川崎フォトエッセイ  その433 非凡さ       HOME

 平凡さの中に非凡さを見いだす行為は、見いだす側の想像力や意欲が必要になる。逆に非凡さの中に平凡さを見いだす行為は、非凡さを認めないで、日常雑多なものに同化させようとする感じがある。

 非凡さも、毎日見ていると平凡になるのは、見慣れた風景として安定させたいためかもしれない。つまり、その非凡さを認めてしまうと、日常の繋がりが悪くなるためで、日々のものと同じものにしてしまうほうが都合がいい。

 日常の中に取り込まれた非凡さは、その非凡さの勢いを削ぐことになる。でないと、日常の安泰は保てないからだ。

 よく考えると全てが非凡であり、特殊な事情の上で成り立っている。非凡さを均してしまう意味で、平凡なものに塗り替えようとしているところがある。

 常に平凡であることは、逆にすごく非凡なことでもある。