神事に乗せているが、実際にはもっと原始的な何かだろう。だから、原住民がまた騒いでいるという感じに見える。京都の祇園祭は上品だが、町衆の何か、怖いようなものがある。
 しかし、最近はお盆ではなく、まだ七月なのに、盆踊りをやっているので、これは盆踊りの形をしたイベントなので、夏祭りとなっている。小学校校庭なので、村とはもう関係なく、自治会や、その小学校の校区の保護者などが主体だろう。しかしオリジナルな出し物などはあるわけがないので、結局盆踊りと同じことになる。その校区の人たちがみんな集まって、集うことがメインなのかもしれない。運動場で運動会をするのではなく。踊ろうと言うことだ。
 さて、昨日の小学校での夏祭りで、最後に聞こえてきた麦わら音頭だが、歌が聴き取りにくいのだが、違和感を感じたのは、太鼓。ここだけはテープかCDとかではなく、生なのだ。だから、本物の太鼓が出てきていたはず。それで、その響きが伝わった。これは生の太鼓でないと伝わらない。歌も聴き取りにくかったのは生のためだろう。
 しかし、太鼓などの鳴り物は何か異世界から伝わるような、畏怖感がある。
 
 
■■ 2017年07月22日 土曜 8時10分
 
 今朝も晴れており、暑い。私立高校も夏休みに入ったのか、自転車がないと思っていたが、土曜で休みなのかもしれない。小学生は自分は休みでも、親が休みの日でないと、遊びに連れて行ってもらえない。その意味で土日にはまだ有効なはず。親より祖父とか祖母とかが連れて行くケースもあるはず。小さいうちは孫の守だ。子供は大きくなってから記憶になかったりする。しかし小学校高学年になると、覚えているだろうが、その小学生が年寄りになっても。当然忘れていることも多い。連れて行ってもらった全行程は無理で、ワンシーンだけとか、ワンショットだけとかもある。
 また、何度も同じ場所へ行った場合、これは混乱する。そして一度体験した風景などは、二回目は記憶に残りにくい。やはり新雪を踏む方が残りやすい。
 暑くて何ともならないが、昨日は夕立があった。これで一気に3度ほど下がったので、涼しくなった。しかし、雨が降る前の息苦しさがあり、雲で日差しがなくなるのだが、あった方が楽だ。日陰は涼しいためだ。当然炎天下は暑くて何ともならないが、フラットな空の方が逃げ場がなく、暑い。
 流石に暑さが続くと食欲がない。そんなとき、お茶漬けがいい。いつもの永谷園のお茶漬けの素を切らしていたので、買う。こんなもの塩と海苔があればできるのだが。
 以前は普通のお茶漬けをよく食べていた。炊くと三食分があるが、温かいご飯は最初の一食分だけ。それを食べると、保温を消す。汁が垂れるためだ。その電気釜を買い換えてから保温しても垂れなくなったので、毎回温かいご飯を食べているのだが、それまでは残りの二食はお茶漬けだった。普通のお茶漬けなので、お茶をかけるだけ。おかずは普通にあるので、お茶漬けだけを食べているわけではない。
 ところが食欲がないとき、お茶漬けだけを食べることがある。とりあえず効率のいい米の飯を入れるという程度だ。パンよりもいいだろう。しかしお茶漬けを残すと捨てないといけない。普通のご飯なら電気釜に戻せる。
 お茶だけをかけたお茶漬けでは水くさいので、お茶漬けの素とか、ふりかけなどが重宝する。要は塩気のあるものを入れればいい。梅干しでもいい。
 それで昨日はたらこも買った。たらこをお茶漬けに入れるときは焼きたらこがいいが、これは面倒だ。しかし焼いた方がこりっとして美味しい。いかにも魚の子になる。そのままだと流石にお茶漬けの中には入れにくい。だから、生たらこをつまみながら、普通のお茶漬けを食べることになる。お茶漬けは濁らない方がよい。
 夏は食欲は落ちるが、食べる分量が少ないので、何処かで腹がすく。そのとき食欲はわく。
 食後の徒歩散歩を続けていたが、これが結構暑い。真夏、家にいるよりも、外に出た方が涼しかったのだが、そうではなくなっている。夕涼みが効かない。ただ、食べたあと汗をかいているときは、外に出て風に当たっている方がましだ。
 
 今朝のお供のカメラはポケットに入る旅カメラではなく、キャノンの1インチタイプで600ミリまでいけるコンパクト系。1インチのネオ一眼のようなものだ。レンズ交換式の一眼レフを視野に入れた場合、このカメラが究極のカメラになる。一眼レフのキットレンズと違い、その上のレンズはない。しかも開放は明るい。ファインダーは外付けだが電子ファインダーの解像力は結構あるし、大きい。だからミラーレスデジカメと変わらない。
 先日オリンパスの300ミリまでの望遠付きのミラーレスを店頭で弄っていたのだが、そういう系譜をまとめ上げたのが、このキャノンの大きなコンパクトカメラだ。800グラム近いので、一眼レフ並みだが、レンズが明るいし、また600ミリまでとなると、これは軽い。
 だから一眼レフ系は、このカメラがとりまとめた感じだ。しかし、一眼レフを持ち出すような重さなので、それほど気楽なものではないが。
 そして一番いいのは、コンパクト系なので、電動ズームになる。自転車の上から写すとき、坂道などではハンドルを持つ必要があるので、片手になる。そんなとき、レバー式のズームなら、片手で微調整できる。望遠系は電動ズームが好ましかったりする。こちらの方が手動よりも早かったりする。そして力がいらない。
 この1インチタイプのネオ一眼のような広角から望遠までいけるタイプは、各社から出ている。しかし、いずれも重くて大きい。
 その中でニコンから出るはずだったタイプが軽い。しかし、一眼レフに高倍率標準ズームを付けるよりも軽い。
 このカメラを買っていたのを忘れていたわけではなく、ずっとテーブルの上に置いているので、毎日見ていたのだが、重くて暑苦しいので、持ち出す機会が少ないだけ。
 自転車で遠出するようなときは、このカメラを持ち出すことになるのだが、日常移動では出番が少なかったりする。
 
 
■■ 2017年07月21日 金曜 8時27分
 
 今朝も晴れており、暑い。梅雨明けと同時に小学校は夏休みに入るのか、昨日、午前中に下校風景を見た。時間が早すぎるので、終業式があったのだろう。小学校一年ではまだだが、六年あたりになると、人生最良の日だろう。明日から夏休み、いや、もうその下校中なのだから、今からだ。飛び石連休ではなく、大洋だ。見渡す限りの海原。この年になると、結構色々なことができるようになる。当然休んでいるだけで、何もしなくてもいい。夏休みなので、休むためにあるのだ。これが本業だ。
 しかし、休みの日は遊ぶ。ずっと遊べる。これは素晴らしい。人生で一番楽しかったのは、おそらく、終業式の帰り道の昼前の道だ。この開放感は、解放感だ。明日から夏休み、しかし、今、既にその状態なのだが、まだページは使っていない。計算すると40日ある。一ヶ月ではなく、おまけが十日ほど付く。しかし夏休みの期間というのは、頭の中ではほぼ無限の休みに近い。それは限りがあることは分かっているのだが、当分考えなくてもいい。
 さて、小学校六年生の夏休み、何をしていたかだろう。正月と違いお年玉はない。だから小遣いはいつもと同じ。そのため、買い物を楽しむわけにもいかない。
 だから、近所で遊んだり、家の中でごろごろしているのだろう。実際には大したことはしていないのだが、近場の探検に出たりする。セミとりや雑魚とりだが。当然海や山にも行く。川にも。プールにも。
 この夏休み前の下校風景、卒業式よりも華々しく、はつらつとしている。答えは簡単だ。明日からずっと休めるからだ。
 昨夜も暑く、扇風機を付けっぱなしにして寝ていても、寒くならない。これは本物の真夏だ。七月の後半、ここが一番暑い。暑さの峠を登ろうとしている最中で、まだ下りではない。だから勢いがある。八月も暑いが、それは既に夏ばてになっているので、そちらの影響の方が大きい。
 夏場の暑いときの夕食、コロッケが食べたくなることがある。ほとんどジャガイモのフライなのだが、あのさくっとした感じがいいのだろう。そして中はジャガイモなので柔らかい。コロモの方が固いほどだ。これにトマトがあれば、十分夕食のおかずになる。定食屋にもコロッケ定食がある。定食なので、メインの皿の中身が違うだけ。コロッケだけは頼りないとは思うのだが。
 ポテトサラダになると、スーパーなどで売られているのはジャガイモだけではなく、色々と入っている。人参、タマネギ、キュウリなど。卵も。しかし、純粋にジャガイモだけのポテトサラダの方があっさりとしていていい。粘りを出すため、マヨネーズが入っている程度。
 スーパーのコロッケは安い。そして四つも五つも入っていたりする。二つあれば十分で、あとは残る。そのため、翌朝もコロッケになる。コロッケだけでは頼りないので、ポテトサラダを付けた場合、ジャガイモばかり食べていることになる。
 京風冷やしラーメンがあったので、それを買う。高い。250円ほどする。冷麺とどう違うのかだが、焼き豚の数が非常に多い。冷麺にはキュウリとか、錦糸卵とかが付くが、冷やしラーメンはラーメンなので、ラーメンの具が入る。焼き豚も多いが、ネギも多い。これは昼に食べるには贅沢な話だが、焼き豚が効くだろう。ソーメンだけよりも。 しかし250円は、コンビニの冷麺よりも安い。
 
 

■■ 2017年07月20日 木曜 8時28分
 
 今朝は暑い。そして晴れている。大阪方面も梅雨が明けたらしいが、もっと前に明けていたのではないか。梅雨明けなので降っていた長雨がやんだのなら、分かりやすいが、ずっと晴れていた。台風一過のようにはいかないようで、曖昧だ。ここでは雨だけを問題にしており、雨が降る日が多いと梅雨。雨だけだ。それ以外の梅雨の概念と日常とは関係しなかったりする。しかし、雨以外にも、湿気がある。そして、梅雨よりも、気温、暑さの方にポイントが移る。雨より、暑さの方が厳しいからだ。

