川崎フォトエッセイ  その239      ←前 →次  HOME

 箒は掃除するものだが、箒そのものを掃除したくなる。または、箒そのものが粗大ゴミになることがある。これは電気掃除機も同じで、掃除機そのものがじゃまで、掃除機で吸い取ってしまいたくなる。

 スーパーとかで買い物をしたときのビニール袋もそうで、使うだろうと思ってためていると、そのものがゴミになる。従ってゴミ袋にゴミ袋を詰めて捨てることになりかねない。

 最近は箒をあまり使わなくなった。使い慣れないと、埃を立てるだけになる。新聞紙を細かく刻んでものに水を浸し、それをばらまいて埃と一緒に掃くような光景は、最近あるのだろうか。茶かすをまく場合もあり、掃除しているのか、散らかしているのかがわからない状態だ。その掃きにくい埃を、掃除機なら簡単に吸い取ってくれるので、その種の知恵は、滅びたのかもしれない。

 しかし、汚いものを掃くとき、黄色い粉のようなものを蒔く光景を見たことがある。このあたりの掃除テクニックは、プロだけが使っているのだろうか。