川崎フォトエッセイ  その798  ほっこり       HOME

 以前なら普通に存在していた景観が、今は珍しいものとなり「ほっこりする」とかの表現となって現前している。

 昔と言うには新しすぎ、ついこの間まであった景色や、子供の頃にはまだそうだったものが「ほっこり」の守備範囲のようだ。

「ほっこりする」と言ってしまうと、今を否定していることになりかねない。「ほっこり」が、精神的な安らぎを意味しているのであれば、今の環境は「ほっこりしない」ことになる。

 では、僕らの町は「ほっこり」とは別の方向へ進んでいることになるのだろうか。新しく建つマンションには「ほっこりさ」がないわけではない。むしろ今を生きるためには、居住空間としては叶っていると思える。

 僕らは「ほっこりする」ために生きているわけではない。それが最終目標であったとしても、生きると言うことは過程であり、その中で「ほっこりした」シーンもはいるだけのことだ。