川崎フォトエッセイ  その437 欲望しない風景       HOME

 視覚的な印象というのは感情の中にダイレクトに入ってくる。その後すぐに演算し、それが何であったのかを刻み付ける。と、言うようなことは実際にはしていないのかもしれない。印象を印象のまま未整理のまま、素通りさせてしまう場合が多い。

 当然ものや事柄にもよるだろう。単なる風景を見たときの印象など、自分にとって、さほど価値はないからだ。たいした意味がそこにはないだけに、記憶に残るほどの烙印は押されない。

 また、その風景が、自分と関係するようなものでないと、目も食欲がわかないようだ。その人がこだわっているものや、常に意識しているような事柄に絡まない限り、風景というのはわりと素直に見てしまえるものだ。

 自分に絡んでくるものを、欲望と言ってしまうと、人間の動きは欲の塊でしかないように見てしまう。そうでない行為が人にはあると思う。それは欲望の裏返しではなくて……。