川崎フォトエッセイ  その884  不本意な場所       HOME

 人はその気になれば、物理的に可能なら、あらゆる場所に入り込める。

 しかし、人も野生の動物と同じで、その行動は目的指向が強い。動物を見ていて、無駄な動きをしているようでも、決してそうではないようなこともあるように、人も、紛らわしい動き方をしていても、本人はしっかりと目的を持っていたりする。

 人にも縄張りがあり、物理的に入り込める場所でも、入れないことがある。適当な例ではないが、全く興味のない宗教の教会とかへ行ったりしない。

 同じように、必要性も興味もないような商品が並んでいる店屋には入らない。これは縄張りというよりも、生き方の違いだろう。

 しかし、僕らは何かの手違いや成り行きで、自分とは全く無関係な場所に立ってしまうことがある。それを第三者が見ると、そういう人として認識するだろうが、本人にとっては不本意かもしれない。