川崎フォトエッセイ  その506  彼岸花      HOME

 彼岸花は、ある日いきなり見てしまうことが多い。赤い花なので、どきりとするほど目を引く。

 桜もそうだが、毎年決まった時期に見るため、年単位の感慨が発生する。一年というのは人の寿命で言えば、何十分の一だが、残り寿命が短くなるに従って貴重なものになるはずだ。

 季節が一巡するということは、人生規模である。いくら変化の少ない一年間であったとしても、区切りとしては大きい。そのため、去年と似たような一年は、変化が少なかったことの証拠だろう。

 彼岸花や秋の青空とかは僕が死んでも続くはずである。偶然その年の秋に見る機会があっただけである。

 世間や人間の営みと並行しながらも、彼岸花は町中でも咲いている。彼岸花に人格があるとすれば、それは去年の彼女ではない。そう思うと、現象は同じでも、全てのものが入れ替わっているのがわかる。