川崎日誌   フォトログ HOME       Counter





■■ 2020年1月21日 火曜日 午前10時10分
 
 今朝も中途半端な晴れ方。気温は高い目かもしれない。それほど寒く感じなかったので。これは起きたときだ。しかし、体調にもよるので、あまり当てにならないが、暑い寒いが関係するのは、個人的なことだろう。本人が暖かいと思えば、それが全てかもしれない。もの凄く暖かい夏のような朝だとなれば個人の話ではなくなるが。だから体感温度の違いとなり、これは個人だけの領域。個人差がある。その意味で、個人だけの話ではないのだが。他の個人にも体感温度の違いがあるので。
 今朝は朝のいつもの喫茶店が定休日なので、その近くの個人喫茶へ行く。これは毎週言っている。だから同じことをまた書いているが。
 今週も火曜日になったのかと言うことだろう。あれから一週間経つと。
 その間、昼間の喫茶店が工事中で、昆陽の喫茶店へ行っているので、ここの変化は大きい。今日などは朝から喫茶店が違うし、昼も違うという感じだ。これで、遅起きだと、夕方前の喫茶店が夜になり、いつもの店ではなく、近所の店に行くので、その日一日全部いつもの喫茶店に行かなかったことになる。しかし、喫茶店に行っていることにはかわりはない。他人にとり、どの店でも喫茶店にはかわりはないのだが、個人的には結構違う。
 店が休みの日があるように、個人にも休みの日があるが、ずっと寝ていれば別だが、何もしないでじっとしているわけではない。
 しかし、今年は暖冬で、その分、少し楽だ。特に昼に行く喫茶店は遠いので、その道中、去年なら寒くて何ともならなかっただろう。それにこの一週間ほど昼間の雨はなかったので、それで助かっている。寒い中、しかも遠いところに傘を差して自転車で行くというのは、やはり厳しい。倍ほど体力を使いそうだ。元気で行けたとしても、風邪を引いたりする。これは戻ってからだ。行くのは元気でも。
 昼の喫茶店は金曜日からリニューアルオープンするらしい。全席禁煙になる噂もあり、そのための工事かもしれない。すると、行ってももうは入れないということになる。そうなると、違う店を探さないといけないが、個人喫茶になり、コーヒー代が高くなるし、個人喫茶は癖が強いので、面倒だ。
 そういった喫茶店難民の人とよく別の店で出くわす。禁煙になったので、別の店に流れてきたのだ。
 昨日は昼の喫茶店の帰りに、別の方角へ散歩する。昆陽村のお隣は池尻。ここも大きな村だ。そして田んぼがまだ残っている。ここもよく来ていたところだが、久しぶりに踏み込む。道路工事でもしているのか、通れないので、曲がり込む。村のメイン通りの道だ。そこが切れると、大回りになる。
 それで、回り込みすぎて、村から外れた。村内なのだが、普通の住宅地や学校のある場所。農家などは見えない。だから村の中心部ではない。そこを貫いている道の方が風景がいい。
 それで、武庫川からこの村へ降りてくるときの道に出た。細い道だが、馴染みがある。村の神社の繁みが見えているので、分かりやすい。
 そのとき、もう一つこんもりと木が茂っているのがあるので、その枝道に入ってみる。六地蔵だろうか。それが新しくでき場所に並んでいた。これがある場所は墓場。村墓だ。その奥に小さな墓場があった。この池尻、大きな村墓があるので、探さなかったが、別枠の村墓があったのだ。そのため、それほど古い墓石はない。墓地が二つある村。これはやはり大きい村の印。
 六地蔵の顔はほとんど見えない。顔であることが分かりにくい。それほど古いのだろう。しかし、台は新しい。地面にあったのを、花壇のようなものに乗せたのだろう。だから仏壇だ。死んだ人ではなく、お地蔵さんだが。
 六地蔵とセットで、観音さんが一体だけあるはず。それはいい場所にあった。こちらは屋根がある。しかし、かなり傷んでいる。ただ、観音さんのはずだが、顔が人間っぽいので、違うかもしれない。
 その仏像らしきものの屋根付き小屋の裏に台座がある。円形の石の台座。ここだろう。ここに観音さんが座っていたはず。台だけが残されていた。
 新しい墓があるが、墓なのか、石仏なのかがよく分からない。小さな石仏があり、よく見ると、水子系だろう。見た感じ、ただの小さな野仏。しかし、新しい。花もいけてある。そういうのが、複数あるだけで、古い墓はない。これは大きな村墓が別にあるので、そちらにある。
 道路工事中で、回り込んだおかげで、隠し墓を見付けたのが収穫。ただ、六地蔵などは古いのに、古い墓がないというのはおかしい。墓じまいしたのだろうか。
 そして、池尻村の端に出ると、その先にイオンがある。巨大ショッピングモールが壁のように建っているのが、遠目から見える。
 その近くに中古屋があるのを思いだし、寒いので、暖まる意味でも、中に入ってみる。
 中古カメラを見る。
 コダックのネオ一眼が新品のままの未使用品としてある。これは珍しい。ファインダーはないようだ。ズーム比も少ない。しかし、コダックなので、シュナイダーレンズを使っているはず。そしてコダックの色目が結構派手でよかったりする。昔の古き良き時代の西部劇のあの極彩色だ。
 ファインダーが付いていても、どうせ小さく、見えにくいだろう。ただ、古いので、背面液晶はそれほど見えやすいとは思えないので、そこが難だろう。
 コダックと言えば大衆カメラ。最近ではネオ一眼のP900なみのを出していたようだが、日本での発売はない。だが、アマゾンなどで、売られていたりする。また、輸入業者の通販などでもある。
 キヤノンのコンパクトデジカメの王道を行くG系が出ていた。G10だ。それなりに古い。G15まで出ているのではないかと思える。型番はよく飛んでおり、ない数字もある。
 G系は1.5インチタイプになったり、今は一インチタイプになっていたりする。
 このG10が一万円を切っている。古いので、そんなものだろう。中古最安値でもそんな感じだ。
 昔は憧れの高級コンパクトデジカメだった。透視ファインダーが付いている。ニコンよりも、少しだけ大きい。そしてどちらも戦艦クラスの軍艦部をしている。ダイヤルが多い。
 あとは、キヤノンの一眼レフでD60とかD600とか。一方は中級機だろうが、感度は6400までの時代だろう。レンズも並んでいる。オリンパスの明るい標準ズームとかも。しかし、結構高い。中古相場としても高い目なのが、この店。
 遊べるとすれば、コダックの元箱入り未開封のネオ一眼か、CCD受光素子でイオス一眼レフで写したものより解像力があるとされていたG10だろうか。
 このG10は古いが、完成度は高い。ただ35から200だったのが、28から140のズームになったので、無視していた。がっかりだ。その前の機種を買っていたのだが、雨で鞄が濡れ、カメラがお釈迦になり、動かなくなった。今も部屋で眠っている。
 昆陽の喫茶店の横に八百屋があり、そこで春キャベツを100円で買った。池尻村の畑を見ていると、大きなキャベツがゴロゴロ植わっていた。これだろう。
 春キャベツ。もうそんなものができるのか、するとモンシロチョウのサナギなどが入っているかもしれない。
 大寒の日なのに、春を感じた。
 
 
 
■■ 2020年1月20日 月曜日 午前9時54分
 
 今朝は中途半端に晴れている。雨が降っていたのか、路面が濡れている。その雨のためか、気温は高い目。湿気ているのだろう。朝は雨はやんでいたが、ムッとしそうな空気。真冬のそれではない。このまま春になるのではないかと思えそうなほど。冬のクライマックス真冬、冬の底。それを飛ばして、いきなり春になるとは思えないが、寒暖差があるので、暖冬でも油断できない。
 冬の終わり、寒さのピークがやや過ぎたあたりに見かける野草が花を付けている。春を知らせる一番早い花だが、それが既に咲いている。だから真冬を飛ばしている。そのうち菜の花が咲きそうだ。ただ、これは勝手に生えてくるのではなく、畑で放置していたものだろう。別のものを育てているときは、ならされるので、そう言った雑草類は畦に残る程度だが。
 本当に寒くなるのは今頃からだろう。一月の末から二月にかけてが寒い。既に一月の下旬に入っているので、そろそろ厳しい寒さになるはずなのだが。
 今朝はまずまずの時間に目が覚めたのだが、決して早いわけではない。それと、二度寝もしたので、それが余裕。
 昼の喫茶店は相変わらず昆陽まで行っている。木曜までは、いつもの店の工事が終わらないはずなので、まだまだ昆陽へ通うことになる。しかし、もっと近いところに二軒、喫茶店があるの思い出した。昨日はその前を通ったため。一軒はよく閉まる。スキー場の喫茶店のようにシーズンにより閉めてしまうような店だが、広い。もう一軒は狭くて、テーブルが低く、椅子が木なので、居心地はよくない。尻に型が出来そうだ。
 昆陽の喫茶店は繁盛しているようだ。注文を取りに来ないと思っていると、いきなりアイスコーヒーが来た。年寄りのマスターが覚えているのだろう。省略だ。
 しかし、長く通うわけではなく、木曜まで。
 戻り道は、方角を変え、されに西へと向かう。武庫川の下だ。このあたり、武庫の地名が多い。武庫之荘とか、武庫元町とか武庫の郷とか。武庫の本町とか、もう分からない。その武庫川沿いに交通公園がある。その前は公団住宅だろうか。それが取り壊され、違うものになっているが、その団地相手の商店街がある。風呂屋とか、金魚屋とかも。このあたり田んぼが多かったので、公団住宅が他にもあり、巨大な給水塔が立っていたのを思い出す。既に撤去されていたりするが、まだ残っている給水塔もある。タワーだ。公団住宅のため神社まで取り壊されていたりする。まあ、神様は、近くの神社で合祀。
 その武庫の商店街にある文房具屋へよく行っていた。漫画の原稿用紙を買いに。分厚い目の上質紙。ここにしか置いていなかった。それを売っていたおばさんは、お婆さんになっていた。文房具屋へ嫁いできたのだろう。数年前、製図用インクとかペンとかを買いに行ったのだが、いずれもなかった。それで、店番をまだしているお婆さんに悪いので、万年質型のペンを買う。Gペンとか、カブラペンとかはもう売られていない。だから、それに近いペンというと、それを出してきた。
 昨日は西へ向かい、南へ下り、その商店街を抜け、南下した。すると、馴染みのある村に出た。
 ここは武庫之荘の駅前にある喫茶店まで毎朝行っていたときの通り道だ。かなり離れているのだが、近所ではなく、遠くまで行っていた。別に意味はない。隠れ家のようなものだ。
 その通り道にある大きな木が切られていた。全部ではなく、背の高さ程度のところで。このあたりでは一番高い木だった。その前の農家が取り壊され、更地になっている。この大木が邪魔なので、枝を切り、幹だけにしてしまったようだ。そのスペースは占いで、残したようだ。村の聖域なので。
 この木は炎の木と呼んでいた。子供の頃だ。武庫川まで歩いて出るようなことがあった。冒険だ。そのとき目印になるのが、この炎の木。ちょうど村の入口にある。周囲は全部田んぼ。だから田んぼが海で、家屋のある村は陸地。見知らぬ村が遠目に見え。そこに炎のような形をした木が不気味に立っている。灯台の役目をしていた。
 よく通っていた道筋だが、あるべき物がなくなり、家並みが変わると、何処だったのか、分からなくなる。ただ、道は消えることがないので、それは残る。
 昨日は少しだけ早い目に起きていたし、またそれほど寒くはなかったので、ウロウロできた。
 お供のカメラはペンタックスの一眼レフK70。現役ペンタックス一眼では一番安い。ニコン、キヤノンの中級機レベルのスペックはあるが、小さいが重い。
 先日買ったキヤノンキッスよりもファイダーが大きく、視野率は百パーセントで欠けない。中級機からのスペックだ。写りには関係はないが。
 このペンタックスと200ミリまでの標準ズーム付きキットで買ったのだが、その写りは大人しい。
 何か懐かしいような写り方をする。解像力が高くシャープというような競争には参加していないのか、優しい写り。地味だが、味がある。この味が分かるようになればいいのだが、もう少しキリッとした写りが欲しい。だが、世間の風潮とは別に、ペンタックスは清流。
 写していて、一番写した気がするのは、このペンタックス。
 フィルム時代の写りに近いのかもしれない。デジタルデジタルした画質ではないので。
 
 

■■ 2020年1月19日 日曜日 午前9時51分
 
 今朝はほどほどに晴れている。青空が見えているので、いい感じだ。暖冬という言葉を天気予報やニュース記事などでは見ていないし、聞いていないが、方々で、暖冬という言葉を目にする。だからそうなのだろう。まあ、そんな情報など見なくても、身体で分かったりする。今年は少し寒さがましかと。だが決して暖かいわけではない。今朝など頭が寒かったりする。顔が冷たい。これは別の原因かもしれないが、例年この時期の厳しさを思えば、拍子抜けるするほど。
 最高気温よりも、最低気温が高い目に出ている。氷点下近くまで下がるはずなのだが、朝方でもまずまずの気温がある。
 ただ、寒いことは寒い。それが少しましなだけ。決して暖かい冬ではない。冬は寒い。
 今朝は少し早い目に起きてきた。しかも余裕だ。二度寝もしたし。それは昨夜早い目に寝てしまったためだろうか。いつもより早く落ちた感じだ。眠くなってきたので、蒲団に入った。疲れていたのだろうか。体力を使うようなことはしていないが、昼の喫茶店が工事中なので、遠い目の昆陽の喫茶店まで行っているので、これは遠距離自転車散歩ほどではないが、それなりの距離があるし、戻り道、ウロウロしているので、ほとんど遠征だ。こういうのは滅多にしない。特に冬は。
 ただ、最近は起きるのが遅かったので、さっさと帰ってこないと、すぐに夕方になり、夕方前に行く喫茶店が夜になる。昨日も遅くなりすぎたので、近所の喫茶店に行った。時間がないためだ。
 昨日持ち出したのはニコンのP900で、ネオ一眼。やはり写りがいい。ただ、ファインダーが小さく見えにくいので、スナップ性が低い。さっさと写して、さっさと立ち去らないといけないのに、ファインダーが見えにくいと、切り取りにくい。人が入り込まないとか、人目がないところでは、問題はないが。
 これは建物などを撮しているとき、窓から人が見ていたりする。また写しているところを見られていたりする。だからさっさと写すのがいい。何せ2000ミリで狙撃できる大砲をぶっ放しているようなものなので。
 こういうとき、望遠なら一眼レフの方が素早かったりする。電源を入れるとき、ズームを望遠端に持って行けば、構えたときは、そのまま写せる。これが早い。そしてファインダーは肉眼に近いので、違和感がなく、構図も取りやすい。肉眼で見たときとの繋がりがそのままあるためだ。電子ファインダーだと、光線状態が違うし色目も違うので、少し違和感がある。それと急激なズームでは、液晶がモタッとしてしまう。
 
 折角繋いだひかりTVだが、テレビを見る習慣がなくなっていたので、テレビを見る時間がない。以前は何か作業をしながらテレビを付けっぱなしにしていたのだが、それをすると気が散ったりする。実際にはテレビを聞いている程度だが、見てしまうと、そちらへ頭が行ってしまう。
 テレビドラマなどは、ネットでまとめて見ていたりするが、これは好きな時間に適当に見ているだけ。だから放送時間を気にする必要がない。見逃しもない。まあ、録画しておけばいいのだが。
 こういうのはアマゾンプライムの動画で十分だったりする。
 それと、テレビを見るより、ゲームをしている方がよかったりする。
 そんなとき、電書を読み終えたので、次のを探していると、山本周五郎の「樅の木は残った」全巻がアマゾンキンドルで読み放題にあったので、落とす。
 こういうのを読んでいると、さらにテレビを見る機会がないので、テレビを見る時間を組み入れる必要がある。
 樅の木は残ったは、タイトルだけで、もう既に話が分かる。伊達家仙台藩の江戸藩邸に植えた樅の木だろうか。仙台から持ってきたのだろうか。話は、お家騒動。下手をすると取り潰される。だが、伊達が取り潰されたという話はないことを知っているので、それはない。だからそれは分かっている。だから、タイトルで樅の木は残ったとし、難を避けたという意味になる。
 全巻無料となっていたので、その全巻とは何巻あるのか。三冊ほどあるのだろうか。いずれにしても長い話だが、最初の出だしを読んでいたのだが、話が細かい。しかしテンポが早い。
 これは昔テレビでやっていたので、少しだけ覚えている。原田甲斐という宿老だけは覚えている。
 徳川の世。関ヶ原で徳川方に味方した豊臣系の大大名でも取り潰されている。
 よく考えると、徳川に天下を取らせたのは明智光秀ではないかと思える。実際には秀吉にチャンスを与えてしまったのだが、秀吉の死後、家康が飛び抜けた力があったので、豊臣を滅ぼし、徳川の天下になった。
 要するに織田信長が死んだことで、歴史が違ってしまった。
 もし、本能寺がなければ、豊臣時代も、徳川時代もなく、織田時代が続いていたのではないか。
 信長と秀吉、家康。それほど年は違わない。秀吉ほどに生き、家康ほどに信長が生きておれば、家康も手出しはできない。秀吉はまったくその気はないだろう。そして光秀もいる。柴田もいる。織田政権の重臣として。
 家康は信長の家来ではない。同盟国だ。弟の国。しかし領土は広い。大きな勢力だが、織田軍団が健在なので、何ともならないだろう。天下を取るにしても。いずれも、光秀によって織田軍団が崩れた。
 徳川の世。取り潰しにあっても、反抗できない。反撃できない。兵力で太刀打ちできないためだろう。それができたのは、もっと後年。毛利を待たないといけない。長州藩だ。一藩で徳川に反抗して、戦い、寄せ付けなかった。
 光秀の謀反がなければ豊臣の世も、徳川の世もなかったかもしれない。
 ただ、本能寺の変がなければ、信長は、その足で中国筋へ向かっている。毛利を潰すためだ。信長は武田を滅ぼしたように、毛利十カ国も滅ぼすだろう。だから毛利はなくなる。
 そして、織田帝国がその後、どうなるのかは、誰も知らない。想像はできるが。
 ただ、その場合、今生きている人、それらの人は生まれていない可能性もある。
 
 
■■ 2020年1月18日 土曜日 午前10時59分
 
 今朝は晴れているが、風が強い。しかし青空は結構出ている。それだけ雲も多いのだが、荒れた感じだ。風が強いとそう感じる。そのため、雲が流れ、陽射しを遮る。照ったり曇ったりするので明るさが目まぐるしく変わる。雲がじっとしていないのだろう。
 今朝はいつもよりもさらに遅起きになったが、目が覚めていても、起きてこようとはしなかったようだ。時計も見ないで、無視して寝ていたようだ。冬場はそんな感じで、冬眠したいほどなのかもしれない。そのため、まずまず寝たので、元気に起きてきた。これは無理をして、最初目が覚めたときに起きたときと、どちらがいいのだろう。
 おそらく、早く起きたときの方が一日元気がない。バッテリーが溜まっていない状態のように。だから遅起きも悪くはない。自然の摂理とまでは言わないが。自然はいい場合も悪い場合もある。時と場所によったりする。
 しかし、晴れており青空が覗いているので、まずまずの天気だろう。風が強いわりには寒さはそれほどない。暖冬だろうか。この時期、ぐんと寒々しくなるのだが。
 昨日も昆陽の喫茶店へ行く。いつもの昼の喫茶店はリニューアル工事中。ただ、レジの人が言っていただけなので、聞き間違いである可能性もある。行って確かめたわけではないし、ネットで調べたわけではない。ただ、わざわざ嘘を言わないだろう。言う必要がない。ここに常識という式目が来る。常識を疑えというのがあるが、それでは死んでしまうだろう。
 まあ、喫茶店の工事日程度のことなので、別に命に関わることではないし、別の喫茶店へ行けばすむだけの話。常識を信じて大変なことになったとかにはならないので、それほど拘らないのだろう。
 昼の喫茶店が方角違いで、しかも遠いので、この冬空では辛いところだが、沿道風景が、いつもの見慣れすぎた道筋ではないので、カメラで写すものが増えて、逆によかったりする。
 ただ、昨日は曇っており、あまりいい感じではなかったので、適当にウロウロして戻ってきた。遠征は控えた。
 持って行ったカメラはキャノンの一番安い一眼レフに、望遠ズーム。このズーム、かなり古い時代のキットレンズだが、よく写っている。音も静かだ。かなり前で、中古屋でサランラップに包まれたまま長い間寝ていた。買ったのはイオスキッスX2なので、相当古い。当然中古だ。ボディーよりも、このレンズが値打ち。
 AFもそこそこ早いし、音も静か。これなら新レンズ、今のキットレンズを買う必要はない。古いだけあって、マニュアルフォーカスは機械式。使うことは先ずないが。
 こういうのを見ていると、もうかなり前に、一眼レフシステムは行くところまで行ってしまい、完成の域に達していたのではないかと思えたりする。ボディーもレンズも。
 ポケットにはソニーの700ミリの旅カメラWX800を入れていたが、これが結構よく写る。キヤノンの写りよりもよかったりするシーンがある。ピントが深いので、全体が鮮明に見えることと、少しピントを外していても、深度内に入っているためだろう。ソニーの完成度も凄いと思う。
 懐刀の、常時携帯のカメラとしては、一番ふさわしかったりする。ほとんどのことをこなしてくれるし、ほとんどのシーンはこれで撮れる。暗い場所でも。万能性がある。それでいて小さい。700ミリ超えなのに。
 それで、昨日は撮影はそれほどしなかったが、昆陽まで来ているので、昆陽の中古屋へ寄る。目的はカメラではない。蒸し器だ。しかし、その前に中古カメラを見るが、ものは変わっていない。ただ、下段にあったフィルムカメラが上段のいいところに来ている。ニコンF5が18000円だろうか。動くのだろう。しかしフィルムを入れて、このカメラで写すような用はなかったりする。ただ、当時の最高級機種。凄い貫禄だ。部屋に飾っておっく置物としてならいいが、少し高い。
 蒸かし器は焦がしたので、買い換える。最初焦がしたときは磨いたが、まだ焦げ跡が残ったまま。鍋は大きいがアルミ製のためだろうか。取れない。そして、また焦がした。今度は磨いても、無理なようなので、捨てることにした。
 以前は三種類ほど蒸し器があったのだが、昨日見たときは一種類しかなく、しかも小さい。
 前回はホームセンターで一台だけあった兼用機だったが、今回は蒸かし専用器。違いは蓋が深いこと。天井を高くするためだ。だから鍋としての大きさはそれほどない。下駄を履かすのではなく、天井を上げるため、蓋が異常に大きい。普通の蓋だと中鍋程度の大きさだろうか。ただ、ステンレス製で、ツルッとしている。小さいが重い。
 これで何をするのか。サツマイモを蒸かし芋にして食べている。この季節。これがいい。昼ご飯だ。30分ほどでできるが、忘れていることがある。それで、たまに焦がす。
 三十分後に覗きに行ったときは、まだ固い。そのとき、できていれば、焦がさないのだが。そこから先、水が減る率が高くなるのか、なくなっていて、焦げる。限界は45分だろう。それを越えると、湯がなくなっていたりする。30分でできないのは、芋のタイプによる。ばらつきがあり、固いのがあるため。
 この季節からサツマイモがどっと出る。柔らかく、いい感じだ。パンよりいい。
 
 
 
■■ 2020年1月17日 金曜日 午前10時32分
 
 今朝はしっかりとしない天気で、陽射しはあるが雲が多い。その雲が形が分からないほど。それで空が白いのだが、それでも陽射しがあるので、何処かで破れているのだろう。ただ、しっかりとした眩しい陽射しではないので、太陽は見えないのかもしれない。ある場所が分かる程度で、明るい雲があるような。雲の形も太陽の形もない。輪郭がないということだろう。
 気温はそれほど低くはないが、やはりこの時期は寒々としている。ただ、少し高い目なのではないかと思えるのは、手が悴まないことで分かる。
 まあ、暖かい目の冬なら過ごしやすいので、寒さ厳しい冬という感じが緩む。
 それが有り難いのは、昼に行く喫茶店が休みのため、昆陽まで行く。こちらの方が遠く、しかも通り道が寒い。広々としているためだろう。家と家の隙間を行くのなら、それほど寒くはない。これは風が少しましなため。だから、寒いと行くのが厳しい。ところが、少し暖かい目だと、往復しやすい。それで、暖かいとありがたいとなる。
 昆陽の喫茶店まで連日行くようになったのだが、これはあと一週間ほどだろう。そのため、昆陽方面の撮影などができる。ここはたまに来ているので、珍しくはないが、いつもの沿道と違い、少しだけ新鮮。その昆陽の喫茶店を拠点にして、色々なところへ足を伸ばせる。ただし自転車なので、限られているし、寒い中自転車散歩はしにくいので、ほどほどの場所しか行けないが。それと、いつもの昼の喫茶店とは方角が逆。だから寄り道する場所も違ってくる。
 今朝も遅起きだったが、寝るのが遅かったので、それは仕方なし。一度いい時間に目が覚めたのだが、寝る方を選んだ。
 
 NTTのひかりTVを繋ぐ。
 やっと掃除をし、置き場所を作った。もうそれだけで充分という感じで、別にひかりTVを見なくても、普通のテレビを見られる位置にテレビを移動させた。そのため、台が必要だったので、買っている。これが1700円で高かったので、テレビ台として使うのはもったいない。
 こういう接続もの、一発で繋がるといいのだが、そうはいかない。
 まず、メインはチューナー。こういうのがいるのかどうかは疑問。なぜならアンテナやケーブルで、テレビを見るのではなく、ネットで見るためだ。
 それならインターネット接続だけで、十分で、そのためのモデムかルーターかは忘れたが、NTTのを使っている。これは有線なので、無線のルーターを適当に買ってきて、Wi−Fiで繋いでいる。さらにチューナーというのがいるのだ。だから、これもレンタル。
 だから、そのチューナーにはネット回線は来ていない。だからそこにネット配線の一番先っぽの適当に買った無線ルーターとLANコードで接続。
 そのチューナーからLANコードでパソコンに繋ぐことができる。ここが想像と違っていた。映像と音声を同時に繋ぐ幅の広い差し込みタイプではなくLANコードでいい。カチャッとはまるやつだ。その広い差し込み口のはテレビ側だけだった。
 それで、一応繋いでみたが、パソコンには繋いでいない。折角テレビを見られるように移動させたのだから、テレビで見ないと損だ。
 それで、全部繋ぎ、チューナー用のリモコンにも電池を入れた。
 まずはチューナーの電源を入れること。リモコン側ではなく、チューナー側の電源ボタン。何故なら、ペア何とかをまだしていないとか。それは何か。チューナーにリモコンを認識させるためのもので、チューナー側の電源を押したあと、リモコン側の二つのボタンを同時に押す。まあ、Wi−Fiで自動的にIDなどを認識記憶してくれるのと似ている。
 その前に、テレビ側を外部入力の画面にしておく必要がある。これはテレビ側のリモコンでできるが、複数の外部入力があるので、先ほど突き刺した音声と映像を送る幅の広い差し込みタイプに合わせる。
 それで、テレビに、チューナーの絵が画面一杯に出て、このボタンとこのボタンを同時押しせよという感じの指示がある。どちらにしても、これでチューナーをテレビが認識し、その画面を見せているのだから、成功だろう。
 そのペアリングは一瞬だったようで、終わりましたの表示も何もない。
 このリモコンとチューナ側での認識というができないとか、リモコンが反応しないとかも当然あるだろう。電池を入れるのを忘れていたとかだ。難しい話ではない。これで一晩かかったりしそうだ。
 しかし、問題はこの先に起こった。次は更新。つまりチューナーの更新が始まる。これで10分ほどかかるとなっている。
 ところが、10分経ってもチューナー側のランプは赤の点滅を続けるばかり。
 長すぎるので、チューナーの電源を入れ直したが、再起動しても、まだやっている。そんなに長くかかるはずはない。別のことで、止まったのだろう。
 チューナーにはリセットボタンはない。だから、コンセントの抜き差し。電源ボタン長押しでリセットになる場合もあるが、そのタイプではない。こんなもの、一度設置すれば、次の更新まで用はないだろう。
 それで、色々なところを触っていると、テレビ側にヘルプのようなものが出た。まだ、チューナー側とは繋がっているが、ネットが繋がっていない。その場合の対処方法が順番に出る。
 結局、単純な対処方法で、チューナーどころか、モデムなどを全部オフにせよということだ。つまり再起動。つまりネットと関わっている機材を全て再起動。要する電源を抜けということ。コードを抜いて、30秒後に突き刺せという恐ろしいばかりの原始的アナログ的な対処方法。
 それを試すと、もう赤の点滅は消え、更新云々は既に終わっていたのか、ひかりTVのホーム画面がテレビに映った。
 こういうのは一発では行かないようだ。そのあと、ひかりTVを見たのかというと、見ていない。もう十分ひかりTV接続を楽しませてもらったので。
 
 
 
■■ 2020年1月16日 木曜日 午前10時47分
 
 今朝は曇っており、肌寒い。雨はどうかは分からない。降りそうな気配はないが、こればかりは分からない。天気予報は見ていない。
 天気予報を見ても見なくても雨は降るし、晴れる。
 寒くてあたりまえの一月中旬。もっと厳しい寒さでも問題はない。間違っていないので。
 今朝は起きられず、そのまままた眠ってしまった。起きる気はあったのだが、勝手に寝てしまったようだ。最初目が覚めたとき、今起きればちょうどの感じで、それほど早くはないが遅すぎもしない時間。ただ、ここで二度寝すると、かなり遅い時間になる。それが分かっていながら、寝てしまったようだ。これを起きられないというのだろう。意志とは裏腹に。
 このあとの一寸寝がかなり長かったようで、目を覚ますと、もの凄く遅い。しかし、まだ眠い。
 冬はなかなか起きてこられないものだ。それと寝る時間が遅かったので、仕方なし。下手に目を擦りながら起きてきても、一日がしんどいだけ。ここは眠りに負けておいた方がいい。
 昼に行くいつもの喫茶店が一週間以上休みなので、昨日も昆陽の喫茶店へ行ったのだが、自転車が一台も止まっていない。一台ぐらい、いつも止まっているのに。結果的には定休日だったようだ。シャッターはなく、硝子ドアだけ。年取ったマスターが掃除をしていた。休みの日にやっているのか。その姿が硝子越しに見える。
 一人、似たような人が来ており、休みだと告げられていた。ここは月に一度来るか来ないか程度で、土日などが多いので、定休日にぶつかることはなかった。確率の問題だ。運が悪ければ、定休日。それが一度もなかったので、定休日を意識することはなかった。だが、週に一度ぐらいは休みだろうとは分かっている。個人喫茶なので、日曜は休みとかの店もあるほど。
 これで、行き場を失った。その周辺に喫茶店はないし、少し遠くまで行っても、喫茶店はない。昔はあったが、今はない。いずれも個人喫茶だ。ただ、喫茶レストラン系は残っていたように記憶している。それも古い記憶で、その前を通ることがたまにあるが、宝塚方面へ行くときに限られる。そんな機会は滅多にないが、それなりに遠い。まさか宝塚まで出てしまうわけでないが、伊丹と宝塚の境目というのは意外と近い。伊丹だと思っていたら宝塚だったというのがよくある。これは北。南側はすぐに尼崎だ。この昆陽のあたり、伊丹が飛び出しているのだ。昆陽村という巨大な村が欲しかったのだろうか。それを取り込んで、伊丹市となる。
 南へ走ると尼崎に入り込むが、喫茶店は何軒かあったが、いずれも廃業。全滅だ。
 しかし、盲点があった。それはコメダ。これの昆陽店ができているのだ。しかし、コメダは無視していた。近所にあるコメダへたまに行く。夕方前に行くのだが、遅いときや雨の日は、近所のコメダへ行く。しかし、高いので、あまり行きたくない。だから、コメダは無視。
 だが、そのコメダが今回は一番近いところにある。喫茶店のある場所を記憶から思い出しているとき、コメダが出てこないのは、新しいため。新しすぎて、出てこなかったのだ。
 寒い中、ウロウロしたくないので、いい場所にあるコメダに入る。何度か来ているので、様子は分かる。
 ここのコメダは喫煙室が広く、四人掛けテーブルも多い。見た感じ、ファミレスだ。それも上等な。だから値段が高いが、個人喫茶はそれ以上に高かったりする店もある。
 それで、それなりに客はいるが、四人掛けが複数開いていたので、そこに座る。いい感じだ。
 つまり、町内から消えた個人喫茶の後をコメダが取って代わろうとしている感じ。個人喫茶で、あとを継ぐ人がいない場合が多い。一代限り。まあ、住宅地の喫茶店では食べていけないのだろう。車で来られない店などは厳しい。余程繁華街のいい場所にない限り常連さんだけでは持たない。
 それで、昼の喫茶店は何とかクリアし、戻り道に昆陽寺へ寄る。
 前日はニコンのP900だったが、昨日はキャノンの一眼レフに単焦点を付けたもの。85ミリF1.8だ。これをF1.7と以前書いていたが、1.8の間違い。それとキヤノンのポケットに入る旅カメラ。
 境内に絵図があり、そこに聖天堂があるのだが、探してもない。庫裏の横にあるはずだが、ない。そこに建物があり、納骨関係だろうか。だから、聖天堂は取り壊したのだろう。以前、どうだったのかは忘れてしまった。
 行基堂があり、その縁側に木造の行基さんがいるのだが、雨ざらしに近い。屋根はあるが横降りのとき、滴がかかるだろう。
 その後頭部に赤い斑点。これは帽子だ。毛糸の赤い帽子をずっと被されていた。その色が染みたのだろうか。この木造、組み立て式というか、貼り合わせてあるようで、その境目が丸見えになっている。歯と歯の隙間が開いたような感じだ。これはこれでいい。しかし、下手に赤い毛糸の帽子など被せると、汚しているようなものだ。しかも拭いても取れない。
 
 先日届いたNTTのひかりTVチューナーだが、まだ繋いでいない。掃除が先で、テレビを移動させないと、見えなくなったので、移動先にあるゴチャゴチャしたものを片付けている。これが結構面倒。いるものといらないものがある。それに、色々なコード類が、そこにある。掃除というより、他の場所へ移動させたり、ゴミとして捨てるものは捨てる感じ。これをじっくりとやるのではなく、いつも座っている場所から立ち上がったときだけにやっている。
 それで、テレビを置く台が置けるスペースができたので、あとはその箇所を雑巾がけする程度。テレビ台は木製の素朴なもので、千円ほどだと思っていたら1700円もしたが、同じタイプの小さいのに比べると、倍ほど板が分厚いことが分かる。だから、値段相当だったのだろう。
 非常に低い台で、そのため、テレビも低い目になるので、見やすくなるだろう。
 だが、問題は接続。果たして繋がるかどうか。
 
 今朝のお供のカメラはソニーのWX800で700ミリ越えの旅カメラ。世界一小さいはず。
 昨日はキヤノンの同タイプを持ち出していたが、写りはソニーの方がいいし、ピントも合いやすく、手ぶれも少ない。小さいのに健闘している。小さすぎるので、両手でしっかりと持つためだろうか。液晶もキヤノンよりも明るく、明るい昼間でもよく見える。
 これ一台あれば、ほとんどのものが守備範囲に入るのだが、写すとき、窮屈だ。撮影を楽しむというより、とりあえず写し取る感じで、町中でも撮しやすい。目立たないためだろう。
 
 
   
■■ 2020年1月15日 水曜日 午前10時46分
 
 今朝は曇っている。青空も覗いているが、面積が狭い。そのため、陽射しもない。それと雨が降っていた形跡がある。気温はそれほど低くはないが、ひんやりしている。氷点下になっていても不思議ではない時期だが、最低気温は意外と高い目。年末の頃の方が低かったりする。
 今朝は遅起きで、まだ寝ていたいほどだった。遅起き分よく寝ていたはずなのだが、時間が長いだけだったのかもしれない。しかし、一度目が覚めただけで、よく寝ていたようだ。
 昼に行く喫茶店が工事中なので、昆陽の喫茶店へ行く。たまに行っているが、月に一度ぐらいだろうか。寒い時期は殆ど行かない店。
 距離的にはそれほど違わないが、遠く感じる。いつもの道よりも、馴染みがあるはずだが、通る頻度で馴染みが変わる。
 それで、しばらくは昆陽の喫茶店に行くことになる。ついでに昆陽寺に寄る。夕方から門が閉まり、通り抜けできなくなっているので、最近は寄っても境内までは入らなかった。昼間なら開いている。寺の敷地の広さはこのあたりでは最大だろう。平野部にあるのに、これだけ広い。その境内を横切る近道があり、夜中でも入り込める。その門を閉めたのだろう。
 近くに千僧があり、自衛隊があるが、千人の僧がいたのだろう。
 ここは来る度に写真を写しているので、もう珍しいものはなく、初めて見るものもないが、同じものでも違うカメラで写すと、少しは新鮮。構図なども、少しだけ違う。
 カメラの試写にはちょうどで、街中と違い、好き放題にカメラを向けることができる。
 まだ、一人では来られない頃から、来ていたようだが、あまり覚えていない。仁王さんが怖かった程度。どの寺よりも、馴染みのある寺。
 寺なので、それほど変化はない。変化したのは本人かもしれない。まあ、その間、お堂を建て替えたりしているので、少しは変化はあるが。
 
 昨日は宅配便が来ていた。カメラではない。時間指定していないし、日も十日ほどで届くとなっていたが、早く届いた。チューナーだ。NTTから送られてきた。
 これは電話勧誘に、まんまと引っかかった感じだが、NTTからではない。インターネットのいつもの朝日ネットからだ。
 所謂ひかりTV。そのお試し版。しかし、試すにはチューナーがいる。これはレンタルだ。しかし二ヶ月間は無料とか。その間に解約すればいい。その場合、一円もかからないが、チューナーを送り返さないといけないが。結構面倒だ。
 パソコンのモニターでも見られるのかと聞くと、線で繋げも見られるとか。
 パソコンテレビとは違うようだ。パソコンでテレビを見るときもチューナーがいる。そのチューナーにアンテナから来ている線を繋ぐ。太い線だ。針金だらけの。
 届いたチューナーは説明書や、コード類などを見ていると、やはり普通のテレビに映すのが基本のようだ。チューナ側にリモコンがある。
 チューナーと、いつものネットのモデムをLANコードで結ぶ。無線ではない。まあ、モデムにも有線接続の穴があるので、問題はない。その距離を朝日の人が聞いていた。8メートルほどモデムとテレビの間にあるかどうかと聞いてきた。遠いとランケーブルが届かないわけではないが。それで同梱されていたLANコードは非常に長い。一メートルもあればいい。
 テレビ側には接続用の同じ穴が二つある。音声関係の端子も。よく使うのは、映像も音も一つでできる穴だろう。このサイズが、テレビ向けなので、パソコンについているミにサイズとは違うので、変換する必要があるだろう。または一方が大きく、一方が小さいタイプのコードに。
 それで、確認したのは、そこまでで、全体の配線だけ。
 しかし、テレビはほとんど見ていない間に、見えにくい位置になってしまった。大きい目のモニター一体型のパソコンがでんと目の前にあるので、液晶テレビが半分しか見えない。以前は両方見ることができたのは、パソコンモニターの位置が違うことと、大きいことだろう。
 それでパソコンは動かせないので、テレビを動かすことにする。少し横に移動させればいいが、台からはみ出る。既に一杯一杯。この台は家具なので、動かせない。
 そこで、テレビ台を買うことにする。これはTVの足箇所だけの台で十分だが、よく通る日曜雑貨屋で木のテーブルが売られていて、いくつか持っている。500円ぐらいだ。風呂場で座る椅子程度のものだが、お膳にもなる。
 それを思い出し、昨日はそれの長いタイプを買いに行く。雨が降っているためか、いつも外に出していたのが消えている。
 店内に入り、それを出してもらう。千円までだろうと思っていると1700円。ポケットには千円札一枚。万札を出すと、釣り銭がないような店。
 以前買ったものよりも、木が分厚く、表面が綺麗。そして倍近い長さがあるので高いのだろうか。
 この木の台、作っている場所を知っている。刑務所ではない。その近くに、もう一軒金物屋があり、そこで組み立てていた。それと同じものだが、そこでは売っていなかった。
 だから500円だった。その金物屋の自家製木製台の家が取り壊されている。古いし、主も亡くなったのかもしれないが。
 だから違うところから仕入れてきたものだ。だから元々高いのだ。小さくても、大きくても。
 小雨だが、それを包む袋がないようで、紐を巻いてくれるようだが、自転車なので、手提げは必要ではないので、そのまま自転車の後ろの籠に突っ込んだ。幅はそんなものだ。テープもレシートもない。ただ、店の前まで来て、大丈夫ですかと、見送ってくれた。
 接続する前に、まずは置き場所を確保から。こういうのは上手く接続できなければ、嫌なものだ。
 難しいものではないが、繋がる保証はない。LANコードも古くはないはず。
 その前にTVを横へ持って行くだけでも掃除をしないといけない。台を買っただけではすまない。
 ひかりTVで何を見るのかは二の次。だから、そちらの方はまったく分からない状態のまま。
 普通のネット配信のものと、ひかりTVのものとはどう違うのか、等々、疑問点も多い。そして、いいのは課金されるのだろう。無料で見られるものは、普通のネットでも見放題であったりしそうだ。まあ、そちらも新しいものは有料だが。
 そのため、古いもので、いいのがあるかもしれない。
 最近テレビを見ていないので、いい機会だ。
 TVは地上波だけで、見るのはNHKだけなので、多チャンネルをどう見るかだ。
 テレビは見ていないと言いながら、YouTubeなどで、結構見ていたりする。古い番組の一部だが。
 ネット時代のテレビ。どうなるのだろう。
 
 
 
■■ 2020年1月14日 火曜日 午前9時38分
 
 今朝は晴れているが、寒い。晴れているので寒いはず。特に朝夕は。昼間はそこそこ暖かいのではないかと思える。昨日がそうだった。意外と朝の印象とは違い、いい感じだった。これなら自転車散歩に行けるほど寒さがきつくなかった。
 夏場は朝はいいが、昼は外に出たくないほど暑くなる。いいのは早朝だけだったりする。このあたりも夏と冬とでは逆転する。
 朝から暑い夏があるように、昼も気温が上がらず寒い冬もある。まあ、冬は寒いので、昼間も当然寒いが、朝夕よりはまし。
 こういう気温の変化、四季の変化は行きっぱなしではなく、今後ずっとそんな状態になるのではなく、戻るので安心しているのだろう。ずっと冬ばかりが続くわけではなく、やがて春が来て、夏になる。行きっぱなしではなく、また夏に戻り、また冬が来る。だから安心というより、それほど深刻には考えない。ただ人の一生と言うのは一回きりで、戻ることはないし繰り返されることもない。行きっぱなしということ。
 今朝はいい感じで起きてきた。まずまずの時間だ。いつもよりも、少しだけ早い。ほんの少し。
 これは早い目に寝たためだろう。それほど時間は変わらないのだが、心持ち早かった。それで、起きる底値が上がったのだろうか。
 そして今朝は寝起きすぐに行く喫茶店が定休日なので、週に一度だけ行く個人喫茶へ。
 これは覚えているものだ。今日が火曜というのを。定休日ができたのは最近のことで、最初は忘れていて、店の前まで行ったりした。今日が火曜だという意識が最初からないためだ。最近は喫茶店が休みの日と火曜とが繋がったようだ。だが、火曜を思い出す前に月曜が先に来る。昨日は月曜だったので、今朝は火曜という風に。週の頭は分かりやすい。日曜ではなく、月曜が週の頭。
 昼の喫茶店がリニューアル工事で一週間ほど休みになるようだ。そんな貼り紙はなく、口頭で言われた。開くのは来週。日や曜日を教えてくれたが、聞いたときはピンとこなかったが、一週間後ではないか。それで、工事の始まる日はいつかを忘れた。最初に教えてくれたのだが、曖昧。まあ、明日からだろう。だから今日から休みのはず。一週間先から始まる工事をわざわざ言わないだろう。
 常連客だけに教えてくれたのかもしれない。
 正月でも開いていた店で、年中無休。絶対に開いている店のはずが、そうでもないのだ。店はテナントの一つ。以前洋服屋だった。だから天井のある扇風機とかも、そのままだ。
 まあ、改装が必要なのだろう。踏みとたわむ床がある。毎日営業中では工事はできない。定休日にできる程度の工事ではなく、長くかかるようなので、大きな改装のようだ。
 それで、昼に行く喫茶店がなくなる。少し遠いが、たまに行っている店があるので、そちらへ行くしかない。方角が逆なので、沿道も違う。
 
 スーパーで先日買った菜の花が柔らかくて美味しい。茎は菜の花なので、太いのだが、嘘のように柔らかい。新芽のためだろう。菜の花のつぼみが少しだけ付いている。まだ、菜の花が咲いているのは見かけないので、何処から仕入れたのだろう。
 桜などは葉が落ちたときから既に芽のようなものが出ている。小さな膨らみだ。これが徐々に大きくなり、色が付き出す頃は春先。一気に咲くのだが、まだ小さな塊程度でよく見ないと分からない。また蕾に毛の生えている木もある。寒いので毛で覆っているのだろう。
 これからが真冬なのだが、既に春を待つ植物は用意している。寒さはこれからだが、日の長さは既に長くなっており、春へ向かっているのだろう。だから冬の底は冬至あたりではないかと思える。気温ではなく、日照時間。折り返し地点だ。
 
 
 
■■ 2020年1月13日 月曜日 午前9時59分
 
 今朝は晴れている。気温は低い目だが、陽射しがあるので、何とかなる。しかし、最近の最低気温はそれほど低くはない。このペースだと暖冬かもしれない。しかし、冬は冬。たとえ暖冬でも寒いことは寒い。暖かい冬は存在しないのではないか。冬ではなくなるので。
 今年は冬の初め、秋の終わり頃に薄い目のダウンジャケットを買っただけで、本格的な真冬ものは買っていない。去年買ったので、それを着ている。一着お気に入りの最強の防寒ジャケットがあったのだが、ファスナーが壊れて、駄目になった。金属製は壊れやすい。しかし、樹脂製よりも筋がしっかりしているので、上げ下げしやすいが、歯が曲がったりする。壊れる理由は噛むためだろう。レールにかかっている生地と噛む。これはカバーのようなペラッとしたもので、レールカバーだろうか。それとクニャッとしているときに上げ下げすると、都合が悪い。張りが必要だ。
 今年は早い目に真冬並の服装にしたので、もうこれ以上の厚着はない。まだ、手が悴むほどではないので、これからだが。
 晴れているが、寒いので、出るときは気合いがいったりする。起きるときものだ。起きてしまえばどうもないのだが。また、外に出てしまえば、どうもないが。まあ、冬なので、多少寒いだけの話。
 初詣も、近所の神社前を通過しただけで、しかも日常移動範囲内。十日戎も、近所の神社で、その欠片のようなものを見ただけ。
 大きなエビッサンが西宮にあり、川を渡れば行けるのだが、ここは初詣で何度か行っただけ。
 大阪のエビッサンの方が露店が多かったりし、違う町のようになっている。そんな道があったのかと思うほど、店屋が並んでいた。これは賑わいを見に行くようなもの。
 えびすを祭った祠とかは探せばそこそこある。そこの地名を付け、何々えびすと呼んでいる。
 メインは商売繁盛。露骨だが、直接的。その効果があるのかどうかよりも、気合いを入れにいくのだろう。そして福ササなどを持ち帰らないと、逆に悪いことが起こりそうな気もするが。縁起物なので、いい縁起を付けるため受け皿を新たにするために行くのだろう。去年の縁と今年の縁は違うはず。だから、今年版の縁起をもらいに行く。
 しかし、ほとんどの人は祭り騒ぎを楽しむ。露店や夜店を楽しむ。縁日を楽しむ。ただ練り歩いているだけ。ただ移動しているだけだが。
 西宮戎へ行った頃、持って行ったカメラを思い出した。オリンパス最後のメタル一眼レフだろうか。AF一眼レフになっており、カメラの形が変わりだした頃。
 OM3か4かは忘れたが、オート機の方だ。それの特殊金属版。名前は忘れた。これがOM系の最後だと思える。レンズもそのとき、中古で買っている。梅田駅前にカメラの河原があった時代だ。友達が働いていた。買ったのは28ミリf2と明るい広角レンズ。中古でも高かったが出物だ。
 この組み合わせ、あまり使わなかった。
 それよりも、デジカメが出始め、そちらの方がフィルム代がいらないので、画質は悪くても、そちらへと向かった。35万画素時代だ。
 この時代のギリギリ写っているという感じがよかったりする。
 今朝はまずまずの時間に起きてきたのだが、少し遅いので、朝の喫茶店からの戻り道散歩をすると遅起きしたときと同じ時間帯になってしまう。それで、早く起きるため、早い目に寝たのだが、寝付けない。やはり眠くなってから寝るのがいいが、それをすると、どんどん寝る時間が遅くなるので、寝ると決めた時間を少し早い目にする程度。これは昨日からやっているが、あまり効果はない。
 日が少し長くなったのか、夕方行く喫茶店の道が少し明るい。出るとき分かる。いつもはもう薄暗くなっていて、夜に近いのだが。
 春が来る前に真冬が来るので、春待ちはまだ早い。
 
 
 
■■ 2020年1月12日 日曜日 午前10時27分
 
 今朝は曇っている。雨が降るかもしれない。晴れが数日続いていたので、そんなものだろうか。そして、曇っているのに結構寒い。晴れている日の朝の方が寒いはずだが。
 雪の予感はなく、雨だろう。そこまで寒くない。しかし、一月中旬。雪が降ってもおかしくはない。本当に寒いのは一月下旬から。だからその近くまで来ているので、寒くなっても当然。
 今朝は早い目に目が覚めたのだが、起きるのが面倒なので、そのまま寝ていた。目を覚ましたとき、もの凄い時間になっていると覚悟したが、時計を見ると、それほどでもない。遅いことは遅いが、とんでもない遅さではなかった。しかし、夕方の喫茶店は暗くなってしまうが。
 昨日は昼寝を長くしすぎたのか、夕方の喫茶店の時間はすっかり夜。遅すぎるので、近所のコメダへ行く。自転車ですぐだ。夜道になるので、こちらの方が楽。しかし、沿道風景に見るべきものがない。神社や川とかがあれば、それなりに自然が残っていたりするのだが個人の住宅が並んでいるところは、どうも絵になりにくい。汚い長屋とか、アパートとかならいいが。それとか大きな屋敷とか。その沿道は農家もないので、大きな家もない。農家が売った田畑に建っているためだろう。農家は村の中心部に集まっている。農家が手放した田畑は村の端っこが多い。だから真っ先に田畑が消えて、家が建ったところだ。
 そして別個の不動産屋に売ったのか、一つの田んぼ単位で分譲。そのため、別の田んぼ跡との関係がない。宅地は、先ず道を作るところから始まるはずなのだが、その規模ではない。そのため、行き止まりや、袋小路が多い。抜けられないのだ。
 ただ、その中で一本だけ細い道が貫通している。農道だが、実際には有馬道という街道。長距離路線だ。この道が生きている。
 それで旧街道だが、昔は田んぼしかなかった場所なので、旧街道の面影は、細いのに、長く伸びている程度。また、街道規模も小さい。有馬道というのは複数ある。有名なのは有馬街道。それに並行したり、違うコースから有馬へ向かう小道がある。
 車一台が何とか通れる程度で、自転車は避けないといけない。だからあまりいい道ではない。車が狭いわりにはよく通るのは、裏道、抜け道ではなく、沿道に住んでいる人の家の車だろう。そこを通らないと、家に戻れないし、家から出られない。その有馬道に並行してバス道があり、車はそこを走っている。そして、その有馬道、細いので抜け道にならない。余計に時間がかかるだろう。自転車や人とすれ違ったり追い越す度に避けながら通らないといけないので、さっと走れない。
 このへんを散歩しないのは、抜けられないためだ。すぐに戻ってこないといけない。
 今朝は天気の悪い日曜日になったようだ。昨日は11日で十日戎の残り福の日。残り戎。本戎の翌日だ。それで朝の喫茶店の戻り道、その近くにある神社へ行ったのだが、幟は立っていなかった。十日だけやるのだろうか。小さな祠程度のお堂があり、そこにエビッサンを祭っている。
 毎年、そこでエビスさんのお面とかを買う人がいるのだろう。神社では売っていない。露店が一つだけ出ている程度。それを返しに来たとき、境内の片隅にゴミのように置かれている。それは今年もあった。色々なアイテム類、神社でも売っていたのかもしれないが、覗いていないので分からない。
 さらに正月飾りを燃やすトンドも常時やっているのか、注連縄をくべる子供がいた。もう終わりがけで、火も消えかかっていた。
 まだ、初詣に来る人がいるのか、提灯などはそのまま出ている。無印も多い。スポンサーが付かないのだろう。だから、折角寄付してもらった人のために、長い目に提灯をぶら下げているのだ。
 酒造が盛んだった頃は、それに関連する商家や、風呂屋とか、衣料品店とかで賑わったらしい。だから神社も潤ったはず。スポンサーが多かったはず。
 寒いが、その程度の散歩はできるが、朝の喫茶店から少し先へ行ったところなので、そこそこ早い目に起きた日は、寄り道できる。
 
 P950発売を意識して、P900で写している。
 少し重くなり、少し大きくなるのかと思うと、やや重々しく感じるが、重いペンタックスの一眼レフに高倍率ズームレンズを付けた程度だろう。この程度なら持ち歩ける。それよりも軽いかもしれない。一キロなので。P900より100グラム少し重い程度。100グラムの違いは大きいが200グラムのコンパクトカメラから見ての100グラムとは違い、分からなかったりしそうだ。その分グリップがさらに深く大きくなっているようだ。
 新製品のニコンミラーレスのグリップがいいとかの噂がある。それとファインダーだ。カメラの機能そのものよりも、こちらの方が大事だったりする。
 P900は思っているよりも暗いところに強い。感度はそれほど上がらないが、カメラが大きく重いうえ手ぶれ補正もこのクラス最高なので、ブレにくいのだ。それと開放だけはF2.8と明るいので高感度も必要ではない。普通の照明のある室内なら問題はない。
 このカメラ、一度かなり暗い夜道などで実験したことがある。感度は6000までしか上がらないが、やや望遠気味でもすんなりと写っている。ただスローシャッターになるので、動いているものは全てブレているが。
 それよりも望遠にしてもブレにくいのは凄い。これは受光素子が小さいためだろう。それとシャッターブレというのもない。
 ただ、ファインダーがいけない。結構暗い上、露出がまだ決定しない状態のままなので、シャッターボタン半押しにしないとよく見えない。薄暗いのだ。
 ただ、背面液晶よりも見やすい。昼間は背面液晶はよく見えない。これはどの液晶でもそうだ。それに比べて電子ファインダーはよく見えるように感じる程度。暗い場所では液晶もしっかり見えるので、手かざしで写せるほど。こんな蝦蟇ような重機のようなものでの手かざしは、一寸異様だが。
 まあ、このP900も買ったときは毎日鞄に入れていたほどなので、慣れれば負担にならない。これは兄貴分の1000が一キロ半あることを思えばの話で、全て比較しての話で、何々に比べて軽く感じるという程度。
 高画質を望むのなら一インチ系ネオ一眼がいいのだが600ミリが限界。一眼レフも600ミリ越えとなると、途端にバズーカーになる。28から600ミリ相当のタムロンのズームがあるが、それだけで一キロ近かったりする。しかし、それでもまだまだ600ミリなのだ。望遠としては序の口。P1000の3000ミリから比べれば、物足りないどころではない。
 ネオ一眼の相場は1200ミリあたりからが普通。ここからやっと小鳥がそれなりの大きさで写せる。当然、それほど近付かなくても写せるものがぐっと増える。これは道行く人なども含まれる。1000ミリを超えると、もう顔が分からないほど小さい。P900の2000ミリになると、写していること自体が分からないどころか、写している側も肉眼でも見えないのだ。これで、街中スナップをすると、立てない場所に立てる。そこまでワープしたように届くのだ。戦艦大和の46センチ砲だ。
 僅かな隙間さえあればレンズを伸ばして狙撃できる。だから、このタイプの高倍率ネオ一眼は撮影対象がグンと増えので、それだけでも値打ちがある。
 それと画質は、パナソニック、キヤノンなどよりも、P900系はかなりいい。まあ、画質は主観が入り、鮮明すぎるのも良し悪しだし、階調が豊かすぎて眠いのも、良し悪し。バランスがいいのがキヤノンだろう。ニコンはきつい目。所謂カリカリの解像力。猫の毛が一本一本立って見える。痒そうだが。
 だから受光素子の小さなカメラの写りとして、そういうチューニングがなされているのだろう。
 見た目はニコンの一眼よりも、鮮明だったりする。
 また、P900系はオート化が遅れており、カメラとしては素直で、AFの動きもシンプル。暗いところでのAFも早い。
 カメラを構え、少しゆらすと、巨大なレンズが唸り声を出す。手ぶれ補正をやっているのだ。まさに巨砲の砲塔が動く感じ。望遠端でも画面は動かない。これは見事なものだ。
 P900,これでファインダーさえよければ、もっと撮影が楽しめるカメラなのに、と思いながら、写りがいいし、安定感があるので、使っているのだが、そのファインダーがやっと大きくて解像力のあるものになったのだが今回のP950という新製品。長く待たされた。
 発売まで一ヶ月ほどだろう。
 
 
 
■■ 2020年1月11日 土曜日 午前9時52分
 
 今朝は晴れており、風もあまりない。吹いているが、強くない。弱い風なら風を意識しない。強くないと風を忘れている。影響がないためだ。
 風が強いと、花や木を写しにくい。揺れているので、ハイシャッターでないと止められない。所謂動体ブレ。
 ああ、ものは常に振動しているようだが。その状態はもうものとは認識できないが。
 晴れているためか、この時期のためか、寒い。少し暖かかったので、今が季節通りなのかもしれない。さらに、さらに寒くなっていくはず。ここからが厳しい真冬へと至るので。既に至り始めている。
 寒いと朝、起きるのが嫌になる。二度寝三度寝が楽しい季節だが、そこで楽しんだ分、一日が短くなり、しかも焦り気味になる。時計を見ると、遅くなっているので。
 まあ、二度寝で寝た時間も、その日の内。それで一日の一部をしっかりと使ったので、使い方の問題だろう。時間が消えたわけではない。
 今日は餅を食べる日らしい。鏡餅を。飾ってある餅だ。もう固くなって、何ともならないだろう。これを鏡開きというらしい。何を開くのだろう。そして餅をどうして鏡というのか。形が昔の鏡に似ているためだろうか。丸く平たいだけのように思われるが、敢えて鏡餅というには、それなりの謂われがあるのだろう。古い昔の鏡よりも似ているものがあるはず。または、最初から鏡に似せて餅をあのように丸く平たく作ったのだろうか。重ねるために平たくしている。これは塔だ。
 神社の御神体がある場所に鏡がある。それと関係するのだろうか。姿を写すものだけではなく、反射して光る。
 こういうのは色々と話を盛ったりできる。神話もそうだが、何ともでも作れたりする。一寸した関係で。中にはただの駄洒落だったり、語呂だったりする。
 餅を供えることは普通の家庭でもあったはず。神事だけではなく仏事でも。餅が団子になったりするが。
 しかし、正月の飾り餅は大きい。そして積み重ねている。餅を重ねる。こういうのも、意味があるはず。その上に何かを乗せている。昆布とか、みかんとか、干し柿とか。そうなると豊穣関係だろうか。
 こういうのは意味を知らなくても、子供の頃から何度も見ているはず。だから、イメージとして残る。形だけが残る。意味は最初から知らないままで、死ぬまで知らなかったりするが、それでも、その印象だけ、形だけはずっと残っている。お供え物の一パターンとして。そして飾り方のパターンとして。
 そして、現実の世界ではなく、別の世界と繋がっている。
 今朝はまずまずの時間に起きてきた。最初に目が覚めたときは、まだ早かったが、起きられる状態だった。しかし時計を見ると、早すぎる。それで安心して二度寝したのだが、起きたときは、まだ眠い。一度目のときはしっかりと目覚められたのに、二度寝のあとの目覚めはよくない。目を閉じると一気に眠りに落ちそうになった。それで起きられず、三度寝に入るが、これは短い。すぐにまた目が覚めた。寝てはいけないというのがあったためだろう。三度寝の時間は分からない。長いとかなり遅い時間になる。それでは何かと不便と言うことで、起きることにした。無理に。
 
 今年も一太郎の年貢を払う頃。別にレンタルではない。ただの更新だ。バージョンアップ。しかし、毎年。前バージョンとの違いなどほとんどない。だから新バージョンを買うのは、ジャストシステムを支えるためかもしれない。寄付のようなものだ。そうでないと、一太郎というワープロソフトが消えてしまう。よく今まで生き延びたものだと思うはず。
 マイクロソフトオフィスの中のワードがあれば十分だし、また印刷しないのなら、Windowsに入っているエディターより少しワープロ的なワードパットだけでも十分。
 しかし地方の固有の土地や町名、また郵便番号辞書や駅名などに関しては強い。町名などはよく変わる。駅も、新駅ができるだろう。その度に、更新がある。バージョンアップではなく、普通に。その更新が面倒なほど多かったりするが、必要な人もいるのだろう。
 その一太郎も35年になるらしい。だから今回の一太郎2020は35の名が付く。もうネタが切れたので、これを使うしかない。ワープロソフトなどもう一太郎5あたりで完成されたようなもの。一太郎3でも十分文章は打てる。しかもフロッピーベースで。
 一太郎の本体が入っているフロッピーの中にOSも入っている。マイクロソフトのMS-DOSだ。こんなものを勝手に一太郎が入れていたのだ。まあそうでないと、動かないので。まだウインドウズが出る前。だからサイズが小さい。一太郎本体のプログラムの片隅に十分入ったのだろう。それで、辞書もフロッピー。だから変換中音がガタガタする。フロッピーにアクセスしているのだ。まるで機関車。よく働いている感じ。
 今回の目玉はよく分からない。一太郎パッドのようなものが入ったことだろうか。これは以前にもあったような気がするが、スマホのアプリが入っているようだ。画像から文字だけを取り出し、テキストにしてくれるらしい。だからスマホかタブレットがないと使えない。
 肝であるATOKだが、予測変換で、長い文句もいけるらしい。よく使う言葉の最初の頭だけ打てば、それ以下は打たなくてもいいというやつの長い目のバージョン。定型文を打つ人なら、役立つだろう。同じようなフレーズを毎回打たなくてもいい。
 ATOKそのものの変換に感しての大きなアップはないようだ。さらなるAI化でやることがなくなったわけではないはずだが。
 今回の一太郎は、花子も含めて、今までより、こんなによくなったというようなネタがない。ネタは35年間出し続けたと言うこと。だからご祝儀として、寄付するような感じになるかもしれない。
 しかし、一太郎のインストールは時間がかかり邪魔臭い。
 
 
 
■■ 2020年1月10日 金曜日 午前10時01分
 
 今朝は穏やかに晴れているようだ。風が弱いので、そう感じるのだろう。しかし、寒さはそれなりにあるが、最近は最低気温が高い目のようだ。最高気温は高くはないが、最低気温が氷点下にならないで五度ぐらいで落ち着いている。だから七度とかそんな感じの日もある。これは最低気温で、常にではない。当然夜間。
 ここが年末までの寒さとは違う。最低気温が高い目なのは、何だろうかと思うのだが、最高気温は徐々に低くなっていくので、寒くなっているのは確か。昼間はそれほど暖かくはない。あたりまえだが、夜間の気温が低い目なので、昼間も上がりそうなものだが、そうではないようだ。
 曇っている日や雨の日は昼夜の気温差はあまりなかったりする。
 そのうち、グンと最低気温が落ちるだろう。そうなると、最近の最低気温の高さは今だけの特典かもしれない。空が荒れており、雲が乱れていたが。
 今朝は遅い目に起きてきたが、慌てるほど遅くはない。二度寝したく思ったが、食い止めた。時計を見て判断。ここで二度寝すると、もの凄く遅い時間になる。少し遅い時間と、もの凄く遅い時間とでは大いに違う。
 これから徐々に真冬の寒さがやってきて、本格的な冬に入る。これがしばらく続く。ちょうど夏場の暑い時期に入るようなもので、しばらくは暑い夏の日が続くのと同じ、暑い寒いの差はあるが、身体に応える暑さや寒さと言うことだろう。しかし、寒い方が耐えやすいようだ。暖房すれば、すむことなので。これは火のけがあればいい。夏はそうはいかない。
 正月からは完全に抜けたので、よくあるような平日が続き、週末があり、週明けがある程度。土日だけが少し目立つ程度。あとは平坦。
 寒いので、夕食後の徒歩散歩などはまったくしていない。それで夕食後は横になっていたりする。食べたあと横になると牛になると言うが、牛は働き者のはず。
 普段、移動で歩いているとき、足が重く感じ出せば、また徒歩散歩をすることになる。だから元気なので徒歩散歩するのではなく、具合が悪いから歩くようなものだろう。だから足腰が何ともなければ歩く必要はないだろう。逆に歩きすぎというのがある。
 歩いてはいないが、自転車に始終乗っているので、それなりの運動になる。これも、毎日乗っていてもペダルが重い日がある。足だけの問題ではないのだろう。
 
 ニコンから2000ミリまでのネオ一眼の新型が出るのだが、早く大きくて綺麗になったファインダーを覗きたいものだ。それだけのことかもしれないが。
 これはP900の後継機で、P1000とは関係がないようだ。P1000は3000ミリ。だから何よりも望遠レベルが決め手。これでクラスが違うので、P900の改良型。その改良の仕方がP1000のものを取り込んでいるという感じ。ファインダーなどがそうだろう。
 そのため、キヤノンのネオ一眼と同じような感じのアップ版で、こちらもファインダーが大きくなり、見違えるほど別のカメラになったように思えたほど。覗いてみないと分からないし、外観は同じだが。
 その前に出たニコンの意欲作であるミラーレスのファインダーがいいようだ。これは電子ファインダーの像倍率や解像力の問題ではなく、接眼レンズがいいのだろう。ニコンはレンズメーカーでもあり、眼鏡も出しているのだから、この接眼レンズが上手いのかもしれない。電子ファインダーの解像力や大きさは同じでも、この接眼レンズが悪いと、ファインダーを横から覗いてしまったとき、像が流れていたりする。真正面から覗けば何ともないが。接眼レンズも、数枚のレンズを使っている。ここでケチらないで、いいレンズを付ければ、ファインダーも見やすくなる。解像力は同じでも。そしてニコンの電子ファインダーは光学式のファインダーに近いとか。
 パナソニックのFZ1000というネオ一眼があるが、それのマーク2が出ていたのだが、こちらも大きな改良点はファインダーの見え方だったようだ。ファインダースペックはほぼ同じなので、接眼レンズ系を弄ったのだろう。それで、ファインダーから少し目を離してもよく見えるとか。また妙な角度で覗いてしまったときも、しっかりと見えているとかだ。
 さて、ニコンだが、900系の前にP600系があった。P600系の上位機。それが今はB系になっているが、P600系は1400ミリまでだが、非常に小さく、軽い。1400ミリと2000ミリとでは言うほどの差はないし、普段の風景なら、そこまで望遠に伸ばす必要はないのだが。
 この1400ミリまでのB系だったと思うが、それの新バージョンも出るかもしれない。P系がB系という新しい型番になってしまったのだが、P系ネオ一眼は結構出ていた。
 だが1400ミリと2000ミリの違いだけではなく、感度の上限が違うし、広角端の明るさが違う。当然写りも違い、2000ミリまでのP900の方がよい。特に条件の悪いとき。
 それと望遠端の写りがP900は非常にいい。本来望遠端は厳しくなるのだが、2000ミリで写したときも鮮明。
 ただ2000ミリまであるので、P950では最短撮影距離が5メートルになっている。まあ、遠いところを写すための2000ミリなので、それでいいのだが、2メートル先にある花などをアップで写すとき、2000ミリは使えない。ズームは当然できるが、ピントが来ない。これは分かっているので、まずまずの望遠になったとき、そこで止める。まあ、ここが2000ミリまでの望遠の盲点だが。
 それよりも、このカメラ、広角や中望遠もいい。そのとき、背面液晶で手かざしで写すときの安定感は、流石大きく重いだけのことはあって、しっかりしている。また、背面液晶だけで2000ミリで平気で写せる。
 コンパクトデジカメとしては大きすぎるのだが、小銃とライフルの違いがある。口径は同じでも安定感が違う。
 当然、ニコンの新製品のミラーレスよりも大きい。だから写すとき、堂々としたものだ。
 そしてガワは大きいが、そのわりには意外と軽かったりする。
 
 
  
■■ 2020年1月9日 木曜日 午前9時24分
 
 今朝は中途半端な晴れ方だが、雨が降っていないだけまし。雲が多いのだろう。昨日ほどの暖かさはないが、風は弱い。昨日は荒れていたが、雨は降らなかった。朝方降っていたようだが。
 気温はまだ高い目かもしれない。一寸妙な感じだ。20度近くあったのだが、風が強く、自転車が横へ移動するような感じだった。だから穏やかで暖かい日とはまた違う。蒸し暑かった。
 そういう暖かさ、これも結構疲れる。寒い時期は寒い方が対処できる。寒い寒いと震えておればすむことだ。まあ、暖かいように暖房すれば、いい感じで、気持ちがいい。外ではそれができないので、あまり出たくないが。
 そのかわり、寒い外から部屋に入ると、ほっとする。
 一月も一桁台から二桁台の中旬に差し掛かっている。年末に言っていたように、あっという間だ。一週間は早い。だから大晦日の日から見れば一週間などあっと間で、正月三が日など、さっと過ぎ去る。
 今朝はまずまずの時間に目が覚めた。朝まで一気だったようだ。特に疲れるようなことはしていなかったのだが。
 もの凄い遅起きよりもいいだろう。しかし、時間に余裕があるので、ゆっくりしすぎてか、遅起きの時の時間になってしまうことがある。夕方行く喫茶店の時間に、遅起きの時と同じになったりすると、早起きした意味がなかったりするが、まあ、ゆっくり過ごせたのだから、いいだろう。
 夕方前に行く喫茶店がちょうど夕方ならまだいい。夕焼けを見ながら行ける。最近は暗くなってから行っていたので、夕焼けは終わっていた。
 昨日は見ることができた。これはただの明るさの問題で、暗いと遅いと感じてしまう。
 日は長くなり始め、夕方も遅い目になるはずなので、同じ時間でも、季節によって違いが出る。やはり明るい方が一日が長く感じられて得だろう。
 
 老眼は進むものだが、後退している。そのため、老眼鏡が合わない。きつすぎるのだ。それで、スーパーの前で千円ぐらいのがずらりと露店のように並んでいるのを見て、度数を見ていたのだが、同年配の人が来て、百均で買えるのに、千円以上するとはぼったくりだと話しかけてきた。その一言を発したまま去ろうとしていただけだろう。
 しかし、百均のはアクリルで、ここのはガラスで、しかもいいガラスを使っている。その差だというと、何でもいいから見えたらいいとか。
 しかし眼鏡屋で買うと3000円前後。だから千円は安いので、これはこれで、危なっかしい。
 上新でもメガネが売っている。モニター対策用ではなく、老眼鏡だ。遠いところと近いところを見たとき云々と説明がある。軽く色が入っているのもある。
 最近は裸眼でパソコンモニターの液晶を見るようになった。眼鏡はかけているのだが、裸眼の方がよく見えるのは、老眼鏡が合っていないためだ。だから、度数を落としたのに変えないといけない。一度落としたのを買ったのだが、それではまだきついのだろうか。
 いつも持ち歩いているノートパソコンのモニターも、裸眼で何とか読めるようになっている。以前なら眼鏡を忘れると、何もできなくなり、タイプするにしても、指先だけが頼り。どういう文字となっているのかが見えないので、指先が間違わなければ、自動変換で多少誤変換されるが、打ち込める。このとき、誤入力のときは指先が何となく感知している。指の動きが少しおかしいと。
 今はモニターは裸眼でも何とか見える。しっかりとは見えないが、認識できる。だから眼鏡を忘れても大丈夫だが。
 
 今朝のお供のカメラは最近使っているキヤノンの一番安い一眼レフにキットレンズ。85ミリ相当のを正月に買ったので、そればかり使っていたが、今日は標準ズームを付けて出た。こちらの方が最短撮影距離が短くなるのと、広角が使えるので、利便性が高い。85ミリ相当F1.8に比べボケ具合は低いが、それほど違いはない。
 この組み合わせの方が実用性が高い。まあ、セットもので買ったので、ボディーの色とレンズの色が同じ。
 これは売り方だろう。よくあるのはダブルズームキット。望遠ズームが付く。こういうのを買うと、望遠ズームしか使わなくなる。本来は逆で、望遠ズームを使わない人の方が多いはず。
 ところが標準ズームしか付いてこないので、それを使うしかない。まあ、ずっと前に中古で買ったイオスキッスX2という古い先代に付いてきた望遠ズームがあるので、使えるのだが。
 それと、標準ズームだけのセットの方が安い。実際にはダブルズームキットを買ったほうが、別売りで買うよりもレンズ代は安くなるが。
 それよりも、このカメラの使い方は、標準ズームだけで写せというような感じなので、それがいい。
 一眼レフを買っても、この標準ズームしか使わない人も多いだろう。所謂初心者。これよりも広角、これよりも望遠、これよりも明るいレンズ、などの要求がまだないような。
 どちらかというと、望遠を付けるとカメラが大きくなってしまう。だから持ち歩きにくいし、スタイルも悪くなる。
 小さな一眼レフなので、小さく軽く済ませたいというのがある。そしてある程度の守備範囲があり、それなりに広くとか、大きくとかが調整できるズームが好ましい。
 だから85ミリ相当だけの単焦点は、狙いがなければ、写しにくかったりする。
 この28ミリから85ミリでも、通しでF2.8などは上級者向けだろう。しかし、大きく重くなるし、レンズそのものがボディーよりも高かったりする。
 このイオスキッスX9で軽快に、カシャンカシャンと小気味のいいシャッター音と共に写している方が気楽でいい。
 最大の肝は光学ファインダー。晴れているとき、これで覗くと、気持ちがいい。もの凄くよく見える。電子ファインダーだと、露出が反映して、自然な感じではなくなるためだろう。生の光が見たいと言うことだ。
 
 

■■ 2020年1月8日 水曜日 午前9時44分
 
 今朝は急に晴れたりしている。路面はびっしょり濡れているのに。陽射しはあるが、黒い雲がある。青空が覗いているのだが、何か不安定。そして蒸し暑い。寒くはない。気温が高く湿気があるのだろう。真冬の上着で真冬仕様では蒸れる。
 しかし、陽射しがあり、青空があるだけでもいい。雨が降っているよりも。
 こういう日なら自転車散歩も楽。しかし、いつ降り出すか分からないような妙な天気。それだけ空に変化があり、単に青空が拡がっているだけではないので、いいかもしれない。
 朝方雨音がしていたので、今朝も雨かと思っていたのだが、予報では晴れるはず。しかし、雨が降っているので、あまり起きる気がしない。時計も見ないで、そのまま寝てしまった。
 朝方目を覚ましても時計を見ないときは、起きる気がないため。朝であることは暗いので分からないが、大凡そんな時間だろうというので分かる。眠った時間で。
 昨日は雨で傘を差す指が冷たかったのだが、今朝はそんなことはない。暑いほど。
 昨日は夕方になっても、まだ雨が降りそうなので、本当に天気の悪い寒い日だった。それに比べると、今日はましだろう。真冬に向かっているはずなのに、暖かいのだから。
 それで今朝は早くはないが、まずまずの時間に起きてきた。寛容範囲内だ。この時間に起きると、早い目に用事を済ませると、一日が長くなり、遅い目にゆっくりすると、一日が短い。遅く起きてきたときと同じになる。だから加減できる。
 正月もあっという間に終わり、もう正月とか、元旦とか、新年とかの雰囲気は町から消えている。普通の平日。ただの一月半ばになりつつある頃、という感じ。それで、年末年始のことを思い出すと、もう遠い昔のように思えてしまう。年の初めはいいが、年末のことなどは既に去年のことになったのか、遠くなった。もう昔の話、と言うほどではないが。
 お年玉で買ったキヤノンの一万円少しの大口径85ミリ相当の蒔きレンズが結構いい。これで暗くなっても、夜景などを写している。感度も自動的に高く上がるし、レンズも明るいので、好き放題に写せる。ただ、手ぶれ補正はないし、ピントが非常に浅いので、ピント位置が大事。
 何処かへ出掛けたとき、この一本のレンズだけではもったいないし、写せないものがあるので、頼りないが、日常移動での沿道を写す分には問題はない。不便だが、その不便を楽しむようなもの。
 新年明けてから軽く自転車散歩をしたが、遠出ではない。寒いので、長距離ものはしんどい。しかし、今日のような暖かい日があるので、そう言う日は行けるだろう。いつか分からないし、天気はよくても、行く気がないと、行けない。
 
ニコンP950発売
 待望のニコンのネオ一眼P950が出る事になった。発売は二月。すぐだ。
 4000ミリまでの超望遠が付いているのがp1000で2000ミリまでのがP900。
 P900のあとに出たのがP1000だが一キロ半ほどある。これは持てない。いずれもコンパクトデジカメだが、この重量はコンパクト系では最大だろう。ただし受光素子は1インチではない。そのサイズでは3000ミリまでの望遠は付けられないだろう。
 P950はその中間。型番だけで分かるが、P1000とP900の良いところ取りをしている。期待していた通りだ。
 P900が出てからかなり経つ。数年だ。そろそろと思っていたのだが、かなり遅かった。実際には出ないと思っていた。1400ミリまでのが売られているので。
 良いところ取りとはP1000の大きなファインダーが、P950には付く。P900の弱点はこの電子ファインダーだった。ズーム比は問題ではない。2000ミリと3000ミリとではそれほど変わらない。ただし、重さは一キロになっており、900グラム近かったのが大台に乗ったが、まあ、その程度ならいいだろう。電子ファインダーが大きくなったので、その重さになったのかどうかは知らないが。
 このクラスの高倍率ネオ一眼、キヤノンのSX70が安定している。ファインダーが大きい。操作性もいい。だからどうしてもP900を持ち出すより、キャノンを持ち出していた。だが、写りは確実にニコンの方がシャープ。まあ、ニコンはきつすぎるかもしれないが、写りは怖いほど鮮明。
 手ぶれ補正が非常に効いているのがP900系で5段。それが今回は5段半に伸ばした。何せ2000ミリを含むので、それぐらいは必要だろう。
 この手ぶれ補正、ニコンの1インチミラーレスニコン1で使われていたものらしい。ニコン1は製造をやめている。その資産を使った手ぶれ補正方式。そしてAFも少し変えてきたようだ。ニコン1に近いかもしれない。
 ニコンのコンパクト系はAF自動認識とかのAI系が弱い。だからバタバタしないので、好感が持てるが、今回は被写体自動認識でフレームで囲むようになったようだ。それまでは近いものとかコントラストにあるものに合わそうとしている感じ。そしてそれもほとんどなく、中央部一点が非常に多かった。だから大人しいので使いやすかったのだが。
 P1000にあった鏡胴のズーム輪は採用されていない。どちらにしても電動なので、これがあるタイプのコンパクト系も、シャキシャキとズームしないし、微調整ももったりしているので、結局レバーの方が早かったりするので、鏡胴にズーム輪を付ける必要はないだろう。機械式ならいいが、これは従来通りでいい。鏡胴にズームレバーも一応付いているが使ったことがない。
 P900は単純明快のコンパクトデジカメの普及機レベルの操作性。シャッターを押すだけのカメラだ。電子ダイヤルやファンクションボタンがどうのというような機種ではない。
 今回は鏡胴部にダイヤルを仕込んでいる。瘤のようなもので、パナソニックのFZ300と同じタイプだ。ここに露出補正などを仕込めるはず。
 また追加されたのはAFとMFの切り替えレバーが付いたこと。これはP1000から来ている。ワンタッチで切り替えられる。マニュアルフォーカス操作も、その瘤のようなダイヤルでできるはず。FZ300と同じなら、もの凄く操作性がよくコントロールしやすい。
 しかし、実際にはAFロック代わりにそのレバーを回すような感じだろう。だからAFロックボタンの周囲にレバーがある。ピントを合わせたあと、これを回すと、マニュアルフォーカスになるのだが、ロックされるようなもの。微調整が必要なら、レンズ側の瘤で操作すればいい。まあ、そんなことをする機会は少ないだろうが。
 その他、背面液晶が3インチから3インチ半になった。タッチパネルとかにはなっていないはず。大きなカメラなので、タッチが苦しいだろう。保持しながら指を浮かすので。これは合っても使わない。逆に液晶に触れてしまい、誤操作になる。
 P1000から見ると、ぐっと身体を絞ってきた感じで、軽快になる。ヘビー級からライトへビュー級になったようなもの。だから動きがよくなり振り回しやすくなった。一キロなら持ち歩ける。
 レンズはそのままのようだ。スーパー何とかレンズが含まれており、ニコンの高級レンズにしか使われていないものを、コンパクト系に持ち込んでいる。だから写りがいいのはキヤノンと比べればすぐに分かる。キヤノンも新レンズでやりたかったようだが、途中でやめている。
 ニコンのコンパクトデジカメはトップだけがいい。だからPナンバーは確実にいい。それ以外は、動作が遅かったりする。
 Pナンバーとはプロ機だが、中身は簡単なコンパクト系で、凝ったものではない。ただ動作は素早い。
 結局は電子ファインダーと手ぶれ補正だろう。
 今回はAFも早くなっているようだし、シャッターを押してからのタイムラグも少ないとか。
 2000ミリばかりに目がいくが、広角での画質も結構いい。感度は6400までだが、手ぶれ補正がかなり強力なので、かなりの望遠でも2分の1秒で写せるほど。これは受光素子の小さなカメラなので、ブレに強いのだ。それとボディー内手ぶれ補正ではないが、電子式も一緒に動くようだ。受光素子が動くわけではないデジタル式。そのため、ファインダー視野率が99パーセントほどになっている。ズレを見込んでのこと。
 フルオート撮影では1600までしか上がらないが、プログラムモードでは感度オートの上限の6400まで行く。P900は3200で止まるので、6400は、指定してやらないと使えないので、不便だった。
 広角端はF2.8あるので、結構暗いところでも写せる。また、暗いところでのAFもかなり合いやすかった。
 今でもたまに持ち出して使っているが、鳥などを撮したときは、やはりこのカメラのシャープさが一番だ。
 そして普通の風景を写したときも、ニコンの一眼レフとキットレンズの組み合わせよりも鮮明に写っているので、これには驚いたほど。特に遠方が鮮明に写るのは超望遠カメラのためだろう。
 これは発売されれば迷わず買いだ。待っていたのだから。
 それで今朝は思い出したように、P900を持ち出した。たまに使っているので、バッテリーも十分ある。
 ファインダーは小さいのだが、見え方が光学ファインダーに近い。落ち着いており、ギラギラしない。だからファインダーが小さいだけだ。
 これで花などを写すと、広角近くだとピントが非常に深いので、楽。
 ニコンの一眼レフ路線は、今はキヤノンに買えたので、一眼レフより写りのいいP900系の新製品で、ニコン系を纏めた方がいい。このP900系の方がより濃いニコンの画質が出ているのではないかと思える。どぎつかったニコンの写りが。
 
 

■■ 2020年1月7日 火曜日 午前9時06分
 
 今朝は雨で寒いし冷たい。この冷たいというのは雨で手などが濡れるためだ。特に指が。手も冷たくなっているところに、冷たい雨となると、寒く冷たいとなる。こういうときに限って、指とか手の甲などを自転車の部品に引っかけたり、ぶつけたりする。傘を取り出すときなどだ。
 手袋をすればいいのだが、今度は手袋が濡れて気持ちが悪い。それにポケットに仕舞えない。
 冬の雨は厄介だ。寒いだけでも朝、起きてくるのが面倒なのに、雨が降っていることが分かると、それだけで、布団から出たくない。雨の降る日の朝は気温は高い目のはずだが、今朝は低い。下手をすると雪になるような低さだ。
 しかし、今朝はまずまずの理想的な時間、狙っていた時間に目が覚めた。その時間を狙っても、目が開くかどうかは朝にならないと分からない。だから、偶然だろう。
 朝方に目が覚めることは結構あるが、いずれも早い。その時間に起きてもかまわないのだが、まだ早いと思い、また寝てしまう。
 今朝はいい感じの時間に偶然目が覚めた。雨音が聞こえるので、本来なら、起きたくないが、いい機会なので、起きる。滅多にこんないい時間に目が覚めないためだ。
 雨だし、それにいつもの寝起きすぐに行く喫茶店は定休日で、週に一度違う店に行かないと駄目。これも結構面倒。自転車で走るコースはほぼ同じだが、週に一度顔を出す店なので、何か妙な感じだ。他の店の定休日に流れ込んでくる客だし。
 しかし、それが毎週だと、週に一度いつものように来る客となるが、いつもとは、やはり毎日でないといけないような気がする。
 昨日と同じようなことを、今日も、そして明日もという感じが安定している。まあ、一寸したズレやばらつきがあって当然だが。
 正月は晴れが続いていたので、このあたりで雨が来ても不思議ではない。こういう雨が連日続くわけがないので、一度降ってしまえば、また晴れが続くだろう。しばらくは。
 雨ばかりだと、これは雨季だ。冬空は結構安定しているように思える。寒いだけで。
 今朝のお供のカメラは雨なので、ポケットに入るコンパクト系。中古で買ったパナソニックの1インチカメラ。まずまずの大きさで、ポケットに入れやすく取り出しやすいのは、フラットなためだろう。しかしこのカメラ、視度調整の歯車がよく動いてしまい、ファインダーを覗いたとき、ぼやけていることが多い。ポケットから取り出すとき擦れるのではなく、手を突っ込んでカメラを出そうとするとき、カメラの掴み所が悪いのだろう。掴む前にカメラに触れるのだが、そのとき、その歯車箇所を触ってしまうようだ。軽く回る。触れただけで。
 これは古いので、そんな感じだが、新しい目のパナソニックの同じタイプは回りにくいところにある。改善したのだろう。歯車の飛び出しが減ったので。
 まあ、このタイプのカメラで写すとき、面倒なので、手かざしで写すのだろう。小さいカメラを顔に当てて写すのはあまりいい感じではない。
 しかし、雨の日などはポケットに入るので、自転車に乗ったまま傘を差しながら煙草を吸いながらでも写せる。カメラを突き出さない限り防水性はいらない。液晶も回転しないタイプだが、何とかなっている。
 しかし、今朝はそれを持って出たのだが、写すようなことはなかったが、戻り道、折角の雨なので、雨の風景でも写すはず。濡れている路面程度だが。
 最近はキヤノンの一番安い一眼レフでよく写している。手にしたとき、この形のカメラが一番持ちやすく、構えやすい。グリップが飛び出ているタイプだ。見た目はよくないが、手が痛くならない。
 今朝、入った個人喫茶の前を昨日通ったのだが、角にあり、そこに人がいて、通りを写していた。カメラを見ると、非常に小さい。しかしファインダーで覗いての撮影。それがチマチマして、あまり良いものではないが、そのカメラ、遠目ながらも何となく分かった。先ずファイダーがアクセサリーシュー箇所にある。だから飛び出している。これは外付けの電子ファインダー。そしてカメラの小ささからキヤノンイオスM系だ。キヤノンの小さなミラーレス。そう思えたのは、撮影している人が、そんな感じのこだわり派のような服装スタイルのためだ。カジュアルだが、服装を決めている。それなりの上着で、それなりの鞄を持っている。
 小さなカメラを顔にくっつけているのが、どうも窮屈そうだし、無防備、後ろから後頭部をポカンと叩かれそうな感じだ。
 こういうコンパクト系での町写しは手かざしの方がいい。かざさなくても、少し下げて、さっと撮し、さっと仕舞った方がいい。
 さて、週に一度だけ入る喫茶店だが、いつもの店の常連が入ってきた。定休日なので、流れてきたのだろう。しかし、喫茶店は他にもある。むしろ、この店は高いし、また二番目に近い店。
 煙草が吸える店がほとんどで、煙草を売っている喫茶店もある。自販機もあるが、手渡しでも売っている。煙草屋でもある。だから当然店内でも吸える。
 だから、この周辺では喫煙難民にならなくてすむが。自転車を止める場所がない店は、しんどい。
 今朝は早起きしたのだが、雨では何ともならない。しかし、余裕のある一日になるはずだが、早起きした分、昼寝が長くなるはず。
 最近寒くなってきているので、寒さにやられそうだ。まあ、それが冬というものだが、外に出て移動するだけでも、結構厳しい。
 
 

■■ 2020年1月6日 月曜日 午前10時21分
 
 今朝は晴れている。しかし、このところ寒い。朝が。
 夜も隙間風が入るのか、これは年中だが、その風が冷たいようだ。枕屏風のようなものがいるだろう。そのためにあるのかもしれない。
 夏など、寝ているとき、風など入り込むと、大歓迎だったが、全部開けていても、風など感じなかった。
 寒の入りらしいが晴れている日の朝は寒い。曇っている日の方が暖かかったりするし、気温も高い。雲が掛け布団になっているのだろう。
 いつもの寒さなので、毎年経験している寒さ。しかしまだ手が悴み、耳が痛いほどの寒さは来ていない。これからだろう。
 寒いのは一月の末あたりから二月いっぱい。そして三月に入っても、まだまだ。
 四月に入ると、少し緩むが、桜が咲く頃でも冬の服装なので、まだまだ。冬が抜けるのはゴールデンウイークあたりからだろうか。五月だ。だから冬服は長持ちする。夏服よりも着る期間が長い。
 春になったからといっても春物ではまだ頼りない。どかっとした冬物をまだ着続けたりするもの。夏服など梅雨の終わり頃からだ。
 そして梅雨の頃はまだコタツをしていたりする。決して北国の雪国ではないが。
 今朝は仕事始めのようで、ちょうど月曜日なので、区切りがいい。銀行なども開いていた。ただ、車の量が少ない。正月より少ないように思われたが、偶然その時間帯に大きな道を渡っただけかもしれない。
 久しぶりにしっかりとした陽射しがあるようで、日に当たるのもいい。
 冬は安定して晴れているような印象がある。天気がドタバタしない。たまに寒波が来て、荒れる程度。ただ寒いだけだ。一方的に寒い。
 年末に八百屋で一本百円の大きく太いのを買っていたのだが、それを大晦日の夜に煮たのが唯一の正月準備だった。正月に大根を食べる行事はないが、寒いとき、大根の炊き出しのような行事がお寺であったはず。無料だ。振る舞ってもらえる。まあ、おでんの大根だけ、に近いが。大根よりも、それを参拝客に出すときの容器の方が高く付くのではないかと思える。当然箸も用意しないといけないので。これは何に効くのかは忘れたが、風邪を引かないとかだろうか。
 それで、ほとんど使っていない重い大鍋。これはスパゲティーとかをゆでるときに買ったのだが、使っていない。非常に重い。怪我をしそうなほど。
 それで、弱火で、じっくり煮込み。かなり柔らかくなったとき、一つ一つをラップし、冷凍室に入れた。これで、当分大根には困らない。
 大晦日、何故大根を炊いたのか。それは早くしないとしなびてきて沢庵になるためだ。新鮮な内にやっつける方がいい。
 大根一本を買うと、半分ぐらいで、もうしなびてきて、筋が入ったりする。だからもったいないので、切ったやつを買っている。半分に。そして小さい目を。それはコンビニでも売っている。
 今朝も遅い目に起きてきたが、昨日よりもまし。かなり早い時間にしっかりと目が覚め、すぐにでも起きられるほど目が開いていたのだが、まだ早い。それで無理に寝たが、この二度寝、なかなか寝付けなかった。本当は二度寝したくないのだろう。しかし、時間が早く、まだ喫茶店が開いていないので、寝待ちするしかない。早すぎるのだが、起きる気満々で、さっと起きられる状態だった。
 そして次に起きたときは、もう遅い時間になっていたが、二度寝へ向かいそうになった。これが本来だろう。
 だから、早朝の目覚めは危険。しかし、仕事始めで、張り切って目を覚まそうとしたのかもしれない。だが早すぎた。
 
 キヤノンの85ミリ相当の明るい単焦点レンズで夜景などを写す。
 オート撮影での最高感度は6400まで上がるが、常に中望遠で写しており、しかも手ぶれ補正がないので、プログラムモードで写す。こちらは感度上限を上げられる。本当に薄暗いところではレンズが明るくてもスローシャッターになるためだ。
 上限を上げても、そこまで上がらないことの方が多い。暗くて見えないようなところを持ち上げるとき程度だろう。外灯で照らされている地面なら6400までで十分だが。
 カシャンというシャッター音が、カッシャーンとなると遅い目に切れるので、これは注意が必要。
 ズームなら広角側で写せばブレは目立ちにくいが、単焦点なので、何ともならない。まあ、手ぶれに注意してしっかり構えて静かにシャッターボタンを落とすという基本的なことをとやるしかない。手ぶれ補正がないのだから。
 しかし、夜道を行くとき、広角では小さくなりすぎて、見ていたものとは違うのだが、85ミリは流石に望遠が入っているので、狭く切り取ってくれるので、見たまま切り取れたりする。
 また夜道でなくても、普通の道を移動しているとき、中望遠の方が撮しやすい。広角では小さく遠くなり、余計なものが入り込むので、何を写したのかというのが曖昧になる。まあ、全体を写し取っているので、それはそれでいいが、ポイントがない。
 花などを85ミリで、この浅いピントで写すと、完全にボケボケ。一点でしかピントが来ない。こういうときは一点AFでピント位置を指定してやらないといけない。絞ってもそれほどピントは来ないし、面倒なので、オートのまま写している。流石に日中は開放にはならないで、ひとつかふたつ絞った状態になる。
 だが、このカメラ、自動認識するので、近いとマクロ撮影だと思い、その設定に持ち込まれることがある。
 また、何処で合焦したかにより、絵作りが違うようだ。細かくパロメーターを動かすようだ。たとえば日影でフラットだとコントラスト上げなどをやっているのだろう。
 買ったイオスキッスX9はシルバーボディーなので、黒のレンズが妙だが、短く、出っ張りが少ない。そして標準ズームよりも軽かったりする。
 最近よく使っているキヤノンのネオ一眼SX70の方が大きく重くなる。若干だが。
 こうして、単焦点の縛り付きの撮影をやることで、ズームのありがたさが分かる。
 しかし、ズームの85ミリ側では、単焦点の明るいレンズのようなふんわりとした背景ぼけにはならない。夜景などでのボケ方は、やはり明るいレンズだけのことはある。柔らかい。
 それと普通の被写体でも、写りの食い込みが違うようだ。
 小さな一眼レフに、小さなレンズ。かなり軽快。
 
 

 


■■ 2020年1月5日 日曜日 午前11時05分
 
 今朝は正月三が日は明けているのだが、日曜で、まだ休んでいるような感じ。そして曇っており、肌寒い。元旦は寒いと予報ではあったが、今朝の方が寒そうだが、気温的にはそれほど下がっていない。数値だけでは分からない何かがあるのだろう。
 天気ではなく体調で体感温度が違っていたりする。今朝、布団から出たとき、寒かった。気温も低いが、寒々しさが違う。寝ていて冷えたのだろうか。腹具合が悪い夢を見ていた。
 身体の調子というのは日々変わるようだが、これはあまり変わらない方が安定しているのだろう。
 新年早々から鬱陶しい空で、これが三が日内ならいいが、正月が明けてからの冬空は、季節通りに厳しくなっていく。ますます寒くなる真冬へ向かっているのだから。
 正月の次は、春を待つしかないが、これは結構先の話だ。日だけは徐々に長くなっていくが、寒さはますます厳しくなる。
 今年、まだ米を炊いていない。ご飯は弁当とかで食べているが、朝は餅を食べるので、それで済んでしまう。早く食べないと、カビが生えるし、固くなるので、餅優先。それも終わりがけたので、今朝は久しぶりに炊きたてのご飯を食べることにする。寒い季節。ご飯が一番美味しかったりする。腹に何か入れたい場合、ご飯が一番だろう。それに暖かいし。
 ご飯はそのため、炊きたてがいい。スイッチが切れときに合わせて食べる、
 朝の喫茶店はすいている。少し遅い時間だったためかもしれない。初詣客もいないはず。ただ、三が日は混むので、この土日に参る人もいるだろう。すいている方がよかったりするが、もう神社は正月用のものは片付けていたりする。
 今朝は間違って、薄い方のダウンジャケットを着てきた。僅かな差だが、暖かさが違うし、首元が違う。しかし、少し薄いタイプでも分厚いタイプでも寒いときは寒い。いくら着込んでも同じということがある。まあ、今朝はそこまで寒くはないが。
 明日からは平日に戻る。正月ではなく、ただの一月に。
 
キヤノンレンズ85ミリF1.7
 キヤノンのレンズが届いたので、早速試写してみる。
 届いたのは上新からで、久しぶりの上新の段ボール。レンズは小さいので、骨箱程度。中の詰め物をのけると元箱。これも小さい。
 保証書とマニュアルが入っているが、マニュアルはキヤノンレンズ共通。そのため、買ったレンズの紙のマニュアルがない。スペック表だ。ネット上にあるので、問題はないが。
 しかし知りたかったのは最短撮影距離。これはレンズ側に書かれており、35センチ。受光素子面からなので、レンズ先端からではない。同じキヤノンのキットレンズの標準ズームなら85ミリ側でも20センチ少し寄れるので、それに比べると、少し長いが、その前のバージョンのレンズはかなり遠かったので、テーブル撮りはできなかったが、この新レンズはできる。
 テーブルものとは、テーブルと椅子があり、椅子に座ったままテーブルの小物が写せるかどうかだ。最短撮影距離50センチなら椅子の背もたれに身体を反らせれば何とかなるが、苦しい。40センチあれば、楽。35センチならファインダーを覗かなくても、背面液晶でも楽に写せる。
 来たのが昼過ぎの指定時間で、夕方までの時間帯だが、すぐに来た。
 それですぐにレンズを付け、試写。まあ、普通に写っているだけ。レンズが明るいと、ファインダーがもっと明るくなると思っていたが、それは昔の一眼レフだろうか。今の一眼レフのファインダーは最初から明るいのだろう。暗いレンズを付けても。
 ただ、そのボディー、イオスの一番安いタイプのキッスタイプなので、ファインダーは特殊なもので、プリズムではなく、鏡を貼り合わせてたダフミラー。そのためかもしれない。ファインダーの明るさはあまり変わらなかったりしたが、比べたわけではない。
 レンズが明るいので、感度を上げなくてもいい。しかし手ぶれ補正がないので、スローシャッターが厳しいだろう。それと広角ではなく、中望遠なので、ブレやすい。85ミリなので、望遠のようにぐらぐらすると言うことはないが、フィルムカメラ時代の50ミリなので、ラフに写す場合は15分の1秒あたりが限界だろう。手ぶれ補正がなければ。
 キットレンズの手ぶれ補正分は、レンズの明るさで取り返している。数段分ハイシャッターが切れるので。
 といっても絞り優先で使っているわけではない。オートなので、感度は自動。そのため開放にならないことも多い。暗くても絞ろうとし、感度を上げよとしている。このあたり、シーン自動認識が働いているのだろう。暗いから絞りを開けるばかりではなく、少し絞った方がいい被写体もあるので、暗いところでも絞りはバラバラだ。ただ、露出不足になるほど暗いと、流石に開放になる。
 部屋で数枚写したが、見事なものだ。そこは単焦点、これがズームより厳しければ、逆に問題だ。
 ピントが数段開いているため、背景がキットレンズよりもボケる。いずれもオートで絞りは触っていない。
 試写で数枚写しただけ。これは初期不良を見るため。
 そのあと喫茶店に行ったので、昼間の明るいところで写す。いつもの通り道だ。
 レンズを触らなくてもいいのは、ズームではないため、その操作をしなくてもいい。85ミリの画角は物のフォルムが見た目に近いらしい。50ミリだと、物と物との前後の重なりの距離感が同じになるらしい。肉眼のパースと近いとか。風景なら、50ミリが自然な距離感で、近くのものと遠くのものが肉眼で見たままなので自然。だが面白味のない画角だろう。いい風景でないとごまかしがきかない。
 85ミリは物撮りがいい。展開風景でもいいのだが、ある塊を写すときがいい。これというものを。だから日常の中で、これというのを切り取る感じだが、望遠ほどには迫れない。近付けばいいのだが、日常移動の道からの撮影なので、人の家の庭に入り込まないと無理だったりする。まあ、そのあたりは望遠の世界なので、85ミリではそれは期待していない。
 ポートレートレンズと言われているだけあって、人を写すときの距離が丁度いいのだろう。それほど近付かず、それほど離れていない状態で写す。
 イオスキッスX7は安いカメラなので、像倍率も低い。等倍ファインダーではないが、85ミリを付けると等倍になったりする。つまり肉眼で見た大きさと同じものがファインダーでも見えるということだ。まあ、素通しのガラスから見れば全部等倍に見えるが。だから写ルンですのファインダーが等倍だったりする。穴から見ているので。
 そのため、被写体を見て、カメラで、もう一度見た場合、しっくりと写せる。違和感がない。これが標準系の良さだろう。
 しかし、ありふれたものはありふれたようにしか見えないが。
 あとは85ミリで切り取ると言うことなので、見たときに、どの程度の範囲が写り込むのかを覚えればいい。ズームだと、忘れてしまった感覚だが。
 そのため、写す前に、ここからここまで入るだろうという予測が立つ。だからもう少し離れた方がいいとか、近付いた方がいいとかになるが、実際には近付けなかったり、離れられなかったりするものだ。だからズームの方が利便性が高いが、その代わり単純明快で、カメラ側を弄る必要がない。
 カメラと被写体との距離は、リアルでの距離感のようなもの。そういう現実なのだ。
 普段の撮影では望遠が多いので、標準系の85ミリは望遠寄りなので、50ミリや35ミリよりも、個人的には扱いやすい。
 自分にとっての標準レンズがあり、その画角は無機的には50ミリだが、実際に写す頻度から考えれば85ミリを多用している。これはキットレンズの28ミリから85ミリを付けたとき、一番使っているのは85ミリなので、既に分かっていることだ。
 ただ広角がないと、展開風景とかが写せなくなるが、ポケットにコンパクト系を入れておけばすむことだ。たとえばキヤノンのコンパクト系旅カメラなら24から1000ミリ近くある。そうなると、そのコンパクトデジカメだけで十分ではないかという話になるが。それを言えばおしまいだ。
 単焦点レンズは不便だが、その範囲内での縛りを楽しむことができる。超広角も、超望遠も禁じ手になり、少しだけ望遠気味のレンズだけで、芸をする。
 芸とは縛りの中でやるものだろう。
 風景をポートレートレンズで写す。これがいい。
 
 
 
■■ 2020年1月4日 土曜日 午前11時28分
 
 今朝は流石に曇っている。陽射しはない。正月三が日何とか晴れていたのだから、それで良いだろう。正月は明けたが、土日にと休みの日が続くが、正月休みは仕事始めの頃まで休みのはずなので、この土日がズレてくれれば、もっと休めたかもしれない。しかし、三が日で正月休みは十分だったりする。これは休みが十分なのではなく、正月が三日も続くと、もう飽きる。
 正月のおせち料理などは、昔は正月三日ほどは炊事をしたくないので、作り置いたようなもの。しかし、すき焼きなど、鍋物は作るし、雑煮も作るはずなので、炊事はしないといけないだろうが。これは昔の話だ。ご飯も餅があれば良いではないかという話になるが、やはりご飯は必要。だから米を洗わないといけない。
 そして最近ではおせち料理三日間も飽きるだろう。いくら色々なものが入っていたとしても。
 このあたりで、カレーが食べたいとか、ラーメンを食べたいと思うようになるはず。それとか、パンとか。
 また三が日は何もしないで、正月気分のまま過ごすとなると、シャキッとしているのは初詣だけで、あとはだらだら過ごしていたのではないか。新年の挨拶で隣近所を回るということは少ないはず。親戚縁者が固まっている村なら別だが。
 ある程度年をとり、孫や曾孫がいる人なら、それらが正月から遊びに来て、のんびりできないかもしれない。
 いつもの寝起き行く喫茶店も四日からは平常通りになり、いつもの時間に開く。昨日は早い目に起きてきたので、まだ、開いていなかったが。
 だから今日から平常に戻るので、正月を言い訳にして、夜更かししたり、遅起きしたり、適当なものを買って食べるとかは、昨日まで。
 その証拠に、今朝などは遅い目に目が覚めたのだが、さらに二度寝しており、かなり遅い。
 今日はキャノンのレンズが届く日なので、指定した時間帯にいないといけない。いつもなら、その時間、昼の喫茶店から戻ってきた頃なので、確実にいる。だから、その時間を指定した。
 ところが最近は起きるのが遅いので、昼の喫茶店が遅くなり、戻ってくると、指定時間を過ぎている。少し早い目に戻ってくれば何とかなるが、今朝の遅起きでは、それも無理。
 ということは昼の喫茶店に行かないで、待つことになる。
 レンズを受け取ってから昼の喫茶店へ行けばいいのだ。
 朝の喫茶店から戻ってから指定時間まではかなりある。いくら遅起きでも。だから、時間が十分あるということになり、もっと遅起きでもよかったのではないかとなる。まあ、時間が余るので、朝の喫茶店からの戻り道に散歩がてら寄り道をすることができる。本来なら急いで戻るところを。
 だから正月、だらっとしていたので、時間の調整が必要になったりする。
 正月が明けたので、神社も静かになるだろう。行列ができていた神社へ寄るのもいい。この神社、いい気ではなく、いい木がある。それを見ているほうがよかったりする。
 正月三が日は終わったが、次は本格的な真冬が待っている。しかし冬至から少しだけ立つので、少しだけ日が沈むのが遅くなった。夕方前に行く喫茶店までの道では日は沈んでいて、少しだけ明るさが空の端にある程度。だから早く出ないと、夕焼けなど見られない。それが、徐々に見られるようになるはず。それには同じ時間帯に出ないと分かりにくい。
 どちらにしても、正月は終わり、普通の土曜日になっている。通り道にある村の神社を昨夕通ったのだが、既に提灯を閉まっていた。三が日とはいえ、三日目の夜は、もう終わっているという感じ。三日目の朝ならあったはず。だから三日目の夕方はもう初詣らしいない。神社は平日に戻っているので。
 露店で賑わう神社も、三日の午後あたりはしまいかけているだろう。明るいうちに撤退だ。
 それに近くの人しか来ない村の神社なので、もう参る人は参り終えたはず。二日あれば、充分という感じ。ほとんどは31日の深夜、年明けの時刻から人が来る。それは選挙の時にしか、見かけないような人達に似ている。投票に行くような人の流れに近い。
 ここは神主の家もあるので、神主も、睡眠不足で、疲れただろう。三日目の夕方前はもう寝ていたのかもしれない。早仕舞いだ。
 
 今朝のお供のカメラはキャノンのネオ一眼SX70で、最近、このカメラを見直している。特に写す目的がないとき、鞄に入れておくと、移動中に見付ける猫や鳥や花などをさっと写せるからだ。しかも非常に素早く、操作性がいい。ただしフルオートだが。
 また、移動中の道筋、昨日と同じような風景だが、たまに珍しいものと遭遇することがある。そういうときの対応力がこのカメラにはある。
 それだけのことだが、このカメラが一番その面では強い。
 
 
 
■■ 2020年1月3日 金曜日 午前9時54分
 
 今朝は少し雲が多く、濁ってるが、まだ晴れている。正月二日ほど晴れが続いたので、もういいだろう。今日もそれなりに晴れており、正月晴れとは言えないが、雨が降っていないだけまし。まあ、正月は、正月であることだけで、めでたく、そして晴れの日だ。この晴れは、平常とは違うので、逆に異様かもしれない。行事というのは異様なものだが、正月は何もしない方がいい。何も行わない方がよい。静かに新年を迎えるということで。この静かさというのが、大事なのかもしれない。だから騒いだりしてはいけない。
 今朝はいつもの喫茶店の開店時間が遅いので、その近くに個人喫茶に入る。まずまずの時間に起きてきたので、いつもの店を開くまで待つわけにはいかない。そのへんを散歩すれば、その時間になるが、昨日初詣で賑わう神社に寄ったので、二日続けると鮮度が落ちる。結局は人を見に行くのだが。
 二日続いていた遅起きから脱したようで、遅起きがいつもの時間の目覚めになる恐れはなくなった。しかし、元旦の朝はしっかりと早く目が覚めていたのだ。昨日もそうだし、今日もそうだ。しかし、寝た時間が遅いので、起きなかっただけ。頭は正月、新年を意識しているのだろうか。
 今朝はまずまずの時間に起きてきたのは、二度寝がほどほどだったためだろう。二度寝は次に起きる時間が分からない。今朝は偶然いい感じの時間に起きたようだ。これはコントロールできない。
 昨日はかなり遅かったのだが、遅いついでに、喫茶店からの帰り道、いつもの神社まで行く。ここは寄り道の通り道。だから常に行っている神社。初詣ではなく初通りになった。境内を抜けただけ。自転車で抜ける抜け道がある。
 昼に行く喫茶店までの沿道にも神社がある。ここは馴染み深い地元神社に近いが、そこは前を通過しただけ。年末までに焚き火の薪を用意していたのだが、全部使い切ったようだ。一日持たなかったようだ。それらの薪は境内の木だ。伸びた枝などを業者が来て斬ったものの残りだ。正月用に残していたものと思われる。また、台風などで枝が折れたりしたものも、参拝客の暖用に燃やす。さらに御札とかも売っており、これを返すときとか、正月飾りとかを燃やすため、とんとというのをやる。そのときも蒔きが必要。生木ではなく、しばらく放置したものが必要。
 この「とんと」と言うを子供の頃から耳にしており、それは普通の焚き火のことを、とんとといっていたためだろう。まあ、町内の公道で焚き火ができた時代だが。
 煙が出てどうのという問題はない。蒔きで煮炊きしていたような時代なので、煙突から煙が出ていたのだから。
 流石にその頃は覚えていないが、竈からの煙突は残っていた。
 昨日はそれで、初詣客を多く見たのだが、何十年か前の貧乏臭い服装の日本人とは違っている。服装はカジュアルで、色目も軽快。
 カメラはパナソニックのネオ一眼を持って行ったが、望遠などではキヤノンのネオ一眼の方が素早い。ピントが早いのか、ズームしてもピントが合っている。パナソニックやニコンは途中でぼんやりしてしまい、被写体がよく分からなくなる。それとキヤノンはファイオンダーが大きく鮮明。この違いは大きい。望遠で人を写すとき、さっさと写さないと、目立つので、素早さが大事。
 
 昨日は正月二日目なので、元旦は大人しくしていたが、上新へ行き、お年玉をもらう。いや逆だ。玉を落としに行くのだが。
 先日買ったキヤノンの一眼レフは展示品だったが、その横にレンズが一本だけ置かれていた。お年玉ではなく、展示玉で、この玉を落としに行った。
 所謂キヤノンの蒔きレンズ。85ミリ相当の開放が明るい単焦点。実際には50ミリ標準レンズ。フィルム時代の安い方の標準レンズだ。だからF1.4ではない。手ぶれ補正はない。蒔きレンズなので、餌なので1万円台のレンズ。
 イオスキッスX9をここの展示品を買ったので、そのスペースがそのまま残っている。何も展示していない。自分が持ち帰ったので。残っているのはそのレンズだけ。ポカリとそこだけ穴が空いているのは、自分が買ったからだ。
 このお年玉を買うことにし、店員を呼ぶと、取り寄せになるらしい。現物はない。また展示品は売らないらしい。そうでないと蒔きレンズの役目を果たせないためだ。キヤノンの一眼レフを買えば、こんな安いレンズを付けることができるというストーリーになっている。
 しかし85ミリ相当のレンズを買うだろうかという話だ。50ミリとか広角系の単焦点なら分かるが85ミリは望遠過ぎる標準系。ポートレートレンズと言われているので、子供などを撮すときはいいのだろうが。
 店員が、取り寄せよりも配達の方が早いと言いだした。直接家に届けてくれるらしい。送料は無料。
 それなら上新ネットで買うのとかわりはなく、しかもネットの方が安いというと、端末で、さっと値段を確認し、その値段で売ると言いいだした。つまり一万円後半から一万円前半の値段までガクンと下がった。これこそお年玉だ。2万円ほど用意していたのだが、釣りは一万円近くある。上新でお年玉をもらったような気になった。
 しかし、正月二日目、初売りのときにこのレンズを買い、すぐに付けて写したかったのだが。配達となると、上新ネットと同じで間一日発送となる。だから翌日届かない。
 そのため、今日はまだ届いていない。明日だ。
 取り寄せ、店で手渡し、これはレジが混むのを避けるためかもしれない。
 この85ミリ相当のレンズ。蒔きレンズの代表で、評判がいいし、人気があるので、レンズも新型が出ていた。それを知らなかった。だから買ったのは新型の方。最短撮影距離が長いのが気になっていたのだが35センチまで寄れるようになった。あとは手ぶれ補正だが、このタイプはいらないのかもしれない。
 キットで買ったキットレンズは28から85ミリだが、ほとんど85ミリを使っている。ズームの望遠端なのでF5.6と暗くなる。それがF1.8と大口径になる。
 光学式の一眼レフを買ったなら、いつかはこれを付けたいと思っていた。なぜならファインダーも明るくなるし、50ミリ相当よりも像が大きく見え、そしてピントが浅くなり、ファイダーも生きる。
 つまり光学式一眼レフファインダーで覗いたとき一番美味しいレンズがこれなのだ。それにレンズは小さく軽い。
 フルサイズ一眼でなら50ミリになるが、イオスキッスでは85ミリになる。50ミリ相当にするには35ミリが必要。35ミリは広角ではないかという頭がある。いくら50ミリ相当でも。
 もうひと玉、キヤノンには小さく使いやすいレンズがある。38ミリ相当の準広角レンズだ。パンケーキレンズで、これは世界最小最軽量のX7の時に出たものだろうか。このレンズを付けるともの凄く軽い一眼レフの組み合わせになる。
 38ミリ。それは昔のフィルム時代のコンパクトカメラの標準レンズだ。一番この画角が多かったはず。
 まあ、28から85を使う方が利便性が高いので、そのレンズはいらないだろう。
 欲しいのはやや望遠気味の標準レンズで明るく小さいタイプ。一眼レフを活かすにはボケがポイント。コンパクト系よりもボケるので、ここを活かすのがいい。そうでないと、ネオ一眼で写したのとあまり変わらないためだ。利便性ではネオ一眼がいいので、85ミリ相当の単焦点は、より一眼レフらしいファインダーを覗きながらの充実感が味わえるだろう。
 これで、お年玉をもらったのか、落としたのかは分からないが、いい玉だ。正月にしか買えないだろう。こういうレンズは。玉を買う。正月らしい。
 
 
 
■■ 2020年1月2日 木曜日 午前11時24分
 
 正月二日目。元日は一年最初の年だが、二日目となると、少し落ちるのか。三日目になると、さらに鮮度が落ちるわけではないが。
 正月三が日。何かあるのだろう。三日間というのが。
 お盆も都合三日か四日ほどある。迎え火から送り火までだが、正月三が日は序盤の三日間という感じになる。スタートした直後だ。他の行事でも数日に及ぶものがあるが、正月に関しては、特に何かをするわけではない。寺社ではやるだろうが。
 まあ、三日間休みがあるということだろう。
 この休みというのが最大の行事かもしれない。一番分かりやすい。
 今朝は昨日と同じで新年早々なので頭だけは張り切っているようで、いい時間に目が覚めたが、やはり早い目。少し早い。昨日よりは遅いが、それでも早い。普段でも、この時間目が覚めても実際には起きない。確実に二度寝。
 そして起きると、かなり遅い。それは昨日と同じ。遅すぎるのだが、どこか頭の中に朝に行く喫茶店の時間があったのだろう。いつもの喫茶店が二日目から開いているのだが、営業時間が遅い。その時間まで流石に普段は寝ていないので、開いていても行くことはない。
 しかし、できるだけ平日と同じようにしたいので、その時間まで寝ていたのだろうか。おかげで、もの凄く遅起きになったが、いつもの店に行くことができた。
 折角明けているのだが、客がいない。まあ、正月の昼前。ほぼ昼時に近いのだが、ハンバーガーですませるのは、あまり正月らしくない。これがクリスマスなら唐揚げを買いに来る人が多いのだが。
 今年は正月飾りがない。クリスマス飾りはあったのだが、正月物はない。音楽も正月とは関係がない。
 これで、今朝は遅起きしたので、予定していたその近くにある個人喫茶へ行かなくてもすんだ。高いこともあるが、あまり居心地がよくない。実際にはテーブルも広く、居心地はいい。値段分のことはあるのだが。
 まあ、正月なので、休みということで、遅起きになってもいいと思うことにした。新年早々張り切って早起きしても、別にやることがないし、外に出ても寒い。
 今朝も寒いと思っていたのだが、それほどでもなかった。ヘビークラスのコートを羽織ってきたのだが、暑苦しく感じるほど。
 昨日は無事、雑煮を食べることができた。喉に詰めないように、かなり柔らかく、溶けそうなほどにした。まあ、これはいつもそうだが、餅など滅多に食べない。しかし、餅はすぐにカビが生えるので、数日は雑煮が続くだろう。
 昨日は行く喫茶店がひとつ減ったので、間が空いた。昼の喫茶店に朝に行ったので。その朝も遅かったが。
 それで、朝の喫茶店の次が夕方の喫茶店になり、飛んだ。そのため、時間が空いたので、夕方までまだ時間があったので、行く途中、寄り道した。一寸した自転車散歩だが、近い場所だ。たまにしか行かないところで、長距離自転車散歩で出るとき通る程度。まだ出発して間もない場所なので、そこを目的地にするには近すぎる。
 意外と足を踏み込まない内野。ボールが飛んでこない内野。
 カメラはキャノンイオスキッスX9と標準ズーム。28から85までの縛り撮影。その画角の範囲内だけで写した。カメラが小さいし軽いので、一眼レフ撮影といっても軽快。
 しかし高い木の上に止まっているカラスは無理。ただ、85ミリ側で写すと、カラスがいる程度には分かる。ここはポケットに入る旅カメラを出して、写したが、1000ミリ近いので、流石にカラスはしっかりと写せた。この旅カメラはキャノン。実際にはこのカメラだけで十分。ただ、ファインダーがないので、望遠が写しにくいし、また液晶だけではターゲットがよく見えない。そして写した充実感があまりない。それだけのことだが。
 このあたり旧有馬道沿いらしい。旧街道沿いというのは古い家などが残っていたりする。その村落を越えて有馬へと進むと、すぐに伊丹城下に入る。その手前の村だろう。
 その近くに猪名寺があり、猪名野廃寺がある。その敷地内に猪名野神社がある。伊丹にある猪名野神社の親だ。ここから移転した。だからこちらが本家だが、祠程度の小さなもの。
 猪名野神社は宮前商店街などで賑わい。初詣もこのあたりでは一番大きな神社なので、屋台も出て、賑わっているが、猪名寺にある猪名野神社はさっぱり。誰も参りになど来ない。
 このあたり、猪名部氏という豪族の本拠地で。古墳群があり、埋葬されているのは全て猪名部氏ではないかといわれている。渡来人で、木工を伝えに来たとか。物部か蘇我か、どちらかは忘れたが、その傘下だろうか。渡米人なので、蘇我かもしれない。
 そして祭られているのはスサノウとか、よくあるタイプだろう。しかし、これは表向きのはず。
 猪名部氏の氏神のようなものがいたはず。そうだとすれば海外の神々だろう。
 まあ、仏様も異国から来たのだから、異国の神様には違いないが。
 もっと土着の、古くからいるその場所に根付いている神様を見たいものだが、そう言う形を取らないのが、日本の神様だろう。妖怪はいるが、神の座を奪われたのだろう。
 しかし、初詣に行く神社、御神体は何でもいい。それに、知らなかったりしても平気で拝んでいる。ここがいいのだ。有り難いものにはとりあえず手を合わせる。神というのは元々ひとつのものかもしれない。単に「かみ」なのだ。仏もそうだ。「かみさまほとけさま」で括ってしまえる。
 
 

■■ 2020年1月1日 水曜日 午前11時20分
 
 今朝は晴れており、少し寒いが、予報ほどではない。雨の元旦よりもいいだろう。
 それよりも寝起きすぐに行く喫茶店が問題。いつもの店は完全に元日は休み。それで、予定していたのはその近くにある個人喫茶。去年そこに入ったように記憶している。
 しかし、前まで来ると閉まっている。貼り紙では二日から平常営業とか。そういえばこの店いつ休んでいるのか分からない。定休日があるはずだが、そこまで見ていない。通りかからない日の方が多いので。
 それで、数年前はその近くにさらに喫茶店があったので三日ほどはそこに通った。しかし二年か三年前に潰れた。さらにその先にもう一軒あり、こちらはまだあるのだが、前を通ると、シャッター。
 さらに探せば珈琲館があるが自転車置き場がない。駅のどん前のためだ。煙草は吸える。しかし、開いているかどうかは不明。
 そのまま遠出すれば、開いている店があるかもしれないが、遠出する前に喫茶店に入りたいものだ。寝起きすぐに入るのがいい。
 ウロウロしていると、寝起きすぐが、起きてしばらくして、となる。
 それで、戻りかけたとき、開いている大きな店がある。ファミレス規模の喫茶店だ。所謂カフェ。喫煙マークもある。そういう席もあるのだろう。ここは白雪がやっているのかもしれない。その敷地があったはず。横に酒蔵があり、ここはドイツ料理店なのか、忘れたが、白雪だけあって海外の輸入ビールなどを置いていたりする。黒かったりする。
 客が多いはずなので、待ち時間が面倒。あとはコメダだろう。ここは夕方よく行っている。しかし、かなり遠い。家から近いのだが、方角的に遠い。ここも正月なので、満席かもしれない。喫煙席が少ない。
 それで、切り札の昼に行くショッピングモールへ行く。ここは百パーセント開いている。元旦から全ての店が営業。当然喫茶店も。ここの喫茶店は喫煙席の方が広い。満席はない。広いので。そして安い。200円台だ。
 それで喫茶難民は終わり、落ち着いて、この日誌を書いている。これが日課なのだ。だから、朝、喫茶店がないと、書けない。
 それで明日からはいつもの店の近くにある個人喫茶となるだろう。明日からは営業となっていたので。そしていつもの店も明日は開くのだが、開くのが遅い。悪の十字架と言うほど遅い。
 まあ、寝過ごせば、その時間に行けるだろう。
 今朝はかなり早い目に起きた。頭の片隅に正月が入っていたのだろう。張り切って早く起き、新年を迎えるため。
 それが作動したようで、いい感じの時間帯に目が覚めたのだが、頭はそうでも身体が拒否。起きかけたが、また寝た。そうでないと、新年早々睡眠不足気味になる。折角いい時間に目が覚めたのに、もったいないが、二度寝を選んだ。賢明な選択と言えるかどうかは分からない。
 これが朝まだ早い時間に喫茶店を探してウロウロでは寒いだろう。遅起きのおかげで、街も少しは暖まっていたので。
 昨日は夕方の喫茶店の戻りにスーパーで買い物。これはレジが厳しいと思っていたが、仕方がない。
 祝い鯛が半額。賞味期限の関係だろう。塩で固めているような焼き鯛。しかし、光沢が出てきており、カラッとした感じではない。焼き物の。
 安いが、避ける。今日も同じのがあるはずなので、後日にする。
 しかし、正月に鯛を食べる習慣はなかった。家では身の締まった寒ブリだった。ブリを焼いたのが出ていた。正月の御馳走は鯛ではなく、このブリだった。親の里の風習だろう。ある地域ではブリを食べる習慣があるのだろう。知らないで、食べていたが。まあ、切り身のブリはビフテキ並み。それより食べやすい。
 その寒ブリ三切れが結構安かった。これも正月用の縁起物コーナーにあったので、その風習を伝えているのだろう。
 それと餅を買う。これは伸し餅。これは正月用だろう。パックに入っていない。自分で切るのだが、既に切れ目が入っていたので、切った状態で、伸し餅状態の形をとどめて売っているのだろう。それの海老餅にする。
 昨日それを買ったので、今朝は雑煮ができる。
 正月は特別な日だが、日常を維持するという方向へ行ってしまう。だから正月でもやっている店などを探し回ったりする。できるだけ、昨日と同じように過ごしたいのだろう。これは慣性が付いているようなもの。物ではないが。
 年明け、年越しの瞬間は見ていなかった。時計を見ると、既に越していた。そして前日と同じように過ごしていた。寝る時間も前日と同じ。
 子供の頃、正月を楽しみにしていたのはお年玉。そして初詣も楽しみ。これは道沿いにあるおもちゃ屋が正月でも開いているためだ。ここで玩具を買うのが楽しかったのだろう。
 ブリキのロボットがあり、大きな下駄を履いており、ゼンマイ仕掛けで歩く。さらに目から光線を出す。このブリキの質感色合いなどはプラモデルでは無理。塗ればいいのだが、質感、重さ、などは無理。
 神社へ行く道筋におもちゃ屋は二軒か三軒あった。今は跡形もない。それと本屋は元旦から開いており、今朝行こうとした個人喫茶のその近くにあった。ここで少年月刊誌の巨大サンドイッチのようなのを買う。目的は漫画ではなく、付録だ。正月号が一番付録が多い。これは年に一度買うか買わないかだ。まだ少年マガジンもサンデーも出ていなかった時代だろうか。
 付録に単行本が入っている。漫画本だ。結構分厚かった。今は、何も覚えていない。ボール紙の付録の玩具を組み立てる方が楽しかったので。
 初詣はしていない。神社を見ても拝んだこともない。参拝するのが何となくわざとらしいためだ。
 しかし、正月の初詣、廃れることはなく、人出はかなりある。まあ昔は正月、行くところがないので、神社へ行っていたのだろう。
 寺でもいいのだが。
 
 
■■ 2019年12月31日 火曜日 午前10時33分
 
 今朝は曇っており、ぱらっと来そうだが気温は高い目だろうか。寒くない。風が暖かいというと変だが、冷たい風ではないので、助かる。
 いよいよ大晦日となり、今年も今日で終わる。これは毎年決まっており、12月で終わらなければ13月14月と続く。年で切っているので二桁で終わる。ただ、西暦は長ったらしい。そのため、上二桁を省略することがある。明治、大正、昭和、平成、令和なら二桁ですむ。ただ一桁で終わることもあっただろうが。これはまたがると繋がりが分かりにくくなる。ただ、呼び名がつくことで、イメージがすぐに来る。西暦で言われても数字なので、イメージの来方が遅い。一度何かにバウンスさせてから辿るようだ。
 並行してよくあるのが昭和三十年代とか四十年代とか、西暦の60年代とか70年代とかだ。昭和は長いし、戦前、戦中、戦後ではがらりと変わる。
 平成何年代とかはあまり聞かない。区切らないでも分かるような感じ。
 大正は15年ほどなどで把握しやすいが、明治と昭和はいつ終わったのか、忘れている。また、明治百年などとも言われていた。徳川の世が終わってからの数え方だろうか。
 明治などは結構近い。明治生まれの人がいたし、それ以前の江戸時代の人もまだ生きていたので。
 そして、どの時代の人も、大晦日や正月を迎えたのだろう。いつ頃から大晦日を意識しだしたのかは知らないが。
 今朝は遅い目に起きてきたので、また一日が遅れがちになるが、大晦日ならいいだろう。早い目に目が覚めたのだが、早すぎたので、また寝た。その時間起きても喫茶店が開いていなかったりする。いつもなら開いているが、年末年始は営業時間が変わるので、少し遅い目に開く。
 元旦は朝の喫茶店も休みで、二日目からは開くが遅い時間に開くので、間に合わない。四日目から平日通りになる。それまでは個人喫茶に行くしかない。高いが。
 昨日は夕方の喫茶店から戻るとき、道が淋しいのが気になった。ちょうど通勤の自転車と重なる時間。その自転車がいない。それに歩いている人もいない。
 30日なので、もう休みになったのだろう。ただ単に自転車でウロウロしている人は元々少ないので、いつもの裏道は無人。
 スーパーは混んでおり、レジに行列ができていた。雨模様なので、客は少ないはずだが。
 結局昨日は正月用の食べるものなどは買わなかった。まあ、食べる物がなくなっても、食堂などは開いているし、コンビニもあるので、問題はない。ただ、餅はまだ買っていない。突き立ての軟らかい餅が欲しいところだが。これはギリギリで買うのがいい。早い目に買うと、固くなってしまうので。
 まだ軟らかい餅で雑煮を作ると、作りやすい。すぐに溶けてくるからだ。かなりとかして食べる。ドロドロの汁を飲むような感じだ。その汁をご飯にとろろのようにかけて、とかは流石に考えない。ご飯でご飯を食べているようなものなので。
 しかし、今年の年末、押し迫ってきた最終日近くでの天気が一寸悪い。あまり例がないのではないかと思える。これを例年になく、となるのだろうが、調べればあるかもしれない。数年前か、数十年前の、その日の天気は記録されており、ネットで見ることができる。一時間置きの気温や雨量や風速、風向きなども。
 しかし、今日が大晦日だと思わなければ、ただの天気の悪い日だろう。
 それほど大変なことにもならず、年を越せるだけでも幸いだろう。
 しかし、一寸先は闇。これは誰にでも当てはまる。
 
 

■■ 2019年12月30日 月曜日 午前11時04分
 
 今朝は雨。押し迫ったときの雨は、正月の買い物とかでは厳しいだろう。普段よりも荷物が多い。人出も多い。
 雨の日は、スーパーの駐輪場などはがら空き。しかし、今日などは雨でも客で一杯だろう。しかし、雨だし、寒いし、冷たいので、自転車移動は大変。普段より買い物袋は多いはず。
 まだ帰省ラッシュは続いているようで、車が多い。年末のややこしい時期だ。朝の喫茶店も、客が多い。今朝は寝過ごして、かなり遅い目に来たのだが、この時間はがら空きのはずだが、満席近い。色々と正月の買い物とかで来ているのだろうか。仕事納めは済んだのだろうか。
 これが明日になると大晦日なので、さらに押し迫り、気忙しい。しかし、町は夕方を少し過ぎたあたりから変わる。早い目に店が閉まり、静まる。
 まあ、買い物を何処でするのかにもよる。昔ながらの商店街は年中人は少ないが、通行人はそれなりにいる。駅前とかなら。
 正月の用意として飾り物がある。正月飾りだ。少し長い目のものを持った人が、昨日は歩いていた。レジ袋に入りきらないのだろう。
 ショッピングモールなどは駐車場があるので、雨でも、さっと行け、さっと戻って来れそうなものだが、駐車場が混んでいたり、そこで渋滞していたり、また、入るとき出るときも、歩道を挟んでいると、なかなか入れないし、出られない。当然車道は車が通っているので、割り込むことになる。なかなか一般道に出られない。整理員が誘導しているが、駐車場から車の列がまさに長蛇。遠いところから来ているのなら別だが、自転車の方が早かったりする。
 雨なので、雪が降るほどの寒さではないが、雨が冷たい。風がないだけ幸い。
 来週の今頃は仕事始めだろう。今年も今日と明日を残すのみ。毎年そんなことをいっているが、この時期の30日とか31日とかは意識的になる。文句なく年末。年末中の年末。
 雨で寒いが、朝の喫茶店内は暖かい。こういうときはもうあまり動きたくないが、帰りの道もある。まあ、よくある雨の日の道だが、あまり良いものではない。昼や夕方にも外に出るので、雨では難儀する。一日中雨の日は年に何度もあるが、この押し迫ったときは遠慮してもらいたいものだ。そして正月の最低気温を見ると氷点下になっている。その状態で雨が降れば、これは雪だろう。ただし、瞬間最低気温なので、一日中ではない。しかし、昨日今日よりも寒いようだ。
 それで、年内の用事は今日中に済ませ、大晦日は何もしないで、ゆっくりしたいものだ。明日に延ばせる用事もあるが。
 しかし、用事と言っても、平日と変わらない。餅ぐらいは買いたいものだが、つきたてがいい。手にしてまだ柔らかいタイプ。スーパーで見かけたことがあるが、まだ早いと思い、買わなかったが。
 これを買うとご飯がいらない。しかし、年内はまだ食べないので、正月用。まあ、元旦の朝に雑煮を食べる習慣のようなものがあり、その日だけは雑煮が食べたいもの。百均でも売っているのだが、ゴムのような餅が多かったので、買うのを避けている。
 餅屋の餅があり、まだ切っていないタイプで売っている。これを切るのが年末の行事。まあ、昔は町内で餅つきをし、数軒の正月用餅を大量についていたのを思い出す。今は餅つき器があるので、屋内でできるが、庭に裸電球を付け、炊きたての餅米から出る湯気が綺麗だったことを思い出す。そしてあん餅などは、出来立てを、その場でおやつとしてもらえたりした。あん餅だけは流石に丸める。近所のおばさん達が、それをやっている。犬が来て、見ている。犬は喉に詰めるはず。犬も欲しそうな顔をしているが、食べない。
 年末の大掃除もあり、畳を叩いたりしていたのだが、もうそんな光景は見ない。
 餅はスーパーへ行けば、いくらでもパックものがあり、いつでも買える。正月から店は開いており、その日に餅など買えば済む。
 今朝は遅起きだったので、さらに一日が短くなる。そして出遅れているので、さらに気忙しい。
 もうあと少しで年越しなのだが、その際際で大変なことになる可能性もある。
 だからこそ、無事に越せると、めでたいのだろう。
 
 

■■ 2019年12月29日 日曜日 午前10時56分
 
 今朝は晴れている。雲が少なく、いい感じだ。青空が拡がっている。しかし、寒い。夜も寒かった。昨日も寒かったので、重い目のコートを着る。これはダウンコートだろうか。丈がある。腰まで隠れるので、自転車に乗ると、サドルの上に来てしまう。だから裾が下敷きになるほど。綿入りでナイロン生地だが、ボコボコとイモムシのようなものが出ていない。そのため、中に空気が入って膨らむ感じではない。これはもの凄く高く一万円中程だがレジにて半額の日に買っている。それでも高いだろう。まだ高い。
 フードも付いているが、内側にビロード。またエリは独立しており、ボリュームがあり、裏側はこれもビロード。着るとき首にあたった瞬間、もう暖かい。内ポケットが大きく、しかも三つある。両胸に二つ。下側に一つ。ビロードと言っているが、これは熱を発する生地ではないかと思われる。
 表側のポケットは六つ。胸に縦切りが二つ。腰に二つあり、それは水平開きで、その横に縦切りがそれぞれあり、縦切りポケット内はビロードで、手を入れると暖かい。まあ、手を突っ込むだけのポケットかもしれない。メインポケットは大きく深いので、パンケーキレンズ付きミラーレス程度なら入るだろう。まあ、冬場しか携帯できないが。
 これが一番の重装備だろう。しかし、9個あるポケット、使うのは腰の二つ程度だが。
 これで装備を一段上げた感じになる。正月も近付き、このあたりから本当に寒くなり、暖かい日はほとんど来なくなるので、大袈裟な格好をしていて暑かったというような日はないだろう。ある方がいいのだが、ますます冬の底へと向かう。
 昨日は早い目に起きたのに、今朝は遅い目になっていた。かなり遅い。まあ、満足のいくまで寝たので、いいだろう。特に二度寝や三度寝をしたわけではないが。
 昨日は早起きの恩恵で、夕方前に行く喫茶店が暗くなり出しているどころか、まだまだ明るい。それで、いつもの場所ではなく、昆陽方面へと向かう。方角が逆だ。昆陽の中古屋がある場所で、ショッピングセンターのイズミヤがある。だから夕食のおかずなども買って帰れる。
 このとき、寒いので、先ほどのコートを羽織った。寒いので行くのが面倒だったが、それを着ると、暖かいので、寒さも平気だった。まだ真冬ではないので、そんなものだろう。
 中古屋でカメラを見るが、以前と同じ。動きが全くない。ニコンのF4などが嘘のような値段で出ている。フィルム時代の戦艦一眼レフだ。最高機種。プロ用だ。まあ、飾りだろう。買っても。
 昨日持ち出したのはキヤノンキッスX9だが、レンズは標準ズームなので、大人しい。撮影に行く気はないが沿道は写す。ただ、あまり撮影ポイントはない。
 曇っており、雲が黒い。夕焼け前なのだが、焼けないし、陽もない。
 そのとき、夕日が少しだけ射し込んだ。スポットライトような斜光。これだけでなんでもない住宅地なのに絵になる。一眼レフのファインダーで覗くと素晴らしい。綺麗だ。電子ファインダーではそうはいかない。澄み方が違う。そして快いよいシャッター音。写した気になる。この充実感が一眼レフならではのものだ。斜光の美しさ、それを生で見ているわけなので。
 カメラ屋を出て、個人喫茶に入る。もうお爺さんになってしまったマスターがいる。ピザの店だが、普通の喫茶店だ。イズミヤに接する商店街だ。
 客がマスターに話しかけている。お婆さんだ。顔を見に来たと言っている。まだ、店に出ているかどうかの安否確認だろうか。お爺さんは膝をやられたといっている。しかし、歩けるし、注文も聞きに来られる。
 昆陽へ行ったときは、必ずこの店に入るのは、ここしか喫茶店がないためだ。イズミヤ内のフードセンターにあったのだが、潰れている。ここは安かったし、客も多かったはずなのに。
 店を出てイズミヤ内でおかずを買う。昆布巻きの小さいのとか、焼き鮭とかも買う。おかずだけでいい。弁当類はいらないので。野菜の値段が上がっている。
 先ほどの喫茶店の横に八百屋があり、大きな大根が100円だったので、それも買っている。それはイズミヤ内のスーパーには持ち込まず、自転車の籠に入れたまま。誰も盗らないだろう。
 この大根全部切って大根炊きし、冷凍することにするが、まだやっていない。
 戻り道は流石に早起きの貯金も切れたのか、暗くなり出した。日は沈み、もう暗いが、空はまだ僅かに明るい。
 交差点などで行き交う車や、背景のネオンなどを写した。特に明るいレンズではなく、暗いキットレンズだが、問題なく写せる。
 広角側は28ミリでもいいが、望遠が足りないが、これは縛りもので、85ミリまでで写すという写し方に変える。
 流石に単焦点の50ミリとかだけで写すのは苦しい。標準レンズオンリー撮影はフナ釣り。最も難しい撮影になる。
 しかし、標準に始まり標準に終わるというのは、かなり前の話で、フィルム時代から既に標準ズーム付きで一眼レフは売られていた。だからAF一眼時代は標準ズームがフナ釣りになるのではないかと思える。
 魚釣りの話で、子供はフナから始める。そしてどんどん魚を変えていくが、年取ってからはまだ子供時代のフナに戻るらしい。それでフナ釣りに始まり、フナ釣りに終わるというのだが、一番簡単なフナ釣りが一番難しいと言うことらしい。奥が深いと。
 ただ、昔の標準ズームは35ミリから70ミリだった。今は28ミリから85ミリか、24ミリから70ミリあたりまでだろう。だからズーム比は拡がっているが。
 パナソニックの標準ズームに24から120というのがある。臭いところをついてきたレンズだ。このあたりが一番都合がいいだろう。広角側に一段伸び、望遠側にも一段伸びているので。
 一眼レフでよくあるのは28から200相当の標準ズーム。しかし、結構重いし、レンズも長い。これもキットレンズでよく見かけるが、中級機だろう。だからカメラもレンズも重くなる。
 今日は29日。あと二日しか今年はない。12月は早い早いと言っているうちに、早くも末まで来てしまっている。
 