 昨日の一番暑い頃、全国ベスト三位を大阪が独占。大阪市内、豊中、枚方がベストスリー入り。しかし、大阪の場合、最高気温では負ける。だから34度も出ていなかったのではないかと思えるが、それでも日本では一番の暑さ。夕方になると京都が残る。あとは全て沖縄勢。京都が残るのは熱が抜けない盆地のためだろう。京都は後半に強い。
 昨日大阪市内の方角を見ると、空襲でも受けたように煙が上がっている。入道雲だ。あの下が大阪市内か、生駒山辺りだろうか。大阪市内のビルなどは見える距離なので、空襲でやられていた頃は、白い雲ではなく、それが灰色の雲のように見えていたかもしれない。爆弾ではなく、焼夷弾なので、家屋が燃えていたのだろう。その煙なので、雲のようにしっかりとした形はなかったもしれないが。それよりも、空襲は夜のイメージ。昼間だと、B29も下から狙われやすいだろう。
 あれは何処から飛んできていたのだろう。プロペラ式の旅客機のようなものだが、着陸しないで、引き返す。だから、燃料が問題なので、遠くからはこれなかったはず。下も大変だが、上も大変だったはず。
 それに比べれば、暑いだけのダメージで雲を見ているのは、平和なものだ。ダメージもイメージも違う。
 昨日も暑くて何ともならなかった。真夏が既に始まっている。梅雨明け宣言を聞く以前に。
 蚊取り線香立てがあったので、それを買う。蚊取り線香を売っている場所に吊されていた。ここが味噌で、吊されているのだ。だから携帯灰皿のようなものだ。薄い円盤形。200円少しなので、それを買う。アースのものだ。
 解説も注意書きも何もない。封を切り、蓋を開けると詰め物があるので、そのスポンジを取ろうとすると、引っかかる。のりで留めているのだ。それを強引に剥がす。
 皿の底は渦巻きが少し刻んである。これでは線香が消える。くっつくためだ。ではあの白いスポンジは何だったのか、そして詰め物ならのりで強く貼り付けていないはず。のりは丸いスポンジの真ん中辺りにだけ付いていた。下の金属部に付いているのり状のものはとれない。洗ってもとれないので、これはとれないようにできていたのだろう。
 最初に思ったのは石綿。燃えない綿だ。それで、蚊取り線香のネット販売ページを見ると、同じものがある。石綿ではなく、ガラス繊維云々となっている。燃えないのだ。燃えない座布団で、繊維状のものなので、少し浮く。この上に乗せよと言うことだろう。
 そして蓋を閉めると、線香は燃えないスポンジと蓋の網とでサンドイッチ状態になり、さらに丸い穴があるカバー部分が上になり、あとはアルミの弁当箱の蓋を止めるようなバネで止める。そしてぶら下げるための引っかけもある。腰にぶら下げて歩けたりするが、これは蚊の多いところで作業をするためのものでもあるのだろうか。またはキャンプ地なのでも有効だ。
 これはかなり安全で、線香立てだと風で蚊取り線香が傾いたり、飛んだり、落ちたりする。この円盤形なら、何処においても大丈夫。そして、蚊取り線香を使う分だけ切って入れる。乗せるだけでいい。
 それまでは別の蚊取り線香入れの蓋の上にのせていた。金属部と線香がくっつく箇所があるので、そこで線香は消える。これでも良かったのだが、不安定。乗せているだけなので、落ちそうだった。
 蚊は少なくなっている。去年など蚊取り線香などいらなかった。昔はウンガという青い小さな虫が群れていた。それが網戸にへばりつき、中に入る機会をうかがっていた。
 
 昨日、上新へ行くと、ニコンの一番安い一眼レフが広告の品で特価で出ていた。3400だ。これは新しいはず。その横に常に売り上げベストスリーに入っているはずのキャノンイオスX7がまだある。もう数年前の商品だ。今は9までいっているはず。しかし、X7の小ささ軽さを超えるカメラはない。キャノンにもないのだ。
 以前より、小さな一眼レフを作っていたニコンは、まだ頑張って小さく軽い路線を捨てていない。3400は3300よりも20グラムほど軽いだろうか。そして、X7に20グラムほどの差で迫っていた。この差ならほぼ同じだろう。それよりもレンズの重さの方が問題になったりする。
 似た重さと大きさならニコンの勝ち。それはグリップの飛び出しがニコンの方がよく、切れ込みがあるので、カメラは小さいが、このグリップで余裕が出る。その違いはズーム時に出る。ズームを回すとき、カメラが小さいと窮屈で、カメラが動くのだ。だから、ここはニコンの勝ちと言うより、こちらは最新式なので、ファインダーもX7よりも明るい。どちらもガラスのプリズムではなく、鏡の張りぼて式だが。
 しかし、一眼レフは重いので、この季節は暑苦しい。
 オリンパスの安い方のネオ一眼を見ると、非常に小さくて軽い望遠ズームをつけた状態で展示されていた。覗くと、流石に電子ファインダーの威力で、ファインダーの大きさはX7などの比ではない。しかし、このカメラ、グリップがおまけ程度で、しかも横幅がないので、ズームをするとき厳しい。それ以前にこのキットレンズの望遠のズーム回転が固いのだ。これと同じタイプを昔、買って買って往生した。まるでねじを巻くように回さないと動かないし、そのとき、構図が変わってしまうほど動く。だから動画でズームなどできないだろう。やはりここは普通の一眼レフ、昔のAF一眼レフの形がふさわしいのだろう。グリップが飛び出し、シャッターボタンがグリップの先にあり、そして傾斜しているタイプ。昔のカメラに似ているのはいいが、望遠には向かない。
 こういう望遠に関してはネオ一眼の勝ちだろう。
 ついでに旅カメラのキャノンとパナソニックが並んでいるので比べる。
 パナソニックの方が新しいのだが、値段が同じになっている。パナソニックは電子ファインダーが付くので、こちらの方が高くて当然だが、ズーム比はキャノンがリード。パナソニックは700ミリと進歩なしだが、キャノンは毎回伸ばしてきて、今は900ミリまで上げている。その差は実感できないかもしれないが。
 電子ファインダーを付けたパナソニックはその分、液晶がやや小さくなる。そして、可動式の液晶だが、かなり薄い。割れそうだ。しかし、軽くさっと上げることができる。キャノンもなめらかで、軽く上げられるので、3インチサイズのキャノンの勝ちだろうが、電子ファインダーのあるパナソニックは強いので、パナソニックが有利。
 持った感じはキャノンの方が小さく、丸みがあり、ポケットに入れやすいが、両機とも300グラムほどあるはず。だから、それなりに重いが、パナソニックはがっちりとしている。高さがあるためか、持ったとき、安定している。その前機はかなり軽く、小さい。ズーム比は同じで、違うところは液晶が回転するかどうかだが、それだけのことで、これだけ重く大きくなってしまうのは謎。しかし、このカメラ、ライカだ。軍艦部の厚みや流線型の角が。ニコンの旅カメラも大ぶりだが、薄い。パナソニックは大ぶりで、しかも分厚い。そのボリュームが手に馴染んだりする。動作も感触も、パナソニックが好ましかった。
 
 


■■ 2017年07月19日 水曜 8時10分
 
 今朝は少し気温が低い。昨夜も涼しく、窓は開けたままでは寒いので、カーテンだけを閉めて寝る。扇風機は必要ではない。寝る前は熱帯夜ではなかった。上空に冷たい空気が来ていたのだろう。一週間予報では全部晴れではないかと思うほど太陽マークが並んでいる。これが梅雨明け宣言になる。そして梅雨とは関係なく、大雨は降る。夕立だ。入道雲がわき出す季節で、しかも結構高い。高い位置にあるのではなく、高さがあるのだ。そして下と上では色目が違う。暖かい空気は上へ上がるが、上には夏でも冷たい空気がある。夏山で高い山へ登れば涼しいのと同じだ。この入道雲は沸く。遠くの方から移動してきた雲ではなく、その場で沸く。空気は見えないが、雲の状態になっていると見える。これは水分を多く含んでいるのは確かだ。水分が多いと、ちりなどの影響で灰色に見えるのだろうか。そのメカニズムは調べれば分かるはずだが、想像する方が楽しかったりする。
 大量の雨がいくら降っても、近所は水はけがいいので、大雨でも問題はない。一度だけ子供の頃、台風のとき、水が少しだけ来た。少し離れたところにある昆陽池が決壊したのだ。地面の上に降る雨程度は問題ないのだが、怖いのは川の決壊だ。それで大量の水が押し寄せる。自分のところで降った雨ではない。水は集まると怖いが、近くに大きな川はなく、大きなため池だった昆陽池がある程度。伊丹は北へ向かうほど少しだけ土地が高くなる。しかし、山はなく、平坦な場所なので、皿が大きい。しかし、伊丹の駅前の中心部で水につかった例もある。ものすごい集中豪雨があった年だ。中心部は城があり、元々有岡城と言うほどなので、少しだけ岡があり、高低差がある。その谷になっている箇所がやられたのだろう。それと、ここは洪水などないと思ってか、駐車場が地上からのスロープで地下にあるビルもある。道路が冠水すれば、もろに水が入ってくる。モータープールではなく、本物のプールになる。
 伊丹の普通の住宅地の地形は、元々が田んぼだったので、農水路が張り巡らされている。今ではただの排水溝になってしまったが、その数が多い。この農水路、逆に人工的に洪水を起こすために作られている。つまり田に水を入れるためだ。
 平坦な町だが、よく見ると、水はけの悪い場所もある。高低差があり、その底に当たるところだ。雨が多く降ると、水たまりができる。
 近所に大きな排水溝があり、かなりの大雨でも、余裕がある。この排水溝、土手はない。元々は小川だったのだがそれを拡張している。近所に降った雨は、ほぼ、この排水溝に流れ込み、尼崎方面へ向かう。最後は神崎川辺りに行くのだろう。
 市内で大きな川と言えば猪名川だ。これは川幅が広く、余裕がある。これは山側からの大量の水を受け取るので、よく氾濫したようだ。それで川筋が変わったりしたらしい。それをまた戻す工事をする。すると、土手だけが残ったりする。今もその土手だけがある。古墳のような盛り土で、土塁のようなものだ。だから、人が結構地形を弄っており、自然にできた丘ではなかったりする。
 もう一つの川は武庫川。ここが決壊すると厳しい。子供の頃、台風などで大雨が降ったとき、武庫川の決壊を心配していたようだ。かなり離れているが、実際にはその川からの水を引いて水田にしているのだから、水が来やすい。しかし、昔のことは知らないが、武庫川が切れた記憶はない。この川も川幅が広い。
 何度も何度も決壊する川は、それなりに昔の人は切れないように色々とやってきたのだろう。
 治水、水を征するもの、天下を征すとも言うらしい。川の氾濫だけではなく、田に水を引く水の管理。
 どうしても氾濫する川は、その場所を無理に氾濫させる方法もあるらしい。氾濫してもいいような場所に水を逃がすようなものだ。
 
 昨日は弁当屋で鰻重を買ったのだが、スカだった。前回買ったときは柔らかくて、いい感じで、すき家の鰻丼より良かったのだが、昨日のウナギはいけない。皮が固く、しかも一匹を二つに切ったものではなく、細かく切ってあった。つなぎ合わせたのだろう。
 この季節、ウナギを多く食べるためか、質が落ちるようだ。もう一軒弁当屋があり、そこでも鰻重を始めるらしい。仕入れ先が問題だ。全部同じだったりしそうだが。
 近所の武庫川にウナギが泳いでいた。稚魚だ。これを持ち帰って育てれば、鰻丼ができると思ったのだが。その頃は、ウナギも安かった。
 
