川崎フォトエッセイ  その466 ビデオ       HOME

 一昔前なら町中に映画のポスターが貼られていた。まるで町内の掲示板のように貼られており、どんな映画が今上映されているのかが自然と情報として入ってきていた。

 最近はレンタルビデオ屋の店頭で見かけることが多くなった。しかし、今上映されている映画ではなく、少し遅れてビデオ化された映画のポスターなので、多少ずれがある。

 家庭のテレビでも数年前の映画が放映されている。一般的な映画は映画館までいかなくても観られることを知っている。

 映画館で観た映画と家庭のテレビで見た映画は同じである。話の内容が違うわけではない。画面の大きさも映画館の後ろのほうから観れば、それほど大画面ではない。

 確かにさまざまな違いは認められるが、それは好みの問題だろう。個人が日常の中で映画を見るという行為に対して、誰もとやかく言えない。

 入り口が閉まっている状態でものれんは掛かっている。冷暖房とかの都合で、開け放てないのだろう。のれんが出ておれば一応営業中だと言うことの表示にもなる。

 人は、お互いの顔さえ見えなければ、面と向かうことがないため、顔から下が見えていても、あまりに気ならないようだ。顔を見られることは、身体を見られることよりも、意味はずっと大きい。