 
  
■■ 2019年12月28日 土曜日 午前9時02分
 
 今朝は晴れているが、晴れている日の朝は寒い。夜も。
 今回はすっきりと晴れている。高気圧がどうのという話は見ていないので、分からない。また高気圧や低気圧は見えるものではない。ただ、気圧は感じることはできる。また低気圧の時は天気が悪いことが多いので、雲が多い。だから、気圧は見えないが、それなりに見える。要するに晴れておればいいのだ。とりあえず晴れなら。雨の日よりいいという感じ。雨風が影響するのは外での移動中だ。そこだけが都合が悪かったりするのだが、個人的なことだろう。水不足のときなどは雨が降った方がいい。もの凄く願っていたりする。祈祷してまで。
 だから雨が降れば大喜びすることもあるはず。そういうシーンは日常内では見ない。時代劇でたまに出てくるが。
 いずれもそれらは都合だ。別の都合の人もいるので、一概には言えない。主張とは、自分のことばかり言っているように聞こえたりする。同じ都合を持つ人なら同調するだろうが。
 天気予報を見ていると、大晦日から元旦にかけて寒いようだ。氷点下になっていたりする。除夜の鐘あたりに出掛けるのは厳しいだろう。寒いが、出掛ける人がいるのは人が多く集まるためだろうか。誰もいないところなら、行かなかったりする。だから、誰も行かない場所なのだ。
 いよいよ押し迫ってきたのだが、個々人の事情は個々に違う。微妙な違いなら、同じようなものだが、同じ個人でも、毎年違うだろう。
 今朝は珍しく早い目に起きてきた。まずまずの時間ではなく、早い。もの凄く早くはないので、ただ単に早いだけ。特別な早さではなく、いつもより、やや早い程度。これを早い目というのだろうか。
 昨日は自転車で、少し遠い目のところへ行こうとしたが、寒いので、途中でやめた。寒さに耐えるだけのいいことがあるわけではないので、寒いだけだったりすることが多いので、引き返した。
 まあ、寒い中、出ていっただけのことはあるかもしれないが、これは出てみないと分からない。
 やはりこの季節。自転車でのんびりと走るのは無理なようだ。のんびりできない。夏場の暑いときもそうだ。
 しかし、短距離なら問題はない。すぐに戻れる距離なので。だから近場をウロウロするのがいいようだ。バスとか電車に乗れば遠くまでいける。自転車より徒歩の方が寒くはない。
 31日まで僅かだが、土日などが入るので、平日の何でもない日を探すのが難しいほど。1日しかなかったりする。31日を入れなければ。
 
 昨日は先日買ったキヤノンイオスキッスX9に望遠ズームを付けて写す。このレンズ、かなり昔に中古で買ったX2のキットレンズ。初代の次ぎに出た軽く小さい一眼レフの二代目。今は10まで来ている。
 欠品の多い中古で、バッテリー系が駄目で、残っていたバッタリーを使い切ったところで、終わった。しかし、レンズ二本は残ったが、どれも古い。
 しかし、望遠ズームの形は今のとそれほど違いはない。ただ最短撮影距離が1メートル10センチと一般的だったが、今のは75センチあたりまで寄れるようだ。それとAFのモーターが違うので、早くて静か。それと手ぶれ補正も一段ほど高いかもしれない。レンズの型番はSが付いているタイプが出る前だろうか。
 しかし、新しい目のX9に付けて写すと、鮮明に写る。X2のときとはかなり違う。
 400ミリ相当の望遠なので、大したことはないが、ズームリングも柔らかく、軽く回せる。X9とのバランスもいい。レンズとボディーの重さが似ているためかもしれない。
 鳥などは小さくしか写せないが、風景の中に鳥がいるという感じでなら写せる。そちらの方が構図としてはいい。鳥のアップばかりでは図鑑だ。
 まあ、そういう鳥や猫はネオ一眼に任せておいた方がいい。
 
 
 
■■ 2019年12月27日 金曜日 午前9時50分
 
 今朝は晴れているが雨が降っている。虹まで架かっている。その虹、かなり大きい。高いし長い。しかし青空も拡がっているので、薄くてよく見えない。
 陽射しがあり、そのため雨もよく見えないので、降っていないように見えるが、実は降っている。おかしな天気だ。空が荒れているのかもしれないが、風がないので、穏やかに見える。
 寒いが、みぞれでも雪でもない。細い雨だ。
 来週の今頃は正月三が日の三日目、最終日。翌日は正月明けとまでは言えないのは、まだ休みのためだろう。正月休み明けが、正月明けになる。これは学校や会社の休みから見たものだろうか。正月三が日というのは確かにあり、神社とかでは三日まで元旦と同じ様子だが、四日になるともう屋台なども消え、平日に戻っている。
 この三が日は、亜空間のようで、何処に属している三日間なのかが分かりにくい。まあ正月に属しているのだろう。その正月とは何かとなると、これもよく分からない。誰がいつ言いだしたのか、始めたのか。
 この正月、何も情報がなければ、何もないだろう。
 しかし、大晦日、新年が徐々に近付いて来る。毎年、そんなことを言っているのだが、こういうのを恒例という。決まり事なのだ。その意味は知らなくてもいい。分かっているのはそう決まっているという程度。色々な意味はあるだろうが、古すぎてピンとこなかったりする。
 それより年が明ければ正月で目出度い。何が目出度いかよりも、目出度く思えることだけで目出度い。年が明けるとめでたい。別に何もしていないのだが、朝、目を覚ますと新年でめでたい。または12時を回ると新年で、これもまためでたい。
 これは無事年を越えたためだろうか。それとも新年が来ることがめでたいのだろうか。来るのは分かっているが、真新しいのでめでたいのだろう。
 年を一つとるのは誕生日から。新年を迎えられることがめでたいという意味もある。無事、一年生きていたことに対して。まあ、生きているだけ、と言うのもあるが。
 当然、あまり良い年越しではない場合もある。良い年ではなく、悪い年で、それを引き継いだまま次の年も迎えるとなると。
 良い年でありますように、とは悪い年があると言うことだ。
 悪い年を引き摺ったままの新年。しかし、これは新しいので、未知を含んでいる。どう変化するか、まだ分からない。良い年になる可能性もある。
 いい年を完璧に迎えた人でも、餅でやられることがある。
 
イオスキッスX9の続き
 紙のマニュアルが入っていたのだが、レンズのマニュアルがない。キットものの場合、付属レンズの詳細が、カメラのマニュアルの中に書かれている場合もあるが、それがないどころか、カメラそのもののスペックなども記されていない。流石初心者向け。しかしコンパクトデジカメでもそれぐらいは載っているのだが、紙のマニュアルがないほうが多い。
 しかし、マニュアルは分かりやすく、また、写し方の方法なども記されている。具体的に。だからカメラの本を買ったようなものだ。
 標準ズームの最短撮影距離などは分からない。20センチ程度まで寄れるのではないかと思える。ネットで一度見た覚えがある。かなり短い。全域で。しかし、マクロレンズほどでもない。一番大きく写せるのは望遠端で、20センチ近くまで寄れるのだが、それほど大きく撮し込めるわけではない。
 まあ、ほどほどのアップが撮れる程度。小さな花などを大きく写すと、逆に小さな花であることが分からなくなったりする。意外とそのほうが、小さな花を写したと言うことが分かっていいのかもしれない。
 
 流石に受光素子が大きいためか、近距離のものを寄って写すと、背景がボケボケで、何が写っているのか分からなくなる。絞ればいいのだろうが。
 そういうとき、絞り優先とかにしないでも、背景ぼかしの調整ができるモードがある。
 クリエートモードだろうか。ここに合わして撮影すると、絞りを変えられるようだ。バーが出て、右へ行くほどくっきりとなる。初心者向けで、まずはそれで試してみるのだろう。そして、そんな回りくどいことをするのが面倒とか、手間がかかるとかになると、絞り優先モードに行けばいい。こちらだと数値でセットできる。しかもセット画面が大きいので、絞り値だけが変化するのではなく、絵図で大きく見せてくれる。
 受光素子の小さなコンパクト系の場合、絞り優先など必要ではない。全てレンズは開放。かなり明るいときにしか、絞られない。シャッターでできるだけ稼いでいる。開放以外にしたくないのだ。画質が悪くなるためもあるが、絞りの段階が二つか三つしか無いこともある。
 だからフィルム時代に近い、このカメラでは絞り優先とかシャッター優先で使う人が多いかもしれない。背景をそんなにぼかしたくないとかの問題があるので、フルオートでは満足できなかったりしてからの話だが。こういうとき一インチサイズのカメラだと、もの凄くボケないので、丁度いいかもしれない。
 一眼レフなので、光学ファインダー、ボケは開放でしか見えない。だからかなりボケていることになる。絞り込みボタンが、このカメラにはあるので、それを押して覗くと、ボケ具合は分かるが、画面は暗くなり、逆によく見えなかったりする。ただ、道端で、ゴソゴソ、そんなことをするゆとりはない。写す前にセットしておくべきだろう。
 まあ、背景がボケて欲しいと思っても、レンズそのものがキットレンズで暗いので、開放でも絞られた感じなので、それほどボケてくれないが。
 しかし、コンパクト系よりも、手前ボケや背景ぼけがそれなりに分かるほどなので、受光素子の大きさは、ここで発揮される。だから柔らかい写真や奥行きがあるような写真になったりする。
 こういうのは一度写すと、その味を覚えるので、前後関係を見て、大凡どんな感じになるのかが分かるようになる。
 最初の一枚は偶然が多い。そんな意図などなくても、偶然そういう風に写っていたとか。まあ、意図しても、そのようにならない場合もある。
 絞り優先モードに入れた場合、何処に絞りを持ってくればいいのかが分からなければ、暗いレンズなら開放に合わせておけばいい。露出オーバーには滅多にならないはず。開放が暗いし、シャッタースピードも高い目があるので。
 二段ほど絞れば一番鮮明という説があるが、別の説では開放がベストという説がある。そのレンズの特徴を一番よく引き出すとか。絞れば個性が消えるとか。まあ、悪いレンズなら、絞って誤魔化した方がいいのかもしれないが。
 開放にしておけば、暗くなっても、そのまま写せる。ピントが全部合った写真を写したいのなら、広角端にすればいい。そしてあまり至近距離にピントを合わせないようにすれば、深度が深いので、その範囲内に入るはず。二メートル半ほど先なら結構ピントが行き渡るはず。
 だから、ピントを合わす場所が大事。これで深度が決まり、ボケ具合が決まるので。ただ、広角ではよく分からないが。
 そういうのに敏感なのは50ミリ標準レンズ。先ずレンズが明るいし、広角でも望遠でもないニュートラルで、中途半端な画角なので、ピント位置でがらりと変わる。ただ、数メートル先までで、遠いところだと、それほど変化はない。
 標準ズーム特有の距離があるのだろう。一メートル半から数メートル先にあるようなものとか。
 まあ、このイオスキッスX9は、そんなことを思い起こさせるカメラで、一眼レフの使い始めの頃を思い出させてくれる。
 ただ、フルサイズカメラではないので、50ミリが80ミリになったりし、35ミリが50ミリになったりするので、少し違うが。
 
 レンズの詳細はパッケージにないので、ネットで調べる。これを買うとき、レンズ一本付きとなっており、どういうレンズが付いているのか、その詳細さえなかったのだが、まあ、展示品なのでレンズは付いたまま飾ってあったので、それで分かるのだが。非常に扱いが荒っぽいレンズだ。
 これは最新の標準ズームで、その前のタイプよりも開放が少し暗くなっている。F4だ。その分少しだけ小さくなっている。だからS系一眼系でキットもので使われるレンズ。当然単体販売もされている。ただ、白のレンズはレンズだけの販売はないかもしれない。
 最短撮影距離は20センチ少し。だからレンズ先端からでは10センチほど寄れる。85ミリ側でも寄れる。全域同じだ。これは分かりやすい。
 ここはもうコンパクトデジカメと同じほど寄れると言うことだ。オリンパスのコンパクトデジカメは最短撮影距離が長い方だが10センチ。まあそれと同じなので、コンパクトデジカメ並。ただ、広角端だけではなく、望遠端でも寄れるのがいい。広角端だけなら1センチとか、キヤノンなら0センチまで寄れたりするので、キヤノン系から見れば、10センチは、少し長いと言うことだが、10センチまで寄れるのなら、気楽だ。あまり最短撮影距離など気にしなくてもいい。
 これは28ミリから85ミリの大人しいズーム比のためだろう。
 
 AFは背景がゴチャゴチャあるところにある細いものや小さなものでも意外とさっと合う。これは一寸驚いた。これならマニュアルフォーカスなどいらないだろう。
 フォーカスエリアは一眼レフ系なので、広くはない。中央部周辺だが、左右に結構長い。上下もある。そこに数点の測距ポイントがある。ミラーレスのもの凄い数の測距点と比べるともの凄く少ないが、画面端にピントが来てしまい、面倒なことにならなくてもいい。
 このカメラのAF方式はかなり古いので荒っぽいが、シンプルで分かりやすい。中央一点は明るいところなら、印が見えるで、そこに命中させればいい。これが一番確実だ。ファインダーに黒い線で印が書かれているだけなので、暗いところでは黒い線は見えにくいが。
 全部の測距点を使っても、それほど多くない。中央部から出ている菱形状の範囲だろう。命中すればその箇所に赤いポーズが入る。距離が同じものなら複数のネオンが一瞬だけ灯る。ほとんどこれで写せる。
 中央部が一番感度がよく、性能がいいので、できるだけ中央部に被写体を置いて写すのがいい。中央部重点で。まあ、スナップとかでは構図を変えたくないので、端でピントを引っかける感じが多いが。それほど端にはピントが来ないのがいい。
 このあたり、ドタバタとしたミラーレス系に比べ、大人しい。
 どうしても周囲にピントが来そうな場合は、一点にする。全部か、一点か、その切り替えだけでいいだろう。測距点を移動できるが、面倒だ。中央でピントだけもらって、構図を変えて写した方が早い。
 一度変えると学習するようで、次回も覚えている。そしてプログラムモードと、フルオートモードでは、別々に覚えるようで、これはコンパクト系によくある使い方ができる。撮影モードダイヤルを回した方が早いので、それで、一点か、全部かを切り替える。
 それらの切り替えは、液晶で大きな絵のガイドが入るので、非常に分かりやすい。裸眼でも見える。これは露出補正のバーも画面一杯に出るので、よく見える。しかも明るい側とか、暗い側とかの説明も入っていたりする。
 これは入門機であり、初心者向けカメラなのだが、年寄りカメラのように、文字が大きく、分かりやすい。
 カメラもイオスキッスでは一番小さく、軽い。負担が少ない。
 一眼レフの泥臭さがなく、軽快で明るいカメラだ。メカメカしたカメラではなく、ボタン類も柔らかな押し具合で、カチカチ言わない。
 それと樹脂製なので、冬でもカメラは冷たくならない。
 
 T字型でグリップがしっかりとあり、非常に持ちやすく、構えやすい。指が痛くならない。カメラがぐらぐらしない。そしてすっきりとしたファインダーで、カシャッと写す。軽快なシャッター音が快い。これは写すだけでも楽しいカメラだ。
 
 

■■ 2019年12月26日 木曜日 午前10時15分
 
 クリスマス明けは雨。これは昼過ぎからはやむらしい。雪のクリスマスになりかけていたのだが、クリスマス寒波でも来ない限り、大阪方面は雪にはならない。平地では。
 それに雨は今朝なので、ズレている。クリスマス明けの雪になるが、暖かいので雨。しかも小雨で、傘はいらないほどだが、喫茶店までの道中、少し濡れた。水滴が浮いている。防水性の証明。
 このダウンジャケットは今年買ったもので、ずっとそればかり着ている。能書きは防水性があるとなっていただけ。防寒や防風、蒸れ対策、等々色々な能書きを貼り付けたカードの多いのがあるが、そちらの方が安かったりする。
 高い目のブランド冬上着などを見ていると、防水性さえない。何もない。能書きや効能は一切なかったりする。金持ちなので野外でウロウロしないのだろう。ゴルフなどでも傘を差してもらうのだろう。王様のような大きな傘を。
 冬は屋敷内。外に出るときも車なので、自転車でウロウロする服装とは違う。
 しかし、昔のような一見して身分の高い人や金持ちを見かけない。まあ、町内には来ないだろうが、服装だけでは分からない。何かの儀式でもない限り。
 昨日は暖かかったので、自転車散歩にはもってこいで、十日間予報を見ても、そんな日は見当たらない。ちょうどクリスマスの日だし、カメラも買ったところなので、出掛けやすかったのだが、あまり写す気がしないのと、のんびりしていたかったので、冒険は避けた。
 その代わり、夕方、旧友とばったり道で出会った。もう死んでいるのかと思っていたのだが、生きていたようだ。ここ数年出くわさないので、てっきりあっちへ行ったと思った。病気だったし。
 昨日はコンビニでクリスマスケーキを買う。丸いやつもあったが、三角にする。それが二つ入っていて100円引きだった。まあ、普段から売ってあるやつだが。イチゴが固かった。この三角のケーキ、一口だ。それと天麩羅蕎麦を買う。かき揚げだ。クリスマスと大晦日をこれで越したような気がした。年越し蕎麦はカップそばでいいだろう。普通の蕎麦では食べきれなかったりする。夜中なので。それに腹もそれほどすいていないはず。それを夕食とするのなら、しっかりとした蕎麦がいいが、それでもこれ一食では頼りないので、おやつがいるだろう。
 立ち食い蕎麦屋での年越し、かやくご飯を付けて豪華に、もいい。
 来週の今頃は正月の二日目。今年はもう一週間を完全に切っている。まあ、用事は30日手前の29日までだろう。30日になると、もうあと一日しかない。
 年末年始、特に何も起こらないが、年越しというのがある。これは寝ていてもできるが、目を覚まさない人もいるだろう。
 
キヤノンイオスX9の続き
 買ったのは夜なので、明るいところでの撮影を翌日実行。
 暗いところでのフルオート撮影では感度上限は6400あたりで止まるようだ。まあ、昼間なら感度上げは必要ではないが。
 フルオートだと一寸暗いと昼間でもストリボが立ち上がる。これは癖が悪い。ストロボをオフにしても、電源を入れ直すと、覚えていない。そのため、ストロボを使わないモードがその横にある。
 初心者向けカメラなので、手ぶれしたり、感度を上げすぎないように、ストロボを使わそうとしているようだ。まあ、花などを写しているとき、ストロボが勝手に立つのはいいかもしれない。わざわざストロボを使おうとは思わないためだ。それに便乗してもいい。
 昼間見るファインダーはクリア。すっきりしている。ここが光学式ファインダーの良さ。そしてカシャッと鳴るシャッター音が小気味いい。余韻を残す音なので。これは前回も書いたが。
 ポケットに同じキヤノンの旅カメラを入れて、日常移動中に写す。28から80あたりのズームなので、望遠がないためだ。旅カメラならポケットに入るし1000ミリ近くまで写せる。ファインダーはないが、小さく軽い。キヤノンコンビだ。
 写りは悪いはずがない。それよりも、カメラを取り出し、電源レバーを引いた瞬間、さっと写せる。このスピードは流石だ。光学ファインダーなので、電源が入っていなくても見えるためだろう。しばらく真っ黒なファインダーを見て起動待ちするのに比べて文句なく早い。
 手動ズームなので、写す前にもう画角は決まっているので、そこにあわせればいい。広角と望遠、その中間、それしかない。ズーム比が低いので、選択肢は少ない。
 望遠で先ず写して、すっと戻して50ミリあたりでもう一枚、とかもやりやすい。望遠と言っても80ミリほどなので、標準レンズと変わらないのだが、一応中望遠だろう。広角も28ミリで、今は24ミリが多いので、それほど広角とは言えないが、28ミリはやはり広角で、標準画角内ではない。35ミリなら標準域と見てもいい。
 いつもなら、ほとんどメインとして使わないようなズーム比で、望遠がないので、写すものが減る。ほとんど望遠で写しているので。
 それでも80ミリあたりでそれなりの構図を取って写した。望遠の方が優しい。主要被写体を切り取ればいいだけなので。それができないので、周囲を構図として取り込みながら絵作りをしないといけない。これは勉強になる。
 猫と遭遇したので、このときは旅カメラで1000ミリ近くまで伸ばしてアップを写す。ファインダーがなくても、何とか写せる。カメラも小さいので、ブレやすいが。
 このキットレンズの最短撮影距離がかなり短いので、全域でかなり寄れる。
 小さな花が咲いていたので、それを最接近して写す。そうでないと小さすぎるので。ファインダーで覗くと、綺麗だ。既に絵になった像ではなく、生の花を見ているためだろう。こういうときは一眼レフの方が充実する。
 夕方は夕空を写したのだが、空にもピントが合う。フラットで雲が薄いと、AFは苦手なはずだが、しっかりと合うので、これは満足。
 フルオートだと、AF測距窓。フレームだが、複数出る。どこかで合うという感じだ。違うところに合う場合、一点に切り替えられる。そのボタンが良いところにあり、それを押すと動かせるが、十字キーの真ん中のボタンを押すと、一気に中央一点になるので、都合ボタン二つ押せば多点から一点へさっと切り替わる。これは便利だ。
 ただ、電源を入れ直すと、戻っている。これはフルオートの場合。
 まあ、普段は多点でいいだろう。
 
 感度は二万台まで上がるが、フルオートではそこまで上がらないので、プログラムモードに切り替えないといけないが、6400まででほとんどの夜の風景などは映ってしまうので、そのままフルオートでいいだろう。80ミリまでしかないので、スローシャッターでも行ける。ただ昼間のように写すのなら別だが。
 できるだけ操作をしたくないので、撮影ダイヤルなども回したくない。ストロボを使わないのなら、フルオートのストロボ禁止のダイヤル位置に固定しておけば、何も触る必要はない。
 ただ、このカメラではフルオートでは露出補正は使えない。だが露出は結構いいので、白飛びしそうな白いものなどでもそのままでもよかったりする。
 だから一眼レフコンパクトデジカメ、所謂バカチョンカメラ作戦だ。このカメラは一番安いタイプで、コンパクトデジカメよりも安かったりするので、それが似合っている。
 黒バックに白いものなどは露出補正が必要なようだが、これはスポットライトとして認識してくれれば、背景の暗さに引っ張られない。
 またAFの合致位置などからの推測で、評価が変わるようで、結構賢い。それがもっと進めばAIカメラになるのだが、徐々にそうなっていくのだろう。
 しかし、初心者用にわかりやすいガイドがあり、それに従っていけば、そういう設定になる。始めてカメラを触る人なら、これは分かりやすくていいだろう。
 
 小さなコンパクトデジカメと違うところは、持ったときの安定感だ。こちらの方が振り回しやすいし、構えやすい。それでいて、それほど大きくも重くもないカメラなので、丁度いい感じだ。ただし一眼レフはレンズ交換式なので、レンズを変えるとがらりと雰囲気が変わる。
 だが、このキットものの標準レンズしか付いていない白ボディーは、これで独立した、完成された使い方なのかもしれない。レンズも白い。これは売っていないだろう。白ボディーのキットを買った場合の組み合わせのためだ。これで何かパナソニックのカメラのように見えたりする。所謂白物家電イメージ。だから、このキット女性向けのようだ。
 これが売られていたところに50ミリ単焦点レンズが置かれていた。80ミリになる。所謂蒔きレンズで安くてよく写る。レンズも明るい。ただ、最短撮影距離が遠く、しかも手ぶれ補正は付いていない。キヤノンにカメラにははボディー内補正はないが、それに近い電子式手ぶれ補正が付いていたりするが。
 まあ、レンズが明るいので、手ぶれ補正はいらないのかもしれない。手ぶれ補正は超望遠用だったはず。今では広角でも、手ぶれ補正がないと不安になったりするのだが。これはただの保険で、ブレるときはいくら手ぶれ補正があってもブレるものだ。
 だから、標準ズームと80ミリ相当の標準系中望遠を抱き合わせたかったのかもしれない。そういうキットは他社にもある。
 ただ、この80ミリ相当のレンズ。フィルム時代の安い方の標準レンズだったのではないかと思える。だから50ミリ相当にならないで、80ミリ相当になっている。
 80ミリ単焦点撮影、これは悪くない。ズームの80ミリよりもよくボケるし、ファインダーも明るく綺麗に見えるだろう。蒔きレンズなので、安い。それに蒔きレンズは性能がいい。そうでないと食いつかない。この安さでこれだけ写るのだから、もっと高いものなら、さらにいいはず、と思わせるのが蒔きレンズの役目。安いので、まずは使って貰うことだろう。試しに。レンズ沼に引っ張り込む役目。
 
 大層な一眼レフやミラーレスよりも、こういったコンパクトで気楽で明るく軽い一眼レフの方が、写しやすいのかもしれない。
 日常を一眼レフで切り取る。この初心者向けのカメラなら、すっとできそうだ。何の芸も無く、ただ単に素直に写すような。
 イオスキッスX9白ボディー白レンズ。逆にプロ向けだったりする。
 
 
 
■■ 2019年12月25日 水曜日 午前9時21分
 
 今朝は何とか晴れている。風がないので、寒さはまし。気温は高いか低いかは分かりにくいが、この時期の寒さだろう。特に目立った寒さはないので、気にならない程度。さらに寒くなっていくはずなので、暖かさはもう期待できない。
 そのため、寒さがどの程度のましなのか程度になる。ましだと過ごしやすいが、快適なわけではない。寒いので。
 ただ、暖かい場所、暖房の効いている場所にいると快適。気持ちがいいというか、適温のためだろう。だが、暖房が効きすぎると、暑くなるが、その暑さが気持ちよかったりする。ずっとではないが。
 今朝は少し早い目というか、いつもが遅すぎるので、早く起きたような感じとなる。この時間、喫茶店に行くと、外光が眩しい。ちょうど陽射しを正面から受けるためだろう。太陽が直接見えるわけではないが、地面に太陽がある。だからその反射が下から来る。陽射しが下から。アッパーで突き上げられるような光線。これで、ノートパソコンが暗くなる。まさに逆光。
 陽があるので、太陽はモロには見えないが、見えない角度から店内に差し込む。だから照り返しと直射の二重攻撃。これは座った場所による。この攻撃を受ける席は二つ。この二つの席によく座るので、眩しいときの方が多い。ただ、これで暖房がいらないのではないかと思える。陽の暖かさというのは、やはり有り難い。
 今年もクリスマスまで来てしまった。明日からは喫茶店でよくかかっているクリスマスソングは消えるだろう。クリスマスとは何だったのかはもう忘れてしまった。サンタクロース信仰になっている。プレゼントのやり取り。子供なら、受け取るだけ。何かがもらえる日。そして丸く大きなケーキが食べられる日。食べるのはその日だけで、年に一度だったりする。そして夕食はケーキ。それだけ。
 だからご飯のように食べる。昔のケーキなので、パンのようなものだ。これで腹を壊したり、胸が悪くなったりする。食べ過ぎだ。しかも食べ慣れないもの。年に一度なので。
 今は菓子パンがケーキ並に甘いので、あの白いクリーム状のものは日頃から食べているので、慣れているが。
 ケーキは赤飯レベル。そういう日にしか食べないような。また甘い物を禁じられている人でも、クリスマスケーキだけは許されてたりする。一日だけ解禁。
 それで今年もクリスマスを迎えたのだが、クリスマスケーキではなく、クリスマスカメラを今年も買うことができた。食べないが。
 
キヤノンイオスX9
 クリスマスイブの夜。カメラを買い行った。これは自撮りではなく自取りのプレゼント。
 ここ数日キヤノンのネオ一眼で写していて、いい感じで写っているので、この路線を広げることにした。といってもそのネオ一眼で、既に完結し、何も付け加える必要はないのだが。ちょうど去年の今頃新製品で出た日に買っている。
 今年はそれで、キヤノンにすることにした。といっても上等なのは買えないし、また必要ではなく、かえって不便になる。また高級コンパクト系も、中途半端なので、ネオ一眼の使いやすさから見れば、持ち出しやすいが振り回しにくいカメラだ。
 それで、適当に選んだわけではないが、以前から、余裕があれば冗談で一台欲しいと思っていたイオスの一眼レフに目がいった。これはイオスキッスで安いクラス。それでも三段階に分かれており、初心者向けカメラでもピンからキリまである。その中で、一番安いのを買った。イオスキッスX9だ。X9iが狙い目だったが、一番安いのがいい。そのため、軽くて小さい。
 さらに標準ズーム付きキットで、望遠はない。望遠は実はかなり前に中古で買った古いイオスキッスの三代目あたりを持っていたので、そのときのレンズが残っている。カメラそのものは古すぎて感度が低いことと、バッテリーが劣化しており、使えなくなっていた。しかしレンズは無事。
 さらに今回は展示品なので、それなりに安い。だから中古と言うことだが、出たときから触っていた展示物なので、馴染みが深い。
 既にミラーレス時代になっており、一眼レフの人気がないのだろう。
 そのため、コンパクトデジカメの値段と変わらなかった。しかし、ファインダーの付いた一眼レフなので、こちらで写す方が本当はいいはずだ。
 標準ズームだけのキットなのは、ボディーが白いためだろう。樹脂丸出しだが、レンズも白い。このキットだけが特別で、黒ボディーならダブルズームキットがある。
 どうせ標準ズームだけでしか写さないという人向けだろう。女性向けのような感じがする。望遠が付いてこないので、持ち歩くのは標準ズームだけなので、軽い。
 昔、X7が欲しかったのだが、結局買えなかった。世界最小最軽量の一眼レフ。この記録は未だに破られていない。まあ、小さすぎて構えにくかったのだが。
 その後X8が出たりし、今度は大きくなっていき、X9で少し軽くなったが、X9iでまた大きく重くなった。今は10までいっている。
 同じクラスのニコンの34000を以前買って使っていたのだが、受光素子にゴミは付着した。自動的に掃除してくれないのだ。振動で振り落とす機能が省略されていた。これはミラーアップし、センサーを直接拭けばいい。
 しかしもう十分使ったので、ここで終わりだろう。
 X9は掃除装置が付いており、電源を落とすとき、さっと振動し、切れる。
 
 それで、クリスマスイブで賑わうところで、カメラを買い、ひとつ百円のパンを五つ買うと二割引になる時間帯に買い、これをクリスマスケーキとして、菓子パンをかじりながら、この文書を書いている。
 まずは試写だ。感度は二万まで上がるので、暗いところでも平気だが、初期設定は6400が上限となっていた。これは増やせる。
 ファイだーは一眼レフなので、暗い。暗い室内はそのまま暗い。
 他の一眼レフとピントの合い方に大差はない。
 写りは少し明るい目に出るようで、このカメラの用途が分かるような気がする。ファミリー写真の明るい感じだろうか。または小物とかの物撮りとか。そして風景なども観光地が多いはずなので、明るく。
 ただ、露出というのがあり、いかに評価測光とはいえ、暗い目に写ることもある。一眼レフの光学ファインダーなので、覗いていても分からない。
 
 このカメラ一番安い一眼レフだろう。ニコンはもっと安いのが、センサーのゴミ取りが省略されているので、そういうことでも安いのかもしれない。
 ただ、現役で市販されている一番安いタイプの一眼レフというのがいい。しかし、今のカメラなので、実はこのカメラ、ミラーレスになる。まあ、一時的にミラーを上げてしまうだけのことだが、最近のカメラだけあって、ミラーレスのキヤノンイオスMとそれほど変わらないのだ。大きいので持ちやすい。液晶だけのイオスM系と同じだ。
 液晶だけの撮影になってしまうが、普通のミラーレスのように軽快にピントが合い、軽快に写せる。このときのAFは、いつものコンパクトデジカメと同じ流儀で、分かりやすい。
 液晶も回転するが、横開き。カメラがそれほど大きくなく、軽いので、望遠を付けていても、ウエストレベルでも写せる。
 つまりキヤノンのミラーレスを買うより、お得で安い言うことだ。そしてミラーレス機にはない光学ファインダーが付いている。まあ、メインはこれなのだが、視野率が低く、倍率も低いが、肉眼に近い見え方をするので、被写体を探しやすい。電気ものではないところが残っているので、窮屈さがない。
 
 いずれにしてもクリスマス自取り買いなので、それほど凄いスペックのカメラではなく、キヤノンの中では一番低い一眼レフ。しかし、今のカメラなので、このクラスで十分だろう。
 
 ニコンの一番安いのよりも高いのは、機能が他にも色々付いていることだろう。
 たとえば絞り込みボタンがある。ファインダーで見えているのは開放で見ているため、実際の絞りに絞り込まれた状態が見えるようになっている。
 液晶が回転するので、ここもひとつ上。キットレンズもキヤノンのはAFMFの切り替えと手ぶれ補正オンオフの切り替えレバーが付いている。
 古いキットレンズなら、マニュアルフォーカスは機械式になる。AFに切り替えなくても、回るので、ピントを一時的に手動にできる。ただ、シャッターを半押し維持が必要だが。ただ、距離目盛はレンズ側にはないが。端まで回せば無限近くだろう。実際には無限を少し越えるようだが、AFなので、端でぶつかったときの余地を開けているためだろう。
 まあ、AFが最初から合いにくく迷っているときは、手動で回して、その近くまで持ってきてやれば、あとはAFがその位置から動くので、導いてやれる。
 フワッとした白い花とかでは合わなくて、後ろに合うことが多い。できるだけ、AFで合わすようにしているが、無理なときは、手動で導いてやれるので、MFモードに入れる必要はない。こういうのは滅多にないが。
 露出補正などはプログラムモードに入れていると、背面液晶が、画面一杯に補正画面に最初からなっている。全画面露出補正となり、タッチすることで、補正できる。ただ、ファインダーを覗いても同じだが、光学式なので、それは仕方がない。
 露出補正ボタンもあるし、電子ダイヤルでもしっかりと操作出来る。
 十字キーはあるが、チマチマしたメニューはそこに並んでいない。ただの上下左右キーのようなもので、あっさりとしている。
 要するに、チマチマとした操作系のパラメーターのようなのを弄る画面が大きく、液晶一杯を使い、しかも指でできるので、これは楽だ。だから初心者向けと言うことだ。分かりやすい。
 これはプログラムモードでもできる。
 
 このカメラ、ファンクションボタンを探したが、ない。まあ、あっても使わないだろう。
 切り替えや、一寸弄りたいときのボタンは最初からあり、特に不自由は感じないはず。これは高級コンパクトデジカメよりも単純かもしれない。ただ、何処に何があるのかすぐに分かるので、探し回らなくてもいい。
 そしてやはり液晶パネルが生きている。ここで大きな画面で合わせられるので、露出補正などは裸眼でも楽だろう。補正値が大きく出る。図で。
 
 これの上位機であるX9iもいいのだが、電源レバーがX9の方がいい。手前側にあり半円をしており、ぐっと引くか戻すかだけで、オンオフになる。親指でできるので痛くない。引きすぎるとオンを越えて動画になるが。この電源レバーを比べていて、まだ買う気はなかったころ、X9の方が使いやすかったのを覚えている。ミラーレスのイオスMと同じタイプだ。
 
 クリスマスに買うには丁度いい明るいカメラで、野暮ったい一眼レフだが、小さいと、すっきりとしており、白ボディーと茶色の革張りで、見た目も明るい。質感は全くなく、スカスカだが。
 光学式一眼レフの先は淋しいらしい。今年発売された一眼レフはキヤノンのX10と中級機だけではないか。もっとも、この受光素子の機種だけに限られるが。ニコンもペンタックスからも今年は出ていない。
 そしてキヤノンの中級機も、今出ているのが最後という噂もある。もう中級機は作らないということだろうか。
 しかし、世間がそちらへ向かっているとき、逆方向の光学式ファインダーの一眼レフへ行く方が、味わい深いものがある。
 
 カメラはネオ一眼があれば、それで行ける。21ミリから1400ミリ近くのカメラと、今回の28から80あたりのレンズの付いたカメラとを比べた場合、大きさは変わらないが、重さではネオ一眼がスカスカで軽い。まあ、一眼レフでもガラスのプリズムではないタイプのX9なので軽いはずだが、それでもまだ重いほど。
 それよりも画質に関してはネオ一眼で事足りている。時代はミラーレスではなく、ネオ一眼なのだ。まあ、そんなことをいう人はいないが、一眼画質と言われたものは、最近のスマホの画質でも分かるように、何とでもなるのだろう。
 ネオ一眼の原点はやはり一眼レフとコンパクトカメラとのハーフのようなもの。だから、原点に近い一眼レフを持つことは、押さえになる。
 だからキヤノンのネオ一眼、去年のクリスマスあたりに買っているはずだが、そのSX70は一眼レフとミラーレスのハーフでもある。中間なのだ。
 今回のX7とミラーレスのイオスM3のバッテリーは同じだった。
 X9のようなストレートなカメラは、結構安定感がある。既に行くところまで行った一眼レフで、これ以上大きな変化はないためだろう。
 
 X9のレンズキットに付いていた標準ズームが使いやすい。最近の一眼レフやミラーレスの標準ズームは沈胴式か電動式になっている。ここは機械式のズームで、写すとき、いちいち沈胴を伸ばす手間がいらない。沈胴にしても僅かな差で、それほど短いものではなかったりする。どうせ使うときは伸びているので。
 このキットレンズは昔、中古で買ったときのものがそのまま残っている。同じレンズだが、バージョンが違うのだろう。キットレンズも変化していくのだ。
 標準ズームなので、ズーム比は僅かなもの。広角端と望遠端まで一気。突き当たってカチカチ言う感じだ。
 電動ではないので、行き止まりがある。端でストップがかかるので、分かりやすい。
 このカメラ、生まれて初めて一眼レフを手にしたときの喜びのようなものを、未だに覚えているようで、昔は50ミリ標準だけが付いたセットだったが、今はレンズを買わなくても最初から80ミリと50ミリと28ミリが付いている。まあ、これはネオ一眼から比べれば広角端も望遠端も大人しいが、そういう原点のようなものが残っている。
 これからカメラをやっていくという感じで。ただ、昔と比べ、このタイプの初心者向けデジタル一眼レフは安くなったものだ。フィルム時代のものよりもはるかに安い。
 高級コンパクトデジカメの方が値段が高く、一眼レフの方が安いのだ。
 当然一年前に買ったキヤノンのネオ一眼よりも、今回の一眼レフの方が安い。高級ネオ一眼ではなく普及機なのに、それに負けているのがx9だ。
 画質的には見分けが付かないが、ボケ具合は流石に一眼レフの方がある。まあ、ネオ一眼でも望遠側とか、接近して写せば背景はボケボケになるのだが。
 いずれにしてもコンパクトデジカメを買う値段で買える一眼レフで、一眼レフだが、ミラーレスの顔も持っている。ミラーレスはレンズが変えられるコンパクトデジカメのようなもの。
 これで、写りの差が明快に出るのなら、一眼レフやミラーレスの値打ちもあるのだろうが、一見して分かりにくい。
 まあ、コンパクトカメラ代わりに一眼レフを使う。受光素子が大きいのだから、贅沢な話だ。
 
 それで、今朝はクリスマスなのだが、この新カメラを持って、寝起き、喫茶店まで、行く。
 試写は夜に室内でしたが、メインは昼間の明るいところなので、そこで見るファインダーとか、写りとかは夜とは全く違う。
 ファインダーは小さく、画面の周囲は切れているはずなので、実際にはもう少し周囲が入る。それは見えていないが。視野率100パーセントではないので、そんなものだ。
 ファインダーで覗くと、ギラつきなどがなく、澄んでいる。一眼レフは明るいレンズを付ければファインダーも明るくなる。キットレンズは暗いので、まずまずの明るさだが、昔のファインダーよりもよくなっているので、ざらつきなどはない。非常に落ち着いた画面で、目にも優しい。
 小さなファインダーだが、見え方に奥行きがある。
 シャッター音は軽快で、余韻を残すタイプ。これは昔からキヤノンの特徴だろう。それが軽快。カシャンと鳴る。電子音ではない。
 28ミリから80ミリあたりまでで写すというのは逆に新鮮。しかもカメラはそれなりに大きく、グリップも効いているし、レンズもそれなりに太く、しかも機械式のズームなので、違和感がない。つまり、このカメラは一眼レフだが、コンパクトカメラのようなもの。標準ズームなので、軽いし、バランスがいい。上から見ると綺麗なT字型をしている。やはりこの形が一番握りやすく、構えやすく、操作もしやすい。
 朝、喫茶店までの風景を写したのだが、何か初心者に戻ったような感じで、全てがフォーマットされたあとのようで、清々しかった。
 
 

■■ 2019年12月24日 火曜日 午前9時49分
 
 今朝は晴れており、少し暖かいかもしれない。風がないのが幸い。まあ、穏やかな冬の日と言うことだが、いいクリスマスになるだろう。クリスマスというのはカメラを買う日のことだが、そういう決まりはない。
 年末までのややこしいこととはクリスマス前にやるのがいいのだが、気が付けばクリスマスになっていることがある。もう少し間があると思っていたのだろう。意外とすぐに来る。中旬に入ってから一気に来る。
 来週の今頃は大晦日。別に普段とは変わりはないが、店が早く閉まったりするので、買い物などで梅田などに出るのは30日まで。31日になると、どんどんシャッターが落ち、壊滅状態になるので。
 クリスマスから大晦日までの間隔が異常。これは感覚の問題か、押し寄せられている感じだ。追い詰められているような。だからその数日は妙。別に用事が多いとかではなく、普段と同じことをができるし、普段通りの日常を送っていても、妙なものを感じる。これには具体性がない。あるとすれば、数字だろう。日にちの。
 そういう押し迫ったとき、台風の目の中に入ったようになったりする。これは気忙しいのだが、結構長いのだ。
 すぐに大晦日まで行くと思っているので、実際の日にちを見ると、まだ31日になっていないため。28日とか、そのあたりが何か間延びしており、のろくさえ感じられる。日が進んでいないような。
 これは早く、一気に過ぎ去ると思っているためだろう。だからそれほど早くはない。
 まあ、年末、押し迫ったとき、あまりウロウロしない方がいいのかもしれない。折角年が越せるところまで来たのに、思わぬことに遭遇し、厳しい年越しになったりする。昔は物騒だったので、今もそうだが、年末年始特別警戒云々がリアルなものとしてあった。
 年末のどさくさに紛れてとか、慌ただしく動いている人の隙を狙ってとか。また、急いでいる人や車も多いので、思わぬ接触があるのだろう。
 折角無事に大晦日あたりまで辿り着いたのに、そこでおじゃんになったりする。逆に年末に良いことがあり、勢いづくこともある。これはもう神頼みで初詣しなくても、年末に大きな福を得るといういいパターンだ。だが、そんなことは少ないが、年越し前から既に良い年になっていたりする。
 そして正月明け、ガタンと厳しい状態になったりするので、よいことも起これば悪いことも起こるのが常。
 
 昨日は遅起きだったが、昼の喫茶店からの戻り道に、少し遠出をしてやれと、寄り道をしたのだが、日がすぐに傾きだし、それに寒くなり出したので、途中で引き返した。だから自転車散歩未遂で終わったが、少しは沖近くまで出たので、散歩は散歩だ。つまり、いつもの帰路の道筋ではなく、たまにしか入り込まない道沿い。だからたまなので、以前とは少しだけ違っていたりする。毎日通っている道とは違う程度だが、よく知っている道。日常の中にはないが、見知らぬ場所でもない。それなりに見慣れている場所。外野ではなく、まだ内野。しかし、ボールが飛んでこない内野のようなもの。
 見えているのだが、踏まないような。
 まあ、冬場の寒い時期は、この感じのショート散歩で十分かもしれない。
 今朝は暖かいので、散歩に出られそうだが、気分が付いてくればの話。
 まあ、年末近く、あまりウロウロしない方がいいのだが、年の瀬の風景も悪くはない。
 人が慌ただしく行き交っている所をのんびりと自転車で移動するのは、気持ちがいい。
 
 
 
■■ 2019年12月23日 月曜日 午前10時46分
 
 今朝はやっと晴れた。まだ雨で、路面が濡れていたりする。それほど寒くはないし、風もないので、結構穏やか。
 しかし、遅起きになり、これで気分は今一つ。だが、朝の喫茶店へ行ってみると、がら空き。時間が遅いためだろう。ほとんどの客はパチンコ屋開店待ち客だったのではないかと思えるほど。
 この時間なら、完全に開いている。
 しかし、この時間は朝と昼の間で、食べに来る人が少ないのだろう。メインはハンバーガー。しかし、朝はトースト客の方が多いが。パチンコ客はコーヒーだけの方が多い。
 朝食は戻ってから食べるので、ここでは食べない。以前は喫茶店のモーニングサービスをよく食べていた。食べないと損という感じで。
 値段はコーヒー代と同じなので、おまけで付いてくる。
 今は朝、一番多く食べる。おかずを作るのも朝だ。ご飯を炊くのも朝が良い。そこで作ったものをそのあと食べれば良いので、一度作ると、二三日持ったりするが、これは野菜を煮たものなので、メインではない。メインはなかったりするが、卵とかハム程度はある。何もないときは、それだけでいい。それと味噌汁を作る。ここにホウレン草と豆腐を入れる。この椀だけでも十分だろう。そこに卵を入れれば、ひと椀とはいえ、結構量がある。
 野菜の煮物からいい出汁が出る。この出汁だけを残しておけば「お吸い物」になる。だからミソがいらなかったりする。野菜の煮物の出汁は醤油のみ。あとは入れている野菜類から味が出るので、一品の出汁となる。これを取り置けばいいのだろう。
 味を見るため、小皿で味見をするのだが、そのとき、美味しかったので、これは使えると思った。
 味見は単に水臭くないかどうかだけ。水を足して炊き直すとき、水を多く入れすぎた場合、味見する。最初に鍋に醤油を入れるときは、適当。これは味見はしない。鍋の量を見て、スーと醤油を流す。このスーの秒で決まる。
 ただし、いつもの醤油容器の口からでないと駄目で、瓶に入った小さな醤油差しでは糸のようにしか出ないので、分量が分からない。いずれも慣れただけろう。
 昨日は雨で何ともならかかった。それに冷たい雨で、寒い。それでも雨の中、夕方の喫茶店まで行く。遠い方だ。
 近い方は前日行ったし、高いので、続けるとそれが習慣になる。
 それに近いと風景を見ている時間も短い。近すぎて道を選べない。ほぼ一本道で、違う道から回り込むということはできない。遠回りになりすぎるため。
 道中は雨の中だが、それなりに変化があり、それを見ながら傘を差しながら煙草を吸いながら自転車で走る。雨が降っていなくても、この時期寒いので、あまり気持ちがいいものではない。
 夏至を過ぎたので、徐々に夕方も遅くなるだろう。今は一番暗い状態だが、一日一日明るくなっていくはず。
 
 今朝のお供のカメラはキャノンのネオ一眼。SX70。
 去年の今頃買った。ファインダーが大きく鮮明なので、迷わず買っている。その前の機種よりも明らかに見やすい。それだけの変化で、中身は同じだったりするが。ただ、映像エンジンが最新のものになっていたので、早くなった。また、画質も、それで少しは違うのだろうが、これは分からないレベル。
 このカメラが一番操作性がいい。ただ、フルオートで写したときだが。そのため、電源を入れてから被写体を捕らえるまでが勝負。これが早い。
 ファインダーは暗いところでは汚れたようになり、あまり綺麗ではなくなくなるが、昼間とか、日常の明るさでは、綺麗に見えている。何せ当時のキヤノンミラーレスと同じファイダーのはずなので。
 このカメラが素早いのは、ファインダーを覗いた瞬間既にピントが合っていることだが、これは21ミリなので、合うだろう。そこから、スーと望遠側へズームしたとき、かなり望遠まで進めてもファインダーはしっかりと見えている。ピントが付いてきてくれているのだ。他のネオ一眼だと途中で一度シャッターボタン半押しにしてピントを取る必要がある。そうでないと、ぼんやりしていて、被写体が見えないためだ。このカメラはそれが見えるのだ。だから一気の寄りに強い。
 ファインダーが大きく精細なので、狙いやすい。だから一気に狙った被写体まで寄れる。
 そこからがまた素早いと言うより、シャッターボタンが浅いというか軽いので、さっとシャッターが切れてしまう。これは少し早すぎるのではないかと思うほどで、手ぶれ補正がまだ安定していない状態のはずなので、もう少し待ったほうがいい場合もある。
 鳥や猫などを、発見してから一枚目を写すのが、このカメラが一番早い。
 丸っこいカメラで、軽い。スカスカの樹脂製だが、扱いやすい。
 一年間使ってきたのだが、写りは平凡で、これという特徴がない。きつすぎず、柔らかすぎず。無難な画質。猫を写したときは、毛の一本一本を浮かび上がらせるカリカリした画質ではなく、毛並みの柔らかさなどが出すのに適したもので、まあ、キヤノンのカメラはポートレートに向いているらしいだけあって、どぎつくないのだろう。ニコンとは対照的だ。
 このカメラで写せば、こんな特徴のある絵になるというのがなかったりする。そのため、絵に癖がない。それが一寸物足りないのだが。
 シャッターボタンは早く落ちるタイプだが、半押しキープがしっかりとできる。ここは見事だ。
 一枚写してから少しだけシャッターボタンを浮かすことができる。浮かしすぎると、半押しを通り越して解除される。そのため、二枚目はまたAFが動く。
 被写体自動認識AFはバタバタするタイプで、とんでもないものを囲ったりするが、少しカメラを振れば、違うものを囲んでくれる。それが動いているものであれば掴んで離さない。迷惑な話だが、十字キーを押せば解除される。これがいい。
 要するに超望遠を含んでの操作性は抜群で、非常に軽快。さっと見てさっと写せるカメラなので、手っ取り早い。ただ、あまり写している充実感はないが、早撃ちの快適さはある。仕事が早い。
 
 
 
■■ 2019年12月22日 日曜日 午前9時09分
 
 今朝は曇ってしまった。雨が降るかもしれない。昨日の昼間から翔りだし、晴れていたのは午前中だけだったように記憶している。大事なことではないので、記憶になかっても問題はないが。
 今日は冬至のようだ。一年で一番夜が長い。それだけ日照時間が短い。ただ、昼間の時間は短くても晴れておれば、雨が降り続く夏至より日照時間は長かったりする。だが、昼間の明るさというのがあり、これは雨が降っていても、夜のように暗くならない。日はないが、太陽光は来ているのだ。
 夜が一番長いことと真冬とはまた違う。その真冬へと至ると言うことで、冬至。これは夏へ至る夏至も同じ。日が一番短い頂点と、日が一番長い頂点。これは何か象徴的だ。
 分かっていることは春に向かっていること。では春至ではないか。冬至が過ぎると、日が今度は長くなり出す。ここだ。このターニングポイントがいい。これで夜明けが早くなり、夕方が遅くなる。日が沈むのが遅くなり、これまでよりも日が長くなる。だが、一日が長くなるわけではないが。
 だから、今よりも真冬の方が日は長いのだ。夕焼け空も遅い目に来る。日の長さは夏至がピーク。それまでは右肩上がり。
 といいながらも本格的に寒くなるのはこれから。12月中、年内はそれほど寒くはない。年を越えて少し立った頃から厳しくなる。
 夏至と正月までの日数はほんの僅か。だから年明けを新春と言っても悪くはない。太陽の動きは春に向かっているというより、夏に向かっている。目標は夏前の夏至へ。
 では春には何があるのか。それは春分の日がある。ここでついに昼と夜の時間が同じになる。そして逆転し、今度は昼の方が長くなる。そして夏至でピーク。
 さらに冬至へと進むのだが、その前に昼と夜がもう一度同じ時間になるのが秋分の日。どちらにも傾いていないが、瞬間だろう。
 このピタリと同じになる日は春のお彼岸、秋のお彼岸とも重なる。
 ただし、これは地球の北半球だけのことらしい。要するに太陽の高さだ。それが一番高いか、低いかと言うこと。また、地球はやや傾いて回転している。軸が最初からズレている。四季もそれに関係するのだろう。赤道ではなく北回帰線、南回帰線がその証拠だろうか。
 
 先日買った冬の暖ズボン。何か窮屈な割りに腰の後ろに隙間ができて、寒々しい。最近のズボンは腰が短いためもあるが、ベルト式のためだろう。ゴムズボンならパンツと同じで、しっかりと止まり、浮くことはないだろう。
 表面生地は綿でいいのだが、重いし窮屈。それで、昨日はふわふわのズボンを買う。分厚い股引か、パッチのようなものだ。これが見事なばかりのゴムパンで、部屋ではくようなくにゃくにゃで、毛玉だらけになるあれに近いが。
 しかし、形はズボンで、ポケットもしっかりとある。そこに並んでいるズボンコーナーは2千円台。しかし、そのズボンは3千円台。少し上等なのだ。まあ、昔はGパンが1万円近くしていたりしたのだが、最近は2千円ほど。
 冬の暖パンは1900円あたりからある。
 ただ、スポーツ用品メーカーのはかなり高いが。
 裏に暖素材の生地が貼り付けられている。スポンジのように。これが分離して止めているだけのがある。それが1900円台。
 どちらにしても樹脂製なので、劣化するらしい。毛玉の手入れ方法も書かれている。爪で引っ張って剥がすより、丁寧に摘む方が傷めないと。
 そして毛玉ができるのを覚悟の上買って下さいというような感じだった。避けられないと。
 これが三割引になっていたので、まあ、ずっと履き続けるようなタイプではないのだろう。このタイプ。ずっと水の中に入れておくと溶け出す。
 綿のしっかりとしたものでも劣化することにはかわりはない。色あせしたり、禿げたり、汗をかいて濡れたとき、ビリッと裂けたりする。それにほつれてくる。一度穴が空くと、拡がっていく。
 このモンペのようなパッチのような股引のようなのが、結構履きやすく、履き心地がいい。パッチとの違いはダブッとしていることだろう。そしてかなり伸びる。これで、窮屈さがなくなる。
 雨には弱いが、風は通さないようだ。
 
 

■■ 2019年12月21日 土曜日 午前9時15分
 
 今朝も晴れているが寒い。晴れている日の朝は寒いようだ。
 昨日もそうだったが、昼間はそれほど暖かくならなかった。陽射しが途中から中途半端になったためだろうか。今日は昼間も寒そうな気がする。服装は最近変わっていない。ずっと同じ組み合わせだったりする。この時期ほぼ真冬と同じ服装なので、それ以上はない。以下はいくらでもあるが、さらに寒くなってくるので、今以下にはしないだろう。暖かい日があっても。
 12月も下旬。十日もしないうちに年が明けるだろう。次の区切りは一週間。これはすぐにやってくる。クリスマスまであと数日。すぐだ。そこから一週間で年が明ける。
 クリスマス明けから押し迫る。だからクリスマスまでは年末らしくなかったりする。
 だから年内のことはクリスマスまでにやっておくのがいいだろう。
 カメラ方面は新製品は出尽くしたのか、ほぼ発売されているようだ。つまり発売日が11月とかで、12月の際際の発売はなかったりするが、去年は押し迫ったときにキヤノンのネオ一眼の新製品が出たので、クリスマスカメラらとして買っている。これは上新リアル店で、出たその日だ。偶然立ち寄ったときに買った。いいタイミングだ。それから一年経つが、その新製品はまだ出ていないようだ。これは二年か三年おきなので、そんなものだが、以前は毎年出ていたような気がする。
 去年は、その前に同じようなカメラを買っていた。同じクラスのパナソニック版だ。こちらは結構安かった。スペック的に少し下がるためだろう。
 流石キヤノンという感じなのだが、薄暗いところではパナソニックの方がピントが合いやすく、早い。スペックはほぼ同じなのに。このネオ一眼の上位機はさらに早いのはレンズが明るいためかもしれない。
 薄暗いところではニコンの一眼レフでは合わなかったりするので、これは不思議だ。ペンタックスの一眼レフでも、少しもたつく。しかし、ただのコントラスト式のAFなのに、その上を行くのだから、これは何だろうかと考えたりした。一眼レフの方がしんどいのだから。
 寒いので、部屋で、そういう試写をやっているのだが、意外な結果によくなる。
 コンパクト系ネオ一眼で一番安定しているのは2000ミリまであるP900だろうか。鳥や猫なら、このカメラがあれば何とかなる。その上位機のP1000は3000ミリまであり、ファインダーもいいのを付けているのだが、何せ重いし大きい。日常的に持ち歩いて振り回せるカメラではない。p900なら、少し重い目のネオ一眼程度なので、それほど差はない。
 今年はニコンからもミラーレスが出たのだが、キットレンズの望遠は400ミリまで行っていないので、2000ミリのP900と比べると、物足りないだろう。ファインダーが綺麗なようだし、AFも良さそうで、操作性もいいようだが。まあ、こういうミラーレスや一眼レフのキットレンズは、写りよりも、レンズ交換しないといけないダブルズームキットは結構面倒。だから高倍率標準ズームになるのだが、望遠がさらに弱くなる。
 最近はパナソニックの安っぽいネオ一眼をよく使っている。FZ85だが、高画質ハイスペックではないカメラで挑む方が楽しいようだ。
 低いスペックだが、そこから良いものを引き出すような感じがいい。
 
 
 
■■ 2019年12月20日 金曜日 午前10時18分
 
 今朝はやっと晴れた感じ。青空が拡がっており陽射しがある。気温は低い目かもしれないが、陽射しがあるので暖かく感じる。日陰に入れば別だが。
 そして今朝はまずまずの時間に起きてきた。それほど早くはないが、遅くもない。しかも一発起き。時計を見たとき、納得できたためだ。これがもう少し早いと、もう一度寝るだろう。その二度寝を楽しみにしていたりする。
 晴れたので、空気が乾燥しているようだ。そうなると本格的な冬。
 晴れていい感じだが、張り切って何かをやるようなこともない。日常移動が楽になる程度か。だか、晴れていると、気持ちがいい。これだけでもいいだろう。
 そして、まずまずの時間に起きてきたので、朝の喫茶店からの戻り道散歩ができそうだが、これをすると、戻りが遅くなり、遅起きした時間と変わらなくなる。
 この時期、椿が咲き出すのだが、既に咲いているが、さらに満開になり出す。それが椿か、椿に似た花かは分からないが。また椿にも種類があるようだ。椿だと思っていたら山茶花だったりする。椿系なので、見分けにくく、また山茶花の種類も多いようだ。形が違う。
 まあ、普通の樹木でも、幹は同じで、枝振りも葉も同じようなのがある。一見しただけでは分からない。妙な名が付いているが、覚えられるだけの繋がりがない。印象として残りにくい特徴のためだ。松なら分かる。これぐらいの違いが無いと無理。
 まあ、世の中には色々なものが生えているもので、初めて見るものもあれば、存在さえ知らないものもある。目に触れているはずのものでも、見ていなかったりする。ああ、木が生えている程度で。
 それが何の木であるかなどとなると、これは一歩踏み込むことになる。だから踏み込まないと見えてこない世界だ。その必要があるのかないのかで、世界が違ってくる。
 鳥などを撮していると、鳥を見るようになる。雀と鳩とカラスしかいないと思っていると、そうではなく、他の種類も混ざっている。ただ日常的にいつも見かけるわけではない。鳩は常にいる。雀もカラスも。目撃頻度が問題かもしれない。だから、珍しい、となる。
 それと渡り鳥。これは年中いない。その間目撃しない。
 まあ、そういう鳥を見ていると、常に餌を探している。じっとしている鳥もいるが、待機型だろうか。
 鳥を一眼レフで撮すとなると大砲がいる。300ミリや400ミリや600ミリあたりは小さいが、800ミリを超えると三脚がいるだろう。
 昨日はパナソニックのFZ85を持って出たので、これだけで1200ミリだ。それでも遠くにいるサギは遠い。大きい鳥なので、楽なのだが、この白いサギすぐに逃げる。近寄れない。1200ミリでは遠いので、デジタルズーム域で写す。2400ミリだ。小さな受光素子のデジタルズーム。しかも曇っており、さらに暗い。だが、結構写っていた。これは目撃例の証拠写真としてはいいだろう。画質に拘らなければ、大きく写せる。画面一杯に。
 しかし、写真として見た場合、甘い目に写っているのが雰囲気としてふさわしかったりする。画質よりも、鳥そのものの雰囲気が勝つことがある。こんな姿をしているのかと。
 まあ、鳥だけを撮すわけではないので、超広角から超望遠まで行けるFZ85などのネオ一眼系は強い。
 こういうコンパクト系で挑むところがいいのだが、ただ単に無精しているだけかもしれない。
 
ジャズと演歌と都はるみ 中上健次
 これは小学館電子書籍で「中上健次電子全書14」となっている。何冊あるのか知らないが、その中の一冊はほぼ都はるみとなっている。この比重は大きい。全集の一冊が都はるみとは。
 その中に「天の歌 小説 都はるみ」が入っている。これはこれで紙の単行本としてあるはずだが、電書の方が安いし、全集の一冊なので、ボリュームがあるので、都はるみとの対談が二つほどあり、またかなりの数の都はるみがらみのエッセイがある。
 また、ドキュメント的な、コンサートの様子なども含まれる。
 その中のメインでもある「天の歌 小説 都はるみ」についての感想を書いてみる。
 子供時代から一時引退で紅白で最後を飾るところまで。
 ただ、これはフィクションらしく、ドキュメントではないので、事実関係は違うだろうし、あくまでもフィクション、実名の都はるみやその周辺の人が出てくるが、それらの人が、実際にそう言ったとかではない。
 要するに小説なのだ。ただ、大きく踏み外したり、とんでもないことが書かれているわけではない。フィクションとして書いた方がよりリアルにあぶり出せるのではないかということだろう。つまり、都はるみとは何だったのか。
 そのため、タイトルは「都はるみ」なのだ。だが、北村晴美と都はるみが行き来し、その関係などが興味深い。
 そして生身の北村晴美と歌手都はるみ。生身の北村晴美そのものも小説なので、フィクション。そして、そこに出てくる都はるみは果たして実在か、それともフィクションか。
 この小説は北村晴美を主人公にしている。その中に都はるみが出てくる。ややこしい。
 まあ、あらましは似た本が二冊あり、いずれも紹介した。一冊は「小説都はるみ」でこれは小説風に書いた方が分かりやすいということで、そうなった。中身はドキュメンタリーだ。その語りが小説風。
 それら二冊の本は似たようなシーンを書いている。まあ、違っている方がおかしいが、細かいところでは、違うところが多いが、大筋は同じで、良い本だ。
 今回読むのは三冊目となる。それが中上健次が書いた、今回のもの。これは最後に残しておこうと思った。中上健次なので重そうなので。それに都はるみよりも、中上健次が気になったりする。何故か重そうな印象とだが、だがそうでもなかった。
 読み終えると、やはり爆発しており、筆の勢いが凄まじい。なかなか言いたいこと、感じたことが言えないことの苛立ちなども見える。まあ、言いにくいのだ。全集の一冊を占めるほど、熱く語れるほどなのだから、生きておれば、もっと書いていただろう。
 
 さて、子供の頃、男の子たちとメンコをして遊んでいたあたりが微笑ましい。かなり強かったようだ。大阪ではメンコではなく、ベッタンと言っていたように思う。丸いタイプを丸ベッタン、これがメンコだ。
 まあ、賭けなのだ。勝負して負けるとメンコを取られる。ベッタンとビー玉。これは、この世代の子供にとり、財宝なのだ。そして貨幣だ。おはじきは屋内でやる。これは女の子の貝遊びのようなものだろうか。
 町内の地蔵盆で、のど自慢に出るのだが、この小説では家の裏側にある庭に地蔵がある。北村家専用だ。お守り袋に線香の灰を入れていたというのは事実らしいが、それは路地の角の地蔵だろう。このお守り袋の話は紅白で黒柳徹子がやっていた。浮き草暮らしの頃だろうか。「千年の古都」でもその地蔵が出てくる。
 そして、そのフィクションの地蔵の裏に銀の簪を隠している。これは父親から貰ったものだ。だが、実際には女にやるためのものだった。小説では困った父親となっているが、本人が聞けば怒り出すかもしれない。ただ、北村晴美は両親の血を半分半分受け継いでいる。髪の毛が柔らかく、ボリュームがある。これは父親の血だと、母親は言う。実際はどうだったのかは知らないが。
 この銀の簪に何か縁起の悪そうな、何かが籠もっているような感じがする。女郎さんがしそうな素人はしない簪。それは後の歌という魔物とも絡んでくる。人の怖い情のようなものだろうか。この比喩は流石小説家。他の二冊のライターとの違いがそう言うところに出る。まあ、小説として書いているので、かなり想像が入っているのだが。そんな簪はフィクションかもしれない。
 この銀の簪、弟が持ち出し、それと交換でメンコを買おうとしたのだろうか。仲間から。
 簪が消えているのを知った北村晴美は遊び場の寺の境内でやりあう。そのとき、風を吹き雨を降らす。まるで龍だ。
 そして、その先は非常に大味に、さっさと進み、途中を省略して、レコード会社のコンクールへ行く。大阪での地方大会。このあたり、細かい描写はない。この大会へ行く前に、色々な公開の場でも都はるみは歌っているし、別のレコード会社まで行き、歌を聴いてもらったりしている。そういうのは省略。
 そしてすぐに東京での全国大会。夜行寝台の一等で行く。新幹線は線路ぐらいはできていたはず。しかし、まだ走っていない。だから、車中一泊で上京。朝に着く。
 大会では本番で順番が前後する東北から来た丸坊主の青年と会話する。この青年、落ちるが、落ちてもクラブ歌手になると言っている。のちに登場するが、それは都はるみラストステージのとき。大島から運ばれてきた椿の花を晴海埠頭あたりからトラックで会場まで運んできた運転手となっている。再会はない。この椿を間に合わせるため、大島でビニールで温室のようなものを作り、早く咲かせたとか。
 歌手になりたくても、レイコード会社は無理、そしてクラブ歌手でも駄目だったのだろう。あれから20年は経つので。そういう歌手になりたい人は一杯いる。二十年間ずっと陽の当たるところで歌っていた都はるみ。誰でもできることではない。
 
 さて、それは最後の話だが、デビュー曲などは省略。いきなりあんこ椿へと行く。そして作詞家の星野哲朗の前で歌ったとき、犬が吠えだしたというエピソードは当然入れている。ただ、犬は最初から同室にいた。そして都はるみが歌い出し、唸り出すと吠えだし、しばらくして、お漏らしをしていることを奥さんが見付ける。今まで室内でお漏らしなどしたことがなかったとか。犬の位置が問題ではない。吠えたことだ。野生の何かと通じる都はるみの唸り声に畏れ入り、怯えたのだ。犬はセパード。
 このシーンに関しては何度も語ったので、ここでは省略。
 
 こうしてもの凄いテンポで進むので、当然小説としては短い。
 クライマックスというか、結局書きたかったのは引退シーン。ここに集まってくる。
 生身の北村晴美と歌手都はるみ。北村晴美が都はるみを殺すシーン。それは肉面となった都はるみを剥がす痛さ。
 この引退とは何だったのか、それが、この小説の全てのように思われる。
 歌に魅入られたわけではない。歌が好きで、歌の鬼になったわけではない。しかし、天性のものがあり、それを「徹」だったか「激」かは忘れたが、そういう言葉で言っている。それがあるのは二人しかいない。一人は美空ひばり。
 まあ、大事な言葉だが、ピンとこなかったので、忘れたのだろう。
 歌の持つ魔性と戦う北村晴美。そして殺してしまう。引退し、もう二度と歌わないと。
 しかし、もう一人だけの都はるみではない。その葛藤が当然あるが、女としての北村晴美。普通のおばさんになると言うことがどれだけ難しいことか。しかし、それさえできない歌の魔。北村晴美は、しかし決行したのだ。これは挑んだと言うべきか。
 この小説が書かれたのは引退宣言のあとだろうか。その前から着想はあったらしいが、このとき、復活することは分かっていない。
 復活後に書かれた二冊の都はるみ本とは一寸違う。
 引退宣言あたりで中上健次は都はるみと会っている。角川での対談だろうか。
 もし、復帰が分かっていた状態で書いた場合、また違った結末になっていたかもしれない。
 しかし、無念さ、残念さをどうしようもなく感じていた時期だからこそ、書けた小説かもしれない。
 小説以外にも、引退コンサートや、紅白での大トリでのお別れなどについては複数のエッセイを残している。それらを合わせて読めるのは、全集の一冊のためだろう。都はるみメインの一冊で、ページ数が余るのか、村上龍との対談を入れている。これはおまけだ。
 ジャズの本流はブルースで、その先にあるのは都はるみとなる。
 音楽のことはよく知らないので、どういう意味なのかは分からない。ブルースと言えば「盛り場ブルース」「港町ブルース」が真っ先に浮かぶので。
 市川昭介以前から、色々なジャンルの音楽が歌謡曲として、流行歌として、取り込まれていき、合体したという説は有名だ。
 だからジャンルでは括れないのだろう。
 この本では、中上健次と都はるみがツーショットで写った写真が載っている。都はるみはかなり若い。
 さて、小説の中では、都はるみを殺す北村晴美の紅白がクライマックス。やめてしまうことをどう解釈すればいいのかと作者は戸惑ったのだろうか。それで、何らかの神話のような形に持って行きたかったのかもしれない。そうでないと納得できない。
 別のエッセイでは、8千万人が見ている前での自殺。都はるみを殺す瞬間を見ている。
 また、別のエッセイでは、その前日のコマ劇場での最終コンサートで、客が全員で都はるみを殺すとなる。これはもう宗教的儀式のようなものだ。
 エッセイも含めて読んだので、小説とエッセイがごっちゃになった。同じようなことを繰り返し語っているのだが、それを読んでいて、余程無念、残念だったことだけが伝わる。何故やめるのかと。
 だから大袈裟なことを中上健次は言っている。引退が発表されたとき、文壇の奥が荒れたと。
 安岡章太郎は演歌の終焉を言ったようだ。以前にも都はるみ論を書いていたらしい。
 水上勉も都はるみのファンだ。都はるみとの対談で中上健次が初めて会ったとき、水上も安岡も嫉妬の炎を燃やしたとか。
 さらに都はるみの自殺。これは歌をやめると言うことだが、その数年前の三島由紀夫の割腹自殺も持ち出している。もう総動員だ。
 要するに痛いだろうということかもしれない。
 
 果たして都はるみは歌手になりたかったのだろうか。そして歌手を志したのだろうか。全て母親が決めたことで、小さな頃から、そこへしか行けなかったのではないか。目標を与えられ、声を唸らせて歌うと10円もらえた。
 歌の学校をよくサボった。ここから既に、歌と対峙する何かがあったのだろう。子供なので、深い意味はない。小説では近所のガキ大将たちと遊んでいるとき、途中で抜け出し損ねたことがあったため。このまま普通の子供として遊んでいたかったのではないか。ここから対峙が始まっているのだろうか。
 家に帰ると、路地を通る。西陣なので、機の音がする。そして硝子窓か何かは忘れたが、もう一人の北村晴美が写っていたような気がしたとか。そのもう一人の北村晴美こそ、歌だけの北村晴美で、のちに都はるみとなる。このへんの描写が上手い。
 子供の頃から目標を与えられていた。自分で考えたものではない。だから迷うことはない。
 別の本にもあるように、都はるみは負けん気が強い。勝負となると、勝ちたい。勝たないと気が済まないだろう。だからコンクールに出ても勝ちたかったはず。歌そのもの云々ではなく。
 ところが、偶然か何か分からないのだが、天分があったのだろう。またピタリとその時代にはまったのだ。次はどんな歌が来るのか、専門家でも分からなかったらしい。次の時代の歌。都はるみはそれを持っていたのだ。
 まあ、簡単に言えば美空ひばりや島倉千代子ではない、違うものを時代が探していたのだろう。それは高度経済成長と同時期に登場し、その時代の勢いのある歌手。
 だからヒットしたあんこ椿の音である作曲家市川昭介もかなり若いのだ。これからの時代に人だった。
 
 小説ではないが、同じ電書の中のエッセイで、安岡章太郎が言っているのだが、歌がびっくりするほど上手い歌手はいくらでもいる。しかし、情として伝わってくるものがあるのは都はるみらしい。それは「柄がいい」とか言っている。体格を指しているのではない。「あの人ガラが悪い」とか、下品とか荒っぽいとかをさすが「ガラがいい」という言い方もあるのだ。
 まあ、安岡章太郎が偶然都はるみの歌い方に波長があっただけのことかもしれないが。
 このあたりにことが結構この全集の中の都はるみ編のような一冊には、他にも色々な文書が入っている。雑誌で書き殴ったようなものなども含めて。
 世界の著名人を多数登場させ、都はると絡めている。
 
 別の本では、都はるみは中上健次の小説を一応読んだらしい。「岬」あたりだろうか。三ページか四ページでダウンしたらしい。同時代の小説家の本なら読めるのだが、中上健次だけは読めなかったと。しかし、実際に会って話すと、もの凄く分かりやすい人だった。この落差は何だろう。
 この小説は、難しくない。スラスラと読める。ただ、句読点が少なく、改行がなかったりする。だから同じ段落の中でシーンがごろりと急に変わったりするので、そのあたりは読みにくいかもしれないが、文章はかなりはしょっている。
 まあ、知っている話、つまり都はるみの話なので、事実関係は既に分かっているので、楽に読める。
 意外と短く感じたのは、一気に引退のところまで駆け抜けたためだろう。クライマックスへ至る引退シーンで一気に詳細になり、纏めてパンチを連打し、一気に倒してしまうようなラスト。
 都はるみはそのとき死んだ。しかし、その死の瞬間、紅白で八千万の人が見ていたのだが誰も見えていなかった。それを見た者はただ一人、都はるみだけが、それを見ていた。これは別のエッセイだが、まあ、この小説、そこに集約されている。
 数いる歌い手の中で、なぜ都はるみの小説にしたのか。そこには色々なものが詰まっていたためだろう。そして流行歌を超えた何かが見えたのだ。それを発していたのだ。それを中上健次は見逃さなかった。まあ、多くのファンもそうだろう。
 それを具体的に何であるかを書いたのが、この小説かもしれない。
 ここで書かれているラストコンサート、これは新宿コマ。そして紅白でのラスト、いずれもYouTubeで見ることができる。
 
 
 
■■ 2019年12月19日 木曜日 午前9時40分
 
 今朝は雨ではないが、かなり曇っている。当然雨が降ってもおかしくない。気温は昨日に比べると低い目となっている。肌寒い。夜も前夜よりも寒かった。その前夜が暖かすぎたのだろう。だから平年並に戻った感じだが、この平年は、この時期ならこれぐらいだろうという程度のもの。
 本格的に曇っているので、空が暗く、街も暗い。こういうのは冬の暗さには合っているのだろう。太平洋側の冬はそれほど暗くはないのだが。まあ、天気が悪ければ空も暗くなる。
 雲の形はなく、ガス状だろうか。
 今朝はまずまずの時間に目が覚めた。自然な目覚めで一発起き。二度寝はない。時計を見て合点がいったのだろう。早すぎないし、遅すぎない。まずまずの立ち合い。
 これで晴れていればいい感じなのだが、そうはいかない。
 暖かい日があると聞いていたのだが、それは過ぎ去った。その日、自転車で散歩に出たかったのだが、雨。雨で暖かかったと言うことになる。気温が高い目なのはいいが、雨では何ともならない。
 やはり多少寒くても晴れていて陽射しがしっかりとある日に散歩に出た方がいいだろう。まだ真冬でもないので、言うほどの寒さではない。
 その暖かくなる前に少しだけ遠出しているが、そこは散歩コースのようなところで、見慣れた風景なので、日常と変わらなかったが。やはり、もっと沖に出ないといけない。
 夕食後の徒歩散歩もしていない。これはもろに寒くて出る気がしないため。それで足腰が、という問題もあるが、歩けばいいというものではない。だから階段などを上るとき、足が重くなるのは普段歩いていないからではなく、歩いていなくても、足が軽いときがある。まあ、僅かな距離を歩く程度の徒歩散歩なので、それぐらいは日常的な用事で、移動しているとき、足を使っているはず。また、室内でも、結構移動するので、わざわざ歩くためだけに歩くという時間を作らなくてもいいような気がする。
 冬眠から覚めた熊が歩けなくなったというのは聞かない。冬の間、寝ているのだから、運動不足のはず、というより、まったく歩いていないのだから。
 自転車は始終乗っているのだが、これは歩くときに使う筋肉とか筋とかとは別。
 しかし、たまに長い距離を歩くようなときは、厳しかったりするが、滅多にない。
 それと、夕食後の徒歩散歩での夜景撮影も、同じ物ばかりになるので、飽きたのだろう。この夜景撮影を楽しみに歩いていたのだが。やはり、寒さには勝てない。足よりも、別のところをやられそうなので。
 
 カメラのキタムラの中古販売がいい。近所にキタムラがあったのだが、潰れた。そこで中古を見るのを楽しみにしていたのだが。
 そこは潰れたが、全国的に展開しているので、中古を置いている店が結構あり、それらをネットで一覧できる。まあ、アマゾンに出品している中古の数も多いのだが、宅配になる。
 ところがキタムラは近くの店で勘定をする。近くの店まで品を運んでくれるのだ。送料はいらない。しかし、まだ買っていない。現物を見て決める感じで、気に入らなければ買わなくてもいいとか。
 取り寄せておいて買わないというのは少ないだろうが、このとき、普通のカメラ屋で普通に買うのと同じ。「このカメラ、一寸見せてもらえますか」という感じと同じ。買うとは言っていない。
 近くのキタムラが潰れたので、近くではなくなったのだが、もう一店もっと近いところにあり、毎日行っているショッピングモール内にもあることを思いだした。カメラは売っていないカウンターと、セルフプリント程度のコーナーだ。ここが中古受け渡し場所にもなっていることを知る。
 ただ、遅いだろう。一週間ほどかかるかもしれない。送料なしで、代引手数料もいらない。保証もあり、自然故障なら受け取った店へ持ち込めばいい。初期不良とかがあるので。
 まあ、これまでキタムラで買った中古カメラ、故障はない。
 それで、価格を見ると、まあ、相場通りで、安いわけではないし、高いわけでもない。
 キタムラでは委託販売をしていたような記憶がある。キタムラが買い取るのではなく。
 キタムラリアル店にあるものに限られるが。
 新製品に近い物は、中古でもそれほど値段の差がなかったりするので、そこは考えものだが。
 リアル店で展示品特価が、中古よりも安かったりすることもある。
 そういう展示品特価品の売れ残りを集めた上新アウトレットもある。近所にはないが、西宮と池田にある。どちらも自転車で行けるが、少し遠い。
 だが、そういう目標があると、寒くても、遠出する気になる。
 ただ、中古はカメラ屋へ行かなくても、色々なものを売っている中古屋が結構ある。そこは定期的に行っているが、品の流れが止まっていたりする。
 
 
 
■■ 2019年12月18日 水曜日 午前10時44分
 
 今朝も雨。しかし、出るときはやんでいた。傘マークが昼からなくなるので、曇りだけになる。晴れ間も出るかもしれない。まあ、一日中雨よりもいいだろう。
 朝方寝ているとき、雨音がしていたので、起きるのをやめた。そのあと二度か三度、目が覚めたが、いずれも無視。それで、遅起きになったのだが、昨日はまずまずの時間に起きてきたので、残念だ。
 しかし、目は一応覚めていたのだから、そのとき起きれば残念がらずに済んだ。だが、寝ている方がいい。そのときは、それが一番。
 それで寝過ごしたためか、出るときはやんでいたので、こちらの方がいいので、遅起きした甲斐があったというもの。
 しばらく晴れの日が続いていたので、たまには降らないと、野菜がまた値上がりしそうだ。
 12月も中旬から下旬になろうとしている。押し迫っているが、まだ年末の気配はない。年末らしさはクリスマスの飾り付け程度だろうか。これはそのまま正月まで持つ。物はだめだが、光り物は新年を祝う飾り付けとして流用されたりする。
 だからクリスマスにだけに特化した飾り付けではないということだ。玄関先の、ただの明かりもの、飾り照明のような。
 クリスマスといえば、カメラだ。
 年末にカメラを買う行事だが、普通の月でも買っているので、年末に限らないが。
 だが、大して高いカメラを買うわけではない。一台のカメラを使い続けるよりも、複数のカメラを使う方が、その一台一台のカメラの良さなどが分かったりする。逆もあるが。
 自分に合ったこの一台、というのは存在しない。これは自分でカメラを作ってもできないだろう。
 今朝は最後に中古で買ったパナソニックの1インチタイプの高い目のカメラだが、中古なので、普通のコンパクトデジカメ新製品より安いが。
 夜でも安心して写せるので、重宝している。雨の日などはポケットに入るので、このタイプは持ち出す頻度が高くなる。出番が多い。
 パナソニックのミラーレスも視野に入れているのだが、このタイプになると、途端に不便になる。標準ズームだけを付けて写すのなら問題はないが。
 最新のミラーレスはG99となっているはず。G7を狙っていたのだが、G8時代になり、今はG9。しかし、このG9というのはG9プロのことで、馬鹿でかい電子ファインダーが付いている。そしてボディーも大きい。そして高いので、G99が出た。こちらもG8に比べれば、大きい目だが。しかし、G8が狙い目だったのはG9が出たためで、型落ちで安くなっていただけ。
 だがG99は新しいだけに、中古価格では上位機のG9との差は1万円。その程度の違いなら、G9にした方がいいのではないかという話になる。これはボディーだけの価格。
 レンズは1万円台で中古で買った電動望遠ズームがある程度。それとかなり前に買ったG5に付いていた電動標準パンケーキズーム。だからキットレンズだ。大したレンズは持っていないし、また、レンズ方面を伸ばす気はあまりない。
 G8時代は24から120ミリ相当の標準ズームが付いていたはず。28ミリ始まりだったかもしれない。これは忘れた。あまり見ていないので。これがキットレンズ。それ付きで買えば安い。G7時代は28から280ミリ相当の高倍率標準ズームキットで売られていた。だからG8になってズーム比が落ちた。
 G99になると復活し、高倍率に戻ったが、レンズのバージョンも上がり、防水性が加わったのだろうか。
 短い目の標準ズームはG9に付いているが、これはライカになる。だから、パナソニック版よりも高い。このレンズが高いので、キットレンズ付きG9はもの凄く高くなる。
 最新ミラーレスカメラの最高機種で一番安く買えるのはパナソニックで、中古価格がガクンと落ちているので、これは狙い目。しかし、ハーフサイズのわりには大きく重いので、オリンパスと同じことになっている。小振りな一眼とはもう言えないので。
 それなら今年出た25から400の明るい目のレンズの付いたFZ1000マーク2の方がよかったりする。ハーフサイズと1インチとの差はあまりないのだ。
 だからパナソニックミラーレスを見ていくと、結局はネオ一眼に落ち着くことになる。それが落ちだ。
 
 昨日はおかずだけが切れていたので、餃子の持ち帰りをしたのだが、しばらく待ったあと、受け取ったとき、少し重い。いつもより重い。
 おかしいなあと思いながら、雨の中、自転車で戻ったのだが、四人前だった。
 いつもは二人前を買っている。その箱が昨日は二つになった。そしておかずなので、一人前でいい。残りは朝に回す。ところが四人前だと余るので、二人前をおかずで食べきり、夜食で、一人前を食べきった。そのかわりご飯は残した。
 もう餃子はしばらく食べたくない。
 
 
 
■■ 2019年12月17日 火曜日 午前9時32分
 
 今朝は雨のようだ。今週暖かい日があるといっていたのは、このことか。雨で気温が上がっていたりする。これだろう。
 蒸し寒いというのはないが、蒸し暑いというには寒い。しかし、それに似ている。湿っているためだろう。
 朝の喫茶店までの道中は幸い降られなかったが、既に降っていたのか、濡れている。そして、今も、降りかかっているが、まだ、降っていない。時間の問題で、今日も明日も一日中雨と予報では出ていた。
 朝、寝起きに天気予報を見たのだが、解説は読んでいないし、動画も見ていない。さっと一日の時間帯別の気温のグラフを見るだけ。それとお天気マーク。お日様とか傘とかを。
 そしてちらっと明日の予報や十日間の予報も。
 いずれも表。そのマスの中にマークが入っていることと、数値があるだけ。だから、一目で分かる。それ以上の解説はいらないわけではないが、これで分かってしまう。結局晴れるのか、雨なのか、気温は寒いのか、ましなのか、それが分かれば良いのだろう。
 解説や動画では、おそらく低気圧がどうの、高気圧がどうのと、その流れの話になるはずだが、最近そこまで見ていないので、これは連続してみておかないと、気圧の流れは分からない。まあ、それも天気図を見れば、分かる話だが。図だけなので、解説はないが。
 昔の人はどうか。高気圧や低気圧などとはいわなかったはずだが、土地土地に季節風の呼び方があったり、その土地独特の地形に即した合図のようなものが山や野や雲にあったのではないか。当然川の水の冷たさとか、小動物の動きとか。
 まあ、カエルが鳴くと雨が降るとか、その類いだが。だから雨蛙といったりする。まあ、カエルは始終鳴いていたとしても、泣き声が大きいとか。
 情報を身近なところから読み取っているのだ。それらがセンサーになる。さらに腰が痛いとかも。これで天気が分かったりする人もいる。
 今朝はいつもの喫茶店が定休日なので、週に一度だけ行く個人喫茶へ行く。ここにも常連さんがいるし、定休日で行き場を失った顔なじみが来ていたりする。いずれも、定休日なので、流れてきた人だが、これまで見かけた限り、一組しかいないので、他の常連客は何処へ行ったのだろう。別の店かもしれないし、最初から立ち寄らなかったりするかもしれない。ただ、朝メニュー目当ての人は腹がすくだろう。毎朝トーストと卵とコーヒーを、この店で食べている人は、同じことをしたいはず。昨日と同じことをできるかぎりしたい。ただ、その店、ハンバーガー屋なのだが、朝から食べる気がしなかったりするので、やはりカリッとしたトーストが良いのだろう。
 今朝は早い目に目が覚めた。珍しい。しかし、まだ余裕のある早さなので、二度寝した。それでも、まだ早い方だ。二度寝の満足を得たうえ早い目に起きてこられたのだから、いい感じだ。
 今日は暖かくなるということだったので、自転車散歩を予定していたのだが、雨では何ともならない。昨日は晴れていたが、散歩が二日続くことになるので避けたのだ。
 
 今朝のお供のカメラはパナソニックのネオ一眼のFZ85。このFZという型番は幾種類もある。1インチタイプもあれば、ポケットに入る旅カメラも。いずれも高倍率ズームということでは共通している。
 このFZ85は、20から1200ミリのズーム機で、かなり安っぽいカメラ。だから写りはそこそこ。このそこそこが良いのだろう。写りの良さが特徴のカメラではないので、逆に写しやすい。
 先日中古で買ったTX1は1インチタイプなので、画質はいい。暗いところでも強い。しかし、そういうカメラは画質を気にしながら写すことが多い。これが逆に欠点なのだ。
 このFZ85は新しい。スカスカのネオ一眼なので、結構軽い。
 カメラの紹介ページを見ると、日常を切り取るとなっている。これが気に入ったので、同調した。
 20ミリから1200ミリ。これでほぼほとんどの日常を切り取れるだろう。だが、切り取るだけで、立派な写真が写るわけではない。あくまでも家庭用、個人の日常をアート風に写す程度だろう。ただの記録ならスマホでも良いのだから。
 機能的には最新の機能をほぼ網羅している。どんな写し方でも、どんな撮影方法でも可能。
 ただ、液晶は回転しないし、液晶と電子ファインダーの切り替えも自動ではない。
 ただ、意外性がある。それは性能で。
 この自動切り替えがないので、電子ファインダーに切り替えた状態で使っているとき、自動切り替えセンサー経由ではないので、電源を入れた瞬間に覗くと既に営業中。この早さが凄い。またファインダーの解像力も低く、小さなファインダー。それで早いのかもしれない。準備が。1インチタイプの高級機よりも速いので、スナップ性の高さでは勝っている。ワンテンポ置くと、もう被写体は消えていたりする。
 液晶撮影では液晶が回転しないので、不便かと思ったのだが、カメラが大きいので、液晶を上げると大層な感じになる。それと大きなグリップが付いているので、安定感があり、結構ラフに構えられる。手かざしスタイルで写すときも、いい感じだ。
 そして液晶は回転しないが、タッチ液晶なのでタッチAFとかタッチシャッターとかができる。このあたりはスマホになる。
 少し嵩の高いカメラだが、日常の中でも取り出しやすい。メカメカしたカメラではないためだろう。そして高精細な描写を誇るカメラでもないので、気楽なのだ。樹脂製の安っぽさも、一役買っている。
 ズームカメラなので、ズームしなければ立ち上がりは20ミリの超広角。とりあえず前方をバッサリと写しておこうというときには良い。この20ミリが付いているのはパナソニックコンパクト系では、この一機種だけ。
 20ミリで1センチ接写ができるので、背景まで取り込んだ超広角マクロができる。
 だからテーブルものや、小物の撮影を得意としている。中望遠でも結構寄れるので、花とかも大写ししやすい。1メートルほど離せば500ミリ少しで写せる。望遠端1200ミリで1メートル半。このクラスとしてはもの凄く寄れる望遠だろう。
 色々できるが、写りは普段着画質という感じなのが、愛嬌だろう。
 
 
 
■■ 2019年12月16日 月曜日 午前10時44分
 
 今朝は晴れているが、少し寒い。昨夜も寒い。昼間は暖かい日が続くと予報ではなっているが、まあ、冬は冬なので、それほどでもないせよ、寒波で寒いよりはましだろう。
 暖かい日の朝夕は寒い。温度差がかなりある。暖かくない昼のほうが朝夕はましだったりする。昼間暖かいツケが朝夕、これは夜だが、そこに来る。だから朝、寒いと思い、寒い一日だと思っていると、逆に暖かい日になっていたりするので、朝の気温は一日の天気ではない。よく晴れた朝、気分よく、さあ一日が始まるといっても、朝だけで、決して気分よく晴れた一日ではなかったりすることもある。
 昨日の続きで今朝も早起きではなく、遅起きで、しかも少し遅い目の遅起き。遅さにも程度がある。
 昨日も遅起きだったので、昼の喫茶店へ行くと、結構遅い。そして戻り道、このまま戻るより、少し外した方がいいと思い、散歩に出ることにした。それほど暖かい日ではなかったが、もの凄く寒い日でもないので、出掛けることにした。時間的にも遅いので、短い目にする。すぐに日が落ちるためだ。
 それで一応尼崎の中古屋へ向かう。これはあくまでも方角程度のもので、そこへ行くまでの道筋が目的。道が目的。
 行き方は様々あり、古い農家や村の面影が残っているところや、旧街道や、小さな商店通りなどが混ざっている場所。それなりに散歩コースとしては良い。これを幹線道路で行くと、工場地帯や、殺風景な場所が多いので、路地伝いに行くのがいい。
 カメラは偶然その日持ち出していたペンタックスの一眼レフK70。自転車長距離散歩では、これをよく持ち出していたが、昨日はその気はなかった。
 ポケットにはパナソニックのFZ95で、これは組み合わせだ。ペンタックスは200ミリまでのズームなので、望遠が足りない。それで700ミリまである旅カメラを予備でポケットに入れた。この予備のカメラだけでも十分目的を果たせるのだが。
 ペンタックスのK70はやはりファインダーがいい。その直接的な見え方が、電子ファインダーにはない自然さがある。夜は暗くて見えにくいが、昼間は鮮明。レンズをそのまま見ているようなものなので、付けているレンズにより違いが出るが。
 それでも自然物などを、これで覗くと、自然。肉眼で見ていたのと同じ質感のものがファインダーからも見える。違和感がない。
 しかし、このカメラ、重い。それほど大きなカメラではないのだが重いのだ。100パーセントの視野率のガラスのプリズムが入っているためだ。これで、一眼レフは重い。そのかわり、光学ファインダーの良さを味わえる。この重さはそのためだ。
 しかし、室内で手にしているときは重く感じるが、外では軽い。重さを感じない。
 シャッター音ミラー音は大きく響き、目立ってしまうが、快い音がする。がっちりとしたグリップ。滑らかに回る高倍率標準ズーム。これだけでもう写真が決まるようなものだ。
 そしてこのカメラを持ち出すと落ち着く。ミラーレスのような尖った機能はない。カメラは四角く角張っているが、カメラそのものが昔ながらの一眼レフのためだろう。
 散歩撮影の風景は200ミリまでの望遠でも何とかなるし、200ミリでは無理なようなものは最初から見ないようにしていたりする。もっと望遠があった方がいいと思うこともあるが、引いた感じも悪くはない。
 中古屋に着き、中古カメラなどを見るが、ニコンの古い一眼レフがまだ売れていない。それとペンタックスのK1000だろうか。これも古い。SDカード以前のものかもしれない。よく見かけたカメラだ。最近はペンタックスの一眼レフなど家電店に置いていなかったりする。
 富士の標準レンズとなる35ミリF1.4と広角の単焦点レンズが並んで置いてあった。50ミリ相当になる明るい定番レンズで、これは高い。中古でも高い。広角の方が安い。
 戻ってきてネットで見ると、中古価格とほぼ同じなので、相場通りだった。
 ポケットに入っていたパナソニックは戻り道、一枚写しただけ。それなりの望遠が必要だったのは、この一枚だけだった。
 帰りは日はまだあったが、寒い。冬はそんなものだが、自転車でウロウロするには適していない。
 それで、夕方前に行く喫茶店に、ちょうど夕方前に入ることができた。帰り道にあるのだ。
 結局遅起きだったが、昼寝の時間に散歩に出ていたようなものだ。
 戻ってくるといつもは暗いのだが、昨日はまだ明るかった。早起きした日のようなペースになっていた。
 遅起きを逆転させたようなものだった。
 
新書太閤記 長久手の戦い 吉川英治
 これを読んでからしばらく立つので、記憶が曖昧になったし、細かいことは忘れてしまったので、覚えていることだけを書くことにする。
 長久手の戦いとは美濃での戦い。今の岐阜県や愛知県、また三重県にもまたがる戦いと言ってもいい。その中で本格的な戦闘があったのが美濃から三河へ抜ける裏道のような場所にある長久手あたりの小山や岡が続いているような場所。これは何をしていたのか。
 新書太閤記なので、当然秀吉を中心とした話なのだが、家康との戦いなのだ。豊臣と徳川の戦いとなっている。
 なぜ戦ったのか。それは秀吉が織田家を乗っ取ったような感じになり、本来の主家であり、主君であるべき織田家をないがしろにし、自分が天下人となろうとしたためだ。そんなことは家康も分かっていたが、何ともならない。それに織田家というのは一体何処にあるのか。このときの織田家当主は子供だろう。そして本能寺後は岐阜織田家、尾張織田家に分かれていた。次男と三男。信勝、信雄だが、どちらが上か下か分からない。兄より、弟の方が本当は年が上だったとされている。母の身分で、そういうことがあるらしい。
 その岐阜織田家は潰れている。残る葉三男だけ。しかし、信長の子供はこれだけではない。四男は秀吉の養子になっていたはず。まだ織田と名乗る織田一門の親戚筋が多くいる。
 旧織田軍団をほぼ手中に収め、秀吉陣営は日本最大。徳川軍はそれに継ぐ大国だが、やはり小さい。まともに戦えば脂の乗りきっている秀吉に負ける。その手腕は家康もよく知っている。
 戦いのきっかけになったのは信長の三男と秀吉との仲が悪いと言うことで、それは誤解だとして秀吉は琵琶湖近くで会見する。
 この三男の上に次男がいる。これは先ほど言ったが。年齢的には、この人が継ぐはずだったが、実際には秀吉の企みでまだ幼い三法師君が織田家当主となっている。まあ、信長が死に、後継者の長男信忠が死んだので、その直系の信忠の子が継ぐのが正しのだろう。しかし、傀儡だ。前回書いた清洲会議が、それだ。そして、次男は不満なので、同じ不満を懐く柴田勝家、滝川などと秀吉と戦う。これも前回書いた賎が岳の戦い。その後、信長の次男は結局殺されたようなものだ。秀吉が直接手を下したわけではないが、三男に命じたのだろう。兄の領地を結構もらえたのではないだろうか。
 だからこれで三男だけが力がまだ残り、尾張伊勢に領土を持つ大大名。今度はこの三男が問題になる。織田家で残っている力のある人物は、この三男を残すだけ。
 それで秀吉がこの三男も滅ぼしてしまうのではないかという噂が立つ。
 そこで秀吉はそんなことはないということを示すためか、また誤解があるようなので、ということで、琵琶湖、これは三井寺あたりだったと記憶している。そこで会見する。
 ところが本殿のいいところに先に秀吉が入っている。三男は客殿のようなところだろうか。
 そして明日会見という前日、秀吉は三男、信勝か信雄か忘れたが、その家老、四人か五人呼び出し、何とかせいと詰め寄る。つまり、始末せいと。
 家老の中の一人だけ、それに反対し、三男に報告する。聞いた瞬間、三男は逃げ帰る。
 そして家康に泣きつく。
 それでやっと家康は名分を得て豊臣との戦いを起こす。しかし、実際には秀吉と三男の戦いで、主将は三男。家康は助っ人。単独では秀吉軍には勝てないので、これで家康は良いものを手にした。
 ここは第一次関ヶ原のようなもので、東軍が来るのなら、おそらく西軍は大垣あたり、近江と美濃、尾張の境あたりで激突することになる。
 吉川英治は、このとき秀吉は出遅れたと言っている。かなり前から準備をし、勝てる状態になってから戦うのだが、今回は世帯が大きくなりすぎたらしい。家康の脅威は北条と上杉。だが北条に娘を嫁がしたのか、そこは忘れたが姻戚関係になり、不戦条約になっているので、脅威はない。北の上杉は日本海側ではないかと思うが、真田がいるあたりまで徳川は支配している。川中島は近い。
 後年、徳川が真田を攻めたとき、真田は秀吉に泣きつき、秀吉は助けるために上杉に援軍を送るように頼んでいる。このとき上杉は五千か七千ほど出したようだ。川中衆というのだろうか。国境に近いので、その警備という名目で。しかし、家康は上杉とは戦いたくなかっただろう。
 それに無理攻めすると、今度は上杉景勝本人が出てくる。まさに謙信そのものだ。
 上杉はこのとき、きっぱり秀吉につき、家康を敵と見なした。中途半端な日和見はしない。これは謙信公から続く家風のようなものらしい。
 話は逸れたが、まあ、上杉は北で遠いので、東海道まで来るようなことはないので、ほぼ全軍を連れて尾張に来ている。
 ところが秀吉は、毛利の動きがまだ怪しいので中国筋の浮田軍を使えない。ここの兵は多い。関ヶ原での主力だったのだから。
 それと四国の長宗我部、これも遠いのだが、紀州あたりには、まだややこしい勢力が残っている。高野山や熊野、雑賀など、本願寺の残党などだ。前足利の将軍の残党とかも。その前将軍は毛利にいるが。
 だからこのあたりにも睨みをきかせないといけない。だから黒田官兵衛はそちらを受け持っている。
 北陸はどうか。いつも世話になる丹羽の領地が広い。その先に前田がいる。秀吉にとっては友人だ。しかし丹羽も前田も動けない。佐々成政が家康と通じているためだ。これの抑えで残さないといけない。だから世帯が大きいので、家康のような全部連れてくるわけにはいかない。
 しかし、逆にここが実は徳川軍の弱点で、本国はカラ。尾張に近い岡崎を攻撃されるなら計算に入れていない。もしそんなことがあるとすれば、奇計だ。
 それを言い出したのは岐阜の池田。この人は前田利家などと同クラス。秀吉や前田と同じように、若い頃からの遊び仲間。
 その前に、池田は家康軍を攻撃しているが、大失敗。勝手にやったことで、秀吉の命ではない。小牧あたりだろうか。ここに東軍の本陣がある。
 大変な黒星を最初から付けてしまったことを恥、挽回するには思い切ったことをするしかない。。それで所謂中入りに走った。奇策、奇計だ。つまり密かに岡崎方面を突くと言うことで、敵地に割って入るのだ。そこへ行くまでも小城はいくつかある。
 これは賎が岳の戦いと同じだ。その岡崎への抜け道が長久手だったと思う。ここで激戦となる。密かに、そっと岡崎を付くというのがバレたのだ。
 池田軍の背後を家康に取られ、大敗北、壊滅した。 秀吉にとっても黒星。徳川に負けたのだから。しかし、勝った徳川は、そのまま調子に乗らず、さっと引き返した。それを狙っていた秀吉が駆けつけたときは、もう徳川軍はいなかった。まあ、池田軍を犠牲にしての罠ではないかと、家康が見抜いたのかどうかは分からないが。
 駆けつける秀吉本隊。これは主力だ。そこを横から邪魔する少数の兵。鉄砲を撃ちかけてくる。無謀な攻撃だ。誰かと聞くとその名は本多平八郎。数十人で秀吉本軍に襲いかかってきたのだ。家康が、もしすぐに引かず深追いしていた場合、秀吉の到着を少しでも遅らせるための自殺行為だ。
 しかし秀吉は、相手にするなと、無視した。
 秀吉軍は本田に手出ししなかったのは、欲しかったのかもしれない。
 吉川英治は、この戦いは将棋の名人戦に讃えている。下手に動いた方が負け。この作戦、秀吉が命じたわけではない。
 では秀吉はどんな感じで勝とうとしていたのだろうか。睨み合ったまま互いに陣から出てこない。軽い小競り合い程度で、本気で戦っていない。もし、全軍で互いに戦ったとすればどうなるか。
 こういう平地部での野戦は家康は得意としているようだ。ここでの睨み合いの兵はほぼ互角。信長の三男の領地なので、動員兵は多い。それに家康はほぼ全軍連れてきている。
 この戦いに長引けば、毛利や長宗我部や紀州あたりから大阪を目指すかもしれない。既にこのとき大阪城があり、京よりも、落とすなら大阪なのだ。秀吉の本拠地を叩く必要がある。
 長久手で敗北したのだが、ほんの一部の兵が動いただけで、秀吉軍に支障はない。
 小牧だったと思うが家康は本陣を置き、その周辺に防御策を何段も構えていた。それに合わすように、秀吉軍も向かい合っていた。それらの柵を突破するのはお互いに難しい。
 長久手の敗北後、徳川勢が攻めてきた。それを聞いた秀吉は、そこに家康がいるのかと聞く。いないと伝令が伝えると、相手にしなかった。
 家康は本陣にいて、秀吉が出てきたかと聞く。出てきていないというと、そのまま動かなかった。雑魚の武将を取っても仕方がないためだ。互いに欲しいのは鯛なのだ。鯛を釣らなければ、話にならないのだろう。
 膠着状態が続いている最中、秀吉は引き上げてしまう。敵に後ろを見せることになる。信長の三男は、これはチャンスと追い打ちをかけるが、家康は動かない。そのかわり、本多平八郎だけを向かわせる。
 秀吉軍の殿、しんがりと読む。これは最後尾の部隊。ここに精鋭部隊の蒲生などを入れている。信長の三男では敵う相手ではない。いくら逃げていく敵は討ちやすいと言っても。
 それで、追撃している方が危なくなり、本田兵が助ける。
 この戦い東軍の主将は信長の三男。家康は客将。助っ人。主将の三男が家康に頼むのだが、一緒に追撃戦をしてくれなかった。
 家康はそれほど無謀ではない。全軍で勝負し、家康が勝ち、ロボロになって逃げていく秀吉軍なら追える。そして大阪まで突っ込むだろう。しかし、そうではない。これが最後の秀吉の罠だったのかもしれないが、家康は乗ってこない。
 もし追撃したとしても、近江に出ないといけない。琵琶だ。そうなると、秀吉軍は増軍できる。先ず丹羽が出てくるだろう。
 丹波や丹後の細川も駆けつけてくるかもしれない。その中に突っ込むには勢いがないといけない。
 この戦い、名分は家康側にある。織田家に代わって天下を取ろうとしているためだ。そして主筋の織田家を無視していると。
 しかし、これは、のちに家康がそれをやっているのだが。
 
 大阪城に戻った秀吉は遊んでいる。
 家康は尾張にいるが、秀吉軍がいないので、岡崎あたりまで引いたのだろうか。敵がいないので、頑張る必要がない。
 ところが秀吉側は、その後、信長の三男の大きな領地を、一寸ずつ攻めている。小城を奪ったりしている。
 さらに尾張と岡崎を分断させるため、その中間の城を攻める。これには流石に、家康も動くしかない。
 織田家の水軍、これは鳥羽と九鬼水軍だろうか。秀吉側に付いている。そこから大型船を何艘も連ねて攻めてくる。海兵隊だ。馬も乗っている。
 さらに織田軍団時代の老将滝川一益が中間の城を奪う。これは柴田と組んで秀吉と戦ったのだが、破れて、小さな領地をもらい、ひっそりと暮らしていた。それを秀吉は起用した。伊勢方面が地元なので、地の利を知っている。
 これは流石に失敗したが、家康もたまったものではない。なぜならどんなに勝利しても、一円にもならない。逆に秀吉は城を取り、領地を広げた。
 家康はボランテアで、家来が手柄を立てても褒美でやる土地がない。増えていないのだから。
 ここから秀吉の詰めが始まる。詰め将棋だ。
 徳川方とされている勢力を摘むことにする。その第一候補で最大勢力を持つのは毛利でも長宗我部でもない。信長の三男だ。今回の戦いの大将だ。これを家康から奪う。それだけでいい。
 つまり秀吉らしく戦わないで、和睦した。前回は一寸誤解があったと。しかし、その前回、三男を潰そうと家老に働きかけたのだから、大嘘だが。
 要するに三男の家老で三男を始末せよとの密議があったのだ。これは前にもいった。それで殺されると思い、家康に泣きついた。
 今回は活かすし、大事にするし、取った城や領土も返すと言った。
 このときの会見場は尾張、長島の近くだろうか。三男の本拠地近くだ。そこまで秀吉軍は迫ってきていたのだ。
 河原か何処かで二人は会うのだが、三男を見付けた秀吉は歩み寄り、その足元で土下座する。このあたりの臭い芝居は秀吉らしい。生まれ育ちから城の若様で、大名になった信長やその三男とは違うのだ。そんな芸当は朝飯前だっただろう。あまり武士らしくないのだが、元々武家ではないのだ。
 家康もそうだと吉川英治は言う。確かに人質時代の苦労は凄いかもしれないが、生まれながらにして家臣がいる。秀吉は家来など一人もいない。秀吉そのものが一番下の身分だったのだから。そして家来らしい家来をいきなりもらうのだが、自分が連れてきた蜂須賀小六。だが、正式には秀吉の家臣ではない。信長の家臣で、秀吉に付けただけ。与力だ。しかし、実質的には家来。そして竹中半兵衛も家来になる。これが大きい。信長の家来を嫌がり、直接秀吉の家来になったのだが、これも形式的にはやはり信長の家来の一人だったはず。黒田官兵衛もそうだ。彼らの本当の主人は信長だったはず。
 まあ、一度養子として迎え、それを出すのに近いかもしれない。
 さて、これは余談。
 土下座して、秀吉はたぶらかした。これをやらせれば当時日本一だろう。所謂人たらし。
 気難しい信長の逆鱗に対し、一番上手く立ち回ったのは秀吉で、信長の考えや思いを読んでいた。何をすれば、気に入ってもらえるかが分かるのだろう。
 家康に懐いていた三男をあっという間に秀吉は転ばせた。その後秀吉の言いなりになる。
 どちらにしても信長時代の織田家は、もう終わりなのだ。秀吉がやらなければ家康がやるだろう。三男を担ぎ、奸臣秀吉を成敗すると。これは信長が流浪の将軍を旗にして京へ向かったように。
 吉川英治はこのあたりの戦いを、少し嘆いている。それは二つの天下と言うことらしい。二つの天下はあり得ない。だから一つにする。だから天下が二つあってもいいではないか。豊臣政権と、徳川政権が両立しても。しかし、ここから先は周囲がそれを許さないらしい。何か落ち着かないのだ。
 ここから先は個人の思惑、どんな人物の思惑とは裏腹に、激突する。
 だが、秀吉の人たらしは戦わずして、一つの天下に持って行こうとした。つまり家康と戦う理由など本当はないのだ。家康もそうだ。
 それで、戦いを避けるため、家康に諦めてもらうため、まずは旗を奪った。これで家康は名分を失い。当然三男も、もう家康を頼らなくてもいい。人柄的にも家康よりも秀吉の方があやすのが上手い。だから満足を得て、戦いをやめたのだが、家康にはまったく相談さえしていない。
 戦闘では勝てると徳川側は見ていた。秀吉軍は烏合の衆。徳川軍は一枚岩。家臣団はほぼ家康の普通の家来なのだ。家康を子供頃から世話をしていた家老などが、まだ生きている。その前の父親から仕えていた家来衆がわんさといる。所謂三河武士団。それに武田の陣法などを聞きだし、戦闘方法も信玄のものを多く取り入れた。これは最強の甲州軍団から学ぶのだから、強いだろう。
 しかし、家康は武力でも負けると思っていた節があるらしい。それは数なのだ。秀吉側が圧倒的に多く、また大阪城まで攻め上れるほどではない。ただ、友軍がいれば別。それがまだ曖昧な毛利や、長宗我部、そして態度をはっきりさせ、徳川に付くと決めた北陸の虎佐々成政。
 しかし、もう一人の英雄がいる。真田昌幸だ。幸村のお父さん。これが秀吉に付くと宣言した。位置がややこしい。上杉も秀吉に付くことを二人だけの密談で決めたらしい。佐々を討ったあと越後へ立ち寄り、景勝と会ったのだ。そのとき付き人して石田三成、景勝側は直江兼続。小説では密談後、この二人は夜を徹して語り合う。友を得たと。二人は同じ年だった。
 これがのち、関ヶ原へと繋がる強い絆となる。このとき、豊臣家と上杉家が何が取り交わされたのかは分からない。
 これで、佐々の脅威はなくなった。家康系が一人減る。
 その前に紀州、雑賀、高野山などを始末している。信長でさえ手を焼き、何ともならなかった勢力だが、秀吉は簡単に大掃除した。
 これに長宗我部が船団を組んで合流し、大阪に迫る脅威が消えた。
 しかし、長宗我部は四国をほぼ手中にしている。それで、弟を司令官として、どっと四国へ上陸。
 その豊かな戦備。装備、最新の兵器。大きな馬を見て、流石に長宗我部の宿老も、これは駄目だと、諦める。今なら土佐一国は残るだろうと。
 これで、家康が大阪に向かうときの友軍がいなくなる。
 きらびやらかな大阪城。それに比べ徳川は地方の大きな勢力にすぎない。大きさでは毛利も負けていないが、家訓で、天下は望んでいない。
 
 毛利の三兄弟。秀吉の中国攻めのとき、一度だけ毛利にチャンスがあった。日本海側の城での攻防戦のとき、毛利は主力、本軍を連れて援軍に来た。流石に秀吉もたまげただろう。だが、睨み合ったまま秀吉は諦めた。毛利も来ただけで、それで終わっている。
 このときまだ三木城も、有岡城も、落ちていなかったはず。当然本願寺も頑張っている。
 吉川元治が、このまま日本海側から、三木へ向かい、兵を吸収しながら、都へ向かい、安土を撃つという計画を披露したらしい。
 小早川、これは弟で、賢い人だが、それでは兄上が天下人になるつもりかと泣きながら止める。
 武人としては一流だが、天下を治めるだけの器かどうかを問うた。
 当然家訓があるので、そんなことはできないが、毛利が動く最後のチャンスだった。ただ、信長に代わって天下を統一するのは器だけの問題ではなく、時流がある。毛利はそのときではないということだろう。これがのち、徳川幕府と戦うまで、長い長い待ち時間がある。
 さて、これで、徳川に味方し、その時流に乗る勢力がほぼ消えた。毛利は動かないだろう。毛利には秀吉寄りの安国寺恵瓊がいる。これは毛利家の外務大臣のようなもの。
 徳川は北条の動きも気になる。姻戚関係になったが、真田が取っている城は協定では北条のものではないか、真田を直ちに明け渡せと何度も催促する。そのとき、真田は徳川側に属していた。その前は上杉だ。しかし、真田は城から出ない。困った徳川は真田を攻める。脅せば出るだろと思ったのだろう。だが、真田は屈せず、ここで徳川傘下から出て、豊臣側に走る。そして秀吉の頼みで、上杉は援軍に来る。これは先に語った。これで上杉も豊臣側と言うことを宣言したことになる。
 さらに徳川領内でも豊臣側に走る家臣も出てくる。城を捨てて、大阪城へ。
 一番困ったのは、人質時代から、ずっと一緒に付き添ってくれた重臣が、岡崎城を抜け出し、大阪へ走った。重臣中の重臣だ。岡崎城代をやっていた。
 ここまで来ると、もう負けたも同然。勝つ目が、ほぼない。
 大阪城まで行って臣下の礼を取るしかない。
 あの織田の三男も、それを進めにやってくる。
 家康も本当はそれがいいと思っていたのかもしれないが、家臣を押さえきれない。
 吉川英治は二つの天下と言っていたと思う。つまり信玄も謙信も信長もいなくなった時代、次世代としてこの二人が並び立ち、それに該当する大名は他にいない。毛利は大きいが輝元だ。そして天下を掌握し、将軍になって幕府を開く器量があるのは、この二人といっている。そして、戦いとは、ここではもう個人を越えた法則のようなものになると。
 三河武士団は長久手の戦いで勝ったとはいえ結果を出していない。領土も増えていない。関東へ勢力を広げるには北条を討つしかないが、北条は秀吉と組むだろう。だから挟み撃ち。北の上杉を討てばいいのだが、それでは川中島の再現になるどころか、上杉は北条と秀吉とも組み、これで三方から徳川は挟まれ、戦う前から結果は分かっている。だから、家康は大阪城を攻めた方が早いのだ。
 大阪城を攻める。この時代無茶。家康が大阪城を攻めるのは死ぬ前。まだまだ先の話。
 尾張での戦いで、長久手だけの勝利で終わらず、秀吉軍を敗走させ、伊勢や尾張の三男の兵と一緒に大垣を超え、琵琶湖に出る方がまだましだったのかもしれない。それができなかったので、何ともならなくなった。
 ただ、吉川英治のいうように、家康自身、天下を取る気がこのときあったのかどうかは分からない。
 信長の三男を助けるために出兵しただけなのだ。まあ、そこで大きな名分を掲げたようだが、天下を取るのではなく、奸臣秀吉を倒すというだけの話だろう。まあ、家康も、秀吉亡き後、同じことをやっている。秀吉と同じことを。織田家ではなく、主家の豊臣家を滅ぼしている。
 
 長久手での戦いは、和解が成立し、三男は秀吉側に付いた。だから家康の対豊臣戦の名分がなくなり、今度は三男が間に入り、秀吉と家康は和解する。そして家康の娘か息子かは忘れたが、大阪城に人質として送られる。最終的には秀吉が勝ったことになる。
 もし家康の理想通りに行き、大阪城が陥落し、秀吉の首を取った場合、今度やられるのは織田家の三男だろう。
 家康は一応源氏を名乗っているので、将軍になれるし、幕府も開ける。
 秀吉はその間、関白になっている。平時を名乗っていたので、将軍にはなれなかった。しかし、征夷大将軍よりも偉い関白になった。人臣での最高位だろう。だから昔からある摂政として、政を一切を任された首相のようなものだ。日本国を朝廷に代わり、仕切ってもいい。
 まあ、それができるのは軍事力があるためなので、軍事政権だ。そうでないと、この時代、仕切れなかったのだろう。
 
 このあと家康は大阪城で君臣の礼だと思うが、違うかもしれないが、要するに秀吉の家来になるということだ。豊臣家の家臣に。
 このとき、その前夜秀吉は家康の部屋で、悪いが諸公の前で頭を下げてくれと頼んでいる。ただの儀式なので、よろしくと。
 だから三河武士団、家康の家臣団のような感じの家臣と、秀吉の家臣とは違うのだろう。寄親程度だったのかもしれない。これが信長なら、家康と同じように、織田の家臣団は、しっかりとした家臣団だったはず。秀吉も、光秀も、勝家も、主君信長を恐れ、その命令は絶対聞かないと、首が飛ぶ。主従関係の重さが違う。
 秀吉の家臣団は同僚だったり先輩だったりする。またライバルだったり、敵国の大名だったりする。これは足利幕府よりも弱いだろう。武家の本当の統領と、平民の子との違いだ。
 しかし、他の大名や元同僚から見ると、信長よりも秀吉の方が組みしやすかったはず。
 
 ここで吉川英治は、丹羽長秀にも触れている。自害している。切腹だ。病が重くなったためと言われているが、秀吉に従い、織田家相続問題では勝家を敵に回して、秀吉に味方した。織田家の正統な後継者が長男信忠の子、三法師。まだ子供だ。だから信長に仕えていたように、この三法師の元に秀吉も織田家臣団も集まるものと思っていたのだろう。
 安土城近くに屋敷を建て、そこで織田家当主をやっていたのだが、子供だ。それに付き添っているのは前田玄以。秀吉と仲がいい。だから傀儡だ。しかし、もう誰も織田家の当主は三法師君で、秀吉はその家臣。織田家の誰もがその家臣。しかし、子供では何も判断できない。
 幼君を助ける重臣役を丹羽長秀は願っていたのだろう。
 柴田亡き後は織田家臣団のナンバーワン。重鎮だ。それをことごとく秀吉に利用された。丹羽長秀が秀吉の従うことの意味の大きさ、丹羽様でさえ、となる。
 後ろめたいのか、秀吉はもの凄く広い領土を丹羽に与えている。要するにこのとき既に与える立場なのだ。戦いの最高司令官の権利のように。
 老いて病み、助からないと分かったとき、自分はこれまで何をしてきたのかと、憤りを感じたのかもしれない。秀吉の勢いによる大きな分け前を得て、豊かな老後になっていたはずなのだが、そうでもなかったらしい。北陸探題。そして近江の坂本あたりまで領地を持っている。
 長久手での和解の使者として丹羽が動いている。別に断らず、秀吉の言う通り、使い走りをしている。これで和議がなるわけがない。徳川軍を動揺させるためだ。もしかして、和解するのではないかと思うと、戦意が落ちる。だから秀吉の手だ。
 実際に和解したのは信長の三男を抜いてからだ。そして三男からの頼みで、和解に応じた。
 結果的に織田家臣団で生き残り、大国を得たまま明治まで行ったのは前田利家だろうか。黒田も細川もいるが、生え抜きの織田家の家臣ではない。
 太閤記、それは出世太閤記でもあり、平民から天下人になる話なので、痛快な話ではあるが、秀吉の晩年や、豊臣家のその後を知っているだけに、哀れを誘うが、少なくても英雄であったことに変わりない。
 
 
 
 
■■ 2019年12月15日 日曜日 午前10時48分
 
 今朝は晴れているが、風が強い。しかしそれほど寒いとは思えないので、気温も高いのだろうか。風が強いとかなり寒いのだが。
 今朝も昨日と同じような遅起き。一度目が覚めたような気がしたのだが、無視して寝続ける。起きる気がないのだ。これが用事がある日なら、そのとき起きただろう。
 時計を見なかった。これが確信犯だ。目を開けないので、そのまま寝たが、まだ寝ている状態に近かったので、これは起きたとは言えないが。
 しかし、晴れているので、悪くはない。それに日曜なので、遅起きは当然だろう。だが、カレンダーの上だけの日曜で、平日とやっていることは変わらない。勝手なときだけ土日を利用したりする。
 昨日はご飯が切れていたので、夕食は外食か弁当にすることに決めたのだが、戻ってから米を洗い一時間ほど待つのが嫌なためだろう。ご飯を炊くのは朝がいい。
 それで、久しぶりに牛丼屋へ行く。これなら300円台で済む。味噌汁が付く松屋。吉野家も近くにあったが、帰路とは逆なので、流れが悪い。それに高い。
 吉野家は口頭でレジでいえばいいが、松屋は自販機で、階層が深い。一番単純な牛丼を探すが、ない。パネルには新メニューとか、そういうのがドンとあるためだ。以前と表示が変わっているので、分かりにくい。
 結局探しても見付からなかったのだが、一番上に小さなアイコンが帯状に並んでおり、そこに牛丼があった。それを押すと牛丼メニューが出るだけなので、さらに牛丼の並で、単品を選ばないといけない。手間なことだが、万札の両替を気兼ねなくできる。千円札も小銭もあるのだが、千円札が切れかかっている。普通の店で万札は出しにくい。コンビニでも五百円以下のものを買うことが多いので、これも出しにくい。特に馴染みの店では。少額の買い物ほど、千円札の釣りが多いので、都合が良いのだが。
 それで牛丼を食べたのだが、甘い。味を変えてきたのか、嫌な甘さだ。これは駄目だと思い、もう松屋で牛丼を食べないことにした。それと汁が少ない。そのかわり味噌汁が付いてくるので、汁は多いのだが、牛丼の中の汁が少なく、潤っていない。玉葱程度は入っているはずなのに、確認できなかった。この玉葱に含まれる水分、そして玉葱から出る甘味。これが大事なのだ。だから、この牛丼、砂糖のような物を入れているのだろう。
 戻ってから胸焼けした。これなら、コンビニの牛丼のほうがましだ。
 肉より、野菜の煮物に入れる厚揚げを囓っている方がおかずらしい。それとか、薄い切りハムとか。
 この時期、すき家の牛すきや牛鍋がよかったりする。豪華だ。すき家の「すき」はすき焼きのすきだろうか。牛丼はすき焼きをご飯にぶっ掛けて食べる感じが理想。豆腐や白ネギとか麩や糸こんとかも混ざっているのがいい。何せすき焼きはメインを取れる料理で、いいことがあった日か、特別な日の食べ物に属する。牛すきと牛鍋がある。うどんを入れて食べると、うどんが美味しい。豆腐もすき焼きに入れた豆腐が一番美味しい。
 すき焼きは決して肉を食べるための料理ではない。
 その添え物が美味しいのだ。
 
 
 
■■ 2019年12月14日 土曜日 午前10時53分
 
 今朝は晴れている。いい感じだ。寒いが陽射しがあるので、何とかなる。室内はこういう日は逆に寒いだろう。凄い日影になるので。
 年はどんどん押し迫ってきて、今月もほぼ真ん中に来た。中旬だ。十日後にはクリスマスとなるのだから、これは押し迫っている感じがする。十日というのは一週間ではないが、一週間は早い。ゴミを出す日がす
ぐに来るように。そして、週末が早いように。え、もう一週間経ったのかと言うほど。十日間の感覚というのはないが、それに近いだろう。週や曜日単位での用事などがあるためだろうか。
 しかし週単位では曖昧なときがある。月初めの日曜とか、月の終わりの日曜とか。
 上旬中旬下旬が十日単位。この場合、上旬と中旬の境目は曖昧。
 また来月の下旬というのは、日にちに幅がある。16日から30日や31日までのことだが、早くて中旬、遅くてその次の月の上旬。
 四季のように月を四つに分けないのは、30日間ほどなので、割り切れないためだろう。3なら割り安い。割引はないが、30日と31日の月がある。
 まあ、こういうのは自然現象と使いやすさを見て、人が決めるのだが、決めなくても、決まっていたりし、誰もが知っていたりする。
 ただ、日にちとか、時間とかの単位がバラバラでは取引ができない。しかし月の満ち欠けで日にちを指定することができるが、かなりは幅がある。たとえば満月近くに、とか。これは雲が多いと見えないが。
 今朝は寒かったためか、かなりの遅起きになってしまったが、是非もない。寒いとき、早起きしても仕方がないわけではないが、寝ている方がいい。一日が忙しくなるが、何かを省略すればいい。
 それよりもよく寝て起きてきた方がいい。だから、遅起きは悪いことではない。身体がそう促しているのだから、それに素直に従った程度。しかし、遅いと困ることもあるが。
 
 昨日は喫茶店からの戻り道に大回り散歩で残っている紅葉などを撮りに行ったので、そこそこの時間に起きてきたが、戻ってくると大変遅い時間になってしまった。だから、今朝の大遅起きと昨日の帰宅時間が同じになるのではないかと思える。
 遅起きの話ではなく、撮影の話だが、1インチタイプのTX1を使っていると、普通の一眼レフはいらないのではないかと思えるほど、ボケてくれる。確かに差はあるのだが、大きな画面で見ないと分からない。写りは小さな受光素子でも大きな受光素子でもそれほど変わらないが、背景のぼけ具合だけが違う。1インチでも十分ボケるので、写真が柔らかくなり、ピントが来ている箇所が引き立つ。まあ、遠方だけを写したときはボケないので、同じだが、手前に何か入れると、手前ボケ、前ボケとなるので、これもまた奥行きを与える。何かフワッとしたものがあるなあ、程度だが。
 それで紅葉ではなく、椿が咲き出し、花びらを付け出したので、それを写す。もう少しすると、もの凄い数の花を付けるのだが、まだ、その手前。ポツポツ咲き程度。
 ミラーレスを一緒に持ち出していたのだが、400ミリ近くまである望遠だが、猫がいたのだが、届かない。TX1は250ミリで、こちらの方が短いのだが、1000ミリになる。それで猫の顔を抜けた。画質に問題はない。晴れていて日を受けているときは問題はない。これも写し取れたことが大事。
 背面液晶の明るさは自動調整。昼間の明るいところでも、見えにくくなったということは今のところない。明るいと自動的に上げてくれるのだが、それさえわからないほど。
 一眼レフ風、ミラーレス風な絵を求めるのなら、1インチで十分ではないかと思える。一緒に持って行ったミラーレスと大差が無いし、同じものを写したのだが、見分けられない。まあ、どちらも晴れて陽射したっぷり受けている順光ならどんなカメラで写しても、冴えた絵になるものだが。
 また、暗所に弱いわけではなく、よく写っている。
 
 
 
■■ 2019年12月13日 金曜日 午前9時48分
 
 今朝は比較的すっきりと晴れている。青空率が高い。雲があまりない。晴天だろう。しかし、晴れている日の朝は寒いようだ。
 陽射しがあるので、それほど寒くはなさそうだが、夕方になると、冷え込むかもしれない。毎度のことなので分かりきったことだが。
 寒くても晴れていると気持ちがいい。暖かくても曇っている日よりも。晴れというのはやはりハレなのだ。
 しかし、晴れの日は結構多い。珍しいことではない。結構晴れて気持ちのいい日は多い。そのため、日常的になっており、珍しくはないが、流れというのがあり、曇り日が多かった後に晴れが来ると、これが値打ちで、新鮮だ。
 それと日々は、分かっているようでも、分からないので、踏んでみて初めて分かる。予想はできるが、実体験は別。これはいつも違い、真新しい。別に新年が来なくても。
 その新年も近付いて来るのだが、新年を意識しするか年末を意識するかがある。今は年末、年の瀬を意識するだろう。31日のことだ。越えてからではなく、超える直前。そして超える手前。
 だから今年も押し迫ったとか、年が終わるとか、そちらの話題が多い。その気持ちの方が多いためだろう。この時期、新年をあまり意識しないだろう。来年が来ると言うより、年が終わる方を気に掛ける。
 新年は新年になってからでいい。ここは慎重なのだ。越せるかどうかを迂闊に判断し、越せると思い込むのが、一寸楽天的過ぎるという感じになる。それは越してみないと分からないぞ、ということだろう。
 天は楽ばかりではなく、苦もある。晴れたり曇ったり雨になったりするので。
 
TX1撮影編
 パナソニックの1インチコンパクトデジカメで25から250で望遠に強いカメラ。既にその新製品が出ているが、あえて古い方を買っている。
 さて、撮影だが、実際に外に出て写してみると、カメラが小さく、構えにくかったりする。このサイズは手かざしが合っているのか。そちらの方が早かったりする。
 だから一般的な1インチ高級コンパクトデジカメと同等の使い方になりそうだ。
 要するに小さなカメラでチマチマしているので、あまりワイルドには使えない。
 小さなカメラでファインダーがあると、これはやはり覗くのが恥ずかしいような気になる。また、ファインダーを必要とするようなシーンはあまりなかったりする。
 ファインダーが小さいのでチマチマした写し方になってしまうのだろう。
 ファイダーの小ささと風景の小ささとは違うが。
 まあ、最初の印象は小さくて頼りないということだった。単純な話だ。
 その前に新品で買ったソニーのWX800はウェストレベルで液晶を真下に見ながら両手でしっかりと掴んで写すので、カメラは安定しているので、あまりチマチマ感はない。ところがTX1は液晶が動かないので、手かざしか、少し下げた程度になり、これが不安定なのだろう。
 よく考えると、この1インチの高級機の方が安かった。中古と、新製品のソニーとでは違うし、またソニーはどのカメラも高いので、そうなるのだが。
 しかし、実際に写したものをパソコンで見ると、安定している。まずは色目がほぼ同じなのだ。見た色と写っている色がほぼ同じ。これは見事だ。
 それとソニーは連写合成で写すことが多いが、TX1は素の力で写している。まあ1インチの優位性があるので、最初から有利なのだが。
 ライカデジカメの世界というのがあるようで、デジカメなのに液晶がなかったりする。フィルム時代の感覚で写せといわんばかりに。写っているかどうかは家に帰ってからでないと分からない。まあ、昔なら自分で現像でもしない限り、その日のうちに見ることはできなかったはず。
 これが撮影での緊張感を生むのだろうか。
 それで、撮影のときはそれほどでもないが、戻ってからパソコンで見るのが楽しみになる。外出でのお土産のようなもの。
 このカメラ、本当に小さい。まるで小刀で彫るような写し方になる。狙うのは急所だけ、という感じだが、実際には24ミリで大まかに写すのが適している。とりあえず写しておけという感じだ。
 液晶だけでは被写体の細かいところは見えないし、ファインダーも小さいので、構図程度しか分からない。望遠になるとピントは見え、背景がボケていること程度は分かるが。要するに大凡のところを、ざくっと写すのに適している。そしてよく見て写していないので、何が写っていたのかはあとのお楽しみとなる。だから作画意図とか、そういった臭いことは似合わない。それなりの作画機能は付いているし、操作はできるのだが、何せチマチマしているので、窮屈。幼児自転車に乗っているようなもの。
 ところが、この写し方、意図しない良さがある。狙い定めたものを詰めていくような写し方ではなく、このあたりが臭いと思うところにカメラを向けて切り取る程度。いわばカンだ。
 コンパクト系ほど写し方が難しいのかもしれない。だから素人はプロ機材で写し、プロはコンパクトカメラで写すわけではないが、それほど勘所が分かっていなければ素人が手にするカメラではないのかもしれない。しかし、コンパクト系は素人向けなのだが。またタイプのカメラ、特にパナソニック系は初心者向けが多いのだが。
 ソニーの回転式デジカメでウェストレベルで写していると上から覗くカメラを思い出す。しっかり絵作りをするアート用で、作画向けだ。レンズがツアイスだと、なおさらその趣がある。
 ところがTX1はライカレンズを付けているからというわけではないが、ドキュメント的。アート性よりも、その瞬間を写し取ることが大事な世界。ピントや構図などどうでもいいような世界だ。写したこと、そこに立ってカメラを向けたことが全てのような世界。しかし、普通の日常の中に、そんな緊迫したシーンはない。ただ、緊張する場所はあるが。
 当然街ゆく人を平気で写せない。そこを何とか写し取るというのが、値打ちになる。
 要するにこのカメラ、ライカの末裔で、それの一番小さなカメラかもしれない。このカメラのライカ版もある。
 猫を写したのだが、その日はニコンの一眼レフをメインで持ち出していた。シグマの400ミリ近くまである高倍率ズームを付けて。
 いつも寝ている猫がいるのだが、400ミリではそれほど寄れない。そこでTX1で写す。こちらの方が望遠は弱く250ミリしかないのだが、これが1000ミリになる。少し甘い画質になったが、それなりに写っていた。これが許せる画質と言えるのは、写したことが大事というだけのことで済ませられるため。画質は多少甘いが、アップで猫を捕らえることができたので、どういう猫なのかがよく分かるのだ。
 これは猫写真家なら駄目だが、ドキュメンタリーとしてならいける。
 まあ、そういう解釈をしてもいいのが、このカメラだろう。勝手な話だが、そういう風にして、自分のカメラにしていく。
 
 写しているものはいつものものだが、違いがあるとすれば画質とかタッチだろうか。新しいカメラを買ったとき、これを見るのが楽しみだ。ただ、部屋で気兼ねなく試写するのと違い、外では写すだけで一杯一杯なので実戦ではまた違う。
 このカメラを使っていると、すぐに意識してしまうのは700ミリ超えの旅カメラTZ95だろうか。ほぼ同じ操作感だが、多少は違っている。
 画質比べでは当然1インチの方が有利なのだが、それほど違いが見えるわけではない。ただ色目が濃いとか、その程度だろうか。TX1の方がこってりとしており色のりがいい。特に暗い場所では。
 それとエッジ立てというか、がさっとしたところが少ない。細かな葉や細い草草などが密生しているところでは、ガサガサした感じになるのだが、それがすっきり滑らかにとまではいかないが、エッジ立てが目立たない。どちらもフルオートなので、何も設定はしていない。
 だが、操作性や写しやすさはTZ95の方がよい。カメラも大きいし、分厚いので、しっかり握れる。カメラの背も高いので、窮屈さがない。これも僅かな差だが、重さもTZ95の方があるので、少しだけずっしりとしている。だから安定感があり、カメラがあまり動かないので、いい。
 軽く小さいのがコンパクトデジカメの命だが、望遠側があるので、小さいと苦しいときがある。
 しかし、写りは良く、手ぶれ補正がよく効いており望遠端ではピタリと止まり、動かなかったりするので、これは凄い。
 さらに250ミリを延長し1000ミリで写した場合も、一見して分からない。直射日光が当たっているところでは鮮明だ。光が味方となる。
 この1000ミリは使える。
 ズームレバーを引いているとき、逆に250ミリで止める方が難しい。ズーム表示を見ていないと止まらないのだ。だから満足のいくところまでズームすればいい。そういう風にできているのだろう。
 ここで1インチの差が出る。二倍になるのではなく、四倍になる。
 それで遠くにいる人を写したのだが、カメラが小さいので、手にしている物がカメラだとは分からないかもしれない。当然ファインダー撮影だと顔がカメラになるので、遠くからでも分かってしまう。
 要するに写りの安定感を買いたい。写す安定感はないが、写っている絵は安定している。申し分ない絵。
 TZ95に比べ、広角端が明るいこともあり、夜などでも写しやすい。どちらも3200より上がらないフルオートモードなので、超高感度を使わない状態でも、すんなりと写っているので、安心して夜景などが撮れる。そのときもほとんど液晶だ。暗いので液晶もよく見えるので。
 画質のいいカメラで写すより、いい画質に見える光線状態や被写体を探した方が早かったりする。
 実際にはどのカメラで写したかなどは本人に聞かなければ分からないだろう。特にいつも写すような日常風景では、どのカメラでも大差はない。
 その意味で、小さな受光素子なのに、TZ95は健闘している方だ。
 
 さて、撮影編と言っても移動しているとき、一寸写した程度だが、お供はニコンの一眼レフ。これはTX1にとって強敵だ。しかし、先ほども言ったように猫や鳥は400ミリ程度ではアップで抜けない。だからTX1の1000ミリが効く。デジタルズームなのだが、よく見ないと分からないだろう。これは先にも言った。
 その他、一寸したものを写していたのだが、下にあるようなものを覗き込んで写すとき、手かざしが楽。
 ニコンも液晶で写せば、ミラーレスのようになるのだが、使ったことがない。光学式ファインダーの一眼レフは、ファインダーを見て写すのが儀式なので。しかし、手を伸ばして、さっと液晶で写す方が楽なので、TX1を多用した。
 同じものを両機で写して、後で見たが、似たような絵だったが、ニコンの方が濃く、そしてアンダー気味に出るので、写真ぽかったが。
 まあ、どちらで写しても似たようなものだが、一眼レフファインダー撮影の方が充実する。写した気になる。写していて楽しいのは一眼レフだ。ミラーレスではなく。
 しかし、移動中の撮影とは言え、定点があり、いつも猫がいるような場所とか、鳥がいるような場所、花が咲いているような場所がある。望遠を持ってきていない日は、素通りする。
 また、偶然猫や鳥を見付けたとき、望遠を持ってこなかったときは、がっかりする。
 TX1は1000ミリまで使えるしポケットに入るし、ファインダーも付いているので、写しやすい。
 
 このカメラを買ったことで、同じ1インチのFZ100の良さも改めて見直した。ファインダーが大きく倍率も高く、鮮明なのだ。そういういいものを持っていたのに気付かせてくれたりする。ただ、ポケットに入らないが。
 