 
■■ 2017年07月18日 火曜 8時16分
 
 今朝も朝から晴れており、暑いが、夜は前夜よりも1度ほど低かった。25度と熱帯夜だが、ぎりぎりだ。しかし、寝る前、寝苦しいはずなので、扇風機を付けて寝た。途中で起きたが、それほど寒くはならなかった。付けっぱなしだと寒くなるものだが。その割には気温は低い目。ぎりぎり熱帯夜なので、体感温度は微妙だ。
 これはもう梅雨は明けている。雨が降らないのだから。そして、いつもの真夏そのままの日が続いているのだから。梅雨前線も当てにならない。梅雨前線と名付ける必要はないのではなかったりする。ただの前線だ。
 そして相変わらず暑くて何ともならない日が続いている。夏なのだから、これは当然で、ごく当たり前の話だ。
 何か寝苦しいと思っていたら、敷き毛布状態だった。その敷き毛布の下には電気毛布も敷いてある。これを全部抜いて、引っかけ式の夏用のシートのようなものに取り替える必要がある。ものすごい暑い夏の年はすだれやござなどを敷いて寝ていた。去年も今年もそういうことはない。ござやすだれどころか、毛布を敷いて寝てられたのだから。しかし、寝ていて冷えてきたとき、掛け布団に手が届かない状態のとき、うつぶせになり腹を敷き毛布に当てるような姿勢になると、暖になり、ちょうど良かったりする。
 直販所で買った太くて長いキュウリが残っていたので、それを輪切りにして炒めた。かき混ぜながら炒めるわけにはいかないので、焼く感じだ。小さなフライパンに油をたっぷり入れて、焼く感じだ。たまにひっくり返す。キュウリなので水を含んでいる。取り立てのキュウリなので、ズはほとんど入っていない。意外と根性がないやつで、すぐに柔らかくなる。そのあと卵焼きを作り、さらに焼きキュウリを盛り合わせれば、色目も綺麗だ。このキュウリ、生では堅すぎる。皮が分厚いし。
 卵のつぶれ焼きを作るとき、トマトを一緒に入れてもいい。ケチャップソースにはならないが、トマトの塊は残るので、卵焼きにトマトを添えるのと同じことだが、一緒に炒めることで、どちらも引き立ったりする。ただ、トマトはあっさりとしており、しつこい料理のとき、トマトは休憩するためにある。またトマトも水分を多く含んでいるので、水を飲むようなものではないが、この水分がありがたい。
 トマトは冷蔵庫に入れると駄目らしい。あれは冷やしては駄目で、常温で食べるときが一番なめらかで、みずみずしい。ただ、切った状態で残った場合、さすがに冷蔵庫に入れるが、昔は網の貼った四角く小さな水屋に入れていた。もう水屋などは何を差しているのか、分からなくなったが。子供の頃の水屋には、茶碗とかの食器が入っていた。
 蚊に刺されていたので、蚊取り線香を付けるが、あのぐるぐる回っている円盤形の渦巻き線香の取り出し方を忘れた。二つくっついている。知恵の輪ではない。一方を立てて直角にして、引けばいいのだが、折れそう。そして実際に折れてしまったが、一つそのままでは燃やしすぎる。そこで、蚊取り線香カバーのようなものがあり、それは蓋だ。その蓋の上に置くと、線香の一部がカバーに乗るので、そこで消える。半周しない。ずっと付けっぱなしだと煙たくて仕方がない。
 夕方になったときに、少しだけ付ける。すると、寝る前に蚊は来なくなった。耳にやってくる蚊だ。それが消えた。だから、それほど長い時間線香を付けていなくても良かったのだ。部屋中蚊が飛び回っていた時代とは違うのだろう。
 蚊取り線香置きがないので、大きな西洋皿の中に入れている。結構灰が溜まる。
 線香が虫に効くというのは、煙が効くのかもしれない。いぶす感じだ。だから昔の藁葺き屋根などには天井板がなかった。いろりの煙で藁をいぶしていたので、虫が付きにくく、長持ちしたのだろう。だから天井板は邪魔なはず。
 これは昔の人のエッセイに出てくる。天井を付けた農家の天井裏は蛇とネズミの大運動会場になったと。
 台所の流しの三角コーナーなどに蚊がやってくる。そこに蜘蛛が来る。この蜘蛛が蚊を退治してくれるはずなのだが、効率が悪い。しかし、蜘蛛が出てくると、蚊は減るようだ。蜘蛛は家の守り神だろ。
 それとは別にヤモリがいる。家守だ。そのままだ。それらは殺していけない。家に住み着いた蛇もそうだ。
 
 

■■ 2017年07月17日 月曜 8時31分
 
 今朝も雨が降っていないので、梅雨は明けたのだろう。一週間予報を見ると、雨がない。晴れか曇りが続いている。これは梅雨が明けているではないか。まあ、その頃には明けているので、当然かもしれないが、梅雨明けには何も触れなくても、一週間予報で触れているようなものだ。まだこの時期梅雨だと言い切りたいのなら、傘マークを増やさないといけない。しかし、傘がない。
 しかし、今朝は少し曇っているが、明るい空だ。雲が黒く風も少しあるので、雨が来るかもしれないが。
 それよりも昼間の暑さは梅雨明けの頃の暑さで、本格的な夏。何ともならないほど暑苦しい。しかし大阪方面では35度越えの猛暑日にはなっていないので、ましな方だろう。猛暑日はそれほど続くものではない。数日続くこともあるが、中休みがある。たまにものすごく暑い日があり、それが猛暑日だ。ただ35度を超えていなくても、もっと暑い日もある。蒸し暑いときだろう。
 その暑さに当たって早くもバテそうだ。そして蚊がいるのか、何カ所も刺されていて赤い。かゆくはないが。それで二年前から放置したままの蚊取り線香を取り出す。同じ場所にあるので、火を付ければいいだけ。その効果は寝る前に蚊が耳元に来るか来ないかで分かる。来なければ効いているのだ。しかし、いつも来るきつい蚊が今年はまだ来ない。去年も来なかったかもしれない。これに刺されるとかゆい。あのきつい蚊は消えたのかもしれない。
 豚の置物のような蚊取り線香置きが欲しいところだ。あれは畳に似合う。火の気があるので、火鉢のようなものだ。だから、うっかり触れないように囲んである方がいい。寒くなれば、火鉢代わりにはならないが。そして移動させやすいし、畳の上に置けるので、一番低い位置だ。そして天井があるタイプなので、よく煙る。のろしのように上に一本だけ上がるのではなく。そして瀬戸物だと、灰溜にもなる。
 蚊取り線香では蚊は死なないらしい。気絶する程度とか。
 ゴキブリには効かないはずだが、動きが鈍くなるかもしれない。
 昨日は寝るとき、我慢できず扇風機を付けた。次に目を覚ましたときに切ったのだが、寝入りばなは必要だ。起きているときは付けていなかったのだが、横になると、暑苦しくなってきた。寝転んで電気を消した方が涼しいはずなのだが。
 何もしていなくても消耗するのが夏。自転車移動程度では体力など使わないのだが、汗をかいている。もっと汗かきの人は、シャツの背中の色が変わっていたりする。何かのドラマの演出で、濡らしているのではない。濡れて色が変わるほどなので、汗が流れ落ちているのだろう。運動している人ではなく、単に歩いているとか、移動しているだけの人なのに。だから汗かきの人は結構いるのだ。
 
 カメラ方面は実用的な機能を追ったものはほぼあるので、今度は雰囲気ものだろうか。意外と持ち出したカメラにより、撮すものが違ってきたりするものだ。同じ被写体を撮すのなら同じようなものになり、違いなどほぼないのだが、持ち出したカメラにより、視点が変わる。被写体が変わるのだ。これはカメラの雰囲気で、撮すものが違ってくると言うことだが、実際には同じように見ているので、視界には入っている。違いはそれを写すかどうかだ。これはカメラと目とが一体化しているのだろう。そういう眼鏡をかけているような。だから、目の延長かもしれない。ただこの場合の目とは単に視覚的なものだけではない。
 日常の、何でもない風景というのが、一番カメラを向けにくい。撮す気がしないのだろう。何かこれといったものがないと。
 

■■ 2017年07月16日 日曜 8時50分
 
 今朝も暑いし、晴れている。これはもう梅雨は明けている。
 昼間は暑くてバテバテ状態。これがいつもの夏だろう。暑くて何ともならない季節だ。扇風機をずっと回し続けていると、ずっと風を受けているようなものなので、これはよくない。幸い寝るときは回さなくても何とかなる。先日から窓とカーテンを大きい目に開けているためだ。風が入ってくる。昼間それができないのは、窓は開けていてもカーテンを閉めているためだ。閉めないと日差しがきつい。開けると風は来るが、熱気だ。南に面しているため、余計に暑く感じる。だから、カーテンを閉めている方がまし。その代わり風が少ないので、扇風機となる。
 扇風機は少し離した位置に置き、真正面を向けないで首振りさせる。たまに風が来ればいいのだ。
 そういうとき、冷菓を食べると、一瞬涼しくなる。食べているときだけだが、一瞬でも暑さから解放される。しかし、冷たいものばかりを食べていると、腹を壊す。暑いと思っていても、冷えることがある。扇風機がいらないときでも回していることがあるためだろう。昼間はずっと暑いが、夕方や夜になると、それほど気温は上がっていない。しかし、扇風機を回すのが癖になっている。昔はうちわで扇いでいたように思う。その体力で暑かったりするが。
 この夏の暑さ、一瞬の夏で、あっという間に過ぎてしまう。今は盛りに向かっている最中で、夏のいい時期だ。登り切り、下りになると、勢いが減りだし、寂しくなる。この夏の最高気温が出る頃が、一年の峠のように思ってしまう。今年の最高峰を超えるわけだ。一年の折り返し点ではないが、体感温度的には、一番分かりやすい。そう思ってしまうと、一年の後半が非常に短くなるが。
 コンビニに行くと、麦茶とかのお茶が大きな紙パックで売られている。コーヒーや紅茶と同じように。いつもは雪印の安いコーヒー牛乳を買っているが、普通の麦茶も売られているので、驚く。ペットボトルに入った1リットル入りのはよく見かけるが。
 麦茶など、水出しのパックものを買えば、それですむ話で、別に湯を沸かさなくてもいいので、暑苦しくないのだが。
 昔は麦茶売りが来ていた。麦茶にはったい粉といいながら、このはったい粉はおやつだ。麦茶ではなく、このはったい粉を楽しみにしていた。新聞紙を皿代わりにして、はったい粉の中に砂糖を混ぜる。しかし、はったい粉は非常に軽い。本当に粉だ。そして粉なので、むせやすい。ゴホンとやると、粉が飛ぶ。口から粉が飛ぶのではなく、新聞紙に乗せていたはったい粉が飛ぶ。
 はったい粉の食べ方は畳の上で寝転がって、畳をテーブルと見なして、這いつくばって食べる。そして、口だけで食べる。手は使えない。皿ではなく、新聞紙なので。まあ、きなこのようなものだが、粉だけなので、飛びやすい。
 当然はったい粉の団子を作れる。水分を加えれば、粘度のようになるので、それを丸めて食べればいいが、やはり粉だけの方が美味しい。子供が何人かで食べていると、砂かけ婆状態になる。必ず誰かが吹いて、粉を飛ばすのだ。また畳の上に敷いた新聞紙の上にのせているので、むせたりすると、畳に飛ぶ。すると、蟻が来る。庭があり、縁があり、外とはいけいけなので、蟻はよく入ってきていた。ただし、餌らしきものがなければ来なかった。蟻ははったい粉が好物なのか、はったい粉の中に入れる砂糖に敏感なのか、どちらかだ。
 麦茶にはったい粉売りのおばさんは貧しそうな人で、これを売らないと食べていけないと言うことを伝えながら売る押し売りのようなものだったが。しかし、そんなに高いものではない。子供は麦茶よりもはったい粉が欲しいので、ねだって、家に入れてしまうのだ。
 また、暑いので、通風で、玄関などは開けっ放しなので、人が入って来やすかった。
 今年もそういう夏がやってくるのだが、当然麦茶にはったい粉のおばさんはもう来ない。
 
