川崎フォトエッセイ  その1202 分かりやすさ      HOME

 分かりにくいものがある。しかし、それが必要なものではない場合、鑑賞の対象になるかもしれない。

 人が作ったもので、分かりにくいものは不快さを感じやすい。どんなに気持ちが込められていても、人が手を加えたことによる臭みがどこかにあるからだ。

 自然が織りなす不可解なものに対しては、文句を言いに行く相手がいないので、諦めやすい。

 凝った作り方をすると、分かりにくくなる場合がある。凝るために凝ったような作り方だ。凝ることに気持ちの良さを感じて作られているのだろうか。

 作り手が楽しいほど、受け取る側が苦しむわけではないが、我を忘れた楽しさは、受け取る側のことを忘れてしまいがちだ。

 快感原則が、どこかで行き詰まるのは、気持ち良さに対する罪悪感が、どこかに起爆してしまうためだろうか。