 1インチデジカメはそこそこボケる。1インチ高級カメラはもっとレンズは明るいので、さらにボケるだろうが、望遠が弱い。そして1インチ高級コンパクトは激戦区だ。1インチコンパクト系があれば一眼レフやミラーレスはいらないという程良く写る。しかも小さい。スマホよりも小さいだろう。重いが。
 それを250ミリまで伸ばしたのがTX1。その前にも同じようなカメラを出している。1インチタイプが出る前の高級デジカメは、少しだけ受光素子の大きいタイプ。それに200ミリを付けたのを出している。これはかなり小さいのだが、ファインダーまで付いていたのだ。これの1インチ版が今のTX1で、さらに300ミリ越えに伸ばしてきたのが最新のTX2となる。ソニーはそれに追従し200ミリまで伸ばしてきた。しかし中級機ミラーレス、ソニーで言えばα6400のダブルズームキット付きと値段は変わらないほど高い。何が言いたいのか、ミラーレスよりいいだろうと言うことだろう。小さいので持ち運べるので。だからミラーレスのかわりになるということかもしれない。
 ソニー系で言えば、28から200ミリ相当の高倍率標準ズームキットと同等。それがポケットに入ってしまうのだから。
 しかし、実際の撮影では小さく軽すぎるので、写しにくかったりする。
 だからTX1も同じなので、安定感に欠けるが、手の平に入ってしまうし、目立たないカメラなので、日常の中に入り込める。だから日常携帯カメラとしての用途がある。
 
 
 
■■ 2019年12月12日 木曜日 午前10時03分
 
 今朝は晴れているようで曇っている。青空はあるのだが、雲が多いためか、陽射しが来ない。気温はそれほど低くはないようだが、暖かくはない。つまり中途半端な分かりにくい天気。リアルではこういうのが多い。把握しにくい。そして曖昧。
 まあ、雨が降っていないだけよしとするしかない。そして手が悴み耳が痛いような寒さではないので。
 12月も中頃になり、ここからは急坂を下る感じで、あっという間だろう。一月後、1月の中頃になる。正月が明け、少し立った頃。その間一ヶ月。そう考えると、もう来年が見えている。ただ、息をしていたらの話だが。先のことは誰にも分からない。
 雪不足でスキー場がどうのというニュースがある。すると暖冬なのか。あまり寒くないということだろう。しかし、雪はまだ早いと思うのだが、それは大阪方面の話で、スキー場の話は新潟。越後だろうか。雪が深そうだ。しかも日本海が寒そう。
 だが、実際にその地で暮らすと、そうでもなかったりしそうだ。印象だけで語り、またそういった情報だけで語るためだろう。その通りだった場合もあるし、そうでない場合もある。
 雪国といっても一年中雪が降っているわけではない。夏などは大阪よりも暑かったりする。
 大阪よりも暑く、そして豪雪地帯。これはどう解釈すればいいのだろう。だが、そこに住んでいると、普通のことで、あまり意識していないのかもしれない。そういうものだと。
 伝わってくるニュースなどが極端なためだろう。まあ、そうでないとニュースとして流れないが。
 同じことでも人により言い方が違うし、解釈も違うし、受け取り方も違う。だから世界は一人一人にあるようなもの。
 共通しているようなことでも、何処かで食い違う。
 悪い奴といわれている人も、別の人から見るとそうでもない。また差し障りがないので、罵倒でき、差し障りがあるので褒めもできなかったりする。
 誰に対して差し障りがあるのか。それは一人一人の世界に対してだろう。
 
 注文していたパナソニックの1インチコンパクトデジカメTX1が届いたので、早速開封。
 中古で元箱なしだが、元箱のあるタイプよりも安い。程度は良だがこすれ傷などや、印字が薄くなっている箇所もある。よく使い込んでいたのだろう。傷などのほとんどは鞄の中で擦れたりしたものだと思える。マニュアル書は入っていない。欠けているのがあるので、安かったのだろう。基本的に必要なものは入っているが、USB充電できるので、そのコードなどは複数持っているので、それはなくてもかまわないほど。
 しかし、おまけとして未開封のSDカードが入っていた。聞いたことのないメーカーだ。そしてマイクロSDカードなので、あれっと思った。TX1は普通のSDカードのはずなのだが。
 それでバッテリーを入れるとき、カードスロットルを見ると普通のタイプ。
 幸いマイクロSDと一緒に下駄も入っていたので、それに突っ込み、差し込む。問題はない。32ギガもある。いつも買うのは8ギガの一番安いタイプだ。量が多すぎる。分ければ何枚分にもなるので。まあ、動画などを考えれば、これぐらいは必要なのだろう。
 バッテリーは最初から結構残っている。時計も1分少し違うだけ。
 ここが消えていると、製造された年から始まる。それで年代が分かる。
 このカメラは古いが、まだ現役機で、新バージョンと共に並んでいる。タイプが少し違うためだろう。レンズが同じだし。
 一方FZ1000は消えている。FZ1000マーク2とレンズは同じなので、重なるためだろうか。
 まあ、F2.8スタートに意味があるのかどうかは分からないが、明るく感じるはず。
 宅配便で段ボールを受け取ったとき、スカスカ。軽すぎる。中に入っていないのではないかと思ったが、無駄なものがないので、軽いのだろう。マニュアルとか。
 
 それで早速試写。可も無く不可も無い。普通だ。
 ファインダーは小さく解像力も低いのだが、よく見える。結構鮮明だ。小さなファインダーなので、それほど解像力は必要ではないのかもしれない。暗いところでもざらつきが少ない。癖のない見え方だ。像倍率が低いのでアラが見えないのかもしれない。
 視度補正をしなくても合っている。前の人と同じ視力なのかもしれない。しかし、パナソニックのコンパクト系は、その視度補正ダイヤルがよく動く。これも動きそうだ。テープを貼る必要がある。
 この問題は最新のTZ95で改良された。奥まったところに入ったので、直接あたりにくくなったのだろう。だから動いたことがない。しかしその前のタイプのTX1なので、動きそうだ。
 薄暗いところでもピントは合うが、パナソニックのネオ一眼ほどではない。少し間がある。これはかなり暗い場合で、実際にはそんなところにピントを持っていくようなことはないのだが。一応ピント精度を見るための実験。
 どうやら中央部一点よりも、顔認識もやる自動被写体選択のフルオートタイプが一番合いやすいようだ。そちらにした方が早いし。
 まあ、暗いところではそうだが、中央部一点が必要なのは、背景に持って行かれそうな手前にある小さなものだろう。だが、パナソニックのAF自動認識は結構思ったところに来ることが多いし、背景に持って行かれる率が少ない。こういうところがよかったりする。空間認識AFというコントラスト式だが、独自なものだ。だから4Kフォトで、あとでピントを選べるモードなどもある。使っていないが。
 
 起動は速く、ファインダーの待ち時間は少ない。また、背面液晶を見ていて、ファインダーを見たとき、その切り替えは瞬時。これが待たされるミラーレスがあるのだから、どういうことだろう。
 また、電源を入れた瞬間、さっとズームレバーを引いても動いてくれる。これが動かないと、指が痛い。
 最新のTZ95よりかない古いのだが、それ並のスピードがあり、キビキビ動く。スナップ向け、ちょい写し向けだ。待たされないのが一番いい。ここが駄目だと、さっと取り出しさっと写せないので。
 高級タイプに属するが、1インチなので、それなりに重いのだろう。受光素子の小さなカメラのほうが動きが速いようだ。
 高いカメラの方が動きが遅く、安いカメラのほうが動きが速いとなると、これは何だろうと思う。
 
 感度は1万を超えるところまで、オートで上げてくれるが、シーン自動認識のフルオートモードでは3200で止まるようだ。それでは露出不足になるので、シャッタースピードが落ちるのだが、8分の1秒以下には落ちない仕組みのようだ。これはプログラムモードなら設定できるのだが、フルオートではリミッターがかかる。8分の1秒という安全圏を越えないように。そのため暗い目に写るが、夜景や薄暗い部屋なら、そういう暗さで、ちょうどになる。
 プログラムモードに入れると感度は1万を超えるので、暗い室内が昼間のようになる。
 それで、3200でもいけそうなので、夜も、これで行くことにする。要するにフルオートのままで十分と言うことだろう。
 
 露出補正はフルオートでもできる。プラスマイナス五段までいけるし、そのスケールが表示されるのだが、大きな目盛なので、裸眼でも見える。これは露出補正しやすい。
 ホワイトバランスはフルオートにはないが、色目を変更できる。だから同じことだ。
 暗いところで、補助光が光るのだが、これがもの凄く夜道では目立つ。プログラムモードでは消せるが、フルオートでは消せない。そのときはサイレントモードに入れれば消える。静かな場所で写すのだから、赤い火を発射させてはいけないだろうという配慮だろう。これで機械シャッターから電子シャッターに切り替わるのかもしれない。
 これで、電子音や、シャッター音など全て消える。
 
 デジタルズームは劣化しない領域があり、デジタルズーム系を使わない設定にしていても、その領域のおまけが使える。劣化がないとされるが、これはよく使っているが、綺麗に写っている。だから使わないと損だ。
 別に使い方はなく、ズームレバーでイケイケになるので、もう合体している。
 デジタルズーム率は保存画素数で決まる。サイズがLMSとあり、Sでも結構大きい。これで、最大ズーム比が変わる。
 Sにすると250ミリが1000ミリになる。
 最短撮影距離が望遠端で70センチなので、その距離で1000ミリが使えるということだ。試してみたが、びくともしない。これは強力な望遠マクロの世界になる。
 マクロとは別に虫眼鏡モードがあり、こちらは至近距離からの撮影で、広角側で寄れるだけより、そこからズームで三倍まで拡大できるのだが、これはただのデジタルズーム拡大なので、劣化するとなっている。まあ、小さな文字などを写し取って読むときには、この虫眼鏡の役割はいいのだが、写真としては少し粗くなる。
 
 電源はレバー式で、パナソニックミラーレスやネオ一眼と同じ手前側を親指で向こう側へ押すタイプ。指が痛くないのでいい。
 大きさは旅カメラのTZ95よりも小さく、薄い。1インチでしかもファインダーまで入れ、ストロボまで入れているのだから、詰め込んでいる感じ。これで液晶が回転すればいうことはないのだが、それでは分厚くなるし、ファインダー接眼部と被る。FZ95は上手くそれを交わしているが。
 グリップの飛び出しはあまりないが、軽くて小さいので、この程度でもいいだろう。片手で握ったときのバランスもいい。
 小さなボディーなのにファンクションボタンが四つもある。凝った写し方をする人なら、切り替えが楽だろう。それらは全て入れ替えられる。
 ファインダー内に、ズームしたときのミリ数や、何センチまで寄れますよという表示が分かりやすい。中間でもかなり寄れるようだ。これはパナソニックコンパクト系一般に言えることだが。
 カメラそのものの実力は差し置いて、そういったインターフェースの良さがある。パナソニックのカメラは優しい。
 
 虫眼鏡モードだがTZ95ではもろにデジタルズームになるので、無理があったが、TX1は1インチなので、その余裕でか、それなりに写っているので、これは使えることが分かった。
 そうなると1000ミリで70センチからの望遠マクロと、接近してのマクロもいけるということだ。ただ、画角は広角端ではなく、少し望遠側へ寄っているので、広角マクロというわけではないが。まあ24ミリでギリギリ寄ってもそれほど大きく写らないが、背景は広く映るので、その組み合わせの妙がいい。
 1インチのメリットは確かにある。
 
 AFはフルオートのシーン自動認識と顔認識または被写体自動選択でほぼいけるが、ピンポイントのものは合いにくいことがある。このときはプログラムモードで、中央一点で合わすとすっと合う。
 逆にフラットで、コントラストのない被写体では一点AFよりも自動選択の方が合いやすい。これは合いやすいものを探し出してくれるためだろう。
 被写体自動選択で、とんでもないところにピントが来ることはパナソニックの場合、あまりないが、そのとき一点にすることはできない。切り替えられるのは追尾。このときは一点になる。指で被写体をタッチすればいいのだが、望遠などではぐらぐらするし、小さなものに指を当てられない。
 AFフレームは追尾だけに切り替えられるので、それに変えれば中央部一点になるので、ピンポイントの被写体を捕まえることができる。ピントが合うと掴んで離さない。十字キーのボタンを押すと解除される。
 ボタンひとつで、中央一点に切り替えられると有り難いのだが、それができるのはFZ300だろう。レンズ側にそのボタンがある。そしてすぐに戻せる。そしてモードはフルオートモードのままなので、切り替える必要はない。
 プログラムモードにすれば中央一点になるようにしておけばいいのだが、カスタマイズした画質に変わってしまうので、タッチが違うかもしれない。
 まあ、パナソニックやニコンのカメラは、あまり無茶なところに勝手にピントは来ないので、バタバタしなくていい。
 
 しかし、こういうカメラを見ていると、1インチでもない小さな受光素子のFZ300がいとも簡単に暗いところでもピントがさっと合い、写りも悪くないのだから、これは脅威だ。感度も上がらないのに、3200だけで結構暗いところでも写っている。やはり全域F2.8のレンズが効いているのかもしれない。それとよく分からないが、望遠側でF2.8の明るさのためか、ピントがさっと合うし、正確。
 これは兄貴分のFZ1000の1インチものよりも凄かったりするし、渡り合っている。FZ1000もレンズはかなり明るいのだが。
 FZ300は名機の系譜だったのが、これで分かる。FZ200の後継機なので。
 まあ、TX1はポケットに入るが、ネオ一眼はポケットに入らないので、持ち出す機会は多くはない。その差が結構大きいのだが。
 だが、改めてFZ300の恐ろしさを見た思いだ。
 ただ、1インチとの差はやはり色で出る。TX1は暗くても色が濃く出る。FZ300は少し薄くなる程度。
 このFZ300の凄さや、ニコンのP900の解像感の高さには驚かされる。
 高いミラーレスや一眼なら綺麗に写ってあたりまえ。それでは面白くない。
 TX1は最初から1インチという高い下駄を履いているので、写りは悪いわけがない。だから、写っているのを見て、ああ、普通だという程度で、あまり驚きはないのはそのためだろう。
 
 使い慣れたパナソニックのカメラなので、まあ、そこもまた新鮮味がなく、今まで見たこともないような機能とかもないが、新機能よりも、従来ある機能をより使いやすくすることの方が大事。なぜなら一番多く使うところなので。
 その最初は電源だろう。このカメラはレバー式で、狭苦しいが、親指でぐっと前へ押せばいい。だが、もっと以前のコンパクト系は小さなレバー式だったのだが、いつの間にか一般的なボタン式になった。まあ、そちらの方が力がいらないが、場所が問題。
 TX1の電源レバーは、この小さなカメラには不似合いだが、ボタン式よりも明快。押せばオンオフではなく、物理的なため。そのため、プレビューボタンを押しても反応はない。電源が入っていないと、液晶は付かない。オンオフ式のボタン式なら、プレビューボタンを押せば電源が入るのだが。
 まあ、このレバー式は本格的なカメラだと言うことをいいたいのだろう。確かに曖昧さがないので、明快だ。
 十字キー周辺がダイヤル式になっているタイプもあるがこのカメラは、そうなっていない。あればダブル電子ダイヤルになったのだが。それと液晶で写すとき、十字キーのところが回る方が使いやすい。しかし、逆に十字キーを押しにくくなる。何処がダイヤルで、何処がボタンなのかが分かりにくいため。
 このカメラは小さいが、十字キーは親指の腹で楽に押せる。明快な落ち方をして、好感が持てる。
 撮影モードダイヤルは硬い目なので、不本意に回ることがない。どうせフルオートモードしか使わないので、軽く回ると困る。だから撮影するとき確認する必要はない。
 シャッターボタンも、ズームレバーも小さいが、固くはなく滑らか。
 ストロボはレバーで飛び出る。角度を指で調整できるので、天井に向けることもできる。使わないが、日影の花などでは有効だろう。
 鏡胴部にリングがあり、滑らかに回る。少し重みを持たせているのは、マニュアルフォーカスのとき用だろう。通常はズームになる。当然、別の機能に入れ替えられる。滑なので、気持ちがいい。初期設置はステップアップズームで、24ミリ、28ミリ、35ミリとか、段階的に回る。明快だ。何ミリで写したいのかが分かっているときは、重宝するだろう。
 さらにパナソニックらしいサービスで、デジタルズーム域に入っても倍率を出すのではなく、ミリ数を表示してくれる。250ミリまでだが、それを超えると500ミリとか1000ミリなどの表示がある。そして最高望遠ミリ数も最初から書かれているので、幅が分かる。このあたりのユーザーインターフェイスが結構いいのだ。新設だ。
 カメラメーカーではなかったので、こういうところに力を入れているのかもしれない。誰にでも分かるような表示だ。
 
 1インチサイズというのはパナソニックのハーフサイズのミラーレスとそれほど大きさは変わらない。だからパナソニックの一番安いミラーレスはコンパクトデジカメよりも小さかったりする。
 それよりも、普通のミラーレスよりもファインダーの表示が速く、切り替えも早いというのは、どういうことだろうか。本格的なミラーレスの方が遅いのだ。パナソニックのミラーレスはそんなことはないが。まあ、古いミラーレスしか持っていないが。古くて切り替えが早い。
 TX1は意外と早いが数年前のコンパクトデジカメなので今のFZ95はさらに早く瞬時になっている。スナップカメラとして、このタイプのカメラ方が速写性がある。
 ミラーレスは受光素子が大きいので、重いのだろうか。レンズも大きくなるし。
 そして機械式のズームはいいのだが、急激に回すと液晶が波打ち、見えなかったりする。
 TX1などの電動ズームの方が望遠端までのスピードが早い。回すときガタガタしないし波打たない。
 ファインダーは小さく、解像力も低いが、低いなりにもよく見える。
 それと手ぶれ補正も小さい目の受光素子の方がよく効く。フルサイズから見れば、超広角レンズを使っているようなものなのだから。
 広角ほどブレにくいというより、小さく写るので、よく見えないだけなのかもしれないが。
 
 

■■ 2019年12月11日 水曜日 午前9時34分
 
 今朝はまずまず晴れており、まずまずの時間に目が覚めた。起きるとき、まだ夢の中で2という数字が出た。二番手のような、二次のような。第一ではなく第二。これは意味らしきものがあって、二度寝の2で、今起きると、二度寝したので、遅いぞ、というような感じ。しかし、起きてみると、二度寝などしていない。そして時間的にはこの時期としてはまずまずの時間だったので、安心する。
 朝は夢の続きから始まるようで、起きてからが朝ではなく、起きつつあるまどろみから既に朝で、一日が始まっているのだろう。まあ、夢からさっと覚めたときで、覚えているときに限られるが。
 今朝は寒いので、中に着込むのを分厚い目のにしたのだが、それを着たとき、これはその上に、ダウンジャケットを羽織る必要はないような気がして、そのまま出た。薄着ではないか。
 しかし、マフラーというか首輪だけはした。カッターシャツの裏に毛が仕込まれているようなタイプなので、首元が寒いのだ。第一ボタンを留めると何とかなるが、喉を締め付けすぎになる。
 それで、昨日よりは寒いはずの道を自転車でいつものように走ったのだが、最初はいいが、スースーする。表地が綿生地のネルシャツなので、そんなものだろう。しかし裏毛のようなボアが胴体箇所だけに入っているので、そこはスースー具合はまし。スースーするのは腕だ。裏毛が入っていないためだろう。このボアボアの繊毛のようなもの、アクリルなので、多少は防風性があるのかもしれない。風を通しにくい。腕はツルッとした裏地が入っている。これだけでも普通のネルシャツより暖かいだろう。それでもやはり腕が寒かった。
 喫茶店に入ると、暖房が効いているので、丁度よい。
 街ゆく人を見ると、重武装。完全に真冬スタイルのロングダウンジャケットで、ぶかぶか状態で歩いていたり、自転車に乗っていたりする。そしてダウンジャケット率が意外にまだ高い。つまり、ほとんどの人は化繊を着ていることになる。結局軽さと効率を取るのだろう。それと安い。
 今朝こそ南極越冬隊のような重武装で出てもいいのに、シャツで出ているような感じになった。要するに防寒着がユニホーム。この時期の制服だ。
 昨日の昼間、結構暖かかったので、それを予想していたのだが、朝は寒い。昨日の夜の最低気温は1度。これは瞬間最低温なので、ずっとではない。
 しかし、昨日の昼間は暖かかった。晴れていい天気だった。だから、昼間暖かい日の朝は寒いと言うことだ。平均してしまえば、昼の暖かさが帳消しになるが、平均気温というのは現実には誰も体験できない。
 夜は寝ているので、寒くても分からないことが多い。
 
 昨日、言っていたパナソニックのコンパクトデジカメを注文したので、今日届くはず。
 TX1という初代機。コンパクト系の普及機は暗いところが厳しいが、1インチ受光素子の高級コンパクト系なら何とかなる。単に感度が高くなるためだろう。
 TX1は高級機路線だが、ズーム比の高い初代機だ。1インチ高級機のほとんどはもっとレンズが明るい。その分、望遠はスン止まりで、一眼レフの標準ズーム程度。ソニーが200ミリまでのを出したが、これだけが例外だろう。
 TX1に似ているのは、やはりパナソニックの定番旅カメラだろう。今はTZ95まで行っている。長く続いているシリーズで、花形商品だ。今朝もそれをポケットに入れている。
 最高感度が3200で止まってしまうので、暗いところが厳しいが、TX1なら1万台まで上がるので、何とかなる。その上の2万台はオート感度では上がらない。拡張のためだろう。
 パナソニックのカメラはフルオートのお任せモードにしていても感度は上限まで上がる。これが結構ありがたい。800とかで止まってしまうコンパクト系もあるためだ。だからプログラムモードに切り替えないといけない。これが面倒。
 パナソニックのカメラはフルオートのお任せモードでも結構弄れる。ここがメインのためだろう。
 ただ700ミリ超えの望遠が250ミリになる。しかし、夜に700ミリは使わないと思うので、夜景写しには250で十分かもしれない。昼間も鳥とか猫は厳しくなるが、鞄にネオ一眼を入れておけば問題はない。
 このカメラ、数年前に、非常に欲しかったのだが、高いので手が届かなかった。
 その後、新型が出たので、そちらを狙っていたのだが、やはり値段が高い。それからしばらくしてから、高かったTX1も中古ではガクンと落ち。コンパクト系普及機の新製品よりも安くなっていた。もう値段は高級機レベルではなくなり、熟れたので、買うことにした。
 新製品のTX2の望遠側の写りが甘いというのが一つのきっかけ。300ミリ半ばまである望遠が200ミリ半ばになってしまうが、望遠は1000ミリを超えないと鳥などは難しい。だから300ミリ超えでも、また700ミリ超えでも、今一つ寄れないので、同じこと。ここはネオ一眼に任せた方がいい。
 それよりも街頭スナップなどでは、このコピーライカ系コンパクトが写しやすい。気楽にさっと出してさっと撮せ。目立たない。
 ただTZ95は液晶が回転するが、TX1は固定。まあ、とっさの場合は液晶を上げる時間もないので、それでいいのかもしれない。ウェストレベルで写せないこともない。斜め上から何とか液晶は見えるので、ターゲット程度は分かるし、構図もある程度見える。斜めなので、圧縮されているが。ここはライカ式で、ファインダーも付いているので、液晶だけで写さなくても済む。
 この液晶の解像力や大きさはTZ95の前の機種とほぼ同じだろう。
 写りはソニーのWX800がかなり良く、非常に鮮明。パナソニックはそれに比べるとやんわりしている。だから画質の凄さで写すカメラではないので、逆に気楽に写せる。
 
 
 
■■ 2019年12月10日 火曜日 午前10時48分
 
 今朝は晴れている。昨日も晴れていたような気がする。すると、続けて晴れていることになる。その前はどうだったのだろう。二日前だ。これは曖昧になっているが、しっかりとは晴れていなかったように思える。自転車のサドルの記憶。これが二三日前だ。濡れているので、拭いた覚えがある。夜露ではない。それ以上になると、日までは覚えていないが、何となくどんな天気だったのかは覚えている。
 いずれも印象記憶というやつで、印象に残ったものしか覚えていないようだ。ただ、小さな印象だと、これはもう忘れる。忘れてもいいものなので、忘れてしまうわけでもなさそうで、つまらないものでも未だに覚えているのがある。こういうのを覚えていても役に立たないのだが、記憶というのは役立つためにあるわけではないようだ。
 今朝は晴れており、陽射しもあり、そして気温も少し高い目。寒さが厳しくない程度だが、少し寒さが緩んだ感じ。このあたりが平年並ではないかと思える。12月はそれほど寒くはないので。
 今日は火曜なので、いつもの喫茶店は休み。そのため、週に一度だけ行く高い個人喫茶へ行く。ただ、サービスはいい。それと朝一番ではない限り、すいており、いつもの席が空いている。
 そして今朝は結構遅起きだったので、また夕方が早くなり、暗くなってしまう。夕方の時間に変化はないが、冬至前なので日が短い。だから暮れるのが早い。
 夕方の喫茶店へ出るとき、夕日があるかどうかが微妙なところ。数分違いで、沈んでいる。さらに遅れると、その残照もなくなり、ただの夜になっている。これでは夕方に行く喫茶店という感じではなく、夜に行く喫茶店になる。だから夜道を行く感じになる。
 ただ時間的にはそれほど遅くはない。時計の上ではそうだ。
 今朝、遅起きなのは夜更かししたためだろう。昨日と同じ時間に目が覚めたのだが、それを拒否し、二度寝した。まあ、その時間に起きても、それほど早い目ではなく、遅い目だが。
 こういうとき、風邪でも引けば、しんどいので、早寝するだろう。しかし、風邪は引きたくない。まあ、好んで引きたいと思う人もいないだろうが。
 
 今朝のお供のカメラはパナソニックのポケットに入る旅カメラのTZ95で型番が記憶できない。24から700ミリ少しある高倍率ズーム機。ファインダーが付き、この解像力や像倍率が、結構高く。非常によく見える。普通の撮影なら普通に写せる。ファインダーで被写体の細かなところまで見える。
 300グラム少しあり、少し大きい目なので、ポケットに入る限界に近いが、レンズさえ飛び出していないカメラなら、もっと大きく重いカメラでもポケットに入る。冬の服装に限られるが。
 TZ95はズボンのポケットにも入る限界カメラ。だから夏でも身に付けられるが、トランプを入れているようで、窮屈になるが、尻のポケットにも入る。このカメラの大きさ分厚さが限界だろう。
 一寸撮影に行くときは、ネオ一眼やミラーレスや一眼レフを持ち出すので、サブカメラ的なのだが、ペンタックスの一眼レフより、写りが良かったりする。だから、どちらがメインか分からなくなるが。
 パナソニックのカメラは操作性がいい。フルオートでも結構弄れるのだ。露出補正もホワイトバランスも弄れる。
 まあ、ほとんどフルオートで写しているのだが、AFも自動認識になり、思わぬものにピントが来たりして、困ることもあるが。まあ、そんなときは液晶をタッチして、一点AFに一時だけ変えてやればいい。
 このTZ95は最新機なので、今のパナソニックの機能や操作性などの最先端にあるカメラ。色々と改良され、使いやすくなっている。新しいカメラの恩恵だが、副作用もあるが。
 まあ、ほとんどはシャッターを押すだけ。ズームさえ使わないで、24ミリだけで写してもいい。
 電源を入れ、ファインダーを覗いたときはすぐに写せる。この待ち時間がないので、スナップ向け。ミラーレスでも待ち時間があるカメラがあり、ワンテンポ以上遅かったりするので、カメラを構えても真っ黒で何も見えなかったりする。街中でカメラを構えるのは一瞬。何もできないで、構えているだけでは間が悪い。この早さだけでも、このカメラの良さがある。ただ写りは関係しないが。
 今朝、このカメラを持ち出したのは、これの1インチタイプを物色しているため。
 そのタイプはTZではなく、TXシリーズで、その初代。古いので、中古でかなり落ちている。TX2をずっと狙っていたのだが、遠方での描写が甘いと言う情報が複数あるので、それでは選択からはずしかない。レンズも暗くなる。しかし望遠は300ミリ半ばまで伸びるのでいいのだが。
 TX1は広角でのレンズが明るい。TX2よりも。
 25から250ミリまでのズーム機。これはこれで独立した世界を持っている。望遠付きのコピーライカのような。
 これを今、狙っている。
 
 
 
■■ 2019年12月9日 月曜日 午前10時05分
 
 今朝はやっとすっきりと晴れた感じ。気温もそれほど低く感じないのは陽射しがあるためだろうか。しかし夜は寒いのか電気毛布を強のまましていた。寝るときは弱にするようにマニュアルにはある。だから毛布を触るとアツアツという昔のとは違うのだろう。まあ、自分の体温で蒲団を温めて寝るというのが基本かもしれない。
 今朝はまずまずの時間に起きてきたが、もっと寝たかった感じ。これは冬の朝よくあることだ。
 自転車の空気が減っているのか弾まないので、ペダルが重い。しかし、いい運動になる。これが軽快なスポーツ車なら逆にスポーツにはなっても運動にはならない。まあ、競輪の選手も練習で、重いのを付けて負荷をかけて走っているのかもしれないが。
 山登りでも、鍛えるため、重いものを身に付けて町で鍛えるとかもあるらしい。山などに登らなくても、その練習が十分運動になっていいのだが、これは楽しいことではないだろう。
 山登りと山歩きは違うはず。登る用がないのに、登る必要はない。どうしても超えなければいけない山なら別だが、余程の状況だろう。バスや車に乗ればいい。
 ただ、徒歩でしか行けない場所がある。それが僅かな距離でも、坂はやはり厳しいだろう。坂が多い町、起伏が多い場所に住んでいると、足腰が丈夫になるような気がする。練習でもスポーツでもなく、日常移動。
 今朝は月曜のためか、何故かいつもよりも朝の喫茶店が混んでいる。この時間すいているはずなのだが。
 特に町にイベントはない。個々人の事情が偶然そういう風に重なったのだろう。よく見ると、常連客ではなく一見さんが多い。この動きは読めないだろう。特にセールとかもしていないし。まあ、喫茶店でのセールはあまり聞かない。ポイントが多くたまるとか、特定のものが安いとかはないはず。
 寒いのか、暖房が強い。これは眠くなる。
 昨日は朝の喫茶店の戻り道に珍しくスーパーへ寄った。阪急のスーパーで、小綺麗し、休憩所もある。小さな喫茶店程度で、ファストフード店並み。無料だ。ただ自販機があり、珈琲ぐらいは飲める。これは自動だろう。水はただかもしれない。満席だ。
 ホウレン草が切れていたので、それを買うのと、あとは豆腐だ。これは帰り道のコンビニで買うことが多いが、ホウレン草は売っていないので、スーパーへ寄ることにした。ついでに一寸した惣菜も買う。これは作れないようなものを選んだ。
 ところが戻ってから米がないのに気付く。炊く米がない。それで近くのコンビニでレトルトのご飯と米袋の米を買う。結局コンビニへ行くことになってしまった。スーパーで気付いていれば、銘柄の違う米を買えたのだが。
 ホウレン草も、いつものスーパーでは見かけない宮崎産などが出ていた。形が違う。いつもは飛騨産。これはスーパーに多いためだ。常に置いてある。兵庫県産がたまに出るが、根が付いており、生々しい。植えれば、もっと大きくなるかもしれないが。
 玉葱が切れていたのを忘れていた。野菜が全部切れても玉葱程度は残っていたりするのだが。
 スーパーではヒロウスを買う。揚げの分厚いようなもので、楕円形。何か少しだけ詰め物が入っている。青い豆とか。これは出汁で食べるもので、甘辛く煮ないと、スカスカのスポンジをかじっているような感じになる。高野豆腐も同じだ。あのスポンジの中に染み込んでいる出汁を味わうもの。豆腐自体に味はなかったりするが、ほのかに豆臭かったりする。
 ヒロウスはやはり別鍋で煮こむのがいいようだ。
 12月も中頃に差し掛かっている。あとは一気だ。月の終わりではなく、年の終わりが近付いている。
 
 
 
■■ 2019年12月8日 日曜日 午前10時08分
 
 今朝は半曇か。雲の方が多い感じで、下手をすると陽射しがないかもしれないが、このまま雨になるような感じはないと思われるが、こればかりは分からない。気温は昨日よりも高いような気がするが、風がないため、そう思うのだろう。風がないので、穏やか。それほど強くないという程度だが。
 ここしばらくはもうすっかり冬の中にいるという感じ。まだ紅葉は続いており、色づいた葉が残っているので、そこだけ見ていると秋が残っていたりする。
 今朝はそれほど遅起きではなかったので、何とかなる。昨日は遅すぎた。遅さにも程度があり、やや遅い程度なら問題はない。少し急いだり、省略すれば取り戻せる。時間に追いつけるのだが、場所に追いつけるような感じ。いつも通る時間の場所へ何とか追いつける感じ。それが十五分ほどの差なら問題はない。三十分では、少し遅い早いを感じてしまう。要するに気になる。待ち合わせで人を待っているときの時間に近い。三十分で厳しくなるだろう。五分はいいし、十分はいい。十五分だと、遅れているのか程度。そこから先は、場所を間違えたのではないかと思うほど。そして三十分で、我慢できなくなる。また三十分待ったのだから、立ち去ってもいい。
 まあ、最近はそんなことをしなくても電話すればすぐに分かることだが。
 初対面の人と待ち合わせをした場合、人が多い場所だと、現実の中のひとつを取り出す感じ。現実に人と会うのだから、現実の人だろう。だから、目の前を通りすぎる人と大差が無い。こういう人の中の一人だということ。あとは性別は年齢などから近い人を見ると、これかな、とか思うだろう。いずれも現実のひとつと遭遇することになる。これはリアルなものだ。決してモンスターが出てくるわけではない。現実には色々なものがあるが、その中の一つだ。特に人間の場合、一人しかいない。これが現実の怖さだ。生々しい。
 今日は日曜だが、そんな感じが何処にもない。カレンダーを見ないと日曜だとは分からない。変化する箇所が見えないためだろう。カレンダーは変化する。だから見える。
 朝から子供連れとかを見ると、何となく分かる。学校へ行っているはずの小学生が歩いていると、休みだと気付いたりするが、気付かないときもある。子供が歩いている。何の不思議もない。そこに時間を絡めると、おやっと感じるだろう。それを絡めるかどうかだ。
 街ゆく人はもうすっかり真冬の服装なので、南極越冬隊のようなのを着て歩いていても大丈夫なようだ。そういうのを着ると、下に着込まなくてもいい。中に着込んでいた分を上着込みで一枚で済む。
 秋の終わり近くから自転車で遠くまで出る事がなくなった。寒いし日も短いためだろ。しかし、小春日和があり、そういう日があれば出やすい。寒くても風がなければ何とかなる。当然陽射しがあることが条件だが。
 それと時間的に余裕があること。これは起きた時間が遅すぎると、無理だ。
 まあ、冬場は籠もりがちになるのは、動物的に仕方のないことだろう。
 
 
■■ 2019年12月7日 土曜日 午前11時09分
 
 今朝は曇っており、天気が悪いという感じ。そして寒い。冬によくある日だ。暗い。
 少し晴れが続いていたので、そんなものだろうが、結構天気が変わりやすい。一日の中でもよく変わるので、把握しにくい。まあ、そんなものを把握しても、あまり役立たないが、こういう日誌を書くとき、役立ったりする。だが、うろ覚えなので、正確ではない。ただの印象ではないが。
 今朝はかなり遅い目に起きてしまった。途中で起きなかったので、よく寝ていたのだろう。しかし、起きたような気もする。おそらく朝の起きる時間帯だったように思う。一瞬目が覚めた程度だが、この記憶も曖昧。だから半分まだ寝ていたのだろう。だが、しっかりと起きているときでないと記憶に残らないのかというとそうではない。夢を覚えているではないか。寝ているのに記憶がある。
 朝の喫茶店が昼前になってしまったが、土曜のためか、人が結構出ている。食べ物屋などが賑わう時間帯だろうか。昼時だろう。しかし、行楽地ではないし、観光地でもない。また買い物客で賑わうような場所ではない。しかし、近場で済ませるようとする人もいるのだろう。あまり遠くへは出かけられないような人とか。
 冬の日々が続き、クリスマスが近いのか、そういう飾り付けになっている。年末の風景だろう。このクリスマス飾りが取れれば、いよいよ押し迫った感じがする。正月向けの飾り付けにさっと代わるからだ。それまではクリスマス飾りで、これは長い。
 
 今朝のお供のカメラはソニーのネオ一眼だが、柔らかいカメラだ。操作が柔らかい。五年前のカメラだが結構早い。立ち上がりが早いので、電源を入れるとすぐにファインダーを覗くことができる。あたりまえのような話だが、ワンテンポ遅いミラーレスなどがある。光学式一眼レフなら、そんなことはあり得ないが。
 ファインダーは粗い。ここは五年前とはいえ、もう少し解像力のあるネオ一眼は既に出ていたのだから、当時としては他社に後れを取っていたのだだろう。しかし、早い。これは解像力が低いためだろうか。まあ、ワンテンポないほうが快適だが。
 AFも早い。多点式だが、中央部に固まっているので、端っこに合うことはないので、ましだ。
 夜の街頭を写すときなども、AF補助光を切ることができる。他のコンパクト系では切れなかったりする。切る機能はあるが、フルオートモードでは点いてしまう。夜なので、結構この赤い光は強い。ストロボを焚いているようなものだ。しかもまだ写していないのに。
 これは久しぶりのヒットカメラで、二万円台からある中古カメラだが、かなり使える。その後継機はない。
 これのもっといい物をとなると、1インチタイプのネオ一眼があるが、ミラーレスの中級機よりも高かったりする。そして1キロ超えをしているので、重さで無理だ。
 ソニーのα6000系がいい感じで、ファインダーも大きく綺麗だろうし、AFはさらに凄いはずだが、24から1200の画角をカバーするというわけにはいかない。キットレンズの望遠でも400ミリに達していない。そしてレンズも大きくなり、α6000系のボディーでは、グリップが小さいので、望遠をズーム中、カメラがガタガタ動くはず。ここは電動ズームの方が構図はそのままですーと寄れる。力はいらない。電動なので。
 ただ、28から200ミリあたりの大人しい標準ズームなら、ズームリングも回しやすいだろう。しかし1200ミリで写していたのが200ミリになると、物足りなくなるだろう。
 ミラーレスや一眼れを持っていても、望遠が弱いので、何か損をした感じになる。
 そしてこのカメラの軽さと滑らかさ、結構軽いスカスカのネオ一眼なので、持ち運びも楽だ。
 この後継機が出れば即買いだが、五年もそのままの現役機のまま。ソニーのカメラは古いのも並行して売っているので、そんなものかもしれない。
 
 

■■ 2019年12月6日 金曜日 午前10時08分
 
 今朝も晴れているが、風が強く、それで寒い。気温はそれほど下がっていないと思われるが、どうだろう。出るとき、部屋の寒暖計を見ただけだが、これはアナログ時計のように針を見る。数値ではないので、何度かは分からないが、傾きで分かる。それは寝る前に比べてとか、昨日に比べてとかだが、そんなことを記録しているわけではないし、記憶も曖昧。しかし、何となく、傾向が分かる。まさに傾き加減。どちらの方向へ傾いているのかが分かる。傾く限りは基準となる位置が必要だが、それが季節により移動する。ズレだ。そこが時計と違う。真上が零時、12時ではないのだ。その寒暖計では真上が20度。ただ、針は二本あり、もう一本は湿気を見る針。湿度計だ。これは45分の位置が100パーセント。昔でいう不快指数100パーセントだろうか。冬場乾燥しているときでも時計の半、真下た程度か。雨が降ったりするときは、45分まで一気に上がっていたりするが、上がりきることは先ずない。その近くまでだ。
 あとは気圧計が欲しいところだが、これはデジカメの水中カメラの中に入っていたりする。気圧計があると天気が分かる。大気を読むわけなので。
 景気は読めないが。
 今朝はそれほど早くは起きて来れなかったが、もの凄く遅いわけではないので、まずまずの目覚め。しかも一発。二度寝なしのはずだが、目が覚めたあとじっとしていたようだ。これが二度寝のことなのだが。
 水菜が安かったので買うが、一株だった。これは多すぎる。枯らしてしまいやすいので、早く食べないといけないので、大量に煮るが、まだまだ残る。水菜だけを大きな鍋で煮ればいいのだが、他の具と一緒なので、葉物は最後に上に乗せるような感じとなり、それほど積めない。これは徐々に沈んでいき、嵩が低くなり、思ったより量はないことが分かるのだが、水菜は結構存在感があり、頭が高い。ハリハリ鍋と言うほど、歯触りがパリパリしている。茎がストローのようになっているためだろう。
 煮ればとろとろになるタイプもあるが、先日買ったのは硬い目。まあ、水菜は張りを楽しむものなので、煮こまない方がいいのだが。
 寒いので、夕食後の徒歩散歩はしていない。寒いと出足が鈍るが、用事があれば出る。散歩は用事ではないので、出なくてもいい。
 用事のついでに散歩すればいい。こちらの方が頻度が高い。用事は作らなくても、できてしまう。まあ、水菜を買いに行くのが用事というわけではない。これはおかず買いの用事。決して水菜を目的に買いに行くわけではない。菊菜でもいいし青梗菜でもいいし白菜でもいい。ホウレン草は味噌汁に入れるので、これは欠かさず買っているが、一パック買うとそこそこ持つので、毎日買いに行くようなことはない。切れれば買えばいいが、多すぎると枯らすので、少量でいい。
 
 
 
■■ 2019年12月5日 木曜日 午前8時59分
 
 今朝は寒い。雨はやんでいるようだ。昨日も降っていたのか降っていなかったのかよく分からない小雨。しかし、傘が必要だった。山は雪ではないかと思える。
 天気の移り変わりが早い。朝、晴れていてもすぐに曇り、雨になっていたりするし、朝、どんより曇っていたのに、昼頃から晴れていたりする。つまり朝の天気が一日の天気ではない。朝夕昼と独自の変化はあるが、主に温度だろう。
 流石に昨夜から寒いので、外に出るとき、中に一枚着込んでいる。これは真冬の格好だ。中に着込んでいるのは秋の少し寒くなり出したときに羽織っていたもので、その薄いタイプ。裏地に暖かいのが仕込まれている。インナーではない。それなりの上着だ。その上着はこの時期なら中に着込むセーター代わりになる。前は開くので、着やすいし。
 寒くなったとき買った安物のダウンジャケット風の綿入りだが、これが薄いので、寒いのだ。綿、アンコの補給のように、中に一枚詰め物を敷いた感じだ。
 昨日は偶然衣料品売り場へもう少し暖かそうなのを見に行った。今のでも中に着込めば間に合うが、一着で済まないかという話。先日買ったのはフワッとしており、ゆったりしているので、中に着込んでも大丈夫なのだが。
 もう少ししまりのいいジャンパー系がないものかと探す。ダブッとしているとスカスカした感じになる。それならコート系ではなく、ジャンパー系だろう。
 しかし、それは持っていた。だが、あまり暖かくなかったのを思い出す。
 だが、物色していると、モコモコがあった。これは裏地に使われているのと同じタイプだが、それが表に出ている。上着を脱いだとき、裏返ったような感じだ。これはどういう効果があるのかと考えた。
 裏地のモコモコが表に来ているのだから、誰が暖かいのだろう。外側ではないか。見た人が暖かい。
 このモコモコは羊だ。これが入口にドンと並んでいる。見た感じ暖かそうだが、本人はどうなのか。それに雨に降られると、全部染みこんで吸収しそうだ。そういう掃除用品がある。雑巾は汚れるが、このタイプはあまり汚れない。しかし、水の吸収力がかなりあり、全部吸い込んでしまう。だからそれを洗うとき、絞れば、綺麗になる。雑巾は汚れの色が残る。綿の雑巾だが。
 このモコモコ上着、果たしてただの冗談なのか、それとも本当に暖かいのか、試したいところだ。
 これはアンチダウンジャケット系だろう。
 雨に降られると、体重が増えそうだが。絞ればいいのだ。
 展示されているものに、既に毛玉のようなのがくっついている。そのモコモコからの毛玉ではなく、他のものがくっついたのだろう。やはりこれはダスキンだ。ダスキンを着ているようなもので、全身で掃除をするようなものかもしれない。
 しかし、すっかり寒くなった。例年この時期は真冬のように寒い日があり、驚かせるが、初っぱなだけで、それほど続かない。
 昨夜は夜更かしだったが、今朝は早い目に目が覚めた。もの凄く早くはないので、そのまま起きた。きっと昼間は眠いはずなので、たっぷり昼寝をすればいい。最近遅起きなので、たまには一日ゆっくり過ごせる早起きがいい。だが、昼寝が長引くと同じことになるが。
 睡眠不足気味で一日眠かった場合、早寝になるはず。
 
 カメラ方面は富士のファインダーのある一番安いT100が気に入っているのだが、その上位機のT30にも目がいく。しかし、デザイン的にはT100の方がすっきりとしており、往年のフィルムカメラ時代の雰囲気がある。ニコンFMやFEやペンタックスMXやLXなど。LXは別だが、所謂中級機で、プロ用ではない。比較的小振りで軽い。板状の本体にレンズだけが飛び出ているタイプ。グリップはない。
 だが、それだけで、結局実用性はどうなのかとなると、キットもので買うと、標準ズームと望遠ズームに分かれてしまい、道端でレンズ交換もしないので、結構不便なのだ。富士にも高倍率標準ズームがあるが、大きく重く、そして高い。下位クラスのT100にはそのキットはない。まあ、富士のカメラで写す人は単焦点で使う人が多いのだろう。
 だから広角から望遠までいけるネオ一眼の方が実際には使いやすい。
 しかし、このT100が醸し出す世界というのがあり、もの凄く一眼レフを象徴している。しかも全盛時代のメタル一眼時代を。
 しかし、レンズ交換式カメラの轍があり、この轍をまた踏んでしまいそうになる。
 それならファインダーのないタイプのA7でもいいのではないかと思ったりする。なぜならキットレンズは標準ズームだけなので。そこから動かなければいい。
 最近富士に目がいったのは、このA7だった。最近出たものなので、ニュース性があったのだろう。ネット上で見かけた。
 実はこちらの方が高い。レンズ一本だけなのに。中身はT100とそれほど変わらない。レベル的にはA5にファイダーを付けたのがT100のような感じで、スペック的にはほぼ同じタイプ。
 だからデザインも似ている。ただ、液晶が横開きになってしまったのが残念だが、T100よりもシンプル。このレンズ一本だけというのがいい。それで世界ができてしまう。24から70ぐらいのレンズだ。望遠ズームが付いているキットものは望遠しか使わないで、標準ズームは眠っていたりする。
 ただ、ミラーレスの望遠ズームはあまり実用性がない。結局望遠不足で、猫や鳥は難しい。
 
 
 
■■ 2019年12月4日 水曜日 午前10時29分
 
 今朝は晴れており、青空率が高い。雲が少なく、見る角度により、青味ばかり。地平線の彼方に雲が見える程度。かなり遠いところだろう。しかし、平地から見る地平線なので、建物や山があるので、本当は見えないし、平地からだとやはり電車でちょっと行ったところまでだろう。ちなみに海の彼方は水平線と言うらしい。緑の地平線という歌があったが、陸地だろう。面が線に見える。
 線というのは存在しないのだが、区切ったり、縁取り、輪郭付けすることで、把握しやすくなる。
 いい天気だが、そこそこ寒い。もの凄く寒くはないが。
 先日買った高い目の防寒ズボンが窮屈なので、ゴムパンに変える。こちらも内側に暖素材が仕込まれているが、薄い。そして表面が柔らかくてくにゃっとしている。風でなびくほど。意外と防水性がある。こちらの方が腰の閉まりがよかったりする。ゴムなので。腰はこちらの方が安定し、暖かいのはどういうことだろう。いかにも暖かそうな暖ズボンではないのに。こういうさりげないものが本格的なものより機能が上だったりする。好みの問題も加わるので、ここで評価が大きく変わるところだが。
 その人にとっていいものというのは諸事情のためだろう。都合というのがある。そして、生理的なものも。これは感覚的なものに変化する。感覚を左右しているのは生理的なことかもしれない。
 天気はいいのだが、遅起きになっている。一度目が覚めかかったのだが、ここで目を開ければいつもの時間だろう。と思いながらも、目を開けないので、無視して、寝てしまった。これは確信犯的に二度寝だ。しかし目を開けていないのだから、これは起きたことにならない。だから二度寝ではない。
 昨夜は寒いので、徒歩散歩へは行っていない。その前日は行った。その夜はそれほど寒くなかったのだろう。しかし、夜になると流石に冷える。部屋の暖房で暑くなりすぎて、少し冷やしに行こうという感じではない。部屋そのものも寒いので。ただ、外との気温差は結構ある。電気ストーブは室内の気温を上げるほどの力はないが、少しは暖かい。当然外よりも。
 紅葉も、平地では終わりに近い。桜の木は二回見所を作ってくれる。葉は落ちたが、つぼみのような膨らみを残している。春になると、そこが赤くなり出す。それまではただの枯れ木状態だ。枝だけ。
 12月も既に四日目。最初から加速が付いているのか、飛ばしているようだ。しかし、押し迫ってからが長かったりしそうだが。
 年末らしさはやはりクリスマスあたりからだろう。残り一週間ほどになってから。
 
 富士のデジカメを調べているのだが、そのきっかけは一番安いファインダーのないタイプ。しかし、これは新製品なので、ファイダーがあるタイプよりも高い。しかし、よく考えると、同タイプのカメラを持っていた。エディオンの展示品特価で、かなり安く手に入れたキヤノンイオスM3ダブルズームキットだ。富士の下位機は、ほぼこれと同じなのだ。ただ富士は大きいがイオスM3は非常に小さい。レンズも小さく細い。ファインダーはないが、外付けがある。だから、これで済む話なのだ。
 ただ、古いので暗いところなどでのAFが苦しい。写りはキットレンズしかないが、そのズームレンズ以外の上のレンズはない。上位レンズだ。レンズが少ないのだ。これがキヤノンのミラーレス路線だが、メインはフルサイズミラーレス側のほうに置かれている。
 この前、上新で、そのM3の次の世代が展示品特価になっていた。お前もか、という感じだ。それはファインダーが最初から付いている内蔵タイプ。高倍率標準ズームキット。一番高いM系機種。店員がもう少し安くできますよと言っていたが、中古価格としてはかなり高い。そして、後日行くと、消えていた。買った人がいるのだ。高い安いを考えないで、さっと買ったのだろう。正しい買い方だ。
 そのとき、既にイオスMの次の世代が出ていた。こちらが持っているイオスM3の二つほど次の世代になる。しかし、大きく重くなっているはず。実機が展示されていたのだが、一寸本格的すぎる。
 イオスMにもファインダーそのものが取り付けられないタイプがあり、これが一番安い。そして小さく軽い。コンパクトデジカメと思うほど小さい。しかしレンズは交換できる。ファインダーを使わないのなら、これでいいのかもしれないが。
 といいながら今朝は富士のコピーライカX100Sをポケットに入れている。大変なお爺さんカメラだ。35ミリだけなので、写すものが限られるが。
 色々なものを撮影し、その結果35ミリ画角を一番多く使うタイプの人なら、このカメラの効率が一番いいのかもしれない。標準画角50ミリよりも35ミリの方が確かに風景などは写しやすい。そして35ミリは広角というほどでもなくなっている。そのかわり、24ミリなどに比べ、無駄な空白が開かないし、何を写したのかが分かりやすい。
 そして35ミリでF2だと結構ボケる。
 しかし、この爺さんカメラそのものがボケているようなものだ。時代的に。
 マクロは10センチまで寄れるが、開放で撮すとソフトレンズになる。周辺に靄がかかる。あえて補正しなかったらしい。ソフト的な処理でぼかしているのではない。
 今朝はそれをポケットに入れ、鞄の前ポケットに先日買ったソニーの旅カメラを入れている。こちらは望遠の保険。一応700ミリ超えできるし、広角も35ミリでは入らないときでも24ミリなら何とかなる。
 
 
  
■■ 2019年12月3日 火曜日 午前9時47分
 
 今朝は何とか晴れているようだ。寒さもほどほどだが、まあ、この時期としてはそんなものだろう。特に寒いというわけではない。これは真冬に比べて。
 正月あたりまではまだ本格的な寒さではないので、12月は序の口。ただ、年末寒波とか、クリスマス寒波とかが来る年は別。
 しかし、昨夜は毛布を掛けないで寝たためか、寒さで起きてしまった。朝方がやはり寒いのだろう。目を覚ますと明け方近くだった。これはまだまだ寝る時間が残っているので、悪くない。すぐに毛布を掛けて寝た。そして昨日に近い時間帯に起きてこられた。一発起きはできなかったが、二度寝は数分で済んだので、これは成功。この二度寝が一時間も二時間にもなるときは失敗。
 昨夜は少し夜更かし気味だったので、少し眠いが、昼寝で取り戻せるだろう。少し早い目だと一日にゆとりが出る。それで、ペースが遅くなるが、まあ、のんびりと過ごせると言うことだろう。
 昨日はご飯が切れていたので、コンビニ弁当。何か適当なものでよかったのだが、夕方、今すぐ食べるという時間帯は物がなくなっていたりする。だからコンビニ弁当の種類がいくら多くても、売り切れていてない。
 その中で、目新しいものがあったので、それを買う。いわば合わせ技のようなタイプで、焼きめしと麻婆豆腐半々の中華系。焼きめしは鉄板炒めとか。麻婆丼などもあるので、その使い回しだろう。当然焼きめし単体でも売られているが、焼きめしだけというのも、何か喉が乾きそうだ。麻婆豆腐はスープものとも言える。汁がある。だからスプーンで食べる。このコンビニの品、肉が多い。豆腐と肉、そしてネギ。それだけだが。
 まあ、そういうのばかりだと野菜がない。ネギが少し入っているので、救われるが。
 作り置きの野菜の煮物はあるが、こういうときは、弁当だけでいい。
 紅葉は近所の桜並木の葉もほぼ落ちてしまいそうになっている。そのため落ち葉が歩道を覆っていたりする。地形や風で、落ち葉溜まりができている。森ならそのまま。これが虫とかの住処になったり、当然自然の肥やしだ。腐葉土。まあ、虫がいると糞をするし。ミミズは地面を耕したりする。ここは微生物が豊富にいるだろう。
 ただ、街中の落ち葉はゴミとして出している。もったいない話だ。まあ、アスファルトの地面なので、何ともならないが。
 
 富士のミラーレス、T100を見ていると、その上位機も気になるが、これは最近出て評判の高いT30になる。T100はT20時代のもの。だから、少し古い。それより古いタイプはない。T100が初代。
 T30の上位機はT3。このあたり、ペンタ部のようなものが飛び出た一眼レフスタイルのもの。しかも非常に小さい。
 従来のライカスタイルではないが、T30に対してE3があり、こちらがライカスタイル。まあ、ソニーのα6000系と同じタイプ。このスタイルはパナソニックにもあるが、キヤノン、ニコンにはない。ただ、ニコンの1インチタイプにはあるが、既に終わっているシリーズ。もうない。まあ、ミラーレスでないと作れない形のためだろう。
 T100は一眼レフスタイル。その下位機はA7となるが、このシリーズは長い。ファインダーのないタイプで、一番安い富士のミラーレスだった。こちらはライカスタイルで、軍艦部はフラット。だからその上位機がE3だろうか。E3の上はプロ機だ。透視ファインダにもなるタイプで、これがいかにも富士らしい。それのコンパクトタイプがX100で、レンズは交換できない。最新機はZ100Fだろうか。あまり後継機は出ないので、サイクルが長い。このカメラはポケットに入る。35ミリ単焦点でF2の明るさがあるのだが、レンズの飛び出しはほとんどない。パンケーキレンズに近いが沈胴式ではない。電源を入れてもレンズは伸びない。最上位プロ機と同じようなファインダーを持っている。透視ファインダーにもなれば電子ファインダーにもなる。液晶は回転しない。これはE系がそれを引き継いでおり、カメラはファインダーで覗くいて撮すものだというような感じだろう。
 だから、富士中級機の中でもE系は渋い。ただ、電子ファインダーだけで、透視ファインダーにはならない。それなら、普通の一眼レフスタイでもいいのではないかというのでT10とかが出たのだろうか。今はT30まで行っている。ソニーα6000系と競り合うような感じ。
 最下位機A7は最近のもので、ファインダーがないので、T100よりもすっきりしている。系譜がE系のライカスタイルのためだろう。しかし、上に瘤がないだけで、大きなレンズを付けると、一眼レフで背面液晶だけで写すスタイルと変わらない。まあ、このスタイルが楽。
 T100から見ていけば、ざっとそんな感じで、富士のカメラでの位置が分かる。
 こういう大所帯のメーカーカメラの場合、中級機は中途半端なように感じられる。
 一番上か、一番下がよかったりする。分かりやすい。しかし一番上は値段的に無理なので、一番下になるだろう。
 しかし、富士のカメラの中で、特徴があるのはX100系。これはソニーにもパナソニックにもない。リコーのカメラがそれに近かったりするが。
 パナソニックにもそれに近いのはあるが、ズームになっている。
 T100に代わるカメラはいくらでもあるので、あまり特徴はない。あるとすればシンプルなデザインで、押し出しの低いカメラ。平凡凡々としているところが特徴だが、これは特徴の裏返しだろう。
 
 
 
■■ 2019年12月2日 月曜日 午前9時05分
 
 今朝は雨。久しぶりかもしれない。最近傘を差していないので。外に出ていないとき、雨が降っていたかもしれない。夜とかに。
 しかし、この雨のおかげでか、それほど寒くはない。雲が綿となり掛け布団でもしているのだろうか。日を遮るので、寒いはずなのだが、湿気と関係しているのかもしれない。だが、それほど暖かくはないのは、流石に冬に入ったため。ここで暖かいとなると、暦の面子が立たない。
 雨は小雨で、微雨。傘を差すまでもないほど。それに時々やんでいたりする。傘を差しても音がしない。傘からの音だ。パンパンとか音がするはずだが、しない。小粒のためだろう。
 今朝は珍しく少し早い目に起きてきた。最近では一番早いだろう。いつも遅い目なので、今朝は珍しい。あと少し早く目が覚めていたならもう一度寝るだろう。まだ早いと思って。逆に早い時間帯は今では慣れない。だから不安定な時間帯となる。毎日踏んでいる時間帯ではないので。
 それほど寒くはないのだが、朝の喫茶店の暖房が意外と強い。いつもの暖房温度かもしれないが、暑く感じる。これが梅雨時なら、冷房で寒いだろう。雨の降る日の冷房は寒い。これは夏前だ。
 12月も二日目になっている。まだ初日だと思っていたのが、違っていた。きっと月曜のせいだろう。月曜が始まりなので、勘違い。
 あとひと月すれば、今頃は正月の二日目。これはすぐだろう。10月から11月までの一ヶ月を振り返れば分かる。あっという間だ。
 しかし、年を越せるかどうかは誰にも分からない。一ヶ月後はとんでもないことになっている可能性は誰にでもある。今月と同じように、来月も来るとは限らない。
 
M−T100
 富士のミラーレスM−T100を調べている。
 コンパクト系が水中カメラだけになったのだが、これは二万円台ほどで買っているが、ネオ一眼もなくなり、淋しくなっている。
 それで、富士のミラーレスの中で、一番安いのを見ていたのだが、A7というのが一番安い。これはオリンパスやパナソニック、そしてソニーからも出ている一番安いタイプのミラーレス。ファインダーはないが、A7というのは液晶が馬鹿でかい。ただ横開きのみなので、自撮り用。これで腹のところに構えると不細工になる。縦開きでないと、やはり難しい。
 次に安いのがM−T100で、これは二桁台では初代になるかもしれない。ファインダーが付いたタイプはいきなり高くなるためだ。いきなり中級機になる。T30とかe3とかだ。そうなると本格的になりすぎて、面倒。いずれも富士独特の操作系になるので、操作そのものをしないのなら、問題はないが、ダイヤル類がただのアクセサアリーになってしまう。プログラムオートではなく、シーン自動認識オートがいい。何も操作しないのなら。
 T100というのはT20あたりの頃に出たのだろうか。あまりチェックしていないが、そういう簡単な一眼レフスタイルのミラーレスの安いのが出たことは聞いたことはあるが、調べてはいなかった。
 一番安いA系のA5か6の時期だろうか。A7の前の機種だ。このA系のファインダーのないタイプは近所の上新にずっとあったのだが、今はない。結構大きく重かった。レンズも飛び出しており、大きいが、安定感があった。最短撮影距離が結構短い。
 だからT200というのが出てもおかしくない。T20の次にT30が出たように。ただ、後継機を作るのかどうかまでは分からないが。要するに下の方の話で、上の機種での話ではないので、あまり話題にもならないだろう。
 しかし、このカメラ、じっくり見ていくと、実にあっさりとしており、しかもカメラらしい形をしている。
 まあ、富士のカメラはクラシカルなデザインが多いのだが、昔あったような形だが、何処を探してもないのだが。だからボディーそのものがイメージなのだ。
 そのクラシカルさはメタルカメラ時代だろう。AF時代のグリップが飛び出たタイプではなく。
 だからニコンで言えばFMとかFE。オリンパスは一寸違う。操作系が違うからだ。シャッターダイヤルがマウト部にあったのだから。
 だから、デスイズカメラという感じなのがT100のデザイン。略画に出てくる車とかカメラの絵に近い。メーカーは分からない。そんなカメラは実在しないが、カメラの形として、その雛形がイメージとしてあるような。略画と言うより、カメラマークのようなものだろうか。それがT100のデザイン。
 これを見て、なんと清々しいカメラかと思った。あっさりさっぱりしており、ペンタ部などは飛び出ているものの頭が低く、ダイヤル類も背が低い。背面も正面も真っ平ら。
 グリップが付属するようだが、それを付けなければ、レバー張り平野が広い。そこにセルフタイマーのレバーでも付いておれば、もっとカメラっぽいが、そういったレバー類やボタン類は最小限。
 ただ、巻き上げレバーの基部のようなところに操作ダイヤルがある。これは大きい。所謂電子ダイヤル。そしてシャッター皿とボタンと同軸に電源レバー。この位置がいいので使いやすい。片手で電源が入る。速写性がいい。人差し指の腹が切れそうになるのが、このタイプの欠点だが。
 あとは撮影ダイヤル。富士ならここにシャッタースピードダイヤルが来るところなのだが、Aの位置から動かしたことがない人なら、いらないだろう。
 キットレンズには絞り輪がない。いつもの富士の操作とは違い、一般的。キットレンズは電動沈胴式なので、電源を入れれば飛び出す。これは他社にもある。
 後ろから見て左側は、モードダイヤルとか、富士の上位機なら感度ダイヤルになるのだが、ここは大きなファンクションダイヤルのようなもの。同じようなダイヤルが二つもある。左右に振り分けられている。
 富士のカメラなので、一方は露出補正ダイヤルだろうが、そんな目盛はないので、何かを割り当てるのだろう。
 フルオートモードがあり、それに合わせておけば、どのダイヤルもレバーも、ボタンも押さなくてもいい。だから、分からなくてもいい。
 凄いのは三方向へ回転する液晶。これは最上位機にしかないだろう。それを譲ってもらったのだろうか。中級機にもないおまけだ。しかし、上下回転式だけだと自撮りが苦しいので、横開きによる自撮りが必要と考えて入れたのだろう。縦構図ローアングルハイアングルとかではなく、自撮り。目的が自撮りなので、大きな意味はない。
 この三方向だけはこっている。
 中級機のE系は液晶は固定だったり、T系の古い方はタッチパネルではなかったりする。
 T100、シンプルで安い最下位機だが、いいものを上位機からもらっている。
 そんなことよりも、板状のカメラを久しぶりに見る思いだ。このデザイン、形、スタイルだけでも十分雰囲気を出している。オリンパスのように精密機械的な尖った感じではなく、千円ぐらいのトイカメラのようなデザインなのだ。
 しかし、まだ隠された電子ダイヤルが縦に埋められていた。オリンパスのXAのような巻き上げダイヤルのような歯車。横ではなく、縦だが。これが手前側にある。だから2ダイヤル式で、マニュアル露出のとき、どちらかがシャッターで、どちらかが絞りの調整だろう。レンズ側に絞りがないのだから。それとシャッタースピードダイヤルもないのだから。
 この歯車のようなタイプ。押し込めば、違う機能に変わったりするのもある。
 ファインダーのないA7は上位機からジョイステックをもらっている。AF枠をこれで移動させたりできる。顔認識、瞳検知など、余計なことを止めるとき、これで止められるかもしれないし、また最近のAFは多点なので、何処にピントが来るのか分からない。被写体自動認識だが、富士の場合、コントラストの高いものに合わせるとなっている。だから、違うところに合った場合、取り消せる。ここが大事で、AFの早さよりも、取り消しなどのフォロー系が大事になってくる。まあ、タッチAFで別のところを押さえれば、済む話だが。
 T100は十字ボタンでそれをやることができる。一度十字キーの上を押せば、その後十字キーの方向に動くようになるのだろうか。まあ、一時的に中央部一点に戻ってくれればいいのだ。十字キーの真ん中を押せば中央部に戻ったりしそうだ。
 顔認識でAFが離さなくなり、その解除が分からない場合もある。
 つまり、このカメラ、大人しく、地味で、あっさりしたカメラのようでいて、結構上位機の美味しいところを取り込んでいる。しかし、そうは見えないところがいい。いかにも私は素人ですという顔のカメラで、本格的なカメラではないようでいて、大事なところは省いていない。
 まあ、ファインダーのないミラーレスでもいいのだが、ファインダー付きで、一番安いのを探していると、これにぶつかる。しかしファインダーは中級機と同じらしい。T30などと。
 まあ、T30などはそれほど大きなファインダーではないので、そんなものだろう。大きすぎると逆に構図が取りにくい。だから、あえて小さくするオプションもあるほど。
 こういう気楽でカジュアルで、あっさりすっきりとしたカメラは、使いやすく、出しやすい。
 キヤノンで言えばイオスキッスMだろう。ボタン類が少ないだけで、憩えたりする。
 このT100はキットレンズが付いてくる。標準ズームと望遠ズーム。平凡なものだ。A7の方は標準ズームのキットしかない。カメラが小さいし、キットレンズの望遠など使わない人も多いためだろう。ダブルズームキットで割安なので、付いてくると得した気になる。単体で買ってもこの望遠ズームは2万円ほど。オリンパスやパナソニック並みに安い。いずれも樹脂製マウント部で、本体も樹脂なので安くて軽いのだろう。
 数年前に買ったオリンパスの中級機からこの富士に乗り換えてもいい。
 最近夜の散歩などで、富士のコンパクト系のX100Sをポケットに入れて写している。このカメラは強い。単焦点35ミリで、レンズも明るい。ファインダーは透視ファインダーが使える。手ぶれ補正はない。
 受光素子はミラーレスと同じタイプ。だから夜景などは綺麗なものだ。ピントはかなり暗くても合う。もう結構古いカメラだが、最初から古そうなデザインだし、あまりオート化に走っていないので、ベースの箇所だけで写すタイプ。
 これをポケットに入れ、T100に望遠を付けたのを持って行けば、いい感じだろう。
 しかし、今年富士のデジカメを買っていたのを忘れていた。水中カメラだ。これでよかったりしそうだが。
 
 

■■ 2019年12月1日 日曜日 午前10時04分
 
 晴れているが寒い。昨夜は1度ぐらいまで下がっていたようだ。これは氷点下に近い。真冬ではないか。流石に12月から冬なので、最初から飛ばしているようだ。
 前日までは5度ぐらいは夜中あったような気がするが、それが1度になってもよく分からなかったりする。だから氷点下になっても分からないままかもしれない。これは寝ているため。朝、起きたとき、部屋は寒いし、着込んでもいない。それでも平気で布団から出てくる。このときそれほど寒くないのだ。布団の中にいたので、暖まっているためだろうか。当然すぐに寒くなるが、その前に暖房を付けるし、服も着る。
 昨夜は寝るときから毛布を掛けたので、最初から暖かい。当然下には電気毛布を敷いているので、メインの夏布団でも問題はない。このまま真冬まで行ってもかまわないかもしれない。今朝の気温が1度なので、その寒さに対応できたので。しかし、電気毛布がとろいので、強にしたが。
 晴れていて雲が少ない。やはり晴れている日は朝夕が寒い。当然夜も。
 昨日は続けていた夜の徒歩散歩をサボる。寒いので、出る気がしない。晩ご飯を食べたあと、少し横になったので、もう出る気がしない。いつもは少し横になったあと、さっと出るのだが。
 そのほうが、気合いが入り、寝るまでの時間、だれないでいい。だが、風邪を引きそうな感じなので、中止。冬になると、運動で歩いている人も少なくなるし、いなかったりする。懸命だ。
 今朝はまずまずの遅起き。相変わらずその調子でいくと夕方前に行く喫茶店が暗くなってしまう。夕焼けも終わり、僅かに残っている程度で、少しだけ明るい。夜明け前に近い。夜から少しだけ変化があり、周囲はまだ暗いが、空の隅っこだけほのかな明かりがある程度。この暗い目のグラデーションがよかったりする。一番明るいところでも、まだまだ暗い。そういうのを写すとき、完全に夜景だ。
 寒いのだが、服装はそのまま、中に着込まなくてもまだいい。それとこの前バーゲンで買った安物の薄い綿入りのようなジャケットでも十分。これはダブッとしているので、中に着込める。まだ、それは早い。
 風邪など引くと悪寒気味になるので、寒く感じるが、これは何を着ても寒い。悪寒だと。
 それにいくら着込んでも、もの凄い防寒着を身につけていても、限界があるようで、寒いときはやはり寒い。まあ、中に電気毛布でも巻き付けない限り。カイロのような部分的なものではなく、昔のホームレスがやっていたように蒲団を被ったり巻いたりして歩いているような。昆布巻きだ。
 しかし、寒いからと言って蒲団を巻いて歩けない。禁止されているわけではないが、綿入りを着れば、それは蒲団を着ているのと同等なので、蒲団を引っ張り出すことはない。それに店に入ったとき、蒲団を何処に置くかだ。ここで行儀よく畳んでも駄目。それ以前の行儀が既になくなっているので。ただ、坂本龍馬が暗殺された寒い夜のように、蒲団を被っているのはいい。自分の家の中なら。
 それと寒い避難所なども。
 だから普通の寒いだけの日に、蒲団を被って町に出ることは御法度。所謂社会通念。何となくできない禁じ手がある。
 しかし毛布はいい。毛布を肩にかけている人がいる。ただ正方形だろう。蒲団ではなく、毛布。やはり綿が入るとまずいのだろう。それと蒲団の柄。あれがいけない。特に和柄は。
 
 
 
■■ 2019年11月30日 土曜日 午前9時37分
 
 今朝も晴れている。晴れが続いているが、寒い。11月も今日で終わり、明日はもう12月。いつの間にかそんな月になっているが、知らないわけではない。月々で暮らしているわけではなく、日々単位で暮らしている。昨日と今日と明日程度の射程距離。一日区切りは分かりやすく具体的、寝る前は今日が終わる。はっきりしている。起きると昨日から今日になる。起きるという行為は必ずする。しないままの人もいるが。
 これは普遍性があり、世界共通。まあ、朝も昼も夜の区別なく寝たり起きたりしている動物もいるが、朝日が昇り、日が沈むのは知っているだろう。明るいとか暗いとかで。これが日々繰り返される。もの凄く具体性がある。ところが一週間単位となると、もう曖昧。一週間単位で起こることと言えば日曜日があるので、これが分かりやすいが、会社や学校と絡んでいたりする。店屋も。これも昔からあったことではない。時代劇小説に、今日は火曜日なので、などは出てこない。
 月は出てくる。時計代わりに使っていたためだろうか。これは具体的に見える。夜は暗いので、月明かりがあると有り難い。そして満ち欠けしているので、これもカレンダーになる。
 季節単位も分かりやすいが、三ヶ月単位なので、結構短い。しかし、暑いとか寒いとか、そういうのは具体的で、これも流れが分かりやすく出る。暑さ寒さがカレンダー。
 しかし、毎日やっている寝て起きての方がより具体的で、区切りとしては分かりやすい。一日単位と言うより、起きたところから寝るまでが一日だろう。これが最小単位で、ここだけはしっかりしている。
 だから11月はどうだったか、などは考えないと分からない。単位として広すぎるし、10月と11月との境目など分からないだろう。カレンダーでしか。
 具体的な変化がしっかりないからだ。まあ、行事とか、日付を記入するときは、具体的に変わるが。
 一週間もそうで、いつの間にかまた土曜日か、早いものだと思う程度。しっかりと分かっているのは日々を重ねているという程度。そして昨日が次々に遠くへ行き、そのうち忘れてしまう。それが二週間前だったか三週間前だったのかがもう曖昧になっている。これは二年前と三年前もそうだろう。二年ほど前だと思っていたら三年も前のことだったというのはよくある。分かっているのは昨日と今日のように、去年まで。その前の年はもう曖昧。
 いつの間にか年末近くまで来ていると言うことなのだが。それは分かっているし、知っているのだが、何故かいつの間にかなど、曖昧な言い方になる。急に数で区切られ割られるためだろう。それで振り返ると、あっという間になるが。
 これもまた曖昧で、善いことがかなり先にあるとき、日の立つのは遅い。なかなか月を超えなかったりする。
 当然嫌なことをしないといけない月や週は長い。
 遠足の日はなかなか来ないし、試験の日はすぐに来る。
 一日単位が分かりやすいのは、起きて寝るからだ。そのため、正月からあといくつ寝るとお正月になるわけではないが、一年分あるので、365回ほど寝れる。十分だろう。この場合のいくつは、10までだろう。10でも多いかもしれない。指折り数えられる程度。
 まあ、寝ているとき、もの凄く大きな中断があり、これは区切りとしては最も分かりやすいということだろう。そして動物的だ。
 昨日は少しだけ早い目に起きてきたので、朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩をした。まだ紅葉で綺麗なので、そこを自転車で回る。いつも走っている散歩道だ。紅葉というより、樹木がいい。しかも古木が多いので、スケールも大きい。街中にあるので、結構枝などが切られているが。
 カメラは偶然パナソニックのFZ1000を鞄に入れていたので、それで写す。1インチサイズの受光素子なので、それなりに綺麗に写ると言うより、ファインダーが大きく明るいのがいい。よく見えるので、自然物を写すときは、都合がいい。よく見える方が。
 まるで双眼鏡で覗いているような感じで、望遠にすると望遠鏡になるので、拡大して風景を見る感じ。
 だからこういういい風景はじっくりと見ながら写す方が充実する。写してはいけないものにカメラを向けているわけではないので、急ぐ必要はない。
 しかし、大木や古木が密集しているところはそれに圧倒され、切り取るのが難しい。一番それらしく見える美味しいところ。西瓜なら三角の一番尖ったところを食べるような写し方だ。
 まあ、分からなくなれば、広角端で、全体を大網にかけて撮すことになる。
 しかし紅葉は、そのあと昼の喫茶店へ行くまでに通る神社の境内のモミジのほうがよかったりする。これなら毎日その前を通っているのだから、出掛ける必要もない。
 そのときはソニーのネオ一眼で写した。ソニーのカメラは鮮やか。派手。鮮明。色が映える。
 しかし、その前に新品で買ったポケットサイズのWX800でも間に合いそうだった。新しいだけに、写りはこちらの方がいいし、ピントも合いやすい。そして処理時間も短いし、処理中も写せる。
 
 
 
■■ 2019年11月29日 金曜日 午前9時17分
 
 今朝はやっと晴れた感じだ。しかし、かなり寒くなっている。もの凄くではないが。
 陽射しがあっても寒いのだから、これは本格的だ。11月はあっという間に終わる。影の薄い月で、印象に残らないような月。ただしこれは気候だけのことだが。印象に残ることは季節に関係なくやってくるだろう。
 今朝は寒いので、少しだけ分厚い目のカッターシャツを着る。そしてこの前買った防寒ズボン。これはゴムは入っているが、ベルトのいるタイプなので、面倒。しかし、腹にしっかりとした筋のようなものが入っていると引き締まったりする。ゴムパンはクニャクニャだが、慣れると楽。
 今朝はまずまずの時間帯に起きてきたので、成績がいい。期待していなかったが、自然といい時間に目が覚め、一発で起きられた。昨夜は早寝はしておらず、少し遅い目に寝たのだが。
 夜は流石に夏の掛け布団ではスースーするので、毛布を引っかける。胸元まででいい。電気毛布は強のままだったような気がする。これは暑すぎるはずだが、それだけ気温が下がっているので、暑苦しくはなかった。五度を切っていたのではないかと思える。今後、この低温を常温になるのだろう。
 寒くなってからか、または時間的に合わないのか、自転車による長い目の散歩に出ていない。季候のよくなった頃に続けて出たのだが、それっきり。
 天気がよく、調子が良いときは、朝の喫茶店の戻り道大回り散歩をやることがあるので、それで終わってしまうのだろう。昼にもう一度長い目を走るという気にはならない。朝、既に散歩を堪能したのだから。だから晴れて調子が良い日は朝に潰してしまう感じになりやすい。
 まあ、日常移動距離内の道沿いだけでも十分だったりする。
 それで、遠くまでは出ない分、近くをより丁寧に見ている。狭いが深く。風景の詳細画面のようなもので、近所だからこそできることだろう。遠距離だとさっと通り過ぎるだけなので、丁寧に見ていない。
 日常、それは常の状態、何が常なのかははっきりしないが、昨日と同じようなことを繰り返していることだろうか。これが繰り返せるだけでもよかったりする。何か用事でもあると、様子が違ってしまう。
 変化は望むようでいて望んでいなかったりする。旅に出て戻ってきて、やはりいつもの家が一番と思うようなものだろう。元に戻るというのはほっとするはず。ただ、その元があまり居心地がよくなければ別だが。
 慣れというのは恐ろしい。悪い状態でも、慣れてくると、何とかなるものだ。また慣れ始めてきて、こなせるようになると楽しくなる。苦の中にも楽あり、楽の中にも苦ありで、晴れたり曇ったり雨だったりと、苦楽も常に変化していく。ただ季節は巡り、また春が来て、と青葉城恋歌のような歌詞になるが。
 
 最近一寸注目しているのは、富士の安いミラーレスだ。家電店で見かけないので、気付かなかったのだが、結構安い。
 X−T100というのがあり、これは電子ファインダーの付いているタイプで一番安い。トップはt1とかT2とかT3。中級機がT10とかで、最近ではT30で、これは話題になった。このタイプは一眼レフのような形をしているが、昔のメタル一眼レフのようなクラシカルなデザイン。小振りだ。
 xT100はその一番安いタイプ。
 富士と言えばライカのような形をしたタイプだが、その系譜もある。そしてそこにも上級機と中級機がある。一眼レフ風にペンタ部が飛び出していないフラットなタイプ。
 だからT100とかは、透視ファインダーも付いているタイプとは別系統。
 富士の特色は色目らしいが、しばらく使っていると緩和してしまい、慣れてしまい、特色だとは思えなくなったりする。他のカメラで写していて、富士で写したとき、色目がいいとは思うものの、ずっと富士ばかり使っていると、その特徴が薄くなる。
 T30などが評判になったのはフィルターのようなもの。これは富士のフィルムを模したものは以前からあったが、その中に映画のように映るタイプがあり、それが上位機にしかなかったのだが、中級機のT30にまで降りてきた。
 映画のような画質。すぐにはピンとこないだろう。これは色目を押さえフラットにしたような感じだが、それとはまた違うようで、それならただの軟調。どのカメラでもそれは調整できる。
 飛び出した色を抑えると、解説ではなっている。
 当然、そんなものは下位機のxt100などには入っていないが、単純明快な小型一眼レフという感じで、あまり凝ったものではなく、いつもの富士の操作系ではなく、一般的な操作系。
 富士のその操作系を嫌がる人でも、T100ならニコンでもソニーでもキヤノンでも、その一般的な操作系なので、分かりやすい。
 この一番安いファインダー付きのミラーレスなのだが、背面液晶は三方向に開く。上下の他に横へも開く。目的は自撮りだろう。だから普通に写すときは、上下回転式の方が素早く分かりやすいので、そちらがメイン。横に開いてからさらに回転するので、縦構図にも対応しているが、ファインダーで覗いた方が早いのではないかと思える。ローアングルハイアングル向きだが、余程下にあるもの、上にあるものでもない限り、ファインダーだけで覗いて写せるはず。
 街撮りするとき、顔がカメラにならないようにウエストレベル撮影するときにこそ回転式液晶は役立つ。
 このT100,あっさりすっきりしていていい。
 といいながらも今朝のお供のカメラはパナソニックのFZ1000。レンズ交換式のミラーレスになると、途端に不便になるのが難。
 
 
 
■■ 2019年11月28日 木曜日 午前9時30分
 
 今朝は曇っており、風が強く。そして寒い。要するに天気が悪い。幸い雨はやんでいるようだが、薄暗い空で、もう冬という感じだろうか。木枯らしのように強い風で、葉が舞っている。
 喫茶店に入ると暖房がしっかりと効いており、ほっとする。まさにホットだ。飲むのはアイスだが。
 寒いというのは分かっていたが、服装は特に変化なし。先日ユニクロへ行ったとき、冬物の目新しいのがあったので、見ていた。秋の初め頃に買ったウインドブレーカーのようなコート系にアンコらしきものが入ったものだが、特に特殊なものではなく、ユニクロのハイテクものではないが、馴染みやすいコート系だ。ポケットが四つ付いている。高いのはボコボコしていないダウンジャケット系で、そちらがメインだろう。だが無機的だ。
 ただ、その防寒コートのようなタイプ、フードが付いているのだが、羽根が付いている。これが余分だし、フードそのものも余分だ。しかも取り外しが効くので、さらに余計な者だ。これがなければもっと安くなるか、または首元の補強が増えたはず。そのフードは一体型ではないので、本体の襟はあるものの、それが薄い。ここが分厚い方が好ましい。
 それで、デザインは良いのだが、機能が今一つだったので、これはいいという感じではなく、まだましなタイプ程度。
 今朝は寒いはずなのに、それほど寒がっていないので、慣れたのかもしれない。気温は10度少しだろうか。さらに風が強く陽射しがないのだから、もっと寒く感じるはずなのだが。
 そして今朝は少しだけ早い目に起きてきた。昨日や、ここ数日よりもましな程度。しかも一発起きだった。また昨夜は夜更かしをしないで、早い目に寝ているので、それが効いているのかもしれない。
 ただ、早い目に蒲団に入ると、寝付けないことがあるので、注意が必要だ。
 夜の徒歩散歩はしているが、昨夜は小雨だった。暗いのでよく分からなかったが、しとしとと降っていた。傘を差してまで散歩には出ないので、この雨はないものとした。多少濡れたが、防水性があるし、大した降りではないので、問題なし。しかし、気温も下がりだし、雨なので、結構冷えた。
 
 今朝のお供のカメラはパナソニックの1インチネオ一眼FZ1000で、最近買ったお気に入りのFZ300の兄貴分だ。少し大きいが、似たようなもので、間違えるほど。どちらもレンズは明るい方だが1インチなので、それほど無理が利かないのか、望遠は400ミリまで。FZ300は600ミリまで。これでもネオ一眼としては大人しい望遠だ。600ミリで止まってしまったのは全域F2.8なので、それ以上のズーム比は無理なのかもしれない。
 FZ1000は400ミリまでだがF4の明るさを維持している。広角端はF2.8なので、これもまずまず。400ミリでF4というのが効いている。
 400ミリしかないが、デジタルズームで1600ミリまでいける。だから400ミリしかないという感じがしない。ズームはイケイケで、境界線がないようなもの。自然にデジタルズーム域に入っていたりする。
 FZ300は暗いところでも感度は3200で頑張れているのはレンズが明るいため。
 FZ1000は1インチタイプなので、高感度側がさらに伸び1万を超えるので、楽に写せる。これで1600ミリまで伸ばしての薄暗いところでの撮影も、画質はそれほど悪くならない。1インチタイプの恩恵だろう。平気で写せる。そして背景のボケがかなり入る。
 この二つのカメラ、ほぼ同時期に出たカメラだろうか。FZ300には初代があり、FZ200として出ていた。かなり前だ。FZ1000は初代。1インチタイプが流行りだした頃に出ているが、今年fz2000が出たので、FZ1000は消えた。中古で見ると、かなり下がっている。
 FZ2000だったか、FZ1000マーク2だったのかは忘れたが、どちらにしても地味な後継機。まあ、出てからしばらくなるので、映像エンジンの積み替えをしたのだろう。それとファインダーをさらに見やすくしたことだろうか。今でも解像力は高く大きなファインダーなので、見やすいのだが、端っこや斜めから見るとぼんやりしたところができる。まあ、じっくり見ないと分からないが。
 FZ2000の値段は現役のパナソニックミラーレスの正統派G8とほぼ同じ。レンズを付けての値段だが。そのキットレンズは24から120ミリだろうか。望遠が足りない。
 G8には後継機があり、それがG9だが、これは飛ばしすぎて、高くなりすぎたので、G99が出た。これがG8の後継機に当たるようだ。動画に強いタイプとは別系列。
 その後継機G99に高倍率標準ズームを付けるとα6400などの値段と同じになり、結構高い。
 1インチタイプのFZ1000のあとに出た後継機のようでいて、少し違うのが出ていた。1インチタイプのネオ一眼なので、後継機だと言ってもいいのだが、動画に強いタイプになっている。だからミラーレス系と同じ二つの路線がある。動画に強いタイプはかなり高い。
 それで、FZ2000が出たので、やはりこれが型番的にもFZ1000の後継機だろう。それほど高くはない。動画に強いタイプは高い。ただ、ズーム比が少しだけ伸びており、さらにズームしてもレンズが伸びないし、ズームしてもピントが変わらないのが優れている。こちらはFZ1000の上位機に相当するらしい。ズーミングしてもレンズがせり出さないのがいい。
 
 
 
■■ 2019年11月27日 水曜日 午前9時40分
 
 今朝は曇っており、肌寒い。雨が降りそうな気配だ。陰っているのではなく、太陽がない。青空も。だから曇天。町も暗い。まあ、冬は町も暗くなるのだが、曇っている日はなおさらだ。
 今朝はまずまずの時間に起きてきた。一発起きだ。二度寝はない。少し早い目に寝たためだろうか。その前日夜更かししたためか、睡眠不足気味だったのか、昨夜は遅くまで起きていられなかった。それで早い目に寝たのだが、寝付きはよくなかった。しかし、横になっているだけでも体力のHPは回復するだろう。
 寒さはそれほど厳しくはないが、このあと寒くなってくるらしい。まだ夏の掛け布団。電気毛布は付けているが、とろい。それでもまだいける。掛け毛布を用意しているのだが、前回寒かった日にかけただけで、常用ではない。本当の寒さは、この前にもあったが、ここ数日は暖かい目。だからこの雨などのあと、寒くなるものと思われる。それに、その頃はもう12月で、立派に冬。暦の上からも冬なので、冬の気温であってもおかしくはない。例年のことだ。
 昨日は夕方行く喫茶店が夜になっていたので、その戻り、ついでにスーパーで買い物をする。食材が切れていたので。平日の遅い目なので、レジは混んでいなかった。
 白菜、ホウレン草、人参。ついでに弁当も。厚揚げや豚まん。練り物や大根。厚揚げは四つ入りの三角。これが安くて固い。一度に使わないので、冷凍する必要がある。
 練り物は魚の厚揚げ型。だから三角。これは練り物コーナーにあり、ちくわなどが並んでいるところ。ちくわも魚なのだが、そうは思えないほど。
 ここでおでんセットを買えば、大量の練り物が安く手に入るのだが、魚率は低そう。
 練り物にも色々あり、さつま揚げや加賀揚げなどがある。いずれも野菜などが仕込まれている。魚と野菜なので、いい感じなのだが、魚の気配が分かりにくい。
 豚まんは二つの専門店が争っている。蓬莱か天心かは忘れたが、そこにパン屋系が乱入。パン屋系は安いが小さく具も少ない。551もある。駅の売店などにあったような気がする。それと餃子と。
 豚まんがご飯で餃子をおかずにして食べる。どちらも中に入っているのは同じようなものだが。それにどちらも小麦粉で包んでいる。この小麦粉がご飯だ。だから既に完結した世界なので、ご飯とおかずを同時に食べているようなもの。
 しかし豚まんの方がパンらしさがある。パン屋は豚まんを作るが、餃子は作らない。
 要するに豚まん、ピザまん、肉饅。このあたりは完結したご飯になる。あんまんは少し別だが。あんまんは温かいあんころ饅頭に近くなりすぎる。紅白饅頭を食べきれないように、あんまんは厳しい。
 蒸かして丁度いいパンなので、玄米パンのほやほやに近いかもしれない。
 ロバのパン屋の前は、玄米パンのほやほや屋が町内を回っていたのだろうか。蒸かしパンだ。暖かいので冬場のものだろう。焼き芋屋と重なるが、同じ人がやっていたりする。
 今はスーパーなどの大型宅配車が来ていたりする。今のところ注文製だが。
 また軽ワゴンで回っている八百屋のようなのもある。豆腐屋もある。
 
 夜の徒歩散歩は寒いがまだ続けている。昨夜はパナソニックのGF1初代に望遠電動ズームを付けたのを持ち出す。パナソニックのレンズで、キットものではなく、単体で買ったのはこの一本だけだ。かなり前に中古のG5を買った後に、買っている。今は中古で9千円ほどで出ている。買ったときはもう少し高かったのはレンズも付いていたためだろうか。しかし、そのレンズもかなり安いのだが。こちらも電動だ。これはレバー式で使いにくいがパンケーキタイプだ。
 G5に付けていたときよりもGX1に付けたときの方が写りがいい。やはりボディーが新しいためだろう。しかし、GX1も結構古いので、中古で安い。それを以前買っていた。今はGX8だが、初代からの流れではGX7マーク2かマーク3だろう。形はソニーα6000タイプ。ここでも家電同士の戦争だ。当然ハーフサイズのパナソニックミラーレスの方が安いし、中古での値崩率も高い。
 だが、このGX1初代のピントはよく合うし、写りもかなりいい。レンズも電動ズームの望遠といういつの時代のものなのか想像は付くが、動画用だろう。このコンビで薄暗いところを写すと成績がいい。
 GX系なら、GX7マーク2が安いのではないかと思える。店頭でかなり落ちていた。マーク3は高いが、電子ファインダーが回転するので、初代からの流れではこれだろう。
 付いているキットレンズで分かる。標準ズームが付くか、ライカの50ミリ相当の明るい標準単焦点レンズが付くかの違いで分かる。
 それよりも、このカメラ、持つと手に吸い付く。昔のリコーのコンパクト系の名機のように。それより大きく重いので、心地よい重さと感触が伝わる。
 ストリートフォト機とされているだけに、街中の生活範囲内で取り出しても違和感が少ない。大袈裟な機材ではないので。
 これに電動望遠ズームを付けると、ライカ望遠風。筒が細いのでスマートだ。ここはハーフサイズの恩恵だろう。レンズの口径が小さく、目立たない。
 パナソニックミラーレスは最近は目立たなくなったが、操作性などは、ライバルのα6000系よりもいい。
 GX1初代にこのレンズを付けて暗いところを写したが、手ぶれ補正は十分効いている。しかし、レンズ内補正だけで、しかも2.5段分程度。今はボディー内補正だけでも五段あるし、レンズ側と合わせれば、ということで、手ぶれに強いのだが、レンズ式2.5段でも十分。
 パナソニックのデジカメ、その後あまり調べていないのはハーフサイズ系ミラーレスが黄昏れ始めたためだろうか。
 軽くて小さな富士へ走ったり、AFの凄いソニーへ走ったりするし、キヤノンもある。
 だからオリンパス、パナソニックは何か沈み込んでいる。
 さて、それを持っての夜の散歩だが、猫がいたので写す。問題なく写せる。望遠で。
 
 
 
■■ 2019年11月26日 火曜日 午前10時20分
 
 今朝は曇っている。昨日も曇っていたが、雨にはならなかった。降りそうなほど空が暗かったのだが、持ったようだ。
 そして昨日もそうだが、少し寒くなっている。風が強いだけかもしれないが、その影響も大きい。ある日とない日とでは体感温度が随分と違う。それよりも実際に気温は下がっているようで、ここ数日暖かかったためだろう。これで例年に戻るのかもしれない。さらに寒くなっていくはずだが、まだ暦の上では秋。11月なので。あと数日で12月となり冬になるが。このあたりは秋らしい日と言うより、冬が入ってきている秋なので、境界線、繋ぎ目があるわけではない。区切りはない。
 だが、日々は、ある区切りがあり、それは日ではなく、ある時間帯からだろう。ガクンと寒くなったりする。ここは区切りがある。徐々にではない。だからそれほど滑らかなものではないが、それは日々で、季節単位ではない。
 少し寒くなったのだが、それほど防寒への考慮はなく、配慮もしていないで、外に出ている。昨日と同じ服装という意味だ。これは布団から出たとき、それほど寒く感じなければ、そのままでいい。ここで先ず体内寒暖計で分かるので、この感覚がノーマルなら、そのままでいい。ノーマルとは、まあ、いつもと同じという感じで、異常なし。ただ、そのいつもは変化しており、同じではないのだが。
 昨日の異常は今日の日常だったりする。
 昨夜は夜更かしだったので、今朝は遅い目に起きてきた。当然のことで。これで早い目に起きてくると一日がしんどいだろう。しかし、もの凄い遅起きと言うほどでもないので、昨日と変わらないかもしれない。どちらにしても夕方が早く来て、その時間帯に行く喫茶店が辛い。それで昨日は近所の喫茶店へ行った。
 夕方の喫茶店から戻ってきて、しばらくしてから近所のスーパーへ行くことがあるのだが、そのスーパーへ行く時間帯に喫茶店に行っている感じ。だから、野菜とかおかずなどの食材が切れてしまう。まあ、似たようなものはコンビニにもあるので、一日ぐらいは問題はない。
 夕方行く喫茶店にもスーパーはあるが、大きなスーパーなので、しかも夕方で混んでおり、レジに行列ができる。これが面倒なので、その時間は行きたくない。
 そのすぐ近くに生協があり、こちらもスーパーだが、ガラガラ。レジも並んでいない。まあ、大きい目の食材だけを抜き出したコンビニのようなものになっている。レジで並ばなくてもいいが、袋をくれない。
 今朝はいつもの喫茶店が定休日なので、その近くの高い喫茶店へ行く。これが毎週のことになった。週に一度だけ来る客だ。ここへは正月にしか来なかったのだが。そのため、毎週正月が来るようなものだ。
 
 今朝のお供のカメラはパナソニックの旅カメラTZ95。分かりにくい型番だ。ネオ一眼は85だったりするので、紛らわしい。
 TZ95は今年出たカメラ。ポケットに入る700ミリ越えの高倍率ズーム機で、普及機。先日買ったソニーのWX800と同じ路線だが、WX800の上にもう一台ある。本当はそちらとライバル関係だが、WX800の方が小さい。700ミリ越えタイプとしては世界最小最軽量。こちらの方がポケットカメラ、懐刀カメラらしい。
 一方パナソニックはTZ85はライカ風。ファインダーがあるので、それを覗きながら写せる。そのためか、カメラが大きく重くなり、夏場はそれを入れるポケットがなかったりするほど。以前よりも大きく重くなっているが、持ったときの感触は高級車のように安定している。もはやコンパクトとは言えないが。ファインダーが大きくなり、解像力も上がり、一昔前のミラーレスのファインダーよりいい。
 昨夜は薄暗いところでのカメラ比べをしていた。こういうのは一眼レフやミラーレスならいとも簡単にピントが合うし、露出も追従するだけの感度もあるのだが、コンパクト系になると、しんどくなる。
 それで、色々なカメラで試していたのだが、ソニーは暗いと合いにくい。合わないわけではないが、時間がかかる。それと合いやすいところを狙わないと、なかなか合わない。
 ソニーはピントさえ合えば、露出は合成で昼間のようにい写してくれるので、見事なものだが、まずは合わないと話にならない。
 ニコンは頑張っているがフルオートでは感度の上限が早いので、無理。だからプログラムモードに入れ、3200まで上がるようにする。しかし、これではまだ足りない。2分の1秒程になるが、もの凄く手ぶれ補正が効いており、1000ミリ近いところでも何となるのは凄い話だ。コンパクト系だが手ぶれ補正五段というのは凄い。
 パナソニック系はフルオートでも感度の上限まで上がるので、切り替えなくてもいい。上限と言っても3200しかないので、足りないが。それでもピントがよく合うし早い。これは見事なものだ。じわじわと合うのではなく、さっと合う。
 ここで一番強いのはFZ300だった。これはネオ一眼だが、一発で合うし、3200までの感度しかないので足りないはずだがレンズが明るい。全域F2.8が効いており感度二段分ほど、これで稼げる。
 TZ85はあまり望遠にしなければ、何とかなる。
 それでドキュメンタリー系というか、どんな状態でも対応しやすいカメラ。
 TZ85はコピーライカ風で、本物のライカよりも往年のライカに近いのではないかと思えたりする。レンズもライカが付いているし。
 つまりパナソニック対ソニーの戦いはライカ対コンタックスの戦い。どちらもパッチものかもしれないが。
 
 

■■ 2019年11月25日 月曜日 午前10時19分
 
 今朝は暖かいが、曇っており、空が暗い。かなり暗いので、雨かもしれない。雨が降る前のムッとした空気。それで暖かいのかもしれない。湿気があると言うことだろうか。こういうときは裏地がさらっとしたダウンジャケット系がいい。裏地の滑りがいい。毛が立ったタイプはこういう日は蒸れやすい。それほど暑くはないが、痒くなりそうだ。
 スーツなどの裏地のあのツルッとした感じが良いのだろう。暖を求めて裏に毛を貼り付けたものも良いのだが、湿気ているときは、着心地が悪かったりする。
 寒い日、白いカッターシャツを着るとき襟が冷たいだろう。あの朝の感触というのが、引き締まるのかもしれない。まあ、気を引き締めて出掛ける用事などない場合は別だが。だが、その冷たさも悪くはない。当然冬場はマフラーが必要だ。
 このところ気温が高い目だが、そろそろガクンと気温が下がり、寒くなるはず。暖かくなる前の寒さよりもさらに寒いのが来るかもしれない。
 今朝は安っぽいダウンジャケットだが、これがダブッとしているので、着心地が良い。当然裏地はツルッとしている。僅かだがアンコが縫い込まれているのだが、頼りないほどボリュームがない。防風防寒の表示はなかったのだが、防水だけはあった。防水があるのなら、風も防ぐだろう。アンコの量は少ないが、防寒も可能だろう。
 今朝は防寒ズボンは履いていない。夏場も履いていた綿のズボン。これが寒いと感じたのだが、ここ数日の暖かさで、これで十分。先日買った防寒ズボンは重くて窮屈。そして意外と後ろが寒い。背中側だ。
 ところが綿のゴムパンは背中が寒くない。背中の下、腰の上あたりだろうか。そこが防寒ズボンの場合スカスカして隙間風が入って来る。
 これはベルトで止めているためだ。しかし、背骨の下あたりで浮いている。相撲取りの回しの後ろ側の帯の部分、さっと手を突っ込まれるほど緩い。指が簡単に入る。これではまわしを取られる。後ろ回しを。
 ところがいつも履いているようなゴムで止めるタイプのゴムパンは開かない。生地も柔らかいためだろう。隙間が出ない。ピタリとゴムで閉まっているのだ。これが盲点だ。
 この腰の上の背骨の下あたりはカイロなどを貼る場所。ここが冷えると寒いためだ。骨を冷やすなと言う感じ。まあ、肉や脂肪が少ない場所なので、冷たくなるのだろう。腰を冷やすな、というのはここだろう。
 まあ、そのベルト式暖パンも、分厚いシャツなどを着てズボンの下に入れると、何とかなる。腹巻きだ。
 ズボンというのは腰に来る。腰が敏感に反応する。そのあたりで止めるし、境界線のためだろう。腰と裾。端と端だ。その境目がポイント。
 だが、この暖ズボン、重いので疲れる。
 それで、ジャージ風なのを見付けている。その暖ズボンよりも高い。ただのジャージなのだが、高級ジャージズボン。当然上もある。どちらも高いがスポーツ用に特化したトレーニングパンツではない。普通の街着として履けそうな感じ。これを注目したのは腰のゴムのボリューム。その幅の広さと弾力。
 まあ、スポーツでも腰を痛めたりする。相撲取りの回しのように腰をしっかりと絞めたものが良いのだろう。腰へのテーピングのようなものだ。
 まあ、このタイプのズボンは部屋で毎日履いているし、実際にはパジャマだ。
 女性が履いているスカートのようなズボンが案外暖かいのかもしれない。かなりゆったりとしているタイプだ。足首まであるスカートの股を割ったようなもの。
 だから、ジャージズボンもピタリとしたものではなく、ゆったりとしたものがよかったりするが、スポーツと矛盾する。
 
 今朝のお供のカメラはキャノンのネオ一眼SX70で去年の年末近くに発売され、すぐに買ったので、一年近く使っていることになる。
 21ミリから1400ミリ近くある高倍率ズームで、ファインダーはイオスM系と同じだとされている。だからコンパクト系ネオ一眼のファインダーとしては大きく精細。これが気持ちがいい。
 動作は早く、ズームも早く、操作性に関しては申し分ない。まずまずの大きさ重さなので、鞄の中に入れていてもずしり感がない。当然、持っても重いという感じはない。カメラの大きさから比べると、持ったとき軽く感じる。
 先日中古で買った五年前のソニーのネオ一眼に比べると、AFの自動化が進み、バタバタしている。自動認識だ。余計なものを掴んで離さなかったりする。そんなときは十字キーの左を押せば一点AFになる。終わらすにはもう一度キーを押す。これはフルオートのお任せモードのときだけ。他のモードでは専用ボタンがあるので、そちらでやる。
 要するにAFの自動認識を止める機能がしっかりとある。これがないと、思っているところにピントが来ないのだ。
 自動認識は囲むタイプで、被写体を枠で囲む。その大きさは被写体の大きさにより、まちまち。これはそのままミラーレスのイオスMと同じ仕掛けだろう。
 最近は枠で囲むのではなく、より細かく分割された小さな箱が複数つくのになっているが。
 一年ほど使った感想は、安定感があることだろう。凄い写りをするわけではないが、白飛び黒つぶれが比較的少なく、階調が結構広い。露出も安定しており、荒れない。
 自転車に乗って、少し遠くまで出るとき、何でも写せるカメラを持っていきたいもの。何と遭遇するか分からないので。そんなときはとりあえず、このカメラを持って行く。ただ、別のカメラを新しく買った場合は、そちらを持って行くが。
 特に機材へのこだわりがない場合、これを鞄の中に入れる率が高い。何を写すか分からないのだが、なんでもこなせるのがこのカメラ。ただ、暗くなると厳しいが、移動範囲内の日常的な明かりがあればフルオートでも写せる。感度は800ほどで止まるが。それより暗い場所になると、プログラムモードに入れて感度を3200に上げないといけないが。
 感度800でも対応できない暗さの場合、フルオートだと暗く写る。スローシャッターのリミットを超えるためだろう。手持ちなので8分の1秒あたりで止まり、その下へは行かないので、暗く写るが、水銀灯などはそのまま写る。
 まあ、ズームが軽快で素早く、ファインダーも見やすく、さっと写せるので、ちょい写しで、さっと撮すときのスピード感は軽快。
 
 
 
■■ 2019年11月24日 日曜日 午前9時57分
 
 今朝も昨日に続き暖かい。気温も高い目。夜も10度を超えているので、寒さはまし。
 今朝ぐらいの気温なら秋物がちょうど。しかし、すぐにまた寒くなるので、秋物を引っ張り出すのが面倒。すぐにまた引っ込めるので。それで暑いとは思いながら、分厚いのを着ていたりする。
 しかし、まだ着る機会があると思っていたネルシャツに裏毛が付いているタイプを着る。これは普通のカッターシャツと同じデザインなので、首元が寒い。しかし、先日買った化繊オーバーよりも暖かいのではないかと思えたりした。これは重さだろうか。化繊オーバーはほんの僅かだがアンコが入っている程度。そして防水性があること。そして一番は首が暖かいこと。顎まで隠れる。しかし、綿入りよりも裏に毛の生えているタイプの方がどうも暖かいようだ。
 これで冬物コート系、ジャンパー系はダウンジャケット系と裏地系との戦い。これは毎年繰り返されているように思える。裏に毛や突飛が出ているタイプで表地が綿が良いのではないかと思える。どうも化繊は頼りない。ただ、そうなると少し重い。オーバーはウールが本命だが、これが重い。
 まあ、ネルシャツの毛羽だったようなのが暖かかったりする。化繊でもいいので偽ウール地で毛羽だったものなら、暖かいかもしれない。そういうのを一冬ずっと羽織っていたことがある。防水性も何もなかったが。寒いので下に毛糸のセーターを当然着ていたが。
 それと似たものがユニクロで定番としてあったのを思い出した。裏に毛は生えていないが。
 今朝はまずまずの時間に一発で起きてきた。二度寝はない。これがもう少しだけ早く目覚めると、まだ早いと思い、二度寝しただろう。今朝は二度寝すると、遅起きになる可能性が高いので、起きたようだ。相撲の立ち合いと同じで、待ったなし。一回で立てた。これが寒いとそうはいかなかったかもしれない。
 11月も終わりに近い。すぐに12月の声を聞くだろう。紅葉云々と言っているが、それもさっと去る。サクラの並木道の葉がまだ赤く残っている間は秋だろう。これが全部落ちると冬。こういうのは分かりやすい。下手な天気予報よりも、おおよそのことが分かる。
 昨日は久しぶりに和風ファミレスへ行く。小さい目のばら寿司、小さい目のそば、そして天麩羅の小盛り盛り合わせ。これは100円台だ。海老も入っている。魚はアジだったが。レンコンとサツマイモ。いずれも小さい。
 ミニそばは天かすが目一杯入っている。これはハイカラうどんとか、ハイカラそばとか呼んでいる部類。そこまで多く天かすを乗せていないが、ワカメが加わる。これも結構量が多い。だからハイカラそばとワカメそばを合わせたようなもので、ネギも結構入っていた。ここに先ほどの天ぷら盛り合わせの海老を入れることで、天麩羅そばになるが、正確には海老天麩羅ハイカラワカメそばということになる。
 そういう豪華なことをしていた。その状態にそばに盛っても、まだ天ぷら盛り合わせは使い切っていないので、豪華だ。そしてご飯が欲しいのでばら寿司、これはちらし寿司のこと。大した具は入っていないが、錦糸卵と青い豆が目立つ。それと紅ショウガ。赤、青、黄とバラエティー。グリーンピースは緑と青の間ぐらい。黄色みが少ないので、青に傾いているが、実際には緑。
 天麩羅を取ると、天出汁を入れてもいい権利が生じる。これは魔法瓶の中に入っており、小皿があるので、それで入れる。これはすましのおつゆとして飲める。味噌汁を取る必要はない。和風スープだ。天麩羅につけて油っこくしなくてもいい。そのままこの出汁を飲むこともできる。
 だが、ご飯のおかずにそばやうどんをつけるのは、出汁があるためだ。だから味噌汁を取る必要がなくなる。
 土曜日の夕食時のファミレス。一人客は誰もいなかった。そして自転車で来ている人も。
 
ニコンZ50発売開始
 このカメラはフルサイズミラーレスとは兄弟で、同じマウント。そのためか、デザインも似ているが、かなり小振り。ニコンらしい堅実な造りで、グリップの飛び出しを恥ずかしいとは思わず、堂々とつけ、クラシックイメージなど無関係なカメラ。まあ、普通のカメラという感じで、特に何処がどうのという特徴はなさそうだが、そのあたりがニコンらしい。飛び出したところ、新機能、などはあまりやらないのだろう。
 一眼レフタイプのDシリーズの二桁台、つまり中級機レベルに相当するようだ。だからこちらが持っている一番安いニコンの一眼よりも上の機種。ただ、一眼レフと、ミラーレスとでは比べにくい。
 ミラーレスの優位性は暗いところでもファインダーが明るく、ピントを合わせやすい。
 一眼レフだと中央一点の場合、何処にその一点があり、何処が中央なのかが暗いと分からない。ファインダーに黒い線で、それなりの枠は引かれているのだが、暗いのでその線が見えない。半押しするとランプがつき、中央部がやっと分かる。多点測距なら何処かにあたって合うことが多いが。その測距点の多さがミラーレスの良さだが、コンパクトデジカメのように、最初から中央部に見えやすいマークがあれば、あてがいやすいのだが。
 しかし、この新発売のカメラ15万か16万しているはず。ダブルズームキットだが。キャッシュバックが2万あるので、12万から13万ほどだろうか。それでソニーのα6400とかと並ぶはず。
 キヤノンのミラーレスよりは高い目なのは、新しいためだろうか。
 ただ、この新マウントのレンズが少なく、キヤノンのように高倍率ズームキットはなく、その存在がそもそもまだまだで、このカメラ向けのレンズはキットレンズの二本だけだったりする。当然フルサイズミラーレスマウントのレンズも使える。だが大きく重い。
 今まで使っていたカメラのように、簡単に乗り換えられないのは、レンズがないためだ。そのうち出てくるだろうが。
 それで、久しぶりにD3400を出してきて、少し使ってみた。いつものレンズではなく、高倍率ズーム。
 これはシグマとタムロンを同時に買っている。サンダ対ガイラの戦いで、タムロンが勝ったのだが、敗者復活戦で、もう一度試してみた。
 今度は不思議とシグマが勝った。こちらの方が高いし、塗装も良いし、ズームリングも軽いので、操作はいい。少しだけ重いが。そして望遠端が、少し短い目。ただ、最短撮影距離は驚異的で全域で35センチ。
 28から400近いタイプで、これを超える短さのはないだろう。何せ全域なのだ。だから望遠端でも30センチ台。当然レンズ先端からではない。だから望遠側だとフードをしておればすれすれに近い。
 タムロンとの再試合で勝てたのは、暗いところを写したとき、シグマの方が明るく写る。設定は同じで、レンズを変えただけなのに。
 さて、こういうレンズがZ50ではすぐには付けられない。一眼レフの中級機に買い換えるのとはわけが違う。マウントが変わるためだ。
 Z50はミラーレスで軽く小さいが、一眼レフの3400もかなり小さく軽い。世界最軽量現役機はD3500。だから小ささ軽さではミラーレスとの差はなかったりする。
 ニコンとキヤノンはまだ、こういった軽い一眼レフを出し続けているのだが、ミラーレス人気に食われてか、ぱっとしないが。それだけに結構安い。レンズは中古で腐るほどあったりするし。
 それとバッテリーの持ちが良い。千枚以上写せる。ただし純正のキットレンズとの組み合わせだが。
 つまり、レンズ内手ぶれ補正なので、そこで電気を食うのだろう。それと当然AFもモーターで動かすので。一番食うのは液晶だろう。一眼レフなので、液晶は一切使わなくてもいいが、メニューを繰ったり、プレビューで見ることはある。
 ただ、最近の一眼レフは、ミラーレスにもなる。鏡がなくなるわけではないが、上げてしまい、使わない状態にするのだろう。そのため、切り替えるとミラーアップ音が鳴るが。
 だからシグマのレンズなどを付けて、400ミリ近くで35センチまで寄れるというのは、ニコンやキヤノンなどの一眼レフでないとできない芸当。ペンタックスマウントもあったような気がするが。
 高倍率ズームは良いのだが、広角端で寄れない。35センチなら、そこそこ寄れるので、広角マクロもしやすくなる。
 今朝はそのニコンとシグマで朝の喫茶店まで向かったのだが、やはり一眼レフのファインダーは写真を写しているという雰囲気になる。一眼レフの良さはこの光学ファインダーとミラー音にあったのではないかと思える。ミラーの瞬きと振動、これで写した手応えがし、盛り上がる。
 要するに具体的な物理的なものに触れると言うことだろうか。
 
 
 
■■ 2019年11月23日 土曜日 午前9時44分
 
 今朝は晴れていて暖かい。暦の上では秋晴れだろう。モミジがやっと街中でも赤くなり出した。これは庭木のモミジでも品種が違うのだろう。赤くなっていても茶色く、色も映えないのをよく見かける。今朝はしっかりと赤いモミジを見た。違うところの庭木だ。だから、品種が違うのだろう。また、モミジだと思っていたら、違っていたりするかもしれない。赤くなるのはモミジや楓だが、どれが楓なのか分からなかったりする。実際には見ているのだが、それが楓だと気付かなかったりする。モミジほど有名ではないためだろう。
 近所で色付いているのはサクラが多い。桜並木が多いためだろう。モミジ並木など、あまり聞かない。あとはイチョウ並木。こちらはまだ、まっキイキイにはなっていない。これは大きな葉が付いたりする。そして形も分かりやすい。
 それで、今朝は朝から既に紅葉狩り。まだ喫茶店まで着く前の道筋だ。これで十分ではないか。
 しかし、先日から真冬のように分厚いのを着ているので、今朝は暑く感じる。着ている枚数は同じだが、それぞれが分厚い。寒さよりも暑くてバテたりしそうだ。
 今朝はまずまずの時間に目が覚めた。かなりいい時間で、納得できる時間だが、もう少し蒲団に未練があるのか、もう少しだけ、そのままの状態を維持していた。これは寝てしまうことになるのだが、確実に二度寝となった。確信犯だ。それで目が覚めると、怖いことになっているのではないかと思い時計を見るが、まずまずの遅い目の時間で、悪くない時間だ。この時間なら前日の遅起きから比べるとかなり良い方だ。普通に戻れたような。
 昨日なども夕方前に行く喫茶店が夜になり、面倒なので、近所の喫茶店にした。それで往復が早いので、時間をそこで取り戻した感じだが、それでもまだ夕食は遅い目。昼を食べたのが遅いので、腹がすかないのだろう。
 まあ、目覚めは分からない。何時頃起きるのかは、起きてみなければ分からない。ただ、良い時間帯に目が覚めているのに、また寝てしまうことがある。
 まあ、よく寝る方が良いので、早起きする必要はないのだろう。
 
FZ85
 ソニーのネオ一眼の写りが凄いので普通のミラーレスなどもタジタジになるほどいい感じで、それらを超えるほどの写りをするので、これは怖い話だ。これで五年前のカメラとは思えない。
 そのため、他のカメラと比べても、今まで持っているカメラが負けてしまうほど。
 しかし、ここに隠し球ではないが、隠れたる名機がまだ残っている。これは以前にも言っていた意外によく写るカメラで、パナソニックのFZ85というネオ一眼。誰もそんなカメラなどマークしていないだろう。しかし、結構新しいのでカメラ屋へ行けば普通に並んでいるが、キヤノン、ニコンに隠れて、目立たないが、それなりに安い。
 ところがスペックを見ると20ミリ始まり。そして1200まであり、デジタルズームをオフにしていても、2400まで行く。これは劣化しないとされているもので、まあ倍だから、行くだろう。その程度は。
 ソニーのネオ一眼は24から1200でキヤノンは最新機は21ミリから1400ミリ近いので、ここはキヤノンが強いが、レンズ開放は普通。ソニー、パナソニックはF2.8と明るい。
 さらにパナソニックは望遠端でもF5.8で、ほとんどF5.6で1200ミリとしては明るいだろう。これで感度が6400必要なところが3200で済む。それと手ぶれ補正が、このカメラは強い。画面がピタリと止まるのだから、それだけでもブレて画質を損なう率が低くなる。
 感度は大したことはなく3200あたりで止まる。しかし、お任せモードのフルオートでも3200まで感度が上がるので、切り替えなくても良いので楽。
 そしてさらに良いのが最短撮影距離。望遠端で1メートル半というのは凄い。ソニーは2メートル半を超えるだろう。
 そういうことを考えると、意外と凄いカメラなのだ。そして写りは普通。特によくないが、特に悪くはない。目立った特色がないのだが、暗いところでも何とかこなす。
 それと意外と素早い。起動は瞬時。そしてすぐに電子ファインダーを覗いても営業中で、ワンテンポの遅れがない。これは自動切り替えがないためかもしれない。普通は電源を入れれば背面液晶が見える。そしてファインダーを覗いたとき、切り替わるので、この切り替えで少しだけ間があり、営業していないときがある。このカメラは、幸い手動切り替えしかないので、早いのだろう。
 たとえばキヤノンミラーレスのイオスMなどは、ファインダーを覗いても、すぐに見えない。ワンテンポある。高いはずのミラーレスの方が遅い。安いネオ一眼の方が早い。
 そしてすぐにズームレバーを引くとさっと動く。ソニーは少し間があったりするが、それほど遅くはないので、気にならない程度。しかし、一寸モタッとしてからズームが動く。
 電子ファインダーは今のミラーレスのそれを覗いた目からすると、粗いが、見えないわけではない。
 AFもよく合い、暗いところを苦手としない。カメラが新しいので、最新のパナソニック式空間認識なんとかのコントラスト式が効いているのだろう。結構早い。
 まあ、普及タイプのコンパクトカメラレベルなのだが、意外とよく写るし、条件が悪くても、平気な顔。
 それでソニーのネオ一眼の写りも凄いのだが、画質的はそこそこのカメラの方が撮しやすかったりする。
 20ミリF2.8というのを手軽に使えるのもいい。電源を入れたとき、その状態なのだから。F値はこのタイプのカメラはほぼ開放でしか撮さない。解放が一番綺麗なためだろう。余程明るいものに向けないと、絞らない。だから一番画質のいい開放から動かないので、最適だ。これで、絞り優先などのモードはいらない。最初から開放のままになっているようなものなので。また絞っても深度はそれほど変わらない。
 際立ったところがない平凡なカメラだが、意外と操作性がよく、しかも条件が悪くても写るし、画質もまずまず。まあ、こういうタイプのカメラに画質は誰も期待しないのだが、意外とよく写っている。しかも条件の悪い状態でも。
 
 

■■ 2019年11月22日 金曜日 午前10時42分
 
 今朝は曇っており、空は暗い目。気温はよく分からないが、おそらく寒いのではないかと思われるが、曇っている日はそれほどでもなかったりする。雨の日とかも。それと今朝は風がないし、冷え込みもないようだ。。
 既に真冬の格好をしているので、この格好で寒ければ、真冬に着るものがなくなる。
 これは例年のことで、冬の初めはもの凄く寒いと感じ、早い目に冬仕様に変えるのだが、冬に入ってしまうと、それほど寒くはなかったりする。慣れもあるのだが。
 今朝などは分厚い目のネルシャツや、毛糸のセーターなどを着込んでおれば、上はペラッとしたパーカーでもいけそうな感じだ。鎧のようなダウンジャケットを着なくても。雨除け風除けのウインドブレーカーで十分かもしれない。
 昨日はやっと防寒ズボンを買ったのだが、意外とスリム。中に反則技のスポンジのようなものが仕込まれているとは思えない。しかし、それだけに細く感じる。デニム地の紳士ズボンのような感じだが、ピタリしすぎてか、股が苦しい。
 寸法直しが必要なようだったが、そのままにする。生地を切られるのがもったいないというわけではない。LサイズでもSサイズでも値段は同じなので、また、切った生地はもらえるはず。腕章として使えそう。
 裾を数センチ切った程度では、ズボンを削られたとかと思う人はいないはず。それよりも、レジだけで済まないで、もう一度来ないといけない。それが面倒なだけ。
 しかし、松の廊下ではないが、長袴状態になる。それで歩けないかというと歩ける。そうでないと城中をウロウロできないはず。ただ、この服装では活発な動きはできない。ところが刃傷沙汰となる。
 それよりも冬場、自転車に乗ると足首が寒い。靴下をはいていても寒い。自転車に乗ると足首が見えるためだ。だから長い目のズボンだと、まだ隠れている。
 つま先まで隠れるのではないかと思えるほど長いが、靴を履くと靴の口当たりで止まる。地面まで行かない。だから塊ができるが。ズボン溜まりのように。
 足首に袋でもつけているのかのように。これが結構暖かい。これで、足首がスースーするというのが緩和。切れないで残しておいた方が、得なのは、こういうとき。当然普通に歩いているときも、地面を擦るようなことはない。だから折らなくてもいい。折ると反則技のアンコが見えたりしそうだが。
 だが、股ぐらが窮屈なのが気になる。一応伸びる生地とは書かれているが。ベルト式のため、やはりゴムパンがゆったりはけて良い。
 いつもはいているズボンは柔らかくて緩いゴムパン。こちらの方がよかったのではないかと思えたりする。だが、少し薄いので、寒いことは寒いが。
 冬の後半、普通の綿の分厚い目のズボンをはいていたが、これが意外と寒くなかった。中にアンコを入れなくても、いけるので、普通の冬向けのズボンで十分だったりする。
 それよりも今朝は遅起きとなり、かなり厳しい時間。まあ、寝不足気味に早起きをするより、納得できるまで寝て、そして起きてきたときの方が好ましい。無理のない起床ということでは。
 
 

■■ 2019年11月21日 木曜日 午前10時07分
 
 今朝は晴れており、風がないためか、気温は低い目だが体感温度はいい感じ。だから寒く感じない。
 風がないだけで、これだけ違うのだろう。しかも昨日に比べ、雲が少なく、陽射しも十分。空が荒れていないということだろう。
 昨夜は結構寒く。二灯の電気ストーブをフルにつけた。以前は一灯のポール状のものだったので、それ以上暖かくならなかったが、去年買ったのは二灯なので、もう一段暖かくできる。それと、タイプが違うらしく、こちらの方が暖かいというか、差はあまり分からない。逆にスイッチを入れてから少し間がある。すぐには暖かくならない。
 10度を切り、夜中は5度を切り出すと、これはもう冬そのものなのだが、まだまだ冬としては序の口。だが、この口が寒い。真冬にこの温度だと暖かい方だろうが、今は真冬よりも厳しく感じたりするのは序の口のため。初っぱなはそんなものだろう。
 今朝はまずまずの時間に起きてくることができた。かなり早い時間帯に目が覚めたのだが、ここで迷った。このまま起きれば結構な早起きになる。もう一度寝ると、昨日のようにもの凄く遅い時間まで気付かずに寝てしまう可能性もある。幸い今朝はまずまず遅い目の目覚めで難なきを得た。こればかりはコントロールできない。目覚まし時計をつけるほど大切な用件があるわけではないので、そこは自然な目覚めに任せている。意外とこれは正確で、前日と同じ時間内に目が覚めたりする。ただ、大きく狂うこともあるが。
 寝起き行くいつもの喫茶店はすいている。喫煙室は無人だった。これがもう少し早い目に行くと混んでいる。いずれも何らかの用事で来たとき、寄るのだろう。そのためきっちり同じ時間帯に来ている定期便の客が多い。時間固定客だ。
 紅葉シーズンだが、近所の紅葉を見ている程度で、これといった場所には行っていない。自転車で少し足を伸ばせば良いのだが、そのタイミングが掴めない。遅起きとかや天候や体調などで。体調は気分の問題が多いが。まあ、少し風邪っぽいと、それを理由に出るのを諦める。迷っているときなどで、行かない方を選ぶ方が楽。行楽といえども楽ではない。
 近所の寺社、特に神社は境内に入れるので、そこの紅葉などを写す方が手っ取り早かったりする。神社といっても村の神社。土地の人にしか関係しないような。氏子がいるので、氏神様だろう。
 城などはなくなっても、こういうのは残る。しかも村単位にある。まあ、自治会レベルの規模だ。全員の顔が分かっているような。
 昨日は寒かったので、防寒ズボンを見に行った。そういうコーナーがあり、そこに並んでいるのだが、以前よりもましになっている。1980円で防寒ズボンはあるのだが、ツルッとしたタイプで、裏に毛羽立ったものが付いている。くにゃっとしたタイプ。
 そうではなく、表地がジーンズのようなタイプや、普通の綿のズボンのようなタイプが増えている。裏側だけ反則をしている感じ。普通のズボンなので、芯があり、形がある。
 それと最近のズボンは寸法直しがいらないので、500円ほど浮く。待たないといけないし。それが嫌なら折れば良いのだが。
 ウエストサイズと股下サイズから選ぶタイプと、単にLMSから選ぶタイプがあり、後者が楽。ただウエストサイズから選ぶタイプでも、それほど種類が多いわけではなく、結局数段階で、数字の一番小さいのがSサイズになる。
 昨日買いそびれたのは良いのが二種類あったためだ。値段は同じようなもの。ただ、ポケットの位置が太ももの横ではなく、少し下腹部に近い側にある。Gパンほどには前に来ないし、かなり深くて大きいので、気に入った。大きい目のデジカメでも簡単に入りそうだ。井戸のようにポケットが深い。
 しかし、スリムタイプ。絵札を見ると、自転車の絵。足首に絞りはないが、細い。ここは袴のように広い方がよかったりする。チェーンカバーがあるので、引っかかったりしない。だが、常に擦れているが。
 そして色は黒っぽい方が良い。汚れやすいので、汚れがすぐに分かるので。それと日焼けして、ハゲてくるし。だから濃い紺系がいい。明るい茶色は汚れが目立つ。
 どちらにしても綿生地の表地なので、がっしりしている。ポリエステルの方が軽いのだが、クニャクニャ。
 それと裏地のアンコだが、毛が生えているのが多かったが、スポンジのようなものに変わっていた。突起のないタイプ。
 夏用の綿ズボンが今なら1000円台まで落ちている。この前まで履いていたタイプだ。そちらもSML式なので、さっとレジへ持って行けば、それで済む。こういうのは履きつぶし、汚れたり、破れたりするので、安いのを履き替え続ければ良いのだろう。まあ、作業着のようなものなので。
 
 カメラ方面は少し目先を変えて富士を覗くと、ファインダーのない一番安いミラーレスが結構よくなっている。液晶だけなので、贅をこらしており。解像力は200を越えている。普通は100を超えれば上等だが。しかも3.5インチある。ただ、十字キーなどがあった場所まで右側にはみ出しているので、その機能を液晶タッチでこなすのだろう。スマホ的感覚だ。ただ、富士の最新カメラなので、AFスティックボタンがある。多点測距はミラーレスの花だが、ここというところに合わない。そこでできたのが、AFボタン。これで任意の箇所までボタンというかレバーのようなものを動かして移動させる仕掛け。
 この富士の普及系ミラーレスはオリンパス、パナソニックにとって脅威だろう。受光素子が大きいので、それだけも有利なのだが。ソニーは高いが、富士の普及機は安い方。
 ただ、液晶は横開きになる。その前のバージョンは上下式だが。
 AFは暗いところでも強いのは、昔のネオ一眼系の富士のカメラでも証明済み。中央部一点のときのピント精度は確か。
 まあ、手かざしや、半手かざしで、斜め上からのぞきながら液晶だけで写すのも悪くはない。液晶しか付いていないので、この最新の富士のは贅をこらした液晶で、かなり明るいようだ。明るさよりも、反射で見えなくなるのだが。
 

 
 
 
 
 


■■ 2019年11月20日 水曜日 午前10時53分
 
 昨夜からぐっと寒くなっている。今朝も寒いが晴れており陽射しがあるので、ましだが、風がある。昨日もあったように思うが、これが寒い。
 軽い化繊のオーバーでは頼りなく思えるほど。中に毛糸物を着込む必要があるようだが、これは真冬だろう。12月いっぱいはそこまで寒くならないはず。手が悴むほどの寒さ。それが来るまではまだまだ。
 いつの間にか喫茶店での暖房はあたりまえのようになってきた。この前まではエアコンが寒いと言っていたのに。
 道行く人は真冬の服装ではなく、冬の服装。どう違うのか。それは記憶の中にある。防寒度が弱か中程度。秋の深まった頃に着るようなタイプ。鎧のようなごっついのを着ている人はまだ見かけない。
 最近はダウンジャケット率が低くなっている。ここ数年だ。表生地がフワッとした柔らかそうなのを着ている人が増えている。ジャージの分厚いようなタイプとか。
 ナイロン系ダウンジャケットから偽ウール系ダウンジャケットへ移っている。偽なのが今風。本物は重いため。
 昨夜は夜の徒歩散歩に出たが、風が強くて、すぐに鼻水が出た。そして途中で一枚写真を写そうとしたが、メモリカードを入れ忘れたのか、警告。それで、引き返した。
 そしてカメラに入れて、再び出たが、寒いところを、同じ道を、また歩く気がしない。それでコースを変え、コンビニへ。ちょうど煙草が切れていたので、それを買いに行くだけとなり、散歩という距離ではなくなった。ここへはいつも自転車で行っている。近いのだが、歩かないで、自転車。これは弁当などを温めてもらったとき、少しでも冷えないうちに持ち帰りたいためもある。煙草は温めなくてもいい。逆に火を付けるが、暖房にはならない。
 徒歩距離のコンビニだが、近いだけに、時間がかからないだけに、より早く往復したいのだろう。それで、自転車が多い。
 しかし、煙草はまだ切れていないので、少し余裕があった。用事が必要なので、煙草をネタにした。ついでにポテットチップスを買う。これで戻ってから憩える。
 今朝はかなり遅起きになった。一度朝方目が覚めたが、まだ暗い朝。起きれるような時間帯ではない。しかし、次に起きたときは、もの凄く遅い時間になっていた。途中で目が覚めることもなく、そのまま二度寝三度寝を繰り返したときのように遅い。だから、いきなりの遅さ。
 これは寒いためだろう。一度目が覚めたとき、毛布を使った。電気毛布だけでは寒かったので。これで安眠できたのだろうか。
 いつもなら、昨日起きた時間近くで、一度目が覚めるのだが、それがない。
 こういうのに任せていると、寒くなれば冬眠せよということになってしまう。
 まあ、昨夜は夜更かしをしていたので、いつもより、寝る時間が遅かった。だから原因はそこにある。
 
 今朝のお供のカメラはパナソニックの1インチネオ一眼FZ1000。これは中古で買ったのだが、今は三万円ほどで中古で普通に出ているので、安くなったものだ。
 FZ1000マーク2がこの春出たので、そんなものかもしれない。ただ、話題にならない。同じようなスペックで、変わり映えしないためだろう。しかし、1000が出たのは五年前。2014年だ。古いと言えば古いが。25から400の大人しいネオ一眼。ただ、当時としてはファインダーが大きくて鮮明で、当時のパナソニックミラーレスのGシリーズと同程度だと思われる。
 五年ぶりにマーク2が出たのだが、改良点はこのファインダー程度しか目がいかない。ズーム比は伸びていないし、レンズの明るさも同じ。だから同じレンズを使っているのだろう。映像エンジンが五年も経つので、当然最新のものが入っているのだろが、バージョンは明記されていないが、これは最新のG9と同じものではないかと思われる。
 ファインダーは覗いてみないと分からないが、解像力が同じなので、覗くときの接眼部のレンズがよくなったのだろう。斜めから見るとぼやけるので。また接眼部から少し目を離しても見えるようだ。ロングアポイントだろう。像倍率は0.7倍と結構大きくなっている。それと電子ダイヤルが増えている。使わないが。それと液晶がタッチ対応になったことだろう。だから、今風なスペックを持たせたので、時代から取り残されている場所を補給した感じ。
 また少し軽く、小さくなっているが、僅かなので、分からないだろう。
 有り難いのはUSB充電ができるようになった。
 キヤノンからも1インチネオ一眼が出ていたが、古いままで、マーク2はない。パナソニックは2を出したので、まだ見捨てないで作っているのだろう。頑張っているのはソニーで。600ミリまである。それとAFはソニーらしいタイプ。これが一番優秀な1インチネオ一眼だろう。しかし競い合うメーカーが僅かで、キヤノンは黙ったまま。かろうじてパナソニックが2を今年出して検討している程度。
 要するにソニーとパナソニックの対決となっている。パナソニックはもう一つ上位のネオ一眼を出しており、こちらは動画向け。ここでソニーのネオ一眼との差をぐっと開ける感じだろう。動画ではパナソニックが強いと言うことで。
 たとえばズームで画角を変えてもピントは維持するとかだ。そして無制限に回せる。熱だれしないで。
 これはミラーレスでもG系と、動画系の、上位機のシリーズが並んでいるように、ネオ一眼でも、同じようなことをしている。
 ポケットに入る1インチタイプの高倍率機も、ソニーは健闘しており、200ミリまでのRXを出している。ライバルは当然パナソニックの300ミリ超えの同タイプ。ファインダーも内蔵しているので、スペック的には互角だが、ここでも最新のAF機能でソニーが有利だろう。それに小さく軽い。
 要するにこの二社しか出していないようなことになってしまった。キャノンは黙っている。1インチネオ一眼を以前出したきり、静か。
 つまり家電メーカーが頑張っていると言うことだ。
 そしてレンズはライカとツアイスの対決。
 パナソニックが有利だとすれば、400ミリまでの望遠だがソニーよりも軽いことだろう。ソニーは1キロほどある。パナソニックが勝てるとすれば800グラムで、これはこなせる重さだ。それと値段。ソニーはパナソニックの倍以上の値段で20万円近い。この値段、1インチタイプではもったいないほどで、フルサイズミラーレスが買える値段だろう。また、高い目の一眼レフなどが圏内に入る。それと、移り変わりの激しいデジカメなので、すぐに古くなる。
 だから、新製品でもそれなりに安いのを買い換え続ける方がよかったりする。
 
 

■■ 2019年11月19日 火曜日 午前10時27分
 
 今朝は晴れている。昨日は曖昧な日で、雨が降っていて、暖かかった。寒いのではなく。珍しく昼間の気温が20度近くあった。最近は15度あればいい方だったので。雨のおかげかもしれない。
 それで冬の気配はしなかったのだが、その雨の前は寒さがあった。これは秋ではなく、冬のものだと思われるような空気の冷たさ。それで、冬物の一段暖かい目のを買っていたのだが、それでは昨日は暑いほどだった。
 昨夜は少しだけ夜更かしをしたのだが、これは秋の夜長に近い。そのおかげで今朝はかなり遅起きになった。最近二日ほど早い目に起きていたのだが、台無しだ。しかし、いい案配で目が一度覚めたので、そのとき起きておればよかったのだ。起きる気だったが、少し休憩した。間を置いた。布団の中で休憩とは寝ることではないか。
 まあ、早く起きても、昨日などは夕方に行く喫茶店は遅い目で、早起きした分は何処へ行ったのかと探したほど。
 時間に余裕があると、ゆっくりするのだろう。そして余計なこともしてしまうので、結果的には帳消しになる。逆に遅起きのときよりも、夕方が早くなったりする。その間、有為なことをしておれば、まあ、いいのだが。しかし、何が有為なのかは分からない。ただの余計ごとかもしれないので。
 今朝は火曜なので、いつもの喫茶店は定休日。今週はそれを覚えていたので、店の手前で思い出すのではなく、出るときから分かっていた。週に一度の変化。週間の習慣だ。毎日ではなく、毎週、というのは長い。忘れやすいので、習慣化しにくいのではないかと思える。
 11月も下旬に差し掛かっている。もう12月はそこだ。すると年末がそこ、ということにもなる。
 最近また目がよくなったのか、部屋のパソコンモニターを裸眼で見ることが多くなった。老眼鏡の度数を落としたのだが、もう一つ落とさないと裸眼で見ているのに近い感じで、眼鏡をかけている意味がなくなったりしてくる。当然裸眼で見ている方が楽。だが、しっかりと見えているわけではない。
 システムフォント文字の小さな文字がかろうじて見える程度。まあ、近付けば見えるが。動画や写真などは裸眼との差はない。だから裸眼で見ている。
 老眼が進んでいるはずなのだが、それが止まり、逆流しだしたのだろうか。少し離れた二メートルとか三メートル先、テレビなどを見る距離で、部屋の壁を見るような距離だが、それが裸眼でしっかりと見える。これは何だろう。
 こういうのは急に気付いたわけではなく、いつの間にか、見えていることに気付く。そういえば裸眼で見ていたなあ、と。
 このあと急激に視力が落ちる可能性もある。徐々に目が悪くなるのなら、分かりやすいのだが。
 眼鏡を忘れて、喫茶店でノートパソコンを開いたとき、ほとんど見えなかったのだが、今はワープロの大きい目の文字なら、何とか判別できる。ただ、最近は眼鏡を忘れたことがないので、試していなかったが。しかし、老眼鏡がないと、やはりしっかりとは見えないが。
 昨夜は雨なので、夜の徒歩散歩は中止。最近寒くなっていたので、もうやめようと思っていた。しかし、習慣とは恐ろしいもので、出る癖が付いたようだ。そうでないと、何か忘れているような感じがする。
 徒歩散歩で夜景を撮るのが目的になったのか、それで引っ張られるのだろう。それで、雨で出られないので、部屋の中でカメラの試写をする。
 前の日の昼間、鳥を見付けたので、写したのだが、結構遠いので、望遠がいる。こういうときはニコンのP900なら2000ミリが効くので、これが一番ふさわしい。しかし、その日はニコンの一眼レフに望遠を付けたものを偶然持って出た。400ミリ少しあるので、風景なら十分なほどの望遠だ。風景だけなら200ミリあれば、不足はない。
 先日中古で買ったソニーのネオ一眼は1200ミリ。最近はこれをよく持ち出していたのだが、デジタルズームで2400ミリになる。画質の劣化はあまりないが、ブレやすいのは確かだし、ピントが大きい目の中央部一点になるので、何処にピントが来ているのか分からない。電子ファインダーの解像力も低いので、よく見えない。
 それで、昨夜はニコンのP900の2000ミリを4000ミリになるデジタルズームにしたが、これは超解像とかではないようで、ただのトリミングだったのか、かなり粗い。それ以前にブレる。だから、これはデジタルズームが使えないので、その機能はオフにする。まあ、2000ミリはただでさえぐらぐらするので、それが限界だろう。
 意外と健闘しているのは600ミリまでのパナソニックのネオ一眼。1400ミリあたりまでは普通に写っているので、驚く。三倍にまで上げると、流石に苦しくなるが。このカメラは連写合成とかをしなくても、暗いところでも平気で写せる。感度は3200以上上がらない。あとはレンズが明るい目なので、それで補っているようなもの。
 こちらはデジタルズーム域になってもAF枠などはそのまま使えるので、何処にピントが合っているのかが分かりやすい。
 次は同じパナソニックの1インチタイプのネオ一眼。400ミリまでしかないが、デジタルズームで強引に2000ミリ越えをする。こちらは感度は1万を超えるので、暗いところでも対応。それにレンズも明るい方で望遠端でもF4。
 600ミリまでのFZ300の兄貴分のFZ1000なので、写りは1インチタイプの方がいいが、デジタルズーム比べではFZ300の方がノイズが少なかったりする。ファインダーもスペック的には1000の方が上だが、見え方は300の方が色が濃くて分かりやすい。
 だから良い電子ファインダーに変えたFZ1000マーク2が出たのだろう。
 写りの鮮やかさではソニーが派手で、見栄えがする。そして2400までいけるのが強い。
 FZ1000は1インチタイプなので、一眼レフのように望遠側では結構ボケてくれる。これも良いかメラだ。
 