 
■■ 2017年07月15日 土曜 8時21分
 
 今朝は朝から暑い。晴れて日差しがあるためだろう。寝起き行く喫茶店までの道中も、暑くて何ともならない。日陰が必要だ。この暑さは去年の夏とは違うほど暑い。朝はそれほど暑くなかったのだ。
 だから、朝から暑いとなる。朝はそれなりに涼しく、過ごしやすかったのだが、今年はそうはいかないようだ。空梅雨と関係しているのかもしれない。
 朝から暑いので、喫茶店の冷房も気にならなくなった。冷房の温度は同じでも、外気との関係だろう。この外気とはすきま風とかではなく、空気だ。空気は外から来る。密室にして、完全に密封すれば窒息だろう。だから空気を入れる。それが外気だ。外の空気。この質が違うのだろうか。空気の質と言えば、水分の含有率程度しか分からない。所謂湿気。梅雨時冷房が寒く感じるのは、水分が多いためかもしれない。
 昼間も暑くて何ともならないが、エネルギーを吸収するようで、これが陽の気だ。元気が入ってくるような。充電されるような感じになる。夏場は血管が太くなる。それと関係しているのかもしれない。暖められると言うよりも暑いのだが。
 それで、冬よりも夏の方が元気で過ごせる。しかし疲労度は冬の比ではない。元気だが夏の方が疲れる。体力を消耗するので、身体が身構えるため、元気になるのかもしれない。
 夏は疲れやすいので、鞄を軽くする。冬場なら体力を使うほど暖かくなるので、ちょうどいいが、夏はそうはいかない。鞄が重い分、体力を使うのだろう。それで余計に暑苦しくなる。
 夏場、日に焼けると、冬場、風邪を引かないというが、いつ頃言い出したのだろう。平安時代などの古典に出てくれば、分かりやすいが、あまり聞かないが、昔の歌を知っているわけではない。ただ、そういった昔の歌人のフレーズは、たとえ話とか、言い方などで、使われるものだ。そちらは耳にする機会が多少ある。それがことわざとならなくても。
 夏場元気で、外で真っ黒になるほど遊び倒すと、夏の終わり頃、夏ばてが来る。秋になる手前に夏の疲れがどっと出たりしそうだ。
 しかし、元気な子は炎天下でも外で遊んでいる。そして冬場風邪を引かないのではなく、暑いときでも元気な子供なので、風邪も引かないのだろう。元々抵抗力が強いのだろう。だから暑さにも平気だったりする。弱い子は夏場日焼けして、冬場風邪を引かないようにしようとしても、暑気あたりしたり、夏風邪を引いてしまいそうだ。
 昨夜は暑いので、窓を大きく開ける。カーテンも開ける。そのおかげで扇風機はいらなかった。扇風機は寝る前にはいるが、途中ですぐに寒くなってきて止める。だから寝ているときは必要ないのだが、寝る前が暑苦しい。
 昨日は粉ふきいもを作る。ジャガイモを皮のまま少し切って湯がいたあと、網に移し、湯切りし、少し冷めた頃に皮を剥いて、塩を振りかけ、鍋ごと振る。これで粉が吹くかどうかは分からないが、多少はつぶれる。塩を振らないで、そのまま潰せばポテトサラダになる。そのときは塩ではなく、マヨネーズだろう。ポテトサラダはタマネギや卵なども必要。面倒なので、ジャガイモだけの粉ふきいもにする。マヨネーズで和えると腐りやすい。この粉ふきいもを皿に移し、一品とする。全部食べら切れないので、何度か使える。中ぐらいのジャガイモ二つ分ぐらい。大きいのなら一つでいい。ある程度切ってから入れる。
 この粉ふきいも、小学校六年の時に家庭科の授業で作った。それと目玉焼きとご飯も。家庭科の先生ではなく、いつもの担任の男の先生。慣れていない。家庭科の授業で最初に作ったのが、それだ。それは一回だけ。これをよく覚えている。白いエプロンとか前掛けや、ふけが落ちないように帽子、などはなし。普段着で作っていた。みんな手を洗ってから作ったのかどうかは分からない。そんな指導はなかった。
 夏は暑いので食べる気がしないときがあるが、腹は減っている。少し工夫すれば、食べやすくなる。酢の物にするとか、あっさりとしたものを作るとかだ。単品もの、小皿ものが好ましかったりする。
 


■■ 2017年07月14日 金曜 9時09分
 
 寝過ごしたが、今朝は晴れている。青空に入道雲。真夏の空だ。九州南部は梅雨が明けたらしい。と、見られるとなっている。頼りない言い方だ。まさか感想を述べただけをいっているわけではあるまい。梅雨明けしたように見えるということだが、そう見えているだけかもしれないという保険がある。しかし、データ的にも状況的にも、これは明けたのであろうということだろう。保証がないのは、天気のことはまだよく分かっていないということ。
 ということは、梅雨が明けたと見られない地域でも、実は明けているかもしれない。
 梅雨が明けたと見られるといった瞬間、大雨が降り、それがまた長雨になったりする可能性もある。そう見えていても違っていることもあるのだろう。
 梅雨明け宣言が出ないまま真夏になる例もある。みられるでは宣言とはいえないが、それさえ出ない地域もあった。確認しにくいのだろう。状況がそろわない。
 昨夜はまさに真夏の夜で、暑くて寝苦しかった。扇風機を付けっぱなしにしていると、途中で寒くなるので、遠ざけていたのだが、それでは暑いので、また近づける。左右の首振りの端に顔が当たるようにする。だから常に風を受けているわけではない。
 梅雨が明け、真夏になってからが早い。既に七月の中頃を過ぎてから、または夏休みが始まる頃に大阪方面では梅雨明けになるのだが、すぐに八月になる。八月は夏の最後の月。お盆頃になると、もう秋の気配がする。だから夏は短い。実際には六月あたりから夏なのだが、梅雨が入るので、夏が中断したりする。
 だから七月半ばはもう夏の半分を過ぎているのだ。しかし、九月に入っても真夏のように、夏が続いている年もある。
 昨日は夕食のおかずを買いに行ったのだが、メインになるものが見当たらない。それで、切れていた豆腐を買ったのだが、冷や奴だけでもいいのではないかと思えた。ついでにメーカーものの鰯の甘煮の様なものがパックに入っていたのを買う。佃煮だ。小さな鰯がいくつか入っている。へたに焼き魚とかを買うより、身が確実にある。それに、そこそこ持つ。これと冷や奴でもう十分だ。青ネギが安かったので、それを切って豆腐にのせる。鰹節も。
 それと切りハムを買う。朝食用にパックが小さく、五つほど繋がっているタイプだ。これも肉を買って、炒めたり煮たりするよりあっさりとしていていい。焼き豚もいいが、薄いハムの方が好ましい。
 生野菜はサラダのようにしなくても、青ネギを大量に豆腐にのせたので、それで十分。それとは別に野菜だけの煮物を作り置いている。千切り大根やジャガイモ、タマネギなどを煮たものだ。これは鍋のまま冷蔵庫に入れている。さすがに腐りやすいためと、その保険のため、火を通して食べる。ここに肉類を入れると腐りやすい。
 キュウリの酢の物も作る。薄く切れるカンナのようなものを使うといい。そして作り置きした方が酢に馴染み柔らかくなる。ここにワカメとちりめんじゃこを入れれば本格的だ。
 冬場は鍋物風なものを作っておけば、それだけですむが。夏場は小皿ものがいい。単品ものの。
 魚類は、シーチキンがこの季節食べやすい。小さな缶詰をいくつか束ねて売っている。安いこともあるし、下手な魚を買うよりも身がしっかりとある。全て身なので。
 
■■ 2017年07月13日 木曜 8時12分
 
 今朝も暑い。日差しがあり、晴れている。梅雨が明けたのかもしれない。寝起きの喫茶店までの道が暑い。真夏のそれだ。梅雨の晴れ間にもそういう日はあるが、質が違う。朝から暑くはなかった。そしてもう平気で30度越えをしており、夜は熱帯夜。その気温は十分オーバーしている。昼間外に出ると、当然暑く。それだけでもバテる。これを梅雨時とはいわないだろう。それ以前に今年、大阪方面では梅雨がなかったのではないかと思えるほど印象が低い。雨が降り続き、何ともならない日々、というのが少なかった。梅雨時だと思うから、そういう見方をしていたのだが、無理に梅雨だと思わなければ、たまに降る雨程度。
 水無月というのがある。陰暦の六月。だから七月のことだろうか。水がない。日照りが多い月だったのかもしれない。梅雨明け後、雨が降らないことが多かったのだろうか。
 水無瀬とかの地名もある。水無瀬川も。水がない川というのはおかしいので、水無の意味は違うのかもしれない。見たままだと、水がないとなるのだが。
 古い呼び名や言葉は、それなりの意味が込められている。ただ、列島は広いので、全国区になった言葉の意味が当てはまらない場所もある。お国による違いとか、お国言葉とかがあるように、風土が違うと言葉も違い、意味や印象も違うのだろう。逆に大陸方面から来た言葉や、都で使われていた言葉などが、意外と僻地だけに残っていたりすると、興味深い。
 暑いので、最近はソーメンを昼に食べていたが、作るのが暑い。ラーメンよりも手間がかかったりするが、喉の通りは一番いい。ソーメン腹というが一束分食べると、結構腹持ちがいい。薄焼き卵などを切って入れると冷麺のようになる。キュウリも。錦糸卵は切るのが面倒。焼きたての卵は切りにくい。触ると熱いし。だから、適当な大きさに切る。
 夏ばてではないが、ウナギを食べに行く。前回はすき家へ行ったのだが、日曜だったのか満席近かったので、その近くにあるハイカラな弁当屋で鰻重を買った。今回は平日なので、すき家で座れた。しかし、弁当屋のウナギは頭なしの一匹まるまるあるが、すき家の鰻丼は半分。しかもウナギが駄目だ。山脈が二つできており、谷が深く広い。つまりやせているのだ。当然堅く、筋張っており、その皮などはかみ切れないほど。まさかその辺の蛇ではないかと思えるほど。
 蛇は食べたことはないが、きっと堅いはず。ウナギは鰭があり泳いでいるので、魚と同じようなものだが、蛇は地面を這う。水の中にも入れるが、泳いでいるだけで、潜ることはない。潜ればウミヘビだ。だから、地面を這うため、筋肉質なのかもしれない。だから、堅いと思う。
 しかし、すき家の鰻丼は特価で、漬け物としじみ汁が付いてくる。結局しじみ汁の方がウナギよりも美味しかった。シジミ貝は小さい。だから、だから身などないに等しいのだが、ただの貝殻ではなく、中に身も入っているので、それを全部箸で掴んで食べる。
 場合によっては貝殻だけになっているが、お椀の底に残っていたりする。
 それで、もうすき家の鰻丼は食べないことにした。目の前にある弁用屋の鰻重の方が安いし、しかも一匹分入っており、しかも柔らかい。唇で切れるほど。
 ほかほか亭の鰻重はまだやっていない。弁当屋が二軒、近いところにある。
 ウナギが安い頃は、子供の頃よく食べた。しかし、これは完全な手抜きで、おかずを作るのが面倒なとき、ウナギに逃げたのだろう。そのため、鰻丼のときは、ウナギしかなかったので、逆に栄養が足りなくなったりした。
 ウナギをマムシと呼ぶこともある。そちらの方が精が付きそうだ。
 夏ばて防止にウナギ。しかし、これは手抜きをしたいがための方便だったりする。
 朝から暑い季節になっているが、これは嫌いな季節ではない。寝起きも、夏の朝が一番よかったりする。これは夏休みの開放感を思い出しているのだろうか。当分学校へ行かなくていいという嬉しさだ。
 暑いが好きなことをして過ごせるのが夏休み。一年で一番楽しめるのは、この夏休みの頃だ。
 
