川崎フォトエッセイ  その826  書き込み       HOME

 百年前と今とでは、町の景観はがらりと変化し、道具立てが全く違っている。

 しかし、僕らは百年前の景観をリアルで見ていたわけではないため、違いの実感はわからない。

 十年前、自分が暮らしていた部屋がそのまま残っていると仮定し、そこへ帰ったとしよう。おそらく違和感を感じるはずだ。当時は慣れ親しんだはずのものが、別空間の出来事のように思えたり、単に感傷的懐かしさで見てしまったりするだろう。

 現在は、刻一刻刻まれており、その痕跡上にある。過去へのワープは、痕跡を逆撫ですることになる。

 過去への思いも、未来への思いも、今この時点での自分の感情から発している。だが、その思いの基点は刻一刻書き換えられていくため、固定した基点にはならない。

 新しい景観も、次々に書き込まれていくのだが、その対象物だけではなく、それと連動する物もひっくるめられる。