 

■■ 2019年11月18日 月曜日 午前9時09分
 
 今朝は曇っている。青空はあるのだが、雲が多い。それで陽射しがない。太陽の位置は何となく見える。雲の後ろ側に。しかし、その雲が灰色で、これは雨を持っているかもしれない。だから、降ってもおかしくない。
 雨の日は気温は高い目になるのか、今朝は寒くない。夜もそれほど寒くはなく、夜の徒歩散歩も楽だった。
 そして、朝。温度はいい感じで、冬の格好をしていると、暑くも寒くもない。丁度いい感じ。快適であることを感じないほど普通。つまり暑さ寒さを感じない。だから、快適かどうかも感じられないことになるが。
 快適であることが分かったのは、寒くないと感じたときだろう。雨が降りそうなときの、ムッとするあの感じだろうが、この時期だと暖房になる。
 二日続けて朝の喫茶店からの帰り道大回り散歩で紅葉を見てきた。前日行ったところと同じコースだが、カメラが違う。それで同じものを写したわけではないが、同じ場所でも、前日写さなかったものを写している。そうでないと、同じ写真ばかりになるだろう。それよりも紅葉の写真そのものが同じようなものになり、重なってしまうものだが。
 こういうのは一枚あればいいのだが、花もそうで、同じ花ばかり写していることがある。一度写した花は来年まで写さなくてもいいのだが。
 前日はソニーで、昨日はペンタックス。これは写りが対照的。ハイビジョンのデジタル絵のようなソニーと、フィルム時代のような写りをするペンタックス。この差は大きい。
 しばらくソニーで写していたあと、ペンタックスで写したものを見ると、故障したのか、変な設定になっていたのかと思うほど。
 小さな受光素子のソニーの方が遙かに鮮明で綺麗に写っている。しっかりと、鮮明に。実に鮮やか。ところが受光素子の大きなペンタックスの一眼レフは何かくすんでいる。しかし、後で見ると、穏やかで、しっくりしている。絵が眩しくない。だが軟調とは少し違うかもしれない。画質を見るのではなく、写真その物を見るような感じだ。つまり写っているものを見る感じ。
 まあ、フィルム時代に近いモードを持っているカメラもあるが、ペンタックスは初期値がそれになっていたりする。しかし、本来、こういう写り方だったのだという感じがする。ぼやっとしているように見えるのだが、よく見ると、しっかりと解像していたりする。地味で大人しい絵だ。
 まあ、ぱっと見はソニーの方が綺麗なので、分かりやすいが。
 そのどちらのタッチも悪くはない。どちらがいいとは言い難い。どうせ自分で書いた絵ではなく、カメラで書いてもらった絵なので。
 流石に今日は三日続けて遠回り散歩はしないつもり。帰りが遅くなるので、その後押し気味になるため。それに曇っているし、雨も降りかけているので。
 本当はもっと遠出したかったのだが、そちらは昼の喫茶店のあと。だから朝の喫茶店のあと、もう十分写したので。
 今度晴れて行く気があれば、長距離自転車散歩にまた出たいところ。最近も行っているが、結構近い場所で、早い目に引き返している。
 最初から遠くを目指せば良いのだが、途中の町で留まってしまい、距離が伸びない。伸ばすと、滅多に立ち入らない遠くへ行けるのだが。
 最初から露地伝いに、裏道ばかり行くので、普通の大きな道をひたすら走れば、伸びるのだが。
 まあ、紅葉などは見に行かなくても、いつもの移動範囲内に日常の中にもある。特別な場所ではなく、普通の場所に。
 
 
 
■■ 2019年11月17日 日曜日 午前9時12分
 
 今朝も晴れている。晴れが続いているので、好ましいが、寒くなってきている。当然の気候なので、あたりまえの話だが。しかし、その変化はやはり変化で、あたりまえの変化でも、具体的に身体に来るので、これは動物的な反応をするだろう。ここはあたりまえだという意識が働かない。それが起こってから頭で整理する程度。この寒さはあたりまえだと。
 しかし、昨夜少し気温はそのあたりまえの寒さよりもやわらいでいたように思う。あたりまえの変化も外れるのだ。それも気温の変化というあたりまえの流れで、右肩下がりに寒くなり続けるわけではなく、季節は行きつ戻りつというのを知っている。だから、これもあたりまえの範囲内かもしれないが、いちいちそんな整理をしていない。寒さがましなら、助かるという程度。
 ただ、そういうことを頭で考えなくても、何となく分かるのだろう。ただ、その程度の問題なら気にも留めないが、少しだけ、一瞬だけ気付く程度。おやっと思う程度。
 今朝は昨日よりも少しだけ早く起きてきたので、これだけでも朝の喫茶店までの道は寒いだろう。朝から昼にかけて気温は上がり続ける。晴れていれば、大体そうなる。だが、ある程度上がってからと、まだ上がり始めた頃とでは違いがある。
 それで、今朝は寒いと感じたりするが、これは間違いなのか、あたっているのかは曖昧。いつもの時間に出ておれば、暖かい朝と感じるはず。だから今朝も寒いというのは、誤解しているのだろう。全体的に見ればそうだが、そのとき寒いと感じれば、それは嘘ではない。その寒さが間違っているわけではない。
 これもあとで、寒いのは早い目に外に出たためだということで、解決するのだが。そんなものを解決しても大したことはない。ただ、こういうことは暑さ寒さ以外のことでも起こっていることだろう。
 それで早い目に喫茶店に来たので、自転車が多い。客が多いのだ。もう少し遅らせれば、ぐっと減る。これはパチンコ屋との関係だろうか。開店前のかなり早い時間から、来ている人達がいるのだ。
 それと、客ではない人が止めている。そのあたりの道には止められない。だから私有地に止める。
 昨日は早起きではなかったが、晴れているので、喫茶店からの戻り道に紅葉を見に行った。いつものコースなのだが、最近は遅起きだし、寒いので、いつもは行かない。毎日寄り道していたこともあるが、寒くなると、行く気がしなくなる。自然だ。素直だ。
 神社前を通ると七五三客が複数いた。それなりの服装をしているのは子供だけで、親は普段着。何組も来ているのか、臨時の受付のようなのができていた。
 三歳まで生きれたというのは、喜ばしいことだ。昔は子供が生まれても育たなかったことが結構あったのだろう。無事三年、無事五年、無事七年。もうあとは余程の病気か事故でも合わない限り、いけるだろう。小さい子は小さい子で身体の変化などで忙しい。誰もが通ってきた道だが、三歳では忘れている。五歳でも記憶になかったりする。
 さて、紅葉だが、モミジはまだ真っ赤になっていなかった。そのコースにモミジが少ないこともあるが、樹木の種類が多いため、あまり見かけない木の紅葉を見ることができる。単に萎れているだけで、開いていた葉が丸まった状態では姿が悪い。猫背だ。
 モミジはぱっと赤ん坊の手のように張っている。凄く平面的なので、写しやすい。
 まあ、紅葉の始まりがけという感じなので、出遅れたわけではなく、早すぎたのかもしれない。これも偶然で決まる。毎日通る道筋ではないためだ。
 昨日はソニーのネオ一眼HX400Vを持って行ったが、これがまた派手な写りをするので、丁度よかったのかもしれない。ただ、木の葉などの細かいものがびっしりあるところでは、タッチがざわつくが。それよりも、遠くにある美味しいところだけをくりぬけるのが望遠の強さ。1200ミリまであるので、普通の一眼レフで普通にできることではない。しかも片手で写せたりする。しかし、これはまだ序の口で、デジタルズームで2400ミリまでいける。そこまで伸ばすシーンはなかったが、このデジタルズーム域へはズームレバーでイケイケなので、自然に入ってしまう。この余裕がいい。
 今朝はペンタックスの一眼レフを持ってきたので、それで写すつもりだ。こちらはしっくりとした落ち着いたタッチになる。そしてボケが綺麗。ただ、あまり鮮明さはない。だがファインダーは光学式なので、自然の光をそのまま見ることができる。ミラーレスの電子ファインダーではできない。
 こういう性格の違うカメラを使い分けると、それぞれの良さや悪さが見えてくる。こういう樹木系、森系はペンタックス向き。
 ポケットにはソニーの旅カメラを忍ばせている。こちらで写した方が綺麗なのだが、あまり写したという気がしないのが欠点。
 
 

■■ 2019年11月16日 土曜日 午前9時55分
 
 今朝は晴れているが、寒い。しかし陽射しがあるので、それを受けているときは暖かい。日陰に入ると、寒い程度だが、数日前からの寒さは底冷えを感じる。つまり底堅い寒さ。ベースの寒さだ。寒さに根が生えてきたのだろう。
 しかし、先日買ったポリエステルシンプルオーバーは結構暖かい。ハイテク防御だ。その恩恵は軽いことだろうか。軽さは正義だという場合もある。最優先で、最大の価値になったりする。軽いとか小さいとかが。
 一番効いているのは首元。これを確認して買ったのだが、顎まで上がる。そこまで上げないが、上がることが大事。まだ余裕がある。この生地が軽いので、窮屈さがない。締め付けられるようなとか、首が怠くなるようなとかが。冬の厚着は肩がこる。結構重いものを着ているためだろう。荷物ではないが。まあ背負いバッグ、リュックなどを長く背負っていると、きつくなってくる。それよりもピタリと身体にくっついている衣類は、それほどでもないが、やはり身体に負荷を与えているのだろう。または太ったのと同じ。春になり、重いコート類を脱ぐと身体が軽くなる。
 まあ、ずっと重いのを着ているわけではなく、部屋では暖房があるので、軽装だろう。当然寝るときも。
 今度は蒲団が思い。寝返りをうつときなど、蒲団に返し技をかけられて、筋を違えたりしそうだ。また関節技を取られたり。
 足を伸ばすにも蒲団が重いと、足の指を折りそうだとか。まあ、布団の中で寝ていて怪我をする人もいるだろう。
 昨日は上新の歳末セールのようなものが始まっていたので、行ってみた。この期間買うと五パーセントほど安い。まあ、ネットで買ったほうが安いのだが、その日のうちには流石に届かない。宅配便を待つのも面倒。時間指定すると、拘束される。出られない。
 それよりも品物をレジに持って行き、支払えばそれで済む。これが一番早かったりする。特急便だが自分が動かないといけないが。
 それで、カメラ売り場がどうなったのかを見た。
 先ず目に付いたのは、大きなポスターがあり、オリンパスEM5マーク3の予約特典だろうか。単なるキャッシュバックだ。上新ではなく、オリンパス側がやっている。ソニーでもキヤノンでも、ニコンでもやっていることだが、買ったことの証拠となるものをメーカーに郵送したりする。これが手間だ。元箱のバーコードを切り取って送るとか、保証書のコピーを送れとかになると、面倒。
 オリンパスEM5マーク2を持っているので、3はいらないだろう。
 昨夜もそれで夜景を撮った。感度は1万ほどに上げて300ミリ側の望遠で写した。結構いける。
 さて、上新の次の変化だが、キヤノンのイオスM5だったか6だったか忘れたが、ファインダーが最初から付いている一番高いタイプのミラーレス。これが高倍率ズーム付きの展示品特価。つまりもう継続して売る気がないのか、または、新型が出るかだ。M5か6かは忘れたが、ファインダーがないタイプの新型のマーク2が出たばかり。流れとしてはファインダー付きの新製品も出るはず。ソニーミラーレスは、このサイズでは四種類もある。一台はキッス系だが。
 展示品か、と近くに来た店員に言うと、もう少し安くできますと答えた。展示品は中古カメラなのだ。
 ネットで後で調べると、アマゾンでも似た値段。またネットでの中古は見付からない。アマゾンに出している中古屋がいない。しかし新同が一台だけある。しかし新品の価格と変わらない。だから、上新の展示品は妥当な値段。ネットでそれより安いのがないのだから。キタムラ中古で探せば出てくるかもしれないが、それはしていない。参考までに見ただけなので。
 しかし、このカメラもEM5マーク2とだぶってしまうのだ。どちらも高倍率ズーム付きなので。
 同じキヤノンの一眼レフがまだ元箱のまま陳列台に乗っていた。骨箱状態だ。一番安い一眼レフでレンズは標準ズームしか付いていないので、さらに安く感じられる。コンパクトデジカメよりも安かったりする。特徴は、このキットものだけ色目が違うこと。
 上新にはまだニコンのミラーレスは来ていない。というより発売前なので、当然だろう。だから役者が揃わない。12月になってからだろう。
 ソニーは既にα6100を置いている。それまでは6400を置いていた。今も置いてあり、どう違うのかになると分かりにくい。6000もまだ置いてある。トップ機の6600は流石に置いていない。これも出たばかりだ。それと段違いに高い。オリンパスの新製品もそうだが、一段高くなっている。
 次はエディオンに寄る。ここでの目玉はソニーのフルサイズα7だろう。展示品だ。レンズ付き。
 流石にα6000系と比べて、格が違う。手にしたときの感触が全く違う。古いカメラだが、これで十分だろう。
 先ほど上新で見たミラーレスよりも安い価格で展示されている。フルサイズなので比べてはいけないが、ものは段違い。
 このカメラ、出ときから知っている。このエディオンで展示されていた。何年前の話だろうか。そのカメラがまだここに残っている。展示歴の長さが凄い。しかし、誰も手を出さない。こうなると、私が泣こうホトトギスになりかける。
 先日中古で買ったソニーネオ一眼と似た時期に出たのだろう。
 AFは中央部近くと狭いのだが、AFがバタバタしないのでいい。ファインダーもしっくりとしている。
 このα7初代。これで十分フルサイズミラーレスを味わえるはず。これが一番安く手に入るフルサイズということになる。
 α7初代を使い続けている人もいるらしい。これは他のメーカーのカメラでもそうで、古いのをあえて使い続けている人がいる。色目とか写りが変わってしまい、以前の方がよかったという人達だろう。
 

■■ 2019年11月15日 金曜日 午前9時28分
 
 今朝はそれなりに晴れており、風も治まっている。荒れていた空が回復したのだろうか。しかし、結構寒い。夜は10度を切っているし、昼間も20度に達しない。15度あればいいという感じになりつつあり、これは冬だ。11月半ば、あと半月で冬になるのだから、そんなものだろう。もう寒い方向へしか向かわないのだが、たまに小春日和があり、それなりに暖かい日もある。ただ、寒さのベースはしっかりしているのか、基本的には寒い。春に向かうわけではないのだが、実際には冬を越せば春だ。だが今の登りは冬。登る一方で、冬を登りきってからでないと春は見えない。
 昨日は寒かったので、その勢いで狙っていた冬服を買いに行く。しかし、ない。
 ないと言うことはないはずなので、よく探すと売り場が変わっていた。目立つところに出しており、緊急値下げ17日までとなっていた。3900円だ。その前見たときは5000円だったように思う。さらに三割引。ほぼ3000円で買えた。消費税が上がっていなければ2000円台のダウンジャケット。しかし、これは狙い撃ちで、これを買いに来たのだから、緊急値下げに便乗したわけではない。また値が下がってから買ったわけではない。何も知らなかったのだから。
 ただ、ダウンジャケットと言っても薄い。また瘤がない。だから表面はすっきりとなだらか。中にアンコが入っているのかどうかさえ分からないほど薄い。つまり空気が溜まらないのだろう。ダウンジャケットは風船を着ているわけではないが、それに近い。押さえつけると空気が抜けたりする。そのとき、破れているところから羽が飛ぶ。
 喫茶店などで横の椅子にダウンジャケットを置くと、軽いので風船のように飛んでいきそうになるほど。
 だから細かくアンコを分割し、小さな部屋を作らないタイプなので、ただの裏地だろうか。ほんの僅かガーゼのように薄いものが挟まっている程度。値段の安さはこれだ。
 それとシンプル。素うどんだ。部品、具がない。ポケットの切れ込みだけで、ポケットの袋は中で収まっている。だから、内側に袋が丸見えという感じではない。要するにポケットの底にゴミが溜まったとき、袋をひっくり返すため、引っ張り出すと言うことはできない。だから切り込み式。これでコストダウン。
 さらに胸ポケットがない。これでファスナーやボタンやポケットカバーといった部品を使わなくてもいい。
 次に前のファスナーもカバーがない。内側と外側にビラブラが付くはず。これは防寒性、防水性を考慮した仕掛け。それがない。もろのファスナーのレールが見えている。ただ樹脂製のレールなので、隙間が詰まっているのだろう。
 そして部品らしいものが一つだけある。それがファスナーの金具。これを持って引っ張るのだが、レールは樹脂なのに妙な組み合わせだ。当然YKK。
 金属製のレールは歯が曲がったり、欠けたり噛んだりしやすい。だから樹脂製のレールの方が壊れにくい。
 また、レールを挟むようなビラビラがないので、上げ下げのとき、挟むものがないので、片手ですっと上げ下げできるメリットもある。省略した分。いいこともある。
 あと、値札に着いているカードには防水性云々のマーク。これは弾く程度で、完全防水ではない。それと静電気防止。これはそういう糸を混ぜているらしい。防寒性の表示や、防風性の表示はない。
 ジャンパーに比べて長いが、腰のところで絞る紐などの仕掛けものはない。極力部品を押さえている。だから安いのだろう。
 そしてYKKの樹脂のファスナーとつまみ以外は全てポリエステル。中綿らしきものが裏地と表地の間に挟まっているように見えるが、この中綿のアンコもポリエステルだろう。だから羽毛ではない。
 さて、それで、夕方の寒いとき、それを買い、夜になってからの徒歩散歩のとき、着てみた。
 頼りないほど軽いのだが、首の上までファスナーが上がり、襟は最初から立っている。だからこれだけでも暖かいと感じられた。いくら胴体が温かそうでも首が出てしまうと、寒い。
 フードというような付属品はなく、一体型でもない。ただの襟立てだ。首にくっつく感触が暖かいのは、そこだけ生地を変えているためだろう。だから、ダウンジャケットを着たとき、首が冷たいと言うことはない。それは最初だけだが。
 標準サイズだが、ちょうどの長さ。袖も短くなく、引っ張ればギリギリ指まで隠れる。これは自転車に乗ったとき用。袖口は広く、所謂筒袖。オーバーなどはこのタイプなので、ゆったりしている。その袖元を絞めるボタン類などは一切ない。肩から来ている筒のまま。何という単純な構造だろう。これなら自分で仕立てられるのではないかと思えるほどシンプル。まあ、作れないが、着せ替え人形の服としては作りやすいだろう。
 裏地は黒のツルッとしたもので、これは袖を通しやすい。その裏地と表地の間が秘密の部屋で、何か挟まれていることは確認できたが、薄い。ハムカツのハムのように薄い。衣の方が分厚かったりする。
 まあ、この時期としては大袈裟にならず、丁度いいかもしれない。
 ちなみに脇ポケットは縦口式だが深く大きい。手を突っ込みやすいことと、出しやすい。
 
 

■■ 2019年11月14日 木曜日 午前9時52分
 
 雨は去ったのか、今朝は晴れ間が出ているが、少し怪しい。天気予報では夜までは降らないようだ。しかし、陽射しが出たり入ったりで、不安定かもしれない。日が雲間に入りやすい。眩しくなくていいが。
 気温は低い目だが、体感温度は高い目。湿気があるためだろう。そのため、爽やかではない。
 雨の日は暖かいようで、この時期なので、蒸し暑いわけではないが、蒸すのだろう。着込んでいると蒸れる。
 冬物はその後、買っていない。見学だけ、二回したのだが、結論は出ている。それで満足したのだろう。二つのタイプがあり、どちらを選ぶかで。
 実は二つあるのだが、一方を選んでも、さらに二つのタイプに分かれる。ジャンパー型かオーバー型で、兄弟タイプだろう。これでオーバータイプを選んだあとは色目で三つか四つに分かれる。それらをいちいちいちいち思案しながら選ぶとなると、見学が多くなる。それとサイズも加わったりする。中に着込むことを考えれば大きい目のサイズの方がいい。しかし、標準サイズが大きい目だと、それにする。標準サイズが窮屈で、ゆとりがないときは大きい目にする。オーバーなので、キチキチはきつい。
 実際にはそこまで考えないで、ジャンパータイプかオーバータイプかまでで決まり、色目はその場でさっと決める感じだ。このとき地味目と派手目があるが、もう一つ深く考えた場合、持っていない色が好ましかったりする。青ばかり買っていると、上も下も中も青人間になる。緑でもそうだ。植物人間だ。
 今朝は表地が分厚い目の綿生地でチェック柄のネルシャツ風だが裏地に毛の生えているのを着ている。これはオーバーだろう。カッターシャツに毛の生えたものではない。これが結構暖かい。もう一着同じものがあり、表地は化繊でフワッとしたタイプだが、分厚い綿生地には負けるようで、少し寒い。しかし、軽い。何処でいつ買ったのかは忘れていたが、そう言うのが出てきた。
 くにゃっとした腰のないようなタイプは意外と寒い。服は縫い目が骨になっており、この骨があるとないとでは違う。
 しかし、昼間は暖かいので、ユニクロでこの秋前に買ったジャージ裏地付きナイロンパーカーでちょうど。だから寿命の短い秋物だが、まだ着る機会がある。裏地に暖はないが、風と雨に強い。レインコートのようなもので、タイプ的にはマウンテンパーカーだろう。
 それを着て昼の喫茶店へ行くと、似たようなのを着ている同年配の人がいる。よく見ると同じだ。ただ色が違う。煉瓦色だ。そして席に着くと暖房で暑いのか、それを脱ぐ。するとチェック柄のネルシャツ。うーむと唸る。我が身を見ているような。そして、こういう風に見えるのかと、少し考えさせられた。しかし、そういう風に自然になるのだろう。
 その人はスマホではなくタブレットを見ていた。しっかりと革のカバーがしてある。それを開いて、立てていた。
 ネルシャツは電化の町日本橋へ行く客の制服。正装だ。そして鞄は紙袋。切れそうな程持つところが細い。そういうのを持ったままドロップアウトした人が多い町だ。
 梅田にソフマップとヨドバシが両方あった時代。ネルシャツ率はソフマップの方が多かったはず。
 
 夜の徒歩散歩を続けているが、昨夜は雨がぽつりとしていたが路面はそれほど濡れていなかった。そして暖かい。
 毎回違うカメラを持ち出して夜景などを写しているのだが、昨日はオリンパスのシステマ1という高級機に属するコンパクトデジカメ。システマだったかどうかは忘れたが、その1だ。プレミア的な意味合いで新ブランドになったが、今はオリンパスはコンパクト系は水中カメラだけ。
 このカメラで写すと、難しかった望遠側での去りゆく自転車の人、などがいとも簡単に写せるので驚く。しかもどのカメラよりもしっかりと。
 よく考えると、このカメラ、メインで使っていたので暗いところにも強いことは知っていたが、ここまで強いとは思わなかった。
 28から300までのズーム機だが、ポケットに入る。特徴としては全域F2.8ある。だから300ミリでF2.8で写せる。だからシャッターが少し早めになり、遠ざかる自転車程度なら、動体ブレは少ない。
 最近よく使っているパナソニックネオ一眼は同じようなスペックだが600ミリまで行ける。だから、こちらが本命なのだが、あまり成功していない。ピントはくるが、動体ブレが多い。
 それで、意外に思い、オリンパスミラーレスのEM5マーク2と室内で写し比べた。どちらも28から300のズームだ。すると、同じ。逆にシステマ1の方が切れがよかったりする。
 こういう一眼食い、ミラレース食いのいいカメラを持っていたのだ。
 しかし、カメラとしては地味でオーソドックス。
 これはいいと思い、今朝はお供のカメラとして、持ち出した。しかし、長い間メインとして使っていたので、お馴染みのカメラだが。
 
 
 
■■ 2019年11月13日 水曜日 午前9時49分
 
 今朝は晴れているが、一寸寒い。陽射しがあるので、昼間は暖かいだろう。朝の気温に合わすと、昼間は暑くなる。しかし夕方になるとそれでちょうど。
 既にニット帽を被っている人がいる。お椀のように深いタイプで、耳まで隠れる。寒いのは頭ではなく耳だったりする。これは真夏でも被っている人がいる。だから冬のものだとは限らないようだ。
 まあ、こういうのを被るのは、ヘヤースタイルなどが面倒な人だろうか。櫛を入れても、髪の毛が立つとかで。また立つどころかない人もいるが。帽子は禿隠しにもいい。
 しかし、本人は見えないのだが、気になるのだろう。
 そろそろ帽子を冬物に替えたいような今朝の寒さだが、庇の付いたニット帽を二年連続被っている。庇には固い樹脂が芯が入っており、それを毛糸で包んでいる。だから前はしっかりしているし、耳も隠れるので暖かい。それと似たようなのが犬取りのオジサンとか焼き芋屋のオジサンが被っているタイプがあり、これは革製で中は毛が生えており、暖かいのだが、誰もそれを被らなくなった。やはり焼き芋屋の帽子のイメージが強いのだろうか。一寸した戦闘帽だ。顎で止めてあるので、覆面のようにもなる。庇も付いている。これはハンター帽ではなかったかと思えるが、街中で被ると非常に怪しい。
 先日ジャンパーを見に行ったのだが、結局買っていない。見学したタイプは薄いタイプで、今頃なら合うが、冬が深まれば頼りなく思えるはず。しかし本格的な防寒着はまだ早い。
 それで、まだ早いと思いながら見ていたダウンジャケット系がある。瘤がいっぱいできていて、各々が膨らんでいるあのタイプではなく、すっきりしたオーバーのようなタイプ。
 表示を見ると、防水性があるようだ。この表記がないダウンジャケットもある。まあ、表地がポリエステルかナイロンなので、それなりに防水性があり、また中にアンコもあるので、そこまで染みこむまでかなり時間がかかるので、防水性はいらなかったりするのだが。
 しかし、雨に降られたとき、水滴となって浮くタイプが好ましい。跳ね返しているのが分かる。
 それのジャンパータイプとオーバータイプがあり、丈の長さとデザインが違う程度で、中身は同じ。値段も同じ。防寒対策は裏毛ではなく、中綿タイプ。しかし、腕まで中綿が来ていたはず。裏毛タイプは胴体だけだったりすることが多い。
 まあ、ダウンジャケット系の方が軽い。
 ライト級とヘビー級の間ぐらいだ。だからそれほど大袈裟な感じではない。
 
 先日買ったソニーのHX400Vの調子が良い。その前に買ったポケットサイズのWX800と写りや仕掛けはほぼ同じだが、五年の差が少しある。
 WX800でも同じ写りで、同じことができるのだが、ネオ一眼スタイルの方が撮した気がするし、構えやすい。ある程度カメラが大きく重いほど安定感がある。それと小さく粗いとはいえファインダーが付いているので、まさに一眼スタイルで写せる。
 どちらのカメラも暗いところで明るく写る。ここがいい。だから薄暗い室内でもストロボなしで明るい目に写る。これは何かというとファイミリー向け、レジャーでの屋内向けの家庭のカメラのためだろう。薄暗いところを薄暗く写すというようなのではなく。だから夜景でも地面の暗いところを開けていくので、昼間のように写る。見た目通り写すのではなく、そんなものは見えていないのだが。ここは暗視カメラに近い。肉眼では見えないものが浮かび上がる。これは凄い。闇を開けるカメラだ。赤外線カメラではないが。
 こういうのは電気を消した薄暗い部屋で、赤ちゃんが寝ているところなどを写すのだろうか。
 だから食堂などでのテーブルものを写すときも、明るく写る。食べ物は明るい目に写す方がいいだろう。暗いと腐っているように見えたりする。
 それで写していると、昔ミノルタが出していたネオ一眼を思い出した。デマージュだったかどうかは忘れたが、それに近い名前だった。ミノルタのGレンズが使われており、高倍率ズームで、望遠も効き、さらにデジタルズームのときは画面に枠が出てきて、切り取るところを示すタイプ。この望遠が使いやすかった。望遠端は200ミリぐらいしかなかったと思われるが、それが400ミリになった。真ん中の切り取りで、デジタルズーム丸出しだが。ファイダーの解像力も低かったが、滑らかに見える工夫があったようだが、波打ったりチカチカして、目に悪かったが。
 これがそのままミノルタからソニーに引き継がれたわけではないが、それを思い出した。
 その後、出たレンズにボディーをくっつけたようなサイバーショット最上位機が出たので、それに乗り換えたが。
 このHX400Vの1インチ版の、それこそサイバーショット最上位機のが出ているが、1200ミリが600ミリになってしまう。しかし、最新のエンジンを積んでおり、ファインダーもミラーレス並。当然AF系はα系そのものだろう。だが、1キロほどあるが。
 背面液晶も上下タイプなのが嬉しい。横開きだと面倒なので、使わなかったりする。とっさの場合、すぐに出せない。
 以前、ソニーのネオ一眼で写していたときも、疲れてくると、背面液晶を起こして写していた。いちいちファイダーを覗くのが面倒なるためだ。それで手かざしでは腕が怠くなるので、腰のところで構えるウエストレベルスタイルが多かった。これが横開きではバランスが悪い。
 こういうハイテクカメラで写しているとき、あまりデジタル臭くないペンタックスK70で写すと、もの凄く落ち着いたりする。昔ながらの一眼レフのためだろうか。また光学ファインダーは目に優しい。
 
 
 
■■ 2019年11月12日 火曜日 午前9時21分
 
 今朝は晴れている。昨日は空が荒れていたのか、入道雲のようなのが出ていた。それだけ見ていると、秋だとは思えない。温かい空気が流れ込んできたのだろうか。
 紅葉が進んでおり、真っ赤になっている木がある。それで目立つのだが、周囲の木は緑。小さな実を付けているので、そこは赤い。その真っ赤な木は普段はどんな木だったのかは分からない。視界に入っているのだが、複数の木が生えている公園なので、重なり合っている。
 真っ赤になってやっとその存在感が分かった。そういう木が混ざっていたのだ。普段は目立たない。
 特に赤は目立つ。
 今朝はいつもの喫茶店が定休日なので、その近くの高い個人喫茶へ行く。だから週一回だけ行く喫茶店になった。起きた時間はまずまずなので、問題はない。ただ、あまり調子は良くない。晴れていて気持ちがいいのだが。
 それでいつもの店は閉まっているはずだが、確認していない。しなくても定休日なので、閉まっているはず。シャッターは開いているが、ドアは閉まっている。営業していないはず。先週は知らずに、その前まで来たとき気付いた。今日は定休日を覚えていたので、見ていない。その必要が全くないためだ。
 しかし、開いており、普通に営業しているかもしれない。定休日などなかったかのように。まあ、そんなはずはないのだが。
 11月半ば、今年も終わりがけに近い。この11月はあっという間に過ぎるだろう。存在感の薄い月だ。
 その月ごとの終わりは月末だが、12月だけは月末と同時に年末にもなる。だから月末と言わないで、年末という方が多い。晦日が大晦日になる。紅白の大トリのようなものだ。大きな鳥がいるわけではない。
 一年を無事過ごせたとしても、正月早々大変なことになっていたりすることもある。油断できないが、何を用心するのかは実際には分かりにくい。突発的な何かが起こるとき、予想していないことだったりする、だから油断とは言えないが。
 夜の徒歩散歩は続けている。最近は寒くない。慣れたのだろう。僅かな距離しか歩かないが、後半足が重くなることがある。筋肉や筋だけの問題ではないだろう。体調にもよる。
 それで毎回違うカメラを持ち出しているのだが、暗い場所でも平気で写せ、しかも安定しており、さらにピントも早く、よく合うのはパナソニックのFZ300だろうか。カメラ的には特に特殊なモードに入っていない。連写とか合成とかだ。
 絞りは全域F2.8で、感度は3200。この組み合わせで25から600ミリまで行く。まあ明るい外灯なら感度は800が上限のカメラでも写せる。
 ソニーで写すと昼間のように明るく写る。だから夜の風景らしくなくなるが、暗がりに照明を入れたようになり、昼か夜かがわかりにくい曖昧な世界になる。
 
 
 
■■ 2019年11月11日 月曜日 午前9時48分
 
 今朝は久しぶりに曇っており、雨だろう。そのため空が暗い。長く秋晴れが続いていたので、そんなものだろう。しかし気温は暖かい目。これは湿気ているためかもしれない。寒暖計的には寒いはずなのに。
 だが、街ゆく人はすっかり冬仕様。もう本格的なダウンジャケットやオーバー類を着ている人がいる。もう綿入りを着る季節。11月も半ばに差し掛かっている。12月まであと少し。12月は暦の上では冬。
 今朝はまずまずの時間に起きてきた。早くもなく遅くもない。寝た時間から計算すると、睡眠時間もまずまず。やはりこの時間が妥当な起床時間かもしれない。早い目に目が覚めたとしても、睡眠時間が短くなるので。
 目が覚めたとき、すぐに起きられる感じだったが、昨日と同じで、少しだけじっとしていた。やはり二度寝しかかったのに気づき、起きることにした。危ない危ない。この間五分ほどだが、本当に寝てしまうと、その五分が一時間ほどになり、もの凄い遅起きになるところ。一寸したタイミングでそうなる。
 この時間の朝の喫茶店は少し混んでいる。仕事前とかの人がまだ来ているのだろう。遅い目に始まる勤め先かもしれない。店屋とか。
 この時間を過ぎてからはガラガラになる。だから遅く起きたときはよくすいている。
 通り道から見えるひとの家の庭木の中に椿があるのか、それがもう早くも咲いている。満開だったりする。しかし、この花はいくらでも咲く。春まで咲いているだろう。冬の女王だが、花が少なくなる冬なので、一番目だったりする。しかも長く咲いているので、椿長期政権だろう。
 昨日は夕食を作るのが面倒だったので、コンビニでハンバーグ弁当を買う。このレベルが上がっており、箸で崩れる軟らかさ。要するにジューシー。それがドンと入っており、申し訳程度にブロッコリーと人参の欠片が入っている。それと独立した容器にソースが。箸で口に入れる分だけ箸で挟み取ってそのソースに浸けて食べる。こういうのがあると、洋食屋へいく必要がなくなる。またファミレスへも。まあ、焼きたてのは美味しいが、実際には冷凍だろう。しかし熱い鉄皿に乗っていると、美味しいが。違いはその程度。
 一人でファミレスへいき、四人掛けの席を一人で占領して食べるよりも、コンビニハンバーグ弁当の方が楽でいい。
 ただし、こういうのは常食は避けたい。夕食を作るのが面倒なときだけ。
 そのきっかけは戻ってもご飯がないときだろう。炊かないといけない。米を洗って。そういうのはあっという間にできることだが、いつものご飯と、いつものおかずでは地味なためだろう。いいおかずがあれば別だが。
 それよりも、何もしたくないことが大きい。作らないで、食べるだけ。
 
 今朝のお供のカメラは先日中古で買ったソニーのネオ一眼HX400V。
 一枚写してから二枚目が遅い。結構待たされる。これは五年前のカメラなので、そんなものだろう。最近のネオ一眼はすぐに二枚目が写せる。それで驚いたのは最近のことなので、五年前なら、これが普通。こういうところで、一眼のスピードに負けたりしていたのだが、最近は負けなくなっている。
 また、このカメラ、連写合成などをするので、夜間でなくても昼間でもやっている。明暗差が高いとき、それをやるのだろう。
 最新のWX800だと、このお任せプレミアモードにしていても、暗ければ連写するとは限らず、連写なしで夜景とかを写していたりする。だから、連写合成するだろうと思い、しっかり構えていても、シャッター音は一度だけで、終わったりする。
 連写合成よりも、それを処理する時間がかかるので、それで二枚目を写すとき、かなり待たされる。それで、普通のプログラムモードや、連写しないタイプのお任せモードに変えて写すと、今度は書き込み時間が分かるのだが、それなりに長い。次々に写すと言うことにはならないので、まあ、同じことだ。
 だからこのカメラ、最初の一枚にかけるしかない。まあ、続けて写しても、結局は最初の一枚がよい場合が圧倒的に多いのだが。
 これは望遠側に多くあり、広角側だと次々に写せる。
 それと、このカメラ、非常に柔らかい。電源ボタンも柔らかく、シャッターボタンもソフトで、気持ちがいい。ズームのときは流石にモーター音がするのだが、結構早い。ズームレバーは早く、鏡胴リングでのズームはゆっくりしている。
 何ミリで写しているのかはレンズ側に目盛があるので、それで分かるが、写しているときは分からない。ズームバーの位置で何となく分かるのと、一応倍率だけは出る。だから写す前に飛び出しているレンズの鏡胴のメモリを見ればミリ数は分かる。だからあらかじめミリ数を指定できたりする。鏡胴側のズームはゆっくり滑らかに動く。
 まあネオ一眼の中では高級車の乗り心地で、気持ちがいい。しかし高級車なので、あまりシャキシャキ走らないが。
 
 
 

■■ 2019年11月10日 日曜日 午前10時29分
 
 今朝は晴れている、それほど寒くはないが、風が強いので、やはり寒い。風がやんだ隙間はぽかぽかしたいい感じで、文句なしだ。いい気候と言ってもいい。秋の行楽日和だろう。日曜なので、そろそろ紅葉狩りだろうか。近所の平地の紅葉も赤くなりかけているのがある。山沿いまで行けば、さらに赤が増えるだろう。桜の紅葉は既に始まっているが、ちらほら咲きのようなもので、色が付いている葉がところどころある程度。既に落ちているのもある。
 今朝は遅く起きてきた。早い目に目が覚め、最近としては三日ほど続けて早起きで、いい感じだったのだが、目が覚めたとき、起きる前に、少し休憩していたのがいけなかった。起きる決心はできているが、少しだけ間が欲しい。その魔が睡魔となり、知らないうちに落ちていた。次に目を覚ましたとき、ああ、そうだったのかと気付いたが、時計を見るのが怖い。まあ、毎度おなじみの二度寝三度寝なので、よくあることだ。しかし、結構遅い。ただ、寝た時間を計算すると、あのとき起きるのはやはり早い。睡眠不足だ。だから、正しい二度寝コースに至ったのだろう。悪いことではない。
 二日ほど早い目に起きていたのだが、結局夕方前に行く喫茶店の時間帯は似たようなもので、陽がまだあるかどうかの際で、戻り道が残照があるかまったく黒ベタか、どちらか。夕暮れはさらに早まり、追いかけるにはさらに早く出ないといけない。
 早い目に起きた日は、それなりにゆっくりとしているのだ。遅く起きたときは急ぎ目に動くのに比べ。
 それで、ウサギとカメ状態になる。
 しかしよく晴れた明るい日曜日なので、朝の喫茶店までの道はいい感じだ。遅起きだが、急ぐ必要もない。そこはもう開き直るしかない。
 毎日、似たような日々だが、それなりに変化がある。決して同じようにはいかない。むしろ昨日と同じような日にする方が難しかったりする。しかし、内容は同じだ。
 同じことを語るときでも、そのときのタイミングがあり、同じ文章にはならない。
 パソコンが途中でフリーズしたり、また保存を忘れて、そのままファイルが死んでしまったとき、同じことをもう一度書き直そうとして、何とか辿っていくのだが、暗記しているわけではないし、流れは同じでも、別の言葉を使ってしまうと、川に石を置いたように、流れが変わったりする。しかし、内容は同じだが。
 まあ、そんなことを言い出すと、毎日歩いている道でも、足跡が違うだろう。きっちり昨日と同じ地面を踏んでいる方が奇跡で、あり得ないこと。レールの上を歩くのなら別だが、それでも歩幅が少し違うはず。
 
 今朝のお供のカメラはソニーのWX800とHX400Vで、ソニーコンビ。どちらも同じ大きさの受光素子のコンパクト系。ポケットカメラとネオ一眼の違いがある程度。
 街頭での信号待ちのときなど、取り出しやすく写しやすいのは小さい方。まあ、ポケットからすぐに出せるので、早く出せる方を選ぶこともあるが、目立たない。結構人がいても、写しやすい。まあ、人がこちらを向いていないことを確かめて写しているし、向こうから来る人がいると、通り過ぎるまで待つが。
 ただ、構えてしまってからは別。また、遠くにいる人も別。これを至近距離にいるのと同じぐらい引き寄せて写せるのが望遠の力。だから意外と街頭スナップではカメラを向けやすいのだ。近いと向けられない。
 この二台のカメラ、写りが似ているし色目もほぼ同じ。どちらで写したものなのか、後で見ても分からないだろう。
 
 
 
■■ 2019年11月9日 土曜日 午前8時51分
 
 今朝も晴れているが寒い。既にオーバーやダウンジャケットを着ている人が多い。毛糸のセーターだけの人もいるが、近所の人だろうか。つまり綿入り解禁。堂々と分厚いのを着てもよくなった。
 それで昨日も衣料品コーナーで前日見たジャンパーを見に行くが、ない。前回は表生地がぬるっとしたスタジャンだったが、それも消えていたのだが、特価台で復活していた。半額だ。三割引だったのに。しかし、実物をもう一度見て、着た感じは、よくない。ピタッとしすぎ、腕が窮屈。そして、裏地は少しだけ毛羽立っているだけで、これでは寒い。
 その半額コーナーに7000円のダウンジャケットが三着だけあった。サイズ違いだ。こちらは本格派、大型だ。真冬ものだ。それが3500円なら買い得だが、似たようなのを二着持っている。一着は薄いが。これはあるので、買う必要がないし、新味もない。
 それで、再び前日見たジャンパーを探す。こちらも三割引で並んでいた。
 2千円の裏地ボアのパーカーが三割引なので、1000円台だろう。部屋着にいい。寒いとき、上に引っかけられる。外では、このレベルでは間に合わないが。
 そういうのが吊されているコーナー。そこにあったのだが、ない。
 だがぐるぐる回っていると、回り込んだ壁際にひっそりとあった。
 こちらは表地は偽ウール風のよく見るタイプだが、その生地が柔らかい。いかにも化繊という感じだがツルッとしたタイプではないので、化繊独自のもので、ウールでも皮でも、裏皮でもないタイプ。だから化繊丸出しだが。似たようなのを持っていて真冬でも着ていたが、着すぎて汚れてしまい、この前に捨てた。見た感じ軽装だが、結構暖かかった。大袈裟でないのがよい。
 このジャンパー、裏地が毛羽立っており、細くて長い毛が生えている。このタイプが非常に暖かい。毛が細く長いほど暖かいようだ。試着すると、少しボリュームがある。スカスカではない。高くて分厚い目の毛布の感覚だ。だから結構重いので、これはいい。首元は襟が最初から立っており、しかも二重。フードはない。見るからにジャンパー。今の季節なら、これで十分だろう。
 さらに見て回ると、反対側の端に表地がウール風の、似たようなのがある。同じメーカーのようだ。だが、生地違いだろうか。こちらも三割引。しかし形が少し違う。だが、こちらは防水性があるようだ。その分、得点が高い。それとその並びにオーバー風にしたのがある。タイプはダウンジャケット。それの薄いタイプ。だから裏地に毛羽立ったものはない。軽く綿が縫い込まれている程度だろう。ダウンジャケットとしては薄いが、高級紳士物ブランド品がこのタイプで、値段は倍になる。一万円超える。高いほど薄かったりする。そういうブランド品は冬の終わりがけに半額になる。
 さてそれで防水性と綿入りを取るか、毛羽だって暖かそうなのを取るかの選択だ。値段は同じで、いずれも三割引。綿入りオーバーはシンプルでいい。しかし、裏毛が豊かな方は直接毛で暖かそうだ。毛布と同じことなので。そしてジャンパー性が高いので、動きやすい。肩の関節部分に畝があり、曲がりやすくしているのだろう。ロボットのように。
 しかし、偽ウール風の綿入りオーバーは色目がよく、しかも複数色違いがあり、どの色も好ましい。だが、汚れると汚くなるだろう。それとダウンジャケット系は意外と寒かったりする。
 昨日は見学だけして、それで終わった。秋物が全滅する季節なので、真冬まで行け、しかも大袈裟なタイプではなく、軽装備なのがいい。
 昼間はぽかぽかしていい感じなので、冬物でなくてもいいのだが、朝夕が寒い。
 
ソニーHX400Vの続き
 24から1200までのネオ一眼。五年前という古さはあるが、写りがいい。カメラの動き、動作は五年前のタイプを思わせるが、最初の一枚を鞄から取り出して写すまでのスピードは結構ある。つまり電源を入れた瞬間ズームが動き、一気に望遠でパシッと写せる。
 電子ファインダーの解像力の低さと小ささは、こういうときは気にならないが、じっくりと被写体を見ながらというときには物足りない。
 ただ、このタイプのネオ一眼としては珍しく上下に液晶が回転するので、ウエストレベル撮影が簡単にできるので、結構背面液晶を多用している。最新のWX800の液晶ほどには明るく鮮明ではないが、これは昼間だ。WX800の液晶が見違える程良くなり、明快に見える。それに比べると、まずまずの見やすさ。決して悪いタイプではない。
 夜景を写すと、昼間のように写る。だから夜景と言うより、暗視カメラのような世界。
 昼でも夜でも問題なく写せるネオ一眼のFZ300ほどではないが、写りはソニーの方がいい。
 まあ、ファインダーの見え方などはFZ300のは大きく解像力もあるので、鮮明に見えるが、写し取った写真はHX400Vの方が鮮明という結果になる。
 最新のキヤノンネオ一眼はさらにファインダーが鮮明だが、暗いところでは鮮明さが落ちる。それと、暗いところを苦手にしており、夜景は難しい。明るい夜の歩道程度なら問題はないが。
 カメラはニコンキヤノン時代からソニー富士時代になっているのかもしれない。特にミラーレスになってからは。
 
 
 
■■ 2019年11月8日 金曜日 午前9時39分
 
 今朝は晴れている。最近晴れが続いているので、そろそろ天気も下りになってもおかしくない。毎朝青空だと気持ちがいいが、少し寒い。これは秋だろうか冬だろうかと考える。暦の上では秋。しかし冬服を着ている人が目立ち出す。
 秋にも二種類あるのかもしれない。夏の服装のままの秋と、冬の服装のままの秋とが。
 そういえば春も二種類ある。暦の上ではもう冬から春になっているのに、真冬の格好をしているし、まだ夏になっていないのに、夏服の春。
 ところが夏は夏のままで夏服のままの夏。冬もそうだ。
 ということは季節は二つしかないのかもしれない。春や秋はただの季節の変わり目程度。春よりも秋の方がそれが目立つ。
 この中途半端な春秋が一番変化のある季節で、退屈させない。
 寒くなっているが、まだ夏の掛け布団のまま。当然電気毛布を敷いている。これで蒲団が軽くていいが、寒いときがある。やはり普通の掛け布団に替えるべきだろう。
 電気毛布は最近のはそれほど熱くならない。その説明では寝るときは弱にせよとなっている。強にするのは最初だけで、あとはほんのりとした温かみの方が寝やすいとなっている。ただ、夏の掛け布団では温もりが逃げやすいのだろう。まあ、布団の中というのは体温で暖かかったりする。吉良上野介の寝床の温もりのあとのように、まだ近くにいるぞと。
 しかし、昼間は陽射しがあるとぽかぽかしたいい感じで、日向を楽しむことができる。まだ冬ではないので、寒くはない。朝夕は別だが。当然夜になると、寒くなり、外に出たくなくなるが。
 昨夜は夕食が面倒なので、久しぶりにコンビニ弁当。八宝菜丼か、中華丼かは忘れたが、それを買う。久しぶりだ。具が増えているような気がする。以前よりも。しかし海老が入っていたはずなのだが、食べた記憶がない。よく見ないで口の中に入れたのかもしれない。もし入っておれば最後の方に食べるのだが。それと具が多くなったように感じるのは値段が上がったためかもしれないが、以前いくらだったのかは忘れている。一年近く買っていないので。これがコンビニ弁当ではましな食べ物で、ハンバーグしか入っていない弁当などは、厳しいものがある。
 あとは定番の幕の内かのり弁。最近出てきた鯖が乗った弁当は避けている。鮭ならいいが。
 こういうのはお膳の上で食べないで、パソコンの前で食べる。だからいい加減な食べ方で、見ていない。ただ、この丼、蓋を開けるとき、必ずぬるっとしたものが手に付く。片栗粉のあれだ。ご飯と具は分離しており、二重蓋のようになっている。かやくと汁の入った皿のようなのを外さないといけないのだが、そのとき漏れるのだろう。また外し方、剥がし方が分からないと、開かないようなところを強引に引っ張ったりめくったりする。この状態でも隙間が少し空くので漏れるのだろう。さらに皿状態の蓋を本体から外しただけでは終わらない。下の本体であるご飯だけのところに、皿状態のまま流し込む。このとき、はみ出す。
 それでやっと食べるのだが、早く食べたいので、先ほど取ったぬるっとした皿や蓋だけの蓋や、それを包んでいるビニールなどにはぬるっとしたものが付いている。それを適当なところに置くと危険だ。コンビニ袋にその残骸を入れればいいのだが。
 まあ、そういうのはその場でやらないで、台所でやる方がいい。調理はしないが、調理だと思い、蓋を開け、具を入れ、ご飯をほぐした状態で、食卓に出す。これなら区切りが付く。コンビニで買った状態のまますぐに食べようとするから、ぎこちないのだ。
 
HX400Vを購入
 中古で二万円台まで落ちていたので、それを買う。少し高くなるが「非常に良い」というレベルのにする。元箱がないだけで、付属品は全部揃っている。この時代のカメラなので、紙のマニュアルも入っているが、ネット上にもある。同じものだ。ただ古いのか、ネット上のマニュアルはハイパーテキストになっていないので、目次からは飛べないが。
 また、ネット上に初期設定の動画がある。バッテリーの充電とか、カードの入れ方とか、ストラップの紐の通し方とか、丁寧だ。
 
 アマゾンで買ったので、届くのが早い。アマゾン倉庫に在庫があるのだろうか。中古だが。プライム品となっている。
 だが、アマゾンの段ボールではなかった。元箱に近い箱に入っており、まさに骨箱。そこに詰め込んでいたが、意外と軽い。
 付属品はWX800と同じもの。バッテリーも充電器も同じだろう。だがパソコン充電ができるので、それらが欠落している品でもよかったのだが、本体が綺麗な方がいいので、それは仕方がない。
 カメラは思ったよりも軽く小さい。ネオ一眼としては重い方なのだが。これはペンタックスK70などを使っていると、軽く思えるのだろう。P700とかも。
 ただ、流石ソニーという感じのデザインで、垢抜けしており、数あるネオ一眼の中では一番姿が良い。
 全体に丸みを帯びており、そのカーブも良い。
 それよりもすぐにファインダーを見たかったので、バッテリーを入れる。まだ残っているようで、動いた。
 2インチ20万ドットと数値から見ると、えっと思うほどの低さだが、意外と見やすかった。結構明るく反応も良い。追従性が良いのは、解像力が低いためだろうか。ここは今のネオ一眼と同等に使えるので、五年前という古さは感じない。
 また粒子が立つとかもない。低い解像力で滑らかに見せる技があるのだろう。これなら高解像のファインダーはいらないのではないかと思ったほどだ。一番心配していたところは解決。
 起動も速く、起動後すぐにズームを動かしてもすぐに反応する。最新のWX800は一寸引っかかるが、以前よりもましな程度。それより、こちらのネオ一眼の方がすんなりと動くので、上だろう。
 ただ、五年の間隔は映像エンジンに来ている。お得意のプレミアオートによる連射による合成で、処理時間が長くかかる。ここが五年の差だ。処理中は何もできない。まあ、これを使うのは夜景とか、暗い場所だろうから、連続して写すようなことはなく、ポチりと一枚写す程度なので、問題はないが。
 ピントも早く、暗いところでも合う。これは最新のWX800よりも優れている。合わないとか、合いにくいのが、さっと合い、しかも早い。暗いところに強いのだ。そしてピントもジワーとくるタイプではなく、さっとくる。まあ、AFに関してはソニーは一枚上を行っているので、五年前のものでも素早い。α系で言えば6000当たりが出ていた頃だろう。十分早いのだ。
 
 ズームは24ミリから1200ミリまで。24ミリではF2.8と明るい。だから明るい分、他のネオ一眼よりも口径が大きい。
 これで記録画素数を減らすと100倍ズームになり、2400ミリまで行く。怖い話だ。さらに超解像ズームをオンにすると、劣化は少しあるがニコンのP1000を越えてしまう。
 まあ、劣化がないとされるのは2400ミリあたりまでなので、これでもP900を越える。
 恐ろしい話だ。
 
 ひとつのメーカーがやると他のメーカーもやるのか、または偶然同時期にそうなるのか、そういう時期なのか、それは分からないが、撮影ダイヤルの話だ。
 撮影ダイヤルとは軍艦部にドンとある丸いダイヤルで、オートとか、絞り優先とかを切り替えるダイヤル。ここに昔の遺産のようなモードがあり、それが「オート」モード。これと「プログラム」モードとはどう違うのかだけでも面妖だが、プログラムモードよりも簡潔なモードで、変なところを触って変なことにならないモードだ。というよりも弄らせてくれないモード。たとえば露出補正とかだ。まあ、最近は弄らせてくれるカメラも増えたが。
 その次に来たのは「お任せ」モードとか、「シーン自動認識」とか、iモードとか、色々名はあるが、シーン自動認識で良いだろう。
 これはオートモードはほぼ露出だけのモードで、何を写そうとしているのかはカメラからは見えない。認識していない。やっていることと言えばプログラムモードと同じで、望遠に回すとシャッターをできるだけ早く切ろうとするラインになる。
 そこをひとつ踏み込んで、何を写そうとしているのかをカメラが判断し、色々なシーンごとの設定に瞬時に切り替わり、よりふさわしい設定で写すというもの。
 たとえばレンズを被写体に近付けすぎるとマクロモードになる。近いからそう感じたのだろう。
 カメラの中に目があるのか、人物と風景を見分けている。人物だと思えばポートレートモードに入るかどうかよりも、その前に顔認識で捕まえる。これは明らかに人物を写すものだとカメラが見ているわけだ。その他暗ければ夜景モードか薄暗い場所だと認識し、感度が上がり、ノイズなどを取ったりする。
 そのお任せモードをさらに発展させたのが、プレミアお任せモード。これはメーカーによって言い方が違う。
 ではお任せモードとプレミアとか。プラスとかは何をするのか。これはほとんどが連写合成。
 だから二つのお任せモードがあり、どちらかを選ぶことになる。それが撮影ダイヤルにあるのだが、最近は一つに纏められ、「オート」の中に入ってしまった。そして従来のオートはなくなった。「オート」が「お任せモード」になったと思えばいい。
 ここ最近のカメラはそういう感じになっている。
 だからソニーも同じような動きで、五年前と今とでは、そこが違う。
 しかしHX400Vは「オート」はなくなったかわりに、「プレミアお任せ」と「お任せ」という二つ並べている。だからただの「お任せ」は昔の「オート」に近いが、そうではなく、お任せの範囲が「オート」よりも広い。シーン認識をするためだろう。
 そしてプレミアお任せの方がより高度な絵作りをしてくれるのだが、これは先ほども言ったように連写するので、いきなり使った場合、カメラを動かしてしまったりするし、連写合成の間、待ち時間があったりするので、あれっと思うはず。
 最近のWX800は待ち時間はほぼないほど早いし、バッファに溜め込むことで、次々に写せるが、五年前のカメラなので、そこは昔のままだ。
 だから、新製品を出す必要があるのだが、HX400Vは五年経っても後継機がない。まあ、RXのネオ一眼へ行ってくれと言うことだろうが。これは20万近い。HX400Vならその十分の一の二万円台で中古である。
 しかし、5年分のブランクを埋めてもらいたいところだ。
 このカメラソニーショップにしっかりとあり、現役機。五万円台だ。
 最近日が暮れるのが早いので、暗い町並みを写すことが多い。このHX400Vは、結構暗所に強いようだ。五年前のソニーの癖というわけではないが、昼間のように明るい夜が写せる。その当時、WX系の安いのを買った覚えがあるが、当時は一万円台で型落ちが手に入った。その当時の写り方に近い。
 また裏面何とかという受光素子をソニーが出したのだが、それが暗いところに強かった。当時はCCDが多かった。これで感度が上げられるようになったのだろうか。だから合成で12800まで拡張で上がる。
 しかし、このカメラ、暗いところでもそこまで上がるのをまだ見ていない。1600とかが多い。それと余程暗いところで3200あたりだろうか。プレミアお任せモードだと連写するはずだが、しないときもある。不思議だ。シャッタースピードはかなり落ちるが、普通に写しても暗いところは写せる。連写し合成するのが得意なのだが、いかにも仕事をしている働き者のカメラっぽいが、しなくても写っていたりする。それほど違わないように見える。
 コンパクト系では暗いところは難しいのだが、このカメラは結構写せる。しかもかなり明るい目に。それが不思議だ。そしてAFが結構合う。しかも早い。これもコンパクト系としては珍しい。新しいタイプのWX800では合いにくいところでもすっと合う。ここは五年前のカメラの方がよかったと言うより、カメラの仕組みが違うのだろう。小さなカメラと、大砲のようなレンズの付いたカメラとでは。似たような仕掛けだとは思うのだが、一眼レフ並に合う。そしてミラーレスよりもよく合ったりする。
 これは得した気分だ。
 
 さて、いつもの薄暗い部屋での試写。カメラが届いたときは昼間だったので、夜にいつもと同じ条件の照明で実験。
 これは見事なものだ。モードはプレミアお任せモード。何でも来いという感じで、暗いのに鮮明。絵に艶があり、色もよく出ている。WX800で写していて思い出したソニーの写りだ。これは確かに強い。しかもただのコンパクト系なのに一眼レフで写したものより明快。まあ写りに関しては好みがあるので、評価に意味はあまりなく、本人が良いと思うかどうかだが、やはりこの写りを見ると、一寸違うことが分かる。
 それで何処まで分かるのかというと、もう既に一眼レフは必要ではなく、この一台で全部済んでしまうのではないかという感じだ。ただ、撮影の楽しさはまた別だが。
 このツアイスのレンズ、光源が入っても跳ね返す。流石Tスター。コーティングが良いのだろうか。夜景を写しても水銀灯、今はLED灯が多いが、自然な感じで光が散っている。ちなみにLEDになってからその回りに虹が出るようになった。これはカメラではなく、肉眼で見たとき。
 こういったコントラスト系のレンズは好きだ。解像力よりも、このコントラストの高さの方が印象に残るし、伝わってくるものがある。あとは合成で何とかしてくれているのだろう。室内では全て連写合成。慣れてくると、それほど遅いとは思わなくなってきた。
 いずれもさっと撮しただけで、じっくりとカメラを構えて静かにシャッターを押すという感じではない。これは散歩撮影中がそんな感じなので。それでも失敗が一枚もない。これは凄い。
 フルオートなので、AFも自動選択、カメラが好きなところを選んで写している。暗いとピントが合いにくいので、合いやすいところを探し出している感じだ。それほど多点ではなく、何百という測距点のあるα系とは違うが。
 これはもの凄いカメラを五年前見逃していたことになる。一度買いかけたのだが、それはキタムラの中古。他のネオ一眼より少し高かった。それと重い。それ以前にファインダーが20万ドットでは、というのが壁だった。
 まあ、近所の上新やエディオンにはソニーのネオ一眼など置いていないので、そのうち忘れてしまったのだろう。
 それを先日買った24から700までのポケットに入る旅カメラWX800で写したものを見て、ペンタックスで写したものより綺麗ですっきりし、鮮明だったので、ああツアイスかという単純な解釈を下したのだが、このレンズ、やはり凄いと思う。
 またはソニーの処理が上手いのか、どちらかだ。
 写真はレンズで決まるというコピーをコンタクスがやっていた。ヤシカ製だが。当然売りはボディーのヤシカではなく、レンズ側のツアイス。ヤシカもレンズを作っていたがヤシノンという可愛い名前だったことを思い出す。
 とにかく他のネオ一眼で写したものとの差が明快。
 WX800を使っていて、こんなによく写るのに、ポケットカメラとして使うのはもったいないと感じた。しっかりと構えて写したいと。HX400Vを買った理由はそれだろう。ただ五年前のカメラなので、映像エンジンがどうのという心配もあったが、写りはWX800よりもよく、AFもいいし、早い。これはいったい何だろう。ただ合成処理時間やバッファの溜撮りの差は最新カメラの方が良いが。
 
 朝の喫茶店までの道沿いを写すが、これは背面液晶の見え方を試すため。WX800の方が明るくくっきりと見える。そこは五年の差だろう。しかし、よく見える方だ。日中モードというのはない。一番明るいところまで上げればいい。
 ファインダーは本当に構図を取るだけの、ピントなど分からないし、細かいところもよく見えないレベル。ただ望遠側にすると、ピントは見える。よく見えるのではなく、ピントが来ていないところはボケているのが分かる程度。まあ、これで十分だ。だがファインダーで被写体をじっくりと見ながら撮影するというタイプではない。
 構図を決め、何処にピントが来るのかを確認するだけ。ここは昔の透視ファインダーのコンパクトカメラに近い。
 
 電源ボタンは柔らかく、軽く押せばオン。これが気持ちがいい。もの凄くソフトだ。やや中央部にあるのだが、片手持ちでも指を立てれば押せる。
 ズームはレバー式の方が早い。鏡胴のリングでもズームできるが、こちらは動画向けのようにゆっくり回る。ただ微調整がしやすい。電動だが。行ったり来たりが楽。このリングがマニュアルフォーカスのときのリングにもなる。切り替えは鏡胴側にある。
 ボタン類は少ないが、ファンクションボタンも使いやすい。
 この大きさと重さは振り回しやすく、グリップもよく効いており、握りやすい。
 
 

■■ 2019年11月7日 木曜日 午前9時02分
 
 今朝も晴れている。千切れたような雲が出ており、柳のようにたれているのもある。雲だけでオーロラを作っているような。小さいがそういうのが無数ある。分かりにくい雲だが、空の雲が変わってきたことだけは確か。妙な風でも吹いていたのか、その痕跡かもしれない。または、そういう空気が入ってきているのだろう。この時期は北から来るのだろう。
 今朝も昨日に続いていい時間帯に起きてきたが、少し遅い気味。それでもいつもよりも早いだろう。いつもが遅すぎたが。
 昨日は早起きしたわりには夕方前に行く喫茶店の時間帯は同じようなものだった。早起きした時間は何処へ消えたのだろうか。いつもと同じようにしていたので、犯人がいない。時間泥棒だ。しかし、昼寝をした。これは前日もしているが、それが長かったのかもしれない。だから、何かしたという思いがない。寝ていたので、そこで時間を消耗していても分からなかったのだろうか。だが、それほど長い昼寝ではなかったように思えるが、寝る前と起きたときに時計を見たわけではない。やはり時間泥棒の犯人は昼寝だった。
 ということは早起きした分、寝た分が少ないので、それを取り戻しただけのことかもしれない。別に眠さはなかったのだが。
 まあ、夏場に比べて寒くなると、昼寝の時間も長くなる。夏など、うとっとしただけで終わることもある。
 今朝は裏毛ボア付きのネルシャツのようなのを着ているが、昨日衣料品売り場で、スタジャンのようなのを見に行ったとき、同じものがあった。それも入口の一番目立つところに。カッターシャツの裏側にボアが入っているタイプ。その日着ていったものと同じだ。しかし、カッターシャツではなく、ジャケットとなっていた。カッターシャツ売り場はもっと奥にある。季節物の上着が入口にある。
 やはり、このタイプが暖かいし、今の時期なら間に合う。それで目的のスタジャンだが、ない。消えていた。全部ごっそりなくなっていた。二台のハンガー台に、デザイン違いとか、サイズ違いがずらりと並んでいたのだが、消えている。その消えた跡をよく見ると、通路。だから定位置ではなく、臨時に置いたものだ。これはたまにある。ある日、突然現れ、突然消える群れ。これは他店で売れ残ったものを回しているのだろう。同じ会社の。ここは平和堂。他の町にもある。
 それで、そのジャンパーのようなものを探しているとき、三割引で集められた一角がある。売り場の端だが、婦人物との境目。
 そこに裏毛ボアのジャンパーがあった。前日見たものではなく、いかにものジャンパーで、定番スタイルだろうか。普通に襟が立っており、首元が暖かそうだ。フードとかの飾りはない。シンプル。
 表生地はフワッとしており、ウール風だがポリエステルの加工品だろう。表生地が柔らかく、これだけでも憩えそうだ。
 ポケットもまずまず。胸ポケットは小さすぎるが二つある。ただのアクセントのように。
 首元は畝の入った柔らかそうで暖かそうなタイプ。ただ、サイズ違い、色目違いがあるが、全部揃っていない。
 以前はこのタイプのジャンパーだけで真冬を越したものだ。意外と薄着だったような気がする。最近は南極でも行くような重武装にいつの間にかなってしまった。
 
HX400V
 先日買ったソニーのポケットに入る旅カメラを見ていると、急にソニーのネオ一眼が気になった。といっても1インチサイズの20万近いネオ一眼ではない。今は、高倍率ズームでソニー製と言えばそれだが。
 しかし24から600だ。そのもっと前に出していた受光素子の小さなソニー最後のネオ一眼がある。その後五年ほど経過しているのに出ていないので、もう終わったのだろう。ただ、海外でその後継機が出るという噂があった。改良点はファインダーの解像力を上げたことだろうか。
 ソニーのそのネオ一眼HX400Vだが、電子ファインダーは2インチ20万画素だろうか。非常に小さく、解像力などは、初期の電子ファインダーに近い。これがネックで、結局は買わなかったのだが。
 当時でも解像力はその倍が普通にあった。さらにその倍になり、今は100万画素前後まで上がっている。キャノンやニコンはさらに細かくミラーレス機と同じレベルにまでなっている。
 HX400Vが毎年後継機を出しておれば、当然ライバル機と足踏みを揃えて解像力を上げていたはず。
 その五年の空白が惜しまれるが、四年前にニコンのP900という戦艦カメラを出しており、それもまだニコンでは現役機。だから、それほど古いカメラではない。ついこの前の話しに近い。
 ソニーで言えば世界最速AFのα6000が出たあたりだろうか。0.08秒だったと思う。今はその後継機6400が0.02あたりだろうか。もう少し遅いかかもしれないが、正確な数字は覚えてない。どちらにしても0.1秒と0.2秒の差は何とか分かるだろうが、0.01秒と0.02秒との差などはもう分からないだろう。
 さて、HX400Vだが、実際にはソニーではまだ現役機だ。それだけにファインダーだけが厳しい程度だろうか。
 しかし、昔のネオ一眼や、電子ファインダー付きのデジカメはもっと小さく粗かった。
 最近は2インチあたりが平均的だが、パナソニックなどは次々に上げている。
 このソニーのファインダーは今はなき大阪梅田のソフマップで覗いたことがあるが、昔なので、そんなものだと思い、見ていた。
 ただ、小さく解像力が低くても、色々と工夫が成されていて、滑らかに見えるような仕掛けもある。
 ただ、望遠だとピントの山程度は見えた。手前と背景の違い程度は。だが、距離が接近している場合は、どちらに合っているのかは分かりにくかったが。
そのため、こういうファインダーは目安で、ファインダーでピントを見るタイプではなく、AFフレームが被写体にあたっているかどうかで判断する。だからただの覗き窓だ。
 このカメラを買うときの壁はそれだろう。しかし、ここまで解像力が低いと天晴れという他はない。より綺麗に見えるファインダーを追いかけるよりも。
 それにこのあたりのカメラ、背面液晶撮影が実際にはメイン。電子ファインダーはおまけのようなものだ。
 その小さなファインダーは相手にしないで、そのかわり液晶がチルト式で上下に回転するタイプ。ネオ一眼では今では珍しい。富士にそれが多かったが。
 WX800は液晶しかないのだが、チルト式なのでほとんどの撮影はウェストレベルで胸か腹の位置で写している。これが実に写しやすい。小さなカメラなので、そのほうが安定する。
 だから、ソニーの大きなネオ一眼でも、ウェストレベルで液晶を下に見ながら写すスタイルがいいだろう。
 昔のサイバーショット最上位機も、そのスタイルが多かった。レンズを回すのではなく、ボディを回していた。回転しているのはボディーだったが。
 そのサイバーショットはもっともっと昔のカメラなので、背面液晶も電子ファインダーも解像力などほとんどなかった。当然背面液晶の方が見やすいので、そちらを多用していた。
 いずれもレンズ回転かボディー回転かどちらか分からないような捻るような構え方はカシオの初代機から来ているのだろう。デジカメだからこそできる世界だ。
 中古で見ると2万円台。これは買いだろう。
 
 

■■ 2019年11月6日 水曜日 午前8時34分
 
 今朝も晴れているが寒い。そして今朝は早く起きてきた。理想的な時間かもしれない。夜中一度起きただけで、そのあと朝まで寝たようだ。目覚めがよく、一発で起きられた。二度寝をする気がないほど。しかし、時間が早い。夜中起きは寒かったためだろうか。毛布を掛けると、ぐっすり眠れたようだ。暑いとか、寒いとかで目が覚めたりするのだろう。当然トイレも。
 朝が早いためか、日が長いのではなく、影が長くなっている。夏は日が長く、冬は日が短いのだが、夏至と冬至が区切り。いずれも文字通りで、夏ではなく夏の手前のような、真夏へと至る頃と、冬ではなく、真冬へ至るところの頃。まだ真夏ではなく、まだ真冬ではない。
 昼と夜の長さが同じになるのは所謂お彼岸の日。これも二回あり、春分と秋分の日として有名。お彼岸の日と重なる。墓参りなどへ行く日だ。これも春の彼岸と秋の彼岸がある。秋の曼珠沙華、所謂彼岸花が合図。
 いずれも見えている世界だ。昼が長いとかはもろに分かる。確かめられる。たとえば夕方の早さなどで。こういうのは分かりやすい。そういうのはあたりまえのように感じているが、徐々の変化なので、ある日突然と言うことはない。
 百歩分は飛べないが、一歩分なら普通に歩けば飛べる。だから飛んでいない。
 当然今朝なども寒いので冬の服装の人が目立つ。軽い目のあんこ入りジャケットを着ている人が多い。まだ重武装ではないが。しかし、薄い目のダウンジャケットでは寒いようで、チョッキなどを加えていたりする。
 先日見た裏地に少しだけ毛が立ったようなのがあるスタジャンのようなのが気になるところ。裏に毛が生えているスタジャン風なのを真冬でもずっと着ていたことがある。いつの間にかダウンジャケット全盛時代になったが、意外とダウンジャケットは防寒性に弱かったりする。それよりも表地が偽ウール地のような綿入りの方が暖かい。まあ、ダウンジャケットの表生地がナイロンやポリエステルなので、首に直接あたる箇所はやはり最初ひんやりする。
 昨日は非常に薄いライトダウンジャケットを着たが、寒かった。それよりも、ネルシャツの裏に毛羽立った裏地が付いているタイプの方が暖かかった。
 
 昨日は少し早起きだったので朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩を久しぶりにする。よく晴れていて絶好調。この遠回り帰路散歩をすると、その日は遠出はできない。まあ、風邪っぽいので、行く気はないが。
 こういうよく回る散歩コースの方が遠出したときよりもよく写真を写す。枚数が多い。慣れた場所で、スポットを知っているためだろうか。それで、同じようなものを無駄に写しているが、持って行ったカメラにより絵は違うので、同じではないが、見る人にとっては同じだろう。被写体が同じなら、同じ写真だ。
 久しぶりなので、紅葉が進んでおり、それだけでネタになる。しばらくこのコースを寝かしていると、違った風景に見えるのは季節の変化だろう。
 ススキとか、箒のような、もっと密度の高いのが生えている。この時期のものだと思われるが、何度もこの季節同じ場所で、同じような構図で撮っているが、それも多少は違うはず。立つ場所が。
 二重像合致式距離計というのがある。ライカなどで有名だ。あれは少しずらして見えているのを一つにするのだが、左目と右目では見えている角度が少しだけ違うように、同じ場所に立っても、僅かなズレがある。当然去年のことなど忘れているが、このズレを合わすことで、距離が分かる。カメラはそうだが、では現実では何が分かるのだろうか。これは身長が伸びる子供時代なら、違いが分かるかもしれない。以前よりも背が高くなったので、角度が違ってくるので。
 さて、昨日はキヤノンのネオ一眼とサブでポケットにソニーの旅カメラを持って行った。ズーム的にはネオ一眼の方が幅があり、これ一台で十分なのだが、ソニーのWXは最近買ったばかりなので、写りをもっと見たいので、ついでに持って行った。ポケットに入るので、鞄に負担をかけない。
 写りはソニーの方がいいようだ。その鮮明さはキヤノンは負けている。流石ツアイスという感じで、見事なものだ。特に近距離では凄い画質で、今持っているカメラの中で、一番鮮明に、そして鮮やかに、派手な写り具合のカメラだろう。ただどぎつさではニコンのネオ一眼の切れがいいが。
 キヤノンのは至近距離で手前のものにピントを合わせても背景に合ってしまう癖がある。だからファインダーを見て写さないと、危険。液晶だけでは広角端だと分からない。21ミリなので。それで、液晶と自動選択のAFに任せているのだが、合っているように囲っているのに、合っていない。この割合はかなり多い。ファインダーさえ見ておれば、それはすぐに分かるのだが。
 ところが背面液晶だけのソニーは、そういうことが少ないので、安心して、写せる。この違いは大きい。だから背の低い花などでの接写はソニーに任せている。3センチほど寄れるはず。これは長い方だ。キヤノンは0センチまで寄れるのだから。まあ、そこまで寄るとレンズやカメラが影になって写せないが。
 鮮明なソニーだが、木の葉などが密集しているような細かい輪郭というか、そういうところではエッジが立ちすぎるのか、ざわざわした絵になる。悪く言えばギスギス。まあ、そのほうが明快に見えるのだが、ツルッとした感じではない。そうなるとフワッとした写真になってしまう。その方面ではペンタックスが優れている。地味な絵だが、トーンが綺麗だ。これは受光素子の大きさの問題かもしれないが。ソニーは目が覚めるほど鮮明で、ペンタックスは眠い。いずれもフルオートで、何も弄らないで写した場合だ。まあ、いつもその写し方だが。
 ペンタックスは露出が厳しいので、露出補正をしないと、飛びやすい。露出が合えばシャープな絵になるのが特徴。一眼レフなので、露出は反映されないので、露出があっていなくても分からない。
 キヤノンも色目は鮮やかで映えているのだが、どこか淡泊なところがある。まあ、これはそのカメラ、その機種に限ってのことだと思われるが。
 猫がいたので写すが、ソニーで写した方が鮮明。そうなると、ソニーのネオ一眼が欲しくなるが、かなり前の機種になる。その後出ていないので。ファインダーも小さく粗い。
 今回買ったWX800は最新式なので、以前のよりも明らかに鮮明。映像エンジンなどの進歩だろうか。
 デジタルズームで倍になるが、以前は使う気もしなかったが、今回のはデジタルズームだとは分からないほど使える。700ミリ少しあるので、キヤノンのネオ一眼が1400ミリ近くあるので、望遠では並んでしまう。だから、ソニーだけで写してもよかったほどだ。
 カメラマンがキヤノンからソニーへ乗り換えているというのはたまに聞く話だが、写りよりもミラーレスの方が効率よく写せるためだろう。特に瞳検出などは、顔認識だが、目玉にピントが来る。そしてピントが来ていることはファインダーでマーキングされ続けるので、安心だろう。追従し続ける。
 受光素子が小さく、しかも高倍率のキヤノンとソニーの写りを見ただけでも、その差は明らかにソニーが勝っている。
 昔、ペンタックスの一眼レフで写していて、ローライ35で写したフィルムを現像して焼いたのだが、目からうろこが落ちた。一眼レフではなくコンパクト系だ、しかしそのローライにはゾナーが付いていたのだ。しかもピントは目測式なのに。その鮮明さに唖然とした。そしてすぐにペンタックスを友達に売り、コンタックスRT何とかというのを買う。ヤシカ製だが、その第一号だ。
 だからツアイスのレンズは怖いのだ。しかもこのWX800に付いているのは星マーク、スターマークだ。ばらつきがないように、ある基準を満たしたものだけを出荷するというものだったと思われる。それとコーティング。
 まあ、あまり写りがいいカメラより、ペンタックスのようなレンズの方が気楽だが。どこか味わいが出てくる。
 しかし、このWX800は怖い。α系へ行きたくなる。しかしα系ミラーレスのレンズに24から700というのはない。
 キヤノンネオ一眼のFX70は撮影の素早さでは最高だ。やはりファインダーがあると、素早い。そしてグリップも効いているし、手ぶれも効いているので、望遠でも構えた瞬間さっとシャッターが切れる。そのシャッターが軽く、さっと落ちるのは気持ちがいい。ここはカメラの小さなWX800では致し方ないところで、ガタガタするし、シャッターボタンも固い。両手でしっかり持って写してもガタガタする。腹のところで構えて液晶を上げて、親指でじわっとシャッターを切れば何とかなる。写りはいいし、ガタガタ画面は揺れていても、決してブレていない。意外だが。
 ソニーの小さなカメラ、しっかりとファインダーを見ながら写せるネオ一眼が欲しくなったが、かなり古いので、同じような絵になるとは限らない。しかし、かなり前に買ったサイバーショット最上位機の写りは文句なしだった。レンズにボディーが付いているようなカメラだった。まだ昔なので、赤外線撮影で暗闇でも写せた。ただし、ビデオでそれが問題になり、遠距離まで飛ばないような仕様になっていたようだ。
 そしてコンパクト系では必ずツアイスのレンズになる。
 
 
 
■■ 2019年11月5日 火曜日 午前8時56分
 
 今朝は晴れているが寒い。10度を切りそうだ。晴れている日の朝は寒いと言うがその通り。当然夜も寒い。最低気温が出るのは明け方前だろうか。
 寝起き、喫茶店へ行くのだが、秋物では当然寒い。これで大丈夫かと思いながら出る。冬の寒さではないので、冬の服装はまだだろう。だが、秋物では寒いだろう。
 昨日は衣料品売り場でバーゲンをやっていたので、覗いてみる。冬物のTシャツやポロシャツが山積みされていた。同じものが大量に。いずれも裏地に工夫があり、突起が出ている。裏毛だが、色々と種類があり、腸内の突飛のようなものから、本物の毛を模したものもある。それらが暖効果を生むのだろう。
 カーディガンのように着るタイプが結構あり、内側に着るインナータイプだろう。中に一枚着込むと言うときにはいい。
 あとは上下揃いのそのタイプ。これは寝間着、部屋着。上下付きだが安い。しかし上のシャツのようなのは着ないことがあり、それならいい部屋ズボンを買った方がよかったりする。これも当然中が暖かいタイプ。いずれもポリエステルで、様々な形をした裏地だ。ふんわりとしたもの。
 ジャンパー系は真冬ものも出始めているが、まだ序の口だろう。
 その違いはアンコ。詰め物がまだ少ない。これが今着るタイプで、ダウンジャケットのような大袈裟なものではなく、ジャンパー系で中が暖かそうなタイプ。そのため、あまり嵩高くはない。
 そしてペラッとしたパーカーやレインコート風なのは消えている。アンコが入っていないものは、もうなくなっていた。それでは寒いためだ。これが本来の秋物だったのかもしれないが、着る期間はほんの僅か。中に着込んでも、着込んだ上からさらにアンコ入りを着た方がいい。
 フード付きのパーカーの冬物が大量に出ている。いずれも形は似たようなもので、スタジャン風なのが旬だろう。あとは表面生地の違い。そして裏地の繊毛タイプの違い。
 こういうのは今買ってすぐに着られるタイミングだが、12月までだろう。真冬になると、それらは頼りなく思え、重武装のダウンジャケット系へ行く感じ。
 まずまずのダウンジャケットも出ていた。こちらになると防水性が表示される。それまで見たタイプにはそれがない。防風や蒸れ防止や除菌とかの表示はあるが、肝心の防水性がない。まあ、ダウンジャケットの中にも防水性がないタイプは多いが、分厚いので、染みこむまでかなり時間がかかるので、冬物は防水性を考えなくてもいいのだ。やはりメインは暖だ。
 昨日見た中ではジャンパー系が良さそうだ。表生地がぬめっとしており、皮を似せた偽皮ではないが、ぬめり具合がいい。防水性がありそうな感じだが、その表示はない。革ジャンとパーカーの間ぐらいだが、表面がよい。バリエーションが複数あり、襟のないタイプもある。フード付きもあり、こちらは取り外せる。襟がフードと一体ではなく、襟は襟で独立している。首元が隠れる。寒いのは首だ。そして手首に絞りがあり、さらにもう一枚出ている。ベロのように。これは運動性がいいだろう。袖からの隙間風を防げそうだし、手首に直接あたるのはこのベロのようなののが引き受けてくれる。ここと首は直接肌と接するところ。だから感触がもろに伝わるところだろう。
 まあ、ポリエステルの塊のようなタイプだが、これで本物の自然繊維を使えば重いものになるはず。
 今朝は結構早い目に目が覚めてしまった。頭がイラッとする感じがあり、これは風邪だろうか。それとも電気毛布や分厚い毛布を被って寝たので、暑苦しくなったのかもしれない。
 それで、早い目に起きてこられたので、余裕がある。朝の喫茶店は定休日を忘れていて、その前まで来てしまった。自転車が止まっていないので、すいていると思ったのだが、電気がついていなかった。シャッターは閉まっていない。以前は閉まっていたが、台風の風でへこんだのか、歪んだのか、途中で引っかかって開かない状態になっていた。それでも営業していたが、それを直していないのかもしれない。だから、近付くまで開いているように見えてしまった。
 昨夜も夜の徒歩散歩に出たが、それほど寒くなかった。急ぎ足で歩いたためだろうか。
 
上新カメラ見学
 上新リアル店に寄ったついでにデジカメなどを見る。
 この秋から冬にかけてのクリスマス時期までには出そろうような新製品に注目。既に出ているのはソニーのα6100だろうか、リアル店にはα6400があるが、それよりも安い。α6400は出てそれほどたっていない。その上位機がα6600で、これは最上位機だったα6500の後継機。α6300というのもあり、それはα6000からコツコツバージョンを上げたもの。
 それを上げていく過程で、上位機が加わった感じ。
 α6100の位置づけだが、最上位機α6600と同時に出ていたはず。そこから見ると、α6400は中級機のように見えてしまうが。
 α6100とα6400との差が紛らわしい。ほぼ同じようなものに見えてしまうが、電子ファインダーの解像力が違うらしい。しかし、実物を見比べても、よく分からなかった。AF性能や多点性では同じだろう。
 α6400から見るとボディー内手ぶれ補正が付くのがα6600との違いらしいが、大きく重くなっている。しかし外観はα6000からあまり変わっていない。極端なデザインの違いはない。
 ではα6100は何だろう。急に数字が下がっており、α6000の次の数字だ。ここは欠番だったのだろう。
 α6000はまだ売られているのか、上新にもあるし、エディオンにもある。ただ上新では予約となっている。在庫がなくなったのだろう。
 α6000から比べるとα6100は最新の美味しい機能やスペックを載せているので、その流れに乗れる。ただα6300などはどうなったのだろう。見かけなくなった。
 α6000はもう数年も前のカメラなのに、未だに売られており値もそれほど下がらないという奇跡的な寿命のカメラ。しかし今は10万円を切っている。当然新しいα6100は10万円以上するが6400よりも安い。12万あたりだろうか。α6400は15万円ほどで上新で売られている。どちらも高いことは高い。いずれもダブルズームキットだ。
 さてα6400や6600と対抗するために出したわけではないが、結構高いのがキヤノンイオスMの新製品。M6マーク2が展示されていた。かなり高い。
 M6はぐっとカメラっぽく、操作しやすそうな感じだ。ただファインダーはない。それを最初か内蔵させたのがあるのだが、そのマーク2はまだ出ていない。つまりキヤノンは高い上に電子ファインダーは別売りなので、結構な値になる。まあ、イオスキッスMがあるので、ファインダー付きはそちらへ行けばいい。それにまだ新しい。
 次がニコンだ。こちらはこの受光素子では初のミラーレス。しかもフルサイズミラーレスと同じマウント。かなり物珍しさがある。初代のためだろう。見たことのないカメラ。
 これは発売前なのか、まだ上新にはない。
 AFスピードはα系とあまり変わらないほど早いらしい。ニコン1という1インチ系ミラーレスがもの凄く早かったのだから、AFが遅いメーカーではないはず。
 そして一番カメラっぽい。このニコン新ミラーレスが一番の曲者かもしれない。値段はキヤノンほどには高くない。α6100の新製品と並ぶ感じだろう。
 こういうカメラっぽい形のミラーレスは富士に近いかもしれないが、ニコンらしい頑丈そうな質感があるようだ。防水機能となっているし。
 それとやはりオーソドックスな一眼レフカメラの流れをそのまま使っているので馴染みやすく、分かりやすい。
 そうなると、キヤノンは、イオスキッスMマーク2を出す必要があるだろう。こちらは今はα6000と値段は同じ。いずれもキットレンズ付きだが、キヤノンイオスM系レンズは小さく細いので、望遠レンズなども、ソニー系よりも小さく軽い。ただ望遠端が少し短いが。
 イオスM3ダブルズームキットの展示品をエディオンで以前買っており、レンズは同じものなので、キヤノンイオスM系なら、ボディーだけ買えばいいという話になる。
 しかしこれらのダブルズームキット付きは結構使いにくい。イオスM系の望遠は300ミリまでなので、それならオリンパスミラーレスの28から300の方が分がある。ファインダーも最初から付いているし。
 これはニコンの新ミラーレスもそうだ。望遠は少し長い目だが、一眼レフ系のキットレンズよりも短い。400ミリ行かない。
 そして標準ズームはほとんど使っていない。自転車散歩などに出たときは、レンズ交換などしない。だから望遠を付けて、ポケットのコンパクト系の広角で写す感じだ。そのコンパクト系の広角、それを望遠側にすると、ミラーレスや一眼よりさらに望遠が付いているので、それなら最初からコンパクト系一台で全部済んでしまうような話になる。
 単焦点レンズは実際には使わない。あれば日常の中で、写して楽しむこともできるが、散歩撮影で遠いところへ出たときは物足りない。
 要するにAFスピードや、夜景に強いとか、瞳認識とか、そういったものは決定打にならない。
 しかし、カメラそのものの魅力があるので、新製品が出ると調べては見るものの。基本的なところでは、ほとんど同じようなもの。
 ミラーレスや一眼のダブルズームキットや高倍率標準ズームなどよりも、キヤノンならネオ一眼がいい。これ一台で全部済んでしまう。
 ニコンの場合もそうだ。より広範囲のものを切り取れる。
 キヤノンネオ一眼なら21ミリの超広角で0センチ接写をしていたかと思うと、1400ミリ近くまで伸ばして小さな鳥をアップで撮れる。こちらの方が実用性が高い。さらにファインダーはイオスM系と同じだというのだから、覗いているときはミラーレスと同じなのだ。
 ということを結論づけたのはその日持っていたカメラがキヤノンのネオ一眼SX70だったためかもしれない。ちょうど去年の年末に出た最新機だ。キビキビ動く。そして、このカメラが一番素早く写せる。ズームなど手動よりも電動の方が早いためだ。しかも片手でできる。そして一眼レフに望遠を付けているよりも軽い。
 だから、新製品が出ていても、今一つの隙間がない。あれば便利だろうと言うより、不便になるためだろう。
 さて、そこでだ。上新のカメラ売り場をウロウロしていると、骨箱があった。
 展示品だろう。もうカメラは元箱にしまわれて開けられないようにサランラップで包んである。ここで売れなければ、上新中古店へ集められるのだろう。各店の展示品売れ残りを。
 そのカメラはキヤノンの一眼レフの一番安いタイプで、イオスキッスx9。それにレンズ一本付きと書かれてあり、ホワイトボディー。ずっと展示されていたのを思い出す。標準ズーム付ききっとなので、ダブルズームキットよりも安い。それとダブルズームキットを買っても望遠ズームは一度も使ったことがない人もいたりする。値段がそれほど変わらないので、ダブルズームキットの方が得なので、買っただけかもしれない。値段の違いは数千円。だから望遠レンズは数千円ということになる。
 このイオスキッスx9は結構欲しかったが、キッス9iの方が優れているので、それで迷ったまま、そのままにしていた。まあ、AFの点が多い程度だろう。どうせ、このタイプは中央一点だけで使う方が簡単なので、一点だけでも十分。それでも何カ所かで合う。
 この展示品。元箱の骨箱に入れられた。値段を見るとコンパクトデジカメの普及機より安かったりする。
 28から80あたりの標準ズームだけで写すのなら、これで十分だ。そしてキヤノンの標準ズームは沈胴とか電動とかではないので、手間がかからない。沈胴式は出す手間がかかる。それで面倒なので、伸ばしたままずっと使っていたりする。
 買うのなら、これだろう。
 その横に50ミリレンズがあった。蒔きレンズで有名。それも売れ残ったのだろうか。
 昔中古で買ったイオスキッスの3バージョンあたりがあり、もろにジャンク品。しかし、ダブルズームキットなので、望遠ズームも入っていた。このズームレンズ、一世代以上古いかもしれないが、まだ使えるだろう。
 まあ、キットレンズの単品売りも、結構安いが。
 それよりも、このキッスX9はカメラっぽくていい。既にX10が出ているが、値段は倍ほど高い。
 最新のミラーレスはAFがドタバタして面倒臭い。それに比べると、光学式ファインダーの一眼レフだと中央付近だけ、または中央一点がメインなので、分かりやすい。
 
 
 
■■ 2019年11月4日 月曜日 午前9時28分
 
 今朝は晴れているが、風が強く、大きな雲が出ている。雨は降っていないが、何となく荒れているような空。穏やかな秋晴れというわけにはいかないが、雨が降っていないだけ、ましだろう。
 今朝は普通の時間帯に起きてきたので、まずまずだが、少し風邪っぽい。この前、回復したのだが、また入ったのかもしれない。
 昨夜は夏布団に電気毛布という矛盾した寝方をしていたが、朝方寒くなったのか、毛布を掛けると、今度は暑苦しくなった。それで寝てられないので起きた感じで、自然な目覚めで早起きというわけではない。それほど早くはないが、最近としては早い方。全体的に遅くなっているため、遅い目に起きても早いと感じる。
 昨日も夜の散歩に出たが、寒くはない。足の方はまずまずで、歩き始めと歩き終えが同じような足取りならまずまずだろう。最後の方は足が怠くなったり痛くなるのだが、それがなかった。やはり続けて散歩に出ているためだろう。僅かな時間だが日常内で、そんなに長い目は歩かない。今度は距離を伸ばせばいいのだが、夜なので、散歩者がいる歩道から出ると、ただの不審者徘徊者になる。路地で立ち止まり、赤いものを発したりする。暗いのでカメラから赤外線が出るのだろう。これはオート撮影では切れないタイプがある。
 カメラは毎晩持って行くものが違うのだが、薄暗い条件なので、こんなときはやはり受光素子の大きな一眼系が強い。レンズは暗くても感度上げでなんとかなる。ピントも一眼系が早いし、合いやすい。
 しかし、それではあたりまえなので、そういうのをコンパクト系で何処まで迫れるかの方が撮し甲斐がある。
 その中で、一番優れているのがパナソニックのFZ300だろうか。しかしニコンの小さな一眼レフより大きかったりするので、コンパクトとは言い難いが。
 条件が悪いところでもこなせるコンパクト系が好ましいのだが、そうなると1インチ系の高級コンパクト系になる。レンズは明るいし、感度もかなり上げられるので、夜にも強いだろう。ただ、望遠不足なので、カメラ一台で何でも写せるというわけにはいかない。
 先日買ったWX800はそれなりに暗いところでも写せるが、合成モードに入ることが多い。結構綺麗に写っている。合成で感度上限が12800まである。これはかなり強い。暗ければ合成に入るわけではなく、それなりの明るさなら、普通のプログラムモードで写せている。望遠での夜景も、そこそこできるので、撮影範囲は広い。そしてポケットに入るので、重宝する。夜中、外に出るとき、とりあえず持ち出すカメラとしてはふさわしい。
 こういうのは常に使っていると常にパソコンと接続するので、そのとき充電されるため、バッテリー切れはない。それと、このカメラ、小さいが400枚以上写せるスタミナバッテリーを積んでいる。ここはソニーらしい。
 同タイプの旅カメラのニコン、パナソニック、キヤノンなどよりも、暗いところでも実用性が高い。いずれもカシオと同じで合成の力だろう。
 いずれも広角端だけなら、それなりに写る。問題は望遠だ。そのとき強いのがパナソニックFZ300で、ピントも早い。600ミリでもF2.8とレンズも明るい。感度はオートで3200まで、手動で6400まで上げられる。
 しかし、安定感は一眼の方がいい。ペンタックスK70は暗い目に写る。夜は夜として写る。
 これに80ミリ相当でF1.8あたりのレンズが安い。50ミリ相当は35ミリを買えばいいはずだが、少し暗くなる。
 この85ミリ相当は、標準ズームの望遠端程度の望遠で、望遠とも呼べないほどだが、一眼レフの光学ファインダーで覗くと、ファインダーが綺麗に見えるだろう。付けたレンズにより、見え方が違う。
 それと85ミリあたりならボケが分かりやすい。しかもレンズが明るいので、いい感じになる。
 80ミリあたりに固定されてしまうが、暗いところでは強いだろう。単焦点レンズを買うのなら、これだ。この80ミリ相当のレンズ、キヤノンに有名な蒔きレンズがある。安くて明るい。ただ、最短撮影距離が長い目で、手ぶれ補正は付かない。
 ペンタックスはボディー内補正なので、問題なし。それと最短撮影距離も結構短い。テーブルものも写せる。
 次に買うのならこれだろう。あまりレンズは買わない。変化が少ないためだ。
 単焦点レンズは50ミリ標準が基本で、これがフナ釣り。しかし望遠の方が好きなので、標準も80ミリあたりがいいのではないかと思える。28から80あたりのズームを付けて写すときも、ほとんど80ミリ側ばかりで写しているので。
 
 
 
■■ 2019年11月3日 日曜日 午前9時44分
 
 今朝も晴れている。いい感じだ。しかし、寒くなってきている。朝は陽射しがあっても肌寒い。日陰などに入ると、ひんやりするほど。
 まあ11月に入ったのでそんなものだろう。来月からは冬なので。というよりも年末だ。最後の月。これはあっというまに来るが、まだ11月なので、そこまで考えるのは早いし、考えもしないだろう。まだ夏が終わったあたりと思っていたりする。やっと涼しくなり出したわけだが、なりすぎた。
 昨日は晴れており、体調もまずまずだったので、このチャンスを見逃すと自転車散歩へは行けないと思い、昼の喫茶店を出たあとに出発。方角がいつもの帰路ではない。昨日出遅れると、今日になるのだが、今日でもよかったかもしれない。まだ晴れているので。そしてこの晴れは当分続くのだろうが、晴れにも質がある。良質な晴れ具合というのがある。まるで陶芸の焼き具合のように。タコ焼きの焼き具合もそうだ。これは焦げ具合だが。餃子もそうだ。
 それで行く場所がないので、前回行けなかった庄内方面を目指す。阪急の宝塚線にある町で、前回は豊中にずれ込んでしまった。上に上がりすぎたのだ。これは藻川の橋を何処で渡るかで決まってしまう。
 今回は前回と同じコースだが、藻川を渡るとき園田競馬場コースにならないように、阪急園田駅経由コースを取る。だから藻川の下流側の橋を選べばいいのだが、橋が多いので、どれがどれかが分かりにくい。藻川の土手に上がって、やっと橋の並びが分かる程度。
 まあ市街地を流れる川なので、道路も多い。
 それで、食満という村経由で藻川を攻める。新幹線と阪急が交差するあたりを狙えばいいので、高架脇の道をひたすら走れば最短コースとなるのだが、それでは風景が頼りない。あまり良いのがない。それで、くねくねと回りながら、食満の村あとの大きな農家などを見付けたので、そういうお屋敷を写しながら進む。
 結局、渡った橋は狙い通り阪急の鉄橋横の橋。電車内からよく見ている橋だが、今度は橋から電車を見る感じ。最近この電車にも乗っていない。用事がないので、大阪方面へ出る必要がないためだろう。ヨドバシカメラで全てのカメラを一気に見たいところだが、実物を見なくても、おおよそのことは既にネット上にある。
 橋を渡ると、そのまま線路沿いを進めば園田駅前に着くはずだが、その前に聖天さんがあるのを思いだし、線路から離れる。園田聖天。これは生駒山の聖天さんとは関係があるのかどうかは分からないが、生駒の聖天さん近くにある暗闇峠だったと思うが、そこにも聖天さんがあったとかなかったとかの話がある。そういう説明文を読んだことがあるが、曖昧で、違うかもしれない。要するに生駒の聖天さん近くにある聖天さんが園田に来たと言うことだろうか。移ったのだ。引っ越したのかもしれない。
 生駒の聖天さんは秘仏で、隠されている。見ることはできない。
 園田の聖天さんは、お堂の扉の硝子越しに見えなくはないが、反射してよく分からない。聖天さんとは象だ。だから像さんを見たかったのだが、覗き込んでまで見ていると怪しまれるので、参っている振りをしながらなので腰を落とせば見えたかもしれないが
 しかし、聖天さんは象なので、その形のままならこれは仏ではなく、神だろう。インドの神様だ。しかし仏教風な呼び方があり、歓喜天。まさにそのままの呼び名だ。
 一度来たことがある寺で、門は開いているし、境内はモータープールになっているのか、人の出入りも多い。そしてお堂と庫裏が近いので、ひとの家の庭先にお邪魔しているようなものだ。小さな寺だ。
 神社よりもお寺の方がゴチャゴチャした物が置かれているので、写すものが多い。ここでは不動さんとかを写した。後は水子系が並んでいたが、それはパス。
 そして横側から園田駅を攻める。細い道があり、そこに集中的に店屋が並んでいる。通り道のためだろう。大きな道ではない。人が多いので、駅から出てきた人か行く人だろう。駅前は殺風景。高架なので、風情はない。その近くにある八百屋とかの方が趣がある。飲食系、飲み屋が結構多い。
 そこから大阪方面へ向かえば十三に行ってしまうが、行き方としては阪急の線路の海側の沿道がいい。十三まで行けば、大阪梅田は淀川を渡ればすぐだ。
 それで、園田の古い農家などを写していると、もうそれでいいかという感じになり、戻ることにした。園田だけでも十分出掛けた感じになったためだ。
 戻りの藻川は別の橋を渡る。その土手がいい。草が生えているし、野道が続いている。土手道。見晴らしがいい。
 橋を渡るとき、山々がよく見える。土管だけの橋があり、その上にサギが群れで止まっていた。持ってきたカメラはペンタックスK70に28から200ミリまでのズームなので、望遠不足。ポケットにソニーの700ミリ越えのWX800を入れていたので、それで1400ミリほどになるデジタルズームで写す。劣化はほとんどないが、手ぶれ補正が弱いのか、ガタガタする。カメラも小さいので、不安定。やはり望遠は大きく重いタイプで写す方が安定していていい。画面はガタガタ揺れていたが、ブレていなかった。
 橋を渡るとき、墓が見える。尼崎市営墓地だろうか。広い。その先にイオンの看板。これはよく行く中古屋が近いことが分かったので、そこまで寄る。場所は山手幹線沿いなので、その下の道を行けば一発だ。
 まあ、そこでトイレ休憩と、飲み物を買う。遠出をしても水分の補給などはほとんどしないので、ペットボトルなどは持っていかない。途中で自販機でねじ式のを買う程度。しかも余る。
 中古屋に入ると、すぐに中古カメラを見る。あまり動きはない。ニコンの一眼レフのかなり前の機種が1万円台。ダブルズーム付きだったりする。ペンタックの一眼レフもあり、K1000だ。これも古い。SDカード以前のカメラだろうか。しかし、今も使えるはず。以前店屋でよく見かけたカメラなので。
 こういうカメラで一眼レフを始めるのがいいだろう。中身はそれほど変わっていないと思われる。
 フィルムカメラ時代の一眼レフやレンズが増えていた。カメラやレンズは安いが、フィルムが高かったりする。
 それで、この中古屋からの帰路は日常コースに近い走り慣れた道なので、もう遠出したという感じではなくなる。
 池があり、柵がしてあるが、朝顔系の花が咲いている。網柵に絡んでいる。こういうのは一眼で写す方が充実する。
 ただ、写りの冴えはソニーのコンパクト系がいい。鮮やかで、見栄えがする。それと一眼ではできない接写が効くので、広角マクロで背景まで写し取れる。
 昨日は、このWX800だけで十分だったような気がする。写りはそちらの方がいいし、望遠でも鮮明。流石ソニーの最新機という感じだった。これはα系ミラーレスへの蒔きカメラではないかと思ったほど。
 だが写真は画質を見るのではなく、写っているものを見るものだが。
 ペンタックスの、その写りの大人しさは、何とも言えない。優しい写りだ。
 最後は、いつもは夕方前に入る喫茶店。時間的にもちょうどだった。
 
 

■■ 2019年11月2日 土曜日 午前9時26分
 
 今朝も晴れている。やっと晴れが続く感じだが、自転車散歩にはまだ出ていない。気候的にはいい感じで、暑くないことは確かで、夕方頃寒くなりそうだが、陽射しを受けながらのんびり走れるのはこの季節ならでは。夏場無理だったのだが、今は可能。しかし僅かな期間で、しかも晴れている日となると、また僅か。その日行きそびれると、次はそんないい天気はなかったりする。
 今朝は久しぶりに遅起きから解放され、まずまずの時間に起きてきた。遅いと思わなくてもいい一日になる。だから時間を気にしないで一日過ごせるが、時間を間違って大変なことになったとかはない。いつもの流れのまま、順番にこなしていけばいい。つまり日課だ。ただ、その日課、外しても別に困らないが、日課がないとやることがなくなるので、必要なのだろう。ただの順番だが。
 そういう順番や中身は自然と決まっていく。消えてしまった日課や増えた日課などもある。新しいのを加えるのは、少し大層。また義務的にやらないといけないメンテナンス系は面倒。先送りしていたりする。やるのが嫌なためだろう。しかし、やり出すとそうでもない。やり始めるのが面倒。
 昨日も晴れていて自転車散歩日和だったのだが、行かなかった。やはり遅い目に起きてきたので、出ようかという気が起こらなかったのだろう。そのタイミングは昼の喫茶店を出たあとにある。しかし、もう遅いという感じがあり、今からではしんどいと思ったのだろう。それと行く場所がない。
 そのかわり、寄り道を少しだけした。この一寸した寄り道でも十分散歩気分が味わえる。戻り道だが、最短距離を走るのではなく、道をそれることで、散歩になる。歩が散る。
 寒くなってきたので、秋頃に買った分厚い目のカッターシャツを着る。これは秋頃はいい感じだったが、今は下に着る普通のカッターシャツになった。少し分厚い程度。付属品、おまけとして半袖Tシャツが付いていた。そういう着こなしをするのだろうが、夏の終わりがけや秋頃向き。しかし、結構分厚い。襟も高く、首が暖かいが、種も仕掛けもない普通の分厚い目のカッターシャツだが、今はその暖かさが好ましい。
 同じ売り場にさらに分厚いのがあり、こちらの方が安いのはおまけが付いてこないためだろう。しかし、どう見てもネルシャツの分厚いタイプ。意外と重かったりする。これも夏の終わり頃から吊されていたので、秋物だが、それにしては分厚いので、冬物に近い。これ以上分厚いカッターシャツ系はなかったりする。あとは上着のような登山用だろう。オーバーのようなカッターシャツ。そういうのは西部劇のカーボーイが着ているようなタイプだ。ガンマン映画での制服のようなもの。保安官もそれを着ているが、チョッキもしている。バッヂ用だろうか。
 夜の散歩は続けており、夜景撮影も一緒にしている。暗いところでもさっとピントが合い、薄暗がりでも望遠でいとも簡単に写せるパナソニックのネオ一眼がピカイチだ。レンズが全域F2.8と言うだけではなく、暗いところでのピントも早い。パナソニックミラーレスやオリンパスミラーレスよりも早かったりするし、さっと合うので、これはバケモノカメラだ。
 次に興味深いのはペンタックスK7。これは一眼レフだが、露出が変わっている。暗いところでは暗いまま写る。目で見た通りだ。だからアンダー気味に写る。他のカメラはほぼ昼間に近いように写るのだが。
 これはペンタックスのカメラが暗いところに弱いわけではなく、その上位機はとんでもない感度まで上げられるほど。パナソニックネオ一眼は3200までしか上がらないのだが、レンズの明るさで12800レベルと同等になる。それでもスローシャッターになるので、動いているものはしんどい。動体ブレだ。
 ペンタックスの露出を見ていると、望遠側に伸ばすとシャッターが極端に早くなる。そのかわり感度は極限まで上がる。上限は5万ほどだろうか。そこまで上がらないようにしているのはそこまで暗い場所ではないためだろう。だが、動いているものを止めたい場合は、感度上げで行くしかない。上限は指定できるが、明るい目の場所なら、そこまで上がらない。オート感度。
 絞り優先、シャッター優先の並びに感度優先がある。どのメーカーにもないモードだ。これは夜景などでは使えるかもしれない。
 一眼レフなので、光学ファインダー。そのため、暗いとよく見えない。明かりがあるところしか見えない。これが電子ファインダーなら、昼間のように明るく見えるので、ピントを探しやすいのだが。
 そして、オートで写すと、ファインダーで見たまま、つまり肉眼で見たままの明るさで写ったりする。ここが一寸癖があるところ。露出補正で明るい目に持って行けば、他のカメラと同じように明るい目に写るが、ある意味不自然だろう。薄暗がりを写したのだから、薄暗がりのままの映像の方が自然だったりするが、何が写っているのか、よく見えないが。
 このカメラ、味わい深いカメラで、特に写りが素晴らしいというようなものではない。だからこそ飽きないで写せるのかもしれない。
 カメラ操作の基本を踏むことで望む絵を得るというカメラだ。
 
 
■■ 2019年11月1日 金曜日 午前10時29分
 
 今朝は晴れている。最近調子が良いのか、晴れが続いているみたいだが、少し濁っている。爽やかな秋晴れではないが、晴れているだけでもいい。そのためか朝夕が寒いようだ。昼間はそこそこ気温があるのだが、以前の勢いはない。朝夕は秋で昼は夏のような。
 夜は寒いので、電気毛布を最初から付ける。これは寝る前に決める。そのとき、寒いと思うかどうかだ。昨夜は寒いと思ったので、電気毛布を付けた。
 電気ストーブはたまに付ける程度だが、寝る前冷えてきたのか、ずっとストーブを付けていた。晴れている日の夜は寒いのだろう。
 薄い秋物では無理な季節だが、昼間はそれでもいける。朝夕となると分厚い目の秋物か、軽い目の冬物が必要。
 まあ、毎年同じようなことをこの時期言っているが、少し言い方が違う。また、昨日と同じようなことを言っているが、これも文体が少しだけ違う。このあたりの揺れがいいのだろう。言葉などは同じだがつなげ方が違っていたりする。それと言葉の前後に付くものも。
 これはATOKでの漢字登録のときの品詞分けでずらりと並ぶ中から選ぶことがあるのだが、多すぎてどれがどれだか分からない。前置詞とか接尾語とか、感嘆詞とか、副詞とか、接頭語とか。ただの接続詞とか。変換されないときは方言だったりする。
 こういうのは試験のときにしか用がない知識だろう。言葉は伝わればいい。また言葉を使わなくても伝えることができたりする。
 今朝は昨日に近いほどの遅起きだったが、早い目に寝た甲斐がない。早寝すれば早起きになるとは限らないようだ。それと寒くなったので、布団の中がいいのだろうか。また睡眠時間は冬ほど長くなるのかもしれない。
 お寺の門前などに貼り付けてある標語のようなものに、朝普通に起きてこられることの仕合わせさのようなことが書かれているのを思い出す。目覚めたとき、何の不都合のない状態。まだもう少し眠っていたいとかと思うのは不都合の一つかどうかは分からない。だが、あまりいい目覚めではないのだろう。まだ夢の中にいたいとか、寝れば極楽起きれば地獄に近い。それなら毎晩極楽にいるようなものだ。これを地獄極楽の極楽ではなく、極めて楽な状態と解釈すれば、頷ける。だが、寝付けないとか、悪魔を見るとかでは寝れば蒲団に入れば地獄になるが。
 今日は晴れており、自転車散歩には丁度いい。風邪も引っ込んだようなので、あとは気分次第。しかし、遅起きなので、勢いがない。
 
 

■■ 2019年10月31日 木曜日 午前10時51分
 
 今朝は晴れているが夜は寒かったので、電気毛布を付けて寝た。最初からだ。寝る前から寒かったため。つまり、日が暮れてから寒くなった。
 さらに夜中、さらに寒いと感じ、足元で畳んでいた分厚い毛布を引っ張り出す。引けばずるっと伸びてくる仕掛けを作っていたので、一発で毛布が掛かる。暑苦しいはずの毛布だが、丁度いい感じになっていた。
 それで、安眠できたのかどうかは分からないが、起きるともの凄く遅くなっていた。前日のように、一度朝のいい時間帯に目だけは覚めるということはなく、一気に遅い目に起きる。
 まあ、寝る時間も遅かったので、そんなものかもしれない。夜更かししたのは昨日も遅起きだったので、ずれ込んだのだろう。寝る時間になっても、眠くなかったためだろう。まあ、風邪でも引いてしんどいときなら起きているのもしんどいので、早寝するかもしれないが。そのかわり、風邪など引いているときは、長い目の昼寝をしたり、夕寝までしたりして安静にしているので、昼間の睡眠の影響で、夜になってからが元気だったりしそうだが。
 まあ、寝坊というのは損をしたわけではない。その分身体が休まったはずだし、寝ていたので、充電していたことになるのだから。
 寝られないよりも、寝坊している方がよかったりする。ただし用事が日中多くあると困るだろうが。
 今朝は晴れているが空が濁っている。黄砂だろうか。
 そして10月も終わる。案外早かった。10月は目立たない月なのか。何か途中の目立たない駅を通過したような感じ。
 夜は寒くなっており、裏に毛の立ったものを着ているが、それだけでは役立たずになりそうだ。中にセーター類を着込むか、冬のジャンパーやオーバーを着ることだろう。まだそれは早いので、中に着込むのがいい。
 秋のイメージとして、毛糸のセーターを下に着ている絵がある。テレビドラマか何かの映像だろうか。季節が秋のドラマ。秋でないと成立しないドラマだった。タイトルにも秋が入っている。季節をいつにするかと適当に秋にしたのではなく、狙い撃ちの秋。だから衣装も秋っぽさを前面に出していたのだろう。一般的な秋の服装を。それが毛糸のセーターだった。これは冬のイメージが入り込むが。「それぞれの秋」とか、そういうタイトルだったように記憶している。
 季節をいつにするかでは、ドラマでは今が多い。今の季節だと、町の様子もそのままなので、楽なためかもしれない。ただ、急いで作らないと、いけない。だから少し今より季節が進んだ頃がいい。早い目の季節を。
 
ニコンP900での暗所撮影
 夜間の散歩中、夜景などを写しているが、これはスペック的な力がどうしても必要だが、コンパクト系でも結構いける。
 先日買ったソニーのWX800は合成で何とかするのだが、ニコンP900はスペックそのままで、反則はない。だが感度は6400まで。WX800は12800まであるが、これは実は拡張なので、内部で何やらしている。
 基本スペックといっても結局は暗いところでまで露出が追従するかどうかだ。それはできるだろうが、スローシャッターになり、実際には手持ち夜景は難しい。まあ、そういうブレブレの夜景も雰囲気があっていいのだが。
 暗所でのAF性能などを室内で実験してみたところ、一眼レフ系はほとんどいけるが、ミラーレス系がしんどくなったりする。コンパクト系はかなり危ない。合わせるのにコツがいったりする。
 そういう比べ合い実験をしているとき、P900を思い出したので、ついでに試みた。
 このカメラはプログラムモードなどに入れないと感度上げができない。できるが800までで止まる。6400で写すにはフルオートから外して、プログラムモードに持って行くことになる。ここではピントは中央一点に固定している。コンパクト系なので、合いにくいのだが、置きピンで何とかなるし、マニュアルフォーカスも単純で分かりやすいので、そちらで逃げるしかない。しかし、それでは面倒だ。
 それで試しにフルオートのときのAF自動選択に戻る。ニコンはあまりこの方面でのAFは大人しく、ドタバタしない。かなりコンパクト系は遅れている。
 しかし、その自動選択AFにした方が合いやすくなる。これはキヤノンも同じだ。
 それで暗いところでも意外とピントは早い方で、あっさりと合ってしまった。合いにくいだろうと中央一点にしたのに、取り越し苦労で、余計な配慮だった。自動選択でよかったのだ。
 それで、写したものを見ると、綺麗なのだ。すっきりとした絵。ノイズが飛んでいる。もの凄く消すのが上手いのだろうか。
 ちなみに人形を写したが、一眼レフで写したものよりも、ノイズがない。そんなアホなの世界で、人形の顔はさらっとした白い顔をしている。顔の暗い箇所、影の箇所にノイズが乗るのだが、それがない。嘘のような話だが、以前も、そんな感じだったのだが、それほど意識していなかった。どうせフルオートでは写せないので、プログラムモードに入れたりするのが面倒臭いし、入れるだけでは駄目で、感度をオートから外し、6400を選ばないといけない。メニューからさっとできるので、問題はないが。
 一眼レフやミラーレスでも苦労するのに、P900があっさりとクリアしてしまった。まずはピントが早い。さっと合う。怖い話だ。高い一眼やミラーレスを買った人にとり、あってはいけない話だろう。
 このカメラ、AFの素早さなどを売りにしていないはず。そして手ぶれ補正も。
 そのどちらも優れているので驚く。他のニコンのコンパクト系はそういうわけにはいかない。暗いと、かなり厳しい。だがニコンネオ一眼系は、別。
 超望遠でも2000ミリは厳しいが、暗いところでも4分の1秒が切れれば、何とかなる。2分の1秒まで落ちると、流石に厳しいのでブレることが多い。ただし結構望遠側で写した場合だ、条件は厳しい。コンパックと系の方が手ぶれに強い。
 これで、ピントが合いやすい方法が分かったので、前回は無限に固定して写したが、それを使わなくてもいいので、面倒が減る。それに遠方しか写せなくなるので。少しでも明るいところがあれば、ピントは合う。それがないときが問題。
 それでピント自動認識にすると、いいのを見付けて、合いやすいものにピントが来る。合いやすいものがないときは中央部になることが多い。昼間でも自動認識のはずなのに、中央一点になってしまう癖がある。
 それで、暗いのにピントが合うので気持ちがいい。そしてかなり遠くにあるものを望遠で写すが、これもピントが来て、明るい目に写る。
 ソニーのWX800も夜景を苦手としないがピントが少し苦しい。そしてピントは少し遅くなる。ジワーと合い出す。P900は素早い。これはP900の方が変なのだ。ただ、感度を上げた状態で撮影すると早いし、合いやすくなることが分かった。
 ただ、WX800の小ささに比べP900は大きすぎるので、その差は大きい。
 

■■ 2019年10月30日 水曜日 午前10時35分
 
 今朝は晴れている。しっかりとした秋晴れではないが、陽射しがあるだけいいだろう。気温は低い目かもしれない。夜中電気毛布のスイッチを入れた。強にしたままだったが、暑くなかった。気が付いて弱にした。すると、あまり暖かくない。被っている蒲団は夏布団なので、矛盾しているが、普通の掛け布団なら電気毛布はいらなかったかもしれない。または毛布を一枚足せば結構暖かくて、足を出さないといけないほど暑いほど。
 しかし、掛け布団の重さが嫌なのかもしれない。
 夕方が早くなり、肌寒く感じる。すぐに11月になるのだから、そんなものだろう。早いもので、押し迫ってきた。年末が。
 今朝の目覚めは昨日と同じで、いい時間に起きてきたのだが、また寝た。眠くての二度寝ではなく、起きることもできたが、少し早いと感じ、もう少しだけ寝ようとした。それが少しではなかったようだ。昨日と同じパターンだ。
 しかし、起きなかった理由として、一日が長くなると思ったからだろうか。長いと余裕ができ、色々とできる。自転車散歩にも行ける。そして、昨日は一日が短く、余裕がなかったので、昨日よりも早く起きればいいのだが、それが面倒になったのだろう。気せわしい方がいいというわけではない。押し気味の一日では昼寝もゆっくりできない。
 しかし、時間にゆとりのある一日の方が疲れそうな気がしてきた。張り切れるためだろう。この張り切るとか元気で、とかが面倒なのかもしれない。今日なら色々できるというあたりが逆にしんどい。昨日と同じでいいのだ、少しだけ良ければいい。だから、あともう少しだけ寝て、それほど早い時間にならない程度の、張り切った早起きにならない程度の時間を期待したが、長く寝すぎたようだ。これはコントロールできない。だが、昨日よりも、少しは早い。それで満足するしかない。あくまでも昨日と比べての話で、または最近の平均的な起床時間に比べての話。ただ、平均起床時間というのはいつも起きている時間だが、これが変化する。そして流れがあり、急に早く起きるというのは、その流れに合わない。これまでの流れを踏まえた上でのことで、その流れに乗らないと、早く目が覚めたからといってもさっと起きられるわけではない。
 今朝は寝起きすぐに行く喫茶店までの歩道でミラーレスで写しているおばさん、これはもうお婆さんに近い年代だが、それを目撃した。その歩道と車道の間はバラの生け垣。バラ園から来ているもので、世話もしているのだろう。その歩道脇に以前はバラ園があった。
 そのバラを長いレンズを付けて接写している。ミラーレスの型番は分からないが、ファインダーがないタイプで、少し大きいので、パナソニックではない。それに望遠のように長いレンズ。これでは近距離のバラなど写せないだろう。すると、高倍率ズームかもしれないが、接写にそれほど強くはないはず。カメラは白っぽい。レンズも白っぽい。
 長そうなレンズで接写できるとすれば、マクロレンズだろうか。わずか数センチの距離で写している。オリンパスの高倍率ズームの広角側だけの接写がかなり効く。それかもしれない。しかし、カメラの軍艦部に出っ張りがないので、α6000系のようにフラット。残るは富士だろうか。
 この高齢女性と富士は何となく合いそうだ。自転車から降りて写している。ウロウロしているのだろうか。被写体を求めて。移動中、偶然薔薇を見付けて写したとしても、スマホなら分かる。それなりのカメラで写しているのだから、それを日常移動中の鞄に入れるというのは逆に珍しい。
 当然撮影スタイルは背面液晶を見ながらで、ファインダー撮影ではない。まあ、手かざしの方が構図が自在なので、そちらの方が撮しやすいのかもしれない。
 それを見て、そのカメラ、最近出た富士の普及機A7ではないかと思った。ファインダーのない一番安いシリーズ物で、7まで来たのだろう。それなりに大きい。しかし、レンズの長さが気になる。
 富士のキットレンズの標準ズームの安いタイプは結構最短撮影距離が広角端だけは短く、接写もの、テーブルもの、料理もの、小物などを写すときに便利にできている。
 それよりも、ファインダーのないミラーレス。背面液晶だけで写すスタイルが、何となく気になった。
 最新の、Aシリーズの動画を前日偶然押してしまい、富士のページへ飛ばされて宣伝動画を見てしまったので、その印象が残っているのかもしれない。
 大人の旅カメラだったか、どうかは忘れたが、そういう女性が京都旅行のシチュエーション。コスモスを写したり、京都の花街あたりの建物を撮したりしている。ここは私道では撮影禁止になっている場所だろう。
 カメラは小さくなく、レンズも飛び出している。ただ、電動ズームで、白いレンズ。沈胴にはなっていないのかもしれない。
 つまり、一寸ボリュームのあるカメラで、コンパクト系に比べて重いだろう。一眼レフっぽいデザインではなく、軍艦部がフラットで、すっきりしている。これがいいのだろう。
 落ち着いた雰囲気で、観光地や、珍しいものをポチポチと写している。自撮りをしたりとかも。
 ミラーレスだがファイダーのある本格的なカメラではない。そこがいいのだろう。富士ミラーレスの中では一番安いはず。キットレンズはその標準ズームだけ。一つ上の機種はダブルズームキットがある。ファインダーが付く。
 まあ、キヤノンもそのラインナップがあり、パナソニックにもあり、珍しいものではないが。
 そう言った非本格派のカメラの方が憩えるのかもしれない。撮影旅行ではなく、旅がメイン。
 
オリンパスEM10の不思議
 オリンパスOMDシリーズの中のEM10というカメラがある。今はEM10マーク3まで行っているはずで、店頭にあるのは、これだろう。もう一台があり、それはファインダーのないタイプで、オリンパスペンのような感じ。ペンではないタイプが一番安く、それにファインダーが付いたような感じがEM10系。実際に最上位機から二つ降った機種で、EM5が途中にある。EM5はマーク2だったのだが3になったばかりだ。まだ店頭にはないというより、近所の上新では最初から置いていない。上級機と中級機は抜いている。
 さて、少し前に買った中古のEM10だが、これは初代。3まで出てしばらく立つので、結構古い。これのキットレンズ付きで、28から80あたりまでのパンケーキ電動ズームが付いている。この小ささ薄さはパナソニックの同タイプと並ぶ。パナソニックとオリンパスは同じマウントなので、取り付けられる。
 オリンパスの大枠だが、別枠の大きなミラーレスもあり、それは最近出たもの。縦型グリップが最初から付いているので、それで大きく見えるのだろう。
 さて、ここで妙なことが起こった。それは誕生日に買った中級機EM5マーク2と、下位機でさらにバージョンも3ではなく1の初代との違いで、あれっと思ったことがある。
 それは最近暗いところを多く写していて、ピントが合いにくいので、部屋にあるカメラの中で、一番暗いところに強いカメラはどれかと試していた。
 一番はやはり一眼レフだ。ただ、ファインダーも光学式なので、暗いところでは暗くしか見えないので、合わせるターゲットが暗くて分からなかったりする。
 EM5マーク2は合うには合うが、なかなか合わない。ところがEM10なら簡単に合う。これは何だ。
 EM5に付けているキットレンズの、これもそれなりに高い28から300相当のレンズの問題だろうかと思い、EM10のキットレンズの望遠ズームと入れ替えたりしたが、やはり同じ。
 そしてEM10にそのレンズを付けても、やはり合いやすい。だからレンズが問題なのではなく、ボディーだ。しかし、新品で買っているし、まあ、今までもそんな感じで、暗い場所でも結構写しているが、かなり暗い場所となると、写す機会もなかったので、試したわけではないが、故障ではないと思う。
 では何故か。たったこれだけの実験では何だが、古くて安いカメラの方が暗いところでのAFが早いし、まずまず合う。
 さらにEM10に28から300までの高いキットレンズを付けたものと、安いダブルズームキットの一つである300までの望遠ズームでの写り方を見ると、安い方がいい。まあ高倍率ズームよりも、それほどズーム比のない望遠ズームの方がいいのかもしれないが、それにしてもこのズームは1万円台であるだろう。安くて軽い。
 それと色目。これはレンズではなく、ボディー側だろうが、EM10で写したものは濃い。個人的にはこちらが好みだ。設定はフルオートで、色目は一切弄っていない。
 ではEM5マーク2は何だったのか。誕生日の日に買ったカメラで、それなりに高かったのだが、中古屋で色々なおまけ込みで安く手に入れた下位ランクのカメラキットの方がよいというのはどういうことだろうか。これは得をしたのか、損をしたのか、よく分からない。
 一番不満だった電源レバーも、好みの位置にある。右手側だ。そして、これも気に入らなかった液晶の回転がEM10は上下式。やや固いが、下方向にも回転するためだ。自撮りはできない。
 ウェストレベル撮影ではこのチルト式が早くて目立たない。横開きだとビデオでも写しているのかというような感じになるし、目立つ。
 ということは、安いEM10でよかったのだ。まあ、それを思い出したのか。偶然中古屋で出ているのを見て、思わず買ってしまったのだが、このことだったのだ。こちらの方が実はいいのだと。
 ダブルズームキットは面倒なのだが、どちらのレンズも嘘のように軽いので、持ち歩いても、それほど負担ではない。望遠ズームが嘘のように軽い。これぞハーフサイズ系の醍醐味だろう。これ以上軽いのはパナソニックのレンズにあるかもしれないが、200ミリまでだろうか。300ミリではない。
 世の中にはそういうことがある。
 それで決め込んではいけないのだが、オリンパスのカメラは安いタイプを狙うのがコツかもしれない。元々安いカメラが得意だったはずなので。レンズもそうかもしれない。プロレンズよりも、キットレンズの方がよかったりする。
 あまり高級機っぽいのはオリンパスには合わないと思う。下位が上位をひっくり返す。これがオリンパスだったはず。
 
 

■■ 2019年10月29日 火曜日 午前11時06分
 
 今朝は雨。やはり晴れは続かなかった。天気予報では十日以上傘マークが一つもなかったのに残念だ。昨日見たのに。
 そんな翌日の天気ぐらい分かるはずなので、見間違えたのかもしれない。ある時間突然低気圧が発生するわけがない。その兆しがあるだろうし、また西の方から来ているとか、南の方から来ているとか、見えていることもあるはず。だから二日後、こちらへ来るとかが、何となく分かる。当然向きが変わったり消えたりすることもあるだろうが。
 今朝は雨でそれでまた寒そうなので、冬物のジャンパーを着る。表地は一応ナイロンだが、あまり効果はないものの防水性がある。裏地は毛羽立っており、最近着ているものよりも分厚く重い。これでも冬物としては軽い方だが、ダウンジャケットには負ける。ただ、ライト系で、ヘビー系のダウンジャケットは重いが。
 それで、いつもの朝の喫茶店まで来たのだが、自動ドアが開かない。中にいた客が定休日だと、ロックを外して教えてくれた。何処かで見た顔だと思っていたらいつものバイトだった。私服だと分からない。自転車は二台止まっているし、奥にも誰かがいる。そして照明もいつも通り。
 その店員は私服で掃除でもしていたのだろうか。
 火曜日が定休日。これを忘れていた。まだその火曜日は二回ぐらいしか来ていない。先週は開いていた。そのかわり水曜日が休み。この日だけは特別開けて、休む日を一日ずらせただけ。例外。
 火曜日の印象が薄い。月曜日は曜日そのものを把握しやすい。休み明けなので。
 それでその近くの高い目の喫茶店へ行く。こちらは暖房が効いている。テーブルが広いので、いつもの倍ある。横に長い。その料金だろう。それと座れば注文を聞きに来るので、楽だ。まあ、普通の飲食店ならそうなのだが。
 こういう雨の日のお供のデジカメはポケットに入るタイプが楽だ。鞄がいるカメラは、出すとき自転車の荷台カバーを外さないと鞄へアクセスできないので、面倒なので、ちょい写し被写体なら出さなかったりする。余程いいのと遭遇しない限り。
 風邪っぽいのは改善したようで、喉がまだ変だが、寒くなると、これはよくある。
 そして今朝は早い目に自然に目が覚め、目覚めもよく、さっと起きられたのだが、少し早い。それで、布団の中でじっとしていると、寝てしまったようだ。そして結果的には遅起きになった。早起きは遅起きの始まりだ。
 身体は起きてもいいと言っていた。誰も文句はいわない。いい感じで目が覚めたのだが、時計が止めた。早いので、まだもう少しと。
 昨日は久しぶりでスーパーでシャケの塩焼きを買う。100円台に落ちていた。しかし、あまり美味しくない。よく考えると、切り鮭が売れ残り、もう古いので捨てる前に焼いて売っていたのだろう。
 シャケを買ってきて自分で焼くと美味しいというか、身が違う。柔らかい。古いので固いのかもしれない。それと脂分が固まったような身のほどけ方になり、箸を入れるとそれが分かる。これならコンビニのシャケの方が食べやすい。骨がないし。スーパーの焼き鮭は骨がある。まあ、古いので安いと言うことだろう。しかし皮とか食べにくいものが多く残る。これは犬猫がいれば喜んで引き受けてくれるだろう。
 それを買う前にサンマの蒲焼きの缶詰を買った。こちら方が魚としては食べやすい。最近はやたらとサバ缶が多い。マグロやカツオのフレークが欲しいところ。味が付いている。魚の形は完全にない。シーチキンは油漬けなので、気持ちが悪いので、食べない。油ではないものに浸けてあるタイプがあったので、それを食べたことがあるが、もっと気持ち悪かった。行為のは冷蔵庫で冷やして食べないと、気持ちが悪い。刺身と同じで、生温かい刺身は、気持ち悪いのと同じかもしれない。
 秋刀魚は焼いたものなどは苦手だが、蒲焼きにすれば、食べられる。
 カツオのフレークは百均で売っていたので、一缶だけ買う。あれをもっと買い置いた方がよかったような気がする。
 しかし缶詰のフタを引っ張るのに力がいる。非常に硬いのがあり、道具が必要なほど。力んでパカンと開けるとこぼれたりするので、力みすぎるのも危険。
 昨日はおかずがなかったので焼き鮭にした。野菜の煮物はあるので、メインだけあればいい。そんなとき、缶詰があれば、それがメインになる。肉か魚があればいい。まあ、野菜の煮物の中におでん向けの具を入れればいいのだが。
 結局そういうおかずになりそうなのは、コンビニが多く揃えている。肉ケならハンバーグやハムとか、ソーセージ。当然焼き魚風なものや煮魚のパックもある。面倒でなければ牛肉も豚肉も売っているiので、それを炒めればいい。
 昼に食べるものとしてサツマイモがある。これはまだ早いのか、安いのが出ていない。それを蒸かして食べる。
 そのかわり、肉饅、豚まん、ピザまんといったものが出るようになった。それらはレンジで温めればいいのだが、蒸し器でやった方が遙かに柔らかく、かさっとしたり、固くなったりしないので、面倒でも蒸し器で蒸かしている。
 食べやすいのはパン屋系のもの。安いがスカスカ。高いタイプは重いし、つまっている。だから安いタイプの倍以上一つである。コンビニの豚まんが安いタイプだろう。ふわふわで食べやすいが、具はあまりつまっていない。
 昼はパンを食べるのだが、豚まんの方が温かいし、柔らかいので、食べやすい。ただし安いタイプは二つ食べないと物足りない。結局値段的には同じになる。だから安い高いもない。安いタイプでも二つ食べると、高いものと並ぶので。あとは好みで食べやすい安くてスカスカでフワフワタイプに決まる。それと手に入れやすい。
 
 

■■ 2019年10月28日 月曜日 午前9時26分
 
 今朝は久しぶりにしっかりと晴れ、空も青い。秋晴れだが、もの凄く珍しいものを見るような感じ。晴れが珍しいというわけではない。今回はしばらくは続くだろう。十日間予報でも雨マークがない。曇りはあるが。傘マークがない。雨マークと傘マークは同じこと。まあ、傘なので、雨だろうということ。この雨が傾いていると暴風雨となるのだろう。冬なら雪だるま。大雪のときは雪が付くのだろう。
 傘は雨の日に登場だが、雪だるまは晴れていても作り置きが残っていたりするのだが。
 晴れる日の夜は寒い。昨夜は13度ほどになっていた。10度を切ると、本当に寒くなるだろう。しかし、昨夜も夏の掛け布団だけでいけた。予備の毛布もいらない。それが必要だった日もあったのだが、かなり前だ。そのときの方が寒かったということだろうか。それとも慣れたのか。よく分からない。
 また、電気敷き毛布も仕込んでいるのだが、スイッチを入れることはない。寝ているとき、足元で畳んである毛布を引っ張り出すより、目を瞑っていても分かる電気毛布のスイッチを入れる方が簡単だったりする。起きなくてもいい。どちらも必要になるのは真冬だろう。まだまだ先だが10月も終わりがけでもう11月に届く頃。11月のお隣は冬なのだ。だから冬遠からず。
 今朝はもう一枚ある裏毛付きのネルシャツを着る。しかしこれも脇にポケットがあるので、ネルシャツではなく、一番上に着る上着だ。しかし、ボタンはカッターシャツと同じ小さいもの。違いは脇ポケットがあることと、裏に毛羽立ったものが仕込まれていること。暖かさは、最近着ている同タイプとほぼ同じだが、少しゴワッとしている。一見したところネルシャツを着流しで着ているように見えるし、ジャンパー的、コート的な雰囲気はしない。だから秋物かもしれない。冬になると、これでは寒いだろう。まあ、ネルシャツの二枚重ねのようなものだ。
 昨日は同じタイプを着ていたのだが、昼間は流石に暑かった。脱いでも下に似たようなカッターシャツを着ているので、何かよく分からない皮むきだ。
 脱いだはずなのに、まだ着ている。
 暖かくていい感じで、散歩しやすいのだが、喉がおかしいので、長距離自転車散歩は控えた。喉がイガライ。自転車に乗るだけの移動なので、激しい運動ではないが、長い目の距離を走って、戻ってくるときは流石に疲れているので、ここで厳しくなる。日常移動よりもきついので。速く走るわけではないが、ずっと漕いでいるためだろう。
 今朝も風邪がまだ抜けていないので、行くかどうかを迷っている。まあ、朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩でもいい。これは疲れない。距離が僅かだし、通り慣れた道なので、日常内のため。
 だが、最近起きるのが遅いので、それを取り戻すため、朝の喫茶店からまっすぐ帰っている。
 今朝はまずまずの時間に起きてきた。少しだけ余裕があるが、決して早起きではない。だからまずまずの時間という程度で、もの凄く遅くない程度。
 いい気候になってきているのだが、結局は寒くなったということだろう。既に街ゆく人は軽いジャンパー系や、分厚い目のニット系に変わりつつある。もうTシャツや半ズボンで歩いている人はいない。紅葉も始まりだし、秋の深まりを感じるが、変化するのは自然だけではなく、人の服装も変化する。まあ、衣類の下は肉体的には自然界の生き物である猿の進化したのが入っているのだから、この服の下のものが皮や毛を欲しがるのだろう。
 毛の生えた動物も、寒くなるとボリュームを上げるようだ。それができなかったり体温を上げられない生き物は冬眠するしかない。まあ、紅葉し落葉するのは木の冬眠だろう。しない木も半分ほどある。桜の葉は散るが、木の葉の色が綺麗だ。一番艶のある葉は柿だろうか。あの葉は油を含んでいるのかもしれない。椿の葉も分厚い。これも油を含んでいるのだろうか。椿は冬眠しない。むしろ真冬に花盛りだ。そして油が取れる。椿油。
 
ソニーWX800の液晶
 やっと晴れて明るい屋外になっていたので、液晶の様子を見る。
 草むらなどは液晶だけではよく分からない。同じようなパターンが続くため、目印となる形がない。
 それで猫が寝ているのだが、液晶では見えない。地面や草などと混じり合っているため。やはり、液晶ではこんなものかという感じだった。曇っている日はよく見えるのに。
 それで、液晶の明るさを調べると、屋外晴天というのがある。初期値はマニュアルになっている。おそらく五段階の真ん中だろう。それをスライドさせれば明るくも暗くもなるが、白っぽくなるだけだったりする。屋外晴天は、それを一発でやってしまう程度のことかもしれないが、それに合わすと、見事なほどよく見えるようになった。草むらで試すと、何があるのかが見えるようになった。
 これぐらい見やすいと、ファインダーがいらないほどだ。よく見えないので、ファインダーを使うのだから。
 その後も、撮影を続けているが、やはり写りが結構いい。
 そして条件がもの凄く悪い夜景にチャレンジ。写しやすい夜道とかではなく、かなり暗い街頭や建物。明かりがしっかりと届かないような。
 夜の散歩で、少し路地に入ると、古い倉がある。暗い倉だ。どのカメラで写しても、先ずピントが来ない。赤外線を飛ばしても無理だったりする。また、夜なので、その明かりが目立つので、切れるタイプは切っている。
 そして写りは薄暗く、何ともならない。露出不足のためだ。それほど暗い。他のカメラも、この倉に挑戦したが、なかなか難しい。
 それにWX800が挑戦。
 流石に暗いので、ピントがなかなか来ないが、カメラを少し振ると、合いそうなところをカメラが見付けたようで、合焦マークが付く。あとは連写で合成。12800の高感度も効いている。さらに合成なので、倉が明るい目に写った。他のカメラでは、そうならないのに。まあ、鮮明度は落ちるが、いかにも夜に強引に光を入れて写し取ったという感じになる。
 次は夜道を行く自転車、そちらはかなり遠いので、望遠夜景。700ミリまで伸ばせ、さらに1400ミリまでいけるが、流石にそこまで使わなかったが、かなりの望遠で写す。当然望遠はレンズが暗い。それ以前にピントが来ない。だが、少し時間がかかったが、じわっとピントが来た。ただ、自転車は照明を受けていないので、シルエット。
 次は向こうから来る自転車と偶然遭遇。写す気はなかったが、構えているときだったので、そのまま写す。AFフレームが自転車を捕らえたときは、驚いた。肉眼では見えない。シルエット。しかも路面が僅かに明るいだけ。
 そしてすれ違ったのだ、向こうから見ると立っている人。ウェストレベルからカメラを下に向け、レンズを隠すと、スマホを見ている明かりがつく。街頭で立ち止まって見ている人もいるのだから、そういうことで済む。これが小さなカメラの利点だ。
 これはノイズだらけの荒れた絵になったが、タッチとしては悪くない。複数枚写しなので、動いている人の顔が崩れているが、顔であることは何とか分かる。
 暗いところでピントが合いやすいのはニコンの一眼レフD3400が一番だった。ペンタックスは暗いとしんどいようだ。k70。
 D3400は合いやすい上に早い。パナソニックは遅いが合う。
 だからこのWX800は暗所にも対応するのだが、この小ささで、というところがミソだ。
 フルオートのとき、赤外線をオフにする機能もある。パナソニックはフルオートのときは、弄らせてくれない。オンのまま。
 1インチタイプのRXとの違いは、700ミリ超えしているところがミソ。600ミリまで行くソニーのRX系ネオ一眼もあるが1キロあるだろう。ポケットに入るWX800の撮影範囲の方が広い。街中でネオ一眼は出しにくい。
 そういうとき、富士からミラーレスの中で一番安いタイプが出ていたようだ。Aシリーズだ。液晶だけの撮影になるが、馬鹿でかいのを付けていた。ファインダーはない。各社が出している一番安いタイプと同じようなものだが、結構安い。
 