■■ 2017年07月12日 水曜 8時16分
 
 今朝も高温だが、曇っているため日差しがなく、その分、楽だ。これで晴れていると朝から暑い。雨が降りそうな雰囲気だが、傘なしで、寝起きの喫茶店へ行く。降ればコンビニで傘を買えばいいだけ。小雨なら問題なし。
 昨夜も熱帯夜で25度を遙かに超えている。起きたときの気温は28度。これは伊丹空港の気温。もう立派な真夏だ。しかし、まだ梅雨。梅雨前線が日本海側にあり、しかも列島の弧の字に沿って伸びている。地形と空とは関係するのだろうか。山は影響する。海も実際には山や谷がある。海底は山岳地帯のようなもので、あまり平野部らしい平たい箇所が続くのは少ないのかもしれない。あれば海底名になっているだろう。ムー大陸も山の多い陸地だったに違いない。砂漠や草原は平野のように見えるが、高い山がないだけなのかもしれない。谷に砂が溜まったのかもしれない。
 山というのは岩だろう。岩が崩れて石や砂になる。岩が粉を吹く。緑の山は土がある。木の生えている山だ。木だけが生えているわけではなく、草も生えている。そうすると、色々な微生物がいる。見えるような虫も当然多くいるだろう。植物があると鳥も飛んでくる。
 もうすぐ梅雨が明けるはず。夏本番になるが、今年の大阪方面の梅雨は空梅雨で、雨の日が少なかった。それで余計に暑く感じた。この暑さの延長で、このあと、ものすごい暑い夏になる可能性がある。気温的にも梅雨時にしては高い。しかし空模様だけは分からない。梅雨明け宣言した翌日秋のように涼しくなるようなことはないが。
 昨日はタイのカレーの缶詰がスーパーで積まれていたので、それを買う。カレーの缶詰、別にタイ製でなくても昔はよくあり、よく食べた。カレーはボンカレー以降、レトルトになった。だから、珍しいものではないが、タイのカレーの辛さが違う。香辛料が違うためだろうか。小麦粉とかバターが入っていないためだろう。さらっとしている。
 唐辛子の絵が五つ並んでいて。赤いのが二つ。だからそれほど辛いタイプではないが、鼻に抜ける辛さだ。舌がどうかなるような辛さではないが、さっぱりとした辛さ。チキンと野菜があったので、野菜を買う。野菜タイプのカレーにも鶏肉は入っているようだ。
 これが百円で、具は少なく、汁も少ない目。しかし夕食を安くすませることができた。カレーが辛いのは食中毒とかを防ぐためだろうか。
 梅雨時特有の蒸し暑さで、ばてやすい。夏本番はこれからなので、今はまだましな方かもしれない。外に出ると、熱気でやられるほどにはまだ暑くないが、晴れているときはその限りではない。
 この時期、暑くても、雨で助かる。降らないまでも曇っていると、何とかなる。
 まだ、朝の喫茶店からの戻り道散歩もできる。真夏になると、それもできないほどになる。
 
■■ 2017年07月11日 火曜 8時09分
 
 今朝は晴れており、暑い。梅雨が上がったような暑さだ。晴れているので、そんな錯覚をするが、梅雨前線が変な形になり、これは消えてしまうのではないかと思えるが、今朝は見ていない。そんな前線が空を見れば見えるわけではなく、天気図だ。気圧配置図だろうか。テレビでよく見る絵だが、水分を多く含む空気の分布図もある。ほとんど雲と同じで白っぽい。
 それよりも、朝の喫茶店へ行く道が今朝は暑い。朝なので、滅多に暑いとは感じないのだが、むっとする暑さだ。京都の祇園祭の頃の暑さに近い。数値ではなく、蒸し暑いのだ。じっとしていても汗が出ると言うことはないが、出ている人も多いだろう。
 今朝は思ったよりも早く朝の喫茶店に着いたので、一番客だった。他に客はいない。暑くて出てこれないわけではないが、平日は常連客が多い。その常連が来ていない。朝一番のメンバーだ。来るべき人の都合が重なったのかもしれない。
 しかし、今朝の暑さからすると、これが梅雨明けから始まる夏本番の前倒しだとすると、今年の夏は暑くなるかもしれない。既に夏なのだが、梅雨で温度がはっきり分かりにくい。しっかりと晴れた状態での温度でないと。
 本当に暑いと、外に出られないほど暑くなる。真冬の寒いときは出られるが、夏の暑いときは出られない。冬は着込めば何とかなるが、夏はそれ以上脱げなかったりする。
 暑い中でもスーツ姿の人がいる。職業上、必要なのだろう。仕事場は冷房が効いているに違いない。だから暑いのは通勤途上程度。職場内でスーツが必要なはず。だから、服装に幅がある。これは本人が暑い寒いで判断して適当に着たり脱いだりできないため。
 さすがに今朝は薄い目の真夏のカッターシャツを着た。昨日から着ている。結構昔に買ったものだが、これが涼しい。べたつかない。こういうのは似たようなものがいくらでもあるのだが、着てみないと分からない。生地によるのだろう。同じ綿や合繊や化繊でも、目が違っていたりするし、糸そのものが違うのだろう。意外とパリッとしていない皺の寄るタイプが涼しい。手で触って、さらっとしているかどうかも見分けるこつだが、着てみると暑苦しかったりする。それは秋物になる。
 涼しい感じの長袖のカッターシャツ。これは半袖ならいくらでもありそうが。そもそも矛盾しているのだ。
 今朝のお供の端末はポメラ。暑苦しいので、鞄が重くなるのを避けるため。自転車に乗っているときは鞄の重さは関係しないが、降りて歩くとき、鞄が重いだけでも体力を消耗するのか、暑苦しい。鞄そのものも軽い方がいい。冬より、暑さで体力が減る。また着ているものが薄いので、ショルダーだと肩が痛くなったりする。スカスカのリュックの方が良いのかもしれないが、取り出しにくい。
 
 オリンパスの旅カメラの調子が良い。これで事足りてしまう。望遠端は600ミリまでだが、鳥や猫や遙か遠くにいる人を気付かれずに写せる距離になる。300ミリでは近い。だから600ミリあれば何とかなる。それを常にポケットに入れておけるので、写すタイミングが増える。じっくり構えて写すような被写体は日常では少ない。花ぐらいだろうか。これも移動中に写す程度なので、さっさと写す。
 このSH2の画質もよいし、出方もいい。これがすっかりメインになってしまったのは、軽いためだろう。昼間の液晶の見え方も悪くはない。薄くなって、よく見えないということはあまりない。オリンパスの液晶は電源を入れていないときは紫色になっている。サングラスのようなもので、これで反射を防いでいるのだろうか。かなり前の機種もそうだった。
 そうなると、オリンパスのミラーレスも気になるところだ。昔のOMのような大きさで、これが懐かしい。
 特にパンケーキズームとの組み合わせはコンパクトで良いが、それなりの重さがある。カメラが小さいので、そう感じるのかもしれない。このパンケーキズーム、28から85辺りだと思うが、電動なので、この小ささになったのだろうか。電源を入れると、レンズが飛び出すが、ハーフサイズなので、普通の一眼レフのレンズよりも小さい。
 ミラーレスなので、ファインダーと液晶は同じもの。切り替える必要がない。センサーで自動切り替えと言うだけではなく、液晶と光学系の切り替えそのものがない。どちらもデジタルだ。そのため、取り出してどちらで撮すのかは構え方で決まる。ペンタ部に相当するものがあるが、せり出していない。
 しかし、旅カメラの方が実用性が高く、町中では撮しやすい。
 

■■ 2017年7月10日(月) 午前8時18分
 
 今朝も曇り空。雨が降っていないだけましだ。梅雨も後半のようで、降るときは強い降りになる。そのためか、ずっと降っていないので、降っていない時間帯の方が多かったりする。
 昨日は気温の変化が分かりにくく、暑いようでひんやりし、ひんやりとしているようで暑かった。どちらの用意をすべきか迷ったが、涼しすぎるのではないかという方を取った。暑苦しすぎると熱中症。冷やす過ぎると、風や寝冷えと、どちらに傾いても問題だ。
 早く長袖のカッターシャツを買わないと、なくなりそうだが、真夏になると、今度は秋物がそろそろ出始めるので、長袖も普通に出ていたりしそうだが、今は短パンと半袖がずらりと並んでおり、まるでカップラーメンと同じで、どれも似たようなもので、しかも違いは僅か。あるジャンルだけが前面に出ているのは、それを買う人の方が多いためだろう。しかし、街ゆく人を見ていると、そうとは言えない。もっとバリエーションが広いのは十年前に買ったものなどを着ている人もいるためだろう。当然自分の体感温度にふさわしい季節ものを着ていたりする。人により夏という季節感が違うためだろう。季語のような季節感ではなく、もろに肉体的な体感温度だ。夏はこういう服装がいいとかができていたりする。それが売られていないのなら、それに近いものを、とか。
 当然そういうのは洋服で、梅雨のある日本の風土でずっと着られていたものではない。着物など、さっとまくし上げれば、短パンになったりする。
 当然今の着物ではない衣服を着ていたもっと昔の時代もある。意外とこれが大陸服だったりしそうだ。
 形だけではなく、暑さ寒さを凌げるものなら、何でもよかったのかもしれないが、多くの人が着ているものでないと駄目。
 服は皮膚の延長のようなもので、素っ裸でも夏は過ごせるが、皮膚がそもそも弱い。当然素足で歩いていた時代と違い、子供の頃から靴を履いているので、足の裏の皮も弱い。衣類、履き物の基本はそれだろう。あとは遊びや、儀礼だ。
 神官や僧侶が大層な服装をするのも、衣服の使い方の例だろうか。あれを平服でやると、有り難みも何もない。
 つまり、日常生活では先ず着るようなことのないものを着る。
 
