川崎フォトエッセイ  その423 見たまま       HOME

「見ればわかる」と、いうことでも、本当に「見たまま」のこととして、相手に受け取ってもらえるのかどうかが不安になるときがある。それは、見落とされている可能性もあるし、気づかない人もいるからだ。

 極めて当たり前すぎることほど、意識することなく把握している。決して無意識的な理解ではないものの、情報処理が早いため、サクサクと理解してしまえるのだ。ところが、その慣れた演算にも盲点があり、見落とすことがある。

 僕らは視覚的にものを見ているだけではなく、何らかの意味をも同時に把握している。その意味が言語化されないまま、パターン的なチェックで済ませていることも多い。

 言葉としてはっきりと示されると、その意味を探ろうとして、余計にわからなくなることもある。
「見たまま」だけでは、理解してもらえないとき、言葉をそこに重ねるのだが、その言葉(文字)さえも、宙に浮いてしまうこともある。標準からはずれると辛いことが多い。