 
 
■■ 2019年10月27日 日曜日 午前9時56分
 
 今朝は久しぶりに晴れた感じ。しかし、完璧ではなく、秋晴れとは言い難い。陽射しがある程度だろう。だが、これだけでもありがたい。最近日に当たっていないように思われるので。つまり直射日光を受けることが少なかった。晴れていないので、仕方がないが。陽射しが恋しく、その暖かさを欲しがる頃になっている。まあ、寒くなったということだが。
 裏地が毛羽立ったボア入りの綿のネルシャツのような上着がいい。これは本当にいつ買ったのか忘れていた。今着ると、暖かい。着た瞬間暖かい。首元は特に細工は無い。カッターシャツの襟と同じ。しかしこれが暖かい。
 ボタンではなく、ホック。だから脱ぐとき、一機に外せる。そして首元の第一ボタンのところだけがボタン。ホックでは首の皮を挟むわけではないだろうが、押さえにくいためかもしれない。そこまで閉めたことはないが、この程度の襟でも暖かいことを認識。大袈裟な襟でなくてもいいような気がする。これは次に買うとき、参考になる。最初から襟が立っているタイプと比較して、どうかということだが。
 それと表生地が柔らかく、少し毛羽立っているタイプが暖かさを感じる。ネルシャツなどがそうだ。
 秋物の時期は僅かで、ペラッとしたレインコート風なものや、パーカー風なものは撤退だろう。秋の初め頃ずらりと並んでいたが、中綿入りや裏毛入りに変わっているはず。最近はバーゲンもないので、衣料品売り場へは立ち寄っていないが、きっとそうなっているはず。
 ずっと風邪っぽいのだが、喉に来た。ツバを飲みこむともの凄く痛いわけではないが、荒れた感じ。冬場よく朝起きると喉がガラガラになっていたりする。隙間風を受け続けたのか、何か分からないが。まあ、寒い時期ならよくあることだが。熱はないが、少し怠い。
 昨夜は雨は降っていなかったので、夜の徒歩散歩の続きをしている。まだ続いている。もう少し寒くなると、流石に出る気が起こらないだろう。逆に不健康なことをしているようなものなので。しかし、衣服の防寒テストには丁度いいかもしれない。それと部屋の中だけにいるよりも、たまに外に出た方がいい。そういう間を入れると、切り替わる。
 最初は足が痛かったのだが、最近は何ともない。やはり続けると、鍛えられるのだろう。そのあたりの筋肉や筋が慣れてきて、丈夫になるのかもしれない。まあ、使わないとそうなるようだ。
 お供のカメラは先日買ったソニーのWX800なので、ポケットに簡単に入る。だから、軽快。
 
ソニーWX800の続き
 ポケットに入る世界最小の700ミリ超えのコンパクトデジカメ。写りが良くなっているので驚く。そして暗いところでも強いことが分かる。こうなると万能機で、その撮影範囲の広さから常用できそうな感じだが、ちょい写しの懐刀的カメラだろう。とりあえず苦手とするものが少ないカメラ。
 雨や曇りの日が多かったので、液晶の見え方がまだ分からなかったが、陽射しがやっと出たので、そこで確認した。まあ、液晶の見え方を見るためにカメラを取りだしたわけではないが。
 結果的には実用上十分ということだろうか。それほど明るく見やすいほうではないが、どの液晶でも、陽射しの下ではそんなものだ。反射するので、それで見えにくくなる。そんなときは液晶の角度を変えると、反射が変わるので、見ることができる。
 WX500は日中は厳しかったが、何とか見ることはできた。まあ、まったく見えないのなら、デジカメとして存在できないのだが。
 こういう小さなカメラは、花などを写すとき、手を伸ばして、かなり近くまで寄せたりできる。そのとき、ピントが手前の花に来ているかどうかは分かりにくい。AF合焦の枠だけが頼りだ。反射して、それも見えないこともある。被写体自動選択なので、後ろに合っていることもある。まあ、写してみて、確認すればいいのだが、絶対に写さないといけないものではないので、そのまま立ち去る。
 そういうとき、タッチAFで被写体を指定してやればいいのだが、片手を伸ばしての撮影なので、両手が使いにくい。グリップが付いておれば、片手のまま親指でタッチできるのだが、このカメラにはグリップはない。そして片手で写すのは厳しい。小さく軽いためだろう。
 しかし、手前の枝や葉などの隙間に手を突っ込み、花を写す、などは、小さいのでできることだろう。人差し指シャッターや親指シャッターなど、その場でいい方を選ぶ。親指シャッターが一番安定しているが。
 自転車移動中の撮影スタイルは、液晶を上げてのウエストレベル撮影が多い。これが楽にできるのが特徴だろう。液晶は軽く上がる。力がいらないし、爪も使わなくてもいい。すっと上がる。これが固いと起こす気になれない。固くなるのは下方向へも回転するタイプ。それだけヒンジ部というか、関節部が固い。それに一度起こして引っ張るとかの妙な動作が加わる。
 WX800のような上だけに開くタイプが軽くていい。このタイプでも自撮りはできる。そこまで上げられるのは電子ファインダーがないため、邪魔するものがないため。ただ、電子ファインダー箇所を上手く避けて上に上がるタイプもある。まあ、自撮りはしないので、関係はないが。
 ソニーの上位機で1インチタイプのRXシリーズや、キヤノンの同タイプを買った人が、一眼レフはいらないのではないかといっている場合がある。確かにその気持ちは分かるし、実際、写りがいいためだろう。日常写し、散歩写しなら十分ということだろうか。
 ソニーのフルオートモードなので、カシオと同じで、逆光のときは複数枚写しで階調拡大をするパターン。以前はカシオの方が早くて、瞬時で、ソニーは処理時間が長く、待たされたのだが、逆転していた。
 だから、気付かないほど。何枚か連写するので、その間カメラを保持しないといけない。それを忘れるほど早い。
 夜景などはピントが合いにくいはずなのだが、これが簡単に合うので、驚く。AFは自動選択にしている。どこかで合ってくれればいいので。合いにくい場合は合いやすいものを探してくれたりするのだろう。
 最高感度は12800ほどだろうか。6400で十分だが、シャッターが稼げる。この最高感度、合成のようだ。だから実際には6400まで。ただ、その仕切りはなく、12800まで上がる。上限を指定し、下げることも当然できる。
 かなり薄暗い路上を望遠で写す。構図だけ決めて写せばいい。ピントの合いやすいところを探すよりも、カメラが探してくれる方が合いやすいようだ。
 いずれにしても他のコンパクト系では、少し弄らないと写せないシーンでも、このカメラはフルオートだけで写せる。ここが凄い。また、他のカメラでは設定を2箇所ほど変えないと写せなかったりするのだが、そういう手間がない。
 この暗いところでも写せるし、望遠も効く。広角マクロは生々しいほど鮮明だし、中望遠もそれなりに寄れる。ここは他のカメラの方がいいのだが、何とかこなしている。
 
 

■■ 2019年10月26日 土曜日 午前8時58分
 
 雨はやんでいるが、すっきりとしない天気。午後から晴れるらしいが、その雰囲気ではなかったりする。気温も20度少しで、晴れると、少し上がる程度か。今朝はまだ曇天で、景気の悪そうな空。
 肌寒いので、ユニクロの秋物パーカーでは限界。中に着込めばいいのだが、面倒なので、裏地に毛羽立ったものが仕込まれているのを着る。快適だ。暖かさがいい。しかし、暑いと駄目だが。
 昨日の夕方前の喫茶店へ行くときはついに冬物の裏がやはり毛羽立ち表地はナイロンで首元までしっかりと襟のあるジャンパーを着た。これは古くなったので捨てようと思い、捨てる準備をしていたのだが、まだ捨てていなかったので、助かった感じ。冬の終わりの最終バーゲンで半額以下に落ちていたので買っている。真冬ものとしては薄くて貧弱だが、大袈裟ではないのでいい。これを見ているとき、見知らぬお爺さんが横に来て、これはいいといっていた。本人も買ったのだろうか。
 そのジャンパー、真冬も下に着込めばいけた。そして今の季節や春先まで着られるので、寿命は長い。見た感じ真冬ものに見えないためだろう。
 寒くなり出したのは確かだが、まだ夏布団でもいける。電気毛布もまだスイッチを入れていない。何処まで持つかだ。寒いと感じるまで、待機中。
 そして店屋でも暖房が入っていたりする。もうそういう季節になっているのだろう。
 今朝は久しぶりに早い目に起きてきた。最近遅い時間になっていたのだが、それを少し戻した感じで決して早くはないが、いつもよりも早い。これで、一日ゆとりが生まれる。
 しかし、このところしっかりと晴れないし、晴れても続かない。このまま寒くなってしまうと、秋がなくなる。それでは折角秋前に買ったユニクロの秋物を着る機会がない。買ったときは、まだ大袈裟で、そんなのを着ている人はいなかった。半袖だ。
 だからこの秋もの、一週間ほどの命だった。下に着込めば、まだ持つが、襟元がやはり薄いので、そこが難。
 ここ数年、秋がないことがある。夏の次は冬だったりする。
 昔はもう少し秋は長かったような気がするのだが。
 
ソニーWX800撮影編
 買った翌日は雨で、撮影どころではないが、雨の日でもカメラを持ち歩いているので、日常の一コマなどをちょい写しすることが結構ある。
 ソニーWX800は小さく軽いので、ポケットに楽々入る。最近鞄の中にネオ一眼や、普通の一眼を入れているので、それらを持ち出さなければ、鞄も軽くなる。
 雨の日、傘を差して自転車の上からでも写せる。防水性はないが、傘で濡れない。ただ、手かざしで手を長く伸ばせない。また自転車の前籠に鞄を入れているので、それが邪魔で、広角だと入ってしまう。だが、望遠だと入らない。
 撮影スタイルはほとんどウエストレベルで、実際には手かざしで写すことは希。下方向にあるものなら、手かざしになる。このカメラは上に対してはいいが、下方向への回転はないので、真下とかは無理。しかし、小さいので逆さに持てば真下を写せる。滅多にそんな構図はないが。
 液晶は3インチで、これは比率が4:3だと思える。だからα系のものよりも、大きく見えるはず。そして、斜め上からも結構見えるので、これは合格。これは最近のカメラの液晶なら、ほぼ合格だが。
 雨の日なので、それほど明るくないので、屋外での見やすさは分からない。曇っているので、明快に見える。晴れればまた別だろう。これはまだ確認できない。
 流石にこれぐらいの大きさだと手の平に入り、握れば隠してしまえるほど。小ささのメリットは目立たないこと。表面積はスマホよりも小さいはず。だが、分厚いが。
 それで、通りの人を後ろからウェストレベルで写す。これが一番楽だ。手かざしだと指差しているような感じがする。胸あたりにカメラを構える。腕は引いているので、かざしていない。だからスマホを見るような感じ。これはよくある風景だろう。ただ、持ち方がおかしいが。それに丸いレンズがモロ見えだし。
 見えているのはレンズぐらいだと思える。あとは両手で包むようにして握っているので、カメラ本体は見えないのではないかと思える。これはカメラが小さいので、片手では無理。しっかりと両手で卵を抱くように持つ必要がある。だから、小さく軽いからといって振り回せない。グリップがしっかりし、ある程度大きく重いタイプの方が振り回しやすい。
 ズームレバーは柔らかい。ズームスピードを高速にしているので、結構早い。
 電源を入れたあと瞬間的にズームレバーを引いても反応する。起動時間も早いので、ストレスがない。待たされるというのがない。
 意外とファインダーがないので、清々する。液晶とファインダーの切り替えで一寸だけ間が開く。背面液晶と電子ファインダーとでは、背面液晶の方が早い。
 その電子ファインダーがないので、解像力や像倍率などとは関係のない世界になる。だから清々したりする。
 かなり望遠側や、それを超えたデジタルズーム域まで写したが、失敗がない。流石だ。
 晴れておれば鮮明な絵になるが、雨だとあまりよくないのだが、結構頑張っている。受光素子の小さなデジカメは薄暗いところでは不利とされているが、そのハンディーは感じられない。だから、やはり一眼で写さなければ、ということではなさそうなのが、いい。だから条件が少し悪くても健闘している。これは意外だった。
 雨で濡れた紅葉した葉っぱなどを写す。3センチほどまで広角端で寄れるはず。流石に背景はボケるが、形は維持している。
 24ミリで3センチ。コンパクト系ではキヤノンの0センチや、他のカメラでも1センチというのが普通にある。3センチというのはこのクラスでは長い方だ。しかし、これをα系のミラーレスと比べるとどうだ。24ミリで三センチの最短撮影距離のレンズなどあり得ない。だから、この構図は、このタイプのコンパクト系だけの世界だろう。
 その意味で、WX800の方がミラーレスよりも撮影範囲が広いということになる。それだけ写せるものが多くなる。
 夜景も難なくこなす。特に何も操作する必要はない。お任せモードにしておけば、シーンに合った組み合わせで写し取ってくれる。
 この小さなカメラ、潜在能力は非常に高い。写せる範囲が広く、しかも考え込まなくても、カメラが適当に合わしてくれるので、被写体にカメラを向けるだけでいい。当然シャッターを切る必要はあるが。
 こういうのは撮影を楽しみというより、散歩のお供、外出時のお供で、さっさと写すタイプで、撮影は二の次。
 だから、日常の中で見かけたものをさっと撮すには非常に都合がいい。
 
 700ミリ望遠超えで世界最小。これだけでも凄い特徴だ。重さは200グラム少し。小さいので、ポケットも楽。出すときも、引っかからない大きさだ。
 
 さて細かいことはあまり見ないで、買ったので、今から細部を見ているところ。細かなスペックだが、前機と大差はないだろうという認識のまま。それに前機のWX500のスペックなど忘れている。
 まずは映像エンジンが変わったのだろう。α7系でいえば、どの世代だろうか。このカメラが出たのは去年の今頃だったと思う。だからその頃の映像エンジンのはずだが、バージョンは分からない。
 ただ、パナソニックの空間AFのような感じを取り入れたのか、それとも似た名前なのかは分からないが、カメラを向けた瞬間、おおよそのピントを認識するようだ。これは1箇所ではないだろう。その先読みが効いているので、AFが早いということ。これは聞いたことがある。どの世代からか調べれば分かるはず。結構以前からあったりして。
 それと液晶だが、エクストラファインとなっている。以前はどうだったか忘れたが、見やすくなっていればいい。特に屋外での昼間。以前は暗かった。というより白っぽくなり、よく見えなかった。ソニーの液晶は見えにくいという印象は以前からあったので、気にしなかったが。
 液晶の解像力は平凡なもので、90万画素台。100万画素を超えるものも同クラスであるのだが、それほど違わないだろう。こればかりは数値では出ないかもしれないが。どうせ裸眼で見るので、はっきり見えないので、コントラストが高い目で、明快な方がいい。ただ、裸眼でも何とかピントが来ていることは望遠でなら分かる。
 液晶画面に出るシャッタースピードなどは読み取れる。撮影モードダイヤルの文字は残念ながらボートしている。ただ、ぐるぐる回せば液晶にも表示されるので、問題はない。それといつも使うフルオートモードだけは緑色の文字なので、これは分かる。そこに合っていればいいのだ。
 背面のボタン類に書かれている文字もさっぱり読めないが、何となく分かる。メニューボタンは、文字は読めないが、長い文字なので、これだろうということ。
 撮影中一番よく使うのは画像確認のボタン。写っていたかどうか、確認する。これは位置を覚えるしかない。押すとWi−Fiだったりするので。
 露出補正ボタンも押すと、画面が賑やかになるので、すぐに分かる。初心者向けの絵表示で露出補正をするためだ。画面の下に小さな目盛りが出て、それを動かすとかではないので、分かりやすい。
 まあ、基本的なことは変わっていないが、よくなっている面があるのは確か。写りが先ず良くなっている。そして暗いところに強くなっている。処理速度が速くなっている。等々。
 
 あと、ソニーの写りが変わったような気がする。いつものソニーではないような。
 それで、調べてみると、やはり映像エンジン。シャープそうに見せるため、エッジ、つまり輪郭強調をして、その輪郭内は階調があるかのように、滑らかにしたりとかがあるようだ。パナソニックでいえば、超解像技術のようなものだろうか。だからレンズではなく、そういうデジタル処理で絵を引き立てている。所謂デジタル臭い絵だ。
 それを反省したのか、エッジ立てを押さえているらしい。
 たとえば背景にあるピントからは外れたボケているはずの文字がくっきりしているとかは、やはりおかしいだろう。ピントが合うはずがない背景が合っている。そういう不自然さを押さえた自然な写り方へ向かっているのだろうか。
 つまり2D処理ではなく、3D処理的なもの。これは輪郭の後ろ側、裏側までありそうな3D的な立体感へと向かっているのだろうか。
 では自然な写りとは何か。それはフィルムで写したような。ということだろうが、それでは結構ぼんやりとした絵になるだろう。ツルッとしているが、何か物足りない。
 かなり前のソニーは写りが暗かったことがある。これはリアルで、写真っぽかったのだが、そういう時期もあったのだろう。
 つまり、テレビカメラで写したドラマと、昔のフィルム時代の映画をテレビで見たときのあの差だ。
 ニュース番組で、あの昔の映画のような画質だと怖いだろう。いつの時代のニュースをやっているのかと思ったりしそうだ。
 さて、今回のソニーだが、色がよくなったような気がする。そして絵が滑らかな感じもする。そして、少し濃い。だが、不自然な濃さではなく、コクがある。
 昔のソニーの色のイメージは紫色。まあ、ボディーカラーがそうだったためもあるが、ツアイスレンズの写りが紫っぽかった。
 
 これは毎日違うカメラで写しているので、その中に、このソニーのWX800が入ると、結構新鮮な絵に見える。ほんの僅かな差で、何処がどう違うのかは分からないが、印象だ。全体の印象。
 特に色々なカメラで同じものを写すことが多い。だから差が分かる。
 こういってはなんだが、意外と品がある。要するに、特徴を押さえた自然な上がりではないかと思える。それが品になる。
 結構無機的で、ニュートラルなタッチ。流石サイバーショットだ。
 悪く言えば個性がないが、扱いやすい写りのカメラかもしれない。
 デジカメで写したあと修正や補正などはしない。カメラが出してきたJPEGのままで、そのままを使っている。
 またカメラの操作はほとんどしていない。まったくしていないといってもいい。露出補正やホワイトバランスや、絞りやシャッターを変えて、とかだ。何もしていない。そのカメラのフルオート、お任せモードがメイン。
 しかし、ソニーのデジカメの中でも一番安い部類の普及機でこの写りなのだから、凄いものだ。
 これは蒔きカメラではないかと思うのだが、そのわりには高いコンパクトデジカメになっている。餌ををばらまくなら、もっと安くしないといけないはず。
 まあ、昔からソニーのコンパクト系は綺麗に撮れていたので、別に驚くことはないのかもしれない。
 
 

■■ 2019年10月25日 金曜日 午前9時50分
 
 今朝は雨。台風とは関係のない雨のようで、別の低気圧があることは台風が来そうなときから分かっていたようだ。地の雨かもしれない。空から降るのだが、地の風も吹く。台風も上陸といい、地面を通過したりする。
 雨で薄ら寒いのだが、ユニクロ裏生地ジャージのナイロンパーカーを着て朝の喫茶店へ行く。雨なので、防水性の高い、これがいいか、少し寒い。暖の要素は裏地の綿布だけ。もの凄く薄いTシャツ程度。しかも胴体だけで腕まで来ていない。まあ、しかし、風と雨に強い。そのためのナイロン生地。
 襟元は深いがユルユルで、ファスナーは顎の上まで上がり、ボタンも付いているが、ユルユルの首輪のようなもの。これは下にマフラーを巻いてちょうどの余裕だろうか。着込めるようになっているのかもしれない。
 やはり裏地が毛羽立ったのが暖かい。その裏地に暖が溜まる感じだ。今朝は中にカーデガンを着込まなかったので、少し寒いかもしれない。しかし、カーディガンはそれほど暖かくない。やはりボアだ。それが一番効くようだ。寒いときは。
 しかしライトダウンジャケットをそろそろ着ても良い時期。これは中に羽根が入っているので、羽布団だ。これは防水性が怪しかったりするのだが、そうでない防水性のあるタイプが欲しいところ。真冬のゴツイのは流石にまだ早い。
 結局ダウンジャケットを着てしまうと、秋物を着る時期がなくなってしまうので、着ているのだろう。
 昨日も雨で、何ともならない。一日雨だった。今日は昼過ぎからやむようだ。
 電気毛布は敷いただけで、まだスイッチを入れていない。そして夏布団のまま。これが非常に薄く、布に近いのだが、意外と行ける。電気ストーブはたまにスイッチを入れるが、長くは付けていない。暖まってきたら切っている。
 底冷えする北からの空気ではまだないためだろう。
 ホウレン草が300円近く、いつもの飛騨ホウレン草に至っては置いていない。しかし、地元の白なが段ボールに入ったまま裸で売られており、これが80円。これも300円近くなることもあるのだが、どうしたことだろうか。この安さは。
 それで早速、そのしろ菜、これはローカルな菜っ葉系だ。煮るととろとろに溶けるほど柔らかくなる。しろ菜となっているが、白いところは僅かで、青いところの方が遙かに多い。だから葉っぱを食べる感じ。菜っ葉なので。
 これだけを鍋一杯に山積みして煮る。すぐに山は崩れ沈むので、残りも積む。煮ると嵩が低くなる。しかし、葉の幅が広いタイプなので、線上になってしまうことはない。葉の感じを残している。いくら煮ても。広島菜なども葉の幅が広く、漬物にしておにぎりを包んだりできるほどのもある。しろ菜はそういったローカル菜っ葉の一種。
 一時間近く煮るのがいい。油揚げを刻んで入れる程度。だからおかずはそれだけ。出汁は醤油だけでいい。
 これで大量の草を食べた感じだ。次に食べるときは、卵を落とせばいい。これは食堂などのおかずでたまに見かける。青梗菜や小松菜ではなく、白なが合っている。
 白菜も安くなっており、半玉で80円。最初白菜を選んだのだが、しろ菜の安さを見て、元に戻した。
 しろ菜の食べ方はしろ菜だけを食べること。メインはしろ菜で、余計な物を入れない。ちくわとか、肉ケとか、ジャガイモとか、人参とか、大根とか。しろ菜のときはしろ菜だけがいい。
 都会に出で荒れた食事ばかりしていた青年が、たまに帰った故郷でしろ菜だけのおかずを食べ、吹き出物が消えたとかの伝説がある。
 人は土の中からは生まれないが、地の食べ物というのがある。といってもその土地に自然に生えていたわけではない。いずれも何処かから飛んできたのだろう。そして昔からあった草が消えていたりするのだが。
 
ソニーWX800
 これは急に思い立ち、いつもの上新で買った。きっと前日のカシオのコンパクトデジカメを弄っていたためだろうか。ポケットに入る小さく軽いカメラ。まあ、コンパクトデジカメの王道だろうか。
 WX800の前の機種はWX700で、これはソニーショップ直販でしか売っていないので、店屋で見かけることは先ずないだろう。WX800と中身は同じだが、タッチパネルがないだけ。だから、タッチパネルがいらない人はWX700で良いのだが、店売りはないので、結局はWX800になる。その前の機種はWX500で、これも何処がどう変化したのかは分かりにくい。これは数年前の誕生日に買っている。これだけを持って自転車で遠いところまで写しに行ったことがある。事足りる。
 カシオにその後はないことが分かっているので、まだ生き続けているWX800に注目した。
 それと、そのカシオのズームレバーがなまってしまったので、ソニーにバトンタッチ。
 ソニーデジカメの中では一番下だろう。ソニーのコンパクトデジカメと言えばRX系。激戦区の1インチ系だ。
 Rではなくwのほうは受光素子の小さなタイプで、種類が減っている。
 その中でもソニーは本道の旅カメラがあり700ミリほどの望遠を積んでいるのは同じだが二種類ある。ファインダー付きと、ファインダーなしタイプ。そして別系統の安い系列としてwXシリーズ。これは結構古いシリーズで、昔の家電店で古くなると、1万円台で出ていた。今はそう言うわけにはいかないというより、スペック的にはほとんど本道の旅カメラと変わらない。それでいて小さく軽く、世界最小の700ミリ超えの旅カメラとして登場しなおしたのがWX500。他社の700ミリ越えの旅カメラと比べると、その小ささが目立った。
 700ミリ越えで200グラム少しで、その小ささは、それだけで買いだろう。だから、特に望遠好きには。それでいて液晶が回転する。これで決まりになる。その液晶も軽く、さっと開く。
 カシオの19ミリからのコンパクトを前日使っていたのだが、夜景が見事。しかし、望遠が淋しい。これ一台で、一応何でもできるというわけにはいかない。まあ、19ミリと24ミリの差はあまりなかったりするし。
 
 雨が降っていたが、迷わず上新で買う。上新ではまだWX500も置いてあり、並んでいる。値段の差はあまりない。つまりWX500の値段が上がったのだ。以前買ったときはもっと安かった。消費税程度の値上がりではない。
 それで持ち帰り、すぐに写そうとしたのだが、何も調べていなかったので、カードが違うことが分かった。SDカードだが、マイクロのほう。小さいタイプ。これはほとんど持っていない。スマホがないので、使う用途がない。
 しかし、以前買った覚えがある。ニコン1というミラーレスがマイクロタイプのSDだったので。それでニコン1を探してきて、カードを抜き取る。このカメラのためだけに買ったカードで、他では使わないので、取り出していなかった。まあ、このカメラもたまに使っている。ただ、このカメラ、もう生産中止。1インチミラーレスで、レンズ交換式だったのだが。これはZ50の発売で、そちらの新マウントに期待したい。しかしフルサイズミラーレスのマウントの流用だが。
 それで、カードを入れると、認識しない。入れ方が悪いと警告。ソニーのデジカメは裏表逆でもしっかりと入るので、よく起こすミスだ。しかし抜くとき、バネが強いので、飛んだ。かなり遠くへ。それを探し出して、もう一度入れるとき、また飛んだ。二メートルほど飛ぶ。今度は見付からない。飛んだ方角は分かっているが、落下したあとバウンスしたのだろう。それからのちは分からない。意外ととんでもないところまで飛んでいたり、転がっていたりするものだ。
 マイクロSDカードはそうやって飛ばしてなくしてしまうことが多い。部屋を片付けるべきだろう。
 そして長くかかったが、やっと見付け出し、カメラに入れる。あとはいつもの薄暗い室内での試写。
 いずれもフルオートのプレミアモードなので、暗いところでも全て合格。こういうのは眼レフやミラーレスで写したものと比べても分からない。
 ただ、AFの点が多くなっているようだ。
 暗ければ全て合成するわけではない。普通に写せることがあるが、連写合成のときの方が鮮明。連写も早く、連写したのかどうか分からないほど。
 とりあえずいつもの室内を何枚か写し、様子を見るが、特に問題はない。いずれも普通に写っている。こういう小さなカメラ、チマチマと操作したくない。カメラを向けてシャッターを切るだけが好ましい。
 
 WX500との違いは、タッチパネルができるため、タッチAFができる。それで追従モードになり、食いついて離さないモードになる。ボタンを押すと解除される。この食いつきの良さ、瞳AFなどで離さないのと同じ。瞳でなくても。この食いつきの良さと掴むと離さないことではソニーが一番だという噂がある。その血を引いている。この一番安いタイプでも。
 AFは五月蠅いタイプで、バタバタするタイプ。動いているものがあれば、掴もうとするのだろう。いずれもボタン一つで解除できる。
 しかし、以前ほどにはばたつきがなくなっている。落ち着いてきたのだろう。
 こういうのはファインダーを覗きながらでは窮屈。液晶撮影には合っている。スマホのように扱えばいい。
 だから違ったところにピントを合わそうとすれば、合わしたいところを指で指定してやればいい。
 自動化で勝手な振る舞いをすることが多いので、そのフォロー、元に戻すとかの機能が大事になる。
 このカメラは指でタッチし、好きなところで合わし、写し終えてもまだ追尾するので、十字キーの真ん中を押して解除。これだけ覚えておけばいい。ほとんどの場合、自動選択AFで間に合うが。
 
 感度は12000ほどが上限で、かなり高感度だ。お任せプレミアモード、つまりフルオートで、一番簡単なモードだが、上限まで上がる。これは凄い。感度は考えなくてもいい。合成するかどうかは、カメラが決める。また普通のプログラムモードでのオート感度で上限を指定できるのだが、流石にカメラスペックの問題から、そのままでは無茶なので、複数枚写しの合成でノイズなどを取るようだ。12000の感度で写したが、合成が加わると絵は崩れていない。
 
 ズームはそのままだと720ミリまで、ただし、記憶画素数を下げて、中ぐらいか、軽いタイプ。Sサイズといっても五メガもあるので、それで十分だが、初期値のLサイズを落とすと、スマートズームになり、画質の劣化はないとされている。それで1.9倍になる。2倍ではなく、そこは微妙。リアルな結果なのだろう。だから720ミリが1400ミリほどになるという話だが、AFなども変わるし、画面もぐらぐらして、厳しいものがある。拡大しているだけなので、手ぶれ補正がそれほど強くないソニーなので、ガクガクだ。結局は700ミリで撮していることになるが、拡大して写すので、ガクガクするのだろう。
 ズームレバーで、簡単にそこまで入ってしまうが、一度だけ止まるはず。
 まあ、カメラも小さいので、これは一寸厳しい。しかし、画面はガタガタでも映したものを見ると、結構綺麗だ。これは実用性がある。こういったデジタルズーム系もよくなっている。
 スマホの望遠も、この方式で、デジタル拡大で、伸ばしていくのだろう。だから旬の技術だ。
 カメラは小さいが1400ミリを超える。
 
 最短撮影距離はソニーコンパクト系なので、既に分かっていることだが、それほどマクロ性能はよくない。要するに寄れるのは広角端だけだと思った方が分かりやすい。中望遠でもそれなりに寄れるが、他社カメラに比べ、寄れない方だ。望遠端の最短撮影距離も長く2メートル半と怖いほどの距離。これも望遠本来の遠くを写すとき用と考えたほうがいい。テレマクロ性は低いほうだ。
 そのため、草花を中望遠で自在にズームしながら切り取るというのは得意ではない。また、最大撮影倍率、つまり、一番大きく写せるのは広角端で寄ったとき。これはカシオもそうだ。だからマクロに強いのはキヤノンとパナソニックで、中望遠でもかなり寄れる。今はないが、オリンパスは600ミリで40センチまで寄れたはず。ただ、600ミリなので、ガタガタして失敗が多い。ソニーのように広角端だけの方が無難かもしれない。
 だから得意なのは街頭スナップや、一般の風景だろう。建物とか。
 どちらかというと、このカメラ懐刀的な使い方で、カメラを持ってきていてよかった程度。
 ただ、このカメラの前機であるWX500だけを持って写しに行ったことがあるが、別にカメラのせいで写せなかったシーンはなかったように思う。凄いマクロ性能や望遠性能のあるカメラだと、それを引き出すような写し方になるのかもしれない。
 
 細かいことはさておき、最近は小さなコンパクトデジカメが少なくなった。そのため、このカメラが目立ったりする。キヤノンにはイクシという小さいのがある。700ミリまで行けるのは、別シリーズになる。それも小さくそつのないカメラだが。ただ、カシオやソニーのような合成で暗いところでも何とかしてくれるというわけではなく、スペック通りの限界が来る。キヤノンにも合成はあるが、おまけのようなもので、それと分かってしまう絵になる。
 だからソニーとカシオはソフトがいいのだろう。
 最近は大きい目のネオ一眼を持ち出す機会が多いので、その反動で、小さいのが欲しかったのかもしれない。そしてソニーの芸は一流なので、お手並み拝見と言うところだが、期待通りを写りをしてくれるので、満足。ただ、写す楽しさとか、被写体をじっくりと見ながらとかのの世界は、このタイプにはない。そのかわりさっさと写せる。
 昔からコンパクト系はキャノンかソニーにしておけば無難というのがある。
 
 前機WX500との違いはほとんどなく、ボディーも同じだが、撮影ダイヤルの中に二つもユーザー登録できる箇所がある。それが増えた分、フルオートやプレミアなどが消え、オートモードの中に入ってしまった。従来からもオートモードがあったのだが、そのモードではない。だからそれをなくして、そこにプレミアモードとかのシーン自動認識を二枚仕込んでいる。だからプログラムモードから切り替えるとき、入口で分かれるので、ボタンを押さないといけないので、面倒だが、どうせフルオートしか使わないのだから、その手間もないだろう。
 ユーザー登録ができるというのは、設定を二個記憶させるタイプで、特殊な撮影のとき用としか思えない。
 まあ、プログラムモードに、AF中央一点とかだけを合わせ直しておけばいい。お隣にあるので、切り替えが楽。一点でないと合わない場合も、先ほどいった指で押さえれば、一点になるので、プログラムモードに切り替える必要もないかもしれない。
 ちなみにフルオートではAFは弄らせてくれない。自動認識。顔認識の世界だ。これが一番イージーで、とっさのときの対応がいい。
 液晶だけの撮影だし、昼間は見えにくいはずなので、真ん中に被写体を命中させるというのは、結構しんどかったりする。
 まあ、どのメーカーのカメラでも似たような設定なので、あるメーカーでないと操作しづらいと言うことはない。ほとんど弄らないで、シャッターを押すだけの使い方のためだろう。
 
 さて、カメラの動きだが、以前よりも軽快になったのかもしれない。望遠端で一枚写して二枚目を広角側で写そうとしてもズームが動かなくなったりしたものだ。それがなくなっているかもしれない。
 一枚写しの連写、写したあと、すぐにもう一枚も早くなっている。合成中でも写せる。これはスペックには書かれていないが、パナソニックでもそうだが、新しいタイプは、処理が早い。そしてバッファに溜め込んで操作が止まることをなくしている。
 このあたりは時代の恩恵だろう。新しいカメラの良さがある。
 カシオのカメラはもうこういう恩恵は受けられなくなった。新製品が出て、以前より早くなったとか、不満な点が消えたとか、美味しいものが付け加えられたとかも。
 
 今風なのは、露出補正。フルオートでも露出補正は効く。そのボタンを押すと、明るい目とか暗い目とかの大きなバーが出る。数値ではない。同時にホワイトバランスも、そこで弄れたりする。
 数字を見なくても、実際に画面が暗くなったり明るくなったりするので、いい具合のところまで回せばいい。電子ダイヤルは十字キー周りの円周にあり、これは一番使いやすい。
 こういうカメラ、アイレベルのファインダーを覗きながらよりも、背面液晶を見ながらの方が気楽にできる。だから、このあたり、ほとんどスマホ系なのだ。
 α7の、もうマークいくつだったか分からない最高級機や、α6600あたりのいいのも出ているが、写りはWX800にも、その恩恵が来ている。
 1インチタイプの高級機RXシリーズを買い、望遠不足で、ストレスになるよりも、この700ミリ越えタイプの旅カメラの一番安いタイプで、十分だ。
 
 

■■ 2019年10月24日 木曜日 午前10時05分
 
 今朝は曇っており、風が少しあるが、冷たい風ではない。雨が降りそうな感じで、既にその痕跡が残っていたりする。夜に降っていたのだろうか。
 暑いのか寒いのかよく分からないような天気だが、寒暖計の数値は寒いと出ている。曖昧なときは、そういったデータに従うのがいいだろう。特にもの凄い判断を下すわけではない。占いと同じレベルで、当たるも八卦、当たらぬも八卦。上手な手だ。最初から弁解している。安い物を高いと誤るかもしれないが、サギではない。本当はそれだけの値打ちがあるものだったりするかもしれない。
 それで今朝は裏に毛の生えたネルシャツ風なものを着るが、一寸したジャンパーだ。これが今朝のような風がある日でも、風を通さない。表面は綿生地だが、裏に脂身のような脂肪が入っているようなもので、これはポリエステルなので、風を通さない。ただ、今朝は雨が降りそうなので、降られるとまずいが、このボアのようなものがかなり水を弾くのではなく吸収してくれるはず。スポンジの役目。かなりの量まで持つかもしれない。だから染みているのだが、下に着ているものまで届くのが遅いと言うことだろう。
 もし雨で、傘がなかったとき、戻れば、この上着、脱ぐとき重いだろう。
 それで、今朝はユニクロの裏地がジャージのナイロンパーカーでは役立たずとなったが、まだ使い道はある。今朝着て来た上にさらに羽織ることだ。それほど分厚いパーカーではないので、レインコートとして使える。これで防水性が高まる。そして風も防げるし、それに二枚重ねなので、暖かいだろう。
 または下にセーターを着込むことだ。これで薄さの弱点を補える。ただ着心地はフワッとした綿の布感触の方が好ましい。
 先日から風邪っぽかったが、今朝は少しましになった。そういうとき、暑いのか寒いのか、よく分からないような感じになるのだろう。
 それで、昨日はついに電気毛布を敷いた。だが、掛け布団は夏向けのペラペラ。この組み合わせが似合わないのだが。そして真冬の分厚く重い毛布をいざというときように、足元に置いている。しかし、昨夜は電気毛布はいらなかった。ペラペラの夏布団だけで、十分だった。軽いし薄いので、くるまりやすい。毛布よりもいいかもしれない。薄い目の毛布を買ってもいいが、毛布は蒸れそうだ。
 夏場はタオルケットなどを使うことが多いだろう。汗をかくので。これは夏布団よりもさらに薄い。タオルなので。しかし軽いので、扱いやすいはず。
 これで、ホームゴタツ、電気ストーブ。敷き電気毛布と、冬仕様が完成した。いつ寒い日が来てもいい。冬にならなくても、寒い日がある。
 
カシオEX-ZR400
 夜の散歩や夜道を通るとき、最近は、色々なカメラを試している。特に夜の徒歩散歩は暇なので、手持ち無沙汰。
 今回はカシオの19ミリからの標準ズーム。19ミリ超広角域から入るので、望遠は70ミリほどだろうか。コンパクト系で20ミリからのネオ一眼もあり、珍しいものではない。ただ、非常に小さなカメラなので、ポケットに入り、徒歩散歩のとき、鞄がいらない。
 潰れてしまったカシオだが、その末期に出た普及機で、その次、同じタイプで色違いの新製品しか出せないまま果ててしまった。色が違うだけの新製品。もう体力がなかったのだろう。
 さて、これで夜景を写すわけだが、スペック的には広角端はF2.7と、まずまず。F2.8より明るいと自慢できる数値ではないが、普及タイプのコンパクトカメラとしては明るいほうだ。
 感度上限は1600あたりまでオートで上がるようだ。だから1600とF2.7の組み合わせなら、何とか写せるのだが、さらに薄暗い場合は、かなり厳しい。
 プログラムモードに入れると6400MAXと液晶に出る。そこまでオートで上がるのなら、立派なものだ。フルオートでは1600あたりで止まるのかもしれない、あとは合成で持って行く。感度を上げないで。
 開祖お得意の合成モードなど、様々な仕掛けはフルオートモードに入れておけば、暗ければ何でもかんでも合成で連写する。そのスピードは非常に早く、次々に写せるほど。バッファに溜め込み、あとで処理するのだろうか。一枚写しての二枚目も素早い。これをハイスピード何とかといい。一覧レフ並だったのは昔の話で、今のコンパクト系は結構二枚目も早くなっている。また明暗比の激しいときは、逸れも剛性で補正してくれる。だから何もしなくてもいいのだ。ただ、フルオートでも露出補正ができるのは素晴らしい。弄れるのだ。
 かなり厳しい遠方の夜景を写したのだが、荒れていないので驚く。一眼レフで写したものとそれほど変わらない。
 感度を上げないで暗いところを写せるのが、この合成。これがカシオの売り物で、実際、その写りは結構よく、高画質が売り物のカメラと変わらないほど。薄暗いところでの撮り比べでも負けていない。ついて行ける。または、勝っている場合もある。
 室内ではそんなことを最初はやっていたが、実際に夜に写すようなことはなかった。
 ここまで写るのかと思うほど、何もしなくても写る。パナソニックやキヤノンの手持ち夜景合成とはレベルが違う。絵が崩れない。
 ただ、暗いとピントが合いにくいので、AFが好きそうな箇所にピントだけ合わせに行くのがいい。フルオートなので画面の何処かに合うのだが、暗いと一点になったりする。食いつく箇所がないのだろう。液晶でもピントが合っていないことは明快に見える。派手なほどぼやけている。何度か違うところに当てる合う。当然合っていないときはグリーンの枠にならず赤い枠になるので、それだけでも分かるが。
 薄暗いところでもピントは合いやすいカメラのようで、これも驚く。そしてピントは意外と早い。本当に合ったのかと疑いたくなるほど、さっと合う。
 こんなに良いかメラだったのかと、望遠を多用するので、19ミリがメインになるようなシーンはあまりないので、持ち出す機会がなかったのだろう。しかし、今、実際に持ち出す候補のカメラの中では一番小さく軽いのではないかと思えるので、一番手軽なので、とりあえずポケットに入れて出ることはある。撮影ではないので、ほとんど写さないことが多いが。
 しかし、夜景がこれほど見事に写るとは思わなかった。先日買ったK70の安定感、流石に一眼レフで高感度にも強いと思っていたのだが、同じように写っているので、驚く。
 レンズの暗さを感度上げで、というパターンではなく、レンズの暗さは合成で、ということだ。
 その合成方法が本当に上手い。手持ち夜景モードなどが他のカメラでもおまけで付いているが、それらとは比較にならない。合成したようには見えないのだ。
 こういう合成の上手さではソニーも強いが、それよりも上だろう。そして処理スピードが早い。実際には時間はかかっているのだが、バッファに溜めて、知らん顔をしている。だから次々に写せるので、処理が早いのではなく、溜めているだけ。電源を切ると、処理中ですと表示される。そのままポケットに入れても大丈夫だ。レンズが沈んだあとから、まだ処理している。ランプが付いている程度。
 こういうのはカシオは以前からあったのだが、この機種がその最後のバージョンだろう。
 このカメラ、今年の夏前に自転車散歩で豊中あたりまで行ったときにサブとして持って行ったのを記憶している。メインはキャノンのミラーレスイオスM3で300ミリ相当までの望遠ズームだけをつけていた。だから広角がないので、カシオをポケットに入れておいた。
 どちらのカメラで写したのか、分からないほど、よく写っている。人が多い場所とか、繁華街などでは望遠は出しにくいので、このカメラでウエストレベル撮影をした。M3もできるのだが、やはり目立つ。
 このカシオのウエストレベル撮影は、液晶を起こせば電源が入る。これが便利。閉じると電源が落ちるのだが、この機種は落ちない。その前のカシオなら液晶を閉じると、電源が落ちたのに。これは液晶を戻し、さっき写したものを見ようとしても、切れてしまうと不便なためだろう。
 電源ボタンは明快な箇所にあり、分かりやすい。チマチマしていないし、周囲に何もないので、どの角度からでも指を伸ばせる。
 しかし、この19からの標準ズーム系と、24あたりから450ミリあたりまでの旅カメラを出したあと、カシオが死んでしまった。
 まあ、十年ほどはまだ使えるだろう。
 新品カメラを買っても、十年も使っていないだろう。
 中古で、新同などがまだまだ何年か先まであるはずだ。
 十年以上も前のコンパクトデジカメを以前買った覚えがある。結構美品だった。これはニコンの高級コンパクト機だった。
 最後に、カシオの写りが良くなっていると思っていたら、受光素子が少しだけ大きいタイプを積んでいる。ここだけはお得意の合成とかソフト的な対応ではなく、物理的に攻めたようだ。そのおかげで写りに遜色はない。
 残念ながら1インチ時代に突入していたので、少し大きい目の受光素子程度ではアピールできなかったのだろう。
 このカシオの最終機、写りや操作性がいいので、別タイプが欲しくなった。24から450ミリあたりの旅カメラを同時期出している。これも最終機だ。ものはほぼ同じ。レンズが違う程度。450ミリ程度なら、望遠が厳しいが、望遠レンズではこのあたりまでは綺麗に写る。それを超えると、流石にアラが出やすくなる。
 または現役バリバリのソニーでもいい。こちらは28から700少しの旅カメラだが、世界最小。液晶も上下回転する。数年前の誕生日に買っている。それの新製品が出ている。バージョンアップで、液晶タッチができるとか。しかし、ソニーの液晶は暗い。というより薄くなり、見えにくい。そして小さなカメラで700ミリは厳しいのだが、ないよりあるほうがいい。いい条件だとしっかりと写る。
 ソニーの高級コンパクト系ではなく、また花のミラーレス機でもなく、この小さな普及機レベルで十分だろう。ファインダーはないが。胸のポケットにも入る大きさだ。ソニーなので、カシオのように会社が潰れることはないだろう。潰れても、別会社が引き継ぐはず。VAIOのように。
 そして、このカメラ、カシオといい勝負をする合成ができる。ただ、受光素子的にはカシオのほうが大きいので、写りはカシオのほうがいいかもしれないが。
 
 
 
■■ 2019年10月23日 水曜日 午前10時00分
 
 今朝は晴れている。気温は寒いのか暖かいのか、よく分からないが、20度前後だろう。
 今朝はいつもの喫茶店が定休日なので、その近くの店に入る。週に一度だけ入る店となるが、以前からたまに行っていたので馴染みがないわけではない。しかし、朝起きて、自転車で、いつもの店へ行くコースができているため、一寸違うことをする日になる。まあ、喫茶店へ行くだけのことなので、それには違いはないが、いつもの朝という感じではない。昨日の朝とは違うためだ。
 自転車で向かう方角は途中まで同じ。ほぼ同じ通りにあるので、見えているほど近いのだが、道を渡るか渡らないかの差がある。だから今朝は渡らなくてもいい日なので、楽なのだが、坂がある。それで落差は帳消しになる。
 夜の散歩も続けているが、これも別に行かなくても良いのだが、癖になると、そのシーンを入れたくなる。これを癖と言うかどうかは分からない、癖はついついやってしまうことだが、昨日と同じことを今日もやろうとするのは癖ではないだろう。
 まあ、習慣になると、自動的にやってしまうことになる。次に何をやろうかと考える必要はない。決まっているためだ。コースが。
 しかし、そのコース、変えても支障はない。またしなくてもよかったりすることもある。
 今朝は晴れており、自転車散歩には丁度いい日だが、風邪っぽいので、今日はパス。
 まあ、日常移動でも十分自転車に乗っているし、寄り道をしたりもするので、遠出する必要はないのだが、いつもと違う風景を見たいというのもある。だが、自転車で行ける近所はほぼ知っている場所なので、初めての遭遇というのは少ない。通ったことのない脇道に入り込めば、多少は初めての風景となるが。
 夜の散歩も続けているが、これもしなくてもいいが、たまに歩かないと、長い距離を歩くとき、厳しくなる。
 
 

■■ 2019年10月22日 火曜日 午前10時29分
 
 今朝は晴れている。気温はまずまずだが、暑いのか、寒いのか、少し分かりにくい。晴れているときの室内は寒かったりする。それで、寒いと思い、外に出ると陽射しがあり、それを受けると暖かい。もう暑いという感じはしないが。
 晴れているが、陽射しが陰ったりするので、雲が多いのだろう。しかし、晴れていると風景が明るい。
 用心をして、裏毛が立っているネルシャツを着る。しかし、デザイン的には脇にポケットがあるので、カッターシャツ系ではなく、一番上に着る上着のようだ。何処でいつ、どんな感じで買ったのか、忘れてしまった。そのためか、ほとんど着ていなかったのは、寒くなると役立たずになるためだろう。
 ユニクロで先日買った裏地ジャージのナイロンパーカーよりは暖かい。しかし、着心地はネルシャツ系の方が良い。表生地が綿のためだろうか。今年の秋の初め頃にもう一つユニクロで買っているが、ほとんど夏の気候のときに買った。それは綿生地の分厚い目のジャケットで、国民服のような感じ。こちらは先の二つよりも寿命が短そうだ。
 しかし、忘れた頃に着たりするのだが、ますます寒くなり始めるので、出番は少ないかもしれない。
 喫茶店は冷房が入っていたり、暖房が入っていたりする。それならどちらもいらないのではないかと思えるが、昼と夜とでは気温差が結構あり、季節が違うのかもしれない。
 
やはり凄いニコンP900
 最近はペンタックスのK70やパナソニックのFZ300を持ち出す機会が多いのだが、その合間にニコンの2000ミリまでの超望遠の付くネオ一眼P900を使うと、その凄さが分かる。これは望遠に強いだけではなく、画質が凄い。
 ただ、解像力の高い電子ファインダーや、光学式の一眼レフファインダーで慣れた目でP900のファインダーを覗くと、あれっと思うほど小さく暗かったりする。あまり良いファインダーではないので、被写体の細部がよく見えなかったりするが、全体は掴みやすい。だから小さなファインダーほど構図が取りやすかったりする。
 いいファインダーだと、覗いているときの絵が一番綺麗だったりする。つまり、戻ってからパソコンで取り込んだものよりも。
 ところがP900などの小さく解像力も低いファインダーだと、パソコンに取り込んで見て、こういうふうに写っていたのかと、そこで初めて写した物が分かったりする。だから、よく写っていた、というのが来る。
 描写の鋭さは、ピカイチで、そういうチューニングがされているのだろう。取り込んだ画像にシャープを掛ければ、似たような絵になるが、JPEG書き込み時に、それが行われているのではないかと、邪推するほど。
 同じニコンの一眼レフで写したものよりも、ピシッと来ているので、驚いたことがある。
 キヤノンネオ一眼の最新機SX70のほうが操作性などは全てにおいてP900を上回っているのだが、写りはP900のほうがいい。SX70は1400ミリ近くまでの望遠が付いているので、2000ミリとそれほど変わらない。僅か一押しの差だ。
 それにどちらも始終望遠端まで使っているわけではないが。
 夜景も難なくこなす。SX70は微光下では弱い。このクラスのネオ一眼で昼でも夜でも難なくこなすのはP900とパナソニックFZ300だろうか。レンズの明るさはやはり強いので。ただP900は夜景などでは手動で感度を上げる必要がある。
 世はミラーレス時代だが、こういったネオ一眼のほうがよかったりする。撮影範囲が広いためだろう。そして、よく写っている。
 
 

■■ 2019年10月21日 月曜日 午前9時58分
 
 今朝は曇っている。やはり最近天気が悪い。また台風が来ているので、その影響かもしれない。この前来たばありなのに、また似たようなコースで来る。これは去年も似たようなことがあったような気がする。それで、もう記憶の上では重なっていると言うよりも、似たようなコースをたどってき台風が二台あった程度の記憶。果たして台風を一台二台と数えるのかどうかは分からない。台風一機襲来でもおかしいが。まあ、数え方が分からなければ、一つや二つでいい。
 台風は梅雨頃にも来ていたし、夏にも来ていたようだ。台風シーズンは秋の印象だが、初夏から来るのだから、結構長い期間にわたり、台風が来ていることになる。そのうち冬の初め頃まで、まだ来るかもしれない。夏だけに咲く朝顔が冬にもまだ咲いていたりするので、繋がっているのかもしれない。
 今日は曇っているので何ともならない。晴れておれば、自転車散歩に出ようと思ったが、曇りでは行く気がしないし、それ以前に一寸風邪っぽいので、パスだろう。しかし、夏の暑い時期、涼しくなれば行きやすくなると思っていたのだが、今度は天気の良い日が少ないので、いつでも行ける気候なのに、行けない。
 まあ、行くだけの元気がなければ行けないが、気分よりも、身体だろう。身体が元気なら、気持ちも元気になる。身体がしんどいのに気持ちだけ元気だと、身体を壊すだろう。無理をさせるわけなので。
 今朝は暑いのか寒いのかよく分からないが、ユニクロで買った秋物のパーカーを着ている。これが最近のお気に入りで、寒くなると、もう着られないので、今、着ておかないと、春まで着られない。これで何度も雨に遭っているが、見事に弾いているし、乾燥も早い。水滴ができ、しばらくすると消えているのだが、線になっている。ナメクジが這ったあとのように。ただ光らないが。これは染みこんでしまったのかと思われるが、そこからの乾燥が早い。この前の台風の日、傘なしで、これだけで雨を受けたのだが、問題なかったことで、証明済み。短い時間なら持つ。
 傘はコンビニの千円傘だが、長持ちしている。風に強いためだろう。骨の関節が裏返らないで済んでいるため。しかし穴が空いている。小さな穴が何個かできているが、これは自転車に突き刺したままのためだろう。ずっと突き刺していると、それだけで傷む。
 今朝はまずまずの時間に起きてこられたが、まだ眠い。二度寝が欲しいところだったが、そこで寝ると、かなり遅い時間に起きるので、無理に起きてきた。しかし、二度寝をやっていたような気がする。最初に起きたとき、しっかりと起きていなかったようで、時計も見ていない。そのまま寝たようだ。だからこれは二度寝かどうかは曖昧。そして次に起きたとき、時計を見た。だから二度寝済みだったことになる。昨日もそうだが、今朝も寝起きが眠い。もっと寝ていたいのだろう。これは昼寝に回せばいい。
 10月も半ばに差し掛かる。早いものだ。秋のど真ん中。まあ、暑くもなく、寒くもない。だから、気温だけは秋らしい。ただ、寒暖計と実際の温度は少し違うようだ。寒暖計では低い目なのだが、実際にはそれほどでもない。空気や湿気のタイプが違うためだろうか。だから夏の掛け布団でまだ行ける。
 また、台風が来ているので、これでまた暖かくなるかもしれない。北からの底冷えしそうな寒気ではないので。
 
 
 
■■ 2019年10月20日 日曜日 午前9時40分
 
 今朝は晴れており暖かい。何か久しぶりの晴れのように感じるが、晴れている日はそれなりにある。だが一日で終わってしまったりするので、雨が多いように感じてしまう。
 そして台風が去ってから寒くなったのだが、それがまた戻っていて、寒さが深まらない。
 そのため、まだ真夏の薄い夏布団を使っている。これでも被ると暑く感じることもある。朝夕の寒さも厳しくなく、喫茶店に一時暖房が入っていたのだが、冷房に戻っている。
 それでも気温は20度を少し上回る程度なので、それなりに低い目なのだが。
 昨日などは昼間、暖房を付けると、暑いほどで、寝る前まで過ごせた。いったい気候は何処へ向かっているのだろう。秋の宙ぶらりん状態が続いているのだろうが、冬が少し遠ざかった。と思っていると、またある日突然寒くなるのだが。
 これは体調もあるのだろう。最近少し風邪っぽいので。これは雨で濡れたりすると、そうなる。ずぶ濡れになるわけでも、雨で体が冷えるわけでもないのだが、水分の多いところにいる程度なのだが。
 晴れの日曜日、これは自転車散歩には丁度いいのだが、たまに陰る。雲が多いのだろう。それと今朝はいつもの時間に起きてきたので、眠い。理想的な時間、早起きではないが、目覚めはよかったが、二度寝したので、そのとき起きたときはもっと寝たかった。寝たりない感じ。
 しかし、遅起きが続き、もの凄く遅くなった日もあったので、それに比べると、まし。
 目を覚まし、時計を見てびっくりするようなことは滅多にないが、そのとき驚くだけで、別に支障はない。ただ、押し気味の一日になり、何か時間を追いかけているような感じだ。何処かで追い抜いてやれと。何かを早くするとか、省略すれば、追い越せる可能性もある。しかし、省略すると、一日が短く感じる。
 まだ寒くなりきらないので、先日買ったユニクロ裏地がジャージのナイロンパーカーの寿命が増えた。下に着込まなくても、まだまだ着られる。
 昨日はご飯が切れていたので、スーパーで弁当を買った。出汁巻きおにぎりセットで、小さなおにぎりが二つ入っているだけだが、出汁巻きが分厚く、ボリュームたっぷり、あとはウインナーと唐揚げとスパゲティが入っているが、まるで小学生の弁当。メインは出汁巻き卵で、これは残したほど。
 おむすびが小さいのが二つなので、腹が減ると思い、小さい目の赤飯を買う。これは余計だった。腹がすかないまま、寝る前まで来たので、食べないと危ないので、食べる。寝る前に食べるのはよくない。夜食の場合、それからまだ起きているのでいいが、今から寝ようとしているときに食べるのはよくないが、昼を食べたあとの昼寝はいい。それほど長く寝ないし、うとっとする程度なので。また、食べたあとは眠りやすい。動きが鈍るためだろう。鈍化の魔法だ。
 
 夜の徒歩散歩はまだ続けているが、寒くなり出したので、大層になってきた。
 ただ歩いているだけでは暗いだけで、退屈なので、夜景を写している。夜道だ。それで、毎回違うカメラを持って撮り比べている。
 昨夜は久しぶりにニコンのネオ一眼P900を持ち出す。昼間でも最近は滅多に持ち出さないが、超望遠が必要なときは、必要だ。
 この怒濤の超戦艦コンパクトデジカメは2000ミリ砲を積んでいる。そんなもので夜景など写す人はいないだろう。それ以前に暗いので、コンパクト系では厳しいのだ。その上2000ミリなど以ての外。
 流石にそういうシーンは夜中にはないが、月ぐらいかもしれない。しかし月はどう写しても月で、もう一つ絡みが欲しいところ。この2000ミリ、デジタルズームと合わせて月に向ければ画面一杯に月になるはずだが、そうなると、もう月とは言えなくなる。別のものだろう。手の平を写すのもいいが、アップしすぎると皮膚の写真になるのと同じだ。
 さて、一度このカメラで暗いところを写したことがあり、そのときの方法を思い出した。ただ、室内の薄暗いところで、試しただけで、実戦はない。
 受光素子はそのへんにゴロゴロあるコンパクト系で、まあ、一番小さい。それだけでも不利。その理由は感度が上がらないことだろう。これは宿命だが、1万近くまで感度上げできるタイプもある。
 ニコン系は今は3200あたりまでなら上がる。パナソニックもそうだ。しかし、このP900はプロとなっているので、6400まで上がる。まあ、受光素子の大きなカメラでも3200あたりまでが常用だと言われている。
 だから6400というのは有り難い。画質云々を問うカメラではないので、荒れても問題はない。写し取ることが大事。このあたりのドキュメンタリー的な世界はニコンらしい。今はどうかは知らないが。
 そして24から2000までのズームだが、24ミリ側だけはF2.8と結構明るい。これならフルオートで800ぐらいで写せるだろう。
 このカメラのフルオート、お任せシーンモードだと感度は800あたりで止まってしまう。パナソニックは上限の3200まで自動的に上がるのだが、ニコンは800で終わる。そのため、夜景など、厳しい。そのときはプログラムモードに入れる。そしてオートでの上限は同じなので、感度を手動で6400に入れる。そして夜景で、遠いところを写すのなら無限モードに入れる。これはマクロ切り替えなどのボタンの中にある。マニュアルフォーカスモードではない。無限だけが出せる設定。これは一眼や、ミラーレスではできない。マニュアルフォーカスに切り替えて、フォーカスリングを端まで回せば無限だが、機械式でないと駄目。そして機械式の距離目盛での無限が曖昧。端に余裕があるためだ。AF機なので、端に遊びを入れている。だから無限が出せない。
 そのてん、P900は無限だけを指定してやれば、無限が出せる。
 これで遠方へカメラを向けてピントが合わないということはなくなる。AFを使わないためだ。だからまあAFスピードは〇秒だ。
 この組み合わせを登録できる。一つだけ撮影ダイヤルの中にUと言うのがあり、これはユーザーのことだろう。いちいち設定を弄るより、撮影ダイヤルを回したほうが早い。ただ、フルオートからUの位置までが遠いので、ぐるぐる回さないといけないが。これは暗いところではダイヤルは見えないので、液晶で確認する。回す度に、どのモードなのかを知らせてくれるので。
 この6400でかなり薄暗い室内を写したのだが、このカメラバケモノかと思うほど、よく写っている。しかも明るい目に。しかもかなりの望遠側で。
 それで散歩に出た。遠方にマンションとか住宅とか電柱とかがあり、手間に田んぼ。だから見晴らしが良い。写すと昼間のように写った。やり過ぎだ。6400だと露出不足の警告は出なくなり、8分の1ほどで切れた。こんなに明るく写るのなら、暗い目に写しても余裕がある。感度を下げてもいい。
 このカメラ、しっかりと握って写せば望遠側でも4分の1秒ぐらいまでは大丈夫だ。手ぶれ補正と、受光素子の小ささが、効いているのだろう。
 結局ネオ一眼で、同クラスのカメラで、夜景を含めて何でも写せるのは、このP900とパナソニックのFZ300だった。1インチタイプは、感度も高く上げられるので、それは入れていない。また最初からレンズが明るい高級コンパクト系も。
 そういうのは広角は良いが、望遠になると厳しくなる。
 このP900はニコンらしく切れの良いどぎつい写り。特に解像感が凄まじい。メリハリのある切れの良い写真が写せる。
 少し大きく重いが、グリップが効いているので、片手だけで写せる。そこがネオ一眼らしい。ズームは当然レバーなので、シャッターダイヤル周りにあるので、片手だけでも操作出来るので、自転車で坂道の上から写すとき、両手を使えない場合でも、電動ズームのありがたさを思い知る。
 手ぶれ補正はレンズ側なので、覗くとくっと止まるのが分かる。流石に2000ミリで上とかを向けると、ぐらっとするが。
 このカメラ、ペンタックスのK70より大きい。しかし持つとそれほどでもない重さで、K70のほうがずっしりとくる。
 だが戦艦だけあって、押し出しのいいカメラ。レンズが太く、太いまま2000ミリまで一気に伸びる。これもネオ一眼のおかげだろう。手動ズームよりも早い。まあ、リングが重いタイプはカメラが動いたりするし、持ち直して回さないと回りきれなかったりする。
 そして、操作系も、一眼レフの中級機から付くとされる2ダイヤル。軍艦部と背面にある。特に背面のダイヤルが良い。回しやすい。
 ただ、カメラとしてみた場合、高級機ではなく、普及機レベルのカスタマイズ性しかない。ボタンの少ない。メニューの項目も少ない。
 
 オリンパスの中級機が発表になったのだが、ミラーレスがまた賑やかになった。その前のニコンのZ50の発売は、新シリーズなので、こちらのほうが新鮮だが。
 ニコンミラーレスといえば、Z50が流用した新マウントのフルサイズミラーレスのほうが有名だが、印象は薄い。
 要するにフルサイズミラーレスの勢いよりも、従来通りのサイズに人気があるためだろうか。値段的な人気だ。
 たとえば24あたりから100ミリあたりのレンズしか使わない人なら、フルサイズでかまわない。また単焦点一本とか。しかし、フルサイズミラーレスの標準ズームそのものが馬鹿でかかったりする。太くて長い。カメラは意外と小さく軽い目でも。
 そうなると、値段もミラーレスに比べて安い普通の一眼画質のサイズでも良いのではないかとなる。
 ただ、ミラーレスで目新しいのはニコンだけで、あとのはマイナーチェンジ版のようなもの。今まであったカメラにマーク2とか3とかが入る程度。
 キヤノンからもミラーレスの新製品が出ているが、これもイオスMのアップ版。ただし、ファインダーは付いていない。付いているのもあるが、それの新製品はまだ出ていない。
 ここでニコンZ50と競合することになるのだが、ニコンの方が大きく重い。レンズもそれほど小さくない。フルサイズや、それ以上も行けるほど大きな新マウントのためだろうか。
 まあ、それで出そろった感じで、年末商戦に突入するのだろう。
 しかし、ミラーレスに関しては、キヤノンのネオ一眼SX70があればことすむのではないかと思える。21ミリから1400ミリ近くまでのズームを乗せているので、下手なミラーレスで写すよりも、写せる範囲が広いので、実用性が非常に高い。幅広いジャンルにまたがって写す人には、これだろう。
 受光素子は小さく、レンズも交換できないが、これも立派なミラーレスだ。
 
 

■■ 2019年10月19日 土曜日 午前10時43分
 
 今朝は曇っている。雨が降りそうだ。しかし気温は高い目で、ムッとする感じ。寒くはないが、朝は最近着ている秋冬物。秋物よりも分厚い。薄いのでもいいのだが、一度暖かいのを着ると、戻れないようだ。
 昨日はもの凄く遅起きしたので、夕方行く喫茶店はもう出るとき暗くなっていた。雨がぱらっとしていたが傘を差すほどでもなかったのだが、途中でドバッと降り出した。俄雨と言うより、本降りだろう。それで、上着が濡れたが、ユニクロパーカーなので、問題なし。見事に弾いて、喫茶店内では水滴が浮いていたが、すぐに乾燥したようで、消えた。あまり色が変わらないのがいい。染みたところの色が変わりにくいのは弾いているためだろう。完璧ではないが。
 合羽の上着の軽いタイプを着ている人がいた。ほとんどパーカーだ。ズボンは普通のカッパの下。いずれも雨が降ってきたので、自転車を止め、それらを出して着ていた。通勤のプロだろう。自転車やバイク通勤の人なので、怪しい日は用意しているのだ。
 ズボンは綿ズボンをはいていたのだが、台風のとき、びしょ濡れになったので、違うのをずっとはいていた。これが意外と濡れていない。綿ではなく、化繊タイプで、裏地がある。冬用のボアとか毛とかではなく、幕のようなものとの二枚重ねのような感じだが、非常に薄くて軽い。こんなのをいつ買ったのだろうかと思い出そうとしたが、出てこない。今まではいた覚えはあるが、冬の初め頃のように思える。薄いので、真冬では役立たずで、そのまま放置したものらしい。だから汚れていない。それに皺にならないのがいい。別に寒々しくはないので、寒くなってもまだまだはけるだろう。
 今朝は昨日ほどには遅くはないが、それでもいつもよりは遅い。遅起きにならないように心がけながら寝たためか、早い目に目が覚めてしまった。理想的な時間だが、睡眠不足が心配なので、起きられなかった。相撲でいえば立ち合いが合わない。
 しかし、それなりに決心して寝ると、それを覚えているのか、いい時間に目が覚めた。しかし、起きる決心が付かなかったので、その後寝て、遅い目になったが、これは確信犯なので、仕方がない。
 
 昨日はオリンパスEM5マーク3の発表があった。世の中には色々な出来事があるが、カメラの新製品などはピンポイント過ぎる。しかし、数年前の誕生日カメラとして2のほうを買っている。結構高かった。それの新製品が出たので、少しは気になる。
 カメラの一寸した進歩、改良点、新しいところ、そのデザインや機能とかは、広い世界とも繋がっている。それなりに、今の風潮を表していたりする。世間がカメラの中につまっていたりし、これで世相が分かったりする。
 まあ、どちらへ向かっているのかが何となく見える。
 要するにこういった中級機は上級機にしかなかったものを取り込んで云々が多い。このカメラもそうだが。すると上級機でなくても、この新製品の中級機で十分ではないかと思えるのだが、それなら値段が高いだけの上級機になるので、絶対に引き渡してはいけないものを残している。そうでないと差が付く。機能は同じようでも、そっくりそのままではなかったりする。
 そして、しばらくして、最上級機が出るのだが、このときは中級機に渡したものよりも良いものを加えて登場するのだろう。
 だが、実際には先日買ったオリンパスの入門機EM10初代と、EM5マーク2との差はほとんどなかったりする。むしろ軽くて軽快で、レンズも軽い初心者向けのほうが写りが泥臭くてオリンパスらしかったりする。まあ、ファインダーの見え方、解像力などでの差はあるものの、実際に写しているときは気にならない。
 また、AFのスピードも昔に比べて、ジワーとしか合わないようなことはなく、それなりのスピードで合う。
 だから、誕生日カメラは、オリンパスミラーレスの中級機ではなく、初心者向けのEM10系でよかったのだ。このカメラなら店頭で必ずあるし、買いやすい。また、液晶が上下回転式なので、多用しやすい。EM5マーク2は横開きで、しかも引っ張るのが固いため、急いでいるときは指が痛く。だからほとんど使っていない。ダイヤルがゴチャゴチャあるのも同じで、初代のEM10も同じことができるのだから、ほぼ同じカメラのようなものなのだ。
 大きく見ればそうだが、細かいところを見ると大差が出るのだろう。不思議な話だ。
 さて、EM5マーク3という新製品だが、写真で見ると、付けているレンズはEM5マークUと同じキットレンズの28から300のズーム。24から400ではない。それを付けると、長く太く見えるためだろう。コンパクトさが売り物のカメラなので、そうなったようだが、実用上中級機なら24から400を付けたキットが好ましい。そうでないと、変化がないし、具体的な美味しさがない。24ミリから400ミリなら、広角端での寄りが効く。28から300は50センチ離さないといけないので、テーブルものが難しい。身体を反らさないと写せない。
 だから、EM5マーク2からマーク3に乗り換えるのなら、中身はほとんど変わっていないので、24から400のズームレンズを買ったほうがいい。こちらのほうが変化が大きく、実用性が高い。まあ、少しカメラが重くなってしまうが。
 さて、数年前の誕生日に買ったのだが、実はそのときもう一台欲しかったカメラがあった。出たばかりのキヤノンイオスキッスMだ。キッスシリーズなので、初心者向け。ファインダー内蔵のMシリーズとどう違うのかという話だが、操作系は簡略化されている。だから入門機。
 だが、高かったので、買えない。そのスペックを上回る中級機ミラーレスがオリンパスEM5マーク2で、値段も安い。出てからしばらく立ち、既にそろそろ新製品という噂もあったほど。
 まあ、そつのないキヤノンのほうが無難。どうせレンズ交換などしないのだから、レンズ本数の少なさなど問題外。
 問題はこのオリンパスの新製品、予測価格が、嘘のように高い。オリンパスらしくない。それならソニーのα6400で良いのではないかと思ったりする。それよりよりも高いのだから。まあ、6600は結構高いが、ボディー内手ぶれ補正が付くためだといわれている。
 受光素子の大きさが違うのだが、そのあたりの差は問題外。違いを見付けるほうが難しいほど。心持ち背景ぼけがややある程度だろうか。
 そういう中での伏兵がいる。富士だ。T30の一石が強い。オリンパスより受光素子が大きいのに軽かったりする。まあ、イオスM系も小さいが。
 そしてトップメーカーだったニコンはどうしたか。重さなど気にしないZ50を出している。堂々としたカメラだ。
 しかし、最近は写す楽しさだけなら、ペンタックスK70を愛用している。世間の風など何処吹く風とばかり、古典を踏み続けている。新製品など滅多に出ない。その体力もないのだろう。
 光学ファインダーで見た世界。これが非常にいい。そしてミラー音も。いずれもミラーレスに対しての反動だろう。だが落ち着く。
 
 
 
■■ 2019年10月18日 金曜日 午後0時08分
 
 今朝は曇っており、雨がぱらっとしているが、気温は高い目で、寒くはない。急に暖かくなった感じだ。
 それよりも起きるともの凄く寝ていたようで、かなり遅い。普通の遅さではなく、そこからもはみ出ている遅起き。
 朝方目が覚めたのだが、まだ早いので、そのまままた寝てしまった。これはよくあることだ。
 もの凄く眠りやすい時期なのかもしれない。いつもなら遅い目の朝ご飯を食べたあとで、これから昼の喫茶店へ向かおうかという時間。だから朝の喫茶店は夢の中で済ませたと思えばいいのだが、そうはいかない。この朝の喫茶店は寝起きに行く喫茶店で、朝でも昼でも夜でも、起きたときに行く。ただし、昼寝は省く。
 つまり一日のスタートなので、この日課は外せない。まあ、早朝から出かけないといけない用事でもあれば別だが。
 その日課がいつできたのかは忘れたが、そのため、朝から出掛けるということはなくなった。つまり朝から遠くまで出掛けるとかだ。
 その寝起きすぐに行く喫茶店から戻ってから朝食の用意をする。昼と夜は適当だが、この朝ご飯のときはおかずを作ったりする。煮物をしたりとか。夕食などは、その残り。昼は適当にパンでもいい。
 そして朝の喫茶店で、この日誌を書く。それが日課。
 しかし、最近起きるのが遅くなっているので、このままずれ込むのではないかと心配している。一応決まった時間に決まったことをしている方が安定する。
 しかし、今朝の蒸し暑さというのが妙だ。何か調子が違う。寝過ぎたのは、そのためかもしれない。眠りやすい気候だと思える。
 秋が深まり、日々寒くなっていくはずだが、今朝は調子外れ。風が強いのは最近の傾向だが、徐々に寒くなっていた。
 この暖かさの戻りはまた台風でも来ているのかと勘違いするほど。
 今朝のようなと言うより、もう昼なのだが、夏の服装でもいいほどだが、街ゆく人は秋物。一度それを着てしまうと、夏物は仕舞ってしまったのだろう。
 
都はるみ 旅の夜風
 この曲は色々な人が歌っている。愛染かつらと言えば分かるだろう。
「君の名は」はラジオドラマだったはずだが、古いので忘れてしまったが、映画での橋のシーンは有名。女風呂が放送時間はがら空きになるという伝説は、これだったのかどうかは忘れたが、そういった時代によくあるドラマ。ただ、歌はこの愛染かつら「旅の夜風」のほうが有名。前奏曲の調子の良さはいかにも演歌らしい。
 花も嵐も踏み越えて、の詩は何処かで耳にしたはず。
 これを都はるみが歌うと、もの凄く調子の良い明るい曲になるので不思議だ。まるで、そういう情景を楽しんでいるかのように。
 都はるみが歌うとどうしてそうなるのか。
 それは歌い方にあると思われるが、本家よりよかったりする。それはそっくりそのまま上手くコピーできるというのではなく、都はるみ風になるためだろうか。流石に「旅の夜風」では唸っていないが、唸りそうになっている箇所がある。少し力んだとき、唸っているように聞こえるためだろうか。本気で唸れば、痛快だろう。
 まあ「旅の夜風」そのものが、意外と調子のいい曲なのかも知れないので、都はるみが歌うとさらにそれが引き立ち、軽快な歌になる。楽しそうな。
 旅の夜風のラストはハッピーエンドで終わる。だから良いのだろう。
 愛染かつらとは愛染堂にある実在する桂の木だ。昔のメロドラマだが、意外と今のラノベで復活しているのではないかと思ったりする。
 こういった、昔の名曲、流行歌などを多く都はるみがカバーしており、それを聴くの楽しい。都はるみ自信の曲よりも気楽に聞けるためだろう。
 美空ひばりの何回目かの誕生日を記念して出た「裏町酒場」も、複数の人がカバーしているが、先に都はるみ版を聞いたので、美空ひばりのオリジナルを聞いても、ピンとこなかったりした。
 また「女の階段」などは美空ひばりは、あの粘っこさと生きの良さで撫でるように歌うが、都はるみは軽快で無垢。天真爛漫に歌いこなし、こちらの方が軽快。だから、美空ひばりに比べ、都はるみのほうがラノベ的になる。結構良い勝負をしている。
 ここでは唸りは使わないので、高音での張りと伸びのあるキーンとした声を売り物にしているが、それだけなら他にもいるだろう。そこに何処か遊びの要素があり、それが軽みになるのだろうか。だから、他の歌手は無難に歌いこなして上手という感じだが、都はるみにはプラスアルファがある。それらを全てはるみ節で括るのは早計だが。独自に情感が伝わる。
 この都はるみの歌い方の本質は、他の歌手が歌う都はるみを聞けば分かる。
 たとえば「惚れちゃったんだヨ」とか「あら見てたのね」など、一寸やり過ぎの歌い方だが、他の歌手が歌うと、下品になる。ただ、唸っているだけ、ただ高い声を出しているだけ。特に素人の人が歌うと、漫画だ。
 だが、都はるみが歌うと、コミカルな歌なのだが、滑稽さの中にも情感が出る。結構シリアスな情が出てくる。だからコミカルな歌ではないことが分かる。
 だから、ものまね以外、都はるみの歌を他の歌手が歌うとき、無難な歌い方になることが多い。都はるみの何とも言えないあの芸のようなものが難しすぎるのだろう。
 だが、相変わらず、その歌唱の秘密は分からない。だが、都はるみがオリジナル以外の曲を歌うときや、他の歌手が都はるみの曲を歌うとき、その違いで、何となく見え隠れする。
「旅の夜風」は男女コンビで歌う場合が多い。しかし、都はるみは一人でできる。女役と男役ができるため。
 美空ひばりは男になりきった男歌。都はるみは男役をやっても女性のまま。だから男装した女性として歌う。
「はるみの三度笠」などもそうで。これは女なのだ。
「旅の夜風」の中に賀茂の河原が出てくる。京都だ。都はるみの地元。そんなところに吹いていた風だったのだろうか。
 映画のシーンを断片的に覚えている態度で、津村病院や、高石かつえ、程度の記憶。歌手としてデビューし、「津村病院の皆様」などと、会場に見に来てくれた同僚達に挨拶するところが印象に残っている。しかし、愛染かつらの映画だったのか、別の映画だったのかは曖昧。そして映画だったのかテレビドラマだったのかも、忘れてしまったが。
 テレビドラマなら、いいところで、あの歌が挿入され、非常に盛り上がる。そして、「続く」となる。
 要するに懐メロではなく、懐メロドラマ。
 
 

■■ 2019年10月17日 木曜日 午前10時13分
 
 今朝は曇っている。気温も低い目。雨が降りそうな感じだ。このところ天気が悪い。晴れることもあるが、長く続かない。春や秋はそんな感じだ。天気が日替わり。
 寒いので昼間でも電気ストーブを付けているが、もっと寒くなる夜、寝るとき、電気毛布ではなく、夏蒲団のペラッとしたのを一枚かけているだけでも何ともなかったりする。そんなに保温性のいい掛け布団ではないのだが、これがおかしい。もっと寒い日があり、そのとき真冬の分厚くて重い毛布をその上から掛けて寝ていたのだから、これは何だろう。
 その毛布は足元に置いてある。いつでも引っ張り出せるように。
 それがここ数日いらない。電気ストーブは室温を上げないが、それでも付けていると、多少は室温が上がるのかもしれないが。
 それとも身体のヒーターがオンになったのかもしれない。それなら熱があるということだが、そんな感じはない。
 寒くなってきたので、身体が、そのモードに入ったのかもしれない。身体の中にヒーターがあるとすれば、血だろう。腹あたりにヒーターがあり、そこを通過した血液が温まり、全身に回る。腹を冷やすといけないというのはそういうこともかもしれない。
 また、首筋や手首などは露出しているので、寒いときは、そこ部分が冷たい。そこを通った血は、そこで冷えるのかもしれない。冷たい血が全身に行き渡るとか。
 まあ、哺乳類なので、体温の調整を多少はしているのだろう。そうでないと、寒いと動けなくなる。だから調整できない生物は冬場は寝ていたりする。
 今朝も寒いので、先日買った秋物のユニクロパーカーでは間に合わない。それでは寒いので、裏地に毛の立ったカッターシャツのようなのを着る。冬物だろう。つまり秋物の寿命の短さを思い知らされる。特に一番上に着るタイプ。中に着るタイプは夏向けでもいい。だが、パーカーやジャンパーの上に、さらに何かを着るというわけにはいかない。
 では、秋物のジャンパーやパーカー系はいつ着るのだろう。秋の初め頃に買ったのだが、そのときはそんなものを着ると大袈裟。夜の散歩のとき、たまに引っかけていた程度。そして涼しくなってきたので、着てもよい時期になったのだが、そんなのでは薄くて寒いので、冬物が必要。
 だから、無理に着ようとすると、中にセーターでも着込まないと何ともならない。
 しかし、昨日今日と着ている冬物の裏にボアの入ったカッターシャツのようなものの上にユニクロのパーカーを着ることはできる。この裏毛付きのカッターシャツには防水性がないので、丁度いいかもしれない。それと風にも強いパーカーなので。
 つまり、秋物の上着は重ね着してなんぼの世界になる。しかし、それは冬の寒さに近くなければ、今はまだ無理。すると、秋物での重ね着は冬物になる。それなら最初から冬物を一枚羽織ったほうがすっきりするだろう。防水性や防寒、防風性のあるダウンジャケットのほうがすっきりしたりする。
 昨日は晴れていたので、自転車散歩にちょうどだったが、起きた時間が遅かったので、それで行くのを躊躇ったが、短い距離なら良いと思い、出掛けることにした。昼頃入る喫茶店からの出発だが、昼などもうとっくに過ぎている。いつもより遅いためだ。
 前回も台風が去ったあとの晴れ間に出掛けたのだが、祭りの山車と遭遇し、それを写していると、もう満足を得たので、戻ってきた。だから、散歩にはならなかった。
 今回は近場を狙い。尼崎方面に南下し、植物公園があるので、そこに入る。つまり公園を梯子する作戦。
 植物公園は温室もある。それよりも森のように樹木が茂っており、こちらのほうがいい。散歩コースができているのだが、自転車では入れない。広い公園で、ただの芝生の広場に近い。バーベキューやり放題の場所だろう。そうなるのを恐れて、禁止となっている。
 散歩コースは無視して、入り込んだことのないところを、自転車を突きながら歩く、路面が悪いので乗るとガタガタになる。中途半端な石畳のためだろう。雨の日、ぬかるみにならない程度。
 鳥などが来ているが、鳴き声だけで姿が見えないが、花を写しているとき、一羽だけ下の方の枝に止まっているのを発見し、さっと撮す。こういう鳥はすぐに逃げるので、早撃ちしないと、間に合わない。
 そして、偶然が全てを決する。そんな良い条件で鳥がいつもいるわけではないので。
 次は近松公園。ここも植物公園並みの規模がある。近松門左衛門の墓のある寺と隣接し、記念館のようなのも立っているが、いつも閉まっているような感じだ。
 この公園内は一周するにしても自転車で通り抜けるのは難しいので、止めて、一周する。
 人は少ない。老夫婦が歩いているのと、子供を遊ばせている若いお父さんがいる程度。
 そこに猫が現れる。このあたりのボスだろうか。よく肥えている。太い足だ。これが前方から向かってくるが、かなり遠い。だから猫もまだ逃げないで、こちらに来る。それを望遠で写す。向かってくる猫。これは良い構図になるのだが、望遠でないと小さすぎる。だからお散歩カメラで100ミリほどのカメラでは写せない。先ほどの鳥もそうだ。目の前の草花や全体の風景なら良いが。
 先ほどの鳥といい猫といい。偶然。その日、その時間、猫の都合と合わないと会えない。鳥もそうだ。その時間軸での出来事なのだから。数秒早かったり、遅れたりすると、もう遭遇しない。置物ではないので。
 そこを通過すると、池があり、ベンチが多くある。ここは将棋公園で、何組もがベンチを台にして、ベンチ将棋をしている。昔でいえば縁台将棋。
 これを遠くから望遠で写す。近いと、絡まれやすい。それに五月蠅そうな癖のある老人ばかりなので。これはズームした瞬間、シャッターを切る。一枚だけ。早くカメラを下ろさないと、写していたことが分かってしまうため。まあ至近距離の将棋盤を見ている人がほとんどなので、遠距離に急に目を向けないだろう。
 その素人将棋指しは十人以上いる。ほぼ同じメンバーだとは思われるが、この日、このときの配置は一回性のものだろう。その顔ぶれや座っている場所や、立って覗き込んでいる人の配置も。
 あとはカラス程度しかいない。公園内の芝生を堂々と歩いている。食べ残しを探しているのだろう。あまり警戒しないカラスで、近付いても、ある程度の距離までは逃げないで、こちらを見ている。
 この公園に入るとき、自転車を止めて、さて公園の階段を上ろうとした瞬間前方をカラスが歩いていた。これも偶然。だから公園入りと同時に獲物を見付けて鳥狩り、凄い偶然が初っぱなからあった。その後、公園内をウロウロしたが、そんな偶然はなかった。
 そのカラスは後ろから来た老夫婦に追い越されそうなる寸前逃げたが。
 この老夫婦が来なければ、もっとカラスを写せたのだが、これも偶然。その後、そんな老夫婦など歩いていない。犬の散歩をしている老人と遭遇しただけ。猫の発見はそのあとにあった。
 だから、カラスがいなければ、そのまま猫がいた場所まで行っているだろう。当然猫はまだ出てきていない時間帯になるので、遭遇することはない。
 昨日の自転車散歩のカメラはパナソニックのFZ300で、猫や鳥など動くものはあまり得意としない。こういうときはキヤノンのネオ一眼がいい。AFフレームで囲んでくれ、動いても食いついたままなので。まあ、上手く認識してくれた場合だが。
 一番確実だが難しいのは一点AFで、目玉を射ること。まあ、瞳AFの手動版だろう。
 公園の自然を写しながら、猫や鳥というジャンルの違う写真を一瞬に切り替えて写すので、カメラもそれに対応した万能機が良い。ジャンルが特定できないのが、散歩の世界のためだろう。
 それで、この二つの公園巡りは近いので、戻り道、ちょうど夕方前に入る喫茶店に入る時間。少し早いが。
 ショートコースなので、疲れなかった。
 
 

■■ 2019年10月16日 水曜日 午前10時26分
 
 今朝は晴れている。気温は低い目だが、陽射しがあるので、暖かい。暑くはない。
 昨日はついに電気ストーブを付ける。これには二つのタイプがあるのだが、すぐに暖かくならないタイプ。方式が違う。これは去年か二年前かは忘れたが、一灯だったのを二灯にした。細い柱のようなタイプもよかった。軽くて動かしやすかったので。しかしそれより暖かい方式で、しかも二灯のほうがいいと思い、古くなったこともあって、買い換えた。
 やはりこの季節、火のないところにいないと寒い。
 昨夜は寒いはずなのだが、夏のペラペラの掛け布団だけで済んだ。真冬向けの分厚くて重い毛布を足元に置いているのだが、使わずに済んだ。これは重すぎる。ぬいぐるみの中に入っているようなもので、皮膚呼吸が難しくなりそう。当然顔は出しているが。
 電気毛布はまだ敷いていないが、壊れたホームゴタツの中に入れている。
 しかし、夏布団だけで震えないで眠れたのは不思議だ。電気ストーブで身体が暖まっていたためだろうか。当然寝るときはストーブは消している。
 その前夜は夜中に何度もトイレに立つほど冷えたのだが、昨夜は一度で済んでいる。だから連続してよく眠れたはずだが、起きた時間はいつもよりも1時間以上遅い。ここ最近起きる時間が遅い。まあ、支障は出ないのでいいが、いつものように過ごすと、当然一時間から二時間ほどずれ込むようで、遅い時間まで起きている。
 そうなると、寒くなったので睡眠時間が延びたのではなく、単に起きる時間と寝る時間がずれただけかもしれない。
 昨日もそれなりに晴れていたのだが、風が強かった。それで、自転車散歩を予定していたが、中止。その気になれない。行きはいいが、帰り道、結構だれるので、向かい風で、しかも風が強いと、かなり厳しい。それと行く場所が決まっていない。方向だけを無機的に決めればいいのだが、その方向へ行くと、もう行くところはおおよそ分かっている。
 一寸離れたところにある町、何度も通った町なので、もう何があるのかが分かっているので、新鮮さがないのだが、全ての道筋を踏破したわけではないので、通ったことのない枝道とか隙間の道などが残っている。魚の骨にくっついている身を食べるようなものだ。
 単なる新しい目の住宅地。田んぼだったところにできた住宅地。これは趣が何もない。そういうところが非常に多い。
 それで、旧街道や、村と村とを結んでいたであろう村道などを行くことが多い。
 また、川沿いがいい。これは排水溝になっている場合が多いが、昔の潅漑用水跡だったりする。既に田んぼはなくなっていても、水路だけは残っていたりする。そういう水路は辿れば大きな川に出る。上流があるはずで、大きな川などから引っ張ってきているので。
 秋も深まってきたのか、秋物を着ている人が多い。どちらかというと、冬に近いのを着ている。徳利のセーターを下に着ている人も見かける。つまり毛糸のセーターが恋しい頃なのだ。暖を望んでいるのだろう。毛糸のパーカーがあり、これは結構この季節いける。毛糸といってもアクリルだが。一応編んであるので、引っ張ればもの凄く伸びる。だが、一発で毛玉ができる。
 ペラッとした綿のカッターシャツのようなタイプで、ボタンも小さく襟も同じだが、裏に毛が仕込まれているタイプがある。そして脇にポケットが二つあったりする。それを以前買っていたのか、発見する。今だ。今の季節向けだ。見た目カッターシャツだが反則の裏が毛。だから触ると分厚い。見た感じは分からない。薄そうに見える。これなら厚着しているようには見えない。
 もうコートを着て、マフラーをしている人もいる。この前まで半袖の人ばかりだったことを思うと、テンポが早い。それが長袖に替わったのは数日前だ。今はコートとマフラーでもおかしくない。
 
FZ300の凄さ
 パナソニックのネオ一眼で全域F2.8でズームは25から600のコンパクト系の小さな受光素子のカメラ。これが期待以上に凄いカメラ。
 まだ現役だが、その前の初代がFZ200で、これは名機と言われていた。その後継機だが、数年前の新製品。
 出た時期はもうミラーレス全盛期で、コンパクト系では1インチタイプのネオ一眼に人気がいった頃だろう。だから、受光素子の小さな、このカメラは、何かよく分からないカメラになっていた。
 ネオ一眼の主力は各社とも1400ミリ前後。だから600ミリというのは足りない。ネオ一眼に期待しているのは超望遠のためだろうか。
 そして600ミリまでの1インチネオ一眼も出てきており、画質ではそちらの方へ行くはず。
 パナソニックも400ミリや450ミリあたりまでの望遠付きのネオ一眼が出ている。1インチだ。
 ソニーとキヤノンは600ミリまでのを出している。だからメインはそちらだろう。
 ただ、このカメラ、不思議と何でも写してしまえ、それなりに十分な絵が得られるので、不思議だ。
 最近は夜の写真をよく写しているので、毎回違うカメラを持って散歩に出ている。僅かな距離なので、被写体も同じようなものだが。
 それでカメラ比べではないが、普通の一眼レフで写した場合、問題なく写せる。レンズもキットレンズの暗いものでも感度の高さや手ぶれ補正で何とかなるものだ。
 しかし、それがコンパクト系の小さな受光素子になると、暗いところでの撮影は結構厳しくなる。先ず感度上限が3200あたりまで。明るい道なら問題はないが、それよりも薄暗いところでは厳しい。
 まあ、普通の一眼レフやミラーレスでも、そういうところではピントもなかなか合わなかったりするものだが。
 ところがパナソニックのAFの特徴というのがあり、それは暗いところでは大きなフレームが出て、まるでAFを諦めたようになる。だからどこにピントが来ているのか分からない。
 このFZ300もそのタイプで、これはピンポイントのスポットAFにすれば、そんなことはないが、被写体自動認識のフルオートだと、そうなる。これが意外とピントが来ていたりする。合焦しないとシャッターが落ちない機種もあるので、とりあえず合焦マークが出るだけでもいい。
 その大きい目のフレームが出るのは遠方に向けたときだろうか。それほど遠くではなく。そして暗いときに、それが出る。
 この変わったAFの自動化は珍しいやり方かもしれない。小さな箱が無数に出るとかではなく、中央に大きな箱一つだけ。
 これはパナソニックのAFがコントラスト式でも、一寸変わっているためだろう。空間認識らしい。よく聞くのだが、一瞬で全部の距離を測るようなものだ。だからこれを応用した4Kで、あとでピントを選べる機能もある。四K動画から複数のピントを切り出す感じだ。ただ、カメラが認識できなものは含まれないので、合わないものは最初から合わないが。
 それで苦しいはずの夜の撮影をいとも簡単にやってしまえる。
 まあ、普通のコンパクト系に比べ、レンズが明るいこともあるが、それでも感度は3200以上上がらない。しかし、その程度のレンズの明るさの違いだけではない。
 ニコンの一眼レフなどで薄暗い室内を撮るとき、ピントが来ないときがある。ところがこのFZ300は例の大きなフレームが出て、さっと合う。これはパナソニックのミラーレスカメラでも同じだ。ニコンなどの一眼レフは万単位の感度まで上がるが、3200しかないので結構苦しいのだが、二段から三段はレンズが明るいので、感度を1万に上げたときと同等。だから写せる。ただ、ぐっとシャッタースピードは遅くなるが、四分の一秒ぐらいまでなら600ミリでも何とかなる。それは余程暗い場合だし、フルオートでは落ちない設定になっているはず。露出不足状態で切れる。
 まあ、受光素子が小さい分。ブレにくいのだ。600ミリと言ってもフルサイズで言えば108ミリになる。超望遠どころか、望遠とも呼べない程度。これでかなり助かっているのかもしれない。
 どちらにしてもこのカメラ、バケモノだ。スペック神話というのが嘘のように思えたりする。ただ一つ誇れるスペックは600ミリまで全域f2.8という数値程度だろう。これが本当は効いているのかもしれない。一応ライカバリオレンズだが、門真ライカなので、そこでの神話は大したことはないはずだが、本体とレンズの一体型というのは、最適化されているだけに、かなりレンズの性能を引き出しているのではないかと思える。
 このズームでの明るさは、他のどのカメラにもないはず。まあ、パナソニックのデジカメ、ネオ一眼を始めたとき全域f2.8だった。受光素子は今の一般的コンパクト系よりももっと小さかったが。
 要するにこのカメラ、色々買ったカメラの中ではヒットしたカメラ。個人的に気に入っているというより、使える範囲が広い。
 600ミリまでのズームだが、自動的に700ミリを少し越えるところまで伸びる。これはフルオートの設定ではそうなる。
 さらに設定でデジタルズームをオンにすると1400ミリを超えてしまう。1200ミリではなく1400ミリ越え。受光素子の小さなデジカメで倍に拡大するわけだから、これは無理があるので、このタイプでは使っていなかった。劣化が結構あるためだ。1400ミリのネオ一眼だと2800ミリまで行けるが、流石にブレが目立つ。それに画質がぐっと落ちるのが分かる。
 ところが、このFZ300は劣化が目立たない。実用性十分。だから同じパナソニックの20から1200までのズームで写したものよりも、綺麗。受光素子は同じ大きさで、こちらのほうがエンジン部も新しい新製品なのに。だからFZ300でデジタルズームで写した方がよかったりするので、不思議な話だ。違いはレンズの明るさと、ズーム比の少なさ程度なのだが。そしてが総数が2000超えがほとんどだが、1200に敢えて抑えている。これで階調がよくなるのか、白飛びしにくい。これは画質狙いのスペックなのだ。
 こういう凄いカメラがあることをあまり知られていないのは盲点のためだ。つまり受光素子の小さなカメラは最初から無視されるためだろう。
 ちなみに受光素子の大きなパナソニックミラーレスのGX7よりも写りがいいのだ。そして1インチミラーレスよりも。両機と写し比べて、FZ300が勝っている。
 また、受光素子が小さいと、背景をぼかしにくのだが、レンズの明るさで、深度が結構浅く、かなりボケてくれる。特に望遠側のボケは、一眼並み。といってもその一眼のレンズが暗いので、比較にならないが。
 普通の風景なら300ミリほどの望遠で十分。それが600ミリまであるので、ストレスがない。それ以上の望遠が必要なのは鳥や、遙か彼方を歩いている人を気付かれずに写すことだが、600ミリでも十分行けるのだが、1400ミリまで持って行けるのが強い。そして画質の劣化はほとんど分からない程度。まさに万能機だ。普通のネオ一眼に比べ、レンズが明るいので、背景もよくボケる。この違いも大きい。当然シャッタースピードも早くなる。そして感度も上がりにくい。
 これに対抗できるのはキヤノンのネオ一眼だが、レンズは普通だし、感度も3200までなので、夜間に弱い。ピントはほとんど合わなかったりする。
 ただ、このキヤノンネオ一眼、良いレンズを使うはずだったのだが、中止されて、以前のレンズをそのまま使っていたのが惜しまれる。レンズ性能を上げることで、写りは変わるはずなのだが。
 
 
 
■■ 2019年10月15日 火曜日 午前10時11分
 
 今朝は晴れている。久しぶりのような気がするが、台風の印象が強いためだろう。台風後、一度晴れているが、短かった。そしてどんどん寒くなっていく。昼間の気温が20度を超える程度なのだから、これは厳しい。この前まで昼間なら30度近くあったような気がする。それが20度少し。これは中間の25度とかがない。一気にここまで下がっている。
 そのため、朝はコートを着ている人がいる。風も強い。女性は長い目のコートが流行りなのか、自転車に乗っている人に多い。長いのでひらひらする。あれがやりたいのだろう。またニット系の柔らかいが薄いコートのようなのも多い。防寒性にはそれほど貢献しないが、この時期ならいいのだろう。
 昨日は喫茶店でジャージのパーカーを着ている女性がいたが、裏地は毛羽立っていた。冬用だ。もうそういうのを着てもいい気候になっているということだろう。
 喫茶店内は極端で、店により冷房をしているとこと暖房をしているところとかがある。
 それでガクッと気温が下がったためか、眠い。これは冬眠に入るわけではない、人が冬眠すれば、それは永眠になる。
 それで起きるのが遅くなる。目が覚めたとき、もっと寝ていたいような気になる。気だけではなく、瞼がそう言っている。だから瞼からのお知らせで、そういう気になるのだろう。開けたくない。もう少し寝ていたいと。
 夏場はさっと起きられるのだが、冬場はグズグズするようだ。
 それでユニクロで秋向けに買った裏地ジャージのパーカーだが、これはジャンパー風だ。これを着てちょうどといった感じ。下はカッターシャツ。夜など寒いとき外に出る場合、カーデガンを中に着たりするが、少し厚着過ぎる程度でちょうど。寒いと感じるよりもいいが、暑すぎると、逆に気分が悪くなったりする。暖房のムッとする空気などがそれで、息苦しい。寒すぎても暑すぎてもいけない。
 秋の季候の良い頃とは今頃のことを指すのだろうか。すると、少し寒い目ということになる。暑い目の頃は過ぎたので、これも秋。だから中間がない。秋はその中間なのだが、どちらかに傾いている。
 今朝はいつもの伊丹モスが定休日なので、その近くにある古い喫茶店へ行く。高いが仕方がない。さらにその近くにも喫茶店があるが、入ったことのない店。中がよく見えないが、テレビが置いてあることを確認。これは五月蠅いので、駄目だろう。テレビからの声が聞こえるので。
 その並びにもう一軒あったのだが、潰れている。正月の数日、ここに来ていた。
 他にも喫茶店がある。いい感じの個人喫茶があるのだが、十代の頃からたまに行っていた。しかし、雑誌の取材で、その店を案内したので、その後行けない。
 そのあと行ったのは二年ほど前で、インタビューなどを受けるとき、この店に入った。それが最後だ。しかし、店内で写真をバチバチ写されたので、目立ちすぎだ。だから、もう行けない。
 若いママさんだったが、新婚だったのだろう。二十歳代の頃だ。今はそのママさんはお婆さんになっているが、昔と同じ髪型。そして子供が手伝っている。
 ここは煙草屋でもあるので、全席喫煙は当然のこと。客がそれなりにいて潰れないのはパチンコ屋が近いためだ。
 少し寒いが、秋本番になっている。
 
新書太閤記 賎が岳の会戦 吉川英治
 賎が岳と言えば、賎が岳七本槍で有名。このときの戦いのとき、羽柴方の武将が立てた手柄。特に若き小姓達が活躍した。福島正則、加藤清正、等々は有名。そして大身の大名になり、寿命まで生きた。だから色々と語り伝えたのだろうか。その家の歴史のようなものを期したものが残っていたようだ。
 いずれも二十歳代。そして柴田側の二十歳代の若武者と言えば、その甥。佐久間盛政だったと思うが、兄弟が多いので、うろ覚えだが。この甥の佐久間の動きで、勝負が決まった。
 賎が岳の戦い、吉川英治は会戦と呼んでいる。いずれも山岳部で互いに陣地を展開し、ほとんど山城に近い砦を山々に作った。琵琶湖の北側だ。秀吉側もそれと対峙する山々に山砦を築き。長く対峙した。各部隊が広く展開し、睨み合っていたのだから、会戦だろうか。
 明智光秀による本能寺の変は、秀吉が弔い合戦に勝利し、その後、織田家跡取りと旧明智領や信長直轄領を分ける会議が清洲で行われた。発案者は筆頭家老、織田家ナンバーワンの柴田勝家。北陸探題で二百万石以上あるのではないか。織田家最大。ただその中には前田や佐々も含まれている。二人とも勝家の家来ではない。上司と部下程度の関係。
 
 明智の謀反を聞いた後、柴田も駆けつけるが、近江に入るとき、既に終わっていた。だから出る幕がないので、清洲会議で、何とか主導権を握ろうとしたのだろう。
 清洲会議は秀吉の言い分がほぼ決まり、ここで勝家は負けている。
 しかし、その柴田グループは生きている。
 信長の次男信孝、これは岐阜に入っている。伊勢方面に滝川一益。これは関東から戻ってきている。出身は伊賀らしい。明智家よりも家柄がいいとか。
 鉄砲などの扱いは明智が一番で、二番が滝川。新兵器などに強い。既に明智がないので、最新兵器では滝川が一番となるが、戦いはそんなことでは決まらなかったようだ。
 不満を懐く勝家は頻繁に信孝や滝川と密談を繰り返す。信孝から見れば信長の妹お市さんは叔母になる。勝家との縁を、この信孝が結んでいる。だから織田信長の次男織田信孝と柴田勝家の仲は深い。当然清洲会議では信孝を跡目にするはずだった。
 それで、勝家は秀吉と直接戦うことで、決着を付けることになる。不満なので、収まらないのだ。清洲会議がそれではただの猿芝居になってしまうのだが。しかし、この会議で、秀吉は多くの領地をもらうことを辞退したが、有利な条件を色々と得ている。
 
 勝家の作戦としては秀吉と和議を結ぶところから始まる。これが既に戦いなのだ。いきなり和議なので、戦わないと言うことなのに。
 要するに秀吉に油断させるためだが、丸見えだろう。
 その使者に前田利家も加わる。和議が成立し、喜ばしいはずなのに、前田利家は既にどういうことが起こるのか、そのとき予感していた。
 それよりも清洲会議で、あっさりと秀吉領の長浜を柴田に渡している。本能寺のときは寧々さんも母親も、姫路ではなく、ここにいたのだ。それを勝家の案に従い、勝家に渡している。ここは北国への要地だ。ただ、条件を秀吉は出している。勝家の息子を城主にすること。ただ、勝家には実の子はいない。それで養子がいるが、勝家とのそりが悪く嫌われている。その養子を入れるのが条件。これで、もう秀吉の作戦も見えているのだが、勝家の跡取りを城に入れるのだから、何もできないはず。
 しかし、和議の使者の中に、病中の、その養子も同行した。勝手に。
 秀吉は感動した振りをして、和議がなったのは、この長浜の城主になった養子の熱意あってのことと褒めた。
 だが勝家の養子は、病気が悪化し、戻れないで、秀吉の元に残って手厚い看病を受ける。医者も常駐させ、また回復後も、寒い琵琶湖を行くのだから、暖かそうな船をあつらえ、そこにも医者を乗せた。
 父の勝家から冷遇されていただけに、この秀吉に懐く。これで、長浜は取り返したようなものだろう。
 
 柴田勝家の作戦は岐阜の信孝、伊勢の滝川一益と北からの柴田勝家での挟み撃ち狙い。
 秀吉は7万ほどだろうか。柴田グループも全部合わせれば5万から6万になる。ただ、秀吉は中国の浮田などを加えていない。それらを持ってくると明らかに秀吉軍の方が多い。
 そこで勝家は家康の元へ使者を送り、味方にしようとしたが、冷遇。家康はなかなか会ってくれない。待遇も悪い。家康に織田家の内紛に入り込む名分がない。これはのちに長久手の戦いまで待たないといけない。吉川英治は秀吉と対照的なこの家康の描写に多くページを割いている。そうでないと秀吉も見えてこないためだろう。派手な秀吉、地味な家康。
 
 その頃、家康は旧武田領を盗み取っていたが、北条とぶつかり、睨み合ったりしていた。家康は甲州だけでいいと既成事実を認めさせ、北側は北条に任せると言って、北条とのかち合うことを上手く避けた。だから家康は家康で、戦闘中だったので、ということを理由に、接客も質素なものだったらしい。
 家康から見れば柴田勝家は同盟国の一番の重臣。軽く見てはいないが利用価値を見出せなかったのだろうか。それに信長のいない柴田勝家は、少し厳しいだろう。
 さらに柴田勝家は毛利を動かすため、前将軍に依頼するが、これは無理だろう。既に元就はいないが、三本の矢の合意は難しい。それと秀吉を敵に回すことは毛利に隣接する浮田との戦いになる。これは面倒だ。
 
 秀吉がその頃取った手は、柴田勢が戦っている上杉との不可侵条約。お互いに戦わないこと。不戦条約かもしれない。それを成立させている。現実的だ。
 これでお膳立てはできた。いつどちらかが動き出してもおかしくない。柴田と上杉は戦っている最中。佐々成政と前田利家が前線に領地を持っている。敵と敵は味方の図。武田は滅んだが、上杉は生き延びた。武田のときは信長だが、上杉のときは秀吉になったことが大きい。上杉家は生き延びる。
 
 この羽柴と柴田の戦いで先ず大軍を発したのは秀吉。ただ、火蓋を切ったのは柴田側だが、柴田勝家も滝川一益も信孝も直接動いていないし、命じてもいない。フライングだった。
 それは滝川一益配下の城が奪われたようだ。城の家老が奪った。これが発火点。秀吉が奪ったのではない。この城の城主は秀吉に傾き、柴田系を裏切ろうとしているので、家老が先手を打ったのだろう。
 柴田勝家もも羽柴秀吉も形式的には織田家の家臣なのだ。同じ織田家内での争いはあり得ない。御法度。秀吉に名分を与えてしまう。このチャンスを秀吉は逃さず、当時都近くの城にいた秀吉が兵を集める。
 秀吉の本拠地は姫路。既に長浜は勝家に渡しているので、家族は全部姫路へ。しかし、秀吉は天王山に近いところ、京への入口あたりにいる。これだけでも秀吉の方が不審だろう。だが、秀吉は都で政の任にある。これは数人の実力者が合同でやるのだが、その中に勝家も入っているが、京でそんなことはできない。
 また勝家に次ぐ宿老の丹羽長秀は秀吉に一任。他のメンバーの池田も秀吉に任せているので、実質信長に変わって畿内五カ国の政を見るのは、秀吉になっている。だから、姫路には帰らず、京への西の入口あたりにいる。だから拠点だ。
 
 それで、伊勢方面でのこの報を聞き、名分をさらに高めるため、織田家の当主の小さな子、三法師のお墨付き、これは命令のようなものだ。それをもらう。だから私戦ではなく、織田家として戦う。小さな子がそんな命令を発せられるわけがない。織田本家にいる前田玄以を動かしたのだろう。清洲会議で、この三法師を選んだ意味がそこにある。
 これで、従う有力者も名分があるので、従いやすくなる。
 
 だが肝心の滝川一益も、早すぎたと思った。柴田勝家も早いと思ったようだ。予定外。雪解けを待って戦う作戦だった。しかし、そのままでは滝川一益が危ない。秀吉は大軍で長島へ来ている。作戦的にはそれでいいのだが、雪でなんともできない。
 それで強引に雪を掻き分けて琵琶湖が見えるところまで来ることになる。やればできるのなら、最初からやればいいのだが、積雪の中での移動は厳しいのだろう。そのための要員もいるし、多くの兵も送り込めない。
 当然近江との境界線あたりの山々に勝家が来ることは予測していたので、秀吉は二回も下見に出ている。
 そして、真っ先に柴田領である琵琶湖畔の長浜を寝返らせる。看病し、親切にしたおかげだ。勝家の養親の息子は秀吉に懐き、簡単に羽柴軍となる。
 山々での兵はほぼ互角で睨み合っているが、秀吉直轄軍はいない。秀吉本軍は1万5千程だろうか。だがこれは遊軍的な動きをする。
 この陣での秀吉側での最大兵力を持っているのは弟の秀長。これがこの方面での本軍。いるだけの本軍だ。余計なことはしない。
 
 さて、伊勢方面だが、滝川一益は強い。勝家よりも強いのではないかと思える程。地元が近いこともあるのだろうか。簡単には落ちない。やっと城一つを秀吉は落とすが、あとは長期戦になることを知る。あまり力攻めはしない秀吉なのだが、手間取っていられない。挟み撃ちになるためだ。
 
 そして賎が岳で変化がある。
 長浜は寝返ったのだが、柴田の養子の城主の家老の二人は不満。その二人は秀吉勢として山砦を守っている。複数の山があり、要所の山は砦化している。勝家側もそうだ。
 この家老二人が裏切る。勝家側の兵を呼び込むつもりなのだ。これは勝家側の策略で、それがまんまとあたり、家老二人は承知する。
 だが、別の家来の一人が、それを密告する。そのため、この作戦は果たせなかった。これが成功しておれば、形勢は変わったかもしれない。あの中入りをしなくても、秀吉側の拠点を取れたのだ。
 それで、バレたので、逃げだし、勝家側の陣地へ逃れる。元々柴田家の人なので問題はないが、失敗したことで手柄にならない。
 そこで、この家老、案を出す。ずっと秀吉側にいたので、秀吉側の陣地をよく知っている。その配置なども。これは柴田軍も物見で、分かっているのだが、内部から見ると、弱いところがあるらしい。茨木の中川軍が守っている山だ。柴田側からは遠い。それだけ秀吉側の内側にあるのだ。この山がポイントになる。戦いはここで決する。賎が岳ではない。その近くだが。あとでこの戦いを柳ヶ瀬方面の戦いと秀吉は言っている。当然吉川英治が言わせているのだが。
 
 羽柴陣営から見れば、敵は先ず来ないだろうという程奥にある。対峙している取っ付きではなく内側。だから油断していると、その家老は言う。一応人を入れているだけ程度。
 要するに羽柴陣営の奥深いところに近いところを奇襲すると言うこと。その裏切った家老は絵地図まで書いており、間道までしっかりと書いている。複数の山を回り込みながら、そこに行ける。成功すればその家老、北陸で十万石以上の領地をもらえる。
 
 要するに世に言うところの中入り。桶狭間のときの信長の作戦だ。土手っ腹を狙う。この中入り成功例は少ないようだ。飛び出しすぎて失敗する。
 義経のひよどり落としが有名だろう。鹿も四つ足馬も四つ足なので、鹿が下りられる坂なら、馬も降りられるということで、急襲する。須磨の海岸、長く伸びた敵の中に割り込む。
 今回はそんな険しい道ではなく、間道なので、一応道はあるが、本陣からかなり離れてしまうということ。そして敵の陣地に囲まれていること。
 ただ、この情報、膠着状態を脱するには丁度いい。仕掛けるとすれば、そこだ。しかし、それだけでは勝家は動かない。
 秀吉は秀吉の頭で考えた作戦で動いたが、柴田は逃げてきた家老の提案から動いた。
 ところが、もう一つ、裏切り家老は情報を持ってきていた。それは勝家も欲しかったもので、秀吉が今何処にいるのかだ。この秀吉率いる遊軍のようなものが精鋭部隊だろう。秀吉が直接指揮する。
 秀吉側の、この長陣での本軍は秀長が二万程持っていたはず。あとは千単位の部隊が山々で陣を張っている。あと有力なのは堀軍だろう。五千だ。これが大きい。勝家本隊は七千程。その他の軍はあちらこちらに陣を敷いており、前田軍などはかなり後方。
 
 例の山を取りに行くため甥の猛将佐久間盛政が1万5千を二つに分けて押し寄せる予定。山を守る中川隊は千程。これは勝てるだろう。そして、奇襲なので、すぐには周囲の陣から駆けつけられないし、それ以前に秀吉がどうもいないようなので、もの凄いチャンスだ。
 秀吉は大垣あたりにいる。これを内部にいた裏切り家老の手の者が調べていたらしい。最初から裏切るつもりなのだ。まあ、元々柴田家の人達なので、そんなものだろう。
 秀吉は伊勢と岐阜で戦っている。岐阜は信長の次男信孝だが、動きが分からない。だから大垣から岐阜を落とすつもりで来ている。ただ雨で増水し、川が渡れないので、待っていた。
 
 ここで中国大返しと同じことを、やるわけだ。琵琶湖の上まで一気に走り上がることになるのだが、もし第一報を聞いたとしても、戻るまでには賎が岳の戦いは終わっているかもしれない。作戦が見事なためだ。これは秀吉が仕掛けた罠ではない。本当に分からなかったらしい。
 では勝家はどうして負けたのか。秀吉の戻りが早すぎたこともあるが、問題は甥の佐久間盛政。
 奇襲といってもほぼ柴田軍の、ここでの本軍に近い人数を割いている。柴田本隊は有力な敵部隊である堀軍を牽制する動きをするだけ。秀吉側の本隊二万の秀長軍は決戦のときに出てくるのだろう。
 それで簡単に中川隊は敗れる。無理だろう千では。それに城郭ではない。砦程度。しかも柵程度ではなかったかと思われる。
 お隣の山には仲良く本拠地も近い高槻の高山右近がいる。これは危ないと思い、逃げている。だから茨木の中川の方が勇敢で、逃げるどころか打って出ている。しかも何度も引き返すように、近くの山砦からも使者が来る。無理にでも連れ戻し、合流した方がいいと。ここでは三つの陣が並んでいたようだが助けに行くにもどの陣にも千しかいないのだ。
 中川はここで討ち死にする。
 
 だから柴田軍の大勝利。奇襲に成功。ここさえ取れば、お隣の砦を取るのは簡単。奥に入り込んでいるので、この山を取ったことの意味は大きい。羽柴軍の陣形が崩された感じだ。だが、これは平野部での野戦なら飛び出しすぎたことになる。
 
 しかし、何故柴田軍は敗北したのか。
 その直接の原因は甥の佐久間盛政にあるとされているらしい。吉川英治は玄蕃と呼んでいる。玄蕃丞と。兄弟もおり、名前が紛らわしい。また、織田家にも佐久間家がある。それと関係しているのだろうか。桶狭間のとき出城を任されて討ち死にしている。惜しい人だったとか。その兄弟は残り、織田家の重臣で最後は本願寺攻略を任された。織田家最大の敵。だからポジションは高いのだが、追放されている。
 さて佐久間盛政、柴田勝家の甥で、跡取りよりも大事にされ、溺愛とまで吉川英治に言わせている。この佐久間盛政が甥と伯父の関係を戦場に持ち込んでしまった。非常に気安い仲。だから口答えするし、親子げんかのようなこともする。
 中川砦を落とした佐久間盛政はそのままその山で一泊することにした。長い山道を移動して、さらに戦闘で疲れた。ここで休みたかったこともあるし、朝になれば、さらにそれに連なるや砦を落とせる。お隣の高山右近は逃げ出しているし、もう一人も逃げ腰で、大軍のいる秀長の陣と合流しようとしているのだから、三つも一気の取れる。こういう砦は一個抜けると、次々と抜けるのだろう。連係プレーがしにくくなり、孤塁になるためだ。
 その孤塁を恐れて柴田勝家は五回も盛政にすぐに戻れと伝令を送っている。しかもあとになるほど重臣クラスを向かわせているのだが、佐久間盛政は動かない。最高司令官の軍令が通じないのだ。これは伯父と甥の関係を持ち込んでいるためだろう。このとき佐久間盛政は二十後半の暴れ盛り。柴田勝家は55歳ぐらいだろうか。武将としては60ぐらいまでは十分伸び代があったらしい。だからそれほどの年寄りではない。明智光秀などもっと上だ。
 
 佐久間盛政が戻らなかったのにも理由がある。秀吉がいないのだ。そこで一夜過ごしたとしても、織田軍のどの軍がくるかだ。一番有力なのは堀軍の五千。しかしそれは柴田勝家が陽動作戦で押さえている。だから動けない。
 2万いる羽柴秀長はどうか。それには吉川英治は触れていない。秀吉の命を待っているのだろうか。場所は木之本あたりだろうか。これが本軍だ。また、これは人数だけの兵かもしれない。
 だから、翌朝打って出れば、羽柴方の砦をあと二つは簡単に落とせる。そして、そこを基地にすれば、柴田軍の出城ができるようなもの。陣取り合戦で、じわじわ詰め寄れる。
 しかし、中入りだったことを忘れている。敵の砦の中でも奥まったところにあるため、本来なら袋だたきに遭うところ。しかし、奇襲で取ったので、問題はないが、留まるべきところではない。反撃が来るのは間違いないのだから。
 
 柴田勝家が恐れたのはやはり秀吉の存在。大垣からは遠いが、中国大返しを知っているだけに、何をしてくるか分からない。
 そして、佐久間隊は奪った孤塁で寝てしまう。
 当然秀吉の弟、羽柴秀長は奇襲された瞬間既にその一報を大垣へ知らせている。中川軍奮戦中と。
 その一報を秀吉が大垣で聞いたとき、「やられたあ」とか、「負けた」とかではなく「勝った」と周囲に叫ぶ。勝家が動いたからだろうか。勝家の作戦は挟み撃ち。しかし、岐阜も動かないし、伊勢方面も籠城したまま動けない。挟み撃ちなどできない。
 大垣城と岐阜城は近い。美濃だ。大垣城には地元の稲葉一鉄がいる。読み違えたかもしれないが、かなり以前の人だが、まだいたのかという感じだ。意外と若かったのだろう。秀吉は城主の稲葉一鉄と堀尾という信頼できる家臣を残し、岐阜や伊勢方面の押さえとしたのだが、稲葉一鉄が不満を漏らす。堀尾を残しているのは自分への疑いのためだと思ったのだろう。そこで稲葉一鉄は自分も戦場へ行くと言い出す。それに折角の手柄を立てるチャンスなのに、まだ若い堀尾を大垣に止めるのは気の毒だと。堀尾といえば稲葉山時代の岐阜城への要手の裏道を案内した少年だ。秀吉とまだ野武士っぽい蜂須賀小六などと少数で裏側から城内に入り、火を付けたのがきっかけで落城している。
 
 さて、「勝ったと」とは逆に、このあと秀吉が到着したのを見て「負けた」と言ったのが勝家。まだ、戦いはどうなるのかは分からない状態だ。
 秀吉の決断は早い。すぐに馬に乗り、琵琶湖の北へ向かって単騎で走り出す。信長と同じやり方だ。
 その前に道々の村に、握り飯や馬の餌などを用意するよう触れに行かせる四十人程が先発している。そしてかがり火を街道に焚けと。
 そして握り飯を用意したものはその十倍の金額を払うと。
 大垣から琵琶湖の北側、秀長の陣までは秀吉長浜時代の領内だったはず。だから領民との縁もあるのだろう。
 
 秀吉が休憩で立ち寄った寺の地名が馬毛だったと思うが、ようするに「負け」。住職に秀吉は「馬毛寺」だろうと訂正させる。「負けじ」だ。そういう逸話が残っていたのだろう。
 このときも秀吉が先頭。ほとんど一騎駆けの大将だ。何故なら、馬がいいので先頭になる。
 さて、夜中、佐久間隊は寝ている。しかし物見は立てている。何かうっすらと明るいものが見える。場所は特定しにくいが、細い線上の明かり。それが湖畔沿いに長く伸びているのを見る。
 柴田勝家の陣でも、それが確認できた。秀吉が戻ってきたと柴田は、ここで「負けた」と吉川英治に言わせる。柴田側での戦記などはないはずなので、旧柴田家の武将が聞いたのかもしれないが。このあたり、小説としては秀吉に「勝ったと」と言わし、柴田に「負けた」と言わせたかったのかもしれない。しかし、その「負けた」は、柴田の気持ちで、誰も聞いていなかったかもしれない。ここは小説としての対比で分かりやすい。
 ただ、こういう細かい描写は司馬遼太郎にはない。陣張りや兵の動きの細やかなところまで描いている。これは枚数の問題かもしれない。新書太閤記は無制限に近い程長い。好きなだけ書いていいということなのか。だから巻数も多い。
 
 柴田側からすれば中入り後はすぐに戻れと言ったのに、という最悪の状態になった。中入り後の切れが大事と兵法書にあるらしい。それを吉川英治が紹介している。キレとは、切り上げること。すぐに敵と離れること。そうでないと敵のど真ん中にいるので、よってたかって袋だたきになる。それに桶狭間と違い、敵の大将首を取ったわけではない。茨木城主の中川の首を取っただけ。しかも千人もいなかった。だから秀吉の首を取ったのなら、大成功で、戦いはここで終わっている。羽柴軍総崩れだろう。どの部隊も自分の城へ帰るだろう。
 
 寝ているとき、物見の報告を聞いた佐久間盛政は即座に退却を始める。秀吉軍の精鋭部隊が戻ったならそのまままっしぐらに来るはず。うかうかしていると逃げる道がなくなる。ここは機敏だ。すぐに逃げた。もう砦の山は放置して。
 三時間ほどの時間差で秀吉直属軍はその砦へ到着、逃げる道は分かっているので、追撃。あとは一方的に逃げる柴田軍と後ろから追いかける秀吉軍との戦い。勝負にならない。
 秀吉は猛将のイメージはない。どちかというと血を見るのを嫌がり、無理攻めよりも城を囲み、兵糧攻めや水攻めで有名。直接戦闘ではなく。
 しかし、吉川英治によると、若い頃、ただの一武者だった頃は身体に何カ所も傷を負いながら戦ったらしい。ただ、背は低く、痩せており、体格差で不利だったのではないかと思える。
 この戦いは大垣から一騎駆けで突っ込み、その後も、敵の中に突入している。後ろで指揮するのではなく。ここ一番に掛けていたのだろう。
 
 さて、勝家の心配がそのまま現実になる。戻ってきた秀吉はすぐにそのまま佐久間盛政が占拠した砦まで行くが、もぬけの殻。これは先ほど書いた。
 佐久間盛政は何故そこで戦わなかったのだろう。これは囲まれるためだろう。中入りなので、敵のど真ん中にいるためだ。今なら退路は確保されているので、逃げたことになる。要するに先制攻撃されたのだ。それは柴田側がやる段取りだった。
 本軍の柴田勝家は秀吉側の有力部隊の堀隊五千を7千で牽制していたが、堀隊い5千も動き出す。それよりも、長く伸びた松明、秀吉軍の到着で、「負けた」となるのは先ほど言ったが、それが家来にも伝わったのか、7千の本軍が戦う前に半分ほどになっている。命令を待たず先に逃げたのだ。
 有力部隊五千の堀軍の後ろには秀長軍二万がいる。柴田軍は少ないように見えるが、佐久間盛政の奇襲のとき、二万近くを二つに分けて動かしているのだ。それが全部逃げた。
 だから陣地にいても陣そのものが崩れているのだ。それこそ孤軍になる。一緒に逃げたほうがいい。
 あとは一方的な秀吉軍の追撃戦で、柴田軍は後退するほど兵の数は減っていった。バラバラに逃げたためだが、戦わないで脱走した兵が多かったのだろう。山の中に隠れてしまったり、別の方面に逃げたりとか。
 その退路の途中に、後方で陣を敷いている前田利家がいる。後詰めのようなものだろうか。
 佐久間盛政はそこまで辿り着いたとき、数えるほどの兵になっていた。奇襲のときの兵は二つに分けたが1万5千はいたはず。それが数えるほどになっている。それでもここで食い止めようとするのだが、兵の多くは負傷しているし、少なすぎる。
 では前田は何をしていたのか。
 佐久間の頼みで鉄砲隊を貸す。前田軍本隊は戦うかどうかは決めかねているようだが、二隊ほどの鉄砲隊を貸す。貸すのであって、一緒に戦おうということではない。指揮系統が違うためだ。前田軍も逃げてもいいのだ。戦いはもう終わったのだから。
 前田軍は動かない。
 NHK大河ドラマ「利家と松」では退却せず秀吉軍と戦っているシーンがある。あくまでも勝家と共に戦い抜く義理堅い人と。一応北陸探題勝家の配下。家来ではない。織田軍内でも上司だろう。だが、織田軍団というのが分解してしまっている。
 
 前田利家と秀吉との仲はいい。それで敢えて前田軍を後方に置いたのだろう。
 勝家が逃げるときも、前田軍が寝返ったという噂が勝手に流れたらしい。逃げる側としては理由が欲しいためだろう。
 ドラマでは利家を旗本衆が囲み、飛んでくる鉄砲や弓矢から守っていた。利家が引く命令を出さないので、次々に家来が死んでいく。楯になって。
 それでもまだ引かない。これで勝家への忠義のようなものを言いたかったのだろうが、新書太閤記では戦わず、さっさと逃げている。
 それで佐久間盛政も防ぎきれず、落ちていく。
 
 このあと、前田利家は息子の城に入る。府中というところで、柴田の本拠地北之庄のすぐ南だ。前田利家は能登あたりに大きな領地持っている。息子が勝家の近くに城を持っている。
 そして逃げてきた柴田勝家と前田利家とが、ここで顔を合わせる。
 7千の本軍が十人ほどにになってしまった勝家が来る。騎馬八騎歩兵二人程度だったと思う。追撃を受け、兵が減ったのではなく、勝手放題に逃亡したのだ。
 勝家は軽く食事をし、そのあと、秀吉に降ることを進める。そしてこれまでの礼を言う。
 
 そしてしばらくして追撃中の羽柴軍がどっと北陸へ入り込み、その通り道でもある前田親子のいる府中城を囲む。
 しっかりと囲んだあと、千成り瓢箪を一人に持たせて、単身大手門へ秀吉は向かう。羽柴軍の総大将だ。
 門からその姿を見た前田の家来が秀吉であることを知り、中に入れる。秀吉も知っている前田の家来だろう。
 秀吉が訪ねて行ったのは松。「利家と松」のあの松で、御台所。ねねとも親しい。利家ではなく、松を訪ねている。それで、台所へ行く。
 それを見ている前田の武将達の中には秀吉を知らない者がほとんど。派手な陣羽織で、しかも腰に采配を差している。相当の身分の人が来ていることだけは分かる。この戦いの総大将なのだから、相当どころかトップが単身来たのだ。
 秀吉は松に、利家を貸してくれと頼む。これは清洲時代、よく二人で遊びにいった。そのとき、利家を貸してくれと松に言ったのだろう。そのままをここで繰り返している。それで松はピンときた。
 前田利家は本丸へ通じる門ではなく、勝手口のようなところから秀吉を迎える。これは敵の総大将を迎えるのではなく、友人を迎える感じだ。仕事ではなくプライベート。
 これで、府中は落ちた。もう抵抗する城はなく、旧朝倉領だった場所はほぼ秀吉に降った。抵抗する柴田の家臣はいない。
 実際には上杉の押さえとして前田とほぼ同格の佐々成政が残っている。秀吉嫌いだったようだ。
 結構広い領地を持っている。しかし、上杉と秀吉は和睦している。秀吉と上杉は戦わない約束。
 佐々成政は秀吉を敵に回すと、上杉と挟まれてしまい。それで終わってしまう。だから秀吉に従う以外、道はない。同僚の前田と同じように。
 
 あとは柴田勝家の本城北之庄だけ。それでも三千ほどの兵を城に入れていた。お市さんは自害を選んだが三人の娘は総攻撃前に秀吉が迎え入れた。
 吉川英治のそのあとの文章がいい。歴史の妙がそこにあると、その一人は淀君となり、豊臣家を最後まで守る戦国期最大の戦いをした。大坂の陣だ。
 末の娘は家康の息子に嫁ぎ、三代将軍家光を生んでいる。数奇というよりほかないと。
 
 

■■ 2019年10月14日 月曜日 午前11時01分
 
 今朝は雨模様。台風が去ってからまた雨というのは、この季節の長雨と関係しているのだろうか。台風が来なかっても、この日は雨だったのかもしれない。
 台風明けの気温はやはり寒くなっている。当然かもしれない。冬に向かっているので、十日間予報の最低気温などは右肩下がり。当然最高気温も。だから、それで普通なのだが、その上、雨が降ると寒々しい。台風のときの雨はそれほど冷たくなかった。
 しかし、今朝もは半袖のTシャツだけで歩いている人がいる。スポーツをしているわけではない。パッカー系を脇に挟んでいる。ということは暑いので、脱いだと言うことだろう。
 そういえばムシムシする。湿気ている。夏なら蒸し暑いとなるが、秋では暑いとは言えないが、蒸れるのだろう。
 雨はよく分からない程度なので、傘は必要ではないが、鬱陶しい空模様。台風明けの晴れ間は昨日あったのだが、続かなかったようだ。これも天気予報でもそうなっている。
 今朝はかなり遅起きになった。寒いためかもしれない。何度もトイレに立ったので、何度も起きている。夜中に起きるのは一度ぐらいだったが、何回も起きた。寒いことを予測して、毛布を一枚増やしていたのだが、やはり室温も下がっていたためだろうか。
 それで、最後に起きてから、そのあとの時間が長い。長すぎて、遅起きになった。まあ、その分よく寝ていたのだから、悪いことではない。特に遅刻とかはない。
 このあたりも季節の変わり目だろう。秋物に替わるほど変化がある。それでもまだ夜は寒いほどで、夜の徒歩散歩もしているが、中にカーデガンを着込んでいたりする。ゆっくりとした散歩なので、運動と言うほどではないので、歩いても汗など出ない。それに歩いている程度では身体も暖まらない。もっと激しく動かないと。
 それで秋になれば着られると思っていたユニクロ裏ジャージパーカーだが、これでは役立たずになっている。賞味期間一週間ほどになる。まあ、中に着込めばいいし、台風の雨の中でも染みこまなかったので、その活躍だけでも満足。しかし、暖が足りない。
 昨日は台風通過後の晴れた空だったので、自転車散歩に出たのだが、すぐに秋祭りの山車と遭遇。これは塚口神社のもので、山車は町内ごとにあるので、全部集めると、一寸したものだ。
 それを写していると、もう撮影など行かなくてもいいかと思い。散歩には出なかった。
 カメラはオリンパスミラーレスのEM5で28から300までのキットレンズ付き。散歩なので、広角から望遠まで一本でいけるほうが楽なので、これにする。
 望遠300ミリで不足はなかった。アップしすぎると、街中を行く山車の雰囲気が出ない。
 山車の屋根の上に四人ほど上っており、これは落ちそうだが、命綱がある。屋根から紐が出ており、それをしっかりと握っていた。そうでないと、ずり落ちるだろう。
 普通の車と違い、サスペーションがない。だから、もろに地面の影響を受け、ガタガタしているのではないだろうか。山車の中や後ろ側や前側にも人がいる。子供は一番奥まった場所に何人かいる。いったい何人乗っているのだろう。それだけでも重いだろう。神輿ではなく、山車。車を付けて引っ張らないと、これは担げる重さではない。屋根などは段違いで二つある。だから都合四人が上っているのだ。
 屋根なので、傾斜がある。だから左側の傾斜、右側の傾斜にいる。その屋根が二枚あるので、低い方の屋根にもそれぞれ二人。
 村の祭りと言うよりも、このあたりは町だった。寺内町だったので、それができるのだろう。年貢がいらない町。
 まあ、こういう山車風景は同じような絵になる。
 
 
 
■■ 2019年10月13日 日曜日 午前10時11分
 
 今朝は曇っており、肌寒く、風もある。台風が去ったので、温かい空気が消えてしまったのだろうか。
 昨日は朝の喫茶店からの戻りが厳しかった。結局傘を差さないで、濡れながら帰った。途中、傘を差せるタイミングはいくらでもあったのだが、差してもすぐに閉じないといけなくなったりするので、面倒なので、差さないことにした。台風の風よりも、ビル風のほうがきつかった。普段からビル風が吹くところなのだが、傘を差していると、その抵抗分で、前へ進めない。傘は楯の役目をしているのだが、雨ではなく、風除けになってしまい、それがじわっと圧をかけてきて、帆を下ろさないと船が傾く。
 小さな駅に差し掛かったとき、降りてきた人が改札から出て傘を開いた瞬間松茸になっていた。ビニール傘ならそんなものだ。
 それで傘なしで風が吹き付ける中ででのユニクロ裏地がジャージのナイロンパーカーの防水力だが、これは効果があった。何か塗っているだけだと思えるのだが、いつもなら背中が冷たくなるほど濡れてくるのだが、それがない。ズボンは完全に濡れて、何ともならないが、上は無事。下に着ているカッターシャツは何ともない。染みこんでいないのだ。ポケットの中の煙草も無事。ズボンのポケットに突っ込んでいた千円札はやや湿っていた。
 それでパーカーをハンガーに掛けながら確認すると、肩のところが一部浸水。背中は大丈夫。胸も大丈夫。帽子を被っていたのだが、それも前の庇が濡れている程度。そしてパーカーのフードを帽子の上から被っていたのだが、フードも染みこんでいないのは帽子の頂上が濡れていないので、それで分かる。帽子の庇まではフードはかからなかったので、そこは濡れていない。この違いだ。明快。フードで押さえが効いていたのか、風で飛ぶはずの帽子が飛ばなかった。これはポイント増だ。
 これなら合羽代わりにはなるが、完璧ではない。合羽のように。まあ、合羽でも隙間から水が入ってきたりするのだが。
 そして、これは繊維の性質ではなく、塗っているので、数年でその効果はなくなるとか。レインコート系で油を染みこませたようなのがあるので、昔からある手法だろう。ゴムの合羽なら物理的に大丈夫だ。潜水服のように。
 これで、防水性のあるズボンをはけばほぼ完璧だ。
 お昼頃に行く喫茶店はショッピングモールつかしん内にあるのだが、台風だと閉まるようになった。既に昼を回っており、雨風共にそれほど厳しくなく、雨はやんでいるときもあるし、風も静かになっていたので、開いているかもしれない。だが前回の台風では全館閉まっていた。店の前まで行ったのを覚えている。昼から閉まったようだ。今回もそれがあるので、ホームページを見ると、流石にそれを見に行く人が多いらしく、お知らせのページが大きくあり、開いている店、閉まっている店の詳細が出ている。
 専門店は従業員の足が問題なので、全部休み。スーパー系は行けるところまで営業するらしい。そのスーパーはこのモールのオーナーである平和堂。ここは頑張って開けているらしいが、途中で閉めるかもしれないということだった。
 それで、まだ台風が通過中に、また往復して濡れたくないので、行くのをやめた。
 夕方前の喫茶店は近所のコメダ。ここはチェーン店なので、開いているはず。以前も開いていたが、その前行ったときは閉まっていた。非常に風の強い台風のときで、店の横のフェンスが傾いていた。営業している場合ではなかったのだろう。閉まっていた。
 今回は無事開いていたので、無駄足ではなかった。雨はやんでいたが、風はまだ残っており、西の空を見ると紅色。そちらは晴れ間があるのだろう。
 そして今朝は生温かかった台風接近中と違い、秋に戻り、一寸寒い。風が強いので、首元が頼りない。やはりフード系はいるだろう。ウインドブレーカーが。薄くても、それ一枚でかなり違う。風を防げば寒さはましになる。
 この台風後、半袖やTシャツ一枚で歩いている人が激減。長袖率100パーセントに近い。さらにその上にジャンパーやコート類を羽織っている人が目立つようになる。ここからが秋物の本番だろう。だから衣替え。
 台風は去ったが、晴れていない。予報では今、この時点で晴れマークが出ているのだが、陽射しはなく、曇っている。外れたのだろう。
 最近の台風は通過しても晴れないことがある。台風が来る前、曇っていたとしたら、それに戻っただけかもしれない。
 
 
 
■■ 2019年10月12日 土曜日 午前10時33分
 
 今朝は台風。それでは寝起きに行く喫茶店へ行けないのではないかと心配していたが、結果的に行けた。
 ニュースでは大阪方面よりも、東海から関東にかけてのコース取りのため、大阪は暴風圏の端っこをかすめる程度。特に交通機関が止まるわけでもなさそうなのだが、今回の台風の規模が大きいらしい。
 だからかすめるにしても、厳しいかもしれないと思っていた。その厳しさは屋根瓦が飛んだり洪水になるレベルではなく、喫茶店まで傘を差して自転車で走れるかどうか。雨はいい。傘があるので、土砂降りでも問題はない。問題は風。これで傘が差せなくなる。まあ、合羽の上下を着れば何とかなるが、それ以上強い風だと自転車そのものが流される。特にママチャリは籠などが付いているので、そういうところに風を受けやすい。骨だけの自転車ならましだろうが。
 台風のせいではないが、起きるのが遅かった。たまに風の音が聞こえていたので、これは厳しいのではないかと思えたが、飛行機の音がする。まだ朝方までは大丈夫なので、飛んでいるのだろう。最接近はまだ先なので。
 雨は大したことはなく、小雨の強い程度。この降り方なら傘なしでも何とかなりそうな気がした。ズボンなどは濡れるが、上着はパーカーを羽織れば僅かな距離なので、染みこむまでに着く。ズボンはかなり濡れても、そのうち乾く。靴下が濡れるかもしれない。歩くとぬるっと靴の中で滑るように。
 巨大な台風が来ている。これは情報だ。見たわけでも感じたわけでもない。それと場所。個人の感覚というのは、この場所で受けるもの。まあ、それが台風なのかどうかは朝は分からない。雨の日程度。感覚的にはそこまでだ。それ以上の情報はない。
 それで、とりあえず出てみようと、ユニクロで先日買った裏がジャージのナイロンパーカーを着て走り出した。当然自転車だ。雨の日、ランニングもあるまい。
 雨は大したことなく、一度向かい風を受けて、傘が重くなり、腕や手などが痛かったが、そういう風の通り道があり、そこだけ風が強い。だから、ずっと強い風が吹いているわけではない。
 外に出ている人は少ない。仲間を探すが、傘を差して自転車に乗っている人は発見できない。合羽の上下を着て走っている人はいた。これは雨の日なら、そのスタイルの人のほうが自転車乗りには多い。それで百均やコンビニで合羽を買っていたのだが、どちらも気に入らないので、使っていない。
 頭の中では超大型台風の暴風圏内に引っかかっているというのがある。しかし、ただの雨の降る日としてみた場合、それに一寸強い風がたまに吹いている程度。たまに傘が厳しくなる日、などはよくある。
 それで、無事、喫茶店まで辿り着いたのだが、問題は帰り道だろう。より台風が接近する時間。
 ただ、喫茶店もパチンコ屋も開いているし、特にパチンコ屋の自転車置き場など、いつもと変わらないほど止まっている。
 朝はまだいいが、昼は接近しているので、昼と夕方前の喫茶店は無理かもしれない。しかし、外に出て様子を見れば分かる。問題は強風。傘が差せないどころか、自転車が煽られるほどなら絶対に行けない。それがどうなるかは、現実を見れば分かってくる。
 さて、ユニクロのパーカーだが、水を弾くことは確認された。水滴ができるタイプ。丸い水滴だ。この加工があるため、少し高かったのだ。だから簡易レインコートになる。フードもあるので、それを被れば、傘なしでも何とかなる。まあ、帽子があるので、いらないのだが、風で飛びやすいので、帽子の上から、このフードを被ればいいのだろう。これは傘を差すのが難しい状態のとき、そのスタイルで戻るしかないだろう。
 しかし、徐々に風が強く、雨も強くなり始めた。最悪の場合、自転車をそのままにして、バスで戻ることだろう。
 ということを外の風景を見ながら、喫茶店内で、この日誌を書いている。
 どうも、傘は無理なようだ。歩いている人も、傘を閉じている。
 やはり、普通の高い目の合羽を買うべきだろう。そういうのを去年も考えてコンビニ合羽を買ったのだが、その後年末まで強い雨に遭うこともなかった。
 そう思っているとき、喫茶店の自転車置き場の自転車が風で倒れた。この場所で倒れるのは希。
 しかし、年寄りの背の高い人が巨大な傘を差しながら通り過ぎた。背が高いので、小さな傘では間に合わないのだろう。だが、風を受ける面積も増えるので、厳しいだろう。
 と、ここまで書き、喫茶店を出ることにする。
 