 昨日は夕方前に行く喫茶店が雨で鬱陶しいので、近所の喫茶店へ行くが、シャッターが半分閉まっていた。前回はシャッターは開いていたが、ガラス戸の鍵がかかっていた。どちらも営業中となっている。夕方前になると客が一人も来ないのだろう。だから閉めて買い物に行ったりしているようだ。決して早じまいしたわけではないが、戻ってから営業しても、また誰も来ないのなら、閉店時間を早めるのがいいのかもしれない。
 ミンチカツ定食600と貼り紙がある。昼ご飯を食べに入る客が帰れば、もうそれで客が来なかったりしそうだ。
 もう少し流行っている個人喫茶でも、その時間、夫婦でやっている店は、一人は買い出しに出たりしている。暇なのだ。
 この近所の喫茶店には駐車場はないが、前にコンビニがある。そこに止めることも出来そうだが、車で走っているとき、喫茶店の看板を発見しても、ほぼ素通りだろう。止められないのだから。
 自転車なら止められるが、その前を通っている人はほぼ同じ人だろう。しっかりと用事があって移動している人で、休憩などしない。結局来る人は常連で、近所の人。
 場所は違うが、最近できた大きな薬局がある。二階は医院が四つほど入っている。駐車場も広い。そこの自転車置き場が満員。しかし、中に入ると、がらんとしている。その自転車、医者へ入る人が止めているのかと思ったのだが、それにしては多すぎるし、ほぼ満車。ものすごい台数だ。
 これは土地勘ですぐに分かる。近くにJRの駅があるのだ。つまり通勤通学で使っているのだ。駅前は当然止められない。
 同じケースが、その近くの家電店エディオンにもある。表玄関ではなく、横の駐輪場にぎっしりと自転車が止まっている。中に入ると、やはりガラガラ。薬局よりも駅からは遠いが、ここも通勤通学用として使われていたのだろう。
 その条件としては、営業時間が過ぎても鎖などが張られないこと。当然門のようなものがないこと。通勤だと、営業時間内には戻って来れないだろう。
 その近くに巨大なショッピングモールのつかしんがあるが、ここは営業が終わると閉鎖される。だから通勤用には使えない。だからエディオンに集まり、今度は薬局に集まっている。
 その薬局、カップラーメンなども売られている店なので、通勤に使っていたとしても、夜食で買いに入る人がいるかもしれない。まだ開いている時間帯に戻ってきたときだが。家電店もそうだ。客になる可能性も高いのだ。
 もう一つ条件があった。深夜ではなく、早朝も止められることだ。これは異常なの光景で、店はまだ開いていないのに、次々に自転車客が押し寄せているのだろう。そして、そのまま駅へ歩いて向かう。
 

 


■■ 2017年7月9日(日) 午前8時18分
 
 今朝は曇っているが、傘を持って出るのを忘れた。雨が降りそうだ。昨夜は寝苦しく、扇風機を付けて寝ていたが、途中で寒くなってきたので、切った。タイマーが故障しているので、使えない。しかし、まだ普通にプロペラは回るし、首振りもしているので、買い換えるタイミングがない。使えなくなった瞬間まで待つしかない。昼間は流石に扇風機がなければ暑いので、すぐに買いに行くだろう。小さいのでいい。背も低い方が。去年は電気ストーブを買い換えたので、今年は扇風機かもしれない。同じ場所に置く。入れ替えるだけで、位置は同じ。軽くて小さい方が取り回しがいい。それなりに動かすので。
 昨日も蒸し暑い日で、気温もそれなりにあったが、日差しが途切れがちのため、夕方前に入る喫茶店の帰りに、尼崎の中古屋へ久しぶりに行く。それほど暑く感じなかったためだ。これはチャンスだ。
 前回行ったときはデジカメはほぼ全滅で、残っていなかったのだが、今回はあったが、古すぎる。パナソニックのL2とG2。コンパクト系の最高級品と、ファインダー付きのミラーレス。こちらが持っているのは中古で古いタイプのG5なのでG2というのは初代が出て次に出たタイプなので、ほぼ同じようなもの。しかし中身は言うほど変わっていない。基本的なところは。ただ液晶が暗かったりするし、解像力は低いので、今の機種と比べれば遜色があり、最高級機種とは思えないのはデジモノの宿命だろう。これが機械式の普通のカメラなら、昔のタイプの方がよかったりする。しっかりと作られているとか、動きが滑らかだとか。
 G2ではなくG7あたりが出ていれば気持ちが動いたかもしれない。高倍率ズームキットが。
 しかし、前回見たときにもあったニコンの一眼レフの5400のボディーだけが売られている。これは新しい。ニコンのレンズがあるので、それを付ければ、というのはあるが、標準ズームだけの一眼レフは嵩張るだけで、重いだけ。あまり役に立たない。鳥や猫がいてもこれでは写せない。まあ、家族などを撮すのなら、それでいいのだが。
 先ほどのパナソニックの二機種、同じ人が売ったのではないかと思える。時代が同じだし、組み合わせも悪くはない。一眼レフとコンパクト系を持っていたのだろう。どちらをよく使っていたのかは分からないが、かなり前に買った人で、その後、どうなったのだろう。どちらも元箱に入っており、それなりに大事に保存していたのだろう。
 その尼崎中古屋往復で疲れたが、夕方前の喫茶店からの戻り道散歩ができることが分かった。戻ってきたときもまだ日が高い。だから、もう少しウロウロできたはずだが、蒸し暑くて、その気にはなれなかった。
 夏場、バテるので、鞄が重いとしんどい。さらに体調が悪いときは背中に来る。背中がしっかりと立たないような。だからカメラは大きくてもいいが、軽いのがいい。カメラだけなら重くても持ち歩けるが、ノートパソコンとか、他のものが鞄の中に入っているので、それで重い。
 ノートパソコンをポメラに替えたり、タブレット系に変えれば軽くなるが、言うほどの差はなかったりする。だからズボンのポケットに入るコンパクト系なら楽だ。
 その往復、結局踏切で電車を写した程度で、一般的な風景は一枚も写さなかった。そしていつもの日常移動コースに戻ってきたとき、路地に咲いている花や、空を撮した。遠くまで行っても被写体が見付からず、いつも見飽きたところの方が撮すものがあったりするので、不思議だ。遠路になると、通過するだけで、じっくりと見ないためだろう。それと土地勘がないので、下手にカメラを出せなかったりする。近所だと、大凡様子が分かっているので、何とかなる。
 被写体との遭遇。それは見知らぬ町に入れば、それなりに珍しいものはあるが、簡単にカメラを出して構えられるわけではない。良い風景でも人が多いと写せない。人が後ろを向いていればいいが。
 そのため、人との距離感を考えれば超望遠で写すことになる。しかし、昨日は久しぶりの場所なのだが、撮すようなものもなかった。あるはずなのだが、絵を拵えられないのだ。
 いつも通っている場所の方が撮すものが多いというのは不思議な話だ。
 昨日ポケットに入っていたのはオリンパスの旅カメラ。この一台だけで事足りてしまう。適当にさっさと撮せるためだろう。
 オリンパスの旅カメラの成績がいいので、オリンパスのミラーレスも気になるところだ。電子ファイダー付きのタイプで、その普及機。昔でいえばOM10だろうか。小さくて軽い。パンケーキズームでレンズの飛び出しは僅か。大昔にOMで撮していた頃を思い出したりした。
 昔のフィルムカメラ時代の大きさ重さにやっとデジタル一眼レフも戻ったような感じだ。ミラーレスで、ハーフサイズなので、その小ささになるのだろう。AF一眼レフ時代になると、結構大きくなっていた。オリンパスのフィルムカメラ時代はAFカメラはなかった。コンパクト系の一体型はあったが、レンズ交換式の一眼レフはなかったように記憶している。
 ミラーレスというのはミラーがないので、その跳ね返りの振動や音がしない。しかしシャッター幕はある。だから純粋にシャッター音を聞ける。昔のライカのように。


■■ 2017年7月8日(土) 午前8時39分
 
 今朝は陽射しがある。晴れているが夏のそれではない。じめっとした梅雨よりも、暑いだけの夏の方がいい。暑いとバテてしまうが、そちらの方がよかったりする。夏への入り口と言うより、既に夏なのだが、梅雨という関所がある。これを越えないと夏は開放されない。
 空が鬱陶しいためか体調も鬱陶しい。長雨が続いているわけではないが、湿気が厳しい。それと低気圧だろう。まあ、梅雨前線が停滞しているので、そんなものだが。しかし晴れ間もある。
 今朝は登校風景がない。いつの間にか土曜になっていたのだ。木曜日までは覚えていたが、金曜日を忘れていた。と言っても昨日のことだが、曜日を把握していなかった。今日は何曜日だろうと言うことを一切考えなかった。昨日のことだが。
 週末近くなると、曜日を忘れるようだ。曜日で大事なのは最近では土日。人が多い場所があるので、土日は寄らなかったりする。
 今朝は陽射しがあるのだが、途切れたりするので、曇っているのだろう。そして雨はいつ降ってもおかしくない感じ。これも梅雨ということで、そんなものだと思うしかない。
 しかし、昨夜は熱帯夜にはならなかったので、扇風機を付けて寝る必要はなかった。だが、暑さはあるので、掛け布団はいらなかった。
 夜も暑いので、扇風機を付けているのだが、涼しすぎることもある。これでは寒いのではないかと。しかし消すと暑くなる。そう言うときは扇風機の位置を遠くに持っていけばいいようだ。風がないので、暑いだけなので。
 今朝の喫茶店は寒くない。昨日は寒かった。何処が違うのだろうか。今朝はいつもの席がなく、エアコンの送風口に近いところになる。ここは寒い場所なので、座らないことにしている。だから、昨日のいつもの席よりも寒いはず。
 これは体調にもよるが、湿気が強く蒸し暑いためだろう。
 七月も中頃に近い。梅雨明けもそろそろだろう。梅雨明け前に大雨が降ることが多い。台風が来たときの雨が紛らわしい。
 暑いので、長距離自転車散歩は無理だが、朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩なら何とかこなせるが、途中で暑くなってくる。夏場は影のある道ばかりを選ぶので、あまり散歩らしくない。そうかといって別の道に入り込むようなことも普段はない。いつも通っている道を選ぶようだ。
 これはハンドルが覚えているのか、意識しなくても、曲がり角に近付くと、左なら左、右なら右へ進む。オートランだ。
 
 アマゾンキンドル専用端末が壊れたので、ノートパソコンにアプリを入れて、それで読んでいる。そのノートパソコン、最後に買ったエイスースーの10インチの軽いタイプ。画面も小さいので、電書にはよいかもしれない。漫画の電書なら別だが、テキストだけの電書は大きな画面にすると、目の移動が面倒。だから10インチの全部を使う必要はない。横幅も。
 ノートパソコンでの電書の場合、矢印キーが使えるので便利だ。それと端末を手に持つ必要がない。書見台のようになるが、首がだるくなることがある。それよりも、専用端末分鞄が軽くなるので助かる。
 
 
 
■■ 2017年7月7日(金) 午前8時19分
 
 今朝は曇り。気温は低い目。寒いと言うほどではないが、爽やかでもない。梅雨時でもさらっとした日がある。湿気が高すぎるとき、それが少しでも減ればそう感じるのかもしれない。当然体調にもよる。また元気さにもよる。これは精神的なことだろう。気持ちが。
 しかし体調と気持ちと天候は連動している。天の動きと運は連動しないが、空の天ではなく、世の中という天下とは連動している。この場合、天ではなく、下なので、下界のこと。
 今朝は曇っているので雨が降るかもしれないが、傘を持ち出すのを忘れた。いつもは自転車に突き刺したままだが、それでは傷むので、晴れた日は抜いている。雨傘は結構日焼けする。風にも強い1400円もした高い傘なので、大事に使うことにした。
 梅雨時のひんやりといた朝なので、寝起きに行く喫茶店が寒い。上のジャケットを羽織ってこなかったのが失敗だ。
 それで昨日、少し分厚い目のシャツのようなジャケットを買いに行くが、売り切れていた。心配した通りだ。その前日、雨で、雨の日は買う気が起きなかったので、パスしたのが、いけなかったようだ。誰かが先に買ってしまったのだ。
 同じようなのが特価品として並んでいるのだが、狙っていたその一着だけが消えていた。同じ狙いの人がいたのだろう。七分袖のジャケット風だ。そしてTシャツ込みで。
 同タイプのものは見当たらないので、次点品もない。それらは長袖のカッターシャツとどう違うのかと思えるほど似たようなのだが、ズボンの下に入れなくても良いタイプだ。ここだけが違う。
 その近くに普通の長袖のカッターシャツが並んでいるが、ネルシャツ系ではなく、化繊タイプのさらっとしたものだ。少し分厚い加工がなされている。それでもいいのだが。
 いつも朝の喫茶店に来ている中年前の青年はカッターシャツの上にミリタリージャンパー風なものを着ている。かなり薄いが、毎朝見ているが、いつもその服装だ。下のカッターシャツは変えているかもしれないが、そこまで見ていない。
 昼頃行く喫茶店でパソコンを開けている老人もジャケットを着ている。こちらも軽いタイプで、カーデガンと変わらなかったりするが。だから、半袖か長袖かの話ではなく、その上にさらにもう一枚何かを羽織るかどうかレベルだ。要するに喫茶店の冷房がきついので、冷えるという話だろう。
 今朝のように日差しのない夏の日は、着込んでいても暑くはない。30度近くまで気温が上がる日差しの強いときは別だが、そのときは脱げばいいのだ。
 または非常に分厚いカッターシャツを着るのもいい。
 
 アマゾンキンドルの端末機が動かなくなった。一度雨で濡らして、動かなくなったが、その後、乾燥したのか、動くようになったが、非常に長い電書を読んでいると、ページめくりがおかしくなる。単行本よりも分厚い本だ。これは青空文庫の本を何冊も纏めて一冊にしたもので、100円ぐらいで売っている。
 それで今回はそれではなく、一作一作をダウンロードして読んでいたのだが、もう寿命かもしれない。雨でやられてからおかしくなったので、そのとき、もうだめだったのだろう。
 しかし、キンドル専用機を持ち出さなくても、鞄の中にノートパソコンが入っていたりする。いつもはノートを閉じて、キンドル端末を取り出して読んでいた。キンドル端末は200グラムほどある。ノートパソコンで読めば鞄が軽くなる。しかし、読みやすさでは専用端末だ。
 キンドル端末は値引きがあったりすると1万円ほど。さて、どうするかと迷っている。
 近所のエディオンにもキンドル端末が売られている。その値段を確認してから決めるのがいい。アマゾンで買ってもいいが、宅配が面倒だ。それに段ボールばかり増える。
 アマゾンで買うと安いのは、クーポンが使えることだろう。リアル店で同じ値段で出ていれば問題はないが。
 
 
■■ 2017年7月6日(木) 午前8時10分
 
 今朝は雨は降っていない。陽射しがあるが曇っている。雲が多いのだろう。雲は平べったく広い。少し灰色かかっている。雨になるのかどうかは分からないが、天気予報では晴れマークと雲。一週間予報ではずっと雲マークが続いている。曖昧。晴れるかもしれないし、雨かもしれない。曇りマークのときは判断できないと言うことだろうか。
 昨夜は熱帯夜から解放されたのだが、逆に涼しすぎた。窓を閉め、夏布団をしっかりと掛けて寝たほどなので。
 梅雨時に来た台風が余計な動きをして、気候も紛らわしくなった。台風が通過したコースと梅雨前線が延びている線とが一致している。気圧の谷添いに進んだのだろう。空気が流れやすい場所だろうか。
 風に強い高い傘を買っていたので、台風のとき、試してみようと思ったが、今回の台風は風は大したことはなかった。普段吹くビル風の方が強い。この傘、結構重いので、腕がだるくなる。傾けると力がいるので、纏のように持つことだろう。
 七分袖の上着は買わずじまい。雨の日は買うと、帰るとき濡れる。袋に入っているが、買う気がしない。中にTシャツが入っているので、二着分ある。それで特価。一セットしかないので、誰かが先に買ってなくなるかもしれない。
 
 先日落ち武者狩りで買った型落ちのオリンパスSH2だが、結構調子が良い。望遠端での最短撮影距離が40センチというのが効いており、同タイプの旅カメラだと2メートルあったりする。しかし望遠端なので、中間は結構寄れる。しかし、自然とズームしすぎて越えてしまう。40センチまで端でも寄れると安心して寄れる。この距離は足元の距離。自転車などに乗っていて、地面近くにあるものを写すとき、2メートルでは無理だ。真下近いと。
 ナスビなどが畑の中になっているが、近付けないが遠くからいい角度にいるナスビを望遠でなら抜ける。望遠マクロではなく、遠いだけだ。そして、写りも結構いい。夜景ではざらっと荒れることがあるが、逆に迫力がある。
 そういうオリンパスデジカメを見ていると、ミラーレスが気になるところだ。これで電子ファインダーが付いていると、よりしっかりと見ながら写せるのだが、液晶だけでも何とかなる。じっくり見ている時間がなかったりするためだろう。
 猫なども表情などは分からない。ピントが合った瞬間写す程度。まあ、猫の表情などは偶然が多い。猫との出合い頭の表情がいいので、すぐにシャッターを切っている。逃げられると一枚も写せなかったりするためだ。
 オリンパスのミラーレスを見ていると、昔のOM1とか2とかを思い出す。OM3か4のチタンを買った記憶がある。これが最後に買ったフィルム時代の非AF一眼レルカメラだ。28ミリに明るいレンズを中古で買ってきて、それだけで写しいていたのだが、あまり使わないまま終わっていた。やはり中古で安くなっていたOM1や2を使っていた時期の方が長い。
 一番多い組み合わせは35から70の標準ズーム。このズームレンズが非常に小さい。どんどん小さく軽くなってきていた。50ミリの明るいレンズが中古でもボディーに付いたまま売られていたので、単焦点レンズは珍しいものではなかった。
 その他、中古で見付けた100ミリf2.8のレンズも使っていたが、それよりも70から150ミリほどの中望遠ズームが欲しかった。100ミリレンズは結構小さく明るいので、150ミリとの違いはあまりない。携帯性では100ミリだろう。
 当時の望遠ズームは75から200ミリほどまで。まだ28から200ミリが出ていなかった時代だ。タムロン当たりから出るのだが。
 オリンパスデジタル一眼は、かなり前に買っている。既にマウトが違う。ミラーレスではなく、ミラーはあるが、横へ逃がすタイプで、昔のオリンパスペンFと同じ仕掛け。しかし倍以上大きく重かった。
 これに最初から付いていた大きい目の標準ズームと、シグマの80ミリあたりから200ミリを組み合わせていた。やはり大きく重いので、持ち出す機会は少なかった。25から400ミリあたりまでのコンパクトデジカメが出ていたので、そちらを買って、一眼レフは終わった。今で言えば、ネオ一眼のようなものだ。
 ミラーレスブームを作ったオリンパスペンのような小さなタイプが出たのはそのあとだ。
 しばらくして、オリンパスペン風のファインダーのないミラーレスが何台も出たあとに、特価品があったので、それを買っている。コンパクトデジカメよりも安いという逆転劇があった。2万円代だったと思う、ペンの普及タイプで、しかも型落ちで、たたき売り状態。
 これも長く使わなかったのは、望遠ではペンタックスの1万円台の旅カメラの方が明快に写っていたためだろう。今もこの当時のオリンパスの望遠ズームレンズはあるが、一年ほど前に使ったときは、レンズが曇っており、ソフトフォーカスレンズになっていた。そしてこのレンズ、今も同じ形とスペックで売られている。
 しかし、この望遠ズーム、非常に小さく軽い。ハーフサイズのためだろう。オリンパスはボディー内手ぶれ補正なので、その分軽く小さいのかもしれない。兄弟筋のパナソニックに比べ。
 それらのことを今はSH2でほぼできてしまい、ポケットに入ってしまうのだから、日常写しでは軽快だ。
 店頭で並んでいるオリンパスのミラーレスで、電子ファインダーのあるOMのようなカメラも気になるが、あれは実用機と言うより、カメラを嗜むものだろう。
 
 
 
■■ 2017年7月5日(水) 午前8時16分
 
 今朝も雨。台風は去ったのだが、雨。通過後、一瞬青空が見えていたが、これは夜のこと。夜でも青味が見えていた。
 台風の影響で押し上げられていた梅雨前線が戻されてきた。これは停滞するので、天気が悪いだろう。それを梅雨という言葉で、せんなしとなる。
 朝の喫茶店までの道も小雨。この程度で済めばいい。傘を差す必要もないほどの微雨だが濡れることは濡れる。せっかく乾いた服がまた濡れるので、傘を差す。普通のネルシャツなので、防水性はない。服が湿気ると余計にべたつくので、濡らさない方がいい。
 湿気も高く100パーセント近い。昨夜は気温こそ低かったが、暑いのか寒いのか分からない。扇風機を止めると暑い。寝るときは切ったが、掛け布団を使うと暑い。外すとひんやりとする。どっちだ。
 結局、目を何度か覚ましたのだが、しっかりと掛け布団を掛けていたようだ。冷えたのかトイレが近い。やはり冷やすよりも温める方がいいのだが、それでは寝苦しくて、何ともならない。こういうときは普通の夏布団ではなく、タオルケットを軽く当てる程度でいいのだろう。しかし、縦にしているのに横になり、足が出て寒かったりするが。正方形のホームゴタツ用の掛け布団やカバーのようなものが好ましいかもしれない。縦横関係ないので。座布団などもその形だ。寝具ではないためだろう。
 台風が連れてきたむっとするような空気は去ったが、そのときは暑いだけで、寒くはなかった。普通の梅雨時は、暑いのか寒いのかよく分からない。
 こういうとき、この前に見た七分袖のジャケット風がよいかもしれない。普通の夏向けのカッターシャツよりも少しだけふんわりとしているが、ネルシャツ系ではない。
 普通の軽い目のジャケットはあるが、これは少し分厚い。これでも軽い方なのだが、カッターシャツの上から着るようなタイプだ。
 この時期はカッターシャツを着流すのがいいが、カッターシャツをズボンの下にしっかりと入れている年代がある。パンツにもなったのだろう。ここで世代が別れたりする。普通のズボンをはき、しっかりとベルトで止めている。だからベルトも大事だ。そういう老人グループが喫茶店に団体でいる。そのリーダー格の人がそのスタイルで、他のメンバーもそれに合わしているわけではなさそうだが、着流している人はいない。できないのだろう。
 だからこの老人グループ、暗黙のルールがあるかのように、妙な服装をしている人はいない。この集まりに来るときだけかもしれないが。
 長袖か半袖かの違いはある。しかし、ポロシャツではだめなようだ。前はボタンで留めるタイプでないと。色柄は自由だが、シンプルで、色目も地味で、柄の入ったものも控え目の小さい模様。
 そして、同じ世代だが、いつも来ている老人がいる。この人達の服装は自由。元々自由で、制服などはないのだが、その一人などはジャンパーを着ている。下にはカッターシャツ。良い人だ。暑いとは思うのだが、喫茶店内では問題はない。この人、炎天下で見たことがある。やはりジャンパーを着ている。
 例の老人グループ内でそれをすると、暑いでしょ。とか、話題になったりするだろう。当然ジャケットを軽く羽織っている老人もいるが、一人客。
 その老人グループではそれ以上着込めないようだ。
 