 

■■ 2019年10月11日 金曜日 午前9時45分
 
 今朝は暖かい。昨日からだ。台風が近付いているためだろう。暖かい風を運んでくるようだ。まだ影響は出ていないが、明日は雨だろう。今朝も曇っている。秋晴れが続き、涼しく寒くなってきていたのが中断された。この台風が去ると、ぐんと寒くなるだろう。秋の続きだ。先日までの続き。
 今朝は寝足りなかったが、しっかりと起きてきた。昨日は遅い目に起きてきたので、一日がせわしなかった。すぐに夕方になると、焦る。それに日が落ちるのが早いので、遅く感じる。
 夕方前に行く喫茶店からの帰り道が真っ暗というのは、かなり目立つ。この前までは夕日が見えていたのに。
 昨日の昼間の喫茶店は暖房でも付けているのか、暑くて何ともならなかった。昼頃は結構暑かった。これも台風の影響。しかしその前日は非常に寒かったので、調整したままなのかもしれない。
 店員が若くて新人。そういう日は冷房がなかったりする。温度調整まで気が回らないのだろう。
 今朝の朝の喫茶店は冷房がきつい。まあ、暖かい日なので、それでいいのだが、ほどほどの冷房というのを知らないようだ。故障しているのかもしれない。間が出せないとか。
 昨夜は前夜とうって変わり夏布団のままでよかった。しかも窓を開けたままでも問題なし。昼間、暑いので開けていたのだが、閉めるのが面倒。寒いと面倒でも閉めただろう。だから暖かかったのだ。こういった十度近い気温差というのは季節が分からなくなったりする。
 しかし、前日寒かったので、そのまま長袖や、さらに上にジャンパー系を羽織っている人が今日もいる。前日がそうだったので、今日も、となるのだろう。一度秋物を出してきて、着たので、そのままいってしまうのだろう。夏物を仕舞ったのかもしれない。ちょうど衣替えの頃なので。
 
 ニコンから新しいシリーズ物のミラーレスが出るらしい。フルサイズのZマウントと同じだが、フルサイズの普及版ではなく、一般的な一眼レフの受光素子の大きさ。キヤノンでいえばイオスM系だろうか。ソニーでいえばα6000系。富士でいえばその中級機レベル。
 キヤノンはフルサイズの普及機を出しているが、ニコンにはそれがない。それに無理にフルサイズにする必要がない。
 1インチタイプのミラーレスならニコンにもあるが、もう終わっている。
 ただ、今回はZマウントなので、口径が大きい。この新製品と一緒に望遠ズームや標準ズームモデル。だから、普及機だが少し大きいそうだ。キヤノンイオスM系や富士に比べて。これで500グラムほどだろう。イオスキッスやソニーなら300グラム台。こちらの方が軽快かもしれない。
 背面液晶が上下回転式なのはいい。横開きよりも使いやすい。横開きは開けるとき、爪が痛いし、固いので、引っ張り出すのが面倒。引っ張り、捻り、回転と、動作が多すぎる。まあ、ミラーレスなので、液晶で写すことが多いはずなので、使いやすいほうがいい。
 キットレンズで、ダブルズームキットなどの売り方ができるので、店頭に出しやすいだろう。だから近所の家電店でも見ることができるはずだが、来月だろうか。
 しかし、ダブルズームキットは使いにくい。高倍率標準ズームの方が好ましい。そのうち出るだろうが、Zマウントのレンズそのものが少ない。
 これなら、ソニーα6400あたりのほうがよかったりする。安くて軽いのはキヤノンイオスキッスMだろうか。イオスキッス系なので、初心者向けで、ゴチャゴチャしていないカメラで、フルオートしか使わない人なら、これで十分。
 まあ、そういうキヤノンのミラーレスのダブルズームキットなどを買うよりも、キヤノンミラーレスのSX70のほうが実用性が高い。去年の年末に出たときに買っているが、これはミラーレス殺しだ。21ミリから1400ミリ近くあるので、何でも写せる。一番利便性が高い。
 イオスM3を持っているが、あまり使わないのはその利便性だ。300ミリまでの望遠では物足りないためだろう。写りの差はほとんどなかったりするし。
 
 
 
■■ 2019年10月10日 木曜日 午前10時32分
 
 今朝も晴れており台風の気配はまだない。夜は寒いほどだが、昼は暖かい。そのためではないだろが、遅くまで寝ていた。寝やすくなったのだろうか。かなりの遅起きだ。昨日もそうだった。特に夜更かしをしたわけではない。
 まあ、よく寝たほうがいいので、寝不足で起きてくるよりもいいだろう。ただ、一日の時間が短くなるが。
 寒いと思い、カッターシャツの上にジャケットを羽織ったが、それほどでもない。少し暑いほど。喫茶店に入ると、ムッとする。冷房が入っていない。これは予想外。ジャケットを着ているのは、そのためなのに。
 先日スーパーへ行ったとき、同じようにムッとした。暖房が入っていたのだろうか。冷房のそれではなかった。非常に涼しく、寒いほどの夕暮れ時だった。
 昨日の夜の徒歩散歩のときも寒く、中にカーデガンを着ていた。これは部屋にいるとき肌寒いので、着ていたのだが、それを脱がないで、上からパーカーを着たのだが、それでもまだ寒い。これは綿入りがいるだろう。ダウンジャケットの出番は近い。ただ夜に限るが。昼間は陽射しがあると、それなりに暑いので、長袖カッターシャツだけで十分だろう。まあ、上に羽織るものを常に持ち歩く必要があるので、大きい目の鞄がいいだろう。自転車移動なので、暑いときは籠に入れればそれでいいが。そのまま自転車から離れても盗る人などいないだろう。
 長距離自転車散歩には絶好の天気だが、昨日は少し風邪っぽいのが残っていたので、気が今一つ向かなかった。それと起きた時間が遅かったので、自転車散歩に出る昼頃が結構遅い目の昼になっていたためもある。日が短くなったので、出遅れた感じ。
 今日も似たような感じになっている。
 そのかわり動きやすくなったので、部屋の片付けなどを少しだけやっている。座っていて立ったとき、何かを動かす程度。最初はいらないものを見付けて、それを抜き出すこと。ただ、まだ使うかもしれないというのが結構ある。そうなると、面倒になるが、確実にいらないと思えるものを先に見付ける。
 座っていて立ったときだけでいい。だから掃除の時間を作ってやっているわけではない。
 昨夜は寒いのでとうとうホームゴタツに火を入れた。そのホームゴタツ故障しているので、電気毛布で足元をくるでいるだけだが、そのスイッチを入れた。すると温もりが来て、落ち着いた。
 気温は14度とかになっていたので、暖房は必要だろう。ただ室温はそこまで低くはない。しかし、寒くて居心地が悪いのは確か。
 電気ストーブはまだ先だろう。そのため、まだ扇風機を近くに置いている。暑いものを食べたときなど、まだ必要かもしれないので。
 秋深まる。
 
 
 
■■ 2019年10月9日 水曜日 午前10時14分
 
 今朝はすっきりと晴れているが、気温は低い。夜中は14度ほどまで下がり、当然20度など完全に切っている。さらに昼間もそれほど上がらないようだ。朝の喫茶店、今朝は遅い目に出たのだが、20度あるかないかなのには驚く。既に日などは完全に昇りきり、陽射しももろに来て眩しいのだが、暑さなどまったく感じられない。これは秋らしい。
 夜はペラッとした夏布団だが、それだけでは寒くなり、足元で折りたたんでいた真冬用の分厚い毛布を引っ張り出す。これは四段折りで、引けばするっと伸びる仕掛けを作っておいた。使わないときは足元が重いので、その上に足を乗せていたりするが。
 20度を切ると電気毛布のスイッチを入れてもいいのだが、まだ敷いていない。そろそろだろう。
 寝起きすぐに行く喫茶店までは夏の薄い長袖カッターシャツの上にユニクロで買った国民服のようなのを着る。しかし、最近平和堂で買ったTシャツ付きの分厚いカッターシャツのほうが、分厚かったりする。ただ、腹のところに水平に二つポケットが付いているので、一番上の上着としてはふさわしい。平和堂で買ったものと値段は変わらないが、Tシャツのおまけ分安い。着こなし自在となっていたので、軽く羽織ることもできそうだ。すると、カッターシャツの二枚重ねになるが。
 なかなか出番はないが、カッターシャツの裏地に毛羽立ったものが入っているタイプがある。反則だ。ただのネルシャツにしか見えない。ただ、カッターシャツなので、ポケットは胸だけなので、取り出しにくい。
 分厚い目のカッターシャツもいけるのではないかと思いだした。平和堂でもの凄く分厚いネルシャツがあった。ネルシャツの親玉だ。しっかりとチェック柄。カッターシャツと言うよりもコートに近い。一枚物の布で裏に何も貼っていないのだが、これだけ分厚くできるものかと感心する。値段も安く千円台。登山用として使えそうだ。
 しかし、寒くなってきたのか、起きる時間が遅くなりつつある。冬場はそうだ。日が短く夜が長くなり始めるので、そんなものかもしれない。
 夕方前に行く喫茶店からの戻り道も、最近行くのが遅くなったこともあり、暗くなっている。夕焼けを写すにはいいのだが、既にそれもなくなっていたりする。
 夜の徒歩散歩も続けているが、夕食後に以前は行っていたが、食べたあと寝る癖が付き、眠い。それで、少しだけ横になる。ここで寝ると本寝になりかねないし、寝てしまうと、本寝が遅くなるはず。だから一寸横になる程度。
 いつものコースを歩くのだが、距離は同じ。それで歩くスピードを上げる。最初のころはゾンビ歩きではないが、遅かった。足が痛いとか怠くなるので、関節箇所とかが痛い。足の付け根の前のほうとかが。油ぎれではないが、関節の擦れ具合が悪いのだろう。そのあたりの筋とか筋肉の問題かもしれない。日常範囲での歩きなら問題はないが、少しだけ長い目に歩くと、それが出ていた。まあ、日常の中で長い距離を歩くことは先ずない。徒歩距離範囲が短いのだ。それを越えると自転車になるので、長い目の距離を歩いていない。
 少しスピードを速めると、流石に足に抵抗が来るが、息はどうもない。疲労感はないが、足が付いてこないだけ。
 最初はゆっくりと歩いていたが、徐々にスピードが上がってきていたので、意識しなくても早足になっていくのだろう。それに涼しくなり、寒く感じる日は足取りも速い。暑いときはバテるし、力むと汗が出るので、ゾンビ歩きだが。しかし最近のゾンビは走る。油断できない。
 昨日の夜の散歩のときのお供のカメラはオリンパスのEM5マーク2。この前中古で買った初代EM10の写りとあまり変わらないが、28から300のズームが付いているので、これが便利。また新しいだけにファインダーは大きく鮮明。手ぶれもよく効くのだろうが、あまりそれは感じない。ボディー内補正なので、パナソニックのレンズ内補正のようにピタリと止まる感じがない。
 感度上限を低くしていたので、夜景がしんどいので、上げると、タッチの滑らかさは落ちるが色の濃さはオリンパスらしい。オリンパスは濃いのだ。まあ、この泥臭い色がいいのだが。
 それで感度上限を上げすぎて2万5000程になっていた。フルオートでは1600で止まるのだが、二分の一秒程のシャッターまで落ちてしまう。流石にこれではブレるだろう。その心づもりでシャッターを切れば何とかなるかもしれないが。
 オリンパスの上位機なら秒でも手持ちで写せたりしそうだが、被写体ブレは何ともならない。動いているので。
 それで、歩くだけでは退屈なので、色々なカメラを交代に持ち出して、写している。これで違いがよく分かったりする。
 
 
 
■■ 2019年10月8日 火曜日 午前9時57分
 
 今朝は雨。気温はまずまず。昨日の昼は結構暑かったし、その夜も前夜よりもましだった。あの寒かった夜の延長線上に行くのかと思ったが、雨でフェイントをかけれれた感じ。しかし、以前程の暑さはないので、ユニクロで買った裏ジャージパーカーを着て朝の喫茶店へ。これは雨対策と冷房対策。このパーカーはまだ早いので、夜の徒歩散歩のときに着ている程度。まあ、レインコートのようなものなので、まだ早いが、着る期間は短いはず。薄いので、すぐにこれでは役立たずになる。雨ではなく、寒さの方が厳しくなるためだ。まあ、下に着込めば延命策になる。
 昨日は寒かった前夜を思い出し、分厚い目のカッターシャツをやっと買う。何度も見ていたもので、Tシャツがおまけで付いてくる。最初からそういう製品。着こなし自在となっている。ただのカッターシャツだが、ジャケット風にもなる。これはデザインがシンプルなためだろう。特に仕掛けはない。これがどうして着こなし自在なのか、謎。まあ、パジャマにもなるということだろうが、襟がしっかりしており、これは生地が分厚いためだろう。今まで買っていたネルシャツとは少し違う。綿製品だが、加工が違うのだろう。ボリュームがあること、ザワッとしており、感触がいい。
 早速昨日の夕方前に入る喫茶店に、それを着ていったが、温かい。特に首元がいい。夏物と違い襟が分厚いのか、または高いのか、首回りだけでも温かい。当然夏場なら暑苦しくて仕方がないだろうが、夏場分厚い長袖のカッターシャツなど着ないだろう。
 夕方の喫茶店は冷房がきつく、老人が文句をいっていたのだが、昨日は緩かったので、このカッターシャツの冷房対応性はよく分からなかった。まあ、昨日は昼間は夏のように暑くて、昼に行く喫茶店のときは一枚上に羽織っていたのだが、途中で脱いだ程。これは晴れていたので、長距離自転車散歩に出るかもしれないので、その用意。夕方頃戻ってくるとき寒いのだ。
 今朝はいつもの伊丹モスが休み。定休日だが、火曜は営業し、翌水曜を代わりに休むなどの貼り紙があったのだが、読み違えたのだろうか。シャッターは降りていないが、電気が消えている。自転車も止まっていない。
 それで、高い個人喫茶に行く。テーブル席のテーブルは二人掛けだが、四人掛けのテーブルで、モスの倍。横に一つ多いという感じ。まあ、普通の喫茶店のテーブルだが、この長さ分の料金だろうか。パソコンなどを置いたときも余裕がある。鞄も横の椅子に置ける。
 アイスコーヒーのコップが分厚いし、重い。また下に敷くコルク、これは名前を忘れたが、それが付いてくる。だから滴が垂れない。灰皿は色々なタイプがあり、一種類に統一されていない。そのテーブルでは花が咲いたような真っ白なもの。
 シロップやフレッシュはどれも瓶に入っており、入れるとき調整できる。だから何十年も前からのものを踏んでいるのだろう。古典的純喫茶だ。天井が高い。古いビルの一階にある。このビル、戦前からあったのではないかと思えるほど。場所は伊丹のメイン中のメイン箇所。なぜなら市役所のすぐ前。だが、移転したので、今は銀行になっているが。
 バス停がずらりと並んでいる道の前。これも昔のことで、今はバスターミナルが別にできた。そして商店街や市場の取っ付きにある。
 阪急伊丹駅も、この道沿いにあり、夜のなるとパチンコ屋や酒屋のネオンが綺麗だった。
 肉の宇杉、眼鏡のマトバ。などの広告が、映画館でよく流れていた。紙芝居のような映像だ。テレビで言えばコマーシャル。しかし動かない。スライド広告だ。
 そういう時代の雰囲気をまだ残している喫茶店だが、高い。
 今朝は目が覚めたとき、雨音がしていたので、また寝る。次に起きたときは雨は小雨で、出るときは止んでいた。だから、少し遅い目に起きたので、時間が少しずれることになる。
 
 
 
■■ 2019年10月7日 月曜日 午前9時25分
 
 今朝はぐっと気温が下がっている。昨夜など服装を三段程上げないと寒い程。ダウンジャケットがいる程だった。最低気温が14度と立派なものだ。もう20度を軽く切っている。これは暖房が必要な温度。部屋の寒暖計が20度を切ると電気ストーブやホームゴタツのスイッチを入れてもいいことになっている。これは目安。ただ、ホームゴタツは去年から故障しているので、電気毛布を入れている。こちらの方が温かかったりする。
 それで、昨日の夜はユニクロで買った裏ジャージパーカーでは間に合わなかった。まあ、ペラペラなので、そんなものだろう。裏地に薄い綿生地が仕込まれている程度では何ともならない。そのかわり風と雨に強い。下に着込んでいないと、昨日の夜は寒いと感じた。
 夕方行く喫茶店に入ってきた老人の常連客が寒いと言い出した。店員がエアコンの温度を調整していたが、これは家庭用のエアコンだろう。リモコンを持ってきて、調整していたが、二度程上げたらしい。しかし、老人は長くはいず、まだ寒いのか、出ていった。もう少し長くいて新聞などを読んだり、スマホを見ている人なのだが、二度程度上げた程度ではまだ寒かったのだろう。二度上げるのではなく、暖房にして欲しかったはず。
 こちらは夏の薄いカッターシャツの上に夏のこれも薄いジャケットを着ていたので、冷房対策はできていたので、問題はなかったが、暖房が欲しいところだった。
 昨日は偶然スーパー二階の衣料品売り場で気になっていた安いカッターシャツを見ていた。安くて分厚い。そしておまけとして半袖の薄いTシャツが付いてくる。これはセットものだ。そのTシャツは胸が少し開いているので、窮屈さがない。そしてもの凄く薄い。そして縞模様が入っているだけで、余計なマークなどはない。このおまけの方がよかったりしそうなのだが、夏向けだろう。
 そのカッターシャツはバサッとした生地で、綿だが裏にボコッとした細工が入っており、それで分厚く感じるのだろう。レベル的には二千円手前の千円台。
 そしてネルシャツも並んでいたが、どれも生地が分厚い。いきなり分厚いのが並んでいるところを見ると、去年の残り物だろう。分厚いそれらのネルシャツは登山用のようにハード。大きな胸ポケットも二つある。着流しで着るとコートに近い。
 そこまではなんと千円台。ほぼ二千円だが。その裏に吊されているのは三千円台と高いタイプ。カッターシャツというより、裾を外に出して着るタイプもある。ほとんどジャケットだ。襟だけが色が違っていたり、生地は綿だが、畝が付いており、ゴワッとしたボリュームがある。まあ、これは中途半端だろう。普通のカッターシャツとして着られるタイプの方が真冬でも着られるので。
 つまり、昨日見たのは、去年の冬の残り物で、いきなり真冬の分厚いカッターシャツだった。
 パーカー類の今年の新作もそろそろ売り切れ状態なのか、数が減っている。ポリエステルのペラッとしたウインドウブレーカーのようなものだが、裾に絞りが少し入り、袖にも絞りが入るので、垂れてこないのでいい。暖かそうではないが、軽めのジャンパーという感じだろう。フードも付いており、首まで隠れる。こういうのを早い目に買うと、寒い頃になってもまだそれを着ていたりしそうだ。延命だ。
 ユニクロのは五千円台だが、こちらは三千円台。その違いは防水性がないことだろう。まあ、薄手のパーカーの防水性はしれている。多少弾く程度で、結局染みこんでくる。まあ、そういう状態は傘を忘れたりしたときだろう。防水性よりも、今日の気分としては暖かさを取りたいところ。暖性だ。
 意外とGジャンが暖かかかったりする。生地が分厚いためだろう。
 流石に今朝は長袖の人がグンと増えた。一日で逆転し、さらに長袖ばかりの人になっていたりする。
 当然半袖の人もいる。朝の早い時間なら無理だが、陽射しのある日中なら問題はない。
 夏の終わり頃、今日のような寒い日があった。そのまま秋に一気に行くのではないかと思ったが、夏が盛り返してきて暑い九月になった。
 今回は真性の秋だ。冬が入り込みつつある。
 
 

■■ 2019年10月6日 日曜日 午前9時53分
 
 今朝は曇っており、ひんやりとしている。気温はぐっと下がった感じだが、まだ蒸し暑かったりする。風が強く雲が多いが、たまに晴れ間もある。妙な天気だ。荒れているような感じだろう。
 長袖の人が増えてきたが、まだまだ圧倒的に半袖が多い。これは夏用の長袖が少ないためだろう。夏用なのだから半袖になる。だから長袖は矛盾してしまう。長袖を買うより、半袖を買ったほうが涼ししため。だからあまり買う人がいないのだろう。
 長袖は持っているが、夏向けではないため、少し分厚い。それを着るにはまだ暑いと言うことで、半袖の人が多いように感じられる。
 しかし、Gジャンを着ている人もいる。もっと早い朝に家を出た人もかもしれない。早朝は結構寒かったはず。
 結構ヘビースタイルの人もいる。だが、まだ肌寒いと感じる季節ではない。ただ、夏場のように全て夏仕様の服装と言うことではなくなっている。夏には着ないようなものを着ている人がいる。ちょうど切り替え時なのだが、まだまだ真夏のままの人が圧倒的に多い。
 こちらはその二段階ほど高い目の厚着をしているが、これは朝夕だけ。喫茶店の冷房が真夏のときよりもきついためだ。外の気温が下がっているので、余計に冷房がきつく感じ、二段階上の厚着でも寒いほど。
 それでいて、外に出ても、それほど二段階の厚着でも何ともない。暑くないのだ。
 今日は天気が悪いし、少し風邪っぽいので、秋の自転車散歩は無理だろう。晴れておれば出るところだったが、曇りだし、雨も降りそうなので、何ともならない。それと体調の悪いときは出ないので、どちらにしても次の晴れを待つしかない。
 
 今朝のお供のカメラはパナソニックのネオ一眼FZ300。25から600ミリのズーム機で、全域F2.8が売り物だが、写りが結構いいのでメインカメラのように使っている。操作性、オート性、ハイテク性や、最新カメラの恩恵はキヤノンのネオ一眼SX70のほうが上だが、フィールドカメラとしてみた場合の万能性がFZ300の方が上。夜景などにも強い。これはレンズが明るいだけではなさそうだ。どちらも感度の上限は3200あたりまで。キヤノンはフルオートでは感度は800までしか上がらない。まあ、日常範囲内での薄暗さでは十分だが、かなり暗いところになると、露出不足の状態で撮すことになる。シャッターは切れる。しかし暗い目にしか写らないので、ストロボを出してくださいと警告が出る。もう無理なので、諦めたのだろう。しかし夜景などはストロボは届かない。ただ、足元あたりの闇がそれなりに出るはずだが、夜道でストロボは無理だろう。
 FZ300はフルオートでも感度上限の3200まで上がる。SZ70に比べレンズが二段ほど明るいので、1200以上の感度アップをしたようなものだ。
 これだけ夜景が写せるカメラはコンパクト系では珍しい。高級コンパクトのような明るいレンズとか1インチ受光素子は例外だが。
 それで、このパナソニックネオ一眼と同時期に出ていたはずの1インチタイプのネオ一眼と撮り比べてみた。これはかなり前に中古で手に入れている。スペック的には上だが、写りはあまり変わらない。
 遠方の電柱の明かり程度の場所ではFZ70ではピントが来ない。ところがパナソニックのAF方式は、こういうときは大きな囲みがドンと出る。被写体を囲んでいるわけではない。どの場所で合っているのか分からないが、一応合焦マークが付く。これはピントを諦めて、固定焦点になったのではないかと思う。三メートル先に合うとか。そんな感じだ。
 ただ、ファインダーはキヤノンのほうがいいし、一気にズームしやすい。ピントが付いてくるので、ズームインしやすい。FZ300は一度ズームを止めて、シャッター半押しにしないと、ボケているので、被写体がよく見えない。半押しにしないでも、少し待てば自動的にピントが合うのだが、それでは間に合わない。だから望遠端までの一気の寄りはキヤノンのほうがスムーズ。
 当然望遠端が1400ミリ近いキヤノンのほう有利。FZ300は600ミリまで。そのままズームレバーを引けば1400ミリを超えるデジタルズーム域に入る。画質の劣化はあまりないが、ファインダーの解像力がガタンと落ちる。倍以上拡大しているためだろう。
 写した瞬間、画像確認が出るのだが、そのときは当然しっかりとした絵になっている。これを一秒ほどに設定している。簡単な確認だ。
 機動力や素早さシャッターの軽さなどはSX70のほうが気持ちいい。シャッターストロークが軽いのだ。そして半押ししやすい。
 ただ、フルオートでも露出補正ができたり、マニュアルフォーカスになると、専用の滑らかなダイヤルが使えたりするので、カメラレベルはFZ300のほうが高いのだろう。ほとんどパナソニックミラーレスと同等だ。当然カスタマイズ性も高い。
 当然夜景などを安心して撮れるのは先日買ったペンタックスのK70だろう。これは一眼レフなので、本来のカメラの写し方に戻ると言うことだろう。それを抑えた上でのネオ一眼の良さ、というのも出てくる。
 
 
 
■■ 2019年10月5日 土曜日 午前9時32分
 
 今朝は晴れている。昨日も晴れていたようなので、続いている。気温はまずまずだろう。起きたとき、少しひんやりするので、秋物の国民服のようなのを羽織る。ユニクロで2千円台で大量にあったもの。綿生地なので、感触がいい。こういうのは今着ないと、すぐに寒くなり出すので、これでは間に合わなくなる。夏でも着られないことはないが、買ったのは夏の終わりがけで、涼しくなってから。しかし、着ると暑苦しかったので、やはり夏は無理だろう。
 まだまだ半袖率が高いので、この時期としては暖かいのかもしれない。というより暑かったりするのだが、それは考えないで、気温の低い状態を基準にしている。暑ければ脱げばいいだけ。それと暑い状態というのは陽射しのあるところを移動しているときだろう。自転車なので、暑ければ脱いで籠に入れればいい。ところが喫茶店の冷房で寒いときは何ともならない。足せないので。そういうとき、折りたためるほど薄いパーカーなどが便利だが。
 部屋にいるときは暑いのか寒いのかよく分からないことがある。寒暖計を見ると決して高くはなく、低いのだが、意外と暑かったりする。寒いと思い、上に何か引っかけると、すぐに暑苦しくなる。こういうのは体調にもよるのだろう。
 ただ、身体を動かしているときは、そういうのは感じない。まあ、じっとしていると、寒いほうに出る。
 まあ、季節的には長袖のカッターシャツ程度だろう。
 
 ペンタックスK70でカメラっぽい写し方をして楽しんでいるのだが、そういうときキヤノンのドライなネオ一眼で写すと、別世界のように軽快だ。
 このカメラは去年の年末に出たものなので、結構新しい。最新の映像エンジンを積んでいるはずだ。 ペンタックスの場合、自分で絵作りをしていくタイプだが、実際にはそんなことはしていない。フルオートで写している。
 キヤノンネオ一眼のSX70ではフルオートでの撮影で、カメラ任せ。
 しかし、このカメラいとも簡単に色々なものが写せるので、隙がない。ただスペック的な基本ベースがあるので、レンズは暗いし感度はそれほど上がらないので、暗いところでは厳しい。それと、あまり暗いとこのカメラ、ピントが厳しくなる。暗所でのAF精度は上がっているはずだが、AFが苦手とするものはやはり厳しい。
 暗い場所での遠方を写すとき、AFが合いにくい場合、一応マニュアルフォーカスがある。これは非常に荒っぽい。しかし、遠方の無限に合わせると、それを学習するらしく、次回も立ち上がりは遠方。だから、マニュアルは遠方専用として使えばピントの失敗はなくなったりする。
 それよりもこのカメラ、いとも簡単に何でも写せるので、撮影時の充実感というのはないが、絵は安定している。
 自転車散歩などで、さっさと写す場合、手間がかからない。
 ペンタックスの一眼レフを弄っていると、逆にドライなキヤノンの凄さが分かったりする。
 
 

■■ 2019年10月4日 金曜日 午前9時45分
 
 今朝はしっかりと晴れている。台風が去ったためだろうか。低気圧に変わっている。
 気温は低い目なので、順調に秋が深まっている。そのため、いつもの夏のカッターシャツの上に夏のジャケットを羽織る。このジャケットはガサガサしているので、下にカッターシャツを着ている方がいい。外はいいのだが、喫茶店の冷房で寒いので、この時期は必要。
 今朝は陽射しの下でもそれほど暑くはない。当然半袖のTシャツの人も多い。それで十分だが、部屋に入ると、ひんやりする。湿気さえ取れれば、気温の割りには暑くなかったりする。蒸し暑いと、部屋の中にいてもひんやりしなかったりするが、晴れている日は別。まあ、木陰が涼しいのと同じだろう。
 しっかりと晴れているのは空の青さがいい感じのためだが、雲が少し多く、時々陰ることがある。照明がガクッと落ちた感じになる。上を見ると、雲で太陽が見えなかったりするが、雲の流れがそれなりにあるのか、すぐに戻る。
 季候は既によくなっているのだが、晴れ間が少なかった。このあと、晴れが続けば自転車散歩にも出やすくなる。
 昨日の夕方は雨だったので、いつもの喫茶店ではなく、近所のコメダへ行く。450円もする。これは高いが、500円の店もあるので、そこから比べると、チェーン店なので、まだ安いほうかもしれない。しかしマクドの100円というのは強烈だが。
 それで雨なので、ユニクロで買っていた裏ジャージパーカーを着る。これは胴体部分だけ裏に綿生地を貼り付けてあるので肌触りがいい。Tシャツなどと同じ感触。腕は普通のツルッとした裏地なので、袖が通りやすい。表地はナイロンでパサッとしており皺が多い。ツルッとしていないので、ナイロンらしく見えない。裏地があるものの薄いので、冬は無理だが、今着ると、まだ暑苦しいのだが、雨の降る夕方なら丁度いい。まあレインコートのようなものなので、着るタイミングとしてはいい。気温的にも。
 これはやはりパーカーだけあってフードや襟などで首元が暖かい。雨の日の喫茶店の冷房はきつく感じるので、丁度よかった。
 このパーカーが今後のメインだろう。フィールドタイプなので、自転車散歩などではちょうど。風と雨に強いのがいい。それとファスナーを上げると首輪のようになるので、寒くなってきたとき、この効果は大きい。
 昨日はおでんを作るが、いつもの野菜の煮物の中におでんの具を入れただけ。ちくわの存在感が大きい。おでん用の白っぽいちくわだ。そのままでは大きいので、切って入れる。袋にはその他の練り物も色々と入っているのだが、全部入れると鍋が一杯になり、ただのおでん鍋になる。しかも練り物だけのおでんでは何ともならないだろう。これに菊菜を入れると彩りが綺麗だ。カボチャを入れれば黄色が入り、菊菜も引き立つはずだが、ジャガイモを入れているときはカボチャは入れない。買っていないが、冷凍して保存しているときがある。カボチャとジャガイモは重なる。ジャガイモよりもサツマイモに近いのだが。
 練り物とは別に厚揚げも入れる。おでんの中に厚揚げが入っているのだが、このおでんパックには入っていない。それで三角の木綿の厚揚げを入れる。これは朝の味噌汁に入れる豆腐と重なるのが難。
 まあ、厚揚げも豆腐も、味噌も元々は大豆なのだが。
 
 
 
■■ 2019年10月3日 木曜日 午前9時38分
 
 今朝は晴れているようだが、しっかりとしない。気温は少し低い目か、起きたとき、ひんやりとしていた。今回は台風の影響での生温かい空気は少ないようで、前回とは違っている。
 流石に10月になっているので、夏のような暑さは引っ込んだのかもしれない。いつまでもそうなら秋も冬もない。既に彼岸花もコスモスも咲き、早いものは既に枯れかかっている。次は何だろう。これらは秋の初めに来るので、秋の中程の草花があるはず。野草に限られるが。
 野草は誰も植えた覚えがないのに、勝手に咲いている花だ。綺麗に咲くタイプは名前が分かる。有名なので。
 ただ、夏に既に咲いているようなタイプもあり、これは夏秋物だろう。
 昼間はそうではないが、朝夕は少し涼しすぎるときがある。こういうときの喫茶店の冷房が結構きつい。これは夏の初め頃の冷房と同じ。真夏になると、それほど冷房のきつさは感じないが、今頃は感じ出す。まだ暑いので冷房を入れているのだが、長く座っていられない。
 涼しくなってくると、おでんが出てくる。スーパーなどでもおでんセットや、おでんの具を詰め合わせたものなどが目立つところに並べられている。
 それで昨日は濃縮スープ付きの具を買うが、中身はほとんど練り物の揚げ物だ。ごぼう天とかの練り物。ちくわや蒲鉾のようなもの。流石に蒲鉾は入っていないが。これは安い練り物で、しかも一つ一つが小さいので、おでんにしなくてもいい。
 これに厚揚げやジャガイモを加えればいいのだが、人参も入れるし、葉物も入れる。だから普段作っている野菜の煮物の中におでんの具を少し入れる程度。そのおでんの具だけを煮るのではない。それなら練り物ものだらけになるし、それらの練り物はすぐに膨れるので、煮こむ必要はない。
 ジャガイモ人参は煮こむだろう。ある程度煮ないと柔らかくならない。ジャガイモは潰れることが多いので、煮こみすぎると、溶けてしまう。玉葱もかなり頑張るが、箸で挟めないほど柔らかくなる。そのうち溶けるだろう。だからスープとして飲まないと損だ。
 野菜類からそれなりの味が出てくるので、濃縮出汁は使わない。醤油だけでいい。出汁など入れなくても、野菜類から出る。まあ醤油を入れるのは塩分程度だろう。そうでないと水臭い。
 最初から煮たおでんセットもある。当然そのパックの中に出汁が入っているというより、出汁の中に具が入っているので、そのまま鍋に移して温めるだけでよい。卵やコンニャク、昆布や大根なども入っているがジャガイモは入っていない。潰れるからだ。
 コンビニのおでんもいいが高いので買わないし、レジが混んでいるとき、買えないだろう。コンビニでもパック入りのおでんがある。おかずが何もないときは、これを買うときがたまにある。しかし、野菜がない。この場合の野菜とは葉物だろう。青いものだ。緑のもの。今なら菊菜がいい。煮るととろとろになる。水菜でもいいが、菊菜が一番柔らかくなるが砂を持っているので、よく洗わないといけない。まあ、水の中に少し浸しておけば、底の方に砂が溜まるので、少し浸けておけばいい。嵩のわりには煮ると消えたようになくなる。だから煮こむと損だが。
 
ペンタックスK70実写編
 28から200のキットレンズでの話なので、他のレンズを付けると、また違った味になるかもしれないが、レンズだけで決まらずボディーだけでも決まらないのだが、どちらかというとペンタックスの味付けはボディー側でやっているはず。
 よくいわれているペンタックスの色。色では富士が有名だが、ペンタックスは特に草花や自然の風景を写したとき、それが出るようだ。何とも言えない淡い色目になる。28から200のレンズはそれほど鮮明さはないし、シャープさもきつくない。
 ペンタックスで自然の風景を写す人が多いのは、この軟らかさだろうか。よく煮こんでとろとろ。
 28から200のレンズは最短撮影距離40センチ。28ミリでの寄りは物足りないが、結構背景はボケる。当然200ミリで40センチまで寄ると、背景はボケボケでほとんど何か分からなくなるが、遠くへ行くほど徐々にボケていく感じがいい。そのときのぼけの具合や色具合が結構いい。こういうのは受光素子の小さなコンパクト系ではできない世界。
 だから何処までがペンタックスの特徴なのか、一眼一般の特徴なのかが分かりにくい。ただ露出は明るい目に出るようだ。これは何もしないオート撮影のときだが。
 ネオ一眼やコンパクト系のほうが撮しやすく、明快な絵になるのだが、このK70あたりは教材のようなカメラ。
 コスモスなどを何度も写しているが、別のカメラで同じものを写したりもしているが、一番味わい深いのがこのペンタックス。要するに味としかいいようがない。
 同じことを他のカメラでもできるのだが、出てきた絵が少し違う。やはりそれは色目だろうか。これは写した人にしか分からなかったりしそうだ。
 それほどじっくりとは写していないが、写すのが楽しいカメラ。重いので鞄も重くなるが、写しているときは重さはそれほど感じない。
 ただ、自転車の乗ったまま後ろ向きで望遠端で写すとぐらぐら。これは完全に手ぶれだと思ったが、ブレていなかった。ボディー内手ぶれ補正なので、ガタガタが滑らかにはフィンダーでは見えない。
 だから昔、望遠でよくブラしていた頃を思い出し、ブレにくい状態でシャッターを切るコツを思い出した。ガタガタ画面が揺れているのだが、その揺れの隙間に押す。一瞬だけ止まるときがある。構えた瞬間などがそうだ。維持させると揺れ出す。レンズ内手ぶれ補正だと、止まるのだが、ペンタックスはそのタイプではない。
 まあ、これでボディー内手ぶれ補正が結構効いているのが分かった。目では確認できないが。
 写りに関しては、キットレンズの28から200で十分いける。まあ、それが最初から付いているキットものはレンズ単体で買うよりも安い。おまけのようなもの。しかも中古で買っているので、さらに安い。
 このクラスのカメラとしては、ニコン、キヤノンの中級機レベルと並ぶが、値段は初心者向けの入門機レベルなので、安く手に入る光学式の一眼レフ機ということだろう。
 写りはキヤノン、ニコンとは一寸違う。昔からニコンは写りがきついので、ファミリー写真ではどぎつすぎるので、ペンタックスの優しい写りが好まれたりしたのを思い出した。
 この優しい写り。逆にもの凄く難しいレンズでもある。
 
 
 
■■ 2019年10月2日 水曜日 午前9時19分
 
 今朝は曇っており、気温も低い目。陽射しがないので、昼の気温も上がらないだろう。台風の影響で、生温かいという感じはないが、湿気はある。雨が降りそうな空なので、そんなものだろう。
 少し肌寒い気もするので、秋物でも行けそうだ。流石に10月に入っているので、もう夏ではないだろう。しかし、夏のように暑い日が結構あった。
 十日間予報を見ていると、かなり低い気温の日がある。一週間以内だ。最高気温も30度を切る日が多くなる。これは瞬間最高気温で、ずっとその暑さではない。だからそれよりも二三度低い目。
 まあ、寒暖計の数値と実際の体感温度は合致しないので、ただの目安。昨日に比べて、どうか程度は分かる。あの暑さと同じかとか、それは記憶だろう。だから結局は記憶を頼りに感じていたりする。そのため、この時期にしては暑いとか、涼しいとかも分かる。
 ただ、寝起きなど、今日は何月かなどとはあまり意識していない。そのまんまの生理的な箇所だけで感じているかもしれない。
 しかしもう10月だ。年末まですぐではないか。あと僅かな月しか残っていない。
 分厚い目のカッターシャツが欲しいところだ。ゴアッとしたタイプがあり、かなり分厚い。普通のネルシャツよりも。それを先日売り場で見たのだが、Tシャツ付きだった。その分高いのだが、そのがさっとした分厚いタイプは他を探してもなかった。下手なジャンパー類よりも、分厚い目のカッターシャツを着流すほうがいいかもしれない。分厚いので、当分持つだろう。それ以上寒くなれば、上にジャンパー類を羽織ればいい。
 こういうネルシャツ風なのは、パジャマに近い。だから楽なのだ。ただ、ポケットにデジカメなどは入れられないが。
 エコーが変わり、エコーシガーになったが、10個入りを買うと、二つ出してきた。どちらのしますかといわれたが、違いが分からない。それで、新しいのにするが、似ているが違うようだ。
 いつものエコーは紙巻き煙草。ところがエコーシガーは葉巻。
 ということをは葉巻を買ったのか。そしていつから葉巻をくわえる身分になったのかと思ったが、どう見ても、あの葉巻のイメージとは違う。
 要するに紙で巻いてなくて、葉で巻いているのが葉巻だが、そのままだ。
 しかし葉などで巻かれていない。色が違うだけ。これは葉でできた紙のためだろう。だから紙ではなく葉なのだ。煙草の葉を紙のようにしたもの。だから普通にフィルターも付いている。色だけが違う程度。
 しかし、すぐに火が消える。ここが紙と違うところ。葉の中身も違うのかもしれない。
 エコーは値上げしないまま特例だったが、今回は上げないといけない。それで抜け道を考えたのだろう。葉巻としてなら行けるらしい。同じ値段のまま。だから、中身はエコーではなく、エコーに近い葉巻。
 まあ、エコーに求められているのはわかばと同じで、安いこと。それだけだ。ただ、わかばより少し短い。そして10円ほど安い。煙草の長さを考えると、エコーのほうが高いということになる。
 
ペンタックスK70実践編
 K70とキットレンズの28から200ミリ相当で写しているのだが、写りや操作系に慣れてきた。
 フルオートで写しているのだが、露出補正が必要なのが結構ある。これはニコンの一眼と比べての話だが、ニコンは暗い目に出る。だから白っぽい花などでもそのまま写せる。しかし、K70は白飛びしやすい。これは測光方法の違いだろう。どちらも評価測光だが、その打率がニコンに比べ悪いのかもしれない。ほとんど中央部重点測光に近かったりする。
 露出補正はシャッターボタンの近くにあり、押しやすいが、指はまだ覚えていない。それと表示が見にくい。まあ、これも電子ダイヤルに仕込んでおけばいいのかもしれない。そうすればオリンパスのように電子ダイヤルを回せばそのまま露出補正になる。まあ、ミラーレスなら露出が反映され、ファインダー内で分かるので、補正値など考えなくてもいい。白飛びがしないところまで回せばいいだけ。
 分からなければ、連写で三枚ほど補正値を変えたものを写すモードにすればいい。K70にそれがあったかどうかは見ていないが。ここはパナソニックのほうが使いやすい。
 まあ、K70で普通の風景なら、露出はそれほど考えなくてもいいのだが、明暗比の高いシーンでは白飛びしたり、黒つぶれするのは仕方がないが、ペンタックスの露出は少し荒っぽい気がする。どう出るか分からないような。この偶然性も悪くはない。
 ちなみに露出補正をしたまま電源を落とすと、そのまま引き継がれる。そのため、補正がかかったままになる。それに気付かないことがある。オリンパスもそうだ。パナソニックは電源を切ると補正も消える。K70にグリーンボタンがあり、リセットと書かれているのだが、設定が全部リセットされると面倒なので、押していないが、これで弄ったところだけ戻るのなら、便利だろう。全部の項目を全て初期状態に戻すボタンを、こんないい場所に付けているはずがないので。
 まあ、白飛びなどの補正は決まりもので、これは経験で分かるのだろう。
 ただ白飛びを気にするほど、写真が暗くなる。全体が暗くなるためだ。
 写りに関してはペンタックスの優しい写りがいい。だからあまり暗い目の写真よりも、さっぱりとした明るい目の写真が好ましい。
 何となく分かるのは、写りの大人しさだ。優しい写真になる。
 S1を以前買ったのだが、ダブルズームキットで3万円台だった。展示品だが。そのときの望遠ズームは二世代ほど古いタイプだが、K70に付けて写すと、非常に鮮明。S1からK70の違いは明快。これだけ違いがあるのかと思うほど。
 ズームリング相変わらず重いが、K70のグリップは大きくていいので、ズームリングが少しだけ軽くなる。
 これの新しいタイプが欲しいところだ。K70が出たあたりに出ている。防水性があるタイプで、鏡胴が短くなっている。最短撮影距離も90センチとこのクラスでは短い。85ミリあたりから400ミリ中程まで行くタイプ。
 重さは28から200とそれほど変わらない。
 それと古いタイプの望遠ズームは音がうるさい。AFスピードは動体でなければ、問題はないスピードで、文句はないが、作動音が大きい。
 まあこのK70は操作系よりも、写りの爽やかさがいい。これぞ求めていた清流だ。
 
 
 
■■ 2019年10月1日 火曜日 午前9時15分
 
 今朝は晴れている。相変わらず暑さが残っているが、部屋の中はひんやりとしている。しかし、外に出ると夏だ。台風の影響かもしれない。今何処にいるのかは見ていないのだが、前回と同じで、温かい空気を運んできているのだろう。それは分からないが。
 寝起きすぐに行く喫茶店は今日は休み。定休日ができたようで、年中無休のはずだが、都合が悪くなったのだろう。だから都合により、と貼り紙がある。
 開店時間や閉店時間なども徐々に短くなり、早朝に起きていた頃は、それで行かなくなったが、起きる時間が遅くなり、行けるようになった。
 これも都合によりだった。何の都合なのかは一般的だろう。つまり、バイトがいないのだ。人手不足。バイトがいないわけではないが、足りない。だから都合が付かなくなったというのが理由らしい。ただ、これは店の客の噂にすぎない。
 しかし、休みは週一回なので、消えてなくなったわけではない。それで、今朝は正月に入る喫茶店に行く。いつもの店は正月の五日間ほど開くのが遅いので。
 まあ、普通の個人喫茶だが、それの高い目の店。老舗だ。しかし、世代交代しており、年寄りがやっている店ではないので、当分廃業はないだろう。
 だが、非常に高い。
 それと煙草が変わった。いつも買っているエコーのパッケージが変わった。値段は同じ。エコーとわかばだけは特別安かった。そのエコーも製造中止になったようで、そのかわり、新製品が出た。それで、パッケージが変わったように見えた。名前は同じエコーだが、エコーシュガーとなり、子供のお菓子の煙草のような色になった。紙の箇所が茶色い。フィルター部はさらに濃い茶色。ほとんどエコーと同じようなものらしいが、中身は違うらしい。
 いつもと同じもの、同じようなことが日々続いているようなのだが、そうした一部の変化がある。全体ががらりと変わるわけではないので影響は少ない。そしてそれらが徐々に日常の中に溶け込み、普段通りのものになってしまうのだろう。しかし十年前と比べると、結構違っていたりする。徐々にの変化、一部の変化なのだが、結構変化しているのだろう。
 それよりも秋になったはずなのだが、夏のように暑い。そちらのほうが厳しかったりする。真夏の頃に比べれば涼しいのだが、秋になったはず、というのが頭の中にあるので、そう感じるのだろう。
 
新書太閤記 清洲会議後 吉川英治
 前回の清洲会議で、映画版清洲会議で、お市さんが清洲城にいるのはおかしいと言っていたが、これは間違いだった。そのあと新書太閤記の続きを読んでいると、勝家に嫁いだのは清洲会議後のこと。だから映画版は間違っていなかった。
 大河ドラマなどでお市さんが出てくるのは、浅井長政に嫁ぐときと、その落城のときと、さらに勝家と共に亡びるとき。
 また、清洲会議のとき、映画では秀吉暗殺シーンがある。お市さんの命で勝家が刺客を送るのだが、映画では勝家はそういう手は使わない人になっている。
 実際には勝家は兵を動かしている。刺客ではなく。
 だから秀吉が勝家に殺されそうになったのは新書太閤記にも出てくる。
 秀吉が押した織田家後継者のお披露目の席がある。このとき、登城すると危ないという情報がある。一室に閉じ込め、切腹させる計画。
 秀吉は病と言うことで、夜中に清洲を発つ。
 清洲会議はただの会議なのだが、柴田は1万ほどの兵を連れてきている。秀吉は700ほど。
 勝家の甥の佐久間が秀吉が宿泊している寺を一気に襲うことを勧めるが、それではあまりにも露骨だ。
 しかし、夜中に逃げ出したので、その道中を襲うことになる。
 秀吉は本隊を街道に行かせ、自身は数十騎と共に、尾張城下の裏道を通って清洲を出る。
 勝家側は本隊を襲おうとするが、秀吉の姿がない。だから襲っても余計な騒ぎを起こすだけなので中止。
 これを主導したのは甥の佐久間。養子よりも可愛がっている。これは伏線だろう。この甥と勝家との連携が上手くいっていない。
 裏道まで当然見張るはずなのだが、佐久間は表街道だけ。勝家は、佐久間は裏道も見張っているものと思っていた。
 それで上手く近江の長浜まで戻る。ここは浅井の本拠地だったが、城は琵琶湖畔に移している。北国へ出るにはここを通らないと行けない。柴田が都に出るにはここを通らないといけない。重要な軍事地点。
 清洲会議のとき、明智領や信長直轄地の配分も行われたのだが、長浜をあっさりと勝家に渡している。だから長浜に戻っても、すぐに勝家に渡さないといけないのだが。それはまだ先。
 さて、次は勝家が北陸へ帰るとき、その長浜を通るのだが、噂が流れ、襲撃を受けることを耳にする。
 尾張から北陸へはいきなり近江に出ないで、迂回して大津あたりに出て、長浜の対岸、琵琶湖の東側から行けばいいと進められるが、それではみっともない。
 長浜に近付くほど、警戒心が強くなり、怯えながらの行軍。既に戦闘態勢。長浜から来た旅人に様子を聞くと、秀吉軍で城下は満ちているらしい。兵数を聞くと、何百人もいると。
 しかし千人はいない。少なすぎる。
 結局は秀吉側から使者が来て、安心してお通りをということで、養子を道案内に寄越す。この養子、信長の四男。まだ若い。流石に織田家の四男には勝家も頭を下げる。まあ、これで勝家は人質を得たことになり、秀吉はそれを与えたことで、安心して長浜を通過し、帰ることができた。
 秀吉勝家戦はもう少し先。
 要するに秀吉が如何に織田家を乗っ取るかの話になるのだが。
 
 

■■ 2019年9月30日 月曜日 午前8時31分
 
 今朝はすっきりとは晴れていないが、気温は低い目かもしれない。ただ、涼しい朝ほど昼間は気温が上がったりする。昨日なども夏そのもの。十日間予報も、かなり低い目の気温を予測していたが、修正していた。だから十日分全体に暑いような感じだが、これも毎日変わるので、また、涼しい目に戻っていたりする。すると、以前予測していた予報が当たっていたことになる。かなり前の予報で、何度も修正している間に、元に戻った。
 まだ暑いので、秋物などは先の感じだが、九月も今日で終わるはず。31日はなかったはずなので。十月になると衣替え。明日からだ。この前後に涼しい日があり、夏ではない涼しさが来るはずだが、既にそういう日は九月中にもあった。
 気温が高い目で蒸し暑いのは台風が来ているためかもしれない。これで気温が上がり、予定通り行かなかったりする。
 しかし夏の終わりがけのバーゲンで買った夏用ジャケットのようなものの寿命が延びていいかもしれない。涼しくなり出すと薄く感じるが、中に着込めばいい。いずれにしてもまだ半袖の人のほうが多い。昼間の暑さを考えれば、そうだろう。
 今朝は久しぶりに早く起きてきたので、一日が長く感じるだろう。凄い早起きではないが、いつもより早く感じるはず。これは気持ちに余裕が出る。ただ、毎日その時間帯に起きていれば、それもなくなる。たまに早く起きるからいいのだ。逆に遅い目に起きたときはせわしない。もうこんな時間かと思ってしまう。時計の針だけではなく、喫茶店などでいつもいる客がいなかったりすることで分かる。定期便の人が結構いるためだ。当然来る時間がまちまちの人もいる。ただある範囲内でのことで、朝に来ている人は昼には来ないはず。
 しかし、事情があり、来ているかもしれない。だが、それでもの凄いことになるわけではないので、問題にする必要はないだろう。その人物が犯人で、そういった細かいところから足を出すというのなら別だが。
 まだ暑さは残っているものの、過ごしやすくなったのは確か。真夏のときのように、部屋にいるだけでもバテてしまうよりはいい。まあ、暑くてぼんやりしているときのほうが平和かもしれないが。
 
 

■■ 2019年9月29日 日曜日 午前9時51分
 
 今朝は晴れている。昨日の曇り空から見て、天気は下り坂だと思っていたが、そうではなく、晴れている。昨日もそうだが、昼間は夏。これはまた太平洋側の勢力が強いのだろう。台風も発生しているようだが、まさかまたその影響で、生温かい空気を上げてきているのかもしれない。
 まあ、九月いっぱいまでは何となく暑い。その九月の末なので、まだ暑い日があっても仕方がない。
 しかし夜は掛け布団が必要になっているのは確かで、真夏のようなわけにはいかない。油断していると、身体を冷やし、風邪を引きかねない。そして朝起きたとき、陽射しが入ってくるのだが、それで暑くて寝てられないということもなくなった。じんわりと秋は来ている。彼岸花やコスモスも咲き始めている。コスモスは結構長く咲いていたりするのは次から次へと咲くためだろう。彼岸花は茎と花だけ。一本の茎に付いている花が散ればそれで終わり。コスモスは茎から無数の花が咲く、だから蕾がどんどん出てくるので、同じ花がずっと咲いているわけではないが、咲いているように見える。
 色は薄いピンクで、これで秋櫻と言われるのだろう。花びらは八っつほどだろうか。こういう数字、何らかの法則があるはず。このあたりから数学というか、数の不思議を感じるのだが。
 色は他にもある。少し紫かかったタイプも。そしてコスモスの特徴はモヤッとした葉。細いのだ。ここを押さえておけば、コスモスであると特定できる。花びらだけでは似たような花はいくらでもあるので、見分けにくかったりするが。
 彼岸花曼珠沙華、コスモス、両方揃えば秋だろう。確実に。しかし、これは秋の初めの頃という程度。咲き始めなので。
 
新書太閤記 清洲会議 吉川英治
 新書太閤記は青空文庫で無料。アマゾンキンドルから落としてこれる。結構長いが、もう清洲会議まできた。
 それで、久しぶりに映画の清洲会議を見る。以前見たときは有料。今は見放題の中に入っていた。待てば無料になるのだろう。
 映画清洲会議ではお市さんが清洲城にいる。本能寺以前に柴田勝家に嫁いでいるはず。三人の娘と共に。そこは映画。キャラとして同じ場所にいて勝家や秀吉との絡みを出したいためだろう。
 このお市さん、ゲーム信長の野望では非常に強い。時期によって、いる場所が違う。
 小説では清洲会議の本番は一日で終わっているが映画では数日続く。これは藤吉郎の戦だと、前田利家にいわしている。
 柴田勝家のイメージも映画やドラマにより、がらりと変わる。
 清洲会議の前に当然本能寺の変があるのだが、柴田勝家は出遅れた。吉川英治は勝家のフォローをしている。すぐには駆けつけられなかったのは上杉と対峙しているため。これは秀吉も同じだ。毛利と対峙している。勝家は魚崎あたりにいるのか、魚崎を攻めているのか、魚崎から攻めているのかは忘れたが、もう春日山城は近い。能登もとっており、旧朝倉領よりも大きくなっている。
 秀吉の倍以上の兵を持っている。織田軍団最大。江戸時代の加賀百万石よりも大きい。
 超ベテランで戦上手。そのため負けない戦をするため、戦う前の整えが大事なので、上杉への手当で時間を潰し、本拠地でも準備を色々としていたのだろう。勝家としては明智討伐について迷っていたわけではなく、いち早く行こうとしていたが、慎重すぎて時間がかかった。
 そのことを清洲会議の席で。同じ宿老の丹羽に言われている。映画では丹羽は最初から勝家側で、勝家の背後で、しっかりと勝家をフォローしている。しかし、このあまり目立たない丹羽が鍵を握っていたというのが映画での注目点なので、秀吉が、どう崩していくかが見所だった。
 さて、その吉川英治版での丹羽が言うには柴田勝家は何をしていたのか。何故すぐに駆けつけなかったのかと責める。本能寺の変を知ったのは秀吉よりも一日遅いが、魚崎から信長のようにすぐに駆けつければ、明智軍の二つや三つぐらいは大軍を持っている柴田軍ならわけなく倒せたと。そして間に合ったと。
 そう言う丹羽も当日は大阪に二千か三千の兵と一緒にいた。信長三男の信孝の軍も五千ほどいただろうか。四国へ渡るところ。
 映画では秀吉がそのことで丹羽を責める。何故直ぐさま一報を聞いて京に向かわなかったのかと。
 映画ではここに丹羽の弱みがあるように描かれている。小説では二千では負けるので、秀吉群の到着を待ってから、となっている。まあ、普通はそうだろう。
 ただ、そのとき、丹羽と信孝は一人の武将を真っ先に殺している。織田信行の息子だ。信長の弟。この弟が勝家や林などと共に謀反を起こす計画を立てていた。織田家跡取りは信行のほうがいいと。それで、信長は信行を殺している。その息子なのだ。
 当然父の敵、信長を殺してくれた明智に味方するはず。
 映画では後継者を二人の息子から選ぶところから始めている。先に勝家が信孝を押したので、残っている信勝を秀吉は取るしかない。これは数日間のドラマで、そこに大穴の切り札がでてくる。これは以前にも書いたので、略するが、正統な筋目から言えば、その小さな子が継ぐのが正しいのだろう。
 これで、柴田は負けたことになる。
 映画では宿老だけの会議で、多数決で決めるということになる。ところが宿老の一人滝川一益は関東にいる。それで来るのが遅れている。それで、映画では長距離マラソンをしている。一人で。
 それが間に合わないようなので、もう一人宿老を増やすことにする。織田家にとっては大幹部。誰だと思えば池田。これは前田とほぼ同格だろう。同じ小姓だった信長の側近。しかし、あまり出世はしていない。実際には宿老クラスは他にもいたはず。前田利家と佐々成政。だが、いずれも勝家の配下で北陸探題のメンバー。上杉とまだやり合っている最中なので、この二人は残してきている。だが、映画では前田は来ている。そうでないと秀吉との絡みがない。秀吉の野望をじっと見続けているのが、この親友の前田。しかし、刺客に襲われたとき、前田が救っている。
 刺客はお市さんが勝家に命じたもの。勝家はそんな手をは使わないので本意ではない。まあ、これは嘘の中の嘘で、お市さんとは既に夫婦だし、清洲にいるわけがないのだが、そういう対立の絡みが欲しかったのだろう。短い時間に濃縮させてみせるには、同じ場で絡み合う方が分かりやすい。
 宿老会議に滝川が間に合えば多数決で勝家が勝てる。だから関東から走っている最中。そのとき、山の中で北条の侍と出くわす。立派な姿で陣羽織を着ている。ここで斬り合いになるのだが、滝川は急いでいるので、パスして、先を急ぐ。北条の侍はほっとする。こういうのは嘘だが、実は滝川は北条と戦っているのだ。無茶なことをすると、小説では言っている。
 だから滝川が北条の侍と遭遇するという言うエピソードは、満更嘘ではない。
 小説では滝川は間に合っており、清洲会議に参加している。
 映画ではやっと清洲会議に間に合う寸前、清洲城の橋まで来たところで秀吉の参謀黒田官兵衛と遭遇する。まだ跡取りは決定していないのだが、秀吉が勝ったと嘘を告げる。滝川は疲れとショックでばったり倒れる。まだ、間に合うのに。
 ここがドラマ性だろう。フィクションとして見せた方が分かりやすい。本質は変わらない。
 この映画清洲会議の信長が実にリアル。今までのどの信長よりも、本物らしい。
 そして織田家の人達は全部鼻が高い。だから、そういう役者ばかり集めたのだろう。
 さて、三谷映画の話になってしまったが、吉川英治新書太閤記での清洲会議は、単純に言えば丹羽が味方してくれたので、勝ったようなもの。
 大柄で立派な体格で貫禄のある柴田勝頼。その他の武将も、見るからに立派。しかし、秀吉は細くて小さく、貧弱。凄い手柄を立て続けたご本人だが、生で見るとあまりにも弱々しい。この人について行こうと思うにはあまりにも見かけが貧弱で、頼りない。
 では柴田が織田家を引き受け、天下を取ったとき、どうするのか。あくまでも信孝を立てるだろう。
 それよりも、諸大名などを仕切る器量は秀吉が上手いはず。
 司馬遼太郎は、この元亀天正時代に生きていたとすれば、誰に仕えるかという話をしていたが、秀吉だった。
 
 
 
■■ 2019年9月28日 土曜日 午前9時29分
 
 今朝は晴れているのか、曇っているのかが分かりにくい。曇りだろう。晴れというには、陽射しがなかったりするが、気にしない場合、晴れが曇りかは関係のないような空だ。空を見れば天気は分かるのだが、どうでもいいような天気で、大人しい天気。
 しかし、この曇り空のようなもの、雨になるかもしれない。天気予報を見ていないが、数日前の十日間予報では雲が並び、そのあと傘マークが並んでいたので、そう言う日に近付いているのだろう。
 この時期、晴れるとまだ暑いので、丁度いいかもしれない。しかし雨が降り出す前だと湿気て蒸し暑くなり、そちらのほうがカラッと晴れている日より厳しいかもしれないが。
 服装は夏のままでも問題はないので秋物など、まだ必要ではない。しかし段階的に来るのではなく、秋物は一日で、一気に来る。ある日突然涼しくなり、秋物では間に合わないほどになったりする。飛び越えて冬服を着た方がしっくりくるような。秋物では暖が足りないと感じたり。
 それがちょうど衣替えの十月前後に来る。突然来る。寒いと感じる日が。
 朝、熱い味噌汁を飲むと、少し汗ばむ程度で、そのあと扇風機を付けると、すぐに消さないといけないほど、暑くはなくなっている。
 昨夜は暑かったので、掛け布団なしで寝たが、すぐに寒くなり、しっかりと夏布団にくるまった。やはり朝夕は確実に涼しくなっている。昼間は夏だが。
 朝の喫茶店まで行くとき、黄色い小さなキレを服に止めている人がいる。短冊より細い。これは運動会かと思っていたら、その通りだった。父兄だろう。そういうのが配布されるのだろうか。校門の前に行くと受け付きがあり、名簿に何か書かないといけないようだ。
 親は結構厚着だ。晴れておればテントがない一般席では暑いだろうが、運動会の日は不思議と涼しいことがある。まあ涼しくなってきたので、運動会もできるのだろう。これが夏では無理だ。厚着なのは、参観日と同じ服装のためかもしれない。
 校長の許可無く入れないという看板をよく見かける。平日でもそうだ。すると、学校に入るにはいちいち校長室へ行き、校長と面会しないといけないのだろうか。しかし、校長室へは行けない。許可をまだもらっていないからだ。当然平日、門の前に誰かが立っているわけではない。そのまま入れるのだが、許可を得るにはどうすればいいのか、誰に言えばいいのだろう。それに校長はその度に許可を与えるのだろうか。
 父兄しか入れないとなると、無法松が成立しなくなる。松五郎は未亡人の子供を可愛がっているだけで親ではないし、親戚でもない。
 無法松はかけっこで一番になる。それもそのはず、車引きなのだから、毎日練習しているようなもの。しかも車を引かなくてもいいので楽だろう。しかし、映画では腕を振らない。走るスタイルは車引きスタイル。
 まあ、無法者なので、これは最初から札付きなので、今の小学校には入れないだろう。だが、カタギであり、正業に就いている。スタイルも車夫。だから決して無法者ではないのだが。黄色いリボンは保護者用に配布されたもので、子供が持ち帰ったものだろうか。無法松はもらえない。だから一般の人としてなら入れるのだろう。
 また、この無法松、平日でも、可愛がっている坊っちゃんが心配で、校内を覗いていたりする。通報されるだろう。
 さて、秋の運動会だが、子供の頃、もの凄く寒かったことを覚えている。半ズボンでは寒いのだ。それに運動用の薄いタイプなのでさらに寒い。これでちびった子が結構いたかもしれないが、ズボンが白いし薄いので危険だろう。
 それで尿意を我慢して走った子が一番速く走れたりする。
 運動会のおやつは青いみかん。これは一般席にいる親たちと昼はそこで一緒に食べる。このときの弁当は重箱だったりするので、花見と同じ。だから恥ずかしい弁当を持って行けないので、巻き寿司にしたりする。
 立派な弁当の見せ合いというわけではないが、重箱なら、それを包む風呂敷からして違う。上等の風呂敷だ。今なら風呂敷も重箱も百均で売っているのだが。
 運動会は参観日でもある。立派な親は立派な服装で来る。
 村の学校での運動会は、稲刈りが終わってからだろう。秋祭り、お神輿が出る日と重なったりする。
 
 

■■ 2019年9月27日 金曜日 午前8時41分
 
 今朝は少し曇っている。気温はまずまずだが、昨日などは気温差がありすぎて、最高気温と最低気温の差が凄かった。まあ、最低気温17度あたりのころは寝ていたので分からないが。最高気温は32度ほど。季節は一体何処にあるのだろうか。実際には昼間だろう。影響が出るのは、その昼間は夏のように暑かった。これは久しぶりだ。雲も夏の雲が出ていたが、夕方から割れた。雲が分解し、塊が小さくなった。そして水平に並んだ。だから高さは同じだろう。
 昨夜は少し横になったとき、そのまま寝てしまったようで、起きると、いつも寝る時間になっていた。だから起きても、また寝ないといけない。
 だからそのまま朝まで寝てしまった方が楽なのだが、そうはいかなった。この状態では眠れないと思ったが、案の定、なかなか寝入れない。夜中に目を覚ましたのとは違う。そのときはすぐに寝入ってしまうのだが。
 それでもしばらくすると、寝入ったのだが。それで、もの凄く早く目が覚めてしまい、そのあと眠れないのではないかと思ったが、一度目が覚めたが、すぐに沈むことができた。次に目が覚めたのは音。近くで工事をしているのか、カンカンと耳に来る。これでは眠れない。
 だが、そんな工事を始める時間なので、それほど早い時間ではないと思い、時計を見ると、まずまずの時間。これなら起きてもいい時間だった。
 きっと前日自転車で服部まで行ったので、疲れていたのかもしれない。
 前回尼崎寺町を攻めて戻ってからは足が痛かったが、今回は大丈夫。
 今朝は曇っているが、雨が降るかもしれない。天気予報では雲マークだけだが、後半傘マークになっているので。それが早まるかもしれない。
 まだ暑く、そして蒸し暑いのか、半袖の人が多い。まあ、起きたときも寒さはなかったので、ペラッとした長袖だけで十分だろう。雨の降りそうな日は湿気ており蒸し暑い。そして気温はそれほど一日中変わらない場合が多い。晴れると、昼間は暑くなるが、陽射しのあるところでも、それほどきつくない程度にはなっている。
 今朝はユニクロで買った国民服のような軽い長袖。綿だが軽くてすっきりとしている。服部攻めのとき、着ていたが、その日は陽射しがあり、これでは暑かったが、戻るときは夕方で、そのときは丁度よかった。
 そして先日買ったユニクロの裏ジャージパーカーは一度着てコンビニへ夜中に行ったが、まだ早いようだ。しかし、風が強い夜で、生地的にも風を防ぐ機能があるようなので、それを確認した。ただ、こういうジャンパーの長いようなのは、まだまだ大袈裟だ。それほど分厚くはないのだが襟元が大層なので。
 夕食後の徒歩散歩はまだ続けている。初日と違い、足は痛くないし、軽くなった。歩いているだけでは退屈なので、夜景を写している。しかし、同じ場所なので、変化がないが、よく探すと、いい角度のが見付かったりする。だが、被写体は限定されている。暗いので仕方がない。ただ、昼間なら写る明るさでも、いい被写体は最初からない場所。逆に光線状態が全く違う夜のほうが撮すものが増えたりする。
 薄暗い場所ではペンタックスの一眼レフのピントがやはりよく合う。これは流石ということだろう。AF方式が違うためと、中央部一点しか使わないので、迷いがないため。
 FZ300というパナソニックのネオ一眼は、AF自動認識で使うと、もうどこで合っているのか分からないような大きなAF合焦位置フレームが出る。前方に大体のピントが来るという程度。レンズが明るいだけではなく、夜景にも強いようで、一眼レフと比べても遜色のない絵になる。ペンタックスの一点AFでは合いにくい場合、パナソニックはさらに合いにくいのだが、合焦マークが出る確率はパナソニックのほうが強い。
 その他のコンパクト系は、レンズも暗いし、合成などで何とかしようとしているが、かなり無理がある。外灯の真下の明るいところなら問題はないが。
 オールラウンドなのはFZ300で、このネオ一眼は強い。レンズ全域F2.8だけの恩恵ではないようだ。
 当然一番強いのはF1.7が付いているパナソニックのLX100。まあ受光素子は同社のミラーレスと同じ大きさなので、当然だろう。それでいて明るいレンズ。ただ、動作が遅いが。
 ただ、望遠が70ミリまでなので、望遠夜景ができないので、物足りない。
 
 

■■ 2019年9月26日 木曜日 午前8時54分
 
 今朝は晴れている。気温もまずまずだが、夜中寒くなり、毛布を重ねた。薄すぎる夏布団だけでは寒くなってきたのだろうか。蒲団のボリュームがないためだろう。ペラッとした敷物二枚分程度の厚みしかない。これでスーツを剥がすと、ガリガリの蒲団で、煎餅布団だ。そして夏は掛け布団はいらないので、夏布団が活躍するのは夏ではなかったりする。
 今朝は夏に着ていた薄いカッターシャツと、薄いジャンパー風なものを二枚重ねで着ている。ジャンパー風なのはデザインだけで、坊さんが着ている網のようなものだが、スケスケなわけではない。しかし、夏場はこれがべたつかず、そしてダブッとしているので、涼しかった。夏物のカッターシャツよりも薄いので、見た目ほど暑くはないのだ。まあ、真夏は暑かったので、着ること自体が暑いのだが。陽射しを受けて、熱で焼かれるよりいい。
 だから、この時期、夏場着ていたものを二枚重ねればそれで行けたりする。まだ半袖のシャツ一枚でウロウロしている人がいるので。
 この時期の標準は長袖のカッターシャツ系だろう。昼間なら、まだ長袖の夏向けのカッターシャツでもいけるが、朝夕が少しだけ厳しい。だから夏服を重ねることで何とかなる。
 または長袖のカッターシャツの夏向けではなく薄すぎないタイプを着ることで朝夕でもいける。要するに生地を分厚くすることで、気温に対応させる。皮膚の皮が分厚くなるとか、皮下脂肪を増やすようなもの。
 カッターシャツの着流し、ネルシャツの着流しが楽でいいのだが、デジカメがポケットに入らない。たとえ胸のポケットに入ったとしても痛いし、窮屈だろう。しゃがむと落ちそうだし。
 しかし、ハードタイプのカッターシャツなら胸のポケットも大きいし、蓋が付いていたりするので、ましかもしれないが、肋骨をゴツンゴツン小突かれるような感じは残るだろう。
 コートのようなカッターシャツもある。一枚物で裏地などないのだが、生地の目が詰まっている。袖などを折りたたむとき、蒲団を畳んでいるようなもの。
 こういうのなら、一枚だけで済み、夏物二枚を重ねるよりも簡単だ。見た目カッターシャツなので、暑苦しそうには見えない。
 
 昨日は晴れが戻ったので、自転車散歩に出掛ける。これは朝の喫茶店からの寄り道ではなく、すぐには戻ってこられない長距離版で、それは昼の喫茶店を出てから決める。
 気持ちとしては、出てもいいという気があったので、すんなりと出ることにしたが、行く場所がない。
 それで、適当に庄内を選ぶ。阪急宝塚線のかなり大阪寄りの駅だ。十三などがもう近い。
 これを思い出したのは、バイクで梅田へ出るときの裏道で、庄内を通るため。庄内に出れば十三まですっと出られる。十三にある淀川の橋を渡れば中津に出て、そこはもう梅田の端のようなもの。
 そこまで行かないで、庄内を目指した。
 その道は国道二号線まで南下しないで、園田競馬場を目指す。
 藻川を渡るときの橋は猪名寺近く。JR猪名寺駅にも近い。このあたりにショッピングモールのつかしんがある。JR猪名寺駅は当然駐輪できない。どこでもそうだ。だから、少し離れたところにある大きな薬局の自転車駐輪場に止める人が多い。薬局前で自転車を見ると、もの凄い数の客が来ているように見える。この薬局は最近できた。次はエディオンの駐輪場というよりも建物の脇。一応駐輪場だが、ここは策がない。だから店が閉まっても囲いはない。そして道路沿い。ここにも止めている。そこよりも薬局の方が駅に近いので、そちらのほうが人気がある。だが、薬局側はそれに気付いて、色々と貼り紙が出ていて面倒。しかし、エディオンは一切なし。エディオンは平日は店員の方が数が多い。
 さて、話は逸れたが、その猪名寺近くの橋を渡り、しばらくすると藻川のもう一つの橋からの降り口の大きな道と交差する。
 その道に合流し、大阪方面へ行くと園田競馬場の前を通る。そこを右折して住宅街の中に入り、さらに左折すると一直線で大阪方面に入り込める。空港向けの高速道路などがあるので、それを越えれば庄内は近い。
 ところが、園田競馬場前で左折せず、そのまま直進した。だから渡る橋が違うのだが、そこはまだ古い農家が残っていたりするので、それを写すため。しかし、前回来たときと同じ写真になったが、持ってきたカメラが違うので、同じ写りにはならないし、天気も違う。
 そこから先は分からない。
 藻川の流れを変えるための大工事が昔あったらしく、昔あった土手がそのまま残っている。川はないが。
 そのあたりを越えると本流の猪名川にぶつかり、橋が見える。これが梅田方面へのもう一つの裏道で、非常に分かりにくいので、慣れた人でないと、その橋まで辿り着けないだろう。ただ、猪名川で橋を違えたので、庄内が遠くなる。それでも一応庄内を目指す。どちらにしても空港線にぶつかり、その下を潜り、次にぶつかるのは阪急宝塚線のはず。そして、十三あたりから池田あたりまで伸びているはずの大きな道ともぶつかるはず。これも伊丹から大阪へ出る道で、一番北から行くコースで、空港の真下を通る道。171まで上がらない。
 こういうのは大阪から伊丹へ来るまで遊びに来ていた友達が、色々とアタックして探し出してきたコース。その車によく乗せてもらったので、裏道も覚えている。
 大阪から伊丹への分かりやすいコースは二号線沿いで神戸方面へ向かい、尼崎の五合橋で、五合橋線に乗って北上すること。大阪方面からだと西へ真っ直ぐ、そして北へ真っ直ぐと、迷いようがない。
 または171号線で北側から攻めること。猪名川を渡れば伊丹だが、その中央部へ行くには、しばらく橋坂を下ったところにある大きな交差点を左に入る。この道は産業道路で、川西と尼崎を結んでいる。ほぼJR福知山線沿いと言ってもいい。
 その話ではなく、庄内を目指しながら、東へ向かったのだが、古い家があると、それにつられて、路地に入り込み、もう幹線道路から外れたので、普通の住宅地の町内をすり抜ける状態になる。
 それで、しばらくすると、人が多くなる。道沿いに店屋が見えだした。
 豊中に入り込んでいるのは分かる。公共施設などが見える。公園なども見える。そしてさらに入り込むと、いきなりスナック街。住宅地の中にあるが、逆から来たのだろう。つまり裏から入り込んだため、いきなりスナック街になった。ここは奥にあるはず。
 それで表の本道を見付ける。店屋が並んでいるのが遠くから見たが庄内ではない。
 道脇に並ぶ古いタイプの商店街だ。だから左右に商店街が振り分けられる感じ。
 駅は服部。
 服部緑地ではない。服部天神だったと思う。そんな駅があったのかと思うほど。一応阪急。駅は小さい。駅前のパチ今夜は服部会館。そこに絵があり、よく見ると忍者ハットリ君が屋上を何人も走っている。
 服部なのでハットリ君。ここは伊丹と違う。大阪府下に入っている。こういうことを平気でしてもいいのだ。そして見る側は誰も違和感さえ感じないだろう。
 ここは服部半蔵の出身地ではないはず。何のゆかりもない。ただ、服部といえば、ハットリ君で、服部半蔵だろう。これをすんなりと、自然に許されるのが大阪だ。
 庄内は落とせなかったが、服部を落とした。これは手柄だ。実は庄内は何度か自転車で落としているので、手柄にはならない。服部陥落のほうが価値は高い。しかし、一度か二度ほどその前をバイクで通った記憶があるが。
 服部の駅前の一寸した繁華街の中をうろうしていると、すぐに天神さんは見付かる。非常に濃い。そして豪華。これも伊丹ではできない濃さ。派手さ。豪華絢爛。
 そして大きな道が見えるので、そこへ出ると、その道こそ十三街道。庄内はその道沿いにある。だから北側へ少しズレたが、服部を仕留めたので、十分な成果があった。豊中の駅までは出ないで、庄内経由で戻ろうとしたが、神社がもう一つ見えたので、そこまで行ってみる。結構森に囲まれ、静かな場所。豊臣家の桐の紋章がある。
 家康が秀吉の建てたものなど、全部燃やしたしたはずなので、何も残っていないのだが、何処かから移転したと書かれている。門にその紋が大きく書かれていた。
 この寄り道で時間を食ったのか、服部見学を軽くしたので、もう庄内へ行く気も、豊中のど真ん中へ行く気もなくなり、来た道を引き返した。そのほうが道を記憶しやすい。
 そして空港線にぶつかった。来たときとは違うところだが、そこを伊丹へ向かうが、村道のような道なので、そんな標識はない。コンビニでパンを買い、それをかじりながら、狭い道を行く。
 軽自動車以外通り抜けられませんとある道だ。その近くにまた神社があり、もの凄く高い木が何本もある。
 境内はがらんとしており、何もない。
 そして、旧村落部を抜けると、猪名川にぶつかる。橋はすぐに見える。来たときの、あの橋だった。
 だから今回は回り込んで別のところから伊丹に戻るのではなく、同じ道を戻った。
 夕方前に入る喫茶店の時間が近い。
 カメラはペンタックスK70にキットレンズの28から200を付けたもので、これがメイン。サブというか予備にパナソニックの旅カメラで、700ミリまであるコンパクトデジカメ。
 後で見ると、受光素子の小さなTZ95で写したもののほうが綺麗に写っていた。どういうことだろう。
 
 
 
■■ 2019年9月25日 水曜日 午前9時11分
 
 今朝は久しぶりにすっきりと晴れている。しかしこういう日の朝は寒い。気温的には変わらないのだが、湿気が取れているためだろうか。
 台風が連れてきた生温かい空気が去ったのかもしれない。冬は乾燥する。涼しくなってくると、この湿気も減り、冬のようになっていくのだろう。カラッとしていていいのだが、湿り気も必要。潤滑油のように。カラカラだとカサカサになる。潤いが必要。
 湿気ていてもいけないが、乾燥しすぎていてもいけない。両方ともいらないものだが、いるものだ。
 いずれにしても、秋本番で、晴れて空が青くて、過ごしやすくなってきた。喫茶店も冷房も暖房も入れなくてもいいので、この間電気代が安く付くだろう。送風や換気は必要だが。
 これで、夏場の喫茶店の冷房の寒さから解放されるかもしれない。そのうち暖房が入るのだが、それはまだ先。
 昨日はやっとユニクロでパーカーを買うことができた。久しぶりに気に入ったのがあったためだ。この時期、まだ半袖一枚でウロウロしている人がいるし、半袖のカッターシャツから長袖になる程度のなので、さらにその上に何かを羽織るとすれば、カッパしない。
 さて、そのパーカー、裏ジャージパーカーで、マウンテンパーカー系。よくあるデザインだ。
 ジャンパー系パーカーは裾が短い。だからマウンテン系は少し長く、レインコートほどではないが、尻まで隠れる。
 ユニクロで試着すると、気持ちがいい。少し迷っていて、他に何か違うものがあるのではないかと思っていたのだが、袖を通すと一発で決まった。
 黒っぽい青と緑と茶色がある。目立たないのは黒っぽい青。緑と茶色は彩度が高いのか、色は濃いのだが、冴えた色。結構目立つ。茶色は黄金色に近い。緑は少し明るすぎ、青は沈みすぎて、今一つなので、最初に見たとき気に入った茶色にする。緑も茶色も黄色が入りすぎているのか、明るい。まあ、普通の上着ではなく、パーカーなので、それなりに目立ってもかまわない。山で遭難したとき、見付かりやすいとかではないが。
 裾の長さは、腕の裾より、少しだけ長い程度。ユニクロのはサイズが大きい目なので、Sにする。これが真冬のゴツイタイプなら、Mだろう。中に着込みやすい。長いと指先まで隠れそうだが、冬はそれで十分。手袋になるので。
 それでも親指の付け根あたりまである。Sでも大きいのだ。それで、Sでもゆったりしている。
 売り物の裏ジャージパーカーだが、ジャージの裏ではなく、パーカーの裏地のこと。
 このジャージは綿で、少しだけ化繊が混ざっている程度。まあ、薄い綿のTシャツの生地に近い。だからその布を胴体部に貼り付けてある。腕の箇所は、表地のナイロン地をツルッとしたタイプで、二重構造。表地のナイロンは綿の感触を出しているようで、シワが結構ある。つまりツルッとしていない。皺というか、縫い目などの凹凸で、少し波打つような感じだろうか。だから一見して綿ではないかと思うほど。固くてツルッとしていない。この表面加工が上手い。
 腕の裏地は、スーツの裏地と同じで、ツルッとしているので、スーと腕が通る。胴体のジャージ箇所は、暖かみがあり、化繊で包まれているという感じがしない。
 袖は絞られているが、それほどきつくなく、ユルユル。ボタンやマジックテープなどの調整ものはない。手前に引っ張ると簡単にまくれる。だからすぐに半袖になる。引っ張るだけでいい。折らなくてもいい。その袖口の大きさが絶妙で、細く絞りすぎると、ゴムで締め付けられるよう感じになるが、それがない。だから緩い。
 次に問題になる謎めいたものとして、襟元の複雑さだが、これはただのフードと襟とが合体しているため。複雑に見え、大袈裟に見えるのは、フードの付け根、麓部が襟になるためだろう。
 ファスナーは上に上げると端まで行く。そこまで上がるとは思っていなかったのは、喉元を閉めるボタンが付いていたためだ。富士山の頂上部に近いところにあるボタン。これは閉めないだろう。だから、そこにはファスナーのレールは走っていないと思っていたが、襟の先まで走っていた。
 実際に上まで上げるのはやや抵抗がある。気分の問題ではなく、ファスナーが引っかかる。きついところを登って行くためだろう。生地の張りがある程度必要で、レールの下の敷地が必要。生地が柔らかいので、くにゃっとして、上がりにくい。そこまで上げることはないはずだが、片手では一寸したコツがいる。
 ファスナーは金属製で、これは壊れやすい。
 ただ、ボタンも付いている。これはパチンと合わせるタイプなので、ボタンのように取れたり緩んだりすことはない。だからファスナーが壊れた場合、このボタンが生きるのだろう。
 ファスナー箇所、ボタン箇所にはカバーがあり、見えないようにしている。長いテープのようなもので、隠している。これにファスナーが噛んでしまい安いのが欠点。それだけ生地が柔らかく、しなやか。
 このボタン、ファスナー隠しのカバーは雨の日などに必要。当然風が強いときも、隙間から入らないように。だから、ファスナーのレールが見えないようになるのだが、それが全体を軟らかくしている。金属ものが見えないし、パッチンも見えない。
 裏地にジャージを使っているパーカー、その箇所にボアを仕込めば冬服になるだろう。毛羽だったものとか。それを薄い布だが、それを貼り付けているのは、普通のパーカーよりも、少し分厚く見えることと、布の温かみが出る。
 パーカーにはフードが付きもの。そのフードを被ると、僅かながら庇のようなのがある。それを閉める紐が出ているのだが、それが短い。まだ一度も閉めていないためだ。
 雨の降る日、傘を忘れたときの非常用だろう。防水性は弱そうだが、一応弾く程度の加工はされている。長くは持たないようだが。
 ポケットは腹の箇所に水平にある。まずまずの大きさ。蓋もあるが、マジックテープではなく、パッチンで閉めるタイプ。蓋があるのは雨対策だろう。ポケットに屋根がいる。
 以前買ったユニクロマウンテンパーカーはマジックテープで、これが始末が悪いので、捨てた。表生地も同じナイロンだが硬い。今回はそれらを学習して、選んだことになる。
 腹箇所のポケットと重なるように、脇ポケットがある。同じ位置だが袋が違う。こちらは縦入口なので、手を突っ込みやすい。デザイン優先ではなく、こうした実用性、着心地だけではなく、いい感じだ。
 ポケットは胸にもあるが、縦入口。だからここにはカバーはない。上からの雨なら、縦なので、問題はないためだろうか。結構深く、時代的にケータイではなくスマホが入る大きさ。
 内ポケットもあるが、いずれも心臓部。だから右利きの人が取り出しやすい側にある。ここは考えてのことだろうか。
 季節的にはまだペラッとした薄いパーカーで十分なので着るにはまだ早いかもしれない。だから正月前まで着られるかもしれない。結構ダブッとしているので、冬もいけるかもしれないが。
 似たようなタイプの、レインコート系をゴミに出したので、この裏ジャージパーカーがメインになる。まだ、少し早いが。
 
 
 
■■ 2019年9月24日 火曜日 午前8時49分
 
 今朝は曇っている。気温は低い目だろうか。涼しい。雨が降りそうな雰囲気で、空が少し暗い。今日は連休明けだろうか。平日に戻ったのだが、平日ではない日が頻繁にある。だから平常ではない日がかなり多い。しかし、それで日常が平常ではなくなるわけではないが。
 九月も下旬、彼岸花も咲いており、これは秋を知らせるので、涼しくなってきても当然。まだまだ半袖の人を見かけるが、これは夏の名残を見るようなもの。そういうのを見かけなくなると、淋しくなっていくだろう。
 まあ、暑い夏から早くおさらばしたかったはずだが、寒くなり出すと、もう少し夏のままのほうがよかったのではないかと思ったりする。これは勝手なものだが、寒い冬から春になったとき、まだ冬のままでいたいとは思わなかったりする。寒さへ向かうのと暖かさへ向かうのとの違い。
 台風は情けないことに低気圧に変わってしまったようだが、少しは風が吹いていたし、それらしいものが通過したことは分かる。風も強かったが、生暖かい風を運んできていたので、調子が狂った。だが、台風が去ってもすっきりとは晴れない。秋のベースが出てくるはずなのだが、曇っている。まあ、秋でも曇っている日があるので、ベース内だろう。
 昨日は昆陽にあるイズミヤへマウンテンパーカーを見に行くはずだったが、途中で引き返した。煙草を忘れたため。それだけならコンビニへ寄り、そこで煙草とライターを買えばいいので、問題はない。よくあることだ。出てすぐなら戻りやすいが、少し行ったところで、気付いた。
 煙草屋は多いが、全部シャッター。自販機さえ置いていなかったりする。廃業し、普通の家になっているが、看板だけは残っている。煙草とか、切手とか。流石に塩の看板をもう消えてなくなったようだ。滅多に見かけない。
 ところが近くにコンビニはない。少し横へ逸れすぎる。
 それで、面倒になり、家に戻り、振り出しから始める。流石に昆陽まで行く気がしないので、いつもの夕方前の喫茶店へと向かう。毎日通っている道なので、距離感がない。慣れた道なので、安定感がある。
 それで、喫茶後、ユニクロへ行く。祭日なので人が多いが、ユニクロはガラッとしていた。土日や祭日はレジが一杯で、並んでいたりするので、平日しか行かないことにしていたのだが、見るだけなら、問題はない。買わないので、並ぶ必要がない。レジは駅の改札が複数並んでいるように、三つか四つあるのだが、誰も買っていない。店員が一人ぽつりといるだけ。
 まあ、普通の衣料品店なら、そんなものだ。土日の混み具合がユニクロだけは別だったのだろう。
 それで目的のマウンテンパーカーだが、それに近いのがレジに近い場所にあった。だから新作だろう。これは夏の終わり頃、出ていたのを思い出すが、まだ暑い頃だ。
 既に真冬のジャンパー類も吊られているので、そのマウンテンパーカーなど薄く感じるほど。詰め物はない。ペラペラのパーカーでぎゅっと握れば手のの中に収まる感じのものに比べれば裏地もあるので、ボリュームもあるが。
 裏ジャージパーカーとなっており、このジャージというのが気になった。裏皮のような感じを連想したのだが、そうではなかった。裏地がジャージで、着やすいと言うことだ。表地はナイロンだが、綿のような感触。雨の日に着ている薄いペラッとしたパーカーより少しだけ分厚い程度だろうか。それと裏にもう一枚入っている分、分厚く見える。一応防水加工はされているようだが、少し弾く程度だろう。
 特殊な加工をしたパーカーが定番として別にあり、そちらは今見ると、薄くて頼りない。そして無機的なデザイン。
 さて、その注目のパーカー、首回りが分かりにくい。かなり上まで閉まり、喉を越えていたりする。フードというよりダブッとした首輪に近い。襟で顎まで隠れるほど伸びるので、それはもの凄い襟だということだ。だから肩まで来てしまう。これが少し大袈裟ではないかと思えるのだが。しかし、もう少し寒くなってきたとき、首は大事。これなら救命具の首輪に近いので、全部隠れる。前も後ろも。そしてフードなので、当然頭も隠れる。影の軍団の忍者のようになる。頭だけではなく、マスクのように鼻まで隠れそうなので。まあ、時代劇の身分の高い侍の頭巾のようなものだ。
 だから首元、襟かフードかマスクか分からないようなごちゃっとしたデザインで、これは掴み所がない。
 しかし、マウンテンパーカー系はゴミに出したので、軽く中綿の入ったコートがある程度。これは雨に弱い。
 ポケットは脇腹の水平開きで二つあり、防水性を考えてか、口に蓋が軽く付く。ここがマジックテープの蓋ならパス。手が悴んでいるとき、そのテープのギザギザで噛まれるため。それにすっと入らない。蓋が合っても突っ込めるが、マジックテープでは力がいる。
 イズミヤで見たマウンテンパーカーは定番のデザイン。防水性や蒸れ対策など、結構いい。値段は同じ。ただ、表生地の感触はユニクロのほうがいい。しかし、防水性などは少し劣るだろう。
 イズミヤのは普通のフード。首まで隠れるほど襟は長くない。
 ユニクロのはファスナーでは流石に顎まではしんどいので、そこからはボタンになる。ファスナーでは喉が痛かったりするためとは思えないが、覆面になる。
 それと袖の先が、ユニクロのは軽いゴムで閉めている。先だけ。これはめくりやすい。それほど分厚くないし、生地もしなやかなので、引っ張れば簡単にまくれるだろう。折り返さなくてもいい。だからすぐに半袖になる。
 防寒着というよりも風除け程度のウインドブレーカーレベルだが、寒くなるまでは実用的な着やすさがあるので、とりあえず何か羽織るときには、この季節から先活躍しそうだ。
 
 
 
■■ 2019年9月23日 月曜日 午前8時44分
 
 今朝は暖かい。台風が通過中のためだろう。日本海側を北上している。最接近しても暴風圏内には入らないようなのだが、夏を連れてきている。それで、蒸し暑い。これは前日からで、昨夜は久しぶりに熱帯夜。気温的には大したことはないのだが、ムッとした空気。それで寝苦しいので、扇風機を付ける。途中で切ったが、朝になると、もっと接近しているためか、暖かい朝。
 秋の深まりを考えての服装では暑すぎるので、夏に戻す。まあ、上に引っかけなければいいのだ。
 天気予報などを見ると、気温はそれほど高くはないのに、不思議だ。これは気温の質、空気の質が違うため。温度の数値が同じでも、ものが違う。だから温度計だけを見ていても、分からない。
 台風なので、近くでなくても風や雨が来るだろう。風は前日から強い。雨はたまに降っていたりする。夜中に降っていた形跡がある。
 この台風が去れば、ぐっと秋が深まるかもしれない。隠れていた地の秋の空になるはずなので。そのあたりから秋物が必要になるはず。
 今日は月曜のはずなのに、日の丸が揚がっている。三連休だと聞いていたが、このことだろう。何の日か知らない。旗日だ。
 涼しくなるに従い、起きるのが遅くなる。夏場は暑くて寝てられないためだろうか。遅く起きてくると、それだけ遅くまで起きている。少しそれでズレたりする。しかし、今朝は夏の頃のような時間帯だった。きっと暑いためだろう。
 扇風機と電気ストーブの両方がいるような妙な日になっている。しかし、どちらもいらないのかもしれないが。プラスマイナスゼロなので。しかし、それなら暑くもなく寒くもないことになるが、どちらかに傾いているので、いるのだろう。
 昆陽のイズミヤで見かけたマウンテンパーカー風なのが欲しいところ。今朝もそれに似たのを着ている人がいたが、暑いだろう。しかし、雨が降る予報があるので、カッパ代わりになるので、悪くはない。
 昆陽のイズミヤというのはいつも行く場所ではなく、方角が逆。滅多にそちらへは行かない。だから何かのついでに寄るということもない。
 そこに喫茶店があり、また中古屋があるので、カメラの中古をたまに見に行く程度。前回いったときは卵焼き器の高いのを買った。三層構造で、焦げ付かないタイプ。そこが分厚い。百均の卵焼き器は薄い。だからすぐに暖まるが、焦げやすい。鉄板ではなく、卵が。だからすぐにひっくり返さないといけない。ところが高いのは余裕がある。そしてふっくらと焼ける。じわっと火力が加わるためだろう。
 中古カメラは出物がなく、ずっと同じものしか置いていないので、変化がない。たまに違うのがあっても、今一つのカメラが多い。
 
 
 
■■ 2019年9月22日 日曜日 午前9時18分
 
 今朝は曇っており、雨がぱらっとしている。傘を差すほどではないが、ポツリポツリと濡れるが、風で飛ばされてきた雨なのか、やむというわけではなく、止まるような感じ。そんな雪があったように思う。
 今朝はよく分からないような気温で、低いのか高いのかが明快ではない。湿気があることだけは確かだが、風が強い。
 涼しいと思い、上に先日買った高い目の上着を羽織る。伸び縮みするらしく、ゴワッとしている。生地は薄い。ペラ一枚だが、風除けにはなるようだ。夏物だと思われるが、秋先に買うと、薄くて高いような気がする。涼しさよりも温かみを求めるためだろう。しかし、買ったときはまだ暑かった。もう一つ別タイプがあり、そちらは生地ががしっとしており、分厚いが、それでもペラ一枚。同じメーカーだった。それを試着すると暑苦しかったのだが、今思うと、そちらのほうがいよかったような気がするが、それでも生地が硬そうで、滑らかさがない。両方と木綿だ。
 結局ストレッチと書かれているほうを選んだ。特徴というか、特技があるほうがいいだろう。ストレッチなどはしないが、伸びるようなので、腕を極端に回したりしたとき、追従性がいいはず。試していないが。
 今朝の喫茶店は暖かい。冷房を切っているのだろうか。故障しているのかもしれない。
 どちらにしても、この夏のジャケットの寿命が短いので、始終着るほうがいい。だが多少の防寒性も感じられるので、もう少し延長できるかもしれない。半額だったが、結構高いので、よそ行きかもしれない。しかし、年寄りの病院通いの服装に近かったりする。これで保険証と薬だけが入る小さなショルダーをぶら下げていれば確実だ。
 台風が近付いて来ているのか、天候が読めない。温度もそうで、今は涼しいが、また生暖かい風が吹き込んでくるかもしれないので、急に暑くなる可能性もある。
 十日間予報を見ていると、最低気温がかなり低い目。秋の深まりそのままの数値だ。10月がもう近いのだから、そんなものだろう。10月は秋のど真ん中。一番秋らしくなる。
 この季節、レインコート風なものが好ましい。雨用だが普通に羽織れるようなものが良い。だから秋物ジャンパーなどでいいのだが、これがまた中途半端で、寿命が短い。
 レインコート風でカッパ風なのは薄い。これが意外と寿命が長いのではないかと思われる。雨具としてのカッパなど夏冬はない。ずっと同じだろう。昔のカッパはゴムで、これは蒸れる。ゴム蒸しだ。物理的に水を寄せ付けない。だから風が入ってこないので、蒸れる蒸れる。風雨に強いので、それでいいのだが。
 マウンテンパーカーが二着あったのだが、汚れすぎたり、破れたりして、捨ててしまった。これは買いやすい。
 先日イズミヤで防水性がかなりありそうなのを見付けたのだが、そのときはまだ暑くて、買う気が起こらなかった。イズミヤの安物にしてはそれなりの値段がしていた。在庫処分ではなく、秋物として仕入れたばかりのためだろうか。真冬のダウンジャケットやヘビー級の防寒服はまだなかった。ユニクロなどでは既に売られていたりする。誰が買うのだろうか。しかし、去年ものだと安かったりする。
 
 夕食後の徒歩散歩はまだ続けている。少し前に買った中古カメラに付録でついていた小さなカメラバッグが使いやすいので、それをぶら下げて歩いている。小さなカメラとレンズ一本が入る程度。大きい目のカメラだと、仕切りを外せば入れやすく取り出しやすくなる。
 昨夜はパナソニックのネオ一眼FZ300をそこに入れる。これは少し大きい目なので、仕切りを外している。鞄の中にはそれしか入っていない。普段持ち歩く鞄ではないためだ。だからポケットの延長。コンパクト系ならポケットに入るが、ネオ一眼や一眼系は入らない。
 このネオ一眼、受光素子は小さいのだが、夜景でもなんでも平気で写せる。だから望遠夜景も苦にしない。感度は3200で止まるが、レンズは全域F2.8なので、普通の望遠ズームなら12000ほどになるのを3200で済む。
 そして画質は一眼並み。このカメラ、バケモノのようなカメラで、何でもこなしてしまう。
 ネオ一眼としては重い方だが、先日買ったペンタックスK70を持ち慣れていると、軽く感じる。これはメインで使えるカメラで、下手なミラーレスよりも写せる範囲が広かったりする。
 
 
 
■■ 2019年9月21日 土曜日 午前9時41分
 
 今朝は曇っている。そしてひんやりしているので、ユニクロで買った綿の国民服のようなのを羽織る。下はカッターシャツ。朝、街ゆく人を見ると、半袖のTシャツの人が結構いる。カッターシャツの人も半袖が多い。長袖でちょうどぐらいだろうか。それでは寒いので、上にカッターシャツよりも生地の分厚い国民服を着ているのだが、それに相当する厚着の人は見かけない。
 曇っており、雨が降りかかっているので、蒸し暑いためだろうか。それは平気だ。こういう日は着込むと汗ばむのだろうが、結構湿気や暑さに強いので、問題はない。寒いのがきつい。涼しい程度でも、ヒナのように震えていたりするほどではないが。真夏の炎天下でも汗はほとんどかかない。激しい動きでもしない限り。
 二日ほど前の夕方が寒かったので、それを思い出し、朝夕は厚着にしている。それで暑苦しくなり脱ぐことはない。そういえば夏の手前まで冬物で、結構汗ばんでいたことがあるが、それはやり過ぎだろう。
 まあ、多少暑い程度のほうが寒いよりもいい。ただ、ある程度の暑さを越えると、寒いよりも厳しい状態になる。温めすぎても駄目だし、冷やしすぎても駄目。
 ユニクロの国民服風秋服は2千円台にしてはしっかりしているし、それよりも、このタイプが欲しかったのだろう。綿だが、裏がざらっとしている。このざらっとのボリュームが上がると、冬服になるが、それは綿ではできない。
 しかし、綿のパーカーで、裏地がタオル地のがあり、これは重いが結構暖かい。今の季節向け。襟はないがフードがあり、これで首元も暖かい。
 今の季節、これがずらりと吊されて売られている。フードの裏側あたりで汚れを受け持ちすぎて、汚れやすい。
 目立たない厚着としては、分厚い目のカッターシャツを着ることだ。登山用などはオーバーのように分厚い。ズボンの下に入れると、腹巻きをしているような感じになる。
 カッターシャツは真夏用の長袖の薄いタイプが着心地がいいので、それを着ている。しかし、さらっとしすぎて、寒々しい感じがしないではないが。熱を逃がすのだろうか。
 この季節、年寄りで多いのが、カッターシャツの上に分厚い目のチョッキを着ている人。釣りのときのチョッキよりシンプルだが、ポケットが多い。背中などが寒く感じるとき、効果的だ。カッターシャツだけではポケットが少ないので、このチョッキは好ましい。
 あまり厚着に見えないのは、ペラッとしたジャンパーだろうか。雨具のような。これは薄いが結構暖かい。風を通さないためだろう。多少の雨でも何とかなる。ナイロンの風呂敷のようなもの。
 年を取った婦人、老女であって老婆ではないタイプの人の厚着率が高い。そのレベルの厚着で今朝は丁度いい感じだ。
 十日間予報を見ると、最高気温はまずまずあるのだが、最低気温がガクッと下がっている。20度を切り、十度台だと、流石に、夜は寒い。昼間、陽射しがあれば、30度近くまで行くが、これは夏の名残。
 ここで台風が来るのだが、これで気温が変わるかもしれない。
 
ペンタックK70の続き
 この時期、一眼レフレックスカメラというのは時代的にどうなのかと思うが、だからこそ注目した。しかもこの時代、あまり見かけなくなったペンタックスのカメラはどうなのだろうというのもある。これは捻りすぎて考え落ちしたようなものだが、実は一番素直なメーカーではないかと思ったりする。一眼レフと言えば、ペンタックスだろう。そのイメージが強い。しかし、ミラーレス時代になり、今更一眼レフには戻れないという人も多くいるはず。それだけ効率が高く、便利なためだ。ミラーがないことで、色々なことができる。
 ただ、最近の一眼レフはニコンもキャノンも半分はミラーレスなのだ。ファインダーは使えないが、背面液晶だけになるが、ミラーレスと同じ恩恵を受けられる。
 だから、将来のプロ機は一眼レフとミラーレスの両方を切り替えるタイプになるかもしれない。ファインダーも背面液晶だけではなく、ファインダー切り替えのハイブリッドになったり、専用殿Sファインダーが付属したりとかに。
 ミラーレスの良さは仕上がりが確認できること。だから合理的。さらにAFの合う位置が多いため、画面の何処に被写体があっても捕らえることが出来たりする。技術的な余地はミラーレスの方に多く残っている。まあ、普通の一眼レフでも、ライブモードで同じことができるのだが、今のところ背面液晶だけの撮影になるので、そこがしんどいのだろう。
 そういう中にあって、取り残されたようなペンタックスの一眼レフを買うというのは、ここは隠れ里のようなもの。ミラーレスに覆われていないメーカーだ。ただ出していないわけではない。一台だけミラーレスを出している。ただファインダーはない。下駄のように分厚いカメラだった。その後継機はない。
 またQシリーズがあり、小さな受光素子だがレンズ交換ができる。だからQマウントというのがある。それも後継機が出ないまま、黙っている。これにも電子ファインダーは付いていない。意地でもファインダーを付けないのだろう。ペンタックにとってファインダーとは光学ファインダー以外、あり得ないといわんばかりに。
 さて、K70だが、これは手に入りやすいカメラで、このクラスでは一番新しい。それでも数年経過しているが。KシリーズとSシリーズがあり、SシリーズはS2あたりで止まった。
 ちなみにKの一桁台は高いタイプで、フルサイズも含まれる。
 その一桁台の新製品が久しぶりに出るようだ。まだ開発中で、出るのは来年だろうが、フルサイズではない。背面液晶は稼働しない。ここは頑固だ。液晶撮影などおまけとばかりに。ただK70は初心者向けでもあるので、チルト液晶になっている。面倒なので、やはり回してまで使わないが。
 K80が出るとすれば、その前後だろう。
 
 現役最新機のK70は結構小さく、向かって右側の肩がないほど狭い。ここにはダイヤルなどがないため、それでいいのだが、これで横幅がぐんと狭く見える。カクカクとした四角い箱のようなカメラで、丸みがない。デザインは直線的。ただ小さい。コンパクトな一眼レフを作るメーカーだっただけに、それがまだ生きているのだろうか。MEやMXのようなAF一眼以前は小さかった。ただ、デジカメになってからは、それに拘らないようで、AF一眼レフ時代の形を踏んでいるのだろうか。持ちやすく構えやすいという実用性を取っているが、そうではない個性的なデザインのも出している。S1だろうか。
 最近出したものではXPがあるが、グリップの突き出しが浅く、望遠など付けたとき、持ちにくいだろう。だからグリップが売られている。ただ、シャッターボタンは奥にある方がいい。グリップの先に。
 K70は実用性を取った。だから重いレンズでもグリップが効いているので、持ちやすい。
 電源レバーはグリップの先にあるシャッターボタン受け皿と同軸にある古典的なもの。片手でカメラを取り出したとき、片手で電源を引ける。ただ、その先にさらに電子ダイヤルがあり、間違って、それを引くことになるのだが、こちらは回るので、それで違うとすぐに分かる。
 この前ダイヤルとは別に背面側にもダイヤルがあり、所謂2ダイヤル式。これは中級機以上にあるとされているが、オリンパスなら初級機でもある。ただ軍艦部に二つあると窮屈だが。
 電源レバーはオフ、オン、動画と三段式なのが少し気に入らない。引きすぎると動画になってしまうし、戻すとき動画側に引いてしまったりする。まあ指で引けばオン、戻すため押せばオフと覚えておけば問題ないだろう。
 まあ、動画モードになると、ミラーアップするので、その音で分かるが。動画は写せるがファインダーは光学式。昔の8ミリカメラかと思うほどだが、背面液晶でしっかりと写せるが、動画が写したいのでペンタックスK70を買う人はまずいないだろう。おまけだ。ただ、光学ファインダーの澄んだ画面で動画が写せる。これはこれでいいのではないか。写したことはないが。
 軍艦部はあっさりとしており、ゆとりがある。でんとあるのは撮影モードダイヤル。絞り優先とかシャッター優先とかがある、いつものダイヤルだ。
 その中に感度優先モードがあるのが異色。感度優先なので、絞りもシャッターもカメラ任せ、感度だけ弄るということだろう。よく聞くモードではない。
 プログラムモードとオートモードがあり、オートモードがシーン自動認識が効く。手動で、シーンに合ったものに合わせることもできる。このあたりはよくあるので書く必要はないが、プログラムモードとオートモードとの違いははっきりしているので分かりやすい。
 分からなければオートで写せばいい。
 絞り優先とシャッター優先を同時に一発でできるのがハイパーモード。そういったモードはないのだが、前後にある電子ダイヤルによるプログラムシフトのことだが、二つの電子ダイヤルで、シャッターだけを動かすとか、絞りだけを動かすとかができる。だからプログラムシフトの発展型。好みの絞りやシャッターに持って行ける。だから、絞り優先モードやシャッター優先モードに入れたのと同じ。
 二つの電子ダイヤルに振り分けてあるのがミソ。
 ただし、それはオートモードでは反応しない。ダイヤルを触っても無反応。間違って触ってしまう恐れがないので、それはそれでいい。
 これをハイパーマニュアルといっているはずだが、かなり前からそれはある。お家芸であり伝統芸だ。
 ハイパーマニュアルができるのはプログラムモード。
 だからここに入れておけば、絞り優先やシャッター優先に入れる必要がないのだろう。
 だから両優先機だが、普段はプログラムライン撮影でいけるところまでいけるので、露出はお任せという写し方でいける。ただ、絞り優先とかシャッター優先とかを使うのは露出ではなく、効果だ。背景をぼかしたいとか、高速シャッターで止めたいとか。
 このハイパーマニュアルと感度優先モードというのが、独自のはず。だから結構凄いことを思いつき、それをやっているメーカーなのだが、あまり目立たない。
 だからニコン、キャノンの一眼レフは、どちらも似たようなもの。
 まあ、そういう独自の機能を使うかどうかは使う側が決めるし、使わなくてもかまわないので、使わない人にとってはあってもなくてもいいことだろう。
 そしてペンタックスに期待しているのは、普通に写せる普通の一眼レフ程度。
 
 先ほどのハイパーマニュアルもユニークなのだが、それよりも簡単なのがある。それはTAモード。これは絞りとシャッターを自分で合わすので、マニュアル撮影と同じだが、露出は考えない。えっと思うが、絞りとシャッターで露出を決める。このモードでは露出は感度が決める。だから変化するのは感度。
 どうしてもこのシャッターで、この絞りの値で撮りたいという場合だ。当然無理な設定では感度が上がる。だから絵が汚くなるということもあるのだが、6400や一万を超えても、まあ、似たようなものだが、これは手持ちで写すときだろう。
 当然シャッターを優先させたいときはシャッター優先モードにすればいいが、これも面倒だ。
 だから色々なアタック方法があり、好みに合ったもので写せばいい。
 プログラムシフトも使っていないのに、それよりややこしそうなのがあっても使わない人は使わない。
 そのTAモードも感度の上限が気になり、ここに壁がある。
 ただし、上限感度設定は当然できる。またオート感度の上限がかなり広い。そこまでオートで自動的に上がるのかと思うほどだ。
 このカメラの兄貴分のXPなど、暗闇でも写るのではないかと思えるほど高感度の数値が天文学的。
 これはそんな値は必要ではないのだが、高感度でもノイズが少ないですよ、と言う程度の認識でいいのだろう。要するに高感度というよりも、ノイズ消しが上手いのだろう。だから何百万とかの数字はただの目安。
 結局6400から12000あたりで怖くなるだろう。実際にその値で写してみたが、色も出ているし、特に問題はない。まあ暗いところなので、被写体に光沢や鮮明さが最初からないので、そんなものだろう。
 感度上限を12800にしている。問題は何もない。暗いところでは常用感度だ。暗いキットレンズでもこれでシャッターが早くなる。画質よりも、手ぶれのほうが問題。
 まあ、日常写しでは何が被写体になるのか分からない。ジャンルを超えるものを次々に撮しているようなものだ。花だけを写しに行くわけではなく、飛行機が飛んでおればそれも写す。夕焼けも写すし、人の後ろ姿も写す。
 だからフルオートの何でもありのオートモードから入るのがいい。ほとんど露出だけのモードに近いが、シーン自動認識が効くので、風景だと、それなりに絞ろうとする。
 そして絞りやシャッターの値が気に入らなければ、電子ダイヤルを回せば、そのままハイパーマニュアルになり、任意の絞りは後ろダイヤル。任意のシャッタースピード値は前ダイヤルで合わせればいい。ただしどちらかを動かすとどちらかがそれに合わせて動く。両方任意の値に合わせたければTAモードにすればいいが、今度は感度だけが派手に動きそうだが。
 まあ、色々なアタックの仕方があるということだろう。
 
 カメラは少し重いが、慣れると、それほどでもない。見た目が小さいためだろう。こういう一眼レフは付けるレンズによってがらりと変わってしまう。だから単焦点レンズなどを付けると、軽くなるのだが、逆に扱いが悪くなる。カメラの扱いではなく、レンズの扱い方。一本レンズが増えると、持って行くかどうかを考える。それにはそのレンズをすぐに取り付けられるような鞄がいる。カメラバックだ。すると、普通のノートパソコンが入らなかったりする。カメラ以外の扱い方が必要になる。それが一本だけなら、付けっぱなしでいい。
 レンズ交換できるのが一眼レフの良さだが、付けるレンズを選べるだけのことだろう。
 28から200のキットレンズはダブルズームキットの望遠ズームよりも望遠が半分ほどになるので、物足りないが、その上のレンズもある。しかし中身はどうもタムロンで、そのレンズのニコン版を持っているが、スペックはそっくり。同じだと思える。
 まあ、望遠側はネオ一眼に任せておいたほうがいい。28から200は28から85ミリあたりの標準ズームに比べれば、少しアップ気味に撮れるので、標準ズーム延長タイプ程度。200ミリあるので、まあ望遠レンズとしてはぎりぎりだが。
 
 石仏などを写したのだが、少し離れたところにあるとバストアップまで。寄れる場合は顔のアップは効くが、そこまで寄れない場合が多かったりする。こういうときネオ一眼なら1400ミリとか、ニコンなどは2000ミリが効くので、その距離の差を埋めることができ、好みの大きさで抜ける。
 28から200しかないと、それなりの写し方になるが、これはこれで悪くはない。
 ネオ一眼やコンパクト系との違いはぼけ具合。だから、石仏は小さくしか写せなくても、狙っている石仏にしかピントが来ないので、浮かしやすい。背景の処理がしやすくなる。そして、綺麗にボケる。ぼかすのが楽しくなるのが、このタイプの一眼レフ。それでぐっと写真が柔らかくなるし、雰囲気が出る。だから、そちらのほうを狙って撮すことになる。
 そういった場所でカメラを振り回すとき、思っているよりもカメラは軽かったりする。意外と重さを感じないので、不思議だ。持ったときの重心がいいのだろう。
 
 色々と細かい設定ができ、ボタンなどを入れ替えたりできる中級機レベルだけのことはあるが、そのままでも問題はない。一つだけ、ここだけは変えたいと言うときはカスタマイズ性が高いほうが痒いところに手が届く。
 たとえば前ダイヤルに露出補正を仕込むこともできる。そういうのを多用する人は都合がいいだろう。ただ、一眼レフのファインダーなので、露出はファイダーを見ても反映しないが、いつも白く飛んでしまうというシーンがあり、確認できなくても、暗い目に合わせるのだろう。
 露出は思ったよりも悪くはない。ペンタックスの一眼の露出はじゃじゃ馬だと聞いていたのだが、そうでもないようだ。オート撮影で何も弄らなくても、普通に写っている。まあ、白飛びや黒つぶれをしてしまうのは仕方がない。
 階調拡大のための機能もあるが、何枚か写しての合成なので、鮮明さが少し落ちるのではないかと思える。絵がフラットになり、眠くなることが多い。
 それよりも、初期値のままの画質は大人しく、優しい絵になる。よくいえば上品。それでいて、緑色などは非常に鮮やかで、ここがペンタックスらしい。自然の風景、緑の多いところを写すときは、いい感じだ。
 これは他のカメラとの差は大してないのだが、少しだけその印象が強い。まあ、ボディーだけではなく、レンズも影響するので、一概には言えないが。
 このペンタックスの色目がいいので、ペンタックスから出られない人もいるだろう。
 総合的に見て素直な一眼レフだがコンパクトデジカメと比べて、極端な差はないが雰囲気のある写真が撮れたりする。
 
 

■■ 2019年9月20日 金曜日 午前9時28分
 
 今朝は晴れているが、気温が低くなっている。昨日の夕方、夏の服装では寒いほどだった。22度ほどしかなかったためだろう。昨夜は15度を切っていた。ガクンと昨日の夕方あたりから気温が下がった感じだ。しかし、台風が来ている。これがまた温かい空気を持ち込むのではないかと思えるので、また暑くなるかもしれない。
 それで今朝は寒いのではないかと思い、夏のカッターシャツの上に夏のジャケットを羽織る。しかし晴れており陽射しがあるので、それほど涼しくはなかった。だがそのスタイルでも暑くはない。少し厚着のほうが喫茶店の冷房を考えれば、都合がいい。少しでも厚着のほうが冷えなくていい。出るとき、夏の陽射しを受けほっとしたりする。すぐに暑苦しくなるのだが、今朝はそこまで暑くならないだろう。
 それで昨日の昼の喫茶店からの戻りに、尼崎方面を攻める。ネタも目的地もない。尼崎だけでは単に方角だ。南下すればいいだけ。
 しかし、尼崎城ができているのを思いだし、尼崎城攻めとする。
 尼崎城は尼崎の藩主の居城だろうか。市役所のようなもの。伊丹の南側は実は尼崎藩領だった。だから市役所は尼崎で、伊丹ではなかった。まあ、今の尼崎と伊丹の境界線あたりは荘園などがあり、領主が何人もいたりする。
 尼崎城は阪神尼崎駅近くにあるはずなので、寺町があるあたりを攻めればいい。尼崎城の位置を知らないので、適当だ。
 どちらにしても五合橋線を真っ直ぐに南下すれば阪急、JRの線路を貫き、阪神尼崎に出るので、その裏まで出れば寺町で、寺が集まっている場所。城など新しいし、周囲は何もないはずなので、複数の寺が集まっているところへ行く方が見るものが多いはず。
 尼崎方面にはよく乱入するが、もっと東寄り、大阪寄りの有馬街道のようなところから南下する。しかし浅い。JRの手前まで。阪神電車が一番浜川を走っているのだが、それを越えると、海になるので、ここは工場地帯。
 それで普通に阪急塚口駅あたりまで行き、そのまま五合橋線に沿った裏道を南下する。五合橋というのは尼崎の二号線、昔の山陽街道に架かっている橋の名だと思うが、違うかもしれない。その橋あたりから北へ向かう道が延びている。これが伊丹のど真ん中を射貫く。
 それで二号線まで来ると、そこはもう阪神尼崎駅前の繁華街。一番賑やかな場所で、歓楽街でもある。
 尼崎ダンジョンと言われる洞窟型商店街を渡ると、時代劇の世界。寺の土塀が伸びている。以前、そんな立派な塔などあったのかと思うようなのが、ニョキリと伸びている。城近くのはずだが、ここに寺を集めたのだろう。だから寺だけの町。だから寺町。そのままだ。
 どの寺もそこそこ広く、開放している。だから中に入れる。尼崎や伊丹にある寺はほとんどは個人の家のようなもので、家族でやっているような寺。
 ここも似たような規模の寺もあるが、境内をウロウロできる。
 それと尼崎七福神巡りというのがあるらしく、ポスターが貼ってある。要する寺を連チャンするネタを提供してくれている。ただし、これらの寺は七福神がメインの寺ではない。しかし、そうすることで、順番に見て回れるという仕掛け。
 それで以前に比べ、すっかり観光地化されたのだが、いいものを尼崎はお持ちで、という感じだ。伊丹とはスケールが違う。伊丹にもお寺が集まっているところがあるが、開放していない。また幼稚園になっていたりする。伊丹も城近くに、寺が三つほど集まっている。寺町と言える規模ではないので、三寺。
 お隣の池田には池田城ができた。尼崎にも尼崎城ができた。当然再建だが、伊丹城はまだない。城下町時代の商家などが残っているので、規模は大きいが、荒木村重謀反というのがどうも暗い。
 織田軍に包囲され、籠城。本願寺も毛利からも援軍はなく、村重は家来も家族も捨てて逃げている。これで落城。もう残った家来はやる気が失せたのだ。だから攻城戦で本丸まで攻め込まれたというより、戦う気がなくなったので、逃げた。
 そういう城を再建した場合、この説明が今一つテンションが下がる。
 当然村重時代は尼崎も村重の領土。神戸も。
 さて、尼崎寺町、年寄りグループが説明を聞きながら金魚の糞状態で回っているのだが、何度も前後する。同じコースを辿っているためだろう。
 あとは若い女性がいるが、中国か台湾あたりからの観光客だろうか。あとはカップルがデートコースとして歩いている程度。あまり見て歩いている人はいない。だからすいている。
 人がびっしりいるのは尼崎ダンジョンのほう。平日なので、そんなものだろう。
 それで最初の目的の尼崎城だが、寺巡りでもう満足したので、行く気はないし、場所も分からない。
 しかし偶然天守閣が見えた。阪神尼崎の東寄り、大阪寄りにある。昔の山陽街道である二号線沿いとも言える。古くからある地名では大物が有名だろう。その近くだ。これは歴史上よく出てくる地名だ。
 天守は見えているが、川とか運河、これは尼崎城時代の堀なのかもしれないが、神戸側からの攻め口がない。さらに海側から回り込むが、城下らしい風景などなく、マンション群。見て歩くような下町も、商店街もない。まあ、北側から攻めればそれなりにコースができているのかもしれないが、それは次回。
 結局二号線の南側の道、海側の裏道で大阪側へと進む。そして北上すると、そこが阪神大物。
 戻りは五合橋線ではなく、別ルートで戻る。古い街並みが少し残っているところがあるので。
 それと、夕方前に行く喫茶店にそのまま直行するため。
 この散歩で、昼ご飯も、昼寝もなかった。
 お供のカメラはペンタックスK70に28から200付きのキットレンズ。光学ファインダーで覗くお寺の屋根や、仏像はやはり鮮明で、写し甲斐があった。
 
 
 
■■ 2019年9月19日 木曜日 午前9時16分
 
 今朝も晴れているが、少しひんやりとする。陽射しがあるので、昼は気温が上がるだろう。秋の深まりは朝夕から来る。当然夜はもっと深まっているが、これは寝ているので、分からなかったりしそうだが、寝冷えするほど寒いと目が覚めるはず。
 昨夜は寝る前から掛け布団を使っていた。まだペラペラの夏布団だが、何とかなる。掛け布団なしで寝ることもあるので。
 しかし徐々に使うのが普通になっていくだろう。そして夏布団では頼りなく思い出す。
 晴れていて爽やかなのだが、風が強い。朝の喫茶店までの道は向かい風で、逆風。強いとペダルが重い。夏場、どの方角から風が吹いていたのかは忘れたが、一日の中でも風向きは変わるようだが逆にはなりにくいようだ。そして風向きというのは細かすぎる。雨や気温はほぼその一帯同じだが、風向きは地形の影響を受けるし、道のようなものができており、それは見えない。風の道だ。川のようなものかもしれない。そしてコロコロと変わる。
 だが、あまり影響はないのだろう。ただ、空や海ではこの風の影響があり、風向きや風速が問題になったりする。
 涼しくなってきたので、秋物が必要だが、日中はまだそこまで寒さはないので、分厚い目のを着ると、暑苦しいだろう。
 涼しくなってきたのか身体が軽くなる。悪い箇所があっても涼しくなると治ることもある。逆に寒くなってくると悪化するのもある。季節の移り変わりで治ることもあるのなら、待てばいいのだろう。
 まあ、暑くて汗をずっと滲ませていた頃よりは楽になっているはず。
 朝、熱い味噌汁を飲んでも汗は出なくなったが、それでも扇風機を付けている。これはまだ九月なのだから、もう少しいるだろう。
 夕食後の徒歩散歩も続けている。もう足に違和感はない。初日は痛かったのだが、三日ほどでましになり、今は痛みはない。どれだけ歩いていないかだろう。ただ、日常移動で足は使っているのだが、それなりの距離を歩き続けると言うことはない。
 自転車が足になると、徒歩よりも距離が伸びる。だからそこを歩いていくということは厳しい。自転車を一切使わなければ、行動範囲は狭まるが、歩いて行ける。自転車距離を徒歩で行くとなると、とぼとぼと長い距離を歩かないといけない。これはいつもの時間内では届かない距離なので、日常移動コースを変えないと、一日内では収まらなかったりする。
 まあ、自転車移動距離程度なら徒歩でも行けるのだが、やはり時間がかかる。
 涼しくなってきたので、歩きやすくなったが、以前に比べ、歩いている人が少ない。日課としていた人もやめてしまったのか、または、もうこの世の人ではなくなっているのかもしれない。
 
ペンタックK70の続き
 この時期、一眼レフレックスカメラというのは時代的にどうなのかと思うが、だからこそ注目した。しかもこの時代、あまり見かけなくなったペンタックスのカメラはどうなのだろうというのもある。これは捻りすぎて考え落ちしたようなものだが、実は一番素直なメーカーではないかと思ったりする。一眼レフと言えば、ペンタックスだろう。そのイメージが強い。しかし、ミラーレス時代になり、今更一眼レフには戻れないという人も多くいるはず。それだけ実用性が高く、便利なためだ。ミラーがないことで、色々なことができる。
 ただ、最近の一眼レフはニコンもキャノンも半分はミラーレスなのだ。ファインダーは使えないが、背面液晶だけになるが、ミラーレスと同じ恩恵を受けられる。
 だから、将来のプロ機は一眼レフとミラーレスの両方を切り替えるタイプになるかもしれない。ファインダーも背面液晶だけではなく、ファインダー切り替えのハイブリッドになったり、専用電子ファインダーが付属したりとかに。
 ミラーレスの良さは仕上がりが確認できること。だから合理的。さらにAFの合う位置が多いため、画面の何処に被写体があっても捕らえることが出来たりする。技術的な余地や目新しさはミラーレスの方に多く残っている。まあ、普通の一眼レフでも、ライブモードで同じことができるのだが、今のところ背面液晶だけの撮影になるので、そこがしんどいのだろう。
 そういう中にあって、取り残されたようなペンタックスの一眼レフを買うというのは、ここは隠れ里のようなもの。商店街の奥にある老舗のようなもの。ミラーレスに覆われていないメーカーだ。ただ出していないわけではない。一台だけミラーレスを出している。ただファインダーはない。下駄のように分厚いカメラだった。その後継機はない。
 またQシリーズがあり、小さな受光素子だがレンズ交換ができる。だからQマウントというのがある。それも後継機が出ないまま、黙っている。これにも電子ファインダーは付いていない。意地でもファインダーを付けないのだろう。ペンタックにとってファインダーとは光学ファインダー以外、あり得ないといわんばかりに。
 さて、K70だが、これは手に入りやすいカメラで、このクラスでは一番新しい。それでも数年経過しているが。安いタイプはKシリーズとSシリーズがあり、SシリーズはS2あたりで止まった。
 
 K70は結構小さく、向かって右側の肩がないほど狭い。ここにはダイヤルなどがないため、それでいいのだが、これで横幅がぐんと狭く見える。カクカクとした四角い箱のようなカメラで、丸みがない。デザインは直線的。ただ小さい。コンパクトな一眼レフを作るメーカーだっただけに、それがまだ生きているのだろうか。MEやMXのようなAF一眼以前は小さかった。ただ、デジカメになってからは、それに拘らないようで、AF一眼レフ時代の形を踏んでいるのだろうか。持ちやすく構えやすいという実用性を取っているが、そうではない個性的なデザインのも出している。S1だろうか。
 最近出したものではXPがあるが、グリップの突き出しが浅く、望遠など付けたとき、持ちにくいだろう。だからグリップが売られている。ただ、シャッターボタンはグリップの先にあるほうがいい。
 K70は実用性を取った。だから重いレンズでもグリップが効いているので、持ちやすい。
 電源レバーはグリップの先にあるシャッターボタン受け皿と同軸にある古典的なもの。片手でカメラを取り出したとき、片手で電源を引ける。ただ、その先にさらに電子ダイヤルがあり、間違って、それを引くことになるのだが、こちらは回るので、それで違うとすぐに分かる。
 この前ダイヤルとは別に背面側にもダイヤルがあり、所謂2ダイヤル式。これは中級機以上にあるとされているが、オリンパスなら初級機でもある。ただ軍艦部に二つあると窮屈だが。
 電源レバーはオフ、オン、動画と三段式なのが少し気に入らない。引きすぎると動画になってしまうし、戻すとき動画側に引いてしまったりする。まあ引けばオン、戻すため押せばオフと覚えておけば、問題ないだろう。
 まあ、動画モードになると、ミラーアップするので、その音で分かるが。動画は写せるがファインダーは光学式。昔の8ミリカメラかと思うほどだが、背面液晶でしっかりと写せるが、動画が写したいのでペンタックスK70を買う人はまずいないだろう。おまけだ。ただ、光学ファインダーの澄んだ画面で動画写せる。これはこれでいいのではないか。写したことはないが。
 軍艦部はあっさりとしており、ゆとりがある。でんとあるのは撮影モードダイヤル。絞り優先とかシャッター優先とかがある、いつものダイヤルだ。
 その中に感度優先モードがあるのが異色。感度優先なので、絞りもシャッターもカメラ任せ、感度だけ弄るということだろう。よく聞くモードではない。
 プログラムモードとオートモードがあり、オートモードがシーン自動認識が効く。手動でシーンに合ったものに合わせることもできる。このあたりはよくあるので書く必要はないが、プログラムモードとオートモードとの違いははっきりしているので分かりやすい。
 分からなければオートで写せばいい。
 絞り優先とシャッター優先を同時にできるのがハイパーモード。そういったモードはないのだが、前後にある電子ダイヤルによるプログラムシフトのことだが、二つの電子ダイヤルで、シャッターだけを動かすとか、絞りだけを動かすとかができる。だからプログラムシフトの発展型。好みの絞りやシャッターに持って行ける。だから、絞り優先モードやシャッター優先モードに入れたのと同じ。
 二つの電子ダイヤルに振り分けてあるのがミソ。
 ただし、それはオートモードでは反応しない。ダイヤルを触っても無反応。間違って触ってしまう恐れがないので、それはそれでいい。
 これをハイパーマニュアルといっているはずだが、かなり前からそれはある。お家芸であり伝統芸だ。
 ハイパーマニュアルができるのはプログラムモード。
 だからここに入れておけば、絞り優先やシャッター優先に入れる必要がないのだろう。
 だから両優先機だが、普段はプログラムライン撮影でいけるところまでいけるので、露出はお任せという写し方でいける。ただ、絞り優先とかシャッター優先とかを使うのは露出ではなく、効果だ。背景をぼかしたいとか、高速シャッターで止めたいとか。
 このハイパーマニュアルと感度優先モードというのが、独自のはず。だから結構凄いことを思いつき、それをやっているメーカーなのだが、あまり目立たない。
 だからニコン、キャノンの一眼レフは、どちらも似たようなもの。
 まあ、そういう独自の機能を使うかどうかは使う側が決めるし、使わなくてもかまわないので、使わない人にとってはあってもなくてもいいことだろう。
 そしてペンタックスに期待しているのは、普通に写せる普通の一眼レフ程度。
 
 先ほどのハイパーマニュアルもユニークなのだが、それよりも簡単なのがある。それはTAモード。これは絞りとシャッターを自分で合わすので、マニュアルモードと同じだが、露出は考えない。えっと思うが、絞りとシャッターで露出を決める。露出は感度が決める。だから変化するのは感度。
 どうしてもこのシャッターで、この絞りの値で撮りたいという場合だ。当然無理な設定では感度が上がる。だから絵が汚くなるということもあるのだが、6400や一万を超えても、まあ、似たようなものだが、これは手持ちで写すときだろう。
 当然シャッターを優先させたいときはシャッター優先モードにすればいいが、これも面倒だ。
 だから色々なアタック方法があり、好みに合ったもので写せばいい。
 プログラムシフトも使っていないのに、それよりややこしそうなのがあっても使わない人は使わない。
 そのTAモードも感度の上限が気になり、ここに壁がある。
 ただし、上限感度設定は当然できる。またオート感度の上限がかなり広い。そこまでオートで自動的に上がるのかと思うほどだ。
 このカメラの兄貴分のXPなど、暗闇でも写るのではないかと思えるほど高感度の数値が天文学的。
 これはそんな値では必要ではないのだが、高感度でもノイズが少ないですよ、と言う程度の認識でいいのだろう。要するに高感度というよりも、ノイズ消しが上手いのだろう。だから10万とかの数字はただの目安。
 結局6400から12000あたりで怖くなるだろう。実際にその値で写してみたが、色も出ているし、特に問題はない。まあ暗いところなので、被写体に光沢や鮮明さが最初からないので、そんなものだろう。
 まあ、日常写しでは何が被写体になるのか分からない。ジャンルを超えるものを次々に撮しているようなものだ。花だけを写しに行くわけではなく、飛行機が飛んでおればそれも写す。夕焼けも写すし、人の後ろ姿も写す。
 だからフルオートの何でもありのオートモードから入るのがいい。ほとんど露出だけのモードに近いが、シーン自動認識が効くので、風景だと、それなりに絞ろうとする。
 そして絞りやシャッターの値が気に入らなければ、電子ダイヤルを回せば、そのままハイパーマニュアルになり、任意の絞りは後ろダイヤル。任意のシャッタースピード値は前ダイヤルで合わせればいい。ただしどちらかを動かすとどちらかがそれに合わせて動く。両方任意の値に合わせたければTAモードにすればいいが、今度は感度だけが派手に動きそうだが。
 まあ、色々なアタックの仕方があるということだろう。
 
 さて画質だが、この画質がいいので、ずっとペンタックスを使っている人も多いはず。ただ、とんでもないほどの高画質とか、鮮明とかとは違う。結構大人しく、優しい絵だ。落ち着いた絵と言ってもいい。そしてペンタックスらしさとは、たまにとんでもない絵が撮れること。二度と同じものが撮れないような、何らかの条件が揃ったときだろうか。
 撮ってみなければ分からない絵が出てくる。当然光学ファインダーなので、仕上がりは見えなが、それでも意外な画質になることが多い。そういう風に写っていたのかというような。これは確かにプロ機としてはばらつきがありすぎてで使えないかもしれないが、意外な絵が撮れるし、それが読めないというのもいい。ここにペンタックスの醍醐味があったりしそうだ。
 何処がどうというわけではないのだが、そういった偶然性がこのカメラにはある。
 その楽しさは光学ファインダーで写すほど効果的だ。電子ファインダーだとある程度分かるためだろう。
 28から200相当のキットレンズはボケが綺麗。二線ぼけとかはない。円ボケも綺麗な円で濁りがない。玉ぼけのことだが、これが見事。
 確かにこのカメラ、普通に写しても、何となく雰囲気が違う。以前からそれが気になっていたのだが、これは個人的に写して楽しめるカメラだと言える。
 少し僻地っぽいカメラだが、一眼レフの清流が流れている。
 
 
 
■■ 2019年9月18日 水曜日 午前9時18分
 
 今朝は久しぶりに曇っている。雨が降るかもしれない。しばらく降っていない。結構秋晴れが続いていたのだろう。これはこれで珍しい。
 曇っており、さらに気温も低い目。陽射しがないためもあるが、夜も涼しかった。十日間予報の後半には最低気温が20度を切る数字になっていたのだから、徐々に気温が下がりだしていることは確か。流石にそれは月末近くなので、十月が見えてきている頃なので、そんなものだろう。
 そのためか、今朝は喫茶店の冷房もきつくはない。冷房も暖房もいらないのではないかと思える。今朝の気温は25度ほどしかないのだから。まあこれは暑くもなく寒くもないいい感じの気温で過ごしやすいだろう。これが秋なのだ。そして春にも近い。上りか下りかの違い程度しかないが、実際には違うのだろう。春特有の、秋特有の何かオプションがあるはず。無料だ。
 昨日は夏物最終バーゲンをまだやっていたのかどうかは見ていないが、チラリと横を通ると、ズボンが何本も吊されていた。これはスポーツものだろうか。だから前日までやっていたバーゲンとは違うようなので、寄らなかった。それよりも探しているのが夏物ではなく、秋物ジャケットの売れ残りなので、もう少し分厚いもの。それは今回のバーゲンではなかった。
 それで、ユニクロへ行く。前回見たときはマネキンが着ているのが一着あるだけだったのだが、見落としていた。コーナーの端、角の狭いところに安いのが固まってある。型落ちタイプか。もう売るシーズンを逸したとか、そういったのを詰め込まれている。同じものをずらりと吊されているのではなく、代表で一着だけ、ハンガー掛けか、マネキン。そしてワゴンの中に畳んで詰め込まれている。
 その中に、前回見たジャケット風のがあった。しかも色違いだが、大量にあった。サイズ違いと色違いを含めると、結構残っていた。
 探していた秋ジャケットとは少し違うが、ユニクロではこれが一番近い。
 値段は2千円台。デニム地の定番カッターシャツなどと一緒に並んでいる。違いは腹にポケットがあること。そして生地が少しだけふんわりとしている。裏地も少しだけ凸凹としており、ペラ一枚の生地に近いが、綿生地の加工が上手いのだろう。肌触りがそれで違う。まるで化繊だ。しかもツルッとした感じではなく、フワッとした。
 それでSサイズを試着すると、袖がちょうど。真冬ものならMがいい。袖も長い目になるので、引っ張れば指まで隠れるので。しかし、秋物なので、長いと暑苦しい。Sサイズでもそれなりにゆとりがあるが、やはりユニクロものは細身。太った人なら、ピチピチだろう。布のシワとか流れなどがまったく見えないような。濡れ紙を身体に貼り付けたようになるはず。
 もう少しふんわりとしたものがいいのだが、それではジャケットではなく、ブルゾン系になる。ジャンパー系が少し入ってくる。袖に絞りが入るとか、襟が深すぎるとか。
 だから、昨日買ったそれは、国民服のようなデザイン。ただ、胸ポケットは一つしかないが、心臓側にあるので、右手でタバコなどを取り出しやすい。これが逆だと、右手で胸ポケットをまさぐるとき窮屈。だから胸ポケット一つタイプは心臓側にあるのがいい。煙草なので心臓のガードになるわけではないが、ライターも入っているので、それで弾を受けたりするかもしれない。
 まあ、胸ポケットに入れていたカメラが弾よけになったというのは実際にある。カメラは壊れたが。
 しかし、この時期、少し涼しくなり出した頃はジャケット系ではなく、薄めの綿のパーカーが一番楽。こちらはさらにゆったりしている。まあ、薄い目のバスタオルを被っているようなものだが。そしてフードがついてくるので、これで寒いときでも、凌ぎやすい。
 昨日の夜は早速ユニクロで買ったそれを着て百均へ行く。蛍光灯が切れてしまい、炊事場が暗くなった。天井ではなく、窓際にある蛍光灯。これが一番長いタイプで、昼間はいいが夜は手元が暗くなる。天井側の蛍光灯の影になるためだ。
 まあ、見えないわけではないが、この蛍光灯一日中付けている。消さない。いや、消えないのだ。
 それはスイッチが引っかかり、引いても固いまま。バネが死んでいる。だから消すには蛍光灯をぐるっと回して外さないといけない。ずっと付けているので、これは流石に熱い。
 この蛍光灯百円。三年か四年、ずっと付けているのに、かなり持つ。付けたり消したりしないほうが長持ちするのかもしれない。
 それで、チカチカし始めたので、スイッチを引くと消えた。バネが生き返ったのか、たまに上手くいくときがあるが、何度も引っ張らないといけない。力を入れすぎると、抜けたりするので、優しく引くのがコツ。
 それで夜だが、百均は遅くまでやっているので、買いに行く。すると日立からも出しているのか、並んでいる。だが、長持ちしたのは日立ではなく、聞いたことのないメーカー。だから、敢えて日立を避けて、以前買ったものをまた買う。
 それとペンタックスK70も持ち出し、ついでに夜の街角なども写す。だから、忙しい。
 流石にこのクラスのカメラになると、安心して写せる。ピントも結構早いので不足はない。光学ファインダーなので、暗いところではファインダーも暗い。昼間のように明るく写せる設定をしてもファインダーには反映されない。そのかわり夜の街が澄んで見える。暗いと赤外線を発するので、それを切る。まあ、赤いランプが一瞬点滅するだけなので、スマホでも使っているように見えるかもしれないが、結構赤く照らしていたりする。遠いとき、赤外線は届かないので、無駄なことをしているので切る。しかし、近くでかなり暗いところでは、これを発射したほうがピントは合いやすい。
 そしてこのカメラ、AFモード中でも切り替えなしでマニュアルフォーカスができる。ピントリングを回すだけでいい。一時的にマニュアルフォーカスになる。シャッター半押しにすると、AFに戻る。暗くてピントを撮りに行きにくいときは、この方法で全面マット式ピント調整になる。レフ機なので、ピントを目で確認しやすいように磨りガラスのようなのが仕込まれている。これは昔なら交換できた。全面マットとか、真ん中にギザギザが出るタイプとか、線が出て、それを合致させるタイプとか。
 全面マット式が一番難しいのだが。
 このカメラのキットレンズのピントリングは機械式で、電気がなくても動く。しかもAFとの切り替えレバーで、AF時はリングはロックされないタイプ。だからリアルタイムマニュアルフォーカスができる。いつでもマニュアルになるということだ。切り替えなくてもいい。
 まあ、切り替えレバーはマウン近くにあるので、それを引くのも苦にならないが。分かりやすいところにあるし、手がすぐに届く。
 
新書太閤記その3本能寺の変 吉川英治
 本能寺の変から天王山の戦いあたりまでを読んでいるところだが、後半の大きな山場だろう。
 それまでは信長が主人公のようなもの。秀吉の物語と信長の物語が重なる。当然主人公は信長になる。大きな動きをしているのは信長のため。秀吉側からでは手柄話になる。
 そして太閤記なので、秀吉が主人公のため、墨俣の一夜城あたりから美濃や近江を取り、京の都に入る、所謂軍事的上洛を果たすまで、そのほとんどのポイントで秀吉が活躍し、信長以上に働いていたりする。これは太閤記のため。
 だが、秀吉と共によく出てくるのは家康。秀吉の話なのに、家康の話が結構続く。武田信玄との戦いなど。騎馬軍団を少ない兵で挑む。戦国最強と言われた甲軍。
 桶狭間で今川義元が亡くなってから、家康は信長を選んだ。配下になるのではなく、同盟。つまり、後方の抑えなのだ。親分子分の関係ではなく、兄弟分の杯。家康は武田が出てきたときの織田の楯。
 家康にページをかなり割いているのは、家康のことが描かれていないと、秀吉が描けないということらしい。これは秀吉と家康との対比だ。信長は始終出てくるので、始終描かれている。
 鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。
 鳴かぬなら殺してしまえホトトギス。
 鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス。
 鳴かぬなら私が鳴こうホトトギス。これは戸川純。
 これが光秀に近い。
 ただ、私が泣こうホトトギスになるが。
 上から秀吉、信長、家康の順。よく知られているたとえだ。
 結局秀吉の最後の敵は家康。これは長久手で対峙したが勝てなかった。だから最終戦で出てくるので、家康についても多く枚数を取っている。
 だが、秀吉の人柄、家康の人柄で、結局は家康は秀吉の家臣になるが、これは形の上だろう。家康を倒すとなると、戦国時代がもっと長引く。
 
 さて、美濃攻めあたりから信長の前に姿を現すのが浪人の明智光秀。
 司馬遼太郎の国盗り物語では、信長と光秀は並んでいる。その対比の話ではないが、いずれも美濃の斎藤道三の弟子筋、後継者という設定になっている。国盗りの続きを二人で、ということだ。
 山崎の油屋が美濃一国取ってしまった。次は天下をということだが、老いてしまった。
 さて、光秀に天下への野心があったのかどうかは分からない。信長にはあった。だからこそ残忍なことをしてでも、時代をひっくり返そうとした。秀吉はそれを助けた。だが、ある意味信長の弟子のようなもの。一番信長の意志を共有していたのではないかと思える。
 ここで大義というのが出てくる。吉川英治はそれを大乗と小乗で分けている。仏教だ。信長のやった行為をこれで説明している。私事、自分だけが悟ればいいという感じではないような。
 今回は本能寺の変だが、それがどうして起きたのかを一応丁寧に説明している。
 流浪の将軍を連れてきた光秀は、上洛への名分を信長を持ち込んだようなもの。私戦ではなく、足利幕府再建でこの国の秩序を回復させるため。中央で統治する人がいないのだ。だから群雄割拠の戦国時代。
 それで光秀を大事にした。最初から高禄。だが、それだけで認められたわけではなく、とにかく賢いし、ものをよく知っている。織田家にそのレベルの人はいない。それで、信長はことあるごとに光秀と相談し、手元から離さない。幕僚になった。参謀格だ。織田家にそのスケールの武将は秀吉がいるだけ。
 これが良い時期だ。だから真っ先に叡山焼き討ち後、その麓の琵琶湖畔の坂本を与えられ、大名になっている。秀吉より、出世が早い。
 ここまでは秀吉以上に良い関係だった。信長にとり、光秀と秀吉はお気に入りの武将だったのだろう。それだけ役立つ人間。いずれも織田家の旧臣ではない。新入りだ。
 やがて信長の気持ちが変わりだし、キンカン頭と呼び捨て、折檻するようになるのだが、その理由を吉川英治は一応説明している。光秀は本心を見せない。腹の内を一切隠す。酒宴の席でも本当に酔っていない。しらふのままでいる。素地を表さない。これはたしなみだろう。
 光秀に取り、それはみっともないと思っているのだろうか。こういうとき対照的なのが秀吉。要するに可愛げがあるのだ。
 またもっともらしい型通りの受けごたえしかしない光秀に比べ、秀吉は機知に富んでおり、信長が喜びそうなことをいう。期待通りの反応をしてくれる。「ういやつじゃ」という感じ。
 まあ、秀吉とちがい光秀の家柄は良い。信長の織田家よりよい。水色桔梗の土岐源氏。室町礼法も身に付けている。この時代最高の教養人だとも言われている。
 NHK大河ドラマ国盗り物語では、信長と初めて対面する光秀のシーンで、顔を上げない光秀を不審がる。何度か言われてやっと面を上げるのが礼儀、それを知らない信長を、このたわけがと呟くシーンがある。要するに馬鹿かと言っているのだ。これを若き日の近藤正臣がやっていた。信長は高橋英樹。顔の大きさが違うので、後ろにいる信長の顔のほうが大きかった。遠近法の壁を越えていた。
 ただ光秀は上に対しても下に対しても、慇懃で、誰に対しても敬語に近かったりすると新書太閤記にはある。
 
 光秀の謀反。これは色々な説があり、吉川英治もそういうのを参考にしているのだが、結構ストレートで捻っていない。直接の原因は家康の接待役を降ろされたところから始まる。それまでも色々と虐められていた。それをずっと耐えていた。そうでないと坂本や丹波を含めた四十万石以上の大大名、家来が路頭に迷う。それに故郷の城から逃げ、流浪の浪人者だったのを四十万石の大大名にしてくれたのはこの信長。他のどの家来よりも先に。
 柴田は北之庄。結構大きいが朝倉領だった場所。しかし佐々や前田と一緒。それに琵琶湖畔の坂本は安土に近いし、京にも近い。
 亀岡から丹波にかけては将軍家の直轄地だったところだけに、都に近い。近江は色々と分割され、秀吉や丹羽長秀の城もある。しかし丹波はそのまんま光秀が取っているようなもの。
 本能寺の変のとき、よくいわれることだが、都や安土で何かあったとき、最大兵力で駆けつけられるのが明智軍だった。40万石。無理をしなくても一万五千ほどは動員できる。岐阜に信忠がいるが、遠い。
 
 さて、謀反へ至る過程を吉川英治は丁寧に説明している。信玄亡き後の甲斐の武田攻めあたりから、その兆しがある。
 これは簡単な戦いで、それほど苦労して武田を滅ぼしたわけではない。僅かな抵抗があった程度。
 それを祝う席、光秀はいつも酒の上でもくだけて本当に嬉しくて楽しんでいるようには見えないところが信長が気に入らないことを知って、朗らかに丹羽長秀と酒を酌み交わしながら話している。酒に強くない光秀だが、結構飲んで赤い顔をしている。態度を改めたのだ。信長のために。
 そこで話した内容が信長のかんに障った。武田が簡単に落ちたのは我々の普段の力が云々といったためだろう。丹羽も大した働きをしていないが、光秀もしていない。
 我らの働き、ここが障った。お前がいつどんな働きをしたのかと、信長が切れた。周辺はそこで興ざめ。あとは折檻。40万石の太守を壁に押しつけたり、襟首を掴んで倒した。重臣達のいる前で。ただ秀吉と勝家はいないが。それでも今は丹羽も越えているので、その場では秀忠以外では最高位だったはず。
 こういうのが、何度かある。大河ドラマ「国盗り物語」では「殺してやる」と光秀は足蹴にされながら呟く。流石に新書太閤記では、我慢に我慢を重ねる光秀。理性の人なのだ。押さえが効く。それを分かっているので、信長は光秀に恥をかかせたのだろうか。どうせ何もできないと。しかし、これは導火線になる。他の重臣達は見ない振りをしていた。気の毒なのだ。
 このとき信長の上に立つものはもういない。怖いものなし。御門以外は。
 信玄と前後して謙信もなくなっている。脳溢血だろうか。
 さらに強敵だった本願寺も、朝廷が入り、大坂から立ち退いた。戦いには勝てなかったが、本願寺を攻め滅ぼすつもりはなかったので、立ち退いてくれればそれで良いのだ。おそらく海洋の便が良い大坂に本拠地を置こうとしていたのだろう。秀吉が引き継ぐことになるが。
 増長、それを止める人はいない。誰もが信長を恐れる。
 上手く立ち回り、信長お気に入りの秀吉とは対照的に、そういったキャラの相性が悪かったのだろう。
 本能寺の変の数ヶ月前の虐められ方はかなり厳しい。急に家康の接待役を外される。三人ほどいただろうか。おそらく一番光秀が有能だったはず。それが家康がまだ接待を受けている最中に外される。これだけでも笑いものだ。家来は泣いている。
 理由は魚が腐っていたとか。しかし、そういう季節だが、腐ってはいないはず。ただ、時期が時期なので、ハエがたかるのは仕方がない。鮮魚屋でもハエエ取り紙のテープを垂らしていた。
 それらのよい魚まで全部安土城の堀に捨てた。光秀よりも、家来のほうが悔しがった。
 さらに中国攻めにすぐさま行くようにとの軍令。信長から直接命じられたわけではない。使者が来て命令を伝えただけ。
 秀吉は山陽道から光秀は山陽道から毛利へ迫れという着想は良いし、先に司令官として行っている秀吉が山陽道は当然問題はない。光秀が山陽道でもかまわない。
 しかし、今後は秀吉の差配を受けよとの命令。これは家来も意外だっただろう。
 何故なら秀吉、柴田勝家、光秀は同格。だから客将としてなら分かるが、配下になれというのは、格が一つ下がったようなもの。これは秀吉の格が上がったことになるのだが、まだ毛利の主力と戦っていない。水攻めしている最中。そこに毛利本軍が三本の矢のように三万から四万で近付いて来ているのだ。
 当然信長も家康の接待が終われば、すぐに中国筋へ出陣することになる。だから、光秀を早い目に立たさせるため、家康の接待役から外したのかもしれないが、光秀も家来もそうは思わない。
 秀吉は信長から采配を預かっている。これで兵を動員できるのだ。織田軍団を使えるということ。だから格はこのとき秀吉の方が上と言うことは確かだが。そしていちいち安土に相談しなくても、勝手に決めてもいい。だが秀吉は小さなことまで、指図を扇いでいる。上手い。
 
 光秀はさらに丹波や近江の坂本から国替えのように、山陰方面を領地にせよという話。まだ取っていない敵地への国替えのようなもの。
 まあ、雇われ社長のようなもので、自分の会社ではないのだから仕方がない。命令一つで、領土替えになる。
 将来への不満。それにもうそこそこの年。
 武田滅亡後の祝賀会で折檻を受けたとき、美濃の斉藤家に仕えていた絵師が訪ねる。慰めるためではないが、絵でも書いて余生を送るのもよしというようなことから、絵のお手本を書いて立ち去る。光秀はそれを見て練習しだしたので、重臣の斎藤利三は安心する。
 その絵師、元は斉藤家の侍。信長から安土城の襖絵のようなものを頼まれるが、断っている。主家を滅ぼした相手に、絵など書いてやるものかとばかり。そういう怖い心。それを光秀に感じ、絵を勧めるというエピソードを吉川英治は入れている。光秀の中に潜む本性、怖いものを見たのだろう。それは出してはいけないと。
 絵の練習をしている光秀を見て重臣の斎藤利三も安心する。あっちへ行かないように。
 そのあっちとは怒りの感情。光秀が持っている爆弾。そういうのがある人。ただの文化人ではない。
 そして吉川英治が言うには、先読みしすぎる人。先が見えてしまう。だから想像してしまう。
 織田家臣団の前で大恥をかかされたあたりから反旗という噂が少し出た。状況から見て、あってもおかしくない。
 秀吉と光秀の会話もある。中国から一時帰国していた秀吉が立つ日の安土で。
 落ち込んでいる光秀が秀吉に合いに行く。秀吉は出る直前だったが合う。秀吉は何となく分かっている。色々と噂があるためだ。そんな噂など気にしてはなりませんとか、軽く流すように光秀に伝える。真顔ではなく。このあたりが秀吉の上手いところ。人に対する接し方が上手いのだ。
 光秀は言い出しかねていたことを秀吉にいわれ、来た甲斐があったと思ったようだ。これなら、もっと早く秀吉に相談すればよかったと。しかし、対信長に対する処置方法は秀吉と同じ方針。織田家分裂を狙った流言だということにした。
 しかし、別に反旗、謀反の気がない旧臣、重臣と言ってもいい。初期からいる林や佐久間をあっさりと追放している。
 佐久間などは大軍を与えられ、最大の敵となっていた本願寺攻めの司令官。だから重臣中の重臣。林は父親が付けてくれた家老。あまり力はないが、最年長ということで、柴田などのエース格にも睨みがきく。それを追放。素っ裸で、追い出した。
 これがある。明智家もいつそれになるかもしれない。その兆候が、あまり気に入られなくなったこと。
 安土で出陣の命を受けた朝、出陣前に信長と挨拶しようとしたが、断られている。
 それまでは、信長のいた岐阜城に来た光秀が立つ日は、決まって見送ってくれた。どんな時間帯であっても。
 新書太閤記では、こうして考えられる限りの謀反に走った動機になりそうなのを上げている。それも物語の中のエピソードとして。非常に丁寧に埋め込まれている。
 
 そして安土から本拠地亀岡に戻るとき、坂本に立ち寄る。ここも明智家の所領。琵琶湖畔の近江だが四郡を持っている。坂本城で、叡山の登り口。
 安土で家康の接待役のため連れてきた兵は二千ほどいただろか。千かもしれない。その足取りが重い。それでいったん坂本で休憩してから、亀岡に戻るつもりだったが、数日間、坂本に滞在している。出陣命令は既に出ているのだ。既に信長も中国へ行く用意をしている。家康への接待が終われば、すぐに出るつもりだったのだろう。それでは遅いので、先に光秀を立たせたのかもしれない。毛利本軍が三万から四万来ているのだ。秀吉側は二万ぐらいだろう。これは宇喜多勢を加えての数。本拠地姫路から連れてきた秀吉軍は一万少しぐらいだったと思える。あとは与力として織田軍団の誰かが来ていたはずだが。
 
 坂本城での数日間。吉川英治はここを注目した。それまでの歴史家は、そのあとの愛宕神社での連歌会など、そちらから入るのだが、謎の数日間が坂本である。
 この間、気持ちが本当に現実的に動いたのではないかといっている。
 坂本城には従兄弟の明智光春。年はそこそこ離れているが兄弟のようにして育った。光秀の父親が死んでしまい、その弟、つまり伯父が大事に育てた。だから従兄弟の光春との関係は長い。
 明智の城から二人で逃げている。伯父は明智光安だったと思う。織田戦ではない。明智は斎藤道三についたため、道三の子と戦い、敗れた。
 明智本家の子供が光秀。だから光安は分家なので、我が子以上に光秀を大事にした。だから、学問とか武芸とか、良い環境で、しっかりと学んだのだろう。
 その従兄弟が心配そうに、光秀をもてなす。あっちのほうへ行かないように、行かないようにと。
 逗留中、光秀は叡山に登る。焼き討ち以来、立ち入り禁止。だが、叡山の生き残りの僧侶が坂本城によく来ているらしい。再建を頼みに。当然明智光春は、以ての外と追い返している。誤解を受けるので。だが何度も何度も城の門を叩く。これは安土に聞こえるとまずいだろう。
 その叡山へ光秀が登る。光春は出し抜かれる。早朝すぎて、気付かなかったのだ。馬ですぐに追いかける。
 光秀としては線香の一つでも、ということだったが、立場上、よくない。
 山頂は燃えたままの状態で、無人だが、小屋があり、そこに下級の僧侶がいる。頂上へは京の所司代の許可がいる。
 そこで妙な老人に光秀は出くわす。医者だ。しかも信長お気に入りの名医。
 光秀も顔ぐらいは知っていた。
 老医師は光秀の顔色を見て、これは病んでいると判断。
 これは、ノイローゼ説だろう。
 本能寺の変で信長を殺したのは普通の神経ではなかったからと。
 暗にこの名医、光秀が何かしでかすのではないかと、心配しているが、それは心の病として捉えている。
 坂本での数日間で謀反を本気で考えた、と吉川英治は考えているようで、その間休養しているのだが、その期間が長い。いつまでも坂本にいる。
 そして坂本を発つのだが、光春は光秀が落ち着いたものとみて、少しは安心する。そちらの方向だけは行かせたくないのだろう。
 これは結果が分かっているからこそ言えることで、数日後、本能寺の変があることを誰も知らない。知っているのは光秀だけ。ただ、信長が安土を出て京の本能寺へ向かっているという情報を得てからだ。
 しかし、綜合的に判断して、謀反というより信長を殺すしかないというのはほぼこの間に決定したのではないかといっている。
 そして何度も何度も、それを打ち消し、中国筋へ向かうべきだとも考えていたようだが、それでは気持ちのモヤモヤが落ちない。すっきりしないのだ。ずっとこのまま一生送るのか、そして、状況はもっともっと悪くなる。そしてもう年。若い頃から何のために生きてきたのか。
 天下を取るのが目的ではない。若い頃の情熱は天下を動かせるほどの人物程度だろう。しかし、このままではずり落ちてしまう。
 
 さて、坂本から亀岡へ戻るとき、中国筋へ向かう信長のお供衆、つまり人数を確かめに行かせる。これは坂本にいるとき、調べさせていたのだろうか。どれぐらいの兵力で京に入るのかを調べさせている。これが決定打だろう。信頼のできる家来に頼んでいる。これで、この家来も薄々分かったかもしれない。
 するとお供には名のある武将はいない。小姓だ。その他を入れても五十人もいないだろう。小姓というのは子供のように若いのが通常。信長の次は森蘭丸。二十歳半ばだが、まだ小姓姿。あとはそれ以下の年頃。屈強な旗本衆ではない。ベテランの武者がいないのだ。だから兵を連れて入京とは言いにくい。それほどまでに安土と都も治安がよかったのだろう。
 これは先に息子の秀忠が千か二千の兵で京にいるためかもしれない。本能寺とも近い。あとは所司代がいるが数百だろう。
 要するに市街戦になったときの明智軍の敵は信長ではなく、まとまった兵を持っている信忠軍だ。
 また本能寺や信忠の宿舎の寺だけではなく、織田家の家臣が分宿している。普通の宿屋にも織田軍はいるのだが、散らばっているのだ。
 京を取った信長の初期、三好あたりが奪い返しに来た。そのとき秀吉が京を守っていたのだが、僅かな人数だ。防ぎようがないほど少なかった。このときは摂津の荒木村重が駆けつけて、何とかなった。だから、今回、特に不用心ではない。いざとなれば、亀岡から明智軍が救援に来る。その明智軍が襲ってくるのだから、何ともならない。
 それにしても本能寺の人数が少ない。五十人ぐらいで来て、寺の守衛のようなのが五十人ほどとして百人程度。
 この情報が決定打だろう。迷っていた光秀も、今をおいて信長を殺すタイミングはない。天が与えてくれた偶然のようなもの。
 この信長の油断がなければ、光秀は実行しなかったはず。信長は光秀にひどい仕打ちをしたとも思っていないのだろう。それにたとえ、虐めすぎたと感じていても、謀反まで起こすとは思うわけがない。外の敵ではなく、内の敵に信長は討たれたことになる。外へ対しての神経を、内に向けなかったのだ。そして明智光秀という男をなめていた。
 
 亀岡に戻ってから主だった家臣にそれを伝える。誰も反対はしない。それまで家臣達も耐えていたのだ。だから理不尽な仕打ちで泣きながら安土から戻ってきたようなもの。
 ただ、小説なので、ここで一人だけ猛反対をする人間が現れる。明智光春。兄弟のように育ち、家族同然の従兄弟。ここで口論になるが、光秀の決心はそれでは覆すことができない。二人の会話次第では武者隠しの中に潜んでいる家来衆が光春を殺すだろう。
 愛宕山での連歌の会。時は今、雨がの、あの句だが、これは偶然だろう。これを聞いて、ドキッとした人はいなかったはず。変後、連歌師の一人の証言がある。まったく気付かなかったと。この連歌師は中立的な人で、公平な人。しかし、気付いていたとは言えない。知っていたのに通報しなかったとなる。こればかりは分からないが、その答弁によると、自分の頭には、そのような非常識な想像は最初からしていなかっので、連歌師だが、連想できなかったようだ。
 ただ、この間、公家の誰かと密会していたとか、背後に誰かいるのではないかというのは、吉川英治は無視している。
 最近の本能寺本系では明智家の子孫が書いたものがあり、それは読んでいないが、興味深いだろう。
 この吉川英治の新書太閤記の説明が一番素直で無理がない。だから、新味はないが、ここが基本だろう。
 それをズバリ言い切っているのは、重臣の斎藤利三。
 信長を殺すこと。それが全てで、それだけで良いと。だから、そのあとのことなどどうでもいい。
 だから、本能寺が燃え、信長の死が確実になったことを知った光秀が、自害しようとするエピソードもあったらしい。目的はもう果たしたのだ。
 東映任侠映画なら、我慢に我慢をしていたが最後は悪い親分を高倉健が斬り殺して、フラフラになったところで「完」。それで終わり。あとの話はない。
 しかし家来衆はそうはいかない。京に入った兵だけでも一万五千ほどいる。天下を取ってもらわないと困る。しかし、結果的にはほぼ全ての家来を道連れに、自害したようなもの。
 この斎藤利三が一番光秀を分析しており、これが吉川英治の思いに近いかもしれない。利三は冷静に判断している。
 それなら謀反を何とかなだめるように光春のように努力すべきだが、重臣である前に忠臣。だから目的はただ一つ。主人の悩み、苦しみを取り払うこと。その方法は一つしかない。その元になっているものをなくすこと。
 そして、目に物をみせてやることになる。本能寺を囲む水色桔梗の旗指物。信長も、これを見ることになるはず。
「是非もなし」と信長がいったとなっているが、これは誰が伝えたのだろう。信長が第一報を知った早朝だ。
 そして家来は全員死んでいる。ただ、宿泊中の客や、本能寺の僧侶や、女衆は生きている。信長が漏らした言葉が、そのあたりまで伝わったのだろうか。
 光秀の謀反は是非なし、仕方なし、当然だろうと言ったのなら、虐めすぎたかな、ということになるし、攻めてきたのが光秀なら、これは諦めるしかないという意味にもなる。逃げられないと。
 もし、是非もなしが、怨んでいたのかと、いう意味なら、光秀の痛みを分かっていながら、意地悪をし続けたことになる。本当に怒れば謀反ぐらい起こすだろうと、思っていたようだが、そこまで光秀が怒っているとは思っていなかったのだろう。
 わずか100人ほどしかいない敵に一万以上の兵を使うのだから、これは信長でも何ともならない。
 信長は奮戦し、やがて奥で自害する。もし抜かりがあったとすれば、信忠へ使いを出さなかったこと。すぐ近くの寺にいるのだ。直ぐさま岐阜へ逃げろと。
 信長なら、逃げただろう。しかし、本能寺からでは無理。だが信忠の寺なら千の兵がいるのだから、切り抜けられるはず。信忠一人の命だけ助かれば良い。
 第一報を聞いた信忠の判断は勇敢。しかし、千の兵を動かすには準備がかかるらしい。寝ていたのだから。だから、寝間着姿でも駆けつければ、少しはましだったかもしれない。そのうち宿屋に分散している織田の武者も駆けつけるだろう。
 信忠は本能寺へ駆けつけようとしたが、既に燃えていた。そして当然ながら明智軍が信忠のいる寺へも兵を送っている。
 もう一つ迂闊だったのは所司代。京の治安を守っているのだが、その所司代ご本人が遅くまで信長と一緒に過ごしていたので、かなり寝不足だ。それはいいが、明智軍が老坂を下り、桂川を渡り市街地に入ってきているのを知らなかった。通報がなかったためだろう。木戸などがあったはずだが、いずれも伝わらないまま。
 また、早朝だが既に畑に出ている農民もいたのだが、明智軍は殺している。
 所司代や木戸番のような人達が気付かないのも無理がない。盗賊や、ならず者ではなく、この時代の最新の武装をした織田軍のエース格の明智軍が来ているのだから所司代では敵うはずがない。
 当然誰もそんなものが都に入り込むとは思わない。三好の残党が京を奪いに来るとしても、予測されることは、手を打っていたはず。警戒していたはず。比較的に近くで襲ってくるとすれば、四国からだろう。これは船で堺あたりに上陸する。
 ただ、この時期四国で勢力のあるのは長宗我部。しかし、それを討伐に出ようと大阪で兵が集まるまで待っている最中。だから長宗我部はそれどころではなかったはず。
 つまり、軍事的な脅威は京にはない。安土にもない。だから、所司代が明智の動きが見えなかったのはあたりまえだろう。
 燃える本能寺、秀忠は、次に何をしたか。明智軍が来ている。自身が危ない。所司代の兵百人ほどが明智軍を突破して、信忠のところへ来る。
 この寺では守れないので、二条城へ移る。戦うつもりなのだ。逃げておれば歴史が変わっただろう。
 信忠は織田家の家督を既に継いでいる。だから全織田軍団の長も引き継ぐことになる。家督争いはない。だから清洲会議もない。
 京を脱出するとき、方々に軍令を出せばいい。京を出て、安土へ行けば、信長自慢の家臣蒲生がいる。
 そして秀忠の本拠地岐阜の美濃兵を集め、光秀を討てばいい。伊勢と尾張には二人の弟がいる。
 伊勢の弟は変を知り、出兵するが、伊勢そのものを留守にするのが怖いので、引き返している。
 中国攻めの詰めで信長が行くわけだが、その兵は何処へ行ったのか。信忠が先に京まで出たのだが千か二千では少なすぎる。摂津や大和の兵を連れて行く気だったのか、そこは分からない。
 まあ、信玄の息子勝頼と同じようなもので、勇敢だが、もの凄い大将ではなかったのだろう。それにまだ若いので、無理はない。
 そして秀忠を守る家老も頼りない。だが、美濃へ逃げましょうと家臣は進めたようだが、信忠は光秀と戦うほうを選んだ。この決断が、歴史を動かしたようなもの。
 そして二条城に籠城。だが、堀一つ程度の規模で、寺よりはまし程度。それに御門の第一子が二条城を使っているのだ。それで、移ってもらうことにして、二条城に立て籠もるが、織田軍団の誰かが来るまで籠城しようとする気がない。城を何度も出て、明智軍と戦っている。
 二条城のお隣は公家の家。その屋敷へ渡って、そこから抜け出せば、何とかなったかもしれない。
 しかし、それらは結果が分かっているので言えることで、信忠が生きておれば、秀吉は織田家の家臣のまま。
 そして家康と同じことをやることでしか、天下は取れなかっただろう。
 のちの清洲会議、明智を討った後、織田家をどう纏めるかという話だが、信忠は織田家の跡目を既に継いでいるのだから、そんな会議などする必要はない。武田信玄が亡くなったのなら、勝頼があとを継ぐ。何も問題はない。それと同じだ。上杉謙信がなくなれば、息子の景勝があとを継ぐ。これと同じこと。
 次男と三男がいるが家が違う。既に分家している。尾張と伊勢に。二人とも今一つ。本家は信長の次は信忠で、その次はその子供。これを秀吉が担ぐのだが。この子の母方のお爺さんは武田信玄、父方のお爺さんは織田信長と、もの凄い血筋だ。ただ、小さすぎる。だから織田家を継げても織田軍団を継ぐのは難しい。だから秀吉が担いだのだ。
 結局そのあと秀吉が好き放題できるのは、信忠までが亡くなったため。
 それでこの本能寺の変、ただの私怨による暗殺のようなものだったとしても、歴史がまったく変わってしまう。信長だけの死なら、織田軍団は続く。秀吉もその中の武将のまま。
 ただ、秀忠も、まだ若かったし、武田攻めのときも、かなり無理攻めしている。血気盛んだが、あまり優秀ではなかったのかもしれないので、やはり織田軍団の軍団長の誰かが後見人になり、実権を握っていたかもしれないが。
 
 豊臣家の最後、結局家康が奪い取っている。
 司馬遼太郎「国盗り物語」では光秀の死で終わる。そして時代は秀吉によって進められるとなっている。安土城の主から、大阪城の主の時代へと。
 だから、光秀の謀反は秀吉に道を付けてしまったことになる。
 ただ、信長は光秀を甘く見ていた。謀反など起こすような人柄ではなく、その逆だ。真面目で礼儀正しい。しかし光秀のその表のポーズは理性的に作ったものだと吉川維持が説明している。その奥に家来の誰も知らない野性を持っていたのだ。
 若い頃の光秀をずっと見てきた光春は、それを感じていたので、心配した。やるのではないかと。
 そして老臣斎藤利三や、斉藤家に仕えていた元武士の絵師も、それを見抜いていたのだろう。
 踏んではいけない虎の尾を信長は何度も何度も踏み続けていたのだ。
 
 
 
■■ 2019年9月17日 火曜日 午前10時02分
 
 今朝は晴れている。最近好調だ。好天続き。まだ暑いが、もう夏のようなことはない。平気で陽射しのあるところでも移動できる。30度を切っておればそんなものだろう。
 今朝は風が強く、油断していると帽子が飛ぶ。暑いので、帽子を浅い目に被っているため。また少し大きい目なので、ダブッとしている。深く被ればしっかり固定するが、それでは暑いし窮屈。紐で顎まで回すというタイプは、このタイプにはない。子供がそういうのを被っているし、おばさんもそれを被り、帽子が必要ではないシーンでは背中に回している。まあ、麦わら帽などはそうだろう。紐がある。だが、あの帽子は野っ原ではないと被りにくいだろう。
 夏物最終バーゲンは昨日までだったはず。連休が終わったので、特価コーナーも終わったはず。しかし、あまり売れていないと、延長しているかもしれない。夏物だが秋でも行けるようなのを選ぶ人が多いだろう。今なら安いので。
 秋物は既に普通の売り場に並んでいるが、それなりに分厚い。これは冬を見込んで長持ちできるようにだろう。秋だけで終わるともったいない。初冬の頃まで重ね着などで何とかまだ着られるようなのがいいはず。
 薄くてペラッとしたものでも、中に着込めば冬になった頃でもまだいけるだろう。ただ冬物の上着は中に着込むものと合体したようなもの。一着で済んだりする。
 それでバーゲンで探していたのだが、秋物ジャケットがなかった。夏物よりも、少し分厚い。まあ、その時期なので、売れ残りの特価品を探さなくても、いくらでも出ているのだが、高い。
 まあ、それは探す楽しさを残しているほうがいいだろう。ユニクロで一着だけ生き残り、マネキンが着ていたのが気になる。それが理想的な形だったのだが、その後行っていないので、どうなったのかは分からない。
 
 昨日は注文していたペンタックスの一眼レフが届いた。アマゾンの段ボールがいつもよりも大きい。元箱が大きいためだろうか。一眼レフとしては安いのだが、それでも高いので、中古を探していたのだが、なかなか良いのが出なかった。
 新品と中古の価格がそれほど違いが無ければ、新品でもいい。その中古価格が下がりだしたので、狙い目だった。もっと下がるかもしれないが。
 今回の中古は新品同で、非常に良いというタイプ。それにしては値段が安い。一番安い中古。
 これは元箱入りだが、ない物があるため。足りないものが。何が足りないのかは書かれていない。それで目をこらしてみていると、どうもコードらしい。それとマニュアル。
 これは他の中古の全部揃っているのと比べて分かった。
 マニュアルはいらない。ネットにある。問題はコード。これは何のコードか分からない。パソコンと繋ぐUSBコードはオプションのはずなので、最初から入っていないはず。
 そのコード、バッテリー用のコードで、充電器と電源を繋ぐもの。充電器にコードがくっついていないタイプ。だから充電できないという中古カメラになる。だから安い。しかし、これは持っているし、また充電器も二つほどある。バッテリーも以前のものと同じもので、あまり変えてきていないので流用できる。
 その二つが無いので、安かったのだろう。
 数年前のカメラで、それなりに古い。ペンタックスはそれほど頻繁に新製品を出さないので、そんなものだろう。それと、まだ生きているのかというような感じなのがペンタックス。
 元箱にバッテリーが入っているのだが、カメラの中にもバッテリーが入っている。だからバッテリーが二つ入っていたことになる。予備バッテリー付きのカメラもあるにはあるが、これはおまけかもしれない。バッテリーは充電器の中に突き刺さっていた。いかにも中古品らしい。だからカメラにも突き刺さっているので、これは得をした気分。
 しかし電子ファインダーを使わない一眼レフタイプはバッテリーの持ちが最初から良いのだが。
 さらにレンズの先がおかしいので、よく見ると、フィルターが付いていた。これはネットでは書かれていない。付属品としては、実用性が高いのに。見落としたのだろうか。
 バッテリーとフィルターが付いてきて、しかも安い。
 レンズは28から200ミリ相当の大人しい高倍率標準ズーム。今なら24から400相当とかになっており、また600ミリまでいったりするのもある。しかし大きく重くなる。28から300ミリあたりがまずまずのところだが、それが200ミリあたりまでと大人しい。これはレンズが長く、大きくなるのを避けるためのキットレンズに多い。ニコンでもキャノンでも、200ミリあたりを付けた中級機向けのキットがあるので、それに倣ったのだろうか。しかし、キヤノンやニコンのよりも小さい。ただ、それなりの重さはある。
 だが、K70はボディーが最初から重い。小さい目の一眼レフなのだが重い。これは視野率100パーセントのガラスのプリズムを乗せているためだ。だからニコンキヤノンの中級機レベルのファインダー。しかし値段は入門機の値段。そしてキットレンズの中に最初から高倍率標準ズームがある。ダブルズームキットではなく。まあ、ペンタックスはキットレンズの組み合わせが多いのだが。
 このカメラには写真撮影の原点に戻るような雰囲気がある。それなりに今のカメラなので、色々な機能はついているが、AF一眼レフ時代から基本的なものはそれほど変わっていない。
 デジタル一眼レフの初期機と、今との違いも、それほどない。撮影の基本は同じ。だから28ミリから200ミリの範囲内で、じっくりと写すには、このカメラがふさわしい。
 レンズはずっと前に買ったS1というのがあり、そのキットレンズで望遠の400ミリ越えのもあるので、それも付けられる。古いタイプのレンズなので、AF作動音がうるさいが。
 草花や静物などをしっかりとした光学ファインダーで覗くと、いい感じになる。これがやりたいだけかもしれない。
 ミラーレス、電子ファインダーに慣れた目で、光学ファインダーのレフ機で撮影するのは非常に新鮮に感じる時代。ミラーの跳ね返り音、シャッター音。この音は生だ。擬音ではない。それと振動が伝わる。
 このカメラは重くて持ち出すのが面倒なので、じっくりと付き合うことになる。
 
 
 
■■ 2019年9月16日 月曜日 午前9時37分
 
 今朝も晴れており、いい感じだが、風が強い。帽子が飛ぶ。飛びかかったとき、手を当てるのだが、額に爪が立ってしまった。痛い。頭の上を押さえるより額のほうが早いのだろう。だが空振りだった。
 今日は月曜なのに、休みのようだ。日の丸が出ていた。これで祭日か祝日かは忘れたが、何かの日になるのだろう。振替休日、代休かもしれないが、それでは日の丸は揚げないかもしれない。当日ではないので。
 気温は高い目で、猛暑ではないが、この時期としては、そういう日も普通にありそうな感じなので、よくある温度だ。明日あたりから今度は下がりだし、最高気温が30度を切り始め、最低気温が20度を切る日が書かれている。暖房がいる。十日間予報の後半なので、これは当たらないかもしれないが、下がりだしているのは確か。秋が深まるというほど、まだ浅いところにいるのだが、中秋へ向かっているのだろう。月にも中頃があれば、季節内にも中頃があるのだろう。ありそうなことには名前がつく。ついでに他の似たようなことにも付けたりするのだろう。
 季節は進んでいるのだが、まだまま真夏の格好でいける。九月いっぱいは例年並みの気温ならそんなものだろう。衣替えは十月から。十月になると、急に冬服になるわけではないが。
 夏物最終バーゲンで、カッターシャツ風の上着を買う。ほとんどカッターシャツなので、これならカッターシャツでよかったのではないかと思えるが、最初から着流しで着るようになっている。
 ただ、ボタンが少しだけ大きい。そしてポケットが腹の所、脇に二つあり、入口が上を向いており、水平。これはデジカメなどが落ちにくいが、アクセスは斜めカットのほうがいい。
 胸ポケットは一つで、もう一つあるが、そちらはペン差しだろう。その程度の幅しかない。ジャンパー系との違いは胸ポケットが小さいこと、薄いこと。襠などはない。まあ、タバコを入れる程度だろう。大きな箱は無理。
 あとは伸縮性のある編み方をした綿生地。ストレッチと書かれている。芸はそれだけで、引っ張ると、伸びるのが分かる。だから身体を曲げたときなど、引っ張られないのだろう。
 ペラ一枚の夏物。これは防寒性は当然ない。夏なので、それなら着なくてもいいようなものだ。それと耐水性云々は当然ない。
 年寄りが病院へ通うときのような上着だ。だから、普通のカッターシャツを着流しで、着ているのと同レベル。アウトドア的でもない。
 これともう一着、分厚い目の生地の似たタイプがあったが、昨日は暑かったので、試着すると、暑苦しかった。値段はこちらのほうが高い。こちらのほうが秋が深まってきても、まだ着られそうだ。デザイン的には似ている。
 昨日は久しぶりに昆陽にある喫茶店へ行く。夕方前に行く喫茶店を変更。その戻りにイズミヤへ寄る。ヤマダ電機がワンフロアとってしまい、紳士物売り場のフロアが消えてしまったので、二階の婦人物や靴屋などと同じ所に詰め込まれたので、狭い。
 こちらは静かだが、店員が立っている。以前はそんなことはなかった。接待員だろうか。それが邪魔。何もしていない。立っているだけ。
 その人が立っている場所へ近付きにくい。マネキンではないので。
 特価品がずらりと吊されている風景は消えており、定位置に詰め込まれている。
 その中にマウンテンパーカー風のがあった。防水性があり、すぐに乾燥する生地。ペラッとしているのでレインコート風だろうか。カッパとして着るには丁度いい。裏地が入っており、これで少しは分厚く見えるが、表地ががさっとしており、しなやかではない。固そうだ。これで水を防ぐのだろう。
 秋物の、少し分厚いものも吊されており、値段は安い。
 イズミヤブランドのようなものは、目立たなくなったが、ワニのブラド品が高いタイプのメインになっている。これがイズミヤで一番高いタイプだろうが、一万円を超えない。だからイズミヤらしい。
 場所は伊丹と尼崎の境界のような所。どちらかというと尼崎。アマで高いものは似合わない。イズミヤそのものがアマのイメージ。
 そちらは秋物ジャケットが並んでおり、こちらは分厚い目。まだまだ先だ。
 それよりも、安いタイプは品揃えが豊富で、あらゆる種類のものが乱暴に吊されている。まるで古着屋だ。
 目を引いたのは、このマウンテンパーカー風。まだ浅い秋でも雨の日は着られるだろう。カッパと同じなので。
 もう十年以上前だが、ここでマウンテンパーカーを買った。二千円台。スーツ売り場にあり、スーツの上から着るタイプ。これがカッパになったが、少し大きかった。長く着ていたが、白っぽいタイプなので、汚れてしまい、捨てている。
 昨日は夕方前で陽射しはあったが、それほど暑くはなかった。出掛けやすくなっているのは確かで、夏よりも出やすい。
 
 

■■ 2019年9月15日 日曜日 午前8時52分
 
 今朝はすっきりと晴れている。秋晴れだろう。気温は少し高い目。昨日も高かったが、夏の暑さではない。
 過ごしやすくなっており、これはいい感じだ。しかし月末近くになると最高気温も最低気温も下がり、暑くないから涼しいとなるはず。最低気温が20度を切りかけている。最高気温はもう30度に達しなくなったりとか。それは十日間予報の後ろのほうなので、当てにはならないが。精度は近いほど良いが、気温は前日でも当たらなかったりする。そのため、前日の予報というのが一緒にでる。どれだけ誤差があるかだ。それで当日の一時間置きの予想だが、それもまだ現実のものではない。本当の気温はデータ化されている。だが、もう終わったことなので、実用性はないが、前日の気温というのは参考になる。昨日の今頃の温度を知りたいのだ。
 これは知っている温度だ。昨日のことなので、昨日の夕方頃の記憶はある。その頃の温度と今とはどう違うのか、などが参考になる。昨日よりはましとか、昨日と同じ程度か、など。
 これは何か寒いと思ったり、暑いと思ったとき、気温ではなく、体調の問題だったりすることもあるためだ。体調も天気と同じで、日々変わり、時間おきに変わっているはず。身体の中に自然界を持っているようなものだ。
 昨日はよく寄る衣料品コーナーで、バーゲンをやっていた。これは毎日通る通路から見えるためだ。衣料品コーナーの通路の端っこが見え、そこに特設コーナーがでていると分かる。一部だが。
 昨日のバーゲンは紳士物の夏物長袖カッターシャツ。これは店内の奥で毎日やっているのだが、さよならセールで三割引。しかも値札そのものが書き直されており、そこからさらに三割引。少し高い目の上等な品だが1000円か2000円台に落ちている。その中の一着を以前買ったことがあり、今はメインで着ている。これが非常に着やすい。まとわりつかないし、さらっとしていている。それに類似するカッターシャツがずらりと並んでいる。ボタンが大きい目とか、中には多少の耐水性があるものも。普通のカッターシャツだが、夏向けなので、すっきりしているが、ややダブッとしている。だからまとわりつかない。袖を通しやすい。
 昨日はそれではなく、平和堂ブランドかイズミヤブランドかは忘れたが、高い目の上着がでている。15000円が相場で、それがずらりと。いずれもそれが半額。夏物のためだ。だから夏物のジャンパーやジャケットだ。ペラッとした一枚物が多い。秋物としては寒そうな。寿命が短い。
 まあ、デニム系のいいカッターシャツ。これはブルーが多いが、定番がある。それの本物は5000円以上していたりする。まあ実質よりもブランド代の上乗せがあるものの。
 だからカッターシャツに15000円は出せないが、そうではなく、パーカー風や、ジャケット風になると、同じような薄さや生地でもポケットが増えたりする。しっかりとした上着になる。夏物スーツのようなものだ。
 以前イズミヤで夏頃見付けた高いジャケットと似ている。それは数日前いったときは消えていた。誰かが買ったのだろう。真夏に。暑いのに。それと同じブランド。これはハンガーにマークがある。このブランド専用のハンガーがあるのだ。
 こういうのは半額にならないと買わない。半額でも高いが。
 さて、それでずらりと並んでいるジャケット類。これが夏物最終だろう。さらりとしているカッターシャツは真冬は寒いが、寝間着になる。薄いがざらっとしており凹凸がある。これで肌触りがかなり違う。
 それではなく、ジャケットだが、これは今はまだ無理。まだ着る季節ではない。今は真夏の服装でもいいので、まだ大袈裟。
 それで複数タイプがあるし、一着しかない物もあるので、迷っただけで、決定打が無いので、買わないで帰った。しかしめぼしいのがある。これを見たのは昼だが、夕方、もう一度喫茶店へ行くので、その戻りに寄れないこともない。イズミヤでの経験がある。次に行ったときはなかったのだ。
 また、この店でも同じことがあった。前日目星を付けていたのを翌日決心が固まり買いに行くと悪い奴がいて先に買っていた。同じものが並んでいれば残っているが、一着しかないタイプだった。
 バーゲンでは見たとき買えが原則だ。それだけ流れが速いのだ。定位置で普段からある場所ではなく。そしてバーゲンとはいいながら、屋台のようなもの。廊下のスペースに並べているので、終わると、倉庫に行くかもしれない。もう売り場には出さなかったりとか。
 しかし、そういうジャケット。似たようなものがユニクロにあり、それも一着だけ。デザイン的にはこれが良いし、生地もいい。
 それで先日近くに寄ったとき、確認しに行くと、消えている。いくら探してもない。
 しかし、すぐに見付かる。マネキンが着ていた。それを剥がせば良いのだが、しっかりと着ている。値段は二千円台で安い。売れ残りだ。去年のかもしれない。
 これも、次に行くと消えているだろう。
 今朝は少し暑い目で夏と同じ。朝夕は涼しいが。だから、今着るにはまだ早いのを買うのはタイミングが悪い。その気になれない。
 まあ、あと一週間ほどすれば、そのジャケットの時期になるので、バーゲン中に買うほうがいいかもしれない。
 売り場から消えるだろう。秋物と入れ替わるので。
 ユニクロなど既にダウンジャケットの冬物防寒着が出ている。
 秋物ジャケットは寿命が短い。それが欠点だ。
 
 

■■ 2019年9月14日 土曜日 午前8時53分
 
 今朝はすっきりと晴れている。気温も秋らしい。涼しそうなので、ペラッとしたジャンパーを羽織る。陽射しがあるので、外は良いが、喫茶店での冷房除け。外の気温のままで良いのに、それより低いのが冷房。高いと暖房になるだろう。
 季節の変わり目と言うよりも、変わったのだろう。これはもう夏ではなく、秋。涼しくなっているので、それで分かるが、これは寒くなっていく、だから冬に向かっているのだ。しかし中間の秋そのものの気候もある。ずっと中間なら夏と冬しかないが。
 冬らしい同じような日が毎日続いたり、夏らしい暑い日が毎日続いたりすると、これは確実にその季節のど真ん中に入っている。秋や春はそれが曖昧なだけ。天気が変わりやすいのも原因だろう。同じような日が続かないのは、同じような天気が続かないため。まあ、三日続けば大したものだ。
 前夜寒かったので、昨夜は毛布を出してくる。しかし、冬物の絨毯のような毛布で、縁など凄いボリューム。ほとんど蒲団だ。だからこれを芯にして、カバーを掛ければ蒲団にになる。トンカツではなく、ハムカツのような感じだが。
 流石にそれでは暑すぎるので、足元に重ねておく。引っ張れば被れるように。しかし足元なので、足をそこに突っ込むことになる。夏布団も、その下にあるのだが、動かない。これでは掛け布団が完全にロックされているようなもの。足が浮かない。
 足の指の骨を折りそうだ。
 薄い目の安っぽい毛布で良いのだが、どれも汚してしまい、捨てたようだ。買えばいい。薄いやつを。
 しかし、昨夜は夏布団だけで十分だった。
 急に涼しくなったので、風邪を引いたのかもしれない。
 早く秋物を羽織りたいところだ。ポケットが使えるようになるので、デジカメなどを入れやすい。
 昨日は風邪っぽいので鍋焼きうどんにする。アルミ鍋に入ったうどんで良いのだが、いつもの近所のスーパーへ行くと、鍋焼きうどんが出ていた。少し高い目だ。夕食、それだけで済ますつもりなので、200円台後半でも問題はない。高いものではない。
 いつもの出汁付きうどんとの違いは、ネギが入っていること、ワカメ、刻みアゲ、そして目玉はまさに目玉のような卵。この卵は温泉卵なので、煮なくてもいい。そのままだと月見うどんになる。ただ、サブに天麩羅がついてくる。海老の欠片も入っていないいつもの天かすを固めたようなタイプだが、少しいボリュームがあり、ふっくらしている。立ち食い蕎麦屋での天麩羅うどんと同じで、衣だけを楽しむもの。溶けてしまうので、箸で掴むのが大変。何せ芯がない。しかし、欲しいのは少しだけ脂っこい物だろう。だから衣だけで十分だったりする。さらに高いアルミ鍋焼きうどんには海老が入っている。だが、これは見た目から想像してはいけない。期待してはいけない。十センチほどの海老の天ぷら。しかし海老は半分以下の長さしかない。だから芯のない箇所が半分以上。だからポロリと折れたりする。
 非常に尻尾の大きな海老を使っているのだろう。尻尾で判断してはいけない。衣を剥がすと痩せて貧弱な筋張った海老本体が出てくる。これならちくわの天麩羅の方がよかったりする。
 晩ご飯後の夜の徒歩散歩は続けている。足はもう痛くなくなったので、三日ほど続ければ、効果があると言うことだろう。まあ、僅かな距離なので、長い距離を歩くとだれてきそうだが、そんな機会は滅多にない。散歩のメインは自転車なので、歩くことはほとんどない。だから、夜の徒歩散歩を再開した。
 何処かに自転車を止めて、歩きに変えてもいいのだが。そういう良い場所はない。じっくりと歩いて見て歩くとかの。
 しかし、涼しくなったので、朝の喫茶店からの戻り道散歩がしやすくなる。今がチャンスだろう。それと長距離自転車散歩も。これは夏場は遠慮しているが、今ならいつでも行けそうだ。ただ、同じような場所ばかりなので、写真を写す場合、新鮮さがない。
 逆に日常移動コースで写す方が撮すネタが多かったりする。より細かく見ているためだろう。
 
 
 
■■ 2019年9月13日 金曜日 午前9時17分
 
 今朝は久しぶりと思えるような雨。雨は珍しくはないが、今日は普通の雨。夕立や俄雨や台風の雨ではなく、ただの秋の雨で、しかもシトシト降り。そして最低気温が20度を切る夜。その朝なので、まだ肌寒い。よくもこれだけ素早く気候が変わるものだと感心する。ただ、激変したのではなく、戻ったのだ。本来のこの時期に。
 雨と言うことで、今朝はペラッとした化繊のパーカーをカッターシャツの上から羽織る。雨ではなければ、長袖夏物のカッターシャツだけで十分かもしれないが、寝ていて夏布団では寒かったことを思いだし、上に羽織ることにした。雨は大したことないので防水性に拘ることはないが、差すか差さないか迷うような小雨では、防水性のあるタイプがいい。すぐに乾くし。
 昨日は見事な秋晴れで、うろこ雲で半透けの青空が秋の淡さをみせてくれた。夏の濃い青ではなく、バスクリンのような。
 しかし、今朝は雨で鬱陶しいが、気温的には満足。湿気が強いはずだが、寝起き入る喫茶店までの自転車のペダルは意外と軽い。
 雨だが、天気は正気に戻ったのだろう。それまでは狂ったような感じだったので。
 日の出は寝ているので、分からないが、暮れるのが早くなったのは実感できる。そのうち、夜中目を覚ましたとき、まだ暗いので、時計を見ないで、また寝ることになるが、夜が長くなり、夏なら明るくなり始める頃も暗いので、外光だけでは分からなくなりそうだ。
 こうして秋らしくなってきても、あっという間に冬に持って行かれるのだろう。秋がなかったりする年が結構ある。
 いつまでも暑い秋、そして早い目に来る冬で、秋は数週間しかなかったりするし、その間も雨が多いとなると、秋は希少価値になる。
 朝、熱い味噌汁を飲んでも汗が出なくなった。扇風機はまだいるが、徐々にいらなくなるだろう。当然昨夜は扇風機など邪魔なほど。これがすぐに電気ストーブに変わるのだが。
 最低気温20度では暖房がいる。まあ、寝ているときなのだが、夏布団では頼りなかった。
 街ゆく人は真夏と同じ服装の人が結構いるし、そちらのほうが多いが、長袖や、上にジャケットを羽織っている人、カーデガンを羽織っている人を見かける。まあ、雨なので、自転車の人は雨合羽の上が多い。または長い目のレインコートで、これは婦人用。足首まで隠れる長袖のワンピースのようなもの。これが効果的なのだが、男性用はない。自転車用だ。ワンピースを着る男性はいないわけではないが、紳士物売り場では売っていない。
 まあ、少々の雨なら、ジャケット程度でも、中まで染みこむことはないので、防水性よりも、防寒性をとりたいところ。
 一番理想的なのはこの時期ならマウンテンパーカーだろう。中綿が入っていないタイプだが、結構分厚い。ジャンパーは短いが、マウンテンパーカーはコートのように長い。そしてポケットが大きい。そしてジャンパーにはないフードが付いてくる。これで傘なしのとき、強い目の雨のとき、フードが役立つのだが、帽子を被っていると、それほど必要ではない。帽子の上からフード、と言うのもあるが、首を曲げたとき外れたりする。
 台風が来る前、涼しかったので、ジャケットものを探しに行くはずだった。その後、暑いので、そんな気は起こらなかったが。
 昨夜の食後の散歩は慣れてきたのか、足の痛さがまし。別に足が悪いわけではない。
 夜撮りお供カメラはパナソニックの高級デジカメで、これは旧製品だが、受光素子は同社ミラーレスと同じ大きさ。しかもレンズは24ミリF1.7と明るい。これは暗いところでは無敵だろう。無理のないスペックなので、問題なく写る。ただ、動作は遅い。電源を落としてからすぐに鞄やポケットに仕舞えない。しばらく液晶がついているし、レンズも引っ込まない。だからあまりスナップ向けではないが、ファインダーも付いているので、じっくりと写せる。24から70ミリと控え目で、望遠効果などは望めないが、デジタルズーム域までイケイケになるので、140ミリは多用できる。画質の劣化はない。
 レンズの明るさ、受光素子の大きさと、物理的に固めたようなもので、これは強い。まあ、パナソニックのミラーレスに超高級標準ズームを付けて撮しているようなものだ。
 このレンズのために作ったボディー、またこのボディーのために作ったレンズのため、相性が良い。最適化されている。相棒が他にないからだ。
 
 
 
■■ 2019年9月12日 木曜日 午前10時07分
 
 今朝は久しぶりに涼しい。昨日の雨からガクッと気温が下がった。雷が鳴る雨。遠雷。これは夏の終わりを告げていたのだろう。
 久しぶりというのは、既に秋になっており、涼しい日が少しあったのだ。台風で、ガクッと気温が上がり、夏に戻ってしまい、それが長かった。台風前後二日ほどとかではなく、もっと長い。
 流石に季節の歩みのベースは固いのか、秋へ向かう力があったのだろう。そのままでは常夏の国になり、冬はどうするのかという話になる。
 昨夜の雨で過ごしやすくなり、昼寝時間が長かった。いつもの倍以上寝ていたことになるが、これは雨が降っているので、やむまで寝ていようとしていたためかもしれない。しかし、暑いときは昼寝時間が短かったことは確か。だから夏は寝不足になるのだろうか。夜の本寝も。だからバテやすい。
 それで、天気が悪かったが、夜も過ごしやすく、部屋の中の熱気、ムッとする暑さが消えたので、快適だった。過ごしやすいと言うこと。その中身よりも、過ごしやすいと言うことだ。これだけで十分快適。
 当然扇風機なしで寝ることができた。そして、遅い目に起きてきたのだが、早く起きすぎたので二度寝した。
 起きると少し遅く、日もかなり上がっているのだが、ひんやりとする。
 いつもの真夏用のカッターシャツは長袖なので、腕を捲らないと暑いのだが、しなくてもいい。しかも陽射しがあっても暑くない。
 十日間予報を見ると、全て塗り替えられていた。当然低い目に。
 夜中の気温は25度を切っており、これは楽だ。当然掛け布団が必要。この状態だと暑いも寒いもない。
 今日は晴れているが、雲が多く、風が強い。雲は当然夏の入道雲などは見えない。
 これで、夏の終わりを一年で二回体験するようなものだ。しかし、こういった急激な気候の変化は、結構しんどいかもしれないが。
 まあ、これで暑さから解放されたので、ほっとしていいだろう。九月の中旬に差し掛かったばかりなので、まだ暑い日はあるだろうが、これは真冬でもある。その季節内での暑い寒いレベルなので。
 家に大きな蜘蛛がおり、これは家蜘蛛で、守り神のようなものだと聞いている。だから退治してはいけないと。その蜘蛛の小さい目のが出ていた。まだ子供かもしれない。形が同じだし、動きも同じ。
 それと小さなイモリかヤモリがいる。ヤモリかもしれない。これも成虫ではなく、小さい。まだ子供だ。そう言うのが出る季節なのかもしれない。
 ヤモリは決まったコースを毎晩はっている。ほとんど壁で、水平のところではなく、昨日見たヤモリはまだコースが定まっていないのか、とんでもないところを移動している。蜘蛛もヤモリもじっとしているときが多い。次に見たときは消えていたり、離れた場所にいる。そしてまたじっとして動かない。
 待ち受けタイプの狩りかもしれない。
 どちらにしても秋が戻ってきて、次のステージへと進み、夏は遠いものとなるのだろう。
 
 
 
■■ 2019年9月11日 水曜日 午前8時44分
 
 暑い日が続いている。しかし、今朝は曇っており、ずっと晴れて暑かったのだが、少しはましになった。雨が降るようだが、朝は降っていない。
 昨日も結構暑く、夜になっても暑いまま。寝る時間になってやっとまともな気温になったので、熱気の中で眠るよりはよかった。しかし、この時期としては、かなり厳しい。暑さのダメージが厳しい。
 九月の中頃。この頃、涼しさがさらにます頃なのだが、ますます暑くなる。これでは体調もおかしくなるだろう。
 しかし、昨夜は扇風機は付けていたが、一度起きたとき、涼しく思えたので、切った。朝の陽射しが入る頃の暑さがなかったのが幸い。これは曇っているためだ。これでやっと陰りが出てきたのだが、そのあとまた晴れて、猛暑日が続くのだろう。これは身体にこたえる。
 身体が熱くなりだすと、濡れタオルなどで、身体を拭くと、かなり改善する。普通の水道の水をおしぼりのように使う。濡れタオルを首に巻く、などもある。まあ、常温でもいいので、水を浸したもので、顔を拭くだけでも違う。まあ、たまに顔を洗えば良いのだが、それでは顔だけ。だから濡れタオルや手ぬぐいで軽く身体を拭くのがよかったりする。
 朝、味噌汁を飲むと汗が出ていたのが、ましになり、出なくなった日もあったのだが、ここ数日はよく出る。夕食後も出る。といって冷たいものばかりだと、あまりよくない。口当たりは良いが。
 しかし、日中の自転車移動は、真夏の頃の焼け付くような暑さよりはましで、それほど厳しくはない。空気そのものがムッとするような熱気を含んでいると別だが。
 台風が来る前は、それなりに涼しい日があったが、夕立が多かった。連日だ。これで湿気がきつかった。涼しさはあるが、それはそれで、気圧の変化は厳しいものだ。
 いつまでこの暑さが続くのだろう。このままでは常夏の国になる。夏がひと月分ほど増えた感じ。まあ、九月いっぱい夏が残っていた年もあるので、今年はそういう年なのかもしれない。
 蝉ももう夏は終わったので鳴いていない。夜中、秋の虫が鳴いているのが救いだ。そして夏の終わり頃に出る蚊が飛んでいた。これが刺しに来る。
 既に秋になっているのだが、この暑さでペースが狂う。まあ、まだ夏だと思えば、何とかなりそうだ。
 夕食後の徒歩散歩も厳しいもので、動くと汗ばむ。夕涼みはならない。
 昨夜はパナソニックのネオ一眼を持ち出して夜道を写す。
 全域F2.8が効いているのだが、F2.8付きコンパクトデジカメなど珍しくはなく、それほど明るいというわけではないが、そのFZ300は安定感がある。
 暗いとAFは大きな枠が出て、ピントが合う場所がよく分からなくなる。何か諦めたような。だから暗くても一応合焦マークがつく。撮影モードはフルオート。暗いので、ピントが合いやすいものが前方になかったりするので、何とか探し出して、何処かに合わせようとしてくれるので、フルオートの自動認識が良い。実際には顔認識だが、顔がないと、被写体自動認識になる。
 またはある程度距離があると、三脚なしの手持ち夜景モードになり、五枚ほど写して合成になるのだが、このカメラもその流儀だが、あまり、このモードには入らない。他のパナソニックコンパクト系ではすぐにそのモードに入るので、一寸流儀が違うのだろうか。
 広角ではなく、望遠側で写す。600ミリまでいけるのだが、平気な顔でシャッターが切れる。写っているものはスペック的に厳しいはずだが、望遠屋系手持ちにしては何とかなっている。
 これはタフなカメラだ。
 猫などを旅カメラで写すと、晴れていてもシャッタースピードは125分の1秒あたりが多い。望遠を伸ばすので、絞りがF6あたりまで行く。望遠端の開放。それがF2.8だとシャッターが上がる。250分の一あれば、動きを止めやすい。だから、よく動く猫や鳥などでも、被写体ブレを防げる。手ぶれではなく、被写体が動くのでブレたようになる。望遠端600ミリでもF2.8の意味がそこにある。
 受光素子は小さいのだが、よく写ってくれる。
 しかし、この夕食後の徒歩散歩。僅かな距離で、被写体も限られ、これという風景はもう写しきっているので、探さないといけない。だから、夜の徒歩散歩といっても、そういうのを探す散歩のようなもの。
 
 

■■ 2019年9月10日 火曜日 午前9時27分
 
 今朝も晴れており暑い。こういうのが続く。例年のこの時期としては5度から8度ほど気温が高いというのだから、本来の気候ではないのだろう。今頃は涼しくなっているはず。台風が来る前は、そうだった。それがさらに進んでいたはず。幻の初秋だ。
 そして最近は夏に戻り、猛暑状態。この時期こそ夏休みが必要なのだが、終わっている。
 夏休みの終わり頃、結構涼しく、これでは暑いので休むという夏休みはいらないように思えた。しかしまだ夏休み中。しかも暑くない。ここで得をしたのだから、そのお返しが、ここ数日続いているのだろう。
 しかし、台風の影響は去ってからでも長く続くのだろうか。二つほど続けてきており、重なっていたこともあるが、まだポンプの役目をしているのかもしれない。しかし、それで暑いというのはあまり効かなかったりする。台風が来る手前は暑苦しくなるが、去ればすっと涼しくなるものだ。別の原因ではないかと思える。
 北の勢力が弱いのかもしれない。それで南の勢力に好きなようにされるとか。
 猛暑の理由はフェーン現象。それが起こりにくい地形でも暑かったりすると、ややこしくなる。
 昨夜は当然扇風機を付けて寝て、途中寒くなったが、消さないでそのままにしていた。
 しかし、寝る前、もの凄く暑いというわけではなく、もしかすると扇風機はいらないかもしれないと思うほどだったので、左右への首振りだけではきついので、上下を加えた。これで、風が顔に来る割合がぐっと減る。それで消さなくてもよかったのかもしれないが、掛け布団を被っていた。やや遅い目に起きてきたので、汗ばんでいた。やはり扇風機を回しっぱなしにしていてよかった。日が登り出すと、気温が上がるためだ。
 というようなことを毎晩やっている。暑さの印象が具体的。これは記憶に残りやすい。扇風機の使い方で。
 暑いが、底の方に秋がいるのは確か。
 昨夜はよく眠れた。一度軽く目が覚めた程度で、トイレにも立たず、そのまままた寝た。しかもいつもより遅寝。そして目覚めは結構よかった。
 真夏の朝、目を覚ましたときの風景、これは室内だが、その状態は意外と好きだ。
 
 夕食後の徒歩散歩は三日目になる。足はまだ付け根あたりが痛いだけ。これを一週間ほど続けると、楽に歩けるようになる。歩いていることを意識しないほどに。別に足が悪いわけではない。最近長い目の距離を歩いていないだけ。
 汗は前夜ほどには出なかった。出ると言っても少し汗ばむ程度だが。
 この徒歩散歩は僅かな距離で、僅かな時間。一寸外の風に当たってくるという程度の間合い。散歩とも言えないが。
 それで、歩いているだけでは暇なので、夜景などを写す。
 こういうときは暗いところでもAFが合いやすいカメラが有利。レンズの明るさよりも。感度上げか手ぶれ補正で何とかなるので、明るいレンズの意味はあまりなかったりするが、暗いところだけを写すために明るいレンズを使うのではないはず。明るいレンズほど高級なレンズなので、収差などが良いのだろう。当然ボケがより効果的に出るし、ぼけの形なども滑らかで綺麗で、良い形になるのかもしれない。だから暗いところ専用ではない。
 といっても夜間、歩いているだけでは退屈なので、写すような写真に、そういうのは求めていなかったりする。写し取れれば御の字程度。
 意外と使いやすいのはオリンパスの初代EM10で、これは中古で買ったのだが、その上位機で、さらに新しいEM5マーク2よりも写りが良かったりする。レンズもキットレンズの28から300の高いレンズよりも、80から300までの安っぽい望遠ズームのほうがよく写っていたりする。
 オリンパスは最高級タイプよりも、一番安いタイプのほうがよく写るという伝説があるのだろうか。
 中古で買ったとき鞄がおまけでついてきた。というより、鞄が買うと、中にカメラのおまけが入っていたようなものだ。小さな鞄だが、一応カメラバッグで、仕切りがあるが、レンズ一本程度。底の幅が狭く、小さい。だからレンズ付きのボディーと、あと一本レンズを入れる程度。歩くだけの散歩なので、ノートパソコンはいらないので、この鞄にカメラだけを入れて歩いている。軽快だ。
 この貧乏臭いオリンパス低価格タイプミラーレスが結構いい。安いがファインダーは付いている。その切り替えや表示は結構早い。ただ暗いところでのピントは遅いが、それはどのカメラでも、似たようなものだ。
 これを持って写しに行くときは、標準ズームを予備で持って行く。ほとんど使わなかったりするが、邪魔にならない。
 AFは中央一点で十分。このカメラも小さく軽いが、キヤノンのM3なども小さい。レンズも小さい。受光素子はキヤノンのほうが大きく一般的な大きさなのに、望遠レンズが小さい。ただ、少しだけ重い。オリンパスの望遠ズームは麩のように軽い。このあたりが一番オリンパスらしいのではないかと思える。
 ただ、ボディーは小さいがズシリとくる。重さはないが、重く感じる。びっしりつまっているような。
 上位機の手ぶれ補正や映像エンジンの差などは殆ど分からない。それよりも軽くて小さく扱いやすいほうが印象に残る。写っているものは違いが分からない。この変えメラとレンズで写した絵は泥臭く、濃い。色が濃い。この臭みがいい。
 
 

■■ 2019年9月9日 月曜日 午前8時43分
 
 今朝も晴れており、暑い。台風は関東へ行ったので、今頃はさらに北に向かっているだろう。その影響は大阪方面ではないが、暑さが厳しい。これは台風の影響だと思われるのだが、いつまでその影響が続くのだろうか。温かい空気を台風が引き上げてきたのだが、そのまま居座ったのだろうか。
 この暑さでのびてしまう。真夏より、この残暑のほうが暑かったりする。気温的には真夏のほうが高いが、夏が長いとバテてしまう。だから後半の終わりがけの暑さのほうが厳しく感じたりするのだろう。
 ただ、空の青さなどは秋っぽい。その秋が既に来ていたはずなのだが、戻ってしまった。
 昨夜も扇風機を付けて寝たのだが、朝方少し寒くなったが、消さないで蒲団を被って寝たが、これは朝になると、また暑くなるためだ。
 一昨日あたりから夕食後の徒歩散歩に出ているが、これが暑い。余計に汗ばむ。時期的にまだ早いのかもしれない。僅かな距離だが、昼間の自転車移動のときよりも汗ばんだりする。夕涼みにはならない。
 そのコースを毎晩歩いている人がいるようだが、真冬と真夏は控えていたりしそうだ。
 短い日常徒歩移動では何ともないが、少し長い目の距離を歩くと厳しかったりする。筋肉や筋が。息はどうもないが、足が痛くなる。こういうのは最初は痛い。山登りなどすると、戻ってから二日ほど足が死んでいたりするが、そこまで長い距離ではないし、平坦な道。
 毎晩歩いていると、そのうち痛くなくなる。しかし、足よりも、暑いのでそちらのほうが厳しかったりする。
 だが、以前にも、そんな感じで徒歩散歩コースに出たことがあるが、予定コースの三分の一ほどで引き返していた。初日はそんなもので、慣れるに従い距離を伸ばす作戦。今回は予定コースを一応は歩けるので、少しはまし。
 きつい坂道を自転車を突きながら上ることがたまにあり、これは足が出なくなる。短い坂なので、何とかなるが、長いと動けなくなったりしそうだ。何度も休憩して足が回復するまで待ったりとか。
 これも毎日、そのコースを自転車散歩内に入れておけば、楽について歩けたりできるのだろう。
 今朝はよく晴れていて、気持ちが良いのだが、暑いのがいけない。しかし、雨より、晴れているほうが当然いい。
 
 先日ユニクロで買った帽子が緩いのか、風ですぐに飛ぶ。ずっと手で押さえておかないといけないほど。深く被ると、暑苦しいし、前方がよく見えない。ユニクロフリーサイズが大きすぎるためだろう。
 それでその前に買って失敗したと思っていた帽子に変える。これは暑苦しいと思っていたのだが、そうでもなかった。こちらのほうがサイズは小さい。それでもMサイズとなっているので、SやLもあったのだろう。
 ユニクロより小さいのは、鍔が短いためだろう。そして鍔が畝になっており、これで厚みと固さを出している。この輪がしっかりしており、それが土台になっているのか、その真ん中の頭が入る部分がしっかりとした形になっている。このタイプの帽子なら当然の形で、構造だ。
 これでも被ると緩いと思っていたが、ユニクロのものよりも小さいようで、額に上手く引っかかる。輪が。
 頭の入る箇所の空間性がある。テントを張ったように。だから、頭の上に少しだけ空間ができる。これがいい。深被りしすぎると密着し、余計に暑い。
 当然空気抜きの穴がついている。暑苦しいと思ったのは、それまで被っていた帽子の頂上が破れており、それで風通しがよすぎたためだろう。
 これを買ったのは、夏帽の中では分厚くしっかりしているためだった。秋から冬にかけて被るので、少し分厚い方が得な気がしたため。
 冬物が間違って混ざっていたのかと思ったが、頭の入る箇所の生地は結構薄いし、透けている。だから夏物だ。分厚いのは鍔。だからこの鍔が土台で、テントを張るとき、これが効いている。
 まあ、それよりも風がすぐに飛んでしまう帽子より、こちらのほうがいい。こちらも飛ぶことは飛ぶが、頻繁ではない。ユニクロのは幅が広い目でベランベランとしており、形が定まらない。最初これを手にしたとき、柔らかいと思い、パスしたほど。軟らかいので、ポケットに入ってしまうほどで、その面ではいいかもしれない。
 だから最初に買った帽子でよかったのだ。フェルトの帽子で暑苦しいと思っていたが、それは鍔の部分だけ。輪っかだけ。少し毛羽立っているが、これで形が崩れない。だからフェルトを被っているわけではない。
 これで、帽子はこれで安定した。帽子屋へ行けば、思っているものが手に入るのかもしれないが。
 また、たまに屋台が出ており、そこで見付かるかもしれない。500円ぐらいである。
 
 
 
■■ 2019年9月8日 日曜日 午前9時34分
 
 今朝も暑くて晴れている。台風が来ているのだが、関東方面へ行くコース。そのためか温かい空気が入り込み、今日の最高予報気温は36度と、真夏並み。だから、夏が戻ってきたようなもの。これが去ると、本来の例年通りの今頃の気温になるだろう。台風が来る前はそうだった。掛け布団が必要な秋に。
 しかし、秋の深まった頃の台風と違い、まだ夏の気配を残す九月の初めなので、暖かいと言うよりも暑い。そしてこの前までの暑い日からそれほどたっていないので、夏がまだ続いているように見えても不思議ではない。
 涼しくなったあたりで夏の疲れが出て、夏バテ症状がこの時期に出るらしいが、夏に戻ったのだから、夏バテも引っ込むかもしれない。暑さが消え、ほっとしたところに夏の疲れがどっと出る。しかし、まだ終わっていないのなら、ほっとできないので、夏バテも引っ込むという話。
 ついこの間までは秋物の、少しボリュームのあるものを探し出していたのだが、今は滅相もない話で、夏向けでいい。しかし今から夏物を買う気はしないが、最終バーゲンをやっているので、薄いカッターシャツ程度なら買ってもいい。
 最近の夏向けのカッターシャツはよくできており、まとわりつかず、さらっとしており、結構いい。
 暑いので、また頭がぼおっとし、だらっとした感じになっている。シャープな秋の頭とはほど遠い。だから夏のだらけた状態となり、これは悪くない。まだ夏が残っているという意味でも。
 先日買った帽子がフェルトで、これが暑い、頭が温まる。これは夏帽ではなく、冬帽ではないかと思われる。寒さ除けの帽子で、保温性のいい。
 ワゴンの中に雑多に入っていた中の一つに、それがあったのだが、何か売れ残りものをかき集めていたのだろうか。定価は2000円を超え、3千円近いが、その値札は消され1500円。しかも、そこから三割引。今年の夏の帽子ではなく、今年の冬頃売られていた帽子かもしれない。しかし、冬帽にしては薄くて貧弱、ここが紛らわしい。見た目分からない。
 それで、昨日はユニクロで買い直す。こちらは一種類しかない。サイズもMしかない。この帽子、かなり昔からあるのではないかと思える。一度か二度買った覚えがある。いずれも風で飛ばされて取れないところに落ちたりして、なくしている。なくなったわけではなく、見えているのだが、取れないだけだが。
 まあ、同じ形のものをずっと出し続けているのがユニクロブランドだろうが、それなりに改良されていたりして、同じものではない。作る側も変わるだろうし。
 前日、それを見たのだが、少しツバが広い。そしてクニャクニャ。やはり綿で糸で補強して固くなっている鍔がいい。
 しかし、そのタイプはもうなくなったのか、紳士物売り場とか、鞄と帽子の店などへ行かないと、このタイプの丸帽はない。昔の商店街なら、靴屋の横に必ず帽子屋があった。
 しかし、その帽子を被っている人は結構いる。どこで買ってくるのかと不思議に思うのだが、ゴルフ用品屋とか、そういうところに、ポツンと置いているのかもしれない。
 それで、ユニクロの丸帽を被ると、すっきりとした。しかしMで、所謂フリーサーズ。まあ、サイズはこれしかないというだけだが、少し緩い。風が吹くと飛びそうだが、頭を締め付けないのでいい。
 この前まで被っていた帽子は冬物だったのかもしれない。生地は綿だ。しかし破れた。
 ユニクロのは表地がナイロンで、裏地がポリエステル。だから軽い。まあ、冬も夏もないのだろう。
 それで、フェルトの帽子は寒くなり出した頃から被ればいい。
 ユニクロのは緑だが、フェルトのほうは黒地に星のように青い点がついている。見た目、黒だが。一寸した紳士帽だ。
 まあ、両方さらに比べて、馴染みやすいほうを被れば良いのだが、ユニクロの帽子は、なくしても、すぐに同じものが手に入るので、そちらのほうが違和感がないかもしれない。帽子選びの手間が省ける。
 どちらにしても今日は夏が行くではなく、夏が来るになっている。夏帽はいるだろう。
 
 

■■ 2019年9月7日 土曜日 午前8時57分
 
 今朝は晴れており、まだまだ暑いのだが、朝はそれほどでもない。厳しい陽射しではなくなっている。気温が高い目なのは台風が来るためだ
ろう。だから十日間予報で台風が発生していなかった頃は最高気温が30度を切っていた。それが急に35度とかになってきたのは台風が近付いて来ていることが分かったためだろう。だから、この暑さは台風のもの。それが去るはずの頃の予報では30度を切る気温に変わっている。日を重ねるほど涼しくなるのではなく、台風の影響だ。
 それが二つも来ている。近くを通らなくても、影響は出る。温かい空気が南から上がってくるためだろう。だから二駆で空気を引っ張っているようなもの。
 実際に台風が近くまで来ると、雨が降り、涼しくなる。来るまでが蒸し暑く、生温かい空気が南の海のため息のように、息を吐きかけられる感じ。
 昨夜は扇風機を付けっぱなしにして寝た。流石に途中で切ったが、本来のこの時期なら夏蒲団を被って寝ている。この前まで、そんな感じだった。夏仕様では寒く感じたものだ。それが、戻ってしまった。
 
 昨日は久しぶりに夕食後に徒歩散歩をする。散歩というより、決まったコースを歩くだけ。夕食が晩ご飯になるのは日が短くなったため、夕方が早くなった。だから、晩なので、暗い。まだ暑いので、暗くなれば少しはまし。
 そのコースは左右に二本の歩道があり、いつでもUターンできる。しかし、道は二本あるので、戻るときは別の道。同じ道では飽きるし、90度回転と180度回転では違う。90度回転だと道を直角に曲がる感じ。よくあることだ。交差点で左へ行くか右へ行くかなどで。
 しかし180度になると、さっと後ろを向いてしまう。これは道を間違えて、戻るときにあるが、日常では滅多にない。だから90度回転だと、ずっと前方へ進んでいるように見える。見えている風景は当然戻っていることが丸わかりだが、同じ道ではないところがミソ。
 晩ご飯後の夕涼みのようなものだが、外のほうが暑かったりする。それに歩くので、じっと座って涼んでいるわけではないので、あまり効果はないが、風に当たると、少しは涼む。
 風に当たりに外に出るのが良い感じに思える気候がある。またこれはちょとした気分転換になる。気持ちだけではなく、実際に風を受けるので、立ち位置も違う。立ちっぱなしではないが。
 
 昨日はやっと帽子を買えたが、これが暑い。サイズも少し大きいが、数値を見ると、Mサイズ。数値は忘れたが、一つしか仕入れない場合は、このサイズにするのだろう。
 形や分厚さもそれでよかったのだが、暑い。生地を見るとフェルトではないかと思える。だから安かったのだろう。千円台だ。まあ、500円の帽子もあるのだから、高い目だが、標準的な帽子の値段は2000円台後半。それより高いのはブランド物。そして帽子のロゴが入るので、これがややこしいので、そういうのは買わない。
 しかし、フェルト箇所はつばだけかもしれない。まあ、これから寒くなっていくので、丁度良いかもしれない。冬になると、このタイプの丸帽では役立たないので、それまでの命。
 それまで被っていた帽子は千円していないが、綿製。長く被っていたのか、日焼けして色が違う。そして頭の頂上が破れた。だから、ここから風が入るのか、涼しかったのかもしれない。
 こういう帽子はワゴンセールの屋台で買っている。最近見かけないので、買えなかったのだ。500円ぐらいだ。二三年は持つ。飛ばして拾えないところに落ちるか、頂上が破れるか、どちらか。
 この暑さで、秋物への興味は薄れた。これで雨でも降り出せば、防水性のあるパーカーが欲しくなるはずだが、今の暑さで雨の場合、まだ早かったりする。
 今はまだペラッとしたカッターシャツ着流しでちょうど。それ以上分厚いものは厳しい。
 
 百均で買った二つ百円の豆腐が意外と美味しいので、冷や奴で食べている。二つあるので、味噌汁に入れるだけでは賞味期限が来てしまう。それほど多くは使わない。いつもは小さくて薄い三つ百円程度の豆腐を買っている。これは使わなければ持つ。一度開けてしまうと、危ない。量が多いと、何分割して食べるのだが、なかなか減らない。その間腐りやすい。
 焼き豆腐を醤油と砂糖で煮こむというのもある。まあ、すき焼きに入っている豆腐と同じだ。だが、すき焼きの豆腐は肉や野菜の汁を含んでいるので、同じにはならないが。
 効率が良いのは厚揚げ。油が入っている。豆腐の揚げ物なので。
 厚揚げがあるのなら薄揚げもある。これはお稲荷さんを作るときの袋になる。また、刻んでうどんやそばに入れる。甘く煮こんだきつねうどんのアゲではなく。
 厚揚げは余ると冷凍しておけばいい。使うとき、鍋にそのまま投げ込む。しばらくすると溶けるので、そのとき引き上げて、切る。当然戻すために湯がくのではなく、普通の煮物の中に入れればいい。
 中に詰め物のあるアゲもある。ヒロウスだ。これは一種の袋物。中に百合根とか、豆とか、具が入っている。薄揚げといっても結構分厚かったりする。だが煮るとき浮く。箸の先で穴を空ければ沈む。そのままだと浮き輪だ。
 
 
 
■■ 2019年9月6日 金曜日 午前9時04分
 
 今朝は久しぶりにしっかりと晴れている。快晴だろう。これは珍しい。
 真上は真っ青。雲が周囲に少しだけあるが、探さないと分からないほど。雲がなければ、季節が分からない。青だけでは。あとは青の色目だろうか。淡い青か濃い青か、今朝は少し濃いめの青。もの凄く濃くはないが。この青は色々と名前がついているのだろう。紺色の空とか。
 気温は高い目の予報だが、それほど上がっていない。当然陽射しをもろに受けるが、それほど暑くはない。かなり秋が入っている。真夏の暑さではないが、昼からは分からない。予報では35度が最高気温で結構行く。あくまでも予報なので30度を少し越える程度だろう。ただ35度になる可能性の高い条件だということだろう。高温になってもおかしくない気象状態。きっと台風の影響で温かい空気でも流れ込んでくるのかもしれない。
 昨日はどんな天気だったのかを忘れている。特に印象に残ることがなかったのかもしれないが、それほど暑くはなく、朝の喫茶店の戻り道、寄り道をして、そのあたりをウロウロできたので、暑くて引き返さなかった。ただ、曇っていたので、陽射しがないので、ウロウロできたのかもしれないが。
 昨日は五月蠅いほど雲が湧いており、異様な形をした雲が、暴れ回っているような感じ。今朝はそれらが取れている。だから一変したような感じ。
 これで、ぐんと秋めいてきたのではないかと思えるが、長期予報を見ても、それほど気温は下がっていない。ただ、今朝は夏とは少し違うようだ。
 昨日は帽子を買いに行く。いつも衣料品売り場で前回見たのだが、大きい。サイズが合わないし、何かロゴが大きく入っており、何を象徴しているのかが分からない。ブランド名だろうか。
 特価台に夏の帽子があるが、どれも大きいか、しっくりした形ではない。それで、昨日は別の店を覗く。
 冬用の帽子を買った店だが、売り場が模様替えされていて、探すのが大変。しかし所謂キャップものしかない。
 以前買った帽子は屋台。500円だった。最近見かけない。
 今度は無印を見ると、縁が丸い帽子が固まって置いてあるので、これはいい感じだと近付くと、婦人向け。庇が深すぎるし、大きすぎる。
 それで定番もののユニクロへ行くと、レジ近くにしっかりとある。一種類だけだが、探しているものに近い。それで手に取ると、薄い。まだ夏物なのだ。まあ、冬にはこのタイプの帽子は耳が隠れないので、被らないが、薄すぎて頼りない。そして縁の庇がやや広い。まあ、その方が陽射し除けになるのでいいのだが。そして色は緑だけ。
 いくつも飾ってあるので、きっとサイズ違いを並べているのだろう。その中から選べばいい。
 しかし、もう一店見ていないところがあるので、それを見てから決めることにする。
 だが、店内を一回りすると、前回探していて、売れてしまっていたジャケットがある。デザインが似ている。襟が小さいタイプだ。ないに等しいが。
 それが結構安い。以前見たのはブランド品のためだろうか。だがイズミヤブランドなので、大したことはないが、それに比べても安い。通路の目立つところに吊られているので、これは特価品に近い値段だろうか。古いタイプ。
 それと防水性と防風性のあるハイテクジャンパーがある。これはずっとある。この時期なので、防寒性はない。そのかわり、蒸れない加工となっている。
 ジャンパーというより、コートに近い。これなら多少の雨でもいけそうだが、質感はよくない。どう見ても化繊で、しかも板状の無機的なもの。織物の皺とかがなかったりする。
 それらの自然な織物の質感を活かしたマウンテンパーカーのようなものが入口にでんと吊されていたので、これがメインだろう。しかし、まだまだ暑苦しい。軟らかな感触で、結構いい。
 当然もうダウンジャケットが出ている。かなり多い。もう冬物を売っているようなもの。
 それで帽子のことなど忘れて、そちらの集中し、帽子は買わずに、戻ってきた。
 カッターシャツなども安い。これも古いタイプだろう。型落ちのような。千円台で、そこそこ分厚いのがあった。去年の秋冬物だろうか。こういうのが狙い目だ。
 夏物ではなく、秋物に目がいく。やはり季節の変わり目だろう。少しまだ早いが、今なら安かったりする。
 
 

■■ 2019年9月5日 木曜日 午前9時18分
 
 今朝は曇っているのか晴れているのか、分かりにくい日だが、陽射しがあったりするので、半ば晴れという感じだろうか。ただ、空は意外と暗い。
 そして、陽射しが出ているときも、それほど暑くはない。それでも最高気温予測は高く34度前後、明日になると35度となっている。これは瞬間最大気温で、ずっとではないが。
 そして雨になる可能性が高い。この時期夕立が多い。夏の終わり、秋の初め、それが多い。しかも、かなり強く降る。夏の夕立よりも。
 昨夜は寝る前までは扇風機を使っていたが、寝るときはいらなかった。そして夜中寒くなってきて、蒲団を使った。結構冷えたように思ったのだが、その時間帯の気温を見ると、それほど低くはなかった。これは湿気と関係しているのかもしれない。
 少し前の十日間予報では最高気温は30度を切っている日が多いのだが、このところ十日分全て30度越えで暑い。季節が夏に向かっているのではないかと思えるほど。
 台風の接近で、また南から暖かい空気を運んでくるのかもしれない。季節の移り変わりよりも、この台風が曲者で、紛らわしい気候になる。台風で、それまでの季節の進み具合を変えてしまったりする。台風が通過している間は季節の歩みもストップ。そして台風が去ると、季節は戻るのだが、休んでいた間は体験していないので、連続性が掴みにくかったりする。
 別の見方をすれば、台風が季節を動かしているのかもしれないが。
 秋として安定するのは10月頃だろうか。秋の半ばのためだ。夏の気配はほぼ消えているが、暑い日があると、まだ夏が残っているように感じたりするが、滅多にない。10月にもの凄い暑い日もあるが、ときたまだ。流石に11月になると夏の気配は消えている。そして徐々に冬が入り出す。
 どちらにしても気温は高い目だが、それほど暑くはない。焼け付くような暑さでなければ、何とかなる。そして暑い日は、まだ夏の開放的なものが残っているので、悪くはない。
 といってもまだ暑いので、呑気に自転車散歩でうろうろするというところまではいかない。少し遠い目のところへ行きたいのだが、暑いと気が失せる。そしていい気候になればなったで、意外と行かないものだ。
 いい気候のときは、朝の喫茶店からの戻り道遠回り散歩をする。近くをウロウロするだけだが、これをやると、本腰を入れての散歩に出る気がなくなる。すでに自転車散歩を済ませたようなものなので、その日は遠出する気になれないのだろう。
 年々出不精になっているのは、既に知っているものが多くなっているためだろう。だから新鮮さや驚きがない。相変わらずのものが相変わらずあるようなもので、一度見た映画をまた見るようなものだ。
 日常移動で、通り道を見ていると小さな変化が楽しめる。全体は同じなので、細部に目がいくのだろう。またはなかったものとか。
 
 

■■ 2019年9月4日 水曜日 午前8時40分
 
 今朝も晴れており、気温は高い目。晴れ具合は昨日のほうがよかった。しかし、結構蒸し暑く、夜は完全に熱帯夜で、これが厳しかった。流石に扇風機を回して寝た。暑さがぶり返した感じ。これは意外とこたえる。もう涼しくなり始めているので、暑さへの構えがない。
 それと夏の疲れは今頃出やすい。その夏の疲れとは暑さ疲れだ。その暑さが、またやってきたので、これは何だろう。疲れが出る頃に暑い。これは厳しい。
 しかし、今年は夏バテはなかったのだが、用心していたためだろう。無理に日向に出てウロウロしなかったため。そのほとんどは自転車散歩。まあ、暑いので、無理する以前に行く気が起こらないので、これで暑さにあたる機会を減らしていたのだろう。しかし、夏の疲れは今頃出るとかの噂があり、実際にその通り。
 暑いだけならいいが、湿気がいけない。蒸し暑いのが。昨日は夕立はなかったが、降った方がすっきりする。
 昨日今日と暑いが、夏真っ盛りの頃の暑さではないので、少しはまし。結構暑さを無視しているところがある。もう暑いのと付き合わないかのように。 今朝は早い目に起きてきたので、朝の喫茶店までの道はそれほど気温は上がっていないはずだが、30度へ一気に持って行かれる。だが30度ぐらいなら何とかなる。
 日中も部屋で座ってられないほど暑くなることはないが、夜のほうがきつかったりする。昼間は日影があるが、夜にはない。月影はあるが。外に出ても、街明かりの影のほうが強くて、月からの影法師は見えない。だから満月の夜は明るいはずだが、街が明るいので、これも実感がなくなった。ただ、夜中になっても空に青さが残っており、雲も白く見えていたりする。真っ黒な空で月と星だけが見えるのではなく。
 蝉はまだ鳴いており、地面の落ちていたりするので、風景としてはまだ夏なのかもしれない。秋の話題として蝉は合わない。まあ、遅い目に出てきた蝉だろう。
 夏休みが終わり学校が始まった頃。その下校時、夏の風景だったことを思い出す。結構暑かったことを。
 春になっているはずなのに冬のように寒い日があり、もう仕舞ってしまった防寒着を引っ張り出すこともある。季節は行きつ戻りつ。それだけのことで、よくあることだろう。
 ホウレン草の値段が戻っていた。といっても百円半ば。もう少し下がるはずだが、いい感じだ。
 晴れたり雨だったりのバランスがいいのだろうか。どちらか一方だけだと、野菜の値段に出る。葉物だが。
 いつも安いのはニラだ。
 百均の二つ百円の豆腐は悪くない。普通だ。これなら豆腐切れのとき、コンビニに行くより、百均へ行った方がいい。ただ、そのためだけに百均へ寄るとなると、遠い。夜に散歩がてら行くのがいい。
 十日間予報を見ていると、日が進むに従い最高気温も最低気温も下がっていく感じなので、昨日今日の暑さは続かないということだろう。
 
 
 
■■ 2019年9月3日 火曜日 午前9時43分
 
 今朝は暑い。夏が戻ったような感じだが、晴れており、青空が出ている。その青がかなり綺麗だ。雲が少なく、角度によっては青しかなかったりする。まあ、空一面雲がない日など滅多にない。よく見ると水平線の彼方に少しだけあったりする。距離的には遠いが、それだけ密度が濃い。距離が圧縮されているので、具としての雲も、詰まっている。
 雨が続き、曇りが多い日の中ででのたまの晴れ間なのだが、これが暑い。一雨ごとに涼しくなる約束が違う。雲も秋の雲から夏の雲になっている。よく考えるとまだ九月の初め。そんなものだろう。
 8月末頃など最高気温は30度に届かなかったりしていたので、これは秋にチェンジと思ったが、ここに来て盛り返してきた。
 九月いっぱいはまだまだ暑い日があるという言い伝えは本当だ。しかし、理想的なコースを期待していたので、さらに涼しくなってもらわないと困るのだが。
 だが、朝から陽射しあり、暑いのだが、焼け付くような暑さではない。ここが真夏とは違う。太陽の勢いが少し弱いのだ。昼間でも徐々に太陽の位置は低くなっている。傾いているの。低いというより、上に来ない。
 そして暑いが日陰に入りたくなるほどでもない。また夜中は気温こそ高い目だが、掛け布団がいる。夏のつもりでいると、身体を冷やしてしまう。寝冷えだ。
 だが、朝、味噌汁を飲むと汗が出る。これも夏に戻った。扇風機がいる。これは昼間はまだまだ必要だが、寝る前は必要ではない。空気の芯にそれほど暑いものがなかったりするためだろう。
 しかし、秋物を買いに行った日のようなことは、もうその気がなくなっている。夏物でも暑苦しいためだ。やはりぐっと涼しくならないと、その気になれない。
 それよりも秋物を探していると、部屋から結構出てきた。買いに行こうとしていたジャケット系もあった。しかし、結構重い。綿のためだろう。店屋でこの前見に行ったときは軽い物が多い。化繊のためだろう。
 真冬ものは重い方が安心感があるし、押さえが効くので安定感抜群だが、この時期は重いのはまだしんどい。暑苦しいし、重苦しい。
 喫茶店の戻り道の自転車散歩が行きやすくなったのは涼しくなったため。陽射しがあってもそれほど苦しくはない。しかし、今朝は一寸きついかもしれない。
 まあ、今朝はもっと寝ていたいので、二度寝をしたので、時間が遅い目になったので、寄り道する気になれないが。
 自転車のチェーンが緩んでいるのか、カチカチ音がする。カバーに当たっているのかもしれない。垂れて。
 それで、いつもの買った大型店へ行くが、店は小さい。だがチェーン店なので、若い店員が何人もいる。だから馴染みの自転車の親父などは出てこない。
 300円しなかったが、空気も入れてくれた。この前チェーンを張ってくれたばかりなのに、早い。暑さで伸びるのだろうか。
 タイヤがパンパンになり、よく弾くようになり、スピードが上がった。しかし、いつもゆっくりしか漕がない。風景を見ながら行くためだろう。
 百均で豆腐を買う。百円だと思っていたが、二つで百円だった。それで、もう一つ持ってくる。そんなに食べられない。以前は二丁で百円だったが、今は一丁分の長さがないので、実質値上げだろうが、タイプが違うので、質が上がったのかもしれない。豆腐には元々味はないようなものだが、食感が違う。かさっとしているとか、スカスカとか。クリームやプリンのようとか。
 味噌汁の中に入れ、味噌味で馴染ませれば、どれも似たようなものだが、崩れ方が違っていたりする。
 しかし、世の中で一番安いはずの百均豆腐が吉野の水となっているのは驚きだ。この地方の水はかなり良く、米も美味しい。その水で炊くことでさらに。だから豆腐もその水を使っていると、これは金を取れる豆腐になる。
 まあ、吉野と言っても広いが。渓谷の水は確かに美味しい。
 さて、一番安いはずの豆腐が、一番いい水を使っているとなると、これは楽しみだ。
 しかし吉野豆腐店が作った豆腐かもしれない。
 
 

■■ 2019年9月2日 月曜日 午前8時53分
 
 今朝は曇っており、気温は高い目。予報では晴れとなっていたが、当たっているのか外れているのかは分からないが、十日前の十日間予報での今日は気温は28度ぐらいが最高気温。ところだが最近は34度などに変わっている。他の日もそうだ。
 だから夏の終わり頃、この十日間予報で秋を感じたものだ。最高気温は28度で、最低気温が24度あたりが平均。その秋になってみると、ぐんと最高気温が高い目の予報に塗り替えられていた。ただ、最低気温は変わらないので、朝は秋なのだろう。
 曇っていても今朝は少し暑い。34度出るというのだから、そんなものだろう。
 まあ九月に入ってからも暑い日が続くというのはありがち。その方が例年並みではないかと思える。それは街の声というか、人が話している言葉で、耳に記憶される。何年前。何十年前の記憶かは分からないが、九月いっぱいは暑いとか、十月にこの暑さは何、とか。意外と暑い記憶しかない。まあ、そういう暑い年があったのだろう。
 そういう声は予報ではない。しかも最新の十日間予報でもない。まあ、昔からの言い伝えのようなものだが、それほど昔ではない。同じ時代に生きている人が言っていた言葉なので。
 要するに今朝は夏に戻っているようなもの。ただ、空を見ると夏の空ではない。雲も秋に出るタイプ。
 昨日は寒くなり始めると思い、上に羽織るジャケットのようなものを買いに昆陽のイズミヤへいった。買うものは決まっている。以前見たもので、一着しかなかったが、そのときは夏に着るには暑苦しいと感じた。それで買わなかった。
 それと夕方前に行く喫茶店を昨日は変えた。昆陽の喫茶店でピザの店だが、注文して食べている人はほとんど見たことがない。普通の喫茶店だ。美味しいものを食べに来る客ではなく、休憩しに来る客が多い。一寸一息とか、新聞や本を読んでいる人が多い。ピザはそう言うときには出てこない。これが昼頃ならランチタイムで、食べに来る人もいるはずだが、ご飯ものはないようで、ミックスサンド程度。焼きめしとかスパゲティがあったような気がするが、忘れた。食べている人を見かけないため。
 その前に中古屋があるので、そこへ先に入る。いつもの中古カメラコーナーを覗くが、動いていない。
 ついでに卵焼き器を買う。これは値段が三種類あり、加工の差。一番高い三層構造のにする。これで800円。よく見かける品だ。高い目の。ここは中古屋だが、これは新品。だからバッタ屋のようなもの。ただ、箱には入っていない。蒸かし器も置いてあるが、こちらは未開封の元箱入り。逆に中が見えないので、実物が分からないが。
 だから、中古屋なのだが、その中に中古価格並に近い値段で新品を売っていたりする。何処かから流れてきたものだろうか。ただ、品はよく見かける卵焼き器。それを三種類。並べて置いてあるので、売れ筋なのだろう。
 卵焼き器やフライパンは百均でも売っているが、百円ではない。それを使っていたのだが、焦げ付くようになった。まあ、普通のフライパンとして使い続けられるが。
 テフロン加工などが、効かなくなったのかもしれない。
 高い卵焼き器との違いは、底から違う。そこに別の素材で焦げ付きにくいのが付いている。高い鍋などの底と同じものだ。だから重い。螺旋模様。渦巻き模様のような白い金属。
 百均のは薄いので、すぐに熱くなる。鉄板が薄いのだろう。
 高いのは表面にまだらの白い斑点のようなものが浮かんでいるタイプ。
 それを買って、喫茶店に入り、帰りにイズミヤで衣料を見るが、目的物がない。売れたのだろう。
 しかし、秋物の、今すぐ着られるという感じのものがずらりと展示されていた。
 一寸だけ裏地が分厚そうなパーカーなどがあり、こういうのが着やすい。裏地といっても、一寸凹凸がある程度。昔ならタオル地で糸の突飛が輪っかになっているようなもの。これはバスタオルを着ているようなものなので、重い。
 だから夏向けのカッターシャツよりやや分厚い程度。秋物なので、冬は無理だが。
 狙っていたものとは違う。そちらはジャケット風なので、スーツの上に近く、半ばジャンパー風。
 まあ、その少しだけ厚みのあるパーカーだが、値段は千円台。ずらりと並んでいる。流石にイズミヤ。
 子供の頃、本店だったと思うが、尼崎へ連れて行ってもらったことがある。安くて品数が多い衣料スーパー店が少なかった時代なので、阪神バスに乗って市外に出たものだ。市場の中にあり、賑やかだった。伊丹よりも尼崎の方が深くて濃い。流石アマ。
 こういうのは大阪郊外なら千林だろう。
 それで、目的としているものがなかったので、買う気が失せ、他のものはよく見ないで、帰った。欲しい物がないので、目的を果たせなかったのだろう。ただ、かわりのものなら色々ある。しかし、ずっと狙っていたものを持ち帰らないと、しっくりこなかったのかもしれない。
 夕方前。おかずはあるので、そこにも寄らなかった。
 戻り道、もう夏場の暑さはない。カメラは先日買ったパナソニックのTZ95。やはりファインダーが綺麗に見えるので、それだけでも満足。ただAFがバタバタしすぎて、追尾モードに勝手に入るので、面倒だが。
 写りはほどほどにいい。たまにびっくりするほどの質感が出ていたりする。
 まあ、カメラはどんなタイプでも条件がよければ映えるものだ。
 
 
 
■■ 2019年9月1日 日曜日 午前8時25分
 
 今朝は曇っている。気温も低い目。涼しいとか、過ごしやすいとかもあるが、少し寒いので、カッターシャツの上に、ぱらっとしたものを羽織る。雨が降りそうで、ぱらっとした形跡も残り、空も暗いので、これは雨かもしれないので、防水性のあるペラッとしたものを羽織ろうとしたのだが、それでは蒸れる。それで、夏に買ったカッターシャツよりも薄いパーカーにする。夏場、これが涼しいので、毎日着ていた。今はその下にカッターシャツが加わることになる。どちらも夏用だ。
 今朝は長袖がそれなりに目立つ。さらにその上に何か羽織っている人も見かける。確かに朝、起きたとき一寸肌寒かった。これで晴れておれば、そんなこともないのだろうが。
 天気予報を見ると、明日は晴れて最高気温34度となっている。信じられない。今日の次が明日。だから僅かな時間にそれほど変わるものだろうかと。また、明日の晴れも十日間予報にはなかった。急に晴れると言い出し、急に34度になる。真夏が戻ってくるようなものだが、そのあとまた曇り、そして雨になる。少し前の十日間予報では十日間ずっと曇りか雨だったので、晴れが予想できないのだろう。まあ、分からなければ曇りにしておけばいい。
 早くもう薄手のダウンジャケットを着ている人を見かける。町内の寒がりではない。通勤の人だ。しかも青年。これは将来偉い人になるだろう。まあスーツの上だけのような感じか。
 今日は日曜日で、しかも九月になっている。あっという間に夏が過ぎた感じで、そこを通過した。今年は早いか遅いかは曖昧で、まあ、こんなものだろう。日数は同じだが、暑い日が多いと、長く感じる。
 涼しげな夏だと、夏っぽさがないままなので、短く感じるだろう。うだるような暑さがないままだと、まだ夏は終わっていないと思ったり。
 昨日はペラッとしたジャケットを買いに行こうとしていたのだが、小雨で何ともならない。いつものスーパーの二階の衣料品売り場なら喫茶店のついでに寄れるが、狙っているのは昆陽のイズミヤで、遠い。ここに夏場も吊されていたジャケットがある。これはイズミヤブランドで、少し高い。だが夏場でも羽織れる。生地は薄い。夏場これと同じようなのを着ている人がいた。朝の喫茶店に。しかし、最近見ないし、夏の真っ盛りになると、それも暑いのか、脱いでいた。だから暑い盛りは着られないが、少し涼しくなると、ちょうどいい感じになる。特に喫茶店の冷房対策には。
 カッターシャツ程度の防御力だが、脇にポケットがある。カッターシャツにはない。そして大きい目。スーツのポケットと同じような形と大きさだ。だから結構大きい。ここにデジカメを入れると取り出しやすい。ポケットは斜めカットよりも、水平口のほうが引っかかりにくいし。
 昨日の夕方は、夕方なので、当然夕立を警戒した。その前にぱらっと来ていたので、降ることが分かっていたし、実際には降っているので、遠くまでいけない。
 昨夜は熱帯夜から解放されたのか、寝やすかった。蒲団がちょうどいい感じで、掛け布団が快い。それでよく眠れた。
 しかし九月になってしまうと、あっという間に十月になり、年末へと急降下する。特に九月は短く感じる。まだほんの少し夏の気配を残しており、八月の続きではないかと思ってしまうためだろう。月で括らないで、気候で区切る感じだ。こちらのほうが曖昧で、境界線がなかったりする。
 気温的には過ごしやすくなっているのだが、曇りや雨が多くて、行楽の秋なのに、出にくい。
 雨不足か日照不足か、どちらの時期なのか分からないが、ホウレン草が300円していたのが収まり100円半ばに回復した。倍していたのだ。飛騨ホウレン草というのがあり、その値段の推移。しかし、このホウレン草が高いときは他の産地のホウレン草もやはり高い。300円超えしたときは、置いていないスーパーもあった。高いので買う人がいないため、仕入れなかったのかもしれない。または品不足か。
 天気の悪い日が続いているが、季節は確実に前に進んでいる。
 
 

■■ 2019年8月31日 土曜日 午前8時56分
 
 今朝は晴れている。寝る前に天気予報を見ると曇りになっていた。これは一時間置きの予報だが、朝は曇っているはず。ところが起きて、もう一度見ると晴れマークになっている。夜には朝の天気が分からないのだろう。明日の、というより、睡眠時間分先の。これで数日後など予報できるのだろうか。まあ、流れて行く雲のコースが逸れれば晴れだったりする。
 十日先の予報になると、日替わりで変わったりする。予想された日の予報と、当日が違うと、予想を立て直さないといけない。条件が違ってきているので。だが、いきなり冬にはならないし、真夏に戻るわけではないので、まずまず妥当な予報だろう。
 昨夜寝る前、十日分の予報を見たのだが、晴れマークなど一つもない。それが朝見ると、晴れマークになっていた。しばらくすると、曇りや傘マークになるが。それでも晴れないと思っていたのが、晴れていたので、これはいい感じ。
 だが、真夏だと雨マークが欲しかった。それで涼しくなるのだから。今は晴れマークが欲しい。
 しかし、陽射しがあるということで、夏の最後に買った長袖の薄いカッターシャツを着て朝の喫茶店へ行く。出る前、これでは寒いかしれないと思ったが、実際に陽射しの下を自転車で走ると、それなりに暑い。だからちょうど。
 喫茶店の冷房は、故障しているのか、これもちょうど。いらないほどなので。
 最近は夕立が多い。夕方近くに行く喫茶店からの戻り道、いつも降られる。しかも夕立なので、強い雨。
 昨日もその夕立に遭うが、喫茶店を出るときはましになっていた。夏から秋への時期、夕立が多いのは分かっている。夏の終わりは夕立は名物のようなもの。決まって夕方だ。昼間ではない。それなら昼立ちだ。またはただの俄雨。
 夕立は晴れているとき、降る場合が多い。だから傘など用意していなかったりする。しかし、最近は晴れていないので、夕立らしくない。時間を見て、ああ夕立かと思う程度。
 夕立が去ったあと、日が沈む前の夕焼けが少しだけ見えたりする。これは雨が結構降っているときに、遠くの空に赤い太陽が見えたりする。滅多にない光景だ。
 夏休みは既に終わっているようだが、今日が本当は最後の最後の31日。天気の悪さや、低い目の気温だが、まだ八月なのだ。まあ六月七月八月が夏で、八月は最後の月。だから最後のほうは秋の初めと入れ子状態になっているはず。八月にはそう言う秋の気配が入って来るので、八月全てが夏のイメージではない。七月は全て夏だ。六月は梅雨が入り込むので、これも夏なのだが、全ての日が夏のイメージではない。雨のイメージが強い。
 まあ、七月に入ってもまだ梅雨は明けていないので、ここにも雨のイメージが少し残るが。
 だから七月中頃から八月の中頃あたりまでが夏っぽい。全て夏だと言ってもいい。中頃から中頃までの一ヶ月分。
 
パナソニックTZ95の続き
 雨が多いのでそれほど写す機会はないのだが、降っていても傘を差せば雨の日でも撮影はできる。しかし強い雨だとそちらに集中するので、被写体を探すようなことはしないが。
 日常的に持ち歩き、その範囲内で、適当に写す場合、このタイプのカメラは相性がいい。操作性や取り回しはネオ一眼のほうが構えやすいし望遠も倍ほど長くなるので有利だが、日常移動なので、それほどいい被写体と遭遇するわけではない。
 望遠端は700ミリあれば充分という感じもある。これは600ミリあたりまでが安全圏で、その倍の1200ミリあたりになると、写りが今一つはっきりしない場合がある。晴れておれば別だが。
 望遠端が700ミリなので、安心してズームレバーを引ききればいい。それ以上伸びないので。
 また、この新製品になってからフルオートでのデジタルズームが違っている。デジタルズームが消えている。前機でもそうだったのかもしれないが、パナソニックのコンパクト系は、フルオートだとデジタルズーム域まで写せる設定になっており、これは換えられない場合が多かった。だから、知らない間にデジタルズームになっていたりした。そのため、レバーを途中で止めないといけなかったのだが。
 これは画質が悪くなるためだが、その前に買ったFZ300というネオ一眼ではデジタルズーム域に入っても画質は落ちないことが分かった。以前とは違うのだろう。受光素子が小さいのに、無理をしないほうがいいと思っていたのだが、結構写っていた。
 TZ95でのデジタルズームはまだ使う機会がないが、これは試してみる必要がある。
 実用性があるのなら、1400ミリ越えとなる。ネオ一眼並みだ。しかもポケットに入る。
 以前からあった機能だが、ホワイトバランスの設定が分かりやすい。色のバーがでるので、それをスライドさせれば暖色系から寒色系の間で変えられる。これは液晶を見て、できるので、簡単だ。太陽光がどうの、蛍光灯がどうのの設定ではない。これはフルオートモードでできる。矢印キーだけでできる。
 露出補正はフルオートモードでもできる。これも十字キーに仕込まれているので、簡単。調整はその十字キー周りにあるリングなので、すぐそこにあるので、回しやすい。十字キーの上が露出補正、左がホワイトバランス。完璧ではないか。だから、一寸露出と色目を修正するときも、非常に操作がいい。まあ、滅多にそれはしないが。
 前機TZ90のとき、使わなかった機能も、買ったばかりの95で、また試してもいい。こういうのは最初だけかもしれないが。
 それよりもカメラ任せで、初期値のまま写すのが、このカメラには似合っている。だが、色々と弄りながら写すことも可能で、その操作性も非常にいいということだろう。
 カメラが少し大きい目なので、それほどチマチマしていないのもいい。
 
 
 
■■ 2019年8月30日 金曜日 午前9時42分
 
 今朝も雨。昨日も雨。夕立は夕方だけだが、昨日はその後も、強い雨が降っていた。雨粒ではなく、滝の水のように。こんなものが空中にあるのかと思うと、重いだろう。だから落ちてきた、つまり降ってきたのだろう。空に水槽があるようなもの。
 用事で出る度に、雨に遭ったが、そういう日に限り、防水性のないパーカーとかを着ていた。これがあると背中の濡れが違う。傘を差していても背中が濡れたりする。強い降りでは。
 風を防ぐため、傘を前のほうで楯のように構えている隙に大きな滴が背中にポタリと落ちたりする。当然傘からの滴を自ら被ったりする。
 今年の梅雨時でも、これほど雨が続かず、これほど強い雨は降らなかったのではないかと思えるが、帳尻を合わせてきたのだろう。
 夏が終わったとたん、この秋の長雨は何だろう。いや、この長雨がなければ、まだ夏だったのかもしれない。雨で気温が下がったので、夏が終わったと思い、秋が始まったと勘違いしただけかもしれない。
 今朝は用心して防水性のあるパーカーを羽織る。非常に薄いが、傘を差しているので、この程度の防水性でも何とかなる。ある程度強い雨だと、染みこんでくるが、すぐにではないだけ。
 まあ、短距離だと着替えればいいので、衣服そのものをカッパだと思えば、防水性などいらないが。
 ズボンなどは裾や膝が濡れる程度で、あとは無事。これはしばらくすると、乾く。だからそのままでいい。傘がないと、ポケットまで濡れる。
 ただ靴は夏向けのスリッパのようなのを履いていたので、これが全部スポンジではないかと思えるほどよく水を吸収してくれた。流石に続けて履けない。当然靴下は濡れているので、これは交換。
 今朝は防水性のある靴で、2000円少しの安いタイプだが、結構しっかりしており、ずっとこの靴ばかり履いている。防水性と書かれていたので、屋台で即買い。欲しかったものだ。地味なデザインのカジュアル靴で、紐靴だが、簡単に履けるし、簡単に脱げる。だから履いたり脱いだりのとき、紐を使わなくてもいいので、楽。運動靴ではないので、底が固くしっかりしている。グニャグニャしない。
 これと同じ靴は何処で売っているのだろう。屋台で買ったので、追跡できない。靴屋へ行けばあるが、防水性のある靴は結構高かったりする。水の中にある程度入れるのだが、水溜まりではなく、上からの雨を弾いてくれればいい。しかし、紐靴なので、隙間だらけだが。
 まだ8月末なのだが、夏休みはもう終わっているのか、小学生が普通にランドセルを背負って集団で下校している。31日まで休めないようだ。
 31日の夜。最後の線香花火が、消えつつある状態を見ながら、去る夏を惜しむというのがあった。線香花火はシュシュと最初は勢いよく、それで燃え尽きるのだが、火の玉がまだ残り、小さな火花がまだ出る。チリチリと。これが最後の最後。それを見ながら、明日宿題の言い訳をどうするのかの法廷に立つ。ソクラテス最後の弁明。
 これが31日の行事で、一人で通夜をやっているようなもの。なくなった夏休みを偲びながら。
 だから30日ではなく、31日の、その一日が徳俵のような、最後の最後の日。
 
パナソニックTZ95を少し使っての感想
 動作が少し早くなっているのかもしれない。これは映像エンジンとかが変わったためだろうか。複数のことを同時にできる仕掛けだが、それがよくなったのかもしれない。
 以前もそういうことがあり、一枚写してからの二枚目が早くなっていたので、驚いたことがある。これなら一眼レフがいらないのではないかというほど間隔が短い。連写ではなく、単写のときの待ち時間がほぼないほど次々に写せた。
 望遠端で写し、さっとズームで広角側へ戻すとき、追従してないときがあった。今回それを少し試したが、付いてくる。あたりまえのような話だが、これが引っかかるタイプがあるのだ。
 TZ90もたまに引っかかった。写したあと瞬時にズームで広角寄りでもう一枚とか、またはもう少し望遠側へ寄せてもう一枚とかがある。
 今のところそこまで写していないので、実験的に試しただけだが、本番になるまで、実験の結果が合っていたのか違っていたのかまでは分からない。
 ただ、ホームページ上の商品紹介ページでは、さらなる高速化、などとなっているので、やはり映像エンジンがよくなったのかもしれない。
 
 次は電源を入れた瞬間ファインダーを覗く場合、どうしてもアイセンサー経由なので、感知してから電子ファインダー画面に切り替わる。これがワンテンポある。まあ、ここは他社のほうが早い。だから、ここは以前のままで、早くなっていないが、それほど待たされるわけではないので、実用上問題はない。
 よくやるのは、電源を入れた瞬間ファインダーを覗きながら望遠端まで持って行くこと。これは最初から遠くにあるものを、できるだけ早く写し取るため。間があくと被写体がいなくなる。
 今回違っていたのは、電源を入れた瞬間覗くと実際には何も見えないのだが、青いものが見える。これはズームレバーを引いたときだ。以前は画面が青くならなかった。どちらにしても、まだ電子ファインダーに切り替わっていないのに、ズームしたことになるため、お見せする画像がないのだろう。
 このタイプのカメラは電子ファインダーは表示で、それが遅れるだけで、ズーム機能は動いており、次に見ると、広角側は既に通過しており、望遠の途中になる。だから電源を入れた瞬間ズームレバーで望遠端まで持って行けるということだ。電子ファインダーの表示が遅れるだけ。
 それと普通に広角側になっている状態で、ファインダーを覗き、そこから普通にズームしたとき、ピントが合った状態のままズームできるので、これはいい感じだ。高倍率ズーム機の場合、途中でピントが来なくなり、ターゲットがぼんやりしてしまうので、一度シャッター半押しでピントを取る必要があるのだが、このカメラはピントが来ている。というより、とりあえず前方の何処かにピントが来ているのだろう。だからファインダーがよく見える。
 パナソニック独自の空間認識AFのおかげかもしれない。それとプレAFやアイスタートのおかげかもしれない。まあ、背面液晶のほうが反応は早い。
 それは液晶は100万ドットほどだが、電子ファインダーはその倍以上あるためだろう。
 今のところ、遠くにある小さなものを一気にズームで寄るとき、被写体に上手くピントが追従しているようだ。これは動画機能などで、自動的にピントを合わせ続ける機能と同じだろう。
 静止画の場合、シャッター半押しでピントスタートもあるし、また常に合わせ続けるモードもある。
 まあ、ピントが来ていないと、電子ファイダー内はボケボケなので、被写体が見えなかったりする。
 
 AFの動作はバタバタするタイプで、これはソニーに近い。動いているものがあると、それを掴みに行こうとし、なかなか離してくれないときがある。背面十字キーの真ん中のボタンを押せば解除されるが、余計に手間だ。フルオートモードでは顔認識、人がいなければ被写体自動選択、動くものがあれば掴みたがるタイプ。
 ただ、普通の風景だと、常識的なものに合う。オリンパスはとんでもない端っこに合うが、パナソニックは自動認識モードのままでも大体思うところに合う。
 自動認識はとっさのときは好ましい。滅多にないが飛んでいるものなどが空にあると、確実に捕らえてくれる。画面の何処にあっても。一点AFだとすぐに命中させることが難しかったりする。動いている場合。
 だからファミリー仕様で、動き回る子供やペットなどにはいいのだろう。
 しかし、暗いところなどでは、中央部に大きな枠ができて、もうピントを諦めたように、大づかみになる。距離がほぼ同じものばかりだと、そうなってもかまわないのでいい。ピントとは距離のことなので。
 
 あとはTZ90と同じことだが、電源ボタンがいい。角にあるため、それとそれほど力を入れなくても押せる。これは電源ボタン周辺には何もなく、広い敷地内にあるので、指の腹で押さえ込みやすいためだろう。片手でも人差し指の爪ではなく腹で押せる。当然液晶撮影のときは親指の腹で押すスタイルになるので、これが一番軽く感じる。親指の腹が一番力があるためだ。
 
 次はカスタマイズ。
 これはファンクションボタンの入れ替えや、レンズ根本のリングの機能の割り当てなど、かなり弄れる。たとえばリングに露出補正を仕掛けたりできるので、常に露出を弄る人ならワンタッチというより、左右に回るので、どちらかへ回してやれば暗い目に写り、明るい目に写るということがダイレクトにできる。初期値はズームだ。このズームの段階ズームに変えることもできる。
 弄れるボタンは多く、またリングも二箇所あるので、自分好みのよく使う機能を割り当てることができる。
 ただ、このカメラに求めているのは、個人的にはフルオートモードで、カメラ任せで写すこと。だから、あまり凝った使い方はしないので、折角のカスタマイズ機能がもったいないが、あらかじめ用意されている初期機能だけで十分だろう。
 このあたり、一寸した高級機のレベルだ。だから本気で使う人でも、満足できる機能割り当てやカスタマイズや、チューニングができると言うこと。
 まあ、何でもかんでも詰め込んでやれというカメラなので、このカメラ一台で、最近のデジカメの最先端を体験できるという話だ。
 
 夜間撮影
 夜景とか、夜間の風景などを写すのに、わざわざこのカメラを持ち出さないだろうが、何とかフォロー機能はある。写せるように。
 普通はノイズが少ない受光素子の大きな一眼タイプカメラに明るいレンズを付ければ問題なく写せる。かなり暗くても。
 それを受光素子が小さく、レンズも暗いカメラで写すところがいい。
 このとき、このカメラは反則技と出す。なんと五枚連写。しかし瞬時だ。早い。それを合成して誤魔化すのだが、ピントが何処に来ているのか分からないようなぼんやりとした写真もあり、しっかりときていて、上手く反則技に成功した写真もある。まあ、写してみなければ分からないので、結果が予測できない。
 このモード、フルオートにしておけば勝手に入る。ソニーやカシオがやっていたようなことだ。
 以前は感度上げで、昼間のような夜景になっていたが、最近は暗い目に写るので、夜の雰囲気がよく出ている。また、どうせ写らないだろうと思いながら写すので、写っていたときは満足度が高い。
 
 さて、それで、少しだけ弄っただけで、少しだけ写しただけの状態だが、持ち歩くのが楽しいカメラだ。ポケットに入るので、気楽に持ち出せるので、気楽に写せる。カメラが出せるかどうかで、かなり違う。
 そしてある程度の大きさと重さがあり、その塊がカメラっぽい。昔のコンパクト系そのもので、レンズシャッター式コピーライカのような。
 つまり小型カメラの世界で、大層なカメラではない。
 フルオートにさえ合わせておけば、シャッターを押すだけでいい。
 電子ファインダーがよくなり、小さなファインダーだが、ミラーレス並の200万ドット越え。それでいて小さいので、木目が細かい。だから滑らかに見える。小さな文字が読み取れるだけでも、これは新製品を買った意義がある。これでは旧機に戻れないだろう。
 昔からあったレンズシャッター式のコンパクトカメラ。ファインダー撮影だったが、そのときの感じと同じようにファインダーを見ながら写せる。大きさも似ている。
 そして撮影スタイルが多様。ファインダー撮影は文句なし。背面液晶での手かざしも素早い。これが一番早いが。そして液晶を回転させてのウエストレベル撮影。町中では非常に撮しやすい。目立たないためだ。そのスタイルのまま超望遠で切り取れる。液晶も見やすい。そしてAFは早く、しかも自動ターゲットは、ほぼ狙っているものに合う。素直な被写体自動認識。
 まあ、写っていなくてもいいか、と気楽に写せるのが、このクラスの特徴。
 今回は白ボディーなので、クラシカルな雰囲気はなく、白物家電のイメージ。結構現代的で馴染みやすく、今の風景と合っている。古典でもなく未来を先取りしたものではなく、この今の時代に溶け込んだような。だから恥ずかしいほどの家電カメラ。
 このシリーズ、ずっと愛用してきた旅カメラで、パナソニックライカの系譜。門真ライカらしさは、実はこのクラスのコンパクト系にあったりする。
 
 
 
■■ 2019年8月29日 木曜日 午前9時16分
 
 今朝は曇っているのだが、瞬間的に陽射しが出たりするので、驚く。梅雨のような日が続いているので、今日も雨が降ってもおかしくない。しかし、十日間予報が傘マーク一面から曇りマークに変わっている日がある。だから十日間ずっと雨と言うことではない。
 まあ、傘マークは雨と言うことではなく、降水確率なのかもしれない。雨が降る確率が高いので、傘マークとなっているだけ。ただ、晴れる確率はでない。だから雨が降っていないだけで、晴れている日もあると言うことだ。
 一日の中でも天気が変わることがある。ずっと一日中同じ天候もあるし、二日も三日も同じような日もあるが、朝と昼とで違っていることも多い。朝晴れているので、今日は晴れだろうと思っていると、晴れていたのは昼だけとかもある。その逆も。
 今朝は暑いのか涼しいのかがよく分からない。予報では低い目だったが、その後、高い目に修正。これはどちらにでるのか分かりにくいが、喫茶店での冷房を考えて、ぱらっとしたパーカーを羽織る。暑いほうを信じた場合は、夏のさらっとしたカッターシャツがいい。しかし、もう季節的に冷房がこたえる時期。真夏のカンカン照りのときは冷房で寒いとは思わないが、もうそんな強い照りつけはなく、最高気温も大したことはない。だから、冷房対策で、風を通さない蒸れそうな化繊パーカーを着る。結果は成功で、これを着てきてよかったと思った。寒いと滞在時間が短い。コーヒー代がもったいない。滞在時間を買っているようなものなので。
 この化繊パーカー、結構いい。蒸れるが、網と二重構造になっており、裏地のようにくっついてなく、止めてあるだけ。まあ、表地が化繊なので、ピタリとくっつきにくいのだろう。別のタイプの繊維が。
 一枚物で、裏地に凹凸のあるものもある。最初から表と裏がある生地。冬物なら、そこに一寸だけ温もりのあるものが仕込まれていたりする。ボリュームがあり、生地に弾力が出る。
 昨日も雨に遭ったが、小雨なので、そのパーカーで凌いだ。傘を差すほどではないので。水滴が浮いて流れるのだが、徐々に染みこみ始める。水滴が浮かなくなったあたりが限界だ。しかし、そこから結構間がある。
 もう夏も終わり、秋仕様になっていく。
 
 パナソニックコンパクトカメラTZ95が来たので、早速開けてみた。
 アマゾンの段ボールが変わっていて、テープ類がない。メール便のように、ビリビリと切れる切り口が付いているので、カッターがいらない。しかし、大きさはこれが一番小さいタイプか、カメラの元箱が真ん中にぽつりとある。当然ピニールで留められているが。ここも指でブスリと破れないこともない。
 道具を使わないで、段ボールが開けられるだけでもいい。たまにカッターナイフが何処かに行ってないときもあるので。
 アマゾンで買ったのだが、出品していたのは大林のようだ。大阪方面では有名。ライカの店として。かなり高級カメラや中判カメラなど専門性の高いプロ機材を置いていた店。これは保証書を見て分かった。大林の判だった。
 まあ、アマゾンで上新のも買える。出品が上新。値段はアマゾンの方が安いのだが、上新での割引などを考えると、同じになる。だから、どちらで買ってもいい。ただ、出品者まで見ていなかったりする。
 大林なら買いにいけたのだが、リアル店の方にTZ95の在庫があるかどうかは分からない。そこへ行かないで、ヨドバシカメラで買うだろう。
 まあ、大林で良かった。八百富だったら笑うところだ。八百富はややこしいジャンクものの中古が得意だが、最近行っていないので、もう分からない。大阪駅のコンコース内で屋台を出して売っていた。
 元々は八百屋だった。
 
 さて、TZ95だが、TZ90と見比べる。差はほとんどないということはネット上で知っているのだが、細かいところが違う。
 まずは一番改良して欲しかった視度補正ダイヤル。この歯車が背面に頭を出している。だから擦れると回り、その頻度が凄い。毎回ではないが、ポケットから引っ張り出すとき、ほとんど回ってしまう。だから被写体にピントを合わせる前に、ファインダーのピントを先ず合わせるところから始めないといけない。そしてこの歯車に手をかざすとセンサーが近いので、液晶と切り替わったりするし、色々と面倒。他のカメラの視度補正はほぼ動かない。一生触らなくてもいいほど。
 その歯車が奥へ少しだけ引っ込んだ。これが最大のバージョンアップだろう。一番気になっていたところだ。これは苦情が結構あったはず。それなのに、何世代もそのまま放置していた。このFZ95世代でやっと改良した。
 ちなみに視度補正はマイナス4からプラス3と、もの凄く幅が広い。相当な老眼とか、目の悪い人でも対応するだろう。
 また、液晶と電子ファインダーの切り替えと同じところにアイスタートのセンサーも入ったのだろうか。以前もあったのかどうかまでは調べていないが、プリAFというのがあり、それでカメラを向けると適当なところにピントを借りにあわせるというのがあった。電子ファインダーなので、ピントが来ていないと、画面がぼんやりしてよく見えないためだ。ここが透視ファインダーと違うところ。まあ、一眼レフの光学ファインダーもピントが来ていないと、ぼんやりしているのでは同じだが。
 アイスタートはミノルタがやったものだと記憶している。α7000あたりからだろうか。
 
 次の改良点は液晶。サイズは同じだが、少し厚みを増した。そのため、半開きしやすくなった。今まではグニャグニャしていて、垂れ下がったりした。また中間で止めにくかった。その厚みが増し、強度が増し、腰が強くなったのだろう。これもありがたい改良点だ。だから前機とほぼ同じではない点が、この二点、確実にある。いずれも物理的なことだ。光学的なことではないが。
 そして最大の売りは電子ファインダーの解像力と像倍率が上がったことだが、実際に覗くと、大したことはない。まあ、少し大きくなったと感じる程度。ただパナソニックの液晶は色目がリアルとほぼ同じ。これだけは見事だ。
 
 買ったのはホワイトボディー。そうでないと、前機と間違ってしまうので。95になってからホワイトボディーができたのか、または90でも白があったのか、までは覚えていないが、白の絵は見た記憶が無い。
 白ボディーにグリップのところだけ淡い色目の滑り止めが付いている。これがアクセント。実際には皮と言うより、ゴムに近い。ぬるっとしている。だから、滑り止めなのだ。
 白地で純白だが、何か砂金のようなものが入っているのか、光線具合で粗目がでるが、触ってもざらざらしない。あくまでも白ボディーで、メタルっぽい金属色ではない。所謂白物家電。
 ここが一番パナソニックらしい。
 ただ電源ボタンやシャッターボタン回り、ズームレバーとかは金属の色だし、実際に金属。撮影モードダイヤルも金属色で白ボディーが白すぎるので、灰色に見える。これもアクセント。
 電源ボタンと動画ボタンも金属。あとは三脚ネジのところが金属。そしてパナソニックコンパクト系の特徴だが、レンズが金属。ただライカの文字は地味で目立たない。
 
 バッテリーは当然前機と互換性がある。携帯充電器に対応しており、パソコンからも充電できる。だから充電はそれで済むのだが、一応普通のコンセントに差し込んでも充電できるのが付属している。USBコードは汎用性の高いもの。使い回しができる。
 だからUSB充電式だとパソコンに画像を取り込んだとき、ついでに充電してしまえるので、バッテリー切れはほとんどない。余程の枚数を写さないと。それに毎回満タン状態なので、バッテリー残を確認する必要がないほど。
 
 電子ファインダーは0.21型で小さいが、233万ドット。この解像力は一般的なミラーレスカメラと同等。しかし像倍率は0.53倍と小さい。ファインダーが0.21型で小さいためだ。しかし前機より、大きく見やすくなっているのは確かだ。だが、もの凄く鮮明というわけではない。ただ、暗い場所ではざらっと粒がでるがモアレやデジタル臭い浪打などがない。
 ピントの山を確認すると言うより、被写体をそれなりに見えるという程度。だから一眼レフのファインダーよりも透視ファインダーに近い。ただ、電子ファインダーなので、ピントがある。それが来ていないと不鮮明。
 
 AFの最短撮影距離は特に凄いことはない。広角端で3センチ。これはレンズ先端からだ。望遠端は2メートルで、長い。まあ700ミリあるので、そんなものだが、1400ミリタイプでも2メートル以内になっているネオ一眼もあるので、望遠マクロが得意なわけではない。ただ中間はそこそこ寄れる。
 1メートルあたりまでは400ミリ少しまでズームできるので、まずまずだ。2メートルというのは700ミリの望遠端。端に近付くほど1メートル半まで伸びたりする。このあたりが、コンパクト系の曖昧なところで、まあ、何となくこれ以上望遠にすると合わなくなるというのは勘で分かるようになる。
 一応ズーム中に、画角と、その位置での最短撮影距離が表示される。しかも数値で。
 レンズは24ミリから720ミリで。このあたりまでの望遠なら安全圏で、それほど絵は崩れない。
 明るさは広角端でF3.3で望遠端でF6.4と暗いが、あまり気にする必要はない。感度上げとか手ぶれ補正とかで、開放が暗くても何とかなるのが最近のカメラだ。といってもこのカメラの感度は3200まで。手動だと6400まで上がるが、3200で十分だろう。
 レンズが暗く、受光素子が小さい分、24から700ミリ越えしていてもレンズは小さく細い。当然電源を切ればフラットなり、ボディー内に収まってしまう。だからレンズの飛び出しはなく、ポケットに入る。ただ、少し分厚いが。年々肥えている。
 それがホールディングに貢献し、がっちり持てる。このときの安定感は結構いい。
 バッテリーやカード込みで328グラム。これはコンパクト系としては重いが、ズシリとは来ない。
 300ミリ少しの重さではまだ臨界点のようなものに達しないのか、重さを感じにくい。これが400グラム台になると、ズシリと感じ、重いと感じるようになる。
 前機より、大きさ重さは多少増えているはず。1ミリか2ミリとか、2グラか5グラムほど。その程度では実感できないだろう。
 
 改良点をもう一つ見落としていた。それは背面グリップ。前面だけではなく、背面にも普通はある。親指掛け。ここの引っかけに窪みが加わり、滑りにくくなった。だから出っ張りの高さは同じだが、窪みができたことで、高さが増したことになるし、安定感が良くなっている。
 片手で写すことも多いので、これはありがたい。だから細かいところだが新製品ニュースには記載されていない違いがある。これは実物を見ればすぐに分かることなのだが。
 カメラの写真だけでは分からない。
 
 このカメラの写りに関しては、このクラスのカメラなので画質そのものが素晴らしいというわけではない。画質はそうでも、写真として見た場合、これは違ってくる。画質を見るのではなく、普通は写真を見る。
 パナソニックデジカメの中では一番下の方のカメラで、さらに下になると水中カメラになってしまうほど、下位カメラが減ったので、まあ、全体から見れば下の方のカメラ。特に最近は1インチがでているのでコンパクト系で画質で選ぶのなら、そのあたりがメインだろう。
 また普通のパナソニックミラーレスなら、文句なく高画質で、画質に感しての問題はないはず。あとはレンズで差が出る程度だろうか。
 TZ95の画質は昼間なら、問題はない。
 苦手とするのは暗いところだろう。受光素子が小さいので、ノイズがでやすくなるが、このノイズがまたいい。これは何処かライカで写した素粒子写真のカラー写真のような感じで、ああ、暗いところで写したので荒れているのだな、と言うことが分かるような写真。昔のカラー写真なので、増感したのだろう。それで粒子が出てしまう技だ。
 その系譜ではないが、パナソニックはノイズをあまり気にしていないようだ。
 そのつもりで見ると、少し砂っぽい、粉っぽい画質。これは見方によると快かったりする。実際にはノイズなのだが、ノイズの見せ方が上手いのだろう。
 写りに関しては、夜しか写していないので、よく分からないが、暗い室内でも結構行ける。そんなところで700ミリ超えで写しても問題はない。
 超望遠でレンズも暗い。しかし、ブレブレになることもあるが、しっかり構えて静かにシャッターを切れば問題なく写る。流石にちょい写しではブレる。
 まあ、超望遠と言っても700ミリなので、1400ミリとかに比べれば楽といえば楽。
 ただ、他のカメラで滅多に鮮明に写らないものが、しっかりと写っていた。当然広角側なら、人の目で見えているような暗さなら、問題なく写せる。
 
 背面液晶は3インチがあるので普通だが、少し小さいように思えるのは横長なのだ。だから3:2の比率にすればちょうど。コンパクト系は4:3が多い。それでは横を使っていなかったりするので、もったいないので3:2に変える。電子ファインダーの比率も3:2なので。
 何故そうなったのかはカメラの高さだ。電子ファインダーの接眼部があるため、目一杯使えないので、低くして横に広げたことになる。それでもカメラはこのクラスとしては高いほうで、結構背の高いカメラ。そのため指の掛かりもいい。
 グリップが飛び出たタイプではなく、軽い指掛け程度なので、少しだけ出ているレンズの根本よりも低いので、僅かな突飛だ。このグリップは前機と同じもの。形も。
 前機から変更のあったところは背面だ。だから背面だけ差し替えたような感じだろうか。
 だがよく見ると天板も飛び出しているところは前機は滑らかだが、今回は垂直に切り立っている。これは数ミリの高さだが、これも変えたのだろう。だから前機と共通するのは前面と底だけと言うことか。だから前機のボディーに中身だけ詰め替えたわけではない。その中身も、ほぼ同じなのだが。
 これは折角新製品を買ったのだから、旧製品との違いをできるだけ見付けたいため。僅かな違いしか見出せないが、その僅かが結構効いていたりする。視度調整の歯車位置とか。背面側のグリップのへこみとか。まあ、それだけでも満足度が違う。
 映像エンジンも変えてきているはず。ビーナスエンジンだが、バージョンはでていない。1インチタイプの新製品と同時期にでているので、同じエンジンを積んでいるものと思える。G9世代だ。
 
 このカメラの詳細は前機のTZ90と同じになるので、繰り返さないが、ファインダーが付き、そして背面液晶が回転するようになったのが、前機で、小さかったのが、大きくなっている。今回はファインダーの解像力が上がったこと程度の違いだが、写りも多少は違うと思う。
 
 TZ90がそうなのだが、写りが安定しており、地味だが基本がいい。結構よく解像しており、これが小さな受光素子のカメラかと思うほど。夕方の薄暗い程度なら問題なく写せる。当然暗い目の室内でもピントはさっとくるし、それなりに写っている。スペック的なことから考えると、凄い話だ。
 そして色目がいい。これはほぼ見た目通りに反映しており、さらに液晶で見たときでも、リアルと同じ色で、この再現力は結構いい。ファインダーを覗いたり液晶を見たときの違和感が少ないからだ。
 
 新しい機能があと二つあるのだが、あまり使わないので、言わなかったが、ズーム中に押すと戻るボタンが追加された。これはキヤノンが始めたもので、次にニコンが真似、今度はパナソニックが付けた。何でもありで、全ての最新機能が詰め込まれているのが、このTZ90系で、だからそれも詰め込んでおけと言うことだろう。
 それと通信系。まあWi−Fiではないタイプが追加されている。ブルー何とかだが、名前は忘れた。使わない。Wi−Fiも使わない。
 