 昨日は台風で一日雨だったので、夕方前に行く喫茶店を近所に変える。日に三度も四度も雨で濡れるのが面倒なためだ。濡れるのは二回まで。
 近所の喫茶店は歩いて行けるので、濡れる時間も短い。台風が収まりだした頃なので、小雨。
 しかし、喫茶店は営業中となっているのに、ドア前に障害物。ドアは引くようにできているので、引くと足元にある障害物にぶつかる。試しに引くと鍵がかかっていた。台風なので臨時休業なのではない。雨も大したことはなく、風もないので、休むほどの暴風雨ではない。ただの雨の日だ。だから留守にしているのだろう。外出だ。初老のオバサンが一人でやっている。その時間、たまに入るが、雨の日に限られるが、誰もいない。だから客が来ることは殆どない時間帯なので、買い物にでも出たのだろうか。
 それで、小雨の中、戻り、次は自転車に乗り、いつもの夕方前の喫茶店まで走る。歩くよりも自転車の方が楽なのは、鞄の重さがないためだろう。そして座った状態で移動するため。
 結局、当てが外れて、余計に雨に濡れた。
 
 
■■ 2017年7月4日(火) 午前8時30分
 
 今朝は曇っており、ぱらっと雨があるが、見えないほど。じっと見ていると、降っていなかったりするが、次に見たときは降っていたりする。台風が来ているようで、その影響があるのかもしれない。梅雨前線は大阪を飛び越えかなり北にある。梅雨前線というのは停滞するらしい。移動性高気圧は聞いたことがあるので、普通に移動する前線とはまた違うようだ。居座ると長雨になるタイプ。それがこの時期居座り、梅雨といわれるようになったのだろうか。しかし、北上しすぎると、下の方は梅雨明けになる。前線の下より、上の方が雨は降りやすいようだ。雨というより、雨雲の流れだろうか。
 昨夜も続けて熱帯夜なので、暑くて寝にくかったので、扇風機を付けて寝た。途中で起きたとき、風が五月蠅く感じたので、切った。しかし、掛け布団はいらなかった。その前の夜よりも暑かったようだ。
 先日特価台であった七分袖のジャケット風のカッターシャツのようなものを、店内で見付け出した。これを引っ張り出して、露店のように並べていたのだ。その巣を発見した思いだ。昨日は暑かったので、少し分厚い目の生地がしんどく感じた。そして傷んでいるのか、襟がよじれていた。だから特価なのだろう。シャツ付きで、結構安い。まあ、普通のカッターシャツと似たような感じだが、ジャケット風に見える。ジャージの上だけのタイプのようなものの方が機能的にはいいのかもしれないが、細身のジャージだと密着して暑苦しく感じる。
 ジャージはジャージで、スポーツ品として売られているのだが、かなり高いものがある。全て化繊だ。
 炎天下よりも、喫茶店に入ったとき、凌ぎやすいタイプを優先させる方法がある。暑くなれば脱げばいいのだ。
 この季節、長袖はあまり売られていない。しかし、街ゆく人は長袖を着ている人がけっこいる。さらっとした長袖のカッターシャツが好ましいが、こればかりは一度着てみないと分からない。試着では分からない。まあ、カッターシャツの試着はしないだろうが。
 一番お気に入りのカッターシャツは、繊維が縮んでいるタイプで、これがくっつかないので、さっぱりとしている。どこでいつ買ったのかは忘れたが、かなり以前から持っている。そして生き残っているのは、涼しいためだ。少し化繊が入っているが。これは見た感じ涼しそうには見えないのだが、着ると涼しそうな生地のカッターシャツよりも涼しい。少しざわっとした感触が効いているのかもしれない。
 そのため、分厚そうなタイプの方が意外と涼しいという例もある。それと襟。着ると首元に冷たく感じるタイプが有り難い。意外と百均のカッターシャツがよかったりする。当然白は汚れが目立つ。まあ、首にタオルを巻けばいいのだが、これはこれで暑苦しそうだ。
 今年の夏と去年の夏とは違う。それは夏の迎え方によるのだろう。体調にもよる。しんどいときの夏と、元気なときの夏とでも違う。暑さをどう感じ、どうこたえるかは、体調にもよるのだろう。
 しかし、日差しを受けると太陽光発電ではないが、充電されるような感じになる。ここでエネルギーを溜め込むと、火力が強くなるわけでも、火の玉を発射できる弾になるわけではないが。
 冬にはない陽の気が入るようだ。
 
 昨日は朝の喫茶店から帰り道、トマトが成っている畑があるので、それを写す。ナスビもある。その畑際に直販所がある。小屋だ。売り子のおばさんが二人もいる。畑には人が出ている。このあたりの田んぼは、近所なので、知っている農家かもしれない。子供の頃からあった。知っていると言っても顔程度だ。しかし、代が変わっているのだろう。
 それで、トマトとキュウリがあったので、買うが、値段がない。値札がない。
 トマトもキュウリも三つでいくら、と言う設定で、一つだけ欲しいときは、そう言えばいいのだが、曖昧だ。トマトとキュウリを下さいというと、袋にどっさりと入れてくれた。トマトのオバサンと、キュウリのオバサンが。だから袋が二つなった。どちらが高かったのかは忘れたが都合700円払った。そんなに沢山食べられないというと、キュウリは冷蔵庫に入れればかなり持つとか。その証拠としてキュウリの先の花を示した。さっきまで畑にあったものなので、かなり持つとか。
 トマトは大きい。そして最初からひび割れ状態。さらにヒビがひどいタイプを出してきて、おまけとして二つ付けてくれた。悪いところは切って食べればいいと。
 早速傷んでいるタイプのトマト切って食べると、これが美味しい。甘くはないが、酸っぱくはない。中のズが少ない。切ったとき、ズがドバッと出るものだが、それが少ない。酸っぱくないので、いくらでも食べることができた。大玉のトマトを買っても持て余すのだが、このトマトは食べ切れた。何も付ける必要はない。そのままで美味しい。決して甘くはないが。酸っぱくなければ、食べやすい。
 そしてキュウリ。これは瓜かと思えるほど太いが。円筒形のままなので、キュウリだろう。触ると痛い。棘が付いている。半分に切ると、その断面から出るはずのズが、ここでも少ない。これを薄く輪切りにして食べるが、少し硬い。まあ、キュウリなので、そんなものだろう。これは漬物向けだ。
 しかし、このキュウリ、そのあとの昼のソーメンを湯がくとき、一緒に入れると、もの凄く柔らかくなり、食べやすくなった。ニガウリなども煮た方が美味しかったりする。柔らかくなるので食べやすい。
 トマトはそのままでもいいが、卵と一緒に焼くといい。トマトから水分が出るので、トマト汁付き卵の潰れ焼きができる。これは麻婆豆腐を作るときも、卵を入れるといい感じになる。
 卵焼きにトマトを添えればいいのだが、卵焼きの中にトマトを入れた方が卵がしつこくなくていい。
 結果的には大量のトマトを手に入れたことになるので、食べる方法方を工夫する必要がある。当然そのままでも大玉一つを食べきれるので、すぐになくなるはずだが。ただし、他のおかずを減らさないと、食べきれない。だから、トマトをおかずにご飯を食べるようなもの。昔、親戚の家に行ったとき、大きなトマトを輪切りにして、ソースをつけたものが出てきた。そのお婆さん、それを洋食だと言っていた。調理方法はない。トマトをさばいただけだ。輪切りにしただけ。
 大量のキュウリは煮れば何とかなる。これは味噌汁に入れてもいいが、最近はソーメンを湯がくので、その湯がき時間で充分柔らかくなる。冷麺にキュウリが入っているようなものだ。
 さて、次はなすびだ。これはまだ買っていないが、こういう近所の畑で取れたものは新鮮だ。それだけで美味しい。
 

 


■■ 2017年7月3日(月) 午前8時39分
 
 今朝は曇っている。昨日よりは暑くはない。結構爽やかだ。湿気が低くなったのだろうか。気温は昨日の朝と同じ。北上していた前線が消えたのかだろうか。何か分からないが、朝は爽やかだ。
 まさか梅雨が去ったとは思えないが、昨日は晴れていたが夕方俄雨。夕立だ。軽いタイプで、きつくはない。これは夏によくある。梅雨なら一日中降ったりやんだりだろう。
 今朝はカッターシャツの代わりにジャケットを羽織る。昨日ほど暑くないので、これでもいける。ジャケットなので、ポケットがある。薄くてペラッとしているが、畝があるので、弾力がある。
 昨日はスーパー二階のいつもの衣料品売り場で真夏に羽織る薄いものを探していると、小さな屋台が出ていた。吊り物だが、Tシャツ程度。その中に半袖のジャケットに混ざって七分袖のジャケットがあった。中に縞模様のTシャツが付いている。セットものだ。これは真夏としては暑い組み合わせのためか、特価品となり、半額になっていた。探していたのは、この軽いジャケットだが、脇のポケットがない。普通のカッターシャツやアロハシャツとの違いは生地だろう。ふんわりとしている。すぐに買おうとしたが、胸ポケットだけで、脇ポケットがないので、それがあるタイプを店内で見るが、非常に高いブランド物である程度。死にかけの年寄りが医者へ行くときの晴れ着のイメージだ。
 そして、似たようなジャケットは持っている。ただペラッとしすぎて、結構暑い。ふんわりとしたタイプの方がくっつかなくていい。だから畝があるタイプが好ましい。これで浮く。風通しがいい。滅多に大汗はかかないが、汗でくっついてしまうのはペラッとした密度の高い生地のためだろう。密度の高い生地は暑い。着なければいいので、暑くなれば脱げばいい。そして喫茶店などの寒いところに入ったとき、暖が必要。だから寒暖差の上下に少しでも近付くタイプが好ましい。冷房除けには弱く、炎天下で暑苦しすぎることになるが、炎天下では脱げばいい。
 スーパーで見たタイプは胸ポケットしかないが、二つある。デジカメは無理だが、ズボンのポケットに入れた方が安定する。上着の脇ポケットだと、ぶつけることがある。脱ぐときに落としたりとか。
 梅雨明けは曖昧なので、夏仕様に切り替える時期。暑いと思っていても、喫茶店の冷房がきつく、半袖などで座っていると、後悔するはず。だからさっと袖を伸ばせる長袖がいい。これだけでも随分違う。そして襟のあるなしも。
 昨日は夏バテではないが、鰻を食べに行った。と言っても牛丼屋のうな重だ。しかし、いつものすき屋が日曜の夕食時なので満員。それで弁当屋で適当にのり弁でも持ち帰ろうと入るとうな重がある。値段はすき屋とそれほど変わらない。すき屋はうな牛がある。肉も入っていたりする。
 やはりその時間弁当屋も混んでいたが、新しくできたチェーン店なので、老舗の弁当屋よりも客が少ない。待つのが嫌で、いつもすいている方の新規の弁当屋へ行く人もいるのだろう。それなりに混んでいたが十分ほど待てばいいとか。待ち時間を教えてくれるので、好ましい。また作り置きもあるようだが、その棚は空だった。
 うな重は700円台。結構高い弁当になる。800円ほど出せばビフ重がある。しかし、柔らかい鰻を食べたい。