 手ぶれ補正と静止画と動画とでは違うようで、四軸が5軸かは忘れた。しかし静止画のときはレンズ側での光学補正で、こちらのほうはモニターでそれと分かるほど画面が動かない。パナソニックのレンズ内手ぶれ補正の段数は少ないように見えるが、実際にはかなり止まっている。
 まあ700ミリ少しまでの望遠などで、楽なものだ。
 動画モードで写すと、ぬめっとした鉛の海のようになり、手ぶれ補正でがたつきを止めているのがよく分かる。
 動画は写さないが、四K動画を使った仕掛けが色々あり。もの凄く早い連写ができる。その中からいいのを選べばいい。まあ、ほとんど使う機会がないが。
 それとフォーカスセレクトモード。これもボタンがあるので、それを押すだけ。
 これも一種の動画で、ピントが複数箇所で合う。それを一気に連写でやってしまい、一ファイルにしてしまう。だからピント違いの動画ファイルになる。
 そして画面を見ながら、ピントの欲しいところを指定してやると、そこにピントが来ている写真を書き出してくれる。
 ただ、ピントが合わないものは合わない。
 まあ、ピント違いの写真を写せば済むことだ。ただ一回のシャッターで、済むという話。
 
 ざっと見てきたが、まあ、使い方は前機と同じ。そのポジションも同じ。受光素子が小さい分、メリットも大きい。パナソニックミラーレスやオリンパスミラーレス、ニコンの普通の一眼レフや1インチタイプも持っているが、それらの一眼画質と比べてガクンと落ちるわけではない。見た目分からない。逆に写りがよかったりする面もあるので、不思議な話だ。
 小さすぎないので、構えたときも安定しており、背面液晶は上下式なので、さっと上げればウエストレベルになり、望遠でそれで写すと、目立たない。横開きは使う気になれない。手間がかかるし、開くとき爪を立てないといけない。それでセットしたとき、もう被写体はいなくなっていたりする。
 よく考えると、コンパクト系はミラーレスなのだ。それにファインダーが付くと、今が旬のミラーレスそのままで、写し方も同じ。写りもそれほどの差は出ない。
 思っている以上に写りがいい。これは黙っているほうがいい。そうでないとミラーレスや一眼が売れない。
 高画質を追いかけるのではなく、写真そのものを追いかけるのが基本だろう。
 
 

■■ 2019年8月28日 水曜日 午前9時38分
 
 今朝は雨。これは分かっているのでいい。十日間ほど傘マークが出ていたので。しかし、一日中降っているわけではない。今朝はその間隙を縫って喫茶店へ行く。狙ったわけではなく、偶然降っていない時間帯だった。目が覚めたときは雨音が激しく、これは面倒と思い、多い目に寝ていた。寝待ちだ。
 雨の降る日は起きたくない。真夏は暑いので例外だが、それでも真夏の雨は少ない。それこそ台風程度。そして、いつもよりも雨の日は気温が低めなので、熱帯夜でも少しはまし。だから寝やすいから寝ることもある。
 今朝などはもの凄く寝やすい。気温は低い目で、ちょうどいい感じ。
 雨の日の喫茶店の冷房が倍ほど冷える。梅雨頃の冷房のきつさを思い出し、今朝は上にペラッとしたパーカーを羽織る。これは流石に真夏は羽織れなかった。雨が降っても。濡れるより蒸れて暑苦しいほうが苦しいため。どちらをとるかだ。まあ、傘を差しているので、ずぶ濡れになることはないが。
 このパーカーを羽織ることでこれはもう秋仕様となる。雨の日、大袈裟な厚着に見えないのは、カッパのようなパーカーのためだろう。自転車移動なので、本物の合羽を着ている人も結構いるので、長袖のジャンパーのようなものを羽織っていても不自然さがない。雨なので、雨具のようなもの。しかし、このパーカー、水を弾く程度で、しばらくすると、染みこんでくるが、結構持つ。水滴となって落ちる間は大丈夫。
 それで、間隙を縫って出たので、雨には遭わないで喫茶店へ辿り着く。だからただの防寒着だ。
 この時期、薄いジャケットがいい。ジャンパー風だと防水性があるというより、生地が化繊だと、結構雨に強いし、風にも強い。暖かさはそれほど求めていない。それを求めるのなら、綿入りになるが、これは流石に秋の初めからではやり過ぎだろう。
 折角夏の勢いが去ったのだが、連日雨では何ともならない。まあ部屋の中で座っているだけで暑い頃に比べれば室内は快適。雨の湿気よりも、ベースの気温が低いほうがいい。ただ、低気圧で苦しいときもある。これは息苦しい。
 昨夜も掛け布団の暖かみが程良く、これはいい感じだ。いずれ寒く感じるようになるのだが、今は掛け布団が使えるというのが新鮮だったりする。当然夏布団だが。
 夏の次は梅雨ではないが、雨が多いと、そう感じてしまう。だから真夏になる手前の本物の梅雨時だと思えばいい。着るものも戻していけばいい。夏になって暑いと思い、脱いだものを、引っ張りだしてくればいい。
 昨日の夕食は簡単に済まそうとしていたが、雨でスーパーへ行くのも面倒。近所のコンビニで適当なものを買えばいいのだが、コンビニ弁当やうどんやそばやラーメンやスパゲティなどはもう飽きた。それに割高。
 以前あるアルミ鍋に入った天麩羅うどんがあり、それが良かった。天麩羅と言ってもかき揚げだ。小エビの殻が少しだけ色味で確認できる態度だが、ベースは野菜を揚げたもので、まあ、かき上げうどんだろう。ただ天かすだけの天麩羅よりもボリュームがある。分厚い。これとうどんとの相性が良く、それなりに油っこいが。
 それが数年前からなくなっており、アルミ鍋物は冷凍品しかない。キンレイだ。
 そのかき上げうどんに近いのは、かき揚げそば。同じかき揚げだと思えるが、アルミ鍋ではないし、出汁も入っていない。いずれもジェリー状になっているのだろう。最初からジェリーではなく、これは食べ残すと、そうなる。これが気持ち悪い。
 温めれば汁が出て来る仕掛けだ。しかし、そばでは駄目で、ここはうどんがいい。また、コンビニのそばとの相性が悪い。全部同じそばで、このそばはあまり好みではない。
 それで、以前美味しかった百均などに置いてあるアルミ系うどんを買いに行く。これは常温保存。うどんは入っているが、固まっているような感じ。出汁は粉末か、濃縮。スーパーのうどんやそばのような原液ではない。
 しかし、時期がまだ早いのか、カップ系しか置いていない。もう少し涼しくなると、積んであるはず。冬場よく見かけた。この百均は段ボールごと置いていたりする。
 それでチェルメラというインスタントラーメンがあったので、それを買う。結構昔からあるラーメンだ。
 だが、天麩羅うどんへの未練がまだあったので、天かすを固めた丸いものを買う。三つ入っている。メーカーはマルちゃん。これで天麩羅うどんができるのだが、うどんは買わなかった。ラーメンに入れるため。しかしこれは合わない。ラーメンの出汁そのものがしつこい。だから油気は最初からあるので、必要ではなかった。
 さて、それで、早速作り、野菜の煮物が残っていたので、それを付け加え、そして天麩羅も入れて食べたのだが、全部食べきれない。
 これは味覚の問題だろうか。インスタントラーメン臭さというか、それが少しだけ胸にきた。インスタントラーメンをたまに食べると、そうなる。何故か胸が悪くなる。これはインスタント焼きそばもそうだ。UFOとか。だからカップヌードルも同じ。
 このラーメン、昔食べた頃よりも麺がよくなっており、本物に近い食感。しかし、生麺に近いが、食べるうちに、これは違うと舌が感じたのかもしれない。それと粉末スープ。それが原因かもしれない。
 インスタント臭い頃のラーメンのほうがよかったような気がする。
 
 夏の初め頃最初に挙がった候補のパナソニックコンパクトデジカメを買う。夏カメラだ。もう夏が終わろうとしているので、ギリギリだ。いや、もう夏は終わったのかもしれない。
 夏の光を光学ファインダーで覗きたいというのがそのあと来て、これも以前から狙っていたペンタックスK70が候補に挙がったがキットレンズと組み合わせると1キロを超えるのではないかと思える。その重さはやはり暑苦しい。しかしファインダーは涼しげだ。
 その前に買った同じパナソニックのネオ一眼がかなりいい。これで一眼系は、これでやっていけるのではないかと思えるほど。
 また、ペンタックスK70よりも軽いパナソニックミラーレススタンダードのG8が候補に挙がった。24から120のズームが付いている。だが、望遠が頼りない。
 ペンタックスK70が駄目ならキヤノンイオスキッスX9やX9i系なら軽い。しかし、ダブルズームキットで、レンズ交換が面倒。また、このあたりはニコンを既に持っている。
 ファインダーも光学式だ。だからニコンからキヤノンへ行くだけの話。中身はほぼ同じようなものなので。
 それで、夏カメラから大きく逸れて、暑苦しいミラーレスや一眼レフに行ってしまいそうなので、元に戻して、ポケットに入るコンパクト系に戻る。
 それで候補に挙がったのは1インチタイプのコンパクトで、望遠が結構来るパナソニック系。360ミリあたりまであるのだろうか。しかし、ネオ一眼の1400ミリなどから比べると、厳しい。せめて600ミリなければ。
 しかし1インチ系で600ミリ越えになると、大きく重いネオ一眼になってしまい、普通の一眼レフより重かったりする。
 それで振り出しに戻り、この夏第一印象で、すっと来たパナソニック旅カメラの再考。
 これは旨味がないのは、前機と新製品との差がほとんどないことだ。使い方も同じだろう。だから、前機でもあるTZ90を使うのと同じ。
 それで、最近はたまに持ちだして撮していたのだが、結構写りはいいと言うより、安定している。
 特に露出がいい。フルオートでは花などを撮ると、白い花などは飛んでしまうが、露出補正なしでも飛んでいない。また暗い目に露出が合うと、背景まで暗くなる。そのバランスがパナソニックがいい。特に階調拡大とかで連写しているわけではなく、素で撮しても階調が意外と広いのだ。
 受光素子が大きいほど階調も広いはずなのだが、オリンパスのミラーレスで写すと、白飛びしてしまうし、露出補正すれば背景が暗くて、重苦しい写真になる。このカメラは階調拡大の連写機能があり、それを使うと、何とかなるが、作ったような絵になる。それに白飛びするものはやはり飛んでしまう。
 そういうのが小さな受光素子で、反則の連写とかなしで、そこそこ写っているので、これは何だろうかと思うほど。当然数年前のカメラであるネオ一眼でも、同じ傾向で、露出バランスがいい。まあ、露出補正をしなくてもいいので、楽といえば楽。
 ただ、逆光のとき、二枚写しの連写に勝手に入ることはあるが、それは背景が白いときに多い。
 ただ、ファインダーがしんどい。小さいし、解像力も低いためだ。以前に比べれば倍ほど高くなっているのだが、そのときはファインダー付いただけで満足だった。
 新製品だと、それが少しだけ改善される。ミラーレスほどには大きくはないが。
 だから、このカメラ、ファインダーが苦しいので、手かざしで写すことが多い。まあ、コンパクト系の普通の使い方だろう。
 そして、このカメラの特徴は静かなこと。それほど動きが速いわけではないが、作動音が静かで、高級車の乗り心地。早くはないが、滑らかなのだ。
 シャッターが軽く、ショックもない。だからすっとシャッターが落ちている。これは望遠のときに効果がある。ブレにくいのだ。ここは機械的な仕掛けで、シャッターボタンとシャッターボタン受け皿とグリップや、その位置との関係で、シャッターを押したときほとんど動かない。ミラーレスや一眼に比べ小さく軽いカメラなのに。ここが結構よくできている。そして品がある。ただ、このカメラ、高級機ではない。
 まあ、コンパクト系は数が減り、パナソニックでも残っているのは、このTZ80や90系だけではないかと思える。水中カメラはあるが。このTZ90の下位機がなかったりする。だから古いのがまだ店頭にある。値段が安いためだ。下位機に求めているのは値段だから、型落ちで安く売っているようなもの。
 スマホでコンパクト系は駄目になったが、700ミリ超えの旅カメラは聖域。ここはスマホではできない。
 旧機のTZ90で写したものと、ミラーレスや1インチや一眼で写したものとの差がほとんどない。画質へのこだわりよりも700ミリまで写せるというほうが役に立つ。望遠は600ミリあれば何とかなる。
 さてリアル店では置いていないので、アマゾンで買ったのが、今日届く。しかし雨だ。
 
 
 
■■ 2019年8月27日 火曜日 午前9時46分
 
 今朝は曇っている。十日間予報を見ると、傘マークばかりが続いている。梅雨か。秋雨前線というのがあるらしいので、それかもしれない。秋の長雨。
 春にも長雨があり、菜種梅雨。秋はどういうのだろうか。結構晴れて安定しているのは夏や冬かもしれない。だが暑いとか寒いとかも付いてくるが。
 今朝は気温も低く、しかも陽射しがないので、朝の喫茶店までの道は暑さから大きく外れ、暑さなど意識しなくてもいいほど。逆に夏の服装のままでは喫茶店が寒いだろうとそちらのほうを意識する。
 意識していないというのは問題なしと言うことだろう。気にしなくてもいいという。まあ、暑いと身体が先に感じるので、意識するだろう。ここは動物でも同じ。猫など暑いときは日向に出ていない。暑いからだ。
 もうこれで夏は終わったも同然なので、九月になってもまだまだ暑い年にはならないようだ。暑さが長引き、残暑の方が真夏よりも長かったりするような。
 九月を待たずに秋が来たようなもので、昨日の空などは入道雲も残っているが、うろこ雲ほどには細かくはないが、そういった夏には出ない雲が出ていた。平べったい雲で、分厚さがない。
 こういうのは視覚的に分かりやすく、季節の変わり目を直接見ることができる。天気予報など見なくても、上を見れば分かる。
 今朝はいつもより遅い目に起きていた。最近は起きるのが少し早い目。これは夏モードのためだろうか。長く寝ていると暑いためだろう。しかし、今朝はよく寝ていたのか、遅い目に起きてきた。涼しいので、よく寝ていたのだろう。
 昼寝もできるようになりつつある。暑いときはポトリと眠りに落ちる感じではなく、起きているのに近い寝方だ。横になっているだけ。だから意識が落ちていない。落ちたほうが切り替えが分かりやすい。ただ、一度落ちた意識が戻ったとき、所謂寝起きが悪い状態がある。体がまだ起きないのだろうか。
 子供が寝起き機嫌が悪いようなもの。これは体が付いてこないためかもしれない。目も覚め、身体も覚めた両方同時に覚めたときは目覚めがいい。
 どちらにしてもそれらはコントロールできることではない。
 味噌汁を飲んでも汗がそれほど出なくなっている。ただ、暖かいものを食べているときは扇風機はまだいるが、最初から付けなくてもいい。
 寝る前は当然扇風機いらず。ただ、昼間ムシッとするときは付けるが、気温が高いわけではないので、すぐに体が冷えてきたりする。そのため、すぐに切ったりする。これは遠く離したところで回すほうがいいようだ。風がほんの少し来ればいい程度で。当然首振り。
 風は長い時間続けて受けていると身体に良くない。だから首振りにしている。これなら風が来ているときと、来ていないときがあるので。
 秋は、夏に入って来たときの反対をやればいい。戻していく感じ。掛け布団もそうだ。着ているものも。
 カッターシャツや上着も、徐々に分厚い目になっていくだろう。ただ、昼間陽射しがあるときは結構まだ暑い。まだまだ夏は残っているので。
 しかし、折角夏から解放されたようないい感じなのだが、雨が続くようだ。春は一雨ごと暖かくなる。夏の終わり、秋の始まり頃の雨もそうなのかもしれない。
 
 

■■ 2019年8月26日 月曜日 午前8時29分
 
 今朝は晴れており、涼しい。もう陽射しがあっても暑くないというのはいい感じだ。今後はそうなるのだが、しばらくすると、それが当たり前になり、暑さが引いたことなど忘れてしまうだろう。暑い頃、この涼しさが欲しかったのだが、得てしまうと有り難くもない。まあ、そのうち、涼しいから寒いとなり、今の涼しさを思い出すかもしれない。だが、それはもっと秋が深まってからのことで、今はまだ夏の終わりの八月。秋の終わりのことなど先の先で、圏内なかったりする。
 昨日は夏物さよならセールで少しだけ安くなったカッターシャツを一枚買う。去年買った夏の爽やかそうなのがあるが、着ると暑い。それで、真夏向けの長袖を買ったのだが、もう炎天下とか猛暑とかではないので、結構寒かったりした。買うのを逸した。しかし、同じコーナーで夏用のもっと涼しいジャンパー風のを先に買っていた。これがまとわりつかないでいい。袖を通したときその差が出る。それで、そればかり着ていたので、もう一枚と言うことで、今度はカッターシャツバージョンを買った。できるだけ薄くて涼しいカッターシャツを。
 暑さ対策が施されているのと、何度洗ってもアイロンがいらないという表示があった。アイロンなど掛けないのだが、まあ、皺が寄りにくいのだろう。そして型崩れしにくい。手にすると生地がゴワッとしており、少し凹凸がある。これは綿だけではできないのか、ポリエステルが入っている。それで薄くて少しだけゴワッとしている。これで密着しないのだろう。
 このタイプとは別に、防水性や、通風性など、夏向け仕様のもあったが、もう消えていた。そちらのほうが少し高い。だからさよならセールの場所にあったのは一番安いカッターシャツコーナー。秋になるとネルシャツが並ぶような。
 こういうさらっとしたカッターシャツは、パジャマになる。襟なども柔らかい。また長袖だが、めくりやすい。すっと上がる。どちらにしても涼しくなり出した頃では遅すぎるのだが。カッターシャツに暖かさを求めるのはまだまだ先。昼間はまだまだ30度前後あるのだから。
 そろそろ秋物が吊されている頃なので、それも見る。その近くにジャンパーがある。胸ポケット脇ポケットがあり、デザインは普通。秋物なので、まだ薄い。中綿とか、裏地に毛が生えていない。まあ、脇ポケットが大きいので、これはデジカメを入れやすいだろう。胸ポケットはそれほど必要ではないが。
 これは秋物だが、夏に羽織る軽いタイプもあり、これは値が下がるだろう。
 そろそろ秋が見え始めているのだ。しかし、数日前まで暑くて暑くて何ともならなかったのだから、早いものだ。過去への視界は短く、未来への視界は広い。これは記憶だが、未来はまだ記憶されていないので、当然記憶などない。しかし、去年の記憶とかがある。もっと前の記憶も。そして、もう通り過ぎた過去は、ただの思い出だが、未来はまだ何かよく分からない。だから先のこと、特に目先のことに頭が行く。もう二三日前のことなどには頭は行かない。だが、先々のことは記憶から辿られる。ただ、今、役に立つようなことばかりで、それこそ目先だ。
 野菜は天候の不順でホウレン草が300円台していたのだが、200円台後半まで落ちたので、やっと買う。飛騨ホウレン草だが、痩せている。いつものボリュームがないし、小さい。やはり上手く育たなかったのだろう。それでいて値段は普段の倍だ。
 青梗菜も小松菜も似たような高さ。水菜が100円台だったので、それを買うが。これは罠だった。普段見ている水菜の半分の量。だから、やはり高いままだった。
 カットカボチャを買っていたのだが、煮物のとき、入れ忘れた。それで次に使おうとしたのだが、色がおかしい。カビだ。
 それで昨日は半分タイプを買う。これを切って冷凍にしておけばいい。カビが生えたのは、冷蔵庫に入れていなかったためだろう。冷凍室なら、確実だ。もっと長持ちする。カボチャ半分の量。結構多い。一切れか二切れあればいいのだ。
 
 夏カメラの選択を逸し、お盆にも買えなかったのは、選択で迷っていたためだろう。しかし、もう夏は終わろうとしているので、夏仕様でなくてもいい。
 だが、夏仕様のカメラなどない。あるとすれば夏場、特に多い水辺での撮影程度だろう。冬は泳ぎに行かないので。
 それで、夏の初め頃、最初に思い付いたパナソニックの旅カメラにすることにした。そのあと、色々と物色したが、タイミング的には、このカメラがいい。というより、安定している。長く使っているためだろう。それの新製品なので、ただのマイナーアップ程度で、目新しさはないが。
 それがTZ95で、不思議と店頭にはない。TZ90や、その前の機種は置いているのに。
 ニコン、キヤノンの旅カメラ新製品は置いているが、パナソニックは古いのしか置いていない。というより、売れ残っているのだろう。その在庫がなくなれば、新製品を入れるのかもしれない。だから、あまり売れていないのだ。パナソニックは。これはいつも見に行く上新だけではなく、その近くのエディオンでもそうだ。まあ、型落ちになった古いタイプを新製品のように置いているのは珍しいことではないが。
 まあ、夏カメラと言うより、ポケットに入るし。また鞄の前ポケットにも簡単に入るので、取り出しやすく、仕舞いやすいこと。
 電源スイッチがボタンで、目を閉じていても分かる角にあること。そして写したあと、片手だけで電源を落とせること。ファインダーは付いているが、ミラーレスなどのファインダーに比べると、小さく粗いので、それが大きくなった新製品が好ましいこと。ここだけが新味だろう。
 コンパクト系だが小さすぎると、構えにくい。だからある程度の大きさと重さのある大きい目のコンパクトデジカメであること。構えたとき、コピーライカ風になるのがいい。小さいカメラは振り回すと不安定。小さいので頼りない。
 まあ、ファインダーが付いているが、背面液晶撮影のほうが素早いし、動作も簡単。
 背面液晶が上下回転式であること。横へ開くタイプは指が痛い。それに固いタイプがある。
 TZ90系はくにゃくにゃで軟らかい。
 まあ、それで決まりなのは分かっているが、夏が過ぎようとしている。
 
 
 
■■ 2019年8月25日 日曜日 午前8時20分
 
 今朝は涼しい。すっきりとは晴れていないが、まずまずの天気。当然陽射しはある。だが、朝の陽射しは弱く、暑くないのは、流石に盛りが過ぎたためだろう。昼間はまだ30度に届くようだが、30度を切っておれば、それほど厳しくはない。
 夜は25度を切っており、もう熱帯夜ではない。掛け布団が必要で、扇風機はいらなくなった。これは夜で、昼間はまだ暑いので、必要。しかし、朝夕はいらない。当然夜も。
 ガクンと気温が下がり、秋めいてしまったと言うより、夏が逃げた。これが同じ月内とは思えない変わり方。だから季節の変わり目の月になるのだろう。少し早いような気がする。まだ八月なのに。
 まあ、去年もそんな感じだったのかもしれないが、もう忘れている。また、調べても仕方がない。少しのズレがある程度で、おおよそのところは同じようなもの。
 九月に入っても、まだ八月のように暑かった年もある。いつまで夏が続くのかというような。しかし10月に入ると、流石にそれは収まり、逆に急激に寒くなり出したりしていたように思う。
 今朝は珍しく早い目に起きてきた。これも涼しさに関係しているのかもしれない。
 しかし、昨日あたりで夏が終わったように思えた。夏休みの終わりとしてはちょうどいいが、まだ月末まで日は残っている。余裕だ。
 十日間予報を見ていると、雨が多そうだ。傘マークが目立つ。これも季節の変わり目に多い。変わり目なので、空が安定しないのだ。
 昨日の天気と今日の天気が同じで、明日の天気も似たようなもの、というのが安定した天気。季節の変化もない。同じようなもの。二三日同じ日が続くと、それが普通になっていったりする。三日続くと、ずっとそうなるような感じがする。それが標準に。
 一日目は変化に驚き、落ち着かない。二日目は、慣れてきて、こなし方が分かる。三日目は対応できるようになる。
 これは見知らぬ道を行くのと同じ。一日目は右も左も分からないが、二日目は昨日の記憶が生きており、少しは見覚えのある風景があり、三日目は何とか頭の中のマップも最小限だができる。必要最小限の。そのあとは余裕が出てきて、必要ではないものまで見たりする。道の確認ではなく。
 そしていずれ、確認しなくても、いけるようになる。それほど意識しなくてもいける程度だが。そのうち、昨日とは違うものを発見するようになる。昨日はなかったものがあったり。
 それで、昨日の朝は暑くなかったので、喫茶店の戻り道に散歩をした。これは真夏でもできるが、暑いので、行こうとはしない。昨日は普通にすっと行けた。道は夏でも冬でもあるが、炎天下では通る気がしない。用事があれば別だが。
 しかし、そういう散歩は、連日だと、飽きてくる。それこそ風景に新味がない。多少は前日とは違っていたりするのだが、印象は似たようなもの。
 だから見方を変えたりするといい。普通に通行するだけなら、最小限のものしか見ない。
 
 夏カメラ物色は時機を逸したが、最初に挙がった候補のパナソニック旅カメラが良かったりする。
 24から700少しのズームで、ポケットに入る大きさ。その新製品が出てしばらく立つのだが、店屋にはない。旧型か、さらにその前のがある程度。
 TZ90と95との違いがそれほどないためだろう。ただファインダーの解像力や大きさは向上している。新製品なのに、目立たない。
 写りは同じようなものだと思われるが、それなりに内面加工のようなものが進歩しているので、スペックは同じでも、絵作りが違っていたりする。
 スマホがあれだけ綺麗に写るようになっているのも、そのためだろう。だから、スペックはほぼ前機と変わらなかった場合、そういう絵作りの違いのようなものに期待する。
 
 
 
■■ 2019年8月24日 土曜日 午前9時35分
 
 今朝は晴れか曇りなのか分かりにくいが、一応陽射しがある。昨日は夕立があり、凄い豪雨。夕方行く喫茶店から出て買い物をして自転車置き場に戻るとき、降り出した。買い物をしていなければ、時間的には戻り道の半分ほどいったところで、降り出しただろう。
 夕立なのだが結構長い。まあ、風も強くないので、この状態ならいけそうだと思い、自転車までさっといき、さっと自転車から傘を抜き出し、差し、鞄と買ったものを前籠に入れ、カバーをし、それで完成。
 建物と自転車置き場は隣接しているので、ぎりぎりのところに止めておけば、天井はないが、濡れるのはかなりまし。そして、土砂降りのとき、距離は短いほうがいい。昨日は、遠いところに止めていたので、不利。
 これはどうせ濡れると思い、着替えればいいこと。そのあと外に出ることはないので気楽。
 傘もカッパもない子供を乗せた自転車が走っていた。降るとは思わなかったのだろう。雨が行くまで待つこともなく、ずぶ濡れで突っ走っていった。子供は前に乗っている。楽しかったかもしれない。
 傘を普通に差して走っている人も、背中は無理なので、濡れている。ここで上着だけカッパ並みの防水性があれば、何とかなるのだが、夏では生地も薄いし、防水性のあるものなど、蒸れるので、敢えて着ないだろう。
 自転車通勤などに慣れた人は、普通に合羽を着るはずだが、降ることが分からないので、持ってきていなかったのだろう。カッパなどは出るとき降っていると着ていくが、降るか降らないか分からないときは、自転車では荷物になる。まあ、折りたためば嵩は低くなるが、自転車に置けないので、鞄の中に入れておく必要があるあろう。
 それで、ずぶ濡れになったが、ズボンは意外と平気。ポケットも無事。上着は目の粗い透けるようなタイプだが、脇ポケットのタバコは無事。意外と濡れなかった。それは風だろう。ほぼ真上からの雨なら、傘が楯になり、はじき返す。
 それでも結構濡れたので、着替えないといけないが。
 そのとき、寒い。雨で気温がぐっと下がり、そのあとも涼しいまま。一気に夏が終わったのではないかと思うほどの段差。気温差が凄い。
 昨日などは夕方あたりの部屋の中はムッとしており、何ともならなかったが、それがない。
 夜も涼しく、扇風機もいらない。当然寝るときは掛け布団のぬくもりが気持ちよかった。これを待っていたのだ。
 雨でやられたが、暑さからは解放された。今朝も陽射しがあるのに、暑くない。いい感じだ。
 これぐらいの陽射しなら自転車散歩も苦にならないだろう。陽射しのない曇っている日は散歩にいく気がしない。だが晴れている日は暑すぎて、出られない。
 流石に八月末。夏の強度が弱まる。まあ、いつまでも暑いわけにはいかない。そうでないと四季とならない。いずれは涼しくなり、寒くなり、そしてまた暖かくなり、暑くなる。その繰り返し。だがその途中は同じような気温が続いているが。季節の変わり目というのがあり、これは空気が入れ替わるのだろうか。冬の勢力が強まるのだろう。それは徐々にではなく、一気に来たりする。
 目を覚まし、起きると秋だったとか。
 
 

■■ 2019年8月23日 金曜日 午前8時55分
 
 今朝は久しぶりに涼しい。曇っており、雨が降りそうで、空は暗いが、青空もほんの一部ある。妙な天気だ。
 長期予報でも、今日あたり気温が下がるのは分かっていたが、雨で下がるのか、何で下がるのかは分からない。ただ傘マークが十日間予報の中にも出ていた。これを見たのは十日前ではないが。
 これで暑さが引けば楽になるのだが、毎年高校野球の決勝戦後から涼しくなるようだ。夏の甲子園が終わるまではかなり暑いということ。
 昨日も一日暑かったのだが、午前中だけは少しましだったので、朝の喫茶店からの戻り道、少しだけ寄り道をした。まだ、暑いのでほんの僅かだ。
 しかし午後から気温が上がりだした。この気温は予想できなかったようで、前日の予想気温が同時に出て、修正されている。高い目に。これは一時間置きの予測。思っていたよりも気温が高くなったのだろう。真夏そのままの暑さだった。
 寝る前も暑苦しくて、寝苦しかった。ただ朝方近くに涼しくなってきたため、扇風機を切った。そこから涼しくなり、朝の喫茶店へ向かう道も涼しい。暑くない程度だが、今までと比べ非常に楽。
 今後は、こういう気温になるはず。夏の勢いが収まり始まるので。
 しかし、昼間の気温はまだ高いかもしれないが、予報では30度を切っている日が増えている。これだけでも有り難い。
 ただ今朝は雨が降りそうなほど曇っているので、町が暗い。台風以外で、雨が降るのは久しぶりな感じ。夜中も降っていたのだが、強くはなかったが、雨音が聞こえていた。
 まあ、いい天気ではないが、気温が下がったことだけでもいいだろう。
 いつも覗く衣料品売り場は夏物セールが終わっていた。バーゲンではないが、夏を快適に、などと書かれて、夏向けのスポーツ衣料が並んでいた。高いタイプではないが、半ズボンやペラッとしたパーカー類。海水浴に行くようなタイプばかり。
 今はまだ半袖ものが前面に出ているが、そろそろ秋物が出始めるだろう。しかし年中分厚い目のも置かれており、夏にしては暑すぎるものもあったので、それがそのまま秋物になるのだろう。冬にも着られるものもあったりする。
 以前は夏になると、もう夏物しか並んでいなかったのだが、今年は違うようだ。
 
パナソニックG8
 お盆のどさくさでカメラを買おうとしていたのだが、逸した。
 最近はパナソニックのネオ一眼で、少しだけ古いがまだ現役機として売られているFZ300を多用している。これが結構写り、一眼系はいらないほど。
 夕方の薄暗いときに、さらに薄暗い繁みの中に隠れている猫などを望遠で写せたりする。データ的には感度は3200で。これはオートではそれが上限。ここに勝手に入る。絞りはこのときとばかりに開放のF2.8で、これはズーム全域この明るさなのだから、凄いものだ。ロクニッパ。
 シャッタースピードは60分の一秒で済んでいる。感度は上限なので、あとはシャッタースピードが落ちるだけだが、F2.8が効いており、そこそこ手ぶれしにくいところで収まっている。いずれもプログラムモードなので、どこも弄っていない。
 さて、そう言ういいカメラなのだが、それの1インチタイプではなく、ハーフサイズのG9というミラーレスに興味がいく。既に型落ちしているのだが、これで十分だろう。以前はG7を狙っていたのだが、ボディー内手ぶれ補正などがG8から加わっているし、値段も変わらないので、一つ上げてG8が狙い目。レンズは標準ズームがキットレンズとして付いている。24から120と大人しい。だから高倍率ズームとの間ぐらい。ただ広角が24ミリがあるので、今風だ。ただ、望遠が淋しいが。
 まあ受光素子が大きくなるほど望遠側がしんどくなる。そして望遠レンズが大きく重く、値段を見ると、買えるような価格ではないので、実用性がない。超望遠側はネオ一眼に任せておいた方がストレスがない。
 24から120という渋いズームだ。120ミリというのは135ミリだと解釈すれば、昔のフィルム時代に買っていたトリオレンズに近い。28か35ミリと、50ミリと、135ミリか200ミリという組み合わせ。まあ200ミリまで使いたいのなら、望遠ズーム。単焦点でコンパクトに収めたいのなら135ミリ。
 昔なら、この三本のレンズだけで十分だった。それは最初は50ミリしか付いていなかったので、それだけで撮すものだと思っていたのだろう。交換レンズがあることは知っていても、まだ必要性を感じなかったりする。行けるところまで50ミリ標準で写したいという感じだ。まあ、50ミリだと開放も明るいし、光学ファインダーも綺麗に見えるので。
 まあ、それで地味に写真っぽいものを写すなら、この24から120ミリで十分かもしれない。だが24ミリというのは、昔から見ると、凄い広角が入っているという感じもする。35ミリが十分にワイドレンズで、広角レンズだった時代だが。
 24から50というズームを友達からもらったことがある。ミノルタのα7700などの時代だ。AF一眼で一人勝ちしていた時代。
 24から50なので、広角ズーム。しかし望遠側がもう少し欲しかった。それが120ミリまで伸びたと考えれば、十分だ。
 G7時代は28から280あたりまでの高倍率標準ズームがキットで売られていた。G7よりもG8の方が少し重くなり、軽くて小さい目の24から120に変更したのだろう。これが出たとき、万能レンズとして紹介された記事があった。
 G7時代の28ミリスタートが古くさくなり始めていたのだろう。今では24からの標準ズームが多くなるが、望遠が85ミリあったのだが70ミリに落ちている。ところが、このパナソニックの標準ズームは逆に伸びており120ミリ。ここに救いがある。
 それとボディー込みで700グラムあたりを狙っていたのではないか。G7もG8もそれほど小さなカメラではなく、一眼レフの形をしているが、結構軽い。だが、もの凄く軽いわけではないが、あまりずしり感のないカメラ。だから売りは一眼レフ中級機のボディー程度の重さでズームレンズが付くということだろう。
 この組み合わせのキット。1インチ系のネオ一眼よりも軽い。そして受光素子の小さなネオ一眼であるFZ300とほぼ同じだろう。
 ただレンズが25ミリから600ミリで、全域F2.8という強烈なスペックには負けるが、受光素子の大きさによる高画質化が成されている。これは半ば加工が上手いのだろう。
 広角側がまあまああり、望遠はギリギリ圧縮感の出る120ミリと、渋いキットだ。
 まあ、旅先やスナップでは24ミリが活躍するのだろう。そして、この抑えめのズームレンズのためか、最短撮影距離が結構短い。まあ、普通の28から85あたりの標準ズームとそれほど変わらないが、気にせず寄れるというのは気楽でいい。超望遠がないので、最短撮影距離が最初から短い。それでいて、そこそこ望遠も使える。
 軽くて扱いやすく、写しやすいレンズとの組み合わせで、初心者にも扱いやすい。値段もこなれており、動画も静止画も、そこそこ行ける。
 ボディーは一眼レフの形をしているので、しっかりと握れ、レンズ側の手ぶれ補正と、ボディー側の補正が同時にできるというタイプ。手ぶれに強いということだ。特にレンズ側補正があると、ブレが止まるのがよく分かる。
 このカメラと似たようなものとしてオリンパスのEM5マーク2がある。マウントは同じだ。これを二年前の誕生日に買っている。こちらのほうが28から300までのズームが付いている。カメラやレンズは小さいがズシリとくる。
 パナソニックに行かないで、オリンパスに行ったのだろう。まあ、このカメラがあるので、パナソニックミラーレスの線は消えたことを思い出した。
 
 

■■ 2019年8月22日 木曜日 午前9時23分
 
 今朝は晴れているがしっかりしていない。雲が多い。青空は見えて陽射しはあるが、青が濁っている。だから晴天ではない。そして蒸し暑い。これは明日あたりに雨が来るためかもしれない。
 気温はそれほど高くはないが、低いわけではない。湿気が高いのか、それで蒸し暑さがある。
 昨日も一日暑かった。部屋にいるときのほうが夜は暑い。外からの熱気が入って来る暑さではなく、籠もったような暑さ。扇風機では、この籠もった空気を垣間回しているだけだが、それでも風が来るので、少しはまし。
 もの少し小さなキューブ型の冷風扇風機があるようだ。プロペラは見えないが。燃料は水。当然電気で動くが、水を入れる必要がある。これで仕掛けが何となく分かる。最大マイナス14度などとなっているのは、それでは凍ってしまうが、そうではなく、室温に対して、最大マイナス14度になるとか。34度だと20度になるという話だ。これは最大なので、まあ5度ほど低い風が吹き出してくれれば、十分涼しさは感じるだろう。エアコンより、いいかもしれない。
 ただ、スポットで、部屋が涼しくなるわけではない。携帯扇風機程度の範囲。
 これを探していたのだが、家電店には、こういうややこしいのはなかった。今からではもう遅いが。
 それで、昨日も部屋の熱気で暑苦しかったのだが、これはもうしばらくのことで、すぐに涼しくなるはず。十日間予報を見ていると、最低気温が22度になっている日もあり、最高気温も28度前後で、30度を切る日が多くなっている。つまり八月の末で決着が付く感じだ。だから月末近くから凌ぎやすくなるはず。
 今朝も喫茶店までの道は陽射しがあったが、それほどきつくはない。焼けるような暑さは午前中はないようだ。しかし、昼過ぎあたりの陽射しはまだまだ厳しく、自転車でウロウロできるような感じではない。そして夕方からの部屋の中はムッとする暑さ。最近はそんなパターンだ。午前中、まし、というのがこの時期らしい。勢いが落ち始めている。
 朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩に行きかけるが、途中で引き返すか小回りになることが多い。しかし、大回りできる日もあったので、気の問題も多い。気持ちの問題だが、暑いと身体に来るので、気よりも先だ。
 それと体調もある。しんどそうな日は、やはり避ける。元気さは気持ちからではなく、身体から来る。気構えなどしなくても、元気なときは元気だ。
 
帰去来 都はるみファイナル
 都はるみの動画はネット上で今もポツリポツリと新しいのがアップされ続けている。音だけのものや、NHKの歌謡番組の中に出ていたりする。
 今回は、まとまりのあるライブということで、DVDを買う。これは売られているDVDの中では一番若い頃のもの。それ以上古いコンサートなどはDVD化されていないのか、コロムビアからも出ていない。
 若い頃といっても一時引退前の20周年リサイタル。都はるみは五年、十年、十五年、二十年と五年置きに何周年ものをやっていたらしい。そして、この20周年が最後になる。実際には復活し、その後も続くが。
 二十周年リサイタル手前で引退を決めていた。だから、二十周年とファイナルコンサートが重なったのだろうか。
 そして年末にかけて、連続して行われたさよならコンサートの始まりかもしれない。テレビ局の企画ものや、特番などもネット上に残っている。新宿コマ版もあれば、スタジオ版もある。
 その中でも今回はDVDなので、映像がいいし、フルバージョン。
 しかし、このコンサートは既にネット上にもある。蝶々柄の着物で出ているが、映像が悪い。そして細切れなので、全体の流れが見えない。また、全部の映像はない。
 二十周年リサイタルがラストコンサートになるとは、誰も思っていなかったのではないかと思える。引退発表以前に決まっていた企画のためだ。
 しかも演出は蜷川幸雄。都はるみは念願だった蜷川幸雄に頼んだと言っている。
 そのためか、いつものNHKホールだが、照明がきつすぎる。真横からのストレートなライトで闇の中に浮かび上がらせる仕掛けだが、これが直射日光のように強い。そのためか、汗はいつもより強く出ている。この照明、都はるみの表情に陰影を与え、非常にリアルな顔で、しかもDVD画質で見ると、生々しい。
 だから一部や二部の後半の汗の量が半端ではない。ところが都はるみはハンカチなどをステージでは使わない。また歌っているとき、決して拭かない。ただ、目の下や鼻の下を手で拭うことはある。歌いにくいほど汗が出てきたときはさっと指で汗を飛ばす程度。または後ろを向いたとき、手だけで拭き取る。これがまるで子供みたいに見える。
 これを真夏に見たので、暑い暑い。
 玉置宏の番組、にほんの歌だったと思うが、そこに森進一や八代亜紀と一緒に出ている動画がある。その中で、今後の予定などを聞かれており、二十周年リサイタルについても語っている。それによると、あまり緊張感はないようで、粛々とやるような感じ。まあ、それほど気張って、張り切ってやるという感じにはしないような。それがファイナルになるとは、知るよしもない。
 だから十周年や十五周年のときのようにかなり練習しないとできないようなのは出てこない。「戦友」をフルコーラス全部暗記せよというようなことはない。このときのコンサートでは幕が下りた後、舞台で号泣したとかの噂がある。まあ、そういう演出家を頼んだためだ。しかし、今回、もっときつそうな蜷川だったが、それに関しての話は残っていない。すんなりといったのか、投げられた灰皿を投げ返したのか、それは分からないが。
 
 今回の目玉はみなみらんぽうの「向こう岸へ行きたい」と加藤登紀子の「男一人女一人」の二曲。語り物、語り掛けるようなドラマ性のある歌い方には定評がある都はるみ。それは「しあわせ岬」などの評価でも出ているらしい。
 この二曲、オリジナルよりもいいのではないかと思うのは、こういう場で聞いたためだろう。いつもの都はるみの定番ものを連続して聞いたあとに出てきたため、さらに新鮮に聞こえたのと、こういう歌をすんなりと歌えることは既に分かっていたのだが、復帰後の「小樽運河」や「千年の古都」などに繋がっていく。
 このコンサートのときに歌っていた「港町」と「渡り鳥仁義」が非常によかったのを思い出す。DVDではなく、ネット上にあったものだが、これをもっと綺麗な映像で見たいと思っていた。汗だくで歌っている。その汗がDVD画質で、リアルすぎるほど鮮明に見直せたのだが、写真的に言えば映像で都はるみを引き出している。非常にリアルに。ここがやはり蜷川の演出なのかもしれない。ポートレート用の柔らかな照明ではないのだ。あれはきっと演劇用だろう。だから、それでさらに歌のドラマ性が際立った。ここはやはり演劇的な味付けだろう。ハムレットの舞台のような。
 舞台は椿。そのままだ。背景に椿の大きな木。当然赤い椿の花が咲いている。そして最初から花が落ちている。上から見ると、花のレール。真正面から客席から見ると赤いラインが地面に見えるはず。赤い椿の列がまるで舞台のフレーム。赤い線となっている。ステージの板上にも花びらが点々と落ちている。また歌っているときも、ポツリポツリと落ちてくる。これは椿の木から落ちるのではなさそうだ。それなら仕掛けが大変だろう。だから上の天井から落としているのだろう。人が。この椿の花、本物だろう。造花よりも簡単だったりする。
 照明はほぼスポットのままでそこ以外は当たらないままなので、闇に近い状態がずっと続く。同じNHKホールなのに歌謡コンサートのような明るさとは全く違う。
 NHKや民放などのテレビ番組に出ているときの都はるみではなく、コンサートのときだけは別の髪型になる。ウェーブがかかり、ボリュームを増しており。見栄えがする。特にこの帰去来のときの髪の毛のボリュームが最高に大きい。頭を下げてお辞儀したとき、びっくりするほど大きい。
 今回は一部と二部で着物とヘヤースタイルを少し変える。だから一度休憩が入る。
 一部では若い頃の曲が多いので、唇はピンク。二部はしっとりとした大人の女の歌が多いので口紅は赤い。髪飾りは髪の横の光り物から、のし紐のような赤と白を真上に付けている。
 
 まずはオープニング。都はるみは出てこない。誰もいない舞台に、都はるみっぽい音が流れる。何の曲かは分からない。特定できない。これは宮川泰作曲編曲となっている。こういう人の名を簡単に言えるのはDVDなので資料が付いているためだ。
 そして闇の中から現れた都はるみの最初の曲は「あんこ椿は恋の花」そしてお馴染みの明るく元気な歌が続くが、一番だけとかが多い。曲順はお馴染みのものだが、「馬鹿っちょ出船」の裏声が綺麗に出ている。また「惚れちゃったんだョ」の出だしの唸り声も大きく、結構出ている。まだ声に張りがあり、大出力。これはネット上にもある。
 そして「港町」だが、同じタイトルで、もう一作あるような気がする。あまりこの歌は映像ではない。「北の宿から」と同じで、封印曲だったのかもしれない。しかし、いい歌だ。森進一の「港町ブルース」が流行った後に出たらしいので、真似だとされたのだろうか。曲は猪俣公章なので、そう感じるのだろう。作詞はお馴染みの石本美由起で「女の海峡」でお馴染み。
 これもネットにもあったのだが、三番の「慕情の町よ」の慕情に強くアクセントを入れて、ぐっと唸りを入れて強く歌っているのは、ここだけで。迫力があった。情感をグアーンと吐き出すような息遣いがいい。レコードではそうなっていない。
 ネットにも映像版はあるのだが、コントラストが強すぎて、白飛びしており、よく見えない。
「古都の二人」というのもあり、これはあまり聞いたことがないが、結構いい。DVDなのでノーカット版なので拾い物。拾ったわけではなく、買ったのだが。
 比較的初期の曲をメロディーで一番だけとかを続けて歌うお馴染みのスタイルだが、流石に「さよなら列車」は2コーラス歌う。これが今まで聞いた「さよなら列車」の中では復帰コンサーのときよりも感情が際立っていた。これが最高の「さよなら列車」かもしれない。
 歌詞と実際とが重なってしまったのだろう。引退し、もうさようならとなる心境と重なるのか、声が潤んでいる。
 元々、この「さよなら列車」は好きな曲だったので、いいものが聞けた。同じような歌い方が二度とできないという歌い方なので、歌い方が違うだけに、聴き方も違ってくる。
 このさよなら列車のときは列車を追いかけるように都はるみは舞台を走る。これが走り始まりだろう。最速最長を走る「女の海峡」はまだこのときは走っていない。
 そして、「はるみの三度笠」や「恋と涙の渡り鳥」と明るい曲にさっと切り替わる。だから飽きさせない。
「はるみの三度笠」では月を指差しながら足を組むポーズになるのだが、横からのアングルで、天井からのライトの明かりが月明かりに見え、いい構図だ。
 ここからが一部の終わりがけになるのだが、「道頓堀川」をフルコーラスで歌っている。これは後半に「大阪しぐれ」などと一緒に歌う後半組なのだが、珍しい構成だ。そして、少し古いが「あなたの港」がまた珍しい。これは山口洋子と平尾昌晃コンビの歌。しっとりとしたいい曲だが、「北の宿から」へ向かう過程のよう順番だ。
 このあたり、もう汗が凄くなっているが、第一部最後の曲は、やはり「北の宿から」。
 このときの演出がやり過ぎで、雪が舞いすぎる。紙の四角い雪が顔に付く。いい汗拭きだ。「女心の」と、さびのところになると、大風量で、目一杯扇風機を回すのだろう。二箇所、それがある。この扇風機のおかげで汗が引き出している。
 ステージ上には赤い椿の花。その上に白い雪が被さる。
「男が惚れなきゃ女じゃないよ」のときは、その椿を手にして、歌詞通りに「あなたに返してゆきましょう」と客席に一つ投げる。
 照明は明るい曲では赤みのあるライト。暗い曲の場合一方からの陰影を出すための横からのスポット。舞台袖のライトがきつそうで、これは人が動かしているようだ。舞台横の上にもう一つライト。またビデオカメラも覗いている。舞台の突端箇所にはライト箱。上を向いており、まるでカーテンのように見える。
 客席と舞台の間が広いNHKホールだが、目一杯客席を近付けているので、客の頭も見える。ただ、客席からの声はあまり拾っていないようなので、かけ声や声援や、笑い声や、どよめきなどはほとんど聞こえない。
 横からの真っ白で強い照明の続きだが、額や眉間のところや、口から顎に掛けての皺がモロに浮き出て、気の毒なほど。しかし、非常に肉感的な顔になる。都はるみの、その年代のままが浮かび上がり、もの凄く人間的なものを感じた。
 さて、「北の宿から」で雪で舞台が散らかったので、当然掃除は二部が始まるまでやったのだろう。そして汗を拭き、着替えて、違う着物で登場することになる。
 
 第二部はしっとりとした曲から始まる。
 舞台は一部の終わりで雪を散らしたので、雪だけを掃き出すことは無理なようで、椿の花びらも一緒にお掃除。ただ、雪はまだ残っている。
「北旅情」が一曲目だが、聞いたことがない。石本美由起の詩なので、お馴染みのところだが、曲は猪俣公章。これは一部で歌った「港町」と同じコンビ。その関係だろうか。所謂北もので。北へ帰る話。つまり小林旭の北帰行を連想する。いい曲だ。これは都はるみの歌だったのかどうか、分からない。調べれば分かるはずだが。今まで聞いたことがない。
 そして「雨宿り」はさらにしっくりとした歌で、唸ったりしない。優しい声で「北の宿から」の続編のようなイメージ。
 次は、少しだけ現代風な「東京セレナーデ」。これも気張ったりしないで、軽く歌っている。都はるみらしくないといえばそれまでだが、歌の中の女性の職業が怪しかったりする。狸穴という町だろうか、初めて聞く。これが効いている。こういう歌も歌えるのだ。
 だが色っぽい歌だが、このコンサートでは歌い方が違う。手拍子を要求したりし、陽気に歌っている。珍しい。
 次はデュエット曲で有名な「二人の大阪」。このあたりの二部の歌を聴いていると、いずれも、なよっとした色っぽい歌が多い。しかもしっくりとした。これは引退後の武道館コンサートなどで、そういう歌ばかりでコーナーを作って歌っていたので、その原型だろうか。
「二人の大阪」を一人で歌う。それで十分だ。ソロで歌うほうがよかったりするが、これはカラオケブームのときに作られたので、デュエット曲がいるのだろう。これは宗右衛門町や札幌や別の街を舞台にしたシリーズ物の代表作だろうか。
 さて、次がまた聞いたことのない曲が二曲続く。前奏を聴いても分からない。みなみらんぽうの「向こう岸へ行きたい」と加藤登紀子の「男一人女一人」。
 この二曲ともドラマ性が高い。そして結構演劇調だ。仕草なども芝居のワンシーンを見るような感じで、当然照明ももろに舞台。このままミュージカルでも始まってもおかしくない。構成、演出蜷川幸雄なので、この二十周年コンサートは、一つの演劇のような見せ方でまとめているのかもしれない。
 特に曲の選択や並べ方などにも物語的な流れがある。
 第二部、これからどうなるのかと思うと、ここで語りが入る。
 若い頃の曲というより、デビューしてまもなくの曲。まだ十代半ばで歌ったときと、五年後、十年後と、年を重ねて歌い続けているのだが、その年代年代で思いの深みが出て来るという曲があるらしい。その年代になって分かってくること、思い当たること、理解の仕方が違ってくるのだろう。その代表が「涙の連絡船」らしい。曲が、歌詞が、まるで生き物のように、深みが見えてくるらしい。
 当然その曲だけではなく、他の曲にもあるのだろう。
 みなみらんぼう、加藤登紀子と、一寸違うところに飛んでいたのだが、そのあとに「涙の連絡船」が来る。人の曲ではなく、おそらく一番歌い込んだ曲だろう。
 ただ、演奏がいつものとちょと違う、編曲しているのだろう。銅鑼の音に近いものが目立って入る。
 後ろでタクト振る指揮の竹村次郎が全ての曲を弄っているのだろう。
 これで、やっと都はるみらしい後半になる。凄いのは、感情を重ね、深みを泳いでいた感情から、さっと次の「浪花恋しぐれ」に切り替えられること。「涙の連絡船」から「浪花恋しぐれ」の世界は隔たりすぎているのだが、スーと切り替わるし、この変化の凄さで飽きさせないのだ。趣向のまったく違う曲を入れることで、両方とも引き立つ。
「浪花恋しぐれ」これもデュエット曲だが、一人で歌ったほうがいいのではないかと思う。都はるみは男歌がうまい。そして威勢がいい。一人二役のほうが聴き応えがある。
 涙の連絡船も都はるみだが、まるで大衆演劇の舞台のような「浪花恋しぐれ」も都はるみなのだ。
 この曲のこのコンサートの前の年の紅白で歌っていたはず。新曲に近い。
 そして、またすっと都はるみワールドに戻って「大阪しぐれ」だが、これは代表曲だと言ってもいい。しかもド演歌ではなく、抑え気味に歌っているが、その情感を踏んだ歌い方がレコード大賞最優秀歌唱賞となった曲。
 そして連チャンで「浮き草ぐらし」。亡くなった家政婦は見たの市川悦子が好きそうな曲。
 そして、これも石本美由起と猪俣公章コンビの名曲「女の海峡」へと続く。これは結構古い曲だ。その後も歌い続けられている。後年、歌いながら走り出す。最後はブリッジでイナバウワーになる。
 さて、女の海峡の次は、「しあわせ岬」。少しも幸せにはなれない歌ばかり。
 締めくくりは引退を決めたときに二人の恩師に作ってもらった「夫婦坂」これが引退曲。
 これから数ヶ月後、同じNHKホールの紅白で、大トリで歌う曲になる。最後に歌う歌に。しかもその舞台が紅白の大トリなのだから、これ以上の舞台はないだろう。全ての歌手が歌ったあと、最後に歌うのだから。
 しかし、このコンサートでの「夫婦坂」が一番熱が籠もっていたりする。まさに熱唱。まあ、汗もだらだら出ているので、それも加わるのだが。
 これでラストだが、当然アンコールが入る。そして会場の客は全員知っているだろう。何を歌うのかを。歌っていない曲がある。「好きになった人」だ。
 アンコールで出てきたとき、少し語りが入る。似たようなパターンを何度も見ているので、ごっちゃになりそうだ。
 これは年末の紅白前にやったテレビ用のさよなら都はるみ新宿コマバージョンとほぼ同じ。ただ、今回は歌う前はまだ泣いていない。
 ここだけを抜き出した粗い動画がアップされていた。このシーンだったのだ。汗と涙で歌っている「好きになった人」そしてその前の語りも同じ。
 歌手になるのがいやだった。歌ばかり歌わせる母が鬼。しかし、歌手に憧れる人が多いのに、そんな態度で歌手をずっとやってきたので、悪いような気がするとか。だが、歌が好きになったのは今から四年前の「大阪しぐれ」との出合い。その後、歌が好きになり、母も好きになったと。しかし大阪しぐれは既に歌ったので、やはり定番中の定番「好きになった人」これを聞かないと客は収まらないだろう。
 こういった発言は、何度か都はるみはやっている。ほとんど意外な発言で、それなら歌が嫌いなのか、歌手が嫌いなのかとなるが、その面もあるが、誰かから命じられて歌うのがいやだったのかもしれない。そのそぶりは見せなかったはずだが、子供の頃からずっと言われるがままに歌ってきた。そして結構素直に聞いて、素直に歌っていたように思う。いずれも大人に命じられて、それに従っていただけ。
 だが、果たしてそうだろうか。最後に歌う「好きになった人」も、単に与えられた曲ではなく、都はるみがお願いしたとなっている。同じ言葉の繰り返しがあるようなザピーナツの歌のようにと。だから全て言われるがままの子ではなかったと思うのだが。また、そういった作詞や作曲に関わろうとするところがあるだけに、命じられるだけではいやだったのかもしれない。
 時代的にも、出た場所が歌謡曲の世界、美空ひばりのいるコロムビア。だが、出た場所がフォーク界だったらどうだろう。自分で作詞作曲して好き勝手に歌う。だが、都はるみはその才がなかったのだろう。作詞も作曲も。そして楽器は何も演奏できない。
 ただ受け皿としては凄いものがあったはず。どんな歌でもこなしてしまう。ここは逆に命じられたことに対して意地にでもいいもので返したいというような。これは挑戦だったのだろう。
 このコンサートでも途中での語りで、都はるみを作ってくれた諸先生について語っている。市川昭介を始め色々な先生が都はるみ像を作ってくれたと。だから都はるみは都はるみ自身が作ったのではなく、それらを消化しながら都はるみというのが出来上がっていった。これは消化できなければ、その後の都はるみの展開はなかったかもしれない。
 うなり節も母親が作ったもの。都はるみが作ったものではない。だが、これがなければコロムビアの新人賞で勝ち残れなかっただろう。実際には大阪大会では次点だった。優勝していないので、東京の決戦へは出られない。だが、その独特な歌い方に将来を見た玄人筋の関係者が、引っ張り上げて、次点でも決戦へ参加できるようにしてくれた。ルールを破ってでも決戦大会に連れて行った。
 上手く歌うだけの人ではなく、何か新しいものに期待したのだろう。玄人筋から見るとそちらのほうが興味がいくのだ。
 決戦大会で東京の宿泊所でライバル達が練習しているのを聞いて、流石地方大会で勝ち抜いてきた人達なので、どの人も上手かったらしい。
 このとき、流石に手強い相手ばかり、しかも都はるみは次点。
 だが、決勝大会の結果は文句なく都はるみで一致した。
 そのときのスチール写真が残っているが、着物ではなくワンピースで出ていたらしく、現代風なお嬢さんだ。
 そして畠山みどりの曲などで売り出したばかりの市川昭介の弟子になる。これは都はるみが望んだことで、美空ひばりの作曲家ではなく、畠山みどりの作曲家が好きだったのだ。
 その後は生んだ卵からまた卵が生まれるの繰り返しで、都はるみはレパートリーを広げ、大きく育っていく。
 たとえば美空ひばりも歌っている「女の階段」がある。これを都はるみが若い頃歌っているのだが、その軽快さ、テンポの良さ、切れの良さは何とも言えない。当時これを聞いた人は、もの凄く現代的な歌い方だと思ったはず。当時は時代の先端をいっていたのだ。
 この子は何でも歌える、ということで重宝したのだろう。
 だから、色々な人達に作ってもらった都はるみは、一人だけのものではなく、みんなの財産なのだ。それが引退するとなると、これは個人の話ではなくなるので、大変な騒ぎになり、その年は都はるみ引退一色になった。
 特番は何本も組まれた。これだけ騒がれて引退した人はいないだろう。実際には一時引退で、美空ひばりが亡くなってから復活しているが。
 この都はるみファイナルコンサートDVDのタイトルは帰去来となっているが、実際には二十周年リサイタル。しかし、これが最後なので、そうなったのだろう。
 帰去来。故郷へ帰るということ。DVDでのタイトルは難しいほうの「帰」になっているが。「ききょらい」
 これはアマゾンで買ったので、品物の名前に「ききょらい」とふりがなが振られていたのだが、普通は読めないだろう。
 だが、誰もが読めなかったのは復活し、その後も大活躍を続けたことだろう。まさに不死鳥美空ひばりの後を受けて飛び立つかのように。
 だが、このコンサート、闇の中に消え、もうスポットライトの当たらないところにいってしまうさよならコンサート。そしてDVDタイトルは帰去来都はるみファイナルとなっている。
 
 

■■ 2019年8月21日 水曜日 午前8時26分
 
 今朝は晴れており、陽射しはあるが、それほど暑くはない。起きたのが、まだ早いためか。
 しかし、寝る前は蒸し暑く、扇風機を付けっぱなしにしていた。それで朝方目が覚めたとき、寒くなったので、消し、まだ起きるには時間があるので、寝たのだが、起きると、今度は暑い。
 比較的早く起きてきたので、喫茶店までの道は以前のように暑くない。いつもは30度台だが、20度台後半になっていたので、その一度か二度の違いが大きいのだろう。しかし、まだまだ暑いことは確かで、決して涼しいとは言えないが。
 夏休みもあと十日ほど残すだけ。十日間の休みというのは長いのだが、夏休みの四十日間に比べる頼りない。それでもまだ四分の一残っているのだが、もう終わったも同然のように、残り少なく感じるだろう。
 そして徐々に涼しくなってくると、更に淋しい思いになるはず。学校がやっと始まるので楽しい、と思える人なら、早く夏休みが終わればいいと思うが。
 それよりも、この時期、涼しくなる頃、夏の疲れが出る時期。疲れるようなことなどしていなくても、暑さ疲れがある。運動などしていなくても、汗をかく。
 また暑さに慣れたときに涼しくなると、体が付いてこなかったりする。
 昨日はスーパーへ餃子を買いに行く。夕食のおかずだ。野菜の煮物はあるがメインがない。ついでにそばを買う。ざる蕎麦用の棒状のやつだ。素麺もうどんも、棒状の乾麺がある。まあ、湯がかないといけないので、面倒だが、保存が利く。
 蕎麦は信州が多い。信州そばだ。出石そばもある。これは日本海側。この前買ったのは播磨そば。これはほぼ地元だ。このそばとの相性が良かった。そばのイメージに近い。播州は素麺のほうが有名。
 薬味として大根を買う。安いが、一本では多すぎるので、半分。葉のある方が短く青い。先っちょのほうは長くて量が多い。それで前回はそちらが得なので、買ったのだが、結構辛かった。そしてなかなか減らないので、最後まで使い切れなかった。だから割高のように見えるが、葉のある方を買う。量的にはこれで十分だ。夏場の大根は大根下ろしがいい。食べやすい。
 それで、釜揚げしらすを買う。チリメンジャコだが、湯がいただけのもの。賞味期限が短いが、柔らかい。これと大根おろしとの相性がいい。
 切れていたホウレン草も買うつもりだったが、ない。置いていないのだ。あっても300円台になっていると、売れないだろう。水菜の量の少ないタイプが100円台。これも通常の量だともの凄く高い。
 ジャガイモが切れていたのだが、買うのを忘れていた。しかし、人参は買った。これは覚えていた。
 それで、買ったそばだが、束にしていない。棒状のものがざっくりと入っている。束にしたものは一束では多いので、半分だけ湯がく。残りを袋に入れるとき、結構面倒。あれは折れやすい。
 だから最初から束にしていないタイプだと、湯がく分だけ手で掴めばいい。筮竹のように。これで、少ない目とか多い目とかの微妙な量を調整できる。
 このそばは、細いタイプと太いタイプが混ざり合っているらしい。それが特徴。これで味覚が違ってくるらしい。
 今年は素麺は買わなかった。湯がき時間が短いので楽だが。
 夏の終わりがけ、秋の気配が近付く頃。これは朝夕が涼しくなったことで分かるのだが、昼間はまだ夏。
 しかし、陽射しが徐々に弱まり、勢いが弱まっていくのは確か。夏の終わりがけは妙に心細かったりするのは、勢いが落ちるためだろう。
 
 
 
■■ 2019年8月20日 火曜日 午前8時45分
 
 今朝は雨。そして涼しい。夜中は25度を切りかけていた。だから熱帯夜からの解放に近い。寝るときは扇風機を付けていたが、これはすぐに消すだろうと思っていた。案の定、すぐに切った。こんなとき、リモコンが便利だ。ただ、なくしそうになる。手の届くところに置いているが、さらに目を閉じたまま操作できるように、押す位置を覚えている。電源ボタンだけでいい。それが左角。ただし上下反対に持つと駄目だが。逆さまになっていることは余白で分かる。下の方に余白が少しある。これは指だけで分かる。形は長方形なので、縦横を間違えることはない。
 そして目を覚ますと雨音。もう少し寝ようとしたが、時計を見ると、起きてもいい時間。少し早いが。
 これがまだ暗い時間帯ならもっともっと寝るだろう。雨で、しかも涼しいので。
 それで今朝は寝起きの喫茶店へ行くとき、ペラッとしたパーカーに替える。これは化繊で、しかも防水性があるので、蒸れるので、真夏はこんなもの着られない。しかし、今朝はちょうど。
 雨が降っているので、背中が濡れても、少しはまし。完全防水ではないが。傘を差していても背中は濡れやすい。
 ところが傘を差して出たのだが、小雨になり。さらにもう分からないほどになる。これなら傘はいらないだろう。
 やはり涼しいとペダルが軽い。一番いいのは暑苦しくないこと。気分の問題ではなく、暑くて本当に苦しい。
 涼しくなると身体が楽になる。季節は徐々にではなく、台風とか、雨とかでかき回したあと変化する。当然、前の状態に戻ってしまうこともあるが。
 だから台風が去ったあと、また暑い夏の日に戻る感じだったが、今朝の雨がいいタイミングで、その暑さの戻りを流してくれたようだ。
 しかし、水不足か、そのあとの台風での大雨か、どちらかは分からないが、上がっていた野菜がついに300円台になっていた。水不足のときのが反映したのだろう。もしそうなら、この前の台風の大雨で、よく育っているかもしれない。逆に日照不足で、高くなったりする。雨が続くと。安いのはニラだけか、という感じになる。
 欲しいのはホウレン草。青梗菜や小松菜はあまり買わない。水菜や菊菜なら買う。柔らかな菜っ葉がいい。
 昨日はご飯が切れていたが、昼に食べるため買っていたアルミ鍋の天麩羅うどん。天かすだけだが。
 夏場見かけなかったのだが、暑苦しいので、見なかっただけかもしれない。ざる蕎麦や冷麺ばかりが出ていたので、隠れていたのだろう。
 夜はそれだけで済ませた。ただおやつが欲しくなるが。
 この雨と、気温で、夏の気配が消えたような感じだが、晴れれば戻るだろう。しかし、夏休みの感じはない。八月いっぱいは夏休みのはず。しかし、暑くなければ夏休みの必要はなかったりしそうだが。
 まあ、雨が上がり、晴れれば、また暑い夏に戻るのだろうが。
 しかし、今朝の雨は夏の日の雨とは少し違う。
 昨日はスーパーにある衣料品売り場へ行くと、夏物さよならセールをやっていた。大きなバーゲンではなく、ただの吊り物コーナーに夏向けのカッターシャツがつられているだけ。意外と長袖があったりする。これも夏向け。半袖や七分袖はいらないが、長袖は欲しいところ。しかし、寒くなり出すと、分厚い目のネルシャツが欲しいだろう。
 セールだが、それほど安くない。ものが最初から高い目のだけを集めているためだろう。だからものはいい。カッターシャツといってもズボンの下に入れるタイプではなく、アロハのように外に出すタイプ。襟もしっかりあるが、ゴワッとしている。生地に凹凸がある。これならくっつきにくいだろう。そこが夏向き。分厚いのはそのため。
 衣料品売り場だが、服の隙間とか、小棚や台の上に鞄があちらこちらに置いてある。高い目の服が並んでいるところには高い目の鞄がある。
 ショルダーバッグがあったので見る。小さいのが多いのだが、これは男性用ハンドバッグのようなもの。
 ノートパソコンが入る大きさで、底がかなり広いタイプがあったので、中を調べると、ノートパソコン用の仕切りがしっかりとある。底幅が広いのでカメラバッグのように大きい目のカメラも入る。
 外ポケットは二つと、脇にペットボトルを突っ込める箇所が両脇にある。ただ、背中にはポケットはない。
 ショルダーベルトはツルッとした平たいもので、痛そうだ。当然これは取り外せる。そして短い目の手提げが付いている。これは固定。
 かなり太ったショルダーバッグで、薄型が多い中では珍しい。生地はナイロンで、ツルッとしているが、目が細かい。これはポリエステルでは出せないのだろう。ナイロン製なので、値段も張っている。しかし、元々高い目の値を付けているブランド品なので、そんなものだろう。だが、シンプルで好ましい。高い鞄ほどシンプルだったりする。
 横型のショルダーなので、自転車の前籠の幅が厳しいので、入らないかもしれない。斜めになら入るが、それ以上大きいと傾けて入れるか、縦にして入れることになる。
 最近はトートやリュック系が多いので、こういったシュルダー系の底幅の広いのは珍しかったりする。
 ただ、一度トート系のゆとりのあるタイプを使うと、取り出しやすさや入れやすさ、取り回しの良さなどで、トートの肩掛けが一番良かったりする。
 
 
 
■■ 2019年8月19日 月曜日 午前9時30分
 
 今朝は曇っており、雨がぱらっとしている。傘が必要だが、まだ降っていない。ぱらっと降った形跡があることと、少しだけ冷たい物が落ちた。蝉の仕業ではない。
 お盆は台風で雨だったが、お盆明けの月曜日もまた雨。雨で気温は少し低い目に出るはずだが、意外と蒸し暑く、気温もそこそこある。まだザーザー来ていないからだろう。本降りになると、涼しくなるはず。しかし、傘を差さないといけなくなるが。
 休み明けで身体が重い上、雨で気も重いとなると、あまり良い盆休み明けではない。
 また、盆休み明け、もの凄く晴れてカンカン照りで、暑くて暑くて仕方がないというよりはましかもしれない。暑いのはもう十分なので、食べすぎた感じ。雨で鬱陶しくても涼しいほうがいい。ただ、昨夜は寝苦しかった。その前日のよく晴れた日の夜よりも気温は高い目。
 これは昼間晴れて暑いときは最近は最低気温も下がるようで、寝やすくなる。秋は夜からやってくる。昼間は夏だが朝夕は秋になっていくはず。
 お盆は月の中頃だが、盆休み明けはもう八月下旬に差し掛かっている。一気に月末まで行きそうだが、この八月は結構粘る。終わっていく学校の夏休みを少しでも長く感じたいためだろうか。それをすると余計に短くなるが。
 長期予報では暑さは長引くらしい。夏の太平洋高気圧の張り出しが強く、暖かい空気の層がなかなか下へ下りないらしい。
 そのため、まだまだ暑い日が続くので、扇風機を回しながら寝る夜が続くだろう。これは切ってもいいのだが、習慣になってしまうと、切ると暑く感じる。だからすぐに付ける。しかし、それほど気温は高くない夜などは寒くなる。こういうことを繰り返しているうちに、やがて扇風機などいらなくなる。
 この前の台風で大雨が降っていた頃など、夜は寒いほどだった。
 しかし、今朝のように曇っていると、陽射しがないので、ウロウロしやすいので、自転車散歩にはちょうどいいかもしれない。だが曇りでは風景が冴えない。
 
 

■■ 2019年8月18日 日曜日 午前8時57分
 
 今朝も晴れている。昨日もそうだが晴天で、雲がなかった。夕方、かすかに雲が出たが不気味なほど雲がないので、空は単色、それだけに平面的。
 ただ少し白が入っており、真っ青ではなく、濁っていたが。
 台風が去ったとき、雲も一緒に持って行ったのだろうか。または雲切れだったのかもしれない。
 盆が明けで土日。今日で盆休みは終わるだろう。台風でお盆は天気が悪かったが、この土日は晴れているので、お盆休みらしくなる。しかし、お盆の行事ではなく、行楽だが。
 近所の村の盆踊りもやっていたようで、太鼓だけが聞こえていた。家が増えたので、聞こえてこないのだ。しかし、太鼓の音だけは生なので、伝わってくるのだろう。テープやCDではないので、空気を直接振動させる。だから太鼓の音だけが届くのだろうか。または太鼓の音が一番高いためかもしれない。
 それで、見に行くこともなく、ついでに寄るようなこともなかったので、今年は見ていない。
 この近くを夕食後よく徒歩散歩した。最近は夕食後、寝転んでいるので、行かなくなった。また、夕方とはいえまだ暑く、夜になっても暑いので、汗ばんでしまうので、夕涼みにはならない。これは運動だ。
 しかし、昨日は朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩をした。これは晴れていたが気温が少し下がったので、真夏の陽射しではないので、行くことにした。コースは決まっていないが、楽な道を選んだが、結局は多田街道というところに入り込み、暑苦しい思いをした。戻りは丘陵の急坂を自転車をついて上ったが、これは足に来る。僅かな距離だが急坂。当然道路ではない。細い通路だ。ここはたまに通ることがあり、散歩コースの一つになっている。コニカミノルタの横だ。まだミノルタが残っている。あのロゴも。
 これで、朝から汗をかいてしまい、また長い目のコースになったので、運動もしたことになる。
 これがなかなかできなかったのは暑いためだ。わざわざそんな時期、暑苦しいことはしない。しかし、少しだけ気温が下がると、できるようになる。これからさらに下がり出すので、陽射しがあっても問題なく走れたりする。ペダルを踏むだけだが。
 さて多田街道だが、僅かな距離だけそれなりのものがある。古い村があり、その村内だけのことだが。伊丹トンネルに入口があり、171号線で終わる。その先はそういう表示はなくなるし、街道跡も消える。分からなくなる。しばらく行くと、それらしい道が出てくる。多田街道は村を貫いているようだ。
 次回は多田街道の終着点である多田院まで行きたいものだが、山越えになる。山と山の間を抜けるだけだが、ここが狭くて交通量も多いので、そんなところを自転車で走っているとトラックに引っかけられそうになる。猪名川沿いだ。川が道を作ってくれているようなもの。この渓谷が難所。坂ではなく、車。
 左へ行けば多田神社、丹波篠山方面へも行けるし、能勢の妙見山も近い。バイクだと簡単だが、自転車では厳しい。まあ平坦な道なのでいいのだが、そこはやはり山地の中の平野部なので、坂がそれなりにある。なだらかな坂でも、自転車は坂が苦手。急坂だと何キロも走った分の体力がいる。この季節なら大汗ものだ。
 子供の頃、家族連れで一庫まで遊びに行ったことがある。川があり、そこで泳いだ。能勢電が珍しかった。
 まあ、坂が厳しいと自転車を杖に歩けばいいが、その杖が重い。それにママチャリは重い。片手で持ち上げられない。
 多田院までは以前自転車で行ったことがある。朝の喫茶店のあと、ぶらりと出掛けた。それをすると戻るのは昼過ぎになり、帰ってからの朝の用事ができない。たとえば、この日誌をネット上にアップするとかが。
 当然何も食べていない。まあ、途中でパンでも買って朝食とすればいいのだが。
 多田院までは無理としても、川西池田あたりまでなら問題なく行ける。坂がないためだが、緩やかな上り坂なので、行くときはしんどいが戻るときは漕がなくてもよかったりする。
 前回は川西池田から宝塚側へ回り込み、伊丹の外周を回って戻ってきた。これは鯉のぼりが出ていた頃なので、初夏で、暑くなかったのだろう。
 昨日のカメラはパナソニックのネオ一眼。これとキヤノンのネオ一眼を交互に使ったりしているが、最後に中古で買ったオリンパスのミラーレスの安いタイプが結構軽快で気に入っている。これに300ミリまでの望遠ズームを付けただけだと軽くて小さい。鞄に標準ズームを入れる。これは100グラムほどだろうか。だから高倍率ズームはいらなかったりする。最初から重い。
 その上位機に高倍率ズームを付けた高いカメラを買っていたのだが、写りが違う。古くて安いタイプで、頼りないキットレンズだが、その写りのほうがいい。これはドロドロの濃さがあり、それがお気に入り。要するに写りに特徴のあるのが好きなのだろう。
 気候は今日もいいのだが、天気がいいだけで、暑いので、凌ぎにくい。もう少し涼しくなれば、ウロウロできる。
 
 
 
■■ 2019年8月17日 土曜日 午前8時35分
 
 今朝は台風の影響もなくなったようで、いつもの夏に戻っているが、少し気温が低い目なので、有り難い。晴れており陽射しがあるが、焼け付くような暑さではない。朝から暑かったのだが、それがましになってきた。それはほんの少しだが。
 もし台風が来ていなかったとしても、お盆あたりから暑さの勢いは徐々に弱まっていたはず。台風の雨で、それが早まったが、気温は低いのはいいが雨とか曇りでは今一つだった。それと低気圧。台風は低気圧の親玉。台風が来る前の身体のだるさというのがあり、暑い盛りでしんどいときに、ジャットコースターのような気温や気圧の変化。これは結構厳しい。徐々にというのがあれば、徐々に身体も慣れていくのだが。
 昨日は大文字焼きだったようで、これは送り火。京都ではこれで秋。いや、まだ夏だが、夏は終わったと決めてかかる。その後真夏の暑さでも、それは秋。もう暑くないと区切っている。実際には八月いっぱいはまだまだ暑いのだが。
 それで送り火が終わったので、お盆も明けたことになるが、お盆休みはまだ明けないこともある。お盆の間営業し、終わってから休むところもあるため。
 しかし、お盆は明けたが土曜では、土日休みだと、まだ休みのようなもの。だから、お盆関係が消えるのは月曜からだろう。これで平日に戻り、普通の夏の終わりの日々に戻る。
 そして徐々に暑さが弱まり、過ごしやすくなり出す。秋へと至るいいコースに乗る。冬から春へ至るときと同じでように、いい気候になりつつある。なってしまうとどうということはなく、春になれば暑苦しくなり、秋になれば涼しすぎて、今度は寒くなる。
 寒さから解放される手前、暑さから解放される手前、ここがいいのだろう。
 夏休みは、このお盆の頃が一番深い頃で、まだまだ学校が始まるまで間がある。二週間ほどまだ休みだ。この幅がまだ安全圏。それが一週間しかないとなると、そろそろだ。来週の今頃はもう夏休みは終わるのか、となる。
 夏休みの深淵がこのお盆の頃。子供も結構疲れている。暴れるだけ暴れて、調子が悪くなっている子もいるだろう。冷たいものを食べ過ぎたり、寝冷えをしたりとか、夏風邪だったりとか。
 そして夏休みも、だらけてしまう頃。
 結局、この夏、特に出掛けたりはしなかった。まあ、暑いので、暑苦しいことを年々しなくなるのだろう。特にイベント的なことはないし、用事もないので、出掛けることは希。
 用事で出たときは、そのついでに寄るようなところがあったが、用もないと、寄ることはない。そして寄っていたところなどへ行くようなことも減ってくる。それだけを目的に出掛けるには弱いためだ。
 色々なものを見て歩いても、あまり残らない。ただ過ぎ去った思い出として残ったりする。
 色々なところへ出掛ける。これも限りがあり、全てを見て歩くことはできない。
 見聞を広げても限りがある。そして生きない経験も多い。体験しなかったほうがよかったこともある。
 ただ、そのときは関心があり、それで動くのだろう。だが、よく考えると、動かされているだけのことも多いのだが。
 
 
 
■■ 2019年8月16日 金曜日 午前8時40分
 
 台風が去った朝で、しっかりとは晴れていないが、気温は下がっている。非常に過ごしやすい。台風とお盆が過ぎれば涼しくなるのは当たっていた。
 台風は来る前は風で、通過後は雨。しかもかなりの大雨で、強い雨がずっと降っていた。流石に朝はやんでいるが、すっきりとしない天気。陽射しはたまにあるので、この雲もはけていくだろう。
 台風のときの低気圧がかなり厳しい。これは身体に来る。
 昨日は寝過ごしたので、昼過ぎに行く喫茶店も遅く出たのだが、閉まっていた。商業施設そのものが閉鎖。まあ、あれだけ前降りの大きな予報だったので、それに従ったのだろうが、お昼過ぎまでは開いていたようだ。
 近付くと車が駐車場通路を走っているのが見えるし、バイク置き場にバイクも止まっている。そして、中に入ろうとしている人もいる。
 しかし、何か様子がおかしい。自転車も止まっているが、これは放置したままのものかもしれない。
 閉鎖して間がなかったのだろう。客のものかもしれない。
 バイク置き場の高齢婦人がスクーターに乗る準備をしているので、聞くと。やはり閉めたらしい。残念だと言って引き返すところ。
 雨は降っていないし、風も大したことはない。台風らしさはないのだが、予報は午後から夜にかけてがきついとなっているので、それに従ったのだろう。
 実際、夕方過ぎから大雨になり、土砂降り。まあ、電車もバスも止まらないだろうが、これは大変だ。
 それで、仕方なく、コメダへ向かう。家からは近いが、ここからはかなりの距離。そのまま帰ってもいいのだが、念のため。
 前回の台風のときは閉まっていた。ここもチェーン店。
 しかし、コメダは開いており、店員も多い。もの凄い数がずらりと並んでいる。お盆対応だろう。それで増員。稼ぎ時だろう。
 それで、出ようとしたときから雨がパラパラ来て、本格的に降り始めた。
 そして夜はずっと降り続いていたので、気温はぐんぐん下がった。期待通りだが、気圧の低さは厳しいものがある。
 盆と正月ではなく、盆と台風が一緒にやってきた感じだが、お盆の印象がかなり薄くなった。坊さんもこの雨では動けないだろう。ほとんどがスクーターだ。合羽を着てまで回らないだろう。配達だけで済むのならいいが。
 それで台風が行くと、お盆休みだけが残った感じだ。盆明けはあるが、お盆休み明けは曖昧。お盆が過ぎてから盆休みをするところもある。
 しかし、雨とか台風ではお盆らしくない。かっと晴れてまだまだ暑く、日影だけが妙に伸び、バテ気味で迎えるのがお盆。
 そのお盆だが、この日にこそ盆踊りが似合うのだが、雨では仕方がない。しかし、降ったのは台風通過後の夜なので、昼間は雨はぱらっとくる程度。しかしこれから台風が来て、商業施設も閉鎖するほどのときに、呑気に盆踊りもないだろう。
 しかし、今朝は徐々に晴れてきているので、天気は回復し、また暑くなるかもしれない。
 このまま涼しくなってしまうと、逆に淋しい。暑いと、まだまだ夏ということで、年末は遠い。しかし、涼しいと夏が終わり、季節が行ってしまう早さを思うだろう。
 だから暑いうちは安心。まだまだ夏休み。
 昨夜は流石に扇風機はいらなかったし、大雨なので、窓を閉めたほうがいいのだが、開けていた。しかし、少し寒いので、閉めてもよかった。気温の下がり方が激しい。
 台風の接近のときは南から暖かい空気が入り込み、それが山を越えて吹き込むフェーン現象で、もの凄い高温になる。雪国でそれが起こり、記録的な温度になる。真夏でもそこまで上がらないような。
 しかし、今年も夏が終わってゆく。
 
 

■■ 2019年8月15日 木曜日 午前10時42分
 
 今朝は台風のはずだが、結構静か。それよりも昨日は雨が降り出し、そのため、気温が少し下がり、連日続いていた暑さから解放された。このほうが有り難い。
 昨日は風が強く、そのため、今朝起きると、台風がさらに近くまで来ているので、さらに、と思ったが、雨も降っていないし、風も昨日程度。日にちを間違えたのではないかと思うほど、台風が遅い。その影響が出だしてから数日経つ。それがまだ通過しない。予報図では何日の何時頃、ここに来ているはずと言うので分かるのだが、結構遠い。
 上陸しても四国の西。ただ暴風圏が西側は僅かで、ほとんどないのだが、東側に異常なほど延びている。伸びすぎだ。だから、この広い暴風圏が大阪方面にかかる可能性が高い。そのままでは暴風圏内の東端にかかるだろう。それほど大きな台風。
 それで、接近するのは今日なので、喫茶店などは閉まっているのではないかと心配したのだが、目が覚めると台風の気配がない。静か。
 これは逸れたのではないかと思い、天気図を見るが、コースは変わっていない。要するに遠いのだ。
 しかし、まだ最接近していない。してもかなり遠いが、問題は暴風圏が大きいということだろう。だから広い範囲に影響が出る。
 そして今日はお盆真っ只中。お盆というだけで、盆休みで閉まっている店もある。
 自転車で朝の喫茶店まで向かうのだが、昨夜雨が降っていた形跡がある程度。風は向かい風になる方向だが、昨日のほうが風は強かった。しかし、昨日は朝方はよく晴れていたが、今朝は曇っている。しかし、ザーザーとは降らない雲のようだ。
 蒸し暑さはあるものの、気温は昨日よりも低いので、これはありがたい。まあ、曇っているので炎天下にはならず、と言う程度だが、かなりまし。
 それよりも昨夜は気温が低い目なので、夜になってからの独自の暑さはなく、寝る前も扇風機がいらないのではないかと思い、切って寝たが、やはりむっとする暑さはあるのか、再び付けた。そして朝までぐっすりと寝て仕舞えた。これは珍しい。寝苦しい夜ではなく、寝やすい夜になっていたのだろう。
 それでいい感じの時間に目が覚めたのだが、もっと寝たい。それに台風だし、喫茶店は休みかもしれないと思い、二度寝する。これが結構長かったようで、遅い目に起きてしまう。
 どちらにしても過ごしやすくなったという印象が強い。この台風が去れば秋というわけではないが。
 それに台風はまだ上陸していないのではないかと思える。
 台風のとき四国や淡路島などにいると、大阪に戻れなかったりする。フェリーは欠航、長距離バスも橋が渡れなかったりする。橋は台風では倒れないが、車は根が生えていないので、倒されるだろう。しかも海峡の風の強いところでしかも高いところなので、もの凄い風だろう。
 比較的フェリーが動いていたりする。しかし、橋ができたので、フェリー乗り場がなかったりする。
 こういうときは漁船。誰か出してくれないかとなる。当然客船ではない。時代劇でよくある話だ。
 漁師ほど海の怖さを知っている者はいないので、これは出さないだろう。
 どちらにしても台風の影響はほとんどなく、傘も差さないで、普通に朝の喫茶店まで行けたので、午前中は大成功。何かで成功したわけではない。偶然台風の影響がまだ出ていないと言うだけのことだ。まあ、成功のほとんどは運だろう。天運。
 しかし、台風の影響で、送り火などができなかったりしそうだ。中止。するとご先祖様の霊は帰れないのではないかと思われる。送り火を下に見ながら戻るのだが、それが見えなければ方向が分からないはず。
 
 

■■ 2019年8月14日 水曜日 午前9時01分
 
 今朝は晴れているが、風が強い。台風が近付いて来ているようだが、上陸は明日だろう。しかし、この台風、徐々に近付いて来ているので、昨日もその影響で風が強く、そして空気が生温かい。台風接近のときによくあることだが、それが今日もまた続く。特に夜が寝苦しい。扇風機を付けていても、以前ほどの効果がない。夜でも30度あるのだから、熱帯夜など遙かに超えている。
 扇風機を付けていても汗ばむという状態は、この夏初めて。時期的には途中で止めないと寒くなる頃なのだが、台風が連れてきた空気がきついのだろう。
 当然昼間はもっと暑いので、昼寝も難しい。うとっとする程度。意識がある状態で、完全に寝入っていない。だから、意識の繋がりがあるまま起きる。そして僅かな時間だ。ただ、寝転んでじっとしているためか、少しは奥へ入るのか、意識が少しだけ切り替わるようだ。段差がある。底近くから出てきたような。まあ、目をしばらく閉じているとそんなものだが。
 それよりもお盆に入っているようだが、迎え火がいつ、送り火がいつ、かなどは忘れている。見れば分かるという感じだが、近所で焚く人が減ったので、分かりにくい。家の前で家族で花火をしているのは見かけるが。昔のように家の前の道というのは道路になり、車道。そこで焚き火などはできないだろう。それと狭い道路なら色々と車が入り込むので、邪魔な物を置けない。もっと昔なら、そこを洗濯干し場にしていたりした。
 お盆になると暑さはましになるという感じだったが、今年は台風で例年通りにはならない。逆に南の風でも入り込むのか、この夏一番の暑さ。気温ではなく、空気が暑い。まあ、この台風が去れば、涼しくなるだろう。例年通りお盆を過ぎれば熱さは引っ込むというパターンに。
 昨日はご飯はあるがおかずがなかったので、コンビニで金のビーフカレーを買う。しかし、通り道にあるコンビニでは売り切れになっていたので買えない。しかし1リットル入りの珈琲牛乳が切れかかっているので、それを買う必要がある。しかしコーヒー牛乳は御馳走ではない。メインではない。頭の中はビーフカレー。売り切れておれば買わなくてもいいのだが、金のハンバーグを買う。これは冷凍物ではないが、冷蔵庫に保存しないといけない。金のビーフカレーや金のビーフシチューなどと同じタイプ。高いタイプ。だから金だ。
 それで家に戻る寸前で、一番近いいつものコンビニへそのまま寄る。そこは必ずおいてあると言うより、棚関係がしっかりしており、売り切れれば補充が早い。
 それで、やっと金のビーフカレーを買う。
 以前買ったとき、当たり外れがあった。肉の。固くて筋の入ったものが混ざっていた。しかも二切れも。この肉はサイコロ型でかなり一つが大きい。
 それでもう買うまいと思ったのだが、今回は合格。よく煮こんだ柔らかい肉と言うより、いいところを使っているのだろう。ここばかりは同じ品質というわけには行かないようだ。固くて筋のあるのもたまに入っているということだろう。
 夕食としてはもの凄く簡単。野菜の煮物も食べきっていたので、このカレーだけ。トマトとか、何か添えるものも一切なし。
 夕食だったが、暑くて面倒なので、適当なものに傾くようだ。暑苦しいときにジャガイモの皮を剥き、玉葱を切り、等々でカレーを作ることもできるが、これは作るのはいいが、それでもう食欲がなくなったりする。特にカレーなどはしつこい。これが味噌汁程度なら大丈夫なのだが。腹ではなく、胸が一杯になる。
 この台風が来る前、朝飲む味噌汁とのときの汗の出方が減っていたのだが、台風が接近し始めてからは大汗が出るようになった。それだけ空気が違うのだろう。
 朝の喫茶店からの戻り道散歩というのをたまにやっているが、最近は距離が短いというより、少し周辺を回る程度。そこからもう少し奥へ行きたいのだが、暑くて何ともならない。
 暑い中でも、出掛ける決心があれば、覚悟がつき、サバイバル的な楽しさもあるのだが、できるだけダメージを受けまいと考え出すと、余計に暑苦しくなる。気力の前に体が付いてこない。嫌がる。この気力、余程美味しいものでもないと出ないようだ。
 まあ、夏場は猫も通りには出ていない。まるで冬眠しているように、何処かの日影でじっとしているのだろう。
 蝉がボトボトと落ち、断末魔をやっている。蝉など網やトリモチでとるより、落ちているのを拾うほうが早かったりする。蝉拾いだ。
 炎天下、老婆が歩いているのだが、すっとしゃがみ、何かを手にした。すれ違うとき、見ると、その手に蝉をぶら下げていた。羽根のところだけ掴み、お持ち帰り。これは老婆でも捕れる蝉捕り、いや、蝉拾いだ。羽根が綺麗なタイプなので、持ち帰ったのだろう。孫の夏休みの宿題で、昆虫の標本などを作る手伝いかもしれない。
 蝉よりも、豪華な標本箱で誤魔化せるかもしれない。
 そういえば夏休みもそろそろ終わりがけ。そろそろ宿題が気になる頃だろう。子供の世界から、また世間に戻らないといけない。宿題は切符。これがないと、閻魔さんが地獄へ落とす。
 お盆を過ぎたあたり、夏休みはもう残り少なく、淋しくなる頃。ここで早くも人生を感じる小学生もいるだろう。
 
 
 
■■ 2019年8月13日 火曜日 午前9時53分
 
 今朝は晴れているが、雲が多い。その雲が妙で、これは台風の影響だろう。しかし、なかなか来ない。数日ほど同じような進路図。少しは動いているが、スピードが遅いのだろうか。大型らしいので、動きが鈍いのかもしれない。
 その影響で、昨日よりも近付いているので、そろそろという感じ。風も昨日も強かったが、今朝も強い。そして曇っているというのが昨日との違い。接近しているという実感がこの雲で分かる。
 しかし、何処に上陸するのかはまだ分からないが、ほぼ予想図通りだろう。最近はズレが少ない。あまりちょろちょろ動き回るタイプではないためだ。ただ、小刻みに左右に揺れながら進んでいるとき、ハンドルを切り損ねたように、東進が西進になったりすることもある。そのあと、戻ったりして、S字型の軌跡とか。
 まあ、何処に上陸してもいいが、外に出たとき雨だけ降っていなければそれで問題はない。まあ、風だけの台風は先ずないので、雨が伴うので、それはないが。
 風だけなら何とかなるが、雨だと傘を差さないといけない。自転車で傘で強い風は難しい。腕が痛くなる。手首も。濡れないようにとかではなく、傘を守る動きになる。そのとき、かなり力がいる。傘を守らないと濡れるからだ。だから本当は傘は邪魔で、逆に負担。だからカッパになるが、夏場の合羽は内から水が出る。
 台風でなくても風が強く雨が降っている日が年に何度かある。ただの低気圧だったりするので、台風のように予測進路図などはない。風を伴った雨という程度。台風よりも雨の量は少ないが、風は台風並み。だから、傘が差せない。
 それよりも最近は暑くて何ともならない。今朝などは台風が生温かい空気でも運んでくるのか、結構厳しい。暑苦しい日が連日続いているのだが、今朝は曇っているだけましだが、ずっと陰っているわけではなく、雲の隙間からの陽に射られる。だから陽射しというのだろう。射される。
 お盆の三日間の数え方は盆休みとは関係がなかったりする。まあ、その前後だろう。喫茶店のお盆営業日を見ると、14日15日16日だけ閉店時間が早いと貼り紙にある。迎え火を焚くのが盆入り、送り火を焚くのが盆明けとなるのだろうが、地方によって日は違うようだ。
 まあ八月の中頃の暑さ疲れをした頃にお盆休みがあるという程度の認識だろう。お盆ではなく、休みがある。
 年中無休の住み込みの奉公人でも、盆と正月は休みとなり、国へ帰ることができる。藪入りだ。国というのは実家だろう。そこが草深い田舎というイメージで、藪。だから藪に戻るのだが、蚊か。
 それよりもこの暑さが何とか鎮まってくれる方が有り難いのだが、お盆にまで辿り着いたので、あともう少しだ。今朝は曇っているので、陽射しの強さがないだけましだが、こういう日ほど日が暮れてからの方が厳しかったりする。
 
 真夏のカンカン照りで、外に出ているだけでも疲れそうな日が続いているが、こういうとき、暑苦しい一眼レフが結構よかったりする。夏の陽射しを光学ファインダーで覗くと、涼しかったりする。電子ファインダーもいいのだが、何故かサングラスを掛けているような感じ。ホワイトバランスなどが反映されるためだろうか。
 それよりも至近距離での広角側での撮影などでの失敗が少ない。これはファインダーを見て写すからもあるが、電子ファインダーよりもピントの山がよく分かる。まあ、受光素子が大きな一眼なので、暗いレンズでも寄ると前後がボケ、ピントが分かりやすい。
 広角では全部合っているように見えてしまうのだが、ここでは光学ファインダーのほうが細かく見えるので、何とか分かるようだ。
 特にカメラにより、AFフレームは手前のものと重なっているので、そこに当たっているはずで、グリーンマークも出ているのだが、見事に背景に合っていたというのがよくある。これはファインダーを覗いて確認したときもそうだ。実際にはピントの山など見えなかったりするので、AFフレームがそこを捕らえたことを確認する程度。
 しかし光学ファインダーでは、多くはポーズが入るだけ。赤いランプが、画面上に一瞬灯り、すぐに消える。それで複数のAFスポットがある場合、どのスポットで合ったのかが分かる。といってもニコンのD3400などは数個しかスポットはないので、左右か上下程度。これが細かくなればなるほど電子ファインダーのようになる。隙間がなくなるほど細かくなるが、画面の中央部だけだが。まあそんな端っこにピントを合わせるようなことは滅多にないが。一応カメラの真ん中あたりに日の丸構図のように被写体を捕らえるだろう。そのあと振ればいいだけ。
 ただ、風で揺れている細い草とかは、一点では捕らえにくい。捕らえた瞬間、違うところにある。
 しかし、中央部一点が一番迷いがない。動かない被写体なら、ほぼ命中させることができるが、真ん中のAF域というのは、黒くて細い線で書かれている。だからよく見えない。電子ファインダーなら、中央部に箱が現れ、見やすい。
 まあ、光学ファインダーでも半押しにすれば、中央部が光るので、中央部が何処にあるのかが分かる。この赤い合図、ピントが合っているというわけではなく、ここで合わせましたよと言う程度。
 キヤノンも最下位機では同じだが、X9iあたりになると上位機並みに、分かりやすくなる。まるで電子ファインダー。それを重ねているようなものかもしれない。
 最近にニコンにタムロンの高倍率ズームを付けたのを持ち出すことが多い。28から400ミリ少しあるだろう。純正望遠ズームのほうが軽いのだが、400ミリをかなり超える。ただ広角はまったく使えないので、これ一本だけでは広角で写したいときは何ともならない。といって標準ズームを鞄に入れるには重い。それに一枚写す度にレンズ交換しないといけなかったりするシーンもあるので、面倒だ。写しているより、レンズ交換で時間がかかるし、手も痛い。
 このタムロンのズームは安い。手ぶれ補正が強力で、レンズ内補正なので、補正が分かる。止まっているのだが。それもピタリと止まる。
 ただ、樽形、陣笠の毒キノコのようなのは出放題だが、写りはいい。
 しっかり確実に写すには、安いカメラとレンズだが、確かさや充実感がある。
 しかし、キヤノンX9iも欲しいところだが、X9のほうが軽くて、少し小さい。そしてAFはシンプル。
 以前世界最小最軽量のX7が欲しくて、欲しいまま終わったのに似ていたりするが。
 道端にあるものを光学ファインダーで覗いて写すと確実だ。どんなに早いカメラでも、AFは間違うし、また思っているところにあってくれない。だからそのフォロー時間がかかる。それが逆に手間だったりする。
 

■■ 2019年8月12日 月曜日 午前9時26分
 
 今朝も晴れており暑い。ここ一週間以上、そんなことを言っているような気がする。
 しかし、今朝はたまに陽射しがかげり、風もあり、少しはまし。ただ、晴れているので、すぐに雲が行き、強い陽射しになる。しかし、ジリジリと焼け付くような暑さではない。少しはましだ。
 台風が近付いて来ている。これで空模様が変わり、雨も降り出すはず。そこまでが辛抱。それがちょうどお盆と重なる。
 十日間予報を見ると、もう月末近くまで見通せるのか、最高気温予測が徐々に落ち始めている。38度が35度になっているが、さらに先は34度などが来ている。しかし、暑いことには変わりない。十日後ではまだ無理だが、最低気温のほうが目立って低くなっている。これは夜中寝やすいかもしれない。最低気温が出るのは朝方。夜明け前。だから寝る前はまだまだ暑いだろう。
 こう暑さが続くと流石にバテ気味。暑さ疲れ。そのためバッテリーが持たないのか、早い目に寝ようとするが、それをすると、朝、早く起きすぎて、困ることがある。早寝したときはいつも以上に早い目に覚める。それでは睡眠不足。目が覚めるだけでは、すぐにまた眠ればいいのだが、寝る方が苦しいときがある。
 扇風機を回しっぱなしにしていたのだが、寒くなってきたので、掛け布団を使った。扇風機を止めるのが先だが、朝方日が出てしまうと、また暑くなるので、そのときを考えて、消さなかった。しかし、扇風機をかけて蒲団もかけるというのは矛盾しているが。
 暑さも八月いっぱいまでで、それまでは我慢するしかない。徐々に涼しくなってきているはずなので、お盆を過ぎれば何とかなるはず。
 流石に暑くて食欲がない。食べ出すとそうでもないのだが、食べる前が面倒。だから簡単なもので済ませようとしている。ただお茶漬けという奥の手はまだ使っていない。まあ、熱いお茶を掛けて食べるのだから、暑苦しいのだが、喉の通りがいい。お茶漬け以前は湯漬けがあったのだろう。お茶がまだ贅沢品で、嗜好品だった時代。まあ、番茶が出始めれば、薬缶一杯にお茶がある。以前は麦茶などは、この薬缶で作っていた。かなり大きな薬缶だ。それを水桶の中に入れて冷やしていた。冷蔵庫がまだなかった時代。ただ、氷を入れるタイプの冷蔵庫はあったが、毎日氷を買わないといけない。だから氷屋があり、自転車で配達していた。炎天下運ぶのだから、溶けそうだが、町内の僅かな距離なので、問題なかっのだろう。ただ、筵のようなコモを被せていた。冬、木の幹に巻く、あのタイプだ。これで溶けにくかったのだろう。それのゴワゴワの分厚いタイプ。この布だけでも重そうだった。ゴザでもいいのかもしれない。
 そのタイプの冷蔵庫は八百屋にあった。貴重な空間で、僅かしかものは入らないので、入れるものも限られている。魚などは氷を細かく割った木箱の中に入れていた。かち割りだ。これはそれなりに溶けない。
 氷などが簡単に手に入らないような時代は、塩漬けだろう。
 またはもう諦めて、煮干しにする。完全に乾燥しているわけではない。
 しかし、こう暑いと、日中は移動しているだけでも一杯一杯。余計なことでウロウロしているとダメージを受ける。
 だが、外よりも、日が沈んでからの室内ほうが厳しかったりする。昼間は陽の暑さだが、夜は陰の暑さ。こちらのほうが厳しかったりする。昔なら行水で何とか凌いだのかもしれない。またはシャワーなどないので、井戸水を被るとか、単に濡れ手ぬぐいで身体を拭くとか。これが意外と効いたりする。
 
 
 
■■ 2019年8月11日 日曜日 午前8時34分
 
 今朝も晴れているが、昨日よりは凌ぎやすい。天気予報では昨日の最高気温が予測より高かったようで、35度と38度とではかなり違う。今日はそれで外れないように38度となっているが、昨日よりは涼しい。だから38度ではなく今日こそ35度あたりで止まるのではないかと思える。
 昨日はジリジリと日が照りつけ、焼けるような暑さが朝からあったが、今朝はまし。まあ、昨日よりも早い目に起きたので、まだ涼しい時間帯なのかもしれないが。
 八月も中頃。お盆休みが始まっているところもあるだろう。また、早い目の盆も。だからお盆が目安で、暑さのピークは越えるはず。
 今回八月に入ってからも暑い日が連日続き、しかも雨が降らないで、ずっと晴れが続いているので、これは厳しいだろう。最高気温はそれほど高くなくても、暑い日が続くとバテるだろう。
 しかし、お盆と同時に台風が来るので、これで雨になり、いいおしめりになるはず。この台風通過後の気温が楽しみだ。
 しかし、夏バテになるのは意外と暑さが引いた頃かもしれない。
 今年の夏は何故かあっさりと行ってしまうような感じで、意外と過ぎ去るのが早いような気がする。梅雨明けからの期間がもの凄く短いような。例年はもっと夏真っ盛りの期間は長かったような。これは気のせいかもしれない。今年もいやというほど暑い日が続いているので、梅雨明けからは夏らしい日ばかり。だからその期間も長いはずなのに。
 ただ、この暑さ、何処まで粘るかだろう。暑い年は八月いっぱいまでは真夏状態。お盆を過ぎても涼しくならない。そして九月中頃あたりでようやく暑さが引き出す具合だった。ひと月ほどズレているのではないかと思えるほどの年もあった。また10月になってからもの凄く暑い日があったりとかも。
 それで秋が来るのではなく、夏が来るのかと思ったほど。
 昨日はご飯が切れていたので、スーパーで弁当類を買いに行くが、暑苦しいので、簡単なものを探していると、赤飯があったので、それを買う。これはまあご飯だけのようなものだが、餅米だろう。別に祝い事はないが。
 それだけでは頼りなさそうなので、焼きうどんを買う。これも珍しい。焼きそばはよくあるが、焼きうどんもあったのかと思い、手を出してしまった。焼きそばよりも焼きうどんのほうが高い。量が多いためだろうか。いずれも50円引き。早い目に来たので、そんなものだろう。終わりがけだと半額になる。しかし、いいものはもう売れ切れており、弁当の選択肢が非常に狭くなる。
 結局赤飯だけで腹は満たされたのか、お腹がすかないので、焼きうどんは食べなかった。すぐに冷蔵庫に入れておいたので、今日の昼ご飯にする。
 赤飯は結構腹持ちがいい。餅米のためだろう。
 
 

■■ 2019年8月10日 土曜日 午前9時32分
 
 今朝も相変わらず晴れており、そして暑い。雨が降るとすれば台風が来てからだろう。これが四国方面を窺っている。まあ、台風に意志はないのだが、全体的な囲いの中で、毎回似たような動きをとる。だから予測コースを何とか示せるのだろう。
 ここで降る雨で涼しくなるだろう。それがお盆の時期と重なる。お盆を過ぎれば暑さは衰えるというが、今回は台風。お盆とは関係がないが、この時期台風も来るので、そういう時期なのかもしれない。
 お盆というのは見えないが、台風は見える。お盆のように丸い台風の目が見えるわけではないが、風や雨で台風だと分かるので、見えるという意味程度だが。
 今朝は昨日よりも暑いようで、それは寝起き行く喫茶店までの道で分かる。結構焼ける。焼け付くような暑さとはこのことだ。
 今朝の喫茶店は客が多い。土曜なので、客の動きが読めないのだが、何かイベントでもあるのだろうか。夜のイベントではなく、昼間の。または花火大会かもしれないが、まだ午前中だ。
 見たこともない客ばかりなので、近くで何か、あるのだろう。一番多いのはパチンコやスロットル。そのイベントか、または新装開店とか、台の入れ替えとか。結構並んでいる日もある。時間的にはその手前の時間なので、パチンコ待ちの客かもしれない。そういう客は常連でもいるが、今回は見たことのない人達なので、違うかもしれない。
 または神社とかの祭りかもしれない。神事だけでは人は集まらないので、何か市が立っているのだろう。露店とか。しかしその程度では集まりも緩いだろう。客は若者が多く、軽装。
 しかし、こう連日暑いと、本当にバテてしまう。昨日はましだったが、その前日が暑すぎたため。今日は結構厳しいと思えるが、最高気温予測などは大した数字ではない。これは予想で、その数字になることは希で、手前で止まっている。予想が外れた高い気温というのは滅多にない。だから高い目に予測しているのだろう。それでも前日と比べて高いと、昨日よりは暑いと言うことが分かる。それだけで十分だ。
 野菜の値が上がっており、水菜まで200円台に近い。これは水不足なのかもしれない。雨が少ないので、育ちに関係するのだろうか。それしか思い当たらない。長雨が続き日照時間が短いと、これもまた高くなる。
 こういうときでも安定して安いのはニラだ。だが平べったい。ネギは穴が空いているが、ニラはぺったんこ。これは茎なのか、葉なのか、分からない。葉だろうと思うが、長細すぎる葉なのかもしれない。ただ、草を単純に書くとき、そういう長い葉になる。何の草なのかは分からない。実在しなかったりする。
 
 

■■ 2019年8月9日 金曜日 午前9時00分
 
 今朝も相変わらず晴れていて暑いが、昨日よりもましなようだ。そうであってくれないと困る。一日一日涼しくなっていくはず。暑さが少しだけ和らぐ程度で、よく分からないほどだが、そういうアナログ的な右肩下がりのグラフを連想する。気温は滑らかではないが、徐々に気温は下がっていくはず。
 そういうベースと関係なく台風が来ると、一変する。ベースが見えなくなるほど気象状態が変わってしまう。去れば以前のベースに戻るのだが。
 昨夜は寝苦しく、蒸し暑い夜だった。扇風機を付けっぱなしにしていたので、風は来ており、それが涼しく感じられることもあったので、助かる。室温は32度か3度以上は上がらないようだ。真昼でもそうなので、これは日影と同じようなものなので、そんなものだろう。当然外は40度を超えていたりしそうだ。これは直射日光が当たっているところ。そうでないと、皮膚が焼けるような暑さにはならない。
 自転車だと腕を出すので、モロに陽射しを受ける角度になる。長袖を着ているのは、日除け。ジリジリ焼ける熱さより、長袖の暑さのほうがまし。
 ジャンパー風の薄くて透けるようなタイプだが、これがまといつかないし、通風性も高いので、今年はこれで長袖状態でも何とかなっている。普通のカッターシャツ系では腕が汗ばんだりする。それ以前に暑くてまくり上げるだろう。幅が広くフワッとしており、くっつかないタイプがいい。当然首元の襟もゆったりしており、首筋にピタリとこないので、これも夏向けだ。
 一応夏用のシャツコーナーで買ったのだが、一種類だけジャンパータイプがあった。ポケットが脇にあることと、前はボタンではなくファスナーというだけのことで、生地は似ていたりする。
 坊さんがお盆にスクーターで走っているときの、網の訪問着のようなもの。
 台風が二つほど来ており、一つは去ったが、もう一つがじわじわと近付いて来ており、お盆ぐらいに影響するだろうと言われている。近くまで来るとすれば、雨のお盆になる。だから少しは気温は下がる。ベースが下がるのではなく、台風で下がる。
 まあ冬でも北からの台風のような寒波で気温がぐっと下がるので、ベースにはない規模の気圧の変化が大事なのかもしれない。普通の高気圧低気圧がベースのようなもの。それが高すぎたり、低すぎたりすると、気温が大きく変わる。
 そう言えば最近雨が降っていない。夕立のようなものが多くあってもおかしくないのだが、それはお盆過ぎの夏の終わり頃に多いのだろう。北からの冷たい空気、秋の空気が入り込んでくるので、それとぶつかるのだろう。ぶつかると空が荒れる。
 八月の半ば、そろそろ今年の夏も終わりかけている。
 
 

■■ 2019年8月8日 木曜日 午前9時54分
 
 今朝も暑く、晴れている。台風は何処かへいったのか、晴天。雲が非常に少ない。いい天気なのだが、この時期だ。暑い。
 寝起き行く喫茶店までの道は影がない。たまに背の高い建物の影があるが、瞬間。逃げ場のない炎天下だが、風が吹くと少しはまし。
 昨夜はその前の夜よりは一度ほど低かったようで、これだけでもましに感じる。夜中寒くなってきたので、扇風機を切ったが、朝は日が窓から入り込み、これはガラス戸なのだが、その陽射しをモロに顔に受けるのか、これは寝てられない。暑いのでカーテンを開けていたため。まあ、窓からの風は大したことはないので、カーテンを閉めて寝てもいい。
 窓を開け、カーテンを開けると日中は熱気が入って来るので、風も熱い。窓は開けるが、カーテンは閉めていた方がよさそうだ。昼間はそうしている。そうでないと、風よりも熱気で暑い。
 今朝は遅くまで寝ていたようで、暑くなったため、目が覚めたような感じ。結構よく寝ていたようだ。途中で蒲団を軽く被ったので、気温的には寝苦しくなかったのだろう。
 暑さも八月の中頃になると、収まり出すはず。だから、もう少しだ。
 夏を乗り切る。これだけでも大仕事だったりする。そんな大きな仕事などしていないのだが。
 昨日は暑さを乗り切るためではないが、久しぶりに餃子を買った。持ち帰りだ。この王将の餃子はくっつくので、今一つだが、すぐに食べれば、まだくっついていない。しかし、少し間をおくとくっついて、引き離そうとすると互いの皮が破れ、具が出たりする。まだ生温かい頃でもそうだ。それを冷蔵庫に入れて保存すると、お好み焼きだ。そして皮が固くなる。元々皮が分厚い。餃子の皮は薄い方がいい。そして柏餅のように大きなのもある。こうなると饅頭だ。肉まんじゅう、豚まんに近くなってしまう。
 まあ、餃子は焼きたてをすぐに食べるのがよい。持ち帰るよりも。
 これに作り置きの水菜やジャガイモ、玉葱を煮たものを添えて食べる。餃子の中に玉葱が入っているはずだが、量が違う。餃子の中に入っている野菜。少なすぎるが、入っているほうがいい。キャベツとか。
 昨日の朝は、喫茶店からの戻り道、少し散歩をしたのだが、これが暑くて何ともならなかった。僅かな距離だが、日中外に出るというのは、用事でもない限り控えるほうがいい。朝からそれで、バテてしまったわけではないが、ダメージを受けた。まあ、中途半端に出たので気構えがなかったのだろう。暑さだけが目立って、すぐに引き返してきたが、その途中がまた暑い。
 昼頃からの外での移動は影の道ができているので、それに沿っていけば、炎天下時間は僅か。影が途切れている箇所があるが、すぐに日影があるので、何とかなる。
 
オリンパスEM10の続き2
 何代か前の安い目のカメラだが、その上位機で中級機の5マーク2とあまり変わらない。
 意外とダブルズームキットレンズがよかったりする。中級機に付けているのは、当時のキットレンズでダブルズームを一本にしたもの。これで結構重くなるのだが。
 それとAFスピードやピント精度などはほぼ同じ。機能的にも、ボタン類が少ないだけだが、それらはファンクションボタンや、それの切り替えなど、カスタマイズ箇所が多いのだが、あまり使っていないので、初期設定でもいいほど。
 実はそれらはコンパクト系の28から300までで全域F2.8のカメラとそれほど変わらない。このカメラ、ポケットに入る。メイン機として使っていたほど。EM10とほぼ同時期に出たカメラなので、操作体系などは似ているが。
 だから旧製品と新製品の差があまりなかったりするし、下位機と中級機の差も気付かないほど。
 EM5を買うとき、普及機のマーク2でもよかったような気がする、そしてEM10の初代でも、似たようなものだったというのが結論。
 このEM10にパンケーキズームを付けると、まさにマイクロ一眼。オリンパスらしい。結構カメラカメラしており、富士のミラーレスのような印象。
 ハーフサイズなので、もっと小さく軽くできるはずだが、小さいのにずしっとくる感触は悪くない。これは充実感と繋がる。ボディーはズシリとしているが、キットレンズは嘘のように軽く小さい。
 5マークUに比べ電子ファインダーの大きさや精細さは劣るが、写しているときは気にならない程度。この程度でいいのではないかと思える。
 だからスペックだけを見て、新製品の方が好ましいと思いがちだが、旧製品、二つほど型落ちでも、断層があるほどの違いではないという結論を得た。
 だから、安心して、旧製品の安いのを選ぶほうがよかったりする。さらにその中古になると、さらに安い。
 高いが頑張って買った5マークUよりも、今回のEM10のほうが使っていて楽しいという印象。軽快なマイクロ一眼の良さがあった。
 
 
 
■■ 2019年8月7日 水曜日 午前9時19分
 
 今朝も暑く、晴れているので、陽射しもあり、更に暑い。昨夜も暑く、空気そのものに熱気があり、一度外に出たが、空気が生温かい。これでは夕涼みにならないのだろう。買い物で百均まで行ったのだが、店に入るといい感じだが、ドアを開け、外に出た瞬間、ムアンとする。夜なのにこれは厳しい。これは台風の影響だろうか。かなり北のほうにいるのだが、南からの生温かい空気を引き上げるのかもしれない。何かいつもと違うと思うとき、台風の仕業が多かったりする。間接的な影響だ。
 それで夜になっても暑苦しいので、最高レベルの対策として、濡れタオルを使った。これは熱があるとき、おでこをタオルで冷やすようなものだ。単に水を含んだ濡れタオルでいい。まあ、おしぼりのようなもの。これで拭くと涼しくなった。特に首の後ろ側などに濡れタオルを当てると効果的だが、ここは冷やさないほうがいいとされている。だから顔とか額とか程度でいい。意外とこれで冷えすぎたりする。暑いが、体が冷えるのだ。つまり、身体を冷やすとよくないというパターンになる。まあ、熱中症は身体に熱を含んでしまい、それが抜けないので、冷やしたほうがいい。熱のあるときに冷やすようなものだ。
 水を含んだ濡れタオル。当然常温で、普通の水道の水。水温のほうが室温よりも当然低い。その程度の冷房効果だが、水というのは、色々と作用する。
 身体を冷やすため汗が出る。だから濡れタオルの水分も、それに近い。汗は蒸発する。水も。気化左様だろうかそのときの作用がいいのだろう。
 アイスキャデーを一本食べると、結構体は冷える。かき氷と同じだ。寒くなるほど。しかし、これは一本だけだろう。続けると、胃腸を壊したりする。まあ、うんと暑いときはいいのだが。
 十日間予報を見ていても、あまり気温は下がり気味になっていない。お盆過ぎから下がるはずなのだが、昨日今日の気温とあまり変わらない。しかし、十日間予報は塗り替えられるので、十日前の予報なので、これはかなり曖昧。大まかなものだろう。近付いて来る低気圧や高気圧をある程度予測できるのだろう。しかし十日前には分からなかった台風が発生していたりするので、天気だけは当日になってみないと分からない。だが、大把握はできる。
 まあ、どちらにしてもお盆が目安。それまでは暑くて当然。
 
オリンパスEM10の続き
 中古で買ったキットものだが、単行本が入っていた。技術評論社の本だが、市販品。1400円ほどする。2014年発売で、ほどこのカメラの発売時期だろうか。初版で版を重ねていたいので、出たばかりなのか、オリンパスとの共同で出したのか、それはよく分からない。そのため、紙のマニュアルがない。他のものはほぼ入っており、接眼部のゴムフードのような目当ても付いており、これは別売だろう。また接眼部に取り付けるものも入っている。このフードのようなアイカップを付ける部品だろうか、よく分からないが、アクション何とかとなっている。未開封。
 本は190ページほどでカラー。撮影サンプルや例などでも写真は当然カラーなので分かりやすい。
 基本&応用 撮影ガイドとなっている。これはオリジナルマニュアルよりも見やすいので、あとでゆっくりと読むことにする。
 これだけでも、このカメラ、楽しめる。夏休みの教材を貰ったようなもの。
 
 このカメラ、ボディーは小さすぎるほど可愛いのだが、ずしっとくる。無印の電子ダイヤルが軍艦部に二つ並び、それだけでも異様だ。何のためのダイヤルなのかが分からないためだろう。撮影ダイヤルは左手側にあり、ロックはないので、片手で回せる。まあ、ここはほとんど動かさないだろう。
 カメラの仕掛けは二年前に買った上位機のEM5とほぼ同じ。わかりにくいメニュー繰りも同じ。たとえば感度を変えたいとき、探すのが大変。メニューの項目に感度がなかったりする。実際にはしっかりとあるのだが、他の項目と一緒になっているので、奥が深い。またガイドが画面の中程に出て、一覧性が悪くなる。全体が見えない。感度だけなら短縮キーですぐに合わせ直せるのだが、オート感度の上限設定などはできなかったはず。
 まあこのカメラ、初期設定の工場出荷状態で写した方がいいようだ。そうすれば、オート感度も1600ぐらいで止まるので、絵としては綺麗だし。
 まったく設定を弄らなくても、十分使える。
 といってもメニューからテレコンを設定するのが面倒なので、ファンクションキーに仕込んでいる。これを押すと倍の画角に瞬時になる。ただし戻し忘れると、ずっと倍のままだが。
 これは露出補正も同じで、これは電子ダイヤルでダイレクトにできるが、電源を落としても覚えているので、ずっと暗いまま、とかになる。
 また、不用意に動くような箇所にあるので、いつの間にか露出補正に入っていたとかもある。これもフルオートなら反応しなくなるので、フルオートのほうが安全だったりする。
 
 パンケーキズームは、欲しかったもので、これを付けた状態では非常に小さくなる。これぞまさにOMという感じだ。往年のものより、小さいのではないかと思える。
 当時も標準ズームがあり、それなりに小さいほうだった。
 電動ズームなので、方角さえ間違わなければ、何とか使える。ただし中間よりも端ばかり使うが。
 スナップ用としては28ミリからなので、そこから動かさなくてよかったりする。24ミリなら広すぎると思い、もう少し狭くするだろうが、28ミリなら丁度いい範囲になる。それでもまだ広いと感じることもあるが。
 
 写りはこってりとした色目で、カンカン照りのときに写すと、かなりどぎつい絵になる。濃い。ドロドロの絵というわけではないが、非常に濃い。
 二本のズームともキットレンズで、単品でも売っているが、非常に安い。
 望遠ズームは80から300まで。望遠側は物足りないが80ミリスタートなので、少しは広い。300ミリを少し越える一眼系の望遠ズームは100ミリスタートだったりする。望遠しか付けていないとき、80ミリはありがたい。100ミリだと大きく写りすぎる。僅かな差だが。
 最短撮影距離は全域で90センチ。一般的な最短撮影距離は1メートルか、それより少し長い程度だが、この90センチというのは有り難い。これも僅かな差だが。
 明るさは4から5.6と一般的。一段差しかない。これが非常に細くて小さく短く、しかも腑のように軽い。このレンズの旧バージョンを持っていたが、ズームが固くて手が痛かったが、それが直っている。中身は同じだと思える。形も同じなので。
 標準ズームはパンケーキタイプなので、非常に薄い。電源を入れるとレンズが飛び出すタイプ。電動沈胴。だからロックレバーやボタンを回しながらズームリングを回したりしなくてもいい。電源を落とすと自動的に沈む。
 EM5に高倍率ズームを付けたものよりも、当然軽い。標準ズームは100グラム少ししかないので、鞄の中に入れても負担にならない。どちらかを付けているので、一方を鞄の中に入れるのだが、望遠ズームでも鞄の外ポケットに簡単に入る。レンズそのものが軽いので、ズシリとこない。ただ、ボディーはズシリとくる。ここだけは頑丈そう。だからレンズの方が重いということはなく、バランスがいい。
 暑気払いカメラとして買ったので、夏の陽射しを写していたのだが、その写りが暑苦しい。非常に暑い絵になる。
 プログラムモードやフルオートモードでは絞りたがるようで、シャッタースピードは意外と上がらない。だから静物写しには丁度いい。一般的な風景とか。町並みとか。
 初心者向けの入門機だが、こちらのほうが気楽に写せる。
 オリンパスに期待しているのは、こういうことだったのかもしれない。安くて小さく軽いカメラ。
 
 
  
■■ 2019年8月6日 火曜日 午前9時15分
 
 いつの間にか台風が上陸していたのだろうか。妙なコースだ。S字型になっている。
 その影響か蒸し暑い。そして今朝は曇っているが、たまに陽射しもある。単に雲が多いだけのことだが、風が結構強い。これは台風の影響だろう。昨日から強かった。
 気温はそれほど高くはないが、暑苦しい。ただ、朝の喫茶店までの道は陽射しが途切れていたためか、炎天下ではなかったので、すこしはまし。だが、湿気が結構あるようだ。
 扇風機は一晩中付けていたようで、途中で止めていない。暑いままだったに違いない。目が覚めたときは既に早朝ではないので、そこそこ暑いので、ここで止めても仕方がない。まあ、朝から扇風機は使わないが、それは寝起きまでの時間帯。
 昨日は秋を思わせる空気で、暑いことは暑かったが、いい感じだった。爽やかな暑さだったので、それが台風が来たので、湿った空気に変わったのだろう。
 台風は大阪方面からかなり外れたので、雨の影響はないようで、傘マークの予報はあったが、降らなかった。
 どちらにしても暑い日が続くので、バテ気味。自転車移動ものろい。暑いとき、力むと余計に暑いので、だれきったような遅さ。しかしその間暑いので、早く移動したほうがいいのかもしれないが。しかし、こういうときは元気を出さないほうがいい。あとがしんどい。
 菊菜が美味しかったので、それを買おうと思ったのだが、ない。品切れなのか、入ってきていないのか。
 前回買ったときは特価台。売れ残っていた。それもなくなり、入っても来ないのだろうか。それで、水菜を買う。それと三角の厚揚げ二つ入りが半額だったので、買う。賞味期限が近いのだろう。これはすぐに食べないといけないので、全部切って水菜と煮る。ジャガイモも買っていたので、それを入れる。また玉葱の丁度いい大きさのが網袋に入って数も多いので、それを買う。網袋は紐が付いており、ぶら下げて保存できるようになっているのだろう。
 これで厚揚げ鍋が完成。暑苦しいが、水菜、ジャガイモ、と入っているので、それなりのバランス。人参は買わなかった。大根は大根下ろしでよく食べているので、それも入れなかった。
 玉葱は大きい方が美味しい場合がある。肉が分厚く、柔らかい場合、これは美味しい。小さいのは煮ても固いことがある。また皮がくるっと剥けるタイプと、なかなか向けないタイプがある。肉まで剥いてしまうことになる。
 玉葱は根のところと、頭のところを先ず切る。全部切らないで、皮の近くで止める。そのまま剥いてしまえるためだ。要するに切り口だ。剥き口。
 あとは十字に切るだけ。小さいタイプも大きいタイプも同じ。だから大きい玉葱だと、大きい目に切ってあるように見える。煮こむと、箸で挟むとき切れたりする。これはいい玉葱、柔らかい玉葱の場合だが。
 しかし、やはり人参を入れるべきだった。色目がよくなる。
 そして厚揚げは存在感がある。豆腐のように潰れないのは皮があるため。そして油で揚げているので、少しだけいい感じで油を出す。これで美味しかったりする。肉を入れると、その油がきついので、野菜鍋が汚れる。油揚や厚揚げ程度の油ならさっぱりしていていい。
 暑いが食欲はあるし、腹も十分空くのだが、食べるのが面倒臭かったりする。特にご飯ものは。だからパンとかをかじった方が食べやすく、入りやすい。胃の中ではなく、食事に入りやすい。手づかみで口に運べばいいだけなので。食膳もいらない。
 昼はざる蕎麦をまだ作っている。大鍋で湯がくので、暑苦しい。手間もかかるし、笊とか受け皿とか、色々と食器や道具を使うので、面倒だが、コンビニで売っているざる蕎麦よりも遙かに美味しい。
 コンビニのは容器の中に付属している水袋のようなものを掛けて麺をほぐして、などと手間がかかる。ここはやりたくない手間だ。しなくてもいいような。
 それと出汁をビニール袋から出すのだが、これが引っ張っても切れないことが多い。失敗すると、バサッと行ってしまい、勢い余って飛び散る。ハサミを使えばいいのだが、ハサミの刃に出汁が付く。こういうのは面倒。鍋に水を入れて沸かす方が手間なのだが、違和感がない。だからコンビニざる蕎麦を食べる前の下準備よりも邪魔臭さがない。これは鍋とか、笊とか、受け皿とか、具体的なものを手にするためだろう。ビニール袋を切るというのは、出汁と何の関係もない。
 当然出汁までは作らないが、市販の瓶に入ったタイプ。薄めるタイプではない。これは作り置きの出汁を瓶に入れていたのを、使う感覚。
 暑さはまだ続くので、しっかり食べて、しっかり寝ることだが、それは基本だろう。
 
 
 
■■ 2019年8月5日 月曜日 午前9時20分
 
 今朝も晴れており、暑いのだが、少し空気が違う。空は澄んでおり、秋のような青空。これは秋が入り込んできたのではないかと思える。まだ暑く、最高気温も高い目が続いているのだが。
 ここ数日の暑さで、バテたのか、今朝は遅い目に目が覚めた。もっと早い目に目は一度覚めたのだが、それでは早すぎるので、すぐにまた寝た。
 この二度寝が長かった。寝やすかったこともある。朝方なので、涼しいためだろう。寝る前も暑く寝苦しく、昼寝も暑いので、うたた寝程度。それに比べると朝方は涼しく、非常に寝やすかったためだろう。
 それで少しだけ遅い目の喫茶店へ向かったので、満席だった。月曜なので平日になったため、仕事前に寄る常連がいるためだ。それと暑いのでやはり客が多い。避暑だろう。
 満員なのは喫煙室で、一般席はガラッとしている。そこで少し待っていると、常連の一人、これは定期便で同じ時間に来て、滞在時間が短いので、すぐに立つだろうと思っていたら、一番最初にその客が出た。狙い通りだ。
 それで、この日誌の書き出し箇所は一般席で書いている。つい癖でタバコを取り出そうとした。一般席だが灰皿はレジでもらっている。空くまで待つということでこのパターンができている。
 一般席で待たないで、満席だとすぐに出てしまう客もいる。それほど滞在時間が短くない客で、一般席で待っている間に、終わってしまうのだろう。冷たいものを飲むだけの客。
 そのタイプの客が一番早く出たので、その席へさっと移ったのだが、この客、仕事前のはず。だからそのまま仕事場へ行けば早すぎたりしそうだが、その方向に仕事場があるのだろう。駅とは反対側だ。その先に喫茶店がある。個人喫茶なので禁煙席が一つあるだけ。そこへ寄るのだろうか。しかし、いつもの倍以上のコーヒー代のはず。
 その客はユニホームのように、毎日同じものを着ている。私服のはずだ。しかし、似ているだけで、季節により、少しだけタイプが違うのかもしれない。形が同じだし、色も同じなので、同じ服のように見えてしまうが。
 夏真っ盛りだが、やや夏の勢いが衰え出すような雰囲気。台風も近付いて来ているので、その影響かもしれないが。だが、よく晴れており、風がやや強い程度。
 
 さて、暑気払いカメラだが、尼崎中古屋にかなり前から置いてあるオリンパスミラーレスの普及タイプの二つほど前のEM10初代がふさわしいのではないかと思い、先日暑い中、買いに行く。しかし、前回行ってからそれなりに長い。もう売れているかもしれない。そのときはアマゾンキンドル端末広告入りタイプを安く持ち帰り、今も毎日持ち歩いている。それ以来だ。
 このEM10は、すぐにマーク2が出て、今はマーク3が現役機で、これもしばらく立つが、新製品は出ていない。
 それまでの初心者向けの安いタイプのファインダーを付けたようなものだ。ファインダーのない高いタイプもある。モロにオリンパスペン。
 EM10は一眼レフのデザインにしたもの。往年のOM1や2のデジタル版のような感じだろう。
 普及タイプなので、キットレンズ付きだが、そのレンズが小さく軽い。標準ズームはパンケーキレンズで、電動。パナソニックにも同じものがあり、似たような薄さ。これを付けると、ポケットに入ったりする。
 これが尼崎中古屋に長くあったのだが、手を出さなかったのはEM10初代のため。これがEM10マーク2ならよかったのだが、古いタイプだ。だからAFスピードやファインダーや手ぶれ補正などで差が出る。四年ほど前のカメラだろうか。
 しかし、カメラバッグ付きで、グリップも付いている。これは別売なので、買ったのだろう。簡易グリップだが、小指が浮かないで済む。だから底が高くなる下駄。電気的な仕掛けはない。シャッターボタンはない。バッテリーも内蔵していない。これはEM5には付けられない。残念。
 それで、暑いが、夕方前だったので、少しはましだと思い、見に行った。そして、まだ売れ残っているのを確認。そのまま買った。
 一応手に取ってみたが、バッテリーは残っていたようで、シャッターが切れた。ここで切れなかったりする中古もある。まあ保証があるので、持って行けばいいのだが、有料になるような故障もある。まあ、その場合は返品だろう。ただ、現状品となっていると、その限りではない。潰れているのを承知で買ったのだから。当然現状品表示カメラには店の保証はない。
 暑い中、何とか持ち帰ったが、そこでバテてしまった。
 しかし戻る途中、バッテリーが残っているので、写しながら帰った。メモリカードが入っていたので、驚く。もうカメラをやめた人なのだろうか。または出し忘れたのだろうか。何も写っていなかったが、不思議な一枚がある。カメラバッグが写っている。これは買うとき、シャッターが切れるかどうかで写したものだろう。自分で写した写真だった。
 ものは極上。傷一つなく、擦れ跡もない。ほぼ新品ではないか。
 まあ、失敗してもズームレンズ二本が手に入る。どちらのレンズも欲しかったものだ。
 二年前の誕生日カメラとしてEM5を買っているが、キットレンズは高い目の高倍率標準ズーム。これが結構重いのだ。
 標準パンケーキレンズは100グラム台だろう。80から300相当の望遠ズームも200グラムあるかないかだと思える。これに普及タイプの軽い目のオリンパスミラーレスと組み合わせれば、かなり軽い。
 このカメラに好感を持ったのは、その後、少しだけ調べた結果。
 オリンパスのカメラは電源レバーが悪い。すぐに入らない位置にある。コンパクト系でも小さく押しにくい位置にある。指の腹ではなく、爪が必要。ただ、ファインダーのないミラーレスタイプはボタン式で、いい位置にあり、これが一番素早い。
 EM10はボディーの背面にある。相変わらず電源レバー癖が悪い。しかし、右手側で引ける。ボディー裏側の右肩の下というとんでもないところにあるのだが、こちらの方がEM5よりもまし。ただ、レバーが小さく方角が妙なので、慣れが必要だ。
 しかし、これを使っているとものすごく貧乏臭い。まさにオリンパスらしさが出ている。
 OM10というのが昔あり、これはOMシリーズでの普及タイプで、プログラムモードメインのようなカメラ。カメラ前面にダイヤルがあり、これが印象的だった。
 高級コンパクト機のほうが下手なミラーレス機よりも、写りはいいとされるときの、代表的な普及タイプミラーレスだ。
 しかし、一寸良いタイプのEM5を折角買ったのに、世代を落として、さらに普及タイプに興味がいったのは、少し高い目の中華屋のラーメンよりも、屋台の安っぽい中華そばの方がよかったようなもの。
 要するにハーフサイズのミラーレスの特徴である小ささ、軽さが、このEM10には出ている。これがオリンパスの特徴だったはず。高級なものを望んでいなかったりする。
 さて、これで暑気払いができたのだろうか。余計に暑苦しくなったような気がするが、気のせいだろう。
 
 
   
■ 2019年8月4日 日曜日 午前9時03分
 
 今朝も晴れており、暑い。毎度のことなので、慣れた感じだが、少し高温が続くようだ。こういうのは三日ほど続く程度だと思っていたが、今回は長い。何処かで雨が降ったり、それほど暑くない日も入るはず。それがない。
 ずっと暑い日が続いていると、これはこたえる。三日ほどが限界だろう。まあ四日目には死ぬわけではないが。
 同じ状態でいるのではなく、それなりの避暑をしているはず。本当に暑いときは出ないとか、出ても日陰ばかり選ぶとか、それなりに暑さから逃れる方法を少しはやっている。
 昔なら行水をしたり、濡れ手ぬぐいを使ったりしていたのだろう。まあ、それにも限界があり、何処かでそれ以上の対策が考えられなかったりしそうだが。
 あとはもう我慢しかない。また余計に暑苦しいことをすると、暑さを忘れたりする。
 昨日は久しぶりに吉野家の牛丼を食べる。牛丼屋は多いが、この吉野家だけは別格なのだろうか。高い。
 しかし、久しぶりに行くと、セルフになっていた。いつもなら空いている席に座り、牛丼並といえば、それで出てきて、出るときその場で勘定した。だから入口から席まで一直線。冷たいお茶も出てくる。
 ところが改装したのか、中が違う。先ずレジがある。そこを素通りする前に声をかけれれる。注文品をそこでいい、先払い。しかもその場でできるのを待って、それを持って席へ行く。まあ、ファスト系でありがちな段取りだ。
 ただ、いつものカウンターで囲んでいるような席はなく、窓際などに長いテーブルがあり、奥には四人掛けや二人掛けのテーブルがある。
 お盆で自分で運び、席へ着く前に紅ショウガやお茶などがある。そこで紅ショウガを入れるのだが、荷物が多いと、お盆を持ちながら紅ショウガを掴めなかったりする。それで、テーブルに着いてから丼だけを持って紅ショウガを入れにいく。
 お茶の種類が多く、結局熱いお茶が出てきた。冷たいお茶が欲しかったのだが仕方がない。お茶以外の飲み物もあるようだが、これはドリンクバーのようなものだろうか。アイスコーヒーがあったかどうかは分からないが、フリードリンクではないはず。それならじゃじゃ漏れだ。
 それで店員は客席には一切姿を現さない。たまに紅ショウガ切れを補給しにくるか、たまにテーブルを拭きに来る程度だろう。
 それで、高い牛丼だが、久しぶりに食べると味があっさりしている。それ以上に驚いたのは肉の大きさ。くずが入っていない。上等な肉を使っているし、筋張ったものがない。当然肉が多い。しかも大きい。さらに玉葱が柔らかい。肉と玉葱だけしか入っていないのだが、その玉葱がどの牛丼屋のものよりもよく煮ており、柔らかい。そして大きい目。
 まあ、それで高いということだろう。並牛丼が全て上牛丼。牛丼の上を注文したようなもの。
 だから改装しただけではなく、肉の質や味を変えてきた。以前よりもよくなっている。安い早い臭いのイメージはない。
 他にも色々とメニューがあるようだが、よく見ていない。朝定食にハムエッグが加わっている。大概はシャケ定食なのだが。
 吉野家は結構遠い場所にある。それだけの理由で長く行っていないが、近所にある牛丼屋にも最近は行っていない。うな重を食べに行ったきりだ。
 夏バテにはうな重より、この吉野家の牛丼の肉の滋養のほうが強いのではないかと思えたりした。
 
 

■■ 2019年8月3日 土曜日 午前9時00分
 
 今朝も暑く晴れている。これが崩れるのは台風の接近だろうか。結構長い間晴れの日が多いので、流石梅雨明けだけのことはあるが、もう梅雨のことなど忘れてしまっていたりする。雨よりも暑さだ。
 昨日は少し雲が多いのか、ずっと陽射しがあったわけではないので、外に出たとき、その前日よりも暑さは和らいだように見えた。気温的にはあまり変わらないが、陽射しがなく風が強いので、暑さはまし。しかし、最高気温はかなり高い目で、ここ数日の中では最高。
 体温を超える暑さが続いているが、ずっとではない。
 今朝はその暑さに慣れたのか、陽射しのあるところを喫茶店まで自転車で走っていたのだが、もう麻痺しているのか、暑さには驚かなくなった。それよりも、それほど高温にはなっていないのかもしれない。
 八月が深まるに従い影が伸びる。日が落ちるのが早くなる。だから日の勢いが落ちるはず。昼間上の方にあった太陽が、やや低くなっている。
 こう言う暑い日が続くと、暑さ疲れが涼しくなり出した頃に出るかもしれない。今でも寝る前になるとぐったりすることもあるが、これで早寝ができたりする。
 食べるものはあっさりとしたものを好みががちだが、菊菜が安かったので、買っていたのを煮る。特価というより、半額で、賞味期限が近いので、その台の上にあった。意外と詰まっており、量が多い。密度が濃い。
 根が付いているタイプなので、これは砂を多く含んでいる。根を切っても、砂は葉や茎に付いている。
菊菜を食べたときのざくっとする感触、あれは、よく洗っていないため。
 さっと水を掛けた程度では落ちない。見えないので分からないが、洗い桶などに入れてかき混ぜると、底の方に砂が溜まっているのが見える。これをもしそのまま食べると、この砂も一緒に、ということになるが、鍋で煮るので、鍋の底に溜まるほうが多いはずだが。
 それで、砂が自然に落ちるように、しばらく水に浮かせたまま放置すると、結構下に落ちている。
 あとは適当に葉をかき混ぜて、笊と受け皿で水切りすると、その皿の底には、もう砂は溜まっていなかったりする。
 だから菊菜は面倒だ。ただ、煮るとホウレン草よりも柔らかく、とろとろ。